博
士
論
文
令
和
元
(
二
〇
一
九
)
年
度
『
う
つ
ほ
物
語
』
の
本
文
と
生
成
研
究
編
慶
應
義
塾
大
学
大
学
院
文
学
研
究
科
国
文
学
専
攻
国
文
学
分
野
髙
橋
諒
i
研
究
編
『
う
つ
ほ
物
語
』
の
本
文
と
生
成
序
・
凡
例
... ... 1第
一
部
本
文
の
形
成
第
一
章
諸
本
論
再
考
—
前
田
本
系
統
の
位
置
づ
け
を
め
ぐ
っ
て
—
... ... ... ... ... . 10 一 、 問 題 の 所 在 二 、 四 系 統 の 特 徴 三 、 系 統 間 の 脱 文 ・ 衍 文 な ど に よ る 本 文 対 立 四 、 前 田 本 系 諸 本 の 外 題 五 、 前 田 本 系 統 の 源 流 お わ り に第
二
章
歌
集
と
し
て
の
『
風
葉
和
歌
集
』
と
、
そ
の
『
う
つ
ほ
物
語
』
本
文
... ... 28 一 、 問 題 の 所 在 二 、 現 存 物 語 歌 の 撰 歌 意 識— 屏 風 歌 ・ 題 詠 歌 に お け る 三 、 現 存 物 語 歌 の 撰 歌 意 識— 唱 和 歌 に お け る 四 、 現 存 物 語 歌 の 撰 歌 意 識— 贈 答 歌 ・ 独 詠 歌 に お け る 五 、 『 風 葉 集 』 の 編 集 意 識 六 、 『 風 葉 集 』 と 『 う つ ほ 物 語 』 の 本 文 お わ り に第
三
章
浜
田
本
と
前
田
本
系
統
の
交
渉
—
静
嘉
堂
文
庫
蔵
紀
氏
本
の
本
文
—
... ... 54 一 、 問 題 の 所 在 二 、 俊 蔭 巻 に お け る 補 写 三 、 校 合 の 痕 跡 四 、 紀 氏 本 の 本 文ii
第
四
章
木
曽
本
系
統
の
特
質
... ... ... ... 65第
一
節
『
か
や
く
き
物
語
』
の
生
成
—
木
曽
本
系
統
の
伝
流
—
... ... .... . 65 は じ め に 一 、 『 か や く き 物 語 』 の 諸 本 と 書 誌 二 、 『 か や く き 物 語 』 の 諸 本 間 の 関 係 三 、 『 う つ ほ 物 語 』 木 曽 本 系 統 の 諸 本 と 特 徴 四 、 『 う つ ほ 物 語 』 木 曽 本 系 統 と 『 か や く き 物 語 』 お わ り に第
二
節
『
こ
ま
の
の
物
語
』
の
生
成
—
享
受
の
一
様
相
—
... ... ... 92 は じ め に 一 、 問 題 の 所 在 二 、 『 こ ま の の 物 語 』 の 諸 本 と 本 文 三 、 な ぜ 『 う つ ほ 物 語 』 吹 上 上 巻 を 選 ん だ か 四 、 『 こ ま の の 物 語 』 編 者 の 認 識 五 、 『 こ ま の の 物 語 』 書 写 者 の 認 識 お わ り に第
二
部
生
成
と
享
受
第
一
章
仲
忠
の
主
人
公
性
は
何
か
... ... ... ... ... ... .. 113 一 、 作 り 物 語 の 主 人 公 — 『 落 窪 物 語 』 を 端 緒 に—
二 、 『 源 氏 物 語 』 に お け る 秘 密 三 、 後 期 物 語 に お け る 秘 密 四 、 仲 忠 の 主 人 公 性 お わ り に第
二
章
内
侍
の
か
み
/
初
秋
巻
を
ど
う
読
む
か
... ... ... 136 は じ め に 一 、 内 侍 の か み 巻 に お け る 成 立 論 の 流 れ 二 、 執 筆 順 序 お よ び 現 行 巻 序 へ の 疑 義iii 三 、 内 侍 の か み 巻 を 読 む 順 序 お わ り に
第
三
章
国
譲
巻
に
お
け
る
一
の
上
と
、
摂
関
の
不
在
— 作 り 物 語 の 歴 史 認 識— ... ... 154 一 、 忠 雅 が 「 一 の 上 」 で あ る こ と 二 、 一 の 上 と 摂 政 ・ 関 白 三 、 『 源 氏 物 語 』 の 摂 関 四 、 摂 関 の 不 在 お わ り に第
四
章
作
り
物
語
の
人
物
設
定
... ... ... . 170第
一
節
楼
の
上
巻
の
変
容
—
涼
の
子
を
中
心
に
—
... ... ... 170 一 、 問 題 の 所 在 二 、 難 産 と い う 相 似 三 、 女 君 を 切 望 す る 涼 と 、 女 君 誕 生 の 予 見 四 、 系 図 か ら 見 え る 、 二 人 の 子 ど も お わ り に第
二
節
『
源
氏
物
語
』
東
屋
巻
と
浮
舟
巻
の
は
ざ
ま
—
右
近
は
二
人
か
—
... ... 186 は じ め に 一 、 宇 治 十 帖 の 右 近 二 、 東 屋 巻 と 浮 舟 巻 の 連 繋 三 、 右 近 を 二 人 と 見 る 説 四 、 右 近 を 一 人 と 見 る 説 五 、 な ぜ 矛 盾 が 生 じ た か 六 、 な ぜ 設 定 を 変 更 し た か お わ り に結
... ... ... ... ... ... 204初
出
一
覧
... ... ... ... ... 208資
料
編
『
う
つ
ほ
物
語
』
四
系
統
本
文
集
成
- 1 -
序
戦 後 、 う つ ほ 物 語 研 究 の 旗 手 た る 宇 津 保 物 語 研 究 会 は 、 成 立 ・ 作 者 ・ 本 文 ・ 表 現 ・ 源 泉 ・ 主 題 ・ 文 芸 性 な ど 、 さ ま ざ ま な 問 題 の 究 明 に あ た っ た 。 研 究 成 果 と し て 、 『 宇 津 保 物 語 新 論 』 ( 古 典 文 庫 、 一 九 五 八 年 ) 、 『 宇 津 保 物 語 新 攷 』 ( 同 、 一 九 六 六 年 ) 、 『 宇 津 保 物 語 論 集 』 ( 同 、 一 九 七 三 年 ) の 三 冊 に 収 め ら れ る 。 学 説 の い く つ か は 新 し い 学 説 に よ り 既 に 権 威 を 失 っ て は い る が 、 研 究 の 基 礎 は こ の 時 期 に 形 づ く ら れ た 。 夙 に 本 文 研 究 、 成 立 論 が 主 流 と な り 、 立 ち 入 っ た 作 品 論 が 展 開 さ れ る よ う に な っ た の は 一 九 八 〇 年 代 ご ろ の こ と で あ る 。一
、
伝
本
と
本
文
本 文 研 究 は 、 江 戸 時 代 の 国 文 学 者 で あ る 細 井 貞 雄 『 宇 津 保 物 語 玉 松 』 に お い て 紹 介 さ れ た 玉 松 本 系 統 本 を 善 本 と 考 え る 河 野 多 麻 『 う つ ほ 物 語 伝 本 の 研 究 』 ( 岩 波 書 店 、 一 九 七 三 年 ) へ の 批 判 に よ っ て 展 開 さ れ た 。 中 村 忠 行 「 馬 陽 本 『 宇 津 保 物 語 』 の 来 歴 」 『 山 辺 道 』 第 二 号 、 一 九 五 六 年 ) で は 、 玉 松 系 統 本 が 合 理 的 に 解 釈 さ れ た 改 訂 本 で あ る こ と を 明 ら か に し 、 そ れ を 支 持 す る 方 向 へ と 傾 い た 。 野 口 元 大 『 う つ ほ 物 語 の 研 究 』 ( 笠 間 書 院 、 一 九 七 六 年 ) に は 、 玉 松 系 統 本 へ の 疑 問 点 が 整 理 さ れ て い る 。 『 う つ ほ 物 語 』 の 伝 本 に つ い て は 、 片 寄 正 義 「 宇 津 保 物 語 伝 本 考 」 ( 『 国 語 国 文 』 第 七 巻 第 二 号 、 一 九 三 七 年 ) 、 笹 淵 友 一 「 う つ ほ 物 語 諸 本 解 題 」 ( 『 校 本 う つ ほ 物 語 俊 蔭 巻 』 興 文 社 、 一 九 四 〇 年 ) 、 中 村 忠 行 「 宇 津 保 物 語 に 関 す る 展 観 書 目 録 ( 附 解 説 ) 」 ( 『 日 本 文 学 研 究 資 料 叢 書 平 安 朝 物 語 II 』 有 精 堂 、 一 九 七 四 年 ) 、 新 美 哲 彦 「 『 う つ ほ 物 語 』 共 通 祖 本 の 特 質 」 ( 『 中 古 文 学 』 第 六 八 号 、 二 〇 〇 一 年 ) に お い て 詳 細 な 検 討 が な さ れ て い る 。 し か し な が ら 、 『 う つ ほ 物 語 』 の 現 存 諸 本 に は 、 共 通 し て 、 錯 簡 ・ 脱 落 ・ 重 複 等 が 多 く 、 文 意 不 通 の 箇 所 が 存 在 す る 。 そ れ ら の 特 定 ・ 考 察 は 、 中 野 幸 一 『 う つ ほ 物 語 の 研 究 』 ( 武 蔵 野 書 院 、 一 九 八 一 年 ) 、 野 口 元 大 前 掲 書 か ら 出 さ れ た 錯 簡 復 原 の 試 み は 、 現 在 容 認 さ れ て い る 。- 2 - 近 年 は 、 尊 経 閣 文 庫 蔵 前 田 家 十 三 行 本 ( 以 下 、 前 田 本 と 略 称 す る ) を 底 本 と す る 。 そ の 他 流 布 本 系 、 木 曽 本 系 、 浜 田 本 系 本 な ど の 本 文 が 知 ら れ て い る が 、 実 態 は 詳 ら か で は な い 。 宇 津 保 物 語 研 究 会 編 『 宇 津 保 物 語 本 文 と 索 引 』 ( 笠 間 書 院 、 一 九 七 三 〜 一 九 八 二 年 ) 、 室 城 秀 之 ・ 西 端 幸 雄 ほ か 編 『 う つ ほ 物 語 の 総 合 研 究 1 本 文 編 ・ 語 彙 索 引 編 』 ( 勉 誠 出 版 、 一 九 九 九 年 ) は 、 補 訂 の な さ れ た 前 田 本 の 翻 刻 本 文 と そ の 語 彙 索 引 で あ る 。 前 者 は 登 場 人 物 綜 覧 を 備 え 、 後 者 は 脚 注 の 形 で 見 せ 消 ち や 異 文 注 記 な ど を 掲 げ る 。 