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サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築 : 中央集権型組織の「グローバルな統合」と「現地適応」の同時達成

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(1)サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築 ──中央集権型組織の「グローバルな統合」と「現地適応」の同時達成──. 曺 希 貞. Ⅰ はじめに. 央集中型(Bartlett & Ghoshal, 1989)の組織に 分類することができる.つまり,国際経営論に. 1 研究の背景および研究目的. おける「統合」の問題に関しては,サムスン電. 第二次大戦後 か ら 1970 年代 ま で,欧米企業. 子は十分に対応可能であることが容易に推測で. が世界市場で示す存在感は圧倒的なものであっ. きる.またデジタル技術時代に入ってから,サ. た.しかし,その後日本をはじめとする東アジ. ムスン電子は世界の家電市場で,液晶テレビは. ア企業が競争相手として世界市場に現れ,これ. 1 位,携帯電話では 2 位の市場シェアを占めて. に伴い多国籍企業のグローバル経営における課. おり,また,新興国市場においては巧みなマー. 題 と し て「統合」と「現地適応」の 両立 と い. ケティング手法を使う本社主導の「現地適応」. う 問題 が 浮上 し た(Prahalad & Doz,1987) .. に成功し,高業績を上げている(曺 2010,曺. 他にも企業を取り巻く市場環境の場合,Levitt. 2011).このことからサムスン電子は,国際経. (1983)の「世界の消費者のニーズや要求が均. 営論が指摘している「統合」と「現地適応」の. 質化に向かう」という主張とは反対に,巨大な. 矛盾の問題に対して,その両立および同時達成. マーケットとして各企業が注目している新興国. に成功しているように考えられる.このような. 市場の台頭などにより各地域あるいは各国の. 問題意識を背景に本稿ではサムスン電子が如何. ニーズは益々多様化に向かっている.従来の国. にして「統合」と「現地適応」が同時達成でき. 際経営論では,現地化のために本国本社は海外. る組織体制を構築したのかについて,サムスン. 子会社を自立させるべきであると主に論じてお. 電子のグローバル経営における組織能力の構築. り,統合化と現地化の戦略は同時達成困難なも. の観点から分析を行う.このために本稿では,. のとして議論されてきた.多国籍企業において. 経時的変化が見られるサムスン電子の組織体制. 「統合」と「現地適応」の両立は一層重要な課. を精査し,サムスン電子のグローバル経営の組. 題となってきている.. 織体制構築の過程を三つの時期に分けて,各時. 一方,1980 年代末 か ら 世界市場 に 参入 し た. 期に見られる組織体制の特徴を説明する.さら. サム ス ン 電子 の 場合,近年,北米およびヨー. に,「統合」と「現地適応」の 同時達成 を 可能. ロッパ市場だけではなく,世界の巨大マーケッ. とする,サムスン電子の中央集権型 1)の組織. トとして浮上している新興国市場においても高 いマーケットシェアを誇っている.サムスン電 子は韓国の伝統的な財閥企業のオーナー系企業 であって,国際経営論においては本社主導の中. . 1)サムスン電子は韓国の伝統的な財閥企業であ るオーナー企業であり,Bartlett & Ghoshal(1989) が提示した中央集中型組織よりもっと強い中央集.

(2) 38. 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). (234). 構造とその管理プロセスを明らかにする.. ものをメールで送信し,回答を依頼した.. 最後の部分では,研究の考察として,既存の国 際経営における組織能力についての議論,特に. 3 サムスン電子に関する既存研究. 多角化した多国籍企業の統合と現地適応の同時. サムスン電子を対象にした既存研究に関して. 達成という従来からの議論に対して 発見事実. は,大きく三つに分けて説明することができ. を基に新たな知見を加えることを試みる.. る.一つ目は,アジア NISE の企業の一つとし てその成長過程と国際化の経緯を分析した研究. 2 研究方法. (井上,1994),二つ目は,韓国企業をアジアの. 本稿では研究方法として,文献調査,インタ. 企業から切り離して,韓国企業だけを研究の対. ビュー調査,質問紙調査の方法を用いている.. 象にした研究(岡本,1998: Guillen M., 2002:. 文献調査では,新聞および会社の広報資料と,. チャン&デリオス,2008)である.最後に,サ. サムスン電子に関する各書籍を参考に,サムス. ムスン電子だけを切り離して対象とした研究. ン電子の組織体制の変化過程について精査し. は,サムスン電子の技術能力構築戦略の研究(曺. た.インタビュー調査は,韓国で行った.サム. &尹,2005)や北米市場戦略の特性と事例を分. スン電子の本社がある韓国で,本社と水原事業. 析した研究(張,2008),サムスン電子の事例. 場を訪ねてインタビュー調査を行った.インタ. を通じてアジア系多国籍企業研究の諸問題を指. ビュー調査の対象者は,LCD 事業部,広報チー. 摘した研究(李,2007)がある.この他にもサ. ム,デザインチームのメンバーで,対面方式に. ム ス ン 電子 の デ ザ イ ン 経営(西澤・木谷・藤. 2). よりデータを収集した .. 戸,2004)と,半導体,携帯電話,テレビといっ. 質問紙調査は,サムスン電子中南米総括に所. た各製品別の事業戦略をテーマにした研究があ. 属 し て い る ブ ラ ジ ル 駐在員(韓国人)1 名 に. る.. 対して行った.質問紙は, 『グローバル戦略経. 以上サムスン電子に関する既存研究の特徴に. 営』 (茂垣,2005)の 在外子会社調査票 お よ び. 関して述べたが,サムスン電子のグローバル経. 日本企業の拠点間調整メカニズムに関する実態. 営における組織体制に関する研究はまだ行われ. 調査票(p. 262 ~ 278)を参考にして作成した.. ていないことがわかる.それは,韓国企業の海. 質問の内容が本社集権の程度を測るために適切. 外直接投資が本格化し始めたのが 1980 年代末. であると判断された質問項目を筆者が任意で選. 頃からのことであり,他の先進諸国に比べると. び再構成し,調査対象者には韓国語に翻訳した. 比較的最近起きた現象であるという背景がある. . 中的組織体制の特徴を持っているため,本稿では 「中央集権型組織」と呼ぶことにする. 2)・1 回目:2009 年 12 月 2 日,ソ ウ ル 本社 で サムスン電子のデザインチームのメンバーにイン タビュー調査を実施.・2 回目:2009 年 12 月 3 日, ソウル本社で,広報チームの国内広報グループの メンバー,次長 1 名と課長 1 名にインタビュー調 査 を 実施.・3 回目:2009 年 12 月 4 日:ソ ウ ル 本 社で,広報チームの国内広報グループのメンバー, 課長 1 名 に イ ン タ ビュー調査 を 実施.・4 回目: 2009 年 12 月 4 日,ソ ウ ル の 郊外 に 位置 す る 水原 事業場 を 訪問 し 見学.5 回目:2010 年 2 月 2 日: LCD 事業部の関係者を対象にインタビュー調査を 実施.. からである.本稿では以上のことを踏まえて, 今まであまり研究されてこなかったサムスン電 子のグローバル経営における組織能力構築の過 程を詳細に分析する. 4 概念の定義 組織能力とは,企業が競争に勝ち安定的に収 益を得て,さらに持続的競争優位を実現させる ための力である.ケイパビリティともいう組織 能力の概念は,ある企業が他社に優る安定的な 競争力を発揮し業績を上げ続けている時,その 背後に持つ資源や知識の組織ルーチンの体系で.

