』 試訳
中御 門
敬教
は じめ に
現 在 、 筆 者 は華 厳 思 想 の 要 約 と も言 え る 〈
普 賢 行 願 讃 〉 と、 そ の 先 行 経 典
(『
舎 利 弗 悔 過 経 』・『
三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』)と の 関 係 に関 心 を もっ て い る。 こ
ユの 中 の 『
舎 利 弗悔 過 経 』 に は、 静 谷 正 雄 氏 の優 れ た研 究 が あ る。 氏 は そ の 中 で
『
舎 利 弗 悔 過 経 』 の部 分 的 な抄 訳 を行 い 、他経 との関係 や成立時期 について詳
細 な研 究 を発 表 され て い る。 しか し、 現 時 点 で は静 谷 氏 の 抄 訳 を除 き、 訓読 や
現 代 語 訳 は発 表 され て い な い。 そ こで 筆 者 は、 本 稿 で 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 の 試 訳
を行 い、 『三 曼 陀 跋 陀羅 菩 薩 経 』 や 〈
普 賢行 願 讃 〉研 究 へ の掛 け橋 と した い。
A.研
究 姿 勢
和 訳 と語 註 を 中 心 とす る。 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 に は漢 訳 しか 現 存 せ ず 、 『
大 正
蔵 』(T.24,pp.1090-1091)を
定 本 と し原 文 を つ け た 。 そ の 原 文 は、 諸 版 校
合 に よ る テ キ ス ト作 成 を意 図 した も の で は な く、 筆 者 の読 解 を示 す もの に す ぎ
な い。 よ っ て 、 そ こで は新 た に句 読 点 を打 ち 直 し、 括 弧 記 号 等 を挿 入 した。 原
文 中 の句 読 点 は、 ①,(文
中 の 切 れ 目)② 、(並 列 表 現)③ 。(文 の 終 わ り)の
意 味 で 用 い る。 原 文 中 の括 弧記 号 は、 ①"∼"②`∼'③"∼
。 の順 序 で挿 入
す る。 そ して 、 そ れ に対 応 す る和 訳 で は 、① 「
∼ 」 ② 『
∼ 』③ 【
∼ 】 と した 。
また 、 原 文 中 の 固有 名 詞 に は点 線 を 引 い た 。 原 文 は 内容 か ら分 け、 通 し番 号 を
つ け 『
大 正 蔵 』 の 対 応 箇 所 を 示 した 。 和 訳 の 際 に は現 代 語 訳 を行 い、 『
大 正
蔵 』 で理 解 困 難 な場 合 は、 『
高 麗 蔵 』 『
宋 磧 砂 蔵 』 を 見 直 し、 『
房 山 石 経 』 を も
注1静
谷正雄 『
初期大乗仏教の成立過程』百華苑1974年pp.118-147
静谷氏 は、自ら大乗 と名乗 らない最初期 の大乗経典 「
原始大乗」の範疇 に、『
舎利弗
悔過経』を入れておられる。
参 照 した。 しか し 『
舎利 弗 悔 過 経 』 に関 して は、 どの諸 版 も大 き く変 わ る所 が
な く、 理 解 困難 な箇 所 は そ の ま ま残 った 。 そ の際 、 他 経 の 諸 例 を語 註 で 示 し、
それ を元 に和 訳 を試 み た 。 使 用 す る諸 経 に現 代 語 訳 が あ れ ば、 そ の訳 を お借 り
し、 そ の 出 所 を記 載 した 。 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 に は異 訳 と して 、 『
大 乗 三 聚 懺悔
経 』 『
菩 薩 蔵 経 』 お よ び そ の チベ ッ ト訳 が 存 在 す る。 し か し そ れ ら諸 経 は 『
舎
利 弗悔 過 経 』 よ り後代 の もの で あ り、 筆 者 は 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 の翻 訳 時期 とほ
ぼ 同 時 代 の 諸 経 を優 先 した 。 そ の 中 で 、 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 と密 接 な 関 係 の あ る
『
三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 を特 に参 照 し た
。 また 、 語 註 で は 『
漢 語 大 詞 典 』(漢
語 大 詞 典 出版 社1992年
中 国上 海
以 下HD.)を
使 用 し、 経 中 の 意 味 が どの
時代 の 文 献 に登 場 す る か を確 認 した 。 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 は古 訳 で あ り、 筆 者 の
力 量 で は和 訳 に不 安 の残 る箇 所 が 多 くあ る。 諸 賢 の御 指 導 を賜 わ りた い。
B.翻
訳 時 期 に つ い て
『
舎 利 弗 悔 過 経 』 は
、 『
出 三 蔵 記 集 』(A.D.502-515)な
どの 古 経 録 で は竺
法 護i訳、 『
大 唐 内 典 録 』(A.D.664)な
ど七 世 紀 前 後 の 経 録 で は安 世 高 訳 とな
っ て い る。 これ に 関 して 、 音 写 語 や文 体 の 面 か ら竺 法 護 訳 と論 証 す る こ とは 困
難 で あ る。 一 方 、音 写 語 の 面 か ら親 近 性 の あ る訳 者 は支 婁 迦 讖 で あ る が 、 そ れ
を支 持 す る経 録 は存 在 しな い 。 ま た 内 容 の 面 か ら は、 この経 に は六 波 羅 蜜 を筆
頭 に大 乗 思 想 が 説 か れ 、 小乗 経 典 の翻 訳 に従 事 した 安 世 高 は訳 者 と して 除外 さ
れ る だ ろ う。 この よ う に、 筆 者 は経 録 の 支 持 す る訳 者 に多 少 の疑 問 を もっ て い
る。 訳 者 を検 討 し直 す作 業 は非 常 に 困難 で あ るが 、 語 彙 語 法 の 面 か らは、 翻 訳
時 期 に 関 す る若 干 の指 摘 が行 え る。 語 彙 につ い て は、 仏 典 以 前 の 語 彙 を多 数 踏
襲 して お り、 鳩 摩 羅 什 以 前 の 古 訳 で あ る こ とは ほ ぼ間 違 い な い 。 語 法 の面 か ら
は以 下 の 指 摘 が 行 え る。
① 「当」 で 疑 問 文 を強 調 す る。cf.註(1)
② 「
令 」 で 願 望 を示 す。cf.註 ⑲
注2齊
藤隆信 「
『
浄度三昧経』 と竺法護訳経典」 『
佛教大学総合研究所紀要』第4号1997
年p.53上
段
齊藤氏 は、竺法護 の文体 は概ね四字 を基本 とする点 を指摘 されている。
-2一
③ 「
至 」 が 「
乃 至(Skt.y穽at)」
の 意 味 で 使 用 され る。cf.註 ㈱
④ 「
所 可 」 が 「