こ れ を 基 に 『 静 嘉 堂 文 庫 所 蔵 物 語 文 学 書 集 成 第 一 編 古 物 語 』 ( 雄 松 堂 書 店 、 一 九 八 〇 年 ) に 収 め ら れ る 古 写 本 や 、 久 曽 神 昇 『 俊 景 本 宇 津 保 物 語 と 研 究 資 料 編 第 一 〜 三 巻 』 ( ひ た く 書 房 、 一 九 八 三 〜 一 九 八 五 年 ) 、 三 谷 栄 一 『 平 安 朝 物 語 板 本 叢 書 う つ ほ 物 語 一 〜 四 』 ( 有 精 堂 、 一 九 八 七 年 ) の 影 印 、 『 源 氏 物 語 』 の 古 注 釈 や 『 風 葉 和 歌 集 』 な ど を 吟 味 し な が ら 、 本 文 批 判 を 進 め て い く こ と が 欠 か せ な い 。 し か し な が ら 、 近 年 で は 、 校 訂 さ れ た 注 釈 書 の み に 頼 っ た 研 究 が 主 流 で あ り 、 十 分 な 本 文 批 判 が な さ れ な い ま ま 研 究 が 進 め ら れ て い る 現 状 が あ る 。 前 田 本 を 底 本 と し た 注 釈 書 に は 、 野 口 元 大 『 校 注 古 典 叢 書 一 ~ 五 新 装 版 』 ( 明 治 書 院 、 一 九 六 九 〜 一 九 九 九 年 ) 、 室 城 秀 之 『 う つ ほ 物 語 全 改 訂 版 』 ( お う ふ う 、 二 〇 〇 一 年 ) 、 中 野 幸 一 『 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 』 ( 小 学 館 、 一 九 九 九 〜 二 〇 〇 一 年 ) が あ る 。 た だ し 、 そ れ ぞ れ に 本 文 校 訂 や 解 釈 、 巻 序 ・ 絵 詞 の 認 定 な ど に 独 自 の 見 解 が 存 在 す る た め 、 引 用 に さ い し て は 検 討 す べ き で あ る 。 別 系 統 で あ る 浜 田 本 を 底 本 と し た 注 釈 書 に は 、 原 田 芳 起 『 宇 津 保 物 語 上 ・ 中 ・ 下 』 ( 角 川 文 庫 、 一 九 六 九 〜 一 九 七 〇 年 ) が あ る 。 同 『 平 安 時 代 文 学 語 彙 の 研 究 正 ・ 続 』 ( 風 間 書 房 、 一 九 六 二 〜 一 九 七 三 年 ) 、 同 『 宇 津 保 物 語 研 究 考 説 篇 』 ( 風 間 書 房 、 一 九 七 七 年 ) は 『 う つ ほ 物 語 』 の 語 彙 が 網 羅 さ れ て お り 、 読 解 の 参 考 に な る 。 『 う つ ほ 物 語 』 の 写 本 が 、 「 俊 蔭 」 巻 を 除 き 、 近 世 ま で し か 遡 れ な い 点 に 本 文 研 究 の 難 し さ が あ る 。 そ の た め 、 こ れ 以 上 は 展 開 の 余 地 が な い と 考 え る 向 き が あ る 。 だ が 、 現 存 諸 本 が ど の よ う に 派 生 し て い る の か は 、 巻 ご と に 丹 念 に 比 較 検 討 し た 論 考 は な く 、 個 々 の 系 統 や 伝 本 の 追 究 を 試 み た も の も な い 。 し た が っ て 、 そ の 観 点 で は 、 い ま だ 研 究 の 余 地 が 残 さ れ て い る 。
- 3 -
二
、
生
成
過
程
論
・
成
立
論
・
構
想
論
こ の 物 語 は 、 内 容 上 の 矛 盾 や 重 複 、 各 巻 間 の 齟 齬 、 表 現 の 差 異 、 巻 序 の 非 直 線 性 な ど 、 種 々 の 謎 を 孕 ん で い る 。 む し ろ 、 そ う し た 点 に こ そ 平 安 時 代 に お け る 物 語 の 生 成 情 況 が 表 れ て い る と 捉 え ら れ る 。 現 存 最 古 の 長 編 物 語 『 う つ ほ 物 語 』 は 、 生 成 当 初 は そ れ ぞ れ 別 個 の 短 編 と し て 存 在 し 、 そ れ ら が 混 合 さ れ 、 改 修 さ れ 、 追 補 さ れ た こ と で 長 編 化 が 果 た さ れ た 、 と 考 え ら れ て い る 。 上 坂 信 男 『 物 語 序 説 』 ( 有 精 堂 選 書 、 一 九 六 七 年 ) 、 同 「 古 代 物 語 の 研 究 長 篇 性 の 問 題 」 ( 笠 間 書 院 、 一 九 七 一 年 ) 、 野 口 元 大 『 古 代 物 語 の 構 造 』 ( 有 精 堂 、 一 九 六 九 年 ) 、 同 『 う つ ほ 物 語 の 研 究 』 ( 笠 間 書 院 、 一 九 七 六 年 ) 、 同 『 王 朝 仮 名 文 学 論 攷 』 ( 風 間 書 房 、 二 〇 〇 二 年 ) 、 片 桐 洋 一 『 源 氏 物 語 以 前 』 ( 笠 間 書 院 、 二 〇 〇 一 年 ) に 収 め ら れ た 諸 論 は 、 『 う つ ほ 物 語 』 の 生 成 過 程 を 論 じ つ つ 、 平 安 物 語 の 特 性 を 追 究 し て お り 、 成 立 過 程 を 考 え て い く 指 針 に な る 。 『 う つ ほ 物 語 』 の 成 立 論 、 構 想 論 に つ い て は 、 本 文 自 体 の 問 題 と 深 く 結 び 付 い て お り 、 研 究 も 錯 綜 し て い る 。 巻 序 ・ 年 立 を 問 題 と し た も の が 多 い 。 片 桐 洋 一 「 あ て 宮 物 語 と 忠 こ そ 物 語― 宇 津 保 物 語 首 部 三 巻 の 巻 序 と 成 立― 」 ( 『 文 学 』 第 二 四 巻 第 九 号 、 一 九 五 六 年 ) に お い て 、 三 巻 が 物 語 生 成 の 段 階 で は 、 別 個 の 構 想 の も と に あ っ た こ と を 明 ら か に し た 。 中 野 幸 一 「 う つ ほ 物 語 の 初 期 の 構 想― 俊 蔭 の 巻 の 年 立 と 構 成 を め ぐ っ て― 」 ( 『 国 文 学 研 究 』 第 二 七 号 、 一 九 六 三 年 ) で は 、 俊 蔭 の 巻 の 単 独 遊 離 性 を 指 摘 し た 。 成 立 に は 作 者 の 存 在 も 考 え ら れ る が 、 小 西 甚 一 「 宇 津 保 物 語 の 構 成 と 成 立 過 程 ( 一 ) ・ ( 二 ) 」 ( 『 日 本 学 士 院 紀 要 』 第 一 二 巻 第 三 巻 ・ 第 一 三 巻 第 一 号 、 一 九 五 四 ・ 一 九 五 五 年 ) で は 、 制 作 依 頼 者 の 存 在 を 指 摘 し 、 そ れ に 基 づ い た 成 立 過 程 を 示 し て お り 、 卓 見 で あ る 。 あ て 宮 求 婚 物 語 と 立 太 子 問 題 を 描 い た 国 譲 巻 、 琴 の 伝 授 と 披 瀝 の 蔵 開 巻 ・ 楼 の 上 巻 が ど の よ う な 順 序 で 書 か れ 、 長 編 物 語 へ と 統 合 さ れ て い っ た の か 、 い ま だ 定 説 に は 至 っ て い な い 。 部 分 的 に は 、 野 口 元 大 前 掲 書 で 『 う つ ほ 物 語 』 の 原 初 構 想 は 「 あ て 宮 求 婚 物 語 」 で あ り 、 登 場 人 物 の 生 き 方 や そ の 背 景 へ と 拡 大 し て い く 中 で 俊 蔭 巻 の 構 想 が 立 て ら れ 、 『 源 氏 物 語 』 絵 合 巻 に 出 さ れ た 「 う つ ほ 物 語 の 俊 蔭 」 ( 古 う つ ほ 物 語 ) と 「 交 野 少 将 」 を 合 成 す る こ と に よ り 書 か れ た と す る 説 が 提 出 さ れ て い る 。 ま た 、 片 桐 洋 一 「 う つ ほ 物 語 第 一 部 の 表- 4 - 現 と 構 造 」 ( 『 宇 津 保 物 語 論 集 』 古 典 文 庫 、 一 九 七 三 年 ) で は 、 吹 上 下 ・ あ て 宮 ・ 菊 の 宴 巻 が 、 内 侍 の か み 巻 が 書 か れ た 後 、 「 原 = 吹 上 ・ 下 」 の 改 作 に 伴 っ て 成 立 し た と す る 説 も 提 出 さ れ て い る 。 原 田 芳 起 「 宇 津 保 物 語 の 構 想 に 関 す る 雑 考 」 ( 『 平 安 時 代 文 学 研 究 』 第 三 三 号 、 一 九 六 四 年 ) に お け る 巻 順 の 検 討 も 不 十 分 で あ る 。 戦 後 三 〇 年 を 経 て 、 成 立 論 か ら 作 品 論 へ と 移 り 変 わ っ た 。 最 新 の 『 う つ ほ 物 語 』 研 究 に 、 大 井 田 晴 彦 『 う つ ほ 物 語 の 世 界 』 ( 風 間 書 房 、 二 〇 〇 三 年 ) は 、 成 立 や 本 文 の 問 題 に 対 し て 深 入 り は せ ず に 、 『 う つ ほ 物 語 』 を 一 個 の 長 編 と し て 捉 え 、 そ の 論 理 と 構 造 を 解 明 す る こ と に 徹 す る 。 本 宮 洋 幸 『 う つ ほ 物 語 の 長 編 力 』 ( 新 典 社 、 二 〇 一 九 年 ) も 成 立 の 問 題 に は 立 ち 入 ら ず 、 あ く ま で 結 果 的 に 存 在 す る も の と し て 捉 え て い る 。 『 う つ ほ 物 語 』 の 内 容 を 論 じ る 研 究 が 隆 盛 に な る に あ た っ て 、 書 物 と し て の 物 理 的 な あ り よ う を 考 え る 研 究 ( 成 立 論 ・ 本 文 生 成 論 ・ 享 受 論 ) は 顧 み ら れ る こ と は な く な っ た 。
三
、
近
年
の
研
究
と
今
後
の
研
究
課
題
