• 検索結果がありません。

トプカプ宮殿のシルエット

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "トプカプ宮殿のシルエット"

Copied!
60
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

イスタンブール

(2)
(3)

 第 1 ボスポラス大橋 ドルマバフチェ宮殿 アヤソフィア博物館

イスタンブールはアジアとヨーロッパの 2 つの大陸にまたがる都市

です。その中心を貫くボスポラス海峡は、黒海、マルマラ海、そして

金角湾に注ぎ込んでいます。

イスタンブールは、かつてローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国という 3 代続いた大帝国の首都でした。 これは、今もイスタンブールの誇りです。また、イスタンブールは輝かしい未来が期待される一方、過去の遺産 も数多く残しています。 実際、イスタンブールを訪れる人々を魅了するのは、その多彩さです。博物館、教会、宮殿、偉大なるモスク、 バザール(市場)、美しい自然など、見どころに尽きません。夕暮れ時、ボスポラス海峡の岸辺にたたずみ、対 岸に見える家々の窓辺を夕陽が赤々と染めていく光景をじっと眺めていると、何世紀も前に人々がなぜこの非凡 な地を選んで定住したのかが、心の底から理解できることでしょう。こんな時、人はイスタンブールが世界でも 最も素晴らしい都市の一つだと実感するのです。

イスタンブール

(4)



宮殿

(5)



宮殿

ボスポラス海峡、金角湾とマルマラ海の出会うところに、15 世紀から 19 世紀にかけてオスマン帝国の中心 であったトプカプ宮殿があります。トプカプ宮殿は様々な建物が迷路のようにつながっていて、豪奢を極めた宮 殿で、そこでスルタンと家来たちは生活し、統治していました。 宮殿の外側、第一庭園と呼ばれるところは、樹木の生い茂る見事な庭園です。第二庭園の右側、糸杉とプラタ ナスの木陰になる場所はかつての宮廷の調理棟で、現在は帝国のクリスタル、銀、中国陶磁器のコレクションの 展示館となっています。左側は、スルタンの多くの妻たち、そしてその子供たちが暮らした部屋が残るハーレム で、何世紀にも渡った密会の余韻がいまも漂い、訪れる人を不思議な気分に落とし入れます。 現在では、第三庭園には謁見の間、アフメット 3 世の図書館、スルタンと家族の衣装の展示館、宝物館、極 めて貴重な中世の手書きの細密画のコレクションがあります。この聖域の一番奥中央には聖衣の間があり、オス マン帝国がイスラムのカリフ制度を確立させた時にイスタンブールにもたらされた預言者ムハンマドの遺蹟が祀 られています。(火曜休館) スルタン・アブドゥルメジット 1 世によって 19 世紀中頃に建てられたドルマバフチェ宮殿は、ボスポラス海 峡のヨーロッパ側の岸に沿って、海峡側を正面にして建てられた全長 600 メートルの宮殿です。56 本の円柱と、 750 個のキャンドルがついた 4.5 トンの巨大なクリスタルシャンデリアのある広大なレセプション・サロンに、 訪れた人はきっと目を見張ることでしょう。 バード・パビリオンではかつて、宮殿に住む特権階級の人々を喜ばせるために、世界中から集められた鳥を飼っ ていました。トルコ共和国の建国の父であるアタテュルクは、1938 年 11 月 10 日にこのドルマバフチェ宮殿 で亡くなりました。(月曜・木曜休館) ベイレルベイ宮殿 ドルマバフチェ宮殿

(6)
(7)

 ギョクス(キュチュックス)宮殿 シャーレ・パビリオン ドルマバフチェ宮殿 キュチュックスとして知られるギョクス宮殿の名前は、その小さな宮殿の近くを流れてボ スポラス海峡へと注いでいる川からとられたものです。19 世紀中頃、アブドゥルメジット 1 世によって建てられ、夏の住居として使われていました。(月曜・木曜休館) アイナル・カワク・サマー・パビリオンは、もとは 18 世紀に建てられたもので、その後 多くのスルタンによって修復されました。この名前は、1718 年に取り付けられたポプラの 鏡という、ヴェネチア人から贈られた有名な鏡からつけられました。金角湾に面したこの宮 殿は、伝統的なトルコ建築の最も素晴らしい一例です。(月曜・木曜休館) 19 世紀、スルタン・アブドゥラズィズは、ボスポラス海峡のアジア側に、木蓮をたくさん 植えた庭を中央に配した白い大理石造りの夢のように美しい宮殿、ベイレルベイ宮殿を建て ました。ここはスルタンの夏の別荘に使われ、外国からの賓客が訪れたときにも滞在先とし て使われました。フランス皇后ユージェニーも、ここに滞在した一人です。(月曜・木曜休館) ユルドゥズ宮殿のステート・パビリオンは、一連のパビリオンとモスクを統合した建物で す。アブドゥルハミット 2 世によって、19 世紀の末に完成しました。 建物の中で最も広く優雅なシャーレ・パビリオンは、スルタンたちが暮らし、客をもてな した場所で、とても贅沢な作りです。世界中のあらゆる場所から集められた花々と多くの樹 の茂る広大な庭園の中にある宮殿の全景は、ボスポラス海峡の中でも最も素晴らしい眺めの 一つです。現在は修復中のため、シャーレと庭園のみが一般に公開されています。(火曜休館)

(8)
(9)

 イスタンブール宮殿 トプカプ宮殿 19 世紀に造られたウフラムール・パビリオンは、庭園にある菩提樹の木に因んでその名 がつけられました。建てられた頃、ここは町を囲む田園地帯でしたが、今では大都市イスタ ンブールの中心になってしまいました。メラシム・パビリオンは公式行事のために使われ、 マーイエット・パビリオンはスルタンの側近者や、ハーレムの女性たちが宮殿外に出かけた ときの宿泊先として、たびたび使われました。(月曜・木曜休館) 緑濃い丘の上にあるマスラク・パビリオンは、スルタン・アブドゥラズィズが狩猟ロッジ として造ったものです。これは、19 世紀後期のオスマン装飾様式の建物として特に注目す べきものです。現在、マルタ・パビリオンは手頃な価格のレストランとして、またマスラク・ パビリオンとリモンル・ゲートはカフェとして開放されています。(毎日開館) フロリヤ・アタテュルク・シー・パビリオンは、歴代の大統領のための夏の別荘です。 1935 年に建てられたこの建物は、マルマラ海に向かって T 字型に突き出していて、そこで は 20 世紀初頭の見事な調度品の数々を見ることができます。(火曜・水曜・金曜開館)

(10)



モスク

(11)



モスク

このモスクの敷地内に、スレイマン、その妻ヒュッレム・スルタン(ロシア名ロクセラーナ)の霊廟があり、 その近くにはシナンの霊廟もあります。またモスク内には、4 つのメドレセ(イスラム神学校)、1 つの医学校、 キャラバンサライ(隊商宿)、トルコハマム、貧しい人々のための厨房とホスピスが含まれています。 建築家シナンのもう 1 つのすばらしい建築物、リュステム・パシャ・モスクは 1561 年にスレイマン帝の娘 婿の宰相リュステム・パシャの命によって建てられたものです。みごとなイズニックタイルが、こぢんまりとし て均整のとれた内部を飾っています。 アヤソフィア博物館と向かいあうように建っているのが、優雅な 6 つの尖塔を持つスルタンアフメット・モ スクです。1609 年〜 1616 年に建築家メフメットによって建てられたこのモスクは、内部の壁が美しい青と白 のイズニックタイルで飾られていることから、ブルーモスクという名で広く知られています。夏の夕べには、光 と音のショーが繰り広げられます。 巨大なドームと 4 つの鋭い尖塔を持つスレイマニエ・モスクは、金角湾の西岸にそびえ建ち、イスタンブー ルのモスクの中でも最も美しいモスクと言われています。1550 〜 1557 年にオスマン帝国の黄金時代の有名な 建築家シナンによって建てられたこのモスクは、丘の頂上にあって、中庭の四隅にそびえる 4 つの尖塔がその 大きさを際立たせ、どこからでも人目を引きます。内部のミフラブ(祈りのための壁のくぼみ)と説教壇はみご とな彫刻が施された白の大理石で出来ていて、美しいステンドガラスの窓から差し込む光は鮮やかな色に染めら れます。 スルタンアフメット・モスク スルタンアフメット・モスク

