芦田恵之助の読み方教授における教育者的堪能に関する研究
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(2) 枠組について考察する。. り,その後半にあたる (4) 第 2 次上京期(明治 37 ~大正. 芦田は『綴り方教授』(大正 2 年)において,教師の. 10)と (5) 読本編纂期(大正 14)がその時期に当たる。. 修養すべき事として 4 項目を挙げている。それらをまと. 芦田が東京高等師範学校附属小学校訓導となった当初. めると教師修養論は,教師自身に関わる修養と教授の巧. は,複式学級を担任し,主に綴り方の研究を行ってい. 妙に関わる修養という二つの大きな領域に分けることが. た。読み方について執筆した雑誌論考は大正 3 年までに. できる。この二つの領域を解釈の枠組の横に配置する。. 約十編あり,その内容は読本の教材研究が中心である。. ところで,これらの領域は,それぞれが実践との関わり. そのため,読み方教授に関してまとまった論考は「讀み. の程度によりいくつかの内容をもっている。教師自身に. 方教授法」が初めてとなる。また,芦田にとって大正 3,. 関わる修養では,自ら綴る技能,専門的学問知,鑑識力. 4 年頃は自己確立を強く意識し,大きな内面的変革が訪. や文章を洗練させることに関わる力,心がけを包括して. れた時期である。それは当然,芦田の教育観や教育法に. いる。一方,教授の巧妙に関わる修養は,教授法,系統,. も影響を与えた。この内面的変革が起きた頃の著書とし. 今後の文章に関わる見通しなどを包括している。授業実. て『讀み方教授』をあげることができる。その後,大. 践に直接的に関係することは,教授法及び自ら綴る技能. 正 10 年に教壇を離 れ,朝鮮総督府での読本編纂にかか. である。実践には直接的に関与しないが計画や学問的裏. わり,大正 14 年 3 月に公的生活にピリオドを打つ。大正. 付けとして間接的に関与する系統及び専門的学問知があ. 14 年 9 月に刊行された『第二 讀み方教授』は,これ. る。ここまでの内容を実践的知識・技能と名付けておく。. までの芦田の読み方教授論の集大成と考えられ,この後. さらに, 実践を高所から統制するような内面の深層的認. に続く教壇行脚は,その実践といえるものであったこと. 識のレベルが想定され,それを実践の根拠と名付けてお. だろう。. く。以上のことから、解釈の枠組の縦に実践と直接的・. 本研究は,読み方教授に関する教育者的堪能の内容及. 間接的に関与するレベルと深層的認識のレベルを位置づ. び形成過程をとらえるために以下の資料を用いた (6)。. けることができる。その理論的背景として苧坂直行 ( 京. 「讀み方教授法」(大正 3 年『文章研究録』連載). 都大学 ) の意識の階層論がある。意識の階層論とは、意. 『讀み方教授』(大正 5 年)育英書院. 識には覚醒 ( 生物的意識 ),アウェアネス(知覚・運動的. 『第二 讀み方教授』(大正 14 年)芦田書店. 意識),リカーシブな意識 ( 自己意識 ) の三つの階層があ. (2)分析法. り,この順により一層認知機能が深くなっているという. まず各資料の内容について精査し,文章の中心文をさ. (5). 論である。 これらを整理すると,図 1 のようになる。. ぐり根拠とする。次に各資料について,後述する解釈の. そして,読み方教授の解釈の枠組をもとに,資料の内. 枠組に基づいて内容ごとに整理する。発行年を追ってい. 容を整理し教育者的堪能がどのように形成されていった. くことで,その変容を明らかにする。最後に,整理した. のかその変容を明らかにする。最終的に,読み方教授の. 内容を踏まえて教育者的堪能のモデルを仮定する。. 教育者的堪能のモデルを仮定し,その働きについて論ず. 分析の視点として,佐久間まゆみ氏が次に指摘するよ. る。. うに,内容や話題をとり まとめる働きのある文や語句に 着目する。. 2.研究方法 (1)資料. 文章と文の中間に位置する言語の単位として,「段」. 芦田の教職生活において活躍した時期と朝鮮総督府編. という話題のまとまりによる単位がある。「段」は,. 修官として任につき公的生活に終止符を打つところまで. 主な内容を表す「中心文」と,それによってまとめら. を視野に入れる。野地潤家氏は,芦田恵之助の生涯を国. れる複数の文集合から構成される。(7). 語教育実践史の立場から三期に分けている。その中の, Ⅱ教職実践期(明治 22 ~大正 14)は五つに分かれてお. 一般に,文章・談話の「おわり」の部分には,最も. 図1 綴り方教授における解釈の枠組(桑原)と意識の階層(苧坂). ― 74 ―.