近 年 の 『 う つ ほ 物 語 』 研 究 は 、 前 述 の よ う に 、 本 文 や 成 立 の 問 題 に は 触 れ ず 、 『 う つ ほ 物 語 』 を 一 個 の 長 編 物 語 と し て 捉 え て 論 じ て い る 。 近 刊 の 『 う つ ほ 物 語 大 事 典 』 ( 勉 誠 出 版 、 二 〇 一 三 年 ) も 同 じ 見 地 に 立 っ て い る よ う だ 。 … 注 釈 書 が 前 田 家 本 の 本 文 で 研 究 を 進 め る こ と が 現 在 で は 容 易 に な っ て い る 。 そ れ ら の 校 訂 本 文 に よ っ て も 、 文 意 不 詳 の 部 分 は 多 々 あ る が 、 錯 簡 の 訂 正 が 行 わ れ 、 本 文 整 定 に 際 し て の 大 き な 問 題 は 解 消 さ れ て い る 。 ( 八 一 頁 ) 現 行 の 注 釈 書 は 、 注 釈 者 に よ っ て 個 々 の 注 釈 書 は 独 自 の 見 解 を 示 し て お り 、 ま だ 解 釈 の 揺 れ て い る 箇 所 が 数 多 く 存 在 す る 。 戦 前 に 比 べ れ ば 、 注 釈 書 は よ う や く 読 む こ と が で き る 段 階 に 入 っ た と 目 さ れ る 。 し か し な が ら 、 底 本 の 選 定 や 本 文 整 定 の あ り 方 、 さ ら に 成 立 の 問 題 は い ま だ 残 さ れ た 状 態 で あ る と い っ て よ い 。- 5 - 例 え ば 、 あ る 時 か ら 注 釈 書 に お い て 、 前 田 本 が 底 本 と し て 採 用 さ れ る よ う に な っ た 。 そ の 理 由 は 実 の と こ ろ 、 判 然 と し な い 。 近 年 、 新 美 哲 彦 「 『 う つ ほ 物 語 』 の 伝 流― 幽 斎 本 ・ 三 条 西 断 簡 か ら― 」 ( 『 平 安 文 学 研 究 』 復 刊 第 九 号 、 二 〇 〇 〇 年 ) で は 、 前 田 本 系 の 本 文 が 古 形 を と ど め て い な い 点 に 言 及 し て い る 。 ま た 、 上 原 作 和 「 『 う つ ほ 物 語 』 の 本 文 批 判 日 本 古 代 語 研 究 の 精 度 を 問 う 」 ( 『 光 源 氏 物 語 學 藝 史 右 書 左 琴 の 思 想 』 翰 林 書 房 、 二 〇 〇 六 年 ) で は 、 前 田 本 が 巻 に よ っ て 他 の 写 本 に 比 べ 劣 位 に あ る 巻 を 有 す る 可 能 性 を 示 唆 し て い る 。 両 者 に 問 わ れ な が ら も 、 前 田 本 が ど の よ う な 本 で あ る か 、 具 体 的 な 追 究 に は 至 っ て い な い 。 『 う つ ほ 物 語 』 に は 本 文 お よ び 成 立 と い う 二 つ の 問 題 が 存 在 し て い る 。 こ の こ と が 、 研 究 が 錯 綜 す る 要 因 に な っ て い る 。 戦 後 の 研 究 で は 右 の 問 題 が 剔 抉 さ れ な が ら 、 そ れ を 追 究 す る こ と は し て い な い 。 前 田 本 を 安 易 に 善 本 と し て 容 認 し て い い も の か 、 疑 問 が 持 た れ る 。 注 釈 書 を 用 い て 立 ち 入 っ た 作 品 論 を 展 開 す る 前 に 、 写 本 を 用 い て 本 文 の 問 題 を 考 究 す る 必 要 性 が あ る と 考 え ら れ る 。 今 後 の 『 う つ ほ 物 語 』 研 究 に つ い て は 、 一 九 五 〇 年 代 か ら 追 究 さ れ た 本 文 ・ 成 立 ・ 構 想 な ど で 残 さ れ た 諸 問 題 に も う 一 度 立 ち か え り 、 考 究 し て い く こ と が 求 め ら れ て い る の で は な い か 。
四
、
本
論
文
の
構
成
こ こ ま で 、 研 究 史 に お い て 述 べ た 『 う つ ほ 物 語 』 の 本 文 研 究 、 成 立 論 の 二 点 を 中 心 に 論 述 す る 。 以 上 の 記 述 を 踏 ま え て 、 本 論 文 の 構 成 を ま と め て お き た い 。 本 論 文 は 以 下 の 二 部 か ら な る 。 第 一 部 本 文 の 形 成 第 二 部 生 成 と 享 受 第 一 部 「 本 文 の 形 成 」 の 主 た る 論 点 は 、 現 存 諸 本 が ど の よ う な 本 文 か 、 ど の よ う な 性 質 を 有 す る か 、 と い う 伝 本 お よ び 本 文 の 位 置 付 け に あ る 。 個 別 の 本 文 系 統 や 伝 本 に 焦 点 を あ て る こ と に よ っ て 、 『 う つ ほ 物 語 』 本 文 の 総 体 を 把 握 す る こ と が 目 的 で あ る 。 第 一 章 「 諸 本 論 再 考― 前 田 本 系 統 の 位 置 づ け を め ぐ っ て― 」 で は 、 こ れ ま で あ ま り 検 討 さ れ て こ な か っ た 前 田 本 系 統 を 対 象 に 、 記 録- 6 - や 目 録 類 な ど の 外 部 資 料 に よ っ て 、 そ の 淵 源 を 明 ら か に す る も の で あ る 。 前 田 本 系 統 の 性 質 を 知 る こ と で 、 他 系 統 の 本 文 と の 関 係 、 ひ い て は 現 存 諸 本 の 本 質 も 見 え て く る だ ろ う 。 第 二 章 「 歌 集 と し て の 『 風 葉 和 歌 集 』 と 、 そ の 『 う つ ほ 物 語 』 本 文 」 で は 、 諸 本 論 に お い て 考 察 の 対 象 に な っ て い る 『 風 葉 和 歌 集 』 お よ び そ の 本 文 を 取 り 上 げ 、 そ の 性 格 を 検 討 す る 。 従 来 、 無 批 判 に 当 該 歌 集 と 現 存 諸 本 の 本 文 が 比 較 さ れ 、 そ の 影 響 関 係 を 指 摘 さ れ て い た が 、 そ の よ う な 態 度 は 正 し か っ た の で あ ろ う か 。 当 該 歌 集 を 中 心 に そ の 撰 歌 意 識 や 編 集 意 図 、 本 文 の 改 変 と い っ た 事 例 を 検 討 す る こ と に よ っ て 、 現 存 諸 本 と 本 文 の 比 較 を す る 問 題 点 や 、 系 統 の 派 生 を 考 え る 手 立 て と す る 難 し さ に つ い て 言 及 す る 。 第 三 章 「 浜 田 本 と 前 田 本 系 統 の 交 渉― 静 嘉 堂 文 庫 蔵 紀 氏 本 の 本 文― 」 で は 、 こ れ ま で 「 古 態 」 「 古 い 性 質 」 を 有 す る と さ れ て い る 江 戸 時 代 の 一 伝 本 を 例 に し て 、 本 文 が 二 種 の 本 文 を 校 合 す る こ と で 派 生 す る 、 そ の 本 文 形 成 を 明 ら か に す る 。 第 四 章 「 木 曽 本 系 統 の 特 質 」 で は 、 こ れ ま で 校 訂 本 文 と さ れ 、 顧 み ら れ て こ な か っ た 木 曽 本 系 統 の 特 性 を 論 じ る も の で あ る 。 以 下 、 二 節 か ら な る 。 第 一 節 「 『 か や く き 物 語 』 の 生 成― 木 曽 本 系 統 の 伝 流― 」 で は 、 系 統 や そ の 本 文 の 性 格 が 詳 ら か で は な い 「 か や く き 物 語 」 と 外 題 の 付 さ れ た 写 本 に つ い て 、 書 誌 調 査 や 伝 本 分 類 な ど の 基 礎 的 報 告 と と も に 、 別 物 語 に 仕 立 て ら れ る 方 法 や そ の 理 由 を 検 討 す る 。 第 二 節 「 『 こ ま の の 物 語 』 の 生 成― 享 受 の 一 様 相― 」 で は 、 「 か や く き 物 語 」 と 同 様 に 、 伝 本 調 査 が 未 整 理 で あ っ た 「 こ ま の の 物 語 」 と い う 写 本 を 対 象 に す る 。 「 か や く き 物 語 」 と 異 な り 、 散 逸 物 語 の 名 を 借 り て 別 物 語 へ と 作 り 変 え る 享 受 の 様 相 に 主 眼 を 置 い て 考 察 す る 。 そ し て 、 「 か や く き 物 語 」 「 こ ま の の 物 語 」 が 木 曽 本 系 統 の 特 性 と 密 接 に 関 わ る こ と に 言 及 す る 。 第 二 部 「 生 成 と 享 受 」 で は 、 成 立 当 初 『 う つ ほ 物 語 』 が ど の よ う に 作 ら れ 、 読 ま れ た か 、 を 論 じ る も の で あ る 。 以 下 、 四 章 か ら な る 。 第 一 章 「 仲 忠 の 主 人 公 性 は 何 か 」 で は 、 『 う つ ほ 物 語 』 の 主 人 公 が 仲 忠 で あ る 理 由 に つ い て 分 析 す る 。 従 来 自 明 な こ と の よ う に 思 わ れ て い る 「 主 人 公 」 を 、 平 安 時 代 の 作 り 物 語 に 即 し て 、 そ の 性 質 を 考 察 す る 。
