はじめに この研究の目的は,東海地域の産業クラスターの実態,その強化・新たな形成への 取り組みを分析して,その課題と将来展望を明らかにすることにある。 研究の枠組みは,図1に示すようなものである。ある地域に立地する企業が競争上 の課題を克服するために産業クラスターが好影響をもたらすと考えられる。本稿では 企業の競争戦略の比較的簡単な分析手法であるSWOT分析によってこのような経営 課題を探り,この課題の克服に産業クラスターがどのように関わるのかを考える。 ある地域の産業とそのなかの企業が,強さ(Strengths)・弱さ(Weaknesses)を現 在もつなかで,脅威(Threats)に直面する一方で機会(Opportunities)を有してい る。脅威とは例えば中国など途上国の製品との競争であり,機会とは例えば環境ビジ ネスなどの成長市場の存在である。このような状況から主に中長期的な経営課題が発 生しており,その課題を解決するための一つの中心的な方向性としてイノベーション 能力を高める必要性が挙げられる。 イノベーションとは,技術革新,新製品・新事業・新ビジネスモデルの開発などで ある。企業間連携・産学官連携などを含む産業クラスターは,この産業・企業のイノ ベーション能力を高めるための有力な要素であると考えられる。このクラスターの強 化と新たなクラスターの形成を促進するために,政策支援,金融機関による支援が行 われる。つまり,経営課題に対応する企業の行動が主で,政策支援は従の関係にある。 方法論としては,前年度プロジェクトのアンケート調査(舛山)の結論・仮説を下
東海地域の産業クラスターの発展の課題:
産学官連携の中小企業への影響を中心に
The Agenda for the Development of Industrial Clusters in the Tokai Region:
Focus on Increasing Cooperation between Universities
and Small and Medium Enterprises
舛 山 誠 一 Seiichi MASUYAMA
鈴 木 正 慶 Masayoshi SUZUKI
敷きとして,今年度の研究では主にインタビュー調査により,これを深掘りすること を試みる。インタビューしたのは,主に東濃西部の陶磁器クラスターの企業(5社) と中部大学との産学連携に関連している企業を中心とした大学周辺企業(5社),大 学教員(5名),金融機関(2社),行政機関(3機関),商工会議所(2機関)であ る。インタビュー時期は2005 年 12 月∼ 2006 年3月である。また,補完的に中部経済 産業局ウェブサイト(参考ウェブサイト1),中部経済新聞ホームページ(参考ウェブ サイト2)から企業行動に関する事例を集めた。これらを総合して分析し,結論を導 く。 以下に,第 1 章では,東海地域の産業クラスターの現状と課題について,第 2 章 では,産業クラスター強化・形成への取り組みについて分析し,これを下に第 3 章で は,東海地域の産業クラスター形成への課題について論じる。第 4 章では今後の東海 地域の産業競争力を強化する上で専門サービス機関の役割に重点を置いて考察する。 第 1 ∼ 3 章を舛山が,第 4 章を鈴木が分担して執筆した。 図1 研究の枠組み
産業クラスターの強化・形成
連携
東海地域の産業 クラスターの特色 強さと弱さ 脅威と機会 課題 イノベーション 能力の強化企業
大学・公的
研究機関
政 策 支 援 金 融 機 関 の 支 援 (出所)筆者!.東海地域の産業クラスターの現状と課題 1.特 色 東海地域の産業クラスターの構造に関しては,図2のようなイメージが描けよう。 図2 東海地域の産業クラスター群のイメージ 先ず,自動車産業クラスターが牽引して複合的なものづくりクラスターを形成して いる(図の真ん中の大きな楕円で囲んだ部分で表される)。自動車産業は,東海地域 の核となる産業であり,絶え間のない技術革新を継続して,複合的なものづくり産業 の牽引者となっている。トヨタ自動車,ホンダ技研工業などの完成車メーカーのほか に,アイシン精機,デンソー,フタバ産業などの自動車部品産業が愛知県三河地域を 中 心 に 立 地 し て い る 。 そ し て , 自 動 車 産 業 と そ の 周 辺 産 業 に お い て , ITS (Intelligent Transportation Systems =高度道路交通システム),環境対応の低排出 車(Low Emission Vehicle),先端安全システム(Advanced Safety Vehicle)などの 先端技術と知識の集積が進んでいる(参考ウェブサイト3)。 機械,金属製品・加工,化学,ファインセラミックス,電気・電子,ITなどの産 業が自動車産業向けを中心とした多様な産業に生産財・サービスを供給している,納 自動車 部品 IT 化学 電機・電子 部品 機械 住宅・建設 食品 陶磁器 金属製品 ・加工 ファイン セラミックス 自動車 部品 繊維 IT 化学 電機・電子 部品 機械 住宅・建設 食品 陶磁器 ものづくりクラスター 域外 金属製品・加工 ファイン セラミックス (出所)筆者
入先産業も含めて「ものづくり産業」クラスターともいうべきものを形成している。 愛知県尾張地区および美濃地区を中心にオークマ,ヤマザキマザック,豊田工機など の工作機械メーカーが立地して,自動車産業などを支えている(中部経済産業局)。 このような複合クラスターは需要構造の変化に対して強い展開力をもっている。例え ば,あるファインセラミックス企業は自動車エンジンのセンサー部品を生産する一方 で,電子レンジのマグネット部品を生産している。自動車産業,家電産業の需要動向 に合わせて事業展開をおこなっていける。ただ,この地域のものづくり産業は,現状 ではこの能力の大きな部分が域内に一大拠点を持ちながら拡大を続ける自動車産業の ために使っている。 第2に,いくつかの自己完結的な小規模クラスターが存在している。東海地域には 複合的にものづくりクラスターが形成されているので,自動車産業を除くと特定産業 の際立った集積はそれほど見られない。しかし,より小さな自己完結的クラスターと して東濃地域の陶磁器産業クラスター(美濃焼き陶磁器産地1),瀬戸陶磁器産地)と一 宮市を中心とする繊維産業クラスター(尾州・羽島毛織物産地)などの産地型のクラス ターがある。 第3に,域内完結的度の高いクラスターと域外連結度の高いクラスターが存在して いる。自動車,機械,陶磁器,繊維などの産業が域内完結的であるのに,電気・電子, IT産業はその中心が関東・関西の域外にあり,東海地域のものづくり産業クラスター は域外と広域的につながる傾向が強い。 第4に,クラスターによって企業間の連携関係に違いがある。 自動車産業クラス ターは,タイトな垂直的な連携関係が特徴的である。トヨタ自動車を中心に系列部品 企業が緊密な連携関係が形成されている。しかし,クラスターの周辺に行くに従って 関係はより独立的になる2)。例えば,東濃西部地域の陶磁器産業の場合は,分業関係 が確立しており,コア企業が不在で相互間の関係は独立性が極めて強いのが特徴的で ある3)。後の2つのカテゴリーにおいて水平的な連携関係の可能性が存在するのでは ないかと考えられる。 2.東海地域のクラスター形成の背景 東海地域のクラスター形成の背景は様々である。①コア企業の発展・拡大,②原料 立地にもとづく産地化,③誘致政策の成果,④複数の要因の累積などのパターンが見 られる。 ①のコア企業の発展・拡大によるものとしては,トヨタ自動車を核とする豊田市を 中心とする自動車産業クラスターの形成が挙げられよう。②の原料立地に基づく産地 化に関しては,東濃西部地域の陶磁器クラスターなどがあげられる4)。③誘致政策の 成果の例としては,三重県の液晶関係工場の集積が挙げられる。
