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タイ伝統的社会の土地所有について : 『三印法典』を中心として [A Note on Land Tenure in Traditional Thai Society]

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(1)

資料 ・研究 ノー ト

タ イ伝 統 的 社 会 の 土 地 所 有 に つ い て

- 『三 印 法 典 』 を 中心 と して

-北 原

淳*

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-sentedtheclassicalview ofSiamesekingastheso一eownerofwhoicland. Thisnote attemptstoreview thethesiscritica一lybyre-CxaminlngthetextsoftheThreeSealsIJaW usedbvLingatandtriestoshow,withinthelimi tedkn owledgcobtainablefrom often vaguepassagesoftheCorpus,thattheroyaltitleonlandisnominalandthatthereexisted somekindofrightonlandonthepartofcommonpeople・r

は じ め に この覚 え賓 は次の よ うな経緯 による伝 統的社会 の土地所有研 究 の準備作業 の一環 で あ り, ま だ十分練 られた もので はない。 その1は筆者 の これ まで の近代土地制度史研究 の中で生 じた必 要性 で ある。 植民地支 配を直 接経験 しなか った タイの近代的土地法制 には,外国人顧 問の慣 習 尊重の影響 もあ って か,伝統 的社会 の慣習 が濃厚 にひ きつがれて い る。 そのた め近代 の土地 所有理解 のた めに は,伝統 的社 会 の土地所有 を,少 な くと もその概略 は理解す る必要 が ある。 その2は タイ慣習法研究 の糸 口 をつ かむ上で の必 要性 で あ る。東南 ア ジア慣習法研究会 (国立民族学 博物館 ,石 井光雄主査)に おいて各分 野の専 門家 の議論 に啓発 されて, タイ慣 習法 を考 え よ うとす る とき, ひ とまず その 題材 と して土地 を選 んだので ある。 その3は, 『共 同体 の基礎理論』 に接 して以来, 共 同体論 杏, タイ社会 を例 に とって考 えてみたい長年 の願望 で あ る。伝 統的社会 には国家的秩序 だ けに 解消 で きない,農村社会 それ 自体 の規範 ,秩序 が存在す るはず で あ り, それ な しには農民 の生

*神戸大学文学部 ;FacultyofLetters,RobeUniversity

(2)

活 が成 りた た な い はず だ とい う見 通 しが あ る。 さて伝 統 的社 会 (こ こで は ア ユ タヤ時 代 1350-1766年 を念 頭 にお く)を考 え る場 合 , 依 拠 す べ き史 料 (資 料 )と して は さ しあた り 『三 印法 典 』 (。9閃m umyl甜1抑 再 とい う, 1805年 に編 さん され た法 令 集 成 以 外 に はな い。 と ころで, 同法 典 は現 ラタ ナ コ- シ ン朝 にな って か ら, 統 治 上 の必 要 のた め, アユ タヤ 陥落 (1766年 )に よ って 散逸 した ア ユ タヤ時 代 の法 令 を集 め改 ざん を加 え た法 令 集 で あ って, 集 成 され た 部分 は アユ タヤ時 代 の全 法 令 の一 部 にす ぎず , また個 々の条 文 は アユ タヤ時 代 の原 型 を 必ず し もと どめて い な い た め, 利 f削こあた って は慎 重 な史 料 批 判 が 必 要 で あ る ことは, つ とに指 摘 され て い た。1) この 『三 印法 典 』 を使 った研 究 は 内外 で 進 め られ, 伝 統 的 社 会 の姿 は少 しず つ あ き らか に な って きて い る。2)土 地 所 有 , 土 地 制 度 につ いて は

,

『三 印法 典 』 クマ サ ー ト大学 本 (1938年 版 )の 校 定者 で , 全 体 の条 文 に通 暁 し, ヒ ン ドゥー法 , クメ ール 法 , ビル マ法 に造 詣 の 深 い Robert Lingatが , タ イ人 法学 者 の コ ンメ ンタール 類 を参 照 しつ つ 行 な った研 究 成 果 と して 『土 地 法

(タ イ国法 制史 私 法 編 の一 部 )3)が あ る。 この Lingatの法 制 史 研 究 は科学 的 な水 準 が高 い研 究 との定 評 が あ る。 筆者 は これ まで 無 批 判 に この 古 典 的著 作 に よ りか か って きた ので あ るが , この 覚 え 書 は, J ど Lingatの依 拠 した 『三 印法 典 』 (と くに刑 法 雑 律 附 彰苑∩71品 ytu州 別甜門 の部 分) を筆者 な りに検 討 して,Lingatの法 制 史 的 構 成 を (法 )社 会 史 的構 成 に くみ か えて み よ う とす る試 み の ほん の第 1歩 で あ る。 しか しこの よ うな試 み に と って は同 法 典 の土 地 , 農 業 関係 の条 文 は あ ま りに も少 な く断片 的す ぎ る。 そ の上 , 筆 者 の読 解 力 は, 古 い文 体 の含 蓄 の 多 い条 文 を十 分 読 み 1)石井 (1969)0 2)最近の例では,たとえば次を参照。

AkinRabibhadana,TheOrga71izazionofThal'SocietyinzheEarlyBanghohPeriod,i780-1873・Ithaca, NewYork:CornellUniv.,1969.

わが国ではたとえば次の例があげ られ る。 石井米雄 「タイの奴隷制に関する覚え書」『東南 アジア研究』 5巻 3号,1967年12月。 1968年 9月。 友杉 孝 「タイ土地制度史 ノー トータイ農村社会史の試み」斎藤 仁 ・滝川 勉編 『アジアの土地制度 と農村社会構造Ⅱ』 アジア経済研究所,1967年。 赤木 攻 「タイ社会 における妻の地位一婚姻の解消について」『大阪外国語大学学報』29号,1973年。 12月。 田辺繁治 「タイ旧制度下の国家領域に関す る一考察」『東南 アジア研究』10巻 2号,1972年 9月。 Ishii,Y.,0.Akagi,良 S.Tanabe,Anhdexof0.節ciaZsz'71TraditionalT/laZGoz,ernm cn15・Discussion

PapersSeriesNo.76,TheCenterforSoutheastAsianStudies.1974・

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(3)

こなせ ない。 (本文 中にかかげる条文 は本来翻訳 が望 ま しいが, まだ十分 な準備がないので, 大意,文意要約 に とどめる。)同法典 を法社会史 と して再構成す るには,社会史,経済史 の実証 デ ータの比較参照が, ど うして も必要 であ るが,後者 の領域 の研究 はきわ めて乏 しく,現状 で は,再構成 のた めの枠組 の提示 に終 らざるをえない。 この ことをあ らか じめお ことわ りしたい。 l 『三 印法典』刑法雑律 について 『三印法典

』中

の刑法雑律は,同法典中,農業 ・土地 に関す る規定を ま とま って含んでい る ので,伝統的社会 における農業や土地 の問題を論ず るときにはよ く参照 され る。 刑法雑律 (以 下雑律 と略記)は,1938年 の Lingat校定 の タマサ ー ト大学本 に従 うと,4)第1条 か ら第176条 ま で ある。その うち,農業 ・土地 関係 の条文 はほぼ第1条 か ら第75条 までで ある。 依拠 した暦 は 必ず しもあき らかで はないが,[1]-[45](以下第 1条一第45条 を指す)I.1263年,[46]-[51]'. 成年 (露

茄晶

詣 tw ),[52]」 65]:1903年,[66]-[72],[73]-i85]:不 明,[86ト [118]: 1565年,[119]-[138]:不 明,[139]-[154]'.1906年,[155]-[176]:1146年, とそれぞれ年 号 がみえ る。 農業 ・土地 関係 についてみ ると, 最初 の1263年 は不 明だが,[52]-[65]の1903年 は仏暦であ り, 従 って西暦1360年 にあた り, ラーマテ ィボデ ィ王(1350-1369)の治世 であると されている05)もっともこの部分 に限 って も,前述 の よ うに,それが14世紀 中葉 の原型 をその ま まとどめてい るわ けではない。 ここではほ とん ど史料批判をす る余 裕 はないが, さ しあた り,農業 ・土地 関係 の部分 は,吹 の四つ にわ けて考 えてみ るのが便利 か と思われ る。 (1)時代の変化 にあま り影響 され ない慣習 律 的な部分, (2)時代の変化 を受 けなが らも生 き残 った部分, (3)時代 の変化 に応 じてその後 改 め られた部分, (4)その後 あ らたに付加 された部分。 この区分 は厳密 にい うと, ひ とつの条 文 の中で もある部分 (言葉,語句,文章)についていえる ことだが, ここで はその よ うな ことは あ るに して も,条文全体 と して, どれ に区分 され るかを考 えてみたい。 (1)に該 当す るのは土地所有 に直接 関係 のない, 秤-の被薯,籾 ・水 ・農具などの盗みを規 定 している[1]-[42],[44]の部分であろうと思われ る。 (2)は相続,先 占 ・占有慣習 菰 脚 (鯛 q)chapchong,土地売 買の禁止 な ど土地所有 の原型が残 っているとみ られ る部分 で あ り, [43],[46]-[50],[52],[54]-[56],[65],[71]な どが 大筋 と して これに あたる だ ろ う。 (3)は,土地所有 の規定の中 に,賃貸借や売買によ り生 じた境界争 いが含 まれて くる[51],[53], [57]-[60],[66十 [70]な どであ る。(4)は, 占有証書