(12)

0 スルタンアフメット広場

(13)

 アヤソフィア博物館 イエニ・モスク ファーティヒ・モスクは 1463 〜 1470 年に建てられ、イスタンブールを征服したオスマン帝国のファーティ ヒ・スルタン・メフメットにちなんで名前がつけられました。ここには彼の廟があります。イスタンブールの丘 のもう一方の頂上にあり、巨大なモスクの他に宗教的な建物、神学校、ホスピス、浴場、病院、キャラバンサラ イ、図書館などがあり、一見の価値ありです。 巨大なエユップ・モスクは金角湾の近くの城壁の外側にあります。預言者ムハンマドに従って聖戦の旗手を務 めたエユップは、コンスタンチノープル攻略の聖戦の最中の 670 年にここで殉死したといわれています。オス マン帝国がイスタンブールを征圧してから最初に建てられたこのモスクは非常に崇拝され、今も多くの巡礼者が 訪れます。 1597 〜 1663 年に建てられたイエニ・モスクは、エミノニュの港を見下ろし、歴史の古いこの都市にやって 来るフェリーや観光客を出迎えます。現在では優雅なドームやアーチはたくさんの鳩の住みかとなっています。 目を見張るようなイズニックタイルがモスクのバルコニーを飾っています。 スルタンアフメットに近い急峻な丘に建つソクッル・メフメット・パシャ・モスクは、16 世紀の建築家シナ ルの傑作で、古典的トルコ建築のなかで最も美しいものに属します。内部は息を呑むような青・緑・紫・赤のイ ズニックタイルが織り成す優雅なデザインです。 旧市街城壁のエディルネ門内側にあるミフリマ・スルタン・モスクは、中央ドームを支える巨大アーチ 4 つ がガラス張り(ステンドグラス)となっています。このモスクはシナンが壮麗王スレイマン大帝の娘ミフリマ・ スルタンのため 1555 年に建てたもので、161 もの窓から採光しています。  ソクッル・メフメット・パシャ・モスク

(14)

1

博物館

(15)

 聖イレーネ博物館 イスタンブール考古学博物館

博物館

本来キョシュキュまたはパビリオンとして、15 世紀に征服王メフメット2世によって建てられたチニリ・キョ シュキュは、現在トルコ装飾タイル博物館になっていて、16 世紀の美しいイズニック陶器や、セルジュク、オ スマン帝国時代の見事な陶磁器やタイルが展示されています。(月曜休館) アヤソフィア博物館同様、聖イレーネ博物館はもとは教会でした。これがイスタンブールに建てられた最初の 教会でした。4世紀にコンスタンチヌス帝が建築を命じ、後にユスチニアヌス帝によって修復されました。この 建物は、キリスト教以前の寺院の敷地跡に建っています。(月曜休館) 聖ソフィア大聖堂は、現在アヤソフィア博物館と呼ばれていますが、長い歴史の中でもっとも素晴らしい建築 物の一つといえるでしょう。コンスタンチヌス大帝によって建てられ、6 世紀にユスチニアヌス帝によって再建 されたこの建物の巨大なドームは、地上 55 メートル、直径 31 メートルもあります。ここではたっぷりと時間 をとって、この建物の荘厳な静けさに浸り、見事なビザンチン文化のモザイク画を鑑賞することをお勧めします。 (月曜休館) 考古学博物館はトプカプ宮殿の第一庭園のちょうど内側にあります。古代遺蹟の宝庫とも言える展示品の中に は、あの名高いアレクサンダー大王の石棺やアッソスのアテナ神殿の正面も含まれています。古代オリエント博 物館には、シュメール、バビロニア、アッシリア、ハッティ、ヒッタイト文明の遺物が展示されています。(月 曜休館) カーリエ博物館

(16)
(17)

 預言者の遺蹟、トプカプ宮殿 トプカプのエメラルド入り短剣 トルコ・イスラム美術博物館の黒い石造りの建物は、オスマン帝国・ス レイマン大帝の宰相イブラヒム・パシャが、自分の住居として 1524 年 に建てたものです。これはオスマン帝国時代の私邸としては最大のもので す。今日、そこには世界でも最古の絨毯と、陶磁器、金属細工品、細密画、 カリグラフィー、織物や木工品などの見事なコレクションが展示されてい ます。(月曜休館) イブラヒム・パシャ宮殿と通りをはさんだ向かい側に、トルコ絨毯博物 館があります。トルコ中から集められた素晴らしいアンティークの絨毯や キリムが納められています。(日曜・月曜休館) アヤソフィアの近くには、イェレバタン・サルヌジュ(地下宮殿)の名 で知られる6世紀ビザンチン時代の貯水池があります。336 本の重厚な コリント様式の円柱が、煉瓦づくりの素晴らしい丸天井を支えています。 (毎日開館) モザイク博物館には、5〜6世紀のビザンチン皇帝の宮殿であった当時 の、非常に見事なモザイク舗道が残されています。(火曜休館) イェレバタン・サルヌジュ カーリエ博物館は 11 世紀のコーラ聖キリスト教会で、イスタンブール ではアヤソフィアに次いで重要な遺跡です。内部の壁はとても素晴らしい 14 世紀のフレスコ画やモザイクで飾られています。キリストと聖母マリ アの一生を題材にした美しく彩色された絵は、ビザンチン美術の活力を感 じさせます。教会の周囲にある修復された木造の建物では、都市の喧噪か ら離れ、ゆったりとした雰囲気の中でお茶やコーヒーを楽しむことができ ます。(水曜休館) イェシルキョイにある航空博物館では、トルコにおける航空の発展の様 子を知ることができます。(月曜休館) 軍事博物館には、オスマン帝国軍が実戦で使った野営テントや、武器、 戦闘用装備などが展示されています。毎日3時から4時の間に、オスマン 軍楽隊(メフテル・タクム)の演奏を聞くことができます。(月曜・火曜休館)

(18)

6 トルコ海軍の英雄ピリ・レイスが製作した地図 アタテュルクが住んでいたシシリにある家は、今はアタテュルク博物館 となっていて、多くの遺品が展示されています。(土曜・日曜休館) ベシクタシュ地区にある海軍博物館では、スルタンたちがボスポラス海 峡を渡るのに使った櫓櫂船が、オスマン海軍の歴史を物語る興味深い資料 とともに展示されています。(月曜・木曜休館)

(19)

 ボスポラス海峡の奥、ブユックデレにある、サドベルク・ハヌム博物館のコレクションは、19 世紀の木造の 2棟の別荘の中に納められています。もともとはトルコの装飾芸術品を展示していた私的な博物館でしたが、近 年拡張されて新たに考古学的な発掘品もコレクションに加わりました。(水曜休館) 変わったものがお望みなら、批評漫画博物館はいかがでしょう。ファーティヒ地区のアタテュルク大通り、ボ ズドアン(ヴァレンス)水道橋下、16 世紀のガザンフェル・アー・メドレセにあります。(毎日 9 〜 18 時開館) 同じくベシクタシュ地区にある美術博物館には、19 世紀末から現在にいたるまでのトルコ絵画や彫刻があり ます。(月曜・火曜休館) ユルドゥズ宮殿の庭園内にあるイスタンブールシティ博物館(シェヒル・ミュゼシ)には、オスマン帝国によっ て征服された後のイスタンブールの歴史を記した書類が保管されています。(木曜休館) 同じ庭園内にあるユルドゥズ・パレス劇場と舞台衣装の歴史博物館では、見事な装飾を施した舞台と、豪華な 衣装を見ることができます。(火曜休館) 金角湾沿岸のハスキョイ郊外にある、ラフミ・コチ産業博物館は、以前はレンゲルハネと呼ばれたオスマン時 代の鉄鋼の作業所で、産業発展にまつわる展示品が所蔵されています。(月曜休館) サドベルク・ハヌム博物館 イスタンブール考古学博物館

