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非母語話者日本語教師のビリーフの変化と成長過程 ――縦断的インタビュー調査の結果から――

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(1)(日本語教育 172 号 2019.4). 〔調査報告〕. 【特集】日本語教師養成・研修の新しい役割と可能性―多様な教育現場,学習者に対応する教師―. 非母語話者日本語教師のビリーフの変化と成長過程 ――縦断的インタビュー調査の結果から――. 久 保 田 美 子 要 旨 本研究は,非母語話者日本語教師 1 名(教師 A)を対象に,5 年 10 か月の間に 5 回行った インタビュー調査の結果をもとに,そのビリーフの変化と教師としての成長過程について 分析・考察するものである。教師 A の発話プロトコルをグラウンデッド・セオリー・アプ ローチに修正を加えた分析法により分析した結果,教師 A は,日本での教師研修や会議出 席,および母国における母語話者日本語教師,同国の非母語話者日本語教師との共同作業, 新たな教育概念や教科書の導入,学習者から教育者へ,教育者から教師養成担当者への役 割の変化等を通して,そのビリーフを変容させていることがわかった。特に,教師の役割 や教育目標に関するビリーフの変容は明確であり,さらに実践面だけでなく,思考や人間 関係に関わる面にも意識が向くようになったことがわかる。1 名の教師のビリーフの変化 の過程ではあるが,非母語話者教師の成長過程の一部分をも示しているものと考える。 【キーワード】 教師研修,グラウンデッド・セオリー・アプローチ修正版,教師の役割,  教育目標, 「ものの見方」. 1.はじめに 言語教師のビリーフ(1)は,言語教授の思考と行動の面で重要な役割を果たすだけでなく, 教師自身が成長するうえで重要な要素となっている。岡崎・岡崎(1997)は,教師研修のモ デルとして「教師トレーニング」から「教師の成長」への転換の重要性を述べ, 「自己研修 型教師」の養成の必要性を述べている。 「教師各自がこれまでの教授法や教材のもつ可能性 を批判的に捉え直し,これまで無意識に作り上げてきた自分の言語教育観やそれに基づい た教授法やテクニックの問題点を,学習者との関わりの中で見直していくという作業を自 らに課す」ことが必要とされると述べている。教師のビリーフが変化し,そこに自らの言 語教育観を見直す作業があったとすれば,それは教師の成長過程の一部を示すものと考え る。本研究では,教師が自らのビリーフをどのようなビリーフに変化させたかという実態 だけでなく,どのような過程をたどって変化したのかという点にも着目する。 これまで日本語教育の分野でも,1990 年代以降,量的,質的の両面で多くのビリーフ研 究が行われてきた(2)。しかし「変化」を捉えるためには縦断的な調査が必要であり,またそ の要因との関係性や動的な一面を捉えるためには質的に調査する必要がある。特に非母語 『日本語教育』172号(2019.4). - 73 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(2) 話者日本語教師の場合,自らも日本語を学んだ,あるいは学び続ける存在であるため,学 習者としての立場,教師としての立場で揺れ動く可能性がある。また,日本語母語話者教 師との関係性,所属機関での立場など,社会との関係性も考慮する必要がある。本研究は, 1 名の非母語話者日本語教師を対象に縦断的なインタビュー調査を行い,その結果を分析 し,考察するものである。 2.先行研究 日本語教師,あるいは日本語教育実習生のビリーフに関する研究の中で,特にビリーフ の変化に着目した研究には,量的調査を中心にした岡崎(1996),星(2014),久保田(2017), 質的調査を加えた,あるいは質的調査を中心にした藤田・佐藤(1996),平畑(2005),古別 府(2009),山田(2014),星(2016)がある。まず量的調査を中心にしたビリーフの変化に関 する研究を概観する。 岡崎(1996)は,大学日本語教授法科目の受講生を対象に,コミュニカティブアプローチ を全面に立てた教授法コースを実施し,その初日と最終日の 2 回にわたって BALLI(Beliefs About Language Learning Inventory) (Horwitz 1985, 1987)に修正を加えた質問紙による調査 を行った。有効データ 25 名分を分析した結果,全体の約 2 割の確信について統計上有意の 変化が見られたが,変化が見られた項目は,コースで意識的に変容が目指されたものに限 られていた。研究の今後の課題として, 「示された変容がどのぐらいの安定性をもつものな のか調べること」 「現職の教師グループを被験者として同様の観察をすること(p.35)」を挙 げている。 星(2014)では,韓国中等教育日本語教師 92 名から得られた質問紙調査(44 項目)に対す る回答を分析し,2001 年調査(265 名)の結果と比較分析している。2009 年に公布され 2011 年から施行された新たな教育課程が浸透する中, 「教師のビリーフは,正確さよりも流暢さ を優先し,教授環境に対して肯定的な認識を持ち実践する姿を見ることができる(p.46)」 と述べている。またその一方で,教育課程とは異なる傾向で,変化が見られなかった項目 もあり, 「知識伝達者としての伝統的な教師像,翻訳法を使用した文型暗記型の学習という 一面も見える(p.33)」と述べている。新しい「教育課程」のもと,変化が起きているものと 起きにくいものの存在を明らかにしたものと考える。 久保田(2017)では,ノンネイティブ日本語教師を対象に,2004・2005 年度に実施した調 査(対象者 654 名)と 2014・2015 年度に実施した調査(対象者 386 名)の結果を比較してい る。調査には BALLI に修正を加えたビリーフに関する質問紙と,学習経験に関する質問紙 が用いられた。調査の結果,いずれの年度でもビリーフの地域差が見られ,全体的には,10 年の間を置いて,より「豊かさ志向」の傾向が強くなり, 「正確さ志向」の傾向が弱くなって いることを示した(3)。学習経験では, 「文法・暗記・訳読型」が減り, 「コミュニカティブな 活動型」 「作文・報告・ディベート型」が増え,さらに, 「正確さ志向」のビリーフとの関係 においては,2004・2005 年度には「文法・暗記・訳読型」との間に緩い相関関係が見られ たものが,10 年後にはみられなくなり,代わって「作文・報告・ディベート型」との間に緩 い相関が見られるようになったと報告している。ノンネイティブ日本語教師の学習経験が 変化する中, 「正確さ」そのものの質や, 「正確さ」に対するビリーフが生じる過程も変化し 『日本語教育』172号(2019.4). - 74 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(3) ている可能性があることを指摘している。 これらの量的な調査では,対象教師のグループのある一定の傾向の変化が観察され,教 授法の変化や教育課程の変化などに対するグループとしてのビリーフの傾向が理解でき る。