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29 Überlingen, Germany Bashkirian Airlines Flight 2937, Russia, Tupolev 154M Bergamo, Italy Brussels, Belgium DHL DHX Flight 611, Boeing cargo

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2002年7月1日21時35分32秒(協定世界時、現地時間は23時35分32秒)ドイツ ユーバ リンゲン(Überlingen, Germany)上空29,890フィート付近で、モスクワからバルセロナへ 向かって飛行していたバシキリアン航空機(Bashkirian Airlines Flight 2937, Russia, Tupolev 154M)と、ベルガモ(Bergamo, Italy)からブラッセル(Brussels, Belgium)へ向けて飛行 していた DHL の貨物機(DHX Flight 611, Boeing 757−200 cargo jet)が空中衝突した。そ の直前、衝突を避けるため、TU154M 機のパイロットはチューリッヒの航空管制官の降 下指示に従い、一方の B757 機は空中衝突防止装置(TCAS)の指示に従って、共に降下 中、両機はほぼ直角の水平角度で衝突して墜落・炎上し、両機の乗客乗員71名全員が死亡 した。 本論文は、この空中衝突の事故をヒューマンインターフェースの観点からリスクを分析 すると共に、2001年1月31日に日本上空で起きた航空機同士のニアミス事故との相違を検 証する。

A Tupolev 154M, en route from Moscow to Barcelona, collided with a Boeing 757−200 cargo

jet over Überlingen, Germany at 21:35:32 (UTC: Coordinated Universal Time) on July 1, 2002,

killing all seventy one people aboard both aircrafts. Approaching to each other in midair both

aircrafts descended: Tupolev 154M followed instructions by Air Traffic Controller (ATC), while

ドイツ上空での航空機空中衝突事故

1.はじめに 2.衝突に至る経過 3.航空管制システムからみた事故原因 4.結論 5.おわりに

(2)

Boeing 757−200 followed by Traffic Alert and Collision Avoidance System (TCAS). This

process to the collision was similar as the near miss case of two Japan Airlines Flights 907 and

958 over Japan in 2001. This paper examined the background of the incident regarding human

interface errors and risk management.

1.はじめに

2002年7月1日21時35分32秒(協定世界時、以下同様。現地時間は同日23時35分32秒)、 ドイツ ユーバリンゲン(Überlingen, Germany)上空29,800フィート付近で、モスクワか らバルセロナへ向かって飛行していたバシキリアン航空機(Bashkirian Airlines Flight 2937, Russia, Tupolev 154M型、以下 TU154M 機と称する)と、ベルガモ(Bergamo, Italy)か らブラッセル(Brussels, Belgium)へ向けて飛行していた DHL の貨物機(DHX Flight 611, Boeing 757−200 cargo jet、以下 B757 機と称する)が空中衝突した1)

。その直前、衝突を避 けるため、TU154M 機のパイロットはチューリッヒの航空管制官の降下指示に従い、一 方の B757 機は空中衝突防止装置(TCAS: Traffic Alert and Collision Avoidance System)の 指示に従って、共に降下中、両機はほぼ直角の水平角度で衝突して墜落・炎上し、両機の 乗客乗員71名全員が死亡した2)3) 。TU154M 機には、乗客60名、乗員9名の計69名が搭乗 し、乗客の多くは数学オリンピックで優勝したご褒美としてバルセロナへの旅行が与えら れた小学生チームメンバーを含むチャーター便であった。B757 機は機長と副操縦士2名 が搭乗しており、バーレーン(Bahrain)−ベルガモ(Bergamo)−ブラッセル(Brussels) を結ぶ DHL のチャーター貨物機であった。 本事故は、丁度1年半ほど前の2001年1月31日、2機の日本航空機接近に際して、航空 管制官が便名を間違えて降下指示を出しこれに従って降下中の日本航空所属のボーイング 747−400D(JA 8904)型機と、巡航高度から TCAS に従って降下中の日本航空所属 DC−10− 40(JA 8546)型機が、焼津上空35,700フィート付近でニアミスし、衝突をかろうじて免 れた事故に類似のケース4)5)6)7)8)9) で、この日本での事故の教訓が生きなかった不幸な結果 となった。 本論文は、この空中衝突の事故をヒューマンインターフェースの観点からリスクを分析 すると共に、2001年1月31日に日本上空で起きた航空機同士のニアミス事故との相違を検 証する。

(3)

2.衝突に至る経過

10)11)

(1)B757(DHX611)機

B757機(code No. DHX611, Boeing 757−200 型)は、Bahrain(バーレーン)−Bergamo −Brussels−Bahrain 間を結ぶ DHL のチャーター貨物便である。47歳の機長と34歳の副操 縦士が搭乗操縦していた。同機は、Brussels 行きの貨物便としてバーレーン空港を7月1 日13:30離陸して、同日19:10に Bergamo(伊)に到着し、当空港で給油と荷物の積み下ろし ・積載を行った。7月1日21:06、Brussels に向け Bergamo を飛び立った。飛行は計器飛 行の届けであった。飛行計画は、出発空港:LIME(Bergamo)、離陸時:21:00時、巡航 速度:463kt、高度 FL360で、経路:ABESI−UN851−TGO−UL608−LAMGO−UZ738−ANEKI −UZ917−BATTY、目的地:EBBR(Brussels)、推定飛行時間01:11時間、代替候補空港: EDDK(Cologne)であった。

機長は PIC(Pilot in command)として左側の PIC 席に着いていた。右側の Co pilot 席 の副操縦士は、PF(Pilot in Flight)として同機を操縦していた。DHL 機が最初に ACC Zurich と交信したのは7月1日21:20:08時、周波数は128.050MHz。「現在高度 FL260に向かっ て上昇中、・・・に向かう」(・・・の部分は unreadable とされている)と発信した。この発信 は ACC Zurich 側が busy だったため、確認の返信はなかった。

