龍谷大学論集 __._ /,
﹁
輪
廻
転
生
﹂
考
(
四
)
ー和辻哲郎の輪廻批判(再説)
方
公
尾
宵 一
昭
筆者は以前、和辻哲郎がその﹃原始仏教の実践哲学﹄(昭和二年)にて行った輪組説批判を、反批判した論文を発 表した(以下寸前稿 L と称す&)。しかるにその後、数名の方より、前稿の一部の叙述が簡略すぎてよく理解できな いところがあるので、もっと詳しい説明がほしいとの要望を受けた。本稿はこの要望に応えようとするものである。 和辻の輪廻説批判は、木村泰賢による輪廻説の祖述に対する、二つの批判と二つの付随的議論から成っている。そ のうち、前者の批判に対する私の反批判の叙述が簡略すぎるとの苦情を頂いたので、本稿では前者の批判への反批判 をやり直すことにする。和辻による第二の木村批判への、私からの反批判については、難解なところはないと思われ るので本稿では省略する。ただし、二つの付随的議論については、新たに付加すべきところもあるので、重複を厭わ ず再説することにする。 さて、和辻批判をこのように再論する価値は十分あると考えるのは、和辻的な輪廻説批判が日本におけるスタンダ ードとして定着してしまった感さえあるからである。即ち﹁輪廻説ないし応報説が無我説と矛盾し、一致しがたいも しばしば学者によって指摘されている﹂(中村一泊 ) 0 あるいは寸和辻哲郎博士の本に﹂﹁無我 のであるということは、の説と三世因果説は結びつくものではないと L 述べられてあるように、輪廻説は﹁当時のインドの俗信が仏教の中に いちおう採用せられた﹂というだけである(二葉憲蚤 ) 0 寸基本的には、縁起・無我を主張した釈尊の仏教においては、 ﹃輪廻転生﹄ということは否定されている﹂(小川一乗)。その他一般向け書籍にも和辻説は溢れ返ってい&。実は和 辻説を批判した論考も存在しているのである州、それらは皆、和辻説の結論のみ、あるいはせいぜい大筋のみを取り 上げての批判であり、和辻の議論全文に入り込んでの詳細な批判は未だに存在していないのが現状である。仏教文献 の専門学者ならずとも理解可能にしてかつ詳細な和辻批判が、今や要請されていると言ってよいであろう。 前稿にて説明済みのことであるが、我々が手にし得るどんな最古の原始仏教資料とて釈尊の直説ではないことを、 宇井伯書は文献学的に明らかにした。和辻はこれを踏まえ、文献学だけでは釈尊の直説(寸根本仏教﹂と称される) には迫り得ず、根本仏教の教説内容を明らかにするには﹁論理的推論﹂を用いざるを得ないことを主張した。輪廻の 問題に関連する和辻の論理的推論は次のような次第を取る。即ち、①輪廻説は輪廻主体を必然的に前提せざるを得な い、②しかるに輪廻主体は今生と後生とを一貫せるものであるがゆえに必然的に寸我(ア
l
トマン)﹂であらざるを 得ない、③しかるにアートマンの存在はプッダがその無我説において厳しく否定したところである、④故に輪廻説は 無我説と矛盾せざるを得ない、⑤ところで無我説がプッダの教説の本質に属することを否定する人は誰もいない、⑥ 故にその無我説と矛盾するところの輪廻説は根本仏教の核心には属さず、場合によっては捨て去られてよいものであ λ 九 これは純然たる論理的推論であるから、それの検討は私のような仏教文献学の素人であっても取り組みが許される。 あらかじめ本稿の全体的な見通しを述べておくなら、和辻は②において誤っているため、たとえ③⑤が正しくとも ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) ι.L. / 、龍谷大学論集 六 四 (実際正しい)⑥の結論は出て来えない、となる。なお①は寸主体﹂なる概念の意味解釈の問題に帰着する。プッダ が説いたのは言わば無我輪廻であったが、ここから輪廻の主体は﹁無我﹂なる何かだと解釈するなら①は肯定され、 無我愉組なら輪廻の主体は﹁無い﹂と解釈するなら①は否定される、が、いずれにしても無我輪廻という核心は変わ らず、また②以下には影響を与えない。 ④に関してであるが、④のように見える問題があるということについては、既に早い時期から気づかれていた。そ して、このような見かけ上の矛盾をどう説明するかについて伝統仏教が腐心してきたことについても、和辻は承知し ていた。伝統仏教的説明の大枠を言うなら、輪廻説は無我説が否定している﹁我(ア
l
卜マン)﹂を前提してなどい ない、だから両説は矛盾するものではないーというようになる。木村泰賢は大略そのように説明していた。だが、 和辻は木村のこうした伝統的理解を徹底的に批判しようとする。(以下四つの段落は前稿とほぽ同じである。) 木村の﹃原始仏教思想論﹄(大正十年)には原始仏教と根本仏教の区別はない。木村はニカl
ヤと阿含の全体に基 づき、さらに後世における教説の発展形態をも念頭におきつつ、原始仏教の輪廻の教えを貫く﹁論理﹂を、大略以下 のように解説してみせた。言葉使いは一部現代風になっているが、伝統仏教的な理解を述べたものと言ってよいであ ろ ﹀ つ 。 釈尊の時代、輪廻の教説は、各宗教の修行者にとって、当然の事実を語ったものであった。各宗教ないし宗派は、 いずれも輪廻から解脱する方法について模索、実践していたのであり、釈尊が発見したのもまた輪廻から解脱する道 だったのである。このように輪廻からの脱却が目様だったということは、輪廻はある、と当然のようにみられていた ということである。そこからの脱却の方法が各宗によって異なったにすぎない。仏教が他宗と異なったのは、他宗が 輪廻を一貫するものとして常住我体(実体我)を前提したのに対し、釈尊は実体我を認めず、すべての存在者を単な る因縁所生として観ずる無我論を教えた点にある。寸我﹂なる実体は存在しない。無我であるならば何が輪廻するのか(輪廻の主体は何か)。木村が信ずる釈尊の教説によれば、それは空間的規定 (形態だの体積だの空間的位置だの)を一切もたない﹁無意識的意志すなわち生命﹂、換言すれば﹁生きようとする 根本意志すなわち無明﹂である。この無意識的生命を、くれぐれも、空間的規定をもったものとして表象されがちな、 いわゆる﹁霊魂﹂のようなものであるかのように誤解しないことが重要である。さて、この無意識的生命が特殊化し 個体化するのは、業(根本意志の習慣的性格)の多様性による。このように個別化した根本意志は実体我ではないロ なぜなら、どの根本意志も業に従って刻一刻と変化して止まないからであり、また根本意志を滅する修行が完遂され たならば滅び去るものでもあるから、である。変化して止まないものや滅び去りうるものは常住なるものではなく、 つまり実体ではない。輪廻とはこうした業の変転、流転、つまり寸業相続﹂の謂いであり、解脱とはこうした業相続 の滅却なのである。他宗教が説く輪廻は、常住の我体(霊魂)が死によって他界へ赴くこと、その繰り返しのことで あるに対し、釈尊が説く輪廻は、解脱の修業を完遂できなかった生命が死によって断絶されずその業に従って絶えず 変転していくということをいうにすぎない。さらに、例えば寸地獄界 L 等々も、それ自体で実体として存在するよう な他界なのではなく、業によって生命が創造した境界なのである。 きわめて伝統的な仏教教理を、ショ
l
ペンハウアl
の言葉│﹁生きようとする根本意志﹂ ーをまじえつつ再説したものと言える。このような木村の祖述に対し、和辻は大きく分けて二つの批判を加えた。 以下、和辻説における二つの木村批判のそれぞれについて、逐文的に詳しく検討していこう。 以上の木村の解説は、 木村泰賢﹃原始仏教思想論﹄に比べ、和辻哲郎﹃原始仏教の実践哲学﹄は格段に難解であり、西洋哲学の論述手法 に慣れていないと理解困難な箇所が多い。そのような難所が丁寧に検討されることがこれまでになかったことが、和 ﹁輪廻転生﹂考(四)(松尾) 六 五龍谷大学論集 ム ハ ム ハ 辻説への徹底批判がこれまで出現しなかったことの理由の一つであるとも考えられるので、以下では、和辻の議論の 全文を取りあげ、細かく検討していくこととする。逐語検討の前に、まずは全文をそのまま掲げよう。後の逐語検討 において、あらかじめ全文を参照していないと正確な理解に支障をきたす箇所があるからである。(文中の傍点は原 からの引用は﹃木村泰賢全集第三巻﹄ 文のまま。︹ ︺内は松尾による補足。最後の木村﹃原始仏教思想論﹄
,
七
頁。その引用文中における﹁:::﹂と( ?