- 7 - 第 二 章 「 内 侍 の か み / 初 秋 巻 は ど う 読 む か 」 で は 、 他 巻 と 内 容 的 が 矛 盾 し 、 一 巻 だ け 孤 立 し た 巻 で あ る 内 侍 の か み 巻 ( 別 称 ・ 初 秋 巻 ) を 対 象 に 、 成 立 論 を 参 照 し つ つ 、 当 時 ど の よ う な 順 番 で 読 ま れ る べ き 巻 で あ っ た か を 検 討 す る 。 現 代 で 『 う つ ほ 物 語 』 の 注 釈 書 を 作 る 上 で は 避 け て は 通 れ な い 問 題 で あ る 。 第 三 章 「 国 譲 巻 に お け る 一 の 上 と 、 摂 関 の 不 在― 作 り 物 語 の 歴 史 認 識― 」 で は 、 摂 関 全 盛 の 時 代 で あ り な が ら 、 『 う つ ほ 物 語 』 に は 一 切 摂 関 が 描 か れ な い 点 に つ い て 考 察 す る 。 作 り 物 語 に お け る 摂 関 の あ り 方 と 関 わ ら せ 、 物 語 に 働 く 論 理 と と も に 、 そ の 歴 史 認 識 を 明 ら か に す る 。 第 四 章 「 作 り 物 語 の 人 物 設 定 」 で は 、 長 編 の 作 り 物 語 に お け る 、 人 物 設 定 の 変 更 に つ い て 、 『 う つ ほ 物 語 』 『 源 氏 物 語 』 に 見 え る 事 例 を も と に 、 分 析 し て い く 。 以 下 、 二 節 か ら な る 。 第 一 節 「 楼 の 上 巻 の 変 容― 涼 の 子 を 中 心 に― 」 で は 、 仲 忠 の 好 敵 手 た る 源 涼 の 子 が 性 別 を 男 か ら 女 へ と 転 じ て い る 点 に つ い て 、 検 討 す る 。 子 は 一 人 で 性 別 が 別 の 巻 で 改 め ら れ た と 考 え ら れ て き た 従 来 説 に 対 し て 、 別 の 節 を 提 示 す る 。 第 二 節 「 『 源 氏 物 語 』 東 屋 巻 と 浮 舟 巻 の は ざ ま― 右 近 は 二 人 か― 」 で は 、 『 源 氏 物 語 』 東 屋 巻 ・ 浮 舟 巻 に 登 場 す る 右 近 と い う 女 房 の 設 定 に つ い て 考 察 す る 。 こ れ ま で 提 出 さ れ て き た 右 近 一 人 説 ・ 二 人 説 の 検 討 と 、 従 来 考 え ら れ て こ な か っ た 写 本 の 特 性 に 言 及 す る 。 以 上 の 二 部 八 章 が 、 本 論 文 の 内 容 と な る 。
- 8 -
【
凡
例
】
一 、 『 う つ ほ 物 語 』 の 本 文 引 用 は 、 室 城 秀 之 『 う つ ほ 物 語 全 改 訂 版 』 ( お う ふ う 、 二 〇 〇 一 年 ) に よ る 。 表 記 な ど 私 に 改 め た 箇 所 が あ る 。 一 、 『 う つ ほ 物 語 』 以 外 の 作 品 の 本 文 引 用 は 、 次 の 通 り で あ る 。 表 記 な ど 私 に 改 め た 箇 所 が あ る 。 『 竹 取 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 落 窪 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 源 氏 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 狭 衣 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 枕 草 子 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 大 鏡 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 今 昔 物 語 集 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 潮 日 本 古 典 集 成 『 栄 花 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 『 夜 の 寝 覚 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 『 浜 松 中 納 言 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 『 い ほ ぬ し 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 増 淵 勝 一 『 い ほ ぬ し 精 講 』 ( 国 研 出 版 、 二 〇 〇 二 年 ) 『 風 に つ れ な き 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 中 世 王 朝 物 語 全 集- 9 - 『 住 吉 物 語 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 中 世 王 朝 物 語 全 集 『 今 と り か へ ば や 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 中 世 王 朝 物 語 全 集 『 弄 花 抄 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 源 氏 物 語 古 注 集 成 『 岷 江 入 楚 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 源 氏 物 語 古 注 集 成 『 慶 長 日 件 録 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 史 料 纂 集 古 記 録 編 『 叢 塵 集 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 京 都 大 学 国 語 国 文 資 料 叢 書 一 、 和 歌 の 引 用 は 『 新 編 国 歌 大 観 』 『 新 編 私 家 集 大 成 』 に よ り 、 歌 番 号 も こ れ に 従 う 。 一 、 翻 刻 に 使 用 し た 影 印 は 次 の 通 り で あ る 。 『 す み れ 草 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 中 野 幸 一 編 『 九 曜 文 庫 蔵 源 氏 物 語 享 受 資 料 影 印 叢 書 10 』 ( 勉 誠 出 版 、 二 〇 〇 九 年 ) 『 禁 裡 御 蔵 書 目 録 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 大 東 急 記 念 文 庫 善 本 叢 刊 近 世 篇 一 、 注 に お け る 論 文 に つ い て は 、 論 者 に つ い て は 、 論 者 に よ る 単 行 本 収 録 な ど が な さ れ た 場 合 は 、 そ の 出 典 を 掲 出 す る こ と を 優 先 し た 。 た だ し 、 論 述 の う え で 、 先 後 関 係 が 重 要 と な る 場 合 や 、 初 出 論 文 の み に 見 ら れ る 重 要 な 指 摘 が あ る 場 合 は 、 そ の 限 り で は な い 。
第
一
部
本
文
の
形
成
- 10 -
第
一
章
諸
本
論
再
考
—
前
田
本
系
統
の
位
置
づ
け
を
め
ぐ
っ
て
—
一
、
問
題
の
所
在
現 存 最 古 の 長 編 物 語 で あ る 『 う つ ほ 物 語 』 は 、 平 安 時 代 中 期 と い う 成 立 の 古 さ に 反 し て 、 伝 本 に は め ぐ ま れ ず 、 二 〇 巻 二 〇 冊 の も の で 江 戸 時 代 を 遡 る も の は な い 。 現 在 は 、 現 存 諸 本 の う ち 、 尊 経 閣 文 庫 蔵 前 田 家 十 三 行 本 ( 以 下 、 前 田 本 と 略 称 ) が 最 善 本 と さ れ て い る 。 『 う つ ほ 物 語 』 の 諸 本 研 究 は 、 は や く に 片 寄 正 義 に よ っ て 先 鞭 が 付 け ら れ 、 数 多 く の 伝 本 に 関 す る 調 査 が な さ れ た 結 果 、 笹 淵 友 一 に よ っ て 俊 蔭 巻 の 校 本 も 刊 行 さ れ た 。 そ の 後 、 本 文 の 比 較 が 行 わ れ 、 中 村 忠 行 が 前 田 本 系 ・ 流 布 本 系 ・ 木 曽 本 系 ・ 古 活 字 本 系 ・ 浜 田 本 系 の 五 つ に 本 文 系 統 を 分 類 し た 。 さ ら に 、 野 口 元 大 は 、 俊 蔭 巻 の み で あ る 古 活 字 本 系 の 本 文 は 浜 田 本 系 に 属 す る と し て 、 四 系 統 に 分 か れ る と 修 正 し た 。 以 後 、 新 美 哲 彦 が 四 系 統 の 共 通 祖 本 の 特 徴 、 各 系 統 に つ い て よ り 詳 し く 論 じ た こ と で 、 各 系 統 の 性 質 を 概 ね 把 握 で き る よ う に な っ た 1 。 近 年 、 現 行 の 注 釈 書 に お い て は 、 前 田 本 を 底 本 と す る 傾 向 に あ る 2 。 野 口 『 校 注 古 典 叢 書 う つ ほ 物 語 一 ~ 五 』 ( 明 治 書 院 ) 、 室 城 秀 之 『 う つ ほ 物 語 全 改 訂 版 』 ( お う ふ う ) 、 中 野 幸 一 『 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 う つ ほ 物 語 ① ~ ③ 』 ( 小 学 館 ) で あ る 。 ど の 注 釈 書 も 他 系 統 本 に よ っ て 本 文 を 校 訂 し て い る が 、 対 校 に 用 い る 伝 本 の 選 定 に さ い し て は 、 注 釈 者 に よ っ て 文 意 不 通 の 箇 所 の 処 置 が 異 な る な ど 、 必 ず し も 明 確 な 方 針 が 設 定 さ れ て い る わ け で は な い 。 こ う し た 要 因 に は 、 前 田 本 と 対 校 す る 伝 本 と の 距 離 が 、 従 来 の 研 究 で は 明 確 化 さ れ て い な い こ と が 挙 げ ら れ る 。 系 統 分 類 や そ の 特 徴 が 明 ら か に な る 一 方 で 、 各 伝 本 が ど の よ う な 本 文 を 持 つ か 、 個 別 的 な 検 討 に ま で は 至 っ て い な い の が 実 状 で あ る 。 