12
野間,ほか:乳腺外科外来における遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)一次拾い上げと遺伝カウンセリング体制の実態■
臨床経験
乳腺外科外来における遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)
一次拾い上げと遺伝カウンセリング体制の実態
野 間 翠
* 1尾 﨑 慎 治
* 1板 本 敏 行
* 1土井美帆子
* 2橋本美千代
* 3原 鐵 晃
* 4 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療において,乳癌診療ガイドラインの改訂や PARP 阻害薬の導入に伴い一般病院に おいてもBRCA 検査の説明と実施が求められることが想定されるため,県立広島病院では 2018 年より遺伝子診察室 を開設した.それに伴い乳腺外科外来で一次拾い上げを開始したため,遺伝カウンセリングに対する影響の現状と今 後の課題について検討する. 乳腺外科外来では NCCN ガイドラインを基に対象症例に一次拾い上げを行い情報を提供,希望者には臨床遺伝専 門医・主治医・がん看護認定看護師の同席のもと遺伝カウンセリングを実施した. 全乳癌手術症例のうち一次拾い上げの対象は 20% 程度であるが,その中でも実際に遺伝カウンセリングを希望す るのは現時点では 10%以下であった.今後は HBOC の診療体制が保険診療となり,遺伝カウンセリング,遺伝学的検 査の件数はさらに増加することが予測され,遺伝カウンセリング体制の安定した運営が今後の課題としてあげられる. キーワード:遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC),遺伝カウンセリング,外来立ち上げ,一般市中病院,一次拾い上げI. はじめに
遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer; HBOC)はBRCA1/2 の病的バリアントを原因とする代表 的な遺伝性乳癌であり,乳癌患者の 3 ~ 5%が該当すると 考えられる1).乳癌診療ガイドラインの改訂に伴い HBOC 症例に対する予防的乳房切除等の推奨がなされるようにな り2),対象者に対する遺伝学的検査の情報提供の必要性は 高まりつつある.また,進行再発乳癌に対しては 2018 年 に PARP 阻害薬が保険収載され,薬剤選択目的のコンパ ニオン診断としてBRCA 検査(BRACAnalysis®)が必要 となった.このような状況から遺伝カウンセリングの体制 づくりは急務と考えらえる. 県立広島病院(以下,当院)は地域がん診療連携拠点 病院として地域のがん診療にあたる位置づけであり,これ まで近隣の大学病院に遺伝学的検査およびそれに必要な遺 伝カウンセリングを依頼していたが,今後は自院での対応 が必要と判断し,2018 年 4 月より「遺伝子診察室」を開 設した.それに伴い乳腺外科外来では周術期患者・術後フォ * 1 県立広島病院 消化器・乳腺・移植外科 * 2 県立広島病院 臨床腫瘍科 * 3 県立広島病院 看護部 * 4 県立広島病院 生殖医療科 連絡先:野間翠 〒 734-0015 広島市南区宇品神田 1-5-54 県立広島病院 TEL:082-253-1818 FAX:082-253-8274 E-mail:[email protected] 2020 年 2 月 26 日受付 2020 年 10 月 26 日受理 遺伝性腫瘍 第 21 巻 第 1 号(2021 年)p.12-15 ローアップ中の患者を対象に一次拾い上げを開始した.こ の一般外来での情報提供が遺伝カウンセリングにどのよう に影響するか,現状と今後の課題について検討する.
