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追悼:三宅和夫先生を偲んで

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Academic year: 2021

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 筑波大学名誉教授三宅和夫先生が享年 88 歳で永眠され たのは 2009 年 5 月 10 日のことでした.先生は第二次世界 大戦さなかの 1942 年に東京帝国大学理学部物理学科を卒 業,ただちに召集され,翌年には陸軍航空技術中尉,復員 後は同物理学科助手,1961 年東京教育大学光学研究所教 授,同大学の移転に伴って 1978 年筑波大学物理工学系教 授を歴任された後,1984 年に定年退職されました.  先生の研究分野は応用光学,特に光学器械の理論と応用 に集中され,おもなものに偏芯光学系の収差,計算機によ るレンズの自動設計,光学薄膜,軟 X 線分光器の設計と試 作,平面回折格子分光計の収差などが挙げられます.さら に,著書「幾何光学」,古典的な名著 M. Berek の「レンズ 設計の原理」の翻訳書を上梓されました.  他方,1952 年には応用物理学会の分科会として,産官 学の研究者・技術者を会員とする光学懇話会(後に日本光 学会)が発足しました.先生はその創設に深くかかわり, 以後「光学ニュース」(後に「光学」)の編集長,幹事長と して会の発展に貢献されました.1950 年ごろ,光学会社 はガラス表面の腐食,いわゆる「レンズのヤケ」に悩まさ れていました.光学懇話会では先生も一員であるレンズ表 面研究委員会を組織し,いわば初めての産官学共同研究を 行って問題を解決しました.また先生は 1974 年,1984 年 に日本で開催された国際光学会議には役員として,また国 際光学論文誌 Optica Acta の日本編集者として,国際的な 光学の研究協力を遂行されました.  先生は後進の育成にもご熱心で,大学の門下生は言うに 及ばず,光学工業研究組合(後に光学工業技術協会)に設 けられたレンズ設計法研究委員会を主宰し,さらに例年組 合が開催する講習会で長年にわたって幾何光学を講義する など,企業の技術者の啓蒙にも尽力されました.  先生は研究・教育の傍ら,敬虔かつ熱心なクリスチャン として幅広く活動されその生涯を終えられました.ご冥福 を祈ります. 159(47) 39 巻 3 号(2010)

さ ろ ん

追  悼

故  三宅 和夫 先生

三宅和夫先生を偲んで

藤 原 史 郎

(筑波大学名誉教授)

参照

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