)
は、和辻によるもの。) 二の︹木村のいう︺輪廻の主体は、﹁我﹂あるいは﹁霊魂﹂と呼ばれぬにもせよ、特殊の︹個別的な︺性格を持ち特定の人間 に実現すべき自己同一的な個人的或る者でなくてはならぬ。しかしかかる自己同一を許せばそれは有我論に堕する。そこで無 我思想と一致するために、特殊の性格そのものが変化的であるとの主張が︹木村によって︺付加せられる。ここに性格と言わ るるのは︹木村によれば︺﹁意志の習慣づけられた性格﹂﹁生命が自己創造を営む時の内的規定﹂としての業であるが、この業 は﹁その本質が創造力を有する意志の隠れたる性格にほかならぬ﹂ゆえに﹁その自らの力によって未来を創造する﹂ものであ り、﹁絶えず変化しながら従前の経験を自己に収めて、そを原動力として進むの創造的進化そのものである﹂。ニこに我々は生 きんとする意志自身が創造的であるに従ってその意志に刻みつけられたる﹁性格﹂もまた創造的であり変化的であるとの主張 を見いだす口﹁生命の流動的変化﹂とともにその内的規定たる性格もまた﹁絶えず変化﹂するものであるならば、どこに﹁性 格﹂としての意義が存するであろうか。﹁性格を切り離しての生命﹂を A と す れ ば 、 ﹁ A はその本来の性質として一刻も休止し ているものではないから、その活動は直ちに自体を色,つけて一種の性格を帯びて来る。ニれを町とする。町はその色づけられ たる性格に基づいて活動しさらにr
の性格を帯びてくる﹂︹と木村は言う︺。しからば変化するのは生命であって性格ではある まい。川内の性格町の性格は変化せざる特殊性として生命の変化を基礎づけるものである。﹁幼虫より舗になり桶より蛾になる 所、外見的に言えば、全く違ったもののようであるけれども、所詮、同一虫の変化である﹂。︹かく木村は言うけれども、しかしながら︺同一虫は変化するが、幼虫の特殊性、桶の特殊性そのものは変化しない。特殊性そのものが変化するとは特殊性が ないことであり、従って幼虫と婦の区別がつかず、同一虫の変化は成立せぬ。かく見れば
rk
の例によって言われることは、 生命あるいは意志が一の性格より他の性格に移りつつ変化するというニとにほかならない。輪廻の主体は生きんとする意志そ のものであって特殊に性格づけられた意志ではなくなる。雷いかえれば生命の流動的変化のみあって﹁輪廻﹂はあり得ない。 ﹁ブッダはかく変化の上において輪廻︹の教説︺を建立する限り、仏教の輪廻論はもはや、文字通りの意義における輪廻説で はなくなった。:::変化の当体はすなわち輪廻であって、空間を駆け回る霊魂なるものがないからである。すなわち、あたか も幼虫が死して婦となり、蛾となるのではなく、ただ変じて踊蛾となるがごとく、吾らの生命もまた、その当体を変ずる所や がて馬たり牛たり地獄たり、天堂たりで、すべて業自身(?)が自らこれを変作するを名づけて輪廻というに過ぎないのであ る﹂。かくのごとくぱ仏教において輪廻思想の本来の意義は失われたというと同様ではないか。我々はかくのごとき輪廻説なω
らざる輪廻説を理解し得ぬ 以下、逐文的に検討していこう。 この︹木村のいう︺輪廻の主体は、﹁我﹂あるいは﹁霊魂﹂と呼ばれぬにもせよ、特殊の︹個別的な︺性格を持ち特定の人間 に実現すべき自己同一的な個人的或る者でなくてはならぬ。 木 村 は 輪 廻 説 を 釈 尊 直 説 と み る と は い っ て も 、 も ち ろ ん ﹁ 我 ( アl
トマン)﹂や、俗にいう寸霊魂﹂などは認めな いロ右の和辻の文章は、そのことを踏まえた上で、しかし輪廻説というなら何かが輪廻することを説くわけで、その 何かを輪廻主体と名づけるなら輪廻主体はあくまでも寸自己同一的な個人的 L な何かでなければならない、と主張す ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) /、 七龍谷大学論集 L 、 、 1
、
↑/ 2 ノ るわけであるロ﹁自己同一﹂の言葉に保留をつけるなら、我々も和辻のこの主張を容認できるであろう。 しかしかかる自己同一を許せばそれは有我論に堕する。( a
とする)が﹁自己同一﹂的であるからといって、 そ のa
に アl
トマンがあるはずだということは帰結しない。なぜなら、 乙こで既に論理の飛躍がある。ある何か そのことから直ちに、 一日に﹁自己同一性﹂といっても、 その意味 は多様だからである。例えば、釈尊から昨日﹁阿難よ﹂と呼びかけられた弟子は、今日も(釈尊に呼び誤りがない限 りは)同じく寸阿難よ﹂と呼びかけられたはずであり、このことはその翌日になっても翌々日になっても変わらなか ったはずである。つまり、寸阿難﹂と呼ばれていたその弟子を、釈尊は、時間を隔てて同一的な寸阿難 L として認知 されていたわけである。換一一目すれば、その弟子は寸阿難﹂として自己同一的であったわけである。しかし自己同一的 だからといって、釈尊がその弟子の中にアl
トマンを認知されていたということには、もちろん、ならない。つまり、 ある何かa
が自己同一的であるということと、そのa
に アl
トマンがあるということとは、全く別の事柄なのである。 言い換えれば、自己同一性と有我性とは概念的に全く独立であるがゆえに、前者から直ちに後者を帰結させることは 論理的に不可能である。かくて﹁自己同一を許せばそれは有我論に堕する﹂という和辻の主張には、論理的誤謬があ る。﹁有我論﹂のいう﹁我﹂が実我ないし実体我(アl
トマン)であるのに対し、右にいう寸阿難﹂はあくまでも因 縁所生の言わば単なる経験我(同一的なものとして我々に経験的に認知される限りでの仮の存在者)にすぎない。 しかし、さらに彼の議論を追求しよう。なぜなら彼は、木村の立論を﹁有我論に堕する﹂ものであると単純に難じ ているのではなく、﹁自己同一を許せばそれは有我論に堕するしため木村は自己同一性の概念を使わない輪廻の説明 を提出したのだ、と論じたうえで、しかしその説明は寸もはや輪廻説ならざる輪廻説﹂であり、そのような﹁輪廻説﹂は﹁我々﹂には寸理解し得ぬ﹂として、木村を批判しているのだから、 である。拙論の方向をあらかじめ述べて おくなら、木村の立論を右のように(傍点部のように) まとめた和辻の理解は全くの誤解であるため、和辻の木村批 判は完全に失敗している、となる。以下逐文的に検討していこう。 先の引用文に続いて、和辻はこう述べる (引用に当たっては、便宜上、各文に︹
a
︺1