(20)

1

史跡と

モニュメント

(21)



史跡と

モニュメント

後期のオスマン様式の優れた作品です。 1828 年、マフムット 2 世はベヤズット塔(高さ 85 メートル)を、火の見櫓として建てました。現在では、 イスタンブール大学構内に立っています。 ボズドアン・ヴァレンス水道橋は紀元 368 年に造られ、ビザンチン時代からオスマン時代まで宮殿内に水を 供給していました。現在残っている 900 メートルの 2 階建ての水道橋は、旧市街を通る主要道路を跨ぐような 格好になっています。 かつての戦車競技場で、ビザンチン時代の市民生活の中心だった古代の大競技場(ヒポドロム)は、ブルー・ モスク正面の広場にあって、現在ここはスルタンアフメット地区と呼ばれています。装飾を凝らしたモニュメン トのうち、テオドシウス 1 世のオベリスク、青銅製の蛇の円柱、コンスタンチヌス大帝の円柱の 3 つだけが今 も残っています。 この 3 つのモニュメントの南西側には、大競技場の壁の湾曲した部分の遺跡が見られます。今日この一角は、 イスタンブールの歴史的、文化的、観光的活動の中心地となっています。周囲にある木造の家屋、中でもソウー クチェシュメ通りにある 18 世紀の家屋に注目してください。美しく修復された建物は、あるものはプチ・ホテ ルとして、またあるものはイスタンブールに関する本を集めた魅力的な図書館として新たに生き返りました。 トプカプ宮殿の入り口の所にあるアフメット 3 世の泉は、1729 年に造られました。深く張り出した庇の下に 湧き出している水は、ここに立ち止まった人々の乾いた喉を潤したものでした。この見事な装飾が施された泉は、 オベリスク アフメット 3 世の泉

(22)
(23)

2 ガラタ塔、サライブルヌ ドルマバフチェ時計台 かつて侵攻不可能の城壁といわれたイスタンブールの城壁(テオドシウス城壁)は、マルマラ海から金角湾ま で 7 キロに渡って伸びています。今までに何度も修復された城壁はテオドシウス 2 世が統治していた 5 世紀の ものといわれ、ユネスコでは、城壁と城壁が囲む地域を世界文化遺産に指定することを宣言しました。 1348 年にジェノヴァ人が建てたガラタ塔は高さ 62 メートルで、金角湾上にそびえています。頂上からは、 金角湾とボスポラス海峡の素晴らしい景色が眺められます。夜には、観光客たちは最上階にあるレストランやナ イトクラブ、バーで楽しいひとときを過ごすことができます。 ルメリ・ヒサールはヨーロッパ側にある要塞で、征服王メフメットが 1452 年、イスタンブール侵攻に先立っ てわずか 4 カ月で造りあげたものです。世界の軍事建築物の中でも最も美しいものの一つです。城内には野外 博物館円形劇場があり、イスタンブール音楽祭の会場のひとつとなります。(水曜休館) 乙女の塔として知られるクズ・クレシはイスタンブールの最もロマンティックなシンボルの一つです。初めは 12 世紀にイスタンブール港の入り口にある小さな島に造られましたが、現在の建物は 18 世紀に建て直された ものです。

(24)



イスタンブール・

ボアズ

(ボスポラス海峡)

(25)

2

イスタンブール・

ボアズ

(ボスポラス海峡)

リアル・パビリオンなどが次々と姿を現してきます。公園の端に見えてくるのはチュラーン宮殿で、現在は修復 され立派なホテルとなっています。1874 年にスルタン・アブドゥラズィズによって改装されたこの建物は、ボ スポラス海峡沿いに 300 メートルに渡って伸びていて、装飾を施された大理石の正面玄関には水面のさざなみ が写っています。 さて、次の停留地はオルタキョイです。ここでは、日曜ごとに芸術家たちが集まって、街角のギャラリーにそ れぞれの作品を展示しています。通りでおいしいものをちょっとずつ試食して歩くように、色んな人の楽しい作 品を見て回ることができます。オルタキョイでは、教会、モスク、ユダヤ教の礼拝堂が、何百年もの間、隣りあっ て存在してきました。これは、トルコの政教分離政策と寛容さのおかげです。イスタンブールの伝統的な建物を 上から覆うように架かっているボスポラス大橋は、アジアとヨーロッパを繋ぐ世界でも最大級の吊橋です。 イスタンブールに滞在するならば、ボスポラス・クルーズを抜きにすることはできないでしょう。これはアジ アとヨーロッパを隔てて蛇行するボスポラス海峡をめぐる船旅です。海峡の沿岸には過去と現在、そして絢爛豪 華さとシンプルな美しさとの素晴らしい対比を見ることができます。岸辺近くにはヤルと呼ばれる木造の家屋が 立ち並び、すぐ隣には近代的なホテルがそびえたち、大理石の宮殿と飾り気のない石の砦が隣りあって並んでい るかと思うと、優雅なヨーロッパ人居住区の隣に小さな漁村があったりするのです。 ボスポラス海峡を楽しむ最良の方法は、沿岸に沿ってジグザグに走る定期航路船に乗ることです。エミノニュ で乗船し、海峡のアジア側とヨーロッパ側に交互に止まっていきます。往復しても大した料金ではなく、所要時 間は 6 時間ほど。プライベートな船旅が希望なら、日帰りまたは夜のミニ・クルーズを専門に扱っている代理 店をあたってみてもいいでしょう。 海峡クルーズの行く先には、まず壮麗なドルマバフチェ宮殿、起伏した緑深い公園、ユルドゥズ宮殿のインペ カンルジャ チュラーン宮殿 オルタキョイ

(26)

24 美しいベイレルベイ宮殿は、ちょうど橋を過ぎたあたりのアジア側に位 置しています。宮殿の後ろ側にはイスタンブールで最も高い場所、チャム ルジャの丘があります。ここへは車でやってきて庭園の美しさに感嘆す るのもいいし、イスタンブールの素晴らしい景色を眺めるのもいいでしょ う。 対岸のアルナウットキョイ地区にはオスマン時代の木造邸宅があって、 隣接するベベック地区にある現代的な集合住宅と対照をなしています。そ こから数キロ離れたところに、まるでイスタンブールの見張り番のように 海峡をはさんで向かい合う、ルメリ・ヒサールとアナドル・ヒサールの 2 つの要塞が建っています。時にクチュクス宮殿として知られるギョクス宮 殿はアナドル・ヒサールの隣にあって、アジア沿岸の景色に華を添えてい ます。2 つの大陸を結ぶ 2 番目の橋、ファーティヒ・スルタン・メフメッ ト大橋(第 2 ボスポラス大橋)は、ちょうどこの 2 つの要塞を跨ぐよう に架かっています。 ヨーロッパ側にあるドゥアテペ(丘)からは、この大橋とボスポラス海 峡の全景を見ることができます。ドゥアテペの丘を下ると、美しいエミル ガン公園があり、春になると色とりどりのチューリップがいっせいに咲き 揃います。向かいのアジア側にはかつては漁師町だったカンルジャ地区が あり、現在ここはイスタンブールの裕福な人々に人気のある住宅地となっ ています。海峡沿いのレストランやカフェでは、あの有名なヨーグルトが 人気の的です。 カンルジャ、チュブクルといった地区を過ぎるとすぐ、人々の憩いの場、 ベイコズ・コルス(イブラヒム・パシャの森)があって、カフェやレスト ランでは、素敵な眺めと澄んだ新鮮な空気を楽しめます。タラビヤ湾の ヨーロッパ側では、港に繋がれたヨットが波に揺れてまるで踊っているよ うにみえます。 タラビヤからサルイェル、ブユックデレといった郊外へと続く海岸沿い は、居酒屋やフィッシュ・レストランがぎっしりと並んでいます。サルイェ ルにはイスタンブールで一番大きな魚市場があり、またミルク・プディン グやボレックと呼ばれるペストリー類など、たくさんのおいしいもので も有名です。サルイェルを少し過ぎると、狭かった海峡の幅は広くなり、 ここでボスポラス海峡は黒海の中へと吸いこまれるように消えていくの です。 ファーティヒ・スルタン・メフメット橋(第2ボスポラス大橋)

