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〈調査・研究〉乳幼児を育てる中で母親が体験する、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察

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Academic year: 2021

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(1)Bulletin of Center for Clinical Psychology Kinki University Vol. 5 : 11 〜 22 (2012). 11. 乳幼児を育てる中で母親が体験する、 自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察 杤 原 京 子 近畿大学臨床心理センター. 要 約 本研究では、乳幼児を育てる中で、母親が体験する乳幼児期の「ポジティブな追体験」について、 その内的体験を探索的に調査した。結果、母子一体感の中で追体験が生じ、その中で母親は、自身の 母親の子育てや幼き自分に肯定的な思いをはせることで、我が子への愛情や責任を再確認し、母親を 介して母親像モデルを探求しながら、気持ち新たに子育てへと取り組むこと、さらに世代性の意識へ とつながっていくことがわかった。つまり、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」によって、理 想的な母子像が内在化され、母親は、自身の子育てへの支えや指針を得ていると想像できた。またそ のプロセスは心理療法の本質と重なる体験であると考察された。 キーワード:母子一体感、世代間伝達、ポジティブな追体験. Ⅰ.はじめに 子どもを育てる過程において、親自身の心の奥にある子ども、かつて子どもだった自分 が刺激され、呼び覚まされることは、想像に難くない。ラファエル(Raphael-Leff,J.,2008) は、「私たち自身が早期の欲求に触れることによって、言葉では表現できない融合という古 い感覚を再び呼び覚まされることがある。つまり生々しい感情をコンテインし、私たちとと もにそれらを処理してくれ、私たちを愛してくれた人との前言語的なやりとりで満たされた モーメントを呼び起こす」と述べる。また渡辺(2008)は、レボヴィシ(Lebovici,1988) の「現実の乳児(actual baby)、幻想的乳児(fantasmatic baby)、空想的乳児(imaginary baby)」という言葉を用いて、「現実の乳児は母親の幻想的乳児と空想的乳児の表象を誘発 し、母親は妊娠、出産、育児を通じて深層の原初体験とエディプス体験の再編成を体験しな がら成熟していく」と説明する。ここでいう幻想的乳児とは、母親がかつて自分が赤ちゃん だった時の無意識記憶であり、空想的乳児とは、小さい時から赤ちゃんとはこういうものだ と空想していた赤ちゃんのことであり、実際に母親になって子どもを抱くとき、この空想的.

(2) 12. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. 乳児と幻想的乳児のイメージが、現実の乳児に対する気持ちの土台になるという(Lebovici, 1988)。 このように、子どもが乳幼児期にある頃、母親の中で、かつて子どもだった頃の自分が活 性化し、自らの養育体験や両親との感情体験が賦活され、我が子への関わりに何らかの影響 を及ぼすと考えられている。その認識は、特に虐待研究の分野を通じて広まったといえるだ ろう。親からの被養育体験が現在の養育行動にどう影響を及ぼしているか、俗に「虐待さ れて育った人は、自分の子どもを虐待する」といわれる「世代間伝達」を中心に、幼少期 の虐待とその後の情緒的、行動上の問題の関連について実証的研究が多く報告されている (Kaufman et al.,1987、西沢,1997 など)。そこでは、子育てにおいて自分の被虐待体験が 賦活され、そこに取り込まれ、子どもへの虐待行為の再現となりうるメカニズムがみられる。 このように、多くの研究者が、母親が心の奥に抱えてきた「子どもの頃の私」が育児に少 なからぬ影響、特に否定的な影響を与えることを指摘している。その一つであるフライバー グ(Friberg,S.)の有名な言葉、「赤ちゃん部屋のお化け(ghosts in the nursery)」をご存 知の方は多いだろう。これは、赤ちゃんの泣き声によって、不意に母親の側に、いらいらや 不安、緊張といった、言葉には言い表せない原始的な深い感情が起こり、そうした感情にの みこまれる現象のことをさす。母親は自身の否定的な養育体験を無意識のうちに乳児に投影 し、その結果、乳児のことを、自分を迫害する親であるかのように感じる。それがつまり、 赤ちゃん部屋にあらわれるお化けの正体である。岡田(2011)は「この時母親は、あたかも 情緒的な困難を抱えていた自分自身の乳児期にタイムスリップしたかのような体験世界にい る」という。 実は、初めてこの論文を読んだとき、私は非常に驚いた。というのは、自分自身の子育 てにおいて、それとは全く逆の体験をしたと感じていたからである。それは、言うなれば、 「情緒的に満たされていた自分自身の乳児期が、今、娘を抱きかかえ子育てをしている私の 中にタイムスリップしてきたような体験」であった。これを仮に、乳幼児期の「ポジティブ な追体験」と呼びたいと思う。その現象は、具体的にはこういう現象である。 “それは、娘が生後 1 ヶ月半~ 2 カ月の頃、娘を抱いている時、不意にやってきた。私の 腕に抱かれる娘を、ゆらゆら揺らしながら寝かしつけているときに、突然、その娘が赤ちゃ ん時代の自分のように感じられたのである。赤ちゃんだった頃の自分を、今母親である自分 が抱いているような感覚。そう思ったときに、抱いている自分が、若いころの母であるよう にも思われた。そして、娘であり、赤ちゃんの頃の私でもある、私の腕に抱かれたその赤 ちゃんの何とも幸福そうな寝顔、柔らかながらも充ちた重みをもつ四肢の感触に、私の胸は 感動でいっぱいになった。”感動した新米母の私は、早速新米父である夫にこのことを話し、 彼とこの体験を共有しようとした。しかし夫には全くそういう体験はなく、へえぇと実に客 観的な共感しか示してもらえなかったのだ。この「ポジティブな追体験」は、私個人の特異.