所 」 の意 味 で使 用 され る。cf.註(36)
⑤ 「
持 」 「持 用 」 が 「bymeansof」
の意 味 で使 用 され る。cf.註 ㈲
これ らの 語 法 は、 仏 典 で は古 訳 に 見 られ る。
以 上 、i経録 や 語 彙 語 法 の 面 か ら私 見 を述 べ た が 、 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 は非 常 に
小 部 な経 典 で あ り、 訳 者 を検 討 し直 す に は情 報 量 が あ ま りに少 な い 。 よ って 、
筆 者 は訳 者 に つ い て の 見 解 は避 け 、 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 を二 世 紀 後 半 か ら四世 紀
にか け て の 翻 訳 と理 解 す る に と どめ た 。
C.『 舎 利 弗 悔 過 経 』 の位 置
『
舎 利 弗 悔 過 経 』 に は注 意 す べ き定 型 句 が あ る
。cf.註(6)こ の 定 型 句 は 四 度
現 わ れ 、 そ れ ぞ れ 多 少 表 現 は異 な るが 、 内 容 と して 「
十 方 諸 仏 に昼 夜 各 三 回 の
礼 拝 を行 う」 とい った 点 で共 通 す る。 経 中 で は 「
① 懺 悔 ② 随 喜 ③ 勧 請 ④ 福 徳 の
布 施 」 とい った 各 項 目 の前 で、 この 定 型 句 が 説 か れ、 そ れ は 内容 の切 れ 目 と し
て の 意 味 も有 し て い る。 これ ら四 つ の 項 目 中、 最 後 の 「
④ 福 徳 の 布 施 」 で は
「
廻 向」 とい う語 は使 用 され な い もの の
、 思 想 と して は 「
廻 向」 が 説 か れ る。
cf.註(33)つ ま り 『
舎 利 弗悔 過 経 』 は、 三 品(懺 悔 ・随 喜 ・勧 請)に
「
廻 向 」 が
加 わ り、 四 品 へ の 発 展 経 緯 を示 す経 典 と理 解 で きる。 こ こで 注 意 す べ き点 は、
これ ら四 品 が在 家 信 者 に よ っ て説 か れ る点 で あ る。 この経 典 は在 家 信 者 の独 白
部 分(通
し番 号C,F,G,J)が
も と と な り、 そ の 前 後 に仏 や 舎 利 弗 を配 して
経 典 の体 裁 を作 り上 げた 感 さ え あ る。 また そ の際 の名 残 と し てか 、 通 し番 号E
ヨ か らFへ の 展 開 の 仕 方 や 、 突 飛 な 経 典 の 終 わ り方 や 、 経 名 は 『舎 利 弗 悔 過 経 』 と あ る が 、 舎 利 弗 は懺 悔 を 行 わ な い 点 な ど、 経 典 と し て の 未 整 備 さ が 目 に つ く。 ま た 、 経 典 中 で 「音 写 語 一 語 釈 」 を 列 挙 す る 点 な ど、 翻 訳 段 階 で の 付 加 を伺 わ せ る 点 も 指 摘 で き る 。cf.註(42)し か し、 こ れ ら は 筆 者 の 推 測 に す ぎ ず 、 ま た 経 注3通 し番 号K.を 参照 。 『舎 利 弗悔 過経 』 は、最 終 的 に経 典 の記 憶 と読誦 を奨 励 した 後 、 経 典 として の体 裁 を伴 わ ず 唐 突 に終 わ る。 推 測 で は あ るが 、 『舎 利 弗悔 過 経 』 は 記憶 や 読 誦 に程 よい 分量 で あ り、 読 誦経 典 として の性格 を有 して い るの で は ない か。 また、 説 か れ る内容(懺 悔 ・随 喜 ・勧 請 ・廻 向)か ら して、 この経 典 の 目的 は、 仏教 徒 の身 近 な倫 理項 目 を示 す点 にあ る。典 の整 備 次 第 を確 か め る手 段 もな い が 、在 家 信 者 の独 白 部 分 が この 経 典 の主 要
部 分 で あ る こ とは確 か で あ る。 さ ら に この独 白部 分 は 、 現 存 す る諸 経 中、 ま と
ま っ た三 品(四
品)儀 礼 を説 く最 初 期 の記 述 の 一 つ で あ る。 他 の古 訳 に は名 称
と して 「
三 品 」 が 現 わ れ る が、 『
舎 利 弗悔 過 経 』 ほ ど ま と ま っ た 説 明 は現 わ れ
な い 。
以 上 の よ う に 『
舎 利 弗悔 過 経 』 は 、 大乗 特 有 の三 品(四
品)儀 礼 を理 解 す る
際 、 現 時 点 で は まず 参 照 す べ き経 典 で あ る。
D.『 舎 利 弗 悔 過 経 』 の成 立 時 期
① 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 に説 か れ る修 行 階 位 は、 四 向 四果 に辟 支 佛 を付 けた もの で
らあ る。 これ は 「
不 退 転 」 が 説 か れ な い とい う点 で 、 『
阿 弥 陀 三 耶 三 仏 薩 楼 仏
檀 過 度 人 道 経 』(以 下 『
大 阿弥 陀 経 』)や 『
道 行 般 若 経 』 の修 行 階位 よ り未 発
ら達 な もの で あ る。
i'ネ!② この経 の 成 立 時 期 を論 じた代 表 的 な研 究 者 と して 、 静 谷 正 雄 氏 が お られ る。
静 谷 氏 は 関 連 諸 経 と の 思 想 比 較 に よ っ て 、 『
舎 利 弗 悔 過 経』 は 〈
小 品 般 若
経 〉 以 前 の 成 立 とさ れ る。 しか し、筆 者 は、 静 谷氏 の 『
舎 利 弗悔 過 経 』 成 立
時 期 を め ぐ る 一 姿 勢(『 舎 利 弗 悔 過 経 』 に は 厂廻 向 」 の 思 想 は 現 わ れ な い) に は 、 賛 成 で き な い 。 こ こ で 詳 細 は 論 じ な い が 、 『舎 利 弗 悔 過 経 』 と 〈小 品 般 若 経 〉 の 「廻 向 」 に は 、 少 な か ら ず 類 似 点 が 見 ら れ る 。 筆 者 は 稿 を 改 め 、 こ の 点 に つ い て 指 摘 し た く考 え て い る 。 ③ 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 と 『舎 利 弗 悔 過 経 』 は 密 接 な 関 係 に あ る 。 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 は 『舎 利 弗 悔 過 経 』 の 枠 組 み を 踏 襲 し つ つ 、 阿 弥 陀 仏 や 普 賢 菩 薩 行 や 法 身 を 説 く。 そ れ に 対 し 『舎 利 弗 悔 過 経 』 で は 、 一 切 そ れ ら が 説 か れ な い 。 注4『 舎 利 弗 悔 過 経』 よ り思 想 的 に発 展 した 『三 曼 陀跋 陀羅 菩 薩 経』(T.14,pp.666-668) に も、 在 家 信者 の 独 白 に よる三 品(四 品)の 説 明が あ る。 注5通 し番 号D.を 参 照 。 『舎 利 弗悔 過 経 』 には、 六波 羅 蜜 を筆頭 に大 乗 思想 が説 か れ るが 、 必ず し も大 乗経 典 と言 い切 れ な い面 が ある。 こ こが そ の顕 著 な例 で、少 乗 の修 行階 位 が尊 重 さ れ、 目標 に さえ なっ てい る。 注6香 川 孝 雄 『浄 土教 の成立 史 的研 究 』 山喜房 佛 書林1993年pp.197-207 注7静 谷 前 掲 書pp.122-133 注8静 谷 前 掲 書p.130 -4一④ 「C.『 舎 利 弗 悔 過 経 』 の位 置 」 で 述 べ た よ う に、 経 典 と し て の 未 整 備 さ が
