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特集 : しがの教育 「『近代日本の教科書のあゆみ』の編纂事情」

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しがの教育

18 しがだい 特集 しがだい 19

『近代日本の教科書のあゆみ』の編纂事情

木全 清博

(教育学部教授)

 2006年10月23日に滋賀大学附属図書館は、『近代日本の教科書のあゆみ』を地元滋賀のサンライズ出版 から刊行した。初刷700部は11月末までの1ヶ月間に、好評を博して完売した。12月初旬には2刷500部の 増刷を行って、現在販売中である。編集委員会において企画と編集を担当した者として、本著作の刊行経 過と編纂事情についてふれてみたい。

本著の刊行の背景

 附属図書館教育学部分館は、江戸時代の往来物から明治初期・中期の自由発行期、検定期の旧教科書、 明治末期から昭和戦前期の国定教科書が約8500冊、これに戦後の教科書が約8500冊を加えて、約1万7000 冊の教科書を所蔵している。教育学部では、1985年から毎年夏に「教科書展」として一般市民、学生・院 生・教職員に、所蔵教科書の公開展示を行ってきた。これまでに修身、国語、習字、算数・数学、理科、 歴史、地理、唱歌、図画・工作、裁縫・家事、手工・技術、簿記・商業などの各教科の教科書の変遷、近 江八景、近江の人物ゆかりの教科書・古書類、地域版郷土教科書や平和教育の副読本など、テーマを設け て展示を続けてきている。20年目を迎えた2005年には、「教科書展20周年記念特別公開」を11月に大津サ テライト会場で記念講演会と共に開催して、学外での初めての教科書展示会を行った。  20年続いた教科書展示会では、旧教科書を時代ごとに時期区分し、簡単な解説を付して整理して展示す るとともに、展示会に合わせて毎年『図書館だより』教科書特集号を発行して、わかりやすく教科書の変 遷を解説してきた。教科書解説には教育学部の教科教育担当教員を中心にして、教科専門の教員や経済学 部の教員が執筆してきている。  本著の刊行の背景として、2004年秋に教科書解説をまとめて、1冊の刊行物にする計画が作成されたこ とがあった。教育学部創立130周年にあたる2005年の記念事業の一環として構想されたが、実現に至らな かった。本著刊行の具体的構想と企画が策定されたのは、さきの「教科書展20周年記念特別公開」の行事 の反省会においてであった。20周年記念展示会をきっかけにして、附属図書館図書情報課長を中心に本著 の刊行計画の具体化が図られた。刊行の趣旨は、滋賀大学附属図書館の社会貢献の事業として、また大学 の知的財産の社会的還元の事業として行うこととした。2006年4月に成瀬学長の即断により、大学の事業 に位置づけられたので、正式に編集委員会を発足させ出版計画を立て、出版社と交渉して10月刊行と決定 した。 しがだい25号.indb 18 2007/02/23 16:25:32

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本著の刊行に至るまで

 2006年1月から2月に図書情報課長を先頭にして図書館本館職員 が、『図書館だより』教科書特集号の20年分の原稿をスキャナーで 読み込む作業に取りかかっていた。20年近く前に書かれた原稿は ワープロ普及以前であり、フロッピーが残っていない原稿が多く、 1頁ずつスキャナーで読み取らざるを得なかった。執筆者のうち現 役教員は6名、定年で退職された方10名、転勤された方3名であっ た。退職や転勤した元教員には3月までに修正原稿の訂正を依頼し て、5月連休までに返送してもらい原稿を集約することができた。  5∼7月には、編集担当者が各人の原稿を3∼5回程度を読み訂 正したうえで、7月5日に文章のみサンライズ出版に入稿すること ができた。出版社との出版交渉の中で、口絵8頁をカラー版で入れ ることや、大版サイズ250−260頁の分量、価格、発行部数が決まった。7∼8月は、本著の読みやすさを 考えてできるだけ教科書の図版を多数入れることとして、教育学部図書館3階の教科書書庫で選定作業を 行った。教育学部の一図書館員にはデジタルカメラで次々と教科書の図版を撮っていく作業と、スキャナー で読み取る作業を担当してもらったが、しばしば8時∼9時過ぎまで行うことがあった。国定教科書の汚 れた黒い表紙本や和本の虫食い教科書は、明るさや見やすさを考えて何度も撮り直した。  本書の特色は、戦前・戦後の教科書を視覚的にとらえられるように考慮して、多くの教科書の写真図版 を入れたことである。本書は、口絵を含めて総頁269頁の本であるが、200種類の教科書を掲載し、合計 181点の図版と表29点を載せている。  私の手元のメモには、初校が8月11日、2校が9月8日、3校が9月29日−サンライズへ持参と書いて いる。初校から2校の期間があいたのは、図版探しと教科書実物の撮影に時間がかかったからである。3 校での校了の予定であったが、正確さを期して4校まで行った。10月3日に4校と表紙見本の件でサンラ イズ社で打合せ、4日にサンライズ社員より表紙の再校をもらい、4校一部を渡す。5日はサンライズ社 に出向き、4校原稿渡しと表紙を最終決定した。図版位置の割付け指定は、何回も入れ替えて編集した。  

