なぜ選んだ靴で足を痛めるのか
―市場での靴選びの難しさを探る
三 浦 紗綾子
Why Do We Have Trouble with the Shoes We Wear?: The Difficulty of Finding Shoes that Fit in Japan
Sayako Miura Abstract
According to research in ergonomics and medicine, finding shoes that fit is a difficult task. However, it is not just the physical difficulty of matching shoes with consumers’ feet that causes problems. Some Japanese shoe industry players have written books for general audiences and have pointed out that most participants in the shoe market, including manufacturers, distributors, and consumers, lack an understanding of how to fit shoes. The author comprehensively reviews 29 of these books published since 2000 considering the contradictory claims in them. The results can be summarized as follows: a variety of misunderstandings leads to problems in finding shoes that fit. This academic research on the Japanese shoe industry will help consumers find shoes that fit and thus avoid pain.
Key words: shoes (靴), shoe industry (靴 産 業), shoe-fitting (靴 の 適 合), foot health (足 の 健 康), #KuToo (#KuToo) 1 はじめに なぜ,自分なりに選んだつもりの靴で,足指が靴にあたったり,靴ずれができたりするのだろうか。 足と靴を合わせるのは物理的に難しいことは,人間工学や医療の分野で指摘されてきた(中島, 2011a, b,2012 他)。しかしながら,足に合った靴選びを難しくさせているのは,物理的制約だけでは ない。靴は市場で取引される。足と靴を合わせるのは物理的に難しいことに加えて,靴選びが市場を 介して行われるから,足に合った靴を手に入れるのが難しくなっている。より具体的には,靴市場に 参加するメーカー,流通,消費者といったプレイヤーが,半ば誤解に基づいて行動しているため,消 費者が足に合った靴を手に入れるのが難しくなっているとの指摘がなされている(かじやま,2018 他)。 こうした指摘は,靴業界関係者による一般向け書籍で断片的に行われてきた。靴産業・靴市場に関 する学術的研究は限られているので(三浦,2017),これら書籍の主張は貴重である。ただし,一般向 けであるがゆえに,他の著作を参照したり引用したりすることが少なく,各々の主張は個別になされ ている状態であった。主張の一致・不一致に配慮した整理・統合作業は行われてこなかった。各々の 主張が一致する場合には,一致点を引用することで,その主張が強化される。また主張に不一致・矛 学苑 No. 958 (16)~(36)(2020・8)
盾がある場合には,不一致・矛盾が生じる理由や,それを解消する解釈を考える必要がある。 そこで本稿は,これらの著作を包括的にレビューし,市場での靴選びが,なぜ・どのように難しい のか,各々の主張の一致・不一致に配慮して既存の主張をまとめた。結論を先取りするなら,消費者 は靴選びの正しい知識を持っておらず適正サイズより大きな靴を求める傾向があること,それに対応 して大きいサイズの靴が流通していること,消費者の誤解を正して補うほどの知識を十分に持った靴 の販売員が限られていることが明らかになる。これらが相互に強化しあって,足に合った靴を消費者 が手に入れることを難しくしている。 本稿の貢献は,市場での靴選びの現状について,これまで靴業界関係者が一般向け書籍の中で個別 に行ってきた主張を,一致・不一致に配慮して,包括的に整理したことにある。 靴産業・靴市場の実態を明らかにするこうした整理には,実務的意義もある。足のトラブルを抱え る人は多い(矢野経済研究所,2012,p. 21)1。後に示すように,足のトラブルは,足に合わない靴と密 接に関係している。本稿は,靴選びを難しくする要因を整理して提示するものであり,足に合った靴 を選ぶ方法や足のトラブルの治し方を直接示すものではない。しかし,足に合った靴を手に入れるの が難しい理由を理解することが,足に合った靴を選ぶ一助になると思われる。 この実務的意義は,2020 年現在,重要な意味を持つと思われる。日本では,2019 年から,#Ku-Too 運動が展開されていている(石川,2019,p. 42)。これは,女性のみが仕事でパンプスを強要され るという女性差別をなくそうとする運動である。しかし,パンプスではなく男性が仕事で履くような 革靴(ひも靴)2 を履けば,足のトラブルが減るかどうかについては,この運動とは別に,この運動 の主旨からそれるけれども,考える必要があると思われる。 以下,#KuToo 運動の主旨を確認した上で,本稿との関連を整理しておこう。 2019 年 1 月 24 日に,石川優実氏は,ツイッターに次のように呟いた(石川,2019,p. 42)。 私はいつか女性が仕事でハイヒールやパンプスを履かなきゃいけないという風習をなくしたいと思ってい るの。 専門の時ホテルに泊まり込みで 1 か月バイトしたのだけどパンプスで足がもうダメで,専門もやめた。な んで足怪我しながら仕事しなきゃいけないんだろう,男の人はぺたんこぐつなのに。 この投稿を契機に,石川氏は社会運動としての #KuToo を開始した。職場でパンプス着用が女性 に強制されることの問題点は 2 つあると石川氏は述べている。一つ目は「同じ業種の中で男女の履物 に違い・差があること」,二つ目は「身体に負担のあるものを仕事上強制することの意味」である(石 川,2019,p. 44, 45)。 筆者は,女性差別をなくそうとするこの運動の主旨に賛同する。しかし,男性が仕事で履くような 革靴(ひも靴)に替えたら足のトラブルが減るかどうかについては,靴合せの条件を踏まえて考える 1 同資料によれば,男性の 7 割超,女性の 9 割超が,足のトラブルを経験したことがあると答えている。 2 石川は,男性が仕事で履く靴を「革靴」と呼んでいるが,本稿では,男性が履く革靴(ひも靴)という表現 を用いている。「革靴」という言葉は確かに,男性が仕事で履く靴の意味で使われることがある。石川の著書 の表紙にも,革のひも靴がみられる(石川,2019)。しかし同時に,「革靴」は,革が材料のすべての靴を指す こともあり,その場合には革製のパンプスも含まれる。混同を避けるため,この表現を用いた。
