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独自について(陵水七十年記念論文集)

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“独自”について

名誉教授 森

俊  治

1.その人にしか見えていないもの  「こいつをやったら世界的だ,というような研究テーマにめぐりあったら, 若い人は燃えに燃える」と,あるファイン・ケミカルの業種に属する企業の経 営者がいったことがある。筆者が敬意を表している優秀経営の社長の言である が,まさにその通りであろう。  世界的とはどういう水準のものであろうか。偶発的発見(accidental dis− covery)の最も良い例だと筆者が考えているペニシリンの発見の場合など,そ れである。その発見の歴史を一瞥してみよう。経営学者アンソニーの指摘である。  アレクサンダー・フレミング(Alexander Fleming)があるバクテリヤを成 長させていた培養菌のなかに,今日のペニシリンのもとになった一胞子を見つ けたのは偶然の出来事であった。このような偶然の出来事が起こったのは,こ れがはじめてではなかった。これに先立つ50年以上の間にほとんどこれと同じ 現象がパスツールおよびチンダル(Pasteur and Tyndale)のように有名な科 学者を含む他の人々にも起こった。彼らはこのペニシリンのもとが,ある細菌 を殺した事実を観察した。そして,彼らはこの事実を発表さえしたが,それ以 上の追求はしなかった。これに反してフレミングは,この実験において,他の 人々が見なかったある意義のあるものを見たのである。彼は,彼の観察したも のを追求した。その結果が今日のペニシリンとなったのである」。    R. N. Anthony, Management Controls in lndustrial Research    Organizations, Division of the Harvard Graduate School of

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   Business Administration, 1952, pp. 63−64.  フレミングの場合,前記社長の言にあるような動機で動いたとは思えないが, 研究というものにはその人にしか見えていないものがしばしばある。上記アン ソニーの言葉……the others did not see……がこれである。こうして,独自の 研究を切り開いていくわけだ。“独自”について考えようとする次第である。  企業の研究者の場合にも「間違ってはいないのだ。まだ経営者の耳に入りや すいように説明できる段階に至っていないだけなのだ」といわれている場合が ある。説明できない部分が数多く残されているからこそ研究するのである。10 割説明してもちって「ああ,そうですが」とわかるのは当たり前のことである。 ある社会科学者の言った「説明してもらって分かったと言うのでは分析無能者 である」の指摘は至言である。        1を聞いて10を悟る       ロ     ロ ロ     ロ   ロ   コ ぼ リ コ リ の コ ロ ド     ロ ロ び   ほ リ コ     ロ       ロ リ ロ ア ロ ロ ロ     ロ   の   ロ     ロ ロ ロ ロ コ   コ ド ド コ つ

【[__三__一⊥

 1割くらいの段階で「あの研究は当たっている」とわかってはじめて真の評 価者といえる。「1を聞いて10を悟る」ことが必要なわけだ。しかし,そういう 評価者は稀にしかいない。

2.3Mの15%律

 以上のような前提で,失敗したらどうなるかを考えた上で,失敗を認める, 失敗を恐れないことが,リスクを冒すことを本来とする企業にとって必要であ る。こういう環境の中で燃え上がった研究者が,その研究に成功すれば,一躍 ・・…セというのが,最近ますます注目されている3Mの場合である。  ・やりたいことをやらせてくれる。  ・失敗してもよい。失敗を恐れるな。  ・成功すれば一躍……。  こういう環境のもとであるから,やらないはずがないわけである。