(3) 中心的で重要な内容 ( 主張や結論など ) を述べ,それ. 読み方教授の意議に照らし合わせて各学年の方針を定. によって全体をまとめてしめくくる働きをする表現が. めること、つまり読み方教授の系統である。. 見られる。. (8). 三つめは、同じく第 3 章において教師自身の読本を研 究する意議について次のように述べている。. そこで,各資料の段における中心文や文章の「おわり」 の部分に着目して主張や結論を見出す。さらに,文は内. 讀み方の教授者は忠實なる讀本の研究者でなければ. (9). 容と同時に著者の言表態度 ( ムード ) も表していること. ならぬ。讀本の研究に二つの意義がある。一は讀本を. から,文末表現に表れた著者の言表態度に留意して,内. 文字・語句・文等の見地から解剖的に研究するもので,. 容分析の客観性を補強する。特に,当為(べきだ,なけ. 一は讀本をそのまゝに精讀するものである。 (12). ればならない)は著者の価値判断を示す表現であり,当 為の文末をもつ文や当為の文を含む段落は,著者が何を. 讀本の文章中に難語句といつては一つもない。しか. 価値づけているか示す重要な指標となる。中心文が当為. し,之を研究的態度で讀めば,さう容易なものではあ. を表す文であるとき,それは芦田の価値意識が最も高い. るまい。世の初等教育者が讀本を愛讀するやうになつ. 内容であると考え重視した。. て,讀み方教授の神に入るものが始めて見られよう。(13). 「讀み方教授法」の第三章と『讀み方教授』の第五章 には,共通して「讀み方の教授者」という章が立てられ. 読本の研究者として解剖的研究と精読の二つを示して. ている。芦田がいかに教師の知識 ・ 能力の重要性を認識. いる。さらに,それを愛読するほどの修養を行うことを. していたかが分かる。その内容を核としながら論 者が解. 理想としていることが分かる。 四つめは,同じく第 3 章にあり,前述の読本研究に関. 釈の枠組を設定する。. 連して「余がこゝに所謂教壇に立つ準備として必要とす 3.解釈の枠組. る調査は,文・段落・篇についてである。…< 略 >…文. 論者は以前,芦田恵之助の綴り方教師修養論を分析す. の取扱とは形式をふまへて内容を深究する門戸で,從來. るにあたって「解釈の枠組」(74 頁図 1 ) を用いた。これ. の讀み方教授がこゝに注意しなかつたがために,かの逐. は,『綴り方教授』(大正 2 年)において書かれている内. 語解のやうな氣休めをして満足してゐるのである。」 (14). 容をもとに設定したものであるが,この後に書かれた読. と述べる。これは文法をもとにした分析であり,ほかに. み方教授に関する一連の著作においても参考になると考. 「余はさきに小學教師は讀本の文の解剖が出來なけれ. えた。そこで, 「讀み方教授法」 (大正 3 年)を順に読み解き,. ばならぬと説いたやうに讀本中の修辞的技巧を鑑識する. 読み方教授における解釈の枠組の内容を導き出す。. だけの力がなくてはならぬ。しかし修辞學を一讀して,. まず,第 1 章「讀み方教授の意義」において,芦田は. その術語に拘束せらるゝ様なことは,愚にもつかぬこと. 読み方教授の二つの意義を述べた後,次のように述べて. である。余はこゝに於ても讀本精讀の結果として,まづ 明瞭・遒勁・流麗に関する箇所を發見し,之を修辞學に. いる。. 照らして解釈する研究法がとりたい。」(15) と述べている。 これ等の事實から,今日の兒童にもし文章を讀破す. つまり,専門的学問知としての文法や修辞学を習得し,. る努力が弱いとしたら,それには教師の讀み方教授觀. 解剖的研究に役立てると共に読本の解釈に合わせて運用. があづかつて力ありといはねばならぬ。故に讀み方教. するような取扱の工夫について言及している。. 授は丁寧親切であると同時に,何れの部分にも自學の. 五つめは,第 4 章から第 9 章までの各章に,尋常 1 学. 念を覺醒する意義がふくまれてゐなければならぬ。 (10). 年から 6 学年までを割り当て,各章で読本の材料に応じ た教授の順序を述べている。ここでは広く捉えて教授法. 児童の自ら読む力を育てるためには、教師の「讀み方. とみなす。. 教授觀」を必要とする。. ここまでに書かれている内容を整理すると次のように. 次に、第 3 章「讀み方の教授者」において,読み方よ. なる。①読み方に関する見識である読み方教授観,② 6. り見たる教師論を試みている。書かれている内容は,教. 学年を見通した系統(各学年の教授の方針),③教師自. 師のあるべき姿とその修養に関することである。. 身必須の読本の研究,④専門的学問知である文法・修辞. その中で芦田は,次のように述べている。. 学及び実践的な運用法,⑤各学年における教授法の五つ である。. 讀み方の教授者は,まづ讀本全部を精読して,讀み. 綴り方教授における解釈の枠組 を参考に,読み方教授. 方教授の意義に添ふやうに方針を定めなければなら. の修養する内容を当てはめる。教授の巧妙に関わる修養. ぬ。方針とは全學年を通ずる取扱上の意見である。 (11). として,⑤各学年における教授法,② 6 学年を見通した. ― 75 ―.
