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LLTA型理論の枠組みで議論されている代数はAHecke環以外にもいろいろある.ここではごく簡単にそ れらの状況について紹介してみる.

対称群

既に述べたように,対称群の場合の組成重複度とAHecke環の組成重複度にはズレがあり,今のところそ のズレを記述する満足できる方法は知られていない.対称群の場合の組成重複度[SλZFp:Dµp]の記述は現在 でも未解決である.

他方,Iの観点で見ると,Chuang-Rouquierにより,/

n0FpSn-mod上にsl2のcategorificationが実現で きることがわかった.彼らをこれを用いて,sl2の表現におけるWeyl群の単純鏡映のcategorificationを行っ た.これによりある種のtilting複体を作ることができ,対称群のblockに関するBrou´eの可換不足群予想が解 決されている.

BHecke環,cyclotomic Hecke

有木による組成重複度の記述は,AHecke環を含む一般的なクラスのHecke環であるcyclotomic Hecke 環に対しても証明されていた(1996).これはG(m,1, n)型複素鏡映群のHecke環であり,古典型のB型Hecke 環も含まれている.その際,L(Λ0)の代わりに,higher levelの基本表現を用いることになる.これらの代数に 対しても,graded representation theoryは量子展開環の作用を込めた記述を与えることに成功しており,満足 のいく形でestablishされている.

affine Hecke

Aaffine Hecke環は,AHecke環のみならずcyclotomic Hecke環を商にもつ無限次元代数であるが,そ のC上の表現はすべて有限次元で,パラメータが1の冪根であるか否かによらず表現の圏は完全可約ではない.

有木による証明は,まずこのAaffine Hecke環においてLLTA型理論の枠組みを構成することによってなさ れた.その際,affine Lie環や量子展開環の表現として,L(Λ0)の代わりに,下三角部分環Uv("sl!)とその結晶 基底や大域基底を用いた.この場合にもLLTA型理論は満足のいく形でestablishされている.

A型以外のaffine Hecke環についてのLLTA理論は,筆者と柏原およびMiemietzらにより対称結晶と呼ば れる新しい結晶構造とそれに付随する大域基底の理論が得られ,2006年にLLTA型予想として定式化された.

その後筆者による対称結晶の幾何学的構成とVaragnolo-Vasserotによるgraded representationの幾何学的構 成を用いることでこの予想は解決された(2009

Hecke 53

v-Schur環,cyclotomicv-Schur環,有理Cherednik代数

v-Schur環やcyclotomic v-Schur環は,AHecke環やcyclotomic Hecke環のpermutation加群と呼ばれ る特別な加群のendmorphism ringとして得られるものだが,AHecke環やcyclotomic Hecke環の準遺伝 的被覆になっていることが知られている.また,有理Cherednik代数のcategoryOとのRouquierによる圏同 値などもあり,活発に研究されている.

v1の冪根の場合のv-Schur環に対する組成重複度の記述はVaragnolo-Vasserotにより得られている.そ の際,量子展開環の表現はL(Λ0)の代わりにFock表現を使う.cyclotomic v-Schur環の場合には,Uglov よるhigher level Fock表現を用いて記述できるだろうというYvonneの予想があるが,現在のところ未解決で ある.また最近,Shanにより有理Cherednik代数の側面から誘導函手や制限函手に付随する結晶構造を取り出 す方法が得られている.これらの代数に対するgraded representation theoryなども未解決の問題である.

8 結び

ここまで対称群とHecke環の表現論について,完全可約な場合とモジュラー表現の場合とを,なるべく具体 的な計算を交えながら眺めてきました.

まず,対称群にせよHecke環にせよ,また今回は取り上げなかった半単純Lie環や量子展開環にせよ,完全 可約の場合の表現論は,代数的にも組合せ論的にも幾何的にも非常に多くの側面から様々な記述が得られていま

す.Introductionで紹介した「第1の観点」である「既約表現の分類や詳細な理解」には古典的な結果が多く知

られており,対称群の場合を中心にその一端を紹介しました.

その一方で,完全可約な場合の対称群の表現論における誘導・制限分岐則という興味深い「現象」の背後に affine Lie環という「無限次元の大域的対称性」が現れているという点を紹介しました.これは「第2の観点」

である「興味深い数学的現象を統制する対称性」のひとつの例になっています.

次に,対称群とHecke環のモジュラー表現論においてどのようなことがおきるかをいくつかの例で説明しま した.「完全可約性の破れ」のために,これらの代数における既約表現の構成は完全可約な場合に比べると格段 に複雑で詳細を理解するのが難しくなっています.「既約表現の分類や詳細な理解」という第1の観点で見ると,

対称群やHecke環は代数的/組合せ論的な方法での構成が知られているという点や表現の詳細についても多くの

結果が知られています.しかしもちろん例えば対称群の場合の既約表現の次元のように,まだ基本的な量の記述 が未解決なものが残っています.また対称群やHecke環と関連する他の代数へと視野を広げると,既約表現の 構成が幾何的な手法によるものしか知られていなかったり,既約表現の詳細な構造を調べるのが難しいとか,そ もそも既約表現の分類が未解決だというものも多くあります.モジュラー表現論の研究者は,われわれの身の回 りにある興味深い代数の既約表現の分類やその構造を代数・幾何・解析・組合せ論の様々な道具を用いて調べる ことをひとつの目標にもっていて,できればなるべく多くの視点からの理解/記述を与えることとそれらの間の 相互関係を調べることを 面白い と思っているのではないかと思います.

