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真宗研究12号 007臼井元成「選択集の中心問題」

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Academic year: 2021

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の中心問題

︵ 大 谷 大 学 ︶ 元祖がその求道の歴程における初復に終止符をうち、専修念仏にその繋明を見出したのは、承安五年︵二七五︶で あったこと周知の如くである。そして、その廻心を支えた論疏について、数ある法然伝には、これを源信の﹁往生要 集﹂に、求めたり、或いは湛然の﹁弘決﹄の﹁諸教所讃多在弥陀﹂︵大正蔵四六

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一 八 二 i s − − C ︶の備に見出したり、又は ﹁往生要集﹂と善導の釈義とを指南とする、などまちまちであって、統一的な解答を求めることは困難である。けれ ども﹁選択集﹂末尾に、諸師の中で偏えに善導一師による旨を詳述した後、彼の﹁観経疏﹂を﹁西方の指南、行者の 自 足 な り ﹂ と 讃 え 、 続 い て ﹁ 貧 道 、 昔 披 二 関 蕗 典 一 粗 識 ニ 素 意 一 、 立 舎 二 余 行 一 、 一 玄 帰 ニ 念 仏 一 ﹂ ︵ 末 亡 計 八 ︶ と 述 べ て い る 。 しかも﹃選択集﹂の主題を明かすこ行章には﹁善導和尚立ニ正雑二行一捨ニ雑行一帰ニ正行一之文﹂と標して、善導の就行 立信の文を挙げ、往生の行相と二行の得失とを明かしていること等から、その直接の契機となったものは、善導の ﹁観統疏﹂、就中、散善義の就行立信の文であったこと疑うべくもない。法然の廻心について、﹁勅修御伝﹂第六には ﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 占 ノ、

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﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 」 峰 , 、 、 まことに感激的な情況を伝えているが、戒・定・慧の三学による仏道修行に洩れる、永遠に救いなき無智の身として の自己の存在に動転苦悶していた法然にとって、この一文との惇遁は、まさに驚きであり、天来のひびきをそこに開 かれたことであろう。しかもかかる法然の慎悩は、決して法然一人に留まるものでなく、時代そのものの苦悩であっ た。むしろ人聞の歴史そのままの悲痛を法然上人一人の身に担い、悩みとしていたのであり、新らしき時代の光を求 めて、仏教本来の帰趣がそこに問われていたといえよう。 かくて、念仏往生の道は既に善導にあって﹁順彼仏願故﹂という極めて簡約な表示によって明快に答えられていた のである。けれども、それは本願に於ける念仏選択という結論のみであって、 ならば何故に称名念仏が正定の業であ るか、という結論導出の必然的理由については、 一言も述べられてはいない。元祖にとってこの課題の解決は、単に 上人自身の信仰の本質を明らかにするのみならず、直ちに浄土宗そのものの確立を意味する所以でもあった。かくて 凡夫の報土往生という本願の不思議を真に闇明にするためには、叡山に伝統されきたった源信の教学をも超えて新ら しく浄土門仏教の独立を必要としたのである。ここに先ず道綜の聖浄二門の教判によって浄土宗独立を宣言し、偏え に善導一師の経釈により、直ちに如来の本願を仰いで、万善の諸行を選拾し、専ら念仏の一行を選びたもう如来選択 の願心を明らかにし、もってその真実性と普遍性とを内外に宣揚せんとせられたものが﹁選択集﹂であったといえよ ぅ。まことに法然にあって﹁順彼仏願故﹂の一文は、上人の浄土信仰の出発点であり、同時に帰着点でもあった。即 ち、二行章にあって、善導の提摘をうけて、 ﹁ 問 日 、 何 故 五 種 之 中 、 独 以 ニ 称 名 念 仏 一 、 為 ニ 正 定 業 一 乎 。 答 日 、 順 二 彼 仏 願 一 故 。 意 云 、 称 名 念 仏 、 是 彼 仏 本 願 行 也 。 故修 v 者 、 乗 ニ 彼 仏 願 一 、 必 得 ニ 往 生 一 也 。 其 本 願 義 、 至 v下可 v知﹂︵本む といい、称名念仏が﹁彼仏本願行﹂であることを特に注意されてはいる。けれどそれは、善導の﹁順彼仏願故﹂とい