(

弧 のchanot),土地の売毘 期 限付売 6/ し 4)ここではその普及版であるクルサバ一版5巻によるo"∩9-

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"・那鮒 77即 -即 訂377,yV.外 bGoa:,1962. †1 5)Lingat(1940),pp.13-14.1263年はもしチュラマニー暦とすれば西暦1451年で,トライローク王の治世0 449

(4)

質 (6u7品 nkhaifak),質入れ (前

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7chamnam)な どを規定 している明 白にアユ タヤ末期以降 の部分で,[45],[61]-[64],[75]が これにあたるとみ られ る。

雑律 の農業 ・土地 関係部分 は法令の形式 か らみ るとまだ 「法典

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彰laksana)としてそ れだ けで独立す る体系をそなえていない 「布告型

「法律型」の法令だ といわれ る。6)同 じ布告

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型 の旧勅令

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T7m07閃u飢m phraratchakamnotkao (主 として18世紀のアユ タヤ末期の勅 令64篇を集 めた部分) に1720年 [59],1748年 [44]の年号 を もつ勅令が ある。 この勅令 に もと

づ く条文 は雑律や刑法 (

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yfu脚 qJ1m討つ= aksanaayaluang)に散見 され るo そ こで雑律の農 業 ・土地 部分 とあわせ考察す る。 なお椎律本文では, それぞれ [1]-[51]田畑,[52]-[65]屋敷地,樹園地, 田畑, [66] -[72]屋敷地樹園地 の侵害, [73]-[76]財産 の不法所有, 質入れ に関す る規定 など と,法典編 さんの際分類 を した説明文が付加 されている。 この分類 は しか し主題別分類 にす ぎず,聞法典 を実定法 と して用いる立場 か らは有益だが,所有権 を分析 しようとす る場合 あま り大 きな意味 はない。 ⅠⅠ 土地所有 の観念 と構 造 雑律[52]に有 名な箇所がある。 「ァユ タヤ州 内の土地 は国王 の土地 (晶 緑 川 拙 論 読 )であるo 国王の 僕た る人民 は土 U

地 に住 めるが,それを 自分 の土地 とす ることはで きない (

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m猫 )07,さて次 の よ うな争いをす る者が あるoある者 がすで に酎 LLていた 屋敷地,樹 園地 を放棄 した と ころ, そ こに侵入 して垣根をつ くり家屋を建て作物をつ くる者が いたO その場合 その者 の権利 (苗露 sitthi)となす。 (以下 , 土地 を放棄せず観いを残 したまま 揺役 な どに行 き,帰 った場合, あ とか らはい った入植者 はその者 に返す。ただ し9年,10年 と 放棄 した場合その限 りにあ らず, の文意のあ と。) ひ とつ, もしその土地 に収量の多い果樹 が 植えつ け られている場合,居住者 は代償を支払 うべ し。 もし盛土が してあればその代償を支払 ぅべ し。 その土地 の売 買は これを禁ず る (5'

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な らない。村長, 郡昆,徴税吏 (u7um uulua07LyJかFかuLL6mマムと討肘7Uか7∩

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はその 土地 に人民 を 入植 させ よ。--」

6)赤木 (1975),p.450の注25)0

7)あるいは次の意味か。「国土の民たる人民にそれを与えたとしても,人民が自分の土地とすることはで きない」。友杉 (1967), p・72参照。 また末尾の第3項の土地売買禁止の規定も土地一般か,それとも 当該の樹園地,盛土のある土地だけなのか,解釈はわかれるだろう。

(5)

以上 の よ うな条文 は国王の全国土所有 の観念 とそれに もとづ く土地売買 の禁止 を規定 した も の と して しば しば注 目され る。[54]については これを土地売買の-般的規定 と して と らえ, ア ユ タヤ州外 は禁止だ ったが, アユタヤ州 内は可能 だ った とす るよ うな説8)は ともか くと して, ここで は,-般的 にみた,国家最高地主,家産国家的土地所有 の観念が表 明 されている とみて お きたい。 この ことは,反面,人民の土地 に対す る権利が弱 く, 占有 や利用 と結 びつ いた所有 観念 しか存在 しなか った ことを も意味す る。9)Dilock 親王 は これを端的 に "DasganzeLand

istEigentum derRegicrungundderBesitzenhatnurNutzungrecht."10)と表現 して いる.

土地 の所有権 が集合 シンボル によ って与 え られた とか,保護 されている とか考 えて そ こに所 有権 の正 当性 を求 める考 え方 は, 『三 印法典

には直接 うかがえない。 しか しそれ に類似 の シ ンボルは多少 と も登場す る。 た とえば,雑律[1]の,沼地 の慧 (論 示I chaothung)や、[33], [36],[44]な どにおける稲 の魂

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㌻TV紺 nangphraphosop)が それである。 これ らの神 々を傷つ け,侵犯 した ことに対 し儀供 を義務づ けているの は,他人 の 作物,土地 を侵 さぬための一種のサ ンク シ ョンといえるC.ll)しか し, まず, これ らの シンボル は特定の トーテム的 シンボル と して所有主体を暗示 させ る もので はな く,稲 とい う作物 に生命 力を与 え る普遍的 シンボル にす ぎず, また土地 の権利 それ 自体 の正当性根拠を与える もの とも 考 え られない。 これ と似た よ うな例 と して想起 され るのは,19世紀 中葉に,係官が樹園地検分 (L晶u討つu)を す るに先だ って行 な うとされた 土地 の神-の 儀供 の 儀式であ る。12) 果樹 園査定の初 日, 人民 q し qI は査定官 に 対 し, 土地神 の弼 プ ラブーム ・チ ャオ テ ィー (WS'

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と クル ン ・パー リー (nF川 7 岩‖ こバ ーイ シー

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な どを供 え,また供え物 の代金 と して さ らに,豚の頭 1対分, 敷物1枚分 , 白布1枚分 な どの代金 をまず提供す る義務が あ った。おそ らくこれは査定官が土 地 や樹木 の霊 に迷惑を及 ぼす ことの許 しを乞 う儀式 であろ う。 アヌマ- ン ・ラーチ ャ トンは土地 の先 占 ・占有 (勺別 chong)を行 な うに先だ ち,地 の神,森 の神 (

品論

品 chaothichaopa)に供 え物を して,開教 の許 しを願 う風習 についてふれてい

る。13)また他 の例で,東北地方 のch。ngの風習では,他人の区画の標識棒 を無視 して侵入 した

8)Wicitwathakan(1965),p・21・

9)cf.Lingat(1940),pp・25--32・ 10)I)ilo(:k(1907),p・74・ ll)[33]で 川㌻7

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-ソップを侮辱 したからである)とあるのは,たとえば奴隷法 (爺∩沙tuCy77y)[25]における

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(なぜなら,その者は王の民を侮辱したか らである)というような表現に似ているO王を侮 辱することと和魂を侮辱する行為がある共通の罪の観念で考えられたのかもしれない。

12)NationalArchives(1963),Vol・2,p・217・ 13)注46)を参照。

(6)