︹ d ︺の符号を振った)。 ︹ a ︺そこで無我思想と一致するために、特殊の性格そのものが変化的であるとの主張が︹木村によって︺付加せられる。 ︹ b ︺ニニに性格と言わるるのは︹木村によれば︺﹁意志の習慣づけられた性格﹂﹁生命が自己創造を営む時の内的規定﹂とし ての業であるが、ニの業は﹁その本質が創造力を有する意志の隠れたる性格にほかならぬ﹂ゆえに﹁その自らの力によって未 来を創造する﹂ものであり、﹁絶えず変化しながら従前の経験を自己に収めて、そを原動力として進むの創造的進化そのもの で あ る ﹂ 。 ︹ C ︺ニニに我々は生きんとする意志自身が創造的であるに従ってその意志に刻みつけられたる﹁性格﹂もまた創造 的であり変化的であるとの主張を見いだす。︹ d ︺﹁生命の流動的変化﹂とともにその内的規定たる性格もまた﹁絶えず変化﹂ するものであるならば、どこに﹁性格﹂としての意義が存するであろうか。 の﹁無我思想と一致するために﹂というのは、自己同一性の概念を前提するなら有我論に堕し無我思想に反 することになるという(前文の)テl
ゼ を 受 け て 、 輪 廻 の 概 念 を 無 我 の 概 念 と 二 致 ︹ 調 和 ご さ せ る た め に は ど う (はずだと和辻は推測している)│ということである。 ︹a
︺ す れ ば よ い か │ と 木 村 は 岬 吟 し て い る つまり和辻は、木 村が右のテーゼを肯定している とみているのである。 しかし木村は、右のテl
ゼを肯定してなどいない。右のような趣旨のテl
ゼは﹁一見すれば﹂寸表面からすれば﹂ 真っ当なものであるかのように見えはするけれども、﹁到底、正当の批判ではない﹂として、木村はこれを最初から ﹁ 輪 廻 転 生 L 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) /¥ 九龍谷大学論集 七 O 否定しているのであ刷。従って、輪廻説はア
l
トマンを必要とするがゆえにそのままでは無我思想と矛盾してしまう のでこの矛盾を避ける方途を案出せねばならぬ、といった(和辻が木村の上に設定しているような)問題意識は、木 村には最初から存在していないのである。ゆえに、木村があたかもこの問題に取り組んだかのように叙述することは、 完全な誤解である。 もっとも、この程度の欠点であればまだ修正は利く。和辻の木村批判のより重大な難点は続く部分にある。まずは 用語の簡単な確認をしておこう。﹁自己創造を営む﹂ところの﹁生命﹂のことを木村は﹁意志﹂と言い、かかる意志 の﹁内的規定﹂のことを﹁性格 L と 言 う 。 寸 意 志 L も﹁性格﹂もショl
ペンハウア 1 哲学の用語である。さて、︹a
︺ の後半にて和辻は﹁特殊の性格そのものが変化的であるとの主張が︹木村によって︺付加せられる L と言う。だが木 村はこのような﹁主張﹂をこの通りストレートに述べているわけではない。それは和辻が木村のテキストから読み取 り再構成し直して木村に帰せしめた﹁主張﹂なのである。そして木村のどのテキストからそのようなことが読み出せ るのかについて説明したのが︹b
︺であるロこの︹b
︺を受けて︹ C ︺ 、 つまり︹a
︺の後半と同趣旨のテl
ゼ │ 意志が変化的であるのみならず意志の性格そのものもまた変化的であるというテーゼーが繰り返され、確認されて い る わ げ で あ る 。 ︹b
︺ で断片的に接合され引用された木村のテキストからは、確かに、寸意志﹂の変化に従って寸性格﹂もまた変 化するというテl
ゼが読み出せる。しかし、和辻はここから︹d
︺にあるように、意志の変化に従って性格も変化す るのであれば性格としての意義が失われてしまうという、極めて否定的な帰結を引き出すのであり(︹d
︺は言うま でもなく疑問文ではなく反語である)、そしてこの点が和辻による木村批判の核心となるのである。 果たしてこのような木村批判は正当なものであろうか。 にて和辻が引用した﹁︹性格と言わるるのは︺生命が自己創造を営む時の内的規定︹としての業 ま ず 我 々 は 、 ︹b
︺であるごというフレーズの直前に、木村白身はある断り書きを付していることに、注目しておかねばならない。そ れは、意志と性格とが互いに非独立的であること (性格なしの意志はありえないし、 また逆に、意志の性格ではない ような性格それ自体といったものもありえないということ)を注記した断り書きである。ところが和辻はこの断り書 き を 、 ︹
b
︺における引用から外してしまった。和辻が略した部分を含めて、改めて表示するなら、次のようになる。 ﹁業なるもの︹ H 性格︺は、生命︹ H 意志︺に依付する一種の力ではなく、むしろ生命が自己創造を営む時の内的規 定に外なら陶 L ( 傍点部が和辻が引用しなかった部分)。ここで木村は、性格とは意志に何か付着しているエネルギー のようなものではなく、意志の寸内的規定﹂なのだと畳一円っている。同じことは別の箇所で、意志と性格との J 一 者 は 同 却 一にして異、異にしてまた一﹂と言われている。すなわち意志と性格とは抽象的概念的には区別できるけれども (﹁異﹂)、一方から分離して他方が存在できるわけではないつ一﹂)、ということである。生命の流れがあって、それ に業が加わるのではない。あるのは生命の流れのみであり、業とはその生命の流れの性格、言い換えれば当の生命の 流れを本質的に規定しているもののこと、なのである。規定している﹁もの L だからといって、当の生命の流れとは 別ものであるわけではないのは、もちろんである。 と性格(業)とをあくまでも非独立的なものとして理解するようにとの断り書き を加えているロつまり意志が変化してそして性格も変化するといった、いわば二変化説ではないのである。性格は意 志の内的規定なのであるから、性格の変化は取りも直さず意志の変化に他ならない。木村の意図はあくまでもこの一 変化説である。ところで和辻がこれが木村説だと一言って提示した︹ C ︺は、明らかに二変化説になっているロそれは、 ︹ C ︺﹁ここに我々は生きんとする意志白身が創造的であるに従ってその意志に刻みつけられたる﹃性格﹄もまた創 造的であり変化的であるとの主張を見いだす﹂という文調(傍点部に注目)からもうかがえるが、何よりも、この から木村説を否定する︹d
︺を帰結させていることから、明らかに言いうることである。木村は自分の意図は このように、木村は意志(生命) ︹c