(3) 杤原京子:乳幼児を育てる中で母親が体験する、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察. 13. な体験だったのだろうか。 以後も、最初のこの体験ほど強烈なものではなかったが、たびたび、娘の姿に幼き頃の自 分を見るような思いや、自分が娘を愛する時に、母もこのように私を愛してくれていたのだ ろうかと思い、自分自身が、実際に「今、ここで」愛されている赤ちゃんであるかのような 満たされた気持ちがしたものだ。と同時に、娘とともに、自分が赤ちゃんからもう一度人生 を生き直しているような、不思議な、しかし力強いエネルギーが身の内にわきおこってくる のを感じていた。 そんな思いを抱きながら日々を送っているときに、初めての出産、育児をしている音楽家 のエッセイの中にこのような文章をみつけた。「どんな状態のときでも、きっと、母は眠る 私を見つめていたとき、いま私が娘を見つめるときと同じような温かい気持ちだったのでは ないだろうか…(中略)…私が娘を愛する時、私は母から愛されているような気持ちになる のだ」(カヒミカリィ,2012)。この文章には、私が感じた感覚と非常に近いものが表現され ているように思われた。現実には、親である自分に最も没頭している時期に、子どもとして 満たされる体験をするというその矛盾がなんとも興味深かった。そこで、自分が体験した ことは個人的な特異なものに終わらないのかもしれない、そこでは何がおこっていたのか、 少しでもその中身を明確化することはできないか調べてみようという思いがつのってきた。 また、先述のように「世代間伝達」研究は、苦痛や悲しみ、怒り、腹立ちといったネガティ ブな体験が次世代へと伝達されていくことに注目の光があたっているが、必ずしも不快な体 験ばかりではなく、幸福な、喜びにあふれた、ポジティブな体験も同じように伝達されてい るのではないだろうか、そこを調べてみたいという思いがわいてきたのである。 Ⅱ.目 的 そこで、本研究では、筆者が乳幼児期の子どもを育てる母親自身の、乳幼児期の「ポジ ティブな追体験」と名付けた現象を探索的に調査し、母親が、どのようにそれを体験してい るのか否か、またそのことが母親自身の子育てにどのような影響を及ぼしているかを調査す ることを目的とする。 Ⅲ.研究方法 本研究は、個人の内的体験に焦点をあて探索的に調査する研究であり、本調査としてイン タビュー調査をおこなう予定であるが、本論文では、その予備調査としておこなった自由記 述式の質問紙調査の報告をおこなう。 対象は、未就学児を育てている母親とした。研究意図を説明したうえで、協力を申し出て くれた筆者の知人やその紹介者 66 名に、自由記述式のアンケートを実施した。質問項目は、 基本属性(母子の年齢)と、以下の 4 項目である。.