場合の罰 として,酒1本,鶏 1羽 を侵害料金 (晶 紬晶 ) と して罰金の はかに とりたて る例が ある。14)これは もちろん 「地の神,森の神」を侵 した ことへ の弁償で ある。 この二つの例 は もっと直接的 に区画 内の 占有権 の根拠 を示 し, これを保護す るシ ンボルの存 在が鮮明の ように も見え るが, しか し前掲 の例 と同様 に耕作 によ って地 の神や森 の神 に迷惑を かける, とい うだ けの ことか もしれない。 総 じて平原部 タイには特定の親族集団や地域集団だけに帰属す る シンボルが少 な く, アニ ミ ズム的普遍的 シンボルが多い とされ るが,15)この ことは, 共同体的集団形成が弱 い ことの反映 で あろう。 そ こで,普遍的 シンボル とな らんで,王権 の シンボルが社会 統合 の機能 を果たす も の として不可欠 にな って くる と思われ る。 国王 による全国土所有 とい う観念が とりわけ強 く意 識 され るの もこの ことと無 関係で はないだ ろう。 次 に, このよ うな観念体系の下で,実際 は もっとも現実的な所有意識 を形成 して いるとみ ら れ る先 占・占有

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慣習 についてふれてみたい。 この慣習 はタイ人の個人主義的 な行動様式 を生み 出す要 因 として しば しば注 目されている。16) アユ タヤ時代の は じめは この

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に対す る法規範 が弱 く,

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の制度化 は ボロマ コー ト王

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の治世

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年 の旧勅令

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]を待たねばな らなか った,17)といわれ る。 同勅令 の主 旨は,後述 のよ うに,地租徴収 を 目的 と した

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の届 け出義務化 にある。だか ら無届 け に対す る罰則 はあるが,無届 けゆえに土地 を没収 され る規定 はない。ただ慣習で は土地保有権 を うるためには,未墾の荒蕪地 に区画棒をたてて先 占の意志 を示 したあ と,蝿は1年, 田は 3 年(旧勅令

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]で は田 も

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年)の間 に,開墾,耕作 の事実を示す必要 があ った。つ ま り占有 と所 有 が末分離 の特徴がみ られたので ある。

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の起源 は不明であるが,非常 に古 い起源 と して は原始共同体の もとでの土地分与慣習 が考 え られ ようし, また農業共同体 の もとでの,屋敷地,耕地以外 の未墾の総有地 における土 地分与慣習 も考 え られ よう。 しか しアユ タヤ時代 には先 占に先だ って,共 同体の首長 に届 け出を し許可を受 けた とい う確 た る証拠 はない。今 の ところ他人 の先 占の意志が区画棒 によ ってあき らかで,かつ切 り株 によ って開墾の事実が示 されている土地 を侵害 した とき土地 の神を侵 した と観念 され るような場合 と, 国家の徴税吏 によ って先 占 ・占有を保護 され る場合 (旧勅令

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のほかに

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慣行 を規制す る規範 はみあた らない。 ●●●●●●●●● 「所有権 は人 と物 との 関係 において 現われ る人間 と人間 との関係で ある」18)とい う視点が所 14)注48)を参照。 15)Sharp

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Hanks(1978),p.78・なお,土地神について簡単には綾部(1971),pp.20ト210を参照。 16)河部 ・田中(1970),pp.67-71. 17)Lingat(1940),pp.50-52. 18)川島武官(1949),p.76.

(7)

有 権 の法社会学 的考 察 に と って大切 で あ る といわ れ る

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C.Ingramはかつ て次 の よ うに述 べ

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Thecorybeobligationderivedfrom theancientobligationofeveryfreemantoperform serviccsforhisking・Itwasessentiallyarelationshipbetweenthepeopleandtheking

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whileslaverywasarelationshipbetweenindividualmembersofthepopulation,arlSlng inanumberofdifferentways.19)

彼 は タイの伝 統 的社会 の社会 関係 を, 国王対人 民 とい う関係 と,人 民対 人民 とい う関係 との 二 つの レベル に区分 した。 これをLingatに従 って土地 所有 につ いてみ る と こうな ろ う。 「土地 を保有 す る人民 は国王 に対 して 自 らの権利 を主 張す る ことはで きな か ったが,しか し絶 対 王制下 で,人 民 が権 利 を行使 で きる とす れ ば, それ は と くに人民 同志 の間 だ けで あ った」。20) つ ま り土 地 所有 の背後 にあ る社会 関係 は, い ちお う, 国民対 人民,人 民対人 民 の二 つ の レベ ル が同様 にあ るわ けで あ る。 Lingatは国王 の官僚 が地 租納税者 に与 えた租税 証書 chanotが,土地所 有権 を間接 的 に強化 した点 を強調す る。 「租税 (377yd87nF)の徴収方法 は土地 の所有 権 に関す る観念 に大 きな影 響 を 及 ぼ した。 その ことは, そ の後,以 前 よ りも明確 な所有権 観念 を もた らした,五世 王時 代 の土 地 制度 の変革 が,租税制度 の改革 の着手 と併行 して行 なわれ た ことか らもあ き らかで あ る」。21) だが も しそ うだ とす る と, これ は国家最高地主 的観念一 所有 者 た る国王 に対 し,利 用者 た る 人 民 が地代 と して地 租 を支 払 うー と矛盾 して くる。 そ こで その矛盾 は次 の よ うな論理 で くぐり ぬ け られ る。22)かつ て, 所有権 と政治的統治 が未分 離 の ときに は所有 権 を人 民 に与 え る ことは 王権 へ の政 治的脅威 を意味 した。 しか し両者 が徐 々に分 離 を とげ,所有権 を与 え る ことが政 治 的脅 威 を意味 しな くな る と, 国王 は国庫 をふやす た め,所有 権 を認 め安定 させ るよ うにな った ので ある, と。 と ころが他 方 で彼 はまた,人 民 の問 で は依 然 と して両者 未分 離 の観念 が根 強 い と もい う。23)も しそ うだ とす る と人 民 に与 え られ た とされ る所有権 は依 然 国王 に と って 政 治的 脅威 た りうるので あ る。 以 上 の Lingatの立論 に はい くつ かの問題点 が あ ると思 われ るが,24)最大 の難点 は国王 とい う政 治権 力者 を法人格 的存在 と して は人 民 と同様 に主 体 とみ な して い る ことで あ る。 だ か ら国 王 の体現す る政 治権力 が人 民 と人 民 の 関係 を表 現す る もの, つ ま り 「総括 的統一体」25)で あ る 19)Tngraln(1971),pl60・ 20)Lingat(1940),p・31・ 21)ibidリP・261 22)2'bid.,p.31・ 23)ibid.,pp119-20・ 24)(1)所有権を与える人民がすべて同格であり,本来政治権力を もちうる者とそうでない者 との区別がな いこと,(2)所有権と政治統治権とが未分離だという法制上の一般論が具体的な人民に無媒介に適用さ れていること,などである。 25)flobSbawm (1965),p.69.(手島(釈)『資本主義に先行する諸形態』大月書店,1963年,p・lot) 453

(8)

ことが忘れ られてい る。 国王が もつ と観念 され,人民 にはそれがない と観念 され る所有権 も, 実 は人民対人民の間の所有 関係 (種族 的,共同体 的土地所有 な ど)を基掛 こして は じめて成 りた つので ある。国王の もつ所有権 が,利用権 しか もたない人民 に国王か ら配分 されて ゆ くか ら人 民の所有権 が強 くな るので はない。人民間の所有 関係が発展 し,種族的,共同体的土地所有 の 中か ら私的所有 が生 じて くるか らこそ,所有権 が強まるので ある。国家最高地主説 が イデオ ロ ギーであ って,この イデ オ ロギーを生む基礎 に共 同体 的土地所有 がある, といわれ る26)のは当 然で ある。 以上か ら,国王の土地所有 とは人民対人民の土地所有 関係 (共同体的土地所有)に帰着す る こ ととなるだ ろう。 アユ タヤ時代の土地所有 について この ことを考 えてみ ると,土地所有権の形 成 は,国王が地租徴収 の必要上分与 した所有権 に もとづ くのではな く,現実 に無所有 の中か ら 生 まれた権利 に もとづいている。地租徴収制度 の中で付与 された権利 はそのよ うな権利の追認 にす ぎない。 ところで, この現実 の権利のあ り方 を検討 しようとす る とき, 『三印法典』の利用 はただ ち に大 きな困難 にぶつか る. た とえばイ ン ドのムガール支配期 (14-16

C)

の法典 についていわれ るよ うに, 国家的法典 には共同体 的所有 は規定 されていない。 「共同体所有者 た ちの関係 は法 律 に よってで はな く,地方 の慣行 によ って規制 されていたか らで ある」。27) 『三印法典』 中の罰則規定 などで よ く 「地方 の慣習 に従 って」 (阿1