必要があると思われる。 この運動は,パンプスと男性が履く革靴(ひも靴)を比べたときに,より身体に負担がかかるパン プスを女性だけに強いることを問題視しているのであって,男性の革靴それ自体が身体に負担となる 程度を問題視しているわけではない。 しかし,男性の革靴(ひも靴),あるいはさらにスニーカーだからといって,足によい・足にトラ ブルを起こさないと理解するのは早計であり,こうした靴であっても足のトラブルにつながることが ある。この点において,靴と足・全身の健康の関係を整理し,足に合った靴を手に入れるのが難しい 理由を包括的に整理し提示することには意義がある。 本稿は,なぜ足に合った靴を選ぶのが難しいのか,技術的な点(物理的制約・社会的制約による)を 整理した上で,市場に参加するプレイヤーが半ば相互に誤解しているため,靴選びがさらに難しくな っていることを明らかにする。本稿の構成は次の通りである。続く第 2 節で,研究方法について述べ る。第 3 節で,靴選びの難しさを考えるための予備知識として,足・全身の健康と靴の関係について 整理し,足に合った靴の条件を明らかにする。さらに第 4 節では,足に合った靴を手に入れる技術的 な難しさを指摘する。そこには物理的制約と社会的制約がある。足は多様でその形・大きさは固定で きないにもかかわらず,ミリ単位での適合が求められるという物理的難しさがある。さらにはマナー やファッションといった社会的機能も満たさなければならないという難しさが靴選びにはある。第 5 節で,一般向け書籍のレビューに基づき,そもそも技術的に難しい靴選びを,市場で行うことの難し さを明らかにする。消費者の誤解と,その誤解を解かずに対応している靴メーカー・流通企業が,靴 選びを難しくしていることが明らかになる。第 6 節にて本稿の議論を締めくくり,今後の研究の課題 を提示する。 2 方 法 市場での靴選びの現状を明らかにするため,本稿では,靴と健康について論じた一般向け書籍の広 範なレビューを行った。靴産業・靴市場に関する学術的研究は限られている(三浦,2017)。しかし靴 業界の関係者は,靴と健康について論じた一般向け書籍を出版しており,その中で自らの実体験に基 づいて,靴産業・靴市場に言及することがある。そうした断片的な指摘を組み合わせることによって, 市場での靴選びの現状を明らかにするため,以下の手続きで,靴と健康について論じた一般向け書籍 をできるだけ漏れのないようにリストアップした。
CiNii Books で,靴をキーワードに書籍の検索を行った。CiNii Books は大学図書館に所蔵されて いる書籍を横断的に検索できるデータベースである。したがって,出版されたすべての本が網羅でき るわけではない。しかし大学図書館に所蔵されているということは,寄贈されたか購入されたことを 意味する。大学図書館が購入すると判断した書籍は網羅されるので,内容について,一定程度以上の 水準を備えたものを見落とすことは少なくなるはずである。 CiNii Books で靴をキーワードに検索した結果得られた 1665 件から,以下 1~5 の手続きで,靴と 健康について論じた書籍を表 1 の通りリストアップした。
表 1 対象書籍リスト(出版年順) 出版年 著者 所属・肩書 タイトル 出版社 1 2019 アシックス スポーツ工学研究所 靴メーカー 究極の歩き方 講談社 2 2019 今倉章 医者 靴が人を不健康にする 希望出版社 3 2019 新保泰秀 柔道整復師 図解 靴底の減り方でわかるカラダ診断 主婦の友社 4 2019 福岡宜子 ペドーシスト(足矯正義肢) 転ばぬ先の “足” “ババ先生” が教える足をいたわり人生を謳歌する 40 のヒント トゥエンティワンディスカヴァー・ 5 2018 かじやますみこ ノンフィクション作家・放送作家 健康長寿は靴で決まる 文藝春秋 6 2018 西村泰紀 靴コンサルタント 痛い靴がラクに歩ける靴になる 主婦の友社 7 2017 新保泰秀 柔道整復師 靴底の外側が減らなくなると体の不調も消える 主婦の友社 8 2017 足と靴と健康協議会 (章ごとに筆者が異なる) NPO(シューフィッター養成) シューフィッターに頼めば歩くことがもっと楽 しくなる キクロス出版 林美樹 靴小売(百貨店) 召田憲司 靴小売(専門店) 小林徹司 靴小売(専門店) 吉田友則 靴小売(百貨店) 9 2016 西村泰紀 靴コンサルタント その靴,痛くないですか? あなたにぴったりな靴の見つけ方 飛鳥新社 10 2015 足と靴と健康協議会(編) NPO(シューフィッター養成) 足と靴と健康を考える シューフィッターの小さな奇跡 繊研新聞社 11 2013 (株)アシックス スポーツ 工学研究所(編著) 靴メーカー おもしろサイエンス 足と靴の科学 日刊工業新聞社 西脇剛史(監修) 工学博士 12 2012 塩之谷香 医学博士(整形外科) 足のトラブルは靴で治そう ようこそ足と靴の外来へ! 第 2 版 中央法規出版 13 2011 呉本昌時 靴メーカー・小売 人生を楽しくする 大人の女の靴選び 幻冬舎 14 2011 塩之谷香(監修) 医学博士(整形外科) NHK あさイチ 女性の大敵! 足のトラブル解消術 NHK 出版 五味常明(監修) 医師(形成外科) 15 2010 田中尚喜(著) 理学療法士 腰痛・下肢痛のための靴選びガイド―からだにあった正しい靴を履いていますか?―第 2 版 日本医事新報社 伊藤晴夫(監修) 医師 16 2010 飯野高広 服飾ジャーナリスト 紳士靴を嗜む はじめの一歩から極めるまで 朝日新聞出版 17 2009 内田俊彦 医学博士(整形外科) 外反母趾は切らずに治せる 現代書林 18 2009 石田ミユキ(著) セルフケアコーディネーター マッサージ・ヨガサロン 歩けるからだになるために 読むと歩きたくな る本 BAB ジャパン 吉永信裕(監修) 医師 19 2007 竹川圭 ファッション・エディター 紳士 靴を選ぶ 光文社 20 2007 石塚忠雄 医師(整形外科) さようなら足ブス 今日からはじめる!らくらくフットケア 山海堂 21 2007 柴田一 靴卸・小売 はだしがいちばんきもちいい。 第 2 版 ダイヤモンド社 22 2005 健康シューズ研究会(著) NPO 健康になる靴 病気をつくる靴 文化創作出版 山名敞(監修) 靴メーカー 23 2005 田澤賢次 医師 裸足の抱擁 冬青社 24 2004 加藤一雄・山本宏 NPO(シューフィッター養成) 上級シューフィッターが教える 靴選びで健康になる本 キクロス出版 25 2004 服部浩之 靴小売 足美人になる靴選び 三水社 26 2003 前田和男 ノンフィクション作家 足元の革命 新潮社 27 2003 長谷川英子・フット&シューズ研究会 編集者,ライター,スポーツジムのインストラクターなど で構成した研究会 「元気!」はすべて足と靴から! 東邦出版 28 2002 加藤知生 理学療法士 足のストレスを脱ぎ捨てる本 フットケアと靴選びでリフレッシュ 旬報社
29 2001 五十嵐佳子 ライター Shoes & Foot おしゃれな靴を一生楽しむために エクスナレッジ
1.出版年不明,戦前・戦中の本を 157 件除外して,戦後に出版された本のみを残した3。 2. タイトルから,靴産業・靴市場と関係がないと考えられるものは削除し(主に文学作品),残りが 398 冊になった。 3. さらに,下記(a),(b)に該当することがタイトルから明確に判断できるものは除外し,判断に 迷うものは残した。その結果,116 冊に絞り込まれた。 0 (a)靴と健康に関係のない本: ブランド・スニーカーやブランド革靴をリスト化して紹介した「靴目録」の 本,手入れ・靴磨きに関する本,靴業界経営者向けの本(経営指南書等),各種調査・研究・報告書 0 (b)靴と健康に関係があるが一般向けでない本: 医療・福祉従事者向けの本,スポーツに特化した本,子ど も靴に特化した本,翻訳本4 4. 近年の実状を明らかにするという目的に照らし,116 冊のうち,2000 年以降の 53 冊のみを残した。 5.53 冊に目を通し,靴と健康の関係を扱った本に絞り込んだ。最終的に 29 冊が対象となった。 こうしてリストアップされた 29 冊を,第 5 節での分析,すなわち市場での靴選びの現状を明らか にするために使用した。靴メーカーや小売といった立場によって著者の発言内容は影響を受けると思 われるので,表 1 には著者の所属・肩書も併記している。 これらの書籍から引用を行う際には,ページも示した。対象とした多くの書籍は,靴と健康を大き なテーマに持ちながらも多様なトピックを扱っているので,該当ページを正確に示した方がよいと判 断したためである。 3 歩行と健康,靴 本節では,予備知識として,なぜ靴で足や身体を痛めるのか理解するため,①歩行と足の健康の関 係,②歩行と全身の健康の関係,③靴と歩行,足・全身の健康の関係,④足に合っている靴・合って いない靴について,順に説明していく。①~④は,図 1 にある通り,相互に影響しあっている。それ も踏まえて記述していく。 なお,以下特に断りのない限り,足は足首から下を指す。足の付け根までの広い範囲の「足」は, 下肢と表現する。 3 1945 年に出版されたものはなかったので,1946 年以降のものがリストに残った。 4 日本の靴産業・靴市場に関係ないため除外した。 図 1 歩行と健康,靴の関係 歩行のバランス 全身の健康 靴 (合っている/いない) 足の健康 ② ① ③ ④
