Hecke
環と量子群の表現論 周遊
榎本 直也
∗京都大学 理学研究科 数学教室
1 Introduction
ある代数的構造の線型表現とは,あるベクトル空間上の線型作用素としてその構造を実現することです.例え ばV を体k上のベクトル空間とするとき,V 上の可逆な線型変換の全体GL(V )は群構造を持ちますし,V 上 の線型変換全体Endk(V )はk-代数やLie環の構造を持ちます.群G,k-代数A,k上のLie環gの線型表現とは,それぞれ G→ GL(V ), A → Endk(V ), g→ Endk(V ) という群,k-代数,Lie環の準同型写像のことを指します. 「表現論とは何か」という問いに対して,例えば次のような側面が語られることが多いように思います. [双対定理・既約表現の分類] よくわからない(が興味深い)代数があったとき,その(既約)表現をすべ て捕まえることで,元の対象を理解/復元すること. こうした観点は,群とその既約ユニタリ表現全体のなす空間との間の双対性(ポントリャーギン-淡中-辰馬)と いったあからさまな双対定理だけではなく,Langlands哲学などにも垣間見られます.多かれ少なかれ表現論 の研究者は,興味深い代数の既約表現の分類ということをまず第一の基本的な問題であると考えていると言って よいと思います.もちろん,興味深い代数は豊富にあって,近年の幾何学的表現論による成果で理論が大きく進 展したものもあれば,いまだ既約表現の分類/理解が十分とはいえないものも豊富に存在しています. しかしその一方で, [現象の背後にある対称性の記述] 興味深い数学的現象を統制する対称性(代数的構造)を見出し,現象 をその代数の表現論を用いて記述すること. という表現論のそもそもの動機を忘れることはできません.例えば,行列式が因数分解できるとか,Fourier解 析に代表されるような固有関数展開とか,水素原子のエネルギー準位や自発的対称性の破れ,素粒子の衝突と分 解,ソリトンなどの物理的話題などのように,もともと興味深い現象が目の前にあって,それらを記述する道具 として表現論の枠組みが導入されているという側面も非常に重要だと思われます.その意味で,数学のみならず 様々な分野に表現論的手法が活かされているように思います. とはいえ私には,表現論の基礎理論とか表現論的手法が活きている分野のreviewといったことをする能力は ないので,ある特別な代数たちを取り上げることにします.それは,対称群とgln,そしてそれらの量子化であ るHecke環と量子群と呼ばれている代数です.これらの代数の表現論やそれに付随する組合せ論や幾何におい て,実は相互に精密に統制しあっているという描像を説明することを目標にしたいと思います.こうした描像 は,Lascoux-Leclerc-Thibon-Ariki理論とKazhdan-Lusztig理論と呼ばれています. ∗enomoto@math.kyoto-u.ac.jp
2 この2つの理論について,もう少し紹介してみようと思います. 表現論が古典的に良く調べられてきているもっとも代表的な例は,対称群Snや複素単純Lie環sln(C) := {ト レース0のn× n行列}のC上有限次元表現のクラスです.このクラスの表現論には,完全可約性と呼ばれる 著しい性質があります.それは,「任意の表現が既約表現の直和に分解する」という性質で,このことが成り立 つ場合には, (i) 既約表現をすべて捕まえ, (ii) 与えられた表現を既約表現の直和に分解するレシピを記述する という2つの課題に答えれば,ひとまず表現論がわかったと言うことができます.ここで既約表現V というの は,V 自身と{0}以外に不変な部分空間を持たないような表現のことを言います. 対称群の場合に上記の2つの課題の答えを与える理論を「Specht加群の理論」と呼び,Lie環sln(C)の場 合のそれを「最高ウェイト理論」と呼んでいます. このような古典的結果を出発点に表現論の研究を進める場合,例えば次のような2つの方向性を考えること ができます.ひとつは「量子化」であり,もうひとつは「モジュラー化(完全可約性を崩す)」です. 量子化 「量子化」という言葉は数学のいろいろな分野に登場しますが,ここでいう「量子化」とは,代数の 1-パラメータ変形を考えることと大雑把には理解することができます.例えば,p進代数群の表現論に出自を持 つHecke環という代数があり,この代数は1-パラメータを持っています.この代数が対称群の量子化であると 理解されています.他方,Lie環の量子化として1980年代に,神保-Drinfeldにより量子展開環と呼ばれる代数 が生み出されました.これはLie環の普遍展開環を1-パラメータ変形した代数であると理解することができま す.Hecke環と量子展開環が対称群とLie環の量子化としてまっとうな代物であるということの証左はいろい ろありますが,ここでは2つの大きな理由について述べてみます. (1) 1つ目の理由は,代数に持つ1-パラメータv, qが1の冪根でなければ,Hecke環Hn(q)のC上の有限次元 表現やUv(sln)のC上の有限次元表現は,いずれも完全可約で,もともとの対称群やLie環の場合とほぼ パラレルに議論できることが挙げられます. (2) slnのCnへの自然な作用から定まるテンソル積表現(Cn)⊗mには,成分を入れ替える対称群Smの作用が 定まり,両者は可換な作用になっています.このとき,(Cn)⊗mのsl n× Smの表現として既約分解はいく
Hecke 3 つかの綺麗な性質を持っています.これをSchur-Weylの相互律(双対性)と呼んでいます.この自然な 拡張とみなせる相互律が,量子展開環Uv(sln)の自然表現のテンソル積とHecke環Hm(q)の間でも構成で きることを神保道夫が示しています.これが2つ目の理由です. あとの章で,Hecke環については注意5.3で,量子展開環については注意6.2でもう少し述べます. モジュラー化(完全可約性を崩す) 研究のもうひとつの方向性は,表現の係数体を正標数の体に取り替えたり, 代数の持つパラメータを特殊化してみることです.このような場合,表現の完全可約性が崩れることがありま す. 例えば,対称群の場合でも,係数体を正標数の体にすると,一般には完全可約性が崩れます.(正確には,体 の標数が対称群の位数を割り切る場合です.)また,Hecke環では,係数体はCのままでも,代数の持つパラ メータqを1の冪根に特殊化すると,やはり完全可約性が崩れます.この2つの完全可約ではない表現論には, ある意味で似ている点もありますが,ずれている点もあります.似ている点は,既約表現の個数やモジュラー分 岐則と呼ばれている表現の制限の分解則です.またズレている点というのは,分解係数,すなわち表現の圏の Grothendieck群上で考えた直和分解です.こうした表現論を,affine Lie環やaffine量子群からくる無限次元 の大域的対称性が統制しているというのが,Lascoux-Leclerc-Thibon-有木理論(LLTA理論)です.本稿 ではこの理論を概観することが目標です. Lie環の表現論においても,有限次元性を外して「非可積分表現」と呼ばれるクラスを考えたり,量子展開環 の持つパラメータvを1の冪根に特殊化すると,やはり完全可約性が崩れてきます.これらの表現論が,Hecke 環に付随するある多項式によって統制されているというのが,Kazhdan-Lusztig理論です.今回は紙数の都 合と筆者の能力のため,こちらの理論には踏み込まないことにします.(きわめて雑なreviewを注意5.4に書き ました.) 本稿の構成. まず第2章で有限群の表現論について,もっとも基本的な定義や概念について説明します.位数 の小さな対称群を例に,具体的な表現に触れながら,テンソル積表現や表現の制限・誘導表現などの表現の作り 方を眺め,有限群の表現論を統制する指標の理論にも触れてみます. 次に第3章で,対称群のC上の有限次元表現について,いくつかの観点から紹介します.対称群の既約表現 を多項式環の部分表現として実現するSpecht多項式の方法や表現の制限/誘導分岐則,表現環と対称多項式環 の関係,affine Lie環の表現環への作用などの点について説明します. 第4章では,正標数の体上でSnの有限次元表現を考えます.既に述べたように,ここでは完全可約性が崩 れます.その様子をいくつかの例で垣間見ながら,完全可約性が崩れた場合の表現論における基本的な問題意識 を紹介し,1995年のKleshchevによるモジュラー分岐則の発見とLascoux-Leclerc-Thibonの観察について述 べます. 第5章でHecke環を導入し,その既約表現の構成法や分岐則といった結果が,対称群の場合とパラレルに議 論できることを紹介します.さらに,Hecke環のパラメータqを1の冪根に特殊化した場合に起こる完全可約 性の破れを例に取りながら,対称群のモジュラー表現とHecke環のモジュラー表現の似ている点とズレている 点について紹介します. 第6章で量子展開環を導入し,まずUv(sl2)の表現論について有限次元表現の分類を紹介します.これを利用 してUv(!sl!)のFock表現と呼ばれている表現に対する結晶基底を導入し,“melting”である大域基底について 説明します.