ハリッチ

(金角湾)

(27)

2 フェスハーネ

ハリッチ

(金角湾)

角の形をしたこの入り江は、ヨーロッパ側イスタンブールを2つに分けています。世界でも有数の天然港の一 つであるため、ビザンチン帝国やオスマン帝国の海軍や海運業の利権などがここに集中しました。現在では、沈 みゆく太陽が水面を黄金色に染める海岸沿いに、美しい公園や歩道が連なっています。 金角湾に向かう途中のフェネルや、バラット周辺の通りには、ビザンチン、オスマン時代の木造家屋や教会、 ユダヤ教の礼拝堂がたくさんあります。ここフェネルには、因習的な家父長制を守って暮らしている人たちがい ます。 その少し先にあるエユップ・モスクは、オスマン時代の建築様式をよく表わしています。糸杉が生い茂る丘の 中腹には聖者エユップの墓があり、多くの参拝者たちが祈りを聞き入れてもらおうと願ってここにやってきます。 モスクを見下ろす丘の頂上にあるピエール・ロティ・カフェは、静かに景色を楽しむのには絶好の場所でしょう。 金角湾

(28)



芸術・文化・

エンターティメント

(29)

2 チチェッキ・パサジュ 聖イレーネ博物館

芸術・文化・

エンターティメント

クムカプには多くの居酒屋、バー、フィッシュ・レストランがあり、魅力的な地区になっています。ベイオール地区のチ チェッキ・パサジュは昔から軽い食事やシーフード料理が有名で、人々が気軽に出かけるところです。 同じ地区のチチェッキ・パサジュ近くにあるネヴィザーデ通りは、トルコの特別料理を食べ、ラクを飲むには最高の場所 でしょう。 ボスポラス沿岸でイスタンブールのナイトライフを楽しむ最適の場所は、オルタキョイでしょう。さまざまなナイトクラ ブ、ジャズクラブ、おいしいシーフードレストランやバーがあって、いつでも賑わっています。 エミノニュに行ったら、伝統的なオスマン時代の衣装を着た漁師たちの乗っているオスマン様式の船に乗ってみましょう。 栄光の時代に思いを馳せ、有名でおいしいフライドフィッシュを味わうのも一興です。 また、アタテュルク国際空港への途中ベイリクドゥズにある広大な遊園地、ターティリヤ・ジュムフリイェッティも、訪れたい場所のひとつです。 イスタンブールは芸術、文化の国際的な中心地です。国際芸術文化祭は毎年 6 月と 7 月に開かれ、世界中から著名な芸 術家たちが集まってきます。これらの催しはほとんどアタテュルク文化センターで行なわれています。 科学センター基金がイスタンブール工科大学のキャンパスに設立したイスタンブール科学センターでは、実験と理論を成 人から子供まで楽しめるよう工夫しています。 3 月と 4 月には国際映画祭を覗いてみるとよいでしょう。 クラシック音楽を好む人は、ジェマル・レシット・レイ・ホールで演奏を聞くことができます。その他、オペラ、オペレッ タ、バレエ、映画、コンサート、展覧会、会議など、様々な催しが行なわれています。 イスタンブールにはまた、肩の凝らない娯楽も豊富にあります。ナイトクラブでは、トルコ歌謡から有名なべリーダンス まで、食事をしながら楽しめます。 その他、タクシム−ハルビエ地区には、最新のディスコ、キャバレー、ジャズクラブなどがあります。 スルタンアフメット地区にはビザンチン、オスマン時代の建物を改装したレストランが数多くあり、楽しい夜のひとときを過ごせるでしょう。

(30)

28 イスタンブールはショッピングのためだけに訪れてもいいといえるくらい、色んなショッピングを楽しめます。まず、旧 市街にあるカパル・チャルシュと呼ばれる屋根付き市場(グランドバザール)から始めましょう。狭い路地が複雑に入り組 んだこの迷宮のようなバザールには、4000 軒以上の店があります。 それぞれの通りの名は、金細工師通り、カーペット商人通り、スカルキャップ(ビロードでできた室内帽)職人通りなど、 商いが決められた区画で行なわれていたかつての日々を彷彿とさせます。今でも旧市街の商業中心地であるこのバザールは、 無数の店が並ぶ独特のショッピングモールで、探していたものがきっと見つかるでしょう。 トルコの特産品といえば、トルコ工芸品、世界に名だたる絨毯、すばらしい手描きの陶磁器、銅製品、真鍮製品、水パイ プなどがあげられます。ショーケースの中で光り輝く金の装身具は、通り過ぎる人を眩惑します。上質の皮革製品も、比較 的安く手に入れることができます。バザールの中心にあるオールド・ベデステンは、珍しいアンティークの宝庫で、掘り出 し物が期待できます。 エミノニュのイェニ・モスクの隣にあるムスル・チャルシュス(スパイス・バザール)では、神秘的な思いを馳せることでしょ う。シナモン、キャラウェイ、サフラン、ミント、タイムなど、ありとあらゆるハーブと香辛料の誘惑的な芳香が、あたり の空気に満ちています。 スルタンアフメット地区は、旧市街のもう一つのショッピングのメッカです。18 世紀のメフメット・エフェンディ・メ ドレセシの中にあるイスタンブール・サナトゥラル・チャルシュス(イスタンブール芸術のバザール)と、16 世紀に建築 家シナンによって建てられたジャーフェラー・メドゥレセでは、職人が実際に仕事をしている様子を見ることができ、その 場で彼らの製品を買うこともできます。 スルタンアフメット・モスクにあるアラスタバザール(オールド・バザール)の中のショッピング・アーケードはとても 賑わっていて、ショッピングにも観光にも便利な所です。 グランドバザール(カパル・チャルシュ) グランドバザール(カパル・チャルシュ)

ショッピング

スパイスバザール(ムスル・チャルシュス)

(31)

2 アクメルケズ・モール タクシム・ニシャンタシュ−シシリ地区の洗練された店は、バザールの乱雑さと 好対照をなしています。イスティクラル通り、ジュムフリイェット通り、ルメリ通 りには、トルコの最高品質の織物で作られたエレガントなファッションアイテムを 扱う一流ブランド店が立ち並び、こころゆくまで品物を眺めることができます。繊 細なデザインのバッグや靴だけでなく、美しい装身具もたくさんあります。 アタキョイのギャレリア・モールとエティレルのアクメルケズ・モールには、 イスタンブールの高級ブランド店の支店が出ています。バクルキョイにあるジャ ローゼル・モールは、ベイオールのアトラス・パサジュ同様、ぜひ訪れてみたい ところです。アジア側にあるバハリエ通り、バーダット通り、キャピトル・モー ルでも同様の品物を扱っています。 イスタンブールのにぎやかな蚤の市には、古いものも新しいものも、莫大な数 の品物があふれ返っています。ベヤズット地区にあるサハフラル・チャルシュス と、チュナルアルトゥのバザールは、毎日でものぞいて見たくなるところです。 日曜日毎に、サハフラルとグランド・バザールの間に立つ蚤の市では、手押し車 や毛布の上にむきだしのまま商品が売られています。 ホルホル・チャルシュスには、時代も品質も様々に異なる家具を売っている店 が多く集まっています。トプカプ地区に立つ蚤の市や、ジハンギルのチュクルジュ マ通り、ウシュキュダルのブユック・ハマム通り、カドゥキョイ・チャルシュドゥ ラー地区、そしてエミノニュとタフタカレの間に立つ蚤の市は、毎日開かれてい ます。日曜日、ボスポラス海峡までドライブした後に、ブユックデレとサルイェ ルの間に車を止め、活気ある蚤の市をぶらついてみるのもいいでしょう。