21:21:50時再度、「FL260を飛行中、ABESI に直行したい」との交信を行った。これに 対する返信で、「FL320へ上昇せよ、直接 TGO VOR(無線標識)へ向かう」よう管制指 示を受けた。DHL 機はこれを了解し、さらに FL360への上昇を要求した。ACC Zurich は、 この要求をペンディングし、4∼5分後に追って指示する旨回答した。21:26:36時、ACC Zurichから FL360への上昇・巡航の許可を受け、同21:26:39、パイロットはこれを復唱し た。同機は21:29:50時、FL360に達した12) 。21:34:24時、PF(右席に座っている copilot) は操縦席後部にあるトイレに行くため席を離れ、以後 PIC が操縦をすることになった (hands over the controls to the PIC)。TA 発信の18秒前、衝突まで1分8秒(1:08)前の ことである。

同21:34:42時、TCAS の TA(Traffic Advisory)が点灯し “Traffic, Traffic” とアラーム が鳴った。同21:34:56時、TCAS の表示が RA(Resolution Advisory)に変わり、降下(降 下率1,500ft/min)を指示した。クルーは直ちにこれに対応する。このとき、TU154M 機と の距離7NM13)

(4)

同21:35:10時、TCAS がインクリース RA(“Increase RA”)に変わった(降下率2,500ft/min を指示)。トイレに行っていた First Officer(copilot)が戻り席に着きマイクセットを装着 した。同21:35:19時、クルーは ACC Zurich に TCAS descent を報告。ACC Zurich からの 返答はなかった。 13秒後の同21:35:32時、B757 機の垂直尾翼が TU154M 機の胴体を直撃した。衝突の直 前2秒前、B757 機のパイロットは操縦桿を前にスライドさせて衝突を避けようと推定さ れるデータの undulation がみられる14) 。衝突時の高度、34,980フィート、磁位004°、ピッ チ角−1.5°、対する TU154M 機は同磁位274°、ピッチ角−1°と、共にほぼ水平状態で角 度90°の衝突だった15)16) (図1、図2参照)。衝突によって、B757 の垂直尾翼の80%が瞬 時に破壊されたため17) 、コントロールを失って Taisersdorf 村の西南西1!の地点に墜落・ 炎上した18) (2)TU154M機

Bashkirian Airlines Flight 2937(code No. BTC2937, Tupolev TU154M 型機)はモスクワ (Moscow−Domodedova 空港)を7月1日18:48に離陸し、バルセロナ(Barcerona(LEBL)) へ向け飛行していたチャーター便であった。乗客60名と乗員9名が搭乗していた。乗客の 多くはロシアで開催された「数学オリンピック」での優勝のご褒美に贈られたバルセロナ ツアーの往きの飛行途中で、多くは小学校の生徒たち(school children)と一部その親た ちが搭乗していた。9名の乗務員のうち5名が操縦スタッフとしてコックピットにいた。 操縦士 PF(Pilot flying)は52歳、PIC(Pilot in command)の監督の下で左側の操縦席で操 縦していた。右側の操縦席には40歳の操縦士が、instructor として、そして今回の flight は PNF(Pilot non Flying)として無線交信を担当していた19)

。副操縦士(Copilot)は41歳。 左側操縦席の後方、Copilot 席に座っていたが、今回の flight ではコックピット内で何の 役割も付与されていなかった。Flight navigator の席は、前列正副操縦士の中間位置すぐ後 方にあり、51歳男性操縦士(航法士)が、最後列には37歳の Flight engineer(航空機関士) が乗務していた。ロシア連邦においては、優れた flight crew に class 1 から class 4 の4段 階からなる “performance classes” の称号が与えられており、今回のクルーは全員最高位の performance classであったとされている。

飛行計画は、離陸空港:UUDD(Moscow−Domodedova)、離陸時間:18:30時、巡航速 度:880km/h、巡航高度:10,600m、飛行経路:KLIMOVSK−KAMENKA−ZAKHAROVKA −R11−YUKHNOV−B102−BAEVO/巡 航 速 度:470kt、高 度 FL360、飛 行 経 路:UL979−

(5)

図1.B757 機と TU154M 機の飛行経路 Fig.1 Re construc tion o f flightpa th of B757 −200 and T U154M according to radardata Investigation R eport, Ge rman Federal B ureau of Aircra ft Accidents Investigation, (Bunde sste lle fur F lugunfa llunte rsuc hung), A X 001−1−2/02, Ma y 2004. Appe ndix 1 より( 0)

(6)

MATUS − UM984 − BOLMU − UT43 − STOCKERAU − UR23 − SALZBURG − UL856 −

TRANSADINGEN − Z69 − OLBEN − UN869 − OLRAK − UN855 − PERPIGNAN − UB384 −

SABADELL、最終目的地:LEBL(Barcerona)、推定飛行時間:04:20、代替空港:LEGE (Girona)であった。

モスクワ(Moscow−Domodedova 空港)を7月1日18:48時離陸した TU154M 機は、21: 11:55時、ザルツブルグ付近にあって、Vienna Rader 管制から高度 FL360で Transadingen

VOR20)

への直行が認められた。同21:16:10時、同機はドイツ領空に入りミュンヘン管制下 に入った。同21:29:54時ミュンヘン管制から128.050MHz で ACC Zurich に移管するよう 指示された。同21:30:11時と同21:30:28時、クルーは ACC Zurich にコンタクトした。同 21:30:33時、ACC Zurich は transponder channel, 7520 にスイッチするよう指示した。しか し、その後のフォローはなかった。4分17秒後の21:34:49時、(事故に直結する)FL350 への降下指示が出される。