(4) 系統(各学年の教授の方針)があり,実践との関与・活. 育者的堪能の変容の過程は、すなわちその形成過程でも. 用の度合い及び深層的認識のレベルを考慮すると⑤,②. ある。. の順で当てはまる。教師自身に関わる修養として,③教. 教授の巧妙に関わる修養<教授法>. 師自身必須の読本の研究,④専門的学問知である文法・. 「讀み方教授法」における学年別の教授の順序を整理. 修辞学及び実践的な運用法があり,実践との関与・活用. して表 1 に示す。それによると教授の順序は,1 年と 2. の度合い及び深層的認識のレベルを考慮すると③,④の. 年が発声や読み書きといった主として形式方面の教授で. 順で当てはまる。そして,実践的知識・技能を統制する. 類似しており,3 年はその延長線上にあるが内容面への. ような内面の働きとして教授の巧妙に関わる修養及び教. 踏み込みが一段深くなる。4 年になると作者の工夫や主. 師自身に関わる修養のどちらにも関与する実践の根拠と. 想が取り上げられ,5 年でも内容理解をさらに深めるこ. して①読み方に関する見識である読み方教授観があては. とに重きが置かれる。6 年では要点を把握し,全体の関. まる。① ~ ⑤を簡略化した言葉にして図示すると図 2 の. 係についても指導している。これらのことから,発達及. ようになる。. び文章の内容をふまえて,全学年で教授の順序を設定し ていることが分かる。 『讀み方教授』では,教授の順序が例示してあるの は 1 年と 3 年のみである。(表 2 参照)学年が上がるに つれて,多様な文種や教材が増え,その解釈や説明が多 くをしめる。低学年における文字や文法の教授を別にし て,3 年以上で読本を教授する場合,学年ごとに教授法 を変えることによる効果を見出せず,3 年で示した教授 の順序を児童の実態により応用していたと考えられる。. 図2 読み方教授における解釈の枠組. 実際,後で述べる七変化の教式は,3 年の教授の順序と 4.読み方教授における教育者的堪能の形成. 大きくは違わない。しかし,芦田自身の回想によると. 解釈の枠組 ( 図 2 ) をもとに次の順序で説明を行う。第. 「これを見ると,今の七変化に落ちる傾向は見えてゐま. 一に教授の巧妙に関わる修養における実践的知識・技能. すが,然し淡いものです。ことに教へようとする意識が. (教授法,系統),第二に教師自身に関わる修養におけ. 強くて,共に育たうとする芽生えは,さらに見えていま. る実践的知識 ・ 技能(読本研究,文法・修辞),第三に. せん。」 (16) と述べるにとどまる。. 教授の巧妙に関わる 修養及び教師自身に関わる修養にお. 以下,時間の流れを把握しやすくするため,必要に応. ける実践の根拠(読み方教授観)の順である。それぞれ. じて西暦を併記した。『第二 讀み方教授』(大正 14 年. について資料の中心文をもとにその変容を考察する。教. 1925)においては,「共に流るる」という思想(後述 ) を. 表1 「讀み方教授法」における学年別の教授の順序(番号は桑原). 表2 『讀み方教授』における学年別の教授の順序(番号は桑原). ― 76 ―.
