著者
伊藤 史浩
学位授与大学
東洋大学
取得学位
博士
学位の分野
生命科学
報告番号
32663甲第381号
学位授与年月日
2015-03-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007156/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja氏 名( 本 籍 地 ) 伊 藤 史 浩(埼玉県) 学 位 の 種 類 博士(生命科学) 報 告・ 学 位 記 番 号 甲第381号(甲生第33号) 学 位 記 授 与 の 日 付 平成27年3月25日 学 位 記 授 与 の 要 件 本学学位規則第3条第1項該当 学 位 論 文 題 目 Pseudomonas putida の分子シャペロンの機能解析 論 文 審 査 委 員 主査 教授 農学博士 福 森 文 康 副査 教授 博士(学術) 藤 村 真 副査 教授 博士(工学) 道 久 則 之 副査 東京大学大学院助教 博士(農学) 新 井 博 之 【論文審査】 本論文は、生物においてタンパク質の恒常性の維持に重要な役割を果たすことが知られ ている分子シャペロンの、シュードモナスプチダ(Pseudomonas putida)における生理的 機能および調節機構について解明したものである。タンパク質は、生体内のほとんどすべ ての生命現象の過程に関わり、ごく限られた立体構造のときにだけ、固有の機能を示すこ とが知られている。新生ポリペプチドのいくらかは、正しい折りたたみに分子シャペロン と呼ばれる介助タンパク質を必要とする。また、成熟したタンパク質は、熱、有機溶媒、 金属、浸透圧などの様々なストレスにより変性し、立体構造が壊れることで、本来持って いる機能を失うことがある。細胞内で生じた変性タンパク質は凝集体を形成する傾向にあ り、このような凝集タンパク質の再生にも分子シャペロンが関わり、タンパク質の恒常性 (いわゆるプロテオスタシス)を保っている。本研究の題材となっている Pseudomonas putida(P. putida)は、普遍的に生息するグラム陰性細菌であり、多才な代謝機能により さまざまな環境条件に適応することができる。細菌の熱ショック応答は、Escherichia coli において非常に詳細な研究がなされているが、Pseudomonas 属細菌における熱ショック応 答についての解析例は極めて限られている。微生物は多様であり、細胞を構成する分子も 必ずしも同一ではなく、遺伝子発現の調節機構や、タンパク質の役割も異なる可能性は少 なくない。本研究では、P. putida の分子シャペロン遺伝子の欠損株を作出し、それらを各 種のストレスで処理することにより、主に、P. putida の分子シャペロンの機能を解析した ものである。
本論文の研究成果として、まず DnaK/DnaJ システムは35℃以上での生育に重要な役割 をもつことを見出した。P. putida KT2442株(KT 株)の DnaK 分子シャペロン遺伝子(dnaK) に点変異をもつ P. putida KT2442-R2株(R2株)は、温度感受性が高く、35℃以上の温度 ではコロニーを形成できない。本研究において作出した KT 株の dnaJ 欠損株(KTΔdnaJ 株) は、R2株と同様にすべての生育温度域で著しい増殖速度の低下が観察された。また、 35℃ではコロニー形成能が0.1%程度に、37℃ではさらにその1/100程度にコロニー形成 能が低下し、dnaK 変異株の R2株ほどではないが、高い温度感受性を示すことが判明した。 他の J-ドメインタンパク質遺伝子欠損株(KTΔcbpA 株、KTΔdjlA 株)では増殖に変化は なく、cbpA や djlA は、dnaJ の欠損による影響を完全に回復することはできなかった。
Pseudomonas putida の熱ショック応答について解析したところ、33℃では、ClpB、 DnaK、GroEL、HtpG などの熱ショックタンパク質(Hsp)量の増加は観察されず、35℃ では、DnaK、GroEL、HtpG のわずかな増加が見られた。37℃でも同様な Hsp の増加が 見られたが、40℃と42℃では、これらの Hsp の顕著な増加が見られた。ClpB は、40~ 45℃で熱処理の時間の経過とともに増加が見られるが、P. putida KT2442株の生育可能な 温度の37℃までは、顕著な増加は見られなかった。また、45℃では DnaK、HtpG、 GroEL の大きな増加は確認できなかったが、ClpB のみは時間の経過とともに増加してい た。さらに、高い温度の50℃の処理では、Hsp だけでなくタンパク質合成も停止している ように見られた。KT 株の各変異株で、42℃と45℃の熱ショック応答を調べたところ、ど の株でも基本的に42℃における熱ショック応答は確認されたが、KTΔclpB 株では、 elongation factor G(EF-G)と30S ribosomal protein S1(RpsA)が経時的に顕著に減少 し、これらの量的調節は少なくとも転写レベルで起きていることが明らかとなった。大腸 菌では、熱ショック応答は、σ32の量の変化に依存することが知られている。KT 株では熱 処理前の σ32の量は、低いレベルに抑えられていた。細胞を33℃に10分間さらすと、Hsp の増加は観察されなかったが、σ32量の顕著な増加が観察された。この増加は一時的で、 20分後には低下したが、30分後では再び増加した。4つの Hsp 遺伝子(clpB、dnaK、 htpG、groEL)の転写量を測定したところ、clpB、dnaK、htpG の発現は、σ32の変化と高 い相関をもつことが明らかとなった。この発現量の上下は、より高い温度では振れ幅が少 なくなり、発現は上昇する傾向があった。しかし、groEL においては、この現象は見られ なかった。groEL の mRNA は、5' 非翻訳領域が長く明確な高次構造をもつのに対して、 clpB、dnaK、htpG の mRNA にはそれがない。このことが、mRNA の安定性に大きく関わ ると推測される。
次に、Pseudomonas putida の CbpA は熱ショックタンパク質であることを見出した。P.