第7章で,A型Hecke環に対するLLTA理論を説明し,そこで成り立つ事実を一般化して,「LLTA型理論」 として他の代数にも拡張するための枠組みを説明します.その上で,他のいくつかの代数について知られている 結果をいくつか紹介します.
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最後に参考文献をつけました.今回はあえて原論文を掲げることは避けて,教科書的なものを中心に並べて みました.本稿は,LLTの原論文[LLT96]の内容を少し基本的なところから説き起こしたという感じになって いると思います.対称群の表現論については,日本語で書かれた[Iw],[O],[TH]や,[FH],[Ful],[Mac],[Sa],[JK] など多くの文献があります.Hecke環の表現論については[Mat]やは有木先生の本[A:book]に書かれていま す.Hecke環や対称群のモジュラーな場合についての歴史的なことは[LLT96]にあり,現代的な立場からは [Kl:book],[DDPW]があります.[BR]は対称群や一般線型群,半単純Lie環やそれに関連する代数の表現論に ついて組合せ論的観点から書かれたreviewです.有限次元代数のモジュラー表現に関しては,日本語で書かれ た[TN]以外にも,[ARS]や[ASS]があります.量子展開環の表現論や結晶基底に関することは,[HK]や柏原 先生の本[K:book]および原論文[Kas91],[Kas93]があります.LLT予想とその証明について[A:book]や原論 文[Ari96]に書かれています.またgraded representation theoryまで含めたreviewとして[Kle]があります. また,本稿では詳細には踏み込まない幾何学的表現論については,[CG]や[HTT]およびLusztigの本[L:book] および論文[Lus]などがあります.
謝辞. 今回,城崎新人セミナーで講演の機会を与えていただきありがとうございました.講演を聴いて頂いた 参加者の皆様に感謝致します.また,運営に尽力された運営委員の皆様にも感謝致します.
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目次
1 Introduction 1 2 有限群の表現論 6 2.1 表現の定義といくつかの例 . . . 6 2.2 完全可約性 . . . 7 2.3 指標の理論 . . . 9 3 対称群の複素有限次元表現論 11 3.1 既約表現の構成(Specht多項式の方法) . . . 12 3.2 Robinson-Schensted対応:正則表現の既約分解(おまけ) . . . 15 3.3 対称関数環とSnの表現環 . . . 15 3.4 制限分岐則とその精密化 . . . 18 4 完全可約性の破れ-対称群のモジュラー表現論- 25 4.1 何が起きるか−対称群の場合− . . . 25 4.2 モジュラー表現論の問題意識 . . . 26 4.3 対称群のモジュラー表現論とKleshchevのモジュラー分岐則 . . . 28 4.4 Lascoux-Leclerc-Thibonの観察 . . . 33 5 Hecke環 35 5.1 Hecke環の定義 . . . 35 5.2 A型岩堀-Hecke環の既約表現の構成(q-Specht多項式の方法) . . . 36 5.3 対称群とA型岩堀-Hecke環の分解行列の比較 . . . 38 6 量子展開環の結晶基底と大域基底 41 6.1 量子展開環Uv(sl2)とその表現論 . . . 41 6.2 量子展開環Uv("sl!) . . . 43 6.3 Fock表現 . . . 43 6.4 F の結晶基底 . . . 44 6.5 lower大域基底 . . . 47 7 Lascoux-Leclerc-Thibon-有木理論 50 7.1 A型Hecke環版 . . . 50 7.2 LLTA型理論の枠組み . . . 51 7.3 知られている結果 . . . 52 8 結び 536
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有限群の表現論
2.1
表現の定義といくつかの例
kを体,Gを有限群とする.このとき,Gの(線型)表現とそれに関連する用語を次で定義する. 定義2.1. (i) V をk上の有限次元ベクトル空間とするとき,GのV 上の表現とは,群準同型ρ : G→ GLk(V ) のことを言う.このとき,dimkV を表現の次元という. (ii) Gの表現V のG-不変部分空間とは,V の部分空間W であって,ρ(g)W ⊂ W が任意のg∈ Gに対して 成り立つときを言う.このとき,ρ : G→ GLk(W )をV の部分表現と呼ぶ.また,Gの表現ρが既約で あるとは,V と{0}以外にG-不変部分空間を持たないときを言う. (iii) Gの2つの表現(ρ1, V1), (ρ2, V2)に対し,その直和とは,ρ : G→ GLk(V1⊕ V2); g&→ ρ1(g)⊕ ρ2(g)で 定まるV1⊕ V2上の表現のことを言う. (iv) Gの2つの表現(ρ1, V1), (ρ2, V2)が同値であるとは,ある線型同型φ : V1→ V2であって,φ◦ ρ1(g) = ρ2(g)◦ φが任意のg∈ Gに対して成り立つときを言う. V1 φ !! ρ1(g) "" ! V2 ρ2(g) "" V1 φ !! V2 V の基底を取れば,Gの表現とは,Gの元を一斉に行列表示することであり,表現が直和に分解するという ことは,うまく基底を取れば,表現行列を一斉に(直和分解に即した)ブロック対角行列にできるということに 他ならない. 対称群を例にとって表現の具体例をいくつか見てみよう.C上で考える. 例2.2 (自明表現と符号表現). 対称群Snの1次元表現ρ : Sn→ GLC(1) =C×を考える.よく知られている ように,対称群には,隣接互換si= (i, i + 1) (1≤ i ≤ n − 1)という生成元があり,次の基本関係式を持って いる:s2i = 1 (1≤ i ≤ n − 1), sisi+1si= si+1sisi+1, sisj = sjsi (|i − j| > 1).
ρが群準同型であることに注意すると,1 = ρ(si)2より,ρ(si) ∈ {±1}でなければならない.しかも1 = ρ((sisi+1)3)だから,1 = ρ(si)(si+1)でなければならない.従って,Snの1次元表現は次の2つに限られる. • 自明表現.すべてのiに対し,ρ(si) = 1.(つまり,すべてのσ∈ Snに対しρ(σ) = 1.) • 符号表現.すべてのiに対し,ρ(si) =−1.(このとき,一般のσ∈ Snに対しρ(σ) = sgn(σ).) また,1次元表現は定義により既約である. 例 2.3 (自然表現). SnはCnに成分の入れ替えで作用する.従って,siに対し,i, i + 1成分を入れ替える置 換行列を対応させる ρ : Sn→ GLC(n); si&→ Ii−1 0 1 1 0 In−i−1 , (Irはr次単位行列) はn次元の表現を与える.これをSnの自然表現と呼ぶ. この表現は既約ではない.実際,次のような1次元部分表現とn− 1次元部分表現が取れる.
Hecke 7 • W1:={(a, a, . . . , a); a ∈ C}, • W2:={(x1, x2, . . . , xn); x1+ x2+· · · + xn = 0}. W1は自明表現に同値な部分表現であり,W2は既約になることが簡単にわかる.この表現をスタンダード表 現と呼ぶことがある.さらに,Cn = W 1⊕ W2と既約表現の直和に分解する. 例 2.4 (置換表現・正則表現). 一般に群Gが有限集合X に(左から)作用しているとき,形式的な基底exを 用いて得られるk-ベクトル空間kX := ) x∈X kex上に,次のようなGの表現が定まる; ρ : G→ GLk(kX); ρ(g)ex:= eg·x (g∈ G, x ∈ X). これを置換表現と呼ぶ.特に,X = G自身のとき,Gの(左)正則表現と呼ばれている. 例えば,G = S2 ={id, (12)}のとき,CS2 =Ceid⊕ Ce(12)である.このとき,S2の左正則表現ρを考 える. ρ(id)(eid± e(12)) = eid± e(12), ρ((12))(eid± e(12)) = e(12)± eid であることに注意すると, CS2∼=C(eid+ e(12))⊕ C(eid− e(12)) という1次元表現の直和への分解が得られ,前者は自明表現,後者は符号表現と同値である.正則表現の一般的 な分解公式については後で述べる.