岡崎(1996)は教授法に関する授業が,ビリーフに対してある一定の変化をもたらす 可能性があることを物語っているが,自ら今後の課題で述べているように,その変化が安 定性をもつものかどうかを明らかにするためには,さらなる調査を必要とする。また,星 (2014) ,久保田(2017)は数年の間を置いて実施した調査結果から,グループとしての教師 のビリーフ特性が,時代とともに変化する可能性があることを示している。しかし,2 件の 研究とも 2 回の横断的調査の結果を比較しているものであり,その変化に及ぼす要因を詳 細に物語るには限界がある。また,ビリーフが動的なものであり,個別のものであるとす る考えから,こうした量的調査の結果をどう考えるかには様々な議論があることも事実で ある。 次に質的調査を加えた,あるいは中心とした研究を概観する。 藤田・佐藤(1996)は,大学に在籍する日本人教育実習生 11 名,および学習者 2 名を対象 に PAC(個人別態度構造)分析の手法を用いて,教育実習において実習生と学習者にどの ような認知的変容が生じたかを明らかにした。 「日本語教師」に対しては,言語以外の要素 に関する変容が観察され, 「日本語授業」については,学習者中心的な授業のあり方に対す る基本的変容を示したとしている。 平畑(2005)は,教育実践研究の活動として,日本語クラスに参与観察者として参加した 実習生 11 名とそのクラスの学習者 15 名に対して,コース開始時に BALLI を用いたビリー フに関する質問紙調査を実施し,コース終了時に自由記述を含む質問紙による調査を行っ ている。実習生の変化や学びとして,楽観的で柔軟な考え方への変化,学習者への敬意,全 体的な教室運営への着目などを挙げている。 古別府(2009)は,大学日本語教員養成における 2 人の海外日本語アシスタントを対象に, PAC 分析と半構造化面接によって,帰国前,帰国後の「良き日本語教師観」の変化を調査し ている。調査の結果,1 人は「知識強調傾向から教師の人間性に傾向が変わり,もう 1 人は 抽象的理想像から現実のニーズを反映した具体性のある教師観への移行が見られた。」 (古 別府 2009;69)と述べている。 藤田・佐藤(1996),平畑(2005),古別府(2009)は,実習,あるいはアシスタント経験の 前後でのそれぞれのビリーフの実態を調査し,比較している。個別の変化をより具体的に 分析し,実習やアシスタントの経験がもたらす影響について示唆する点が大きいが,その 影響が,各人のその後の成長の過程で何をもたらすのかまでは解明できていない。 山田(2014)は,日本語教授歴が 17 年以上の日本語教師 2 名への PAC 分析調査を 3 年の 間を空けて 2 回実施し,教師のビリーフの変化とその要因について分析した。その結果, Green(1971)のビリーフのコアと周辺の概念を用いて,変化しやすいビリーフと変化しに くいビリーフがあること,変化しにくいものは新人教師の頃に獲得されたビリーフであ り,同じ性質を持つビリーフが集まったビリーフの塊が形成されていることなどを指摘し ている。数年を置いて調査したことで,ビリーフの変容について,変化するものと変化し ないものの可能性について,重要な示唆を与えるものであるが,変化の過程に関する詳細 『日本語教育』172号(2019.4). - 75 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(4) な分析をする為には, 「3 回目またはそれ以上の調査を行い,より縦断的な視点から変容過 程を検証する必要があるであろう。 (p.42)」と述べている。 星(2016)は,12 名の韓国中等日本語教師を対象にインタビュー調査,および質問紙の記 述回答(これまでの経験や教え方に関するもの)を実施し,さらに授業見学のフィールド ノートを参考にして,それらの結果を分析している。インタビューの分析には修正版グラ ウンデッド・セオリー・アプローチ(MGTA;木下 2003)を用いている。星(2017)は,教 師の語りを分析し,そこから, 【教育政策】 【生徒】 【教師としての実践】,さらにそれらを全 て含む【社会】というカテゴリーを見出し,分析した。 「教師の実践の語りに現れるビリー フは,教師自身の経験や媒介された社会など異なる源泉をもっており,それが重層的に積 み重ねられることが要因であった。その変化はビリーフに多声性をもたらしている(p.89)」 と述べている。星(2017)は,教師のビリーフの変化とその要因という課題の解明を,社会 文化的アプローチ・対話主義の視座から試みていると言える。 Barcelos(2003)では,ビリーフ研究のそれまでの方法論を,Horwitz(1983, 1987)をはじ めとする質問票を用いた標準的アプローチ,ある程度規定されたインタビューや自己報告 を用いたメタ認知的アプローチ,そして観察,インタビュー,日記,ケーススタディー,ラ イフストーリー,比喩などを解釈し分析する文脈的アプローチの 3 つに分類している。さ らに,前者 2 つのアプローチが,ビリーフを精神的特性と考え,社会的な面を除外してい ることを指摘し,ビリーフが文脈に埋め込まれていることを忘れてはならないと述べてい る。そして今後の課題として,縦断的研究,ビリーフの変化,ビリーフが行動に与える影響 について研究する必要性を指摘した。2011 年に出版された学術誌 System(Vol.39,3)では, 1999 年以後 2 度目のビリーフの特集が組まれ,方法論や分析の新しい視点について示唆に 富む論文が掲載されている。Barcelos and Kalaja(2011)は,特集で扱われている論文は,質 的で文脈的アプローチに基づく研究であり,その多くが社会文化的なフレームワークの中 で行われている研究であるとしている(p.282)。 前述した日本語教育の分野での教師のビリーフに関する質的研究は,実習生や教師のビ リーフの変化について,学習者,教室環境,教育政策や社会との関係について分析し,個々 のビリーフがどのような社会的な要素と関係性をもち,変化するのかをある程度明らかに しているものと考える。しかし,山田(2014)も述べているように,これら変化の過程をよ り深く分析するためには,数時点での調査を縦断的に実施し,検討する必要があるものと 考える。 「教師の成長」と「ビリーフの変化」との関係を考えたとき, 「1.はじめに」で岡崎・岡崎 (1997)を引用して述べた通り,ビリーフの変化の過程で何が起こったのかという点に注目 することが重要である。もちろん,最終的にどのようなビリーフを持つに至ったかという 点は重要である。しかし,たとえばある教師が教師主導から学習者主導に考え方を変えた として,受身的に表面的にその考え方を取り入れただけであったならば,教師として成長 したとは言えないのではないだろうか。その変化の過程でどのように「ものの見方」を変 化させたのかが重要である。曽余田・岡東(2011)は,教師の力量をとらえるとき, 「『目に みえる実践的技量』をテクニカル・スキルとし,目にみえない『人間の内面的な思考様式』 にかかわる技量をコンセプチュアル・スキル,学校において教員と子ども,教員同士の関 『日本語教育』172号(2019.4). - 76 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(5) 係などに必要な力量をヒューマン・スキルとして理解することがある。 (p.38)」と述べて いる。さらに「コンセプチュアル・スキルは『ものの見方』として『広い視野』 『先見性』,さ らに『想像力』 『分析力』 『論理性』 『養成力』 『応用力』といった認識的側面である。 (p.38)」 と述べている。このような「ものの見方」に関わる部分が変化することが,教師の成長を考 えるうえで重要であると考える。 3.研究の目的 本研究では,非母語話者日本語教師 1 名が,研修や教育実践を通して,そのビリーフを どのように変化させるのかを明らかにし,さらに,その変化が教師の成長とどのように関 係しているのかを検討することを目的とする。1 名の例ではあるが,5 年 10 か月,5 回にわ たる縦断的調査を通して,1 つの事例を提示できるものと考える。 4.調査対象者と調査方法 調査対象者(以下教師 A)は,中央アジア出身の日本語を母語としない日本語教師であり, 所属機関のコースマネージャーの仕事にも従事している。性別は女性で,調査開始時 20 代 後半であった。調査①の時点で日本語能力試験 N1 に合格している。調査方法は半構造化イ ンタビューで,調査の時期と時間は表 1 の通りである。調査①から調査⑤に共通するイン タビュー項目は,各時点での具体的な業務内容(講師,コースマネージャー),仕事をする うえで大事だと考えていること,学習方法に対する考え,教師の役割について,自分の考 えで変わった部分があるか,変わったとすればどのようなきっかけから変わったのか,で ある。調査①②では,研修の感想や自らの日本語能力や学習についてもたずねた。 表 1 インタビュー調査の時期・インタビュー時間 回. 1 回目(調査①). 2 回目(調査②). 3 回目(調査③). 4 回目(調査④). 5 回目(調査⑤). 時期. 2012 年 2 月 14 日. 2012 年 7 月 11 日. 2013 年 5 月 29 日. 2016 年 12 月 1 日. 2017 年 12 月 15 日. 時間. 56 分. 31 分. 42 分. 96 分. 67 分. インタビューは筆者自身が日本語で行い,全て文字化し,分析対象とした。また,調査期 間中に教師 A が受けた研修や実践経験については,別途提出を求めた個人的な研修記録や フォローアップインタビューをもとに把握し,要因を検討する際の材料とした。 5.結果と分析 インタビュー結果を文字化したプロトコルデータをグラウンデッド・セオリー・アプロー チに修正を加えた分析法(佐藤 2008)を用いて定性的コーディング(5)を行い分析した。 5-1 佐藤(2008)の分析法 佐藤(2008)では,文字テキストデータをはじめとする質的データを分析するにあたり, その基本原理と分析の実際について解説している。分析の実際では,得られた資料に対し て定性的コーディングを行い,それを焦点化したコードをもとに,事例―コード・マトリッ 『日本語教育』172号(2019.4). - 77 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(6) て定性的コーディングを行い,それを焦点化したコードをもとに,事例―コード・マトリ. クスを作成し,さらにコード(概念的カテゴリ―)同士の関係を明らかにし(必要に応じて ックスを作成し,さらにコード(概念的カテゴリ―)同士の関係を明らかにし(必要に応じ. 視覚的表示を行い),最終的にストーリーを作成する手順が紹介されている。複数の事例の て視覚的表示を行い),最終的にストーリーを作成する手順が紹介されている。複数の事例. かわりに,複数の調査時点での事例を扱うことも可能だとしており, 「縦断的な調査」に有 のかわりに,複数の調査時点での事例を扱うことも可能だとしており, 「縦断的な調査」に. (4) 用ないわば「調査時点-コード・マトリックス」 も提案されていることから,縦断的な (4). 有用ないわば「調査時点-コード・マトリックス」 も提案されていることから,縦断的. 質的調査データを分析する本研究では,佐藤(2008)が有効であると考えた。. な質的調査データを分析する本研究では,佐藤(2008)が有効であると考えた。. 5-2 教師 A の歩み. 5-2 1教師 A の歩み A の経歴に調査の時期を示したものである。教師 A は, 図 は,調査対象者である教師 図1は,調査対象者である教師 A の経歴に調査の時期を示したものである。教師 A は, 2007 年から母国の日本語学習機関で日本語を教え始め, 研修①参加時点で 3 年半の教授経 2007 年から母国の日本語学習機関で日本語を教え始め,研修①参加時点で 3 年半の教授経 験があった。2011 年,所属する日本語学習機関では,CEFR をもとに開発された JF 日本語 験があった。2011 年,所属する日本語学習機関では,CEFR をもとに開発された JF 日本語. 教育スタンダード(以下 JFS)を採用し,それに基づいて作成された Can-do シラバスの教科 教育スタンダード(以下 JFS)を採用し,それに基づいて作成された Can-do シラバスの教科. 書『まるごと 日本のことばと文化』シリーズ(以下『まるごと』)を入門レベル(2013 年発 書『まるごと. 日本のことばと文化』シリーズ(以下『まるごと』)を入門レベル(2013 年. 。図 1 中の研修および会議は全て日本で行われ,研修①は日本 行)から随時採用している(6) (6) 。図1中の研修および会議は全て日本で行われ,研修①は. 発行)から随時採用している. 語,日本文化,日本語教授法に関する研修であり,研修②③④は,教授法,JFS および『ま 日本語,日本文化,日本語教授法に関する研修であり,研修②③④は,教授法,JFS およ. るごと』に関係する研修(いずれも多国籍の参加者)である。会議①②は,海外の系列学習 び『まるごと』に関係する研修(いずれも多国籍の参加者)である。会議①②は,海外の. 機関の代表講師が集まり,話し合う会議である。. 系列学習機関の代表講師が集まり,話し合う会議である。 2007~ 大 学. 受 講. 2011. 2012. 2013. 2014. 2015. 2016. JFS,Can-do シラバスによるテ. 日本語学習機関スタッフ. キストの導入. (講師・マネージャー). 生 研修①. 研修②. 調査①. 研修③. 研修④. 調査③. 調査②. 会議① 調査④. 2017. 会議②. 調査⑤. 図 1 教師 A の歩み 図1. 教師 A の歩み. 研修期間は,研修①(2011 年 9 月 13 日~ 2012 年 3 月 9 日:6 か月),研修②(2012 年 7 月 研修期間は,研修①(2011 年 9 月 13 日~2012 年 3 月 9 日:6 か月),研修②(2012 年 7 2 日~ 7 月 15 日:2 週間),研修③(2013 年 5 月 15 日~ 6 月 1 日:2 週間),研修④(2014 年 5 月 2 日~7 月 15 日:2 週間),研修③(2013 年 5 月 15 日~6 月 1 日:2 週間),研修④(2014. 