図2.衝突の再生画像

Fig.2 Reconstruction of Collision Investigation Report, German Federal Bureau of Aircraft Accidents Investigation,

(7)

同21:33:00時から同21:34:41時、TU154M 機のクルーは空中衝突防止装置(TCAS)に 表示された左前方から接近中の機影について話し合っている。Flight engineer を除く全員 の会話が(CVR: Cockpit voice Recorder)に記録されている。その内容は、接近中の航空 機を避けるための位置と高度に関するものと解されている21)

。21:34:36時、操縦士は、“Here it is in sight”、と述べ、さらに2秒後 “Look here, it indicates zero” と、相手機を視認して おり、計器上の高度差が零であるため衝突を避けなければならないとの状況を認識してい たと思われる。同21:34:25時、機体は磁針(Magnetic heading: MH)を254°から264°に向 けバンク角10度で左旋回を始めた22)

(同21:34:55時まで)(図1参照)。衝突の1分7秒前 のことである。

同21:34:42時、TCAS が TA(traffic alert)を発した。7秒遅れて同21:34:49時、ACC Zurich から接近中の航空機があるため直ちに FL350に降下するよう指示を受けた。同21:34:54時、 クルーは降下の操作を始めた。同21:34:56時、TCAS が RA(resolution advicery)を発し、 上昇を指示した。しかし、クルーは管制官の指示に従って降下を続ける。レーダーが相手 機との距離7NM を表示した23) 。同21:35:03時、ACC Zurich から再度「接近中の航空機 があるため FL350に降下」するよう指示された。これは、先の降下指示に対する応答がな かったためである。これに対し、今度は即座に「直ちに降下」と返信した。さらに、管制 官から「(相手機は)FL360で2時の方角に接近中」との情報を受けたが、2時ではなく10 時の方角だった。同21:35:24時、TCAS がインクリース RA “increase climb” に変わった。 その8秒後、TU154M 機の機体中央部の胴体左方向から B757 機の垂直尾翼が貫通した。 高度34,890フィート、ドイツ、ユーブリンゲン上空だった。TU154M 機は大きく2つに 裂かれた後墜落・炎上した。衝突の3秒前、操縦桿を強く引く操作が観測されている24) 衝突を避けるため、上昇に転じようとの意図であったものと推定される。 (3)ACC Zurich ACC Zurichでは、この前の21:15頃から、35歳の航空管制官が一人でこの空域の管制と、 隣接する Freidrichshafen 空港へアプローチ管制を担当していた。他に女性の補助者が一名 いたが、管制指示を出す資格はなかった。この空域を管制するワークステーション(SRE: Zurich South Sector Rader Executive)では128.050MHz、右隣の Freidrichshafen 空港へアプ ローチ管制のためのワークステーション(AE RE/A RE: Zurich Arfa Sector Rader Executive) は周波数119.920MHz で交信が行われていた。21:29:25時頃、隣接する Freidrichshafen 空 港へアプローチする AEF1135(Aero Lloyd Flugreisen, Airbus A320、以後 A320 機と称す

(8)

る)への管制指示に注意が注がれていた。21:29:25時、専用電話で Freidrichshafen Tower (TFHA, Telephone Freidrichshafen Tower)とコンタクトしたが、(実は2回目の call、1 回目は21:25:43時から21:25:49時)工事中のため繋がらなかった25) 。A320 機へのアプロ ーチ指示は21:34:08時まで、8回の交信が記録されている。 21:34:49時、管制官が2機の接近(traffic)に気が付いて TU154M 機に直ちに高度 FL 350に降下するよう指示した。同21:35:03時、再び同様の降下指示を出した(21:35:07時 まで)。即座に TU154M 機から直ちに FL350に降下するとの復唱があった(21:35:12時ま で)。衝突の20秒前である。同21:35:13時、重ねて「高度 FL360で2時の方角に traffic」 と情報を伝えたが、実際は10時の方角の間違いだった。同21:35:19時、B757 から “…….. six hundred … ah TCAS−descent” と TCAS の RA 降下指示警報が作動しているとの報告が あった。これに対する回答や管制指示の記録はなんら残されてはいない。その後、管制官 は再び A320機と交信する。衝突時の21:35:32時の直後の数秒から20数秒の間でモールス 信号や大きな風音が記録されていた。管制用ワークステーションの画面では TU154M は 赤い点になっていた。それはレーダー信号が受信されないことを意味していた。一方、B 757機はディスプレイから消えていた26) 。衝突後の21:36:01時と21:36:23時の2回、そし て21:37:15時、管制官から、TU154M 機を call する “BTC 2937?” が記録されている。そ れに対する応答はなかった。一方、B757 機に対しては呼びかけもなかった。

3.事故の原因と分析

27) 本件の事故には、大きく3つの原因が考えられる。 第1に、TU154M のパイロットが TCAS の上昇指示に従わず管制官の降下指示を優先 させたこと。 第2に、航空管制官が2機の接近に気が付くのが遅れたこと。 第3に、当日の航空管制体制の不備によるシステマティックなエラー。 である。 第1は、TCAS 動作時の基本的リスク回避の判断ミスによるもので TU154M 機のパイ ロットのヒューマンエラーと考えられる。第2は、航空管制官が隣接空港にアプローチし ていた他機(A320 機)の着陸誘導管制コントロールに注意が集中し、当該2機の接近に 気が付くのが遅れたことが指摘されている。事前に接近を予測し適切な管制指示を出して いたら、十分な垂直高度を維持して交差でき TCAS が作動することもなかったからであ

(9)