小牧市の機械産業を中心とするものづくり産業の集積は,誘致政策の成功に加えて, インタビューによると幾つかの出来事が積み重なって形成されたと言われる。小牧市 は,昭和30 年ごろは農業地帯であり,菜種,養蚕などの農業が行われていた。この地 域は地盤が固く,機械産業の立地に適するという特徴があって立地優位性を持ってい る。戦前に軍事工廠があったのはこの理由による。このような優位性があるところに, 伊勢湾台風(昭和34 年(1959 年)9月 26 − 27 日)により,湾岸は危険だということで, 湾岸から内陸工業地帯へのシフトが起きて,小牧が恩恵を受けた。東海道新幹線開通 (1964 年),東名高速開通(1965 年),小牧インター完成(1965 年)による交通環境の 著しい改善の恩恵も受けた。 このようにクラスター形成のパターンに多様性があることは,クラスター形成・強 化のための戦略(クラスター戦略)も,個々のクラスターを取り巻く状況によって異 なるものである必要があることを示唆しよう。 3.近年の傾向 近年の傾向としては,①好調なクラスターと低迷クラスターが並存していること, ②好調なクラスターの地理的拡散傾向が顕著であること,③ものづくりクラスターに おいてITコンテントが大きく増加していること,④新たなクラスター形成への限定 された展開が見られることなどが挙げられる。 先ず,自動車,機械関連などの好調なクラスターと,東濃西部の食器,タイルを中 心とする陶磁器クラスター,一宮市を中心とする繊維などの低迷するクラスターとに 明暗が分かれる。例えば,岐阜県陶磁器工業組合連合会の調べによると,食器・タイ ルの生産出荷額は,91 年の約 1,437 億円をピークに年々減少し,2004 年には約 560 億 円にまで落ち込んだ(参考ウェブサイト2,2005 年 7 月 18 日記事)。 自動車,機械関連などの好調さの背景としては,これら産業がグローバル経済化の なかで国際的な競争優位性を強めていることがある。低迷クラスターの一般的な背景 としては,国際競争力を失い,製品素材の海外調達や海外生産の増加,海外からの安 価な製品の輸入などで取引が縮小していることがある5)。繊維産業に関しては,原料 コスト(原油)の高騰の悪影響も大きい。陶磁器産業に関しては,輸出市場,国内市 場における途上国製品との競争劣位が基本的な背景にある6)。陶磁器セクターに関し ては,途上国との競争に敗れただけでなく,産地の陶磁器企業が需要堅調分野への転 換に乗り遅れた面もある。高付加価値化したノリタケ,日本特殊陶業,日本碍子など のコア企業は堅調であり,適応できなかった産地企業との間に二重構造化が起きてい る。これら低迷産業においては廃業の増加傾向が見られる7)。 自動車産業を中心として好調なものづくり産業クラスターは,地理的拡散傾向を強 めている。増設ニーズに対して土地・環境・人的資源の制約がタイトになってきてい
ることがある。例えば,小牧市などは市内の中核企業の他地域への拡散・移転傾向に 危機感を持っている。 IT革新の進展の影響を受けて,ものづくり産業クラスターにおいてもITコンテン ツが著しく増加している。例えば自動車産業においては,環境,安全,乗り心地など の多様なニーズに対応する車の制御をITソフトによって依存する度合が高まってい る。トヨタ自動車が2005 年3月に発表した「ハリヤー―ハイブリッド」は「走るソフ トの固まり」と言われている8)。新たなクラスター形成への限定された展開もある。 三重県の液晶クラスターの成長,バイオクラスター計画等が挙げられる。 4.東海地域産業の強さ,弱さ,直面する脅威,機会と戦略的課題 (1)東海地域の産業クラスターのSWOT分析と戦略的課題 東海地域の産業・企業は,前述のSWOT分析の枠組みに従えば,その特色を背景 に強さ,弱さを持っているが,環境の変化からもたらされる脅威と機会とに直面して いる。このような状況において産業・企業は経営課題を抱えているが,このような課 題を解決していく上で,産業クラスターの強化・新たな形成が大きな助けとなりうる。 前述のような東海地域の産業クラスターが置かれた状況から,産業・企業のこのよ うな対応プロセスは,①好調なものづくり産業クラスターのコア部分,②その周辺部 分の中小企業からなる層と,それに③低迷している陶磁器,繊維等のクラスターなど とに分けて考える必要があろう。昨年度のアンケート調査においては,これらをひっ くるめて扱ったが,本稿においてはこれらを分けて分析する。 ①ものづくりクラスターのコア部分の強さと弱さ 好調なものづくりクラスターのコア部分に関して,簡単なSWOT分析は表1のよ うにまとめられよう。その強さに関しては,ものづくり産業の広範で高度の集積から もたらされる競争力と展開力,自動車産業等における核となる企業グループ(トヨタ 自動車グループ)の技術力と経営能力,緊密な垂直的連携関係による擦り合せ型のイ ノベーション能力が挙げられる。例えば,トヨタ系自動車部品メーカー各社が,生産 性の大幅な向上などをめざした「モノづくり改革」をグループとして積極的に推進し ていると伝えられる。トヨタ自動車の国内緊急増産,グローバル化,などへの対応を 契機に国内拠点の競争力の底上げをねらっているとされる。生産ラインのハード面の 改革に加え,熟練技能の伝承や品質 管理の再教育など,ソフト面でも新たな取り組み に挑戦しているという(参考ウェブサイト2,2005 年 7 月 18 日記事)。多くの優良大 企業が企業グループを主導し,教育訓練も充実していて,人材の質も高い。