月 25 日~ 6 月 7 日:2 週間),会議①(2016 年 11 月 27 日~ 12 月 3 日:1 週間),会議②(2017 年 5 月 25 日~6 月 7 日:2 週間),会議①(2016 年 11 月 27 日~12 月 3 日:1 週間),会議. 年 12 月 11 日~ 12 月 15 日:1 週間)である。. ②(2017 年 12 月 11 日~12 月 15 日:1 週間)である。. 5-3 分析結果 5-3 分析結果 調査①から⑤の各時点のインタビューで得られた発話プロトコルを佐藤 (2008)の分析 調査①から⑤の各時点のインタビューで得られた発話プロトコルを佐藤(2008)の分析 法で分析した結果, 「教師の役割・姿勢」 「教育目標」 「教師研修」 「学習法」というコード(概 法で分析した結果, 「教師の役割・姿勢」「教育目標」 「教師研修」「学習法」というコード 念カテゴリー) に集約することができた。 以下,各カテゴリーにおけるビリーフの変化に (概念カテゴリー)に集約することができた。以下,各カテゴリーにおけるビリーフの変 ついて述べる。 化について述べる。 5-3-1 「教師の役割・姿勢」に関するビリーフ. 表 2 は,調査時点ごとの「教師の役割・姿勢」に関する発話の要約である。. 6 『日本語教育』172号(2019.4). - 78 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(7) 表 2 カテゴリ―「教師の役割・姿勢」に関する発話の要約 調査①. 教師の役割の重要性に気づく。授業を楽しく面白くわかりやすくする。力を入れる。学習者に授業の 目的を明確に示す。学習者を助ける。. 調査②. 準備をする。どう考え,準備をするかが重要。. 調査③. 学生を待つ。教師は自分をコントロールする。. 調査④. 自律学習を促す。教師は自分をコントロールする。. 調査⑤. 教師は全部教えずに学習者に気づかせる。学生が目標達成するためにサポートする。自律学習につ なげる。カウンセラー。. 教師 A は,調査①②の時点では授業の設計や準備に意識が向いている。しかし,調査③ では教師の姿勢に焦点が当てられ,調査④では, 「自律学習」を促すという発話がみられ, 学習者主体からさらに学習者主導に意識が変わっていることが分かる。調査④のインタ ビューでは,教師 A は,教師の役割に対する考えが変わったと述べ, 「やっぱり自律学習。 優しい気持ちになっていろいろ教えたくなりますよね。 (中略)そういうことをいったんス トップして,自分をコントロール。」と述べている。教師 A の自分をコントロールという発 言は,具体的には, 「授業中学習者の質問にすぐ答えるのを我慢して,学習者同士で考えさ せるようにしている」という授業中のやりとりのレベルから, 「図書館の利用を促す」など の学習方法のレベルまで,さまざまなレベルの行為につながっていた。教師 A はこの時期, 次のようなエピソードを話してくれた。大雪の日,担当講師が遅れることを知り教室へ 行った。自分はほかのクラスの授業があったので,学習者に対して,モデル文を見て学習 者同士話し合い,最後に作文タスクをするように言って教室を出た。担当教師は,遅れて 教室に到着したとき,学習者が先生を見ることもなく作文に夢中になっている姿を見て, 「このクラスは先生がいなくていいんじゃないかな」と言ったという。このような経験の積 み重ねが,教師が教えすぎない,それが学習者の自律性につながるというビリーフを強く していったものと考える。このビリーフは,調査⑤の時期にも根強く維持されている。 調査⑤の時期,さらにカウンセラーという意識が芽生える。この時期の発話に次のよう なものがある。 「受講生ですからこの機関に来て日本を感じるわけ。だから自分の家みた い,居場所みたいに見つけてすごくうれしい。 (受講生は)来るたびにうれしいし,何かお 友達もいるし,いろんな日本について話ができるし,そこで先生たちやっぱり優しくする。 やっぱり先生だけじゃなく,カウンセリングにもなる場合もあるし,よく相談に乗ったり するんです。」教師 A は,所属機関が社会においてどのような存在となるかを意識し始めて いる。日本が好きな学習者の「居場所」であること,そうした環境をつくりたいと考え,カ ウンセラーとしての役割も意識し始めているように考える。 5-3-2 「教育目標」に関するビリーフ 表 3 は,調査時点ごとの教育目標に関する発話の要約である。 調査①の時期,教師 A は目標設定を所属機関に任せている。調査②時点では,自分なり の考えを持ち始めているが,やはり機関に決めてほしいと考えている。この時期,所属機 関では JFS が導入されているが,まだその対応を模索している時期である。調査③時点で は,JFS という新しい概念がかなり浸透しはじめているにもかかわらず,文型中心の教科 書を使ったクラスにおいても,JFS にもとづく課題遂行を目指した授業を行わなければ ならないことに困惑している様子がわかる。その後調査④の時期には,JFS にもとづいた 『日本語教育』172号(2019.4). - 79 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(8) Can-do シラバスの教科書『まるごと』を使うようになり,その効果も出始め,納得している 様子がわかる。調査⑤では, 『まるごと』という教科書名は具体的には出てこないが,この 教科書が目指す相互理解の目標,機関が打ち出している方針を肯定的に受け止めている。 それらの方針を述べているだけなのか,自分自身の考えとなっているのかは確定できな い。 表 3 カテゴリ―「教育目標」に関する発話の要約 調査①. 所属機関の最終目標がよくわからない。. 調査②. 個人的な考えだが,まずは目標が重要。学習者の個別のニーズに答えるのは難しいが,バランスが必 要。今受けている研修ではっきりしてほしい。. 調査③. コース設計,授業の準備はほとんど JFS に沿っている。JFS のもと, 『まるごと』以外の文型中心の教 科書を使ったクラスでは困っている。学生の反応も悪かった。たぶんなれるのに時間がかかる。. 調査④. 『まるごと』を 2012 年に導入した。その後初中級レベルまで『まるごと』で教え続けた。学習者がいろ いろなことができるようになり,教材の効果が出ているように思う。. 調査⑤. 最終的な目標は仲良くなること。いろいろなコミュニケーション,文化交流,友だち作りとか,一緒 に楽しむということ。. 5-3-3 「教師研修」に関するビリーフ 表 4 は,カテゴリ―「教師研修」に関する発話の要約である。 表 4 カテゴリー「教師研修」に関する発話の要約 調査①. 研修参加者として,研修への不満がある。既に知っていることを教えられた。日本語レベルの異なる 人を同じクラスにして教授法の授業をするのは,レベルの低い人のために説明の時間が長くなるの で効率が悪い。自分で考えさせることが多かった。最後にはなれた。. 調査②. 帰国後,教師の立場で研修で学んだことを学生にやらせる機会があり,研修の意義がわかるように なった。. 調査③. 帰国後,研修で学んだことを実施するためにプレゼンテーションをつくった。