KANSAI GAIDAI UNIVERSITY
アンリ・マチス『ジャズ』のテクストをめぐる試論
(II)
著者
大久保 恭子
雑誌名
研究論集
巻
93
ページ
153-168
発行年
2011-03
URL
http://doi.org/10.18956/00006136
関 西外 国語大 学 研 究論集 第93号(2011年3月) Journal of Inquiry and Research, No.93 (March 2011)
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐる 試 論
(Ⅱ)
大久保
恭 子
要 旨 マ チ ス に よ る『 ジ ャズ 』 は、 自身 が 書 い た テ クス ト と切 り紙 絵 に よ る 図像 とか らな る総 合 芸 術 で あ る。 テ クス トに関 して マ チ ス は 内 容 よ り視 覚 的 効 果 を 重 視 したが 、 テ ク ス ト分 析 の結 果 、 そ こに は 脱 自我 性 と没 入 性 とい う両 義 的特 質 が 認 め られ た 。 マ チ スが 期 待 した可 視 的 効 果 は 自身 に よ る手 書 き文 字 に支 え られ た が 、手 書 き文 字 を採 用 し た背 景 に は 『ジ ャ ズ』 と同 時期 の挿 絵 制 作 で の 試 行 錯 誤 が あ り、 そ こ に は挿 絵 とテ ク ス トとは 等 価 で あ るべ き とい う思想 が潜 ん で い た 。 手 書 き文 字 とは 文 字 で あ る と同 時 に線 そ の もの 、 つ ま り画 家 の 手 の 跡 とい う意 味 で素 描 で もあ り、 『ジ ャズ 』 で は テ クス ト頁の 筆 跡 が 形 成 す る ア ラベ ス ク と図 像 頁 の 鋏 に よ る 裁 断 跡 が 形 成 す る ア ラベ ス ク とが 相 補 的 に連 動 して 、両 頁 は 等 価 と成 り得 て い た 。 一 方 『ジ ャ ズ』 の 図像 主 題 もま た 両 面 価 値 的 な可 変 性 を特 質 と して い た。 テ クス ト と図 像 とは 可 視 ・不 可 視 の レベ ル で パ ラ レル な 関 係 を 有 して い た の で あ る。 キ ー ワ ー ド:マ チ ス 、 『ジ ャ ズ 』、 テ ク ス ト、 両 面 価 値 、 等 価 2.テ ク ス ト制 作 をめ ぐ る芸 術 的 環 境 i)マ チ ス に よ る 挿 絵 制 作 マ チ ス は1930年 以 降 立 て 続 け に 挿 絵 を 制 作 し た 。 そ の 最 初 の 作 品 が ス テ フ ァ ヌ ・マ ラ ル メ (Stephane Mallarme)『 詩 集 』(c.1930-32)45)だ っ た 。 ア ル ベ ー ル ・ス キ ラ(Albert Skira)の 依 頼 を 受 け た マ チ ス は 予 め 選 定 さ れ た 詩 編 を読 み 、 そ の 内 容 に 沿 っ た挿 絵 を エ ッ チ ン グ で 制 作 し て 、 活 字 の テ ク ス ト頁 に 縁 取 りの な い 挿 絵 を 対 応 さ せ た(図8)。 こ こ で の 関 心 に つ い て マ チ ス は こ う語 っ た 。 図8.マ チ ス に よ る マ ラ ル メ 『詩 集 』 の 装 飾(c.1930-32) 素 描 は余 白 を残 さず 頁 全 体 に広 が って 、 そ の た め さ らに 紙 を 明 る く して い る 、(中 略)そ大久保 恭 子 こ で ふ た つ の 頁 一 方 は 白 く、 エ ッチ ン グ の あ る も の 、 も う一 方 は 比 較 的 黒 く、 活 字 印 刷 の 頁 を 釣 り 合 わ せ る こ とが 問 題 だ っ だ6)。 マ ラ ル メ 『詩 集 』 の 挿 絵 は 、 本 文 の 添 え 物 で は な く、 さ り とて 孤 立 し た 本 文 とは 別 の 作 品 で も な く、 挿 絵 を 構 成 す る 描 線 の ア ラ ベ ス ク が 中 心 か ら 広 が っ て 文 字 頁 を 浸 潤 す る こ と で 双 方 の 一 体 化 を 目指 す も の だ っ た の で あ る 。 続 く挿 絵 作 品 は ア ン リ ・ ド ・モ ン テ ル ラ ン (Henry de Montherlant)の 『パ シ フ ァ エ 』 (1937/38-44)47)だ っ た 。 こ の 場 合 も マ チ ス は 予 め『 パ シ フ ァ エ 』 を 読 み 、 ク レ タ の 迷 宮 の 神 話 か ら 受 け た 霊 感 を 挿 絵 制 作 の 原 動 力 に し た が 、 前 作 か ら 一 転 し て マ チ ス は リ ノ リ ウ ム 版 画 を 用 い た(図9)。 図9.マ チ ス に よ るモ ンテ ル ラ ン 『パ シフ ァエ 』 の 装 飾 (1937/38-44) この 作 品 に つ い て の マ チ ス の 証 言 は 以 下 の 通 りで あ る。 こ こで も問 題 は 『マ ラル メ 』 の 場 合 と同 じ だが 、 ふ たつ の 要 素 が 逆 に な って い る。 挿 絵 の 黒 い 頁 を 活 字 印 刷 の 比 較 的 白い 頁 とい か に して 釣 り合わ せ るか 。 そ れ は 私 の 素 描 の ア ラベ ス クで 構 成 す る こ とに よ って で あ り、 な お ま た、 向か い 合 わ せ に な って い る挿 絵 頁 と本 文 頁 とが 一 体 とな る よ うな 仕 方 で 結 び つ け る こ とに よ って で あ る18)。 こ の マ チ ス の 発 言 が 示 唆 す る よ う に 、『パ シ フ ァ エ 』 は マ ラ ル メ『 詩 集 』 を 反 転 さ せ た も の と位 置 づ け る こ とが で き る49)。 こ れ ら 二 作 品 が 鏡 像 的 に 結 び つ い て い た の に 対 し て 、 ジ ェ イ ム ズ ・ジ ョ イ ス(James Joyce)の 『ユ リ シ ー ズ 』 の 挿 絵(1934-35)50)は マ チ ス に よ る 挿 絵 の 別 ヴ ァ ー ジ ョ ン を 示 し て い た 。 ソ フ ト ・グ ラ ウ ン ド ・エ ッチ ン グ で 制 作 さ れ た 《目を 潰 さ れ る ポ リ ュ ベ モ ス 》 (図10) に せ よ 《キ ル ケ 》 (図11)に せ よ 、 ダ ブ リ ン を 舞 台 に し た 今 日的 物 語 で あ る 原 作 に は 則 し て お ら ず 、 こ れ ら は む し ろ ジ ョイ ス が 小 説 の 枠 組 み を 借 りた『 オ デ ュ ッ セ イ ア 』 に 取 材 した もの だ っ た 。 こ れ に つ い て マ チ ス は 「私 は そ れ[『 ユ リ シ ー ズ 』]を 読 ん で い な か っ た51)」 と語 っ た が 、 ど うや ら マ チ ス は 依 頼 を 受 け て『 ユ リ シ ー ズ 』 を 入 手 し よ う と し た も の の 、 仏 語 訳 が 入 手 困 難 だ っ た た め に 読 む こ と が で き な か っ た ら しい52)。結 果 と して マ チ ス は 、 ジ ョイ ス の 承 諾 を 得 た とは 言 え53)、『 ユ リ シ ー ズ 』 を 読 ま ず に 挿 絵 を 制 作 し た こ と に な る。 しか し こ こ に は 挿 絵 に 関 す る マ チ ス の 思 想 が 隠 さ れ て い た 。