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とい う表現 が出て くる。 これが どの レベルの規範 かは不明だが, さ しあた り,地方 国の条例的法令か ら村 落 の共同体規則 までを含む もの と考 えてお きたい。た とえば雑律 [7](追 って いた牛 ・水牛の群

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が稲を食 い荒 らした ら地方 の慣習 に従 って

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罰せ よ)はその典型 とみ られ る。 こ のよ うな地方 の慣習 に よって法秩序 が保たれ紛 争の解決がな され る限 り,王の法,裁 きは必要 なか ったのだか ら, 『三印法典

は慣習法 の大事 な部分を含 まない ことになろう。, また,財産

関係 の法規 には, と りわ け相続法

yoJ

紺り

mn

laksanamoradok)はその典型だが,特定の社

会階層 (た とえばサ クデ ィナー400ライ以上)に しか関係 しない規定が ある。 王 の法典 に必ず し も反映 されない慣習法 の原型を, ひ とつ には国家未形成の タイ系諸族 の民族学的資料 によ って 類推す る作業 も必要で あるが,28)ここで はた ちい らない。29) 26)たとえば,江守 (1966)。 27)Krader(1975),p・365・ (多閏(釈),1973年,pp・31-32.) 28)以下はその例である。 ▲ Ⅰ.ingat(1940),pp.6-13;友杉(1967),pp.62-69日日辺(1973)0 29)アユタヤ時代の解明がようやく政治史研究として着手された現状では(たとえば CharnvitKasetsiri,T/Je

Ri∫eofAyud/lya・oxfordUnivIPress,19761)社会経済史,社会史の具体的実証データは乏しく,この

ような現状で土地所有の(紘)社会史的理解の試みは無謀に近いであろう。にもかかわらず法制史的視角

(9)

雑律 〔1

…〔

4

2

,〔

4

4

雑律[1]-[42],[44]は, ご く一部を除 き土地 の権利 とは直接 関係 のない部分 であるが,慣 習律 的な規範 が比較的多 くみ られ るので軽視で きない と思われ る。以下,煩をい とわず紹介 し てみ よ う。 [1]-[12],[16],[33]は象,午,水牛,局,豚 な どの家畜が稲を食 い荒 らした り, 踏み荒 らした りした場合 の損害賠償 と罰則 に関す る規定で ある。無作 意の場合 と故意,悪意の場合, 単数 の家畜の場合 と複数の家畜の場合 に応 じて, また役畜の種類,稲 の生 育段階 に応 じて詳 し い罰金,損害賠償 の規定 がある。 [13]は牛革, マグ ワを使 って[14]は肇桝で稲 に被害を与 えた場合,[15]は地 な らし棒 を使 って[20]は舟で稲 に被害を与えた場合 の罰金,損害賠償 に関す る規定である。す なわ ち農具類 を使用 した ことによる稲 の被害 についての規定で あ る。 [17]は稲を引 き抜 いた場合,[18]は田の中で魚取 りを して稲 を傷つ けた場合 の罰金 と損害賠 償 に関す る規定 である。

[

1

9

]は,理 由は不明だが,汚物を排せつ し稲,米 にかけた時の罰則規 定。30)[44]は ワラを焼 いて他人 の稲を延焼 させた場合 の罰則で あるが, この場合現物 による弁 償以外 に,JIlW

(

㌻T帽 1a)を建 て,豚1頭, ア ヒル 1羽, 酒 1本 を供 え,村長 の立会 いを求 める

品 乱 読 孟 )義務 がある. これ はおそ らく稲魂 をまつ る耐 とみ られ る。 村長 に立会 いを求V める義務 は,稲 の被害 につ いては この条文 に しか出て こないが,共 同体規制を暗示す る。 [21]は宙,[22]は稲穂,[23],[27]は籾の窃盗 に関す る罰則規定であるが, この規定 だけは きわだ った特徴 を もつ 。 す なわ ち重刑で ある体刑が課 されてい る点である。本来私法的な雑律 の農業 ・土地 関係 の規定の中で体刑の規定があるのは この部分 のみで ある。31)稲 ・米 の盗みが 国家権力によ って極悪祝 された ことを示す もの とみ られ る.⊃た とえば,稲穂を100束以上盗ん だ場合 は罰金刑以外 に体 罰 と して,逆 吊の刑(?)(竹晶 khakhan)のあ と鞭 うちの札 1,000 束以 上だ と腕の筋切 りの刑が ある。 籾盗み は40sat(1sat-=201)未満だ とkhakhhnのあ と鞭 うちの刑,40sat以上だ と腕 の筋切 りの刑である。 なお,[27]は王領 田の稲, 屯倉の米 (請 捌け 晶

1

7脚

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7um J) の盗 みに対す る罰 として腕 の筋切 りの刑。 おそ らく重刑1本 だ ったの は "おおや けの米〝 (L

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mm )を盗んだためであろ う. [25]はクビキ, スキ, マグ ワなど農具 の盗みに対す る罰金刑で ある. また[24]は草 と一緒 に 稲を刈 って しま った ときの罰金刑,[26]は他人の稲 と絡みあ った稲をそのまま刈 りとって しま 30)稲 ・米の被害への罰金刑としては,米の場合は小安貝17万ビア (≒26156バJy)で最高の刑。和魂をけ がした罪の意味がありそうである。 31)おそらく,旧勅令[44](1748)の関連規定である87ty7閃討つ寸[47]では,(,・hongの届け出を怠った場 合,体罰も示唆されている(, 455

(10)

った ときの刑 (稲盗み とみな され る)である。 稲 と草 の判別 もで きぬほ どの粗放的稲作,稲が絡 み あ って しま う浮稲地帯 の状況を思いお こさせ る。

[

2

8

]

,[

2

9

]は他人の 田,港,池か らの水盗み に対す る罰金刑で,罰金刑 としては重 い部類 に はいるが,稲や米盗み よ りはるかに軽い

。[

3

0

]は他人 の田の水 をは らって稲を枯 らした場合 の 罰金刑

,[

3

1

]は他人の田の水 を切 って魚取 りを し稲 を枯 らした場合 の罰金刑である。前者 は一 筆 に及ぶ よ うな大 きな被害,後者 はご く部分的被害のちが いがある

。[

3

2

]は表土を盗んだ場合 の罰金刑。 以上 は 土地利用権 にかかわ りのない, 作物への被害 を 中心 とす る規定で ある。 これ に対 し

[

3

4

]

-[

4

2

]は一部作物への被害 と関係す るが,他人の土地 の利用権,場合 によ って保有権 を侵 害 した場合 の規定で あ り,土地 とかかわ ってい る条文が多 い。

[

3

5

]

,[

3

6

]は生育中の稲を肇耕 し,稲 に害を与えた場合 の規定。

1

ライ未満の場合,播種直 後,発芽直後,苗,穂 のそれぞれの生育段階 に応 じた罰金刑。

1

-

3

ライ と比較的大 きい面積 の ときは罰金

1

1

0

万 ビアと重い罰金刑 があ り, そのほか稲魂 nang

phr

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に対 し豚

1

頭, ア ヒル 1羽,酒 1本,供飾品の儀供が課 され る。前述 の

[

1

4

]も他人 の稲を牽耕 した り, 田のあ ぜを撃耕 した こと-の罰則だが, その罰が軽微で あること (それぞれ牛 を と りあげ る, 撃いた I 部分の弁償 をす る), 空地を翠桝 して も 「隣近所同志」 (

晶 読 流 )だか ら罰 しない とし てい ること, な どか らみて

,[

3

5

]

,[

3

6

]のよ うに荒蕪地 の大 きな直播 田を想像 させ ない し, ま た顔を知 らない者同志 の事件で はない。おそ らくこの

[

3

5

]

,[

3

6

]は新開地 の,顔見知 りで ない, 土地が隣接 した者 同志 の, かな り大規模な稲 お よび水 田への被害 についての規定で あろう。 こ の点で は

[

3

4

]

,[

3

8

]

-[

4

0

]