る。そして、第3の原因として、事故の外因と位置づけられるが、当時の ACC Zurich の 管制の機能と運営に重大な不備があったことがあげられる。即ち、空域調整工事のための システム遮断、通信系のバックアップ体制の不備、一人勤務という管制体制の不備、そし て工事の内容や管制への制限に関する不適切な説明、などの多くのシステムマネジメント を怠ったことによるエラーが重なったということができる28)29) 。以下、これらについて考 察する。 3.1 TCAS 優先の原則 第1の原因は、TU154M 機のパイロットが TCAS の指示とは逆の操作をしたことにあ る。端的に言えば、第2、第3のエラーがあっても TCAS に従って回避操作をしていれ ば衝突を避け得たと考えられる。すなわち、TU154M 機のパイロットが、TCAS の上昇指 示とは逆の管制官の降下指示に従い、一方では B757 機のパイロットが TCAS に従って 降下し、結果として双方が降下する状況を作ったことにある。この事故の構図は、2001年 に起きた日本航空ニアミス事故に類似のケースである。それは、2001年1月31日15:54:11 秒(日本時間)頃、韓国釜山を発って成田空港へ向け巡航していた日本航空 DC−10 と、 羽田発沖縄行きの日本航空所属の Boeing747−400 型機が焼津上空35,700フィート付近でニ アミスし、衝突を避けるためになされた急降下によって100名の乗務員乗客が負傷したも のである。この事故では、当該空域を管制していた航空管制官が便名を間違えて、上昇中 の Boeing 機に降下指示を出し、その指示に従ったパイロットが、その後の TCAS−climb (RA)発出後、さらに increase RA発出後も TCAS の上昇指示とは逆の、管制指示を優 先させて降下する一方、他方の DC−10 型機が TCAS−descent の指示に従って降下した結 果、上記2機がニアミスを起こしたものである。今回の事故でも、TCAS の指示とは逆の、 降下の管制指示を優先させた TU154M 型機のパイロットのミスが根本的な原因である30) この判断ミスを誘引する要因として、ロシア連邦の運行マニュアル(規定)の規定やパ イロットの TCAS 訓練履歴についても検討する必要がある。 事故調査委員会(BFU)のレポートによれば、ロシア連邦の運行マニュアル(規定)で は、「TCAS と航空管制官の指示が食い違った場合、航空管制官の指示を優先させる」と の規定31) であったとあるが、リスクマネジメントの点から明らかな間違った判断であり、 規定といえる。およそすべての状況に於いて、「ひと度、TCAS が作動したら、直ちに TCAS の指示に従う」ことが衝突のリスクを減らす唯一の方法であるからである。それは、衝突 防止装置(TCAS)の目的と機能を理解すれば自明の事であろう。即ち、(1)TCASは安全

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な航空運行を支える航空管制システムにとって「最後の安全装置」と位置づけられること、 (2)接近中の航空機の速度・高度・方向などを瞬時に読み取って衝突確率から判断する最 新の電子機器から成ること、(3)その指示は一方に降下(descent)ならば他方には上昇 (climb)と単純な指示構成から成ること、そして、(4)緊急度がきわめて高い回避指示か ら成ること、などである。現在の航空管制システムはヒューマンエラーを内包するシステ ムであり、特に航空管制官の指示にそのエラーの確率が高いシステムの構成を考慮すれば、 その重要性と緊急性が求められる。例えば、TCAS−RA から TCAS−Increase RA への移行 は航空機同士の衝突確率が数10万倍増大するとの緊急回避の必要性を裏付ける定量的な理 解も紹介されている32) また、2002年当時の米国やヨーロッパの規定にも明文化されていたことである。例えば、 米国連邦航空規則(FAR)及びアドバイザリー・サーキュラー120−55A “AIR CARRIER OPERATIONAL AND USE OF TCASII” (以下単に AC)には、3.2.10.1項に、「RA が 作動した場合は、(中略)、直ちに RA に従うべきである」33) (AC、11b(2))と、またヨ ーロッパ共同航空局の規定でも、「管制指示と RA の回避指示を同時に受け、それらが 相反する場合には、RA に従うべきである」34) などと規定されている。 そして、2001年に日本上空で起こったニアミス事故以来、国際的にもこの点を強調し規 定を明確化し運用規則を改めるとともに、国際民間航空機関(ICAO)への安全勧告が行 われた35) 経緯がある。これらの教訓が全く生かされなかった。さらに、TU154M 機のパイ ロットは航空機関士を除く全員が TCAS の訓練を受けていた36) 。しかし、その教育が生 かされなかった。 以上、(1)TCAS運用上の常識、(2)多くの主要国で規定は改定され運用されていた、(3) 1年半ほど前のニアミス事故で、教訓が広く報告され注意を喚起されていた、そして、(4) パイロットは TCAS の教育を受けていたことなど、TCAS の指示が優先されるべき事を 指摘した。 3.2 Zurich の管制センターの当該機接近発見の遅れ37) 第2の原因は管制官が2機の接近に気が付くのが遅れたこと。 これは、当該航空管制官が隣接する Freidrichshafen 空港に着陸すべくアプローチしてい た A320 機への対応に注意が向けられ、当該2機の接近に気が付くのが遅れたことが直接 的な原因とされる。しかし、その接近への “signal” は A320 の管制に集中して2機の接 近を失念する前、少なくとも2回あったと考えられる。

(11)

最初は、ACC Zurich への管制移管が行われた時で、飛行計画を書いたタグ38)

(Flight plan data−the control strip)からは、共に FL360の同高度で接近する可能性を予知できた点。も っともこの時点で、両機の距離は64MN と離れていたので、そのことが直接の原因のひと つと見ることはできないとの見方がある39)