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(」1) 図10.マ チ ス 《目 を 潰 さ れ る ポ リ ュ ペ モ ス 》 、1934年 、 ソ フ ト ・ グ ラ ウ ン ド ・エ ッ チ ン グ 、 41.7×29.9cm、 パ リ 国 立 図 書 館 蔵 図11.マ チ ス 《キ ル ケ 》 、1934年 、 ソ フ ト ・グ ラ ウ ン ド ・エ ッ チ ン グ 、41×30.5cm、 パ リ 国 立 図 書 館 蔵 本 は 模 倣 的 な 挿 絵 を つ け て 完 成 す る とば か りは 言 えな い 。 画 家 と作 家 とが ひ とつ にな って や らな け れ ば な らな い 。 混 乱 す る こ とな く同時 に 。 素 描 は 詩 の 造 形 的 等 価 物 で な くて は な らな い54)。 こ の マ チ ス の 言 葉 は 、 本 文 と挿 絵 とが 等 価 で あ る べ き だ とい う考 え を 背 景 に し た も の で あ り、 ゆ え に 原 作 を 読 ま ず に 「文 学 者 が や った こ とに 対 照 す る も の を 作 る55)」と い う試 み が 『ユ リ シ ー ズ 』 で 行 わ れ た と考 え ら れ る 。 しか しな が ら こ の 思 想 は マ チ ス が 独 自 に 形 成 した の で は な く、 当 時 マ チ ス と深 い 交 友 関 係 に あ っ た 、 カ リ カ チ ュ ア 作 家 ア ン ド レ ・ル ー ヴ ェ ー ル(Andr e Rouveyre)と の 往 復 書 簡 の 中 で 次 第 に 形 成 さ れ た も の で あ り、'ま た 雑 誌 『ヴ ェ ル ヴ 』 で の 同 時 期 の 仕 事 を 通 し て 交 流 の あ っ た テ リ ア ドの 思 想 に も 通 じ る も の だ っ た 。 そ し て こ の 考 え が 『ジ ャズ 』 テ クス トへ と繋 が っ て い く。 iD「 画 家 の 本 」 テ リ ア ドは1920年 代 に ク リ ス チ ャ ン ・ゼ ル ボ ス(Christian Zervos)の『 カ イ エ ・ダ ー ル Cahiers d'art』 誌 で 現 代 美 術 批 評 部 門 の 責 任 者 を 務 め 、 ま た1930年 代 に は モ ー リ ス ・レ ナ ル (Maurice Raynal)と『 ラ ン トラ ン シ ジ ャ ンL'lntransigeant』 紙 に 共 同 寄 稿 す る と と も に 、 ス
キ ラ か らrミ ノ ト ー ルMinotaure』 誌 の 芸 術 部 門 を 任 さ れ た 人 物 で あ り、 マ チ ス とは1929年 の 『 カ イ エ ・ダ ー ル 』 誌 に 掲 載 し た 「マ チ ス の 現 代 性56) と い う評 論 以 降 、 「ミ ノ ト ー ル 』 誌 や 1937年 に テ リア ドが 編 集 ・創 刊 し た『 ヴ ェ ル ヴ 』 誌 の 仕 事 を 通 し て 協 力 関 係 に あ っ た 。 マ チ ス の 側 か ら 見 れ ば 、 初 の 切 り紙 絵 作 品 が1936年 の『 カ イ エ ・ダ ー ル 』 誌 の 表 紙 だ っ た こ とか ら も 、 ま た マ チ ス の 最 初 の 挿 絵 作 品 で あ る マ ラ ル メ『 詩 集 』 の 出 版 に ス キ ラ と と も に 関 わ っ た の が テ リア ドだ っ た こ とか ら も 、 挿 絵 か ら 『ジ ャ ズ 』 の 系 譜 を 考 え る 上 で テ リア ドは 重 要 な 位 置 を 占
大久保 恭 子 め て い た。 テ リア ドが 関 わ っ た 出版 物 に 総 じて 見 られ る特 徴 の ひ とつ は 画 家 を して 語 ら しめ る こ とで あ り、 事 実 『ミノ トール 』 誌 に は マ チ ス の 発 言 が しば しば 掲 載 され た。 そ して マ ラル メ 『詩 集 』 を 含 む い わ ゆ る 「画 家 の 本 」 で テ リア ドが 目指 した の は 、 挿 絵 は もち ろん 、 テ クス トの選 択 ・ 文 字 の 大 き さや 書 体 ・レ イア ウ ト ・縁 飾 り、 つ ま りは 書 物 全 体 を 画 家 が デ ザ イ ンす る こ とだ っ た ろ7,。こ の編 集 理 念 に よ り挿 絵 は テ ク ス トの 添 え物 で は な くな り、 「画 家 の 本 」 で は テ クス ト と挿 絵 の 双 方 が 同 じ重 要 性 を 持 って 一 冊 の 書 物 を 形 成 す る こ とに な っ た。 テ リア ドが マ チ ス に や が て『 ジ ャズ 』 と名 づ け られ る書 物 の 制 作 を 提 案 した 言 葉 は 示 唆 的 で あ る。 この 古 色 蒼 然 た る考 えに 取 り憑か れ て 私 は 眠 れ な い 。 現 代 の 「絵 入 り写 本 」 だ 。 これ は ま だ 作 られ て い な い 。 これ は 今 日の 可 能 性 に 繋 が り、 す ば ら しい もの に な るだ ろ う58)。 こ こか ら も分 か る よ うに 、 テ リア ドが 熱 望 した の は 中 世 か ら初 期 ル ネ ッサ ンス に か け て の 写 本 芸 術 を 現 代 に蘇 らせ る こ とだ っ た。 この 思 想 にマ チ ス が 少 な か らず 反 応 した こ とは 想 像 に 難 くな い 。 世 紀 初 頭 に 「黒 人 ア フ リカ 美 術 」 に美 的 価 値 を 見 いだ し、 原 初 の 力 を 伝 統 に 取 り込 む こ とで 現 代 フ ラ ンス 美 術 の 活 性 化 を 試 み 、 プ リ ミテ ィ ヴ ィス ム な る概 念 形 成 の 一 役 を 担 っ たマ チ ス が 、 プ リ ミテ ィ ブ とい う形 容 詞 が 本 来 指 示 して い た 時代 の写 本 芸 術 に 惹 か れ な い は ず は なか った か らで あ る59)。事 実 マ チ ス は 中 世 末 期 か ら初 期 ル ネ ッサ ン ス の 詩 人、 シ ャル ル ・ドル レア ン(Charles d'Orleans)の『 詩 集 』 の 挿 絵 制 作(1942-50)に 意 欲 を 見 せ た6)。 こ こで マ チ ス は これ ま で の 挿 絵 とは 違 い 、 自 ら詩 編 を 選 択 し挿 絵 を 制 作 して 出版 を テ リア ドに 持 ち か け 実 現 させ て い る(図12)。 も っ とも マ チ ス とテ リア ドが 全 く同 じ考 えを 有 して い た と言 うこ とは で きな い 。1947年 に マ チ ス が テ リ ア ドに 宛 て た手 紙 の 一 文 、 「あ な た は 私 に 出 版 で き る よ うな 長 い 手 紙 を 書 くよ う望 ん で い る。 で もあ な たは き っ と真 の 画 家 は 決 して 文 筆 家 に は なれ な い こ とを 目の 当 た りにす るだ ろ う61)」 か ら も了 解 され る よ うに 、 マ チ ス は 画 家 が 文 筆 活 動 に踏 み 込 む こ とに は 抵 抗 し た。 一 方 で 、 初 め て ドル レア ンへ の 関 心 を うち 明 け た 事 に始 ま り、 詩 集 の 入手 の依 頼 な ど62)、マ チ ス が ドル レア ン『 詩 集 』 の 挿 絵 制 作 に 関 して 綿 密 に連 絡 を 取 り合 っ たの は ル ー ヴ ェ ール だ っ 図12.マ チスによるドルレァン『詩集』の装飾 た 。 この 作 品 で 注 目す べ きは マ チ ス が 新 しい 試 (1942-50)