表1 ものづくりクラスターのコア部分のSWOT分析 一方において弱さとしては,急速な事業規模の拡大に比べての人材の量的な不足, 国際的人材の不足,急速な海外拡充の負担,水平的連携メカニズムの弱さ,地域にお けるIT産業の発達の不足,が挙げられよう。 機会としては,核となる自動車産業の抜群の国際競争力からもたらされる関連需要 の堅調,急成長する途上国市場,先進国市場でのシェア拡大,環境ビジネス市場など の成長機会などが挙げられよう。一方,脅威としては,高齢化などによる国内市場の 低成長,自動車エンジンの技術革新による構造変化の可能性,低付加価値製品を中心 とした途上国企業との競争などが挙げられよう。 SWOT分析の枠組みによれば,企業はその強さ,弱さ,機会,脅威に対応して以 下のようなタイプの経営戦略を追求すべきであるとされる。自社の強さと機会に対応 したS−O戦略は,自社の強さに適合する機会を追及する戦略である。W−O戦略は, 自社の弱さを克服できるような機会を追求する戦略である。S− T 戦略は,自社の強 さを生かして脅威を減らすことを追求する戦略である。W−T戦略は,自社の弱さが アキレス腱になるのを避けるための防衛戦略である。 ものづくりクラスターのコア部分の企業に関しては,以下のような戦略が妥当であ ろう。先ず,S−O戦略に関しては,成長市場への継続的展開,海外市場,特に途上 国市場の開拓,環境市場向けの製品開発などである。次に,S−T市場に関しては, 途上国企業との製品差別化,国内既存市場でのシェア拡大などであろう。W−O, W−T戦略に関しては,共通してIT技術・金融技術の補強,国際経営人材の開発・ 強 さ 弱 さ ・集積からもたらされる競争力 ・IT技術の相対的弱さ ・技術の蓄積 ・金融技術の弱さ ・タイトな垂直的連携による擦り合 ・国際経営経験の不足 わせ型イノベーション ・人材の量的不足 ・高度経営能力 ・人材の質 ・全世界的な販売網 機 会 脅 威 ・途上国市場の成長 ・国内市場の低成長 ・先進国市場でのシェア拡大可能性 ・自動車エンジンの技術革新 ・自動車関連需要 ・途上国企業との競争 ・環境関連市場 (出所)筆者
補充,海外人材の活用などを行うことによって有望市場を開拓すると同時に,途上国 企業に対する競争優位を確立し,技術革新に対応したイノベーションを強化していく ことであろう。 クラスター戦略との関係に関しては,垂直的な連携による擦り合せ型イノベーショ ンの競争優位を維持・強化していくことに加えて,IT技術,金融技術,バイオ技術な どの形式知インプットが多くてモジュール型の産業に適合するように,水平的なネッ トワークの形成,産学連携,ベンチャー企業との連携を強化していくことが必要であ ろう。 ②ものづくりクラスターの周辺企業群のSWOT分析と戦略的課題2 ものづくりクラスターの周辺部分のSWOT分析に関しては,表2に示すように整 理できよう。強さとしては,ものづくり産業の広範な集積からもたらされる競争力と 展開力,中小企業が中心であることから,大企業に比べての小回りのよさ,オーナー 経営者のコミットメントが挙げられる。一方,その弱さに関しては,多くの部分が, 中小企業の体質的な弱さに起因する,新たな展開へのやる気・能力の不足を示すもの である。即ち,技術開発能力の弱さ,財務的な弱さ,つまり借入依存度の高さ9),新 市場開拓のためのマーケティング能力の不足,国際経営の知識・能力の不足である。 さらに,水平的連携メカニズムの弱さ,人材の質の低さが弱さとして数えられる。 このような強さと弱さが存在する下で,ものづくり産業周辺企業群が有する機会と しては,自動車産業を中心とするものづくりクラスター全体の繁栄と地理的拡大,環 境対応市場,安全市場,ナノテク市場,途上国市場などの成長市場の存在,ニッチ市 場の存在,海外市場,特に途上国市場のポテンシャルが挙げられる。直面している脅 威としては,途上国企業との競争,需要構造の変化による既存市場縮小の可能性,コ ア企業群との格差拡大により取り残される危険性10)が挙げられる。 このようなSWOT分析による戦略的課題は,以下のように考えられよう。先ず, S−O戦略に関しては,成長市場,途上国を中心とする海外市場を,大企業と棲み分 けながら開拓することであろう。S−T戦略は,自社のコア技術を下に大企業製品と の差別化を行いながら,国内市場を中心に,高付加価値商品など,途上国製品との差 別化を強めていくことであろう。W−O戦略は,成長市場,ニッチ市場,海外市場の 開拓のために,技術開発能力,販売力を強化して,より差別化した製品を供給してい くことであろう。このためには人材開発・補充によって人材の質を高めることが必要 になる。海外市場を開拓する選択をする場合は,人材を含めた国際経営能力の向上が 必要である。 産業クラスター戦略との関係に関しては,製品開発能力の向上のために,産学連携 を含むクラスター内の連携の強化が望まれる。また,生産効率の向上,マーケティン
グ能力強化のための企業間連携の強化が望まれる。さらに経営の近代化,企業合同な どによって人材市場における訴求力を高めるとともに,産学連携などを通じて質の高 い人材を獲得する必要があろう。 表2 ものづくりクラスターの周辺部分のSWOT分析 ③東濃西部地域の陶磁器産業クラスターのSWOT分析と戦略課題 東濃西部地域の陶磁器産業クラスターの場合,SWOT分析の枠組みからは表3の ように捉えられよう。 その強さとしては,技術の伝承があること,一貫した分業システムを形成している こと,中小企業で構成されていることによる小回りのよさがあること,オーナー経営 者によるコミットメントなどが挙げられる。技術に関しては,分業構造の下で特定の 機能分野に能力が集中している。インタビュー調査によると以下のようである。素材 関係は,大手3社の寡占状態でR&D能力を持っている。上薬の製造は,配合が技術 集約的でR&D指向がある。窯屋は,分業体制の下で生地屋の温度指示で焼くだけで あり,R&D指向がない。装置メーカーは,数社で構成され,技術力がある。 一方その弱さとしては,差別化の不足,産地問屋への依存度の高さ,地域ブランド の弱さなどからくるマーケティング志向・能力の不足,中小企業の人材の質の不足な どからくる企業家精神・能力の不足,ビジョン,リーダーシップの不足などによる全 体最適化の不足,国際的視野・展開力の不足,などが挙げられる。 差別化の不足に関しては,地域ブランドが弱く,デザインなどによる差別化が少ない 強 さ 弱 さ ・広範な集積からの競争力と展開力 ・技術開発能力の弱さ ・大企業にくらべた小回りのよさ ・販売力の弱さ ・オーナー経営者のコミットメント ・差別化の不足 ・経営の非近代性 ・財務的弱さ ・水平的連携メカニズムの弱さ ・人材の質的不足 ・国際経営の知識・能力の不足 機 会 脅 威 ・成長市場 ・途上国製品,生産との競合 ・ニッチ市場 ・コア企業との格差拡大 ・海外市場,特に途上国市場 (出所)筆者
