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第一次大戦期におけるイギリスの戦費調達と戦費支出 : 大英帝国の衰退と関連して

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第一 次大戦期 にお け るイギ リスの戦 費調達 と戦費支 出

― 大 英 帝 国 の 衰 退 と 関 連 し て ―

日 次 序 章 問題提起 第1章 第一次大戦期 におけるイギ リス の戦 費支 出 と戦費調達の基本的特徴 (以上本号 ) 第2章 戦 費調達の実態 (1914-1918) (以下次号 ) 第1節 税税、内国債 な らびに一時貸上 金 に よる戦費調達 第2第 外債 な らびに証券動 員に よる 戟貿調達 第

3

前 金動 員 による戦 費調達 第3章 戦 費支出の実態 (1914-1918) 第1第 大戦初期 の戦費支出 (1914-1916) 第2前 大戦後期の戦費支出 (1917-1918) 第4童 話結果 大英帝国の衰退 第 1節 大戦期 イギ リスの財政収 支構造の 変質 第2節 大戦期 イギ リスの国際収 支構造 の 変質 終 章 ま とめ

問 題 提 起

第一次大戦期 のイギ リスの戦費調達 と戦費支出 の研究は,従 来 イギ リス,ア メ リカ等の経済学者 に よって精 力的になされて きた。特にケインズ

(

.

M.Keynes),- リス

(

S

,E.Harris),ニ コル ソン

(

.

S.Nicholson),モーガン(E.V.Morgan),求 ガー ト(E.

V.

Bogart),ピグー

(

A.C.

Pigou),ま た最近 では, ポゼルマ イヤー(R.E.Bunsalme y-er)の研究 をあげ るこ とがで きる(1)。 これ らの研究 はいずれ も政 策的立場 に立脚 して,戦費調達 と戟

貿支出,の影響や効果 を課題 とす る ものであった。 本稿 は政策 当局 の立場 か らイギ リスの戦費調達 と戦費支出の効果 を問題 とす る視点 でな く,帝国 主義の本質 とその基本的性格に もとづ いた帝国主 義の経済政策 と財政 を前提 としなが ら, 第一次大 戦期 イギ リスの経済過程におけ る中心 問題 である イギ リスの戦費調達 と戦費支出に焦点 をあて, こ れ らによって もた らされたイギ リスの財政構造, 国際収支構造の変質 を解明す ることに よって第一 次大戦期 を通 じての大英帝国 (BritishEmpire) の衰退 を解剖す るこ とを意EiIしてい る。 第一次大戦期の イギ リスの戦費調達 と戦費支 出 の実証分析に とりかか る前に,帝国主義戦争の必 然性 を帝 国主義の本質か ら解明 してい るレーニ ン 著 『資本主義の最 高の段 階 としての帝 国主義』, レーニ ン とは異 った方法 で帝国主義論 を構築 した 宇野弘蔵著 『経済政策論』 第三編 帝 E]主義 第 三章 帝 国主義の経済政策, レーニ ンの F資本主 義の最高の段階 としての帝国主義』 に独 自の解釈 をほ どこ した古川哲著 『危機におけ る資本主義の 構造 と産業循環』 の 第-章 序 論 につ い て それ ぞれ帝国主義戦争の必然性 に関連す るか ぎr)にお いて, その概要 を紹介 し,若干の コメン トを与 え たい。次 いで帝国主義戦争の経済過程 につ いて方 法上の諸問題 を提示す る。 レーニ ンは 『資本主義 の最高の段 階 としての帝 国主義』 において,帝国主義戦争の必然性 につ い てその基本的 なア ウ トラインを与 えてい る。す な わち,レーニ ンは「1914- 1918年の戦争が,どち らの側か ら見て も帝国主義戦争,す なわち侵略的, 略奪的,強盗的 な戦争, であ り,世 界の分 け どり のための,植民地や金融資本の 「勢力範囲」等々 の分割 と再分 割 の ため の戦争 で あった と, こ と

(2)

わ った後

,

「ある戦争 の社会的性格,あるいは もっ と正確 にいえば真 の階級的性格が どの よ うな もの であるか とい うこ との証明は, い うまで もな く, その戦争の外交 史の うちにではな く,すべ ての交 戟列強の支配諸階級の客観的状態の分析 の うちに ふ くまれてい るか ら」 (2). これ を分析す るため に は

,

「ぜ ひ とも,すべ ての交戦列強お よび全世 界の 経済生活の基礎 に関す る資料の総体 をとりだ さな ければ ならない」(3)としている。 レーニ ンは これ らの 資料 の総 体 を駆使 しなか ら,帝国主義戦争の必然性 を帝国主義の本質 とそ の基本的性格か らあ さらかに してい る。その場合, レーニ ンは第一章 「生産 の集中 .集積」か ら独 占を とき,独 占の歴史 を基本的に綜指 して,19世紀末 か ら20世紀の初豆削こおいて,独 占-カルテルが全 経済生活の一つの基礎 となった資本主義 は,帝国 主義に転化 した として,帝国主義 とは,資本主義 の独 占段階である と規定す るO続 いて, 第二章 で レーニ ンは 「鋭行 とその新 しい役割」 を,銀行業 務 の集積一預 金の集 中 と参与制度- を通 じて,大 銀行の結合関係が生みだ され るプ ロセ スをあ きら かに してい る。 そ して銀行業において も,独 占が 不可避 となるこ と, それ とともに,銀行 と産業の 結合が,緊密且つ強度 な もの となるとした。 こ う して, レーニ ンは銀行 と産業 との融合, あ るいは 癒着 を金融資本の内容 と理解す るのである。 そ し て少数者の手に社会的富が集積 され,事実上の独 占を享受 してい る金融資本は,会社設立,有価証 券発行,土地投機, 国債の引受等か ら巨額 の利潤 を獲得 し,金融寡頭制の支配 を強化 した とす る。 か くして, レーニ ンは資本の所有 と資本の生産 への投下 との分雛が, 巨大 な規模 に達 してい る資 本主義の最高段 階 こそ,帝国主義 一金融資本の支 配 - といわれ る ものである と補 足す るのである。 第四章 「資本輸出」においては,資本主義の発 展 した諸国にお いて,独 占団体 の形成がみ られ, また,資本の蓄積が 巨大 な規模 に達 した少数の諸 国の独 占的地位の形成が あ り, これ ら先進諸国で は, いずれ も旭大 な 「資本の過剰」が生 じている。 資本の輸`出は, この「資本の過剰」のはけ 口であっ て,20世紀初頭 において,それは巨大 な発展 をと げたが, それは また世 界の大 多数の諸国家 と諸国 民に対す る帝 国主義的抑圧 と搾取,帝国主義の寄 生性

,

「資本家団体の間での世界の分

」に帰結 し た と, レーニ ンはい う。 第5章 「資本家 団体の問 での世 界の分割」 で, レーニ ンは国際 カルテル, 国際 シンジケー トにつ いて ))- フマ ン等の著作 を引用 しなが ら,金融資 本の時代には,私 的独 占 と国家独 占とが いかにひ とつにか らみ あっているか,資本の国際化がいか に進行 しているか を明瞭 に示 した。 資本家団体の 世 界の分割 は, また列強の 間での分割 を,植民政 策の強化 と植 民地獲得の ための斗令の激化 を惹起 させ,帝E]主義諸国家の対立 をます ます先鋭化 さ せ た。 この ように叙述 したのち, 第7章 で資本主 義の特殊 の段階 としての帝 国主義 につ いての総括 を行 なっている。 ここで, レーニ ンは帝 国主義に ついての五つの基本的標識 を与 えているC帝国主 義 とは 「(1) 経済生活の なかで決定的役割 を演 じ ている独 占を創 りだ したほ どに高度の発展段階に 到達 した,生産 と資本の集積

,(

2

)

銀行 資本 と産 業資本 との融合, この金融 資本 を土台 とす る金融 寡頭制の成立,(3)商品輸 出 と区別 され る資本輸 出が とくに重要 な意義 を有 す るこ と, (4) 国際的 な資本家の独 占団体が形成 されて世 界 を分割 して いるこ と, (5)最大の資本 主義的諸強国による地 球 の領土的分割が完了 して いること,総 じて帝国 主義 とは,独 占と金融資本 の支配が成立 し, 資本 の輸出が顕著 な意義 を獲得 し,国際 トラス トによ る世 界の分割がは じま り,最大の資本主義諸国に よる地球上の全領土の分割 が完了 した とい うよう な発展段階におけ る資本主義 である