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(Ⅱ) み と して 活 字 を 排 して 手 書 き文 字 を 採 用 した こ とで あ る。 し か しそ の 決 定 ま で の 経 緯 は 複 雑 だ った 。1943年1月 に マ チ ス は ドル レア ンの 複 数 の 詩 編 を 手 書 き して ル ー ヴ ェ ール に 送 っ て い る が(図13)63)、 これ は あ くま で 公表 を前 提 と しな い も の で 、 そ れ が 制 作 手 法 に 昇 格 す るの は 往 復 書 簡 で 意 見 交 換 を 重 ね て い く過 程 で の こ とだ った 。 同年2月3日 に ル ー ヴ ェ ー ル が マ チ ス に宛 て た手 紙 に 見 られ る手 書 き文 字 の 効 果 に つ い て の くだ り、 「文 字 と素 描 とが 一 体 で しか あ り得 な い よ うな 緊 密 で 魅 惑 的 な 結 合、・・・素 描 が 文 字 で あ り、 文 字 が 素 描 で あ る …64)」か ら、 ル ー ヴ ェ ール が 素 描 とテ ク ス トとの等 価 性 に 価値 を 置 い て い た こ とが 分 か る。 そ して 翌 日マ チ ス は 手 書 き 文 字 の 採 用 を決 定 した と返 信 を 送 った65)。しか し実 際 は そ の 後 もマ チ ス は 検 討 を 重 ね 、 「装 飾 的 な手 書 き文 字 に し よ う と、 鵞 ペ ンで 、 い わゆ る 円書 体 の よ うな ぽ って りし た文 字 を 書 い た」 とル ー ヴ ェ ール に 伝 えた の は3月 末 の こ とだ っだ66)。 こ の 手 紙 の3月 とい う 日付 は 興 味 深 い。 . ・ 13.マ チ ス が ル ー ヴ ェー ル に 宛 て た 1943年1月9日 付 け の手 紙 。 ドル レ ア ン の詩 編 が手 書 き され 、 右 下 に 日付 と署 名 が あ る。 た だ し署 名 はMatisseで は な く Essitamo と い う の は そ の 一 月 前 に ジ ョル ジ ュ ・ル オ ー(Georges Rouault)が 、 テ リ ア ドに よ る 「画 家 の 本 」 シ リ ー ズ の 一 冊 と し て 、 サ ー カ ス を テ ー マ と し た 『 気 晴 ら しDivertissement』(1943)67)を 出 版 して い た か ら で あ り、 そ う で あ れ ば マ チ ス の こ の 決 定 に ル オ ー が 関 与 し て い た 可 能 性 が 暗 示 さ れ る か ら で あ る 。 iiDマ チ ス と ル オ ー 獅 弊Rρ 臓・ρ←
ρP蜘 竜1騨 峠
図14.ル オ ー 『気 晴 ら し』 表 紙 装 飾 (1943) 世 紀 の 変 わ り 目に マ チ ス が 学 ん だ モ ロ ー ・ア ト リエ で の 一 年 先 輩 で あ り、 穏 や か な 交 友 関 係 を 永 きに わ た り保 って い た ル オ ーのr気 晴 ら し』(図14)を 、マ チ ス が知 らなか っ た と考 え るの は 難 しい 。 そ のr気 晴 ら し』 に 手 書 き文 字 の テ クス トが 、 マ チ ス に 先 ん じて 採 用 され て い た の で あ る。 テ リア ドが1941年 に ル オ ーに 宛 て た 手 紙 に 認 め られ る 「こ の 出版 物 の 基 本 的 な ア イデ ア は く自筆 書 〉 に す る こ とにあ る。あ な た が絵 を描 き文 も書 ぐ〕8dとい う文章 か ら、ル オ ー に よ る手 書 き文 字 の テ クス トは テ リア ドの 意 向 に 沿 うもの だ った と分 か る。1943年3月 の マ チ ス に よ る手 書 き文 字採 用 の 背 景 に はr気 晴 ら し』 の 影 響 が あ った と考 え られ るの で あ る。 それ では 両者 の 手書 ぎ文字 は どの よ うな特 徴 を持 っ大久保 恭 子 て い たの だ ろ う。 そ もそ も手 書 き文 字 の 採 用 そ の もの が 写 本 制 作 に 倣 って い た とい う点 で 、 両 者 の 発 想 の 根 源 に プ リ ミテ ィ ブな もの へ の 希 求 が あ っ た こ とは 間違 い な い 。 そ して そ れ は テ リア ドも共 有 した 価値 観 だ った 。 しか し文 化 の 境 界 を 越 えて 究 極 の ブ リ ミテ ィ フで あ る黒 人 ア フ リカ 美 術 を フ ラ ンス の 伝 統 に接 ぎ木 しよ う と した マ チ ス に 対 して 、 「フ ラ ン ス 人 と して 、 キ リス ト教 徒 と して 生 まれ た人 間69)」で あ る こ とを第 一 義 と した ル オ ーは 、 黒 人 ア フ リカ美 術 を ブ リ ミテ ィフ の 範 疇 に入 れ る こ とは な く、 あ くま で ヨ ー ロ ッパ 中 世 美 術 に 範 を 求 め た。 した が って ル オ ーの 手 書 き文 字 には 現 代 に蘇 っ た写 本 さな が らの 風 情 が 漂 う。 ま ず ル オ ー の テ ク ス トは 頁 の 中央 に ま とめ られ 枠 を越 え て 広 が る こ とは な い(図15)。 文 字 は 丸 み を 帯 び て 一 文 字 ご とに 与 え られ た場 所 を 守 りつ つ も、 飾 り文 字 独 特 の 筆 の 遊 び にか つ て の 写 本 の 面 影 が 見 て 取 れ る(図16)。 一 方 ドル レア ン 『詩 集 』 で の マ チ ス に よ る手 書 きの テ ク ス ト頁 も ま た 中 央 に ま とめ られ 、 色 つ きの 枠 で 囲 い込 ま れ て い る(図17)。 しか し一 字 一 字 は 切 り離 され ず 複 数 の 文 字 が 連 な る こ とに よ って 生 じ るア ラベ ス クを 特 徴 として い る。 そ れ は 素 描 を 構 成 す る描 線 の ア ラベ ス ク と同質 で あ るが ゆ えに 、 文 字 頁 と素 描 頁 とが 等 価 とな り双 方 の 一 体 化 が 促進 され る とい う効 果 を生 む(図18) 。 同 じ よ うに手 書 き文 字 を 採 用 して も、 ル オ ー とマ チ ス とで は そ の 効 果 に お け る共 通 性 よ り異 質 性 の 方 が 目立 つ の で あ る。 両 者 の 差 異 は『 気 晴 ら し』 と『 ジ ャズ 』 とを 比 較 す る とぎ一 層 鮮 明 に な る。 ま ず『 ジ ャズ 』 図16.ぺ トル ス ・ ド ・レ ン ボ クー ル に よ っ て 彩 色 さ れ た 『典 礼 書 』、 1323年 、 ハ ー グ 王 立 図 書 館 蔵 図17.マ チ ス の手 書 き文 字 に よ る テ ク ス ト 図15.ル オ ー の 手 書 き文 字 に よ る テ クス ト
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(」1)
∴