ために,美濃焼きの付加価値が低いと言われる。地域ブランドに関しては,美濃焼き は,日常品路線を行き,この中では60 %のシェアがあるが,それゆえブランド・イメー ジは低いとされる(C金融機関)。また,美濃焼きは磁器,陶器,ボーンチャイナまで あらゆるものに展開したため,他の地域(有田焼)などと異なり特色がないとされる。 また,タイルなどはバブル期には作れば売れたからバブル以前に比べてデザインによ る差別化能力が低下したとも言われる(Aタイル素材メーカー)。瀬戸地区はニューセ ラミックスに転換したが,小規模で技術力がなく,下請けに甘んじているとされる。 表3 東濃西部陶磁器クラスターのSWOT分析 クラスターの全体最適化の不足に関しては,専門業者は相互に独立的であり,全体 システムの設計者が欠如していることが背景にあると指摘される。ほとんどが小企業 でコアとなる大企業がなく,且,相互に独立的で仲が悪く,リーダーシップが欠如し ているとされる。各々の業者が同じものを作って差別化がなくライバル関係にあるこ とも,本音がでてこず,ネットワーク作りを難しくしていると言われる。例えばタイル 産業の場合,「地場業者が勝手に開発テーマを選択し,全体のコーディネーション機能 がない。自動車産業のように最終メーカーが全体を統括するようになっていない」(A タイル素材メーカー)と言われる。同時に業界としてのビジョンの不足もクラスター 内の連携を制約していると考えられる。 国際的視野の不足に関しては,以下のような例がある。「タイルの場合,世界需要は 伸びているが,その市場は内装市場であり,イタリア企業が世界市場を支配している。 国内メーカーは東アジアのごく一部にしか需要がない外壁用タイルに特化している。 強 さ 弱 さ ・技術の伝承 ・製品の差別化の不足 ・確立した地域内分業システム ・バリューチェーン内連携最適化の ・中小企業の小回りのよさ 不足 ・オーナー経営者のコミットメント ・販売力の不足(商社依存) ・技術開発力の不足 ・経営の非近代性 ・人材の質の不足 ・国際的視野・展開能力の不足 機 会 脅 威 ・新たな成長市場 ・途上国製品との競合 ・ニッチ市場 ・既存市場の縮小 (出所)筆者
イタリア企業に加えて韓国,エジプト,トルコなどの企業の積極投資による規模の経 済に日本企業は対抗できないでいる」(Aタイル素材メーカー)とされる。 機会としては,環境対応市場などの成長市場の存在,途上国市場,ニッチ市場の存 在が挙げられる。一方,東濃西部陶磁器クラスターの受けている脅威としては,途上 国との競争11),需要構造の変化,クラスターの分業体制の崩壊可能性などが挙げられ る。上述のような量的志向の低付加価値・低差別化路線をこのクラスターが歩んでき たことから,途上国との競争に対して特に脆弱性を持つことになった。分業構造を形 成しているので,その一部が弱くなると全体が弱くなる。タイルのプレス屋は2軒し かなかったが,そのうちの1軒が倒産して分業体制が危機に瀕した。幸い,社員が再 生し,非タイル分野を伸ばしている(Bタイル・メーカー)。このようなSWOT要因 は,②のものづくりクラスターの周辺企業群のそれと多くを共有しており,それに対 応する戦略も似たようなものになると考えられる。 S−O戦略としては,伝承技術,分業体制を生かしながら周辺技術と組み合わせる ことなどにより新商品を開発して,環境ビジネス,リフォーム市場などの新たな成長 市場を開拓することであろう。W−O戦略は,技術開発力の強化による差別化商品の 供給,マーケティング志向・能力の強化,経営の近代化,人材の質の向上によって, 成長市場,ニッチ市場,海外市場への販売を強化することであろう。S−T戦略とし ては,上述のような技術開発力の強化により差別化して途上国製品との棲み分けを進 めることであろう。W−T戦略としては,低付加価値市場から撤退すること,分業体 制のネットワーク関係を維持・再編することであろう。 クラスター戦略との関連では,クラスター内の企業間連携を維持・強化し,また産 官学連携を強化して差別化製品の開発力を高めること,クラスター内の連携強化によ り地域ブランドを含むブランドを強化するなどして,マーケティング力を強めること が挙げられよう。 (2)低迷クラスターの共通的戦略的課題と企業の対応 上記のような産業クラスターの強さ・弱さとそれが直面する脅威・機会への対応に おいて,ものづくりクラスターの周辺企業群と東濃西部の陶磁器産業クラスターの企 業は共通して以下のような課題を抱えていると考えられる。それらの課題は,一次的 な課題,それを達成するための二次的な課題,そしてそれを補完するためのクラスタ ー形成によるサポート,そして全てに共通する推進力と考えら得る課題とに分けて捉 えることができよう(図3)。 先ず,一次的課題として,①既存市場における高付加価値化・製品の差別化, ②市 場リスクの分散と継続的市場転換,③品質・生産効率の向上,④海外進出が挙げられ る。
①の高付加価値化・製品の差別化は,途上国製品に対抗していくために必要である。 ②に関しては,以下のように言えよう。中小企業の場合,事業分野が限られているので, 需要構造の変化によって大きな打撃を受けるリスクが高い。継続的に衰退市場から撤 退し,成長市場やニッチ市場を取り込んでいく必要がある。このためには,アンテナ を張って市場・技術の変化とその自社への影響を常にウォッチしていく必要がある。 図3 戦略的課題と企業の対応 次に,以上のような一次的課題を達成するための二次的課題として,⑤開発力の強 化,⑥マーケティング志向・能力の強化,⑦人材の育成・補充がある。 製品の高付加価値化,成長市場・ニッチ市場への参入という市場転換,を行うため には,開発力の強化が必要である。また,このような市場展開を行うためにはマーケ ティング志向・能力の強化が必要である。新市場への参入,差別化新商品の販売を行 う場合,既存の販売チャネルを使えない場合が多い。この場合,新製品を開発する場 合に,既存の販売チャネルで売れるものに絞るか,新しい販売チャネルを開拓するか のどちらかが必要である。また,ブランド開発・強化が必要である。 このような一次的・二次的な経営課題への対応において,産業クラスターにおける 企業間・産学官の連携が有効に働くと考えられる。開発力の強化のために,産業クラ スターの深化・拡大が貢献する可能性が高い。また,地域ブランドの開発・強化など においてクラスターの形成・強化が有効だと考えられる。 海 外 進 出 国内の強化 既存市場における 高 付 加 価 値 化 ・ 製 品 の 差 別 化 開発力の強化 マーケティング志向・ 能力の強化 継続的市場転換 品質・生産効率の向上 人材の育成・補充 企業家精神・経営能力 クラスターにおける連携・ バリューチェーンの最適化 (出所)筆者