,[

4

2

]も同様で ある。

[

3

4

]は他人が翠耕 中の土地 を争 って準耕 した場合

,[

3

8

]は他人の撃耕済 みの土地 または標識 あるい は稲 の切 り株のある土地 の撃耕を した場合

,[

3

9

]は,他人が昔 か ら耕 して きた田を横取 りして撃耕 した場合

,[

4

0

]は他人 が肇耕済みの土地 にマグ ワを入れた場合 のそれぞれの罰則規 定で ある。32)なお

[

3

7

]は自 ら耕起整地 を した他人 の土地 か, 他人が した土地 か不明だが,他人 の田を 自分 の田と偽 って 田植を した場合 の罰則である。 以上の例 は,他人の耕作権 があき らか で あるか, または他人 が利用中で ある事実が明 白なのに,他人の土地 の桝起整地 を した場合の 規定であ る。村落 内の顔見知 り同志 の行為 とは思われない。

[

4

1

]は故意 に他人の土地 に盛土 を し,仮小屋を建て,畦をつ くり 「他人 の土地 を 百分 の もの I c17 とす る」 (Lalu17り1uLuuu7。u別 のu)とき

1

1万 ビアの罰金 にす る とい う規定である。 あ き らかに土 32)[42]

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㌻鮒 ∫ か1qJ7777u の文意は不明瞭だが,「他人の田にはいり込んで翠耕 し3本の溝を破壊したとする。 弁償す るなら1本につき罰として666,666ビアを弁償すべ

LJ

の意味か。

(11)

地保有権の侵害である。 また[39]も,解釈 によ っては33)他人 のつ くる田を奪 うことにな り同 じ可能性 がある。 この規定 と[46]-[51]の境界争い,土地侵害の規定 との ちがい は双方 の暴力沙汰 の係 争がな い ことと,侵害行為 その ものへの罰金刑 がある ことである(,[46]-[51]で は争いで死亡 した人 間,役畜 の補償 が規定 されてい る ものの,侵害行為 その ものの罰刑 はな く,奪 い侵 した土地 を 返却す ることで問題 は解決 した とみなされた ようで ある。 以上 のよ うな条文の性格 としては,主 と して新参者や未知の者 が違反 をおか し,共 同体秩序 で解決で きない部分を,国家権力のサ ンクシ ョンに訴えて解決 した り,違反 の予防を した りし た もの と考 え られよ う。訴訟手続 の規定が[38]を除 いてみ られない ことは注 目され る。以上の ような諸条文は土地所有 と直接 の関係 がないので,土地制度史 の中で はほとん ど注 目されてな いが,秤米窃盗の部分を除 き,法体 系全般か らみ る と 『三印法典』中 もっと も慣習律的色彩 を 残 してい る部分 といえ るので はないだ ろ うか。

伝統的土地所有 について (1)相続 につ いて 相続 に関す る条文 には[43],[55],[56],[62],[65],[75]などがある。 この うち[62], [75]は権利 の移転 が明確 にな る段階での相続 に関す る規定で必ず しも古 くない。Lingatによ って1360年以前 の慣習を法令化 した とされ る34)[55]は大意次の通 り。 [55]森林地を ひき続 き耕作 して きた所有者が死亡 し,子孫 に相続 された。 もし誰 かがその土 地を開墾 し奪 った ときその者 は悪意があるとみなされ,1laの罰金 に処せ られ,土地 はその者 の兄弟,子供,孫 に返 されねばな らない。 この条文をみ る と相続権 は故人の従前 の利用

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廿日 こもとづ いて 生ず ると考 え られてい る よ うである。 おそ らく所有 の不 明瞭な新 開地,未開地だか らだ ろ う。だか らこの条文 は相続権 その ものの保護 とい うよ り,利用 に裏打 ちされた相続権を保護 した もの と考 える ことがで きそ うで ある。 [56]所有者が屋敷地 を他人 に贈与

(

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7mL yokhai)し, それをえた者 (被贈与者)が死亡 し た。所有者 がその屋敷地 の返還を要求すれば,彼 に返却 され る。贈与 は所有者 と贈 られた者 当 人 との間だ けでな された とみな され,それをえた者 (贈 られた者)の縁者 が相続を主張す る こと はで きない。 も し双方が死亡 した場合,所有者 の縁者 がその屋敷地を請求す ることは認 め られ ない。 33)[39]u7nrlunc7比論 u訂7

論 閃つつ別か7u7m'7uno7--Ir他人が音からつ くってきた田をとりあげ翠 耕 し,他人のつ くっている田をなぐって奪う---」 34)Lingat(1940),p・73・ 457

(12)

この[56]は当事者間 の契約が相続 に優先す る ことを規定 してお り,相続権 は当事者 の意志 に 服 して否定 された もの と考 え られ る。 これ と比べ ると次の[43],[65]は相続権その ものを認 め ているよ うで ある。 [43]人民が放棄 し,国司 (晶 34J80)は田租 (

5

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関かつV)を納 める者 のいない地域 の田で,国司 が没収 し耕作 してい る田がある。35)もとの所有者 の縁者 (千,孫 ,父母 ,母方祖 父母)でその田を 耕作 したい と申請す る者 がいる。調査の結果真実 な らその者 に耕作 させphrakhlang

(

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F紺前) の田租を徴収す るo Lか しこの[43]も, この土地 が phrakhlangの管理地で あ って,phrakhlangに対す る田租 の納入を奨励す るための措 置か もしれない し, またそ うでな くとも一般 の放棄地 の耕作 を奨励 す るための,条件付相続権の承認で あるか もしれない。[65]はきわめて明 白に, 国王の下賜 し た財,土地 の相続権を縁者,子孫 に認 める旨の規定である。 この場合 は国王の下賜 による所有 権 の強 さが相続権 の安定を生 み出すのである。 以上の条文 にみ る限 り,相続権が強ま って それが土地 の権利の強化 を もた らした とい うよ う な一般的結論 は必ず しも証明で きない。 [62],[75]は前述 の よ うにアユ タヤ時代の後半の規定 と思われ るが,注 目すべ き内容を含ん でいる。 [62]田畑樹 園地 の買入れを正式 に証文 によ り行 な った。 ところがその土地 は 「先代の もの」

(

晶 房

州銅坑㌫品n

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)

で,相続 され耕作 されて きた と訴 え る者がいて,調査 の結果,所有者 が V V 売 ったわ けで はない ことがわか った。その土地 は所有者 に返 し,買 った ときの代金 は売 った者 か らとりたて る。 この条 文は土地売買 に直接 関係す る唯一 の条文 として注 目されてい る。36)後述 のようにこの 売買行為 とい う概念 はかな り広い概念であると思われ るが,その ことはさてお き,正規 の証文 によって売買を行 な って いるのに異議を さ しはさむ者がい ることである。 全 くの第三者 が偽 っ て土地を売 った とい う場合だ けで はなさそ うで ある。 その異議 申 したての根拠 として, その土 地が 「先代 の もの」 (晶 鉱 )だ とい う主張があ った。次 の[75]で もこの表現がLiJJて くる。 [75]親族 (父母兄弟,伯母 ,母方叔父叔 母)が財産, 田畑樹園地 を質入れChamnam して3 年以上経過す ると,受戻 し金を持 参 して も財産 は質主 の権利 となる。質入れ人,質主双方が死 亡 した場合

1

0

年以 内に限 り,質入れ人 の子孫 は先代の土地 の受戻 しがで きる。その土地 は先代 の もので先代の ものを失 うことはないか らで ある (競

晶的那

蒜u晶

爵甘 )

0(質主 は)栄 , / 35)人民の放棄地を検地吏 (ほulnJ31∩7F'u7Uか7nTFn甜3J的汀∩甜)が管理してつ くる風習はのちまで続い たOたとえば・1877年の運河掘削布

巌 nl何禦 a8- ups,Vol・9,pp・221-225・)にはそれがある0 36)IJingat(1940),i)p.58--59.