︺ ー 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 問 ) ( 松 尾 ) 七龍谷大学論集 七 一変化説であるとの断り書きを入れているのに(但し二変化説﹂﹁二変化説﹂なる名称は拙論が名づけたもの)、和 辻はそれを無視ないし見落としたのである。︹
a
︺におけるように﹁性格そのもの L とか、あるいは︹ C ︺における ように寸意志自身﹂とかいったように、性格と意志とがそれ自体で存立しうるかのようにも誤解されかねない一育い同 しを使う和辻には、もともと両者が非独立的であるという思いが全くなかったのかもしれない。いずれにしても、和 から、木村には絶対に受け入れ難い︹d
︺を帰結させるにいたった。続く部分はこの︹d
︺をさらに詳 辻 は 、 ︹ C ︺ 説したものである。 ︹e
︺﹁性格を切り離しての生命﹂を A と す れ ば 、 ﹁ A ︹生命︺はその本来の性質として一刻も休止しているものではないから、 その活動は直ちに自体を色づけて一種の性格を帯びて来る。これを町とする o u H はその色づけられたる性格に基づいて活動し さらにKの性格を帯びてくる﹂︹と木村は言う︺。しからば変化するのは生命であって性格ではあるまい。 寸性格を切り離しての生命﹂という木村の言葉には確かに誤解を招くところがある。あたかも性格が生命(意志) から独立に存在しうるかのように受け取られうるからである。けれども、これは和辻による引用の仕方の方に問題が ある。なぜなら上のフレーズをその前後を含めて引用するならば次のようになるからである(和辻は以下の傍点部の n n , H " n n ' n m n n ︼ みを引用したにすぎない)ロ﹁A
I
P
A
-K
I
K
l
A
:
・a
B
I
B
I
B
-B
I
B
-b
C
l
C
I
C
I
C
l
e
-:
C
D
・-:
:
t
E
・ : こ こ にA
、B
、C
、D
といったのは、いわば五議所成の模型的生命で、実際にはないことであるけれども、暫く業すなわち性格 、 、 、 凶 聞 を切り離しての生命と仮定する﹂。木村が﹁実際にはないことであるけれども、瞥く﹂﹁仮定する﹂としたところを、 和辻は引用に際して全て省略した結果、木村の原文を読んでいない読者には、生命と性格が独立的であることをあた かも木村自身が認めているかのような印象が生まれてしまった。実際には生命と性格は先に確認したように不一不異ただ便宜上﹁瞥く﹂抽象概念的に区別する、というだけなのである。 ならば、続いて利辻が引用している木村の文章寸 A はその本来の性質として一刻も休止しているものではないから、 その活動は直ちに自体を色づけて一種の性絡を帯びて来る。これを
K
とするO
K
はその色づけられたる性格に基づい て活動しさらに伊丹の性格を帯びてくる L ということから、︹e
︺におけるような﹁しからば変化するのは生命であっ で あ っ て 、 て性格ではあるまい﹂という帰結を引き出すことは不可能となる。繰り返すが木村は上の﹁模型﹂を、あくまでも、 生命の変化すなわち性格の変化を示すものとして、提示しているからである。なるほど、﹁A
l
ゎ A I R -: : ﹂ は 和 辻 の 一 言 う よ う に 寸 A ﹂という生命の変化である。しかし木村によれば、それが取りも直さず性格(業)の変化、業の流転 なのである。和辻がここで力説しているのは、変化しているのはあくまでも寸 A ﹂という生命であるということ、つ まりあくまでも寸 A ﹂がρ
凡﹂となり寸r
﹂となっているのであるということ、要するに生命が変化しているのであ って性格の変化はどこにも表現されていないではないかということ、であるわけであるが、生命すなわち性格の流転 と解する木村からすれば、﹁A
﹂が﹁K
L
となり﹁r
L
となっていること自体が取りも直さず性格の変化である。和 辻は﹁,﹂﹁"L1
﹂という記号を時間的経過の意味でしか読んでいないようであるが、木村は寸,﹂寸"﹂1
﹂は n H 性格つまり﹁業﹂を表わしていると明号一閃していふ。ならば﹁,L
←1
L
←﹁,﹂の変化は定義上﹁性格の変化﹂と ならざるをえないであろう。 例えば、今生で﹁ドン・ファン L と名づけられた生命個体は邪淫の業を重ね、彼は次生は地獄に落ちて炎に焼かれ 今度は限惑の業を重ねたとしよう。木村の趣旨は、今生では仮に﹁ドン・ファン﹂と名づけられた生体を形成したと (前生からの)業の流れが、今生では次第に邪淫的な色彩を帯びていき、今生での個体的身体を失って次生の ころの 身体を得てからは限惹的な色彩を帯びていく、これが業の輪廻ということだ、ということに他ならない。これに対し て和辻は、この例において変化しているのはあくまでも(今生では仮に寸ドン・ファン L と名づけられたところの) ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) 七龍谷大学論集 七 四 生命体であって、﹁邪淫的﹂とか﹁膿悉的 L とかいった性格ではないはずだ、と主張している、ということになる。 つまり和辻が主張しているのは、雷同うなれば、邪淫的性格はあくまでも邪淫的性格であって両舌的性格でもなければ 倫盗的性格でもない、また膜患的性格はあくまでも膜悉的性格であって飲酒的性格でもなければ貧欲的性格でもない、 それ自体としてはあまりにも自明な事柄でしかない。その主張の内容そのものは自明的なまでに正しいとし ても、そのことが、先の木村の趣旨への反論になりうるかといえば、明らかに、なりえない。 いったい和辻のような大学者が、本当にそのようなことで木村への反論になると思い込んでいたのだろうかとの疑 念は、当然ありうるであろうロしかしながら、和辻の続く敷術を読むならば、やはりそうとしか受け取れないことが はっきりする(以下の傍点に注意。傍点は引用者によるもの)。すなわち、 とい ﹀ つ 、 川内の性格町の性格は変化せざる特殊性として生命の変化を基礎づけるものである口﹁幼虫より婦になり婦より蛾になる所、外 見的に言えば、全く違ったもののようであるけれども、所詮、同一虫の変化である﹂。︹かく木村は言うけれども、しかしなが ら︺同一虫は変化するが、幼虫の特殊性、踊の特殊性そのものは変化しない。特殊性そのものが変化するとは特殊性がない二 とであり、従って幼虫と輔の区別がつかず、同一虫の変化は成立せぬ。 和辻は明らかに帰謬法を意図して右の文を書いている。