目立 つ 。
⑤ 「
三 品(四
品)」 「
廻 向」 とい う 言 葉 を使 用 せ ず、 「
三 品(四
品)」 「
廻 向」 の
内容 が 説 か れ る。 つ ま り 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 は、 「
三 品(四
品)」 「
廻 向 」 が 名
称 化 さ れ る以 前 の状 態 を保 存 し て い る 。
これ ら の こ とを踏 ま え る と 『
舎 利 弗 悔 過 経 』 は、 大 乗 経 典 の 中 で は きわ め て
古 層 に属 す る。 しか し 『
舎 利 弗悔 過 経 』 は 非 常 に小 部 な経 典 で あ り、 漢 訳 しか
現 存 しな い こ とを考 慮 す る と、 判 断 材 料 が 乏 し く、 筆 者 に は 明確 な 成 立 時 期 を
論 じ る こ とが で きな い。
E.そ
の 他
参 考 文 献 や 引 用 文 献 は註 の 中 で 示 した 。
仏 説 舎 利 弗 悔 過 経
後 漢 安 息 国三 蔵 安 世 高 訳
A(T.24,p.1090.a,6-10)
仏 在 羅 閲 祗 耆 闍 崛 山 中時,与
千 二 百 五 十 比 丘 、 菩 薩 千 人 共 坐 。第 一 弟 子 舎 利 弗
起 前,長 跪 叉 手,問 仏 言:"若
有 善 男 子 、善 女 人 意 欲 求 仏 道 。若 前 世 為 悪 。 当
何 用悔 之 乎?"。
仏 言:"善
哉 善 哉 。 舎 利 弗 。 憂 念 諸 天 、人 民好 乃 如 是"。
仏 は羅 閲 祗 の 耆 闍 崛 山 に 、 千 二 百 五 十 人 の 出 家 者 や 千 人 の菩 薩 と共 に坐 っ て
い た 。 上 座 にい る弟 子 の舎 利 弗 は、 立 っ て 進 ん で 、 ひ ざ まづ き、 合 掌 し て仏 に
尋 ね た 。
こ ころ「意 に 仏 道 を求 め て い る 良 家 の子 息 や 良 家 の子 女 が い た と し ま す
。 前 世 に
罪 を犯 し て い た と し ます 。 一 体 一(1)どの よ う に罪 を懺 悔 一(2)する の で し ょ う
か?」
仏 が 答 えた 。
厂
大 変 よ ろ しい
。 舎 利 弗 よ、 そ の よ うに 神 々 や 人 々 を気 づ か う とは、 何 と立
派 な こ とか 」
B(T.24,p.1090.a,11-15)
仏 言:"若
有 善 男 子 、 善 女 人 欲 求 阿 羅 漢 道 者,欲 求 辟 支 仏 道 者,欲 求 仏 道 者,
欲 知 去 来 之 事 者 。 常 以 平 旦 、 日中 、 日入 、 人 定 、 夜 半 、 鶏 鳴 時,澡 漱,整
衣 服,
叉 手,礼 拝 十 方 。 自在 所 向,当 悔 過 言:
仏 は言 っ た 。
「
阿 羅 漢 道 一(3)や
、 辟 支 仏 道 一(3)や、 仏 道 一(3)を求 め、 過 去 や未 来 の 出 来 事
を理 解 した い 良 家 の子 息 や 良 家 の 子 女 が い た と し ます 。 常 ひ ご ろ、 夜 明 け、 昼 、
日没 、 宵 の ロ ー(4)、夜 中 、 早朝 の[各]時
間 に、体 や 白 を清 め 一(5)衣服 を正 し
て 、 合 掌 し、 十 方 に礼 拝 し ます 一(6)。どち ら に向 か っ て も一(7)[次 の よ うに]
懺 悔 す べ きで す 。
C(T.24,p.1090.a,15‐b,17)
`某等 宿 命 従 無 数 劫 以 来 所 犯 過 悪
。 至 今 世 所 犯 婬 姓,所 犯 瞋 怒,所 犯 愚 痴 。 不
知 仏 時,不
知 法 時,不 知 比 丘 僧 時,不 知 善 悪 時,若 身 有 犯 過,若
口犯 過,若 心
犯 過,若
意 犯 過 。 若 意 欲 害 仏,嫉 悪 経 道,若
闘 比 丘 僧,若 殺 阿 羅 漢,若
自殺 父
母 。 若 犯 身 三 、 口 四 、 意 三 。 自殺 生,教 人 殺 生,見 人 殺 生 代 其 喜 。 身 自行 盗,
教 人 行 盗,見
人 行 盗 代 其 喜 。 身 自欺 人,教
人 欺 人,見 人 欺 人 代 其 喜 。 身 自両 舌,
教 人 両 舌,見 人 両 舌 代 其 喜 。 身 自罵 詈,教
人 罵 詈,見 人 罵 詈 代 其 喜 。 身 自妄 言,
教 人 妄 言,見 人 妄 言代 其 喜 。 身 自嫉 妬,教
人 嫉 妬,見 人 嫉 妬 代 其 喜 。 身 自貪 診,
教 人 貪 診,見
人 貪 軫 代 其 喜 。 身 自不 信,教
人 不 信,見 人 不 信 代 其 喜 。 身不 信 作
善 得 善,作
悪 得 悪,見
人 作 悪 代 其 喜 。 身 自盗 仏 寺 中神 物,若
比 丘 僧 財 物,教
人
行 盗,見
人 行 盗 代 其 喜 。 身 自軽 称 、小 蚪 、短 尺 欺 人,以
重 称 、 大_,、 長 尺 侵 人,
見 人 侵 人 代 其 喜 。 身 自故 賊,教 人 故 賊,見
人 故 賊 代 其 喜 。 身 自悪 逆,教 人 悪 逆,
見人 悪 逆 代 其 喜 。 身 諸 所 更 以 来,生
五 処 者 。 在 泥 犂 中 時,在 禽 獣 中 時,在 薜茘
中 時,在 人 中 時,身 在 此 五 道 中生 時,所 犯 過 悪 。 不 孝 父 母 。 不 孝 於 師 。 不 敬 於
善 友 。 不 敬 於 善 沙 門 道 人 。 不 敬 長 老 。 軽 易 父 母 。 軽 易 於 師 父 。 軽 易 求 阿 羅 漢 道
一6一
者 。 軽 易 求 辟 支 仏 道 者 。 若 誹 謗 嫉 妬 之 。 見 仏 道,言
非 。 見 悪 道,言 是 。 見 正 言,
不 正 。 見 不 正,言 正 。某 等 諸 所 作 過 悪 。願 従 十 方 諸 仏,求 哀,悔
過 。"令 某 等
今 世 不 犯 此 過 殃 。 令 某 等 後 世 亦 不 被 此 過 殃 。。 爪
所 以 従 十 方 諸 仏 求 哀 者 何?。 。
仏 能 洞 視 、 徹 聴 。 不 敢 於 仏 前 欺 。 某 等 有 過 悪,不 敢 覆 蔵 。 従 今 以 後 皆 不 敢 復
犯'"。
『
私 達 は
、 過 去 世 に、[つ ま り]数 え切 れ な い劫 よ り この か た 、犯 し た 罪 が