」 (4)と。 ここ か ら, レーニ ンは帝国主義 戦争は絶対に不可避 で あるこ とをしめ したO第8章 「寄生性 と資本主義 の腐朽化」において, レー ニ ンは「帝 国主義の もっ と も本 質 的 な経 済 的 基 礎 の一 つ で あ る資 本 輸 出」(5)が金利生活者層の生産 か らの完全 な艶脱状 態 を一層強め, い くつかの海外の諸国や植民地の 労働の搾取に依拠 して生 活 している国に対 して, 寄生性の刻印 をおす と述べ , これは外国貿易か ら の収入 を上 回 る投資収益 を金利生活者に もた らす が, これ こそ 「帝 国主義 と帝国主義的寄生性 の本 質である

」 (6)とし,帝国主義段階において

,

「世 界 はひ とに ぎ りの高利貸国家 とお どろ くほ ど多数の 2

(3)

-債務 者国家 とに分裂 した。」(7)が

,

「金利生活者国家 は寄生的 な腐朽 しつつ あ る資本主義 の国家」 (8)で あ り, この 内部において労働者階級の 日和見主義 が発生 してい る。 これは資本主義の寄生性 と腐朽 化 とか ら証 明 され うる としてい る。 第9章 「帝国主義の批判」 においては,全面 的に カウツ キー とブルジ ョアイデオログの批判 に さいてい るO 第

1

0

章の 「帝 国主義の歴史的地位

において, レーニ ンは帝 国主義 の経済的本質につ いて,それが独 占資本主義 であ る と規定 し

,

「帝 国 主義 は過渡 的 な資本主義 として, あるいは もっ と 正確 にいえば,死滅 しつつ ある資本主義 として, 特徴づ け られ なければな らない とい う結論」(9)に, 到達 す るの である。 以上が, レーニ ンの 『資本主義の最高の発展段 階 としての帝 国主義』 におけ る帝国主義の本質 と その基本的性格か ら くる帝 国主義戟皐の必然性 の 概要 である。 レーニ ンの F資本主義 の最高の発展段階 として の帝 国主義 』につ いて,古川暫氏は きわめてユニー クな解 釈 を行 な っ て い る。 す なわ ち,著作 『危 機 におけ る資本主義の構造 と産業循環』 で,帝国 主義戦争 を体 制解体 の危機 的な集 中的表現 として 把握 し,帝 国主義段階の不均等発展法則の行 きつ く点, 同時 に, この段階の矛盾運動 の集 中的表現 た る位 置 を 占め る ものは,帝国主義戦争 であ り, この世 界戦争 に対す るレーニ ンの認識では,独 占 段 F皆は 「ブル ジ ョア的生産過程 の一切の要素の矛 盾が爆発す る ところの世 界市場の大暴風

」 (10)で あ り,かつ て,マル クスが 「ブルジ ョア経済のあ らゆ る矛盾 の現実的総括及 び強力的調整」(ll)とし て

,

「世 界市場 と恐慌」を位 置付けたのに対 し,レー ニ ンは帝 国主義戦争 をこれに代置 したのであ る と 自己の見解 を積極的に展開 している。 す なわち,「第一次世 界大戦の本質 とその必然性 を根底的に立証す るため に, レーニ ンはなによ り も独 占段階 におけ る経済学批判体系の上 向過程 を 一歩一歩た どらざるをえず, しか もそこでこの段 階 を特徴づ け る運動の総括 としての不均等発展法 則か ら直接 的 に戦争の必然性」(12)が導 き出 された こ とは明 白であろ うとし, こ うして, レーニ ンに おいては,経済学批判体系の 「最後の言葉」は世 界戦争にほかな らなか ったのである としている。 これは きわめて多 くの示唆 を与 えてい る点で興 味 ある ところである。しか し,疑問 とす る ところは, 不均等発展の法則が,直接 的に戦争の必然性 を導 き出 したか とい う点である. レーニ ン も指摘 して いるように

,

「個々の企業,個 々の産業部 門,個 々 の国の発展におけ る不均等性 と飛躍性 とは,資本 主義の もとでは不可避 であ る

」(13)とい うこ とか ら いえば, これは何 も帝国主義段階に固有 な も?で あ りえない。 この ことか ら,直接的に帝国主義戦 争の必然性 を説 くこ とには疑問があ る。だが,古 川氏は,恐慌が 「矛盾の暴力的均衡化」の形態 で あ る とす るな らば,戦争 もまたいっそ う 「矛盾 の 暴力的均衡化

,

」の形態 であるが, その解決 を見出 す矛盾 はけ っ して同一 でない と言い,前者は経済 法則の範囲内で矛盾が 自己解決 してゆ くのにたい して,後者 は長期 にわたる矛盾 であ り,社会生 活 の全般 と包括す る矛盾の解決形態 -構造的,体制 的 な危機以外のなに もので もない。「したが って新 たな均衡の政治 -軍事 的樹立 (非経済法則的樹立) とそれに暴力的に適合せ しめ られ るよ うな形での 経済的均衡の樹立 である とともに, それ 自体体制 危機 -革命的危機 とな らざるをえ」(14)ない とい う。 この ように,古川氏は,恐慌 と戦争の矛盾の発現 形態の相違か ら,戦争の矛盾の解決形態が,構造 的体制的危機 -革 命的危機 を惹起せ ざるをえない として,帝国主義戦争の性格規定 を適切にお さえ てい る。 宇野 弘蔵氏は 『経済政策論』 第3篇第3章 帝 国主義 の経済政策 において,帝国主義戦争の必然 性 を第1節 関税政策 とダンピング, 第2節 植 民地領有 と資本輸 出 とにあらわれた金融資本の政 策の異 ったあ らわれにはか ならない として, レー ニ ン とは異 った論証の方法 をとっている。宇野氏 は,帝国主義段階 を代表す る典型国 として ドイツ 帝 国主義 をとりあげ, ドイツの帝国主義発展 を関 税政策 とダンピングに よったこ とを論議づ け るた めに次の ように指摘 している。 第 1節 関税政策 とダンピング において

,7

0

年 代後半以降, ドイツ帝国財政の急速 な膨張 ととも に,他方での ロシア,ア メ リカか らの穀物輸入 と は, ドイツ をして保護関税政策への復帰 を余儀 な

(4)

くせ しめ,80-90年代,さらに今世紀に入って も, ドイツ帝国は一連の保護関税政策 を採用す ること となった。80-90年代には, ドイツ帝国-農産物 を輸出 して工業品 を輸入す るオー ス トラ リア, ロ シアに対 して穀物関税 を課 し,さらに,ベ ルギー, スイス等には工業関税 を軽減す るこ とによって, ドイツ帝国は, 自国農業の保護 と工業製品の輸出 強化 をね らったが,90年代に入 ると,農業問題が 一層深刻 とな り,農業課税の強化が20世紀初頭の ドイツ帝国に とって焦眉の課題 となった。 これは 1901年の新関税政策に結実 し,ロシア と条約 を締 結 したの を皮切 りに,ほ とん どあらゆる通商国 と 相互互 恵待遇 を認め る通商 条約 を締結 したので あった。 ドイツ帝E]のこの ような関税政策の発展 は, 自由貿易政策 を本 旨としていたイギ リスに も 新 たな時代 を画す るものであった。 ドイツ特 恵関税 に対す る対抗上, イギ リスは 1897年 のカナ ダの イギ リス本 国に対す る特 恵関 税の設定 を契機 に,1902年の植民地会議

は,イ ギ リス本国 も植民地生産物 に対 し特恵的待遇 を与 えるこ とを要求 し,1903年 には,南アフ リカ,オー ス トラ リア,ニュー ジラン ドもまた カナ ダに な らって特恵関税 を採用 した。この ように,20世紀 に入 って,両国の関税戦争は頂点に達 していたの であ る。他方, カルテル関税は,国内でのその価 格 を引上げるとともに,国外において,国内価格 以下の価格で販売す るダンピングをもたらした。 ドイツにおいてこのようなダンピングは,80年代 初め に石炭 につ いて行 なわれ たが,91年 に鉄工 業,97年には一層組織化 され,1902年に石炭・鉄 の諸 シンジケー トか らなる合同清算機関 を結成す るこ とになった。か くして,宇野氏は ドイツ関税 政策がカルテル組織に利用 されつつ,外国市場-の組織的なダンピングをも行わ ざるをえなか った としている。 第2節 「植民地の領有 と資本の輸出」において は80年代以降,資本主義諸国の植民地領有が拡大 され, ことにアフ リカの分割が最 も急速に展開 さ れた。 そ してイギ リスの資本輸出が,アフ リカの 分割 に代表 され る 「世 界分割」 と期待 を同 じくし て行 われたのは, もちろん,偶然ではないと,辛 野氏は言 う。特にオース トラ リア,南アメ リカ, さらにカナダ,ア メリカ, イン ドへのイギ リス投 資が急激であった。その後90年代 には,イギ リス 海外投 資は停滞 をみ たが, ボーア戦 争 (189 9-1902年)後に,世 界各国に またが っての種 々の事 業投資 を急増 させ ていった。 イギ リスの資本輸出 は,主 として植民地,諸外国の公債,市債,株式, その他の有価証券の発行,購入に よって行 なわれ, 特にその領有地に対 しての投資がなされた。 これに対 して, ドイツ金融資本の海外進出は, ほ とん ど最初か ら大銀行が重要 な役割 を演 じ, そ れはヤ イデルスによれば