(
1
)
木村の立論(
2
)
特殊性そのものが変化するとは特殊性が(
3
)
木村の立論は破綻する、という論証である。 つまり和辻がここで意図しているのは、 からは﹁特殊性そのものが変化する﹂という帰結が導きだしうるが、 ないという不合理を意味するので、帰謬法により、 しかしながら、 は全く成り立たない。なぜなら寸特殊性そのもの﹂なる言葉(この言葉そのものは木村 は、木村の﹁性格を切り離しての生命 L を逆に読んだ﹁生命から切り離された性格﹂を言い換えたもので まず(
1
)
に は 鉦 ⋮ い )あろうが、先に確認したように、生命から切り離された性格(﹁特殊性そのもの﹂) は寸模型 L の上での寸仮﹂の概念 であって、﹁実際にはないことである﹂と木村は強調していたからである。次にまた、
(
2
)
で言われる﹁不合理﹂は、 この﹁特殊性そのもの﹂という言い回しに全面的に依存しなければ導き出せない。例えば﹁子どもの身長が変化す る L と言えば、それは身長の変化であるとともに、取りも直さず子どもの変化でもある。木村の意図はこれである。 しかるに ( 1 ) ( 2 ) で和辻がいうのは、言うなれば、木村は寸子どもの身長そのものが変化する﹂と言っているが ﹁身長そのもの﹂が変化するなら身長が体重に、胸囲に、視力に、あるいはその他になってしまうではないか、とい ったたぐいの﹁不合理 L である。一見して和辻の議論は﹁そのもの﹂という小辞の力に依存していることが分かる。 そして右に見たように、木村はかかる﹁そのもの﹂を否定している。よって ( 3 ) は 無 効 で あ る 。 以上が理解されるなら、続く﹁幼虫﹂﹁踊﹂﹁蛾﹂の替えに対する和辻の批判の不適切さについても自ずと了解され るであろうが、ここは大切なところなので、くどいようであるが、あえて別の警えを出して、補強しておくことにす る。例えば今、目の前に、色は瑞々しく匂いの芳しい蜜柑があるとしよう。この蜜柑は今は瑞々しいけれども、次第 やがては緑カピが生えて悪臭のかたまりとなるであろう。この、瑞々しきからカビだらけへといたる、 に 萎 び て い き 、 また芳しさから悪臭へといたる一連の変化を、木村的把握法は︿諸性質の変化すなわち蜜柑の変化﹀として把えるの である。それに対して和辻的把握法は、変化しているのはあくまでも蜜柑の方であって、諸々の性質そのものは変化 していないl
瑞々しきはあくまでも瑞々しきであり、悪臭はあくまでも悪臭である等々l
と反論しているわけで ある。これでは﹁反論 L にはならないことは明らかである。木村的把握法でいう﹁諸性質の変化 L とは、上で確認し たように、性質という観点からみた蜜柑の変化という意味なのだから。それは、和辻的把握法でいう﹁性質そのもの の変化﹂とは意味が全く異なるのである。蜜柑と独立に変化が(帰謬法において)想定されるような性質など、木村 の念頭にはおそらくは全くなかったに相違ない。木村には蜜柑と性質を独立とみなすような発想が、そもそもなかっ ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) 七 五龍谷大学論集 七 /¥ たのである。以上における寸蜜柑 L は﹁生命(意志 L) ﹂ の 壁 画 一 え 、 ﹁ 性 質 ﹂ は ﹁ 性 格 ﹂ の 壁 一 守 ザ ん で あ る 。 こうして見てくるならば、生命(意志)と性格(業)とが非独立的であることを無視ないし見落とした和辻の最初 の誤謬が、最後まで利いていることがわかる。和辻の立論は大きな見落としの上に建てられた蜜気楼にすぎなかった。 このことを確認できた今となっては、あとは駆け足で十分であろう。 かく見ればAKの例によって言われるニとは、生命あるいは意志が一の性格より他の性格に移りつつ変化するというニとにほ か な ら な い 。 まさにそのことを木村は性格の変化︹業の流転︺とみたのである。もちろん木村の場合は﹁生命あるいは意志﹂と 寸性格﹂との不一不異たることを前提としてであり、和辻の場合はそうではないという違いはあるけれども。 輪廻の主体は生きんとする意志そのものであって特殊に性格づけられた意志ではなくなる。 前と同じことで、﹁生きんとする意志そのもの﹂が、取りも直さずすなわち﹁特殊に性格づけられた意志︹業によ って造作されたる生命の流転︺﹂なのである。 言いかえれば生命の流動的変化のみあって﹁輪廻﹂はあり得ない。 これも前と同様、﹁生命の流動的変化 L が、取りも直さずすなわち﹁輪廻﹂なのである。﹁生命の流動的変化﹂が今
生の終わりにおいて断絶されるという常見の外道の見解を採るのでない限りは、 そう言わねばならないはずである。 ︹f ︺﹁ブッダはかく変化の上において輪廻︹の教説︺を建立する限り、仏教の輪廻論はもはや、文字通りの意義における輪 廻説ではなくなった。:::変化の当体はすなわち輪廻であって、空間を駆け回る霊魂なるものがないからである。すなわち、 あたかも幼虫が死して舗となり、蛾となるのではなく、ただ変じて踊蛾となるがごとく、吾らの生命もまた、その当体を変ず る所やがて馬たり牛たり地獄たり、天堂たりで、すべて業自身(?)が自らニれを変作するを名づけて輪廻というに過ぎない の で あ る ﹂ 。 ︹
g
︺かくのごとくぱ仏教において輪廻思想の本来の意義は失われたというと同様ではないか。我々はかくのごと き輪廻説ならざる輪廻説を理解し得ぬ。 ︹f
︺にて引用された木村の輪廻解釈は、アートマンを立てずに輪廻を業の流転としてのみ説明しようとするきわ めて標準的なものであろう。それは、蜜柑の持続存在は蜜柑という実体を立てる必要なくして諸性質の無常存在とし て説明できるとする無我説と相即しているのである。これを、無我説ならざる無我説であり﹁理解し得ぬ﹂などと言 えるであろうかロ私にはきわめて素簡な無我説であるとしか思われない。同様、 ︹f
︺ 宣言口われる木村の解釈する仏 教の輪廻説もきわめて素直な輪廻説である。︹f
)
の木村説がいうのは、仏教の輪廻説はウパニシャツドのそれとは 違ってアl
トマンを立てない、 ということである。 アートマンを立てないで輪廻を説明することが、 なぜ﹁輪廻思想 の本来の意義は失われたというと同様 L のことになるのか。﹁理解し得ぬ﹂と言うより他はないのは、 むしろこちら の方ではないか。 まとめる。木村によれば、仏教は輪廻をアl