図18.マ チ ス に よ る ドル レア ン 『詩 集 』 の 装飾 (1942-50) 図19.マ チ ス 『ジ ャズ』 の手 書 き 文字 に よ る テ ク ス ト の テ クス ト頁 は 手 書 き文 字 が 頁 の 中央 に ま とめ られ て は い な い(図19)。 これ は先 立 つ ドル レ ア ン『 詩 集 』 の テ クス ト頁 と も決 定 的 に 異 な る特 徴 で あ る 。『ジ ャズ 』 で テ ク ス トは枠 か ら解 放 され て 頁 一 杯 に広 が り、 手 書 き文 字 の 連 な りが 生 み 出す ア ラベ ス クの 効 果 に よ って 文 字 は膨 張 し、 テ クス ト頁 は 図 版 頁 の 問 を 充 填 す る機 能 を 果 た して い た。 ま さに 「け た 外 れ の サ イズ 」 で あ り、 ル オ ー に よ る求 心 的 な テ クス ト頁 とは 対 照 的 特 質 を 見せ て い る。 ま た 『ジ ャズ 』 テ ク ス トに見 られ た訂 正 が 『気 晴 ら し』 の テ クス トに は 全 く見 られ な い 。 これ は 、 韻 を 踏 み 一 貫 性 を 持 った 内容 を 有 す る『 気 晴 ら し』 の 文 章 が 推 敲 を 重 ね た成 果 だ っ た こ とを 示 唆 して もい る。 そ こ には イエ ス へ の 言 及 が 散 見 され 、 ル オ ーの 敬虔 な 信 仰 心 が 全 体 を 貫 い て い た 。 そ の 図 像 主 題 は サ ー カ ス に 関 連 す るが 、 ジ ャン ・ス タ ロバ ン ス キ ー(Jean Starobinski)の 言 葉 に 従 うな ら、 ル オ ーの 悲 劇 的道 化 が払 う無 実 の 犠 牲 は イエ ス の 受 難 に重 ね られ て い た(図20,21)70)。 つ ま り『気 晴 ら し』 は 図 像 主 題 もテ クス ト内容 も装 本 も、 伝 統 的 な 宗 教 観 に 立 脚 して い た と言 え るの で あ る。 さ ら に『 気 晴 ら し』 の テ クス トは 対 応 す る図 像 と何 らか の 関 連 性 を 持 って お り、 図20.ル オー 《優 しい ベ ル ナ ー ル 》 (『気 晴 ら し』 の た め の 下 絵)、 1943年 、 油 彩 、 カ ン ヴ ァス に 貼 っ た カ ル トン 、39.5×32.5 cm、 ル ・力 卜一=カ ン ブ レ ジ 県 立 マ チ ス美 術 館 蔵 図21.ル オ ー 《正 面 向 き の キ リス ト》 (『悪 の華 』 (1936-38) の た め の色 刷 り版 画)、1938 年 、 シ ュガ ー ・ア ク ア チ ン ト、 ア ク ア チ ン ト、44.3× 34cm、 ジ ョル ジ ュ ・ル オ ー 財 団 蔵大久保 恭 子 この 点 か ら も『 気 晴 ら し』 は 整 合 性 を 持 った 書 物 だ った こ とが 了 解 され る。 『 ジ ャズ 』 テ クス ト制 作 を 取 り囲 ん だ これ らの 事 柄 か ら、 マ チ ス の 言 う視 覚 的 テ クス トを 実 現 す るた め に、 手 書 き文 字 が 重 要 な 役 割 を 担 って い た こ とが 明確 に な った 。 そ れ は 文 字 で あ る と同時 に線 そ の もの 、 つ ま り画 家 の 手 の 跡 とい う意 味 で 素 描 で もあ った の で あ る。 そ こで 『ジ ャズ 』 全 体 を 考 え るた め に 、 テ クス ト と図 像 との 関 わ りの 検 討 に 移 りたい 。 3.テ ク ス トと 図 像 『 ジ ャズ 』 の 図 像 の 大 半 は サ ー カス に 関 連 して い るが 、 図 像 が 含 有 す る意 味 は 表 面 的 な 主 題 に限 定 され る も の で は な い 。 図 像 に 関 す る検 討 は 他 所 で 既 に 行 った の で71)、本 稿 で は重 複 を 極 力 避 け 必 要 に応 じて 言 及 す る こ と と して 、 《イ カ ロス 》(図22)を 例 に 取 るな ら、 ほ ぼ 同 時 期 に マ チ ス は類 似性 の 高 い 《イ カ ロ ス の失 墜 》(図23)の 制 作 に着 手 して い る。 しか し両 作 品 に は 注 目す べ き違 い もあ る。 そ れ は 《イ カ ロス 》 で は 題 名 か ら 「失 墜 」 が 削 除 され た こ とで あ る。 方 向 を特 定 す る 「失 墜 」 を失 った こ とに よ り、『ジ ャズ 』 で は 飛翔 す る イ カ ロ ス と失 墜 す る イ カ ロス が 同時 的 に表 象 され 、 真 逆 の 方 向性 を 持 つ 運 動 が 交 換 可 能 な もの として 捉 え られ て い る。 こ う した背 中 合 わ せ の 同時 的 表 象 は ブ ラ ン コ乗 りを主 題 に した 《コ ドマ 兄 弟 》(図24)に も、 空 に浮 か ぶ よ うな 《水 槽 の 中 を泳 ぐひ と》(図25)に も 見 る こ とが で き る。 ま た 《フ ォル ム 》 (図26)で もふ たつ の トル ソが ポ ジ とネ ガ で均 衡 を保 ち、 形 式 的 次 元 で の 両 面 価 値 性 が示 され て い る72)。 これ ら 図像 の 特 質 は、 単 に テ ク ス トに 飛 翔 や 上 昇 に関 わ る 内容 が散 見 され た こ とに 繋 が るだ け で な く、 敷衍 す れ ば 、 図 像 に 見 られ た 両 義 性 は 、 テ クス トに 見 られ た 脱 自我 的 傍 観 性 と没 入 性 とい う両 面 価値 的 特 質 に も連 動 す るの で は な い だ ろ うか 。 こ う した 図像 主題 の 可 変 性 は 《ピ エ ロの 埋 葬 》(図27)に も 見 る こ とが で き る。 この 作 品 に 図22.マ チ ス 『ジ ャズ 』 《イ 力 ロ ス 》 、1946年7月 、 切 り紙 絵 、 43.4×34.1cm、 ポ ン ピ ド ゥー セ ン タ ー ・ 国立 近 代 美 術 館 蔵 図23.マ チ ス 《イ 力 ロス の 失 墜 》 、1943年6月 、 切 り紙 絵 、35×26.5cm、 個 人 蔵
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(」1) 図24.マ チ ス 『ジ ャ ズ 』 《コ ドマ 兄 弟 》 、1946年7月 、 切 り 紙 絵 、43.5×67.1cm、 ポ ン ピ ド ゥ ー セ ン タ ー ・国 立 近 代 美 術 館 蔵 図26.マ チ ス 『ジ ャ ズ 』 《フ ォ ル ム 》 、1946年7月 、 切 り 紙 絵 、44.3×67.1cm、 ポ ン ピ ド ゥ ー セ ン タ ー ・国 立 近 代 美 術 館 蔵 図25.マ チ ス 『ジ ャズ 』 《水 槽 の 中 を泳 ぐひ と》 、1946年 7月 、切 り紙 絵 、44.2×66cm、 ポ ン ピ ドゥー セ ンター ・ 国 立 近 代 美 術 館 蔵 凋● r● 図27.マ チ ス 『ジ ャズ 』 《ピ エ ロの 埋 葬 》 、1943年 、 切 り紙 絵 、42.5×65.5cm、 ポ ン ピ ドゥー セ ン タ ー ・ 国 立 近 代 美術 館 蔵 つ い て は 、 マ チ ス が ル ー ヴ ェ ー ル に 宛 て た1943年12月 の 「花 吹 雪 の 舞 う ミ ミ ・カ ス ク の 最 初 の 聖 体 拝 領 の 日 。(サ ー カ ス は 興 業 中 だ)(構 想)73)」 と い う謎 め い た 手 紙 が 残 っ て い る 。 習 作 (図28)か ら 「ミ ミ ・カ ス ク 」 とは 道 化 師 の 愛 称 だ と分 か る 。 死 に 対 す る 恐 怖 よ り も 楽 し さ が 優 先 さ れ た こ の 作 品 で の 葬 礼 は 一 見 奇 妙 だ が 、 埋 葬 さ れ る の が 道 化 な ら に わ か に 意 味 を 持 つ 。 な ぜ な ら 道 化 こ そ は 禁 じ ら れ た 境 界 域 を 横 断 し限 界 を 突 破 し 続 け る も の だ か ら で あ る 。 コ ン ス タ ン テ ィ ン ・フ ォ ン ・バ ル レ ー ヴ ェ ン (Constantin von Barloewen)お よ び ウ ィ リ ア ム ・ウ イ ル フ ォ ー ド(William Willeford) に 依 拠 して 、 古 代 か ら 命 脈 を 保 ち 続 け て き た 道 化 は 、 い か な る 固 定 化 も す り抜 け 、 究 極 の 凶 事 で あ る 死 と も 不 死 身 で あ る こ とに よ っ て ・) 図28.マ チ ス 《 ミ ミ ・カ ス ク 》 (『ジ ャ ズ 』 の 習 作)、1943 年 、 ク レ ヨ ン 、 紙 、28.2×38.5cm、 個 人 蔵