同僚に見てもらった ら,内容が多すぎると言われた。たくさん伝えたいことがあったが,意見を聞いて変えた。最終的に 学習者にわかるようにしなければ意味がない。話し合うのは大切だ。. 調査④. 教師研修をする立場になり,現地スタッフに『まるごと』の使い方を教えた。なかなか理解してもら えなかった。自律学習に関して,アンケート調査を実施したところ,学習者は柔軟だが,教師の方は 回答にばらつきがあることが分かったのでがっかりした。同僚の日本人教師に,価値観,考え方は簡 単に変わらないこと,教師 A は日本に何回も行って研修を受けたから比較的早く変わることができ たのだと指摘された。自分が徐々に変わったことを思い出し,それを参考に研修をすることにした。 少しずつ変わると思う。最終的にクラスに入るのは先生。教え方ではなく,考え方が大事。. 調査⑤. 価値観も考え方も簡単に変わるものではない。少しずつ丁寧に説明してあげる。気づきだけでも成 長はできない。できればたくさん経験させてあげたい。. 調査①②の時期の発話は自分が受けた研修に対する受講生としての評価である。調査③ の時期には,同僚と話し合う機会を多くもち,自律的に自らの授業を見直そうとしている ことがわかる。 調査④⑤の時期になると教師 A は,教師研修をする側になり,新しい教科書の理念を理 解させることや価値観を変容させることが難しいことを実感している。調査④の時点で, 教師 A は同僚の日本人教師からの「価値観,考え方は簡単に変わらない」という指摘を受 け,次のように気付いたと述べている。 「ちょっとなれるのに時間かかりますよね。ちょっ と理解して受けて,実際に使ってみてとか。そういうプロセスも大切じゃないですか。そ 『日本語教育』172号(2019.4). - 80 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(9) の場があってからは次の段階,次の段階,次の段階じゃないですか。私の場合もそうだっ たと思いますね。だって,母語と写真がある。何も書いてない。こういう教科書,どうやっ て教えればいいんだろうとか。だってこのレベルで,上のレベル,難しい日本語も全部,何 だってあるじゃないですか。学生にはちゃんと大丈夫かとか,すごくいろんな心配があり ましたね,私の場合。でもやっぱり一つ一つ文法のレベルじゃなくて,もう少しこういう 何ていうか,こういう場面の中で,こういうことができるようになること考えると,また 変わるんですね。」と自分がどのように価値観を変えてきたか,そのプロセスを思い出して いる。 「私の場合」を,そのときの感情までも含めて振り返り,そのことを研修担当者とし て役立てようとしているのが分かる。 5-3-4 「学習」に関するビリーフ 表 5 は,カテゴリー「学習」に関する発話の要約である。 表 5 カテゴリー「学習」に関する発話の要約 調査①. 大学時代の最初に語彙,文法を学んでから読むボトムアップ式の読み方を肯定的に評価。テキスト の内容が重要。. 調査②. 研修後も自律的に勉強を続けている。いろいろな記事や本を読んでいる。研修①で経験した読解ス トラテジーのトレーニングは読解力を上げるのに役立っている。. 調査③. 音を聞かせてからの文法の説明は困った。反応が悪かった。学生もたぶんなれるのに時間がかかる ことを分かっている。. 『まるごと』の効果を実感。仲間たちに簡単に分かりやすくプレゼンできるということが目的なら, 多少間違いがあってもいいと思う。ちゃんと間違いないようなプレゼンテーションならば,その前 調査④ のプロセスが大切なので,準備段階として授業でいろいろしっかり表現とか教えてから,あとは正 確さを確かめるというような流れもあると思う。 調査⑤. 文法を勉強しているからこそ話ができるとか,そういうことではないと思う。Can-do があったから こそ,目標があったからこそ,文法を普通に使っている。研修①の直後は,正しい文法そのまま覚え て,そのまま使うというような意識考え方だったが,少しずつ変わった。. 5-3-1 の「教師の役割・姿勢」のところで,自律学習を促す方向に意識が向いたことを述 べたが,ここでは実際の学習方法に関して述べている部分を取り上げる。教師としての立 場で学習法について語っているため,教授法についても一部含まれている部分もある。調 査①の時期から調査⑤の時期へ,正しい文法への意識が柔軟に変化し,目標や課題をいか に達成できるかということを重視するようになっていることがわかる。これは,5-3-2 で も述べた JFS の導入にともなうビリーフの変化と連動しているものと考える。 5-3-5 自らの立場に対する意識の変化 以上,本章では, 「教師の役割・姿勢」 「教育目標」 「教師研修」 「学習法」の 4 つのカテゴ リーにおけるビリーフの変化を見てきたが,最後にそれらの背後に共通して見られる自ら の立場に対する意識の変化について述べる。図 2 にはその関係性を示した。この図は,春 (7) 原(2006;197) で用いられている用語を参考にして作成したものである。. 『日本語教育』172号(2019.4). - 81 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(10) ゴリーにおけるビリーフの変化を見てきたが,最後にそれらの背後に共通して見られる自 らの立場に対する意識の変化について述べる。図 2 にはその関係性を示した。この図は, 春原・横溝(2006;197)(7)で用いられている用語を参考にして作成したものである。. 調査①. 調査③. 調査②. 授業設計者の立場. 調査④. 調査⑤. カリキュラム. コース設計者. 環境設計者. 設計者の立場. の立場. の立場. 図2 教師 2 教師A A の自らの立場に対する意識の変化 の自らの立場に対する意識の変化 図. 教師 A は,調査期間を通して,海外にある日本語学習機関の教師であり,コースマネー. A は,調査期間を通して,海外にある日本語学習機関の教師であり,コースマネー 教師 ジャーである立場に変動はない。しかし,調査①時点では,6 か月の研修期間,現職を離. ジャーである立場に変動はない。 しかし,調査①時点では,6 か月の研修期間,現職を離れ れていたということもあり,研修参加者の立場での回答が多い。帰国して再来日した調査. ていたということもあり, 研修参加者の立場での回答が多い。 帰国して再来日した調査② ②の時点では,教師としての立場での発話になっているが, 「教師の役割・姿勢」のカテゴ. の時点では, 教師としての立場での発話になっているが, 「教師の役割・姿勢」のカテゴリー リー(表 2)にもみられるように,まだ授業を設計することにのみ意識が向いている。 「教 2)にもみられるように, (表 まだ授業を設計することにのみ意識が向いている。 「教師研修」 師研修」 「学習」のカテゴリー(表 4,表 5)から,研修①を振り返り,自ら学び続けようと 4,表 5)から,研修①を振り返り, 「学習」 のカテゴリー(表 自ら学び続けようとする姿勢 する姿勢は見られるが, 「教育目標」(表 3)から分かるように,調査①時点と同じく,コー スの目標を決めるのは組織であって,それを待っているという姿勢が見られる。 