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      “独自”について  41  もちろん,すべての研究テーマをこうしたやり方で進めるわけにはいかない。 そこにはおのずと限界がある。確実に利潤に結びつくと予想されるテーマと, やってみなければわからない「おそらく90%まで駄目だろう」と思われるテー マに分かれる。前者対後者を8対2あるいは9対1とするかは,企業の財務状 況によるわけである。ちなみに3Mの場合,自由研究は15%である。  Arthur D. LittleのP. R. Nayak & J. M. Ketterihgham, BREAK− THROUGHS!1986.によれば,「3Mの科学者達は自分達の時間の15%までは 主要任務以外の興味対象を追求するのに使っている」とされているのがこれで あり,「15%律」といわれる。  「15%律は活発なR&D活動をしている企業の多くに見られ,3Mはその元 祖の一つと考えられている。しかし,3月目研究者たちがこの15%律をどのよ うに利用しているか,あるいは誰が監督しているのかと聞けば,誰もきちんと 注意を払っている者はいない」。「15%律の使い方を慎重に監督しないだけ“賢 い” フである。」これこそが賢明な研究者管理といえる。  金脈,銀脈,銅脈といわれるが,銅脈はどれほど掘っても銅しか出てこない。       ダイヤモンド         金     左の5つのうち,どれを掘り当てているかが         銀     問題である。         銅         鉛 3.すぐれた研究者をうるための条件  100年以上生き続けているある大企業の技術研究所長は優秀なリサーチャー はどうして出現するかについてつぎの3点を指摘した。

      ① 資質

      ②試練

      ③ 師匠

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 彼はこれを3つのS,3Sという。このうち最:も重要な資質について以下, 他の所見と合わせて私見を述べる。  「あの営業センスは生まれつきだ」といわれた人がいる。トップ・セールス マンというのは並のセールスマンの10倍から100倍ぐらい売る人だそうだが,商 才とか営業センスというようなものは生来のものである場合が多い。  「天の命に従う,これを道という」という中国の言葉が四書の中にあるそう だ。天からの逼りもの,賜物がすべての人に与えられているという。ある心理 学者は,「駄目な子供はいない」といった。その通りであろう。その弱なちでは といったものが,天賦の才能がすべての人に与えられているのだそうである。 「天は二物を与えず」といわれるが「一物は誰も必ず与えられている」といわ れている。  vocationという言葉をひもとくと職業という訳語もあるが,天職,使命,才 能,(神の)お召し,召命などとある。ラテン語から来ているそうだが,“神が 呼んでいる”という意味だとのことでCallingである。 Callingという言葉に は,呼ぶこと,神のお召し,天職などがある。  筆者はこういう経験をした。ある有名大学の工学部へ交っている学生の母親 から「建築を志向したのだが,金属へ廻された」と大変悩んでおられた。ここ に2つの問題があると思う。1つは大学当局である。この大学の名前はあげな いが,こういうやり方は間違いである。筆者が滋賀大学へ着任する前の大学も 工学部であったが,上と同じやり方である。滋賀県下の工科系のある短大も「建 築からあふれた学生をもらっている」と機械科の先生が言っておられた。これ も同様である。  九州のある工業大学では学科別に,また京都のある理工系の大学も学科別に 入試をやっている。筆者自身は神戸の県工という旧制工業学校の出身であるが, 建築,機械,電機,応化,土木の5つであったがすべて科別であった。良かっ たと思う。  「あなたは建築なのよ。金属なんかではないのよ」と神が呼んでいるという わけなのだ。第2の点は本人自身である。

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      “独自”について  43  戦前の受験雑誌で読んだ言葉であるが「東大でさえあれば学部・学科の如何 を問わない」とあった。まことに愚かなことである。  受験生の側からいえば,前記の例でいうと,金属なら,その大学には入学し ない,というやり方をすべきである。何人かの心ある学生の意見を聞いてみる とやはり,このような答が帰ってきて嬉しく思った次第である。  種類は違うが,誰でもその人ならではの賜物が与えられている。授けられて いるという点では公平である。滋賀大学経済学部の元教官で仏教の専門家の方 にお聞きすると,“一如”というそうである。  かって滋賀大の先輩教官からある大経営学者についてのつぎのような言葉を 聞いたことがある。「あの先生は経営学をやるために生まれてきたようなお方 だ」と。こうしたことからも結論的につぎのようにいえると思う。「そのことの ために,特に選ばれた人」でなければならないということである。 4.独自の商品  独自について,例えばつぎの3つをあげることができよう。    1)独自の商品    2)独自の技術    3)独自の学説  筆者は昨年,200回以上も続いている伝統のある経営懇話会で,つぎの提案を 試み,3回の講演の後で受講者(中小企業経営者)の意見を求めた。  アンケート結果は       同感    95%       回答無し  5%       反対    0%  回答無しは,そうはいっても,ということかもしれない。

