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『忠臣蔵』本蔵考-その死への行動に就て

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本蔵考

その死への行動に就て

序 浄瑠璃﹃仮名手本忠臣蔵﹄に於て、高師直へ斬りつけた のは塩谷判官だが、塩谷の相役桃井若狭之助もまた、それ 以前に師直を討とうと考えていた。加古川本蔵はこの桃井 家の家老である。若狭之助に師直を討つとの決意を聞かさ れ た 本 蔵 は 、 主 君 に 内 緒 で 師 直 へ 賄 賂 を 贈 り 事 無 き を 得 る 。 一 一 、 三 段 自 に 描 か れ る 本 蔵 の こ の 行 動 は 、 お 家 断 絶 の 危 機 を 救 っ た ﹁ 忠 義 忠 臣 中 盆 子 ﹂ と 評 さ れ て い る 。 と こ ろ が 九 段 目では、本蔵はわざと悪人として振舞い、大星力弥の手に 掛かって果てることとなる。忠義の士と評された本蔵が、 何故悪人の振りをすることになったのか。彼が自ら進んで 死のうとするのは何故なのか。登場人物の描写に就ては、 この浄瑠璃の作者が複数であることも考慮する場合が或は 必要であろうが、本稿では全段に一貫した一人物として本 蔵 を 捉 え て い く こ と に す る 。

以不では、﹃仮名手本忠臣蔵﹄から看取される本蔵の行 動・心情に考察を加えることにより、彼が死に至った理由 を探ってみた。全十一段が時の経過に沿って構成されてい ることを前提として、本蔵が登場するこ、三、九段目を軸 に考察した。二、三段目から九段目前までは、死を意識す るに至るまでの内的変化が本蔵に生じた期間であると考え た。また九段目は、死を決意した彼が、殺される為の行動 へ実際に移ろうとする場であると考えた。よって、九段目 以 前 と 九 段 目 と に 分 け て 考 察 す る こ と に す る 。 内 4 n u 第一章九段目以前 一 一 、 三 段 目 に 於 て 忠 義 の 士 と さ れ る 本 蔵 が 九 段 目 で は 悪 役として振舞い、わざと力弥の手に掛かる。この不可解な 行動の意図は、革負いとなってからの本蔵自身の告白によ り初めて周囲の人々に理解されるのであって、それ以前に

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は 不 明 で あ る 。 し か し こ の 、 ニ ・ 三 段 目 か ら 九 段 目 に 至 る 、 場面には表わされていない時の流れの中で、本蔵の内面に は、のちに自ら死へ進む行動を実際にとることになるほど の、劇的変化が起きたと考えられる。この間の本蔵に就て は、手負いとなっての彼自身の長い告白︵九段目﹁思へば 貴 殿 の 身 の 上 は