(5) もとにして,教授の順序の理想を述べている。それは次 のようにまとめることができる. (17). 。. せることができる。そのためか,学年ごとの教授の方針 については触れていない。 教師自身に関わる修養<読本研究>. 通読,語りあふ(はなしあひ),通読,小話し合. 綴り方教授においては,自ら文を書く技能を高めるこ. 通読(体験を語りあふ),通読. とが重要な修養であった。芦田は「讀み方教授法」 で, 教授者は忠実なる読本の研究者でなければならないと述. これは,六変化である。読み方教授の途中で書くとい. べ、解剖的研究に言及している。その後,『讀み方教授』. うことについては,「中間に手先の作業を入れるのなど. では次のように述べている。. も,まさに秘訣の部に属することでせう。いかなる教授 法の書にも書いてありません。」 (18) と述べ,音声 15 分,. 平易なる文章,即ち讀本の如き文章を熟読玩味する. 筆写 10 分,音声 15 分と図を示している。芦田が朝鮮の. ことが小學教師のまさに努むべき所である。余は師範の. 読本を編纂している時,自分で全巻を何回も清書した経. 教育に於て,讀本研究の趣味を養成する事が大切である. 験から真に精読しようという場合には筆写をするのが最. と思ふ。讀本の研究には分解的と總合的の両方面がある. もよいと述べている。芦田の回想によれば,「かく」の. が,讀み方教授の實際に於ては,分解的研究よりも總合. 効果を知ったのは複式学級での経験によるものと述べて. 的研究が急務である。總合的研究とは編纂者の意見の推. おり,取り入れたのは大正 15 年 (1926) 春である。七変化. 定,取扱上の着眼点に関する研究である。(21). の教式の成立については,野地潤家氏の研究に詳しい。 それによると,七変化の教式の成立は昭和 6 年 (1931) 頃 ということである. (19). 故に讀み方の教授者は一面に編纂者の意のある所を. 。. 研究すると共に,一面に兒童のいかに解釈するかを察. 『恵雨讀方教壇』(昭和 12 年 1937)において記載され. し,かつ自己の解釈する眞意義の上にたつて,之を誘. ている教壇記録(昭和 10~11 年,1935-1936)によると,. 導する工夫が肝要である。こゝに小學教師獨特の國語. このときの教式区分は,「一よむ 二はなしあひ 三よ. 研究法を生じ,こゝに小學教師といふ職業に専門的の. む 四かく 五よむ 六とく 七よむ」である。『教式. 意味を生ずるのである。(22). と教壇』(昭和 13 年 1938)においては,「一よむ 二と く(はなしあひ) 三よむ(師) 四かく 五よむ 六と. 師範学校いわゆる教師養成段階から読本研究の素地を. く 七よむ」となる。二のはなしあひを括弧にいれて,. 養うこと,分解的研究よりも編纂者の意見の推定,取扱. 「とく」に変えている。 . 上の着眼点に関するものといったように実践に直接関わ. 教授の巧妙に関わる修養<系統>. る総合的研究を急務としている。加えて,児童の解釈を. 芦田は, 「讀み方教授法」 『讀み方教授』において全学年. 推察することや誘導する工夫を取り上げ,小学校教師独. を通じて教授の方針を述べている。しかし, 『第二 讀み. 特の国語研究法であると述べる。小学校教師の専門性に. 方教授』では学年ごとの教授の方針を述べていない。. まで言及している点は興味深い。. また,「讀み方教授法」と『讀み方教授』を比べると. 『第二 讀み方教授』では,朝鮮の読本と南洋の読本. その刊行年は 2 年の違いであるが,この間の芦田の内面. を編纂した経験をもとに読本の材料について見解を述べ. 的変革の影響が表れ,両者に違いをもたらしている。両. ている。例えば,文学だけでなく,信仰に関するもの,. 者について,教授の方針を学年ごとに整理して表 3 にま. 芸術に関するもの,研究に関するもの,修養に関するも. とめた。(78 頁参照)「讀み方教授法」では全学年にわた. の,皇室に関するもの,海に関するものなどを提示して. って教授法とその順序を細かに決めており,技能重視,. いる。当時の芦田の置かれた状況が垣間見えるものもあ. 教師主導である。一方,『讀み方教授』では児童の発動. るが 、 基本的に生活の基調に培うことを踏まえて広く多. 的学習態度や自学を重視しており児童中心である。いわ. 様な材料を考えている。. ゆる芦田の内面的変革は,禅の思想にある「本に帰る」. 教師自身に関わる修養<文法・修辞>. (20). という考えに沿ったものであり,それは綴り方教授. 「讀み方教授法」の教材の研究において芦田は,「以. においても同様であった。. 上は主として文を智的方面から見たのであるが,情的方. 『第二 讀み方教授』では,教師と児童が共に学ぶこ. 面からも見ることが出來る。修辞上の明瞭・遒勁 ・流麗. とを根底に置いている。教師も児童も同じ教材をそれぞ. などいふがそれである。」(23) と述べている。智的方面と. れ精一杯読み,相互に交渉する。時に教師は半歩先を歩. は,いわゆる文法的取扱のことで文字,語句,文,段落,. きつつ,児童を温かい目で導くようなスタンスである。. 篇についての事を指し,情的方面とは,修辞を指す。両. 読み方の場合,文種(材料)の数,文章の量,内容や構. 者は,読本研究を推進する手立ての両輪のようなものであ. 成の複雑さ等の難易度を変えることで発達の程度に合わ. り,教師にこれらを習得するように述べている。. ― 77 ―.