(3) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (235). 39. ある(藤本,2003) .また組織内部のプロセス. サムスン物産という貿易会社である.同社はそ. の観点から,組織能力は,能率性と有効性を改. の後精糖事業と毛織物事業にも進出し,さらに. 善する戦略を策定し実行することを可能にする. 生命保険会社を買収し金融業にも進出する.. すべての資産, ケイパビリティ,組織プロセス,. 韓国国内家電市場において,サムスン電子は. 企業属性,情報,知識である(Barney, 2002, p.. 金星社(現在 の LG 電子)よ り 10 年遅 れ て 参. 156) ,とも定義される.. 入 し た 後発企業 で あった.1970 年代当時 の 韓. 一方,グローバル市場における競争では,拠. 国国内のメジャーな電子企業は,金星社と大韓. 点間での資源の移動および配置の問題が重要に. 電線で,国内市場シェアは,金星社が 1 位,大. なってくることから,企業内部の資源を国際的. 韓電線が 2 位の状態が 1980 年代初期まで続い. に管理・統合し調整する組織能力にも注目する. た3).. 必要性がある.サムスン電子の収益構造を見て. 創業当時関連産業の技術に乏しかったサムス. みると,会社全体の売上高に占める海外からの. ン電子は,カラーテレビを製造するための技術. 売上高の比率が 2003 年頃から 80% を超えてい. がなかったので,創業直後は,すでに斜陽化し. る.このためサムスン電子の組織能力を分析す. た白黒テレビを生産せざるを得なかった.この. る際,一般的に組織能力と,グローバルな組織. 後すぐにカラーテレビの開発生産の重要性に気. 能力の両方を検討する必要性が出てくる.すな. 付くものの,自社の開発能力が乏しかったた. わち,グローバルな組織能力という概念を新た. め,1974 年に当時の松下電器からブラウン管. に定義しなければならない.本稿ではグロー. を買ってカラーテレビを生産する道を切り開. バルな組織能力を, 「望ましい目的に影響を与. いた.サムスン電子は,1970 年代末まで,製. える組織プロセスを用いて,協力して資源を. 品の核心となる部品をほぼ全量日本の部品会社. グ ローバ ル に 展開 さ せ る 能力」 (Birkinshaw,. から調達して組み立てる形で製品を生産してい. 1998)という意味で用いる.本稿では,その組. た.. 織プロセスにより資源を展開させる能力にサム. またサムスン電子は,1974 年末には半導体. スン電子の特徴があり,国際的な競争優位の源. 事業 に 進出 し,1977 年 に ト ラ ン ジ ス ターを,. 泉となっていると考えている.. 1978 年にリニア集積回路を生産するようにな. Ⅱ サムスン電子のグローバル経営組織体制の 変遷. る.その後 1983 年には,李秉喆会長が,「東京 宣言」を通じてサムスン電子の未来を提示し, 半導体産業に今まで以上に本格的に進出するこ. 本節では,サムスン電子のグローバル経営の. とを表明した4).1988 年にサムスン電子は,今. 組織体制構築の過程を,三つの時期に分けて考. までの累積赤字が解消できるほどの大きい利益. 察する.. を上げ,この後からは研究開発に対する投資を 急激に増やし,1992 年にはついに日米企業と. 1 グローバル化の初期段階(1969 年の創業時 ~ 1992 年) ⑴ 創業と技術のキャッチアップ 1969 年 1 月,資 本 金 3 億 3 万 ウォン,36 人 の社員でサムスン電子工業株式会社は設立され た.サムスン電子はサムスングループ系列の一 社 で,サ ム ス ン グ ループ の 母体 は,故李秉喆 (イ・ジョンチョル)会長が 1938 年に設立した. の技術的時間差をなくすことに成功する.1992 . 3)韓国経済新聞特別取材 チーム[2002]p. 209─ 211. 4)シン ・ ヨンイン [2009]p. 97.「東京宣言」は, 韓国器興に半導体工場を建設したことと,日本か ら技術移転をしてもらうことを積極的に進める形 で実行された.このような努力が実を結び,1980 年代になると半導体事業は軌道に乗り始める ..

(4) 40. (236). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). 年に,世界で初めて 64 MDRAM を開発し,世. させ,努力次第で世界一の企業になれることを. 界 DRAM 市場の 1 位になる.1996 年には,メ. 唱えた一種の意識革命とも言える.これは「新. モリ分野において生産と技術の両面でリーダー. 経営運動」に変わり,その効果は,サムスン電. シップをとるようになる5).半導体産業で培っ. 子の組織改革,製造技術力や商品力やデザイン. たこのときの事業ノウハウは,その後の他の事. 力の向上という形で現れはじめた.. 業経営に大いに役立ち,今日のサムスン電子の. ②電子複合団地助成. 競争能力の構築にもつながっている.. 1993 年にサムスングループの李会長が「新. ⑵ 輸出および海外進出. 経営運動」を始めたことで,サムスングループ. サムスン電子は 1971 年に,白黒テレビをパ. 全体の国際化はさらに本格的に推し進められ. ナマに輸出することに成功するが,これはサム. る.グループの中で,サムスン電子が中心となっ. ス ン 電子 に とって,創業以来初 め て の 海外輸. て,国際化の一環として電子複合団地助成の構. 出であった.1978 年には,サムスン電子が海. 想を推進した.電子複合団地を助成する理由は,. 外に初めて設立したアメリカ現地販売子会社. サムスングループ内の電子系列会社を同じ場所. (SEA)が誕生した.1980 年代半ばまで,同社. に入居させることで,経営問題の診断および共. は先進国市場を開拓するために海外現地販売子. 同購買,物流,人件費 の 節約,オ フィス 共有,. 会社と輸出事務所を逐次設立し,製品販売と取. 地域の知識共有のようなシナジー効果を創出す. 引先を増やすことに努めた.. るためであった.. サムスン電子が海外に初めて生産工場を設. ⑵ 組織体制―グローバル経営に相応しい組織. 立したのは 1982 年のことで,ポルトガルのカ. 作りの試行錯誤―. ラーテレビ工場がそれである.その後は,欧米. ①製品別事業部制. 先進国のダンピング提訴および貿易摩擦によっ. 「新経営宣言」の後に組織再編が行われるま. て課せられた貿易規制から逃れるために,1983. で,サムスン電子は製品別事業部制をとってい. 年にアメリカにカラーテレビ工場を,1987 年. た.以前は,家電と半導体,通信が統合されて. にはイギリスに電子レンジと VCR 工場を,さ. いたが,会社が成長するにつれてこれらの事業. らに,1989 年にはインドネシアの冷蔵庫工場. 部の規模が肥大化していき,組織内部では組織. とマレーシア工場などを設立していく.しか. 構造改革の必要性が出てきた.これらの理由か. しながら,1990 年代初期までのサムスン電子. ら,同社は製品別事業部制の組織形態を取り入. の国際化は,韓国で生産した製品を海外市場に. れ,この組織体制は 1996 年まで維持された.. OEM で販売する方式から抜け出して次の段階. ②地域別本社制度. へと発展することはまだできなかった.. サムスングループは,1993 年の「新経営宣言」 後,海外進出の加速化と複合団地の効率的運営. 2 量的成長とその反省(1993 年~ 2002 年). および海外子会社への権限委譲を目的に,製品. ⑴ グローバル経営の組織体制構築の試行錯誤. 別事業部制の組織構造の代替案として 1996 年. ①「新経営宣言」と「新経営運動」. に地域別本社制度を実施し,国際化と複合化を. 1993 年,李健熙(イ・ゴンヒ,以下では李会. 円滑に進めるようにした.. 長)会長の主導で「新経営宣言」が提唱される.. 地域別本社制度を取り入れたサムスンは,1994. 後発企業である敗者意識からの自己認識を転換. 年 1 月に日本に海外本社をはじめて設立して以. . 5)チャン・セ ジ ン[2008]p. 82─89,韓 国 経 済 新聞特別取材チーム[2002]p. 33─41.. 来,米州,欧州,中国 に 海外本社 を 順次設立 したあと,最後に東南アジア本社を誕生させ た.五つの世界主要地域に地域本社を置いたほ.