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推 量 あ れ 由 良 艇 ﹂ ︶ よ り 推 劃 可 能 で あ る 。 そこで杢章では、二・三段目から九段目前までの聞に起き た本蔵の内的変化の様子を、彼の長台調を参考にしつつ、 上京前と、上京してから由良之助の本心を見抜くまでの、 一 一 つ に さ ら に 分 け て 考 察 す る こ と に す る 。 第一節上京前 まず、師直へ賄賂を贈ったことに対する本蔵の考えはど の よ う な も の で あ ろ う か 。 桃井家は小藩と設定されており、本蔵も自身が贈る賄賂 t L の額に就て、小身の主人には﹁不相応の金銀衣服台の物﹂ そ と思っていた。また贈賄行為自体に就ても、﹁心に染まぬ へつらひ﹂と考えていたのであるが、何事も﹁主人を大事 と 存 ず る ﹂ つ ま り 主 家 の 安 泰 を 第 一 と 考 え 、 敢 て 行 な っ た 。 この時の本蔵は、賄賂を贈ることを個人的には恥と思いつ つ、結果的に主家が救われたことから、行為それ自体への 後悔はなかった。ところが、塩谷の師直への刃傷事件が発 生するに及んで本蔵は、自分の賄賂が、﹁相手代って塩谷 殿の。難儀となった﹂遠因の一つになってしまったことか ら、塩谷家への後ろめたさを感じるようになっているので あ る 。 また本蔵は塩谷家に対し、師直へ斬りつけた塩谷を抱き 留めたことについても後悔の念を抱いている。それは﹁相 手死なずば切腹にも及ぶまじ﹂つまり、師直を死に至らし めねば塩谷家は断絶を免れるであろう、との判断からとっ た行動ではあったが、塩谷は結局切腹、家は断絶した。本 蔵は、抱き留めるという行為が、塩谷が無念を残す結果を 招いてしまった故に、己の拙睦の判断を誤りであったと後 悔 し て い る の で あ る 。 -93ー お家の安泰第一の立場からすれば、事無きを得ょうとの 贈賄行為も、塩谷を抱き留めたことも、充分首肯し得る行 動である。けれども、実際の彼は、主家を安泰に導いた贈 賄行為自体には後悔をしていないものの、一方では、その お家第一の行動が塩谷家の災いの遠因となってしまったこ とから、塩谷家に対して後ろめたさや後悔を感じているの である。家を守るべき家老として当然のことをしたはずの 本蔵が感じている、この後ろめたさ・後悔は、何に由来し て 生 じ た も の で あ ろ う か 。 本蔵のとったお家の安泰第一の行動は、封建官僚組織の 一 員 と し て の 行 動 で あ る 。 近 世 ] 封 建 社 会 に お け る 、 秩 序 重

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視 の 論 理 か ら み た 場 合 に 、 そ れ が 是 と 回 硬 さ れ る の で あ る 。 しかし、戦国の世から培われてきた武士のあり方、生き様 といったものが、平安な社会秩序を保とうと意図された政 治組織の下に必ずしもあてはまるものではない。その様な 論理からみると、本蔵の行動は逆に武士らしからぬ行動と して非難されるものとなる。このような、近世の武士に求 められた相反する二つの論理は、内山美樹子氏の言を借り れば﹁封建官僚的論理﹂と﹁古武士的論理﹂の対おという ことになろう。本蔵が塩谷家に対して感じている後ろめた さや後悔は、それまで封建官僚的論理に沿った生き方をし てきた彼の内部で、塩谷の刃傷事件をきっかけとして、も ともと内在していた二つの論理||封建官僚的論理と古武 士的論理||の聞に相克が起きたことの顕れだといえる。 これまで、贈賄行為と塩谷を抱き留めたことに対する本 蔵の心情をみてきたが、次に、娘小浪に対する彼の気持を み て み よ う 。 小浪と、由良之助の息力弥は、以前からの許婚であった が、由良之助の主君塩谷の刃傷・切腹・家の断絶以後、両 家は疎遠になっていた。しかしやがて大星一家の消息も知 れ 、 小 浪 は 本 蔵 の 妻 戸 無 瀬 と 共 に 上 − 尽 す る 。 そ の 出 立 に 際 し、本蔵は小浪に向かって訓戒を述べている︵﹁浪人して

9 ’内畠 E g も大星力弥

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惰気ばしして去らるるな。﹂︶。この、娘 への訓戒は何を意味するのか。戸無瀬小浪母子が上京する 時点で、本蔵は塩谷家に対し、前述したような後ろめたさ や後悔の念を抱いていた。また、これらの念から当然、小 浪を息子の嫁にすることを由良之助が拒絶するかもしれぬ との危倶もあったはずである。そうでありながら、小浪の 出立に際し改めて﹁貞女両夫にまみえず﹂﹁たとへ夫に別 れてもまたの夫をまうけなよ﹂と諭す。あたかも力弥以外 の 婿 は 考 え て い な い か の 如 く で あ る 。 こ の 場 の 本 蔵 か ら は 、 力弥を一途に想う娘以上に、小浪を力弥に縁づけたいとす る意志が感じられる。本蔵が抱き留めたが故に塩谷は師直 を討つこと叶わず、無念なまま死んでいった。その塩谷家 の禄を食んでいた大星家にとって、本蔵の娘を嫁にとるこ とは出来ない。その出来ないことを敢て由良之助に軍知し てもらうために、必要とあれば自分の命も投げ出そうとい う意識を、本蔵は持つのである。それは、己の婦徳教育故 に力弥一人を夫と思い詰めている娘に対する、父としての 責任と愛情に端を発するものであろう。よって妻子の出立 後、上京する時の本蔵は、﹁娘が難儀としらがのこの首。 婿殿に。進ぜたさ﹂とある通り、娘の恋を成就させたいが 為に死ぬことまで考えていたのである。つまり本蔵の死へ の意識は、上京前には本来、由良之助一党の仇討の意志の 有無とは関係なく、娘の恋の成就を目的として芽生えたも