(32)

30

ブルガズ島

近郊の島々

イスタンブール

近郊

(33)

 ブルガズ島 キリオス

イスタンブール

近郊

また、古代からの 7 つの貯水池や、天然の泉がたくさんあって、気分をリフレッシュすることができます。オ スマン帝国時代に造られたいくつかの水道橋(その中でも 16 世紀にシナンによって造られたモーロヴァ水道橋 が最もすばらしい)が残っていて、自然の中に厳かな趣を添えています。ケメル・ゴルフカントリークラブの入 り口を覆っているのは、同じくシナンの手による 750 メートルの長さのスルタン・スレイマン水道橋で、トル コの中では最長のものの一つです。500 の厩舎のある乗馬センターでは、引き馬も楽しめます。 イスタンブールから 25 キロ離れたアジア側のポロネズキョイは、19 世紀にポーランドの移民によって創設 されたところです。イスタンブールの人たちは、牧歌的な風景の中で、散策、乗馬、そして伝統的なポーランド 料理を楽しみます。 マルマラ海に浮かぶ 9 つの島からなるプリンセス諸島は、ビザンチン時代の王子たちの幽閉所でした。今日 では、夏の間、イスタンブールの裕福な人々が、涼しい潮風と 19 世紀の優雅な住居を求めて、避暑に来る場所 となっています。ブユック島は、その中で一番大きな島です。ここでは松林の中で馬車に乗ったり、島の周りに ある入り江の海辺でのんびり過ごすこともできます。その他、クナル島、セデフ島、ブルガズ島、ヘイベリ島も 人気があります。フェリーはヨーロッパ、アジアの両側から定期的に出ています。夏期には、カバタシュから高 速海上バスが出ます。 イスタンブールから 25 キロ郊外、黒海沿岸のヨーロッパ側のキリオスには長く続く広い砂浜があり、夏の間 中イスタンブールからの人出でにぎわっています。 ヨーロッパ側の黒海の内陸部にあるベオグラードの森は、イスタンブール周辺で一番大きな森です。週末にな ると、木陰でピクニックやバーベキューを楽しもうとイスタンブールから車でやって来る家族連れで賑わいます。 ヤロヴァ ブユック島

(34)

2 ウシュキュダルから 70 キロ離れ黒海に面したシレには、砂浜、フィッ シュ・レストランやホテルがあり、イスタンブール近郊で最も素敵な休日 を過ごせる場所の一つでしょう。観光客に人気のあるシレ・ベジ(涼しげ な綿素材の洋服)は、ここで作られています。イスタンブールから 38 キ ロの所にあるバイラムオール・ダルジャ・バード・パラダイスと植物園は ユニークな憩いの場です。この広い公園では、世界中の様々な種類の鳥や 植物が見られ、レストランや遊歩道も整っています。 イスタンブール南東にあるエスキヒサルは魅力ある漁村で、マルマラ海 で遊ぶヨットマンが停泊できるマリーナがあります。町内に 19 世紀の大 画家オスマン・ハムディ・ベイの家があり、現在は改装されて美術館になっ ています。近くにビザンチン時代の城があるほか、エスキヒサルとゲブゼ の間にはハンニバルの墓があります。 シリヴリ周辺はイスタンブールの人々の夏の別荘地として有名です。こ こはイスタンブールから 65 キロ、休暇を過ごすのに人気の高い大リゾー ト地で、クラシス・ゴルフカントリークラブを含むスポーツジムやヘルス センター、すばらしい食事の楽しめるレストランまで、あらゆる設備が 整っています。ここにある会議場は、休日の仕事には都会の慌ただしさか ら開放されたいと思うビジネスマンたちに好評です。海上バスの定期便が イスタンブールとシリヴリを結んでいます。 カラムシュ・マリーナ

(35)

 イスタンブールからマルマラ海を帆走するとやがてチャナッカレと有名なダーダネルス海峡に至ります。ここ は第1次世界大戦の戦場となり、ムスタファ・ケマルに運命を刻印したところです。さらにクルーズを続けると エーゲ海に入り、やがて黄金の砂浜が続く地中海に吸い込まれます。

ゴルフ

イスタンブールの休日はゴルフ好きに格好のものとなりましょう。市街から 65 キロメートルのシリヴリにあ るクラシス・ゴルフカントリークラブはこの地域最大級のゴルフクラブで、18 ホールと 9 ホールのコースがあ ります。市街から 18 キロメートル、ケメルブルガズ近くのベオグラードの森にあるケメル・ゴルフカントリー クラブには 9 ホールのコースがあり、腕試しにはもってこいです。市内アヤザアー地区のイスタンブール・ゴ ルフクラブにも 9 ホールのコースがあります。

ヨット

イスタンブールではヨットがとても盛んです。神秘的な景観を楽しみながらローマ・ビザンチン・オスマンの 時代の歴史の流れに帆を張り、壮麗な城址・宮殿・モスクを眺めることができるのは世界でもここだけでしょう。 ヨットマンは北海から黒海へヨーロッパの内陸経由で至る事ができますが、ヨーロッパの運河やライン川・ドナウ 川を経て黒海の港、さらにボスポラス海峡やイスタンブール付近のマリーナまでのこのルートは、安全かつ短距離です。 ボスポラス海峡で 2 大陸にかかる巨大な橋をくぐり、プリンセス諸島周辺や島の美しい湾を帆走したら、お 好きなところで碇を下ろしてうららかな風景を堪能してください。ヨーロッパ側のアタキョイ・マリーナは国際 規格準拠、アジア側にはカラムシュ・マリーナがありますが、いずれも 24 時間営業です。毎年夏には国際外洋 ヨットレースが開催されます。 シレ

(36)

3

マルマラ海地方

(37)

 イズミット時計台

マルマラ海地方

イズミットはコジャエリ県の県庁所在地で、イスタンブールと高速道路でつながっています。イズミットはロー マ時代にはニコメデイアという名で知られていましたが、現在は豊かな産業都市となっています。サアッチ・ア リ・エフェンディ・コナックは 18 世紀の典型的なオスマン様式の館ですが、現在は修復されて民族博物館になっ ています。ピシュマニエは砂糖の薄い層が幾重にも重なったお菓子で、この地方の特産です。 イズミットの西に位置するヘレケは、カーペット生産のー大中心地です。この地方のカーペットの美しさと品 質の高さは世界中に知られ、イスタンブールのバザールでは最も高値で売られています。イズミットの北、黒海 沿岸地域の、特にケルペやケフケン、コワンアーズは、美しい砂浜と快適なゲストハウスがあり、訪れる人を魅 了します。 イズミットの東にあるサカリヤ(アダパザル)は、地域の農業と産業の重要な中心都市です。この肥沃な土地 にはサカリヤ川が流れ、豊かな果樹園や畑が広がっています。アダパザルにはアタテュルク民族博物館があり、 この地方の工芸品とともに、トルコ共和国の建国の父アタテュルクの遺品が展示されています。ベシュキョプリュ 橋は、553 年にビザンチン帝国のユスチニアヌス帝によって建設されたもので、全長 429 メートル、8 つのアー チが連なる美しい橋です。数キロ行ったところにサパンジャ湖があり、静かなレストランやホテル、別荘が湖岸 に立ち並んでいます。サマン山の盆地にあるこの保養地は、一年を通してイスタンブールっ子たちでにぎわって います。サパンジャ湖の高地にあるアーリフィエ森はキャンピングやピクニックには最適の場所で、眼下に見下 ろす湖の景色はすばらしいものです。 アクギョル湖は黒海の保養地カラスから内陸に入ったところにあり、どちらも景勝地となっています。タラク ルは古い建物が多く保存されているので、街を散策するのも一興です。