3.1 歩行と足の健康 人は歩くとき,踵から着地し,踵にのった体重を,小趾(第 5 趾,小指)の付け根を経て母趾(第 1 趾,親指)の付け根に移動させる。このとき,足の指は身体がふらつかないように地面を踏みしめる。 最後に,第 1 並びに第 2,3 趾で蹴り出す(近藤,1993,pp. 105-110; 高山,2014,p. 79)。これをあお り歩行という(近藤,1979, 1993)。 全身に比して小さな足で体重を受け止めながら歩くことができるのは,足の骨がアーチ構造になっ ているからである。アーチがバネのように機能して,体重や衝撃を受け止めるので,足は壊れない (福岡,2019,pp. 22-26; 高山,2014,pp. 78-83)。足のアーチは 3 つある。①踵から母趾の付け根の内 側縦アーチ,②踵から小趾の付け根の外側縦アーチ,③ 5 本の指の付け根の横アーチである。 アーチのバネ機能を活かして,踵から小趾を経て母趾に体重を移動させ,最後に蹴り出す歩行を, バランスのとれた歩行とここでは呼ぶことにする。 踵からバランスよく体重を移動させ,足指を使って最後に蹴りだすことができれば,足の筋力を維 持することができ,足のアーチも維持できる。足のアーチが維持できれば,バランスのよい歩行が続 けられる(高山,2014,p.60)。 逆に,バランスよく歩行できないと,徐々にアーチが崩れていく。高山(2014,p. 61)は,悪い歩 き方の筆頭は「ぺたぺた歩き」だと述べている。足裏全体をぺたぺたと地面につけたり,足を引きず るように歩く歩き方である。「ぺたぺた歩き」だと足裏の筋肉が使われないので,筋肉が衰え,アー チが支えられなくなる(清水,1995,pp. 77-81; 高山,2014,pp. 60-63)。アーチが崩れると,バランス のよい歩行ができなくなる。すると,体重や衝撃を上手く分散させることができずに,局部に過度な 負担がかかるようになる。これが続くと,足のトラブルにつながる5。 偏平足という言葉は比較的有名だが,これは内側縦アーチが崩れた足のことである。それより知ら れていない症状ながら,実は多いと言われているのが開張足である6。これは横アーチが崩れた足で ある。横アーチは,悪い歩き方の影響を受けやすく,崩れやすい(高山,2014,pp. 80-83)。 開張足や偏平足と,外反母趾と内反小趾は,多くの場合同時に観察される(高山,2014,p. 94)7。 外反母趾は,第 1 趾が,身体の中心に対して外に曲がっているから外反母趾という。母趾側に過度に 負荷をかける歩き方が一つの要因とされている(高山,2014,pp. 89-92)8。外反母趾ほど自覚されな いが,小趾の付け根が飛び出す場合もある。小趾が体の中心に向かって曲がっているから内反小趾と いう。これは小趾側に過度に負荷がかかる歩き方が一つの原因とされる(高山,2014,pp. 92-94)。 足にタコやウオノメができることもある。いずれも角質層が厚くなったもので,タコは外側に向か って角質層が厚く盛り上がったもの,魚の目は逆に,角質が芯のようになって皮膚の内側にくさび状 に食い込んだものである。これらは,局所的に加えられた摩擦や圧迫に対する皮膚の防御反応である。 5 正しくない歩行が引き起こす足のトラブルについては,高山(2014)を参考に記述した。 6 「女性のほぼ 9 割は多かれ少なかれ開張足の傾向があ」る(高山,2014,p. 84)。 7 卵とニワトリの関係のように,外反母趾が先か,開張足・偏平足が先かは分からない(内田,2003,p. 67)。 外反母趾は女性に多い病気だが,男性にも子どもにもみられる(召田,2017,pp. 53-54; 田中,2010,p. 19; 柴田, 2007,p. 59; 竹川,2007,p. 18)。女性に多いのは,女性の方が関節の構造やそれを支える筋肉が弱いからであ る。同時に,男は外反母趾にならないとか,恥ずかしいといった思い込みから,男性の外反母趾が顕在化しな い可能性も指摘されている(塩之谷,2012,p. 88)。 8 外反母趾には,先天的な遺伝的要因も指摘されている(内田,2003,p. 26)。
これらの足のトラブルがあると,そこをかばった歩き方になり,バランスのとれた歩行がさらに難 しくなる。バランスの崩れた歩行は,さらに足のトラブルを引き起こしたり悪化させたりする。 3.2 歩行と全身の健康 「足は第二の心臓」と言われる。歩行によって足・下肢の筋肉が収縮・弛緩すると,血管が押され たり広がったりするので,血液が重力に逆らって心臓に押し戻される。この作用を「ミルキング・ア クション」という。このように足は,心臓のポンプ機能を補っている。したがって,よく歩けば,心 臓に負荷をかけすぎることがない(鈴木,1990,pp. 120-122; 高山,2014,pp. 18-20)。血液を循環させ ることは,脳梗塞や脳卒中を防ぐことにつながる(田澤,2005,pp. 78-79)。 また,足にトラブルなく歩行できる状態が維持できれば,年をとっても健やかに歩き続けることが でき,運動器(骨や関節,じん帯,筋肉など)に障害をきたすロコモーティブシンドロームを防いで寝 たきり防止につながる。すなわち,健康寿命を延ばすことにつながる(高山,2014,pp. 198-199)。 逆に,足にトラブルがあってその違和感や痛みをかばって歩こうとすると,姿勢が悪くなる。その ような状態で歩き続けると全身に不調をきたすようになる(田澤,2005,pp. 76-77)。膝や腰を痛めた り,肩こりや頭痛,便秘が引き起こされるのである。 足にトラブルがあってあまり歩かなくなると,血液を循環させるミルキング・アクションが作用し なくなる。歩かないと筋肉が弱って,寝たきりにもつながる。健康寿命が縮まるのである。 3.3 靴と歩行,足・全身の健康 これまで靴に触れずにきたが,人は,靴を履いて歩行する。靴は,バランスよく歩行できるかどう かに大きな影響を与え,ひいては足・全身の健康に影響を与える。 靴が合っていると,歩行をサポートしてバランスよく快適に歩くことができる(大谷,2007,pp. 111-112)。例えば,米国ペドーシスト9の福岡は,足と靴が一体で動くことを「足靴一体(そっかいっ たい)」と呼び,「足と靴が一体で動いてこそ,快適歩行が叶」うと述べている(福岡,2019,p. 77)。 さらに,靴を履いてバランスよく歩行できている場合,人は,靴を履いていることを意識しなくな る(召田,2017,p. 63)。痛いところがあるとそれを意識してしまうのと対照的である(石塚,1983,p. 132)。 逆に,足に合わない靴は,バランスのとれた歩行を阻害する。靴が小さすぎれば足が過度に圧迫さ れる。靴が大きすぎても,歩行時に足指が靴先に押し込まれて圧迫される。このとき,足が前に滑る のを抑えるため,足指は無意識に踏ん張る。これらはいずれも,効率よくバランスのとれた歩行を阻 害する。アーチのバネ機能を活かしたり,最後に足指で蹴り出すことができなくなる。その結果,足 のトラブルが引き起こされる。 靴は,足を保護し歩行をサポートするのが本来の機能であるはずなのに,靴を履くことでかえって, 足・全身のトラブルが生じることになる(今倉,2019; 日本靴総合研究会,1995)。足・全身のトラブル に言及する場合,ハイヒールが悪者にされることが多いが,問題は足に合わない靴である(田中, 2010,pp. 9-13)。ヒールが高くない靴,例えば紳士用革靴であってもスニーカーであっても,足に合 っていなければ,圧迫あるいは前滑りで足のトラブルにつながる(かじやま,2018,pp. 79-80; 召田, 2017,pp. 53-54)。 9 ペドーシスト(pedorthist)は,日本語では足装具士,足矯正技師,処方靴士などと訳される(石塚,1990, pp. 22-24; 福岡,2019,p. 4)。Ped は足,orthotic は装具の意味である。米国では,医師の処方箋に基づいて靴 やその中に入れる中敷きを製作する。日本にはこれに相当する職種はない(石塚,1990,pp. 22-24)。