次に21:30:11時、TU154M 機が ACC Zurich に最初にコンタクトした頃、TU154M 機は 既に FL360を西方に向かって巡航中で、相手機 B757 も同様に FL360の高度に達し(管制 指示は、同21:26:36時、指示への復唱が同21:26:39時になされた40) ことと、既に21:29:50 時 FL360の高度に達していた41) )、北方(TGO VOR)に向けて航行していた。そして、相 手機 B757 が TRASADINGEN に向かう TU154M 機の航空路とクロスする位置にある(図 1参照)ことに注意が向けられなかった。すなわち、B767 機には TGO への直行を、TU 154M機には TRASADINGEN への直行を指示した際、当該2機が当該空域上空 FL360で 直交・交差する可能性があるとの認識に欠けていた。そして、同時刻に A320 機からのコ ンタクトを受け、以後、A320機の Freidrichshafen 空港へのアプローチ管制に気をとられ ることになる。TU154M 機に対しては、“7520”のトランスポンダ変更を指示した(21:30: 33時)後のフォローもなかった42) 21:32:15時頃から隣接する空港にアプローチしていた A320 機のコントロールに注意が 向けられた。しかも、当該管制官たちは、当夜行われた大規模な空域再編の工事に伴うシ ステムの機能が限定されることに気がついていなかった43) 。それは、A320 機への管制指 示の前後、当該空港へ電話回線による接触を3回繰り返していることにも現れており、そ の時間、他の航空機への注意が削がれた。また、管制空域の再編成工事に伴う臨時のマネ ージャーの存在にも配慮はなかった。 21:34:49時(21:35:56時まで)、管制官は TU154M 機に FL350への降下を指示する。し かし、そのとき、両機の距離は既に7MN。1000ft の安全な垂直間隔で直交・交差するに は遅すぎた指示だった44) そして、その工事は、後述するように(3.3節)、当夜行われていた管制空域再編のため の工事に関係し、重大なシステム上のエラー(リスク)が背景にあった。それらは、 1)繋がらない空港間直通電話。

2)STCA(Short Term Conflict Alert)を表示しない45)

機器の制約 3)一人管制体制(night shift)、

そして、

(12)

が重なった。

その間、当該航空管制官は、ACC Zurich の空域を一人で3つ、時には5つの役をこなさ なければならなかった。それらは、(1)レーダープランニング・コントローラ(RP)、(2) レーダーイグゼクティブ・コントローラー(RE)、(3)ARFA(ARFA sector = approach sector for St.Gallen−Altenrhein and Friedrichshafen)空域アプローチ・コントローラー、(4)スーパ ーバイザー(DL)、そして、(5)システムマネジャー(SYMA)である。当該空域工事と これらの仕事については、3.3節で述べる。もし、当該航空管制官が RP のみに従事し、 当夜の2機の接近を認識していたら、適切な管制指示を出していたであろうし、それを妨 げた要因(tasks pressure)は、工事に伴うバックアップの不適切さ(システムバックアッ プの欠落)にある、との指摘も納得できるものである46) 3.3 Zurich の管制センターの工事に伴う運用ミス47) 当該機の接近に気が付くのが遅れた当該管制官のミスを誘引した原因として、Zurich の 管制センター(ACC Zurich)の運用上の不備がある。管制官のミス(ヒューマンエラー) をサポート、あるいは回避する体制がなかった、マネジメントミスと考えられる。また、 不運にも遅れて隣接空港にアプローチしてきた A320 機への管制が事故当該2機の接近を 失念させた(接近に対する注意を妨げた)。 ACC Zurichにおける事故当夜の管制体制の概要は、以下の3点である48) (1)管制空域再編工事で、管制システムが制約を受けたが、これをサポートする体制が不 適切(不十分)だった。 事故はドイツ連邦共和国の上空で起きた。この空域の管制は「スイスエアナビゲーショ ンサービス(Swiss Air Navigation Services)」社に業務委託されていた。同社は私法の下で 経営管理が行われる公社の形態と考えられる49)

。同社はまたスイス連邦共和国から、スイ スおよび隣接国の空域を管制する業務の委託を受けていた。ACC Zurich の主な業務は、 (a)ACC Zurich内の空港へ離着陸管制、特に混雑する Zurich airport と隣接の the airport Friedrichshafen、の両空港に離着陸する航空機の管制(ただし、夜間の離着陸はない)、(b) 南ドイツ、北イタリア、Bale/Mulehouse 方面の空港からの航空機に対して上昇/降下の管 制、(c)中・北ヨーロッパから南ヨーロッパへ、その逆方向、および西ヨーロッパから東 ヨーロッパと、その逆方向へ飛行する航空機の管制、からなっていた。夜間は、(a)の空 港では離着陸する航空機がない(原理的になくなる)ため、(c)の通過する航空機の管制 業務(transit overflights)のみとなる。

(13)

2002年7月1日から7月2日にかけてシステムの改修工事が予定された。工事内容は空 域再編のため、FL245以上の空域を2ないし3つのセクター領域に分割するもので、空路 の垂直間隔(RVSM)を狭めることに備えたもの(BFU, p.38)だった。そのため、レー ダーのデータを処理し管制官のワークステーション(以後、WS と略記する)に表示する システム、タワーとの着陸誘導のためのフライトプランデータシステム、着陸手順を管理 するコンピュータ、発着陸管理システム、などのシステムとそのインターフェース機能が 制約を受けた。工事は、当夜の2002年7月1日21:00(現地時間23:00)に始まり約6時間 で終了する予定だった。これらのシステム工事は、(1)航空機の接近に注意を促す visual STCA(Short Term Conflict Alert)が作動せず50)