(6) 表3 「讀み方教授法」 (大正3年) ・ 『讀み方教授』 (大正5年)の学年別の教授方針. 『讀み方教授』においては,「文法・修辞法の教授は,. ければならぬことは今更にいふまでもない。」 (24) と述べ. 之を特設的と附帯的に分けて考へることが出來る。特設. ており,専門的学問知としての文法及び修辞法をそのま. 的とは時間を特設して,文法・修辞法を系統的に教授す. ま取り入れるのではなく,小学校教育という場で児童の. るもので,まとまった文法・修辞法の概念を得させるの. 実態に応じて実用的に用いることの重要性を語る。この. が目的である。附帯的とは讀み方・綴り方教授に附帯せ. ことは,綴り方においても同様であった。『第二 讀み. しめて取り扱ふもので,まとまった文法・修辞法の概念. 方教授』では,「四 私の國語教授に關する追憶」で教. を得させるといふよりも,意義の正確なる理解・誤文の. 授の工夫に関連して述べている。. 訂正等が主眼である。即ち前者は科學的で,後者は實用 的である。小學校の文法・修辞法の教授がその後者でな ― 78 ―.
(7) 教授の巧妙に関わる修養・教師自身に関わる修養<実践. 自己究明の未知にいそしむ底の教授がなければならな. の根拠>. いと思ひます。(31). 「讀み方教授法」において,芦田は読み方教授観につ この教育観,読み方教授観を具現化したのが「共に流. いて次のように述べる。. るる讀み方教授」 (32) である。 即ち讀書に對する自學の根柢を刺激するために,讀 み方教授を行ふのである。 (25). 共に流るゝ讀み方教授の意義を説明する時が來まし た。私は簡明に一つの略畫を出します。. 故に讀み方教授は丁寧親切であると同時に,何れの 部分にも自學の念を覚醒する意義が含まれてゐる。 (26) 『讀み方教授』においては,「讀み方は自己を読むも のである」(27) と立言する。 故に兒童をして自己を讀むの愉快を感ぜしめ,苦心 のあとに強烈な興味を悟らせなければならぬ。 (28). 図3 共に流るる読み方教授 (33). 讀み方教授は自己を讀ませるのが目的である。自己. こゝにある教材があるとして,それに對して,教師. を讀むとは他人の文章によつて,種々の思想を自己の. と兒童がむかふと到しませう。教師は自分の力一ぱい. 内界に畫き,未知の眞理を發見しては,之を喜び,悲. これを讀み,兒童もまた力一ぱいこれを讀んで,作者. 哀の事實に同情の涙を漉ぎ,かくして自己の覚醒せら. の魂の叫にふれます。―その叫は實は作者の物ではな. (29). るゝを樂しむ義である。. くて自分のものですが。―その叫が各人各様ですか ら,互に語り合つて,反省の資料を得るのです。そこ. 読み方教授観は,読書に対する自学の念を覚醒するこ. に師もなく,弟子もありません。互に育ち育てられて,. とから自己の覚醒されることを楽しむというように内面. 向上の一路をたどるものです。. 的に深化する。. 触れ得た魂の叫には,比較してこそ大小浅深の差別. 『第二讀み方教授』で芦田は,「教育はいかに論議を. はあつても,その持主からいへば,それ以上の物はな. 重ねても,根本義はかはるものではないと思ひます。絶. いのです。兒童を育てるといふ立場からは,兒童の讀. 対観にたつて,自己を見つめるやうに導くのが究極だと. み得たものが最も尊いのでそれを導き,反省しむるた. 思ひます。」. (30). と教育観を語る。. めに,教師の讀み得てゐるものは,参考に提供すると. さらに,従来の読み方教授について振り返りつつ次. いふに過ぎません。決して強ふべきものでもなく,の つとらしむべきものでもありません。(34). のように述べる。. このように大正前期に綴り方教育において構築した自 己確立というものが,大正後期で教師 ・ 児童が互いに育 ち育てられて向上の一路をたどる「共に流るる」という 思想に深まっていったと考えられる。この思想をここで は共流と呼ぶことにする。共流は,教師・児童双方が自 己確立への道を歩んでいるという前提がある。児童に も,このような考えがないと教師に随伴していくだけに なり,共流とはいえない。