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う主張を単に換言するにとどまり、進んで念仏選択の必然的理由については、明確に表明していない。思うに二行章 には、未だニ行の得失、専雑の批判等の重要課題が残されているのであって、このため﹁其本願義、至 v下可 v知﹂と注 意し、その詳細は後にゆずられたのであろうか冶かくて、救済の一原理としての如来の願心そのものを直接の問題とし て展開せられたもの、即ち﹁順彼仏願故﹂の仏願の積極的な詳論を試みたものが第三の本願章である。更に時機相応 の本願の行に如何に信順ずるかという信のあり方、即ち所修の行に対する能修の心を明かすことを課題とし、実践的 立場としての﹁順﹂の一字を詳論したものが第八の三心章であるといえよう。然るに、そこには正しく自己の廻心の 直接的契機となった善導の散善義コ一心釈の全文を引用しているが、私釈では極めて筒結に展開している。即ち、﹁其 相 如 ニ 彼 文 一 ﹂ ︵ 至 誠 心 ︶ と か 、 ﹁ 在 v 可 ν 見 ﹂ ︵ 深 心 ﹀ と い い 、 更 に は ﹁ 不 v 可 v ニ 別 釈 一 ﹂ ︵ 廻 向 発 願 心 ︶ と 、 三 心 と も に 全く善導釈にゆずっていられる如きは、偏依善導一師の消息を如実に物語るものであり、更に加うべき何物もないこ とを明示するものであろう。 かくて﹁選択集﹄は﹁往生之業念仏為本﹂の立場において、 ひたすら釈名念仏を勧めたものである。然し、特に法 然教学の面目を積極的に示すものは、その念仏は我々の往生の正行として特に選択摂取せられた阿弥陀仏の本願の一 行であるということである。そしてこの選択の二字の中に法然教学の総ての性格が包含されているといっていい。明 恵の﹃捲邪輪﹂を頂点とする日本の八宗をあげての法然教学への排撃も、まさにこの選択の二字にあったといえよう。 凡そ、本願章に殺述しようとする課題は、標章に明らかな如く、阿弥陀仏の本願は何故に余行を廃して、唯念仏一 行のみを往生の正業として選択せられたのであるかという一事を明らかにするよりほかにはない。かくて特にその選 ﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 ノ 、

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﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 ノ 、 四 択の語を異訳の﹃大阿弥陀経﹄ ﹃ 無 量 清 浄 平 等 覚 経 ﹄ に 見 出 し 、 ﹃大経﹄に於ける選択摂取の意義を明かして後、先 ず四十八願の上において詳細な本願一往論を展開し、選択の意をうかがっている。更に続いて、弥陀選択の願意をき きひらかんとして、全四十八願の選択を第十八願に該摂して、 ﹁ 何 故 第 十 八 願 選 ニ 捨 一 切 諸 行 − 、 唯 遍 選 ニ 取 念 仏 一 行 一 、 為 − 一 往 生 本 願 一 乎 ﹂ ︵ 本 立 か ︶ と、念仏選択に関する核心的な問いを提示し、これに対して、 ﹁ に 十 六 J r ォ 丁 左 ﹂ といって、勝劣・難易の二試解をもって仏意を恐慮仰推していられる。これによれば、阿弥陀仏がその本願に特に ﹁ 答 目 。 聖 意 難 v測、不 v ニ 轍 解 一 。 雄 v 今 試 以 − 一 二 義 一 解 v 之 。 一 者 勝 劣 義 、 ニ 者 難 易 義 ﹂ 念仏一行を選択せられた、その仏意の第一は、名号は万徳の帰するところであって、内に一切の諸行をつつむから、 万徳の個々の劣行に対して勝れた勝徳をもっ。更に第二の理由は、諸行が難行難修であるのに対して、念仏は易行易 修の徳をもつが故である。この故に、如来は平等の大悲にもとづきニ切を救済せんがために、本質的には勝の徳をも ち、実践的には易の徳をもっ念仏を選取し、もって正定業とせられたというのである。かくて、本質的にはその特秀 性の故に、実践的には念仏の普遍妥当性の故にというこ理由をもって、念仏一行を選択せられた大悲の願意が明確に せ ら れ た の で あ る 。 凡そ三国に亘る長い仏教の歴史の中にあって、聖道の諸師は、観念の念仏を貴び、称念をもって観念に堪えざる下 機の修する劣行であるとしてこれを隠しめ、或いは観念成就の方便的価値としての念仏しか認めなかった。然るにか かる謬解は、実にこの選択の仏意を領解し得なかったと云う一点に基づくものであることを的示するものである。又、 近 く 叡 山 に 伝 統 さ れ 来 っ た 念 仏 は 、 法 然 が ﹃ 往 生 要 集 詮 要 ﹄ に ︵ ﹃ 聖 全 ﹄ 四 ノ 二 ハ 一 頁 ︶ ﹁ 然 観 念 称 念 、 勝 劣 難 易 。 即 観 念 勝 、 称 念 劣 。 故 念 仏 証 拠 門 中 云 下 但 以 ニ 今 山 名 号 一 為 ニ 往 生 之 業 一 。 何 況 観 ニ 念 相 好 − ・ 功

