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『宗教研究』182号(38巻3輯)

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(1)

――目次――

論文

1,

中国固有の宗教と陰陽思想:神観念の変遷, 池田末利, Die eigentlich chinesische Religion und

Yin-Yan

《陰・陽》Gedanke, Suetoshi IKEDA, pp.1-28.

2,

阿弥陀仏の起源問題(1), 藤田宏達, Das Problem der Entstehung des Amida Bubbha, Kōtatsu FUJITA,

pp.29-52.

3,

ヘルダーにおける「自然」「人間」「神」, 平野孝國, Herders Begriff der Natur, Humanität und Gottheit,

Takakuni HIRANO, pp.53-85.

講演

4,

宗教言語の分析, 戸田義雄, Yoshio TODA, pp.87-118.

展望

5,

「日本人の宗教意識」研究について:付 文献目録, 鈴木範久, Norihisa SUZUKI, pp.119-130.

書評

6,

山口恵照著『サーンキャ哲学体系序説』, 高崎直道, Jikidō TAKASAKI, pp.131-138.

Posted in 1965

(昭和40)年

(2)

中国固有の宗教と 陰陽思想 稿 き あ

。 稿

何 ト な 有 か の 核 上 場 が か 辞 い と も 宗 週 末 思 陰 と や わ か 知 教 程 論 想 陽 V 、 詩 け う れ と を の は 思

の い い 、 辞 譲 想 接 口 伝 が

で統、 そ教目あ

(にると

密に

触 い 信 そ れ は 呂 る な 接 よ

泰運

祖 や

の般前仏)

もかの

教あ

証術

学の容

でし

先 の ら 宗 渡 た は あ た の と の 教 来 り 仙 居。 る か 崇 見 寿臥が 咲 か 日 想 、 か な そ

念を

大しぎなれに ィ の ヒ 現し 統ら示 るこ ては 時に 地 た い 彩 た 教 と 複 復 申 丹 下 か 軒 も を を 雑 考 心

多 な 教 愛 そ ろ っ の を 見 な さ の け の 。 て 問 も よ 民 そ 非 な 膨 大 貴 顕 併 ぅ

仰 あ 性 粋 否 こ 6 者 る が 察 も

、 す め 本 べ で

中国

固有の小

神統

示教と陰陽思

念の変遷

池田

末利

1@ C323)

(3)

末期の宗教 ︶までも人間

諸祖神との ム ﹁ 目 なおはっ

格も余程 として壬や

は 万物の父

えなかった

同じである を 多分に包 一般的儀礼

は 主宰 神で

る 。蓋し ︵ 4 ︶ 、

要素に基 く

識 的には 周

った 地域性 同大﹁天は た し

が 、 股 以来 明瞭とな 王国に介 母﹂ 鞘粁偽 明確な血 が、人格 有してい であった あると英 夫が生民 ものと若 代意識形 も十分に 枕 とし 難 のも不敬的 は 多岐に ・・・・ 的な宗教 関係、 及 く ㏄ 4) 2

(4)

示教性乃至氏宗教性が 国 固有の宗教と 陰陽思想

これを﹁元信ずべ

ものである。

の 学問・思想の

、その 反 宗教性を ︵ 9 ︶

にもやはり超越的

に 説かれるのみな ら な ォ旨 去ミ か C325) ︵ 8 ︶

下 にあり は しても、

た 、左伝の前掲詩文は疲弊した庶民の救済や・ 根拠無き呪術の拒否

せんとするものでは

に対する不信感

そし

篇 としての価値が正

、春秋時代とも

天災の流行等とに 墓

民を神の主とする 者 れている。最近中共

た 唯物主義と無神論 ︵ 7 ︶

発言であって、時代

(5)

ついても伝統的態度を守った筈である。即ち

、 戒しむべきは一を取

㈲﹁罪を天に狂れ

恒雄

其れ

予を如何せ

、中国に於ても、新た

られるからである。

㈹﹁死生

は命あ

﹂條の外、㈲﹁

、一見自然的な天

。子路傍らんことを

能はず、

焉んぞ能く

宗教的態度の証

のも一つの見方で、

重点を置けば・

ものと見る。︵

l 4 ︶

更に

(3%) 4

(6)

、宮崎氏の不可知論

︵ 7 ︶

と 陰陽思想 如何にも論語にそん が 如くす﹂窩の古語

要 な事を先きにし というのではない。

を激 試している ィ 泰 日 0

に 過ぎず、天や鬼神

否定するのでは決し ︵ 騰 ︶

ているが、いわゆる

等、孔子の天に関する これ等三つの見解はそれぞ かに 後 グループに見られる 通ずるものがある。 ところが、仔細に検討し の 宗教的禁戒であり、㈹は なものとしたとの宮崎市定氏の説も硫 村 。 以前との相違を見る点で共通している。 確 制 したもので、子産等の春秋ムコ 理 主義に相 で、部族乃至宗族的秩序 下 にあっては当然

めて、充分に分らない鬼神の事はあまり

(7)

く ね を か 合 5 所 な と と る

の 神 え 説 林 墨 文 す 視 を

命 に ま す 信 が の 則 の の 即 者 に 神 人 柱 う (328)@ 6

(8)

中 ける中席の天命の性 7 国 固有の宗教と 陰陽思想 頃 の

の如

非命

止 左伝 年 昭公廿 春

。 を・に 褐 夫 墨 子 の

6 基 」 れ 天 底 と は と非 と を と見 る は 説 る と ろ で あ

るが だ て・ 妻 は ら

ば の の 、 伐 是 (329)

ちぎる﹁暴人の道﹂

(9)

の が 仏 文 「 べ れ

①①①

① 事 、 統 配 天 か 通用 こ こ そ 段 構 か を す 蒸 ら 天 介知 のの れ 末 む か 継 る 民 ず て 見 る・ 承 絡 む 」 あ

理 元 に れ 酉 に のの っ ま 文 既

天分いで化に

に頽て屋

立地

いて「た で 方

な要

か目 上 拙 逸 ら し然 " 的筋

神柄のれ

「 考 " 信夫 礼古 古局 仰 ・ の化 学 代

し 天 日 於

通商

てと 本 る り 方 の

元中森

でか

天理国見

あ ら

公報の

碑 適 法第 成 が

をあ

が十五

六 」 在 す 見る 英宗 る

第 々 え ら か い れ 一 指 ら れ け え る た れ る て ば に と る

理の

神神

"

しい

て "

従 性 観 は も 尚 照 。 連 り つ め 余 白 。 害 て 強 に 熱 さ の

こで

"