は見られるが, 「教育目標」 (表 3)から分かるように,調査①時点と同じく,コースの目標 しかし,調査③の時点になるとコース設計者としての意識が芽生える。 を決めるのは組織であって, それを待っているという姿勢が見られる。 「教育目標」(表 3)「学習」(表 5)では,所属機関に導入された JFS の概念の導入に困惑している様子が語 しかし, 調査③の時点になるとカリキュラム設計者としての意識が芽生える。 「教育目 られているが, 「今はちょっとだめかもしれないけど, JFS の概念の導入に困惑している様 標」 (表 3) 「学習」 (表 5)では,所属機関に導入された ちょっとなれてきてからは変わる可 能性もある」と,あきらめずに向き合おうとしている様子がうかがえる。また自らのプレ 子が語られているが, 「今はちょっとだめかもしれないけど,ちょっとなれてきてからは変 ゼンテーションを同僚に見てもらう(カテゴリ―「教師研修」(表 4))など教室外への広 わる可能性もある」 と,あきらめずに向き合おうとしている様子がうかがえる。 また自ら がりが見える。教師 A の職場には,現地の日本語非母語話者の教師と母語話者の教師の両 のプレゼンテーションを同僚に見てもらう (カテゴリー「教師研修」 (表 4))など教室外へ 方がいる。調査①②では,日本人母語話者教師に「〇〇を教えてもらった」という発話が. の広がりが見える。教師 A の職場には,現地の日本語非母語話者の教師と母語話者の教師 何度か出てくる。コースマネージャーとしての立場を与えられてはいるが,自分よりも経. の両方がいる。調査①②では,日本人母語話者教師に「〇〇を教えてもらった」という発話 験があり,また日本語ネイティブである教師に教えてもらうという意識が強かったのでは. が何度か出てくる。コースマネージャーとしての立場を与えられてはいるが,自分よりも ないかと考える。しかし,調査③の時点では,「話し合った」「意見を言った」というよう. 経験があり,また日本語ネイティブである教師に教えてもらうという意識が強かったので な対等な立場での関係性がみられる発話が多くなった。この時期,教師 A は,評価方法に. はないかと考える。しかし,調査③の時点では, 「話し合った」 「意見を言った」というよう な対等な立場での関係性がみられる発話が多くなった。この時期,教師 A は,評価方法に. 10 関して母語話者日本語教師と何度も話し合うことがあったという。 母語話者日本語教師と の日本語でのコミュニケーションを通して,次第に自分の意見が理解されるようになり, 自信をつけ,母語話者日本語教師と対等の立場を確立していったように考える。 さらに調査④の時点では,コース設計者の立場への意識が見られる。 「教師の役割・姿勢」 (表 2)では,学習者に自律学習を促すことが重要であると述べている。教師は毎日何をす べきかという次元ではなく,どういう姿勢でいるべきかという思考がなされている。 さらにこの時期,教師 A は,教師研修をする立場になり,また新しい教師を入れるなど の業務を主導的に行っている。最後に調査⑤の時点では,調査④時点での発話と同様,コー ス設計者としての立場を意識しながら,さらに環境設計者の立場での発話が見られる。 「教 師の役割・姿勢」 (表 2)から分かるように,日本が好きな学習者の「居場所」をつくり,カ ウンセラーの仕事も教師の仕事であると自覚し始めている。 『日本語教育』172号(2019.4). - 82 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(11) 6.考察―ビリーフの変化と教師としての成長 前章では,インタビュー調査の結果を分析し, 「教師の役割・姿勢」 「教育目標」 「教師研修」 「学習法」のそれぞれのカテゴリーにおいて見られたビリーフの変化とその要因,さらにそ れらのカテゴリーの背後に共通して見られる「自分の立場に対する意識」の変化について 述べた。本章では,それらの結果について,教師の成長という観点から考察を加える。 6-1 新しい概念の受け入れと「ものの見方」の変化 教師 A は,5 年の間に,教師は授業準備が重要であるという考え方から,教師は自らをコ ントロールし,学習者に自律学習を促すことが重要であるという考え方をもつに至った。 それは,教師は具体的に何をすべきかという意識から,どのような姿勢,考え方でいるべ きかという思考に意識が向けられるようになったことを意味すると考える。また,文法中 心の考えからストラテジーや JFS の考え方,Can-do の重要性を自覚するようにもなってい る。新しい教育概念を徐々に受け入れるようになり,それは表面的なものではなく,理念 として受け入れるようになっていることがわかる。 また,5-3-5 でも述べたように,教師 A は,自らの立場に対する意識が徐々に広がり,調 査①②の段階では自らの授業の設計のみを考えていたが,調査⑤の段階では,環境設計者 の立場で考えるようになった。このような教師としての思考や理念の獲得,自らの立場に 対する意識の広がりは,先行研究でも述べた曽余田・岡東(2011)の言う教師の力量の中 でも「コンセプチュアル・スキル」, 「ものの見方」の変化を意味していると考える。 6-2 自己を振り返る・経験から学ぶ 前節で述べた,教師は学習者に自律学習を促し,サポートする立場でいるべきだという ビリーフは,新しい教育理念である JFS の導入や,その考え方に基づく教科書の使用が続 いた調査④(「教師としての役割・姿勢」のカテゴリー)の段階で,連動するように芽生え ている。これら新しい理念や教科書の導入とそれに関連する研修がビリーフの変化の要因 となっていることは確かである。しかしそうしたビリーフの芽生えは,決して受身的なも のではなく,自らの経験から気づき,身につけたものでもあった。雪の日の成功体験,その ときの学習者の反応から気づいたことが能動的なビリーフの変容へとつながっていると考 える。そのため,1 年後の調査⑤においても,自律学習の重要性への意識は根強いビリーフ として残っている。 「教師教育」カテゴリ―に見られた「価値観の変容は時間がかかる」しかし「変わると思 う」というビリーフは,調査④の時期に教師教育を行う立場になって,同僚に促され「私の 場合」を振り返ることによって芽生え,そのビリーフは,1 年後の調査⑤の時期にも続いて いた。自らを振り返る作業の中で,気づき,芽生えたものであると考える。 7.まとめと今後の課題 教師 A は 4 回の研修,2 回の会議のために来日し,多国籍のグループの中で研修を受けた り討論したりするという機会に恵まれた。また,学習者,同僚に恵まれていたと言えよう。 このような恵まれた環境の中ではあるが,一人の非母語話者日本語教師のケースから,機 会が与えられれば教師のビリーフは変化することが明らかになった。そしてその変化は, 『日本語教育』172号(2019.4). - 83 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(12) 「ものの見方」の変化を含み,受身的なものではなく,まわりの助言から自己を振り返り, 様々な経験を通して学ぶことで生じたものであった。このようなビリーフの変化は,教師 の成長という観点から望ましい方向であるように考える。 