大久保 恭 子 両 義 的 な 関 係 を取 り結 ん で きた 、 と言 う こ とも で き る74)。そ う した 道 化 の特 質 を踏 ま え れ ば 、 《ピエ ロの 埋 葬 》 が 陽 気 で あ り得 た こ とに 合点 が い くの で あ る75)。 さて 「ミ ミ ・カス クの 最 初 の 聖 体 拝 領 の 日」 とい う文 章 に も認 め られ る 「聖 体 拝 領 」 は 、 テ クス トの 「あ る音 楽 家 が 言 った 」 で も言 及 され 、 マ チ ス の 制 作 姿 勢 に 関 連 し、 テ クス トに 見 ら れ た 脱 自我 性 を 象 徴 す る文 言 の ひ とつ で あ っ た。 しか し図 像 の 両 義 的 特 質 を 踏 ま えて テ クス ト を 再 び読 む な ら、 「私 は 神 を 信 じて い るか?」 に 見 られ る よ うに マ チ ス は 、 彼 を して作 品 を 作 ら しめ る何 もの か を 受 け 入 れ る と同時 に そ れ へ の 恩 義 を 否 定 して い た こ とに 気 づ く。 また 「幸 福 」 に先 導 され る部 分 の 「大 多 数 の ひ とに とって 成 功 一牢 獄 だ か らだ 」 とい う くだ り、 あ るい は 「未 来 の 生76)物 とい う小 見 出 し を持 つ部 分 で 、 「そ の 死 後 」 の 生 に焦 点 を 合 わ す 文 章 、 これ ら を支 え て い る の は い ず れ も両 面 価 値 的 な 発 想 で あ る。 ま た マ チ ス の 類 同 の発 言 、 「私 た ち は こ こ に居 る。 こ こで私 は くし っか り〉 と洗 礼 を 受 け 、 私 はマ チ ス だ と知 ら され た77)」と、 ヴ ァ ンス の 礼 拝 堂 装 飾 を 「私 の ため に や って い る」 と発 言 し たマ チ ス に 、 ジ ャ ック=マ リー修 道 女 (la sceur Jacques-Marie)が 「け れ ど もあ な た は 私 に 、 神 の た め だ と言 った で は な い か 」 と問 いか け 、 そ れ にマ チ ス が 「そ う。 しか し私 が 神 な の だ」 と答 え た一 連 の 問 答78)とか ら浮 か び 上 が るの が 、 脱 自我 的 で あ る と ともに 没 入 的 存 在 の 認 識 で あ る こ とも踏 ま えて お くべ きだ ろ う。 両 義 的 特 性 は 図 像 の み な らず テ クス トに も通 底 して い た と言 え るの で あ る。 とこ ろ で 刊 行 時 の『 ジ ャズ 』 の 図像 は1944年8月 の 構 想 を 改 編 した もの だ った 。 そ の構 成 案79)によれ ば も とも との 図 像 総 数 は18点 で 掲 載 順 も違 って い た(表1)。 この違 い に 留 意 す る と『 ジ ャズ 』 の 図 像 全 体 の プ ロ ッ トが 見 えて くる。 こ こで 着 目す べ きは 最 初 の 図 像 が 《ヴ ェル (表1) 『ジ ャズ 』 の 図 像 構 成 案 と刊 行 時 との 比 較 1944年8月5口 構 成案 『ジ ャ ズ 』
1 《ヴ ェ ル ウ 》Verve 《道 化 師 》Le Clown
2 《シ ル ク 》Cirque 《シ ル ク 》Le Cirque
3 《空 中 ブラン コ乗 り、もし くは 飛 行 士 》Trapeziste ou aviateur 《ロ ワ イ ヤ ル 氏 》Monsieur Loyal
4 《道 化 師 》Clowns 《白 象 の 悪 夢 》Le Cauchemar de l'e1ephant blanc
5 《トボ ガ ン概 》Toboggan 《馬 と曲 馬 乗 りと道 化 師 》Le Cheval,1'ecuyさre et le clown 6 《白 象 の 悪 夢 》Cauchemar de l'e1ephant blanc 《狼 》Le Loup
7 《曲 馬 乗 り と 道 化 師 》L'ecuyere et le clown 《心 臓 》Le Coeur 8 《ピ エ ロ の 埋 葬 》Enterrement de Pierrot 《イ カ ロ ス 》Icare 9 《刀 呑 み 》Avaleur de sabres 《フ ォ ル ム 》Formes
10 《コ ドマ 兄 弟 》Codomas 《ピ エ ロ の 埋 葬 》L'Enterrement de Pierrot 11 《ロ ワ イ ヤ ル 》Loyal 《コ ドマ 兄 弟 》Les Codomas
12《 造 形 的 ボ ー ズ 》Poses plastiques 《水 槽 の 中 を 泳 ぐ ひ と》La Nageuse dans 1'aquarium 13 《カ ウ ポ ー イ 》Le Cow-boy 《刀 呑 み 》L'Avaleur de sabres
14 《ナ イ フ 投 げ 》Lanceur de couteaux 《カ ウ ボ ー イ 》Le Cow-boy
15《 宿 命 》La Fatalit6 《ナ イ フ 投 げ 》Le Lanceur de couteaux 16 《狼 男 》Le Loup garou 《運 命 》Le Destin
17《 水 槽 》Aquarium 《礁 湖 》Le Lagon 18 《オ セ ア ニ ア 》Oc6anie 《礁 湖 》Le Lagon
19 《礁 湖 》Le Lagon 20 《ト ボ ガ ン橇 》Le Toboggan