ま た 、 前 田 本 に 限 っ- 11 - て み て も 、 新 美 の 論 稿 に よ っ て 古 態 を 留 め て い る と さ れ て い る も の の 、 そ の 具 体 相 が 詳 ら か で は な い の が 現 状 で あ る 3 。 そ れ ゆ え 、 前 田 本 系 統 の 実 態 を 再 考 し 、 新 た に 位 置 づ け を し た う え で 、 他 系 統 と の 距 離 を 考 え て い く 必 要 が あ る だ ろ う 。 よ っ て 、 こ の よ う な 問 題 点 を 解 決 す べ く 、 本 稿 で は 、 は じ め に 『 う つ ほ 物 語 』 各 系 統 の 本 文 対 立 の 検 討 を 行 う 。 先 に 示 し た 新 美 の 論 稿 に も 、 本 文 の 比 較 が な さ れ て い る 4 が 、 前 半 諸 巻 ( 俊 蔭 ~ 沖 つ 白 波 巻 ) に 限 ら れ て お り 、 後 半 諸 巻 ( 蔵 開 上 ~ 楼 の 上 下 巻 ) も 含 め た 網 羅 的 な 検 証 が 不 可 欠 で あ る 。 次 に 、 蔵 書 目 録 や 古 記 録 な ど 前 田 本 系 統 に 関 す る 外 的 側 面 を 再 考 す る 。 『 う つ ほ 物 語 』 諸 本 に 関 わ る 外 部 徴 証 に つ い て は 、 従 来 等 閑 視 さ れ て き た き ら い が あ り 、 再 検 討 す る 余 地 が あ る 。 こ の 二 点 を 踏 ま え て 、 前 田 本 系 統 の 源 流 を 明 ら か に す る 。
二
、
四
系
統
の
特
徴
『 う つ ほ 物 語 』 の 伝 本 は 、 前 田 本 ・ 流 布 本 ・ 浜 田 本 ・ 木 曽 本 の 四 系 統 に 分 か れ る 。 二 〇 巻 二 〇 冊 の 揃 い で 現 存 す る 伝 本 は 、 こ の 四 系 統 に 分 類 で き る と し て よ い 。 ま ず は 、 各 系 統 の 特 徴 を 確 認 す る こ と か ら 始 め た い 。 前 田 本 系 諸 本 は 、 前 田 家 十 三 行 本 、 毘 沙 門 堂 本 、 御 所 本 、 荒 木 田 久 老 本 、 本 居 建 正 本 、 柏 亭 本 、 狩 谷 棭 斎 本 、 陽 明 文 庫 本 、 松 平 家 本 、 林 崎 文 庫 本 の 十 本 を 数 え る の み で あ る 。 春 日 詣 巻 末 「 藤 の か ゝ れ る を 」 以 下 桂 の 段 末 ま で の 本 文 が 、 春 日 詣 ・ 沖 つ 白 波 両 巻 に 重 複 し て い る 。 前 田 本 系 本 文 に 近 い と さ れ て い る 浜 田 本 系 の 本 文 よ り も 全 般 的 に 筋 が よ い と さ れ て い る 。 荒 木 田 久 老 本 ・ 本 居 建 正 本 を 除 い て 、 巻 序 の 錯 乱 し た も の は な い 。 流 布 本 系 諸 本 は 、 前 田 本 系 統 の 末 流 の 写 本 か ら の 流 れ を 汲 む も の と 位 置 づ け ら れ て い る 。 た だ し 、 巻 名 ・ 巻 序 の 錯 乱 、 落 丁 ・ 本 文 の 脱 落 が あ る こ と か ら 、 別 系 統 と し て 扱 わ れ て い る 。 善 要 寺 本 系 ・ 東 宮 本 系 ・ 版 本 系 の 三 つ に 細 分 さ れ て い る が 、 各 伝 本 の 素 性 に 基 づ い た 分 類 と 目 さ れ る 。 な お 、 版 本 の 直 接 底 本 と な っ た も の は 、 い ま だ 発 見 さ れ て い な い 。- 12 - 浜 田 本 系 諸 本 は 、 代 表 的 な 伝 本 に 内 閣 文 庫 本 ・ 浜 田 本 ・ 紀 氏 本 な ど が 挙 げ ら れ る 。 春 日 詣 の 巻 末 文 「 藤 の か ゝ れ る を 」 以 下 桂 の 段 の 本 文 が 沖 つ 白 波 巻 末 に あ っ て 、 春 日 詣 巻 に は 桂 の 段 の 本 文 が な い 。 木 曽 本 系 の よ う な 校 訂 が 施 さ れ て い な い よ う に 見 え る も の の 、 木 曽 本 系 と 重 な る 本 文 を 有 し て い る 点 に 特 徴 が あ る 。 ま た 、 前 田 本 系 と 共 通 す る 異 文 注 記 も 多 く 、 浜 田 本 系 独 自 の 特 徴 は 乏 し い 。 木 曽 本 系 諸 本 は 、 俊 蔭 ・ 藤 原 の 君 ・ 吹 上 下 に 大 き な 落 丁 が 存 在 す る 。 春 日 詣 巻 末 文 「 藤 の か ゝ れ る を 」 以 下 桂 の 段 の 本 文 が 沖 つ 白 波 巻 巻 末 に あ っ て 、 春 日 詣 巻 末 に は 桂 の 段 が な く 、 「 た ま つ さ の つ ゐ に と ま ら ぬ も の な ら ば 云 々 返 し な し 」 で 終 わ る 。 本 文 の 派 生 は 、 浜 田 本 系 の も の よ り 古 く 、 前 田 系 に 近 い 形 を 示 し て い る と さ れ る が 、 事 実 は 異 な る 。 確 か に 前 田 本 の 本 文 を 異 文 注 記 と し て い る こ と が 多 い 。 巻 序 は な 、 ま た 内 侍 の か み 巻 の み な ら ず 春 日 詣 巻 の 題 簽 を も 欠 く の を 本 体 と す る 。 な お 、 前 田 本 系 を 除 い て 、 流 布 本 以 下 三 系 の 本 文 に 共 通 し た 脱 落 箇 所 を 有 し て い る 。 し た が っ て 、 あ る 段 階 で 前 田 本 系 本 文 と 分 か れ た 三 系 共 通 の 祖 本 を 想 定 さ せ る 。 こ の よ う に 、 各 系 統 の 特 徴 を 眺 め て み る と 、 流 布 本 ・ 浜 田 本 ・ 木 曽 本 の 三 系 統 に は 、 ① 桂 の 段 が 春 日 詣 巻 に は な い こ と 、 ② 共 通 の 脱 文 を 有 す る こ と 、 ③ 落 丁 が 存 す る こ と が 知 ら れ る 。 本 文 の 脱 落 や 落 丁 の 有 無 と い う 観 点 で は 、 前 田 本 系 の 本 文 は 従 来 指 摘 さ れ る 通 り 、 筋 が 良 い 本 文 と 認 定 で き る 。 お そ ら く そ れ が 底 本 に 採 用 さ れ る 所 以 な の で あ ろ う 。 た だ し 、 本 文 の 誤 脱 は 書 写 過 程 の 問 題 で 、 落 丁 は 本 を 仕 立 て る 際 の 物 理 的 な 問 題 で あ る か ら 、 は た し て 同 列 に 扱 っ て よ い も の か 、 疑 問 が 残 る 。 ま た 、 落 丁 を 除 い て 、 他 の 三 系 と 比 べ た さ い 、 前 田 本 系 本 文 が 誤 脱 し て い る 場 合 も 考 え ら れ る 。 四 系 統 間 の 本 文 対 立 を 精 査 し て い く 必 要 が あ る 。
三
、
系
統
間
の
脱
文
・
衍
文
な
ど
に
よ
る
本
文
対
立
そ れ で は 系 統 間 の 本 文 対 立 を 見 て い き た い 。 新 美 は 、 各 系 統 の 代 表 伝 本 を 対 照 さ せ 、 一 巻 目 の 『 俊 蔭 』 か ら 十 二 巻 目 の 『 沖 つ 白 波 』 ま で を 対 象 に 、 脱 文 の 有 無 を 基 準 に う つ ほ 物 語 の 本 文 が 、 前 田 本 系 統 と 、 そ の 他 三 系 統 で 大 き く 分 か れ 、 浜 田 本 ・ 木 曽 本 ・ 流 布 本 系 統 が 非 常 に 近 い 関 係 に あ る と 位 置 づ け て い る 。- 13 - 本 稿 で は 、 さ ら に 十 三 巻 目 の 『 蔵 開 上 』 以 降 も 対 象 に 加 え 、 脱 文 の み な ら ず 衍 文 の 有 無 に 関 し て も 検 討 し た 。 調 査 に 使 用 し た 各 系 統 の 代 表 伝 本 は 、 前 田 本 系 統 が 前 田 本 、 流 布 本 系 統 が 延 宝 五 年 版 本 、 浜 田 本 系 統 が 浜 田 本 、 木 曽 本 系 統 が 久 曾 神 本 で あ る 5 。 調 査 結 果 を 示 す に あ た り 、 掲 出 し た 伝 本 と そ の 丁 数 を 示 し た 。 【 1 】 前 田 本 ・ 流 布 本 系 が 正 文 、 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 が 脱 文 ① 「 祭 の 使 」 巻 宮 の た ち は き ま て た け と ゝ の ひ た る を え ら ひ て か み よ り し も ま て と も し た り ( 前 田 本 七 ウ ) 宮 の た ち は き ま て と も し た り ( 浜 田 本 / 一 〇 ウ ) ② 「 国 譲 中 」 巻 あ り か た き 心 は あ り か し お や も な く て わ れ を の み た の み た り し ひ と の こ と ( 前 田 本 三 六 ウ ) あ り か た き 心 は あ り ひ と の こ と ( 浜 田 本 / 五 二 オ ) ① 「 祭 の 使 」 巻 で は 、 傍 線 部 「 た け と ゝ の ひ た る を え ら び て か み よ り し も ま で 」 を 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 が 「 ま で 」 の 目 移 り に よ っ て 欠 い て い る 事 例 。 ② 「 国 譲 中 」 巻 で は 、 傍 線 部 「 か し お や も な く て わ れ を の み た り し 」 を 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 は 欠 く 事 例 。 一 行 分 に 相 当 す る 字 数 を 欠 脱 し て い る こ と か ら 、 あ る 段 階 で 一 行 分 の 目 移 り を 起 こ し た も の と 推 測 さ れ る 。 し た が っ て 、 前 田 本 ・ 流 布 本 系 が 正 文 で あ る と 考 え ら れ る 。 一 方 、 前 田 本 系 の 本 文 が 正 文 で は な い 例 も 散 見 さ れ る 。 【 2 】 流 布 本 ・ 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 が 正 文 、 前 田 本 系 が 脱 文 ① 「 あ て 宮 」 巻 よ に も お ほ し い て む こ そ い と も い み し う い と は し け れ は ( 延 宝 五 年 版 本 / 二 一 オ ) よ に も い と も / \ い み し う い と は し け れ は ( 前 田 本 / 一 三 オ )