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某経営懇談会(大阪) 1992年4月23日 例会 独自の商品をもちましょう これを合い言葉とされますよう提案申し上げます。  要の因子は人物・人材にあることはいうまでもありませんが,人々が 喉から手が出るほど欲しいと思う物を「どこにもないが,ここにだけあ る」といえる経営を目指しましょう。  企業や大学というような組織体であっても,個人であっても。        1992年4月23日       森 俊治 5.独自の技術  マーケティング,R&D,組織といった面で非常にすぐれた企業だと筆者が 敬意を表している会社・花王で「独自の技術」ということを考えてみたい。(筆 者は1992年9月の第1回経営学会国際連合東京大会でのテクニカル・ビジット で同社を訪問,優秀経営という面でいくつか確認の機会をもった。)  同社では,ある一つの新製品を発売する場合,必ずハードの面で独自の技術 が含まれているようである。  よくニーズかシーズかといわれるがニーズ・オリエンティッドであって同時 にシーズに新しいものをもっているわけだ。  筆者はかつてAmerican Management Association主催のJapan Seminar でJapanese R&Dというテーマで発表の機会を得た(1964年)。その際にマー ケティングと研究開発の関係について以下のように述べた。  研究開発とマーケティングの関係は,研究開発の結果をマーケットにもち込 むのではなく,マーケットの問題を研究開発にもち込むというのでなくてはな

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       “独自”について   45 らない。後に東京サミットで通訳団の団長をやられたほどの大ベテランが通訳 であったことも手伝い,フロアーから深くうなずく反応のあったことを今もは っきりと覚えている。  Product−outではなく,Market−inでなければならないが,それだけではな く,独自の技術をもつものでなければならないわけだ。技術的にも同業者が容 易に真似のできないような新製品であることが競争戦略上,不可欠である。市 場も新しい,技術も新しいという新製品へのフロンティア・スピリットが肝要 である。 6.独自の学説  世界をリードするような研究があれば教えて欲しい一この一文をかつて筆 者はある雑誌で目にしたことがある。我々研究者にとっては喉から手がでるほ ど知りたい学問情報である。  欧米ではStudyという用語とResearchという用語は区別されているそうで ある。Studyとは他人にはよく分かっているが自分にはまだ分からない。それを 学習するのがStudyだそうである。これに対し, Researchは前人未踏の境地を 行くような独創的な探索的頭脳活動だといわれる。筆者は言語学者ではないの で,用語の深い意味は承知し得ないが,内容的にこの2つは分けて考えるべき だろう。企業の新製品開発でよくいわれる「自社にとっての新製品」と「わが 社で新製品という場合,それは,自社にとって新しいだけではなく,マーケッ トにとって新しい製品こそが新製品である」(J−M社)といった具合である。 7. KAE 実践経営学としての特色をもつ山城経営学にはつぎの図解がある。KAEで ある。  非常に有益なご指摘であり,筆者なども実際の人材診断に使わせていただい たことがある。つまり「知識」があり,「能力」もあり,「経験」もあるといっ た三拍子揃っている人にやってもらわねば物事うまく行かない,というわけだ。

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K−K・・wl・dge一購原理

o轟

 A=Ability=能力=実践

 E(S)=Experience=体験=実際  山城 章「経営学原理」1990年第28版 白桃書房44ページ。       8.戦略の3要素  筆者はかねて下記の3つを戦略の3要素と呼んでいる。       適者選択       適所選択       適期選択  適者選択は前記の人材診断である。本稿での論点と関連させて,山城教授の KAEに筆者はさらに下記のようにT(Talent)をつけ加えたいと思う。       KTAE  英語専門家(にもいろいろのジャンルはあると思うが)によるとAbilityは後 天的な教育訓練によって,獲得できるものであるが,Talentは先天的なもので ある。厳密な語意の分析はともかくとして,先天的と後天的は分けて考えた方 がよい,とするのが,筆者の立場である。  英英辞典をひもとくと,talentは,「しばしば特別な分野での生れながらの能 力や素質を表す」「特定の分野における生来の才能,素質」「人が使用し利用す るために授けられていると考えられる心身の能力」などとある。  「彼には文学的才能がほとんどない」という文例もあるが,そういう人がど れほど文学の教育訓練を受けてもまず効果がない。KTAEとTをつけ加えた わけである。  ついで適所選択であるが,筆者は滋賀大学教官時代中国へ行かせていただき,