化は・

" 人 た

諸天

「 宰宰 が の あ 一 事 隆 信 的 ・ 間 6 面 を の ず

念 と相通ずるもので

て 、﹁命に非るは 莫 子の正統思想を承ける事を示すものである。 ︵ ゐ ︶

は 、多少の差異は

れる神は 、

帝であ

( 抑 ) 8

(10)

中国固有の宗教と 陰陽思想、

春秋哲学史論集四六一頁等も主宰神と見ている。

荊等

がそれである。

漏 左前、中国哲学史新編第一冊五三

四頁等。

の 意である。その他

6 人車

を先

きにすべき事を述べたに過ぎない。

巻 第四号参照。

稲ヰ 肝の方が興味深い。﹂︵中華

の修正的矢

叢宙

と ︶が刊行されて

見る印Ⅱ

0

が、もと

第四六巻第一号。

簗の意である㎏安井

の 解読にはこの宙に負

う 所が多い。

ついて﹂

四 0

0 発露にあるのでな

怨みず﹂﹁人を螢

といった所謂

金谷治氏﹁孔孟の

分類で十分であ 9 ( ㏄ 1)

(11)

ハかイ ︶

たものと理解する。

朴 唯物主義乃至科学 陰陽五行思想は周知の 影響を与えた事はいうま の方面の専 箸 ではないの 一口に陰陽五行といっ 性格も異なるのであるが するに到ったに過ぎない 如く・古代中国特有の一種の自然哲学であり、 宇宙論であり、 秦漢 以後の儒教思想に大きな ︵ 1 ︶

って 、 種々の問題を内包している。本稿はそ で、概略の素描のみに止めて置く。

ともと無関係に生起した思想で、その本質や

であるという形式的類似の故に 、 後に結ムロ

が 、一般的には陰陽が五行に先行するものと

、それは天の不可知を意味するのでなく、却って 天 を 支配者として 志 10

ない。孔子の天を

掲 論文五四頁︶には賛成し難い。 ⑱宮崎 氏 前掲論文八九頁。

雑誌第七 0 編 第一 0. 一一号参照。 ⑳ 別稿 ﹁悪鬼観念の展開﹂︵未刊︶に詳説。

民の欲する所は 、天

と虎爪 とあり、 鉄

道盈 ちて溢れず﹂

り 天の意志の支配下

ものではな 一

(12)

中国固有の宗教と 陰陽思想

等は後期思想であるが、そしてこ

こそ、後述のように、陰陽不測が

陰陽と関連的に説かれる事は

詩経の陰・陽は略

は 天気の曇暗や

・八極が 演縄 される

。無論これ ︵ 4 ︶

しても、とも角も神の観念が発展し

きよう。五行に到っては何れ川論 す

。かく見て来ると、二者と宗教との

否定できない。陰陽の二字は小笠で くらい

れには を加えた陰は﹁ 闇 なり、水の ︵ 5 ︶

﹂が当然附加さるべきである。現に

義は存しない。陰陽家を、天文暦数 ︵ 6 り

るが、この学派の勃興が天文暦数の あや

辰 大いに雨雪あり、⋮⋮陰陽 錯 まり 古く、わが津田左右吉氏も陰陽 説 物の原質を気として、これに 基ぃ 一応尤もであるが、問題がないわ い う 古代信仰から全く独立にかか は 異なるかも知れないが、両者は 回 に於て、理念的には二分し得る の 全く存し に 宗教的・倫理 て世界や人間の凡ゆる現象とその けではない。 極く 一般的に考えて る解釈が生起する筈はない。従っ 早晩ムロ 一 すべき過程にある。 睨 ん としても、また現象的にも別視し ないことを指摘して 以砧 。 変化とを説明するものと見 も 、 天が万民を生じて、 秩 て 、世界や人間界の理解の - や、凡 ゆる文化が未分化に 得ようが、窮極的には二者 益し、陰陽 五 れば、これ等 序と 法則とを 仕方としては 発生し展開し 両途 でない 行 説 か 万 の見解は 与えたと 、宗教と た 古代 中 。されば 11@ (333)

(13)

行ふ

﹂や﹁宋に

損石 あり 天気や気候の調和を レウ こと、詩経と ば 熱の疾﹂ありとす

やま

六気の二となっている以上、単なる気候とは 趣きを異にする。しか 気候についていいな

卸胚

邱の如きは、 ど 塊 と日

ふ、

既に塊を生 るもので、後述礼記 独り陰のみ生ぜず

的 意義となっている 国語でも、﹁陰陽 序

穂語

とか﹁ 陽 至りて を 用ふ

後る

ある。︵

8 ︶結局、大まか である。 ち

陰陽

と日ひ、 るが、何れも左伝 と は当然であろうが、︵ 9

見えぬ事は注意

( 鰍 ) 12

(14)

中国固有の宗教と 陰陽思想、 さて、儒家では論語・ 。

ふは舌

知るは、 個巫 ・ 破華 ︵現 れたる和の 、 以て治むべ し 、第二・二一例も風雨 や 推すと、気候の意に近く 孟子には陰陽

︶の事なり

き者に已ま 天地に連言 し 、二元気の可 0 字面は一見せず、

﹁陰陽大いに 化

と﹁陰陽接し 、第四例は一見易 伝 能 性は薄い。即ち

百子に到っても、 し 、風雨 博く 施し て変化起る﹂ 抱 等 の陰陽と類似する 面子の陰陽はまだ ﹁陰陽を相し、 侵 兆を占い、⋮其の吉凶を の 数集に過ぎない。第一例は寒暑を意味︶ が 、上旬 の ﹁天地ム ロ して万物 生ず

﹂から③

純粋に原理化されたものではないようで 老子は雑多な文辞の ﹁陰陽称辞して、 鬼 篇に 見え、天下篇の 、 る 二元気のものもあ い て、純粋に二元化 化﹂灯の外に、﹁ 太 く同 構の宇宙生成論 に 原始陰陽の観念は した五行 説 が見られ 周知の如く、 呂氏春 は 既に陰陽思想が確 立していた事が考えられる。

(15)