II. 「遺伝子診察室」の開設
当院は広島市南部に位置する約 710 床の地域がん診療連 携拠点病院である.遺伝カウンセラーは在籍しないが臨床 遺伝専門医は複数名在籍し,遺伝性腫瘍以外の遺伝学的検 査に関しては従来より生殖医療科,小児科等で各々の科の 診療として行われている状況であった. 「遺伝子診察室」は主に遺伝性腫瘍の遺伝カウンセリン グを行うと想定し,臨床遺伝専門医を中心に乳腺外科,産 婦人科,臨床腫瘍科等の遺伝性腫瘍にかかわる医師,がん 看護認定看護師,検査科,医事課,医療情報部等でワーキ ンググループを結成し,約 1 年間の準備期間を経て開設に 至った.具体的な準備として JOHBOC(日本遺伝性乳癌卵 巣癌総合診療制度機構)の基幹施設認定のための体制を整 えた.すなわち,遺伝カウンセリング・遺伝学的検査の体 制整備,予防的乳房切除・卵管卵巣切除の倫理審査承認, サーベイランス体制の整備,HBOC コンソーシアム(現 JOHBOC)へのデータ登録システム構築,それに並行し て一般診療外来から遺伝カウンセリング,遺伝学的検査ま でに至る予約,診療,検査のフローを想定し,電子カルテ のシステム作成,コスト算定の設定を整備した.「遺伝子 診察室」の開設は 2018 年 4 月で,その診療実績をもって 2019 年 4 月に JOHBOC 基幹施設に認定された.13
遺伝性腫瘍 第 21 巻 第 1 号 2021 年III. 乳腺外来における一次拾い上げ
乳癌の遺伝学的評価について NCCN ガイドライン3)では 2 段階の評価方式を推奨しており,乳癌既発症者に対して 一般診療などを通じて Table 1 の項目に該当する場合には 遺伝性乳癌の可能性を考慮していったん拾い上げる(一次 拾い上げ).次に,拾い上げた人々に対して専門家による詳 細な評価(二次詳細評価)を行い,遺伝学的検査や検診サー ベイランスの要否について検討する3).実際には一次拾い 上げで遺伝学的検査の情報を提供し,希望者が遺伝カウン セリングでの二次詳細評価に進むこととなる. 「遺伝子診察室」の整備と並行して,乳腺外科および産 婦人科では乳癌,卵巣癌の既発症者に対して一次拾い上げ 体制を構築する必要があった.乳腺外科外来では周術期お よび術後フォローアップ中の患者を対象に,診療の際に Table 1 の項目に 1 つ以上該当する場合にパンフレットを 渡して担当医師より HBOC 診療について簡潔に説明する 形で一次拾い上げとした.若年性乳癌の定義は 40 歳以下と した. この情報提供に際して,家族歴の聴取は初診時の問診 票に乳癌・卵巣癌の家族歴をチェックしてもらい,チェッ クのある場合には診察の際に医師が詳細を聴取,電子カル テのサマリーに残す形で容易に検索可能とした.また,医 師からの情報提供としてBRCA 病的バリアントの可能性 とともに,その後のサーベイランス体制に影響が出る旨を 意識して伝えるようにした. 一次拾い上げ対象者数の推定のため,前もって前年 (2017 年)の手術症例で検討したところ,原発性乳癌手術 症例 137 例中 27 例(19.7%)が該当した(Table 1).内訳 は乳癌家族歴あり,乳癌複数発症,若年性乳癌の項目に該 当する症例がほぼ同数で大半を占めており,該当項目が重 複する症例もみられた. このように対象者は乳腺外科外来患者の多数にわたる ため,一次拾い上げ開始時には遺伝カウンセリング希望者 が一時期に多数現れた場合に遺伝子診察室が対応しきれな いことが危惧された.診療の中で遺伝カウンセリング希望 者は何人か確認していたため,実際の診療フローを確認す る意味でもこの少数名より遺伝カウンセリングを開始し, 順次一次拾い上げを拡大していった.IV. 一次拾い上げと遺伝カウンセリングの
現状
2018 年 4 月より,「遺伝子診察室」で希望者に対する遺 伝カウンセリングを開始した.当面は自院で乳癌・婦人科 癌加療中の症例とその家族を対象とし,臨床遺伝専門医 1 名,がん看護認定看護師 1 名に主治医を加えた 3 名で初回 遺伝カウンセリングを「遺伝子診察室」で行い,その後の 検査や結果説明は各診療科で主治医により行う体制とし た. 2018 年 4 月より 2019 年 5 月の間に乳腺外科外来で一次 拾い上げを行った 93 名について,その後の選択を図に示 す(Fig. 1).遺伝カウンセリングを希望したのは9名(9.7%) のみであり,実際に遺伝カウンセリング実施は 4 名,遺伝 学的検査実施は 2 名のみでいずれも陰性の結果であった. 遺伝カウンセリング希望者 9 名の臨床的背景と主な検査 目的を Table 2 に示す.症例 No.2 は若年性のトリプルネガ ティブ乳癌であるが術前化学療法で腫瘍の縮小が得られて 乳房温存術が可能となった.BRCA 陽性であれば乳房切除 術の選択があり得るため術前に遺伝学的検査を行い,陰性 であったため乳房温存術を行った. 遺伝カウンセリングを受けなかった患者群 84 名の内訳 は若年28名,トリプルネガティブ乳癌15名,複数発症18名, 男性 2 名,家族歴あり 28 名(それぞれ重複あり)であった. Table 1. NCCN ガイドラインに準じた当院での一次拾い上げ基準と 2017 年該当者数 一次拾い上げ基準 2017 年該当者数 (137 名中) ■ 若年性乳癌 (40 歳以下で診断 ) 10 名 ■ 60 歳以下で診断されたトリプルネガティブ乳癌 1 名 ■ 2 個以上の原発性乳癌 10 名 ■ 卵巣癌 0 名 ■ 男性乳癌 2 名 ■ 乳癌発症かつ次に当てはまる血縁者がいる(癌家族歴あり) 13 名(*重複あり) ✓ 50歳以下で乳癌を発症 ✓ 卵巣癌を発症 ✓ 乳癌または膵癌を発症(2人以上)14