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      “独自”について   47 有益な交流ができた。1回目の黒竜江商学院では拙著「研究開発管理論(第5 版)」(有信堂)への書評もえた。また後に湖南省企業家協会の顧問にも就任, 中国人研究者(経営学,R&D管理)への指導も続けているが,やはり経営学 の本場はアメリカである。そういうことでアメリカの学者の批判を受けねばな らないと考え,ここ3年間6回渡米,下記ブックレットも2冊出すことができ た。これもひとつの適所選択である。カリフォルニア州法に基づく財団の運営 する研究所・NMSRIから公刊した。研究開発の理論的解剖一日米経営学と 森見解一である。 THE NOBLE MULTI−DISCIPLINARY SCIENTIFIC RESEARCH INSTITUTE

GLOBAL SYSTEM

Science, Education and Economy, Commerce, Business Administration

THEORETICAL DISSECTION OF RESEARCH

     AND DEVELOPMENT

American Science and Japanese Science  for Business Administration and      Mori View      Volume l      Volume II Dr. Shunji Mori  Science Member

  NMSRI

 滋賀大学教官時代,文部省の在外研究が許され,5ケ月半,西ドイツのキ・一 ル大学で共同研究を試みた。そして,あちらで論文発表を望んだのだが,うま

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くいかなかった。この失敗が教訓となって,アメリカで成功した次第である。 volume I,volume llそれぞれに著名なアメリカ人学者のコメントをFore− wordの形で賜ることができた。 9.類い稀な適期教育に恵まれた人  適期選択について,1964年に筆者はMITのA. P. SLOAN SCHOOL OF

MANAGEMENTでマーキス教授のつぎの見解に触れた。

 よき研究をするには研究というものについての研究Research on Research (RonR)が必要だとする見地からどういう人が優れた研究をしているのかに ついての膨大な実証研究をふまえたものであるが,つぎのようにいう。  ハイスクールやユニバーシティの頃に何かに挑戦し乗り越えた人が10年あま りたって素晴らしい研究テーマに巡り合っている。この若き日の試練が価値を もつわけだ。さきの3Sのうちの試練に「若き日」をつけくわえたい。ここか ら“独自”が生まれるのである。 10.“独自”の種類について  以上のごとき著者の見解に関連して2人のお方から同じアドバイスを受けた。 貴重なご意見であるので,最後にそれをとりあげたい。 それは,画期的なブレークスルーによって生まれたようなものだけが独自であ るか,という点である。 11人のお方がその例としてマイスターをあげられた。つまり「これに関して は市長さんにも負けない」というような独自の技術・技能をもっている人もあ る。画期的な発見・発明ではないが,重要な価値ある社会的役割を果たしてい るわけだ。ご指摘のように,これも当然,“独自”のなかに含めて考えるべきで ある。  日本人の特性についても考えてみよう。つぎのような指摘がある。「日本人の 勤勉性,几帳面さ,器用さも,小型・精密を旨とするエレクトロニクス産業に は好ましい。品質に対する飽くなき向上心も,性能や信頼本位のエレクトロニ

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      “独自”について   49 クス産業には格好である」(志村幸雄)。 まことに適切な指摘であり,日本人のもつ“独自”といえよう。  こういう問題を考えるとき歴史的に,産業別に考える必要がある。家電やク ルマなどの業種では日本人は非常に強いし,強かった。基礎研究よりも応用開 発研究または製造技術で独自性を発揮してきた。  しかしどのような独自性が要請されるかが,変わっていくのである。 これからは,それこそ真っ暗闇のなかをいくような孤独な研究に耐えられる研 究者によってもたらされる独自性が,日本の場合,期待されるのである。

参照

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