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徳九又観念難 v 修、称念易 v行。故上文云。若有 ν v = 一 観 ニ 念 相 好 二 ︵ 乃 至 ﹀ 応 二 心 称 念 − 。 然 則 依 二 勝 劣 一 先 雄 ν 勧 ニ 観 念 一 、 約 二 難 易 − 専 唯 勧 ニ 称 念 一 也 。 ﹂ と的示する如く、勝劣の立場よりすれば、称念は劣行であり、ただ難易の立場に約してのみ称念が勧められるという 態のものであった。 然も続いて﹃集﹄の意を示して、 ︵ ﹃ 往 生 要 集 ﹄ 下 本 二 守 下 本 二

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・ 同 一 一 一 一 参 照 ︶ r 右 丁 左 丁 右 ﹂ ﹁ 而 此 集 意 、 自 v始歪 v 終、勧 v難取 ν易。即序中云。披 v之修 ν 之、易 v 覚易 ν行。又念仏証拠門中云。男女・貴践、修 v 之 不 ν難等。当 v 知、所 v 吉 念 仏 、 則 称 念 。 然 観 ・ 称 中 尚 就 ニ 易 行 − 専 勧 二 称 念 こ と述ベ、称名念仏を勧めてはいる。けれども他面未だ観念の念仏をもって高い価値を是認せられている如くである。 然るに法然にあっては、念仏の一行を選択せられた大悲の願意が明確にせられ、称名正定業論の妥当性も本願の上 に確かめられ、ここに﹁選択本願の念仏﹂の意味はよく明らかにせられたのである。開巻野頭、南無阿弥陀仏の御名 を か か げ 、 ﹁往生之業念仏為本﹂と標挙する如く、ここに菩提心為先の道と諸行往生の道とが正しく筒ばれ、廃捨さ れている。しかも、その必然的理由が今明らかにせられえたのであって、この勝易の試解は正しく当代における教学 の伝統を根底からくつがえし、百八十度の大転回をなさしめたものであったといえよう。かくて、 ﹁然則弥陀如来、法蔵比丘之昔、被 v催ニ平等之慈悲二普為 v 摂 ニ 於 一 切 一 、 不 下 以 ニ 造 像 起 塔 等 諸 行 一 為 中 往 生 本 願 ヘ 唯 以 ニ 称 名 念 仏 一 行 一 為 ニ 其 本 願 一 也 ﹂ ︵ 本 誌 一 ︶ と、無差別平等の慈悲を説く仏教本来の帰趣が真に明らかにせられたのである。 かくの如く、平明のうちに念仏選択の願心について、その核心を明らかにしたものが勝劣・難易の二試解であるが、 選択論の本質を﹁平等の慈悲﹂そのものに見出し、 ﹁念仏是勝、余行是劣﹂と確信をもって云い切り、弥陀の名号に ﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 ハ 五

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﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 六 六 対する先人未到の深義を聞説せしめたものは一体何に基づくのであろうか。 凡そ、難易の義は既に龍樹以来唱導されたところであり、浄土信仰の歴史的源流となるものは、 ひとえに人間性の 自覚に基づく易行の開顕にあったといえる。即ち、龍樹は、敗壊の菩薩にあらわされた人間性の自覚に基づいて﹁行 諸難行久乃可得﹂の難行道に対し、信方便の易行として称名念仏の一行を開顕したのである。そして、天親の一心願 生道は龍樹の意に基づく易行道の開顕にあることが曇驚によって明らかにせられている。更に道縛においては時機の 自覚に立ち、聖道の難証なる所以を明かし、以て﹁唯有浄土一門可通入路﹂と決判している。こうした人間の自覚は 善導に到れば更に徹底せられて、深心釈に展開する機の深信となり、それが日本仏教に伝統され、源信に到れば﹁予 が如き頑魯之者﹂ただ称名念仏によるほかないことが明らかにせられたのである。即ち、﹃往生要集﹄には、 ヘ 二