また,綴り方における自己の かうした図のやうな教授がありさうに思はれます。. 文章観を打ち立てることが随意選題に結びついていたよ. 教師は兒童を教育することによつて,自己を向上させ. うに,共流という価値観が読み方における七変化の教式. るのです。兒童は教師に導かれて向上の一路をたどる. に具体化されていくと推察できる。. のです。師弟の間におかれる教材は,共に研究し,鑑. . 賞し,批評する事によつて,双方發達の機縁となり,. 5.読み方教授における教育者的堪能のモデル . 師弟相共に触れる環境の一切は,師弟共に自己啓培の. 教育者的堪能を具体的な働きとして理解するため. 糧となるのです。私は師弟共に自然の大法を仰いで,. に,ここまで論じてきた修養論から一つの内面モデルを. ― 79 ―.
(8) 仮定する。. く技能の習得と正確なる理解,言外の余韻の感得を目指. まず,教授の巧妙に関わる修養では,目の前の学習者. し,学年別に設定された系統を踏まえ,仮名や文種に応. に対して行う授業を中核とする教育行為に直接関与して. じた詳しい教授法を用いる。解釈においては,文法や修. いる具体的な教育方法や技術(教授の順序や教式)があ. 辞による分析を取り入れて,正確な理解を目指す。これ. る。そして,それよりも間接的・抽象的なレベルで学年. らは,自学の根底を刺激するという読み方教授観を反映. 発達を想定した系統( 6 年間を見通した教授の方針や読. したものである。. 本内容の難易)があり,さらにそれらを統制するような. 大正 5 年 (1916) においては,教師も児童も解釈に力を. 価値観(読み方教授観)が想定される。. 入れ,自らの読みを確かにしていくことを重視してい. 次に,教師自身に関わる修養については,教師自身を. る。それで,教授法が簡略化し,系統も自学重視へと変. 磨くこと。つまり,直接的・具体的には読本を研究し,. わっている。専門的学問知としての文法・修辞も実践的. 解釈する力を高めることがあり,間接的・抽象的には文. に運用できるように考えている。これらは,自己を読ま. 章の分析に関係する専門的学問知(文法 ・ 修辞及び実践. せるという読み方教授観を反映したものである。. 的に活用する知識も含めて)がある。さらに,教育者と. 大正 14 年 (1925) においては,日々の授業を続けていく. しての自らの理念ともいうべき価値観(教育観)が想定. 中で,徐々に教式が洗練されてきた。七変化の教式への. される。この教育観は同じ見識である読み方教授観に対. 兆候は見られるも のの過渡的な段階ではある。また,解. し,一段と広く深いものであり整合性を保つという意味. 釈が深まるにつれて問答の充実や着語などの実践的な工. で,教育観と読み方教授観は価値観の体系とみ なすこと. 夫がされている。これらは,教師中心でなく児童中心で. ができる。. もない,師弟共流の教育観及び読み方教授観が反映され. 以上のことから,教育者的堪能のモデルを図 4 のよう. たものである。. に仮定した。. また,授業の前だけでなく実際の授業場面において教 師は,児童への発問及び応答の繰り返しの中で瞬時の判 断や対応が求められる。そのときも実践の根拠と実践的 知識・技能は、相互に深く関わり合い影響し合い,瞬時 に大量の情報を処理して最適な判断を表出する。これ は,授業力の本質的な部分であり,力量形成にも大きく 関与するものである。 このことに関連して,意識情報処理モデルについて苧 坂氏が次のように述べている。 これらの想定をもとにした意識情報処理のモデルに. 図4 読み方教授の教育者的堪能のモデル. ついてみてみよう。入力レベルでは高度のモジュール では,読み方教授の教育者的堪能のモデルにおいて,. 化された無意識的,自動的かつ並列的な機構が存在す. その内面はどのように働いているのだろうか。. るが,その後競合や協調の過程で情報選択がはたらく. 教師は読み方の授業を行うとき,その授業の前から. 結果,情報はし だいに高次な統合レベルに収束されて. 系統を踏まえた目標系列や児童の学力実態を考慮しつ. いき,意識的で継時的な性質をおびるようになる。