野間,ほか:乳腺外科外来における遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)一次拾い上げと遺伝カウンセリング体制の実態Ⅴ. 考察
乳癌診療ガイドラインにおいてBRCA 病的バリアント 陽性が確認された患者に対しては,以前より予防的卵管・ 卵巣切除が生存率を改善する選択として推奨されていた. 2018 年版より乳癌既発症者の対側乳房の予防的乳房切除 も全生存率の改善を示され強く推奨となり,サーベイラン スに関しては乳房の MRI が有用であるとされている3).乳 癌患者のベネフィットという面からも,これら HBOC 医 学的管理の前提としてのBRCA の遺伝学的検査を一般病 院で乳癌診療の一環として対応することが必要となりつつ ある.2020 年 4 月より自費診療であったこの一連の流れ が保険収載されることが決定しており,ますます遺伝学的 アプローチの重要性が増すこととなる. 全乳癌手術症例のうち一次拾い上げの対象は 20% 程度 であるが,その中でも実際に遺伝カウンセリングを希望す るのは現時点では 10%以下と少数であり,当面は「遺伝 子診察室」の運営に無理をきたすものではなかった.遺伝 カウンセリング希望者は 30 ~ 60 代と比較的若年に多く, 背景としては若年性乳癌,癌家族歴ありが多く含まれてい た.複数発症例は拾い上げ数の割に遺伝カウンセリング希 望者はおらず,患者自身に HBOC 関連の可能性があると の認識が薄い可能性が示唆された. 遺伝カウンセリングの目的としては自己のサーベイラ ンスのためと,家族への情報提供をあげる例が多く,今回 の対象患者において両者の選択には子どもや姉妹の有無が 関連すると考えられた. 1 例のみ乳房温存/切除の術式決 定を目的とした症例があったが,この場合には検査の結果 を待ってさらに再建術の検討も必要なため,手術時期との タイミングを熟考する必要がある. 2020 年 4 月よりBRCA 遺伝学的検査そのものが保険診 療となり経済的な障壁が緩和されるため,今後遺伝カウン セリング,遺伝学的検査の件数も増加すると考えられる. 自費負担の現状での患者背景・遺伝カウンセリング目的の 傾向が継続するかどうかは不明である. Table 2. 遺伝カウンセリング希望者の臨床的背景と検査目的 No. 年代 若年 TN* 家族歴 カウンセリング BRCA 検査 主な検査目的 1 30 ○ 施行 陰性 サーベイランス 2 30 ○ ○ 施行 陰性 術式決定 3 50 ○ ○ 施行 未施行 サーベイランス 4 50 ○ 施行 未施行 家族への情報提供 5 50 ○ 未施行 未施行 サーベイランス 6 60 ○ 未施行 未施行 家族への情報提供 7 50 ○ 未施行 未施行 家族への情報提供 8 30 ○ 未施行 未施行 サーベイランス 9 60 ○ 未施行 未施行 サーベイランス *トリプルネガティブ乳癌(60 歳以下) 2018 年 4 月より 2019 年 5 月の間に当院乳腺外科外来で一次拾い上げを行った 93 名のその後の選択を示す。遺伝カウンセリングを希望した のは 9 名(9.7%),実際に遺伝カウンセリングを実施したのは 4 名,遺伝学的検査を実施したのは 2 名でいずれも陰性の結果であった. Fig.1. 一次拾い上げ後の選択 一次拾い上げ 93名 遺伝カウンセリ ング希望 名( %) 9 9.7 遺伝カウンセリ ング実施 4名 遺伝学的検査 2名 検査保留 2名 待機 5名 現時点で 希望なし 84名15
遺伝性腫瘍 第 21 巻 第 1 号 2021 年VI. 今後の課題
遺伝カウンセリング症例の蓄積とともに診療の流れは スムーズになり,主治医が臨床遺伝専門医の遺伝カウンセ リングに陪席することで貴重な臨床経験を積むことができ た.ただし臨床遺伝専門医もがん看護認定看護師も自科で の通常業務のかたわら遺伝カウンセリングをこなしてお り,今後遺伝カウンセラー等の専任スタッフを確保する必 要性に迫られている.また,当初 3 名在籍した臨床遺伝専 門医が異動により 1 名のみとなったため,新たな臨床遺伝 専門医の研修を現在行っている.医師やそれ以外のスタッ フも異動があり,遺伝カウンセリングの体制そのものが維 持できなくなるリスクがあると認識し,複数名のスタッフ で運営を行う認識が病院全体で必要であると考えられる. BRCA 遺伝学的検査の保険収載により検査に対する経 済的な障壁はある程度解決すると思われるが,患者自身が 検査の必要性を認識することが重要である.診療の中でも 複数発症やトリプルネガティブ乳癌が HBOC の可能性を 示すことについて認識率は低い印象があった.また,自己 のサーベイランスについても情報提供を得て初めて必要性 を意識する場合が多く,一次拾い上げにおいてもこのよう に認識されていない情報を意識して補うことで患者の受診 行動につながる可能性が示唆される.VII. 結語