(5) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (237). 41. かに,本社より下位の組織である中南米総括,. あった.ところが急な利益獲得が災いとなり,. CIS6)総括,中近東総括の三つの総括を作り,5. 会社 は 放漫経営 に 陥って い く.つ い に,1997. 本社 3 総括 の 体制 で 地域本社制度 を 完成 さ せ. 年には,純利益は 1 千 2 百億ウォンに急落し,. た.. 会社は危機状態に瀕してしまう.この事態を解. 韓国サムスングループの本社に,電子群,金. 決する救世主として,尹鍾龍(ユン・ゾンヨン). 融・保険群,化学群,機械群,独立会社群があ. 副会長が同じ年にサムスン電子に赴任し,総括. るように,地域本社制度では,現地に進出して. 代表職であるサムスン電子の CEO に就くこと. いるグループの全子会社が,地域本社の傘下に. になる.彼が赴任したことで,サムスン電子で. 置かれるようにした.この制度の特徴は,韓国. は,IMF 通貨危機が起きる前の 1997 年前半に. 国内の既存の事業部は国内市場だけを担当し,. 構造調整(リストラ)タスクフォースチームを. 海外市場の損益に関する責任は地域本社が担当. 発足させ,抜本的な改革を行うことになる.後. するようにした点である.. に起きたアジア通貨危機は,会社全体の危機意. しかしながら,1996 年に入ってから行過ぎ. 識を高め,構造調整が効率的に実行できる追い. た現地化と複合化の副作用が,地域別本社制度. 風となった.この時会社は,半導体および携帯. と世界の 5 箇所に助成した複合団地の問題点と. 電話など収益性が高い事業を中心に事業再編を. して浮上する.シナジー効果の期待はずれ,組. 行い,黒字を出す事業であっても会社の長期ビ. 織の肥大化による官僚主義化,収益の悪化とい. ジョンにあわない場合は該当事業から撤退する. う大きな三つの問題を露呈するようになったの. ことを決めた.このような作業を通じて,120. である.. あまりの事業部のうち 34 事業部と 140 の製品. 結局,当時 の 為替変動によるリスクでウォ. が整理された.雇用の面では,1997 年に全従. ンが下落したことで生産を国内で行ったほう. 業員 8 万 3 千人 の 28% に 相当 す る 2 万 3 千人. が有利 に なった という環境変化と同時に,グ. が 削減 さ れ,1999 年末時点 で は 全従業員数 が. ロ ー カ リ ゼ ー シ ョ ン( Glocalization; Global. 5 万 4 千まで削減された.アジア通貨危機が,. Localization)を掲げて進められた地域別本社. 1993 年に李会長が提唱した新経営理念を実現. 制度は,無理な統合政策(複合団地設立)によっ. する契機になったといえる.. て製品の特性に合う運営を困難にし,また間接. ② GPM 組織―グローバル組織への回帰―. 費の増加で効率性が逆に落ちるマイナスのシナ. サムスン電子は 1998 年に地域別本社制度を. ジー効果を生むようになってしまった.このこ. 廃 止 し,GPM( Global Product Manager)組. とに気づいたサムスンは,これに替わる新しい. 織を取り入れたグローバル製品別の事業部制に. 組織体制を探し始める.. 組織再編を行う.サムスン電子が GPM 制度を. ⑶ アジア通貨危機. 導入したのは,全世界を対象に販売している自. ①会社全体の抜本的構造改革. 社の製品のほとんどが「グローバル製品」で,. サムスン電子は,1995 年,2 兆 5 千億ウォン. 国別に異なる製品を作る必要性が少なく現地化. の純利益を上げた.この金額は,創業時から当. もそれほど必要としないからであった.. 時ま で の 26 年間 に 稼いだ純利益の累計額(1. GPM 制度の特徴をまとめると,製品別の事. 兆 7 千 354 億ウォン)をはるかに上回る金額で. 業部制組織で地域本社の権力が本社に移行され. . 6)CIS,独立国家共同体(英語では,Commonwealth of Independent States)は,旧ソビエト連邦の 12 カ国 で形成された緩やかな国家連合体.. た中央集権型組織制度であるといえる.総括部 署の下に 17 の GPM(図 1 の濃い点線の部分) が該当製品に対するグローバルな生産と販売を 担当し,損益の責任まで負う.海外現地子会社.

(6) 42. 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). (238). � � ����  � � �� � � �������� � � ���������� �������� �� � � �������������������� � � � � � �� � � ������ ������� ������ ����� � � � �� � � � �� � � � � � � � �� � � � �� � � � � � � ����� ����� � ������� � � ���� � � � ������ � � ������ ������ �������� � � ���� � � ������ � � � ������ ����� ������ � � � ࣡����� ����� ������ ������ � ������ ����� � ������ ������� ������ ࣡����� ������� ������ ����� � �������� ������� ������ � ���� ����� ���� ������ ����� . � �������� � ����. �������. ����. ����. ����. ������� ����. �. ����� ����. ��������. ����� �����. ������� ��������� ������� ��������� ���������. � 出所:サムスン電子. 図 1 サムスン電子の GPM 組織図(1998 年) /RPM 組織図(1999 年). は本社 GPM の統制を受ける形で運営され,韓. 子会社と本社の間に対立が起きるようになっ. 国の GPM 長が重要な意思決定を行うと,現地. た.そして,海外子会社は,プロフィットセン. 子会社では現地事情に合わせてその決定を実施. ターではなくコストセンターの機能だけを遂行. する.. するので,新製品開発と営業に対する関心が薄. GPM 制度の長所は,サムスン電子の製品の. れていくことにもなった.皮肉にも地域別本社. ほとんどが現地化の必要性が低いグローバル製. 制度の問題点と同じ問題点が指摘されるように. 品であるため組織と製品間の整合性がとれてい. なり,GPM 制度は現地化の必要性に鈍感であ. る点と,GPM 長が生産を除いたすべての機能. ると社内で問題視されはじめたのである.. を担当し現地子会社が生産性関連機能だけを担. ③ RPM 組織―GPM + RPM,マトリックス組. 当するようになるので,本社主導の統合的管理. 織―. が効果的に行えることにある.しかしながら,. GPM 制度 は 本社集権的性格 が 強 す ぎ て 組. GPM 制度下では,組織の柔軟性が低下し現地. 織の柔軟性を損なうという問題点が指摘され,. の労使慣行に即応することが難しくなり,海外. 1999 年に RPM 制度が導入される.RPM 組織.