,(

1

)

国内産業の外国に おけ る子会社の設立, (2) 外E]におけ る独立事業 の設立,(3) 既存の外国企業への直接参加,(4) ド イツ大銀行による外国における新規事業の設立等 を企てるとい う極めて特徴的な ものであった とし ている。 宇野氏は植民地ない し勢力圏の防衛 をはか るイ ギ リス帝国主義の消極性 に対 して,市場の再分割 を要求 し,組織的投資をな しつつあった ドイツ帝 国主義 に攻勢的な積極性 を認めたのであった。 こ れの解決形態は もはや戦争による以外に方途のな い もの であった とし,帝 国主義 戦争 の必 然性 を レーニ ンとは異なって,両国の帝国主義経済政策 と帝国主義的特殊性 (ロン ドン金融市場 を中心 と す るイギ リス金融資本の態様 と ドイツ重工業 を中 心 とす る ドイツの組織的独 占体の態様)によって もた らされた もの とす るのである。 以上が,宇野氏の帝国主義戦争の必然性に関す る所説の要 旨である。だが,宇野氏の 『経済政策 論』 では,帝国主義戦争の必然性は消極的に与 え られて も,積短的には与 えられない。帝国主義諸 国家間の対立,激化を直接的に促す ところの各種 の要 因につ いての よ り詳細 な分 析 が必要 であ る が,その ような要因の一つは帝国主義諸国家の財 政の動向である。 レーニンは ドイツ, イギ リス, フランス,ア メリカの列強の資本家団体の世界の 分割 とこれ ら列強の間での世界の分割 と再分割に ついて多くの資料から分析を行なったが,帝国主義 諸国の財政については,全 くといってよい程 にふ れていない.帝国主義戦争の必然性 を説 く場合, 列強の軍事費C7)増大,植民地経営費等の帝国主義 財政の経費膨張が帝国主義戟争の物質的準備 を用 意 した ものであることを看過す るわけにはゆかな いであろ う。 このことは,帝国主義戦争の経済過

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程の解明に深 くかかわってこよう。 今 日までマ ル クス経済学は,帝国主義戦争の経 済過程 その ものにつ いての研究 を軽視 して きたき らいがある。 レーニンも帝国主義世界戦争におけ る帝国主義諸 国の経済過程に立 ち入って実証的な 検討 を加 えているわけではないが,第一次大戦末 期 の1917年4月に,大戦期の経済過程 につ いて 「国家資本主義」 とは違 った意味で 「国家独 占資 本主義」な る概念 をは じめて使用 した。 筆者は F現代 資本主義の分析方法j (15)において, 国家独 占資本 主義 なる概 念は,1917年 4月の ソ ヴイエ ト共産党第7回全国協議会で, レーニンが は じめて使用 した ものであ り, 5月∼ 8月の時点 では, レーニ ンの 「国家独 占資本主義」に対す る 理解 は,一種 の傾 向 と把握 されていたのが, 9月 半ば頃 「段階説」 を打 ち出 しているこ とを指摘 し ておいたが, このことをあらためて再確認 してお こう。 レーニンは5月の ソヴイエ ト共産党第7回全国 協議会 では独 占資本主義の国家独 占資本主義への 移行 というこ とを言い,次の ように述べ ている。 「社会主義革命の客観的な前提は, もっとも発 展 した先進諸 国では,疑い もな くすでに戦前か ら 存在 していたが,戦争の結果 として,それはいっ そ う成熟 し, また驚 くべ き速 さで成熟 しっづけて いる。中小経営の駆逐 とその破滅は, ます ます早 め られてい る。資本の集積 と国際化は, 巨大な成 長 をとげてい る。独 占資本主義は国家独 占資本主 義に移行 しつつあ り,情勢の圧 力の もとに,生産 と分配にたいす る社会的統制が幾多の国で実施 さ れてお り, その一部の国では,全般的な労働義務 制に移 りつつ ある。」(16)と。さらに同 じ個所で「 --産業の国営化 は, ドイツだけではな く, イギ リス で も前進 した。独 占一般か ら国家独 占へ と移行 し た。客観的 な事態は,戦争が資本主義の発展 を促 進 し,資本主義か ら帝国主義へ,独 占か ら国営へ 前進 したこ とをしめ している。」(17)と指摘 し, レー ニンは,一面 で帝国主義の国家独 占資本主義への 移行 を,独 占か ら国営への前進 とい うシェ-マで とらえて, ここで一種の傾 向 とみな している。次 いで

8

月の時点では, レーニンは F国家 と革命』 を刊行 し, その序言で 「国家の問題 は,現在,哩 論的な面で も,実践的-政治的な面で も,特別の重 要性 を獲得 しつつ ある.帝E]主義戦争は,独 占資 本主義の国家独 占資本主義への転化過程 を極度に 促進 し,尖鋭化 させ た」(18)と述べ

,

「移行」か ら「転 化」 とい う概 念 にお きか えてい る。 そ して9月 10-14日の間に 『さしせ まる破局, それ とどうた たか うか』 を執筆 し, ここで 「戦争は,独 占資本 主義の国家独 占資本主義へ の転化 を異常 にはや め, それによって, 人類 を社会主義にむか って, 異常に近づ けたが,これこそ歴史の弁証法である。 ---・国家独 占資本主義 が,社会主義 の ため の もっとも完全 な物質的準備であ り,社会主義の入 口であ り, それ と社会主義 と名づけ られ る一段の 問には どんな中間的段階 もないような歴史の階段 の一段であるか らである。」(19)といって明確 に 「国 家独 占資本主義」が帝国主義の より発展 した段階 であることを明記 している。 これはその後 も変 っ ていないのであって,例 えば

,1

2

4

日付の新聞 『ユーゲン トー インテルナ・イオナー レ』第 11号 に 「パ ンと平和のために」の論文 を寄稿 し, その 中で も 「戦争は,大 きな歴史的過程 として,前代 未聞なほ ど社会の発展 を早めた。帝国主義す なわ ち独 占資本主義-発展 した資本主義は,戦争の影 響 をうけて,国家独 占資本主義へ転化 した。われ われは, いまや世界経済のこの発展段階に到達 し ている。そ してこの段階は,社会主義への直接の 入 口である。」 (20)として,やは り

,

「段階説」に立 脚 している。 レーニ ンに とって

,

「傾向」か ら 「段階」へ規定 す る契機が,第一次大戦末期の1917年9月の時点 に生 じた とすれば, それは一体何 を意味 している のか, レーニ ンの認識に どの ような変化があった かが問題 となる。 レーニ ンの「国家独 占資本主義

なる概念が,第一次大戦 を契機に 「資本主義の最 高の発展段階 としての帝国主義」か らもう一つ高 次の段階一社会主義-の過渡段階- のそれである とすれば,あ らためて第一次大戦期の経済過程が, この意味か らも検討 を加 えられ,その実証研究が 要請 されるわけである。 このような意味か らいえば,先の帝国主義段階 の経済政策や財政や,19世紀後期 に成立 した国際 金本位制等が, 第一次大戦 -帝国主義戦争 を契機 にいかなる質的変容 をこうむったか を事態に即 し

(6)