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-94-の で あ っ た 。 ところが本蔵には一方で、先にみたような塩谷家への後 ろめたさや後悔の念もあった。けれどもこれが死の動機と して積極的な意味を持つことになるのは、本蔵が上京して 由 良 之 助 の 本 心 を 確 か め た 後 の こ と で あ ろ う 。 そのように考える根拠としてあげられるのが、本蔵が上 京後すぐにとった行動である。彼は妻子を上京させると、 自分もそのあとから︵妻子にも内緒で︶わざわざ道を変え て上京し、彼女らより二日も前に京に到着した。それから 四日間、由良之助の本心を探るという行動をとっているの である。これはつまり本蔵の上京には、由良之助の本心を 知りたいという意図もあったということである。上京前の 本蔵には、京で遊蕩している由良之助の真意が那辺にある のか、今一つ把握出来ていなかったのではなかろうか。彼 は師直の屋敷の絵図をも上京前に用意していた。けれども それは、仇討の意志が由良之助になかった場合には、塩谷 家への償いになるどころか、娘の恋の啓成との引き換えに さ え な ら ぬ 無 用 の 物 と な る 可 能 撃 乞 持 つ も の で あ っ た 。 よ っ て由良之助の真意が把握出来ていない上京前の段階では、 絵図の用途は本蔵自身にさえ明確化されていなかったと考 え 得 る 。 勿論、本蔵が他ならぬ絵図を用意したということには意 に ん じ ゅ 味 が あ る 。 の ち に 由 良 之 助 が 、 ﹁ 徒 党 の 人 数 は そ ろ へ ど も 。 て き ち ほ っ そ く 敵地の案内知れざるゆゑ発足も延引せり﹂と言っているほ ど、絵図は討入にとって重要な役目を担うものであった。 本 蔵 が そ の 重 要 な 絵 図 を 用 途 不 明 瞭 な が ら も 用 意 し た の は 、 彼に内在する古武士的論理が、忠臣の鑑としての行動をし ようとしているかもしれぬ由良之助の古武士的生き方への 憧慢となって、無自覚のうちに表出したのだと解せられよ う。しかし、この古武士的生き方への憧慢は、上京前には やはりまだあくまで無自覚なものであった。したがって、 由良之助の真意不明な上京前の段階にあっては、本蔵のも つ古武士的論理によって自身に生じた後ろめたさや後悔の 念も、古武士的な生き方への憧僚を具現化したもの、とい う意味を死に持たせるまでには至っていないのである。 以上のように考えてくると、上京前の本蔵は、以下の如 く 捉 え る こ と が 出 来 る 。 塩谷の刃傷事件を契機として、それまで封建官僚的論理 に沿った生き方をしてきた本蔵の内部に、古武士的論理と の間での相克が起こった。そのため、師直への贈賄行為・ 塩谷を抱き留めたという行為を、封建官僚的論理の立場か ら肯定する一方、古武士的論理の立場からは否定し、この 矛盾が後ろめたさや後悔という感情になっている。また、 上京の目的は、娘の恋を成就させることと、由良之助の真