(7) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (239). 43. は GPM に替わるものではなく,GPM のなか. めに競合他社より速くスピーディーに新製品を. に地域別に分割された形で RPM 組織を配置し. 出し,プレミアム価格をつけて短い間に高収益. て現場中心の製品開発を支援する役割を果たす. を得るというビジネスモデルを構築したのであ. (図 1 を 参照) .し か し,RPM の 意思決定権限. る.差別化しにくい製品に,斬新なデザインを. を大きくしたことで,海外子会社は自立経営が. 施したり,新しい機能を搭載して付加価値をつ. できるようにはなったが,組織の規模が大きく. け,競合他社より先に製品を市場に出している.. なり規模の経済効果を喪失する負の効果も後か. これがサムスン電子の新たなデジタル技術時代. ら出てくるようになる.. に向けての戦略である.このような技術変化の 速さと製品ライフサイクルの短縮に対応した商. 3 グローバル化への対応(2003 年以降). 品を開発・生産するために,サムスン電子は,. ⑴ 環境変化への適応. スピード経営という経営戦略を標榜し,それに. ①技術環境の変化への適応と対応( 「スピード. 整合するような組織体制作りに努力を注いだ9).. 経営」 ). ②市場環境の変化への適応と対応. 現状 で は,技術変化 の 実態 を 明確 に 示 し. 李会長 は,「市場環境 は,製造企業 が 市場 を. た 研究 モ デ ル は ほ と ん ど な い(Tushman &. 主導していた時代から,使用者が市場を主導す. Anderson, 1986;1990).しかし,サムスン電. る時代へと変わりつつあり,製造万能主義の思. 子側の人々は,アナログ技術の時代からデジ. 考は企業の弱点になるので,このような考え方. タル技術の時代へと技術環境の変化があった. から脱却すべきである」と強調した.サムスン. からこそ今日の自社の成功があると話してい. 電子は,刻々と変化する顧客ニーズを素早く感. る.チャン(2008)は 技術環境 の 変化 を「デ. 知し製品開発に即時反映できるような市場中心. ジタル技術の時代」という言葉を使って,デ. の企業の競争力がこれからもっと重要になって. ジタル技術がもたらしたものは,チップセッ. いくと認識していた.これはサムスン電子が. トの出現と,モジュール化,そしてこれらが. 数々の試行錯誤を通じて得たもので,会社を. もたらした製品サイクルの短縮化の三つであ. 市場中心(market driven)の体質に変化させ. 7). ると主張している .サムスン電子は,技術環. た.「世界的一流企業としての競争力を確保す. 境の変化がもたらした市場環境の変化を察知. るためにもっと徹底した市場志向企業(market. し,これに合わせた新たな戦略を作り出すため. driven company)を追求していくこと」,を当. に努力するようになる.. 時の各事業部の社長は会社の戦略として語って. 「スピードは刺身から携帯電話まであらゆる. いた10).. 日常品に共通する核心である.いくら値段の. 当時のサムスン電子は,自社の能力は,生産. 高 い 刺身 で あって も 1 日~ 2 日 た つ と 価格 は. 能力,企業運営と組織管理,マーケティング能. 下がる.刺身とデジタル製品には在庫は致命的. 力にあると評価した.なかでもマーケティング. 8) で,スピードこそがすべてである」 と,1997. 能力については,製造中心の企業からブランド. 年にサムスン電子の CEO に就任した尹副会長. とマーケティング中心の企業になるために格段. は言う.サムスン電子は,スピードのある経営. の努力を注いでいる.. を通じて競合他社との競争に優位に立つ経営戦. ③選択と集中,垂直統合化. 略をとっている.他社との価格競争を避けるた. 世界的な企業になるために李会長は選択と集. . . 7)チャン・セジン[2008]p. 100─104. 8)チャン・セジン[2008]p. 106─108.. 9)チャン・セジン[2008]p. 128─132. 10)韓国経済新聞特別取材チーム[2002]p. 274..

(8) 44. (240). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). 中の戦略的意思決定を行った.これは,デジタ. バル企業にもっと成長するために, 「製品」で. ルコンバージェンス企業を標榜し,事業分野を. は な く「事業」の 最初 か ら 最後 ま で の 全過程. 半導体,通信,家電,無線通信,携帯電話に絞. において責任を持つようにしたこの GBM 制度. り,デジタル技術の時代の一流企業になること. は,企業内で分野別に責任を負う小社長を置く. 11). を目指すというものである .. 経営方式の小社長制であるといえる.. 尹鐘龍(ユン・ゾンヨン)CEO は,1997 年. GBM 長 16 名は,自分が担当する事業部門に. から 2008 年までの 12 年間の在任期間中に,サ. 関する新製品の企画から購買,生産,販売,財. ムスン電子の主力製品を,半導体,携帯電話,. 務,人事はもちろん,海外の販売,広告,広報. LCD という三つを軸にした事業構造を構築し. まで指揮を執る.事業部が赤字を出すと責任を. た.このために彼は,高付加価値を生む製品の. 問われ,成果を上げるとそれに相応しい対価が. 事業を中心とする未来型の事業ポートフォリオ. 支払われる.GBM 長は予算や人材などの経営. の再編を目標に,中長期的に製品,技術,マー. 資源を思う存分使うことができる.もちろんそ. ケティング,グローバル運営,業務プロセス,. の分責任も大きい.会社は毎月の経営活動の成. 組織文化の六つの分野に対する持続的な革新を. 果報告として,売上高,純利益,在庫・財務状況,. 進めた.. 原価に占める人件費と購買費の割合などの各種. サムスン電子の競争優位は,このような垂直. 指標をまとめて GBM 長に伝える.成果報告書. 統合された事業ポートフォリオを持っている点. の項目別の成績は人事評価に反映され,ここで. で あ る.事業構造 は,最終製品 の 重要部品 で. 能力を認められると総括社長に昇進できる.一. ある半導体と液晶パネルの事業から最終製品. 方,人事チームでは,この GBM 制度を次世代. を生産する段階まで垂直統合されている.サ. 経営者を育成するインキュベーターとしても位. ムスン電子は,半導体や液晶パネルのような. 置づけている13).GBM 長は韓国本社で勤務し. コンポーネント(component) ,コンピュータ. ながら,担当事業部が手掛けている製品に関し. (computer) ,通信(communication) ,家電製. て全世界での生産と販売の責任をとっている.. 品(consumer electronics)の「4C」を備える. また損益の責任者として,戦略,技術支援,製. ことで,デジタル技術時代が生み出した融合と. 品の価格,移転価格,生産量といった重要事項. ブロードバンドに対応している12).. は韓国本社で意思決定をするので,現地子会社. ④ GBM 制度. は現地の事情に合わせた実質の運営のみを担当. サムスン電子は,1998 年に,100 を超える事. する.このような GBM 組織構造には,迅速な. 業部のなかから 30 事業部を整理し 140 種類の製. 意思決定を可能にする長所がある.GBM 制度. 品を整理した構造調整に成功しており,2000 年. の導入後,意思決定のスピードと経営成果は格. に,当時韓国では存在しなかった「GBM(Global. 段に上がるようになった.以前は決裁書にサ. Business Management)制度」の 組織体制 を. インをする段階が長かったが,GBM 制度導入. 作った.この組織体制では,サムスン電子で生. で 3 段階に短縮されたからである.GBM 制度. 産する全製品を,類似している製品群に分類し. の下で行われる決裁段階は,課長・部長が起案. 16 群(GBM)に 束 ね た(図 2 参照) .グ ロー. したものをチーム長が受け取ってサインをする と,最後に GBM 長がサインをするだけに短縮. . 11)韓国経済新聞特別取材チーム[2002]p. 253 12)チン・デゼ『熱情を経営しろ』キムヨン社, 2006 年,p. 294 を チャン・セ ジ ン[2008]p. 132─ 133 で再引用.. された14). . 13)チョ・ヒョンゼ,ゼン・ホリム,イム・サ ンギュン[2005]pp. 91─93..

(9) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (241). GBM. 代表理事. 技術院. CTO. デザイン 経営 センター. CS 経営 センター. メカトロ ニクス センター. DSC. 経営支援 総括. Global Marketing 室. 国内 営業 事業部. 中国本社 日本本社. Digital Media Network 総括. 45. Telecommunication Network 総括. Digital Appliance Network 総括. 映像Display (VD)事業部. 無線事業部. システム家電 事業部. AMLCD 事業部. Computer System 事業部. Network 事業部. Living 事業部. System LSI 事業部. Digital video (DVS)事業部. 通信研究所. 北米総括 中南米総括 欧州総括 CIS総括 東南アジア総括 中央アジア総括 中国電子総括 日本サムスン. Device Solution Network 総括. Memory 事業部. Digital Printing 事業部. OMS 事業部. Digital 研究所. Storage 事業部. RPM. RPM. RPM. 出所:サムスン電子. 図 2 2003 年のサムスン電子の GBM 組織図. GBM の上には総括社長がいる.2003 年に 16. 技術を発掘すること,経済状況の変化を考えた. か ら 13 に なった GBM は,事業 の 特徴 に よっ. 適正雇用者数の水準を維持すること,事業部間. て五つの総括の傘下にどんな形であれ入ること. のシナジー効果を極大化させることである.総. になっている.総括社長がいる理由は,GBM. 括社長は経営資源の合理的な配分のため,自身. 長は短期の実績を上げるため日々働いている. の持つ権限で新規事業の各 GBM への割り当て. が, 自分の担当する分野しかみることができず,. や広告の共同実施などを率いる.. 戦略とビジョンまでを描くことは難しい立場に. サ ム ス ン 電子 で は,2007 年 に GBM 組織 の. いるからである.このような GBM 長の限界を. 再編が再び行われた.組織は,技術総括,デジ. 補う役割を果たす総括社長の仕事は,最適な経. タルメディア総括,情報通信総括,半導体総括,. 営資源を投入することと会社の将来を準備する. LCD 総括,経営支援総括の六つの総括に再編. ことである.3 ~ 4 年後のビジネスを見据えた. され,GBM 構造は維持したまま,CCO(Chief. . 14)チョ・ヒョンゼ,ゼン・ホリム,イム・サ ンギュン[2005]p. 93.. Customer Officer,最高顧客経営者)を置くこ とにした.特に,生活家電総括は長期にわたる 赤字経営と他社との競争に負けている点から,.