2.2
完全可約性
定義2.5. Gの表現(ρ, V )が完全可約であるとは,(ρ, V )が既約表現の直和に分解することを言う. 定理2.6 (Maschkeの定理). Gを有限群とし,kを標数0の体,または標数がGの位数を割り切らない正標数 の体とする.このとき,Gのk上の有限次元表現はすべて完全可約である. 今の場合は有限群の複素有限次元表現を考えていたが,ここで少し一般の表現論的な問題意識について整理し ておこう. 完全可約な表現論における問題意識. 一般にある代数Aのあるクラスの表現がすべて完全可約であることがわ かったとしよう.そのような場合,そのクラスの表現論においてもっとも基本的な問題として次のようなものが 考えられる. 1 + Aの既約表現をパラメトライズし,対応する既約表現を構成せよ. 完全可約な表現論の枠組みでは,既約表現は文字通り“原子”のような役割を果たしているので,既約 表現の同値類の個数を決定することはもっとも基本的な問題である.有限群の複素有限次元表現ならば, 抽象的には自身の共役類の個数と既約表現の同値類の個数が等しいことを次節で紹介する. 他方,一般の有限群Gに対して,その共役類から複素有限次元表現を具体的に構成する方法は知られ ていない.共役類と既約表現は単に個数が等しいに過ぎない.そこでより具体的な群のクラスに目を向 けると,共役類(をパラメトライズする対象)を用いて既約表現を具体的に構成できる場合がある.その ようなものの代表例が対称群であり,次章ではその方法のひとつを紹介する. このように,既約表現の個数を決定することや既約表現の同型類と一対一に対応するパラメトライズ集 合を決定することと,そこから対応する既約表現を構成することとの間にはギャップがある. 2 + 各既約表現の詳細な構造を理解せよ. 既約表現のリストが具体的に構成できたとすると,次に調べておくべきなのは既約表現の具体的な構8 造,中でも有限次元表現ならばその次元公式である.他にも考えている代数に応じて既約表現の構造には いろいろなものが考えられる.例えば次章で述べる指標や何らかの可換な作用素族に対する同時固有分 解(ウェイト分解などとよばれる)なども挙げられる. 3 + 与えられた(面白い)表現の既約分解則を記述せよ. 既約表現のリストとその構造がわかったなら,与えられた表現を実際に既約分解するためのレシピを与 えることが問題になる.例えば,有限群の複素有限次元表現の場合には,理論的に言うと次節で紹介する 指標という量を計算することで,既約分解を与えることが可能である.一般の代数の場合でもそうしたレ シピを考えることには意味があるが,通常は何でも良い表現を分解するのではなく,次の例のような面白 い表現の分解公式を与える問題を考えることが多い.例として群の文脈で説明する. (i) テンソル積表現. Gの2つの表現(ρ1, V1), (ρ2, V2)に対して,ρ1⊗ ρ2: G→ GLk(V1⊗ V2)を, ρ1⊗ ρ2(g)(v1⊗ v2) := ρ1(g)v1⊗ ρ2(g)v2により定義したものを,2つの表現のテンソル積表現と いう. このような表現が作れるということは,一般に代数Aに余積の構造が定まるということを意味し ている.これはLie環や量子展開環などにも(形は少し変わるが)共通して見られる性質であるが, 実は後で述べるようにHecke環には余積構造が今のところ知られていないので上のようなテンソル 積表現は作れていない. (ii) 表現の誘導・制限分岐則. Gとその部分群H を考える.このとき,Gの表現(ρ, V )をHに制限 して得られるρ : H → GLk(V )をGの表現ρの制限といい,ResGHV やResGHρなどとかく.こ の表現の既約分解則を,制限分岐則などという. 逆に,Hの表現(ρ%, W )に対して, kG⊗kHW (∼= k(G/H)⊗ W asベクトル空間) を左G加群とみたものを,表現ρ% の誘導表現といい,IndG HW とかIndGHρ%などとかく.この表 現の既約分解則を誘導分岐則などという. 表現の制限と誘導は互いに随伴函手になっていることを主張するのが,Frobeniusの相互律で ある;HomH(ResGHV, W ) ∼= HomG(V, IndGHW ).
4 + “表現環”の構造を理解せよ. 既約表現の同値類で張られるZ-自由加群をGrothendieck群などと呼ぶ.これには例えばテンソル 積表現で積の構造が入る.また,もしある代数の無限系列A0⊂ A1⊂ A2 ⊂ · · · ⊂ Anがあると,各Ai に対するGrothendieck群Knを直和したK := ) n≥0 Knに誘導表現を利用して積を入れられることがあ る.このようにして得られる環を表現環という.次章で対称群の複素有限次元表現のGrothendieck群が 持っている興味深い性質にして触れる. 上で述べた4つの観点は比較的多くの代数の表現論に共通した問題意識である.ここで次のことに注意して おく. 答え方の問題/面白さ. 上記の問題意識は,一般の代数の表現論を考える上でもっとも基本的な問題群である と述べた.しかし,問題に対する答え方はひとつではない.例えば,次章で対称群の場合について少しだけ触れ るが,既約表現の分類や構成といっても,使う手法としては組合せ論的なものから幾何的なものまで様々であ る.上記の基本的な問題に対して異なった側面から複数の解答がありうる.それらの間の関係を吟味すること も表現論の興味深い問題である. 個性の問題/面白さ. 上記の問題意識は,多くの代数の表現論に共通するものだが,考えている代数にはそれ ぞれの個性があり,例えば既約表現のどんな構造を調べるかとか,どんな表現を面白い表現であると思うかは各 代数に応じて様々である.
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2.3
指標の理論
一般の有限群Gの複素有限次元表現を統制しているのが指標(character)と呼ばれる量である.ここではそ のことを説明し,具体的な例をいくつか計算してみる. 定義 2.7. 有限群Gの複素有限次元表現(ρ, V )に対して,χV : G→ CをχV(g) := tr(ρ(g))で定義し,これ を表現(ρ, V )の指標という.特に,(ρ, V )が既約のとき,その指標を既約指標という. 次のことはトレースの性質と表現行列の形からすぐにわかる. • χV(id) = dim V. • χV はG上の類関数である.すなわち,Gの各共役類上で一定値を取る. • Gの2つの複素有限次元表現V1, V2に対し,χV1⊕V2= χv1+ χV2.χV1⊗V2 = χV1× χV2. ここで,G上の2つの関数ϕ, ψ : G→ Cに対して,次のような内積を考える; -ϕ, ψ. := 1 |G| * g∈G ϕ(g)ψ(g). このとき,次の定理が有限群の複素有限次元表現論のハイライトである. 定理2.8. 既約指標は,G上の類関数の空間の 正規直交基底 をなす.特に次のことが成り立つ. (i) Gの複素有限次元表現V が既約であることと,-χV, χV. = 1であることは同値. (ii) Gの複素有限次元表現V の直和因子として現れる既約表現W の個数(重複度)は,-χV, χW.に等しい. (iii) Gの既約表現の同値類の個数とGの共役類の個数は等しい. 小さな対称群の場合で指標の計算を具体的に行ってみよう. 例 2.9 (S3 の指標表). 3次対称群S3は6つの元id, (12), (23), (123), (132), (13)からなる群である.隣接 互換s1 = (12), s2(23)を用いて表すと,id, s1, s2, s1s2, s2s1, s1s2s1(= s2s1s2)である.このとき共役類は, {id}, {s1, s2, s1s2s1}, {s1s2, s2s1}の3つである. 1次元(既約)表現である自明表現と符号表現の指標は,トレースを取るまでもなくρ(σ)の値そのものなの で簡単にわかる. S3 の自然表現S3 → GLC(3)を考える.このとき,ρ(id)の表現行列は単位行列だから,指標の値は3. s1= (12)の表現行列は, 0 1 0 1 0 0 0 0 1 だから,指標の値は1.s1s2 = (123)の表現行列は, 0 0 1 1 0 0 0 1 0 だから,指標の値は0である.まとめると次のようになる. 共役類 {id} {s1, s2, s1s2s1} {s1s2, s2s1} 自然表現の指標χ 3 1 0 自明表現の指標χtriv 1 1 1 符号表現の指標χsgn 1 −1 1 内積を計算すると次のようになる.χ− χtrivの値は2, 0,−1であることに注意する. -χ, χtriv. = 1 6(3 + 1 + 1 + 1 + 0 + 0) = 1 -χ − χtriv, χ− χtriv. = 1 6(4 + 0 + 0 + 0 + 1 + 1) = 110 従って,自然表現は自明表現を1つ直和因子に持ち,その補表現は既約となる.これをスタンダード表現と呼ん でいた.その指標の値はχ− χtrivである. -χ − χtriv, χsgn. = 1 6(2 + 0 + 0 + 0− 1 − 1) = 0 となって直交性も簡単に確認できる. 以上をまとめると,S3の3つの既約指標の表ができる.このような表のことを指標表(character table)と 呼ぶ. S3の指標表 {id} {s1, s2, s1s2s1} {s1s2, s2s1} 自明表現の指標χtriv 1 1 1 スタンダード表現の指標 2 0 −1 符号表現の指標χsgn 1 −1 1 例 2.10 (左正則表現の既約分解). Gの左正則表現 ρ : G → GLC(CG) を考える.指標を求めるために, ρ(g)eg! = egg! となっていることに注意しよう.特に,g /= 1 なら,egg! /= eg! である.このことから, χρ(id) =|G|であり,他のすべてのid/= g ∈ Gについてはχρ(g) = 0となっていることがわかる. Gの既約表現をひとつとってW とする.このとき, -χρ, χW. = 1