旧教科書の源流ー彦根藩校弘道館蔵書を引き継ぐ所蔵本

 今回の本著の刊行は、130年の歴史を持つ滋賀大学附属図書館の職員や教員の多くの人たちの教科書収 集や保存・整理のたゆまぬ努力に負うものである。教育学部分館に残されている旧蔵の和書、漢籍類、教 科書類の大部分は、前身の滋賀県師範学校蔵書から引き継いだものである。この滋賀県師範学校蔵書中に は、彦根藩の藩校弘道館からの系譜を引く蔵書がかなり存在している。和書、漢籍類はほとんどであると いってもよく、地方国立系大学としては直接に藩校資料をまとまって引き継いでいるのはきわめて珍しい。  引き継がれた貴重な和本、漢籍類を一般の人たちに広く公開する書籍縦覧所という施設が、1879(明治 12)年4月23日に師範学校内に附設された。滋賀県師範学校に設置された書籍縦覧所という公共図書館的 役割を果たす機関が作られたのである。『滋賀県師範学校年報 第三年報』「書籍縦覧所第一年報」には、 縦覧所規則を掲げて「書籍縦覧ノ公益ヲ謀リ設置スルモノ」にして「本館所蔵ノ書籍ハ公衆ニ其借覧ヲ許 しがだい25号.indb 19 2007/02/23 16:25:33

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しがの教育

20 しがだい 特集 しがだい 21 ス」と書いている。同年末の書籍総数は2万6016冊(国書7628冊、漢籍1万8094冊、訳書294冊)であった。

旧教科書の保存・収集・整理のあゆみ

 滋賀県師範学校では、明治中期から熱心な教科書収集を行って保存に努めたようである。今回の本書出 版にあたって、図版写真をとるため書庫に潜り込んで全教科の所蔵教科書を手に取ってみて、わかったこ とがある。本館所蔵の戦前旧教科書では、明治初期・中期の自由発行期から検定期にかけての教科書が豊 富で、とても充実しているのである。とりわけ、1886(明治19)年から1903(明治36)年までの検定期に 発行された各教科の教科書の種類は多く、保存もきわめて良い。国定教科書以前の教科書研究をする研究 者や学生には、資料の宝庫といえよう。  戦後直後に旧教科書保存にとって、散逸の大きな危機があった。敗戦と占領下という現実の中で、戦前 の天皇制教育や国家主義的教育への批判が強く出て来た。「戦時下の軍国主義賛美の教科書類は処分して しまおう」とか、「進駐軍に見つからないうちに処分した方がよい」という声が強まった時期があった。 教育学科のある教員が戦前の教科書や戦時下の教科書を保存する必要性を力説され、「将来必ずや珍重さ れる日が来るので残すべきだ」と主張され、多くの教員を説得されたとのことである。  この教員は転勤されたが、転勤後も心配されて教育学科の後輩教員に旧教科書のことを折あるごとに尋 ねられたのである。先輩教員の歴史を見る目の確かさと旧教科書の保存の情熱さを感じさせられた。その 後、時代が落ち着き、貴重な歴史的資料として戦前の旧教科書を振り返る余裕が出来てきた、職員と教員 の協力で教科書保存がなされていった。  1977年から3年間にわたって、旧教科書の整理に献身的に当たった図書館職員がいたことを記しておこ う。明治期から昭和戦前期の旧教科書は、教科ごとに分類・整理されて、3階の教科書書庫に所蔵されて いるが、この分類・整理を担当したのは一人の女性職員であった。教育学部の古い図書館書庫にほこりを かぶって積んであった旧教科書を分類・整理して、一冊一冊ラベルを貼り、分類別の背表紙を作っていく 作業がなされた。この作業は、1983年7月『滋賀大学附属図書館教育学部分館所蔵 明治大正を主とした 教科書目録』2冊本の手書き目録集となって完成した。この後続いて4年間、弘道館蔵書の和書、漢籍の 整理を続けられたのであった。ここにも、旧教科書保存にかける熱い情熱をもって立ち向かった先輩職員 がいた。