トマン抜きで説明してきた。輪廻とは、業によって次々と絶え間なく 規定され変化してゆく流動的生命が延々と相続してゆくことである。従って、 アートマンのような、流動しない固定 ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) 七 ー 七龍谷大学論集 七 J¥ 的な自我実体など、 どこにも出てくる余地はない。自我実体などなくとも業の特殊性に規定されて、生命流動の個別 化は十分に果たされるのである。 和辻は、単に業に従つての生命の流動的変化が(今生での身体の崩壊以後も)継続していくことが輪廻であるとは、 どうしても理解できなかったのである。﹁かくのごとき輪廻説ならざる輪廻説を理解し得ぬ﹂と一言い、輪廻である以 上は前世と来世を貿く同一の﹁我﹂がどうしても必要となるはずだという一点を、譲らないからである。第二の木村 批判もまたこのラインから改めて展開されているが、これに対する私からの反批判の要点は前稿で尽きているので、 本稿で繰り返すことはしない。
四
和辻は二種の付随的議論をも行っている。これらについても前稿から変更すべきところは基本的にはないのである が、多少の付加点が出てきたので、再説しておくことにしたい。前稿との重複がかなり見られるが、御寛恕いただき た く 忠 う 。 (一)付随的議論の第一は、ω ω
岡 山q
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削 苦
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・)尽・怠の一節を引用しつつ、次のように述べられる議論であ る ﹁ い か に ゴ i タマよ、彼行いて彼受くるのであるか﹂﹁彼行いて彼受くるとは、バラモンよ、こは一の極端である﹂﹁しからば い か に ゴ l タマよ、他のもの行いて他のもの受くるのであるか﹂﹁他のもの行いて他のもの受くると言わば、バラモンよ、こ は他の極端である。これらの両端を避けつつ、バラモンよ、中によりて如来は法を説く。無明を縁として行あり、行を縁とし て識あり云々﹂。漢訳︹雑阿含︺においては明らかに第一の極端を常見とし、他の極端を断見としている。﹁汝自身悪業をなし、汝 自 身 そ の 果 を う ︿ ﹂ と の 思 想 は こ こ で は 霊 魂 の 存 在 を 主 張 す る 常 見 と し て 排 斥 せ ら る る の で あ る 。 ・ ・ ・ ・ : 縁 起 説 は 霊 魂 輪 廻 の 航 制 肯定と否定とのいずれをも斥け、それに代わるものとして法の縁起を説くのである D 以上の議論を検討しよう。ここで和辻が引用している経典は、﹁彼行いて彼受くる﹂を常見とし、﹁他のもの行いて 他のもの受くる﹂を断見として、 どちらも退けている口注意しなければならないのは、ここで仏陀によって常見とさ れ否定されたるところの寸彼行いて彼受くる﹂という表現は、いわゆる自業自得説を言ったものではない、というこ とである。つまり
ω z
・HN ・怠を自業自得を否定した教えであると解釈することは適切ではない。その理由は次の通り。 例えば八正道や三学の教えは、﹁自業自得 L という言葉を含んでこそないにしても、明らかに自ら精進してその結 果を自ら得るという自業自得の道理を前提していることは、否定できないはずである(もとよりこの寸自ら﹂とは、 以前に述べた﹁阿難 L と同様の意味での経験我であることは言うまでもない)。自業自得の教えを寸常見﹂として否 定するならば、八正道や三学の教えを崩壊させることになる。したがって、くだんの﹁彼行いて彼受くる L という表 現が﹁常見﹂と規定されている以上、その表現は自業自得説を述べているのではない、と見なければならない。では、 この﹁彼行いて彼受くる﹂は何を述べているのであろうか。 答えは、﹁彼﹂﹁他のもの﹂の常住性、つまりはアl
トマンの常住性を述べたものだ、となるであろう。だからこそ、 漢訳経典はこの﹁彼行いて彼受くる﹂を﹁常見﹂という言葉で規定したのであり、和辻自身もそれを﹁霊魂の存在を 主張する常見﹂と言うしかなかったのである。和辻は、釈尊によるこの﹁霊魂の存在を主張する常見﹂の否定が直ち に輪廻説の否定を意味すると考えるわけだが、ここに彼の論理的な飛躍がある。つまり和辻は、アl
トマンとしての ﹁霊魂﹂の存在がなければ輪廻は不可能であると固く信じているけれども、これまで繰り返しみてきたように、アー トマンを全く前提せずとも輪廻は十分可能なのである。 ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) 七 九龍谷大学論集 J¥
。
したがって、くだんの経典が説いているのは、常住的なる﹁霊魂﹂(実体我)の存在を前提として自業自得の思想 を解釈してはならないということであって、だからこそ、ω
Z
・ロム∞では、上に引き続いて J 古離の集﹂と﹁苦種の 滅﹂にまつわる十二縁起が説かれるのである。縁起によりそのつど一時的に成立し続けている経験我の存在は否定さ れておらず、そして輪廻の概念が成立しうるためには経験我が否定されないだけで十分であることは、これまでに見 てきた通りである。否定されているのは実体我としての概念であって、自業自得の概念ではない。もし自業自得の概 念をもプッダは否定したというのであれば、いかなる悪業をしても来世にその報いはないと説く断見者の説と区別が つかなくなってしまう。ω z
・ロ・怠において、プッダは常見とともに断見をも否定している。このことは、実体我の 概念の否定であるとともに、自業自得概念の援無の否定でもあると解釈するのが最も自然であろう。すなわち、時間 的に一貫せる常住の我はないけれども、何らかの﹁同一の人格﹂は経験的に仮設され、この経験的同一人格の行為に ついての問責は免除されるようなことはない、という教えである。 実は、和辻が当該テキストにて引用している経典は、木村の方が先に取り上げている。この同じ経典を、和辻は先 述のように、プッダが輪廻思想を否定したことの証拠として位置づけたのに対し、木村は全く逆に、これをプッダの 輪廻説の独創性を証明するものとして位置づけるのである。すなわち、先の経典中の﹁彼行いて彼受くるのである か﹂﹁他のもの行いて他のもの受くるのであるか﹂という聞は、あるバラモンがプッダに対してなした問であるが、 木村は﹁かくのごとき質問は要するに生命の流動的変化の真相を理解せぬところから来たものであって、所詮は固定 的我を標準としての質問に外ならぬものである。仏陀にしたがえば、生命の持続相は、その前後の関係において同と もいわれず、異ともいわれず、むしろ同異の中道にあ&﹂と主張する。そしてその背後に、先の第三節で紹介したと ころの﹁A