トラブルを抱えた足は,履ける靴の選択肢を狭める。なぜなら,靴を選ぶ際に,痛みを回避し, 足・下肢の歪みを補正することを考えなくてはならなくなり,合う靴の範囲が狭まるからである。た だし,そうした足に対して靴を適切に選ぶことができれば,足・下肢・体の痛みやトラブルが解消さ れることもある(小林,2017,p. 102; 塩之谷,2012,p. 25)。 3.4 足に合っている靴 足に合った靴,という表現を用いてきたが,ここで注意しなければならないのは,足の大きさをそ のまま写した靴が,足に合った靴・歩行をサポートする靴ではないことである(日本靴総合研究会, 1984,pp. 20-21,1995,pp. 26-27)。歩行時に変化する足に対して,靴は,ぴったりであるべきところ・ 小さくあるべきところ・大きくあるべきところに分かれる。 また,合っているかどうか以前に,靴としてつくりのよい靴・悪い靴がある。よい靴は足を保護し 歩行をサポートして,バランスのよい歩行を可能にするが,つくりの悪い靴は足に余計な負担をかける。 以下では,足を保護し歩行をサポートする靴の条件について,足に対する大きさと,つくりのよさ について,順に説明していく。 本項の結論を先取してまとめておくなら,ぴったりしているべきは踵で,小さくあるべきところは 甲(ウエスト部),ゆとりがあるべきところはつま先である。また,踵はしっかりしていること,足が 曲がるところ(ボール部)でのみ曲がる靴が,つくりのよい靴とされる。なお,以下の説明で言及す る足の各部名称を図 2 に示している10。 ①靴の大きさ 足の大きさと形は歩行時に変化する。最初に体重がかかるのは踵だが,歩行時の変形は少ない。踏 み込んでいって体重がかかるとアーチが下がり,ボール部(母趾から小趾の付け根)は横に平たく広が る(中島,2011a,p. 7)。このとき,体がぐらつかないように足指は前後・左右に広がり,地面を踏み しめる(清水,1995,p. 59)。最後に,ボール部分が曲がり,第 1,2,3 趾で蹴り出して踏み切る(近藤, 10 これらは最低限の条件というべきもので,歩行をサポートするために考慮すべき条件は,他にもある。例え ばその代表的なものとして,靴底が平らで安定していることが挙げられる。靴自体が傾いたり揺れたりしてい たら,それに乗って歩く身体も不安定になり,バランスが崩れた歩行になる(日本靴総合研究会,1984,pp. 36-37, 1995, pp. 42-43; 塩之谷,2012,pp. 27-28)。 足長 足指部分 ウエスト部分 踵部分 ボール部 踏まず長 足囲は、ボール部で足を 一周した長さ 図 2 足の各部名称
1979, 1993)。 この歩行動作を阻害せずサポートするために必要とされる靴の大きさについて,踵部分,ウエスト 部分,足指部分に分けて説明していく。 実際の足と同じような大きさ・形をしているのが靴の踵である。着地の衝撃を受け止めるためにも, その後スムーズに体重移動をするためにも,靴の踵部分は足の踵としっかり合っている必要がある。 ゆるいと靴の中で踵がブレて安定した着地ができず,スムーズな体重移動もできないので,無駄な力 が必要になる。またゆるいと靴が脱げそうになるので,靴が脱げないようにするためにも無駄な力が 必要になる。 靴のウエスト部は,足のウエスト部よりも細くつくられている。足より細く絞られた分をコロシと いう。荷重によりウエスト部・ボール部は広がる。しかし,「たとえ圧迫しても柔らかい筋肉の比較 的多い部分であるため,痛みを起こすことも少ない」し(菅野,1975,p. 63),ウエスト部を締めてお くことで正しく快適に歩行できる(田中,2010,p. 35)。 ウエスト部がゆるいと,踵から体重移動して踏み込んでいく際に足が前に滑る。すると,靴の中で 足が滑らないように人は無意識に足指を縮めて踏ん張る。本来であれば地面を押さえつけて蹴り出さ なければならないのに,それができず,バランスのとれた歩行が阻害される。また,前に足が滑ると, 歩くたびにつま先が靴先に押し込まれて足指に負荷がかかり,外反母趾や内反小趾,タコやウオノメ, 爪のトラブルの原因になる(河内・持丸,1997,p. 100; 内田,2003, 2009)。 足が曲がるボール部と,靴が曲がる部分は一致していなければならない。言い換えると,踵からボ ール部までの長さである踏まず長は(図 2),足と靴で一致している必要がある。これを「アーチが合 っている」と表現する場合もある。ここが一致していないと,歩行時に足に余計な負担がかかる11。 実際よりも大きいのがつま先部分である。実際の足指よりも靴のつま先は長くつくられている。こ の長い分を捨て寸という。したがって,踵からつま先までの長さである足長より(図 2),靴の長さは 長い。加えて,靴のつま先には高さと幅も必要である。歩行時,足の指は縦横に広がって全身のぐら つきを抑え,最後に地面を蹴り出す(鈴木,1990,pp. 70-71)。静止時に足指を動かせる程度の余裕が ないと,踏み込んだときに足指に力がかけられないし,歩くたびに指先が靴先とその左右・上下にあ たって圧迫される。 ②靴の硬さ・柔らかさ 足を保護し歩行をサポートする観点から,どの部分も柔らかい靴は望ましくない。 踵は着地の衝撃を受け止め,踵・足首のブレを防ぐために,ある程度硬さが必要である(塩之谷, 2012,pp. 25-26; 内田,2009,p. 70)。そのため,カウンター(月型)と呼ばれる芯が踵部分には入って いる。 薄く柔らかい底では,足は支えられず,歩いたときの衝撃を足裏が受け,足・足裏が疲労する(加 藤・山本,1986,pp. 132-133; 久世,2006,p. 157; 五十嵐,2001,p. 69; 柴田,2007,p. 57)。 また,柔らかすぎる底で,真ん中が曲がってしまうような靴は歩行を阻害する。ボール部だけが曲 11 足の踏まず長より靴のそれが長いと(足の曲がる部分に対して靴の曲がる部分がつま先側にあると),歩くたびに 靴の中で足が前に滑る。前滑りが問題であることは上記のとおりである。逆に足の踏まず長が靴のそれより長 いと(足の曲がる部分に対して,靴の曲がる部分が踵側にあると)両者の曲がる部分が一致しないので,足指が圧迫 される(Rossi & Tennant, 1984,邦訳書 pp. 99-100)。
がりやすい靴がよい(塩之谷,2012,pp. 26-27; 内田,2009,pp. 70-71)。それ以外の部分(ウエスト部分) の底が曲がったりよじれたりするような靴は,歩行時に足に無駄な負荷をかける。ボール部以外の靴 底がよじれないよう,靴底のアーチ部分には,シャンクと呼ばれる部品が入れられている。 つま先も,指先を保護するためにある程度硬さが必要である。先芯といわれる芯が,つま先部分に は入れられている。 ストレッチが効いた服が動きやすいように,靴も足の動きに合わせて自在に変形する靴が,一見履 きやすいように思われる。しかし,足・身体を支える役割を担う靴の場合,足の形に添うようにどこ もかしこも柔らかい靴では,歩行をサポートしない。例えば,バレエシューズがその典型である。本 来バレリーナが履くバレエシューズは,鍛錬された足・下肢・身体があるからこそ履ける靴である (田中,2010,p. 22)。 つくりがしっかりしていても,靴内の素材やパッドで履き心地が柔らかい靴はありうる。それと, 靴全体が柔らかいことは,区別する必要がある(召田,2017,p. 61)。 ③靴の重さ・軽さ 軽さを売りにする靴がある。他の条件が同じであれば軽い靴は足・下肢に負担をかけないかもしれ ない。しかし,軽い靴は,足を保護し歩行をサポートする靴本来の機能を犠牲にしている可能性が高 い(加藤・山本,2004,pp. 35-36; 小林,2017,p. 95; 真喜屋,1997,pp. 63-64; 柴田,2007,p. 57; 塩之谷, 2012,pp. 3-4; 田中,2010,p. 20)。シャンクやカウンターといった部品が省かれていたり,薄い革や 底材が使われているので軽い場合がある。これでは,足を保護し,歩行をサポートすることはでき ない。 