(13)

樹 を植 えた場合植付 け代 を請求 で きる。質 入れ人本 人存命 の ときは子孫 に返却 し,子孫 の所有 とす る ことはで きない。 この

[

7

5

]の中で

,1

0

年以 内に質入れ人 の子孫 が受戻 しを望 んだ とき質主 がそれを拒 めない こ と, また質入れ人 の存命 中 にその子孫 が受炭 そ うと して もで きない こと, の原 因 と して 「先代 の もの」(晶 昌mm )とい う表現が ある。Lingatは, タイで は,ビル マの よ うな 「家族 の共 同 q g l

所有権」 (∩汀3J抑 打つ3J即auRT∼?)とい う概念 は明瞭で はないが, この

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は先代 の こ

とで あ り,従 って 「先代 の もの

とは先 代 か らひ きつがれて きた家族 の共 同所有地 で あ る と推 定 して い る。37)もしそ うだ とす れば, 土地 が家長 に管理 されて も,家長個人 の処分権 が な く, 家族 集団が所有 し相続す る ことにな り,上 の

[

6

2

]

,[

7

5

]は よ く理解 で きる。 相続 は親族体系 と密接 な関係 にあ る。38)相続 は居住制 とと もに出 自に影響 を与 え る重要 な要 素 で あ り,土地 の相続権 と出 自規定 とは本来一体 の もので あ る。 以上 の条文 の中で,親族 関係 が明記 されてい る相続主体 と して は

,[

4

3

]の子供 ・孫 ・父母 ・母方 の祖父 母

,[

7

5

]の父母 ・兄 弟 ・伯 母 ・母方叔 父叔母, それ に

[

5

5

]の子供 ・孫

,[

6

5

〕の兄弟 ・子供 ・孫で あ る

。[

5

5

]

,[

6

5

]

はやや一般的だが

,[

4

3

]

,[

7

5

]は母 系,女 系 に傾斜 して いる とい う特徴 が あ るO もL Lingatの示唆す るよ うな家族共 同所有権 が認 め られ る とすれば, その家族 を構成す る の は上 の例 でいえば 母系 に傾 斜 した親族 集団 だ とい う想定 も成 りたつ039)現在 の人類学 者 の調 査で母 系出 自的集団の存在 を主張 す るの は例外的で あ って,40)圧 倒的多数 は双系的 出 自を主張 して い るか ら, この想定 は もっと検討 が必要 で あろ う。 以 上相続 に関す る規定 を含 む条文を検 討 した と ころで は,比較 的時代 の新 しい

[

6

2

]

,[

7

5

]を 除 いて,相続権 の安定, 保証 を明確 に規 定 した条 文 昼な く,いずれ も何 らかの条件 がつ け加 わ っ てい るよ うに思 われ る。 Lingatは ラーマ テ ィボデ ィ王

(

1

3

5

0

-

1

3

6

9

)の とき相続権 を認 めなか っ た- おそ らく

[

5

6

]が その例- のは裁判 の煩雑 さを省 くた めだ った と して い るが,41)しか し, こ の ことと慣習律的 な相続 の具体 的 あ り方 とは別 問題 で あ って, 『三 印法典

にはそれが ほ とん ど反 映 されて いない とみ るべ きで あろ う(,同法典 の条 文 だ けか ら相続権 の有無 を検証す る こと はで きない。 また相続 について はよ りた ちい った理論的検討 も必 要で あろ う。42) (2)屋敷地 の権利 につ いて 土地 所有 の うち私的権利 が一般 に もっとも早 く確立 され るの は屋敷地 (いわゆ る

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37)ibid.,p,73footnote3). 38)石川 (1970)参照。

39)もっとも相続法laksanamoradok[51]によれば,平民(サクディナー10-400ライ)の動産の相続は,故 人を看病 し,その葬式を行なったことを条件に,父母,配偶者,兄弟,子供,孫など親族に対 しそれぞ れ 3分の 1ずつ分割する規定がある。ただ しこれは動産の相続であって不動産は不明。

40)J.M.Potter,ThaiPea∫antSocialStruczure. TheUniv.ofChicagoPress,1976. 41)Ⅰ.ingat(1940),㍗.72.

42)個人の所有権の相続という近代的相続概念だけではなく,共同所有(あるいは利用権)における相続のあ

り方を含めた相続の一般理論が必要とされるように思われる0

(14)

であ り, これを 「橋頭壁」 として,個人の生産力が発揮 され,私的所有 が共 同体的所有 に うち か ち, これを圧倒 してゆ く, といわれ る。43)国家末形成の諸 タイ族 の民族学的調査で も,耕地 の割替規制がある中で,屋敷地 の私有 はすで に認 め られて いる。44)この タイ族 の共 同体 の場合 , 土地 は屋敷地, 田地,森林 と3種 に区分 され,屋敷地 は私有, 田地 は割替 もしくは分与,森林 は自由な 占有 とい う共 同体規制の もとにあ った。 雑律

[

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]

,[

5

3

]

,[

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]

,[

5

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],

[

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1

]などに屋敷地 に関す る規定があ る。 この うち

[

5

3

]には 売 る (ql7日)質入れ

(

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の言葉 があ り

,[

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]には賃借す る(L

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)

,賃借料 (品 wrl)の言葉が あ るので, かな り後世 の新 しい時代 に属す る条文 と思われ る。かな り時期が古いか, あるいは新 開地 についての規定 とみ られ る ものに

[

5

2

]がある。

[

5

2

]居住 していた屋敷地,樹園地 を放棄 し,他人がそ こに入植 し囲い込んで家屋を建て住 め ばその者 の権利 とな る。 しか しもしもとの居住者 が放棄 したわ けで はな く,篠役 などに出向い て不在だ った場合,他人が入植 した として も土地 は もとの所有者 に返 さねばな らない。 ただ し,

9

-1

0

年 も放 置 (壷 ) して お くと権利 を喪失 し,新 しい耕作者が居住,耕作で きる。

[

5

2

]はおそ らく, 自然災害,戦

,盗賊 の横行 な どのため移動が頻 繁だ った時代,あるいは 地域で永久的屋敷地 が定 ま らなか った事情の反映であろ う。特定の永久的屋敷地 に帰属す る シ ンボルが な く,屋敷神 にあた るプ ラブーム ・チ ャオテ ィーが,家族 の移動 とともに移動 して良 い とみな され る中部デル タの風習 は この ことの反映であろ う。 次 に他人の屋敷地 に同意をえて居住 し,家屋を築 いた ときの規定

[

5

3

]

,[

5

8

]をみ よ う

。[

5

2

]

との ちがいは,単独 の居住ではな く,有力者,親族,友人な どの屋敷地への寄寓 あるい はその 賃借であ り,経済状態や治安状態 の悪 さゆえに,単独居住 が行 ないえない階層の存在を示唆す る。

[

5

3

]あ る者 が生活 に困 り,屋敷地 の居住者 の許 しを受 け,そ こに寄寓 した。その後仲違 いが お き, もともとの居住者 が寄寓者 を追 い出Jt:うとした。 もし寄寓者 が居住者 の容認 の もとに家 屋を建て垣根 をつ くり3年以上経過すれば, (その屋敷地 は ?)寄寓者 の 権利 となる

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)

。 寄寓者が他所 に移 りその屋敷地 を売 ろうとす るときは家屋 しか売 れず,致地 は もともとの所有者 に帰属す る。寄 寓 者 が 居 住 しないでそれを他人,縁者 に売 った り,質入れ chamnam す る ことはで きない。 もし家屋のみを建て垣根 はつ くらず に 3年 た った ら,寄寓者 は居住 は許 され るが,敷地 の権利 は認 め られ ない。 この条 文 は他人の屋敷 内へ許 しを得て寄寓 し, その中 に自分 の屋敷地をつ くり3年以上た っ た場合の権利 についての規定であ る。やや不 明なのは垣根をつ くり3年以上た った ときの権利 sitthiの内容で ある。 おそ らく土地 の処分権 はない ものの単な る居住権以上 の相続 ・保有 の権 43)大塚 (1955),pp.3ト37. 44)Lingat(1940),p.10;友杉 (1967),p.66・

(15)

利 は認 め られるであろう。 とい うのは垣根をつ くらない場合,明瞭に敷地 の権利が否定 されて いるか らである。 屋敷地の居住が無償で認 め られるのだか ら,何 らかの血縁 (あるいはその擬 刺)関係やpatron-client的関係があるのだろう。 しか しだか らとい って,寄寓者 の権利が無条 件 に認 め られ るのだ, とは必ず しもいえない。[58]の賃貸借 についての規定 は次の通 りである。 [58]屋敷地を賃貸借 して ト2年 内な ら家主は,賃借人か ら賃借料を所定の全額請求で きる。 しか し3年間放置 してお くと所定 の半額 しか請求で きず, 「その土地 は賃借人の保有 とす る