︵ l り乙 几 ︶

ある。

通例であるが、

・ 易

伝の成立やそ

ないが・その卦や交を説明した乱辞・

古いものと見て差支えない。周の成王

のは、

・文辞

陰陽の語は見ら

︵ u ︶

。い

までもなく、易は元来

簸の書

が興るに及んで、それに

いて

には、具体と抽象、固定と循環との

子に剛柔が見えるのは、

易伝

との連絡

以下の説卦伝・文言伝

や序

郵伝・

げる事に成功し、荘子天下篇の作者を

、これに後れる

説卦

・文言

ロと

共に

見たものと見て

先ず大差ないであろ

約論があるが、周礼には、﹁陰陽

祀足陰声

1場声歌陰徳

陽徳

堰示等の

思想の影

卸下

にある事を示すもので、

の 展開については衆論紛々 とし して置く。身計 が 湯女︵ こ 文辞から成る経 部は

、難渋な

︵ 児 ︶ の頃まで 湖 らせるは早すぎる れず、それぞれ陽文・陰文のみの であって、哲学的性格のもので を 改造したのが 易伝 であろう。 陰陽説は稀薄で、家伝 と 小義 と ︵ 巧 ︶ 想的 距離が見られるから、その を 思わせるものである。見仏 に 卦伝 である。特に繋辞伝は陰陽 して﹁易は以て陰陽を道 ふ ﹂と 漠を遡 り得ず、 序卦 ・ 雑卦は更 イリ︶ らノ 。 対立が見える。い う までもなく、 前来 の 考崇 かちすれば城国末を (3 隻 う ) 14

(16)

思想的中核とする事はい う までもない。 数えられるに到っ 降るに つ れて、太一

と 秩序とが維持され 原理化が何時頃 行 な 孟子︵ 8. の Sf 笘の ロ ・ 0. ︶百子︵ Op. ののの ! 揺の 中 0. ︶や呂氏春秋︵ め ぶ 頃と見るが至当で

は 、天文暦数案の 系

家| がその原理化にかな と って数多く考証されている。 が 、参考になる点が多い。 近 、台湾東海大学 部 に異論はある の 有 固 国 中 ② 鵜 文荷、中国哲学史新編第一冊五四頁等。 15 ( ㏄ 75

くの典籍が

、結

ムロ

義 ・喪服 四制 等に陰陽 っても、漢和 き湖ら

礼記になると・ ㎡ 60 Ⅰ 陰 「

(17)

⑦津田氏、道家の思想とその展開三四一頁。

の 陰陽に相違ないで あろう。

っている 0

中国哲学史大綱番上︶等の指摘する通りである。

る 事は疑い得ないで あろう。

前掲 宙 九頁︶は賛成し難 ③ 徐氏 、前掲 害冊 八頁にその事を述べている。

等との関係については詳細な考証の必要な事はいっ までもないが、今は陰

陽の語の非画定性

亮氏 ︵礼記月令天文 考 ︶の見解に従って置くっ

非柑 二条︶大略︵二条︶の二席は何れも後期の湊 ムロであり、 儒効 席に

べきである。 易伝

﹁中庸席の成り 丈

ではとりあげない。

あると見る︵前掲 雷 五五頁。

文 辞 に 陰陽思想は見 ⑮小林氏、前掲善二九九頁。

穏 、接辞・女色、 醜 て ㏄ 8) 16

(18)

順序は必ずしも

17

見る必要がある。・結論を先にい

う ならば、

転じて、宇宙や世界の原

( ㌍ の

一 一 ︶ 頽 ・ 化辞 ・文官・

その密接な思想 等の指摘する通りであるっ 同官の研究﹂︶ 、 、周礼の成立を漢 する︵﹁三礼の文 0 字面は見えない。

(19)

を 知らず﹂ 碑 といったのもそのためであろう。 道家は無為なる自然 合の天はも早や宗教 す ﹂ 払棚柵 ㍗ 持靴は ﹁ 鬼 治め、天に事ふるに 天 である。しかし、 ば 、宇宙自然の理法 にしても、﹁天道﹂ ︵ 2 ︶ 更に深くなって い は 尊く 、 地は卑し﹂ 徳光﹁ 天

万民を生

り、 人の為す所を知 在り、人ほ外に在 をいう 場 ムロとが極め の 平にして、道徳の ・天運の諸篇の存する

て 3%0) 18

(20)

中国固有の宗教と 陰陽,思想、 て、彼 ︵の 物 ︶ と 石化す﹂幣の如く 、 念 化が顕著となった事は疑えない。 始 儒教の天からその宗教性を奪って 、 ている。天倫 篇に 表れた 天 観は正にその を 先秦最大の唯物主義哲学者とするのが ︵ 3 八 リ ︶ が 宗教否定者乃至無神論考であった事を ているが、その中には﹁ 神 これを聴き、 神や神の徳の意味に用いられ 純 自然現象と見なし、天上界 通りである。この意味から、 、中共思想史家共通の見解の 爾の景福を介Ⅴにせん﹂ ぉほ、 なんじ 神 其の幽を守る﹂ 漱 きは理神論的存在で 深しとなさず﹂ 砿宗 る 。と同時に、天地 ゆ れども熱くする 能 るが、この神は即ち 霊妙なる作用であり ⋮⋮精神は道に生じ も 、 神は行かんと 欲 g"@ というのはそれ その作用の意味で、

-

の無為を体得し

一はざる﹂

% 超人

神 動きて

形は本と精に

墨子に﹁

古 聖王

№雑物 牡

、神人な より袖ね の心が

% や って

るが、 神 子でも

であるが、 の 先に在り 極 者である ﹁陰陽 和浄 し して高しとな が、これまで さず、六極 には見られ ﹁至人は神 - る 用語は特 - るは 莫し ﹂ なんじ ﹁而の精神 ﹁ 官上 らん 君の神と 形 明は もとも 右の外、﹁ れず﹂冊の如 の下に在りて な い 思想であ なり、大沢変 異な用例であ の神に通ずる を 操書 せよ、

と欲すれど

とを労す﹂ と 鬼神または 天尊く地車 き lg C 縫 l@

(21)

﹁祭祀は其の神に敬

6

者は天を怨みず﹂

﹁百姓のこれを

こと大神の如く

、動

ぁゎ差

せて、これを祭祀

るところはない。

いう如く神明の意

﹁善を積みて息まざれば、則ち神明に通じ、

天地に参す﹂離苦

あら

誠信は神を生ず﹂

﹁其の事を見さずして其の功を見す

、夫

れ号

を神と

謂ふ

﹁ 其

しめ

のものと通ずる理法

それが人間の精神で

及び、一にして

二せ

、宇宙の霊妙な作用

と同軌の思想が生

あって、笥子の宗教観

は人事を措いて徒ら

点は前に述べたよ

( 機 ) 20

(22)

中国固有の宗教と 陰陽思想、

相違ない。後期 儒 いって一応道家の影響 と考 ,えて大差あるまい。 ところで、 孔

孟ま と 共に、孟子に 廟 その自然的天の側面 神の中には理法者も 一般に認められる 他日を期する。 となっている

年紀

らしむ﹂

﹁天に私

﹁精にして 又精 其の天を全 う っている。また、 神 むべからざる、これ 君 たらざる者は、 形 は 六合に通 ず

間の精神ともなって した雑家である事か らいえば、益し当然であろう。 21 (3 ㏄ )