あ り ます 。 今 世 にい た っ て は、 愛 欲 を犯 し、 怒 り を犯 し、 無 知 を犯 して い ます 。
仏 を 知 ら な か っ た 時 、[仏 の]教
え を知 らな か っ た 時 、 出家 者 の サ ン ガ を知 ら
な か った 時 、 善 や 悪 を知 らなか っ た 時 に、 あ る い は 身体 で 罪 を犯 し、 あ る い は
こころ口 で 罪 を犯 し、 あ るい は心 で罪 を犯 し、 あ る い は意 で 罪 を犯 し ま した 。 あ る い
ここ ろは 意 で 仏 を傷 つ け、[仏 の]教
え 一(8)を妬 み 憎 しみ 、 あ る い は 出 家 者 の サ ンガ
を乱 し、 あ る い は阿 羅 漢[と
い う聖 者]を
殺 し、 あ るい は 自 ら父 母 を殺 し ま し
こ ころた 。 あ る い は身 体 で三 つ 、 口 で 四 つ 、 意 で 三 っ[の 十 悪 を]犯
し ま した 。 自
ら殺 生 し、 人 に殺 生 させ 、 人 が 殺 生 す るの を見 て 、我 が こ との よ うに 喜 び ま し
た 。 自 ら 一(9)盗み を行 い 、 人 に盗 み を行 わ せ 、 人 が盗 み を行 う の を見 て 、 我 が
こ との よ うに喜 び ま した 。 自 ら人 を欺 き、 人 に人 を欺 か せ 、 人 が 人 を欺 くの を
見 て 、 我 が こ との よ う に喜 び ま した 。 自 ら二 枚 舌 で 、 人 を二 枚 舌 に さ せ 、 人 が
二 枚 舌 で あ る の を見 て 、 我 が こ との よ う に喜 び ま した 。 自 ら罵 り、 人 に罵 らせ 、
人 が 罵 る の を見 て 、 我 が こ との よ う に喜 び ま した。 自 ら嘘 をつ き、 人 に嘘 をつ
か せ 、 人 が 嘘 を つ くの を見 て、 我 が こ との よ うに喜 び ま した 。 自 ら妬 み 、 人 に
妬 ませ 、 人 が 妬 む の を見 て 、 我 が こ との よ う に喜 び ま した 。 自 ら強 欲 で あ り、
人 を強 欲 に 一(1①
さ せ 、 人 が 強 欲 で あ るの を見 て、 我 が こ との よ う に喜 び ま した 。
自 ら[仏 の 教 え を]信
じず 、 人 に[仏 の教 え を]信
じ させ ず 、 人 が[仏
の 教 え
を]信
じ な い の を見 て 、 我 が こ との よ う に喜 び ま した 。 自 ら善[因]を
作 れ ば
楽[果]に
至 る こ とや 、 悪[因]を
作 れ ば苦[果]に
至 る こ とを信 じず 、 人 が
悪[因]を
作 る の を見 て 、 我 が こ との よ う に喜 び ま した 。 自 ら仏 塔 一⑪ の 中 の
神 聖 な もの 一(12)や
、 あ るい は出 家 者 の サ ンガ に属 す る財 物 を盗 み 、 人 に盗 み を
行 わ せ 、 人 が 盗 み を行 うの を見 て 、 我 が こ との よ うに喜 び ま した 。 自 ら軽 い 秤
や 、 小 さ な 升 や 、 短 い もの さ しで 人 を欺 き、 重 い秤 や 、大 きな 升 や 、 長 い もの
さ しで人 を騙 し、 人 が 人 を騙 す の を見 て 、我 が こ との よ う に喜 び ま した 。 一⑬
自 ら故 意 に 一q儼
とな り、 人 に故 意 に賊 とな らせ 、 人 が故 意 に賊 とな る の を 見
て 、我 が こ との よ うに 喜 び ま し た。 自 ら憎 み 逆 らい、 人 に憎 み逆 らわ せ 、人 が
憎 み 逆 ら うの を見 て 、我 が こ との よ う に喜 び ま した。 一(15)。
この身 が 生 じて 一
⑯ 以 来 、 五 道 一(17)に
生 まれ て き ま した 。 地 獄 に い た 時 や 、 動 物[の 世 界]に
い
た 時 や 、 飢 え た者[の
世 界]に
い た 時 や 、 人[の 世 界]に
い た 時 、[つ ま り私
達 が]こ
の 五 道 の 中 に生 ま れ た 時 に、 犯 した 罪[が
あ り ます]。 父 母 に孝 行 し
ませ んで した。 師 に孝 行 し ませ ん で した 。 良 き指 導者 を尊 敬 し ませ ん で した 。
優 れ た 修 行 者 を尊 敬 し ませ ん で した 。 高 徳 の 出家 者 を尊 敬 し ませ ん で した 。 父
母 を軽 ん じ ま した 。 師 匠 を軽 ん じ ま した 。 阿 羅 漢 道 を求 め る者 を軽 ん じ ま した 。
辟 支 仏 道 を求 め る者 を軽 ん じ ま した 。 あ る い は 、 彼 ら を そ し った り、 妬 ん だ り
し ま した。 仏 道 を見 て、 正 しい 道 で は な い と言 い ま し た。 誤 った 道 を見 て、 正
しい道 と言 い ま した 。 正 しい もの を見 て、 正 し くな い と言 い ま した 。 正 し くな
い もの を見 て 、 正 し い と言 い ま した。 私 達 は 多 くの 罪 を犯 し ま した 。 十 方 の諸
仏 に 一(18)願
い 、哀 れ み を求 め、 懺 悔 し ます。 【ど うか この 世 で 、私 達 が これ ら
の罪 を犯 し ませ ん よ うに 一⑲ 。 ど うか 次 の世 で 、 私 達 が これ らの 害 を受 け ませ
ん よ う に】 【
な ぜ 十 方 の 諸 仏 に哀 れ み を求 め る の か?】[と
言 え ば]仏 は見 通 す
こ と 一⑳ や 、 聞 き知 る こ と一(20)が
で き るか らで す 。 仏 の 前 で は、 正 直 に な ら ざ
る を え ませ ん。 私 達 は 決 し て犯 した 罪 を隠 し ご と一⑳ し ませ ん。 今 後 再 び 、 決
して[罪
をコ 犯 し ませ ん 』 と」
D(T.24,p.1090.b,17‐29)
仏 語 舎 利 弗:"若
有 善 男 子 、善 女 人,意 不 欲 入 泥 犂 、 禽 獣 、 薜 茘 中者,諸
所 作
過 皆 当 悔 過 之,不
当 覆 蔵 。 受 戒 以 後,不
当復 作 悪 。 不 欲 生 辺 地 、 無 仏 処 、 無 経
処 、 無 比 丘 僧 処 、 無 義 理 処 、善 悪 処 者,皆
当悔 過,不
当 覆 蔵 。 意 不 欲 愚 痴 、 聾 、
盲 、 瘡 痙,不 欲 生 屠,生 漁 猟 、 獄 吏,更 生 貧 家,皆
当 悔 過,不
当覆 蔵 。 女 人 欲
求 男 子 者,皆
当悔 過 。 欲 得 須 陀 沍 道 不 復 入 泥 犂 、 薜 茘 中者,皆
当悔 過 。 欲 得 斯
陀 含 道 上 天 作 人,欲 得 阿 那 含 道 上 二 十 四天,欲
得 阿 羅 漢 泥 疸 去者,欲
於 世 間 得
阿 羅 漢 道 者,欲
得 辟 支 仏 道 者,欲 知 去 来 之 事 者,皆
