●BOOK REVIEWS
次に, 著者は, 就業実態から見て労働者性が肯定さ れても, 労働法の保護がその者にとって実際には必要 でない場合には, 保護の (不) 適切性を理由に, 当事 者意思によってその者が労働法の適用対象から外れる ことを認める。 この著者独自の見解に対しては, 当事 者意思により労基法などの適用を全面的に排除するこ とを認めるものであり, 当事者意思の真意性が客観的 で合理的な事情の存在によって担保される必要がある という留保があるとはいえ, 労基法などの強行法規性 と矛盾するという理論的問題点を指摘することができ る。 もっとも, 著者は, 就業形態が多様化する中にあっ て, 労働法の適用を受けない自営業的就業を希望する 者が登場しているという現状認識の下に, こうした理 論的問題点を承知のうえで, あえて, 労働法による保 護の要否を当事者意思 (特に就業者自身の意思) に委 ねようとしているものと推察される。 しかし, 仮に著 者の主張を受け入れるとしても, 当事者に 「全面的に」 労働法の適用を排除するというのは行き過ぎではない かと危惧を覚える。 評者には, 当事者に保護の要否の 判断を委ねることができる事項は何であるか, 委ねる ことのできない事項は何であるかを, 個別の規定の趣 旨・内容から決することの方が, 解釈論としても立法 論としても, 先決であるように思われてならない。 例 えば, 差別禁止や安全衛生の問題については, 当事者 に保護の要否を委ねるのは好ましくないのではなかろ うか。 著者の見解は, これまでの労働法の考え方とは 鋭く対立するものだけに今後の学説の対応が注目され るところである。 トヨタ自動車の快走が続いている。 ここ数年, 1 兆円以上の利益を出し続けているし, 2006 年には 全世界での生産台数が GM を抜くのではないかと 言われている。 トヨタ自動車がなぜこれほどまでに 強いのかを論じた書籍は, 数多く出版されている。 トヨタ自動車の経営を学び, 少しでも業績向上に結 びつけたいと企業経営者が考えるのは当然だろう。 この読書ノートで取り上げた書籍は, トヨタ快進 撃の秘密をジャーナリスティックに展開したもので はない。 トヨタ自動車労組が設立した研究団体で専 務理事を務める著者が, 同志社大学の大学院生とし て研究した内容をまとめたものである。 労組内に残 されている過去の文書を丹念に調べ, 当時の役員た ちにインタビューを行い, 現在のトヨタ自動車に見 られる安定した労使関係を支えているものが何であ るかをていねいに解き明かしている。 使われている 資料の中には, トヨタ自動車内部で働いている著者 だからこそ手に入れることのできた資料やインタビュー も数多く含まれており, とても貴重である。 もちろ ん, 内部者であるがゆえの 「ひいき目」 や資料を読 む際の 「好意的判断」 という懸念はあるが, それら を極力避けるような注意深さも持っている。 この著作は, 書名にもあるようにトヨタの労使関 係が東アジア諸国の工場にどの程度移転されている 日本労働研究雑誌 103 いわなが・まさあき 京都大学大学院法学研究科研修員。 労働法専攻。読書ノート
願興寺之 著トヨタ労使マネジメントの輸出
東アジアへの移転過程と課題
藤村 博之 (法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授) ● が ん こ う じ ・ ひ ろ し ( 財) 中 部 産 業 ・ 労 働 政 策 研 究 会 専 務 理 事 。 ●ミネルヴァ書房 2005 年 2 月刊 A5 判・190 頁・ 3150 円 (税込)のか, 移転にあたっての課題は何かを明らかにする ことを目的として書かれている。 日本的なマネジメ ントの海外移転については, すでに長い研究の蓄積 がある。 それら一連の研究において 「日本的」 とさ れてきたものは決して一様ではなく, あいまいなま ま議論されてきた感がぬぐえない。 著者は, トヨタ 自動車の労使関係を研究することによって 「日本的 なるもの」 を確定しようと試みている。 トヨタ自動 車の労使関係が日本の労使関係を代表するものであ るか否かについては議論の分かれるところであるが, 良きにつけ悪しきにつけ, 日本企業の中で最も注目 されているトヨタ自動車に注目したのは理解できる。 トヨタ自動車の労使関係の歴史は, 決して平坦で はなかった。 1949 年から 50 年にかけての業績不振 とそれを打開するための人員整理計画の発表, そし てそれに反対する 2 カ月におよぶストライキなど, 現在のトヨタ自動車の労使関係からは考えられない ような状況だった。 著者は, この混乱の収拾と労使 間の信頼関係が築き上げられていく過程を第 3 章に おいて克明に分析している。 争議が発生した原因は, 労使間の意思疎通の悪さにあるとし, 不十分な情報 のなかで組合員の経営に対する不信感が高まってし まったと整理する。 この苦い経験が経営側に与えた 教訓は大きく, その後のトヨタ自動車の健全な労使 関係構築の原点になっていると述べている。 人は, 通常, 苦しい出来事や不幸な思い出をできるだけ早 く消し去りたいと願うものだが, 企業経営において はそういった経験を常に思い起こさせることによっ て, 自らの姿勢を正すことが可能になる。 トヨタ自 動車のその後の躍進は, このような謙虚さに支えら れていると言えよう。 この本のもうひとつのテーマは, 日本型労使関係 の東アジア諸国への展開である。 インドネシア, タ イ, 中国で活動する自動車関連企業を訪ね, ①労使 関係の理念, ②労組の組織運営, ③労使関係の基礎 をなすマネジメントシステムの 3 点から, 日本型の 労使関係がどの程度移転されているかを明らかにし ようとしている。 それぞれの国に一つの章が当てら れているが, タイに関する章が最も読みごたえがあ る。 それは, 日本人駐在員だけでなく, 多くのタイ 人従業員からも聴き取り調査を実施しているためで ある。 著者によると, タイの自動車組立会社 E 社にお いては, (ア)労働組合役員は日本型労使関係の理念 を受容しており, 一般従業員のレベルにも広がりつ つあること, (イ)労組の組織運営においても民主化 の動きがようやく確認できるようになったこと, (ウ)しかし, トヨタ自動車のマネジメントシステム の移転はまだまだ不十分であることが確認できたと している。 タイは, トヨタ自動車にとって非常に重 要な生産拠点になっており, かつ高い生産性を示し ている。 タイにおいて日本型労使関係の受容が進ん でいることと生産性の高さの間にどれくらいの因果 関係があるのかについては, 残念ながら十分に明ら かにされていない。 しかし, 世界各地で自動車生産 を展開しているトヨタ自動車にとって, 日本本社で 培われてきた労使関係の移転がどれほどの重要性を 持つのかはとても興味深い点である。 著者のさらな る研究に期待したい。 No. 550/May 2006 104