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弔
辞
恩師,河野稔先生の卦報に接し,私共,河野ゼミ門下生一同,深い愕きと悲しみに胸が
張裂けんばかりであります。河野ゼミを巣立って後,先生を中心に,一同,会することも
なく,無為に星霜のみを積み重ね,今日に至ってしまいました。
先生が,本年滋賀大学を退官されるにあたり,記念ゼミが催されるということを聞き及
び,この機会にささやかながら一席設け,先生と酒食を共にし,先生の労をねぎらい,想い
出話に花を咲かせようと,非常に楽しみにしていた矢先のこの悲報。不帰の人となられた
今となっては,先生にせめて今一度お会いしたがったと,返す返すも残念でなりません。
想い起こせば,16年前の昭和44年,当時といえば,全:国で大学の在り方が問われ,大
学・学園の民主的変革,そしてxx70年安保条約”改定を控え,歴史的ムーブメントが高揚
している,まさしくそのような時に,河野先生は,関西大学から,我が母校滋賀大学に移
って来られました。
河野ゼミの第1期生は,私を含む8名でスタートした訳でありますが,その手始めに,
大河内一男先生の『独逸社会政策思想史』と服部英太郎先生の『ドイツ社会政策論史』を
用いて,我々が社会政策の輪郭を掴まえられるようにされたうえで,社会政策に関する基
本文献をリス1・・アップされ,各人に1冊つつ割り当て,8冊を検討しました。2年目
は,ゼミ生の関心の多いところということで,贋金論”を各人4冊から5冊の分担で何
と総数34冊の比較検討をしたものであります。
「河野ゼミは厳しいゾ」という風評が立ち,1年後輩の第2回ゼミ生は,5人の少数精
鋭となりましたが,私共同様!年目が社会政策論,そして2年目は,当時にわかに脚光を
浴びるようになった国家独占資本主義論の検討を行ないました。
このゼミ生活を通して,学問研究の厳しさを,ひいては,真理の探究の尊厳なことを教
えられました。河野先生ご自身は常時,柔和な態度で我々に召せられ,口うるさく叱咤さ
れることは皆無でありましたが,一つ一一つの問題点の抽出とその解明に当たっては,鋭く
厳格なものがありました。
本の読み方一つをとってみてもJ「平岡が自説として何を述べているかを捕捉しなけれ
ばならない」,「1冊で理解したと言ってはいけない,関連する諸文献・諸見解の本質的相
違:点を明らかにしなければならない」等々,ゼミ生がゼミの体験の中で自つから理解する
ように導かれたのであります。そして,私共の悪戦苦闘の努力に対しては,暖かく見守ら
れながら,節々に適切な助言を頂いたものであります。
また,河野先生御自身も,現状に甘んじられることなく,常にJあらゆる物事に対し,
貧慾に,前向きに,幅広く取組んで行かれる,そのような姿に,私共一同,深く感銘した
次第でございます。確か,当時,先生方による国家独占資本主義論の研究会に,意欲を燃
やしておられたと記憶しております。真理の探究と社会進歩に前向きに取組む者に対して
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は暖かく,その逆には厳しく容赦をしない。そのような先生の姿が脳裡に甦ってまいりま
す。
先生には,もっともっと長生きをして頂きたかったが,今となっては能わざること,私
共,河野先生の門下生一同,凡才の集まりながら,先生との出会いを大切にし,先生の教
えを生涯忘れず,先生の名を恥ずかしめないよう,それぞれの分野で頑張って行きたい,
このことを私共の誓いとし,先生へのご恩返しとしたいと思います。
ご遺族の皆様にあっては,その悲しみは如何ばかりかと心中お察し申し上げます。
心より先生の御冥福をお祈りし,我が恩師,河野稔先生へのお別れの辞と致します。
1985年3月16日
河野先生門下生代表 Jil崎 隆 人
弔
辞
謹んで,故河野稔先生の御霊前にお別れの言葉を申し上げます。
私たちは,先生が御退官される本年度の先生に師事いたしました最後のゼミ生となりま
した。その事は,本当に無念です。
河野先生は,私たちに専門の講義では,社会政策について主にその経済をとりまく社会
問題の発生過程について御講義され,また,専門演習であるゼミナールでは,ゼミ生一i人
一・lの発表を中心に討論の形式で御教授され,その範囲は専門の領域にとどまらず哲学の
領域から広く社会学,政治学に至り,中でもとりわけ先生のご関心は,人間とは何であ
り,また,その人間のた:めにどのように社会を改良してゆくべきかという問いかけであっ
たのだと私は理解しております。すなわち,その意味では,河野先生は,いわゆる産婆方
式で私たちの社会に対する無知を指摘され,また,これからの社会を良くしていくのは若
い君たちなのだといわれ,やさしく微笑まれて御教授して下さいました。
ゼミナールの活動のうちで,先生を含め皆で京都嵯峨野へのハイキングは,楽しかった
思い出の一つであり忘れることはできません。あのときはよく歩きました。
また,就職に関しても大変気軽に相談に乗っていただき,私たちの中にも河野先生の御
配慮をいただき無事内定したものもおります。河野先生は,日頃より不正と怠惰な事を憎
まれ,まさにそれは紳士的であり,私たち一人一人にも伝わりました。
私たち8名は,この春そろって社会へ巣立ちますが,めいめい先生のお教えを肝に命じ
今後とも努力していきたいと思っています。
長い間ありがとうございました。
どうかやすらかにお眠り下さい。
1985年3月16日
滋賀大学経済学部学生代表 古 橋 清