当 悔 過,不
当 覆 蔵"。
-g一
仏 は舎 利 弗 に 言 った 。
「良 家 の 子 息 や 良 家 の子 女 が い た と し て 、地獄 や、動物[の 世界]や 、飢 え
こ こ ろた者[の
世 界]一
働 に赴 くこ とを意 に望 まな い者 は、 作 った 罪 す べ て を懺 悔 し
て 、 隠 し ご と して は い け ませ ん。 戒 を受 け 、 そ の 後 再 び罪 を作 っ て はい け ませ
ん 。 辺 地 や 、 仏 の い な い場 所 や 、 〔
仏 の 〕教 え 一㈱ の な い 場 所 や 、 出 家 者 の サ
ンガ の な い場 所 や 、 道 理 の な い場 所 や 、 善 も悪 も あ る場 所 に生 まれ た くな い者
は、 す べ て を懺 悔 して 、 隠 し ご と し て は い け ませ ん。 愚 か さ や 、 聴 覚 障 害 や 、
ここ ろ視 覚 障 害 や 、 発 音 障害 を意 に望 ま な い者 、 屠 殺 人 や 、 猟 師 や 、看 守 に生 まれ た
り、 貧 し い 家 に生 まれ 変 わ る こ と一⑳ を 望 ま な い者 は 、 す べ て を懺 悔 して 、 隠
し ご と し て は い け ませ ん。 男 性 に な る こ と を望 む女 性 は 、 す べ て を懺 悔 す べ き
で す 。 須 陀 滬[と
い う聖 者]の 境 地 一(25)に
達 して 、 も はや 地 獄 や 飢 え た 者[の
世 界]に
赴 きた くな い者 は、 す べ て を 懺 悔 す べ きで す 。斯 陀 含[と
い う聖 者]
の 境 地 一(25)に
達 し て 、 天 に上 り人 とな る こ と を望 む 者 や 、 阿 那 含[と
い う聖
者]の 境 地 一㈱ に達 し て 、二 十 四天 一 ㈱ に上 る こ と を望 む 者 や 、 阿 羅 漢[と
い
う聖 者]と
な って 涅 槃 に入 る こ と を望 む者 や 、 この 世 で 阿 羅 漢[と
い う聖 者]
の 境 地 一(25)に
達 す る こ と を望 む者 や 、 辟 支 仏[と
い う聖 者]の 境 地 一(25)に
達 す
る こ と を望 む 者 や 、 過 去 や 未来 の 出 来 事 を理 解 した い者 は、 すべ て を懺 悔 して 、
隠 し ご と して は い け ませ ん 」
E(T.24,p.1090.c,1-7)
仏 語 舎 利 弗:"若
善 男 子 、 善 女 人,各
当 日三 稽 首 為 十 方現 在 諸 仏 作 礼 。 十 方 諸
仏 皆 以 中 正 迴 教 天 下 人 、 日月 所 照 人 民,使
作 善 。 仏 以 経 道 雨於 天 下 。 譬 如 天 雨
百 穀 、 草 木 皆 茂 好,仏
以 経 道 雨 於 天 下,故
生 侯 王 、 四 天王 、 上 至 三 十 耳 天 上 豪
貴 富 楽 。 仏 生 須 陀 沍 、 斯 陀 含 、 阿 那 含 、 阿 羅 漢 者 。
仏 は舎 利 弗 に 言 った 。
厂良 家 の子 息 や 良 家 の子 女 が い た と して 、 日に三 度、頭 を地 につ け、十方 の
現 在 諸 仏 に礼 拝 す べ きで す 。 十 方 の 諸 仏 誰 もが 、 か た よ りな く世 の 人 、[つ ま
り]太 陽 や 月 が 照 らす 人 々 に教 え を巡 ら し一(27)、
善 を行 わ せ ます 。 仏 は教 え の
雨 を世 に 降 ら し ます 。 例 えば天 が あ ら ゆ る穀 物 や 草 木 に雨 を降 ら し、 す べ て が
茂 る よ う に、 仏 は教 え の 雨 を世 に 降 ら し、諸 侯 や 諸 王 や 四 天 王 、 は て は 一(28)三
十 三 天 の 上 で 勢 力 が あ り、 安 らか さ 一(29)を
も った[神
々 を]生 み 出 し ます。 仏
は須 陀沍[と
い う聖 者]や
、 斯 陀 含[と
い う聖 者]や
、 阿 那 含[と
い う聖 者]
や 、 阿 羅 漢[と
い う聖 者]を
生 み 出 し ます 。
F(T.24,p.1090.c,7-p.1091.a,3)
`願十 方諸 仏 聴 某 等 所 言
。 天 下 人 民 、蝸 飛 蠕 動 之 類 所 作 好 悪 。 若 布 施 者,若 持
道 勤 力 不 毀 経 戒 者,若 慈 心 念 人 民 者,若 作 善 無 量 者,若 施 於 菩 薩 及 諸 比 丘 僧 者,
若 施 凡 夫 及 貧 窮 者 、 下 至 禽 獣 慈 哀 者 。 某 等 勧 其 作 善,助 其 歓 喜 。 諸 過 去 仏 所 可
過 度 人 民 得 泥 疸 者,某 等 皆 助 其 歓 喜 。 諸 当来 仏 教 人 作 善 遠 離 五 悪 、 生 死 之 道,
至 令 得 阿羅 漢 、 辟 支 仏 道 者 。某 等 皆 助 。 某 等 勧 楽,使 作 善,令
如 仏 。 今 十 方 現
在 諸 仏 所 当 過 度 者,教 人 布 施 不 犯 経 戒 。 慈 哀 人 民 、 蝸 飛 蠕 動 之類 者,皆 令 脱 於
泥 犂 、 禽 獣 、薜 茘 、 愚 痴 、 貧 窮
至 令 得 須 陀 潭 、 斯 陀 含 、 阿那 含 、 阿 羅 漢 、 辟
支 仏 泥 沍 道 。某 等 皆 勧 楽,使 作 善,助 其 歓 喜 。 諸 過 去 菩 薩 未 成 仏 者奉 行"六 波
羅 蜜 。 黙所 作 善"。 行 爪
檀 波 羅 蜜""布
施",行"尸
波 羅 蜜"爪 不 犯 道 禁 。,行"孱
提 波 羅 蜜""忍
辱 。,行"精
進 波 羅 蜜""精
進",行
黙禅 波 羅 蜜 、"一 心 。,行"般
若 波 羅 蜜 寧"智 慧",成
六 波 羅 蜜 。 諸 過 去 若 菩 薩 奉 行 六 波 羅 蜜 。 某 等勧 楽,助 其
歓 喜 。 諸 当来 菩 薩 奉 行 六 波 羅 蜜 者,某 等 勧 楽,助
其 歓 喜 。 今 現 在 菩 薩奉 行 六 波
羅 蜜 者,某
等 勧 楽,助
其 歓 喜 。 某 等 諸 所 得 福,皆 布 施 天 下 十 方人 民 、 父 母 、 娟
飛 蠕 動 之 類 、 両 足 之 類 、 四 足 之 類 、 多 足 之 類 。 皆 令 得 仏 福 得 辟 支 人 。持 四 大 城
金 、銀 、 宝 物,持 用 布 施,百
倍 、 千 倍 、 万 倍 、 億 倍'"。
『
十 方 の 諸 仏 よ
、 ど うか 私 達 の 話 を聞 い て くだ さ い 。 世 の人 々 や 、 飛 び 跳 ね
う ごめ く虫 類 一㈱ の行 為 に は、 良 い こ と も悪 い こ と もあ り ます。 布 施 す る者 も
い ます し、 あ る い は、[仏]道
を保 っ て励 み 一⑳ 、 教 え に基 づ く戒 一(32)を
破 ら
な い者 もい ます し、 あ るい は、 慈 しみ の 心 で 人 々 の こ とを心 に念 じ る者 もい ま
す し、 あ る い は、 量 り しれ な い善 を作 る者 もい ま す し、 あ る い は、 菩 薩 や 出 家