教師 A は,非母語話者日本語教師である。調査⑤の段階で「環境設計者」の立場という意 識を持つに至るが,そこに至るには,母語話者日本語教師との関係性において対等の立場 を確立するということも必要であることが示唆された。 日本語教師の資質や成長について考えるとき,生涯勉強を続ける態度, 「自己教育力」が 必要であると言われる(川口・横溝 2005)。非母語話者日本語教師の場合,日本語能力の 向上や日本の理解を目指して永遠に学び続ける存在でもある。教師 A の場合,調査時期① ②では,自らの日本語運用力がまだ不十分であること,母国に帰ってからも意識的に日本 語の勉強を続けていることを語っていた(カテゴリー「学習」)。調査③以降,具体的に日 本語能力について質問をしなかったためか,教師教育担当者になった頃から,自らの日本 語能力に対する評価や,その向上のための努力などに関しての発言がほとんど聞かれなく なった。調査⑤の後で「現在,自分自身の日本語の学習はどうしているか」とフォローアッ プインタビューを行ったが,意識的な日本語学習はほとんどしていないという回答であっ た。学習者に自律的に学ばせることは,教師は教えなくても良い,自らは学ばなくても良 いと言うことにはならない。この点が今後どうなるのか注目すべきであろう。 さらに様々な環境にいる教師のビリーフについて縦断的に調査研究することで,様々な 事例を集め,教師のビリーフの変容やそれにともなう教師の成長のメカニズムについて研 究をすすめる必要があるものと考える。 謝辞 本稿は,ヴェネツィア 2018 日本語教育国際研究大会においてポスター発表した内容に 加筆・修正したものです。発表の席上,諸先生方に貴重なコメントをいただきましたこと, 心より感謝申し上げます。また,本稿の執筆に際して,貴重なご指摘とご助言をくださっ た査読委員の先生方に厚く御礼申し上げます。 注 (1) 本研究では, 「ビリーフ」という用語を用い,Clark and Peterson(1986)で教師の思考と行動 のモデルの図の中で示されている Teachers’ Theories & Beliefs,つまり教師の思考過程を形 づくる要素のうち,その場の反応ではなく,それまでの経験や知識などの蓄積から形づく られる考え方や信念の部分を指すものとする。 (2) 久保田(2013)では,2012 年までの日本語教育に関するビリーフ研究をまとめているが,日 本語教師あるいは教育実習生のみを対象とする研究は,量的調査では 11 件,質的調査では 13 件が挙げられている。 (3) 久保田(2006)では, 「正確さ志向」は「言語の構造や発音の面での『正確な』産出をめざし, そのために授業では文法の詳しい知識を与え,練習においても正確さを求め,学習量を重 視し,教師自身にもできるだけネイティブに近い『正確さ』を求める傾向がある」志向性で あり, 「豊かさ志向」は, 「ことばの知識を教科書どおりに与えるのではなく,ことばの背景 『日本語教育』172号(2019.4). - 84 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(13) にある文化を重要と考え,教養としての日本語の学習,ことばを学ぶことやコミュニケー ションの楽しさを学習者自身に体験させることを重要だと考える傾向がある」志向性と定 義している。 (4) 「調査時点-コード・マトリックス」という呼び方は,筆者が本稿において独自に用いた 呼び方である。なお,佐藤(2008)では, 「本書で解説してきた質的データ分析に関する基 本的な発想は,そのかなりの部分をグラウンデッド・セオリー・アプローチの発想によっ ている(p.191)」としながら, 「①事例の分析に重点をおく,②文書セグメントがおかれて いる元の文字テキストの文脈を重視する,③コーディングの作業において,帰納的なアプ ローチだけでなく,演繹的なアプローチも積極的に活用する(p.192)」の 3 点において,グ ラウンデッド・セオリー・アプローチの解釈とは異なっていると述べている。 (5) 定性的コーディングとは「収集された文字テキストデータに対して『コード』,つまり,そ れぞれの部分が含む内容を示す一種の小見出しのようなものをつけていく作業を指す」 (佐 藤 2008;34) (6) 「JF 日本語教育スタンダード」は,2010 年に国際交流基金が開発したものであり,ヨーロッ パの言語教育の現場で用いられる言語教育の枠組み CEFR(Common European Framework of Reference for Language: Learning, teaching, assessment)の考え方に基づいている。 『まるご と 日本のことばと文化』はこの「JF 日本語教育スタンダード」に基づいて作成された教 材であり,2013 年に「入門」 (A1)レベル(参考文献(9) (10))が出版され,以後「初級 1」 (A2) 「初級 2」 (A2) 「初中級」 (A2 / B1) 「中級 1」 (B1) 「中級 2」 (B1)が随時出版されている。 「あってほしい社会・地域コミュニティの一機能として,言語の学習・ (7) 春原(2006)では, コミュニケーション環境の保障があり,さらにその中にコース・カリキュラム設計,そし て授業設計があるというのが環境設計の入れ子型構造です。 (pp.192-193)」と述べている。 参考文献 岡崎敏雄・岡崎眸(1997) 『日本語教育の実習―理論と実践―』アルク (1) 岡崎眸(1996) 「教授法の授業が受講生の持つ言語学習についての確信に及ぼす効果」 (2) 『日本 語教育』89,25-38. 川口義一・横溝紳一郎(2005) 『成長する教師のための日本語教育ガイドブック(上)』ひつ (3) じ書房 (4) 木下康仁(2003) 『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践』弘文堂 「ノンネイティブ日本語教師のビリーフ―因子分析にみる「正確さ志向」 (5) 久保田美子(2006) と「豊かさ志向」―」 『日本語教育』130,90-99. (6) 久保田美子(2013) 「第二言語習得とビリーフ」 『中国日本語教育叢書 第三部』中国中央教 育出版,121-158. 「ノンネイティブ日本語教師のビリーフと学習経験―2004・2005 年度と (7) 久保田美子(2017) 2014・2015 年度の量的調査結果の比較―」 『国際交流基金日本語教育紀要』13,7-22. (8) 国際交流基金『JF 日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』<https:// jfstandard.jp/publicdata/ja/render.do>(2018 年 9 月 3 日) (9) 国際交流基金(2013) 『まるごと 日本のことばと文化 入門(A1)かつどう』三修社 『日本語教育』172号(2019.4). - 85 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(14) (10) 国際交流基金(2013) 『まるごと 日本のことばと文化 入門(A1)りかい』三修社 (11) 佐藤郁哉(2008) 『質的データ分析法 原理・方法・実践』新曜社 (12) 曽余田浩史・岡東壽隆(2011) 『補訂版 新・ティーチング・プロフェッション―教師を目 指す人のための教職入門―』明治図書 (13) 春原憲一郎(2006) 「教師研修と教師の社会的役割」春原憲一郎・横溝紳一郎編『日本語教 師の成長と自己研修 新たな教師研修ストラテジーの可能性をめざして』3 章 -3,凡人社, 180-197. (14) 平畑奈美(2005) 「初級実践研究における学習者・実習生のビリーフの変化と学び―2005 年 度春学会「日本語教育実践研究(3)」からの報告―」 『早稲田大学日本語教育実践研究』3, 67-83. (15) 藤田裕子・佐藤友則(1996) 「日本語教育実習は教育観をどのように変えるか―PAC 分析を 用いた実習生と学習者に対する事例的研究―」 『日本語教育』89,13-24. 