(23)

いであるから、かか

等 かの影響があると

り 宇宙論であって 、

自然哲学の出現が神

は易伝や漢 初の春秋

篇からである。次に 改めて、その概略を見よう。 ①木村英一氏、老子の前研究二九五頁。

、祖神のダークサイ

も 相通ずる思想である。

、中国哲学史新編第一冊四九八頁等。

注 補遺︶というが、

化しているのは 下 引 韻文と同様である。

た 矢作高山、大王荒亡梱を引いている 涯 。

である。

変化の オ ある事、鬼 神の如しの意である。

頁 ︶、かかる見解化は (34

間 に位する。とはいの での原始儒家の神観念には、

ってそれが判然と表れる事は: 恰 かも

(24)

十日田古ハ生井 L は 23 (345)

の神が具体的に

経に見える帝は

的矢であり、また

も、

﹁これを上帝に

生ず

﹁天の助く

柔体

有り、以て天地

これを神と

謂ふ

﹂靱猿

、早期

れも、

・神を陰陽

劣化であるから、

昼夜の道に通じて知る

故に神に方

くして、

に体

元し

上とヵ

ある。鬼神も同様で、﹁

四 穏 成し難い。詳しくは続篇 で 検討する。

(25)

来たよ う に道家の出

。而して、この転回

事 によって、儒家の

は 上帝に 事 ふる 所

れども見えず、これ のこ

けしむ﹂の如き、 祭

によって生育する事

疑 ひなきは、天を知 しれ

︵ 2

であろ

。ただ、

42

盈を害して謙に

福す

﹂︶

者は、⋮⋮鬼神とね

て、

以て神明の徳に

示教的存在であるより

、この二気は統一

とである。両儀は

放論である。かくし

(26)

及びてや、高きを

楽は陽

より来る者な

陰陽説の発展と見得よ 、

礼が陰陽に

くとこ

社家の一般思想と考えら

勿論で、前引札運の鬼神

しで

斉成

するは、陰陽を㏄

詩篇の鬼神や神が祭祀

2

礼 理論が展開して ぃ ︵ 8 ︶

。 礼 と楽とは孔子に ﹁誠は天の道なり﹂は前引孟子と同一表現であ るが、天命の性、率

想は存しないが、 神 近の傾向であるが、︵ 5 ︶

・中庸は礼記の中の 一般が、陰陽 説 に関 速 して説かれるのもまた当然である。

陽 となり、変じて

のと見る 礼

生成論

(27)

原理や法則と化して

神とを合するは教の至りなり、衆生必ず死す

死すれば必ず土に帰

懐槍

となる、

れ頁

となる事を述べ

﹁神明に交はる﹂

易伝

等にも存する

いる事は周知の通り

列して五行とな

原理となっているよ

観に本いて・その

消息を知るには五行

べて

別稿

に譲る事とする。

(28)

中国固有の宗教と 陰陽思想

化 というによって 明 かである。 0 季 鼎詐 、周易集解 巻 十四。

上 なる者、これを 道 と謂ふ ﹂ 珠 辞の道である。

ある︵ 易と 中庸との

の 成り立ち﹂一一 三頁以下︶。 ⑤枝野氏、前掲論文参照。

興味深いが、この事 も 続篇 で 検討する。 0 つと かたど

﹂というのも 同構で あるⅠ なら

﹂や﹁ 夫れ 礼は必ず

。 礼運縞 はこれに

を作 すに必ず天地

以て徒となし、 五

ついては、﹁礼記 詩篇の成立﹂︵未刊︶で詳説している。 かんが

五常の行に道らし おモ

気は 、鄭注にい う

とをい う のである。 巳 9

ともと、礼記が 泰漢 7

を 挙れば、天地 将

(29)

万物を聴

覆育

﹂の語も見える。

﹂東方宗教第三号参照。

参照。

周礼牧人の陽

・ 陰祀

ものが多い。これ

至った過程、及び

て 3 ㏄ ) 28

(30)

むすび

け ︵

はじめに

問題

の 研究し︵明治四十四

2

はじめに

近代学者の見解とその批評

1

外来起源

︵ゾロアスター教起源

源説

1

阿弥陀仏の原語の用例

2

レ 日

武石のと

レ 臣節

す ぎの由来

藤田

右レし

堤昆

顕二︶

(31)

ぼ ならぬであろう 西学者の諸 考説と というわけでは らぬ必要があろう 東西の近代学者 ﹂とと思われる。 ず ∼Ⅰ︶の・円目、㌧ ゅ Ⅰ ぽ のとは言えない。 どのように考え みたいと思 う 。 と ,東西の近 、阿弥陀仏の起 弥陀仏の起源を明 なくなってしま らぬ問題が 、た 陀仏の原語からみ

首肯

は、

ある

いと

た し

学の

して

山山ハⅡ

して (352)@ 30

(32)

阿弥陀 4 ムの起源問題の

近代学者の見解とその批評

Ⅰ外来起源

︵ゾロアスター教起源

陀仏の思想は外来

見解を整理する

れに準じて考察を進めて行くことにしたい。

。ヘルシア︶の

げノ口

の一

である摩尼

2

る 。

光明の典型として

提示することが出来 れば、幸 い であると思 う 。 31 (3%)

(33)

の前 - 記リュ バクに ︵ 6 ︶

説が 、その後多くの学者によって主張せられ、 今日に及んでいる。

生色 のコ ︶ 圭イ l. ス ︵ ぺ戸 は コン ゼ ︵ M. の o 口 Nm ︶ 、ペリオ

弓の口 ぃ 00 教説が シナ 玄実 とが、 ないし、こ このような ているから、 ぼ、 確かにこ 三二口 反 してい 思想を外来と くも朗読して

法顕

を 知ら

か み

為され

てみれ

弥陀仏

陀仏の

いるのである。

フ 0

千名を想起せしめ

及ぼした。ヘルシアある

・大乗仏教によって︵西暦 三 00 年頃に︶普 の教説の起源に関する確実な情報は欠くが いは摩尼教の思想にもとづくものと想像し ︵ 3 ︶ か 日一酌 す ぎの 口帝曲 をもたらして、 か 日田︵ 笘 及 2 354 て ︵ の

(34)

としては、阿弥陀仏

唱導されたもので

日 0

︶において、

源を主張しているのであ

@

明示していない学者が

であろう。かれは、

、インドは何も

33 (355)

だまだ多くなるであ ︵ 7 ︶

からの推測の域にと

ノン

c?