(10) 46. (242). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). 生活家電部に格下げし事業分野を縮小したこと がこの再編の一番の特徴であるといえる. サムスン電子は,2003 年以降から現在に至 るまで,技術及び市場の環境に適応していくた めに,組織改革と再編を繰り返して行い,製品 及び市場に組織を整合させることのできる組織 能力の構築に成功していると考えられる. ⑵ 海外売上高の割合の上昇 2003 年に入るとサムスン電子の海外売上高 の割合は始めて 80% 台を超えるようになり, 2003 年後 か ら さ ら に 増加 し て い る.例 え ば, サムスン電子の海外売上高は,特にアメリカ, 中国,ロシアなどの戦略国家において,総売上 高は 2004 年の 52 億ドルから,2005 年には 66 億ドルとなり 26% 増となった. 海外売上高の比率が増えてくるにつれ, 開発, 生産,マーケティング,サービスの経営全般を 現地化して現地完結型のグローバル経営体制を 構築する必要性がさらに高まってきた.このこ とを受けサムスン電子は,ヨーロッパ,欧米, 中国など海外生産割合を 90% 水準まで押し上 げる方針を明らかにした.海外での生産機能を 強化する一方,韓国本社では世界標準を主導し ながら新概念の製品開発を行うための R&D 及 びマーケティング機能を強化するという狙いで あった.会社の方針により,韓国国内では高級 品や新技術を使った戦略的製品を中心に生産を 行うことになった. 2005 年からは市場を創出する「バリューイ ノベーター」になる目標を掲げ,目標達成のた めに グ ローバ ル な 力量と市場密着型の現地化 マーケティングの強化を急いだ. 言い換えれば, 「統合」と「現地適応」の同時達成という最適 化されたグローバルな経営体制を構築する必要 性がさらに高まったといえよう. Ⅲ サムスン電子の組織能力―中央集権型組織. 地適応」の両立を同時に達成できているという 冒頭での主張を明らかにするために,組織の仕 組みとその管理プロセスについて分析を行う. まず,韓国の財閥企業に共通する特徴でもあ る,オーナー兼会長の直属の意思決定組織であ る「秘書室」という組織について説明したあと, サムスングループ全体を指揮するこの組織とサ ムスン電子との関係を明らかにする.それか ら,サムスン電子の組織運営に欠かせない会社 の管理プロセスについて,IT システムの構築, R&D 組織および新製品開発戦略,人材育成シ ステムの順に説明していく. 1 秘書室 ⑴ トライアングル型の船団式経営 サムスン電子の組織を中央集権型組織である と主張できる根拠としては,サムスングループ 内のスタッフ組織である秘書室の存在が挙げら れる.秘書室はサムスン電子だけではなくサム スングループ全体に対して人事権をもちながら 財務的統制も強く行う.またグループの規模が 大きくなるにつれ事業部に重複が発生しても戦 略的に対応することができる.優良企業を同一 のものさしでまるで鯛焼きを焼き上げるように 作り上げる.秘書室は会社内で「黄金の編隊」 と呼ばれているトライアングル型の構図を持つ 意思決定組織である.会長とグループの秘書室, そして各系列会社という三つの軸からなるこの 意思決定構造は,会社の死活問題となる重要案 件に関してけん制し合いながら意思決定を下す 形で運営されている15). 秘書室の一番大きな役割は,サムスングルー プ全体を見渡し未来の戦略を立てることであ る.系列会社の観点ではなく,グループ本社の 観点に立ち,情報の収集と,財務状態の健全化 への誘導,非主力事業からの撤退,系列会社間. の 「統合」と 「現地適応」同時達成 , そして, その管理プロセス― ここでは,サムスン電子が, 「統合」と「現. . 15)チョ・ヒョンゼ,ゼン・ホリム,イム・サ ンギュン[2005]pp. 49─50..

(11) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (243). 47. グループ会長. 秘書室長. 経営支援総括部門長. 組織図では 報告関係であるが, 実際は対等に意見 交換する協議関係. 秘書室次長. 経営支援・ 経営革新チーム. 財務チーム. 財務チーム. 人材チーム. 資金チーム. 広報チーム. 人事チーム. 企画チーム. 広報チーム. 経営診断チーム. IRチーム. 法務室. 経営企画チーム. 秘書チーム. 監査チーム. サムスン電子 CEO. その他 サムスン系列会社. 事業部長. 事業部長. 法務チーム 購買戦略チーム. 出所:サムスン電子の公開資料を基に筆者作成. 図 3 サムスングループの組織構造,トライアングル型の船団式. の重複事業の調整,そして全世界から人材を集. と監査部門も,早くから導入した ERP システ. めて育成することが, 秘書室の主な役割である.. ムを通じて個別に GBM 組織の経営成果を随時. サムスン電子では秘書室は 1975 年から導入さ. チェックしている.事業部では決まった時間に. れている. 秘書室の組織が導入された背景には,. 決算報告を別途に行う必要がなく,サムスン. 会社が多様な産業に進出したことで業種の構成. 電子の CEO と秘書室の財務チームは必要とす. が複雑になり,さらに経営規模も大きくなった. るときいつでも各事業部の経営成果をすぐに実. ので,会社が参入している各業種の特殊性を活. 時間で把握できる16).図 3 から,経営支援総括. かしてグループのレベルで社長の権限と責任を. 部門長はサムスン電子 CEO の指示を受ける関. 強化する必要性があったからである.導入の目. 係になっているが,業務内容は秘書室長の統制. 的は,秘書室がグループの柱の役割を担うこと. を受けることがもっと多い.秘書室ではサムス. で,①責任経営体制を確立する,②信賞必罰の. ン電子経営陣の経営判断を手伝い,時にはサム. 人事制度上の原則を具現する,③人材と管理者. スンのシンクタンクであるサムスン経済研究所. を育成する,④集団人事考課を通じた成果主義 で組織内の協力風土をつくる,ことである. ⑵ サムスン電子と秘書室 サムスン電子の GBM は独立的に運営されて いるが,秘書室のスタッフ組織である財務部門. と協力し全体的未来図を描くパスファインダー (path finder:道案内)の役割もする.経営環境 が急変する時には「早期警報機」を鳴らし,系 16)チャン・セジン[2008]p. 284─285..