者 の サ ンガ に施 す 一(33)者
も い ます し、 普 通 の 者 や 貧 しい 者 、 あ る い は、 下 は動
物 に まで施 し を し て慈 しむ 者 が い ます 。 私 達 は彼 らに善 を作 る よ う鼓 舞 して 一
Gの、[善 を作 った 彼 ら の 喜 び を]我 が こ との よ う に喜 び ま す 一㈲ 。過 去 仏 達 が
一10一救 済 し た 一(36)(37)人
々 が 涅 槃 を得 れ ば、 私 達 は[彼
らの喜 び を]我 が こ との よ う
に喜 び ます 。 未 来 仏 達 は人 々 に善 を作 らせ 、 五 悪 や 輪 廻 の境 地 一(38)を
離 れ させ
た り、 はて は阿 羅 漢[と
い う聖 者]や 辟 支 仏[と
い う聖 者]の 境 地 に至 らせ る
で し ょ う。 私 達 は[彼
らの 喜 び を]す べ て[我
が こ との よ う に喜 び ます]。 一
(39)私
達 は[彼
らを]鼓 舞 し て、 善 を作 らせ 、 仏 の よ う に させ ます 一㈲ 。 今 、 十
方 の現 在 諸 仏 は常 に 一ω[人 々 を]救 済 し て お り、人 に布 施 を させ 、 教 え に基
づ く戒 を犯 さ せ ませ ん。 人 々や 飛 び 跳 ね う ごめ く虫類 を慈 し み、 彼 らす べ て を、
地 獄 や 、 動 物[の
世 界]や
、飢 え た 者[の 世 界]や
、 愚 か さ や、 貧 し さか ら解
放 さ せ 、 は て は 須 陀 沍[と
い う 聖 者]や
、 斯 陀 含[と
い う 聖 者]や
、 阿 那 含
[と い う聖 者]や
、 阿羅 漢[と
い う聖 者]や
、 涅 槃 の境 地 に 到 らせ て い ま す 。
私 達 は[彼
ら]す べ て を鼓 舞 して 、 善 を作 らせ 、[善 を 作 っ た彼 らの 喜 び を]
我 が こ との よ う に喜 び ます 。 過 去 の 菩 薩 達 で ま だ仏 とな っ て い な か っ た者 が 、
【
六 波 羅 蜜 】 つ ま り 【
な す べ き善 】 を大 事 に実 践 し ま した 。[彼 ら は]【 檀 波 羅
蜜 】 つ ま り 【
布 施 】 を行 い 、 【
尸 波 羅 蜜 】 つ ま り 【
持 戒 一(42)】
を行 い 、 【
孱 提 波
羅 蜜 】 つ ま り 【
忍 耐1.を 行 い、 【
精 進 波 羅 蜜 一(42)】
つ ま り 【
精 進 】 を行 い、 【
禅
波 羅 蜜 】 つ ま り 【
精 神 統 一 】 を行 い、 【
般 若 波 羅 蜜 】 つ ま り 【
智 慧 】 を行 じ て、
六 波 羅 蜜 を 完 成 し ま した。 過 去 の菩 薩 達 一(43)は
六 波 羅 蜜 を大 切 に 実 践 し ま した。
私 達 は[彼
ら を]鼓 舞 して 、[彼 らの 喜 び を]我 が こ との よ う に 喜 び ま した 。
六 波 羅蜜 を大 切 に実 践 す る未来 の 菩 薩 達 が い る な らば、 私 達 は[彼
らを]鼓 舞
して 、[彼 らの 喜 び を]我 が こ との よ う に 喜 ぶ で し ょう。 今 、六 波 羅 蜜 を大 切
に 実 践 す る現 在 の 菩 薩 達 が い る な ら ば、 私 達 は[彼
ら を]鼓 舞 し て、[彼 らの
喜 び を]我 が こ との よ う に喜 び ます 。 私 達 が 得 た 多 くの福 徳 を、 す べ て世 の十
方 の 人 々 や 、 父 母 や 、 飛 び 跳 ね う ご め く虫 類 や 、 二 本 足 の類 や 、 四 本 足 の類 や 、
多 足 の類 に布 施 し ます 。 彼 らす べ て に 仏 の 福 徳 を得 さ せ 、 辟 支 人 一㈲ と させ ま
す 。[私 達 の 布 施 は]四 大 洲 一㈲ の 金 や 銀 や 宝 物 で 一㈲ 布 施 す る こ と よ り、 百
倍 も千 倍 も万 倍 も億 倍 も[優 れ て い ます]』 と」
G(T.24,p.1091.a,3-14)
仏 語 舎 利 弗:"若
善 男 子 、 善 女 人 。 当 昼 夜 各 当 三 過 稽 首 為 十 方 仏 拝 言:`願
聴
某 等 所 言 。 十 方仏 已得 仏,不 説 経 。 今某 等 勧 勉,使 為 諸 天 、 人 民 、 蝸飛 蠕 動 之
類 説 経
使 脱 於 泥 犂 、 禽 獣 、 薜 茘 、 愚 痴 、 貧 窮,至 令 得 泥 疸 道 。 諸 十 方 欲 般 泥
沍 者,某 等 願 従 求 哀 。 沮 莫 般 泥 沍 。 当令 諸 天 、 人 民 、蝟飛蠕 動 之類得 其福。
皆 令 得 脱 於 泥 犂 、 薜 茘"'"。 仏 語 舎 利 弗:"某
等 宿 命 為 菩 薩 時,某 等 当勧 楽 諸
仏 説 経 。`且 莫般 泥滬'。 用 是 故 某 等 為 仏 。 第 一 四 天 王 、 第 二 天 王 釈 来 下,叉 手,
作 礼,求 哀 。`守 我 諸 天 、 人 民,説
経'。 無 数 諸 天 暁 我 。`且 莫 般 泥 沍'"。
仏 は舎利 弗 に言 った 。
「
良 家 の 子 息 や 良 家 の子 女 が い た と し ます
。昼 と夜 に そ れ ぞ れ 三 度 一(47)、
頭
を地 に つ け、 十 方 の 仏 に礼 拝 し て[次 の よ うに]言
うべ きで す 。
『ど うか 私 達 の 話 を聞 い て くだ さ い
。 十 方 の 仏 はす で に悟 り一(48)を
得 て い る
の に 、教 え を説 い て くれ ませ ん 。 今 、 私 達 は[十 方 の 仏 に]神 々 や 、 人 々 や 、
飛 び 跳 ね う ご め く虫 類 の た め に教 え を説 か せ 、[彼 ら を]地 獄 や 、 動 物[の
世
界]や
、飢 え た 者[の 世 界]や
、 愚 か さや 、 貧 し さか ら解 放 し、 は て は涅 槃 の
境 地 を獲 得 させ る よ う鼓 舞 し ま す。 私 達 は 、 涅 槃 に 入 ろ う と して い る十 方 の
方 々 に お 願 い して 、 哀 れ み を求 め ま す。 【ど うか 、 し ば ら く涅 槃 に 入 らな い で
くだ さ い。 神 々 や 、人 々 や 、 飛 び 跳 ね う ご め く虫 類 に そ の 福 徳 を獲 得 させ て く
だ さ い 。[彼 ら を]地 獄 や 、 飢 え た 者[の
世 界]か
ら逃 れ さ せ て くだ さ い】』
と」
仏 は舎 利 弗 に言 っ た 。
「自分 達 が 過 去 世 で 菩 薩 だ っ た 時
、 自分 達 も、 常 に諸 仏 に教 え を説 く よ う鼓
舞 し ま した 。
『ど うか
、 し ば ら く涅 槃 に入 らな い で くだ さ い』 と。 この よ う な理 由 で、 自
分 達 は仏 とな りま した 。[下 か ら数 え て]一 番 目 の 四 天 王 や 、 二 番 目 の 帝 釈 天