は日貸しを挙げうる程度であろう。

た し ュスハづ ・ミ房︶や マルマン 9 日一 ギーのすぐれた低 い。次に、ドイツ ている学者は意外 が代表的なもの のであるが、もし

(35)

拠 を展

行くこ ︵ A ︶太陽神税11と

︵ Wr ダ曲 との関係

拝 め

学者によって採用されている根拠と思われる。 中央 ア

るが、︵ 3 1 ︶ 閲 しているこ とにしたい。 思想の影響に ジア考古学や これをもっと

の ユダヤ教の申へ、

ンド・チベット学者

いない。もっとも、

いては、

∼三曲

ヴず の

いるというほどのも

ずや何らかの学問的根拠があるに違いないが・

少なくとも阿弥陀仏

央 アジアの探検で

1

らをまとめて整理し

c 鰯 ) 34

(36)

いるⅠⅡ 1 ミ ノノンの 口 田田 卍ツ ︵ 曲 35

戸 @

移し換えられた太陽神であり、仏教と民間

信仰との相互浸透の顕著

も、

しくはその神的な光明である。﹂︵

5

l

・ ︶

レーバン

︶ 0 ︵ 繕 ︶と共同して書いた論文の中に 、 の口ちの 隼 ユ ・。 ド ・ ゥ,ノ や の︵レオレ りり甲 ︵Ⅱ︶ 大 であったからである。﹂

中で述べている次の 言葉であろう。 そして、その

してあらおされる

の 仏陀は恐らく ぺ

人々によって考え

インド・スキタイ

(37)

入ってきたことは、 ︵ 2 ︶ たと見てよいであろ 的ではなかろうか。 も 同じように太陽神 く 別の説を立ててい

周知の如く 、 アヴェスタの 富ぃ ︵ ゴ ︵ ゅは、ヴ エ ー ダ の口印︵ Hp に 対 の ︵弥勒︶に対応する して、阿弥陀仏の起 かにも大胆であるといわねばならない。 来、目ミ ダ 田長 ヂ 教内部にあっても、

舌群

神の名において認められるもので 眈ド、 仏 ︵ ケリ ︶ 種々な形で原始経典以来言及されているから、 と

︵㎎︶

近年では、仏教学者

6

ころであるが、

。したがって

、批

枯ミ

という

なるが故に、イラン

リグ

・ヴェーダ

(38)

この点、エリオット 阿 弥陀 ィム の起源問題の し目 臼 0 ︶ 0 日のの︶ い戸ネい ヰ的匹 0 ㏄の目 せ 倖 ぎト︶・︶ チ るが、しかし よりは、むし

八田の

い く 崔 ⑥ 一

のであ

ざ曲プず曲

0 世界 C35 テ Ⅰ 収の翻訳を利用

検討してみると、 ア

。ハルトロメー︵ い甲 ︵ z ︶ であるからである。﹂

求める試みも 現わ

屈倖伍ずがョ ︶をま有わし

場は、 単に太陽神 起

方なのであるが、 当 いる。

いう四つの天界に り 、われわれは、

霊が落ち着く場所

(39)

想 世界と光明との 結 8 界を指して﹁不滅の

であるから、︵

8

2

わざわ︵

ット の主張は難点を かに一二の学者によ

︵㏄︶

あろう。

相応するであろう。﹂ 認める説である。 目づ

ぃ宙ヴア

のと三岸

8

次の如くい,

ワの

N

の ョ曲

臣下ダ

曲|

︵ Ⅲ︶ か

られるよ う になっ ど 同じ見解を表明しているのが注目せられる。 かれはい う

C 田田

ハ ︵の

倖円

ヰロの

,と 対になるものであ 。﹂︵ 2

刀つ

イづ,、カン

はも

仏い。一方・

n

︵ 解

それはが

目甘甲

(40)

阿弥陀仏の起源問題の あ も の 本 旨 門 は と 容 で と

仁心ぎもに

0 ユ 同 の 材 と こ の い 、 と

有る

ミ スや 鰯 ( ) @ オザ ぴ ( ) カ N Ⅰ べ pH ) 苧 注 意

ス っ 似 て タ て し そ し l い て の た

教 る い よ カ と

ばす

ィ の も る う く " か り

専 の こ に て 39 ( 笛 1)

(41)

るであろうか。

は 何も持たない。

ヮな 後の学派のみ

曲 ︶であらうよ シとぃ

される光明︵ や睡 り︶

ぃは みずからの ヵ

である。このよ う のとは異なったものである。﹂︵ め ︶

晋 研究 序 脱し︵ 宙下

のような解釈で、

疑問と言わねばならない。 とが何らかの関係があると認めても、 すず笘については太陽神との関係を認めて あろうか。もっとも、 N

口目キ

目 い口 曲と

口印︵リ ブず p は ついてはど う い る者が多いが、それと 今 い う 神格に対しては。 ソ ロ

のがいヨ目

笘 ガキ

P

の 観念は・ヘレニズ シ ヤッドの成立につ て鍛 ) 一六︶の中に 、 ダ目 P 40

(42)

阿弥陀仏の起源問題の 意 が と よ え

ら阿

れは

ヴ さ

同院な

た的ヴ

牛 。

時 @ ナ ン く @ 店 イ と る 0

述 ネ、 ス

期 の た ッ ( ミ ト ロ Ⅰ る 。 l つ や " 」 な な い

そ 一 張

応 す

これ

ろ う

Wc

( 4 よ は し ・ の な 試 6 者 す た プ の て で と の 代 て の み に 思。 に の い て 対 フ る

も ま キ し う の は っ に れ て ン で

て わ わ ど 、 ス あ 古 次 も れ 持 賛 拠 た し 相 学 る 代 0 者 わ 41 ㏄㏄ )

(43)

︵ 駿 ︶

いであろう。

あるから、進んで

ってよい。このよう

ているが、その主張

ることが出来ると 思

てみることにしょう。 ︵ A ︶ヴェーダ神話起源 説

話 との関係を認め

先立って、明治四十 ︵ 駿 ︶

︵ 卸 ︶

力 な説と言わねばな

次のように主張せら

、下

Ⅰ田守は梵語 下 ・

に 下日Ⅱ︵ P ︵甘露、不

の 05 曲に関していわ

応 していわれるよ う

は ヴィシュヌ神話に起源を持つもの て あろう と 。さらに、 荻

とも 枯 せられている ( 鰍 、 > 42

(44)