、ATS(Air Traffic Services)地上局間の通 信システム(SW 1−02)も遮断せざるを得ない内容だった。 (2)工事に伴う重要事項に関する説明等の不備 システム改修に関する「正規の指示書」が2つ発行されていた(“Official Instructions”, Z2002−022と Z2002−024)。これらの書類は新しい再編された空域の割り当てと改修工事 後のとるべき手順が記載されていた。しかし、必要な業務のリストと工事期間(ナイトシ フト)間に生じるシステムの制約が航空管制官のワークステーションに及ぼす影響につい ては述べられていなかった。そしてその指示書は briefing roomと supervisor(DL)のワ ークステーション卓上で見ることができた。 他の指示書は(Z2002−024)は、“memorandum”(覚書)として、25 June, 2002 に発行さ れていた。回避モード(fallback mode)で制約を受けるシステムの機能や管制官がなすべ き業務が書かれていた。これは、管制官の WS の表示画面上に visual STCAが表示され ないこと、及び飛行計画データと飛行体のシンボルが自動的に関連づけられないことを意 味していた。しかしながら、そのことは明確には記述されていなかった。また、地上間遠 距離通信システム(SWI−02)が遮断されることも書かれていなかった。 当日、管制官の他に、管制官と改修工事技術者とのコーディネートするスタッフが置か れて、工事の期間中、管制官のワークステーションの近くにいた。加えて、システムマネ ジャー SYMA が従事していた。しかし、管制官はこの2人の業務について聞かされてい なかったし、21:00をすぎたナイトシフト時間にはその業務を終了し、その後は、その役 もやらなければならないと思っていた。

21:13時、管制官が従事している ICWS(Integrated Control Workstation)が回避モード (fallback mode)に切り替わった。空域再編の設定が21:18時に終了したが、レーダーデー

(14)

タの WS 画面への自動関連づけ機能が反映されなく(動作しなく)なった。Optical STCA (visual STCA)も動作しなくなった。同21:23時、地上間遠距離通信システム(SWI−02) が使えなくなった。管制官の意識には、コーディネーターとシステムマネジャーの2人は、 21:00をすぎたナイトシフト時間にはその業務を終了し、その後は、自分がその役もやら なければならないと思っていた51) 。そして、事故当時は管制室には、当該管制官と権限の ないアシスタントが管制に従事することとなった。 (3)ナイトシフト ナイトシフトの間、ACC Zurich の空域全体は一つのセクターに統合され、南セクター を管制する WS から管制指示が出される。すべての無線通信や関連する業務が control stripsを含めてこの WS に出力される。この状態で、FL1から FL600の全空域が表示され る。通常のナイトシフト業務は、2人の管制官と2人の補助者で従事する。ACC Zurich では、2人の航空管制官が南セクター席の controller radar planning(RP)と controller radar executive(RE)をそれぞれ担当し、各々一人の補助者がつく。21:00以降は一人の管制官 が supervisor(DL)と system manager(SYMA)を引き継ぐ。そして、通常管制官は2夜 続けてナイトシフト勤務を行い、2夜目の管制官は21:00以降ラウンジで休憩に入る。こ のルールは管制官の間で内規として運用され、マネージャーも暗黙の了解事項だった。な お、昼の通常業務では、これらの役割を管制官3人と各々補助者3人で担う。 事故当夜、17:50時頃、2人の管制官は、業務についた。2人の内、21:00頃で休憩に入 る主任管制官は、当夜の打合せを行っている。しかし、(公述によれば、)その際当夜の工 事に関する内容は打合せに含まれていなかったという。事故当時、ACC Zurich の管制室 では、管制官一人で管制の業務に就いていた。彼は、通常のシフトナイト勤務のルール通 り RP、RE、そして supervisor を一人で同時にしなければならないという認識があった。 女性の補助者がいたが、彼女には、航空管制指示の資格(任務)はなかった。

ACC Zurich 管制室の中央(左側)の WS(RP)には、ACC Zurich 内のすべての空域 が表示されていた。右側の WS は Friedrichshafen 空港へアプローチする ARFA(ARFA sector: approach sector for St.Gallen−Altenrhein and Friedrichshafen)空域が表示されており、 交信周波数は119.920MHz に選択されていた。この WS には、当該空域のすべての航空 機が表示されるようなモードで、従って当該2機 B757 機と TU154M 機も表示されてい た。これらの航空機が表示され始めた時間は A320 機:21:30:52時頃、TU154M 機:21: 29:52時頃、そして、B757 機:21:32:38時頃であった。これらの交信周波数は128.050MHz

(15)

(RP 席)と119.920MHz(RE 席)に選ばれていたため、交信するには管制官は WS を移 動しなければならなかった。 21:15時、2人の内の一人の管制官が休憩に入り52) 、その10分後そのアシスタントも休 憩に入った。それ以降の動きは3.2節等に記述した通りである。 3.4 衝突に至る時間経過と管制官の交信記録 図3に、衝突に至る時間経過と当該2機及び隣接する空港へアプローチしていた A 320機との交信の形態を表した図(21:20:08時以降)を示す。既に、FL360を巡航し、 TRANSDINGER VORに 向 か っ て い た TU154M 機 は、21:29:54時 ミ ュ ン ヘ ン 管 制 か ら 128.050MHz で ACC Zurich に移管するよう指示され、21:30:11時と同21:30:28時、ACC Zurichにコンタクトした。その直後、21:30:33時の “squawk 7520” のトランスポンダ変 更を指示された後、FL350への降下指示(21:34:29時)まで交信はなかった。同様に、こ の頃既に FL360の高度に達していた B757 機への交 信 も な か っ た。こ れ は、隣 接 す る Friedrichshafen空港へアプローチしていた A320 機の着陸管制に注意を向けられていたか らと考えられる。これは、21:25:43時から21:25:49時、21:29:25時から21:29:50時に至る 2回の電話による空港タワーへのアクセスから窺える。その後、A320 機へのアプローチ 管制と3回目の Friedrichshafen タワーとの電話連絡に(繋がる可能性のない行為だった。 その結果として)時間が費やされる。 そして、管制官は2機の接近に気が付き21:34:49時および21:35:03時に至急降下するよ う TU154M 機への指示が行われる。21:35:00時頃発した acoustic STCA にも気が付かな かった53)