(38)

6 ソーウット、ビレジッキ ビレジッキはイズニックの南東にある、緑濃い肥沃なサカリヤ川流域に広がる地方です。その旧市街にはオス マン帝国建設に重要な役割を果たしたシェイヒ・エデバリの大霊廟があります。毎年 9 月には彼を称えた記念 式典と文化的行事が催されます。この霊廟の近くにはオルハン・ガーズィ・モスクがあります。 ソーウットはその名の意味する柳がたくさんある町で、ぜひ足をのばしてたずねてみたいところです。移住し てきたカユトルコ族が最初に定住したのがこの地で、彼らのリーダー、エルトゥールル・ガーズィの墓が立てら れています。9 月には彼を称えた記念式典が行われます。このほかにトルコの歴史の中でも有名な人物の実物大 の胸像や、トルコの歴史をたどる民族博物館があります。 古代、ヘレナポリスと呼ばれたヤロヴァは、コンスタンチヌス帝の母で、この街を設計したヘレナにちなんで 名づけられました。ヤロヴァは今日港町として栄え、また温泉でも有名です。街の南西部に位置するテルマルは 温泉地区の中心地で、トルコで温泉療法を楽しむには最適です。丘に登れば、眼下に広がる温泉一帯を一望でき ます。ヤロヴァの博物館は、元は 1929 年にアタテュルクが建てた夏の別荘で、現在は 20 世紀初頭のこの地方 特有の装飾品が展示されています(月曜・木曜を除く平日開館)。自然好きのかたにはカラジャ植物園がありま すが、毎日曜日の午後開園、午後 6 時閉園です。 ヤロヴァから西へ 15 キロほど行ったチュナルジュックは、美しい海岸を誇る近代的リゾート地帯です。 アヤソフィア教会、イズニック エルトゥールル・ガーズィ・コンプレックス、 ビレジッキ

(39)

 ニカエアと呼ばれていたイズニックの町は、イズミットの南にあるイ ズニック湖の東端に位置しています。この町は紀元前 316 年にアレキサ ンダー大王配下のアンティゴノスが建設し、リシュマコスが後継して妻 にちなみ『ニカエア』と名づけました。のちにビテュニア王国に降伏し、 紀元前 128 年にはローマの属領になりました。ローマ時代とビザンチン 時代には重要な町として栄えましたが、1078 年にセルジュク朝に、続い て 1331 年オスマン帝国に征服されました。ローマ劇場を建設(249 - 251 年)したのはトラヤヌス帝です。イズニック湖畔にはローマ上院議 会が建ちました。現存する門は4ヶ所で街の中心には聖ソフィア大聖堂の 跡があり、325 年に開かれた第1回全キリスト教会議(ニカエア公会議) に召集された司教や聖職者たちの姿をほうふつとさせます。第2回公会議 は偶像破壊をめぐり 785 年に召集されました。イズニックはキリスト教 世界ではエルサレム、エフェソス(エフェス)、バチカンと並び立ちました。 イズニックは 16 世紀から 17 世紀は、非常に優れた陶磁器生産の中心地 として栄え、陶磁器はトルコの各地にあるモスクや宮殿の装飾として使わ れてきました。この街の博物館には近郊の遺跡からの発掘品が展示されて います。市街に数ある重要なイスラム建築の中でも、トルコ石のタイルで 飾られたイェシル・モスクとニリュフェル・ハトゥン・イマーレットハー ネシは必ず訪れてみてください。じっくりと見物したら湖畔にあるレスト ランでおいしい料理を味わいながらゆったりとした雰囲気でくつろいで 温泉、ヤロヴァ ヤロヴァ

(40)

3

(41)

 イェシル・トゥルベ(緑の霊廟)、ブルサ イズニックタイル みてはいかがでしょう。イズニックから5キロメートルのエルベイリ村に は5世紀のカタコンベとカシアス・フィリスクス由縁の高さ 15.5 メート ルのオベリスクがあります。 ブルサから 40km 北西にあるイェニシェヒルには、かわいらしいトルコ 特有の民家がたくさん集まっています。18 世紀のシェマキ邸は、現在博 物館として公開されています。 マルマラ海の南東にあるブルサの街は、ウルダー(ミシアのオリンポス 山、2543 メートル)の斜面にあります。ブルサの名前は、その建設者で あるビテュニア国の王プルシアスに由来します。後にローマ人が押し寄 せ、ビザンチン帝国の支配が続いた後、1326 年にオルハン・ガーズィが 公園で、花壇と噴水の間にカフェテラスがあちこちにあります。公園の向 こう側には、コザ・ハン(1490 年)と呼ばれる絹生産のための繭が取り 引きされる長屋が建っています。 さらに進むと、狭い路地やキャラバンサライ、古書や骨董品を売ってい るアーケード付きバザール、ベデステンに出ます。コザ公園の反対側に あるのが、1339 年に建設されたオルハン・ガーズィ・モスクで、ブルサ でも最も古い宗教建築物の一つです。近くにあるウル・モスクはセルジュ ク様式で、彫刻が美しくほどこされたクルミ材の説教台と印象的なアラベ スク文様が目を引きます。ここでは珍しくシャドゥルワン(お清めのため 征服し、オスマン帝国の初代の首都になりました。そのためここにはオス マン様式の建築物が多数現存しています。 「緑のブルサ」として知られるように、この街には庭園や公園が多く、 緑の平原も見渡せ、果樹栽培も盛んです。ブルサは今も昔も絹貿易とタ オル製造、そして温泉で有名です。名物料理のイスケンデル・ケバブは、 グリルした肉とパンにトマトソースと溶かしたバター、ヨーグルトを添え た料理です。ぜひ試してみてください。クルミの飴がけも名産です。 市内巡りは東部のイェシル・テュルベ(緑の霊廟)から始めます。庭園 の中に建てられたブルーのタイルの目にも鮮やかな大霊廟には、メフメッ ト 1 世の記念碑があります。道を挟んで立つ 1424 年建設のイェシル・ モスクは、セルジュクとは対照的な新オスマン様式の審美主義が表現され ています。近くにあるメドレセ(イスラム神学校)は民族博物館の一部で す。 ここらへんで伝統的なティーハウスに立ち寄って休憩してみてはいかが でしょう。一休みした後東へ坂を登り、エミール・スルタン・モスクを通 り過ぎ、古い家並みを抜け、ユルドゥルム・ベヤズット・モスク(1391 年) へ足をのばしましょう。 さあ、今度はジュムフリイェット広場(地元ではヘイケルの名で知られ ています)に向かいます。アタテュルク大通りを散歩しながら進むとコザ

(42)

40 の泉)がモスクの中にあります。 ウル・モスクから西に歩くと、ヒサールと呼ばれるブルサでも特に美し い一角に着きます。渓谷を見渡す公園の中には、オスマン帝国を設立し たオスマンと、その息子でブルサの征服軍を指揮したオルハン・ガーズィ の霊廟があります。トプハネのカフェで一息いれてみましょう。 ムラディエ広場のユルドゥズ・パーク・ティーガーデンからは、美しい モスクと霊廟が見渡せます。静かな公園の中には、イェシル・モスクと同 じ様式のスルタン・ムラト 2 世モスク(1426 年)と、ムラト 2 世、シェ ヒュザーデ・ジェム、シェヒュザーデ・ムスタファの墓があり、美しい装 飾やタイルが施されています。近くのオスマン・ハウス博物館は、17 世 紀の建物が保存されており、当時のオスマンの人々の裕福な暮らしぶりを 偲ぶことができます。 この他ブルサには、チェキルゲ方向への道沿いに、考古学博物館のある 文化公園やアタテュルク博物館など、いくつもまだ面白いところがありま す。 チェキルゲの西のはずれは、ローマ時代からミネラル分を多く含んだ温 ウルダー・スキー場、ブルサ