て解明 されなければ な らないであろ う。 今 日までマル クス経済学は, 第一次大戦i札 第 一次, 第二次大戟後の世 界経済, 各国経済の各校 の領域 においてその科学的研究の成果 を発揮 して きてい るが, 第一次大戦時, 第二次大戦時の世 界 経済,各国経済につ いてその内客 に立 ち入 った実 証研究が行 われて きていない し, また軽視 して き た傾 向がある0両も]一大戦 ははいずれ も世 界経済,各 国経済の構造 に重要 な影響 を及ぼ し,大戦前の経 済構造 を根本的に変質 させ て きた とみ なければな らないが, その具体的 な実証分析 は,マ ル クス経 済学の立場か らほ とん ど皆無 といって よいほ どに 空 白であ った。 したが って,両大戦後の経済学的 研究は,大戦期 をつ うじての世 界経済, 各国経済 の構造変化の分析 を欠除 した まま,大戦前 との対 比でなされて きたのである。 この分析方法は,覗 代 資本主義の解明に重大 な欠落 を もた らしかね な いであろ う。例 えば,第一次世 界大戦の勃 発に よっ て惹起 され る帝 国主義諸国の経済混乱 と世 界経済 の統一性 の崩壊 は,帝 国主義諸国にいや お うな く その対応策であ る国家独 占資本主義政策 を採用せ しめ, その最 も弱い環 であ るロシアに社会主義革 命 を もた らした。大戦 とロシアにおけ る社会主義 政権 の樹立 とい う事態へのその後の資本主義諸E] の対応 を無視 して,我々は現代 資本主義 につ いて 語 りえないであろ う。 そ うである とすれば,現代 資本主義 を分析対象 とす る我々に とっては,大戦 時の経 済過程 の解 明 は きわめ て重要 な こ とであ る。大戦時の経済過程 を解明す るこ とに よって, 我々は第一に,大戦前の経済構造が どの ような変 質 を とげ たか を明 らか に で きる とい うこ とで あ り, 第二に,大戦後の世 界経済,各国資本主義 に とって,戦時遺産が どの ような影響 を及ぼ してい るか を一層認識す るこ とがで きる とい うこ とであ る。 第三に, と りわけ大戦に よるロシア革命の勃 発や,大 戦時後の主要資本主義諸国や後進諸国に 及ぼ した影響 ,その後の主要資本主義諸国 と後進 諸国の対 応の在 り方であ り, 節四に, 第二次大戦 の必然性 が第一次大戦の必然性 とちが った意味で とらえ られ るこ とがで きるとい うこ とである。 そ して第五 に, 第二次大戦時の主要資本主義 諸国の 経済過程が, 第一次大戦時 とその後の主要資本主 義諸Elとその他の後進地域の変化に照 らして,-層科学的に究 明 され るこ とである。 こうして, 質 六 に, 第二次大戦後の世 界経済,各国経済の現状 分析が,的確 に科学的に把握 され るこ とになる。 以上の ような意味か ら, 第一次大戦期 の経済過 程 の科学的分析 は,現代 資本主義 を分析 しようと す る経済学者に とって緊要 な課題 である。 帝 国主義戦争の経済学的研究の方法論 を最初 に 提供 したのは,宇野弘蔵氏であるが,宇野氏は『社 会科学の根本問題』 (21)第1部 「マル クス経済学の 方法

「過 渡期の取扱い万につ いて」の「戦争 と社 会科学」で「特にマ ル クスの学説に よる一経済学が, 帝国主義 を明 らかに して以来,少 くとも最近の戦 争が,17-18世紀の戦争 とは勿論 の こと,19世紀 20年代 までの戦争 とも著 る し く異 った性 質 を有 し, 異った掠因に もとづ くものである とい うこ と は, ほ とん ど一一般的に認め られてい る といって よ い程 に明 らかに されている。」(22)として帝国主義戦 争の基本的性格が,従来の17,18世紀,19世紀70 年代の戦争 と全 く異 なるもの とこ とわった後に, 最近の戟皐の必然性の十全 な解明がいかに困難か を軍需産業 を例 にあげ,次の よ うに指摘す る。「少 (とも19世紀以来の帝 国主義 時代 の景気 変動 が いか なる変化 を示 して きているか とい うこ とを明 確 に しなければ, その意義 は明確 にな らない。 こ の問題 は,軍需産 業 だけの問題 では ないであ ろ う。」(23)と強調 してい る。 そ して第一次大戦以後の 資本主義分析 は, もはや 「段階論」の対象ではな く,「現状分析論」の対象 とす る ところであ り,世 界史的には社会主義社会移行への物質的準備 をな す過渡期 としての対象領域 とみ な している。 これに対 して,古川哲氏は前記の著作 で世 界戦 争が一定の規則性,周期性があるか どうかは別 と して, くりか えされ るべ きもの としての内的作用 一 不可避性 をもち合法則的 な ものである と主張す る。 しか も, その過程で性格 を異にす るい くつか の局面の継起 的交替 を見 出す こ とが で きるか ぎ リ,循環性戦争, あるいは,戦争循環 を認め ざる をえない とされ(24)ている。 しか し, 第一次大戦以 後の戦争 も

,

坤に循環性 をもつ戦争 とい うこ とで はあ りえな く,種 々の原因,異 った諸条件 をもつ 発展の位相の異 った戦争であ り,戦争の性格 も一 様 でな く,契機の相違 した反復 され えない異質性

(7)

を もった, だが必然性 を有す る戦争である と考 え られ る。 この点に関す る詳細な検討は,他の機会 にゆず り,帝国主義世界戦争の経済過程の方法論 において問題 となる諸点 とそれにつ いての若干の コメン トを記 してお こう。 (1)第一次大戦期 の経済学研究は,第-に従来 の帝国主義研究の成果 をふ まえ,帝国主義段 階の経 済過程においてみ られた諸特質が,大 戦に よっていかにどの程度において変形 をこ うむったか を具 体 的 に明 らかにす るこ とに よって, また帝国主義段階においての二大帝 国主義 国-攻勢的 ドイツ帝国主義 と防衛的 イ ギ リス帝国主義- が, この大戦 を通 じて どの ように衰退 していったか をその具体的様相に おいて とらえることである。 (2) 19世 紀末か ら 20世紀初頭において,債務 国であ ったアメ リカ資本主義,極東ア ジアの 日本資本主義は, この大戦の戦時需要に依拠 して債務 国か ら債権国に転化 したが, とりわ け,ア メ リカは1917年 2月の メンシェヴ ィ キーに よる革命がロシアで勃発す ると, その 動向に並 々ならぬ関心 を寄せ, 4月には大戦 に直接 に参加 し,連合国側 (イギ リス, フラ ンス, ロシア等) と共同行動 をとるこ とにな るが, この時期か らアメ リカ帝国主義は急速 に撞頭 し,現在に至 るまで世 界経済におけ る 最 も中心的な存在 として世界に君臨す るので ある。 この点の解明が,現代史を説 く重要な モメン トをなす。 したがって,第一次大戦期 におけ るアメ リカ経済の動向が,具体的にイ ギ リス, ドイツ との対比のなかであさらかに され る必要があろ う。 (3) 第一次世 界大戦は帝国主義諸国 (ドイツ, イギ リス, フランス等)の帝国主義政策の必 然的帰結であ り,帝国主義段階におけ る資本 の蓄積様式の矛盾か ら必然的に発生 した もの である以上,帝国主義研究の成果が,第一次 大戦の世 界経済 ・各国経済分析に生か されな ければ ならない。 大戦 の勃発は帝Eg主義諸国 をして国家独 占 資本主義政策の採用 を余儀 な くせ しめ, これ によって新 たな統制的要素が従来の経済構造 に注入 され, それが主要な構成部分 となる以 上,我々は帝国主義 各国の経済構造が従来 と は異質 なものに変化 してゆ くとみなければな らない。 このこ とは総体 としての戦時世 界経 済構造全体に も大戦前 と異った重要 な影響 と 変化 とをきた した とみ るべ きであろ う。 (4)新 しい要素 を導入 された帝国主義諸国の経 済は,さらに1917年の ロシアのポ リシェヴイ キーによる10月革命 に よって 多かれ少 なか れ圧力 をうけ, その後の資本主義世 界は,対 ソヴイエー トの対応 を対外的に も国内的に も とらざるをえな くなるのである。 これはその 後の資本主義世界の諸事情が ものがたってい る。現代資本主義の基本的性格 を考 えるばあ いに,先の(3)とこの(4)について包括 して考 え てみ る必要があろ う。

(

5

)

したが って,第一次大載期の経済学研究は 従来の帝 国主義研究の成果 を前提 としつつ も,だが,帝国主義研究では処理 されえない 新 しい側面 を方法的にいかに処理す るかが問 われ るわけである。 こ うい う意味か ら, もは や従来の帝国主義論のみでは,事態 を解析で きない。 これは, もはや現代資本主義論,国 家独 占資本主義論,世 界経済論 としての現状 分析論に もとづかなければならない。

(

6

)

第一次大戦以後の経済学研究は,今 日,世 界経済論,現代資本主義論,国家独 占資本主 義論 としてそれぞれ行 われているが, これ ら の研究は, それぞれの独 自性, その対象領域 の確定, これ らの研究の相互関係 について明 確 な論定があるとは思 えない。 また,各々の 分析基準は何か, この点 もきわめてあいまい である。 それ故に,第一次大戦期以後の経済 学研究は,その研究対象 を現状分析 としての 世界経済論の枠の中で位置付け るべ きか,そ れ とも,現代資本主義分析 としての位置付け を与 えられ,現代資本主義論の対象分析 とす べ きか,あるいは,国家独 占資本主義の実証 分析の対象 とすべ きか とい う課題が残るので ある。 (7) 本稿 の よ うな特定 国 の個 別研 究 のテーマ は, これ らの方法上の諸問題 を考慮に入れる ならば,世界経済論,現代 資本主義論 ,国家独 占資本主義論のいずれの領域に も関連す る性

-

(8)

7-格 をもって いる と思 われ る。 この点tにつ いて の方法的 な取扱 い を如何 にす るか とい う稚題 が ある。 筆者 はこの ような多様 な問題意識の もとに 第一次大戦期 の イギ リスの戦費支 出 と戦費調 達 の実証分 析 を行 うこ とに よって, とりあえ ず,国家独 占資本主義政策の展開 を考察 し, これに よって国家独 占資本主義の成立 を確定 したい と考 える, またこれ らを通 じて公信用 の破綻 を基軸 に した財政収 支構造 な らびに国 際収支構造 の変質 を解明 しなが ら大英帝国の 衰退 をうきぼ りにす る。 [注]

(1) KeynesJ.M.,TJleEconomicConsequencesofthe peace,Ha71COuri,BTlaCOandHowe,New York1920.