(4) 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. 14. 1 )子どもを育てていて、肯定的な追体験はありましたか?たとえば、自分自身を育て ているような気持ちになったり、自身の乳幼児期を思い出したりすることはありま したか?→はい、いいえ、2 件法の回答 2 )あったとすれば、それはどのような時にどういう体験として経験しましたか? 3 )またそのことは、自分の子育てにどのような影響や意味があったと思われますか? 4 )母親の思い出を自由にお書きください 結果、質問 1 )に「はい」と答えた 41 名の自由記述の回答を、2 )追体験の内容、3 )追 体験の子育てへの影響ごとに、それぞれ最小の意味単位に分割し、KJ 法に準じて分類、分 析をおこなった。なお、質問 4 )については、今回は報告しない。 Ⅲ.結 果 全 41 名の協力者の平均年齢は 35.6 歳、子ども数の平均は 1.9 人、第一子の平均年齢は 5.0 歳であった。 内容分析をおこなった結果、追体験の内容に関しては、19 個の下位カテゴリーに分類さ れ、さらにそれは、5 個の大カテゴリーに類型化された。追体験の影響に関しては 18 個の 下位カテゴリーに分類され、されにそれは 6 個の大カテゴリーに類型化された。そこから、 ストーリーラインと結果図(図 1 、図 2 )を作成した。なお文中では、《》は大カテゴリー、 〈〉は下位カテゴリーを示し、「」は自由記述からの抜粋、()は対象者のラベルと記述番号 を示す。また、カテゴリー間の相互関係については矢印で表した。矢印の先が影響する方向 である。 1 )‘追体験の内容’のストーリーライン(図 1 参照) 乳幼児を育てている母親は、日常の育児の中で、目前の《子どもの姿から、母の育児に思 いを巡らせる》瞬間がある。具体的には、 〈だっこ〉 〈授乳〉といった身体的スキンシップや、 〈寝顔〉 〈笑顔〉 〈日常の姿〉を通して子に肯定的な感情が生じた場合と、また〈心配〉や〈大 変〉を通しても実感されやすい。それらを通して「自分が感じたことを昔、母も感じていた のだ」「自分も赤ちゃんの時、母はこういう気持ちで抱いていたんだなあ」と当時の母の育 児に思いを巡らせる。 そのように、自分が母になり母の視点を得たことで、〈母との環境の相似により共感性が 増す〉体験や、〈自分が子を思うように、母も私を思ってくれているという実感〉を得、改 めて《母の愛情を実感》する。 あるいは、母の育児から自然《幼き自分に思いを巡らせる》場合もある。〈自分も愛され て育ったんだという実感〉や、「幼かった頃の私もこんな風に生活して、こんな風に育てら れたんだ」というように、子どもの姿を通して〈幼き自分を追体験するような感覚〉や、投.

(5) 杤原京子:乳幼児を育てる中で母親が体験する、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察. 15. 影同一視と思われる「母になった自分が赤ちゃんの自分を抱いているような」、〈自分が、目 の前の子どもであるかのような感覚〉を体験する。 また、日々の子育ての中で「子どもが私をとても必要としているので、私もこの子たちを とても必要だと思った」というように〈自分でないとだめ、必要とされているという実感〉 をもてる子どもとの関係性がある。そこで〈子どもに感じるつながり〉はかけがえのないも のであり、母親は「この子のためなら何でもできる」と〈自分を、子どものためにささげら れる感覚〉になり、子どもが苦しみに遭遇すれば、当然〈子どもの苦しみをかわってやりた いという思い〉になるなど、子育ての中で《子どもへの愛情や献身性を実感》できるように なる。 また、このような追体験には、《継時的変化》がみられ、「生まれてすぐから今までずっと 同じ思いを感じるが、新生児~ 3 ,4 ヶ月の頃のほうがその思いは強かったように思われる」 というように〈日々、いつも追体験の感覚〉があるが、〈だんだん薄れていく〉といえる。 また、「代わりに自分の人生を生き直しているような錯覚にも似た感覚を味わうようになり、 それは娘の成長とともに強くなっている」というように、追体験の〈内容は変化〉していく ことが一般的と考えられる。 2 )‘追体験の影響’のストーリーライン(図 2 参照) このような追体験が《子育てに及ぼす影響の認識》には個人差があり、実際に〈影響を自 覚〉している場合もあれば、〈意識を超えたところで、影響を感じる〉場合もあり、〈影響が あるかどうか、わからない〉場合もある。 実感されている影響としては、〈スキンシップ〉や〈母乳育児〉という身体的接触が安心 感につながり、〈母子間の信頼感〉の促しや、〈共に生きるという感覚〉の芽生えの中で、 《母子の絆、つながりの実感》を母親にもたらす。母親として、〈子どもへのかけがえのない 愛情〉を認識することで、〈私がこの子を守らなくてはという決意〉のような《子育てへの 新たな決意と責任の実感》がわき、〈広い視野、新しい視点の獲得〉もなされる。 一方《親との心理的な距離や関係の変化》も自覚されており、〈親になって初めてわかる ことがあるという実感〉から、〈親への理解や態度に変化〉が生じ、〈母への親密性〉が高ま る。その過程で、〈母の子育てと自分の子育てが似ているという気付き〉が生じ、心の中で 母と対話しながら〈母をモデル化して育児の大変さを乗り越えようとする試み〉や、〈母に してもらったようにしていきたいという決意と責任感〉が生まれてくるなど、《母を介した 母親像モデルの探求》が図られる。 それらは、〈愛された体験があり、愛せるようになるという実感〉や、親から子へ、子か ら孫へと〈受け継がれている命というものに対する思いの変化〉といった《世代性の意識》 へとつながっている。.