putida のゲノム配列から σ32依存性遺伝子を検索したところ、cbpA、hfq、secA が新たに候
タンパク質であり、cbpA は dnaJ 欠損株の成長をサポートし、凝集タンパク質の再生を補
助することが知られている。大腸菌の cbpA の発現は、定常期特異的 σ 因子である σSによっ
て制御され、定常期もしくはリンが欠乏した場合に発現することが報告されているが、P.
putida の cbpA の mRNA 量は熱処理により102ほど高く誘導され、この誘導は σSをコード
する rpoS の欠損株でも同様に起こることが判明した。さらに、CbpA タンパク質量は熱 処理によって5倍程度増加することが確認された。これにより、P. putida の CbpA は σ32 依存性の Hsp であると結論づけられた。 さらに、分子シャペロンおよび ATP 依存性プロテアーゼの欠損が、高温耐性におよぼ す影響を検討することにより、ClpB は高温耐性と凝集タンパク質の再生に、DnaK と協 同して機能することを明らかにした。野生株(KT 株)では、clpB 遺伝子の欠損だけが、 50℃処理後の生存率の大幅な低下を引き起こした。dnaK に変異をもつ R2株においては、 dnaJ の欠損が clpB ほどではないが、生存率を低下させた。また R2ΔclpB 株は、高温処理 で KTΔclpB 株よりもさらに生存率が低下し、高温耐性に DnaK システムと ClpB が協同 的に働いている可能性が示唆された。KT 株を様々な温度で30分間処理し、凝集タンパク 質として細胞の不溶性タンパク質を調製したところ、45℃、30分間の処理により、細胞 内の不溶性タンパク質が3~4倍ほど増加したが、その後30℃で2時間程度培養した後 は、かなりの凝集タンパク質が再生された。P. putida の各変異株を同様に処理したところ、 KTΔclpB 株では、45℃熱処理時に生じた凝集タンパク質がほとんど再生されなかった。 熱処理により生じた不溶性タンパク質は、elongation factor G やリボソームタンパク質 S3、同 L5などであった。clpB 欠損株において高温の熱処理後にコロニー形成能が大きく 低下することは、凝集タンパク質が再生・可溶化できないためと推定できる。特に、 EF-G やリボソームタンパク質が不溶化するためであることが示唆された。また、dnaJ 欠損株においては、熱処理を行う前の30℃で一夜培養後の細胞内に、他の株ではほとん ど見出せない数種のリボソームタンパク質が、不溶性タンパク質として蓄積していた。 KTΔdnaJ 株は、他の株よりも熱処理後に多くの凝集タンパク質が蓄積し、特に200kDa 以 上の高分子の凝集タンパク質が蓄積していた。同株では、clpB 欠損株とは異なり、凝集 タンパク質の再生は起きるが、200kDa 以上の高分子の凝集タンパク質は再生されにくかっ た。同株に dnaJ もしくは cbpA を、プラスミドにより相補した場合、dnaJ では KT 株と 同程度、cbpA では dnaJ よりは少ないが、かなりの凝集タンパク質の再生が起きたことから、 cbpA は凝集タンパク質の再生における dnaJ の機能を、一部を相補できる可能性が示唆さ れた。また、dnaK 変異株である R2株に由来する株では、ほとんど不溶性タンパク質が再 生されず、凝集タンパク質の再生における DnaK の重要性が確認された。
【審査結果】 学位請求論文に掲載されている研究は、綿密に計画され多彩な手法を用いて遂行されて おり、研究成果は学術的にみても高いものである。本論文により得られた Pseudomonas putida の熱ショック応答、およびそこから導かれた分子シャペロンの機能についての研究 成果は、これまで研究が進んでいた E. coli のものと類似する部分が多いものの、両者の J-ドメインタンパク質の発現調節や、機能の違いを明確に示すものであり、細菌における 生理学的研究に大きく貢献するものである。学位請求論文に掲載されている内容の一部は、 国際英文誌に掲載されており、生命科学研究科(生命科学専攻)の博士学位審査基準に照 らしても妥当な研究内容であると認められる。従って、所定の試験結果と論文評価に基づ き、本審査委員会は全員一致を持って伊藤史浩氏の博士学位請求論文は、本学博士学位を 授与するに相応しいものと判断する。