(12) 48. (244). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). 列企業の経営を調整する「管制塔」にもなる17).. ためのもので,もう一つはサムスン電子とサム. サムスン電子の意思決定のスピードの速さ,シ. スン電子の取引関係にある会社間を繋げて双方. ナジー効果の創出,最適な資源配分と事業部間. の取引を円滑にできるようにするものである.. の調整を通じて「統合」がうまくできている背. ①サムスンの情報管理 IT インフラ,ドットネッ. 景には,このような船団式の意思決定機構があ. トフレームワーク. るからであろう.このような組織構造は,後発. 1991 年にサムスンでは社内専用の公示及び. 企業が先を走っている先発企業に追いつくとき. 電子メールシステムを構築した.1994 年には. と,標準化された製品を大量生産し原価を下げ. SAP 社の R/320)を ERP21)パッケージとして導. る戦略をとってスピードのある経営を行うとき. 入することを決めた.サムスン電子では経営革. に効果的であると考えられる.. 新チーム内に ERP グループの組織があり,こ のチームが,精算,営業,財務の順番に各シス. 2 サムスン電子の管理プロセス. テムを導入するプロジェクトを進め,全世界の. サムスングループの創業者である故李秉喆会. 海外子会社の経営情報を実時間でチェックおよ. 長 は, 「企業立国,合理追求,人材第一」を 経. び共有できる体制の構築に力を注いだ.こうし. 営理念として,管理力が中心に位置づけられる. たシステムの構築の結果,サムスン電子が本来. 内部機能の統合と効率性を追求する企業文化を. 求めていたスピードのある組織運営が可能に. 創出した.組織のプロセスを重要視するサムス. なったのである.ERP システムは,会社の戦. ングループの理念は,創業時以来一貫して続け. 略と意思決定に必要な重要情報を 階層別,機. 18). られている .サムスン電子もサムスングルー. 能別,組織別に実時間で提供するので,経営陣. プ系列会社の一社であるためサムスングループ. は欲しい情報を,いつどこでも実時間でチェッ. の経営理念と文化を共有している.. クできる(図 4 参照).このシステムがもたら. ⑴ IT システムの構築. した結果は,サムスン電子の中央集権型の組織. サムスンでは,CEO の指示が 24 時間内に末. 構造の維持とグローバル経営を効果的にできる. 端の社員のところまで届くように,社内放送,. ようにしたことと,意思決定のスピードを速め. 社内報,イントラネットのような多様なチャン. たことである.. ネルを稼動させている19).このような,サムス ン電子 の 本社集権的な組織運営を可能にする ツールとして重要な役割を果たす IT システム は,注目に値するものであるといえる.サムス ン電子の IT システムは大きく二つに分けて構 築されている.一つは会社内の業務および本社 と各海外子会社間のマネジメントを円滑に行う 88.. 17)韓国経済新聞特別取材チーム[2002]p. 87─. 18)ゼ ン・ヨ ン オ ク & ハ ン・ジョン ハ『超一 流企業への道:サムスンの成長と変化』キムヨン [1994]p. 288 を,チャン・セ ジ ン[2008]p. 274 から再引用 19) 韓 国 経 済 新 聞 特 別 取 材 チーム[2002]p. 178.. . 20)SAP R/3 は,ド イ ツ SAP 社 の 開 発 し た ERP ソフトウェアで 1992 年 7 月 6 日に公式発売さ れた.R/3 は,一部企業向けに出荷された System R,汎用機向け,ソフトウェアの R/2 に続くもの で,Windows や UNIX など複数のプラットフォー ムに対応している.SAP 社は世界で第 3 位のソフ トウェア企業であり,その上にはマイクロソフト, オラクルが並んでいる.特に大企業向けのエンター プ ラ イ ズ ソ フ ト ウェア 市場 に お い て は 圧倒的 な シェアを持っている. 「サップ」と呼ばれることも あるが,正しくは「エスエイピー」である. 21)人事,生産,物流,財務,などの会社の全 経営情報をコンピュータシステムで統合管理する システム.1993 年から 2001 年まで総額 7 千億ウォ ンを投入し,海外子会社間ネットワーク構築だけ でも 1 千億ウォンを投入した..

(13) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (245). 49. ������ (���). ����� (S��). ������ (���). �������� ������� (���). �������� ����������� ��������. ���������� 出所:サムスン電子公開資料を韓国経済新聞特別取材チーム『SAMSUGN RISIGN サムスン電子は なぜ強いのか』韓国経済新聞韓経 BP,2002 年,p. 168 から再引用. 図 4 サムスン電子経営情報システム. ②「 GSBN( Global Samsung Business Network) 」. 成させた.各国の企業環境が異なるため,サム スン電子は GSBN システムをモジュール化し,. サ ム ス ン 電子 は 社内 の IT シ ス テ ム を さ ら. マイクロソフトのドットネット基盤で GSBN. に,外の会社とつなぐことで,経営の効率を. の環境を構築し,インターネット・ブラウザー. もっと 高 め る こ と が で き た. 「GSBN(Global. を通じてサムスン電子と取引する全企業情報が. Samsung Business Network) 」 は, 「サ ム ス. 一つのポータルサイトで管理されるようになっ. ン 電 子 海 外 子 会 社」 と「各 地 域 別 海 外 取 引. ている.. 先」をシステム・ツー・システム(System to. サムスン電子はこのシステムを通じて購買か. System)の方式でつなぐ総合ネットワークで. ら販売にわたって,リードタイムの短縮,需要. 22). ある .このネットワークガ完成したのは,社. 予測の精度向上,在庫削減など様々な部分で効. 内 イ ン フ ラ シ ス テ ム が 全部整った 後 で あ る.. 果を得ている.会社は以前より納期を正確に守. 2002 年から 2 年の歳月をかけて進められたこ. ることができるようになり,海外バイヤーから. のプロジェクトは,サムスンがすでに構築した. の信頼を得ることができ,海外市場での競争力. システムを基盤に,海外子会社のグローバル供. 強化にも役立っている.. 給網管理(SCM)部分を追加する形で行われた.. ⑵ サムスン電子の R&D 組織. 生産・物流・販売子会社間の ERP システムを. ①組織構造. 一つに束ねたあと,これをさらに外部の取引先. サムスンは,長い時間を必要とする基礎科学. とつなげた国際貿易ポータルシステムとして完. 技術と将来の有望な先端技術を使った製品開発. . 22) 韓 国 経 済 新 聞 特 別 取 材 チーム[2002]p. 118.. に力を結集させるため,グループレベルで「サ ムスン総合技術院」を設立した. 「サムスン総 合技術院」の中には,電子機器,情報システム,.