|G|χρ(id)· χW(id) = χW(id) = dim W
となっている.このことは,CGの既約分解に現れる既約表現の重複度は,自身の次元に等しいことを意味して いる.これにより次の定理が確かめられた. 定理 2.11 (正則表現の既約分解). Irr GをGの複素有限次元既約表現の同値類の全体とする.このとき, CG ∼= ) Vi∈Irr G V⊕ dim Vi i が成り立つ.特に,|G| = + V∈Irr G(dim V )2. 例 2.12 (S4 の指標表). 4次対称群の指標表を書いてみる.S4の共役類は全部で5 つで,その代表元は id, (12), (12)(34), (123), (1234)である.従って,既約表現の同値類も5個になる. すでに3つの既約表現を知っている.自明表現,符号表現,そしてスタンダード表現である.スタンダード 表現の指標を考えると,スタンダード表現と符号表現のテンソル積表現の指標が得られ,指標の自身との内積が 1になることが簡単に計算できるので,既約になることがわかる.これで4つの既約表現が得られた. のこりひとつの既約表現をρとおいてみる.先ほどの定理2.11によれば,24 =|S4| = 12+ 12+ 32+ 32+ (dim ρ)2なので,dim ρ = 2とわかる.この2次元既約表現を具体的に作る方法もいろいろあるし,次章で Specht多項式を用いた一般的な構成法を紹介する.ここでは,いささか強引で原始的だが,既約指標の直交性 0 =-ρ, χtriv. = 1 24(2 + 6a + 3b + 8c + 6d) 0 =-ρ, χsgn. = 1 24(2− 6a + 3b + 8c − 6d) 0 =-ρ, χstandard. = 1 24(6 + 6a− 3b − 6d) 1 =-ρ, ρ. = 241 (4 + 6a2+ 3b2+ 8c2+ 6d2) を解いてa, b, c, dを決めればよいことに着目すると次の指標表が得られる.(ここでは触れないが,“指標の第2 直交関係”を使うともっと簡単に計算できる.) 共役類の位数 1 6 3 8 6 S4 id (12) (12)(34) (123) (1234) 自明表現 1 1 1 1 1 スタンダード表現 3 1 −1 0 −1 ρ 2 0 2 −1 0 スタンダード⊗符号表現 3 −1 −1 0 1 符号表現 1 −1 1 1 −1
Hecke 11 例2.13. 指標を使うことで,先ほど完全可約な表現論の問題意識で取り上げた+3 のような既約分解の計算が簡 単に行えることを見てみよう. (i) テンソル積表現.S3のスタンダード表現を2つテンソル積して得られる表現の指標は,指標の積を用い て求められる. S3 id (12) (123) standard⊗ standard 4 0 1 これをS3の既約指標の和で書いてやれば,
standard⊗ standard ∼= triv⊕ standard ⊕ sgn となる. (ii) 表現の制限分岐則.S4の中で4を固定するような置換のなす部分群はS3に同型である.従って,S4の 表現をこの部分群S3に制限して得られる表現の指標は,S4の指標表で,id, (12), (123)が属している 共役類の値だけを取り出せばよい.例えば,S4のスタンダード表現をS3に制限して得られる表現の指 標は, S3 id (12) (123) ResS4 S3(standard) 3 1 0 となる.これをS3の既約指標の和で書いてやれば, ResS4
S3(standard) ∼= triv⊕ standard
とわかる.
3
対称群の複素有限次元表現論
n次対称群Sn の元σは,互いに共通する文字を含まない巡回置換の積に(順序を除いて)一意的に分解 できることがしられている.この分解に現れる巡回置換の長さを長いものから順番にλ1, λ2, . . .とおくと, λ = (λ1≥ λ2≥ λ3≥ · · · )であって,各λi∈ Z≥0かつ * i λi= nとなる.このような総和がnの非負整数の 減少列をnの分割(partition)と呼び,λ1 nとかく.これを巡回置換型から定まる分割と呼ぶ.次のことは群 論の授業でよく扱われる. 命題3.1. Snの共役類とnの分割は1対1に対応する. 前章で述べたように,有限群Gの複素有限次元既約表現の同値類はGの共役類と一対一に対応する.従っ て,Sn の複素有限次元既約表現の同値類は,nの分割でパラメトライズされる.本章では,まずnの分割λ から対称群の既約表現を具体的に構成する方法を紹介する.もちろん構成法がいろいろなものが知られている. いくつか例を挙げてみると次のようになる. 例 3.2 (Snの複素有限次元既約表現の具体的構成法). 方法 特色 Specht多項式を用いる方法 多項式環の中に実現できる. 半正規基底を用いる方法 表現行列を明示的に記述できる. Young対称子を用いる方法 群環CSn中の冪等元を利用する. Springer表現 旗多様体と冪零軌道の幾何を用いる.12 第1,第2の方法は比較的組合せ論的な手法であり,第3の方法は多元環の表現論に基づく比較的代数的なもの であり,第4の方法は幾何的な構成法である.第4の方法では,nの分割全体とn× n冪零行列のJordan標 準形(up to Jordan細胞の順序)との一対一対応に着目する.後者はsln(C)の冪零軌道と呼ばれる幾何学的な 対象と思うことが出来る.冪零軌道を寄せ集めて出来る冪零多様体の特異点解消が,sln(C)に付随する旗多様 体の余接束とみなせることを利用し,対称群の既約表現をコホモロジー群を用いて実現する.この方法は,近年 目覚しく発展してきた幾何学的表現論の雛形であり,非常に興味深いものである. Irr Sn ## 1:1 !! Snの共役類## 1:1 !! {nの分割} $$ 1:1 "" Specht加群など %% {sln(C)の冪零軌道} Springer構成 && 今回は構成法が比較的簡明な第1の方法を紹介する.(Hecke環の既約表現の構成がパラレルに論じられるよ うにするという配慮もある.)
3.1
既約表現の構成(
Specht
多項式の方法)
まずnの分割を図形的に表示する道具であるYoung図形を導入する.nの分割λ = (λ1≥ λ2≥ · · · )に対し,1行目にλ1個のboxを書き,2行目にλ2個のboxを書き,・・・というようにしてできるboxたちの図形
をYoung図形という;
λ = (7, 5, 5, 4, 1)←→
次にSpecht多項式を定義するために,Young図形の各boxに数字を書き込んだものを考える. 定義3.3. λ1 nとする.
(i) λ上の盤(tableau)とは,λの表すYoung図形の各boxに1からnまでの数字を各1個ずつ書き込んだも のを言う.
(ii) λ上の盤が標準盤(standard tableau)であるとは,各boxに書き込まれた数字が,右方向にも下方向にも 単調増加になっているときを言う.λがnの分割のとき,その上の標準盤をn次標準盤といい,λのこと をその標準盤のshapeと呼ぶことがある. 標準盤: 1 3 2 , 1 23 , 標準盤ではない盤: 2 31 , 2 13 , 3 12 , 3 21 これで組合せ論的対象の準備が出来た.Specht多項式を定義しよう. 定義 3.4. λ 1 n とする.λ 上の盤B に対して,第 k 列の boxに書き込まれている数字を上から順に {bk1, bk2,· · · , bkr}と書くことにする.このとき, fB(X1, . . . , Xn) = , k , 1≤i<j≤r (Xbki− Xbkj) という一般化された差積をSpecht多項式という.