このような経営課題への対応とそれへの産業クラスターの貢献のプロセス全体に必 要なのが人材の育成・補充であり,またこの推進力となるのが,企業家精神の高揚と 経営能力の強化である。 5.戦略的課題への企業の対応 (1)既存市場における製品の高付加価値化・差別化 多くの企業が中国などの途上国製品に対抗し,また棲み分け,そして大企業製品・ サービスとの差別化を行うために高付加価値製品への特化などで差別化していく必要 を感じている。複合的ものづくり産業クラスターの多くの企業がこのような戦略を実 行している12)。東濃西部の陶磁器クラスターにおいて,インタビューによると,D 陶 磁器食器メーカーは高級食器に特化して,生き残りに自信を示し,E陶磁器食器メー カーは,リサイクル食器により環境対応に加えて,真似されにも製品を開発すること による差別化・高付加価値化を推進している。 (2)市場リスクの分散と継続的市場転換 クラスター内の企業は,将来の需要増分野への転換を常に準備しておく必要性があ る。特に中小企業の場合,事業分野が限られているので需要分野の変動から業績を悪 化させたり,廃業に追い込まれたりするリスクが高い。下請け企業の場合,納入先の 好調・不調によって業績が大きく左右される。インタビューによると「自動車は良い が家電の場合怖い」(H化学メーカー),「大手が買ってくれればくれるほどいったんス トップしたときの影響が大きいので,リスク分散の必要性が強まる」(Bタイル・メー カー)との声もある。 企業・クラスターの資源を活用して,既存技術を核としながらも,周辺技術を取り 込んで新分野での製品を開発し,需要増分野に継続的にシフトしていく必要がある。 F陶磁器機械メーカーは,売り先を低迷する陶磁器産業から自動車,PDP,バッテ リーなどより成長性の高い産業に多角化している。海外展開より新分野への展開に重 点を置いている。現在は全売上に占めるオールドセラミックスは30 %∼ 40 %,あるい はそれ以下に低下し,シェアは逆転しているという。 このような継続的な市場シフトを行うためには,アンテナを張って市場・技術の変 化とその自社への影響を常にウォッチしていく必要がある。そして,成長市場の取り 込み,ニッチ市場への特化を行わねばならない。人材の層が薄い中小企業では,多く の場合,経営者自らがこれを行わなければならない。 Bタイル・メーカーにおいては,社長が,ホームセンターに壁面タイルがないこと に気がつき,個人住宅用タイル市場の可能性に注目した。この背景には,中小企業同 友会での勉強で,行政,企業が資金不足になる中で,エンドユーザーである個人は資
金的に余裕があることを学んでいたからひらめいたという。この市場に入るためには, 軽いタイルを開発する必要があるとして,テーマを絞って開発したという。 より大きな中堅企業の場合,より組織的な対応が可能であるが,やはり社長の役割 が大きい。G中堅パッケージ・メーカーの場合は,製品開発には目先の製品開発,3―5 年先の製品の開発という2つのタイプがあるが,後者については同社では企画開発部 が受け持ち,市場調査から始めて社長に答申する。このような長期的な製品開発部分 に関しては大学の先生に相談することが多くなるという。 成長市場としては,環境ビジネス,液晶・携帯電話関連,安全市場,リフォーム市 場などへの参入の動きが目立つ。特に,環境ビジネス市場への参入の動きが目立つ。 環境ビジネスとしては,リサイクリング市場参入,環境にやさしい製品の開発,新エ ネルギー(燃料電池など)の開発などの動きがある。 昨年度のアンケート調査では,東海3県の回答企業は,①環境対応(17.3 %),② 交通輸送機器システム(9.3 %),③IT全般(8.0 %),④住宅(7.7 %),⑤安全性向 上(6.0 %),⑥サービス分野(5.3 %),⑦事業モデル革新(5.1 %),⑧高齢化対応 (4.9 %),⑨ナノテクノロジー(4.6 %)の順に自社のイノベーション活動の主要分野 としてあげている。このうち環境対応,交通輸送機器システム,住宅,安全性向上は, その他の地域の企業に比べて大幅に高い比率を占めているが,IT全般,サービス分 野,事業モデル革新の比率は,その他地域企業に比べて大幅に低くなっている(舛山, 51 頁)。また,高齢化対応,バイオテクノロジー,マーケティング手法の革新に関して も,東海3県企業の回答比率はその他地域企業のそれに比べて格段に低くなっている。 環境対応に関しては,インタビュー,報道によると,リサイクリング市場参入の ケースが目立つ13)。 燃料電池などの新エネルギー開発を進めているケースも多く見ら れる14)。環境にやさしい製品の開発の動きも活発である15)。 液晶・携帯電話関連などの電子関係の成長市場への販売に注力しているケースも目 立つ16)。また,安全市場をターゲットとしているケースも見られる17)。さらにリフォー ム市場を開拓するケースも見られる18)。成長市場とは,限らずに差別化の一環として ニッチ市場への特化を進めるケースもある19)。 また,昨年度のアンケート調査によると東海3県企業は,その他地域企業に比べて イノベーションのアプローチにおいて既存分野の深掘りを指向する傾向が極めて強い が,新分野においては,その他地域企業と同様に,全くの新分野に進出するよりも既存 分野と新分野の組み合わせを指向する傾向が強い(舛山,53 頁)。自らの強みを極め, またそこをベースに新しい分野に展開する戦略をとる傾向が強いことを示している。 クラスター戦略の観点からは,このような新成長分野への展開においてクラスター 内での企業間連携,産学官連携による製品開発,企業間競争が効果を発揮するのでク ラスター戦略のニーズが高まるといえる。
(3)品質・生産効率の向上,環境対応の生産システム 品質・生産効率の向上と環境対応の生産システムの構築が,途上国製品への対抗と 環境対応のために必要だと認識され,多くの企業が生産システムの改善努力を行って いる。クラスター戦略は,主に企業間の生産システムに関連した機器の共同開発,ノ ウハウのシェアリング,クラスター内の企業間競争などの効果を高めることにあろう。 本稿においては,プロダクト・イノベーションに焦点を当てるので,このプロセス・ イノベーションは中心的テーマではない。 (4)海外進出 途上国からの挑戦からの脅威と途上国市場の急拡大という機会に対応する有力な選 択肢の一つが海外進出である20)。クラスター戦略との関連では,海外に移すべき部分 と国内に残してクラスターの強化を行うべき部分との峻別が必要である。このテーマ も本稿の主要テーマではない。 (5)技術開発力の強化 昨年度のアンケート調査によると,イノベーションにおける産業クラスター内の企 業・機関間の連携において重要な機能として,東海地域企業は技術開発を特に重視し ている。重要な機能として,①技術開発(34.9 %),②人材の確保(13.4 %),③事業 化計画の作成(11.0 %),④マーケティング調査(9.8 %),⑤生産体制の確立(7.1 %) の順であげているが,特に技術開発が重要だという回答の比率が他地域気企業に比べ て高い(舛山,54−55 頁)。 このような技術開発力の強化において,クラスターにおける企業間連携,産学官連 携の有効な活用がますます求められるようになっている。 (6)マーケティング志向・能力の強化 上述のように,特に低迷クラスターの企業において,マーケティングは製品開発に 劣らず重要である。上記の継続的な市場転換の戦略の一環として新市場への参入,差 別化新商品の販売を行う場合,既存の販売チャネルを使えない場合が多い。この場合, 新製品を開発する場合に,既存の販売チャネルで売れるものに絞るか,新しい販売チ ャネルを開拓するかのいずれかを行う必要がある。前者の製品開発を既存販売チャネ ルで売れる製品に限るケースとして,F 窯業機械メーカーの場合は,新技術を自社の 製品に埋め込んで,自社の機械設備として売るしかないとする。 後者の新規販売チャネル開拓の例として,Bタイル・メーカーのケースがある。同 社は,新商品であるカラータイルをそれまでマンション用タイルを扱ってもらってい