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-95-意を探ることのこつであった。死への覚悟は、前者の、娘 の恋を成就させるという目的を達成するための手段として まず意識されたものである。そして後者の、由良之助の真 意を探るという目的は、用途不明ながらも絵図を用意した ことからも察せられるように、古武士的生き方への憧慣に 由 来 し て い る | | 。 上京前の本蔵の心情をこのように捉え、次へ進むことと す る 。 第二節由良之助の本心を見抜く迄 この節では、上京してから由良之助の本心を見抜くまで の 本 蔵 の 心 情 を 考 察 す る 。 上京した本蔵は、若い時に覚えた遊びごとの経験から、 由良之助の遊蕩が表面上のもので、師直への復仇の念を内 に秘めていることを見抜いた。見抜いたこの時、上京前か ら持っていた、娘の恋の成就という願いを由良之助に叶え てもらうには、己の死が必要であることが、本蔵にははっ きりと認識された。上京前に芽生えた死の意識が、ここで 明確に、娘の恋の成就を目的とする死の決意となったので ある。そしてまた、由良之助の本心を見抜いて初めて本蔵 は、由良之助らが為そうとしている忠臣の鑑としての行動 に触発され、古武士的生き方への憧慣をも死という形で表 現したいと思った。こうして、娘の恋の成就のために成そ うとする死に、古武士的な生き方への憧慢の具現化として の死、という意味も加わったのである。しかし、亡君塩谷 の恨みを晴らそうとする由良之助一党に比べ、本蔵は抱き 留めたという理由で塩谷から恨みを受ける立場にあった。 そこで、本蔵が自ら進んで由良之助らの手に掛かって死ぬ ことは、亡君の恨みを晴らすという由良之助らの行動に、 本蔵も間接的に参加︵但し殺される側として︶出来るとい うことでもあったのである。よって、古武士的な生き方へ の憧慢の異現化としての本蔵の死は、古武士的生き方への 参 加 に も 繋 が る も の で あ っ た 。 そしてまた、由良之助の本心を見抜いたこの時、それま で は 漠 然 と し て い た 絵 図 の 用 途 も 明 確 に な っ た 。 す な わ ち 、 本蔵の死の決意が娘の恋の成就と古武士的生き方への参加 というこつを目的とするに及んで、絵図にもまた、娘の恋 の成就の礼物という意と、古武士的生き方のめざすところ のもの︵師直を討つこと︶を完成させる手助けとなる物と い う 意 の 、 二 つ の 意 味 が 与 え ら れ た の で あ る 。 -96-第二章九段目 前章では、二・三段目から九段目に至るまでの聞の、い わ ば 場 面 化 さ れ て い な い 期 間 の 本 蔵 の 内 的 援 化 を み て き た 。 ではこれらを踏まえた上で、九段目での彼の言動を分析す

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る と ど う い う こ と に な る で あ ろ う か 。 九段目に登場する本蔵は、時間の経過に沿い、順に次の よ う な 三 態 を な す 。 肘虚無僧 的敵役としての本蔵 例立役としての本蔵 的から仰への移行は﹁加古川本蔵が首進上申す。お受け 取りなされよ﹂と虚無僧が名のることを契機とする。また 刊から例への移行は、由良之助の﹁御計略の念願とどき。 ほ ん ま う 婿力弥が手に掛かって。さぞ本望でござらうの﹂という言 葉 を 契 機 と す る 。 第一節虚無僧から敵役へ まず附における本蔵の行動をみよう。そこでの彼は大星 一家を罵るなど、憎々しい悪役としての行動をとる。これ は力弥の手に掛かることを意図してとった行動であり、そ の意図通りに事を運ぶためには、殺されても仕方のないよ うな悪人にみえることが必要であった。この時の本蔵は、 娘の恋の成就と古武士的生き方への参加というこつの願い を 実 現 さ せ る べ く 、 死 へ 向 か っ て 行 動 し て い る の で あ る 。 ところが例での彼は、それが本蔵その人であるというこ とさえ隠しており、第三者的な立場にある。前章でみたよ うな内的変化を経て由良之助の居宅の戸外に至っているは ずの本蔵が、開のような、まるで事態を傍観するかの加き 立 場 を と っ た の は 何 故 な の で あ ろ う か 。 本蔵の虚無僧姿は、由良之助の本心を探っていた聞の本 蔵の姿を寓意化したものと解せられよう。虚無僧は江戸時 代、深編笠を被り、また全国を自由に往来できたところか ら、幕府に隠密の役を課せられたとも、隠密が壷無僧の姿 をしていたともいわれお。虚無僧姿は、探索には好差是 姿だったのである。上京してからの本蔵が由良之助の本心 屯 り を探る問ずっと虚無僧の形をしていたと考えるか否かは兎 も角、素姓を隠すための仮の姿が他ならぬ虚無僧と設定さ れているところに、作者の意図を感じることが出来よう。 もちろん本蔵自身の心情に沿ってみれば、上京してから九 段目で虚無僧姿をして現われるまでの聞に既に、由良之助 の遊蕩ぷりから、その真意を見抜いていたと思われる︵ ﹁若い折の遊芸が役に立った四日のうち。こなたの所存を 見抜いた本蔵﹂︶。したがって九段目に肘の姿で登場する 本蔵は、由良之助の真意を見定めて既に死を決意している 彼が、死ぬための行動を起こす︵附の姿に移る︶のに最も 適当な費冨を窺っているのだと解することが出来る。そし てそれは、本蔵が自分の死を有意義なものにするための機 会 を 探 す こ と で も あ っ た の で あ る 。 本蔵が肘の姿をとって登場した時、由良之助の居宅内で 旬 t 凸 び