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tJ ここで は賃貸借であ って も3年以上経過 した場合屋敷地の権利 (処分権 を も含む もの とは考 え られないが)が賃借人 に認 め られる。 この点では[53]と同様で あ り,3年 間の占有実績 が権利 を生 むchongの慣習が反映 されているようである。 Lingatは放棄す るとただ ちに権利喪失 もあ りえた [52]とくらべ,少 な くとも所有者 に一定 の権利が与 え られている[53],[58]および[57](後述)杏,一定の進歩,前進だ と評価 している. しか しそれに もかかわ らず依然借地者 の権利が強 く,従 って所有者の権利 は不安定である。45) 実 は[52]と[53],[58]には大 きなちがいがある。[52]は所有者が土地を放棄 しているのに対 し,[53]は所有者が土地を放棄 したわけで はない。 また[52]は他人の入植,入居 は所有者 の意 志 と無 関係だが,[53]は所有者 の同意をえているのである。だか らこの前者 と後者は時代的前 後関係ではな く,所有者 の居住環境のちがい(継続居住 の可能性 の有無)や所有者の社会的身分 の差 (小農 かpatronか)によるものである。後者 について寄寓者や賃借人 の占有権が保証 され るの はchong慣習 の 影響 のほか, patron的な所有者 の 保護観念 があるためか もしれない。 [71](後述)のよ うに身分上対等の者,あるいはよ り上位の者が,一方的に屋敷地を侵害す ると きは,弁償,罰則が加え られるのである。[71]は[52]とちがい所有権が強化 された後世の規 定 とみることが 自然か もしれない。 しか し,[53],[58]と対比 して,状況 の ちがい と考 える こ とも可能であろ う。 この場合 には一方が親族共同体 内的,patron-client内的住居集団形成 の秩 序で あるのに対 し,他方 はそのよ うな秩序 の外 にある居住集団問の争いであることになる0 いずれに して も,[71]をひ とまず除外す るな ら,雑律中の屋敷地 に関係す る条文 はいずれ も 屋敷地の権利の弱 さを示唆す る。 しか し,だか ら屋敷地の権利 が きわめて弱か った と理解す る ことはで きないだ ろう。[53]も所有者の権利 自体を規定 しているので はな く,そ こに所有者 の 同意をえてはい った者の権利 と所有者の権利 との調整 に焦点があるO前述[56]は,贈与 された 屋敷地 は,被贈与者が死亡 した場合,被贈与者 の遺族 には相続権 の主張がで きず,贈与者はそ の返還 を請求で き, また双方 が死亡 した場合,贈与者 の遺族 には相続権がない (被贈与者の遺 族 に権利がある)とす る ものであ った。 この規定 は贈与yokhaiとい う概念 ともかかわ る し, 45)Lingat(194恥 pp.39-40. 461

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必ず しもアユ タヤ初期 の規定 とは思われないが,要す るに当事者 の契約の厳密な実行 であ り, 所有者 の権利 自体が弱い とはいえない。つま り屋敷地 自体 の物権 的権利 の強 さと当事者間の契 約 とは別 の次元 の問題 なので ある。 もっとも契約 と物権 とが未分離で あ って後者が前者 に制約 され る前近代法的特徴 はぬ ぐえない。 耕地 の貸借 (小作)はおそ らく早 くともアユ タヤ後期の現象であろ う。屋敷地 の賃貸借 と比較 す るために[57],[60]をみ よう。 [57]ある者が耕地,未墾地 を所有者 の同意をえて耕作 した場合,所有者 は 3年以 内に限 り返 却請求 がで きる。3年以上経過 した場合,耕 作部分は耕作者 の権利 となる。但 し耕作をせず に 売却,chamnam,相続 を行 な うことはで きず, その場合,耕地 は もとの所有者 の権利 とな る。 この条文 は小作賃料 な しの小作で あ り,屋敷地の貸借[53]にまさ し く対応す る規定で ある。 [60]田畑,樹 園地 を小作証文 によ り小作 し,小作人が小作料支払いを約束 しなが ら,期限ま でに支払 いに応 じず,地主が立退命令を出 した。審理 の上,小作契約 が事実な ら,小作人 は地 主 に所定 の小作料を支払い, さ らに裁判賠償金 と して同額 を原告 と国庫 に半分ずつ支払 う。 [60]は屋敷地 の賃貸借[58]と同 じく,単な る同意 に もとづ く貸借で はな く,耕地 の賃貸借で ある。証文を とりかわ してお り,地主が厳 しく小作料を請求す る点では[58]の大様 な賃貸借 と ちが って きわ めて打算的である。完全 に後世 の規定で ある。 あ るい は[58]の大様 さは貸借関係 の基礎 にある社会 関係 の非打算性 (血縁 関係,patron-cljcnt関係 な ど) と関係 があるのか もし れない。 本来 の屋敷地 に関す る権利 もまた雑律 の部分か らだ けお しはかることは困難で ある。雑律 に みえ る屋敷地 の権利 の弱 さは,居住 の移動性 と非永代性,貸地者 と所有者の社会 関係,居住集 団の性格 な どの具体的条件 を考慮 に入れて考 えてみ るべ きであろ う。 (3)土地 の先 占 ・占有 chongについて 未墾 の森林,荒蕪地,あるいは他人が過去 に耕作 し放棄 してある土地 に入植 して先 占の意志 表示 を した上,所定の年数でそ こを開墾 し,耕作利用す る とその土地 の権利がえ られ るとい う 慣習 はタイで はchnng(または Chapchollg)とよばれ る。 アヌマ ン ・ラーチ ャ トンは,国家成 立以前 の農耕社会でのcllOngを次 の ように描写 している。 「最初 は田畑 と して生計をたて るための土地 は,金銀で計算 され る単位 としての価格を もた なか った。なぜな らパ ー (森林, J7)とよばれ る未墾地 はまだ多か ったか らである。 耕作面積 をい くら望 んで もパ ーを開墾 し区画 を拡大す るに足 る労力があ りさえすれば可能で あ り,土地 は誰 か らも買 う必要がなか った。大事 なのは,信仰 されて いる土地 の神,森 の神chaothichao paに供 え物を し, その許 しを乞わねばな らぬ ことだ った。 そのあ とで は じめて開墾がで きた

ので あ り, これを しない と気分 が悪か った。沼沢沿 いの土地 は良好 な立地 とされた。なぜ な ら 肥沃 に恵 まれ,そ こか ら離れた土地 よ りも多 く収穫が あ ったか らであ る。 そ こで生活 にかかわ

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る重大な ことが らといえば,土地の立地 と労力だ けであ った。耕作面積は労力の大小 に比例 し た。焔,樹園地 の耕作 は人力に依存 し, 田の耕作 は人九 年 ・水牛類 に依存 した。そのため, この初期 には,土地 は個人 の財産ではな く家族 の総有 の (5'?un計N) 財産 にす ぎない とみ られ た, といえる。土地が価値を もつに至 るのは田畑 とな して久 しくしてか らの ことである。そ こ で 田畑の耕作 は共同の集落

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atJ'JuL'7u)に住む 自分 と他人のためなされたO これ らの人 々はすべ て親戚兄弟であ り共同体 (57

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紺T〟)とよばれる政治統治形態があ った」。46, この含蓄深い叙述が何を典拠 に しているのか不明であるが, ここで想定 されているのは原始 尭 閣体 (あるいはその最後の段階 と しての農業共 同体)社会 にお ける,耕地 と森林 との区分が判 然 と しない状況 の下での,-般的土地分与の方法 と してのchong慣習であろ う。 統一国家を形成せず近隣諸国に少数民族 として残存す るタイ族の共同体で はすでに宅地,料 地,未墾森林地がは っき り区分 されてお り,耕地 は通常割替(または分配)とい うもっとも強い 共同体規制 におかれ るが,森林 については個人の占有つま りch-)ngによる土地取得が許 されて いるとい う。47) 時代 はおそ らく後世 ラタナコ- シン期 の ものだが, 東北に伝 わる chongの風習 は次の通 り だ とされ る。48) 森林を開墾 し畑 とす る者 はまず土地区画の四隅に境界棒をたてて先 占の意志 を示 し,1年以 内の 占有を認 め られ,その間に開墾,耕作,作付をすれば土地 はその者の権利 となる。 1年以 上放棄すれば, あ らたな先 占者 に先 占 ・占有権を認 める。 他人 の占有有効期限内にその土地を 侵害 し区画棒を無視 して先 占,耕作を した者 は遵法 (