そ. つ,一方では読本研究を行い自己の解釈を導き出して準. して,高次の意識レベルでは自らを秩序化していくと. 備している。そこでは,必要に応じて専門的学問知を用. いう意味で内的整合性をもつように自己組織されるよ. いている。そして,この目標を達成するために,この児. うになる。これらの過程で多重的な選択のはたらきが. 童に対し,これこれの指導計画を立て,これこれの教授. 生まれるという意識のモデルが提案されている。この. 法で実践することを並列的に考えながら幾つかの案を構. ようなモデルでは,入力系から上がってきた並列的情. 想する。ここに,教授の巧妙に関わる修養と教師自身に. 報の流れからいくつかの制約条件を満たす情報のみを. 関わる修養の実践的知識・技能の内容が相互に関わりな. 多重的に選択してバインディングをかけるというはた. がら働いていることが分かる。さらに,構想した指導案. らきが注目されることになる。(35). について,自らの価値観に基づき何かを価値付けて最適 な指導案を絞り込む。このような実践的知識・技能は,. 苧坂氏によれば,無意識の情報が次第に高次な統合レ. 教師の見識つまり教育観や読み 方教授観によって整合す. ベルに収束されていき意識的で継時的な性質を帯びてく. るようにまとまっている。. るという。この意識は,さらに実践や省察を繰り返すこ. 例えば芦田の場合,大正 3 年 (1914) においては , 読む書. とによって,教育効果を上げるという条件を満たす実践. ― 80 ―.
(9) ―文 献―. 的知識・技術へつながる。そして,高次の意識レベルで ある価値観は,内的整合性をもつように自己組織化され これが価値観の体系につながる。そして,教育観と整合. ( 1 ) 芦田恵之助編『垣内先生を中心とする田邊講演』. した読み方教授観を実践に適用していく過程での試行錯. 同志同行社,p.157,1933. 誤は,実践的知識・技術との相互交渉となり,一つの自. ( 2 ) 同上書,p.159. 己組織的なシステムとして機能することになる。. ( 3 ) 平成 14 年度兵庫教育大学大学院 ( 連合 ) 博士論文. 改めて教育者的堪能を定義してみると,たゆまぬ実践. 桑原哲朗『芦田恵之助の綴り方教師修養論に関する研. とその工夫を行い,十分に省察し繰り返す,いわゆる教. 究』 溪水社,2004. 育実践の「行」を通して磨き上げた知識・技能を,自己. ( 4 ) 『恵雨讀方教壇』同志同行社,p.80,1937. の価値観(理念)に沿って発現する意識上のシステムと. ( 5 ) 苧坂直行『脳と意識』朝倉書店,p.5,1998. いうことができよう。. 「意識は覚醒 (arousal),アウェアネス (awareness) と自己 意識( recursive)の 3 つの階層からなると考えて意識. 6.まとめと今後の課題. のはたらきの全体像を概観してみたい。覚醒を生物的. 芦田は『尋常小学綴方教授書』巻二(大正 8 年 1919). な基盤的意識 , アウェアネスを覚醒を基礎とした中間. の中で,「書くべき事を捉えるのは,書かんとする心で. レベルの知覚運動的意識,自己意識をアウェアネスの. ある。この心を呼びさますのが教授の最も重要な仕事で. はたらきに基づく自己に対するメタ意識と考えてみ. ある。或いは方法を超越した問題かとも思う。教授法の. る。これらは認知的処理のちがいをみても覚醒,アウ. 研究者は,研究がこの神秘的な問題にふれることを嫌ふ. ェアネスそして自己意識の順により深い認知機能をも. が,いくら嫌つて も,これに触れなければ解決が出来な. っている。」. いものだ。要するに人間の問題である。したがつて,教. 意識の 3 階層と処理様式についてのピラミッド型図. 師が修養を要する義も明らかになるのである。」と述べ. については,苧坂直行『意識とは何か』(朝倉書店,. ている。読み方と綴り方の違いはあるが,方法を超越し. 1996)に詳しい。21 世紀に入り脳科学研究は fMRI 等. た問題,神秘的な問題に対して,教育者的堪能を明らか. のイメージング技術の進歩と連動し徐々に進展してい. にすることは答えに至る一つの道筋を示したものといえ. る。