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は本蔵の妻子が、力弥との祝言をお石に拒絶されたが故に 今しも死のうとしているところであった。しかし、拒絶の 理由としてこの時点でお石があげていたのは、本蔵が﹁金 つ い し よ う 銀をもってこびへつらふ。追従武士﹂︵これは直接には若 狭之助を指す言葉だが、間接的に本蔵をも指す︶だという ことであって、塩谷の本蔵への恨みについてはまだ言及し ていなかった。娘の恋の成就と古武士的生き方への参加と い う こ つ の 目 的 を 持 つ 彼 と し て は 、 こ こ で 娘 が 死 ん で し ま っ ては前者の目的を果たすことが出来ない。かといって、妻 子が死ぬのを止めて自分が死んだとしても、この時点では まだ塩谷の本蔵への恨みについては持ち出されていないか ら、塩谷の恨みを晴らさせたことにはならない。娘にも依 然として匙尚武士﹂の娘というレッテルが貼られたまま となるから、本蔵の死は意味を成さない可能性があった。 故に彼はまだ虚無僧の姿を続けたのである。この場で本蔵 が吹く﹁鶴の巣龍﹂は、親子の鶴の鳴き別れを模した曲と いわ料、本蔵の妻戸無瀬が義理の娘小浪を手に掛け自分も 死 な ね ば な ら な い と い う 、 母 子 の 泣 き 別 れ と も 一 吉 守 え る 状 況 と合致する。けれども、この曲はまた、死のうとする娘を 傍観せざるを得ない状態にあった本蔵が、その悲しみを表 現 し た も の で も あ っ た 。 ところで、本蔵が肘の姿をしている聞の、戸無瀬小浪母 子の応対をするお石は、由良之助ら古武士的生き方をする 者たちの代弁者と見倣すことが出来る。小浪と力弥の祝言 に対するお石の最初の拒絶は、本蔵の贈賄行為を指して武 士らしからぬ行為だと非難するものであった。それは、お 家の安泰を第一とする封建官僚的論理を、古武士的論理の 立場に立ち非難したものである。これはつまり、古武士的 生き方をする由良之助らの論理からみた非難であった。お 石自身としては、﹁後家になる嫁取った。このやうなめで たい悲しい。事はないかういふ事が嫌さに。むごう辛うい うたのが。さぞ憎かったでござんしよなう﹂と後で述べて いるように、本心から本蔵一家を疎んでいたのではない。 だからこそ、古武士的論理の立場からは放っておいてもよ かった戸無瀬小浪母子を、死なせるわけにはいかぬと止め るのである。しかし、母子の死を止めはしても、お石の意 志 は あ く ま で 母 子 に 祝 言 を 諦 め さ せ る こ と に あ る ︵ そ れ は 、 嫁にしてもすぐ後家になることに対する不欄さによる︶。 そこで、本蔵の妻子にとっては絶対に呑むことの出来ない ような祝言の条件、即ち本蔵の首を所望したのである。と ころがこの条件提示は、表面上、古武士的立場にある由良 之 助 の 妻 ︵ 代 弁 者 ︶ と し て 行 な わ れ た 。 し た が っ て お 石 が 、 塩谷が抱き留められた恨みを口にし