。続いて、TU154M の降下を確認した(WS 画面で FL360から FL359へと表示が 変わり、指示通り降下を始めたとの認識があった)と思われる54)

。管制官は、再び A320 機へのフォローにかかる。21:35:32時、2機は空中衝突した。

この衝突は、当該空域を担当していた ATC Zurich に隣接する ATC Karlsrule のレーダ ー画面で観測されていた55)

これより前、B757 機のフライト情報は21:27:04時頃、ACC Zurich から UAC Karlsrule に報告されていた。21:31:02時、まだ上昇中の B757 機が ATC Karlsrule のレーダー画面 に表示された。同時にトランスポンダコード7520の機影が観測 さ れ、高 度 FL360で、 Kempton VORから Transadinger VOR に向かう交差経路にあることが観測された。21:33: 24時、STCA がアラームを発した。管制官は supervisor に知らせ、直通電話で ACC Zurich

(16)

図3.衝突に至る時間経過と交信記録図( 21 : 20 : 08 時以降) Fig.3 Vie w of the eve nt Inve stiga tion R eport, Ge rma n Fe de ra l B ure au of Airc ra ft Ac ci de nts Inve stiga tion, (Bunde sste lle fur F lugunfa llunte rsuc h u ng), A X 001−1−2/02, Ma y 2004. Appe ndix 3 )及び “Transcript o f o riginal tape recording” (http://aviati on−safety.net/inves tigation/cvr/transcripts/atc_20020701.pdf )(2 7年1 2月1 日現在)を基に、 筆者による作図。

(17)

がらなかった。代替連絡手段としての公衆電話網による電話連絡は時間がなさすぎた。国 際緊急交信用の121.50MHz 発信の可能性もあったが、当該機が同周波数に切り替えてい るのかわからなかったと報告されている。

4.結論

本件の事故には、大きく3つの原因が考えられた。 第1に、TU154M のパイロットが TCAS の上昇指示に従わず管制官の降下指示を優先 させたこと。 第2に、航空管制官が2機の接近に気が付くのが遅れたこと。 第3に、当日の航空管制体制の不備によるシステマティックなエラー。 である。 第1は、TCAS 動作時の基本的リスク回避の判断ミスによるもので TU154M 機のパイ ロットのヒューマンエラーと考えられる。一方、後者は管制官が隣接空港にアプローチし ていた A320機のコントロールに注意が集中し、当該2機の接近に気が付くのが遅れたこ とにある。第3の原因として、外因と考えられるが、当時の ACC Zurich の管制の機能と 運営に重大な不備があった。即ち、空域調整工事のためのシステム遮断、通信系のバック アップ体制の不備、一人勤務の管制体制の不備、などマネジメントに基づく多くのエラー が重なったということができる。

5.おわりに

スイスにおいて、事故当夜、航空管制に携わっていた航空管制官を含む「スイスエアナ ビゲーションサービス(Swiss Air Navigation Services)」社の8人に対し、業務上過失致死 と注意義務違反の容疑で裁判が行われた56) 。2007年9月4日、スイス裁判所は4人を有罪 (うち3人は懲役12ヶ月、執行猶予付き、一人は罰金刑)、他の4人を無罪とした57)58) 有罪の4人は ACC Zurich のマネージャーで、無罪の4人は当夜一人で管制していた航空 管制官を含む全員航空管制官である59) なお、事故当時一人で管制していた航空管制官は、事故の後同社を退職したが、2004年 2月24日、Zurich の自宅前で、彼の妻と3人の子供の面前で、この事故で妻と子供2人の

(18)

家族3人が犠牲となった家族の父親に殺された60)

参考文献

1)BBC NEWS world Edition, Tuesday, 2 July, 2002 14:17 GMT 15:17 UK

http://news.bbc.co.uk/2/hi/Europe/2081633.stm(2007年4月27日現在)。

2)ibid、Monday, 8 July, 2002, 15:22 GMT 16:22 UK, 同右サイト(2007年10月24日現在)。

3)Bashkirian Airlines Flight 2937, Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Bashkirian_Airlines_Flight_2937 (2007年12月13日現在) 4)「日本航空株式会社所属ボーイング式747−400D 型 JA8904に係わる航空事故調査について(経過 報告))」、国土交通省航空事故調査委員会(平成13年(2001)6月22日)。 5)「航空事故調査報告書−日本航空株式会社所属 JA8904(同社所属 JA8546との接近)」、航空・鉄 道事故調査委員会(平成14(2002)年7月12日)。 6)飯島、「日本航空ニアミス事件における東京地方裁判所判決」、平成法政研究第11巻 第2号 pp 1−50(2007)。 7)飯島、「日本航空ニアミス事故のリスク要因」、平成法政研究第11巻 第2号 pp.127−173(2007)。 8)Report related to AN−WP/7760 (ICAO: International Civil Aviation Organization), Accident investigation

report outline concerning Boeing 747−400 D JA 8904,サイト不明 http://www.icao.int/ (ICAO home) 述の文献10)の reference から。

9)加藤寛一郎 著「まさかの墜落」、第15章の「ボーイング747と DC−10、駿河湾上空の異常接近」、

pp.219−234、大和書房(2007)。

10)Investigation Report, German Federal Bureau of Aircraft Accidents Investigation, (Bundesstelle fur