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(Ⅱ) ヴ》 す な わ ち 刊 行 時 の 《イ カ ロ ス》 か ら 《道 化 師 》(図29)に 変 更 され た こ とで あ る。 道 化 師 は 右 端 の 黒 い カ ーテ ンか ら登 場 す る とこ ろで あ り、 これ か ら始 ま る『 ジ ャズ 』 とい う書 物 芸 術 の 露 払 い の 重 責 を 担 って い るか の よ うだ。 両 義 的 可 変 性 を 備 え た 『ジ ャズ 』 の 各 図 像 主 題 は 、 自身 が 境 界 的 存 在 だ った 道 化 師 に よ って 先 導 され て い た の で あ る。 そ して この 両 義 的 可 変 性 は 図 像 全 体 に通 底 す る プ ロ ッ トの 特 質 で もあ っ た80,。 そ れ で は『 ジ ャズ 』 の 図 像 とテ クス ト とは い か な る関 わ りを 持 って い た の だ ろ う。『ジ ャズ 』 にお いて 図 像 主 題 とテ クス ト内容 との 矛 盾 無 き一 致 、 あ るい は 双 方 の 配 置 の 合 理 的 な 対 応 関 係 を 求 め て も、 お そ ら くは 徒 労 に 終 わ るだ ろ う(表2)。 しか し双 方 は 関 係 が な い わ け で も分 離 して い た わけ で もな い。 な ん とな れ ば 繋 が りの 有 り様 は 、 整 合性 を 持 った 固 定 的 な 対 応 関 係 だ け で は な い か らで あ る。 こ こに 『ジ ャズ 』 の 最 初 に 《道 化 師 》 が 配 され た 意 味 を 改 め て 問 う価 値 が あ る。 とい うの も この 変 更 は 書 物 芸 術 の 題 名 を 「シル ク」 か ら 「ジ ャズ 」 に 変 えて か らの こ とだ っ たか らで あ り81)、最 初 の 図 像 が 《道 化 師 》 で あ るな ら、 書 物 芸 術 の題 名 は む し ろ 「シ ル ク」 の ま ま の 方 が 理 に 適 って い るか らで あ る。 書 物 芸 術 の 題 名 を 「ジ ャズ 」 に 変 更 す る とい う行 為 と、 最 初 の 図 像 を 《道 化 師 》 (表2)『 ジ ャズ』の図像 とテ クス トの取 り合わせ一覧 に替 え る行 為 とは 矛 盾 を は らん で い る。 しか し この ち ぐは ぐな 入 れ 替 え こそ に、 テ ク ス トを 含め た『 ジ ャズ』 とい う書 物 芸 術 全 体 が 一 貫 した 合理 的 な ナ ラテ ィ ヴで 綴 られ て い るの で 図29.マ チ ス 『ジ ャズ 』 《道 化 師 》 、 1943年6月 、 切 り紙 絵 、67.2× 50.7cm、 ポ ン ピ ドゥー セ ン タ ー ・ 国 立 近 代 美 術 館 蔵 図 像 テ ク ス ト 《道化師》 表題 《シ ル ク 》 「覚 え書 」 《ロワ イ ヤ ル 氏 》 《白象 の 悪 夢 》 《馬 と曲 馬 乗 り と道 化 帥 》 「花 束 」 《狼 》 「飛 行 機 」 《心 職 》 《イ カロ ス 》 「素 描 され た 顔 の 性 格 」 《フ ォル ム 》 「私 が 手 を 信 用 して い る とす れ ば 」 《ピエ ロ の 埋 葬 》 「鋏 で 素 描 す る 」 《コ ドマ 兄 弟 》 「私 の 曲 線 は 狂 って い な い 」 《水槽 の 中 を 泳 ぐひ と》 《刀 呑 み 》 「新 しい タブ ロ ー」 《カウ ボ ー イ 》 「あ る音 楽 家 が 言 った 」 「私 は 神 を 信 じて い る か? 」 《ナ イ フ 投 げ 》 「若 い 画 家 た ち 、 理 解 され ぬ・・・」 《運 命 》 r愛 とは大 い な る も の・・・』 《礁 湖 》1 「幸 福 」 「礁 湖 」 《礁 湖 》]1 「心 か らひ た む きに ε 」 「喜 び を 空 の 中 に ε 」 「未 来 の 生 」 《礁 湖 》 皿 《トポ ガ ン橇 》 「ジ ャズ 」 オ マ ー ジ ュ
大久保 恭 子 は な い、 とい う示 唆 が 潜 んで い た。『ジ ャズ』 の テ クス トと図像 とは 、 各 々両 面 価 値 的 で あ る こ とに よ って パ ラ レル な 等 価 の 関 係 を 有 して い た の で あ る。 ま た テ クス ト と図 像 との 関 わ りを 考 え る上 で 忘 れ て な らな い の は 、 テ クス ト作 成 時 期 と図 像 制 作 時 期 の 問 題 で あ る。 マ チ ス が テ クス トを 書 い た の は1946年 夏 と考 え られ るが 、 「は じめ に」 で も述 べ た よ うに、 そ れ は マ チ ス が 大 方 は 出来 上 が って い た だ ろ う15枚 の 原 画 に1946年7月 と い う制 作年 を 入 れ 、 署 名 を した 時 期 に 重 な る。 この 事 実 は 、 マ チ ス が テ クス ト と図 像 とを ひ と つ の もの として 捉 えて い た とい うこ と、 つ ま り双 方 が 一 体 化 して 初 め て『 ジ ャズ 』 と成 り得 る と考 えて い た こ とを 示 唆 して い る。 そ れ で は マ チ ス は テ クス トを 作 成 し原 画 に 署 名 を して『 ジ ャズ 』 を 「完 成 」 させ た の だ ろ う か 。 そ れ を 肯 定 す る こ とに は 抵 抗 感 を 抱 か ざ るを 得 な い 。 な ぜ な らマ チ ス の 原 画 制 作 は 、 支 持 体 の 底 か ら上 へ と紙 片 を 重 ね て 貼 って い く制 作 過 程 を そ の ま ま 残 存 させ た、 「持 続 」 の視 覚 化 に よ っ て特 徴 づ け られ て お り(図30)、 一 方 テ クス トにお い て も持 続 的 な 書 く時 間 の視 覚 化 が 図 られ て い た か らで あ る。 そ れ は 直 す 必 要 の な い 単 語 の 訂 正 に 端 的 に 見 る こ とが で き るが 、 そ もそ も手 書 き とい う行 為 そ の もの が 書 く時 間 を 内包 して い た。 そ して これ が 活 字 の テ クス ト と は 本 質 的 に異 な る点 で あ った 。 ま た マ チ ス は 書 く文 章 を 、 ル オ ーの よ うに 予 め 練 り上 げ る こ と を せ ず 、 没 入 的 に 書 い た こ と も同根 の 問 題 意 識 を反 映 して い る。 「40年か50年 前 、 私 は私 を 呼 ぶ 何 か に 向 か って 歩 き始 め た 。(中 略)し か し どこへ 行 くの か予 め 分 か って い た わ け で は なか っ た82)」とい う1948年 の マ チ ス の言 葉 は示 唆 的 で あ る。 到 達 点 を決 め ず に文 章 を手 書 きす る とい う行 為 にお い て 、 書 き手 は もは や 統 括 者 とは 成 り得 な い 。 文 章 が ペ ン先 か ら紡 が れ て い くさ ま を 、 マ チ ス は 伴 走 者 と して 傍 観 す る しか な か った の で あ り(図31)、 そ れ ゆ え 『ジ ャズ 』 に 「完 成 」 とい う言 葉 は似 合 わ な い の で あ る。 図30.マ チ ス 『ジ ャズ』 《道 化 師 》 細 部 図31.マ チ ス 《 リ メ ン バ ー 》 、 1938年 、 ペ ン 、 イ ン ク /紙 、35.8×23.6cm、 個 人 蔵