E

つ 本 蔵 の 首 を 所 望 し たことは、結局お石内部の思惑とは離れて、古武士的論理 o o n u

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が望む独立した意志として機能し、はからずも由良之助ら が塩谷の恨みを忘れていないということを明確に示す形と なった。由良之助一党が仇討をするつもりでいることが、 このようにして本蔵の前に明示されたのである。それは本 蔵が死への行動を起こす機会の到来でもあった。祝言の条 件としてわが蓄が望まれた以上、首を差し出せば娘の恋を 成就させるという願いは叶う。また、由良之助らの仇討の 意 志 が 明 示 さ れ た 今 、 彼 ら に す す ん で 曹 乞 差 し 出 す こ と は 、 亡君の恨みを晴らすという彼らの目的の達成へ一助を為し たことにもなる。首を望まれたこの時こそ、本蔵が待ち望 ん で い た 、 ニ つ の 目 的 を 叶 え る た め の 戸 釘 警 起 こ す 坪 犠 だ っ た の で あ る 。 本心から本蔵の死を望んでいるわけではないお石に、本 気 で 自 分 を 憎 い と 思 わ せ る た め に 、 本 蔵 は 附 の 姿 を と っ た 。 し か も 槍 で 突 き か か っ て き た お 石 を 膝 に 敷 き 伏 せ る こ と で 、 力弥の怒りを煽り、意図した通り力弥の手に掛かるのであ る。付言すれば、仰の姿に移行する契機となる﹁加古川本 蔵が首進上申す。お受け取りなされよ﹂という本蔵自身の 言葉が、既にその後の彼の仰における行動の理由を示唆し て い た と い え よ う 。 第二節敵役から立役へ このあと本蔵は本心を打ち明ける︿例の姿になる︶ので あるが、その移行の契機となるのは、由良之助の、本蔵の 心 底 を 見 破 る 言 葉 で あ っ た 。 そ こ で 例 で の 本 蔵 を み る 前 に 、 由 良 之 助 に つ い て 少 し 触 れ て お こ う 。 本蔵が桃井家の家老であったのと同様、由良之助もまた 塩谷家の家老であった。つまり塩谷の刃傷以下の事件が起 こる前は、小藩大藩の違いがあるとはいえ、二人は等しく 封建官僚の立場にあったのである。由良之助は九段目にお いて、戸無瀬小浪母子や本識が登場する前から在宅してい たから、隣室にでも控えていたということになるが、本蔵 が力弥の手に掛かるまでは姿を現わさず、事の成行きをた だ見過ごしていた。この時の由良之助は、本蔵の心底を見 破ることから考えて、お石や力弥のように仰の見せかけの 振舞に輔されずにいたことがわかる。また後に﹁君子はそ の罪を憎んでその人を憎まずといへば。縁は縁恨みは恨み と 。 格 別 の 沙 汰 も あ る べ き に と さ ぞ 恨 み に 思 は れ ん ﹂ と 語 っ たところから、本蔵が仰のような行動をとって力弥の手に 掛からざるを得なかった心情をも既に把握していたと思わ れ る 。 そ の よ う に 本 蔵 の 心 情 を 由 良 之 助 が 把 事 レ 得 た の は 、 かつてはともに家老という同じ立場にあった︵しかも主君 もともに短慮な性格だった︶ことから、由良之助が本蔵の 心 情 を 他 の 者 よ り ず っ と 理 解 し 易 か っ た た め だ と い え よ う 。 塩 谷 の 刃 傷 を ﹁ 御 短 慮 な る 御 し わ ざ ﹂ と 評 す 由 良 之 助 に と っ -99ー