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J

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マ ル クス ・エ ンゲル ス全敗j 13巻 155頁。 大月告店 。 (ll) マ ル クス F剰 余価値学 説 史j

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I

Fマ ル クス ・エ ンゲ ル ス全 集j26巻 第2分冊 , 689頁大 月書店。 (12)古 川哲著 r危憶にお け る資本 主我 の構造 と産 業循 環

j

21頁 有斐 閣 (13) レー ニ ン若 手 高基軸 訳 F資 本主義 の最高 の段 階 と しての帝 国主義j 201fi 岩 波文 樺版 (14) 古 川哲 F危機 におけ る 資 本主我 の構造 と産 業緒環J 22頁 有斐 閣。 (15) 拙枯 F現 代資本主義 の 分 析 方法j ll-25頁 F長 野大 学紀要窮11号j1980年3月. (16) Fレー ニ ン全敗J那 24巻 318頁 大 月書店 1957 年。 (17) rL,一 二 ン全 集」第25巻 386頁 大 月書店 1958 年。 (18) レー ニ ン著 字 高基軸 訳 F国家 と革 命

j

ll頁 岩 波文 碓 版。 (19) rレー ニ ン全 集j第25巻 386頁 大 月書店 1958 年。 CZO)Fレー ニ ン全 集j第26巻 399頁 大 月書店 1958 年。 位1) 宇 野 弘歳 F社 会科学 の 根 本 問題1 106頁 青木書 店 1966年。 仔2)前掲吉 106頁 古 川哲著 F危矧 二おけ る資 本 主義 の構造 と産 業循環j 25頁 有斐 閣。

1

第一次大戦期 におけ るイギ リス

の戦費支出 と戦費調達 の基本的特徴

帝 国主義諸 国家 の衛 突 に よる第一 次世 界大戦 は, 4年有余の年 月を要 して 1918年 11月ヴェル サ イユ講和条約の締結 を もって終 了 したが, この 世 界大戦に よって世界資本主義体制 は根底か らゆ きぶ られ,1917年,ロシア において社会主義革命 が勃発 し,世 界史に新 た なエ ポ ックを画す るにい たったのであ る。 これに よって,現代資本主義の 基本的性格 が与 え られ た といって も過 言 ではな い。 第一次世 界大戦 とロシア革命 とは, それ以後 の世 界史-現代 は基本的 に戦争 と革命の時代 であ

(9)

第1表 - a戦 争 費 用 - (1914-19) (百万 ドル) NATⅠONS 戦争泰 加 総 支

I

Ⅰ ■

Y lt 1ー の 時 点 b通 常 支 出 直 接 戦 費 同盟国 .連合国

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(出所 )Harvey.E.risk,The‥nter-AllyDabts.P325

窮極の解決形態 を社会主義社会 に求め るこ とに も なるのである。第一次大戦時の経済過程 は, こ う い う意味 ではその典型 をな してい る。 第一次大戦 勃発以前 に,帝国主義諸国は未曽有 の好景気の状 態 にあ り,過剰資本の処理 が重大 な問題 となって いたのであ り,過剰生産恐慌の, それ も世界的恐 慌 を艦胎 していたのである。(1)こ うして,全般的過 剰生産恐慌 は,大戦の世 界経済過程 に吸 引されて いったのであるが, その解決形態 としての帝国主 義世界戦争 は帝 国主義段階におけ る世界資本主義 の諸矛盾 を新 たなよ り大規模 な矛盾 に転化 したの である。 それは解決 しえ ざる問題 を戦争 とい う外 的暴力に よって解決せ ん とす る特殊 な仕方にほか な らない。資本主義の生成期一 資本 の本源的蓄積 過程一 において, 資本が暴力的 な収奪過程 を通 じ て「資本 は頭か ら爪先 まで,毛穴 とい う毛穴か ら, 血 と脂 とを滴 らしつつ生 まれ」(2)たのに対 して,資 本主義の没落期 において, 資本は帝 国主義諸国家 -

(10)

9-の激突による大戦 を通 じて労働 力の価値破壊 をも 含めた資本の価値破壊 を強行す る。 これは もはや 恐慌現象にみ られ る資本主義社会の経済法則の貫 徹による資本価値の破壊 と全 く異なる外部的,強 制的,人為的な処理の仕方であ り,その窮極の解 決形態が,帝国主義世 界戦争の揚棄一社会主義革 命-か,それ とも戦勝,戟敗帝E]主義諸図-の分 裂 とそれによる帝国主義の世 界的再編以外にあ り えないことをその後の経過は示 している。す なわ ち,前者は世界資本主義の最 も弱い環であるロシ アに革命が勃発 し,後者は ドイツ帝国の崩壊 と大 英帝国の衰退,米 日仏帝国主義の接頭に よる帝国 主義 の再 編 -ヴェルサ イユ体 制 に結 実 して いっ た。 この ようにみれば,帝E]主義世界戦争の経済 過程の問題は,帝国主義戦争が生みだ した特殊な 条件 と矛盾によって大戦前 と比較にな らない異質 性 を与 えられているのである。帝国主義戦争の経 済過程に内包す る最大の質的問題 は,連合国側 と 同盟国側の両陣営の戟費支出 と戦費調達 によって 惹起 され る経済問題である。実に,帝国主義戦争 の遂行能力は, この問題 に依存す るか らである。 したが って,政策当局の立場か らいえば,戦費を いかに調達す るか,戦費支出の影響 をどの ように 考慮す るか とい う重要問題がたえず生起す るので ある。 とい うことは,国内経済の崩壊以前に戦争 を勝利に導 くためには, インフレー シ ョンの抑制 が政策 当局者の重大な関心事 であ り, したが って 戦時経済過程 に対す る統制 と管理 の機能が どの帝 国主義諸国に とって も必至 とな り, それは財政, 金融,対外経済関係等のあらゆる面において要請 されて くる。戦費支出 と戦費調達問題が,第一次 大戦期 の経済過程においての最大の第一級の問題 であるといわれるゆえんである。 なぜ な ら, これ によって,帝国主義段階の経済政策,財政,金融, 対外経済関係は重大な変容 を余儀 な くされ,総体 としての経済構造の変質の決定的なモメン トをな したか らである。本稿において, イギ リスの戟費 調達 と戦費支出の問題 を取 り上げたの も, イギ リ スが第一次大戦期の最大の戦費支出国であ り,逮 合国側の最大の戦費負担国で中心国であるか らに はかならな く,戦時経済過程 において, ドイツ帝 Elと並 んでその変容が もっともいち じる しく,大 戦の結果,大英帝国の衰退がイギ リス資本主義の 没落 を象徴 しているか らで もある。 この ような意 味において, 第一次大戦期の戦費支 出 と戦費調達 を詳細 こ検討す ることは有益 であろ う。

A.

戦貿支出 1.世 界大戟の戦費の規模が, どの程度の もの であったかは,ポガ- ト,フイス ク,等に よ り推計 されているが, ここでは フイスク の推 計 によっ た。 第一次世界大戦の交戦国全体 の粗戦争費用 (直 接戦費+連合国 ・同盟国援助)は,総統 2,322倍 3,100万 ドル (ポン ド換 算- 1£-4.866ドルー で約477億2,523万 ポン ド) とい う驚異的数値に 達 している。 (第

1

表 をみ よ) これは1914年の グレー ト・ブ リテンの国民所得 22億900万 ポン ドの約 21倍強であ り,且つ第一 次大戟期 全体 の グレー ト・ブ リテ ンの国民所得 158億6,700万 ポン ドの約 3倍強であった。

2.