が 降 下 し、[神 々 は]合 掌 して 、 礼 拝 して 、 哀 れ み を求 め ま した。 『
我 々 神 々 や
人 々 を守 り、 教 え を説 い て くだ さ い』 と。 無 数 の 神 々 が 私 に 告 げ ま した 一(49)。
『ど うか
、 し ば ら く涅 槃 に 入 ら な い で くだ さい 』 と」
H(T.24,p.1091.a,14‐16)
仏 語 金型 袈 言:"如
是 人 民 種 種,各
得 其 類 。 作 善 自得 其 福,作 悪 自得 其 殃"。
-12一仏 は舎 利 弗 に言 っ た。
「この様 に人 々 は様 々 で あ って 、 それぞれ 自分 に相 当す る[果 報]を 得 ます。
善 を行 え ば 自ず か ら福 徳 を得 て 、 悪 を行 え ば 自ず か ら災 い を受 け ます 」
1(T.24,p.1091.a,16‐18)
舎 利 弗 白仏 言:"若
有 善 男 子 、 善 女 人 欲 求 仏 道 者 。 当 何 以 願 為 一(50)得
之?"。
舎 利 弗 は仏 に言 っ た。
「
仏 道 を 求 め て い る 良家 の子 息 や 良 家 の子 女 が い た とし ます。 仏 道 を獲 得 す
る に は、 一 体 どの よ うに願 って これ を成 就 す るの で す か?」
J(T.24,p.1091.a,18‐b,2)
仏 言:"若
有 善 男 子 、 善 女 人 当 昼 夜 各 三 稽 首,為 十 方仏 拝 言:`願
十 方 諸 仏 聴 。
某 等 宿 命 従 無 数 劫 以 来,所 作 得 福 。 若 布 施,若
持 経 道,若
持 善 意,,為 仏 作 善,
為 経 作 善,為
比 丘 僧 作 善,為 凡 人 作 善,若
為 禽 獣 作 善 。 作 悪 自得 其 殃,作
善 自
得 其 福 。 為 悪 自悔,持 経 戒,不 毀 。 若 受 戒,不 与 女 人 通 。 若 勧 楽 諸 仏 菩 薩 万 民
作 善 。 若 勧 勉 諸 仏 寒
且 莫 般 泥 潭 、。某 等 取 諸 学 道 以 来,所 得 福 徳,皆
集 聚 合 会,
以 持 好 心,施
与 天 下 十 方人 民 、 父母 、 蝸飛 蠕 動 之 類 。 皆 令 得 其 福 。 有 余 少 所,
令 某 得 之 。 令 某 等 作 仏 道行 仏経 。 諸 未 度 者,某
当 度 之 。 諸 未 脱 者,某
等 当脱 之 。
諸 未 得 泥 滬 者,某 等 当 令 得 泥 沍'"。
仏 は答 えた 。
「良家 の 子 息 や 良 家 の子 女 は、昼 と夜 にそれ ぞれ三度 、頭 を地 につけ、十方
の仏 を礼 拝 して[次
の よ うに]言
うべ きで す 。
『
十 方 の 諸 仏 よ、 どうか聞 いて くだ さい。私達 は、過 去世 に、[つ ま り]数
え切 れ な い劫 よ り この か た 、福 徳 を得 て き ま した 。 布 施 し ま した。 あ るい は、
教 え を保 ち ま した 。 あ るい は、 正 しい 心 を保 ち ま した 。 あ る い は 、 仏 に対 し て
善 を行 い ま した 。[仏 の]教 え に対 して 善 を行 い ま した 。 あ るい は 、 出 家 者 の
サ ン ガ に対 し て善 を行 い ま した 。 あ る い は、 普 通 の者 に対 して善 を行 い ま した 。
あ る い は、 動 物 に対 して 善 を行 い ま した 。 悪 を行 い 自 ず か ら災 い を受 け た り、
善 を行 い 自ず か ら福 徳 を得 ました 。 悪 を行 い 自ず か ら懺 悔 した り、 教 え に基 づ
く戒 を保 ち破 りませ ん で した 。 あ る い は、 戒 を受 け女 性 と交 わ り ませ ん で した。
あ る い は・ す べ て の人 に善 を作 る よ う、 仏 ・菩 薩 達 を鼓 舞 し ま した 。 あ る い は、
仏 達 に 【ど うか 、 し ば ら く涅 槃 に入 らな い で くだ さ い】 と鼓 舞 し ま した 。 私 達
は仏 道 一(5Dを取 り行 い 一(52)こ
の か た 得 た 福 徳 を 、 す べ て集 め合 わ し一(53}
、 良 い
心 一㈹ を もっ て 、世 の 十 方 の人 々 や 、 父 母 や 、 飛 び 跳 ね う ごめ く虫 類 に施 し ま
す 。 す べ て の 者 に 、 そ の福 徳 を得 させ ま す 。[福 徳 が]少
し ばか り一(55)あ
まれ
ば、 福 徳 を 自分 自身 の も の と し ます 。 私 達 は仏 道 を行 い 、 仏 の教 え を 実行 で き
ます よ う に。 救 済 され て い な い者 達 を、 私 は き っ と救 済 し ます 。[輪 廻 か ら]
逃 れ て い な い者 達 を、 私 達 は きっ と解 放 し ます 。 私 達 は涅 槃 を得 て い な い者 達
に、 き っ と涅 槃 を得 させ ます 一(56)』
と」
K(T.24,p.1091.-b,3-11)
仏 語 金型 弛 言:"使
天 下 男 子 、 女 人 皆 為 得 阿 羅 漢 、 辟 支 仏,若 有 人 供 養 天 下 阿
羅 漢 、辟 支 仏 千 歳 。 其 福 寧 多 不?"。
舎 利 弗 言:"但
供 養 一 阿 羅 漢 、 辟 支 仏 一
日,其 福 無 量 。 何 況 挙 天 下 阿 羅 漢 、 辟 支 仏 、 千 歳 乎"。 仏 言:"其
供 養 天 下 阿
羅 漢 、 辟 支 仏 千 歳,不 如 持`悔
過 経'昼 夜 各 三 過 読 一 日。 其 得 福 勝 供 養 天 下 阿
羅 漢 、 辟 支 仏 百 倍 、 千 倍 、 万 倍 、 億 倍"。
仏 説 舎 利 弗 悔 過 経
仏 は舎 利 弗 に 言 っ た 。
「
世 の 男 性 や 女 性 誰 もが 阿 羅 漢[と
い う聖 者]や
、辟 支 仏[と
い う聖 者]に
な っ た と して 、 人 が世 の 阿 羅 漢[と
い う聖 者]や
、辟 支 仏[と い う聖 者]を
千
年 供 養 した と し ま す。 そ の 福 徳 は多 い で し ょう か?一(57)」
舎 利 弗 が 答 えた 。
「
一 人 の 阿 羅 漢[と
い う聖 者]や
、 辟 支 仏[と
い う聖 者]を
一 日供 養 す るだ
けで も、 そ の福 徳 は量 り しれ ませ ん。 ま して 、 世 の阿 羅 漢[と
い う聖 者]や 、
辟 支 仏[と
い う聖 者]を[供
養 す る]千 年 は、 言 う ま で もあ りませ ん 」
仏 は言 っ た。
「
世 の 阿 羅 漢[と
い う聖 者]や
、 辟 支 仏[と
い う聖 者]を 供 養 す る千 年 は、
『[舎利 弗]悔 過 経 』 を記 憶 して 一(58)
、 昼 と夜 それ ぞ れ 三 度 読 む一 日 に は 及 び