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て、師直への贈賄とか塩谷を抱き留めるとかいった本蔵の かつての行動は、同じ状祝に置かれたら封建官僚としてや はり自分も同様の行動をとったかもしれぬという共感さえ 含むものであった。けれども現在の由良之助は亡君の恨み を晴らすという古武士的立場にあり、本蔵の死への決意を 看破していながらも、その決意が実行に移されないことに は何の事態の解決も望めないということをもまた承知して いたのである。そこで由良之助は、本蔵が自身の目論見通 りに力弥の手に掛かるに任せたのであった。本蔵が玉負い になるに及んでやっと由良之助が口を出すのは、以上のよ う な 理 由 に 拠 る も の で あ る 。 本藤にとってもまた槍に突かれたことにより、力弥の手 に掛かるという計画が成功したので、もはや悪人を装う必 要はない状態を迎えた。そこで由良之助が本心を見破る言 葉をかけたことをきっかけに、本心を明かす。つまり聞の 姿 に な る の で あ る 。 ところで倒において本蔵は、本心を延々と語るのだが、 こ の 長 台 調 が 意 味 す る も の は 何 な の で あ ろ う か 。 そ こ に は 、 本蔵役の語り手や演じ手の見せ場を作るための技巧上の工 夫であるとか、また、物語の麗開上山場を作るというよう なストーリー構成の上での理由なども考えられようが、本 蔵の心情から考察すると次のようになろう。すなわち、こ の長台詞は、それまで目的成就のために本心とは異なる行 動をとってきた本蔵が、表面上の仮の姿と内に秘めた真の 姿との矛盾からくるアンバランスな状態を、矛盾のない状 態へと戻すものであった。己のそれまでの行動の理由をこ こで周囲に明かすことにより、由良之助以外の人々にも、 自分が死に至らざるを得なかった心情を理解してもらおう とした。彼の行動に対する周囲の納得が得られて初めて、 彼は目的としてきた娘の恋の成就や古武士的生き方への参 加について、何の支障もなく口にすることが出来たのであ る。娘の恋の成就については、﹁約束のとほりこの娘。力 ゃ う ご ふ 弥 に 添 は せ て 下 さ ら ば 未 来 永 劫 御 恩 は 忘 れ ぬ 。 コ レ 手 を 合 は し て 頼 み 入 る 。 中 露 曹 に な ら で は 捨 て ぬ 命 。 子 ゆ ゑ に 捨 つ る 親心﹂という言葉を発している。古武士的生き方への参加 については、師直の屋敷内の様子に触れて討入の手筈に不 備がないかを問うという形で口にしている︵﹁用心きびし き高師直。ー勤たば音して用意せんかそれいかが﹂︶。ま た、この二つの台調の聞に婿引出として本蔵が提出した絵 図には、娘の恋の成就と古武士的生き方への参加の両方の 目 的 が 込 め ら れ て い た こ と は 、 前 述 し た 通 り で あ る 。 そして本蔵のこれらの目的は、実際に叶えられる。娘小 こよひいちゃ 浪の恋の成就は、由良之助の言葉﹁今宵一夜は嫁御寮へ。 賓が情けの恋慕流し﹂によって確約された。古武士的生き