た産地問屋に持っていっても保守的で相手にされなかったので,土木展示会に出店し て代理店を募集したと言う。他にも新しい販路を構築しようとの動きが繊維産業など において見られる21)。このように新しい販路の獲得に当たっては,商社任せなどせず に経営の直接的なマーケティングへの関与することが必要である22)。 中小企業が新しい販売チャネルを構築する手段として,展示会の活用で成果を上げ ている例が見られる。インタビューによるとBタイル・メーカーは,新商品である壁 面用の軽いタイルの販売に関しては,それまでのマンション用建材は問屋任せだった のに対して,DIYショー(幕張),インタナショナル・ギフト・ショーに出展して, これにカタログ通販会社が反応したことによって,自分でエンドユーザーに売れるよ うになったと言う。最初,自治体の補助で建築建材展への出展をして展示会の活用を 覚えたと言う23)。 販売地域が広域に渡る場合,営業拠点の開設が必要になる。Bタイル・メーカーは, リフォーム用の壁面タイルの販売において歩合の地域担当セールスマンを採用し,産 業用画像処理システムのベンチャー企業トークエンジニアリング(各務原市)は, 2005 年7月東京営業所を開設した(参考ウェブサイト1)。 マーケティングにおいて,商品によってはブランドの強化が重要なテーマになる。 産地型のクラスターの場合は,地域ブランドの構築が重要である。繊維産業クラス ターなどにおいてこのような動きが強まっている。例えば,400 年の歴史を持つ伝統工 芸,有松・鳴門絞を産地の商工業者が一丸となってブランド化しようとする試みが行 われた24)。 産業クラスター戦略との関連においては,クラスター内での連携の結果開発された 新製品を市場化する過程において技術に劣らずマーケティングの側面が重要であり, 個々の企業としてあるいはクラスター全体としてマーケティング志向とコミットメン トとが要求されるということである。また,クラスター支援政策は,マーケティング の重要性に十分に配慮したものである必要があろう。連携による研究開発を支援する 決定を行う際にマーケティングの側面も精査する必要がある。また,クラスター内の 企業の展示会等への出店の支援も有効であろう。前述のように,Bタイル・メーカー は展示会を有効に活用して新しい販路を構築したが,これを行うきっかけになったの は,自治体の補助金による展示会への出店であった。さらに,地域ブランドの構築に は,クラスター全体での取り組みが必要になる。 昨年度のアンケート調査によると,前述のように重要な機能としてマーケティング 調査を挙げる比率が他地域企業に比べて極めて低い。 (7)クラスター内の連携の深化・緊密化とバリューチェーンの最適化 クラスター内の連携の深化・緊密化とバリューチェーンの最適化の問題は,次の 2
章において扱う。 (8)企業家精神の高揚・経営能力の強化 上記の全ての要素を推進するのは,企業化精神に導かれた経営者の行動である。ま た,クラスター内における水平的連携は,自立的な企業の行動によってのみ可能とな る。そして,クラスターとしての連携促進に必要なリーダーシップもこのような経営 者によって担われる必要がある25)。 (9)人材の強化 上記のような製品開発,マーケティング能力の向上などの課題を解決していく上で, 低迷クラスターにおいてはその弱点である人材の強化が必要である。そして,クラス ター内の特に産学連携が人材供給に好影響を及ぼすことが期待されている26)。昨年度 のアンケートに如実に現れているように,東海地域企業はその人材を域内に依存する 傾向が極めて顕著であるので,特にそのニーズが高い。前述のように,昨年度のアン ケート調査によると産業クラスター内における企業・機関間の連携における重要な機 能として,人材の確保を2番目に高い比率であげている(舛山,54 頁)。 @.産業クラスター強化・形成への取り組み 1.枠組みと東海地域の特色 産業クラスター強化・形成への取り組みの枠組みは図4のように示せよう。 まず,産学官の集積のもとにおける企業間連携・産学官の連携・競争の促進,起業 活動の活発化などは,プロダクト・イノベーション及びプロセス・イノベーション (特に前者)を促進する働きがある。イノベーションは,製品開発だけではなく,それ が販売されて事業化に成功することによって始めて成就する。技術開発力だけでなく マーケティング力が大事である。政策支援,金融機関による支援が,このようなプロ セスを促進する効果がある。行政サイドの場合,補助金,産業立地支援などの政策支 援の側面と公的研究・試験機関の連携参加の側面との両面の関与がある。 特定の産業クラスターの形成・強化に向けて方向付けを行うことによってクラス ター全体としての有機的な連携を推進するためにビジョン形成・リーダーシップ,調 整の機能が重要な役割を果たす。また,これまで何度も延べたように,このようなプ ロセスにおいて企業家精神が最大の推進力である。政策よりも企業の自立的な行動が 大きな役割を果たす。これらの要素の相互作用による既存クラスターの強化と展開, 新事業の創造,ひいては新クラスターの形成が期待される。この場合,特筆すべきは
新事業の創造・新しい産業クラスターの形成だけではなくて,既存クラスターの強 化・展開がこれに劣らず重要であるということである。特に,ベンチャー企業が育ち にくいと言われる東海地域においてはこの側面が重要である。 図4 産業クラスター強化・形成の枠組 このような連携における昨年度のアンケート調査に現れた東海地域の特色は,以下 のようである。開発・革新のための連携において重要なパートナーはどのようなとこ ろ か と い う 質問に 対し て ,東海3県の 回答企業が 挙げ た の は ,①共同開発企業 (43.1 %),②部品・素材などの仕入先(18.3 %),③大学(11.1 %),④研究機関(6.5 %), ⑤IT・金融機関以外のプロフェッショナル・サービス(6.1 %),⑥ITサービス (3.8 %),⑦自治体(3.4 %),⑧金融サービス(1.9 %),⑧ベンチャー企業(1.9 %), ⑩中央政府機関(0.4 %)の順になっている。また,その中で最も満足な連携相手はど のような機関かという質問に対しては,①共同開発企業(45.2 %),②部品・素材など の仕入先(17.5 %),③大学(9.1 %),④研究機関(7.5 %),⑤IT・金融機関以外の プロフェッショナル・サービス(6.0 %),⑥ITサービス(3.2 %),⑥金融サービス (3.2 %),⑧自治体(2.4 %),⑨ベンチャー企業(1.2 %),⑨中央政府機関(1.2 %) ビジョン・リーダーシップ・調整調整 企業間連携 企業間連携 産学 産学官連携官連携 ベンチャー 企業 企業 イノベーション能力の向上向上 (イノベーション=製品開発製品開発×マーケティング) 既存 既存クラスター の強化強化・展開展開 新事業 新事業の 創造 創造 新産業 新産業クラスター の形成形成 政 策 支 援 政 策 支 援 金 融 機 関 の 金 融 機 関 の サ ポ ー ト サ ポ ー ト 企 業 家 精 神 企 業 家 精 神 ビジョン・リーダーシップ・調整 企業間連携 産学官連携 ベンチャー 企業 イノベーション能力の向上 (イノベーション=製品開発×マーケティング) 既存クラスター の強化・展開 新事業の 創造 新産業クラスター の形成 政 策 支 援 金 融 機 関 の サ ポ ー ト 企 業 家 精 神 (出所)筆者