(43)

4 ですので、一年中いつ訪れても楽しめます。 ブルサ市民の間で海鮮レストランとナイトクラブといえば、ブルサから 25 キロメートルの町ムダンヤです。 休戦博物館(第 1 次大戦)も一見の価値があります。ムダンヤから 12 キロメートルにあるゼイティンバーウ(ティ リルエ)では、トルコの街づくりと建築の典型を見ることができます。 泉で有名です。ホテルのほとんどは温泉付きですし、伝統的なハマムもあります。イェニ・カプルジャ(新温泉) は、1552 年にスレイマン大帝の宰相、リュステム・パシャによって建てられたものです。エスキ・カプルジャ(旧 温泉)は、ビザンチン時代の浴場跡に建設された最古の浴場です。カラムスタファ・パシャ浴場は、ブルサでも 最も良質のミネラル温泉が出ることで評判です。 チェキルゲにある建築物では、モスクやムラト1世の大霊廟、宗教詩人スレイマン・チェレビの墓が面白いで しょう。カラギョズ記念碑は、そのユーモアぶりからトルコで不朽の名声を得ている、あやつり人形の影絵劇作 家カラギョズを称えたものです。 ウルダーはトルコでも最大のウィンタースポーツのメッカで、さまざまなスポーツが楽しめ、宿泊施設、娯楽 施設が充実しています。ブルサから車やケーブルカーでわずか 36 キロと、アクセスも簡単。スキーは 12 月か ら 5 月がベストシーズンですが、この地域は国立公園に指定されている風光明媚で澄んだ大気のおいしい場所 トルコ影絵芝居 ウルダー・スキー場、ブルサ ムダンヤ、ブルサ

(44)

42 ブルサから 29 キロメートルのゲムリッキ湾には砂浜が広がり、なかで もクムラは人気があります。 バルケシル県はマルマラ海とエーゲ海の両方に接しています。バルケシ ルは自然に富み史跡の多い街です。 14 世紀中頃にベヤズッド 1 世により建てられたユルドゥリム・モスク は、市内で最古のモスクです。ザウノス・パシャ・モスクは 1461 年メフメッ ト征服王の宰相ザウノス・パシャが建てたもので、かつては巨大な施設の 一部でしたが、現在はそのモスクと浴場だけが残っています。 サアト・クレシ(時計台)は 1827 年にメフメット・パシャがジェノヴァ のガラタ塔を模して縮小してつくらせたものです。1336 年建設のカレ シ・ベイ大霊廟には、カレシ・ベイとその 5 人の息子の記念碑があります。 この地域の文化遺産は新設のバルケシル博物館(クヴァイ・ミッリエ)で みることができます。 バルケシルより 10 キロほどブルサの方向に進んだところにあるのが、 2 つの丘に囲まれた美しいデールメン・ボアズです。週末や休日になると たくさんの家族連れでここの見晴台やレストランがにぎわいます。 バルケシル

(45)

4 バルケシル カラコル村には風車があり、写真家たちがその美しい景色をシャッターに収めています。古代ペンデラムスと 呼ばれたバンドゥルマは、今日ではイスタンブールに次ぐ重要な商業産業港になっています。この街のレストラ ンや喫茶店では素敵な午後を満喫できるでしょう。 ベルクス(キジコス)はバンドゥルマの 10 キロ西に位置する街です。カプダー半島の付け根にあるこの古代 都市には、ハドリアヌスの寺院や劇場、水道橋が現存しています。マニヤス湖に近いクシュジェンネッティ国立 公園は、266 種類もの野鳥が生存する鳥類学の地です。毎年、3 百万羽以上の鳥がこの保護地域を通過していき ます。野鳥観察には 4 月と 5 月が最適です。バンドゥルマの 13 キロ南東のカラジャベイでは、サラブレッドの 生産が盛んで、牧場が多くみられます。 かつて古代エルテカとして知られたエルデックは、バンドゥルマから 14 キロ北西に行ったところにあります。 マルマラ海でもっとも古くもっとも有名なリゾートエリアのひとつで、自然のままの砂浜があり、宿泊施設も豊 富にそろっています。 マルマラ島は、かつてはプロコネソスという名で知られ、ローマ時代は隆盛を極め、ビザンチン帝国、オスマ ン帝国の時代には、ここで産出される大理石で大いに栄えました。ここの大理石は、帝国の瀟洒な建築物に使わ れました。サライラル村の近くにあるマーブルビーチは、その沖で実際に採れる大理石から由来しています。市 内には屋外の博物館があり、ローマ時代やビザンチン時代にまでさかのぼる工芸品や、大理石の採掘の過程を順 次追うことのできる採石場を見ることができます。 もう一つのリゾートの島、トュルケリ(アブシャ)は、壮観な海岸線と透きとおった海の水がすばらしいだけ でなく、ぶどう園とワインセラーでも有名です。マナストゥールにはビザンチンの時代のメリイェム・アナ修道 院があります。

(46)
(47)

4 戦没者墓地 国土防衛をモチーフにしたレリーフ の総指揮者ムスタファ・ケマルは、この地域に残っていた連合軍の追放作 戦に成功しました。 公園には、記念館と記念碑、墓地が建てられ、また自然の生み出した絶 景であるアルブルヌの岸壁やトゥズ・ギョル(塩の湖)があります。この 歴史的な戦いで勇敢に戦って死んでいった兵士たちは、美しい緑の丘と砂 浜と青い海のあるこの場所で安らかに眠っています。この公園のもつ特別 な意味を知れば、トルコ国民の心を感じずにはいられないでしょう。 バンドゥルマより 55 キロ南西にあるギョネンは、トルコでも有数の温 泉町です。ここの温泉はローマ時代にも使われており、もとはローマ浴場 の一部だった 5 世紀のモザイクも残っています。温水は地下 500 メート ルから湧きでて、82℃ほどの温度があります。30 キロ北西にあるデニズ ケントの街は、海岸の美しいリゾート地です。 スンドゥルグはアラチャム山脈のふもとの森と草原の街で、高級カー ペットの産地として知られています。その中でも、ヤージベディルの絨毯 はもっとも珍重され、使えば使うほど愛着の出てくるものです。 エドレミット湾の周辺もバルケシル県に属していて、国内でも最も美し い海岸線の一つといえます。その透きとおった水と砂浜のまわりには、銀 色がかった緑色をしたオリーブ畑が広がっています。アイワルク、ブルハ マリーナでは海峡を巡る船が停泊するので、十分観光することができま す。プロムナードに続いているホテルやレストラン、喫茶店からは、港に 出入りする船やキリトバヒルの要塞、チャナッカレ考古学博物館を眺める ことができます。 イスタンブールを征服したスルタン・メフメット 2 世は、1451 年、海 峡のヨーロッパ側のキリトバヒルと対岸のチメンリックにそれぞれ一ヶ 所ずつ、海峡を通る船を監視するための要塞を建設しました。現在、チメ ンリック要塞は、チャナッカレの戦いを記念した軍事博物館になっていま す。 ゲリボル半島歴史国立公園は、ゲリボル、またの名をガリポリで戦死し た 50 万人の兵士たちを称えて設立されたものです。1915 年、トルコ軍 ニエ、オレン、エドレミット、アクチャイ、アルトゥンオルックは、いず れも風光明媚で、史跡や遺跡に富み、休日をゆったりと過ごすには最適の 魅力的な街です。 チャナッカレの街は、1200 メートルという狭いチャナッカレ海峡の入 り口にあります。この海峡は、ヨーロッパとアジアの両方に接するエーゲ 海とマルマラ海とを結んでいます。 アジア側のチャナッカレと、ヨーロッパ側のエジェアバットとキリトバ ヒルとの間には、カーフェリーが毎日行き来しています。チャナッカレ・