阿弥陀 4 ムの起源問題 く

れうるものであっ

ほどき 串葉 としては

して用いられて ぃ

されない限り、 こ

あろう。

て コソ 但し無量寿と bH 千 ︵ 6 ︶ ように、この説も・

る よ う に、この梵天 ︵㏄︶ じ 説を立て・それが の よ う 第二 五︶に つ ら な は 成立し難い、と評さね ば ならぬであろう。

ドニ・

三 、

光の観念に

国 では矢吹 博 が 、

何は ところで と 見ること ︵㏄︶ たので、 こ つであって ない。 几下ヰ月村

別に論じ

ヴア のの 二

ると ・ こ 43 ( ㏄ 5)

(45)

以 三十 すな ティ ある せら

。それは、明治

める説である。 王城クサーヴァ

経よりの脱化で

の神力を持つと

界 との描写の関

が 、それは飽くまで

すると、このような いであろう。 ︵ B

︶仏教神話起源

人マ ツクス・ミュ ︵ 辞 ︶ 44

と 関係があるとし

きれているが、オラ 366 ナ との機能が或る 点

、阿弥陀仏は ヤマ の

ことは上述の如くで

帥 三︶神の呼称が、阿弥陀仏のそれに類似して いることも指摘して

ないであろう。ヴァ

(46)

阿弥陀仏の起源問題の

け に

や の

45 ( あ 7)

を 認めているが、 し ︵ 何り 博士がリス・デヴィ

あったけれども、 そ

って論評されている

。それは、前述の梵

ないのと、ちょうど 同じ事情にあると言ってよいであろう。

仏の世界とのつな

の 起源を問題にした

は 、舌口葉の上では

するほどのものでは ないであろう。

(47)

7 6 5

㌔ 乙 口

四Ⅰ

は ( つ れ

0

目の口ロのの

民訴

仁の陣 Ⅰ 忙曲 0

目口 の Ⅱ イ

ィヒ

碑 昭 」 見 史 和 ( 6 む 干明 こ

十一

9

目下 の・

』・,

" 一

で く鍋 8) 46

(48)

阿弥陀仏の起源問題の

Ⅰや・

ト のの

l か

Ⅰ・

し拐ア

田口

リ ・ 臼肚 、 臼肚 0 、 ゆト切 ・ トトめ ㊥Ⅰ

・ノミ山口 c プ o 口︶ 0 のの

ざい ㏄目凹 P 之の ヨペ oH 斤 ︶ 0 の トや のの

㌧ 的出 ㏄ プ圧 H. い 0 ロ印 |

ト出 肚

おの で H. ︶ゆ り 0. づ トめ Ⅱ 宜 h. Ⅱ ヴ ヂ山 - ㌧㌧・ ト N 占の レ

パパ同官 ゅ ㏄ 3 つ トの ㏄

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0 % 目し 0 仁 山山 アが日 P 弔 pH が ト の㏄ 0. で づ ・Ⅱ 0l Ⅱ ト

目口のの ヒ 0 且 0 牡 0 ∼ 倖 ︶の り ㏄・Ⅰ NNH

トは Ⅱ

0 り 日の呂、 O Ⅹ ho 円仁︶のの二ロ 卍か Ⅱ

コ隼 8 くの 隼 p 、㏄ 仁

め卜 Eh ︶:Ⅱ - ㏄Ⅰののす / ト 0 曲 田 ㏄・トート 00

づ ・ ト P. nh. ヒ W ︵

(49)

)(

テフク和ノロ ) 7 ( Ⅱ リ ハ

本め Ⅰ放 参

巨 ㏄Ⅱ @N 仁 Ⅰづ曲目 0 Ⅹ 朋 0 Ⅰ 倖ド のけの・ 弓 ・㎏ 卜し

われる説も

0 のの 席 5 口の日 | 25 ) 鮭 ㏄

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0 Ⅰ 口ロ 白の 年正 の

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(370) 48

(50)
(51)

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2

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十二 、 0 l 笘 Ⅰ

の場合のど

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8 ヵ出品 ざ邑 ・

す招丘仁の ・ ロ,

住 ︵・ @ 円 e 日号

︵ す n. 住 ︵・ @. 円貨ものぎ田ぽⅠじなどに見られるもので、 マルマンは そ C3%0 ・ 50

(52)

浩智 善 教授﹁仏教 起源 経典史論﹂︵昭和十四年︶二三四頁等。 の 仏 陀 阿弥 二巻第二号︵昭和四十年︶参照。

年 ︶所収二二一 | 二三 0 頁 。 問題 色

ヨレげ日、

㊦ し一

の目圧 日

日 のの

ロ ・Ⅰ・のと。

ⅡⅠ

宙ゆ

いの︶・

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︵㏄︶㌧・客月

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b.

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論文がある。

口口口印

ア Ⅰの う

︵ し h.

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日 oH

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く 0 日日押し

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め ㏄ ゆ

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O 口

Ho の N.

やふ

(53)

︵㏄︶矢吹博士前掲 春 、二九三ー セ頁 。

時ガ 0 口 O の hp ロダ ︶・の ゅ 日午 乙笘 ,ま い のの・ Po のの,

ワお

︵㏄︶ 屈 ・ よ Ⅰ 仁サ pn 。 ob.n 印 d. ワい か∼ ︵㏄︶中村博士前掲論文参照。

毘せ

0 ︶・ パ ロメ・︵ 0 牡 0 田 円安 し簗 ・ 月 ・ ヮ 演出

0 幅已 め牙山口 m. づ由コの

目 O@ ロ ・ @H 、 ︵ ま p@0 。 0 づ 。 リ ︵・ P ㌍の 痒 。

せ 0 ㌣ⅩⅩⅡ︵ 0 月吊 0 円山 いの 0 の レ ・ 毛 ・ H ㍉㏄ ダ肚 ︵べ目 ︵ 叩 ︶ ト ・ パ , 000 日月餅 ョ pHH ︶ セ @O やふヴやコ ︵ れ ︶松本博士前掲 喜 、一二ー三頁。

0, づ ・ ド 0 ㏄

目 ・倖の︵ 、ロ dU-pn @o ㌧。 ヴ n. トめ肚申

上前掲 害セ 六頁以下参照。

0 月をの 0 ア 58p Ⅰ O 口ロ 0 ロり の∼ H, b 屯 ・の田い , ㏄ ︵以下、次号に掲載します︶ (374)@ 52

(54)

ヘルダ一における「自然」 「人間」 「 W 」

︵ノミ。

ア Ⅰ口目的の中︶

︵一四九二︶から数㏄

%

︶の

印度

53

るかもしれない。他の洞窟世界について 、所詮、おのが洞窟世界を蔽って余りあ 固執するが故に。 には東西の世界に通ずる絶対的価値規準 とに気付くであろう。 は 、いかほど見聞を広めた る全世界を構成するには至 の適用をあきらめなければ