Hecke 13 例えば次のようになっている. B = 3 4 15 6 2 , fB(X1, . . . , X6) = (X3− X5)(X3− X2)(X5− X2)× (X4− X6) n変数多項式環C[X1, X2, . . . , Xn]に対し,n次対称群Snは変数の入れ替え,すなわち (σ· f)(X1, X2, . . . , Xn) = f (Xσ−1(1), Xσ−1(2), . . . , Xσ−1(n)) により作用する.これにより,C[X1, X2, . . . , Xn]は(無限次元の)Snの表現と思える.このとき,Specht多 項式fBへσを作用させたものは,盤Bに書かれた数字をσで置換してできる盤のSpecht多項式に他ならな い.このことから,Snの部分表現がC[X1, X2, . . . , Xn]中に構成できる. 定義3.5. Sλ:=C-span-fB(X1, . . . , Xn)| Bはλ上の盤. ⊂ C[X1, X2, . . . , Xn] により,Snの表現が定まる.これをSpecht加群と呼ぶ. すぐにわかるように,fBたちはすべてが一次独立というわけではない.盤Bのある列に書き込まれている数 字を勝手に入れ替えても符号の差しか出ないからだ.では列に書かれている数字の組を固定したものがすべて 一次独立なのかというとそうではない.(あとの例3.8を見よ.) 定理3.6. (i)(基底定理)Sλは,{f B | Bはλ上の標準盤}をC-基底に持つ.特に,dim Sλ= ({λ上の標準盤}. (ii) SλはS nの既約表現である. (iii) SλはZ上実現されている. 証明を述べる余裕はないので,いくつか具体的な例で表現行列を計算して先ほど構成した既約指標に一致して いることを確かめよう.また,表現行列がすべてZ上実現されていることも見よう. 例 3.7. nの分割(n)と(1n)に対応するYoung図形には,標準盤は1種類しかない. 分割(5) : 1 2 3 4 5 , 分割(15) : 1 2 3 4 5 対応するSpecht多項式は,1と差積, i<j (Xi− Xj)である.従って,S(1 n) は自明表現,S(1n) は符号表現を与 える. 例 3.8. n = 3, λ = (2, 1)の場合. B1: 1 3 2 , fB1 = X1− X2, s1fB1 = X2− X1=−fB1, s2fB1 = X1− X3= fB2, B2: 1 2 3 , fB2 = X1− X3, s1fB2 = X2− X3=−fB1+ fB2, s2fB2 = X1− X2= fB1, B3: 2 1 3 , fB3 = X2− X3=−fB1+ fB2 このことから,表現行列を具体的に求めると s1= -−1 -−1 0 1 . , s2= -0 1 1 0 . , s1s2= -−1 -−1 1 0 . .
14 従って指標χ の値は,χ (id) = 2, χ (12) = 0, χ (123) =−1となる.これはS3のスタンダード表現 の指標である. 例 3.9. n = 4, λ = (2, 2)の場合. B1: 1 2 3 4 , fB1 = (X1− X3)(X2− X4) B2: 1 3 2 4 , fB2 = (X1− X2)(X3− X4) 例えば, (12)fB1= (X2− X3)(X1− X4) = fB1− fB2 などから s1= -1 0 −1 −1 . , s2= -0 1 1 0 . , s3= -1 0 −1 −1 . . これを用いると,この表現の指標χ の値は S4 id (12) (12)(34) (123) (1234) χ 2 0 2 −1 0 となり,これは先ほどの例2.12で構成したS4の2次元既約表現の指標である. 注意3.10. ここで述べたSpecht多項式による既約表現の構成は予備知識なく紹介できる方法であるが,Specht 多項式を用いて得られるSλの基底が応用上良いのものであるとは限らない.この基底には少なくとも2つの難 点がある. • 上の2つの例で計算してみたように,この基底で対称群の生成元の表現行列を具体的に計算しようとす るとかなり大変である. • 例えば,S3のスタンダード表現をS2に制限すると,自明表現と符号表現の直和に分解する.このこと は,例3.8でs1の固有値が1,−1であることからもわかる.Specht多項式から得られるfB1, fb2 のう ち,fB1はs1の固有値−1の固有ベクトルであり,符号表現の基底を与える.ところがfB2は固有ベク トルではないし,もちろん自明表現の基底を与えるわけではない.このことが意味しているのは,Specht 多項式から得られるSλの基底は,表現の制限の既約分解ResSn Sn−1 = / Sµと整合的な基底ではないと いうことである.つまり,Sλの基底{fB}からうまく選んでくると既約成分Sµの基底が作れるという わけではない. ここでは述べないが,実は,この2つの困難を解消する基底の作り方がある.それが半正規基底と呼ばれている ものである. 注意3.11. 先ほど述べた「完全可約な表現論の問題意識」の中で+2で次元を取り上げていた.Sλの次元は,λ 上の標準盤の個数で与えられるが,具体的な分割が与えられたとき,その上の標準盤の個数を漏れなく手で書き 出すのは面倒である.標準盤の個数を組合せ論的に計算する公式として,次のhook公式が知られている.
λを分割とし,λのあるbox xに対する鉤(hook)を次図の例のように定義する.この例では,xのhookの 長さhx= 5である.
x ∗ ∗ ∗ ∗
Hecke 15 定理3.12 (次元公式). dim Sλ=0 n! x∈λhx が成り立つ.(これが,λ上の標準盤の個数に等しい.) この公式を使ってみるために,分割(5, 5, 3, 1)1 14の各boxにhookの長さを書き込んで計算してみると 8 6 5 3 2 7 5 4 2 1 4 2 1 1 ∴ dim S(5,5,3,1)= 14! 8· 6 · 5 · 3 · 2 · 7 · 5 · 4 · 2 · 4 · 2 = 27027 となる.
3.2 Robinson-Schensted
対応:正則表現の既約分解(おまけ)
対称群の正則表現CSnを考える.定理2.11(iv)によれば,正則表現にはすべての既約表現が自身の次元分の 重複度で現れるのであった;CSn=) λ)n (Sλ)⊕dim Sλ. dim Sλ= ({λ上の標準盤}であったことに注意して,両辺の次元を比較すると, n! =* λ)n (({λ上の標準盤})2 が成り立つことになる.この等式を次の定理のような「組合せ論的全単射」から意味づけることもできる. 定理 3.13 (Robinson-Schensted対応). n文字{1, 2, . . . , n}の置換全体とshapeが等しいn次標準盤の組 との間には,一対一対応がある. 作り方を例で説明する(証明には程遠い). 例 3.14. 置換σ = 1 1 2 3 4 5 6 7 3 2 5 6 1 7 4 2 を考える.2段目を左から順に読み出す. kをある列に入れる場合,既にその列にkよりも大きいboxがおかれていたら,kの次に大きいk%を一行下 へ押し出す. 上の置換の場合, 3 → 23 → 2 53 → 2 5 63 → 1 5 62 3 → 1 5 6 72 3 → 1 4 6 72 5 3 =: P となって,shapeが(4, 2, 1)の7次標準盤が1つできた. この成長過程で,(4, 2, 1)のboxに何step目で数字が入ったか書き込んでみると 1 3 4 6 2 7 5 =: Q というもうひとつの標準盤ができる.σ &→ (P, Q)が上の定理で述べた全単射の作り方である.(”bumping procedure”と呼ばれる.)3.3
対称関数環と
S
nの表現環
Specht多項式を用いて既約表現を構成することはできた.次に,既約指標の値を記述することを考えたい. そのための道具が「対称多項式」である.16 C[X1, . . . , Xn]にSnが成分の入れ替えで作用する.この作用に関して不変な多項式全体をC[X1, . . . , Xn]Sn とかく.このd次斉次部分をC[X1, . . . , Xn]Sdnとかく.変数の制限 ρdm,n:C[X1, . . . , Xm]dSm → C[X1, . . . , Xn]Sdn; Xi&→ 3 Xi (i≤ n) 0 (i > n) に関する逆極限Symd:= lim ←−C[X1, . . . , Xn] Sn d すべての直和を Sym =) d≥0 Symd とかいて,無限変数対称多項式環という. α = (α1, . . . , αn)∈ Nnに対し,単項式Xα= X1α1· · · Xnαnの交代化を aα(X1, . . . , Xn) = * w∈Sn sgn(w)w(xα) で定義する. 定義3.15. λを深さがn以下の分割とし,δ = (n− 1, n − 2, . . . , 1, 0)とおく.このとき,λに付随するSchur 多項式を sλ(X1, . . . , Xn) = aλ+δ aδ で定義する. 定理3.16. λを分割とするとき,sλは|λ| =+iλi次斉次対称多項式であり,ρn+1,nsλ(X1, . . . , Xn, Xn+1) =
sλ(X1, . . . , Xn)が成り立つので,sλ∈ Symがwell-definedに定義できる.このとき,{sλ | λは分割}はSym