地域性をもりこんだ教科書のあり方―旧教科書にみる近江の人物、近江八景、郷土教科書

 本書の第3部には、近江の人物や近江八景などの滋賀県の地域性が戦前の旧教科書にどう書かれている かを調査した成果が出されている。所蔵教科書に限定して調査したものだが、一図書館員がこつこつと一 冊一冊目を通して調査したものである。近江の人物では、近江聖人中江藤樹、山内一豊の妻、戦国武将の 蒲生氏郷、朝鮮通信史と関係深い雨森芳洲をあげている。近江八景は、旧教科書の国語、地理、唱歌の約 1785冊を調査して、地理46冊、国語13冊、唱歌11冊の合計70冊に図・語句・文章が見られることがわかっ た。明治初期の教科書から散見され、中期の検定教科書に多く見られ、国定教科書にも掲載され続けてい た。さらに、本館所蔵の『近江輿地志略』、『閑田耕筆』、『永代節用無尽蔵』の文献や『近江名所図絵』な どの名所図絵・版画も調査した。 しがだい25号.indb 20 2007/02/23 16:25:33

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20 しがだい しがだい 21  戦前の教科書には、こうした地域の人物や事象が意外に豊かに扱われていたことや、最終章には近江の 郷土性に立脚した旧教科書の編纂や刊行が、明治初期から中期にかけて盛んであった事実をあげている。 偏狭な郷土愛ではなく、また偏狭な国家主義に陥らない教科書編纂とはどうあるべきかを示唆するもので ある。

本著刊行の意義と特色

 日本で有数の教科書図書館といえば、東京書籍の附属教科書図書館「東書文庫」と、国立教育政策研究 所の附属図書館である。私も何回か研究で利用したことがあるが、2図書館には、明治以降の膨大な近代 日本の教科書が収蔵・保管されている。今回の本著編集にあたり、正確な教科書の書名、発行年、出版社 などの調査のよりどころとして、教科書目録を利用させていただいた。とくに、『東書文庫所蔵 教科用 図書目録』は、一地方大学の所蔵教科書コレクションを調べる羅針盤的役割を果たすもので、大いに参考 になった。  12月初旬に、秋山教育学部長のもとに一人の方からの手紙が届いた。ある大学の地理学者の方であるが、 国研附属図書館や東書文庫で地理教科書を調査したことを書かれた上で、本著のメリットをあげられた。 それは「すべての教科の教科書を手許で見ることができる」点できわめて有用だとされた。また長年調べ ていたが、「郷土地理教科書のことを丁寧に読む事は初めてであった」と述べられ、さらに明治初期の「問 答科」の教科書について問い合わせる内容であった。  まさに本書は、ほとんどのすべて教科の近代日本の教科書の変遷を1冊にまとめたものであり、手にとっ ていっきょに日本の初等教科書の内容を概観できる点が最大の特色である。教科書に関心を持つ一般の方 にも、学術的に調査に取りかかろうとする専門の方にも読んでいただけるように読みやすく編集した。教 科書史の類書にはない独自性を持つ本であると自負して刊行した。 しがだい25号.indb 21 2007/02/23 16:25:35

参照

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