- 14 - ② 「 楼 の 上 上 」 巻 な か / \ と つ く ら れ た り 水 は な か / \ と し た よ り ( 延 宝 五 年 版 本 / 六 五 オ ) な か / \ と つ く ら れ た り 水 は な か / \ と つ く ら れ た り 水 は な か / \ と し た よ り ( 前 田 本 / 四 五 オ ) ① 「 あ て 宮 」 巻 で は 、 傍 線 部 「 お ぼ し い で む こ そ 」 を 前 田 本 系 で は 欠 く 事 例 。 そ れ に よ っ て 、 「 よ に も 」 を 受 け る 箇 所 が な く 文 意 が 読 み 取 れ な く な っ て い る 。 ② 「 楼 の 上 上 」 巻 で は 、 傍 線 部 は 四 系 統 で 共 通 す る も の の 、 前 田 本 系 に 限 っ て は 、 波 線 部 「 つ く ら れ た り 水 は な か / \ と 」 と い う 目 移 り に よ る 衍 文 が 存 在 す る 。 従 来 指 摘 さ れ て い な い が 、 前 田 本 に は 衍 文 の 事 例 が 散 見 さ れ 、 他 系 統 に は ほ と ん ど 見 ら れ な い 。 よ っ て 、 前 田 本 系 の 本 文 で は な く 、 他 系 統 の 本 文 が 正 文 と 考 え て よ か ろ う 。 そ の 一 方 で 、 前 田 本 系 の 本 文 の み 正 文 を 有 す る と い う 事 例 も 見 受 け ら れ る 。 【 3 】 前 田 本 系 が 正 文 、 流 布 本 ・ 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 が 脱 文 ① 「 嵯 峨 の 院 」 巻 な れ / \ き(マ マ ) 気 し き も な く て ま れ に み ゆ る は い と め て た く き よ ら に て と き / \ う ち 見 え て ( 前 田 本 / 一 三 オ ) な れ / \ し き け し き も な く う ち み え て ( 延 宝 五 年 版 本 / 一 八 オ ~ ウ ) ② 「 楼 の 上 下 」 巻 大 将 う し ろ む き な か ら そ ち の き み に い と か た し け な し や い き 所 も な く て か ら き よ う(マ マ ) 人 に は ( 前 田 本 / 一 五 ウ ) 大 将 う し ろ む き な か ら き よ ら 人 に は ( 延 宝 五 年 版 本 / 二 〇 オ ) ① 「 嵯 峨 の 院 」 巻 で は 、 前 田 本 系 が 傍 線 部 「 て ま れ に み ゆ る は い と め で た く き よ ら に て と き / \ 」 と あ る と こ ろ を 他 系 統 で は 欠 い て い る 。 お そ ら く 「 気 し き も な く 」 の 「 く 」 と 「 と き / \ 」 の 踊 り 字 箇 所 を 目 移 り し た こ と に よ る 脱 文 と 目 さ れ る 。 諸 本 間 の 異 同 を 参 照 す
- 15 - る と 、 「 く 」 と あ る べ き と こ ろ を 「 / \ 」 、 あ る い は 、 「 / \ 」 と あ る べ き と こ ろ を 「 く 」 に 転 訛 し た 事 例 が 見 ら れ る こ と か ら 、 「 く 」 「 / \ 」 の 区 別 が 明 確 で は な く 、 目 移 り の 生 じ や す い 状 況 で あ っ た の だ ろ う 。 ② 「 楼 の 上 下 」 巻 で は 、 前 田 本 系 が 傍 線 部 「 そ ち の き み に い と か た じ け な し や い き 所 も な く て か ら 」 と あ る と こ ろ を 他 系 統 で は 欠 い て い る 。 こ れ も 「 う し ろ む き な が ら 」 の 「 か ら 」 と 、 「 な く て か ら 」 の 「 か ら 」 と の 目 移 り に よ る 脱 文 と し て 考 え て よ か ろ う 。 最 後 に 、 木 曽 本 系 と 他 の 三 系 と の 本 文 対 立 を 確 認 し て お き た い 。 【 4 】 前 田 本 ・ 流 布 本 ・ 浜 田 本 正 文 、 木 曽 本 異 文 混 入 ・ 脱 文 ① 「 藤 原 の 君 」 巻 お ほ い 殿 に 中 の 君 三 の 君 四 君 ( 前 田 本 / 二 オ ) お ほ い 殿 に 九 郎 宮 に 十 郎 大 殿 に 十 一 郎 中 の 君 三 の 君 四 の 君 ( 久 曽 神 本 / 四 ウ ) ② 「 蔵 開 下 」 巻 物 し 給 へ と て わ た り 給 ぬ こ ゝ は な か の 君 の 御 と の か く て 北 の か た の か た 御 も と に お は し て ( 前 田 本 / 三 五 ウ ) 物 し 給 へ と て わ た り 給 ぬ か く て 北 の か た の か た 御 も と に お は し て ( 久 曽 神 本 / 七 八 オ ) ① 「 藤 原 の 君 」 巻 は 、 源 正 頼 の 子 女 の 紹 介 に あ た る 。 他 系 統 の 本 文 で は 欠 く 傍 線 部 を 、 木 曽 本 系 で は 有 し て い る 。 前 節 で 述 べ た よ う に 、 木 曽 本 系 統 の 本 文 は 、 他 本 と 校 合 し た 校 訂 本 文 と 思 わ れ 、 そ の 痕 跡 が 注 記 ・ ル ビ ・ 朱 引 き に 見 ら れ る 。 し た が っ て 、 こ の 事 例 は 木 曽 本 系 が 本 来 的 に 有 し て い た 本 文 と い う よ り も 、 脱 文 箇 所 を 推 測 し て 、 傍 線 部 の 本 文 を 補 っ た 、 異 文 混 入 の 事 例 と 思 わ れ る 。 た だ し 、 『 う つ ほ 物 語 』 の あ る べ き 本 文 は 木 曽 本 系 の も の で あ る か ら 、 少 な か ら ず 木 曽 本 系 に も 本 文 を 考 え る 上 で 参 考 に す べ き 点 が あ る 。 対 し て 、 ② 「 蔵 開 下 」 巻 は 、 傍 線 部 「 こ ゝ は な か の 君 の 御 と の 」 と あ る 絵 詞 を 木 曽 本 系 で は 欠 い て い る 脱 文 の 事 例 で あ る 。 現 存 本 文 で は 絵 詞 が 存 す る が 、 木 曽 本 系 統 で は 、 そ れ を 欠 く か 、 朱 引 き が な さ れ て い る 。
- 16 - 以 上 、 【 1 】 か ら 【 4 】 ま で を 辿 り 見 る と 、 ど の 巻 に も 必 ず 本 文 の 対 立 が 存 在 す る 。 【 1 】 や 【 4 】 の よ う に 、 前 田 本 系 と 他 の 系 統 が 同 じ グ ル ー プ に 属 す る こ と も あ り 、 こ れ ら の 対 立 は 必 ず し も 、 前 田 本 系 統 と 他 の 三 系 統 が 隔 絶 し た 位 置 に あ る こ と を 示 し て は い な い 。 む し ろ 、 こ れ ら 四 系 統 の 本 文 は 共 通 す る 単 一 の 祖 本 か ら 派 生 し た と 考 え る の が 穏 当 で あ る 。 本 文 の 対 校 に お い て は 、 こ の 四 系 統 は 同 列 に 扱 う べ き も の と 言 え る だ ろ う 。 な お 、 流 布 本 系 本 文 は 、 従 来 考 え ら れ て い た 以 上 に 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 の 上 位 に 位 置 し て い る と 考 え ら れ る 6 。 流 布 本 系 は 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 よ り も 脱 文 ・ 衍 文 等 が 少 な く 、 本 文 的 に は 前 田 本 系 と 重 な る た め 、 相 対 的 に 善 本 と し て よ い と 思 わ れ る 。 た だ し 、 浜 田 本 ・ 木 曽 本 系 は 前 田 本 ・ 流 布 本 系 の 下 位 に あ る か ら と い っ て 、 た だ ち に 参 照 が 不 要 な 伝 本 と は な り え な い 。 【 2 】 や 【 4 】 ① か ら 、 読 み に 堪 う る 箇 所 を 有 す る こ と は 確 か で あ る 。
四
、
前
田
本
系
諸
本
の
外
題