(14) 50. (246). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). 素材部品,半導体通信,航空宇宙,化学などを. に送る.これを受けて各研究所では本格的な製. 研究テーマとする五つの研究所を置いて,中長. 品開発に取り組み,製品の基本コンセプトを完. 期的な先端技術分野と基礎技術分野を重点的に. 成させる.最後に各開発室では,製品を量産す. 研究している.. るために必要な技術を確保して事業化の段階に. 一方,各事業部別に運営されている研究開発. 入るのである.. 組織は, 各研究開発組織間の競争が激しいため,. ⑶ 新製品開発戦略. 二つの事業部が競争関係にある製品を開発した. サムスン電子の目指す製品開発は ‘Made in. 前例もあった.このような事業部間の過当競争. Market’ で,そのプロセスは徹底した市場主義. と重複投資を防止するために,会社は 2004 年. である.戦略的マーケティング活動と一緒に,. に CTO 総括 を 設立 し,CTO 総括 が,中長期. サムスン電子は革新的製品開発とデザイン機能. 的な基礎研究,ロードマップ,特許標準関連業. を強化するために努力している.. 務を担当し,各総括別 R&D の機能を統合・調. ①デザイン経営センター. 整することになった.この管理により,R&D. サムスン電子は,グローバル市場ではデザイ. プロジェクトを行う際には,各事業総括傘下の. ンこそが企業競争力の中核要素となってきたと. 研究組織から必要な人材を部署横断的に集め,. 認識し,デザインによるブランド力の構築を目. プロジェクト実行に適したチームを構成するこ. 指す戦略を展開している.全社レベルでデザイ. とも行っている23) .. ンのバックアップをするために,2001 年にそ. ② R&D の垂直的統合と水平的ネットワーク. れまで各事業部門に点在していたデザイン部門. サムスン電子における R&D の強みは,シス. を韓国ソウルに新設したデザインセンターにす. テ ム が 垂直的統合化 さ れ,且 つ 水平的 ネット. べて集中させ,マーケティング部門との統合を. 24). ワーク化されていることである .図 5 はサム. 行い,トップ直轄の組織とした(図 5 を参照).. スングループ全体の R&D 組織と,さらにそれ. この組織改革で,以前はエンジニアがデザイ. を半導体研究所を中心に描いたものである.こ. ナーにどんな製品を作るかを指示していたが,. の図を通じてサムスン電子の R&D 組織の垂. 今はデザイナーのほうからもエンジニアに欲し. 直・水平ネットワーク化の概念を確認すること. い機能を注文することができるようになった.. ができる.半導体総括内の研究組織には半導体. 全世界に広がっているサムスン電子のデザイ. 研究所 と SoC 研究所 が あ り,そ の 下部組織 と. ンセンターは,六つのなか五つが海外の主要都. して設置されている各開発室では,純粋に半導. 市にあり,デザインセンターで働く人も韓国人. 体だけを研究する.サムスン電子の垂直ネット. より外国人のほうが多い.. ワーク化された研究開発の進行段階におけるス. ②大量生産システムのような新製品開発プロセス. タート 点 は, 「総合技術院」に な る.総合技術. デジタル家電製品は,製品の開発から市場導. 院では,グループの中長期的な R&D 課題の遂. 入期まで,スピードの面で他社に遅れをとると,. 行と基礎技術,さらに次世代技術を開発してい. 市場での競争が大変厳しくなる.このために,. る.ここで製品化の可能性があると判断した場. デジタル家電製品を手掛けている企業において. 合には,その案件を総合技術院配下の各研究所. は,研究開発のスピードを上げリードタイムを 短縮することが,他社との競争に勝つための重. . 23)チョ・ヒョンゼ,ゼン・ホリム,イム・サ ンギュン[2005]pp. 39─40. 24)チョ・ヒョンゼ,ゼン・ホリム,イム・サ ンギュン[2005]p. 168.. 要な要素になる. サムスン電子では新製品開発のために, 「戦 略商品制度」を作って緻密に管理している.こ の制度は,3 月と 4 月に製品の概念に関するア.

(15) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (247). 51. ユン副会長. CTO 総括(李副会長). デザイン経営センター(社長) Digital Solution Center(副社長). 半導体研究所 (副社長). SoC 研究所 (社長). メモリ研究所,パッケージ研究所等 7. 通信研究所 (副社長). 家電研究所 (専務). 通信システム研究所 ネットワーク研究所等 6. 生活家電研究所 リビング研究所等 6. LCD 研究所 (副社長). DM 研究所 (副社長). サムスン総合技術院 (院長). プリンティング研究所 デジタル研究所等 9. 線形技術研究所等 3. 総合技術院. AM-LCD 研究所 LCD開発研究所等 3. 基礎技術と 次世代技術開発. DM 研究所 LCD 研究所. 半導体研究所. SoC 研究所. 水平ネットワーク化. デザイン経営センター. 通信研究所. 次期製品開発. ITトレンド 把握,間接支援 D ラム 開発室. フラッシュ メモリ 開発室. Mobile Solution 開発室. DIC 開発室. ASIC 開発室. 垂直ネットワーク化 2004 年基準:括弧のなかの地位は当時のもの.各研究所の数字は傘下にある研究所の数 出所:サムスン電子公開資料を基に筆者再作成. 図 5 サムスンネットワーク R&D システム(サムスン半導体). イデアを開発し,5 月と 6 月にサムスン電子の. レベルで,マーケティングにかかる費用を支援. 社長の前で各事業部長がそれを発表する.11. する.この制度は,形式化されたタイムテーブ. 月に入ると事業部長の提案の中から,次の年度. ルのもとで,全事業部が新製品開発を競うシス. の戦略商品として三つの商品を選ぶ.選ばれた. テムであるといえる.. 三つの製品の発売が終わると,その後すぐ会社. このようなサムスン電子特有の速いデザイン.

(16) 52. 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). (248). サイクルで新製品を次々と発売することによっ. させる仕組みと,人材を海外から韓国の中に取. て,世界の携帯電話シェアで首位に立つことが. り入れるために世界中を視野に入れて優秀な人. 25). できたのである .. 材を求めるという,二つの仕組みに分けること. ③本社主導の製品開発. ができる(曺,2010).. サムスン電子では,現地市場の消費者ニーズ. 一番目の仕組みの場合,韓国人社員をグロー. に合わせた製品開発を,韓国本社から派遣され. バル人材として育成するために,会社は 1990. た製品開発 チームと現地社員が協業する形で. 年から「地域専門家制度」を取り入れた.李健. 行って い る.本社開発 チーム は 現地 の 社員 と. 熙会長の指示で始めたこの制度は,若手社員を. 一緒に市場調査を行い,現地で収集された情. 対象に選抜し,海外主要地域で 1 年間現地化・. 報を韓国に持ち帰って製品開発を行う.韓国ソ. 専門化教育を行うことを目標としている.韓国. ウルの近郊水原に所在する,サムスン電子の. 本社が海外進出する際,会社が克服すべきカル. 「VIP(Value Innovation Program)セ ン ター」. チャーショックを最小限にするのが,地域専門. で世界各地の市場向けの製品開発が行われてい. 家の根本的な役割である,と会社の関係者は話. る. 「VIP セ ン ター」は 生産技術研究所所属 の. している.地域専門家制度によって養成された. 新製品開発プロジェクトチームで,日本企業の. 社員がサムスン電子の海外現地駐在員に占める. シャープで伝統となっている緊急プロジェクト. 割合は,約 35% である.この制度を通じて育. チーム「金バッチ組」に似ている.プロジェク. 成された地域専門家は,2007 年現在で約 3,578. トのために様々な部署から集められた社員は,. 人存在している27).. 意見を交換し合い技術上の問題を解決していく. 二つ目の海外から優秀な人材を取り入れる. 仕組みで各プロジェクトを進めていく. 一般に,. 仕組みでは,1997 年に作られた「未来戦略グ. プロジェクトは数ヶ月ほどの開発期間を要する. ループ」が人材採用チームとして,世界中から. ものがほとんどであり,プロジェクトが終わる. 人材を集めることを担当している.「天才経営. までは元の所属部署には戻れないという内容の. 論」と「頭脳戦争時代」を標榜してきた李健熙. 契約書にサインをしなければならないという.. 会長は,グローバル企業を具現するためには,. ここで生まれたヒット商品としては,騒音防止. 海外の優秀な人材を確保することが大事である. のためボールバランス装置を装着しアメリカ市. と常に強調している.この採用方法で,世界有. 場で大ヒットした洗濯機と,停電の多い地域向. 数の大学及び機関から優秀な人材がサムスン電. けに開発されたアイスパック入りの冷蔵庫など. 子に入社している.韓国本社を中心とした人材. 26). がある .. のサーキュレーションはうまく行き,このサー. ⑷ グローバルな人材育成. キュレーションも本社集権的なグローバル経営. サムスン電子のグローバル人材育成システム. を可能にする手段として機能していることが見. は,本社を中心に,人材を外に出して教育訓練. て取れる28). ⑸ 駐在員を中心とした組織運営. . 25)ノキアとモトローラのデザインサイクルは 12~18 ヶ月で,1 年に 4~5 個程度の新しいフラッ トフォームを発売することが可能であると知られ ている;チャン・セジン[2008]p. 132. 26)2009 年 12 月 3 日に,サムスン電子の韓国 ソウル本社で,広報チームの国内広報グループの メンバー,次長 1 名と課長 1 名に実施したインタ ビュー調査から.. 多国籍企業が海外事業を展開するときに,本 国の社員を海外進出国に多く派遣することは, . 27)2007 年 9 月 9 日放送 さ れ た「 NHK 経済羅 針盤」に出演したサムスン電子 CEO のユン・ジョ ンヨンインタビューから. 28)韓国経済新聞特別取材チーム[2002]pp. 103─ 104..