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・﹂という﹁模型﹂が提示され る。この模型の意図は常住的我(アl
トマン)を前提せずとも輪廻のメカニズムは説明できることを示すためであった の だ か ら 、 木 村 が 当 該 の 経 典 を 、 プ ッ ダ の 輪 廻 説 の ま さ に 独 創 的 た る こ と │ す な わ ち 単 に 輪 廻 を 言 う だ け な ら 当 時 の イ ン ド の 諸 宗 教 の 大 半 と 同 じ で あ っ た が そ れ の メ カ ニ ズ ム の 説 明 の 仕 方 が 独 創 的 で あ る こ と 、 す な わ ち ア l トマ ン な い し 実 体 的 霊 魂 を 何 ら 前 提 せ ず し て 輪 廻 を 説 明 し た と い う 独 創 性 ー を 証 明 す る も の と し て 引 用 し て い る こ と は 、 明 ら か で あ る 。 実 に 奇 妙 な こ と に 、 和 辻 は こ の 経 典 に 対 す る 木 村 の 解 説 に は 一 切 言 及 す る こ と な く 、 黙 殺 し て い る 。 さ て 、 和 辻 が 輪 廻 批 判 に 際 し て 挙 げ る 第 二 の 文 献 は 、 次のように言う(傍点は引用者)。 ,..‘、
一
一
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ヤ 中 部 の 第 三 八 経 ( ζ z ・ω∞ )
の 一 節 で あ り ﹁予は世尊によってかく法が説かれたと知っている、ニの同一の識が転生し輪廻する、異とならずに﹂と主張した喋帝比丘は、 世尊によりその識とは何かときかれて、﹁世尊よ、ニこでまた彼処で善悪業の果を受くるかのものをいう﹂と答えるが、世尊 は激しくこれを苛費して、識も要するに縁によって起こるものであると説き、縁起の詳説にはいって行く。そうしてそのあと で問う、﹁かく知りかく理解しつつなお、比丘たちょ、汝らは初めを回顧するか。われらは過ぎ去れる遠き時に存在したか、 あるいは存在しなかったか。われらは過ぎ去れる遠き時に何であったか、いかにあったか、何であり何になったか、などと。﹂ ﹁否、世尊よ。﹂﹁あるいは比丘たちよ、かく知りかく理解しつつなお汝らは未来を思うか。われらはいまだ来たらざる遠き時 に存在するであろうか、せぬであろうか。われらはいまだ来たらざる遠き時に何であるであろうか、いかにあるであろうか、 何であり何になるであろうか、などと。﹂﹁否、世尊よ。﹂ニれ明らかに輪廻転生の問題の排除ではないであろうか。かかる立 場より見れば:::未来世において自分が何でありいかにあるであろうかを考える一切の輪廻説は、存在の真相を解せざる凡夫 舗 の立場において起--ったものに過ぎぬ。 ﹁ 輪 廻 転 生 L 考(四)(松尾) 1¥龍谷大学論集 !¥ 以上の議論を検討しよう。第一に、前半の畷帝(以下サ 1 ティ)の見解に対するプッダの叱責についてであるが、 これは、和辻が言いたげなような、輪廻転生があると主張したことに対する叱責では、ない。サ
l
ティは輪廻の主体 として識を想定し、この識は不変であるとして、輪廻主体としての実体我を主張したために、叱責されたのである。 このことは、当該経(ごく短い)の、和辻が引用している以外の部分を読めば、明らかである。それを現代語訳にて 示それ。まずサl
テイが言う。﹁わたしは世尊によって説かれた法をこのように理解します。すなわち﹃この意識だ けは流転し、輪廻するが、別のものにならず不変である﹄と L ( 傍点引用者)。すると釈尊が叱りつける。﹁愚かもの よ、そんなことを、わたしがいったいだれに説いたというのですか。愚かものよ、わたしは種々なる法門によって、 縁によって生ずる意識を説いたのではなかったですか L ( 傍点引用者)。このように、サ 1 ティは識を実体我として主 張したために叱責されたのであって、輪廻を主張したために叱責されたのではない。実はこのことも、木村が実質的ω
には夙に指摘していたことなのである。それなのに和辻は、同じ経の同じ箇所を取り上げながら、それについての木 村の解説を黙殺しているとはどのような了見からなのか、理解に苦しむものがある。 第二に、後半のサl
ティ以外の修行者たちとの問答についてであるが、和辻はこれを﹁輪廻転生の問.題の排除﹂と 総括している。﹁霊魂や他世が実在するか否かのごとき形而上学的問題を真の認識に縁なきものとして斥け﹂た、と いうわけである。しかし、修行者たちとプッダとの上記問答をよく読むと、そこに脅かれてあるのは、縁起の法を体 得した暁には過去や未来についての問題はおのずと消滅している、迷いがきっぱりと無くなっている、ということだ けであることがわかる。そのあたりを先ほどの同じ現代語訳によって引用しよう。引用の第二段落目からが利辻が引 用している部分である(訳文が和辻のそれとだいぶ異なっているので注意されたい)。 ﹁︹前略︺無明の止滅によってもろもろの行が止滅し、もろもろの行の止滅によって意識が止滅し、︹中略︺生存の止滅によって生まれが止滅し、生まれの止滅によって老いと死、愁い、悲しみ、苦しみ、憂い、悩みが止滅します。このようにして、--のすべての苦しみの集まりの止滅があリます。 修 行 者 た ち よ 、 ニのように知り、このようにみるとき、あなたがたは、過去にむかつて逆行するニとがありますか。すなわち、 ﹃わたしたちは過去に存在したのであろうか、過去に存在しなかったのであろうか、わたしたちは過去になんであったのだろ うか、過去にどのようであったのだろうか、過去になんであって、そののちになにになったのであろうか﹂と﹂ ﹁それはありません。尊い方よ﹂ ﹁修行者たちょ、このように知り、このようにみるとき、あなたがたは、未来にむかつて走るニとがありますか。すなわち 苛わたしたちは未来において存をするのであろうか、未来に存在しないのであろうか、わたしたちは未来においてなんである のだろうか、未来においてどのようであるだろうか、未来においてなにになって、そののちになにになるのだろうか﹄と﹂ 同 H H ﹁それはありません、尊い方よ﹂ どうして和辻の言うような﹁明らかに輪廻転生の問題の排除﹂を意味することになろうか。この引用 せいぜい、無明の止滅から老死の止滅にまで至ることによって輪廻転生の問題が解決される、ということが 読み取れるのみである。既に宿命通を獲得した行者にとっては過去はもはや問題にならないであろうし、同様、漏尽 通を獲得した行者にとっては未来も問題ではないであろう。それは﹁輪廻転生の問題の排除 L なのではなく、輪廻か らいかにして脱却すべきかという問題が最終的に解決された