人間﹂﹁

平野孝

(55)

面 に美しく善き綴るこ 潮を十分に汲んだ上で 値、誰はばかることな どのような影響と感化 との出来る情熱の詩人 ・それをど う 受けとめ く文字に表わすことの を 彼の世界に与えたで とり上げ、自然の中に お め で た で もあった。この 一 か 。何者にもとら きたぎりぎりの 一 ろ うか 。本稿では ける人間の位置づ 線はどのよ われず︵と 人の偉大な とくに、 け、 神との 人格が 、 信じて︶ う なもの この偉人 対決の揚 ヨーロッパにおける伝統的な思 存分に考えることのできた極限 であったか。そして、それは、 ヘルダーの計り知れない業績の における位置づけを考察してみ た 。それと同時に 、 とばしる言の葉を紙 めた、最も理性的な心の持主の一人であった。 彼は良心の命ずる 味 する。この ょう な ダ ーであり、彼を先 っ たと考えられる。 守円 Ⅰの ,ロの ㏄の 1 ゲい ㍉ べ ㏄︶ ロッパに広まった 理 紹 0 ︶の宗教改革も 、 来たわけではなく、

二五二 0 ︶、オラン パ人の地位も自ら昴の

始めていた。やがて︵

(56)

ヘルダ一に できる。一つは シュ った 。一つは宗教 ッ クボーンともなっ

ーという一箇の人格

諸民族に対する率直な認識。 然り 自 なかった。ところが、 ョ 「 ム 報告による、海外 間 」 響

一 一

摘出することがで きる。

産の摂取。 二 、カントによる啓蒙主義への開眼。

ハ マン︵Ⅱ。 プ のロ 口

ッ クファーソン 神 ﹂

詩 観の根本的影 r

程に沿って考察を進めたい。 55

(57)

師の下らぬおし ゃ

かし、このト ン

∼ 帥

しづ

の ギ目

Ⅰののの

ぃ口押

とともに、彼の豊か な 見識の基礎をなしたといえる。 ハ ︵望日 0 口ロ の 。 ア,ト の申の 1 のの︶ 、 ハラ @. ︵ 柚円 二丁Ⅰ 0 の す ︵ せ 。 目 イ円 主すク ⅡⅠ む ㏄ [ " 音 へ噂 ) クロップシストック︵ⅡⅡ㎡甲ぎ アの 0 ︵︵︶ すず から、立千 リ シヤ、 口

㌻ にし 1お︶、ダッ

として住み込むこ

生まれた。家は決

流の暮しであったという。︵

2

から与えられたも

得には驚嘆すべきも

ざ た 」 れ で の た は で で 、 あ

ぅ あ か ・ げ た し よ う な 諸 要 素 が 、 へ ノン ダ Ⅰ プ く @q ど の よ らノ Ⅰ ァ し し て 拘 わ @ 合 そ し て ど の よ らノ な 形 で 摂 取 さ れ 表 現 C3785@ 56

(58)

︵中略︶冗談

愉快な一時でもありまし

ルジュウス、ヒュームで

れるのでした。また、

れに先生が知られた自然

合いに出されて、果ては、

自身の経験といったもの

のないものなどは有りえ

できるよ

に導いて下さい

3%

﹂の人、この私が最大

5

ッシ 0% ァし ホハ 。 これ ント であ へ る 。

時東 プロイセン

︵内 の田 ㏄の 了 お︶に 伴 ない外科の勉強ができるよ う取 計ってくれ

った ︵十八歳︶。

たのである。 ヵ 当時三十八歳 った 。

はこういって い

(59)

たれた喜びを詩に綴り

の句のののの︶悪の的

鎖は解けぬ。

︵ 5

主は賜

えり。わがカント

の 丹す日

T

本目

っていたと言える。

ヒントを得たのであろうか。これを理解する

仏力

度外視するわけには行かない。

えること、何物にも もあった。 あった。ところが、 向けざるを得ない 結 する運動が啓蒙主義 何をなすべきかを 教 ってしまったへ んダ っ たことは、寧ろ 当 ダ ーは、すでに人間 た 。而も、その思索 ためには、やはり ケ ︵ 4 ︶ かしく 浮 びます。﹂ ( 抑 0 58

(60)

ヘルダ一における「自然」 「人間」 「 神 」

ある。ところが、

想は随分変ったもの る 。

の 啓蒙思想のムロ珪土

断を再認識すべきも

え 出した。 ハ マンが

うことによって創造

精神も模倣的精神

には、古典的な ギリ

であるとする。 さ

ぅ 確信を抱くに 至 ︵ 6 ︶ る 。

ちていたから、 魔 術師の異名も起ったのであろう d

のの A ー ぃ薄 8 を読ん

ン ﹂︵一七り上 ハ 0! 上ハ

そして、ハマンの口口語学者の十字軍﹂ を 読むに至って 、へ ︵の 9 ︶

先駆となることが決定的となるのであった。 59@ rami

(61)

参加した

フオルス

・アカデミー賞受賞 育成のための歴史 哲 には、ヘル ダ Ⅱの 大 1目︶の基本線は 、

︵Ⅱ円山岨

p ︶における勉学を基

︵ | こ、 2 1

自然、人間、Ⅰ二口

歴史についての

版 であった。 送って い ぅ 希望を抑

より、もっ

けてみたいのです。これが私の念願です。﹂,︵ 1 I ︶ 届 となっ 月は東海を

2 目荻 じに る ︵ 日附 え 難く、 と沢山の て現われ 渡って コ 至った。 回にわたって連載 ︵ 0 ︶ として出版されたが こは、妻のカロリ ㏄ '

(62)

ヘルダー における「自然」 て が に ヘルダーの学問は 、 決して組織的とはいえな 対する見方も自ら明らかになり、彼の主張を いては一 つに 帰すはずのもので別個に理解す 一七六九年のⅡわが旅日誌﹂には、新たな 世 いる。 ﹁人間、海などという被造物、気候、こ うし

人間

た 人生史の概観で ある。 いが、人間に対す 体系的に理解する 。へき性格のもので 界を巡航して得た た自然は 、 何と 偉

士ァ Ⅰ はない。 留め もの

|ルに

死ぬのであ

常 な興味と期待を寄 籠中のものとし、自説の展開に役立てている。 王子の行 ぎ N づ o コ の叶巳苦す 佳 お ︶ 咬巳ゲ| 屋 ︶の宮廷牧師 兼宗

銭 ︶の宮廷牧師 兼宗 61 c 鰻 )

(63)