(48)

46 トルコ最大の島、ギョクチェアダは、原始のままの入り江に囲まれてい ます。連なる丘には、松林とオリーブ林の色彩が対をなし、聖なる泉と 修道院が点在しています。チャナッカレからカバテペの間には、フェリー が定期的に運行されています。8 月にはカラフルな地元の市が開かれ、島 の人々と観光客たちが集まってきます。 ボズジャアダ(島)に船で近づくと、ベネチア風の城が目に留まるでしょ う。この城の下には、海辺の散歩道に連なる白い家々やレストランがき らめいています。この島はワインが水のように豊富で、街を巡るとたく さんのぶどう園やワインセラーが見られます。アヤズマやポイラズ、イー デリッキは美しい砂浜で有名です。 トゥルワ(トロイ)は、プリアム王、ヘクトル、パリス、そして美しい ヘレンの登場するホメロスの物語で有名です。考古学者らにより、9 つの 異なる時代の集落と、城壁や家屋の基礎、寺院や劇場が発掘されました。 伝説のトロイ戦争を記念して、トロイの木馬が立てられています。古代ア レクサンドリア・トロアスの港は紀元前 3 世紀に建設されましたが、聖 パウロは 2 度ここを訪れ、さらに 3 度目の伝道の旅ではここからアッソ スへと向かいました。 伝説のトロイの木馬 ボズジャアダ、チャナッカレ

(49)

4 キリトバヒル城塞 アテナ神殿、アッソス(ベフラムカレ) アッソス(ベフラムカレ)のアクロポリスは海抜 238 メートルの地点 にあり、紀元前 6 世紀にはここにアテナ神殿が建てられました。過去の 栄光を称えるとともに、ビガ半島とエドレミット湾の守り神として、ドリ ス様式のアテナ神殿は復元されました。 エドレミット湾を見渡せる高台に上ったら、ぜひ月明かりが神殿の廃虚 に降り注ぐまで、あるいは夜が明けて暁がアクロポリスを白く染めるまで 待ってみてください。この地が選ばれた理由が、きっとわかることでしょ う。 海から続く段丘の上に、アゴラ(集会所)と競技場、劇場があります。 アクロポリスの北端からはモスクや橋、要塞が見えます。これらは 14 世 紀、オスマン帝国のスルタン・ムラト1世によって造られました。眼下に 広がる古代の小さな港は、美しく牧歌的です。アッソスはトルコにおける 芸術の中心地としてにぎわい、親しみやすく自由奔放な雰囲気にあふれ、 数年後にまた来たくなるような思い出に残る街です。 ベフラムカレの西 25 キロにあるギュルプナルには、紀元前 2 世紀のア ポロン・スミンテウス神殿が現存し、古代、この村はクリスと呼ばれてい ました。ジグザグの海岸線沿いにギュルプナルから田舎道を 15 キロほど 西に進むと、ババカレに着きます。海にそそり立つ断崖絶壁の上に、家々 が段々に重なるすばらしい光景が目を引くことでしょう。 メドゥーサの頭部、 チャナッカレ博物館

(50)

48 ビガの町の名は、ビガ半島にちなんでつけられました。ここは公園の多い街で、伝統的な様式の家々を眺 めるのも一興です。そこからはカラビガやシャヒメレッキ、ケメルの海岸が近く、手頃な値段の宿泊施設も 容易に見つかります。カラビガは古代、神の名にちなんでプリアポスの名で知られたため、ここにはいくつ かの宗教的な団体があります。チャンは陶器と硫黄質の温泉が有名で、ここのお湯は肝臓や腸、泌尿器官系 の病気に効くと言われています。近くのキュルジュレルとキラズルにも温泉があります。 カズ・ダー(イダ山、1774 メートル)は、チャナッカレの南端に位置する山で、ふもとのカズ・ダー国 立公園は景色がすばらしく緑豊かで、温泉もいくつかあります。国立公園への北の入り口にあたるバイラミ チュとエヴジレルには、大きなキャンプ場があります。チャナッカレから 60 キロのバイラミチュには、18 世紀の美しいハドゥムオール邸(オスマン様式の屋敷)があり、民族学博物館が併設されています。 セリミイェ・モスク、エディルネ セリミイェ・モスクのドアの文様近影

(51)

4 マルマラ海の反対側の北海岸には、重要な商業港テキルダーがあります。 プロムナードのある近代的でおしゃれなこの街は、砂浜の海岸線が続き、 一帯にはひまわり畑とぶどう園が広がっています。建築物では、シナンが 設計したリュステム・パシャ・モスクが最も有名で、スレイマン大帝の宰 相が 1554 年に建てたものです。考古学民族博物館にはこの地方の工芸 品が多く展示されています。 ハンガリー国民の自由獲得のために戦ったハンガリー皇太子ラコク ジー・フェレンチ 2 世(1676 年- 1735 年)が、晩年を過ごした家は、 現在ラコクジー博物館になっています。ナームク・ケマル記念碑は、トル コの国民的詩人ナームク・ケマル(1840 年- 1888 年)を称えて、この 生誕の地にたてられました。テキルダーから 80 キロほど西には、ワイン の街、シャルキョイとミュレフテがあります。美しいぶどう園が地域全体 に広がり、毎年、市主催のワインフェスティバルが開催されます。 テキルダーの北、ギリシャとトルコの国境にあるエディルネは、かつて はオスマン帝国の首都であったこともあり、18 世紀にはヨーロッパの 7 大都市のひとつに数えられました。歴史あるこの優美な都市は、トゥン ジャ川とメリチ川が合流するあたりのポプラ林の平原に位置し、イスタン ブールや東部の都市を訪れる観光客の出発地点ともなっています。 エディルネ地域一帯の人々の起源はマケドニアがここを支配していた時期に までさかのぼります。ローマ帝国のハドリアヌス帝が街を再建し、自らの名を とりアドリアノープルと名づけました。ローマ帝国が分裂すると、ビザンチ ン帝国が取って代わり、1361 年にスルタン・ムラト 1 世に征服されました。 エディルネは 100 年近くオスマン帝国の首都の座を占めていたので、 歴史的、建築学的にみて重要な建物がたくさんあります。この街はまさに、 モスクや宗教施設、橋やオールド・バザール、隊商館や宮殿のある、生き た博物館なのです。 セリミイェ・モスクは街の中心の丘の上に立っています。スルタン・セ リム 2 世(1569 年- 1575 年)の令で建設されたこのモスクは、シナン の設計による典型的なオスマン様式で、オスマン朝時代の技術の高さとこ の建築家のたぐいまれな能力が如実に現れています。 セリミイェ・モスク

参照

関連したドキュメント

(2001) Elemental distribution: Overview.. In, Encyclopedia of Ocean

ローマ日本文化会館 The Japan Cultural Institute in Rome The Japan Foundation ケルン日本文化会館 The Japan Cultural Institute in Cologne The Japan Foundation

アクアワールド茨城県大洗水族館 www.aquaworld-oarai.com #博物館 #水族館 #海洋生物 #講座 #ガイド #バックヤードツアー. 赤穂市立海洋科学館

1 アトリエK.ドリーム 戸田 清美 サンタ村の住人達 トールペイント 2 アトリエK.ドリーム 戸田 清美 ライトハウス トールペイント 3 アトリエK.ドリーム 戸田

※出願期間は年2回設けられています。履修希望科目の開講学期(春学期・通年、秋

[r]

うみ博メイン会場に加え、日本郵船歴史博物館、日本郵船氷川丸、帆船日本丸・横浜みなと博物館、三

○8月6・7日に、 「 Tanavata Starlight Express 2016 」と題して、県立美術館と iichiko