金融資本の二大陣営 (勢力範囲)の連合国 側 と同盟国側 との直接戦費につ いて検討 してみる と,連合国側 (大英帝国,ベ ルギー ,フランス, ギ リンァ, イタ リア, 日本, ポル トガル, ロシア, セルビア,ア メ リカ合衆国)の直接戦費は,1,471 億1,100万 ドル (302億3,242万 ポン ド), これに 対 して同盟El側 (オース ト))ア,- ンガ リ,ブル ガ リア, ドイツ, トル コ)の直接戟費は,614倍 6, 000万 ドル (126億3,049万 ポン ド)であった。 こ れに よれば, あきらかに連合国側の直接戦費(4)は 同盟国側の直接戦費の ぎっ と2.4倍 であ り,圧倒 的に連合 国側 が優勢 であった こ とを裏付 けてい る。 (第 1表 をみ よ。) 3.連合国側の中心国はいうまで もな くグレー ト ブ リテン(イングラン ド, ウェールズ,スコッ トラン ド)であるが, グレー ト・ブ リテンはまた 大英帝国の枢軸で もあった。 グレ」 ト・ブ リテン はオース トラ ))7, カナダの 自治領, イン ドをは じめ とす る広大な植民地, その他保護領,直轄地 を擁 した大英帝国 を形成 していた。 グレー ト・ブ リテンの従属諸地域は,大戦の後 背地 として人的,物的資源 をヨー ロッパ戦線に投 入 し, グレー ト・ブ リテンを側面か ら支援 した。 これ ら従属諸地域は戦費を,大戦期 に60イ意8,000 万 ドル (12億4,948万 ポン ド)投入 してい る。 - 10

(11)

-ともか く,大英帝国は全体 としてこの金融資本の 総 力 戦にお いて過 大 な負担 を強制 され たの で あ る。す なわ ち,大戦期 を通 じての大英帝 国の直接 戦費 は,465億 2,500万 ドル (95億 6,124万 ポン ド) であるの に対 して,大英帝国 を除いた連合 国 側 の戦費は約1,005億 8,600万 ドル (206億 7,100 万 ポン ド) であるか ら,大英帝 国は連合 国側全体 の直接戦 費 の46.3%を負担 した こ とに な るわけ であ る。 また,直接戦費に連合 国援助 を加 えた粗 戦争 費用 でみ る と,大英帝 国のそれは555億 600 万 ドル(114億 690万 ポン ド)に達 し連合 国側全体 の1,687億 2,400万 ドル (346億 7,400万 ポン ド) の約32.8% を占め,先の直接戦費の負担 を超過 し ていたこ とになる。 こ うい う意味か ら考 えれば, グレー ト・ブ リテンの連合 国技肋 (87億 7千万 ド ル-18倍 ポン ド)の役割 が,け っ して′トさな もの でないこ とがわか るのである。

4.

連合 国側の戦費支 出 を粗戦争費用の順位 で な らべ ると,グレー ト ブ リテンが492億 1,500万 ドル(101億 1,405万 ポン ド), 次 いでア メ リカ合 衆 国の365億 3,300万 ドル (75億 700万 ポン ド), フランス335億 5,700万 ドル (68億 9,620万 ポン ド)となるが, これ ら三大帝国主義国の総計 では, 1,193億 5,500万 ドル (245億 2,836万 ポン ド)に 達 し,同盟 国側 の総計635億 700万 ドル (130億 6,411万ポン ド)の約 2倍弱,且つ連合国全体 の 5 割強 を占め た こ とか らもあ きらか なよ うに,第一 次世 界大戦が, ドイツ帝 国に対す るグレー ト・ブ リテン, フ ランス, ア メ リカ合衆国連合軍の消耗 戦であった こ とを うかがわせ る。 この大戦の主戦 場 は, ヨー ロ ッパ大陸であ り,その最 も大 きな人 的,物的損害 をこ うむ ったのは, フランス とロシ アであった。 これに対 して,ア メ リカ合衆国は, ヨー ロッパ の主戦場 か ら後背に位 置 し,大戦に対 す る参加 も,1917年 4月以降であ り, その主た る 役割 が,大戦 に対 す る金融的援助 と武器援助 であ る という点 で,ア メ リカは軍需物資の供給者 ,兵 器庫 として,あ るいは また軍事 資金 を貸付 け る国 際的金融業者 として活動 した。 ア メ リカは1917 年の参戦 と同時に 「自由公債法」 に もとづ き169 億 ドルにのぼ る公債 を発行 し,一部 を自国の戦費 調達 に充用 し,他 の一部 を連合 国援助 として主に イギ リス, フランスに貸付 け た。 その額 は 約95 憶 2,300万 ドル にのぼ り,イギ リス, フランス両 国は,その内の約80% を占め た。

5.

次に,大英帝国に 占め るグレー ト・ブ リテ ンの戦費の規模 をみてみ よ う。 グレー ト ・ブ リテ ンの粗戦争 費用 は,101億 ポン ドであ り,大英帝 国 の粗戦争費用約555億 ドル (114億 ポン ド)の約 89%を占め,いかにグレー ト・ブ リテ ンが 多大の 負担 をその双肩 に負わ されていたかが判明す る。 これ をグレー ト・ブ リテンそれ 自体 に即 してみ る な らば, グレー ト ・ブ リテンが 大 戦 勃 発 の年の 1914年か ら 1919年の大戦終 了の会計年度におい て投 じた戦費支 出は,累計約85億ポン ドであ り,こ れは連合国援助 を含 まない直接戦費であ るが,大 戦 期 グレー ト・ブ リテ ンの 国 民 所 得 総 額158億 6,700万 ポ ンドの 53% を占めているこ とになる。 (3) 第2表 戦 費 支 出 ・国 民 所 得 ・公 債 残 高 議 定 費(軍事費 ) 臨時事件史 (1)戦 費 総 計 1914 80,435 357000 437,435 1915 24 1,399,652 1,399,676 1916 33 1.973,664 1,973.697 1917 33 2,402.800 2.402,833 1918 40 2,198,000 乙 198.040 1・-19148 80,565 8.331,116 8,411,681 (2)国民所得 (3)公債残高 ・4,管,%(5

,'

%,% 1914 2,209 1,161 20 53 1915 2.591 2.189 54 84 1916 3.064 4.063 64 132 1917 3,631 5,921 66 163 1918 4,372 7,481 50 171 (;ff料 出所 ) 戟貿及び公債残高については、大蔵省理財局、大正 14年5月20日第15巻特別第 1号 F調査 月報J - 「英 国財政とその整理」P98よりo国民所得については、

B.R.Mitchell&G.H.Jones,Ibid. P368

なお、戦習単位は千ポンド、公債残高と国民所得の 単位は100万ポンドである。

(12)

(第1表, 第2表 をみ よ)

6.

ちなみに, 第一次大戦期 の グレー ト・ブ リ テンの戦費の規模が, どの程度の ものであるか を 知 るために,前世紀の最大の戦争であ るナ ポレオ ン戦争期 のそれ とを比較 してみ ると,第3表か ら, 第一次大戦期 の イギ リス戦費は, 第二次大戦期 の それ と絶対額 にお いては るか に及 ば ない とは い え,ナ ポレオン戦争期 のそれ をは るか に凌駕 して いる。 す なわち,第一次大戦期 の戦費支 出が,90億 ポン ドであったのに対 して, 第二次大戦期 のそれは, 230倍 ポン ドであ るか ら,絶対額 としては節一次 大戟のそれは第二次 大戦の40%の規模 であ るが, ナ ポレオン戦争期 のイギ リス戦費は, 第3表か ら あ きらかなよ うに約8億 3,100万 ポン ドであ るか ら,第一次大戦期 のイギ リスの戦費規模 は,ナ ポ レオン戦争の戦費規模 の11倍強であ ったこ とに なる。また両大戦の純戦費を純国民所得 に対す る相 対比でみれば, 第一 次大戦 の イギ リス戦 費の対 E]民所得 の相 対 比 は57%であ り,第二次大戦のそ れの46%を凌駕す る もの となっている。 第3表 戦 争 費 用 と 戦 争 規 模 (tmn) A純戦平 B純国民所得

C

-

%%

1793-1815(ナポレオン戦争) 8311 7.5602 11% 1914- 1918(第一次世界大戦) 9.003 15,9243 57% 1939-1945(第二次世界大戦)23.080450.4995 46% (資料出所) 1 ナポレオン戦争期の戦費については,Stephen Dowell,HistoryofTaxationandTaxesinEngland,

Volumetwo,p534.