ぅか 南であろう

。人類の

か 。︵中略︶ キ

る フランス ゥ 英国、オランダ、ドイツの国情。 中国・日本

をし終え、啓蒙 ︵ 止 ︶

ことである。﹂

なかったのだ

の 構想し︵以下 想 ﹂と略称しにいたっていた。

に 不遜な人間

であった。しか

て 認識され、 ま

七八七年︶は 第

を 中心とする 物

た 彼の思想を辿 みたい。 た ら も

つめ一

て見

部構意は

「 『 構 が )

の の り 趣 か 元 政 ス 原 C3%)) 62

(64)

ヘルダー @c おける「自然」 「人間」・「 神 」

由 億円のⅠ㏄円の

ロノ

のⅠ︶

であった。そして、

ミクロコスモス

@ ︶

に人間は地上の小字

ば、

彼の全篇を通

の 出発点であった。

博識な観察からはじめて・人間界に及ぶ。

るが、凋落すれ

によってやがて

である。類似の風土

果実は少くなると

物界にもそのまま妥当するのである。

のか。なぜ自然は・その創造物をこのように、

押し

んコいへ

し んロい

空間に、最大多数の

均衡がとれた時にだ

た彼

独自の心境が開

︵⑳︶

提出することが出来たのであろう。

63 C3 ㏄ )

(65)

窒息 味 においては

間が 。この組織中の あろうか。

在し、これ以外の

を 通して、そこには ありえない。しかし ことになった。 来 上って、手足の構

ぃが 。我々の中に沈 ざ ︶は、どこに宿ることが出来るだ 5% ど 高度な働き精神力

的な実在﹂、﹁神性を

神論 ︵ 弔目 ︵ アの 出自甘し が 認められるだけで 性を具有するものが

形 ︶と呼べる働きを 2 ( 緩 ) 64

(66)

ヘルダー @c お ( プる 「自然」 「人間」 「 神 」

︵ところに

向 って・あらゆる方面に伸びて行け

る ︶ものである。

Ⅰ︵何の︶

@

以外のの oH ︵ 汀ざを、

いては禁を破りなが

に 確立したことにな る 。それが次の言葉でもあった。 65 て ㏄ 7)

(67)

︶キリスト自身は

。﹂︵ た

md

︶と述べている

ならずと認め、また

イェスが、人間とし

いる。オーソドック

。しかし

ルダーにとっては、神の子として、

一方的に天降ったが

らば、ヘルダーの

事柄が多いのではな

かろうか。

芸術にも

脱き

及んだ上で次のように述べる。

この喜びをしみじみと味わい。地上の 自らの思考世界の申に納めた時、遂に 自 たちの神﹂と自認して少しも 恥 ずること っ たとも解される。イエスにおける﹁ 神 れたの 0 ︵︵ プのノ を確実に把握した時には、 はあるまいか。ヘルダーの神観には、 ど 全組織の中でこう認識し得る人間の位置 ら 第二の創造者として名乗り出るに至っ のない、むしろ神に対して、 こ 9 目覚めさ の子﹂としての 自 覚と 、 相通ずるものもあ 最早、単なる神性を宿した器物ではな, うら こ う い う 要素が窺われる。彼が イェ りそうである。つまり、自ら与え も へて 、の 0 ま それ自身だと信じたので ス について、﹁キリストが自ら信じ を 再認識した時、そして、全世界を たのではあるま いか

。これは﹁動物③

せて頂けたことを証明する言葉であ

(68)

ヘルダ一に おけ る 「自然」 「人間」 「を ヰ Ⅰ いない。しかし、

︶ べ ・ 幾らわれ 的 び ︵ tl 一 0 ァの なければ 生命ある なり、 統 ︵ お ︶ なった。﹂ 神によ ることに 間は神に だから、 り 、病気 この点 すな む ち とが出来 ﹁ 人 問が

醒 させられ

なった。 人

のである。

貧弱にもな

っている。

ロ 0 こするこ

たがって 、

﹂と説き、

っ たなら、

る 舌口薬︵ 倖拐

れた。さも

もしれない。それがこのⅠ二口語能力︵ 留尽 。 ァの ︶ によって 、

感情が一と

くるよ う に 67 ( ㏄ り

(69)

彼自身は遂に

ら 、世界の事実につ

・実感と観察とによって帰納する研究 描度が、 まず殆どなかった な 引 ろ え 想、 り カ い 退 こ う る 的 は へ

ン 。 す め か こ 人 は か 起 視 者 を ト 旧 こ よ 。 と 問 い ダ し の が 文 は 師 と う に 像 の l て 居 、 神 字 、 の は な ょ と で が み 想、 の に 抗 力 出 独 っ - あ た は 賜 書 行 ン 来 由 て 致 る 以 い 、 物 か 記 ト な の し 。 上 。 彼 を れ を さ か 宗 そ た 教 の こ 白 土 た の か 祖 よ

発 ら と う こ へ 。 を

と ル 事 抱 音 也 て 人 間 と

" ダ l

実い

" た であ なら イ の

周 の へ へ る な ェ 観 へ い ス 方 囲

の構

『 ル

ダタ

化 ル 。 も か

九 想 l i ダ し 夫 ろ 々 」 は は l か か 割

聴覚

たゲ 好さ 知能 を 第 当 目 し ら り 麟 一 時 ぃ ら 、 陸 田 テ 手 伝 道 l が め を 察 巻 の わ が 信 つ し と 伝 い し す が 教 は 、 仰 た た は っ 理 て る 出 会 禁 美 的 者 神 射 て 白 ゑ 台 こ た か 断 は 実 で は 象 い も め イ 在 あ ・ 的 た こ て

ェ 者 る 実 で の こ 獲 に 全 こ の ス と が は あ で に 得 よ く と 実 と し 故 ギ っ 現 ご と 射 て に リ

はな

。(

磁 ) か し る て

実と食

離くべ

等の尊

のイ貴ト

ス ろ て も 細 れ 異 た ィ 正 エ な の う い の か し 齢 人 置 ス の 説 か る と く た 視 類 に に で い 。 が し 且 ・ 理 さ の 立 、 は た

た し っ 想 れ 祖 っ 理 な 神 時 へ こ 広 論 た 先 に ル と い と の と

とは

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く、

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如 し る 、 し お す と た 。 神

た け べ 人 の そ 学 す し 自 も 昔 る き 間 で れ の る て 見 必 楽 こ も 知 あ ば 園 の の が 然 へ の の で 地 描 的 の ょ が

へは

得 を は 位 い っ た 」 で も な む た な

人 は ぅ か 与 理 が ま も 聴 ( の 0 、 ) 68

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