(6) 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. 図 1 .追体験の内容. 16.

(7) 17. 図 2 .追体験の影響. 杤原京子:乳幼児を育てる中で母親が体験する、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察.

(8) 18. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. Ⅳ.考 察 ウィニコット(Winnicott,D.W.,1965)はいう。 「大抵の母親たちは、自分のなかで大きく なってくる赤ん坊に何らかのかたちで同一化する。このようにして彼女らは、赤ん坊の欲求の 何たるかについえ非常に敏感な感覚をもつようになる。これは投影的同一化である。この赤ん 坊との同一化は出産後しばらく続くが、その後次第にその意義は薄れていく」 。母親の「原初 的没頭(primary maternal preoccupation) 」といわれる時期であり、この感覚は妊娠中から 徐々に強くなり、出産によって最も高まり、産後数か月続くと言われている。この間母親は、 無意識に自身と赤ん坊を同一視し、どこかで赤ん坊と体験を共にしていると考えられている。 今回、追体験がおこりうる状況として浮かび上がってきた時期は、まさにこの母子同一 化が起こっている時期と重なる。つまり、「だっこ」「授乳」という状況や、「心配」「大変」 という非常事態を通して、さらに、産後すぐ~数か月間が最も強く感じるという点である。 「だっこ」は最も暖かい身体的接触であり、子どもからすれば、母親の愛情を身を以て感じ られるときである。また「授乳」時は、ほとんど同時に「だっこ」もおこなわれており、特 に授乳は母にしかできない、母しか体験できないお世話である。この 2 つは、子どもに生理 的欲求の満足をあたえながら、同時に心理的な満足感や信頼性の芽を育てる最たるものとい えよう。 ウィニコットはまた、有名な「抱っこ(holding)」という概念を提唱し、母親は乳児の身 体を抱くとともに、身も心も抱いており、そのとき母親は前述の「原初的没頭」という未分 化な心性にあるという。そこでは、母は子であり、子は母であるという境界が不明瞭なまま の濃密な一体感がある。妊娠中母親は、お腹の中に我が子を抱えるが、通常は他人との間に 明確に存在する境界が、そこでは存在しない。つまり、自分の身体が自分だけのものだとい う当たり前のことが、そこでは成立しないのだ。その象徴的な言葉として、出産に至った時 に、「身二つになる」という言い方をされる。出産によってようやく、身は二つ=母親と子 どもの身体の境界線ができるのだが、しかしそれは身の世界であって、心はいまだ一つとい える。それが母子一体感であり、母親はそのとき「赤ん坊に非常にうまく同一化して、赤ん 坊がどう感じているかについて非常によくわかるのである。このとき、彼女は自分の赤ん坊 時代の体験を用いているのである。このようにして、母親は自分自身依存的な状態にあって、 傷つきやすいのである(Winnicott,D.W.,1953)」と述べられる状態である。それゆえ、身 二つでありながら、投影やとりいれといったメカニズムが働くことで、内的には心身一つで あるような同一化が生じ、追体験につながっていくと考えられよう。また母子一体感は、出 産時が最も強く、そこからだんだん弱まっていくと言われているが、追体験の時期や内容の 変化はそれに応じていると思われる。 追体験の内容は、大きくわけると、《母の愛情の実感》《幼き自分に思いをはせる》《子ど もへの愛情や献身性を実感》の 3 つである。氏家(1996)が、出産後しばらくの期間、母親.