2 第一次大戦期の戦亨守を純国民所得と比較する場合に は,直接戦費に連合国援助を加えた粗峨争号Y用から連 合国借入れを控除した絶域班を純陪民所得と対比しな ければならない。

3 芽卜 次大戦期の国民所得については,A.R.Prest NationalIncomeoftheU.K.1870-1946,E.J,March 1948。

4 芽に 次大戦期の戦蟹と純回比所矧 二ついては,B.R・ Mitchell& H.G.Jones.SecondAbstractofBritish HistoricalStatistics,p161より井出,p368より算出。 以上 純戟費の面か らグレー ト ・7一リテンの戦 費 につ いて検討 を加 えてみたが,純戦費は粗戦争 費 用か ら連合国か らの借入れ部分 を才空除 した実際の 最終費用で, グレー ト ブ リテンのそれは,438億 1,200万 ドル (約90倍369万ポン ド)で ドイツの純 戦費470億 4,800万 ドル (96億 6,872万 ポン ド) に及ば ない。純戦費でみ るか ぎ り, グレー ト ・ブ リテ ン と ドイツ帝 国 との地位が,逆転 した関係 に なっているO これはあ さらかに ドイツ帝 国財政 が 大戦前の生産 力に依拠 して巨衛 な戦 費 を支出 しう るものであったこ とを示 した ものであ る。

B.

戦費調達 1.以上が交戦諸国におけ るグレー ト・ブ リテ ン の戦費支 出に 占め る位 置 をみた ものであ るが,吹 にグレー ト・ブ リテンが他の交戦諸国 と比較 して どの ように戦費調達 をまか なったかの分析 に うつ ろう。 第4表, 第 5表 はいずれ も大戦初期,後期 にお け る交戦諸国の戦費調達故 を示 した ものであ る。 これに よって大戦期 の交戦国の戦費調達 を分析 すれば,交戦国の戟費調達 は,総計約2,323億 8, 200万 ドル (477億 5,626万 ポン ド)であって, そ の 内訳は連 合 国側 が1,689億 5,400万 ドル (347 億2,133万 ポン ド),同盟 国側は,634億 2,800万 ドル_(130億 3,493万 ポン ド)であるか ら,連合 国 側は同盟 国側 よ り約3倍近 い戦費 を調達 したこ と になる。 この統計数値か らみ るか ぎ り, あ きらか に連合国側が優位 にあったことをうかがわせ るに 十分 であ る。 次に荊一次大戦期 イギ リスの戦費調達が大戦に おいて 占め る地位 を交戦諸国 との対比で明示 して み よ う。 帝国主義世 界戦争の連合国側の負担 した戦費調 達敏 は1,689億 5,400万 ドルであ り,交戦諸国全 体の戦費調達の72.7%であって,この うち大英帝 E]は555億 8,800万 ドル (114倍 2,375万 ポン ド) の戦費 を調達 し,全体 の うちの23.9%の戦費 を調 達 したこ とになる. とりわけ,大英帝国の中で も グレー ト ブ リテンは,大戟初期182イ意4,600万 ポン ド,大戦後期307億 5,400万 ドル,合計約 490 倍 ドル(100億 6,997万 ポン ド)の戦費調達 を行 っ た。これは大英帝国全体 の約88% とい う高率 を示 - 12

(13)

第4表 a大戦初期の戦費調達 (1914-16) (単位 :百万 ドル) 大 戦 初 期 の 戦 費 調 達 b大 戦初期の通常受取 大戦初期 の収入合 計 借 入 れ ALLIEDAND ASSOCIATEDPOWERS BntishEmpire GreatBritain・-・-・・・・ -Australia-・ -NewZealand Un10nOfSouthAfnca CrownColonleSProtec.

torates,etcc TotalBntlShEmplre

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POWERS Austria-Hung

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--- --Bulganac・・・・

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-・---・・ TotalCkntralPowers GrandTotal 7 2 62 7 :・ 71 9 6 1 1 . 451 割 畑 050 別 NR 3 6 4 -7 7 6 1 2 8 6 6 6 5 451 は 590 117 317 邪 3 D .4 一 9 0 亡U CO 6 4 5 42 偲 37 21 罪 246 499 374 741 230 119 m 7 2 欄 2 1 4 63 66 餌 21 一 2 16 .: ; 1 朋 565 4-0 762 m 103 920 72 7 cJ l1 4 9 4 m . L 829 554 割 812 379 198 畑 279 即 日 6 7 . 2 . (注)この麦の脚注は17頁。 してい る。 グレー ト ブ リテンの戦費調達 は, 莱 一次大戦 を連合国の勝利の うちに遂行 してい くう えで経済的土 台 をな しているの である。 また大戦 後期 の戦費調達 は大戦前期 のそれの

1.

6

倍強 を示 しているのは ヨー ロッパ におけ る連合 国軍の総攻 勢 (1918年 9月以降)によって一層戦費の調達が 必要 とされ た こ とに よる。 次 に,大戦 におけ る交戦国な らびに グレー ト ・ ブ リテンの政府債務の 占め る地位 につ いて確認 し てお こ う。 先 に指摘 したように大戦期 を通 じて,交戦国の 戦費調達額 は2,323億8,200万 ドル (477億5,626 万 ポン ド) であったが, その うち借入れに よる部 分 は,1,864億9,300万 ドル (383億2,572万 ポン ド)であって,実に80%に及び, とりわけ内国債 に よる政府債務部分 は全世 界で1,601億3,700万 ドル(329億 937万 ポン ド)にのぼ り,借入れ全体 の85.8% とい う高率 に達 してい る。このこ とは戦 費調達 のため に彪大 な公債発行 が行 われ, それが

(出所 )HaⅣeyE.Fiks,TheInter-AllyDebts,P332

大戦の拡大 とともに全世 界的規模 で累増 していっ た こ とを示 している。 グレー ト・ブ リテ ンは,大戦期 中に281億1,100 万 ドル (57億7,702万 ポン ド)の政府債務発行 を 行 ない,連 合 国政 府 債 務1,308億 9,100万 ドル (268億9,909万 ポン ド)の 26%, グレー ト・ブ リテ ンの政府債務総額376億5,300万 ドル (77億 3,797万 ポン ド)の実に 74% を内国債発行 でまか な った。 第一次大戦期 におけ る交戦国の うち最 大の国内 借入れは,一第4表, 第5表 に もとづ いて算定すれ ば,ドイツ帝国の411倍 8,300万 ドル (84億6,341 万 ポ ン ド)で 同盟 国全 体 の535億4,500万 ドル (110億390万 ポン ド)の約 77% を 占め, また大 戦期 ドイツ帝国の戦費調達469億 9,920万 ドルの 約88% を占めた。 以上 の対比か らあ きらか なよ うに, イギ リスの 政府債務発行 は ドイツ帝 国のそれに及ば ないが連 合 国側 では きわだ っている。 また大戦初期 と大戦

(14)

第5表 大 戦 後 期 の 戦 費 調 達 (1917-19) (lii位 :百万 ドル)

(症 ) この表の 脚 注 は17頁 。

(.tH.所 )H.E.Fisk. Theinter-AllyDebts.BarkersTrastCompany.1929.P334.

後期 とでは,連合国側 の中で も順位の移動がある。 大戦初期 の国内借入れの順位 は,(1) グレー ト・ ブ リテン

(

2

)

ロシアであ るのに対 して,大戟援 期 では,(1) ア メ リカ

(

2

)

フ ランス と変化 して いる。 これに対 して,対外借入れでは, グレー ト・ブ リテンが いずれの交戦国 と比較 して も最 も多 くの 借入れ を行 なってお り,それは1914-19年の間に 68億4,700万 ドル(14イ意711万 ポン ド)にのぼ っ た。 この うち対米借入れは, ポガー トの計算によ れば,約43億 ドル (約9倍 ポン ド)と対外借入れ の64%を 占めている。次 いで ロシアが同期間に39 億6,300万 ドル,イタ リア39億1,100万 ドルの順 位 となっているが,大戦初期 では, ロシアが最大 の借手国であったのに対 して,大戦後期 ではフラ ンスが最大の債務 国であった。大戦期 を通 じて, 周知 の ように グレー ト ・ブ リテ ンが最大の借入れ を行 ったのである。 モール トンに よれば,大戟絶 了時 には,ア メ リカ, イギ リス を中心 として, そ の他 のフランス, イタ リア, ロシア等の間で複雑 な債権,債務関係が形成 された.(4) 最 後に, イギ リスの戦費調達 を大戦初期 と大戦 後期 に区分 し,各々の時期 の戦費調達 につ いての 特徴 を検 出 してみ よう。最初 に,大戦初期の グレー ト・ブ リテンの戦費調達 につ いて指摘 できるこ と は,租税収入による部分が26億9,000万 ドル(5 億5,281万 ポン ド) と連合 E]と同盟 国のいずれ よ りもは るかに多いこ とである。 グレー ト・ブ リテ ンの租税収入はフランスの7億 ドルの3.5倍 であ る。 これに対 して,大戦初期 のイギ リスの政府債務 増は,155億5,100万 ドル(31倍 9,584万 ポン ド) で,戦 費調達 鋲 に 占め る政 府偵務 発行 の割 合 は 85%であ り,租税収入の割合 は,約150/.であ った。 政府債務増全体 の うち戦費調達に要 した公債発 行 は,約137倍 ドル (約28倍 ポン ド)で88%を占 - 14