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(Ⅱ) お わ り に 『 ジ ャズ 』 の テ クス トは マ チ ス が そ れ に 視 覚 的 役 割 を 担 わ せ た こ とか ら、 ま ず は 可 視 的 な 特 質 にお い て 意 味 を 持 って い た 。 す な わ ち 、 頁 一 杯 に 制 御 され る こ とな く展 開 す る手 書 き文 字 の ア ラベ ス クは 、 文 字 頁 を 際 限 な く拡 張 させ 図 版 頁 の 間 隙 を 充 填 す る。 さ らに テ クス ト頁 の 筆 跡 が 形 成 す るア ラベ ス ク と図 像 頁 の鋏 に よ る裁 断 跡 が 形 成 す るア ラベ ス ク とが 、 相 補 的 に 連 動 す る こ とで 両 頁 は 等 価 と成 り得 た。 色 彩 に溢 れ た リズ ミカル な 図 像 頁 が 生 じ させ る予 期 せ ぬ 同 時 対 比 反 応 の 効 果 を 、 モ ノ ク ロ ーム の 異 な る リズ ム を 持 つ テ クス ト頁 が 包 み 込 み ま た 浸 潤 す る。 そ れ に よ って 双 方 の 一 体 化 が 促 進 され 、 また 一 方 で 色 彩 の 効 果 が 十 全 た る もの に 成 った と言 え る。 しか し 同時 に、 制 作 者 が 同一 人 物 で あ る以 上 テ クス トの 可 視 的 特 質 は 、 そ の 内容 お よび 構 造 に も浸 透 せ ざ るを 得 ず 、 マ チ ス 自身 が そ れ を 意 図 した か は 別 と して 、 テ クス ト内容 と構 造 も ま た 両 義 的 可 変 性 を 特 質 として い た。 か くして 文 字 で あ り素 描 で もあ る『 ジ ャズ 』 の 手 書 きの テ クス ト と切 り紙 絵 の 原 画 に よ る図 像 とは 、 可 視 的 ・不 可 視 的 レベ ル で の パ ラ レル な 関 係 を 有 し、 この 点 にお いて 双 方 は 等 価 だ っ たの で あ る。 マ チ ス の ノ ー トに は1946年3月19日 付 け で 「校 了 。『ジ ャズ 』」 とい う走 り書 きが あ る83)。こ の 「校 了」 は しか し、rジ ャズ 』 の 図像 に対 す る もの で は な く、 ま してrジ ャズ 』 全 体 に 対 す る最 終 的 な もの で は な い 。 な ぜ な らマ チ ス は そ の 後 に テ クス トを 書 き起 こ し、15点 の 原 画 に署 名 を入 れ た か らで あ る。rジ ャズ 』 は む しろ 、 到 達 点 を設 定 す る こ との な い 、 潜 在 的 に終 わ り の な い持 続 の 相 の も とに 展 開す る制 作様 態 にお いて こそ 息 づ くもの だ った と考 え られ るの で あ る。 注 45) 46) 47) 48) 49) 50) 51) 52) 53)
Poesies de Stephane Mallarme, Lausanne : Albert Skira et Cie, 1932.
Matisse, "Comment j'ai fait mes livres (1946) ", Fourcade (ed.), Henri Matisse, Ecrits et propos sur l'art, p.211.
Henry de Montherlant, Pasiphae ; Chant de Minos (Les Cretois), Paris : Martin Fabiani, 1944. Matisse, "Comment j'ai fait mes livres (1946) ", Fourcade (ed.), Henri Matisse, Ecrits et propos sur l'art, p.211.
Schneider, Matisse, p.630.
James Joyce, Ulysses, New York :Limited Editions Club, 1935. Cite dans Fourcade (ed.), Henri Matisse, Ecrits et propos sur l'art, p.217.
Matisse, lettre a Simon Bussy, 17 fevrier 1934. Cite dans Schneider, Matisse, p.629.
Matisse, lettre a Bussy, 24 aout 1934. Cite dans Fourcade (ed.), Henri Matisse, Ecrits et propos sur l'art, p.217.
大久保 恭 子
54)マ チ ス がRaymond Escholierに 語 っ た 言 葉 。Cite dans Collection (s), exh.cat., Le Cateau-Cambresis : Musee Matisse, 2002, p.248.
55)
56) 57)
58)
Matisse, lettre a Bussy, 24 aout 1934. Cite dans Fourcade (ed.), Henri Matisse, Ecrits et propos sur l'art, p.217.
E.Teriade, "L'Actualite de Matisse", Cahiers d'art, 4, 5, 1929, pp.285-298.
Xavier-Gilles Neret, "Verve : The premises of Jazz, 1936-40", in Gilles and Xavier-Gilles Neret (eds.), Henri Matisse, Cut-outs, Drawing with Scissors, p.87.
Teriade, lettre a Matisse, 10 juin 1941. Cite dans Isabelle Monod-Fontaine (ed), Matisse : (Euvres de Henri Matisse, exh. cat., Paris : Editions du Centre Pompidou, 1989, p.342.
59)大 久 保 「 〈ブ リ ミ テ ィ ヴ ィ ス ム 〉 と くブ リ ミ テ ィ ヴ ィ ズ ム 〉 一 文 化 の 境 界 を め ぐ る ダ イ ナ ミ ズ ム 』、
三 元 社 、2009、9-81頁 。 大 久 保 『ア ン リ ・マ チ ス の 「誕 生 」』、167-205頁 。
60)マ チ ス は1942年9月25日 付 け のRouveyreに 宛 て た 手 紙 に ドル レ ア ン へ の 関 心 を し た た め て い る 。 こ
れ が 最 も 早 い マ チ ス に よ る ドル レ ア ン へ の 言 及 で あ る と思 わ れ る 。Matisse,1ettre a Rouveyre,25
septembre 1942. Repr. dans Finsen (ed.), Matisse Rouveyre correspondance, p.145.
61) Matisse, Letter to Teriade, 1947. Repr. in Gilles and Neret (eds.), Henri Matisse: Cut-outs, Drawing with Scissors, p.133.
62)1942年9月29日 の 手 紙 で マ チ ス は 、 ドル レ ア ン『 詩 集 』 を 見 つ け る こ とが で き な か っ た の で 探 し て 欲
し い と い う 依 頼 をRouveyreに して い る 。 Matisse,1ettre a Rouveyre,29 septembre 1942. Repr. dans
Finsen (ed.), Matisse Rouveyre correspondance, p.147.
63)例 え ばMatisse,1ettre a Rouveyre,9janvier 1943. Repr. dans Finsen(ed.)Marisse Rouveyre,
correspondance, p.157.た だ し こ の 差 出 人 の 署 名 はHenri Essitamと な っ て い る 。 か つ て マ チ ス は 初
め て 描 い た 油 彩 画 に や は り名 前 を 逆 さ に 綴 っ た こ と が あ る 。
64)Rouveyre,1ettre a Matisse,3fevrier 1943. Repr. dans Finsen(ed.),Matisse Rouveyre corresepondance,
p.205.