(9) 杤原京子:乳幼児を育てる中で母親が体験する、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察. 19. は「現象的には、彼女自身の過去のいろいろな体験についての記憶が活性化されやすくなる。 それらは、おそらく防衛機制によって潜在化していたものである」と述べるように、この中 身には、一人ひとりの母親が自身の母親父親とどのような体験をもってきたかということ、 それまでのその人の育ちや抱えている問題が多大な影響を与えており、内容は個人的なもの に彩られているといえる。想起される母親は自身の母親であり、思いをはせる幼き子どもは かつての実際の自分であった可能性が高く、恐らくそうであろうという記述が中心であった。 一方心理学的には、これらは想起されたイメージであり、イメージである分、現実の母親 というよりは、理想の母親像、望んでいた母子関係や心の中に抱く理想的な子ども時代の投 影とも考えられる。というのはまず、自分がどのように育てられたかということは、現時点 から振り返って回顧的にたどるしかなく、客観的な被養育体験をつかむことは難しいと考え られるからだ。つまり、私たちの中にあり活性化されるものは、絶対無二の事実ではなく、 心的表象ととらえるほうが自然だろう。そしてまたその理由の一端として、いささか個人的 だが、私自身の母子関係もそれほど理想的なものでもなく、幼少期の思い出もさほど幸福な ものではなかったにも関わらず、私が娘を〈だっこ〉していて感じた幸福感、あの時に生じ た現象はとてもリアルなものであったからだ。また、今回の質問紙調査において、「母親の 思い出」について自由記述してもらう欄をもうけたが、そこには必ずしも肯定的な母親像だ けが記されていたわけではなかったからである。こちらとの関連については、今後研究の予 定である。 また、このようないわば理想的な母親像ともいえる追体験が、育児になんらかの影響を及 ぼすこともわかった。それらは、大きく 2 つの方向をもつといえる。母子という絆を実感し、 母親として新たな決意や責任を持つという方向性、それから親との心理的な距離や関係が変 化し、自身の母親を介して自分なりの母親像モデルを探求しようという方向性である。そし てそれらはやがて、巡る命や世代性の意識へとつながっていく。 母子の絆を実感することは、母親にとって深い自己肯定感につながっている。そのことが、 母性意識ともいえるような母親としての自覚をより高めることがうかがえる。また、親との 心理的な距離感や関係が変化し、母親への信頼や感謝が増す中で、母を介して自分なりの母 親像を模索し同一化していく姿も、母性の育ちといえる。このとき介される母というのは、 「母だったらどうしたかな」「自分が母にしてもらったようにしよう」というように、自分の 中の母イメージで対処していくさまが語られた。子育てを行う上では、実際に実母に尋ねた り助言を乞うということもあるだろうし、そういった現実的支えは必要だが、同時に内的に は、様々な心的表象と対話しながら子育てをおこなっていることうかがえる。それゆえ、追 体験の影響も、自覚している人~意識ではわからないが何かあるのではないか~意識を超え た所で影響を感じる、というように、意識下~意識上に渡って幅広くみられたのではないか と想像される。.

(10) 20. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. このような追体験のプロセスをたどってみると、「ポジティブな追体験」というのはつま り、理想的な母子像が母親の心に内在化される体験といえるのではないだろうか。心理療法 の中にイメージ療法という技法がある。クライエントの内的イメージをなんらかの手法で膨 らませ、体験させること、それによって治療をすすめる療法である。導入時に、内界へ注意 が向きやすくなるようリラックスさせて、イメージの喚起を促す。その後、活性化した内的 イメージに対して受容的探索的な心構えを向けることで、自然に生じてくるイメージ体験過 程があり、そのプロセス自体が治癒原理であるという。いわゆる解釈は殆ど与えられず、イ メージ中での体験それ自身を最も大切な治癒要因と考える療法である。今回の追体験のプロ セスは、このイメージ療法のプロセスに相似しているように思われる。むろん、意識的にイ メージ療法をおこなうことと、自然発生的に無自覚のうちに生じてくる追体験という違いは あるが。つまりこの追体験は、母子一体感という自我意識が弱まっている状態において、母 親の心的表象が活性化し、母である私と子という現実の関係を通して、私を愛する母と愛 される子である私、という心的表象も加わり、4 つのイメージが交錯する中でおこっている (図 3 参照)。結果、母親の心中に理想的な母子像が内在化され、育児という現実を生きるエ ネルギーが得られている。それは、まるで母親らのその後の育児における“お守り”のよう な体験となる。そのプロセスとポジティブさからは、イメージ療法と同様に、内容の個人的 意味を解釈することよりも、まさに『今、ここで』体験しているかのごとくの鮮明さを持つ その追体験自体が大切なのだと思わされる。. 図 3 .「ポジティブな追体験」.