の基底を与える.特に,{sλ | λ 1 d}はSymdの基底を与える. 上で述べたSchur多項式の定義は代数的な計算によるものだが,組合せ論的なデータからSchur多項式を計 算することでもできる.この性質を紹介するために半標準盤を導入する. 定義3.17. λを深さがn以下の分割とする.λ上に1からnまでの整数を,右には非減少,下には単調増加と なるように書き込んだものを半標準盤(semi-standard tableau)という. 半標準盤: 1 1 22 3 3 半標準盤ではない: 1 2 32 2 3 λ上の半標準盤Bに対し,ai= B中の数字iの個数 とおき,wt B = (µ1, µ2,· · · , µn)と定義する. 定理3.18. λを深さn以下の分割とする.このとき sλ(X1, X2,· · · , Xn) = * B:λ上の半標準盤 Xwt B が成り立つ.ここで,Bはλ上の半標準盤すべてを動く.また,Xwt B:= Xµ1 1 X µ2 2 · · · Xnµnである. 例3.19. 深さ3以下(=3変数)で考えることとし,3の分割(3, 0, 0), (2, 1, 0), (1, 1, 1)に対応するSchur多項 式を計算する. (i) (3, 0, 0)上の半標準盤は 1 1 1, 1 1 2, 1 1 3, 1 2 2, 1 2 3, 1 3 3, 2 2 2, 2 2 3, 2 3 3, 3 3 3
Hecke 17 であるから、 s(3,0,0)(X1, X2, X3) = X13+ X12X2+ X12X3+ X1X22+ X1X2X3+ X1X32+ X23+ X22X3+ X2X33+ X33 となる.これは3変数3次完全対称式と呼ばれている. (ii) (2, 1, 0)上の半標準盤は 1 1 2 , 1 1 3 , 1 2 2 , 1 2 3 , 1 3 2 , 1 3 3 , 2 2 3 , 2 3 3 の7つなので, s(2,1,0)(X1, X2, X3) = X12X2+ X12X3+ X1X22+ 2X1X2X3+ X1X32+ X22X3+ X2X32 となる. (iii) (1, 1, 1)上の半標準盤は,12 3 のみなので,s(1,1,1)(X1, X2, X3) = X1X2X3である. 定義 3.20. r次冪和対称多項式とは,pr:=+iXir∈ Symで定義される.λ = (λ1≥ λ2≥ · · · )を分割とする とき,pλ= pλ1pλ· · · で定める. 定理3.21. {pλ | λは分割}はSymの基底を与える. Sn の既約表現の同値類で生成されるZ-自由加群をK(Sn)とかき,既約表現Sλ に対応する元を[Sλ] ∈ K(Sn)とかく.K =/n≥0K(Sn)を対称群の表現環と呼ぶことにする. λ1 n, µ 1 mに対し, [Sλ]∗ [Sµ] =4IndSn+m Sn×SmS λ" Sµ5 により,K =/n≥0K(Sn)に積構造が導入できる.このとき,次の定理によって,対称群の表現環K⊗ZCと Symとは環として同型になる. 定理3.22 (e.g.[Mac]). ch : K⊗ZC → Sym; [Sλ] &→ sλ で定義すると,これは環としての同型を与える.さらに,pρ =+λχλρsλなる展開係数をχλρ とかく.これは, 巡回置換型から定まる分割がρであるような共役類上での,Sλの指標χλの値を与える. 注意3.23. 上の環同型は,KとSymに入るある内積を保つ計量同型になっている.詳細は[Mac]を参照. 例 3.24. 冪和多項式をSchur多項式で展開する計算.3変数の場合, p1= X1+ X2+ X3, p2= X12+ X22+ X33, p4= X13+ X23+ X33 だから, p(3,0,0)= X13+ X23+ X33 = s(3,0,0)− s(2,1,0)+ s(1,1,1), p(2,1,0)= (X1+ X2+ X3)(X12+ X22+ X33) = X13+ X12X2+ X12X3+ X1X22+ X1X32+ X23+ X22X3+ X2X33+ X33 = s(3,0,0)− s(1,1,1), p(1,1,1)= (X1+ X2+ X3)3 = X3 1+ X23+ X33+ 3(X12X2+ X1X22+ X12X3+ X1X32+ X22X3+ X2X32) + 6X1X2X3 = s(3,0,0)+ 2s(2,1,0)+ s(1,1,1)
18 となっている. この展開係数χλ ρ が次の表を与えることが見て取れる.そして,これは例2.9で得ていたS3の指標表に他な らない. 巡回置換型から定まる分割 (13) (2, 1, 0) (3) S3 1 (12), (23), (13) (123), (132) s(3) 1 1 1 s(2,1) 2 0 −1 s(1,1,1) 1 −1 1
3.4
制限分岐則とその精密化
例2.13(ii)で既約表現の制限分岐則を1つ調べていた.この章でSpecht加群を導入したことにより,nの分 割と既約表現の対応がはっきりしたので,それを元に指標表から制限の分岐則を書き下してみる. 例 3.25. 例2.9と例2.12で得ていた指標表をSpecht加群Sλを使って書き直すと次のようになる. S3 id (12), (23), (13) (123), (132) S 1 1 1 S 2 0 −1 S 1 −1 1 S4 id (12) (12)(34) (123) (1234) S 1 1 1 1 1 S 3 1 −1 0 −1 S 2 0 2 −1 0 S 3 −1 −1 0 1 S 1 −1 1 1 −1 これを利用して,ResS4 S3S λの既約分解をYoung図形を用いて書き表すと次のようになる.例2.13(ii)と同じよ うに,id, (12), (123)での値を見て既約分解する. 指標値 重複度 S4\S3 id (12) (123) S S S S 1 1 1 1 0 0 S 3 −1 0 1 1 0 S 2 2 −1 0 1 0 S 3 −1 0 0 1 1 S 1 1 1 0 0 1 この表の右3列の意味は,行で読むと ResS4 S3S = S , Res S4 S3S = S ⊕ S ということである.Frobenius相互律に注意すると列で読むことで IndS4 S3S ∼= S ⊕ S ⊕ S もわかる. この表現の制限や誘導の分岐則をYoung図形に着目して眺めると,既約分解を組合せ論的に記述する次の定 理が成り立っていることが確かめられる.Hecke 19 定理3.26 (Snの制限・誘導分岐則). Sn−1をnを固定する置換の全体とみてSnの部分群と考える. (i) λ1 nとする.このとき,ResSn Sn−1S λ ∼ =) µ Sµが成り立つ.但し,µはYoung図形λから1個boxを 取り除いて得られるYoung図形すべてを動く. (ii) ν1 n − 1とする.このとき,IndSn Sn−1S ν ∼=) µ Sµ.但し,µはYoung図形νに1個boxを追加して得 られるYoung図形すべてを動く. 注意 3.27. 上の分岐則において特徴的なことのひとつに,既約分解に現れる既約表現がすべて重複度1である ということが挙げられる.これはかなり特殊なことであるが,逆に言うとSλの部分空間でSµに同型なものが 一意的に定まることを意味している.このような部分空間を取り出すことは意味のある問題であるが,Specht 多項式による基底では不十分であることを注意3.10で指摘していた. 分岐則の様子を図示するためにYoung束と呼ばれる有向グラフを導入しておこう.
定義 3.28. λのYoung図形において,boxを取り外しても再びYoung図形となっているとき,そのboxを removableと呼ぶ.またboxを追加しても再びYoung図形となるとき,そのboxをaddableと呼ぶ.
removable addable 定義3.29. 分割全体を頂点とし,µにaddableなboxを1つ付加してλが得られるとき,µ−→ λと有向辺を つけることにより,分割全体の上に有向グラフが定まる.これをYoung束と呼ぶ. こうした分岐則は非常に古典的な結果であるが,背後に「無限次元の大域的対称性」があるということがわ かったのは,それに比べるとずいぶん新しいことである.この結果を説明するために,上のYoung束の有向辺 に“色を付ける”ことを考える. 定義 3.30. box x の contentとは,(x の属する列番号)-(x の属する行番号) で与えられる量のことを 言う., ∈ Z≥2 に対して,xの content (mod ,)で定まる値を xの,-residue と呼ぶ.,-residueがi の addable,removable boxをそれぞれi-addable,i-removable boxと呼ぶ.
content 2-residue 3-residue 4-residue
0 1 2 3 4 −1 0 1 2 3 −2 −1 0 1 2 −3 −2 −1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 2 0 1 2 0 1 2 0 1 2 0 1 2 0 1 2 0 1 0 1 2 3 0 3 0 1 2 3 2 3 0 1 2 1 2 3 0 1
定義3.31. Young束の各有向辺に対して,,-residue= iのboxを追加しているとき,i (0≤ i ≤ , − 1)という 色を付けることにし,µ−→ λi と書く.