Flugunfalluntersuchung), AX 001−1−2/02, May 2004. (BFU)

11)前掲書9)、第16章「TU154とボーイング757、ドイツ空中衝突」、pp.235−250参照。 12)前掲書10)Appendix 2 AX 001−1−2/02, Events in both Cockpits 参照。

13)前掲書12)。

14)前掲書10)、Appendix 4 参照。Vertical(v/s)が21:35:29時(衝突3秒前)からさらにマイナス側に シフトしている。B757 機のデータは墜落の衝撃で解読できないため、TU154M 機の TCAS からの

データを使って再現したものとの記述がある。衝突の1秒前から FL350(35,000フィート)を切っ

たところで、高度の低下が大きくなっているように見受けられる。

15)前掲書10)Appendix 1 (AZ:AX 001−1−2−2/02), Reconstruction of flight path of B757 and TU154M

according to radar data より(図1として再掲)。

16)BFU Appendix 7 (AX 001−1−2/02), Reconstruction of Collision より(図2として再掲)。 17)前掲書10)、p.24参照。

18)前掲書10)、p.19参照。Lake Constance の北方 Taisersdorf 村。また、前掲書10)、Appendix 8 (AX

001−1−2/02) Distribution of main wreckage−parts参照。

19)飛行承認では、左側に PIC、運行規則上インストラクターは右側の席で PIC と決められている。

また、Barcelona airport の規則ではパイロットはインストラクターの監督下で少なくとも2回の着 陸・離陸の経験を必要とする。その監督者は PIC でなければならない、と定められている:今回 の TU154M 機の instructor は PNF であり(PIC ではない)Barcelona 空港使用の運用規則に反する とも考えられる。

20)前掲15)(Appendix 1 (AZ:AX 001−1−2−2/02), Reconstruction of flightpath of B757 and TU154M

according to radar data より(図1参照))。 21)前掲書10)、p.8参照。

22)前掲書17)参照。

23)前掲12)参照。BFU−appendix 2 参照(cockpits)

24)前掲書10)Appendix 5 b, FDR data (extracts) of the TU154M (descent and approach to FL 350, より。

(19)

制官にはなかったと推測される。この工事の内容と航空管制に影響することについての document は2つあったが、管制官への具体的な指示様には書かれていなかった。

26)前掲書10)、p.76参照。 27)前掲書10)、pp.68−104参照。

28)前掲11)参照。

29)A.Nunes and T.Laursen, “Identifying the factors that contributed to the Ueberlingen midair collision”,

Proceedings of the 48 th Annual Chapter Meeting of the Human Factors and Ergonomics Society, September 20−24, 2004, New Orleans, LA, USA.

30)前掲書10)、p.34参照。Eurocontrol による TCAS シミュレーションによれば、もし、両 PF が TCAS に忠実に従っていたら安全な垂直間隔が確保できていた、との報告がある。 31)前掲書10)、BFU ロシアの規定の項参照。 32)前掲書6)、p.22参照。 33)前掲書5)、p.143参照。なお、同書の日本語訳は仮訳との注がある。 34)前掲書5)、p.144参照。なお、同書の日本語訳は仮訳との注がある。 35)前掲書5)、pp.177−178参照。 36)前掲書10)、pp.62−66(とくに)p.62/63(TCAS 教育の項)参照。 37)前掲書10)pp.74−77参照。 38)前掲書10)、p.36参照。 39)前掲書10)、p.75参照。 40)前掲書12)、参照。 41)前掲書40)、参照。

42)交信記録、Transcript of Original Tape Recording 参照。

http://aviation−safety.net/investigation/cvr/transcripts/atc_20020701.pdf(2007年12月13日現在) 43)前掲書10)、p.39参照。

44)前掲書10)によれば、そのためには、降下の指示は21:33:49までになされなければならなかった、

とある。

45)前掲書10)、p.37参照。STCA(Short Term Conflict Alert)には、visual(表示)と acoustic(アラ ーム)の2種類があるが、この工事期間中、前者の STCA が管制 WS 画面に表示されない制約が あった。一方、後者のアラームについては、21:35:00時、管制 WS が acoustic STCA を発したが、 コントロール部屋にいた誰もその音を聞かなかった(と証言した)。後日、これらの機器の機械的 故障等は何ら発見されなかったという記述がある(同、p.42参照)。 46)前掲書10)、p.74参照。 47)前掲書10)、pp.35−44参照。 48)前掲書11)、pp.238−241参照。

49)前掲書10)、p.35参照。A Swiss public limited company under private law. 50)acoustic STCA は作動したと考えられる。前掲書10)、p.42参照。 51)前掲書10)、p.42参照。一人の管制官が休憩に入った頃、2人の管制官は遅れていた A320 機が Friedrichshafen空港にアプローチするとの認識はなかった。 52)管制室にはただ一人の管制官。一人の CA はいたが管制指示を出す資格がなかった。 53)前掲書10)、p.42参照。 54)前掲書10)、p.76参照。 55)前掲書10)、p.44参照。

56)BBC NEWS world Edition, 15 May, 2007 13:26:38 GMT,

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/6656487.stm(2007年12月13日現在)。 57)BBC NEWS world Edition, Tuesday, 4 September 2007, 14:13 GMT 15:13 UK

http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6977136.stm(2007年12月13日現在)。 58)ABC News, Posted Wed. September 5, 2007 10:07 am AEST

http://www.abc.net.au/news/stories/2007/09/05/2024465.htm(2007年12月13日現在)。

(20)

controller goes completely against air traffic security principles,”

http://www.abc.net.au/news/stories/2007/09/05/2024465.htm(2007年12月13日現在)。

参照

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