「大学日本語教員養成課程における海外日本語アシスタントの成長― (16) 古別府ひづる(2009) PAC 分析と半構造化面接による良き日本語教師観の変化を中心に―」 『日本語教育』143, 60-71. 星摩美(2014) 「日本語教師の持つビリーフの要因と変化に関する縦断的研究:質問紙調査 (17) 結果に見る韓国中等教育における国家シラバス「教育課程」と日本語教師のビリーフ」 『人 間社会環境研究』28,金沢大学,33-50. 星摩美(2016) 「韓国中等日本語教師の実践とビリーフ――変化とその要因を中心に――」 (18) 『日本語教育』165,89-103. 山田智久(2014) 「教師のビリーフの変化要因についての考察―二名の日本語教師への PAC (19) 分析調査結果の比較から―」 『日本語教育』157,32-46. (20) Barcelos, A. M. F. (2003)Researching Beliefs About SLA: A Critical Review. In P. Kalaja and A. M. F. Barcelos. (eds.) , Beliefs about SLA: New Research Approaches. Netherlands: Kluwer Academic Publishers. 7-33. (21) Barcelos, A. M. F. and Kalaja. P.(2011)Introduction to Beliefs about SLA revised. System, vol.39 3, 281-289. Clark, C. M., and Peterson, P.L. (1986)Teachers’ thought processes. In M. C. Wittrock(ed.), (22) Handbook of Research on Teaching. 3rd ed. New York; Macmillan. 255-296. (23) Horwitz, E. K. (1985)Using student beliefs about language learning and teaching in the foreign language methods course. Foreign Language Annals, 18(4), 333-340. (24) Horwitz, E. K. (1987)Surveying student beliefs about language learning. In A. Wenden & J. Rubin(eds.), Learner Strategies in Language Learning. Cambridge: Prentice-Hall. 119-129. . (目白大学). 『日本語教育』172号(2019.4). - 86 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

(15) Changes in One Non-native Japanese Teacher’s Beliefs and Their Growth as a Teacher: From the Results of the Longitudinal Interview Survey KUBOTA Yoshiko Based on the results of an interview survey conducted five times over five years and ten months for one nonnative speaking Japanese teacher(teacher A), the present study examined and analyzed their change in beliefs and their process of growth as a teacher. The speech protocol of Teacher A was analyzed with a modified form of the Grounded Theory Approach. It turns out that teacher A’s beliefs transformed in various ways. The transformation process involved teacher training and meeting attendance in Japan, collaborative work with native and non-native speaking Japanese teachers in their home country, and introduction of new educational concepts and textbooks. In addition, changes in roles from learner to educator, and then from educator to teacher training coordinator also played a part. In particular, the transformation of their beliefs regarding the role of teachers and educational goals is clear, and encompassed not only practical aspects, but their perspective and way of thinking in general. These results show a process of change in one teacher’s beliefs, and also part of the growth process of non-native speaking teachers. . (Mejiro University). 『日本語教育』172号(2019.4). - 87 -. ONLINE ISSN: 2424-2039 発行:公益社団法人日本語教育学会.

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