足に合っている靴は,歩いたときに重さを感じさせない(加藤・山本,2004,pp. 34-36; 小林,2017, p. 95; 柴田,2007,p. 57; 塩之谷,2012,pp. 3-4; 田中,2010,p. 20)。靴自体の重さ・軽さはあまり重要 な条件ではなく,足に合っていることが重要である12。 ④靴のデザイン ここでいう靴のデザインとは,外観上のスタイルのことである。多様な分類が可能だが,歩行のサ ポートの観点からは,履き口をひもで締めるスタイルの靴と,そうでない靴に大別できるだろう13。 履き口をひもで締める靴とは,革のレースアップ・シューズ(ひも靴)やスニーカー等である。ひも で締めるのではない靴とは,パンプスやスリッポン,ローファーなどである。ひもで締める靴の方が, 他の条件が同じなら,歩行のサポート機能を発揮しやすい。 ウエスト部は足よりも細い必要があり,締めておくことで前滑りを防ぎ,バランスよく快適に歩行 できる。ひも靴は,ひもを締めることでしっかりと足と靴を固定することができるが,ひもで締めな い靴は,それができないので(柴田,2007,p. 62),踵も足囲も踏まず長もしっかり合っている必要が ある。そうでないと前滑りしてトラブルにつながる(林,2017,pp. 37-38; 西村,2016, 2018)。 さらにひもで締めない靴の中でも,ハイヒールのように踵が高い靴は,横アーチや足指に負荷がか かる(田澤,2005,p. 67)。負荷がかかりつづけると,横アーチが崩れ,トラブルにつながる(石塚, 1991,pp. 34-40)。 12 ただし,筋力の弱い高齢者はこの限りでなく,軽さも必要になる(加藤・山本,2004,pp. 34-35; 田中,2010, p. 21)。 13 ひもで締めるかどうかという 2 分法は,福原(1997,pp. 96-97)を参考にした。
ただし,ひも靴なら足によくて,ひもがなくてもヒールが低い靴はましで,ハイヒールは足に悪い という単純な議論ではない。パンプスが一番足に負担が大きいというのは,カウンターやシャンクな どを省くことなくしっかりつくられた靴で,足に大きさが合っているという条件が,ひも靴・ひもが なくヒールが低い靴・ハイヒールのいずれでも満たされていたら,という条件の下での議論である (田中,2010,p. 13)。実際,スリッポンやローファーは,ひもで調整できないのでハイヒールと同様 に靴合わせは難しい(呉本,2011,pp. 38-39)。またひもがあるのに履いたときに締めない,つまりゆ るく結びっぱなしという使い方をするなら,ひもがない靴と同じことで,前滑りが起こる(今倉, 2019,p. 52; 加藤・山本,2004,pp. 36-38; 呉本,2011,pp. 28-30; 久世,2006,p. 160; 真喜屋,1997,pp. 58-59; 召田,2017,p. 54; 須山,1999,p. 85; 吉田,2017,pp. 112-114)。 ⑤靴の大きさとつくりに関するまとめ 足の歩行をサポートする靴は,その大きさが,踵に対してはぴったり,ウエスト部に対しては小さ く,つま先は余裕があるものである。大きさ以前の,つくりのよい靴の条件は,底にある程度の厚み があり,踵がしっかりしていてボール部以外では曲がらないことである。これらを満たした上で靴の デザインがもたらす違いとしては,ハイヒールよりはひも靴の方が,ひもをきちんと締めて使うなら, 足への負担は少ないといえる。 合わない靴・しっかりしたつくりでない靴は,歩行時に足に余計な負担をかけ,バランスのとれた 歩行を阻害する。 4 靴選びの技術的条件 足の保護と歩行のサポートの観点から,つくりのよい靴,足に合っている靴とはどのようなものか は分かった。しかし,足に合った靴を手に入れるのは難しい。足と靴が合うためには,ミリ単位での 適合が必要である。それだけ細かく合っていないとならないのに,足の大きさ・形はとらえがたく多 様である。さらに,足と靴が物理的に合っているだけでなく,靴は社会的機能を満たす必要もある。 4.1 物理的制約①靴はサイズの許容範囲が狭い 靴と足が合うというとき,数ミリ単位での適合が必要とされる(山崎,1983, 1992; 大堀・山崎, 1990)。同じ服飾品でありながら,この点は服と大きく異なる。服は人が支えるのに対して,靴は人 を支える。しがたって服は身体からずり落ちなければ多様なサイズが許容されるが,靴のサイズ許容 度は小さい(近藤,1995,p. 14)。 4.2 物理的制約②足は千差万別 足は一人ひとり全く異なる大きさ・形をしている。その上,そもそも大きさや形をとらえるのが難 しい。 足は千差万別である。自分の足と他人の足を比べる機会はあまりないので,我々はそのことを忘れ がちである。しかし顔や手がそれぞれ違うように,足もそれぞれ異なる(アシックス スポーツ工学研 究所,2019,p. 18; 久世,1999,p. 150,2006,p. 148; 塩之谷,2012,p. 7)。しかも,左と右でも大きさ・ 形が異なる(福原,1997,p. 30; 石田,2009,p. 190; 久世,1999,p. 148,2006,p. 146)14。 靴とのフィッティングで重要になる足長や足囲,踵,踏まず長について,それぞれ大きさや形が異 14 幅の左右差は加齢によって広がる(アシックス スポーツ工学研究所,2019,pp. 56-57)。
なる。同じ足長でも,太い足もあれば細い足もある。踵の形・大きさもさまざまである。踏まず長の 長さも異なる。 さらに,そもそも同じ人の足であってもその大きさ・形は変化する(中島,2011a)。歩行のときに, 加重されると大きくなるし,足が地面から離れて非加重になると小さくなる。1 日のうちにむくんだ りもする15。足はまた,日々変わっている(林,2017,p. 48)。体重が増減すれば足の大きさは変わる。 加齢によってアーチは落ちてくる。 このように足は,そもそも大きさ・形が定まらない上に,多様である。 4.3 社会的制約 靴が担うのは,足を保護して歩行をサポートするという物理的機能だけではない。靴は,装いとと もにマナーとしての社会的機能を持つアイテムでもある(飯野,2010,pp. 3-5; 日経事業出版社,1999, pp. 12-13)。 靴の社会的機能には,①流行りやファッションの機能も含まれるし,②マナーを表す機能も含まれ る。②のマナー機能の具体例としては,冠婚葬祭やその他の多様な場にそれぞれふさわしいとされる 靴があったり,会社や学校で指定・支給される靴があることが挙げられる16。 こうした社会的機能を満たすため,靴を選ぶ際には靴のデザインや色についての制約が入る。 靴は,物理的に足に合うことに加え,社会的機能に対するニーズも満たさなければならない。これ が靴選びを難しくする。 5 市場での靴選び 物理的制約も社会的制約も満たした靴を手に入れる方法は 2 つに大別できる17。 (1)フル・オーダー (2)既成靴の適正なサイズとデザインのバリエーションと,マッチング フル・オーダーは,社会的ニーズを反映させた上で,個別の足に合わせて靴をつくる方法である。 物理的にも社会的にも機能の高い靴をつくることが可能である18。ただし,コストが高い。時間も手 間も,お金もかかる。 15 個人差があるが,足の体積は一日で最大 20%変化すると言われている(須山,1999,p. 52-53)。 16 この②を変えようというのが #KuToo の運動である。現状では,マナーの名の下に,同じ仕事をする際に, 男女で求められる履物が異なっている。これは性差別であるという指摘である。筆者もその点に大きく賛同す るものである。 17 経営学のアーキテクチャ論に基づいている(藤本・青島・武石,2001)。フル・オーダーはインテグラル型, 既成靴はモジュール型で,足と靴を統合しようというものである。靴合わせには,この 2 つの中間もある。セ ミ・オーダーや中敷き調整などである。 18 ただし,オーダーメイドも完璧でないという指摘もある。①オーダーしてから完成するまでの間に注文者の 体重や体調が変化して足が変化する,②履き込んでからの変化も織り込まなければならないが天然皮革を相手 にそれは難しいというのが理由である(柴田,2007,p. 50)。無限にコストをかけられるのであれば完全に足に 合ったものをつくることは可能であろう。しかし現実のオーダーメイドは無限に調整コストをかけられるわけ ではなく,完全を求めることはできないということであろう。