一方で,対称群とHecke環のモジュラー表現論には,Kleshchevによって発見された「モジュラー分岐則」

という興味深い「現象」がありました.この「モジュラー分岐則」は,完全可約な場合のYoung束などより もはるかに複雑ですが,その規則は組合せ論的にも興味深い形で記述されています.Lascoux-Leclerc-Thibon

は,「Young束の背後にあるaffine Lie環の対称性」の類似物として,モジュラー分岐則という「現象」の背

後にaffine量子展開環の対称性が隠れていることを見抜きました.この量子展開環は,graded representation

theoryを通じてHecke環のモジュラー表現におけるモジュラー分岐則や誘導・制限分岐則,組成重複度を統制

しており,それらは量子展開環の表現における結晶基底や大域基底を用いてなされています.

本稿の目標であったLascoux-Leclerc-Thibon-有木理論は,AHecke環のモジュラー表現における既

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約表現の構造や詳細な記述を与え,興味深い表現の組成重複度を記述するという意味で「第1の観点」からの面 白さがあると同時に,モジュラー分岐則のみならず組成重複度の記述においても,背後にあるaffine量子展開 環という無限次元の大域的対称性によって極めて精緻な形で統制されているという点で第2の観点の面白さが あると言えるのではないかと思います.

表現論以外の数学的/物理的現象の背後に対称性による統制が効いているという理論もいろいろ知られてい ると思いますが,今回は触れることが出来ませんでした.今回は表現論という分野の中で第1の観点と第2 観点が交錯する理論の一端を紹介しました.このような理論は,量子展開環のモジュラー表現をHecke環の Kazhdan-Lusztig多項式が統制するというKazhdan-Lusztig理論を初めとして他にもいろいろ知られていま す.

さて,本稿の終わりに少しだけ放言を.表現論は,与えられた代数を何らかの空間上の線型写像の族として実 現するものです.従って,それは多かれ少なかれハイレベルな線型代数という側面を持っています.われわれが 数学に触れる中でしばしば強調されることのひとつに、「座標や基底に依らない理解」というものがあり,線型 代数の授業でもそうした観点は重要な位置をしめているように思います.

翻って本稿の内容を見てみると,対称群の複素有限次元既約表現の構成は,Specht多項式という特別な基底 を用いて構成していました.AHecke環においても同様で,qの作用をともすれば技巧的とも思える方法で 導入することで表現の基底を構成していました.詳しくは触れませんでしたが,複素有限次元既約表現の基底を 構成する方法は,半正規基底と呼ばれるものもあります.

また,対称多項式環の構造で見たように,基本対称式や完全対称式以外にも冪和対称多項式やSchur対称多 項式のように,様々な基底を考え,それらの間の変換行列に表現論的な意味付けを発見しています.AHecke 環の構造も,自然に得られる{Tw}wW 以外に,Kazhdan-Lusztig基底{Cw}wW と呼ばれるもうひとつの基 底を考えて,それらの間の変換行列に着目することがKazhdan-Lusztig予想につながりました.

さらに本稿で主として紹介したLascoux-Leclerc-Thibon-有木理論では,affine量子展開環Uv(sl!)のレベル 1基本表現L(Λ0)中の(Fock表現からくる)自然な基底とupper大域基底という2つの基底と,AHecke 環のモジュラー表現の圏におけるSpecht加群からなる基底と既約加群からなる基底という2つの基底とが登場 し,互いの変換行列が結びつくというわけでした.

今回紹介した具体的な計算は,やや組合せ論的な色彩が強く,なんだか地べたを這いずり回ってちまちました 計算をしているとか,coordinate freeな感じが全くないといった感覚を持たれる方もいらっしゃるかもしれ ません.しかし,表現論においては,考えている代数の基底,表現の基底などともすればきわめて特殊で技巧的 に見える基底であっても,面白い基底ならばどんどん使うし,それらの間の基底の変換行列やその成分(=行列 要素)にも表現論的意味づけを見出したいと考えます.また代数・幾何・組合せ論・解析など様々な視点からそ の基底や変換行列の記述や意味づけを与えることが,表現論における面白さのひとつであると言うことができる と思います.今回,これらの理論の興味深い/面白い点の一端を,あるいはこうした計算を楽しそうに計算して いる表現論の人々の姿の一端を少しでもお伝えできたとすれば,望外の幸せです.

参考文献

[A:book] Susumu Ariki,Representations of quantum algebras and combinatorics of Young tableaux, Uni-versity Lecture Series, 26. American Mathematical Society, Providence, RI, 2002.

[Ari96] Susumu Ariki, On the decomposition numbers of the Hecke algebra of G(m,1, n)., J. Math.

Kyoto Univ. 36 (1996), no. 4, 789–808.

[ARS] Maurice Auslander, Idun Reiten and Sverre O. Smalø, Representation theory of Artin algebras, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, 36. Cambridge University Press, Cambridge,

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