の順であげている(舛山)。 その他地域企業に比べて企業間連携を重視し,連携相手の企業に対する満足度が高 いのが特徴的である。東海地域の擦り合せ型産業への傾斜とそこでの優位性を反映し ていると思われる。一方では連携相手としてのベンチャー企業,ITサービス,金融 サービス,IT・金融サービス以外のプロフェッショナル・サービスに対する重要性 の認識と満足度がその他地域の企業に比べて相対的に低い。形式知的インプットの多 い産業,モジュール型産業から距離を置く姿勢が反映されていると言えよう。 大学との連携は,本来,形式知のインプットの多い産業で特に効果が大きいと思わ れる。現状の擦り合せ型産業中心の産業構造の下での発展のためには重要性は比較的 低いと思われる。今後,IT,バイオ,金融など多くの形式知を必要とする産業への 展開やそれとの融合への動きを強めていくとすれば,大学やそれに関連したり,そこ から派生したりする,ベンチャー企業との連携が重要になってくると思われる。 中央政府,自治体との連携があまり重視もされず,満足もされていないことは,一 面では企業の自立性を示すものとして評価すべきことでもあろうが,他方では今後こ の面の改善余地が大きいことを示してもいよう。 2.行政の取り組み 本来の行政の役割は,産業クラスター戦略において企業のサポート役のはずである が,本稿の主要な考察対象であるものづくりクラスターの周辺部分,陶磁器産業クラ スターのような現在不振なクラスターにおいては,中小企業政策を源流とする政策支 援の役割が大きく,また,全体の枠組・展開を規定している面があるので,最初に取 り上げる。 (1)枠組み クラスター形成・強化における政策支援の枠組みについて考える。図5のように整 理されよう。 本来的なクラスター振興政策は,企業間連携を促進するような政策,教育研究政策 を含む産官学連携を促進するような政策,起業促進政策,ハイテク振興政策,産業立 地政策,中小企業振興政策など,個々に独自の目的をもった政策が関連している。図 の楕円形で囲んだような部分から構成されている。 このような政策を動員して産業クラスター形成に向かって方向付ける横断的な政策 として,経済産業省が2000 年以降全国規模で推進する,「産業クラスター計画」が注 目される。企業間連携,産学官連携を中心に水平的でオープンなネットワークの形成 を促進しようとするものである。また,政策当局の多大なプロモーション努力の結果, 多くの中小企業や金融機関によって,このクラスター計画が産業クラスター振興政策
と同義語と理解されているように見える。 ただ,このクラスター計画は,基本的に中小企業振興政策をベースにして,これを クラスター形成の目的のもとに動員するという性格が強く,中小企業振興政策の側面 が突出している。図で四角く囲んだような部分からなる。したがって,純粋なクラス ター振興政策とは言いがたい面がある。産業クラスター強化・形成において,産業ク ラスター計画のこのような特徴と限界をよく理解してこれを活用すべきであって,こ れに引っ張られるのはミスリードされる危険性を持つと考えられる。 図5 政策支援の枠組 (2)中央省庁主導の産業クラスター計画 経済産業省の「産業クラスター計画」の目的は,①オープンなネットワークの形成 により,地域における中堅・中小企業間や大学等の研究機関との新たな連携を促すこ とによってイノベーション活動を活発化させること,②国家戦略として重要な地域産 業を発展させること,③地域が主体となって行う地域産業振興と連携して相乗効果を 上げること,にある(参考ウェブサイト4)。中小企業振興政策の一環としての地域振 興政策である。 中小企業 中小企業 振興政策 振興政策 ハイテク ハイテク 振興政策 振興政策 起業 起業 振興政策 振興政策 教育研究 教育研究 政策 政策 産学官 産学官 連携促進 連携促進 企業間 企業間 連携促進 連携促進 産業立地 産業立地 政策 政策 中小企業 振興政策 ハイテク 振興政策 起業 振興政策 教育研究 政策 産学官 連携促進 企業間 連携促進 産業立地 政策
クラスター計画
(出所)筆者産業クラスター計画は,全国19 のプロジェクトからなり,地域の経済産業局と民間 の推進組織が一体となって,新事業に挑戦する中堅・中小企業約6,100 社,250 校強の 大学の研究者等と連携して行われている。具体的には,①地域における産学官のネッ トワーク形成(企業訪問,研究会・交流会・セミナー等の開催,コーディネーターに よる連携促進など),②地域の特性を活かした技術開発支援(地域における産学官コ ンソーシアムによる研究開発,中堅・中小企業によるリスクの高い実用化技術開発に 対する補助金事業など),③インキュベーション機能の強化,④商社等との連携による 販路開発支援,④資金供給機関との連携(産業クラスターサポート金融会議との連携 による技術開発補助金などへのつなぎ融資制度),⑤人材育成(技術人材育成のため のMOT関連研修,金融の目利き人材育成のための研修,ビジネスセミナー等)を内 容とする(参考ウェブサイト4)。従来の中小企業振興スキームを産業クラスター支援 のために組織的に活用しようというものである。 ②の補助金事業として,新しい支援スキームとして「新連携」制度27)が発足し,多 くの注目を浴びている。異分野の複数の中小企業が連携して新事業を行うのに融資の 優遇,補助金の支給を行うものである。連携体として認められためには,中核となる 中小企業の存在し,参加事業者間の役割分担,責任体制等が明確であることが必要で あるが,中小企業の貢献度合が半数以上であれば連携相手のなかに大学,研究機関, NPO,組合,大企業が入っても良い。この新連携制度の導入に対応して,中部地域 の中小企業に企業関連携を模索する動きが活発化している。 クラスター計画を推進する中で経済産業省の中小企業振興政策は,今までの薄く広 く補助金を出すのではなく,やる気のあるところに出すというように変わってきてい る。このようなスタンスは,自立的な企業による連携を前提とする点で,クラスター 戦略の主旨に沿っているといえよう。しかし,他方では,このような自立的企業の数 が限られている現状では,このような政策転換はクラスター内での企業間格差の拡大 につながり,クラスター全体の機能低下につながるリスクも併せ持つことになろう。 また,このプロジェクトの特色として,省庁間の連携が強化されていることが挙げ られる。役所のスタンスが従来と変わって他省庁との連携に前向きになってきたとさ れる。文部科学省の研究プロジェクトを経済産業省のそれにつなぐための枠が設けら れた。これにより資金効率の向上。経済産業省の説明会に国土交通省傘下の整備局の ブースを設けるなどが行われている28)。 クラスター計画において,これまでの2000 ∼ 2005 年は長期計画の第1ステージの立 ち上げ期として位置づけられている。国が支援するクラスターとして全国19 のプロ ジェクトを立ち上げ,自治体が独自に展開するクラスター計画と連携することが追求 された。2006 ∼ 2010 年の第2ステージは,産業クラスター成長期として位置づけられ, 具体的な事業を展開し,自立化する時期に当たる。2011 ∼ 2020 年の第3ステージは,