これに対して既成靴のシステムは,すでにつくられている靴から,物理的にも社会的にも適切なも のを選ぶ方法である。これなら,より低いコストで,すなわち手間や時間,出費を抑えて,適切な靴 を手に入れられる可能性がある。 消費者が,フル・オーダーにかかる数十万円と数か月の時間を許容できないなら,既成靴から選ぶ ことになる。このとき,下記条件が満たされていれば,消費者は適切な靴を手に入れられるはずであ る。なお議論の煩雑化を避けるため,ここでは靴の物理的機能だけに注目し,社会的機能のことは措 いておく。 ① 靴のサイズ規格がある。 ② 靴メーカーが,消費者の足サイズのバリエーションと同じだけの靴サイズ・バリエーションをつ くっている。 ◦ 各メーカーが全消費者の足サイズの分布を知っていて,そのサイズすべてをカバーしている。 ◦ あるいは,メーカーはすみわけていて,消費者の足サイズの分布をカバーする靴が市場全体で つくられている。 ③ 流通業者が自社の顧客の足に合った靴を品揃えし,提供している(自らの顧客の足サイズについて の知識,靴についての知識,靴が合ってるか見極める知識を持っている)。 ④ あるいは,消費者が自ら適切なサイズの靴を選ぶことができる(自分の足についての知識,靴につ いての知識,靴が合っているかを見極める知識,自分の足に合った靴を扱う店についての知識を持ってい る)。 しかし,現状は,そのいずれもが十分には満たされていない。すなわち,①靴のサイズ規格はある ものの,それは,その規格を手掛かりにすれば足に合った靴がみつかるという厳密な標準ではない。 そこで,足を入れての靴選びが必ず必要となる。 ②市場に供給されている靴サイズのバリエーションは十分とはいえない。とりわけ,細い足に対応 した靴がない。③流通業者は,適切な品揃えをしているとはいえない。とくに細い靴を置いていない。 また靴が足に合っているかどうか見極める知識も十分ではない。④消費者が靴選びについて十分な知 識を持っているともいえない。自分の足のサイズを把握していないし,幅広の靴を求めたがる。 ②~④は相互に依存している。消費者が自分の足や靴選びに関する知識を持っていないから,メー カーや小売がそこに対応しない。対応しないから,消費者はいつまでも学べない。 5.1 既成靴の規格は目安 日本では,靴のサイズの規格として,「JIS S5037 靴のサイズ」が定められている19。JIS で規定 されているのは,足長と足囲である(図 2)。E や EE の表示は,足囲を表している。足長は 5 mm 等 差,足囲は 6 mm 等差になっている。 19 靴のサイズ JIS は,1977 年から 1980 年に通商産業省が業界団体全日本履物団体協議会に委託した「靴型基 準作成のための調査研究」によって行われた全国 10 か所,約 1 万人の足型調査をもとに設定されたものであ る。1983 年 8 月 1 日制定され,1998 年 8 月 20 日に改正されている。(日本規格協会ウェブサイト,「JIS S5037: 1998 靴のサイズ」https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/?bunsyo_id=JIS%20S%205037:1998,2020 年 6 月 17 日ア クセス)。
ここで定められた足長と足囲は,靴自体の大きさでなく足の大きさである。これを足入れサイズと いう。例えば,23 cm・E の靴は,足長 23 cm の足囲 E の足の人が合う靴であることを意味している。 ただし,このサイズ規格があっても,靴はその通りにつくられていない。同じサイズ表記であって も,メーカーやブランド,デザイン,場合によっては個別製品ごとに違いがある。 靴の大きさ・形の土台になるのは靴型である。靴型の大きさ・形は,メーカーやブランドによって 異なる(呉本,2011,p. 20, 89)。足の大きさ・形をそのまま写した靴が歩行をサポートする靴ではな いと述べた。同様に,その靴づくりの土台となる靴型も,足そのものを写し取ったのでは,歩行をサ ポートする靴をつくりだすことができない(中島,2011b)。そこで,足をどう写し取るかに,メーカ ーやブランドごとの思想や経験,技術が反映される。この結果,例えば同じ足長 23 cm,足囲 E の人 に向けた靴であっても,メーカー,ブランドごとに靴型の大きさと形は多様になる20。 さらに,同じ靴型をもとにしてデザインを変えただけでも,履き心地,場合によっては足への適合 サイズが異なることがある(福原,1997,pp. 88-89; 大塚,1991,pp. 82-84)。 その上,同じ靴型・同じデザインであっても,履き心地が異なることもある。靴の主材料である天 然皮革は,生き物の皮からつくられたものなので個体差がある(石田,2009,p. 190; 呉本,2011,pp. 104-106)。一枚の革の中の部位・向きによっても,伸び率が異なる。温度や湿度にも影響を受ける。 見た目に,同じサイズの商品ができたとしても,革の向きや部位,つり込む強さ等によって,同じ商 品とは思えない履き心地になることがあるといわれている(石田,2009,p. 190; 中島,2012)21。 靴はまた,経時的にも変化する。歩き方によって,同じ靴が違う形になっていく。とりわけ,天然 皮革を使った靴の場合,履き込んだときの変化は,それが天然皮革であるがゆえに一様ではない(柴 田,2007,p. 50)。 以上から,JIS の足長・足囲の規格は,靴の商品特性上,厳密な標準になりえない。 同様に,足に立ち返っても,足のサイズも厳密に標準化はできない。既に述べた通り,足は大きさ と形が歩行時に変化する。したがって,足の計測サイズは,どのような状態の足を測ったかに影響を 受ける。またどのように計測したか,例えばどのような器具をどのように用いたかにも影響を受け る22。さらに,足は 1 日の中でむくんだりするし,より長期的にも変化していく。 足に対してどのような靴型・靴をつくるかにメーカーの思想・技術が反映されるのと同様,どの状 態の足をどのように計測するかについても,計測者の思想・技術が反映される。足の計測サイズも標 準のように固定できるようなものではない。 靴のサイズも足のサイズも厳密な標準でないなら,足を入れて選ぶことで足に合った靴をみつけ出 す手間を省くことはできないことが分かる(かじやま,2018,pp. 132-134; 呉本,2011,p. 22; 塩之谷, 2012,p. 35)。靴サイズ・足サイズは,足を入れて選ぶ際の目安でしかない。 20 同じメーカー・デザインでも,古いものと最近のものでは大きさが違うという指摘もある(飯野,2010,pp. 214-215)。 21 靴職人は,これらの条件を見極めて,革を裁断し,縫い合わせ,靴型にかぶせてつり込む(呉本,2011,pp. 104-112)。つり込むとは,靴型にかぶせた革の周囲を引っ張りながら靴型に添わせて密着させて,釘や接着剤 で革を靴底に固定する作業をいう。 22 精密と思われる 3D 計測器で測っても完璧ではない。例えばその計測時に普段とは違う姿勢で測ると,足へ の体重のかかり方が通常とは異なることになり,計測された足サイズは普段と異なることになる(かじやま, 2018,p. 130)。