20 φ "" ''!!!! !! ((" " " " " " "" #))# # # # # "" **$$$$ $$ ++%%%% %%%% "" &,,& & & & & "" --'''' '' "" ((..( ( ( ( ++%%%% %%%% % "" //)))) ))) "" 00* * * * * * 00* * * * * * 11++++ +++ 11++++ ++ 22, , , , , "" "" - 33 -44... ... .... --//// //// // 440000 0000 0000 0 //1111 1111 1 "" 552222 2222 2222 2 "" 223 3 3 3 3 3 3 664444 4444 444 "" 223 3 3 3 3 3 775555 555 33 -886 6 6 6 6 6 6 6 6 6 6 997777 7 ::8 8 8 8 8 889 9 9 9 9 9 9 9 9 9 ::8 8 8 8 8 8 ;;# # # # # # # # # # # # 図1 Young束(n≤ 6の部分) 例 3.32 (色付きYoung束の例). , = 2の場合. φ 0 "" 1 <<4444 444 1 ((" " " " " " 0 "" 1 ;;: : : : : : : 0 "" 1 ++%%%% %% 1 ++;;;; ;;;; ;; 1 "" 0 00( ( ( ( ( ( 0 "" 0 --'''' ''' 1 "" 1 22, , , , , , , 0 ++;;;; ;;;; ;;;; ; 1 "" 1 //)))) )))) ) 0 "" 0 00< < < < < < < < 0 223 3 3 3 3 3 3 3 0 11==== ==== = 0 995555 555 1 ::> > > > > 0 "" 1 "" 0 ==? ?? ?? ??
Hecke 21 , = 3の場合. φ 0 "" 1 <<4444 444 2 ((" " " " " " 2 "" 2 ;;: : : : : : : 1 "" 1 ++%%%% %% 0 ++;;;; ;;;; ;; 2 "" 1 00( ( ( ( ( ( 0 "" 2 --'''' ''' 1 "" 0 22, , , , , , , 1 ++;;;; ;;;; ;;;; ; 2 "" 0 //)))) )))) ) 0 "" 1 00< < < < < < < < 1 223 3 3 3 3 3 3 3 2 11==== ==== = 2 995555 555 0 ::> > > > > 0 "" 1 "" 2 ==? ?? ?? ?? この色付き有向辺を利用して,対称群の表現環上に次のような作用素を導入する.これは,制限函手と誘導函 手から定まる表現環上の作用素を精密化したものであると言える. 定義 3.33. , ∈ Z≥2 を固定する.Grothendieck群K⊗ZC =/n≥0K(Sn)⊗ZC上の精密化された制限写 像eiと精密化された誘導写像fiを ei[Sλ] = * µ−→λi [Sµ], fi[Sµ] = * µ−→λi [Sλ] (0≤ i ≤ , − 1) と定義する.また,
hi[Sλ] = (({i-addable box to λ} − ({i-removable box in λ})[Sλ]
と定義する. この作用素の全体{ei, hi, fi; 0≤ i ≤ , − 1}が先ほど述べた「無限次元の大域的対称性」と述べたものだが, 結論を述べる前に,作用素の満たす関係式を具体例で計算してみよう. 例 3.34. , = 2, λ = (3, 1)とする.[Sλ]の代わりにλだけ略記すると 0 1 0 1 f0 !! e0 >>@ @ @ @ @ @ @ @ @ @ @ @ @ 0 1 0 1 0 + 0 1 0 1 0 e0 !! 2 0 1 0 1 + 0 11 0 + 0 1 1 0 0 1 1 f0 !! 0 1 0 1 + 0 11 0 + 0 1 1 0 から,(e0f0− f0e0)[S(3,1)] = [S(3,1)] = h0[S(3,1)].他にも, (h0e0− e0h0)[S(3,1)] = 2[S(2,1)] = 2e0[S(3,1)], (h0f0− f0h0)[S(3,1)] =−2([S(3,2)] + [S(3,1,1)]) =−2f0[S(3,1)], となる.-e0, h0, f0.は,[f, g] = f g− gfなるLie括弧積に関して, [e0, f0] = h0, [h0, e0] = 2e0, [h0, f0] =−2f0
22 を満たすことになる.これはLie環sl2(C)の基本関係式であり,-e0, h0, f0.はsl2のK⊗ZCへの作用を与え ている. もうひとつe1とf0の交換関係とe1とh0の交換関係を具体例で見てみよう. 0 1 0 1 1 0 e1 !! f0 "" 0 1 0 1 0 f0 "" 0 1 0 1 1 0 0 e1 !! 0 1 01 0 0 0 1 0 1 e1 !! h0 ((" " " " " " " " 0 1 0 1 h0 !! −0 1 01 0 1 0 1 e1 !! 0 1 0 この例から[e0, f1] = 0と[h0, e1] =−2e1であることがわかる. 注意3.35. , = 3の場合にh0, e1の交換関係が少し変わることに注意しておこう. 0 1 2 2 0 1 1 e1 !! h0 ??A A A A A A A A A A A A 0 1 2 2 0 1 + 0 1 2 2 0 1 h0 !! 0 1 22 0 1 + 0 1 2 2 0 1 20 1 22 0 1 1 e1 !! 2 0 1 22 0 1 + 0 1 2 2 0 1 この例から,[h0, e1] =−e1であることがわかる. この“無限次元の大域的対称性”の正体を定義しよう.A(1)!−1型affine Lie環がそれである.これはより一般
にはKac-Moody Lie環と呼ばれる無限次元Lie環の重要なクラスである. 定義3.36. A(1)!−1型Cartan行列を次の,× ,行列で定義する. A = -2 −2 −2 2 . (, = 2), A = 2 −1 0 · · · 0 −1 −1 2 −1 · · · 0 0 0 −1 2 . .. ··· 0 .. . ... . .. ... ... ... 0 0 · · · −1 2 −1 −1 0 · · · 0 −1 2 (,≥ 3) A = (aij)0≤i,j≤!−1とおき,ei, hi, fi (0≤ i ≤ , − 1)を生成元とし,次の基本関係式で定義されるLie環をsl!! とかいて,A(1)!−1型affine Lie環と呼ぶ; [hj, ei] = aijei, [hj, fi] =−aijfi (0≤ i, j ≤ , − 1) [hi, hj] = 0, [ei, fj] = δijhi (1≤ i, j ≤ ,), [ei, [ei, ej]] = 0 (j− i ≡ ±1 mod ,), [ei, ej] = 0 (otherwise), [fi, [fi, fj]] = 0 (j− i ≡ ±1 mod ,), [fi, fj] = 0 (otherwise). 定理 3.37 (伊達-神保-三輪-尾角1989). 上で定めた{ei, hi, fi | 0 ≤ i ≤ , − 1}の作用は,affine Lie環sl!!の K⊗ZCへの作用を与える.この表現はレベル1のFock表現と呼ばれている. 注意 3.38. ここで定義したei, fiの作用は,K(⊗ZC)上のvirtualな作用ではなく,対称群の表現レベルで実 現することができる.このことを説明するために,Jucys-Murphy元を導入する.