他にも,神経生理学,計算論的神経科学,記憶や. る。. 情動などの面からアプローチがある。しかし,意識そ. 野地潤家氏は,芦田恵之助の生涯を国語教育実践史の. のものやそれが生まれることについての解明,教育と の関連など課題は山積している。. 立場から区分していた。本研究では,芦田教育実践の一 時期に焦点を当て,芦田恵之助の教育者的堪能がどのよ. ( 6 ) 『教式と教壇』は,『国語教育名著選集2』明治図. うに形成されていったのか,つまり芦田の力量形成の立. 書,1973 による。それ以外は,『芦田恵之助国語教育. 場から考察した。教育観・読み方教授観に照らしていえ. 全集』明治図書による。. ば,教師中心から児童中心へ,さらに教師 ・ 児童の共流. ( 7 ) 佐久間まゆみ・杉戸清樹・半澤幹一編『文章・談. という 3 段階の変容を経てきたことを明らかにした。野. 話のしくみ』おうふう,p.135,1997. 地氏が区分したⅡ教職実践期(明治 22 ~大正 14)にお. ( 8 ) 同上書,p.198. ける (4) 第 2 次上京期(明治 37 ~大正 10)において教師. ( 9 ) 益岡隆志・田窪行則『基礎日本語文法―改訂版―』. 中心から児童中心への変化があり,さらに (5) 読 本編纂. くろしお出版,1992 /益岡隆志『モダリティの文法』. 期 ( 大正 10 年~大正 14)において教師・児童の共流とい. くろしお出版,1991 /仁田義雄『日本語のモダリティ』. う思想が深化していったといえる。. くろしお出版,1989 によると、ムードは12に分類さ. 教育者的堪能のモデルにおいては,構成するそれぞれ. れる。. の内容を向上進化させることと内容を相互に関わらせる. (10) 『芦田恵之助国語教育全集7』明治図書,p.16. 働きが重要であり,それらをコントロールするのが価値. 1987. 観の体系である。そして,教育者的堪能が自己組織化し. (11) 同上書,p.30. たシステムとして機能していることを明らかにした。. (12) 同上書,p.39. 今後の課題として,教育者的堪能が実際の授業ではど. (13) 同上書,p.39. のように具現化されたのか,芦田の昭和期教壇行脚にお. (14) 同上書,p.42. ける記録を踏まえ,その実相を明らかにしたい。同時. (15) 同上書,p.46. に,教壇記録から得た知見によって教育者的堪能のモデ. (16) 『教式と教壇』 (『国語教育名著選集2』明治図書, 1973,p.69. ルを修正することも視野にいれる。. (17) 前掲書 (10),pp.473-476 要約 ― 81 ―.
(10) (18) 同上書,pp.486-487 (19) 野地潤家『芦田恵之助研究 1 読み方教式編』明治 図書,p.58,1983 (20) 「本に帰る」は,禅の文献である「十牛図」にその 出所を認めることができる。これは,失われた牛(本 来の自己)を探し求める様子を描いたもので,悟りへ の過程を十段階に表したものとされる。その九段階に 「返本還元」(へんぽんかんげん)があり,「空」の世 界から自然の変化を見る自分を瞑想する段階である。 煩悩と分別を一掃し,本来の清浄な自分となることで ある。到達すべき頂点がここである。芦田は次のよう に述べている「余の所謂修養とは,人間の本性に立ち 帰るといふ意である」(『綴り方教授に関する教師の修 養』大正 4 年 5 月育英書院 p.10) (21) 前掲書 (10),pp.223-224 (22) 同上書,p.224 (23) 同上書,p.46 (24) 同上書,p.203 (25) 同上書,p.15 (26) 同上書,p.16 (27) 同上書,p.142 (28) 同上書,p.146 (29) 同上書,p.154 (30) 同上書,p.348 (31) 同上書,pp.361-362 (32) 同上書,p.459 (33) 同上書,p.459 (34) 同上書,p.460 (35) 前掲書( 5),p.21. ― 82 ―.
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