5.2 足囲のバリエーションはない 靴も足もそのサイズは目安であり,厳密なものではないことを理解した上で,靴屋に行ったとして, サイズ表示上だけでも自分の足の計測サイズに合った靴がみつかるかというと,必ずしもそうとは限 らない。 JIS で定められている全てのサイズについて靴が流通しているわけではない23。足長は,中心サイ ズとその周辺しかつくられていない(呉本,2011,p. 68; 塩之谷,2012,pp. 38-89)。その上,幅のバリ エーションはつくられないのが普通である(かじやま,2018,p. 73; 中島,2011a,p. 11; 内田,2003, p. 90,2009,p. 36)。男性では EE や EEE,女性では E や EE 相当の足囲の靴が主につくられ(アシッ クス スポーツ工学研究所,2019,p. 32; 飯野,2010,p. 57; 西村,2018,p. 31),同じデザインでの幅展 開はほとんどない。業界内でのすみわけもなく,多くのメーカーが中心サイズのみをつくっている (加藤・山本,2004,pp. 31-32)。 幅のサイズ展開がない中で,特に近年指摘されているのは,幅の細い靴の不足である(アシックス スポーツ工学研究所,2019,p. 19; かじやま,2018,p. 104; 加藤・山本,2004,pp. 30-31; 西村,2016,p. 52, 82,2018,pp. 34-35; 内田,2009,pp. 40-41)。このごろ細い靴を少しはみかけるようになった,と 記載する本もあるが(西村,2016,p. 126,pp. 134-136; 田中,2010,序文; アシックス スポーツ工学研究 所,2013,p. 134),それは,ほとんど細い靴がないことの裏返しであろう。 自らの接客経験や業界が行った大規模計測データを挙げて,日本人の足が細くなったとする主張が 多い(かじやま,2018,p. 147; 西村,2016,pp. 50-53,2018,pp. 31-34; 内田,2009,pp. 40-41)。しかし これに対して,アシックス スポーツ工学研究所のように,1970 年代に靴業界が行った計測値と自 社が保有する現在の計測値を比べて,足長と足囲のバランスの分布が変わっているわけではないと示 すものもある(2019,p. 204)24。これによれば,足長は長くなったが,A,B,C,D,E,EE,EEE と いた足囲の分布は変わらない。この中で最も多いのは EE である。 日本人の足が細くなったかどうかについて,どちらの主張が正しいかを決めるのは難しい。足の大 きさや形は固定できず,計測には計測者の思想・技術が反映されるので,足の計測サイズも目安でし かないからである25。 23 JIS で定められた靴サイズのバリエーションは,男性では 210 サイズ(20 cm から 30 cm の 21 サイズ,足囲 A, B,C,D,E,EE,EE,EEEE,F,G の 10 サイズ),女性では 144 サイズある(足長 19.5 cm から 27 cm の 16 サイズと, 足囲 A,B,C,D,E,EE,EEE,EEEE,F の 9 サイズ)(i/288 ウェブサイト,「ブランドストーリー」http://www.pumps 288.jp/story/,2020 年 2 月 29 日アクセス)。 24 1977 年から 1979 年に全日本履物団体協議会が行った計測データと,アシックス スポーツ工学研究所が 2006 年から 2011 年に集積したデータの比較で,18~24 歳が対象である。 25 靴選びをする際に,①立った状態で測るか(加重),②足を上げた状態で測るか(非加重),あるいはそれら の間として,③座位で測るか(半加重)について,議論は割れている。体重をかけるほど,足囲は太くなる。 特に開張足の場合,加重と非加重の差が大きくなる。そこで,②又は③で合わせるのがよいといった意見があ る(今倉,2019,pp. 75-76; かじやま,2018,p. 131; 西村,2016,pp. 90-96; 内田,2009,p. 72)。これに対して,非 加重で合わせたぴったりの靴は確かに理想だが,ゆるい靴に慣れた人には歩くときつすぎて痛みを感じ,その 靴を履かなくなるとの指摘もある(林,2017,p. 45)。この立場からは,顧客が耐えられる程度の細さの靴をす すめ,それに慣れたら,次の靴でそれより細い靴をすすめるというように,時間経過の中で徐々に細い方に合 わせていくのがよいと主張されている(林,2017,pp. 45-46)。
少なくともいえることは,トラブルのある足に対応する知識・技術のある靴の小売店には,足が細 いがゆえにトラブルを抱えた人が多く集まっていること(かじやま,2018,p. 102),細い足の人たちが 履ける幅の靴が不足していることである。細幅の靴の不足は,アシックス スポーツ工学研究所も認 めている(2019,p. 19)。 5.3 消費者の誤解 その足が平均より細いか,あるいは以前の日本人の平均より細いかは措いておくとしても,足に対 して適正と思われるよりも幅広の靴を履いている消費者が多いことが指摘されている。自分の足は 「甲高幅広」だと信じ込んでいるか(長谷川・フット & シューズ研究会,2003,p. 57; かじやま,2018, pp. 99-100; 西村,2016,p. 49, p. 82,2018,p. 35; 塩之谷,2012,p. 2; 内田,2009,p. 40),幅が広い靴が, 歩きやすい靴・足が疲れにくい靴だと誤解しているのがその理由である(今倉,2019,p. 55; かじやま, 2018,pp. 89-90; 加藤・山本,2004,pp. 26-27; 呉本,2011,p. 30)26。 これらの思い込みをもたらす 1 つの理由として挙げられるのが,歩いたときに指先が靴に当たって 痛い・きついと感じたとき,自分の足が靴に対して幅が広すぎるからきついのだ,痛いのだと多くの 人が考えることである(かじやま,2018,p. 100)。これは,多くの人にとって直感的に理解しやすい。 しかしこれは本来のメカニズムとは真逆である。靴より足が細いから,歩くと前滑りして,指先が 靴先に押し込まれて圧迫され,痛くなるのである(林,2017,p. 38; 召田,2017,pp. 53-54; 柴田,2007, p. 58)。しかしこのことは,消費者にとっては直感に反するので理解しづらい。 そこで,圧迫を避けてよりサイズの大きい靴を履くようになる(かじやま,2018,p. 100; 呉本,2011, pp. 30-31)。靴より足が太い場合,きついので合っていないことが分かりやすいのと対照的である (五十嵐,2001,p. 66; 今倉,2019,p. 55)。 そもそも,足と靴が合っている状態がどのようなものか知っていれば,以上のような間違いは起こ らない。しかし「大半の人はぴったりの靴を履いたことがないため,『靴が足に合う』という感覚が わからない。……(中略)……痛くなるのではないか,キツくて苦しいのではないかと思ってしまっ て,正しい靴を選べない」27。ゆるい靴を,ぴったり合っていると思っている(林,2017,p. 45; 内田, 2009,p. 38)。医師の内田は,次のように述べている(2009,p. 38)。 「ブカブカ靴がいけないというけれど,私の履いている靴はぴったりしている」という人もいると思います。 そこでひとつ実験をしてほしいのです。 あなたの愛用の靴を履いて立ち,かかとを上げてみてください。 ……(中略)……かかとが靴から浮き上がりませんか?それがブカブカ靴なのです。 また,合わない靴で足を痛めていても,自分の足が変なのだとか(西村,2018,p. 15; 塩之谷,2012, p. 20),靴は痛くて当たり前と思い込んで我慢している場合もある(かじやま,2018,p. 80; 呉本,2011, p. 34; 西村,2016,p. 3)。この場合も,靴が合っていることに関する知識がないといえよう。 26 銀座かねまつ クチュリエサロンの木村克敏も同様の指摘をしている(五十嵐,2001,p. 45)。 27 婦人靴の企画・製造・販売を行う有限会社アクスト 代表取締役 小野崎記子の発言(かじやま,2018,p. 96)。 今倉(2019,pp. 53-54)でも同様の指摘がなされている。