65)「 私 は 完 全 に 手 書 きで 作 品 を 作 る と決 め た 。(同 じ ジ ャ ン ル で 既 に ベ ル ナ ー ル が や っ た の を 横 目 で 見 な
が ら だ)、 し か し 何 て 酷 い ん だ(至 る 所 、 掘 り 返 し て い る)」Matisse,1ettre a Rouveyre,4fevrier
1943.Repr. dans Finsen(ed.),Marisse Rouveyre correspondance p.207.こ こ で 引 き 合 い に 出 さ れ た
ノ
の はEmile Bernardが1915年 に刊 行 したPierre de Ronsardの 『愛 の 詞 華 集 』 の 挿 絵 で あ る が 、 マ チ ス は これ に批 判 的 で あ る こ とが分 か る。1941年 に マ チ ス は ス キ ラか ら ロ ンサ ール の 「愛 の詞 華 集 』 の 挿 絵 制 作 を 依 頼 され て お り、 この手 紙 の 日付 は そ の 制 作 が 進 行 して いた 時 期 に重 な る。 しか しマ チ ス は ロ ンサ ール のr愛 の 詞 華 集 』 の テ ク ス トに 手 書 き文 字 を 用 い る こ とは なか った。 な お ロ ン サ ール の 『愛 の 詞 華 集 』 が 出版 され た の は1948年 で あ る。 挿 絵 の 仕 事 は1940年 代 を通 して重 な りな が ら進 行 し、 『ジ ャズ 』 制 作 は そ の 流 れ の 中 に あ った 。
66) Matisse , lettre a Rouveyre , 30[29 ?] mars 1943. Repr. correspondance, p.226.
dans Finsen (‚…d.) , Matisse Rouveyre
ア ン リ ・マ チ ス 『ジ ャズ 』 の テ ク ス トを め ぐ る 試 論(Ⅱ)
67)Georges Rouault,1)Divertissement, Paris:Teriade Editeur,1943.15点 の グ ワ ッ シ ュ に よ る 彩 色 図 版
に 手 書 き の 文 章 が 添 え ら れ た 版 画 集 。
68)Teriade,1ettre a Rouault,30 avri11941.『 ル オ ー と マ テ ィ ス 』 展 カ タ ロ グ 、 松 下 竜 工 汐 留 ミ ュ ー ジ ア
ム 、2008年 、129頁 に 引 用 。 69)ベ ル ナ ー ル ・ ド リヴ ァ ル『 ル オ ー 』 高 階 秀 爾 訳 、 美 術 出 版 社 、1961年 、160頁 。 70)ジ ャ ン ・ス タ ロ バ ン ス キ ー 『道 化 の よ うな 芸 術 家 の 肖 像 』 大 岡 信 訳 、 新 潮 社 、1975年 、114頁 。 71)大 久 保 「マ チ ス の 『ジ ャ ズ 』 に お け る 祝 祭 的 プ ロ グ ラ ム ー 図 像 主 題 を め ぐ っ て 」、 『美 術 史 論 集 』 第9 号 、 神 戸 大 学 美 術 史 研 究 会 、2009年 、1-20頁 。 72)同 上 、4-5頁 。
73) Matisse , lettre a Rouveyre , 18 correspondance, p.284.
decembre 1943. Repr.dans Finsen (ed.) , Matisse Rouveyre
74)コ ン ス タ ン テ ィ ン ・フ ォ ン ・バ ル レ ー ヴ ェ ン 『道 化 一 つ ま ず き の 現 象 学 』 片 岡 啓 治 訳 、 法 政 大 学 出 版 局 、1986年 、39、94頁 。 ウ ィ リア ム ・ウ イ ル フ ォ ー ドr道 化 と笏 杖 』 高 山 宏 訳 、 晶 文 社 、1983年 、139 頁 。 75)大 久 保 「マ チ ス の 『ジ ャ ズ 』 に お け る 祝 祭 的 プ ロ グ ラ ム 」、5-7頁 。 76)Matisse,jazz,pp.135-136.「 未 来 の 生/み な の た め に 、 自 分 た ち の 天 賦 の 才 を 発 展 さ せ る こ と に 生 涯 を 捧 げ て き た ひ と た ち が 全 て 、 そ の 死 後 に 彼 ら の望 み に ふ さ わ し い 満 足 な 生 を 享 受 し て い る と い う の は 、 慰 め と満 足 を 与 え る こ と で は な か ろ う か 。 一 方 狭 量 な 利 己 心 で 生 き た ひ と た ち は・・・」 原 文 は"La vie
future./Ne serait-il pas consolant, satisfaisant que tous ceux qui ont donne leur vie au developpement
de leurs dons naturels, au profit de tous, jouissent apres leur mort, d'une vie de satisfactions en accord avec leur desir. Tandis que ceux qui ont vecu en etroits egoestes..."
77) Cite dans Lavarini, Henri Matisse: JAZZ (1943-1947), p.331. 78) Cite dans Schneider, Matisse, p.675.
79)Matisse,agenda, 5 aout 1944, Paris;Archives Matisse.「 私 は 一 週 間 前 か ら 「ジ ャ ズ 』 の た め に 水
族 館 の 二 枚 の 原 画 を 制 作 し て い る 。(中 略)「 ジ ャ ズ 』 の 構 成 は 、8月5日 現 在 、 以 下 の 通 り だ 。 (1)《 ヴ ェ ル ヴ 》 (2)《 シ ル ク 》 (3)《 空 中 ブ ラ ン コ 乗 り、 も し くは 飛 行 士 》 (4)《 道 化 師 》 (5)《 トポ ガ ン橇 》 (6)《 白 象 の 悪 夢 》 (7)《 曲 馬 乗 り と 道 化 師 》 (8)《 ピ エ ロ の 埋 葬 》 (9)《 刀 呑 み 》 (10)《 コ ドマ 晃 弟 》 (11)《ロ ワ イ ヤ ル 》 (12)《 造 形 的 ポ ー ズ 》 (13)《 カ ウ ボ ー イ 》 (14)《 ナ イ フ 投 げ 》 (15)《 宿 命 》 (16)《 狼 男 》 (17)《 水 槽 》 (18)《 オ セ ア ニ ア 》 」 80)大 久 保 「マ チ ス の 「ジ ャ ズ 』 に お け る 祝 祭 的 プ ロ グ ラ ム 」、8-10頁 。 81)マ チ ス は1944年8月5日 の 構 成 案 に 「ジ ャ ズ 」 と い う 題 名 を 記 し て い る 。 こ の 案 で 《道 化 師 》 は4 番 目に 位 置 づ け られ て い た。 した が って 《道 化 師 》 の 掲 載 順 の 変 更 は 題 名 変 更 よ り も後 の こ とに な る 。 82) Entretien avec le frere Rayssiguier, 13 novembre 1948. Cite dans Schneider, Matisse, p.674.
83) Matisse, agenda, 19 mars 1946. Cite dans Finsen (ed.), Matisse Rouveyre correspondance, p.403.
大久保 恭 子
*本 論 文 は2010年2月27日 、広 島 大 学 に お い て 行 わ れ た 美 学 会 西 部会 第277回 研 究 発 表 会 で 口頭 発 表 を 行 った 内 容 に 加 筆 訂 正 を 加 え た もの で あ る。
図像出典
: Matisse et Teriade, exh.cat., Arcueil: Anthese, 1996. ‡A‡C‡D‡R : Henri Matisse, Jazz. Repr. Matisse, Jazz, Koln: Taschen, 2009.
③ ⑥ ⑦22 24 25262728293031:『 マ テ ィ ス 展 』 カ タ ロ グ 、 東 京:国 立 西 洋 美 術 館 、2004.
: Henri Matisse, Traits essentiels, Gravures et monotypes, 1906-1952, exh.cat., Geneve: Cabinet des estampes du Musee d'art et d'histoire, 2006. ‡I‡J
: Matisse, Exh. Cat., Queensland : Queensland Art Gallery and Art Exhibitions Australia Limited, 1995. ‡L
: Hanne Finsen (ed.), Matisse Rouveyre correspondance, Paris: Flammarion, 2001.
⑭ ⑳21:『 ル オ ー とマ テ ィ ス 』 展 カ タ ロ グ 、 松 下 電 工 汐 留 ミ ュ ー ジ ア ム 、2008. ⑮ :ビ エ ー ル ・ク ル テ ィ ヨ ン『 ル オ ー 』 柳 宗 玄 、村上 光 彦 訳 、 み す ず 書 房 、1962. ⑯:マ イ ケ ル ・カ ミ ー ル『 周 縁 の イ メ ー ジ ー 中 世 美 術 の 境 界 領 域 』、 永 澤 唆 、 田 巾 久 美 子 訳 、 あ り な 書 房 、 1999. (おお くぼ ・き ょ う こ 国 際 言 語 学 部 教 授) 168