(17) サムスン電子のグローバル経営における組織能力の構築(曺). (249). 53. 当該国 で の 現地適応化の妨げになり企業業績. ンジニアを配置し商品化を速め,量産技術を高. に負の影響を与えてしまう.そしてこれを日. め,生産効率性をあげている.これがサムスン. 本企業の国際経営の問題点のひとつとして指. 電子が築き上げた「統合」の経営プロセスであ. 摘する声もある(吉原,2002) .一方サムスン. るといえる.またこれに関しては,特に労力を. 電子の場合,例えば,ブラジルには,約 2 千 3. かけて構築した IT システムと人材育成システ. 百人の社員が勤務しており,うち本社から派. ムが,韓国本社のコントロールを強める手段と. 遣された韓国人駐在員は 23 名で,現地人社員. して機能していることを確認することができ. に占める割合は日本企業と大きく変わらない. た.. (曺,2010) .さらに筆者のインタビュー調査と. そして,サムスン電子の「現地適応」は,本. 質問紙調査 の 結果から,サムスン電子の国際. 社から派遣された韓国人駐在員が中心になっ. 経営における組織体制は本社主導の中央集中型. て,本社の戦略と経営方針を現地従業員に理解. (Bartlett & Ghoshal,1989)で,海外の現地子. させ,直接現地人を指揮・統率する方法をとっ. 会社を強い本社がコントロールしているという. ている.韓国人駐在員を中心にした「現地適応」. 形態をとっていることが明らかになった.サム. が成功しているのは,人材のグローバル化のた. スン電子は,韓国本社が「現地適応化」を進行. めの投資と事前準備があったからであろう.. させるという一見矛盾しているように見える国 際経営を行っているといえるが,このような強. 2 考 察. い権限を持つ本社の組織構造により,サムスン. 従来の国際経営論は,現地化のために本国本. 電子特有のグローバル経営が実現できていると. 社は海外子会社を自立させるべきであると論じ. 考えられる.. て お り,「統合」と「現地適応」の 戦略 は 同時 Ⅳ 終りに. 1 まとめ. 達成困難なものとして理解されてきた.しかし ながら,この矛盾するようにみえる「統合」と 「現地適応」の同時達成にサムスン電子は成功. 本稿では,サムスン電子のグローバル経営に. している.本稿では,グローバルな組織能力を. おける組織能力を明らかにするために,主にサ. 「望ましい目的に影響を与える組織プロセスを. ムスン電子の組織体制の変遷および経営プロセ. 用いて協力して資源をグローバルに展開させる. スに関して分析を行った.分析からサムスン電. 能力」(Birkinshaw,1998)であると定義して. 子の国際経営における組織構造は,本社の統制. いるが,サムスン電子の組織能力は,この矛盾. が強い中央集権型組織で,海外の現地子会社を. する対立を止揚するような能力を有しているこ. 強い本社がコントロールしていることが明らか. とにあるといえる.. になった.一方で,本社の強い統制を受けなが. また,これまでの議論ではトランスナショ. らも海外の各子会社は現地化をうまく進めて高. ナ ル(Bartlett & Ghoshal, 1989)に せ よ メ タ. 業績を上げている(曺 2010,曺 2011) .本社の. ナ ショナ ル(Doz, Santos & Williamson, 2001). 強いコントロールで現地適応化を進めるとい. にせよ,グローバル統合と現地適応の同時達成. う,一見矛盾しているように見える施策を可能. は,子会社の役割に焦点があてられてきた.す. にしている要因が,サムスン電子の組織能力で. なわち,海外子会社は現地適応を行い市場での. あるといえる.. ポジションを高めることのみならず,他の拠点. サムスン電子は,経営資源の最適な投入と配. への貢献あるいはグローバルな貢献を行うこと. 置を実現し,研究開発に他社より高額の投資を. によって実現されると.本社はその促進者とし. 行っている.また,国内外から集めた優秀なエ. て位置づけられる.しかしながら,サムスン電.

(18) 54. (250). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 2 号(2012 年 8 月). 子は,本社に権限を集中することでグローカル. 3 今後の課題. 化を実現させた.このようなことができた成功. 本稿では,多国籍企業が直面している国際経. 要因 は,上 で 言及した「統合」と「現地適応」. 営の課題である「統合」と「現地適応」の同時. の両立を可能にした組織体制とその管理プロセ. 達成に関する議論を,グローバル市場における. スの各要素の組み合わせによるものであろう.. サムスン電子の組織能力構築の分析を通じて. これを Doz, Santos & Williamson(2001)の用. 行ったものである.分析および考察から,サム. 語で説明してみよう.サムスン電子は,国内の. スン電子は,韓国企業特有の財閥系のオーナー. 社員をグローバルな素質を持った人材に育て. 企業がもつ中央集権的な組織によってグローバ. る「地域専門家制度」と,グローバルな人材を. ル な「統合」を,そ し て,人事・IT シ ス テ ム. 全世界から招き入れる「未来戦略グループ」の. とマーケティングによって「現地適応」を遂げ. 人事システムにより,グローバルに知識を探索. ていることを明らかにし,結果として「統合」. し,それにアクセスする「感知(sensing) 」能. と「現地適応」の同時達成が可能であることを. 力 と「流動化(mobilizing) 」能力 を 有 す る よ. 示した.. うになった.このような知識は,さらに,全社. しかし,本研究には幾つかの課題がある.ま. 的 IT システムにより情報化され本社に集中的. ず,組織能力と「統合」・「現地適応」の同時達. に吸い上げられ,収集された情報を基に本社の. 成の関係に関して理論的により明確な分析が行. スタッフ組織である秘書室が中心になって資源. なわなければならない.そのような分析から精. のロスを防ぐグローバルな調整を行う「活用. 緻な理論枠組みを作り,それに基づいた事例研. (operationalizing) 」能力 に 転化 さ れ た の で あ. 究を行っていく必要があるだろう.また,サム. る.特にサムスン電子の中央集権型組織の根源. スン電子がグローバルな統合による現地適応化. となっている秘書室の存在は,サムスン電子の. の同時達成を遂行していることの証左として,. 組織伝統(Bartlett & Ghoshal,1989)に 起因. 各地域での経営活動に関する事例研究を,本国. するものであり,財閥企業もしくはオーナー企. 市場,先進国市場,新興国市場へと増やし体系. 業で培われた韓国企業ならではの特徴であるが. 的な研究調査を行う必要性もあるだろう.この. 故に,日本企業が真似しようにも真似できない. ように課題も多いが,本研究の発見事実を基に,. ところである.. 今後は国際経営論における「統合」と「現地適. グローバルな企業間競争がますます高まって. 応」の同時達成に関する研究をより一層発展さ. くるにつれて,製造企業にとって規模の経済の. せて行きたいと思う.. 実現は過去のどんなときより大きな課題となっ ており,これを受けグローバル統合を求める要 因も強まりつつある.他方では,新興国市場の 台頭により,企業は,国ごと,地域ごとのニー ズにも応じていかなければならない.グローバ ルなレベルでの資源の調整や各機能の再配置や 各機能間の分業体制を構築する「統合」の能力 と,進出地域における「現地適応」能力が,今 後多国籍企業が競争優位を維持し続けるための 鍵になると思われるが,この面においてサムス ン電子は特異でグローバルな組織能力に基づき 競争優位を実現していると考えられる.. 参考文献 浅海信行『韓国・台湾・中国企業 の 成長戦略─ 課題はガバナンスと研究開発─』勁草書房, 2008 年. 安積敏政「なぜ強い?韓国の競争力」 『月刊グロー バ ル 経営』7 月号,社団法人日本在外企業協 会,2005 年. Barney, J. B., Gaining and Sustaning Competitive Advantage, Prentice Hall, 2002.(岡 田 正 夫 訳 『企業戦略論(上,中,下) 』ダイヤモンド社, 2003 年) Bartlett & Ghoshal, Managing Across Borders:.

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