5.4 メーカー・小売の行動 消費者が,靴が合っているかを見極める知識を持っていないため,「たとえ靴屋が幅広いサイズを 揃えたとしても,お客様が自分にフィットする靴を選ぶのは難しい」28。そこで,「大は小を兼ねる」 つくり方・売り方をする企業もある。幅が広い靴には細い足の人も入るが,細い靴には足が入る人が 限られるので,幅広の靴がつくられ,売られるのである(かじやま,2018,pp. 140-141; 西村,2018,p. 29)29。 メーカーと小売からすれば,消費者が,誤解に基づいているとはいえ,より幅広の靴を求めるのだ から,それに対応しているともいえる。 さらに,メーカーや小売にも,足や靴,靴合わせについての知識が十分ではないから,靴の供給が, 幅広靴に偏っているという指摘もある。 靴の販売員が,必ずしも靴や足,靴合わせについて十分な知識・技術を持っているわけではない (かじやま,2018,pp. 134-137; 西村,2016,p. 61)。足にとってよくないアドバイスをされることがある が,彼らの接客は,知識がないだけで悪気があるようには思えないと指摘されている(かじやま, 2018,pp. 136-137)。販売員自身が合わない靴を履いている場合は多く,「ピッタリな靴の履き心地を わかっていない」ように思われるとも指摘されている(西村,2016,pp. 209-210)。足に靴を合わせる 技術を持つプロとされるシューフィッターの資格を持っていても,技術に格差がある(服部,2004, pp. 89-91; 西村,2016,p. 62)。アパレル・ブランドで靴も扱っているような場合,洋服や雑貨を扱っ てきた人が靴も扱っていて,専門知識を持っていないとの指摘もある30。 靴メーカーについても,日本人の足サイズを把握していないという指摘がある。靴コンサルタント の西村は,次の事例を挙げている。ドイツの靴メーカーは,日本に進出する際,独自にデータをとっ て,日本人女性の足は甲高幅広ではなく細いと判断し,サイズ展開を決めた(西村,2016,p. 53)。し かし,日本のメーカーはデータをとることすらしていないから,日本人女性,とりわけ若い女性の足 が細くなっていることに気づいていないと述べている(西村,2018,p. 34)。 メーカーと小売がどこまで自覚的に幅広靴を供給しているのか,既存の著作の主張のみでは情報が 不足していて決め難い。現実には,各メーカーと各小売が,自覚と無自覚の間のいずれかに分布して いると思われる。 5.5 まとめ: 半ば誤解の上に成り立つ靴市場 足と健康について論じた一般向け書籍のレビューから,次のことが分かった。消費者は間違った知 識に基づいて幅の広い靴に対するニーズを持っている。それに乗じて,あるいはそれに対応して,靴 メーカーは豊富な幅のサイズの靴を供給せず,幅広の靴を供給している。消費者とメーカーの間に位 置する流通企業も,意図的に,あるいは顧客ニーズに対応して,幅の広い靴を品揃えする。販売員の 知識・技術が十分でなく,適切な靴合わせをすることができない。 上記の結果が得られたが,細部では主張に不一致がみられた。日本人の足が実際に細くなっている かについては,主張が一致しているわけではなかった。足自体がとらえ難く,その計測にも計測者の 28 有限会社アクスト 代表取締役 小野崎記子の発言(かじやま,2018,p. 96)。 29 かじやまは,株式会社キビラ 代表取締役 福谷智之の発言だけでなく,取材した複数人に共通の見解だと述 べている(2018,pp. 145-146)。 30 有限会社アクスト 代表取締役 小野崎記子の発言(かじやま,2018,p. 135)。
思想・技術が反映されるがゆえに,どちらが正しいと決めるのは難しい。また,消費者が,適正と思 われるよりも幅の広い靴を求めることに対して,メーカーと小売が,それを分かっていながらどこま で意図的に幅広の靴に偏った供給をしているのかも明らかではない。意図的だとする主張と,メーカ ーと小売も知識不足であるが故に,消費者が求めるままのものを供給している可能性を指摘する主張 があった。現実には,各メーカーと各小売が,この間のいずれかに分布していると思われる。 細部ではこのような不一致があるものの,全体としてはレビューから次のことが明らかになった。 すなわち,靴市場に参加するメーカー,小売,消費者といったプレイヤーが,半ば誤解に基づいて行 動しているため,消費者が足に合った靴を手に入れるのが難しくなっている。 現実の靴選びでは,ここにさらに,ファッションやマナーについてのニーズを満たすという社会的 制約もかかってくる。仮に足に合っていても,デザインや色が消費者が求めるものではないというこ とが起こりうる(塩之谷,2012,pp. 143-144)。また足に合っていなくても,デザインや色が優先され てその靴が選ばれるということも起こってくる(加藤・山本,2004,pp. 17-18)。 6 おわりに なぜ靴選びは難しいのか。足と靴を合わせるのは,技術的にそもそも難しい。靴も足も標準化が難 しいことに加えてミリ単位での適合が求められるという物理的な難しさがある。そこに社会的機能を 満たすという制約も入る。 その上,靴と健康に関する一般向け書籍のレビューによれば,日本の靴市場には,靴選びを難しく させる要因がある。消費者は靴選びの正しい知識を持っていない。それに対応して適正でないサイズ の靴が流通している。消費者の誤解を正して補うほどの知識を靴の販売員が持っていない。これらが 相互に強化しあって,足に合った靴を消費者が手に入れることを難しくし,ひいては足や全身のトラ ブルにつながっている。 基本的には,上記のような主張が行われてきたことが明らかになった。ただし,細部では,主張に 不一致がみられた。近年,日本人の足が細くなっているとする主張と,変わらないとする主張がみら れた。足自体が変化すること,計測者の思想・技術が反映されることから,主張に違いがでてくるも のと本稿では解釈した。また,幅広靴に偏った供給がなされている理由についても,主張の不一致が みられた。メーカー・小売が,適正サイズではないことを分かっていながら意図的に行っているとい う主張と,メーカーと小売も知識が足りずに無自覚に行っているという主張があった。現実にはその 間のいずれかに,各企業が分布していると思われる。 本稿の貢献は,市場での靴選びの現状について,靴業界関係者が一般向け書籍の中で個別に行って きた主張の一致・不一致に配慮して包括的に整理したことにある。 本稿は実務的にも意義がある。靴選びが難しい理由を知ることは,足のトラブルで悩む人に対する 直接的な解決策ではないが,その一助となりうる。それはまた,#KuToo 運動がそのような主張をし ているわけではないものの,#KuToo 運動が広がると同時に「パンプスでなければ足のトラブルを避 けられる」という誤解が広がるのを避けることにもつながる。 今後の課題は,本稿で明らかになった状況をもたらした原因を,産業構造や競争状況から探ること であろう。消費者が正しい知識を持たない,だからメーカーは靴幅サイズのバリエーションをつくら ない,流通もそれを正したり,あるいは正す知識を持っていない,というバランスの上に日本の靴市
場が成り立っているならば,それがどこからも崩れないのはなぜだろうか。 靴業界の関係者による著作でこの問題が指摘されていることから分かるように,これまでも靴業界 の一部の関係者はこの問題に取り組んできた。本稿のレビューに含めたのは 2000 年以降の書籍だが, それ以前から,そうした書籍はあったし(菅野,1975; 清水,1995 他),この問題に取り組む靴業界関 係者もいた(三浦,2018,2019a, b 参照)。彼らの活動が広がらなかった理由について,靴産業・靴市 場の構造や競争状況から探っていくことが今後の課題である。 付 記 本研究は JSPS 科研費 JP20K13596 の助成を受けたものです。 参考文献 アシックス スポーツ工学研究所(2019)『究極の歩き方』講談社。 アシックス スポーツ工学研究所編著・西脇剛史監修(2013)『おもしろサイエンス 足と靴の科学』日刊工業 新聞社。 足と靴と健康協議会編(2015)『足と靴と健康を考える シューフィッターの小さな奇跡』繊研新聞社。 藤本隆宏・青島矢一・武石彰(2001)『ビジネス・アーキテクチャ ―製品・組織・プロセスの戦略的設計』有 斐閣。 福原一郎(1997)『女性に優しい靴選び』三一新書。 福岡宜子(2019)『転ばぬ先の “足” “ババ先生” が教える足をいたわり人生を謳歌する 40 のヒント』ディスカ ヴァー・トゥエンティワン。 長谷川英子・フット&シューズ研究会(2003)『「元気!」はすべて足と靴から!』東邦出版。 服部浩之(2004)『足美人になる靴選び』三水社。 林美樹(2017)「痛くない,歩きやすい,美しいを叶える 婦人靴選び」一般社団法人足と靴と健康協議会 (FHA)『シューフィッターに頼めば歩くことがもっと楽しくなる』pp. 31-48,キクロス出版。 飯野高広(2010)『紳士靴を嗜む はじめの一歩から極めるまで』朝日新聞出版。
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