細議

の lamoet)とみな され罰 として 6サ ル ン (-1.5パー ツ),酒1本,鶏1羽を弁償せねばな らない。 沼沢周縁地を開墾 し, 田 とす る 者 はまず四隅に境界棒をたて ると,3年間 は他人の侵害を排除で きる。 もしその間に侵害者が あれば違反 とみなされ,畑 と同様の罰を受 ける。3年以上たてばあ らたに他 の者 の先 占 ・占有 を認 める。 以上のよ うな風習の うち畑が 1年,田が3年 とい う耕地種別の 占有期間の規定 は後世 の所産 か もしれないが,ある一定期間の占有を保証す る慣習 はかな り古 くか らあ った もの と思われ る。 区画棒の設定 による意志表示,それに もとづ く一定期間の占有権 の保証,それを故意 に侵害 し た場合の土地神 によるサ ンクションの観念 とい う一般 的特徴 は決 して新 しい もの とは思 われな い。 この東北地方 の慣習の叙述者 (

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Eま,この土地 のchongのあ と,す ぐに蜜蜂 の巣や漁場の先 占の場合,そ こに目じる Lをつ けて意志表示をす る例をあげてお り, このよ う な先 占と土地の先 占を同 じ文脈の中で論 じているよ うである。 しか し土地の先 占 ・占有 の侵害 46)AnumanRatchathon(1967),pp.50-51. 47)Lingat(1940),p.7,p.10;友杉(1967),p.64,pp.67-68;田辺(1973),p・148・ 48)NationalArchives(1961),Vol.1,pp.46-47・

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であるが, 自然物 の先 占の侵害が,コソ ドロ (

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)にす ぎない こと,さ らに前者 は 土地神への反逆 と観念 され ること, な どの点で両者 は同列 には論 じられない。 乏 しい文献 によってみ ると

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は,原始共 同体 の もとでの土地分与慣習 (同族集団の実力 に応 じた 自由な開墾)と農業共 同体 における屋敷地,耕地以外の未墾地 の土地分与慣習 (家族集 団の実力 に応 じた 自由な開墾)の二つに起源を もつ よ うで ある。 しか しアユ タヤ以 降の タイ社 会 では この二つの段階 区分がで きないほどに,耕地 と未墾地の境 目があいまい とな ってお り, 耕地 に対す る共同体規則がほとん どみ られない こととあい ま って

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はむ しろ耕地獲得 の もっとも基本的な方法 とな ってい るかの ようである。

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に対す る規制 は小暦

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年)の年号がある旧勅令

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]においては じめて あ らわれ る。アユ タヤ陥落 まで

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年 ,すで にアユ タヤ末期の ことである。 (旧劫令)

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]田を開墾,耕作 している良民 が田地局

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の検地吏 に届 け出で きず,そ の後検地史が調査検分 を し,その者 が一定面積 を開墾 した事実を知 った。検地吏 が地租を徴収 しよ うとす ると, その者 は開墾着手後

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年 た ったばか りだ とか

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年足 らず だ とか言 い訳す る。検地 吏が地租徴収 をす る際い ざ こざがお き, (被告 は)地 租の額以上の裁判補償費用を支払 わねばな らなか ったので,次 の法令制定が命ぜ られた。 今後新規の開墾,耕作す る者, あるい は1年以上放棄 された土地49)の耕作をす る者 は,村郡の検地更 に届 け出て 田地 の検分 を受 け, それに もとづ き

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の交付を受 ける

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の記載項 目は開墾 ・耕作者 名,住所,土地所在 也,耕作年次,面積 な どである。本法令施行前 の開墾で も検地吏 に届 ければ罰せ られず

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の交付 を申請 で きる。新規 に開墾をす る者 または長 く(5年以上 ?)放棄 された土地 を再耕作す る者 は,2年間免除のの ち3年 目か ら地租を徴収す る。3-4年放棄 された 田を再耕作す る者 は 1年間免除のの ち2年 目か ら徴収す る。 ト 2年放棄 された田を再耕作す る者 はその年 か ら地租 を徴収す る。 新規 に田をつ くる者, 放棄 田を再耕作す る者 は

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と郡の検地更 に届 け出 ない と

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を交付 されない。 検地吏 は無 届 けで新規耕作,再耕作をす る者を逮捕 し,罰 と して地租 を1年 さかのぼ り徴収す る。 このよ うに

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]の中では新規 に

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をす る者 の検地吏への届 け出義務が規定 されてい る が, この布告後

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年 た らずで アユ タヤ王朝 は崩壊す るので

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の制度的整備 は次の ラタナ コ- シン期 によ うや く行 なわれた。50)この

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]による届 け出義務 はあ くまで地租徴収上の便宜 のた めで あ り, 交付 された

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が直接所有権を保証す ることはなか った。51)無届 けは国庫 の収入を実現 しないので, 体罰を も含 めて,52)罰せ られたが,土地 を没収 され るとの規定はな 49)原文では 「二握り以上の木が生い繁るとき(5年以上 ?), 3-4年放棄され耕作されないとき, 1-2年放 棄され耕作されないとき」。 50)Lingat(1940),pp・5ト52. 51)砧∼`〆.,p.36. 52)注 31)参照。

(19)

く, 占有権 は保 護 され た もよ うで あ る。 も し未 墾地 が何 らかの共 同体規 制 に服す る限 りは 「統一一体」 と しての 首長- の届 け出が諸 タ イ族 の例 の よ うにあ って しか るべ きで あ る。 しか し 『三 印法典 』 で は この 旧勅令[44]お よび そ れ を反 映 した とみ られ る雑律[43],[45],刑法[47]の よ うに, 地 租徴収 の 目的 のため国 司,那 良 ,徴税吏 に届 け出 る 旨の規定 しかな い。chongの とき村長 - の届 け出義務 が生 ず るの はず っ と後世 の ことで あ る。53)この ことは本 来 ,何 らかの共 同体 規制 の下 で 出発 したchongが, アユ タヤ時 代 の人 口拡散 と入植 ・新 集 落形成 の過程 で , 旧共 同体 秩序 が崩 壊 し共 同体 との 関係 を失 った もの と解 され る。後世 官僚 制 が整 備 され徴 税 の必要性 が 強 まるにつれ,chongは は じめて 直 接 国家 の統 制下 におかれ るよ うにな ったので あ ろ う。 Ⅴ 権 利 の侵害 につ いて 雑律[46]-[50]は耕 地 (田畑樹 園地)の, また[71]は屋敷地 の権 利 侵害 に よ って生 じた紛 争 に つ いて規定 した条 文 で あ る。[46]-[51]は年代 は不 明だが,・-方 の確実 な権 利 を他 方 が侵害 す る とい うケースで あ り,権 利 が定着 した後世 の規 定 で あ ろ う。 土地 の侵 害 で は,購 入 した土地 が 隣接地 との権 利が重複 し争 いを生 じた場 合 の規定 が[66]-[70]にあ り, これ は[46]-[50]に ほぼ対応 した 内容 を もって い る。54)た だ土 地 を購 入す るの はお そ ら くアユ タヤ後期, 末 期以 後 の現 象で あ るか らこれ らの条文 は, もと もとの規 定[46]-[50]を あ らた な状 況 に対応 して改正 した例 の典 型 で あ る。 さて[46]-[50]の条 文 自体 は実 は権利 が安定 して い る とい う意味 で の時 代 の新 しさだ けで な く,共 同体 や 国家 の規 制 の及 ば ない法 的責 空地 帯 にお いて実力者,有 力者 が私 利 を実現す る場 合 の争 いを反 映す る もので あ るか も しれ な い。 [46ト [50]の規 定 の制定経 緯 と して[46]に次 の事件 が記 されて い る。Son (u

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をL Som の祖 父 と子供 が死 ん だ。 裁 判 官 が吟 味 した と ころ, Somの土地 が真 ん 中 にあ り, Thongの土地 が その両 側 にあ l り, 侵 害 (o討7品 )を お こ した ことがわ か った。 この件 で 国王 の判 断を あお いだ, とい う もの で あ る。 [46]象 の向 きを変 えたた め境 界 を踏 み越 えた とか, 溝 の水 が 隣接 池 を浸水 した とか して も, これ を境 界 の侵 害 (Fnu)とはみ な さず, た とえ死者 が 出て も加 害者 を 罰 しない。 C

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した ので,侵害 を受 けた側 が仲裁人 y乙/y I (肌07肌Ln) に訴 えたが, 侵 害者 は土地 の 返却 に 応 じなか った。 侵 害者 は 死 んだ 家 畜 , 下 僕 y tJ

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純 )の損害賠 償 を した上 , 罰せ られ る。 53)1901年9月17日付農務大臣令はもっとも整備された法令oなお注68)を も参照。 54)I.ingat(1940),p・24footnote2)I 465

参照

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