(11) 杤原京子:乳幼児を育てる中で母親が体験する、自身の乳幼児期の「ポジティブな追体験」に関する一考察. 21. 心理療法においては、セラピストに「抱っこ(holding)」される体験の中で、過去の出来 事自体はかえられないものの、その意味に変化が生じることで、クライエントにとって、過 去の体験がポジティブに内在化されることが可能となる。そして、その意味の変化は、かえ ようと思ってかえられるものではなく、潮が満ちるように時が熟し、時には共時的な出来事 やイメージの力を借りて、その人にとって自然に意味合いがかわってとらえられるようにな るというものである。今回考察してきた子育て中の母親の体験には、そういった心理療法に 共通するプロセスがあるように思われる。つまり、わが子との母子一体感のなかで自らも 「抱っこ(holding)」されるような体験のなかで、潮が満ちるように、意図せず追体験が起 こり、母親の中で母子関係の像がポジティブな形で再構成される。それが内在化されること で、その体験は母親を支えるいわば“お守り”となったと考える。 Ⅳ.おわりに 本研究では、乳幼児を育てる中で、母親が体験する自身の乳幼児期の「ポジティブな追体 験」について、その内的体験を探索的に調査した。結果、母子一体感の中で追体験が生じ、 その中で母親は、自身の母親の子育てや幼き自分に肯定的な思いをはせることで、我が子へ の愛情や責任を再確認し、母親を介して母親像モデルを探求しながら、気持ち新たに子育て へと取り組むこと、さらに世代性の意識へとつながっていくことがわかった。つまり、「ポ ジティブな追体験」によって理想の母子像が内在化され、母親は、自身の子育てへの支えや 指針を得ていると想像でき、またそのプロセスは心理療法の本質と重なる体験であると考え る。 今後は、本調査としてより詳細なインタビュー調査をおこない、個別のケース検討に取り 組みたいと考える。また、このような「ポジティブな追体験」が育児への支えになるとした ら、自身の被養育体験がネガティブなものであった場合に追体験のありようはどうなるのか、 「ポジティブな追体験」が「ない」と答えた人の場合はどうなのか、ポジティブな追体験と ネガティブな追体験の関係性や相互作用についても考えていく必要があると考える。 (謝辞:最後に、調査にご協力くださったお母さん方に、この場をお借りして心よりお礼を 申し上げます) 引用・参考文献 Bowlby, J.(1982):Attachment and loss: Vol.1 Attachment. 黒田実郎他訳(1997):母子関係の理 論Ⅰ 愛着行動(三訂版)岩崎学術出版社 カヒミカリィ(2012):小鳥がうたう、私もうたう。静かな空に響くから 主婦と生活社 Kaufman, J., & Ziegler, E.(1987):Do abused children become abusive parents? American Journal of Orthopsychiatry, 57 : 2, 186-192.

(12) 22. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. Lebovici, S.(1988):Fantasmatic interaction and intergenerational transmission.Infant Mental Health Journai, 9 ; 10-19 小此木啓吾訳(1991):幻想的な相互作用と世代間伝達 精神分析研究 34 (5);285-291, 1991 西澤哲(1994):子どもの虐待 ―子どもと家族への治療的アプローチ 誠信書房 岡田尚子(2011):母親が子育てにおいて「子どもの原始性」に出会う時 甲南大学人間科学研究所紀 要 vol.12 Raphael-Leff, J.(2008):Parent-Infant Psychodynamics: Wild Things, Mirrors&Ghosts 木部則雄監 訳(2011):母子臨床の精神力動 岩崎学術出版社 氏家達夫(1996):親になるプロセス 金子書房 渡辺久子(2008):子育て支援と世代間伝達 金剛出版 Winnicott, D. W.(1965):The Maturational Processes and the Facilitating Environment 牛島定信 訳(1977):情緒発達の精神分析理論 岩崎学術出版社 Winnicott, D. W.(1953):The child,the family, and the outside world 猪股丈二訳(1985):子ども と家族とまわりの世界(上) 星和書店.

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