前 節 で は 従 来 説 に 対 し 若 干 の 修 正 を 加 え た 。 本 節 で は 、 前 田 本 系 諸 本 の 淵 源 を 探 る に あ た っ て 、 こ れ ま で 重 要 視 さ れ て こ な か っ た 外 題 に つ い て 言 及 し て お く 。 第 二 節 で も 触 れ た が 、 前 田 本 系 諸 本 は 一 〇 本 を 数 え る 。 現 在 所 在 の 知 ら れ て い な い 荒 木 田 久 老 本 を 除 い た 、 九 本 を 掲 げ る と 次 の 通 り で あ る 。 な お 、 丸 括 弧 は 本 稿 で 用 い る 略 称 で あ る 7 。 ① 尊 経 閣 文 庫 蔵 本 ( 前 田 本 ) ② 天 理 図 書 館 蔵 毘 沙 門 堂 本 ( 毘 沙 門 堂 本 ) ③ 宮 内 庁 書 陵 部 蔵 御 所 本 ( 御 所 本 ) ④ 本 居 宣 長 記 念 館 蔵 本 居 建 正 本 ( 本 居 建 正 本 ) ⑤ 広 島 大 学 図 書 館 蔵 柏 亭 本 ( 柏 亭 本 ) ⑥ 国 会 図 書 館 蔵 狩 谷 棭 斎 本 ( 狩 谷 棭 斎 本 )- 17 - ⑦ 京 都 大 学 図 書 館 蔵 近 衛 文 庫 本 ( 近 衛 文 庫 本 ) ⑧ 天 理 図 書 館 蔵 国 籍 類 書 本 ( 松 平 家 本 ) ⑨ 神 宮 文 庫 蔵 林 崎 文 庫 本 ( 林 崎 文 庫 本 ) こ れ ら 前 田 本 系 諸 本 の 外 題 は 、 大 き く 二 種 類 に 分 け ら れ る 。 一 つ は 、 一 ~ 二 〇 の 巻 名 巻 序 が あ る も の 。 も う 一 つ は 、 一 ~ 一 六 の 巻 名 巻 序 が あ る も の で あ る 。 現 行 の 注 釈 書 で は 第 十 一 巻 目 に あ た る 「 内 侍 の か み 」 巻 が 、 両 者 と も 巻 名 表 記 の な い も の が あ る 。 な お 、 表 記 が あ る 場 合 「 内 侍 の か み 」 と あ る 。 以 下 、 ① ~ ⑨ を 《 A 》 ~ 《 C 》 の 三 つ に 分 類 し て 、 そ れ ぞ れ の 外 題 表 記 を 掲 出 し た 。 そ の さ い 、 十 一 巻 目 に あ た る 内 侍 の か み 巻 の 箇 所 に は 、 四 角 囲 み を し た 。 《 A 》 序 数 が 二 〇 、 外 題 に 「 十 一 内 侍 の か み 」 と あ る = ① ② ③ ④ ⑧ 一 と し か け 二 藤 原 の き み 三 た ゝ こ そ 四 か す か ま ふ て た ゝ こ そ の な ら ひ 五 さ か の ゐ ん 六 ま つ り の つ か ひ さ か の 院 の な ら ひ 七 ふ き あ け 上 八 ふ き あ け 下 九 き く の え ん ふ き あ け の な ら ひ 十 あ て 宮 十 一 内 侍 の か み 十 二 お き つ し ら 波 付 か つ ら の 巻 十 三 く ら ひ ら き の 上 十 四 く ら ひ ら き の 中 十 五 く ら ひ ら き の 下 十 六 国 ゆ つ り の 上 十 七 国 ゆ つ り の 中 十 八 国 ゆ つ り の 下 十 九 楼 の う へ の 上 二 十 楼 の う へ の 下 《 B 》 序 数 が 二 〇 、 外 題 に 巻 名 表 記 が な く 「 十 一 」 と あ る = ⑤ ⑨ 一 と し か け 二 藤 原 の き み 三 た ゝ こ そ 四 か す か ま ふ て た ゝ こ そ の な ら ひ 五 さ か の ゐ ん 六 ま つ り の つ か ひ さ か の 院 の な ら ひ 七 ふ き あ け 上 八 ふ き あ け 下 九 き く の え ん ふ き あ け の な ら ひ 十 あ て 宮 十 一 十 二 お き つ し ら 波 付 か つ ら の 巻 十 三 く ら ひ ら き の 上 十 四 く ら ひ ら き の 中 十 五 く ら ひ ら き の 下 十 六 国 ゆ つ り の 上 十 七 国 ゆ つ り の 中 十 八 国 ゆ つ り の 下 十 九 楼 の う へ の 上 二 十 楼 の う へ の 下
- 18 - 《 C 》 序 数 が 一 六 、 外 題 に 巻 名 表 記 が な く 「 七 」 と あ る = ⑥ ⑦ 一 と し か け 二 藤 原 の き み 三 た ゝ こ そ 三 并 か す か ま ふ て 四 さ か の 院 四 并 ま つ り の つ か ひ 五 ふ き あ け 上 五 ふ き あ け 下 五 并 菊 の え ん 六 あ て 宮 七 八 お き つ し ら 波 九 く ら ひ ら き 上 十 く ら ひ ら き 中 十 一 く ら ひ ら き 下 十 二 国 ゆ つ り 上 十 三 国 ゆ つ り の 中 十 四 国 ゆ つ り 下 十 五 楼 の う へ 上 十 六 楼 の う へ 下 第 三 節 で 確 認 し た よ う に 、 他 の 三 系 が 共 通 の 脱 落 箇 所 を 有 し て い る 事 実 か ら 、 先 後 関 係 は 三 系 の 本 文 よ り も 前 田 本 系 の 本 文 の 方 が 幾 分 か 先 に 位 置 づ け ら れ る い う こ と に な ろ う 。 し た が っ て 、 前 田 本 系 諸 本 の 外 題 表 記 が 他 の 系 統 で は ど の よ う に な っ て い る か 、 確 認 し て お く 必 要 が あ る だ ろ う 。 た だ し 、 序 数 に 関 し て 、 流 布 本 系 統 の 伝 本 で は 、 版 本 の 形 態 で あ る 二 〇 巻 三 〇 冊 に 沿 っ た 外 題 で あ る た め 、 考 慮 の 外 と す る ほ か な い 。 ま た 、 木 曽 本 系 統 の 伝 本 も 、 序 数 は な く 巻 名 が 付 さ れ て い る だ け で あ る か ら 、 同 じ く 判 断 す る こ と が で き な い 。 そ の た め 、 浜 田 本 系 諸 本 の 外 題 を 対 象 に し た 。 掲 出 に あ た っ て 、 《 D 》 ~ 《 F 》 に 該 当 す る 浜 田 本 系 の 伝 本 を い く つ か 示 し た 8 。 《 D 》 序 数 が 二 〇 、 外 題 に 「 十 一 内 侍 の か み 」 と あ る = 狩 谷 文 庫 本 ・ 神 宮 文 庫 丙 本 ・ 東 京 文 理 科 本 ・ 富 士 谷 本 一 と し か け 二 藤 原 の き み 三 た ゝ こ そ 四 か す か ま ふ て た ゝ こ そ の な ら ひ 五 さ か の ゐ ん 六 ま つ り の つ か ひ さ か の 院 の な ら ひ 七 ふ き あ け 上 八 ふ き あ け 下 九 き く の え ん ふ き あ け の な ら ひ 十 あ て 宮 十 一 初 秋 十 二 お き つ し ら 波 付 か つ ら の 巻 十 三 く ら ひ ら き の 上 十 四 く ら ひ ら き の 中 十 五 く ら ひ ら き の 下 十 六 国 ゆ つ り の 上 十 七 国 ゆ つ り の 中 十 八 国 ゆ つ り の 下 十 九 楼 の う へ の 上 二 十 楼 の う へ の 下
- 19 - 《 E 》 序 数 が 一 六 、 外 題 に 「 七 内 侍 の か み 」 と あ る = 紀 氏 本 一 と し か け 二 藤 原 の き み 三 た ゝ こ そ 三 并 か す か ま ふ て 四 さ か の 院 四 并 ま つ り の つ か ひ 五 ふ き あ け 上 五 ふ き あ け 下 五 并 菊 の え ん 六 あ て 宮 七 内 侍 の か み 八 お き つ し ら 波 九 く ら ひ ら き 上 十 く ら ひ ら き 中 十 一 く ら ひ ら き 下 十 二 国 ゆ つ り 上 十 三 国 ゆ つ り の 中 十 四 国 ゆ つ り 下 十 五 楼 の う へ 上 十 六 楼 の う へ 下 《 F 》 序 数 が 一 六 、 外 題 に 「 七 初 秋 」 と あ る = 浜 田 本 ・ 榊 原 本 一 と し か け 二 藤 原 の き み 三 た ゝ こ そ 三 并 か す か ま ふ て 四 さ か の 院 四 并 ま つ り の つ か ひ 五 ふ き あ け 上 五 ふ き あ け 下 五 并 菊 の え ん 六 あ て 宮 七 初 秋 八 お き つ し ら 波 九 く ら ひ ら き 上 十 く ら ひ ら き 中 十 一 く ら ひ ら き 下 十 二 国 ゆ つ り 上 十 三 国 ゆ つ り の 中 十 四 国 ゆ つ り 下 十 五 楼 の う へ 上 十 六 楼 の う へ 下 一 見 し て 知 ら れ る よ う に 、 浜 田 本 系 諸 本 で は 、 内 侍 の か み 巻 の 外 題 は 、 「 初 秋 」 も し く は 「 内 侍 の か み 」 と 記 さ れ て い る 。 ま た 、 流 布 本 ・ 木 曽 本 系 諸 本 で は 、 内 侍 の か み 巻 の 外 題 表 記 は 「 初 秋 」 と 付 さ れ て い る 。 四 系 統 の 本 文 の 派 生 と 、 《 A 》 ~ 《 C 》 の 外 題 表 記 を 踏 ま え る と 、 外 題 の 巻 名 表 記 が な か っ た た め 、 同 巻 で 二 つ の 巻 名 表 記 が 付 さ れ た の で は な い か 、 と 推 論 が 導 か れ て く る 。 次 節 に お い て 、 こ の 外 題 の 状 況 を 詳 細 に 検 討 し て い く 。
- 20 -
五
、
前
田
本
系
統
の
源
流