(15)

め てお り, どれ程大戦初期 に内国債発行 に よる戦 費調達が激 しい ものであったか を ものがたってい る。以上の こ とか ら, 第一次大戦初期(1914-16) の イギ リスの戦費調達策は,結局, 内国債発行依 存型 であったこ とが判明す る。 次 に,大 戦後期 (1917-19)の戦費調達 の基本 的変化 を検 出す る と,次の通 りである。 (1)1917-19年の間に,租税収入の急増 による 戦費調達 が 目立 ち,戦争初期 の約

4

倍増に達 した。これに対 して,1917-19年の政府債務 発行 は大戦初期 と比較すれば,23%の増加率 で,大 戦後期 の戦費調達 は,租税収入に依存 してお こなわれたこ とが,検 出 され る. (2)大戦 後期 の対外借入れは,大戦初期 の7.5 倍 と急 増 し,借 入 れ額 は47億3,100万 ドル (19億4,620万 ポン ド)となった。 この うち 大半が ア メ リカか らの借入増で,1917年のア メ リカ参戦が,大 き く寄与 したこ とはい うま で もない。 (3)大戦後期 の戦費調達額の総額は,307億5, 400万 ドル (63億2,018万 ポン ド) この うち 公債発行 部分 が29億5,437万 ポン ドであ り, 租税収 入部分 は23億3,189万 ポ ン ドで あっ たこ とか ら, その3分 の1以上が税収 によっ た。 この こ とは戦費調達方式の質的変化 を意 味 し, もはや 内国債発行依存方式の戦費調達 が限界 に達 し,租税収 入や対外借入れ,証券 動員等 に依拠 して戦費 を確保す る以外 に方法 がなか ったこ とを意味 してい る。 以上,第一次大戦期 をつ うじて, イギ リスの戦 費調達額は総計490億 ドル (約101億 ポン ド) で あったが, その内訳は租税収入が140億4,200万 ドル (28億8,573万 ポン ド)で全体 の29%,政府 債務発行が281億1,100万 ドル(57億7,702万 ポ ン ド)で57%を占め,連合 国か らの借入れ50億3, 000万 ドル (11億1,035万 ポン ド)で11%,その 他 の対外借 入 れ14億4,400万 ドル (約3倍 ポ ン ド)の3%に よった。 これ ら以外 に, モー ガンは 金 動 員 1億 ポ ン ド, ドル 証 券 動 員5億 ポ ン ド (ニュー ヨー クでの売却分) をあげているO グレー ト ・ブ リテンに対 して, フランス, ロシ ア, ドイツ等は政府収入に 占め る政府債務発行が 圧倒的比率 を示 している。 フランス(80%), ロン ア (79%)ドイツ (87%)はいずれ も戦費調達 の 8割前後 を占めている。 したが って, イギ リス政 府の債務依存率57%は,これ らの国に比較 してか な り低い とはいえ る。 しか し, これに よって イギ リスの戦費調達におけ る公債問題が重要性 を失 う とは思 えない。公債発行の絶対額か らみれば, イ ギ リスは最大であ り, その意味す る ところは重大 である。第一次大戦後 に公債償却問題 が クロー ズ ア ップ され る由縁 であ る。 第6表 と第1区は か ら あ さらかな ように,、公債発行残高は年 々急激 な増 加 を示 し,1914年 の大戦勃 発か ら1918年間に死 重公債 は実 に17倍強の急激 な膨張 を示 した。第2 Egは戦費支 出 と公債収 入 との関係 を示 した もので 第1図 1914-1921年 公債発行残高の累積額 (単位:百万.iIンド) £ 8000 7500 7000 6500 6000 5500 5000 4500 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0

(出所 ) A.W.Kigkaldy,"BritisL.Finance 1914-21 P266

(16)

第2回 戦費支出と公債収入 (発行手取金) (単位 :百万 ポン ド) J 0 ) J a a 0 a 0 0000 00 出 191 1916 1917 1918 1919 1920 1921 1914 に公債収入は財政収入の大半 を占め たが, 第一次 大戦期 の公債収入は,約58イ意ポン ドにのぼ り,ナ ポレオン戦争期 の3,700万 ポン ドの200倍弱,且 つ大戦期 の イギ リス国民所得 の総 統 の約27%を 占め たこ とは, いかに公債の重圧が大 きく国民に の しかか っていたかがわか る。 これ をイギ リス人 1人あた りの公債負担 で表 わせ ば, 当時の英帝国 人 口は, 4億1,677万8,000人程度 であるか ら, 人 口1人あた りの公債 負担は約1,450ポン ドで1 人年平均所得511ポン ドの約2.8倍 とい う実質負 担 になる。 この ようにみれば,大戦期 イギ リスの 戦費調達 と戦費支 出の問題 は, きわだって公債問 題 を中軸 に している といえよう。次の機会に我 々 は大戦期 におけ る戦費調達の実態 を大戦初期,後 期 につ いてみてゆ く。 (注) 1 斜線部分 は政肘歳入 を示 す。 2 斜線 でない部分は純政肘借 入 を示 す。 3 ベー スライ ン以下の斜線部分 は1921年3月31 日末の財政年度の絶返済鰯 を示す。 4 総支出はベ ースか ら各欄 の高 さによって表す。 5 折線 は戦費支出 を示す。 あ る。 これは公債収 入 (発行手取金)が急激に増 大 した年度 には,戦費支 出 も急激に増加 した比例 的関係 を表 わ してい る。 また, 第

2

表に よれば, 国 民 所 得 に 占め る戦 費支 出 の割 合 は,1914年 36%,1915年54%,1916年64%と年々比重 を増 し,1917年66%と7割弱 を占め,また公債発行 (額 面)に 占め る戦費の比率 も1914年約38%,1915年 64%,1916年49%,1917年41%,1918年29%, 1919年8.7%と大戦期 を平 均 す れ ば約44%を 占 めたのである。 だが,公債収入 (発行手取金)に 占め る戦 費の割合 は,約75%を占めた。この よう - 1 6-(1) 事 実, メンテ リソンは次 の よ うに指摘 して い る。 「1913年の過剰生産恐慌 の成長が,戟争 を近づ けさせ る一要 因 となったO-部の独 占ブル ジ ョアジー も連 中 のあいだで,戦争が恐慌 か らの脱出の手段 とみなされ るようになったことは,明 らか であ る。歴史上 は じめ て,経済恐慌 か らの戦争による脱出がお こなわれた。 ・・・・--・-・戦争は循環が正常 に進展 してゆ く場合に恐 慌 か らの脱出 をうながす一連の過程の.作用 をはやめ た。商 品在庫の消失 と過剰生産の解消 とを促進す る生 産減退 を戦争は強め たのである。」 エ リア ・メンデ リソン著 r続 恐慌 の理論 と歴史J 窮3巻 〔下〕 飯田貰- 池田頴昭訳 11-12頁 青 木書店 1967年。 (2)カール ・マル クス著 向坂 逸郎訳 r資本論J 第1巻, 248頁,岩波書店,1968年 (3)グレー ト・ブ リテンの戦費の推計については, カー コルデ ィは約98イ意ポン ドと見積 り,ポゲー トは約440 倍 2,901万 ドル (約90倍 ポン ド)と推計 している。 こ れに対 して, フ イス クは若干 多 く見積 って約101億 ポ ン ドとしている。 しか し,戦費支出額 を実際の戦費 と して とらえるな らば,1914-1919年度の財政年度 (決 算 日年度末3月31日)の総計 とみなければならない。 これ を計算す ると84位9168万 ポン ドである。 ここでは 戦費は戟費支出SEiとして とらえているので,筆者はこ れに したが っている。

E.L Bogart,Warcostsand theirFinancing,

♪105 1921.New York.

H.E.Fisk,English Publz'c Fz'nancefyDm the Revolutionof1688,1921,♪ 101921.

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