l
要 す る に 解 脱 し た ー と い う こ と な の で あ る 。 そ し て輪廻からいかにして脱却すべきかという問題が解決されたということは、プッダおよびプッダの門弟にとって輪廻 こ の こ と が 、 か ら は 、 からいかにして脱却すべきかという問題が存在していた、ということを意味せざるを得ないはずである。 以上をもって、和辻の輪廻批判の付随的議論もまた不充分なものであることを、われわれは確認したことになる。 ﹁ 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) J¥龍谷大学論集 J¥ 凶
五
き た 。 以上にわたり我々は、輪廻否定論を導出する和辻の議論に含まれる誤解、論理的誤謬、不十分さについて検討して いささかくどすぎるところがあったかもしれないが、これは必要なことだったロ繰り返しになるが、輪廻説は 輪廻する我(アl
トマンないしそれに類する実体)を想定するがゆえに仏教の根本である無我説と両立しないという 誤ったテi
ゼは、通俗的なかたちでは今なお巷に流布しているけれども、その最大の原因は、この、暖昧だがどこか もっともらしいテーゼが一人歩きし、このテl
ゼを導き出した和辻の論証そのものが立ち入った仕方で細かく検討さ というところに求められるであろうから、本稿のような逐文的批判検討は、いずれ誰かがやらなけ れてこなかった、 ればならないことだったのである。 註ω
拙論寸﹃輪廻転生﹄考(一)│和辻哲郎の輪廻批判 L ﹃ 龍 谷 大 学 論 集 ﹄ 第 四 六 九 号 。ω
﹃中村元選集[決定版]第十五巻﹄(一九九三年、春秋社)六六三頁。ω
二葉憲香﹃親驚仏教無我伝承の実現﹄(平成七年、永田文昌堂)六二頁。ω
﹃小川一乗仏教思想論集第三巻﹄(二OO
凶 年 、 法 臓 館 ) 一 八 一 頁 。ω
例えば日野英宣﹃信じるものはなぜ救われないのか﹄一九九六年(白馬杜)一四二頁、白取春彦﹃仏教﹁超﹂入門﹄二00
四年(すばる社)一九五頁以降、秋月龍現﹃誤解された仏教﹄二OO
六年(講談社学術文庫)五O
頁 、 等 々 。ω
例えば、修山惰一﹁釈尊出家の動機についてl
輪廻転生の問題﹂﹃佐賀龍谷学会紀要﹄第九&十号こ九六二年)、宮 坂宥勝﹁仏教と輪廻思想﹂﹃日本仏教学会年報﹄第四六号こ九八一年)、津田真一﹁輪廻と仏教の思想的基盤(二﹂﹃大 倉山文化会議研究年報﹄第一号(一九八九年)、小谷信千代﹁和辻の縁起説理解を問うl
釈尊の輪廻説と縁起説﹂﹃仏教 学セミナー﹄第七六号(二OO
二年)、捜部建﹁輪廻について﹂同﹃阿含の仏教﹄所収(二OO
二 年 、 文 栄 堂 ) 、 末 木 文 美 土﹁和辻哲郎の原始仏教諭﹂同﹃近代日本と仏教﹄所収(二OO
四年、トランスビュ l ) などがあり、中でも棲部氏の批判は核心的な論点を街いた非常に説得的なものであるが、和辻の全文に入り込んでの批判ではない o
m
W
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(
戸 ア 曽5
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5
2
1
グ)。以下では人口に脆炎した党語のみそのカナ表記寸ア l ト マ ン ﹂ に て 示 す 。ω
別稿でも指摘したが(拙論﹁仏教と﹃輪廻 L の概念﹂吋龍谷哲学論集 L 第二二号)、少なくとも和辻は、プッダが説いた のは﹁無我﹂ではなく﹁非我﹂であったという今日的な異論(前出﹃中村元選集[決定版]第十五巻﹄四五五1
五八三 頁)については知らない。またこの異論が提起する、プッダの説いたのは無我ならず非我であるとの事柄が、輪廻の問題 にとって重大なものとなるとも思われない。概部前掲舎における寸加盟⋮我の問題l
ニ カl
ヤの純闘で﹂で示されている論 点の他に、実体我と経験我との区別を適切に導入すれば、上記の事柄が輪組の問題に及ぽす影響は解消できると忠われる。ω
前掲﹁中村元選集[決定版]第十五巻 h 六 . K 九 頁 。 側以下は木村泰ぽ吋原始仏教思想論﹄一五六1
一七二頁の要約である。なを汲んで蚊約した部分もあるが一々断らなかっ た。なお岡市の頁付けは﹃木村泰慨は全集第一二巻 L ( 大法輪問、昭和四三年)のそれに従う。 仙例えば叶ミリンダ王の問い l ﹂ ( 平 凡 社 、 昭 和 三 八 年 ) 、 一 一01
一一三頁、一二三i
一 二 九 賀 、 二001
二O
二 頁 、 二O
四頁などの所説を総合するならば、ここで木村が述べている教説の核心的発想は、ほぽ出揃うことになる。なお上の翻 訳書 2 ミリンダ王の問い 1 ﹄)は、﹁伝統的保守的仏教﹂(同書==一二頁)の思想が述べられたコミリンダ王の問い﹄の 原型と認められる部分、すなわちパ l リ文と漢訳︹吋那先比丘経﹄︺とのほぼ一致する部分を、パ l リ文に従って翻訳ある いは紹介したものである﹂(同書三二八t
三 二 九 頁 ) 。ω
和辻哲郎叶原始仏教の実践哲学﹄二七四1
二 七 六 頁 。ω
木村前掲曹、一五七頁。ω
同 右 、 一 六 四 頁 。ω
同 布 、 一 六 六 一 氏 。 M W 同 右 、 一 六 九 頁 。 な お 文 中 に お け る ﹁ 川 町 ﹂ ﹁ いJ
等 は 各 々 ﹁ 川 九 ﹂ ﹁ 印 υ ﹂の﹁経験的樹液﹂の表現である(向者、 頁 ) 。 仰向右、一六九頁。ω
和辻前掲書、二八O
頁 。 仰木村前掲書、一六八頁。 一 七O
寸 輪 廻 転 生 ﹂ 考 ( 四 ) ( 松 尾 ) 八 五龍谷大学論集 J¥ /¥