産業クラスター自立的発展期として位置づけられ,それぞれの地方に任せる時期とす る計画である29)。 クラスター計画の今後(第2ステージ)の展開に関しては,個別プロジェクト計画 の策定,全体計画の策定,政策モニタリングの導入,年度計画の作成が予定されてい る。個別プロジェクト計画策定においては,産業クラスター形成に関するビジョンの 策定,プロジェクトのシナリオ・目標の設定,目標達成のための中長期的戦略の策定 が計画されている。プロジェクトの数値目標に関しては,新事業開始件数,産業規模, ベンチャー創出数などが想定されている(参考ウェブサイト4)。 この産業クラスター計画は,東海地域においては2001 年1月より中部経済産業局が 拠点となって「東海ものづくり創生プロジェクト」と「東海バイオものづくり創生プ ロジェクト」の2プロジェクトとして展開されている。ここではより包括的な「東海 ものづくり創生プロジェクト」を例にとって説明する。地理的には名古屋から1時間 の交通圏を特定している。会員組織であるものづくり協議会を組織して,登録企業を 募り,このメンバーに絞ったかたちで連携の支援を行っている。現在922 社が登録し ており,この規模は全国の19 プロジェクト中最大である。このうち95 社が大企業であ る。このプロジェクトの特色として,他地域のプロジェクトと異なり,会員に他の地 域と違って大企業も含めていること,地域経済会のインボルブメントを確保している ことなどが挙げられる。業種の絞込みは行わず,新しいこと(5―10 年先の事業)を みつけるヒントになる場の形成を目的としている30)。 また,東海ものづくり創生プロジェクトの拠点組織として,窯業・一般機械産業の 集積地である尾張東部・東濃西部を対象に,新セラミックス,脱セラミックス等の新 材料分野と新エネルギー分野の開拓を志向する「尾張東部・東濃西部ものづくり産学 官ネットワーク」,東三河地域を対象に,精密加工分野等での新産業創出の活動を行 う「東三河産業創出ネットワーク事業」,愛知県を中心に,健康・福祉を中心とした 製造分野における共同研究プロジェクトと,臨床現場ニーズとのマッチングの活動を 行う「あいち健康長寿クラスター形成事業」,愛知・岐阜・三重を対象に,航空宇宙 産業で培われた高度先端技術の他産業への波及・連携,他産業技術の航空宇宙分野へ の活用を指向する「中部航空宇宙産業プロジェクト」,愛知・岐阜・三重を対象に, ITとものづくりの融合をテーマにした活動とものづくり現場へのITの有効活用を行 う,ソフトピアジャパン「スイートバレーから拡がるものづくり連携IT新産業支援 事業」が組織されている(中部経済産業局)。 (3)尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク事業の事例 「尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク」事業は,前述のように「東海 ものづくり創生プロジェクト」に属する5つの地域単位の拠点事業の一つである。
従って,当事業は産業クラスター計画の枠組みに沿って設計・運営され,且,親プロ ジェクトである「東海ものづくりプロジェクト」との密接な連携のもとに実施される。 事業計画では,「地域の優れたポテンシャルをより有効に活用していくために,中部 大学や名古屋工業大学,商工会議所,その他自治体等の支援機関のネットワークを有 効に活用しつつ産業クラスター計画の5つのツール(下記の5つの個別事業)を有効 に活用し,対象地域内の意欲的な企業,大学等の研究機関,行政機関等を更に有機的 に結びつけることにより,『東海ものづくり創生プロジェクト』との人的ネットワーク の深化・拡充を図り,ものづくりを中心とした地域の産業を振興させることが事業の 概要である」としている。 5つの個別事業(ネットワーク形成事業,新商品・技術評価事業,連携促進事業, 販路開拓事業,情報提供事業)を推進することによって全体の目的を達成しようとい う仕組みになっている。クラスターとしては,尾張東部の工作機械・一般機械・新エ ネルギーの集積,東濃西部地域のセラミックス産業の集積をつなぐもとのとしてもの づくり産業として捉えている。産業クラスター単位のネットワークではなく,既存の ネットワークを連結して地域の産業振興を図ろうという計画になっている。 初年度(平成17 年度)の事業報告によると,連携促進事業の中で,「陶磁器グリー ンプロセス研究会」,「環境材料研究会」,「新エネルギー研究会」,「金融サポート研究 会」という4つの研究会が立ち上げられた。陶磁器グリーンプロセス研究会では,陶 磁器製品のリサイクルに関連する技術,流通,経済,コンセプト,法律などを包括的 に議論している。環境材料研究会は,環境及びエネルギーに関する材料およびプロセ スに関する将来展望に関して意見交換を行っている。新エネルギー研究会は,中部大 学における燃料電池の研究開発をベースに,新エネルギーに対する情報把握,各企業 としての取り組みについて検討している。これらが新しいクラスターの創生につなが ることが期待される。「金融サポート研究会」は,金融ツールを当ネットワークにどの ように有効活用していくかを検討している。また,連携促進事業の一環として,中部 大学,名古屋工業大学のシーズの発表会であるテクノフェアとの連携活動が行われて いる。 (4)産業クラスター計画の評価 以下に,尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク事業を含む産業クラス ター計画について,東海地域の産業クラスター戦略の観点からの評価を試みる。 ポジティブな点としては,①中小企業の製品開発等における資金制約の緩和,②ネ ットワーク形成効果,③参加者,特に若手の間の問題意識の高まりと知識の蓄積,④ 地域特徴の活用,⑤クラスター概念とリーダーシップの提供,などが挙げられる。 ①の中小企業の製品開発等における資金制約の緩和効果に関しては,補助金等は特