Hecke 23 定義3.39. CSnをSnの群環とし, Lk := (1, k) + (2, k) +· · · + (k − 1, k) ∈ CSn (2≤ k ≤ n) とおく.これをJucys-Murphy元と呼ぶ. LkはSk−1と可換である.従って,これらの元はCSnの可換な元の族を与えている.そこで,まずいくつ かの例でLnのSλへの,特にSλの基底を与えるSpecht多項式への作用を調べる. 例 3.40. (i) λ = (2, 1)の場合.L3= (13) + (23). L3f1 3 2 = L3(X1− X2) = (X3− X2) + (X1− X3) = X1− X2= f1 3 2 , L3f1 2 3 = L3(X1− X3) = (X3− X1) + (X1− X2) =−f1 2 3 + f1 3 2 . (ii) λ = (2, 2)の場合.L4= (14) + (24) + (34). L4f1 2 3 4 = L4(X1− X3)(X2− X4) = (X4− X3)(X2− X1) + (X1− X3)(X4− X2) + (X1− X4)(X2− X3) = f1 3 2 4 − f 1 2 3 4 + -f1 2 3 4− f 1 3 2 4 . = 0 L4f1 3 2 4 = L4(X1− X2)(X3− X4) = (X4− X2)(X3− X1) + (X1− X4)(X3− X2) + (X1− X2)(X4− X3) = f1 2 3 4 + -−f1 2 3 4 + f1 3 2 4 . − f1 3 2 4 = 0 (iii) λ = (2, 1, 1)の場合.L4= (14) + (24) + (34). L4f1 4 2 3 = f1 4 2 3 , L4f1 3 2 4 =−2f1 3 2 4 + f1 4 2 3 , L4f1 2 3 4 =−2f1 2 3 4 − f1 4 2 3 . (iv) λ = (3, 2)の場合.L5= (15) + (25) + (35) + (45). L5f1 2 3 4 5 = f1 2 5 3 4 − f 1 3 5 2 4 . これらの例を見ると,LnfBの展開に現れる標準盤B%は,B自身かまたはnの位置がBよりも右にずれた ものであることがわかる.fBの係数はBにおけるnのcontentそのものであることも見て取れる.次の定理 が成り立つ. 定理3.41. λ1 nとし,λ上のremovableなboxの座標を (i1, j1), (i2, j2), . . . , (ir, jr) であるとし,µ(k):= λ \(ik, jk)1 (n − 1)とおく. Sλ上でL nは対角化可能で,その固有値と固有空間の次元は (j1− i1, dim Sµ (1) ), (j2− i2, dim Sµ (2) ), . . . (jr− ir, dim Sµ (r) ),
24 で与えられる.さらに,LnとSn−1の可換性から,各固有空間は,Sn−1の表現を与え,Sµ (k) (1≤ k ≤ r)に 同型である. この定理から,0≤ i ≤ , − 1に対し ei: Sn-mod→ Sn−1-mod; V &→
) k≡i (mod !) (V のLnの固有値kに対応する固有空間) なる完全函手が定まり,K上に誘導する写像が,上で定義したeiに一致することがわかる.fiを定義するのは もう少し準備がいるので,ここでは省略する. 上の定理でLnの固有空間としてResSSnn−1S λの既約成分が取り出されていることは非常に重要である.(注 意3.27も参照.)こうしたJucys-Murphy元の考え方は,対称群のモジュラー表現やHecke環の表現でも一般 化されていて,LLTA理論でも重要な役割を果たしている.またA型以外の対象でも類似物が知られている. ここまでのまとめ この章では,対称群の複素有限次元表現について調べてきた.特に,その表現環K⊗ZCには2つの大きな 構造が入ることがわかった.ひとつは対称多項式環Symとの環同型であり,もうひとつはaffine Lie環sl!!の
作用であった.対称多項式環Symとの同型は,既約表現類[Sλ]をSchur多項式s λに対応させることにより得 られており,これにより指標表を対称多項式環の2つの基底Schur多項式と冪和対称多項式の間の基底の変換 行列として取り出すことが出来た.sl!!の作用は対称群の制限・誘導分岐則という“現象”を統制する“無限次 元の大域的対称性”で,制限函手・誘導函手を精密化することによって記述されていた.無限次元というのは無 限次元Lie環であるということ,大域的というのは,n≥ 0にわたってK(Sn)を直和することによって初めて 見えてくる作用であるという意味である. affine Lie環sl!! レベル1のFock表現 @@ K⊗ZC =/n≥0K(Sn)⊗ZC ∼ !! Sym
なお,affine Lie環の表現論はVirasoro代数の表現論との関係が深い.対称多項式環へのaffine Lie環の作用か らVirasoro代数の表現を作ることができる.この作用に関する最高ウェイトベクトルを,Schur多項式やJack 多項式といった対称多項式で記述する結果もある.
次章から,完全可約性を崩した場合に,上のような図式がどのような形で受け継がれていくのかということを 意識しながら,モジュラー表現論へ入っていくことにする.
Hecke 25
4
完全可約性の破れ
-
対称群のモジュラー表現論
-ここでは係数体を複素数体から正標数の体に取り替えた場合の表現論について,特に対称群の場合を中心に議 論する.
4.1
何が起きるか−対称群の場合−
対称群の場合,複素有限次元既約表現のSpecht加群としての実現は,すべてZ上で行われていたことを思い 出すと,Sλ ⊗ZFpにより,Fp上の有限次元表現を得ることができる.特に標数2の有限体F2の場合を中心に, 係数体を正標数に取り替えることで,何が起きるのかを見てみることから始めよう. 例 4.1. まずF2上でSnの1次元表現を考える.C上では1次元(既約)表現として自明表現と符号表現があ り,それらは同値ではなかったが,F2上ではこの2つの表現は同値である.従って,F2上の1次元表現は自明 表現のみである.このことから容易に推測できることは,正標数の体上の表現論を考える場合,既約表現の個数 (やパラメトライズ集合)が変わり,またそれに応じて既約表現の次元が変化することがある. 例 4.2. F2上で2次対称群S2の左正則表現F2S2を考える.F2S2={0, eid, e(12), eid+ e(12)}という4つの 元からなることに注意しよう.このとき, U1:={0, eid+ e(12)} は自明表現に同型なF2の部分表現を与えている.(これは複素数体の場合と同様である.) ではU1の補表現,すなわちF2 ∼= U1⊕ W となるS2の表現W が取れるかどうかを考えてみよう.これ はF2の1次元表現となるはずである.しかし,(12)· eid = e(12), (12)· e(12)= eidであることに注意すると, {0, eid},{0, e(12)}はいずれも部分表現にはならない.これ以外にU1と異なる部分空間が取れないので,U1の 補表現W は存在しない.このことは,正標数の体上の表現論を考える場合,完全可約性が崩れることがあると いうことを意味している. なお,F2S2/U1は1次元表現で,それは自明表現に同型である.左正則表現F2S2は,非自明な表現の直和 に分解しない表現であり,このようなものを直既約(indecomposable)と呼ぶ. 例 4.3. S4のスタンダード表現を考えよう. まずC上での議論を思い出そう.分割(3, 1)上の標準盤は 1 3 4 2 , 1 2 4 3 , 1 2 3 4 の3種類である.Specht多項式を思い出すと,C上では,S(3,1)の基底として {X1− X2, X1− X3, X1− X4} という3つの多項式が取れることになり,S4の生成元s1, s2, s3の表現行列は s1= −1 −1 −10 1 0 0 0 1 , s2= 0 1 01 0 0 0 0 1 , s3= 1 00 0 01 0 1 0 と求められる. そこで,S(3,1) ⊗ZF2を考えよう.これはF2上8次元の表現であり,Specht多項式による基底からわかるよ うに, {0, X1+ X2, X1+ X3, X1+ X4, X2+ X3, X2+ X4, X3+ X4, X1+ X2+ X3+ X4}26 という8個の元からなっている.S4は変数の入れ替えで作用しているから,この表現には1次元の部分表現 W1:={0, X1+ X2+ X3+ X4} が含まれている.これは自明表現に同型である.表現行列のレベルで考えると s1= 10 11 10 0 0 1 , s2= 01 10 00 0 0 1 , s3= 1 0 00 0 1 0 1 0 という3つの表現行列を考えることになる.このとき, 1 1 1 という固有値1の固有ベクトルが存在する.こ れはs1, s2, s3で不変なベクトルであるから,S4のいかなる元でも不変になっているので,1次元自明表現に同 値な部分表現を与える. この例からわかることは,対称群においてはZ上実現されていたC上既約な表現Sλを係数拡大して得られ るFp上の表現Sλ ⊗ZFpも既約とは限らないということである. なお,W1を含むような部分表現はない.なぜなら,Xi+Xjの形の元を1つでも含むような部分表現は8個す べての元を含まなければならず全体に一致するしかないからである.例えばX1+X2を含むとすると,s2, s3を作 用させることでX1+X3, X1+X4が含まれ,これらの和を取ればX2+X3, X2+X4, X3+X4, X1+X2+X3+X4 を含まなければならなくなってしまうからである.従って,S(3,1) ⊗ZF2/W1は2次元既約表現を与える. 注意4.4. • S3のスタンダード表現S(2,1)の基底としてC上では,{X1− X2, X1− X3}が取れる.S(2,1)⊗ZF2は, 4個の元{0, X1+ x2, X1+ X3, X2+ X3}からなるが,これは既約である.上と同じように考えれば, {0, Xi+ Xj}を含むと全体に一致してしまうからである. • S4のスタンダード表現S(3,1)もF3上では既約であることを確かめることもできる.