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﹁ 今 勧 一 念 仏 一 非 一 一 一 是 遮 二 余 種 種 妙 行 一 。 只 是 男 女 貴 賎 、 不 v 簡 ニ 行 住 座 臥 \ 不 ν 論 二 時 処 諸 縁 一 、 修 v 不 v ﹂ ︵ 下 本 了 左 ︶ といっている。ざれば今、上人の念仏易行論は、これらの説をうけたものというべきである。然るに道俗貴践を選ば ざ る 行 は 、 一般の場合において浅行であり、先にみる如く、源信の如きも、観勝称劣の立場において称名念仏を勧め ている如くである。しかも、称名念仏が単に易行であるというのみであるならば、称名念仏よりも更に易行もありう るはずである。更にまた、易行であるというのみでは、それが往生の行たりうる保証はどこにも存在しえない。ただ 人間の本性の自覚に立つ機の上に要請されるというにすぎない。ここに更に勝劣の義を立て、称名念仏が易行である のみならず、本願の行として務の徳を持つことが元祖に依って明らかにせられねばならなかった。 然 る に 、 勝義を述べるに特に﹁名号万徳之所 ν 也 : : : ﹂ と 云 い 、 有名な﹁智度論﹂の屋舎の警をもってこれを諭

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説している。けれどもそれはかえって念仏往生と諸行往生との本質的な混乱をまねき、元祖が善導一師を承けて徹底 的に強調された廃立為正という浄土宗の根本的立場をおびやかす危険性をさえもっ。けれども、少なくともここで注 意すべきことは、称名念仏が勝行であることの論証に所称の名号を以て答えられていることである。即ち称名を問題 としながら、名号を以て答えるのは、そこに論理的錯雑がある。然るに、元祖があえてこの論理的錯雑を無視するの は、称名の本質的意義が単なる口称にあるのではなく、名号の正しい理解、即ち、行は必然的に信として展開しなけ ればならないことを暗示せられたものではなかろうか。かくて、法然の選択思想が叡山に伝統されきたった仏教の立 場を全く逆転せしめるものであったとすれば、我々は先ず源信の教学の上にこれが解明の鍵を求めてみよう。 凡 そ 法 然 に よ れ ば 、 ﹃ 往 生 要 集 ﹂ 一部の奥旨は序の冠頭に﹁夫往生極楽之教行、渇世末代之目足也﹂といい、易覚 易行の念仏の一門によることが示されている如く、正しく念仏を要とするものであり、男女貴賎に難からざる称名念 仏 で あ る と す る 。 し か も 、 かかる易覚易行の念仏に帰すべきことが見開かれ、勧められるのは、全く人間本性の自覚 に基づいて五濁末法の適法を選要せんが為であったといえよう。 我 間 に あ っ て 、 末 法 と い う 言 葉 を 使 用 し た の は 平 安 時 代 初 期 の 景 戒 ︵ ﹃ 日 本 霊 異 記 ﹄ 下 の 序 ﹀ で あ り 、 更には﹁像末の 衆 生 ﹂ と か ﹁ 像 末 の 叡 山 ﹂ と い う 言 葉 を 使 用 し ︵ ﹃ 顕 戒 論 ﹄ ﹀ 、 ﹁ 末 法 甚 だ 近 し ﹂ ︵ ﹃ 守 護 国 界 章 ﹄ 巻 上 之 下 ﹀ と 警 告 を 発 し て いる最澄に求めることができる。その他にも法相宗の善珠などが五逆末世の衆生は西方浄土に往生すべきことをすす め て い る が 、 いずれも深刻な危機意識を含む末法の問題が真に自覚的に捉えられていたとはいいがたい。これを適切 に時代の人心に投じて湧季濁乱の驚覚を与え、浄土教に帰向せしめた代表者は実に源信僧都であったといねばならな ぃ。かくて源信の末法積土の感知は、その要法を選ばねばならぬということと同時に、主体的な自覚の上に僧侶の破 戒・惇徳に恐るべき法滅尽を認め、その根源的な悪よりの脱出を、時機に相応する念仏往生にもとめた﹃安楽集﹂に ﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 六 七