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-100-方への参加の願いも、由良之助が﹁底意を明けて見せ申さ ん﹂と言い雪で作った五輪塔を見せることで仇討の覚悟を 示したり、雪持竹の計略を教えたりして、本蔵をあたかも 同志であるかの如く扱うようになっていることから、叶え られたと見ることが出来よう。 かくして本蔵はその目的︵娘の恋の成就と古武士的生き 方への参加︶を達成した。しかし彼はその後でも由良之助 と共に、塩谷の浅慮なることを嘆いている。本蔵は、塩谷 の刃傷によって己の内に起こった二つの論理の相克に、死 という形でしか決着をつけることが出来なかった。由良之 助もまた、塩谷の﹁御短慮﹂に端を発する主家の断絶によっ て封建官僚としての立場を失った以上、古武士的生き方の 立場に立った仇討をして死ぬしか、忠臣の証を立てること が出来ない。したがって彼らは、塩谷が封建社会の主君と しての思慮を持って行動してくれたなら、お互いこのよう な悲劇的状況に至ることにはならなかったであろうという 無今宮乞かみ締めて嘆いているのである。そしてその嘆きは つまり、本蔵にしろ由良之助にしろ、彼らが死を賭けてま で目指すところのものが、結局は﹁浅きたくみの塩谷殿﹂ の﹁御短慮なる御しわざ﹂の後始末でしかないという虚し さを示しており、その空虚な気持をこの場でお互いに吐露 しているのだといえよう。そして最後に由良之助が﹁本蔵 殿の忍び姿をわが姿﹂として出立するにおよび、本蔵と由 良之助の心情は姿の上でも一体化した。由良之助の吹く尺 八の音は、あの世へ旅立とうとしている本蔵の追福である のと同時に、由良之助自身の追善供養でもあったのである。 結 本蔵のとった過去の行動︵師直へ賄賂を贈ったこと・塩 谷を抱き留めたこと︶は、ともに二つの論理||封建官僚 的論理と古武士的論理ーーからみて、善悪どちらにも解釈 可能な行動であった。したがって彼の過去の行動は必ずし も過ちであるとはいえないものである。よって娘に難儀が かかったことも、その大きな原因は塩谷の刃傷にあるので あって、本蔵の過去の行動は間接的な遠因でしかない。こ のようにみてくると、本蔵が死なねばならなかったのは、 自身に直接的な過ちがあったからではないことがわかる。 しかし本蔵は、上京前の、由良之助の真意がまだ把握で と が きていない段階において、﹁こびへつらひしを身の科にお 暇を願うて﹂とあるごとく、過去の贈賄行為を自ら過ちと 断定し、更には封建官僚として生きることをも放捕してし まった。また由良之助の本心を見抜いてからは、己の死を 一番有意義にすることが出来る機会を狙っている。これら -101

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の本蔵の行動からは、彼が最期に由良之助と共にみせるよ うな虚しさに対する嘆きといったものは、あまり感じられ な L

本来ならば己の過失でないことに対して後始末をせねば ならぬことからくる虚しさという感情を、本蔵は不可抗力 的なものとして受け止める一方、一旦己の内部に起こって しまった二つの論理︵封建官僚的論理と古武士的論理︶の 間の相克に対しては、受動的ではなくむしろ能動的に対処 し 、 自 ら す す ん で 、 死 へ 向 か う 行 動 を 選 。 ひ と つ て い っ た の だ と 思 わ れ る 。 注 ︵ 1 ︶ ﹃ 仮 名 手 ・ 本 忠 臣 蔵 ﹄ ︵ 新 潮 古 典 文 学 集 成 ﹃ 浄 瑠 璃 集 ﹄ 所 収 、 土 回 衛 校 注 ︶ 。 以 下 本 文 の 抜 粋 は す べ て 同 書 よ り ﹁ ﹂ で 示 す 。 ︵ 2 ︶ 内 山 美 樹 子 ﹁ ﹃ 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 ﹄ 論 ﹂ ︵ ﹃ 浄 瑠 璃 史 の 十 八 世 紀 ﹄ 勉 誠 社 ︶ 。 ︵ 3 ︶ 角 川 ﹃ 日 本 伝 奇 伝 説 大 事 典 ﹄ に 拠 る 。 同 右 。 ︵ 4 ︶ 参考文献 。 原 道 生 ﹁ ﹃ 実 は ﹄ の 作 劇 法 ︵ 上 ︶ ・ ︵ 下 ︶ ﹂ ︵ ﹃ 文 学 ﹄ 昭 和 五 十 三 年 八 ・ 十 号 ︶ 。 原 道 生 ﹁ 場 面 化 さ れ ぬ ド ラ マ ﹂ 刊 号 ︶ 。 内 山 美 樹 子 ﹁ ﹃ 菅 原 伝 授 手 習 鑑 ﹄ な ど の 合 作 者 問 題 ﹂ ﹃ 浄 瑠 璃 史 の 十 八 世 紀 ﹄ 勉 誠 社 ︶ 。 森 修 ﹁ 作 者 た ち ﹂ ︵ ﹃ 解 釈 と 鑑 賞 ﹄ 昭 和 四 十 二 年 十 二 月 号 ﹀ 他 ︵ ﹃ 歌 舞 伎 研 究 と 批 評 ﹄ 創 , ,、、

参照

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