一般市中病院における遺伝性腫瘍に対応する「遺伝子 診察室」の体制づくりと,乳腺外科の立場から,その診療 における影響について考察した.通常の乳癌診療において も遺伝診療に関する知識の更新や体制の整備は必須となり つつある. 自費負担となる現状では遺伝カウンセリング希望者の 急激な増加はみられなかったが,今後保険診療となった場 合には遺伝カウンセリング・遺伝学的検査の件数も増加す ると考えられ,遺伝カウンセリング体制の安定した運営と 適切な情報提供が今後の課題として考えられる. 文 献1)Nakamura S, Takahashi M, Tozaki M, et al.: Prevalence and differentiation of hereditary breast and ovarian cancers in Japan. Breast Cancer 2015; 22: 462-468.
2)日本乳癌学会(編):乳癌診療ガイドライン 2;疫学・
診 断 編 CQ3.2018 年 版, 東 京: 金 原 出 版,2018: 110-115.
3)NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology: Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian version 3, 2019. h t t p s : / / w w w 2 . t r i - k o b e . o r g / n c c n / g u i d e l i n e / gynecological/english/genetic_familial.pdf 4)日本乳癌学会(編):乳癌診療ガイドライン 2;疫学・ 診 断 編 CQ4.2018 年 版, 東 京: 金 原 出 版,2018: 194-199.
Initial Risk Evaluation of Hereditary Breast and Ovarian Cancer(HBOC) in Department of Breast Surgery and Establishment of Genetic Counseling System
Midori Noma*1, Shinji Ozaki*1, Toshiyuki Itamoto*1, Mihoko Doi*2, Michiyo Hashimoto*3, Tetsuaki Hara*4
* 1 Department of Gastrointestinal, Breast, and Transplantation
Surgery Hiroshima Prefectural Hospital
* 2 Department of Clinical Oncology Hiroshima Prefectural
Hospital
* 3 Nursing department Hiroshima Prefectural Hospital
* 4 Department of Reproductive Medicine, Hiroshima
Prefectural Hospital
Genetic counseling for the genetic testing of Hereditary Breast and Ovarian Cancer (HBOC) will be needed in municipal hospitals based on recent revisions to the Breast Cancer guidelines and the introduction of PARP inhibitors using a companion diagnosis in Japan. We established a genetic counseling office in 2018 and started performing initial risk evaluations for breast cancer patients.
We provided information on HBOC for breast cancer patients meeting the criteria for an initial risk evaluation by the NCCN guidelines and conducted genetic counseling for candidates with a genetic specialist, nurse specialist, and attending doctor.
Approximately 20% of breast cancer patients meet the criteria for HBOC; however, only a few request genetic counseling and testing. The counseling office needs to be carefully managed because the number of patients requesting genetic counseling and testing will increase once the management of HBOC starts being covered by the national health insurance system.
Key Words: Hereditary Breast and Ovarian Cancer (HBOC), genetic counseling, establishment of a counseling office, municipal hospital, initial risk evaluation