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﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 六 八 必然的に注意を向けしめたことであろう。源信は﹁安楽集﹄を﹃要集﹄に引用すること十五回に及んでいる。僧都の 道綜への傾倒の深さは、元祖の偏依善導の語に対比すれば、偏依道縛の事実があるとも云いえよう。就中、 要集﹄大文第十問答料簡の第五臨終念相に︵下末お︶念仏の無量罪を滅するというに就いて﹁縛和尚釈云﹂ ﹁安楽集﹂広施問答の第十問答︵上亡剖︶に展開する名法相即の市えを出しているものは、選択称名の願意を明らか にせんとする法然にとって、この上なき明証として受けとられたことであろうか。これはもと曇驚の﹃論註﹂に述べ ﹃ 往 生 と し て られたものである。然るに名法相即をいうときは、所称の念仏即ち、名号そのものに無量罪を滅する所以の勝徳が萄 蔵せられていることになる。従って念仏は能称の功をからず、所称の名号それ自体の勝徳により破闇満願、滅罪生善 せしめられるとするのである。しかも、第七諸行勝劣に至ると、観勝称劣という﹁要集﹂当面の判定をくつがえして、 ﹁ 於 二 諸 行 中 一 、 唯 念 仏 行 、 易 ν 証 ニ 上 位 一 、 知 是 最 勝 行 ﹂ ︵ 下 末 亡 凱 ︶ といって、念仏が易行易修のみならず、無比の勝徳を具しているのでよく上位を証せしめるものとしている。身を天 台に寄せる源信としては、実に思いきった批判であって、内意として充分に聖浄二門の廃立が存立していることが窺 知される。けれども聖道門の無功能無得道を叫ぶ道縛の二門判の説には未だ触れえなかったのは、外面的にあくまで 時機を考え、温和に化を施されんとしたことによるのであろうか。日本浄土教の揺藍期に属する師としては止むをえ ないことであったといわねばならない。 か く て 、 ﹃ 往 生 要 集 ﹄ を み る に つ い て は 、 ﹁ 以 − 尋 問 導 道 綜 一 而 為 ニ 指 南 − 也 。 又 処 々 多 引 ニ 縛 導 − 用 ニ 於 彼 師 釈 − 可 v v 。 然 則 用 ニ 恵 心 一 之 輩 、 必 可 v ニ 道 縛 善 導 − 也 ﹂ ︵ ﹃ 往 生 要 案 釈 ﹄ 聖 全 ・ 四 の 四

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五 頁 ﹀ と法然が云う如く、これを道紳の上に尋ね求めるとき、、道綜をして﹁唯有浄土一門可通入路﹂と云わしめた信仰の