こ れ ま で 『 う つ ほ 物 語 』 で 共 通 祖 本 に 近 い と さ れ て き た 前 田 本 系 統 は 、 ど の よ う に 位 置 づ け ら れ る だ ろ う か 。 実 の と こ ろ 、 諸 本 に は 本 文 の 素 性 が 明 確 に 知 ら れ る 奥 書 が あ る も の は 少 な く 、 各 系 統 の 伝 流 を 推 し 量 る こ と が 難 し い 。 そ の な か で も 、 前 田 本 系 統 は 代 表 伝 本 で あ る 前 田 本 の 箱 書 の 記 述 が 存 す る た め 、 そ の 伝 来 を 知 る 指 標 と な っ て い る 。 【 5 】 前 田 本 の 箱 書 ( 内 箱 ) 9 宇 津 保 物 語 慶 安 四 年 七 月 後 水 尾 天 皇 賜 我 黄 門 利 常 卿 也 遂 以 為 家 珍 焉 正 四 位 下 行 左 近 衛 中 将 兼 加 賀 守 菅 原 朝 臣 綱 紀 再 拝 頓 首 誌 之 右 は 後 水 尾 天 皇 か ら 前 田 利 常 へ 下 賜 さ れ た 『 う つ ほ 物 語 』 が 慶 安 四 年 ( 一 六 五 一 ) 七 月 に 、 利 常 の 孫 の 前 田 綱 紀 に 伝 わ っ た 旨 が 記 さ れ て お り 、 こ こ か ら 前 田 本 を 含 め た 前 田 本 系 統 は 、 禁 裏 本 に 連 な る も の と 考 え ら れ て き た 。 第 三 節 で 見 て き た よ う に 、 本 文 の 脱 落 や 落 丁 の 有 無 と い う 点 で 筋 の 良 い 本 文 で あ る こ と に 加 え て 、 こ う し た 素 性 の 良 さ も 善 本 に 位 置 づ け ら れ て い る 理 由 に 挙 げ ら れ る 。 こ う し た 禁 裏 本 と 前 田 本 と の 関 係 性 を 、 中 世 後 期 か ら 近 世 初 期 に か け て の 古 記 録 や 蔵 書 目 録 の 記 述 か ら 、 よ り 具 体 的 に 検 証 し て い き た い 。- 21 - 『 う つ ほ 物 語 』 に 言 及 す る 資 料 を 時 系 列 に 一 覧 し た 。 上 か ら 出 典 ・ 年 代 、 そ し て 、 言 及 さ れ る 伝 本 の 総 数 を 示 し て い る 。 そ の 多 く が 現 存 本 の ご と く 、 二 十 巻 二 十 冊 で は な い こ と は 注 目 さ れ る 。 『 看 聞 日 記 』 で は 、 筆 者 の 伏 見 宮 貞 成 親 王 が 『 う つ ほ 物 語 』 二 十 二 帖 を 譲 り 受 け 、 内 裏 に 献 上 し た と い う 記 事 が あ る 。 ま た 、 三 條 西 実 隆 の 日 記 『 実 隆 公 記 』 に は 、 明 応 四 年 八 月 一 日 条 に て 『 う つ ほ 物 語 』 十 九 冊 が 禁 裏 か ら 徳 大 寺 邸 に 返 却 さ れ た こ と が 記 さ れ て い る 。 記 録 に 限 ら ず 、 『 源 氏 大 鏡 』 『 花 屋 抄 』 と い っ た 『 源 氏 物 語 』 の 注 釈 書 に も 『 う つ ほ 物 語 』 が 二 十 一 、 あ る い は 二 十 二 冊 あ っ た こ と が 見 え る 。 す な わ ち 、 中 世 後 期 に お い て 『 う つ ほ 物 語 』 は 、 二 〇 巻 も し く は 二 十 冊 か ら 成 る こ と が 必 ず し も 自 明 で は な か っ た こ と が 知 ら れ る 。 『 う つ ほ 物 語 』 の 総 数 が 明 ら か で は な い 要 因 に は 、 伝 本 が そ の 都 度 失 わ れ 、 記 録 に 残 さ れ た 形 で し か 知 り 得 な い と い う 状 況 が あ っ た 。 そ う し た 状 況 を 窺 い 知 れ る の が 、 戦 国 期 の 公 家 ・ 舟 橋 秀 賢 の 『 慶 長 日 件 録 』 で あ る 。 こ の 記 事 は 従 来 、 『 う つ ほ 物 語 』 研 究 に お い て 、 禁 裏 に 『 う つ ほ 物 語 』 の 全 本 が な か っ た た め 、 後 陽 成 天 皇 が 探 し 求 め さ せ た 、 と 解 釈 さ れ て い る が 、 そ の 理 解 に は 少 々 修 正 が 求 め ら れ る 。
- 22 - 【 7 】 『 慶 長 日 件 録 』 慶 長 十 年 正 月 廿 三 日 条 全 齋 来 談 、 宮 川 智 光 院 へ う つ ほ の 物 語 全 部 目 録 尋 遣 処 ニ 、 先 年 清 光 院 方 々 被 尋 之 、 雖 然 全 本 無 之 云 々 、 源 氏 よ り は 少 な き よ し と 云 々 、 禁 中 う つ ほ 御 本 雖 有 之 、 全 本 不 知 之 間 、 智 光 院 若 被 覚 否 可 尋 之 由 勅 定 也 、 仍 尋 遣 処 、 右 之 返 事 也 、 返 札 即 備 叡 覧 、 則 御 所 被 留 置 之 、 ま ず 、 傍 線 部 で は 、 先 年 清 光 院 方 へ 『 う つ ほ 物 語 』 の 全 本 、 す な わ ち 完 本 の 総 数 を 尋 ね 訊 い た と こ ろ 、 『 源 氏 物 語 』 よ り も 「 少 な き よ し 」 つ ま り 、 総 数 は 少 な い 旨 、 返 答 が あ っ た こ と が 記 さ れ て い る 。 禁 裏 が 有 す る 『 う つ ほ 物 語 』 の 写 本 が 本 来 あ る べ き 『 う つ ほ 物 語 』 の 総 数 で あ る か 分 か ら な い た め 、 以 前 『 う つ ほ 物 語 』 を 所 持 し て い た 智 光 院 に 尋 ね よ と 後 陽 成 天 皇 の 仰 せ が あ っ た こ と が 波 線 部 に 示 さ れ て い る わ け で あ る 。 し た が っ て 、 慶 長 十 年 の 時 点 で 、 禁 裏 に 『 う つ ほ 物 語 』 が 存 在 す る こ と は 確 認 で き 、 加 え て 、 そ の 総 数 が 判 然 と し な か っ た こ と が 記 述 の 上 で 明 ら か と な る 。 傍 証 と し て 、 次 の 記 載 を 参 照 し て お く 。 【 8 】 大 東 急 文 庫 蔵 『 禁 裡 御 蔵 書 目 録 』 「 宇 津 保 物 語 」 項 一 と し か け 一 冊 / 二 藤 原 の き み 一― / 三 た ゝ こ そ 一― / 并 か す か ま ふ て 一 冊 重 本 二― / 四 さ か の 院 一― / な ら ひ ま つ り の つ か ひ 一― / 五 ふ き あ け 上 一― / 同 ふ き あ け 下 一― / 并 菊 の え ん 一― / 六 あ て 宮 一― / 七 無 表 紙 一― / 八 お き つ し ら 波 一― / 九 く ら ひ ら き 上 一 冊 / 十 同 中 一― / 十 一 同 下 一― / 十 二 国 ゆ つ り 上 二― / 国 ゆ つ り の 上 中 十 二 十 三 一 冊 ニ ア リ 二 重 本 歟 / 十 三 同 中 一― / 十 四 同 下 一― / 十 五 楼 の う へ 上 一 冊 重 本 也 二― / 十 六 同 下 一― / 已 上 廿 三 冊 其 内 重 本 三 冊 在 之 ( 六 八 オ ~ ウ )
- 23 - 『 禁 裡 御 蔵 書 目 録 』 は 、 禁 裏 で 所 蔵 し て い た 書 物 の 名 前 や 冊 数 を 記 し た 蔵 書 目 録 で あ り 、 万 治 四 年 ( 一 六 六 一 ) の 大 火 で 焼 失 す る 以 前 に 、 宮 中 に あ っ た 伝 存 本 の 様 態 を 窺 い 知 る 上 で 貴 重 な 資 料 で あ る 。 『 う つ ほ 物 語 』 に お い て も 、 現 存 し な い 禁 裏 本 の 外 題 が 目 録 に 留 め ら れ て い る 。 【 9 】 大 東 急 文 庫 蔵 『 禁 裡 御 蔵 書 目 録 』 「 源 氏 物 語 」 項 源 氏 物 語 檐 子 一 / 源 氏 物 語 同 一 ( 三 ウ ) 【 8 】 の よ う に 、 同 目 録 に お い て 巻 名 ご と に 冊 数 を 記 す 形 式 を と る の は 、 『 う つ ほ 物 語 』 の ほ か に は 見 え な い 。 【 9 】 に 見 え る 同 目 録 の 『 源 氏 物 語 』 を は じ め と し て 、 「 檐 子 一 」 と 示 す だ け で 、 冊 数 は 自 明 の も の で あ る こ と が 窺 え る 。 【 7 】 の 記 述 に 見 た 、 当 時 の 禁 裏 に お い て 『 う つ ほ 物 語 』 の 総 数 が 把 握 さ れ て い な か っ た こ と が 影 響 し て い る と 考 え ら れ る 。 そ し て 、 【 8 】 に 「 重 本 」 が 複 数 の 巻 で 見 受 け ら れ る こ と は 、 も と も と 一 揃 い の 『 う つ ほ 物 語 』 を 書 き 写 し た の で は な く 、 方 々 か ら 『 う つ ほ 物 語 』 の 巻 を 寄 せ 集 め た こ と を 意 味 す る 。 そ れ ゆ え 、 他 の 物 語 と 異 な り 、 巻 ご と に 冊 数 を 記 し て い る と 推 測 さ れ る 。 ま た 、 【 8 】 の 外 題 表 記 に 着 目 す る と 、 一 ~ 一 六 の 序 数 が 振 ら れ 巻 名 が 付 さ れ て お り 、 四 角 囲 み を 施 し た 内 侍 の か み 巻 に は 巻 名 表 記 が 「 無 表 紙 」 と あ る こ と が 知 ら れ る 。 表 紙 が な か っ た た め に 、 そ の よ う に 記 述 さ れ た も の と 推 測 さ れ る 。 前 節 で 前 田 本 系 諸 本 の う ち 、 外 題 に 巻 名 表 記 が な い 理 由 は 、 「 無 表 紙 」 で あ る が ゆ え の 処 置 で あ る こ と が 導 か れ て く る 。 こ の 目 録 の 記 載 と 一 致 す る 外 題 を 掲 出 す る と 次 の 通 り で あ る 。 前 田 本 系 諸 本 の 一 部 の 伝 本 に お け る 序 数 と 、 内 侍 の か み 巻 の 外 題 表 記 を 一 覧 に し た の が 【 1 0 】 で あ る 。 前 田 本 を は じ め 、 毘 沙 門 堂 本 、 御 所 本 は 、 表 紙 が 改 装 さ れ て お り 、 外 題 が