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中心が、何によってささえられているかという秘密を告白する恰好の文を発見したのである。即ち、第三大門第五問 答には既に第二大門第三広施問答に引いた第十八願文の要を釈顕して、 ﹁ 若 有 ニ 衆 生 一 、 縦 令 一 生 造 ν悪、臨−一命終時二十念相続、称−一我名字二若不 v生者不 v ニ 正 覚 一 ﹂ と取意し、もって下口問の行業は称名一行である事を明示している。凡そ、道綜の本願念仏の発見は、上からの教義解 説という態のものではなく、勿論、正像末三時の年代論を単に形式的にうけとられてではない。どこまでも下からの 人間再認識の中に、この末法渇乱の世に於ける暴風蹴雨にも等しい一生造悪の凡患が、如何にして出離の要路を解決 ずべきかという苦心の中に把握されて行ったものと考えられる。それは専ら、曇驚の八番問答の釈意によって、 ﹁称我名字﹂の本願が顕出され、 観 経﹂下々日間の経意と会合し、以て、 一生造悪の自己に適う往生の行業は、称名一行 であることを強調されたのである。勿論、上祖にあって称名本願の意図が見られないというのではなく、道綜はむし ろ、それを承けてきたのである。然し、道紳にあっては末法史観という特別な時代意識の中に、殊更、戒定慧の三学 や読諦観察等の行によっても証り得ないことを強調して称名一行を顕揚して行ったのである。因みに道紳は、第四大 門第三念仏利益の文に︵下駄了︶ ﹁ 問 日 、 若 勧 一 ユ 常 修 ニ 念 仏 三 昧 一 、 与 ニ 余 三 味 一 能 有 − 一 階 降 一 以 不 。 答 日 、 念 仏 三 昧 勝 相 不 可 思 議 、 此 云 何 知 、 如 ニ 摩 詞 釘 中説云一。諸余三味非 ν 不 二 三 味 一 。 何 以 故 、 或 有 二 三 味 一 但 能 除 ν責不 v v − 顧 痴 ♂ 。 或 有 一 三 一 味 一 但 能 除 v膜不 v v ニ 痴 貫 一 。 或 有 − 一 三 味 一 但 能 除 v痴不 v ν 二 貴 顕 一 。 或 有 二 三 味 一 但 能 除 ニ 現 在 障 一 、 不 ν v 一 一 過 去 未 来 一 切 諸 障 一 。 若 能 常 修 二 念仏三昧一。無 ν 間 一 一 現 在 過 去 未 来 一 切 諸 障 一 悉 皆 除 也 ﹂ と示し、諸余の三味は一隅にとどまり、念仏三昧は一切を摂尽するものであることを釈明している。これ念仏三昧が 三味中の王といわれる所以であって、恰も法然が﹁選択集﹂に展開している勝劣論を努第せしめ、その淵源をなすも ﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 ノ 、 九

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﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 七 0 のとみることができないであろうか。

然るに、如上の本願取意の文によって、善導は念仏往生の本願を開顕し、本願章に引用する本願加減の文としてよ く伝統されきたったのである。まことに法然によって見開かれた選択本願の念仏は、決して功利的、便利的なもので はなく、コ一学の修道に洩れた無智の身であり、永遠に救いなき自己の動転慎悩の上に願心が感得されたのである。し かも名号が諸行に勝れる所以は、実は諸行と念仏との比較の論ではなくして、如来の選択本願の故である。従って、 非本願としての諸ノ汀とは、同列また同居に語られるべきでないことは、自ら選択付属章に既に注意している如くであ る。されば、念仏は勝易の二徳をそなえるが故に選択せられたというよりも、如来の本願の聖業によるが故にそれは 我 々 の 正 定 業 と し て 、 よく勝易の二徳を保ちうるのである。かくて法然が終始、廃立為正の立場に立って念仏の勝義 をおしすすめるのも、究極するところ﹁念仏是仏本願﹂ということ一つにつきる。従って、定散の諸行に荘厳せられ るが故に念仏は勝徳をもつものではなくて、どこまでもそれは本願選択の故に勝義を保つものと一五わねばならない。 即ち念仏の勝義は、本質的にはそれが選択本願の行であり、如来の行であるということにつきる。本願章に展開する 勝劣難易の試解も、所詮このことを何とかして人間知性の場において承認せしめるべく、体系的に解明しようとした 法然上人の真剣な試みであったといえよう。 如上、末法時という歴史そのものの悲痛を担って一代仏教の帰趣を問われた元祖の名号に対する見解は、それを出 発点とした親驚によって、 ﹁大悲願﹂より出づる往相廻向の大行として、もっとも積極的に受けとめられたのである。 即ち、この﹁選択本願念仏﹂をもって、

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﹁明知、是非二凡聖自力之行一、故名ニ不廻向之行一也。大小聖人重軽悪人応下皆同斉恒一選択大宝海一念仏上成仏﹂ と領解し、その根拠を特に第十七願に求めて、 ﹁ 大 行 者 則 称 一 一 無 碍 光 如 来 名 一 。 斯 行 即 是 摂 − 一 諸 善 法 一 具 − 尋 問 徳 本 、 極 速 円 満 、 真如一実功徳宝海。故名ニ大行一。 然 斯 行者出 v ニ 大 悲 願 一 ﹂ と 一 広 わ れ て い る 。 し か も 、 かつて元祖によよって廃捨せられた菩提心と、 また一切の諸行とを、本願に真仮をみるこ とにより、新らしき光のもとに新らしい意義を担って批判肯定されてきたのである。それは決して聖道門への妥協を 意味するものではなく、師の選択の本義が真に明らかにせられたことによるのである。 ﹁ 選 択 集 ﹂ の 中 心 問 題 七

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