一14一ま せ ん 。 そ の 福 徳 は 、 世 の 阿 羅 漢[と い う 聖 者]や 、 辟 支 仏[と い う聖 者]を 供 養 す る こ と よ り 、 百 倍 も千 倍 も万 倍 も億 倍 も優 れ て い ま す 」 仏 説 舎 利 弗 悔 過 経 『舎 利 弗 悔 過 経 』 註 (1)【当 】 ○ 何 用 悔 之 乎? 「当 」 を疑 問 文 を強 め る 働 き と理 解 し た 。 この 様 な例 と し て 『大 阿 弥 陀 経 』(T. 12,p.301.a,6)「 ○ 不 可 得 乎?」(一 体 到 達 で き な い だ ろ う か?)や 、 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』(T.14,p.666.c.)「 善 男 子 、 善 女 人 欲 得 無 蓋 清 浄 者,○ 施 行 何 等 法,自 致 得 之 乎?」(良 家 の 子 息 や 、 良 家 の 子 女 が[煩 悩 に]覆 わ れ な い[心 の]清 ら か さ を 望 ん だ な ら、 一 体 ど の様 な教 え を行 え ば 、 自 ら そ れ を得 る こ と が で き る の で す か?)が あ る。 『舎 利 弗 悔 過 経 』 で は 、 こ の 他 の 例 と し て 「○ 何 以 願 為 得 之?」 (T.24,p.1091.a,17-18)が あ る。 cf.辛 嶋 静 志 「『大 阿 弥 陀 経 』願 文 訳 」 『教 化 研 究 』1171997年p.139上 段 (2)【悔 】 当 何 用 ○ 之 乎? 『舎 利 弗 悔 過 経 』 中 で の 「悔 」 や 「悔 過 」 は 同 義 で あ り、 双 方 「懺 悔 」 と訳 す 。 【懺 】HD.vol.7,p.795,b懺 悔cf.『 華 厳 経 』 「普 賢 行 願 品 」,『晋 書 』 「仏 図 澄 伝 」 (A.D.645ca.) 平 川 彰 氏 は 、 上 述 の 『晋 書 』 や 『集 韻 』(宋 代 に編 集 さ れ た 音 韻 書)な ど を も と に 「懺 悔 」 の 「懺 」 に は 元 来 「悔 い る」 と い う意 味 が あ り、 音 写 語 で は な い と論 じ て お られ る 。 氏 が そ う説 か れ る根 拠 は大 き く二 点 に ま と め られ る。(cf.平 川 彰 著 作 集 第7巻 『浄 土 思 想 と大 乗 戒 』 春 秋 社1990年pp.431-453) 一 点 目 と し て 氏 は、,/ksamのcaus.に 「許 し を 求 め る」 と い う意 味 が あ る 一(2 -1)も の の 、道 宣(A.D.596-667)以 来 「懺 」 の 原 語 と し て 問 題 に さ れ て き た Skt.k§amaは 「忍 ぶ こ と」 が 基 本 の 意 味 で あ り、 「懺 悔 」 の 基 本 的 意 味 「罪 の 告 白 」 が 、Skt.ksamaで は生 じな い と述 べ られ る。 こ の主 張 は、 義 浄(A.D.635-713) の 解 釈 を よ り詳 細 に 再 解 釈 さ れ た もの で あ る。 二 点 目 は 、 「懺 悔 」 の 原 語 を諸 本 の 比 較 に よ っ て 、 確 認 さ れ た 結 論 で あ る 。 初 め に 氏 は 「懺 悔 」 が 、 『鼻 奈 邪 』 『十 誦 律 』 『四 分 律 』 『摩 訶 僧 祗 律 』 『五 分 律 』(す べ てA.D.400前 後 の 訳 出)な どの 律 蔵 に 頻 出 す る こ と を指 摘 さ れ て い る。 そ し て パ ー リ律 と の 比 較 か ら、 そ こ に現 わ れ る 「懺 悔 」 の 原 語 をSkt .穡attidegan竄ニ 推 定 さ れ た 。 次 に 氏 は、 梵 本 と梵 本 対 応 漢 訳 の 存 在 す る 仏 典 に 着 目 さ れ 、 「懺 悔 」 に 対 応 す る 原 語 をSkt.pratideSan pa padeSana,deSana,etc.と 結 論 づ け られ る。 氏 は こ う した 点 か ら、 「懺 悔 」 はSkt.ksamaに 関係 す る音 写 語 で は な い と主 張 さ れ る。 し か し、 二 点 目 に つ い て は 、 例 外 が あ る よ う に筆 者 に は 思 え る 。 氏 が 調 査
さ れ た 仏 典 は 「梵 本 と梵 本 対 応 漢 訳 」 と い う性 格 上 、 漢 訳 仏 典 の 区 分 で 言 え ば 古 訳 以 降 の 後 代 の 諸 資 料 で あ る。 そ れ に 対 し我 々 が 現 在 手 に で き る 最 初 期 の 資 料 の 一 つ、 古 訳 に はSkt.,/ksamに 類 す る 表 現 に よ っ てr,懺 悔 」 を 推 測 さ せ る 箇 所 が あ る 。 「推 測 」 とい う表 現 を 用 い る の は、 古 訳 と い う性 質 上 、 そ れ に対 応 す る 梵 本 や 翻 訳 仏 典 が 現 在 の と こ ろ 発 見 さ れ て い な い か ら で あ る。 以 下 、 試 み に そ の 箇 所 を 提 示 す る 。 聶 道 真 訳 一(2-2)『 三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』(T.14,p.666.c.) 文 殊 師 利 菩 薩 問 三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 言:"若 有 人 求 菩 薩 道 者 。 善 男 子 、 善 女 人 欲 得 無 蓋 清 浄 者,当 施 行 何 等 法,自 致 得 之 乎?"。 三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 報 文 殊 師 利 菩 薩: "若 有 善 男 子 、 善 女 人 欲 求 菩 薩 道 者,当 整 衣 服,昼 夜 各 三 稽 首 十 方 諸 仏 作 礼,悔 過,悔 諸 所 作 悪,諸 所 当 忍 者 忍 之,諸 所 当 礼 者 礼 之,諸 所 当 願 楽 者 願 楽 之,諸 所 当 勧 請 者 勧 請 之 。 ∼"。 (文殊 師 利 菩 薩 が 三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 に 尋 ね た 。 「菩 薩 道 を求 め る人 が い た と し ま す 。 [そ の]良 家 の 子 息 や 、 良 家 の 子 女 が[煩 悩 に]覆 わ れ な い[心 の]清 ら か さ を 望 ん だ な ら、 一 体 ど の 様 な 教 え を 行 え ば 、 自 ら そ れ を得 る こ とが で き る の で す か?」 三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 は 文 殊 師 利 菩 薩 に 答 え た 。 「良 家 の 子 息 や 、 良 家 の 子 女 が 菩 薩 道 を求 め る な ら、 衣 服 を 整 え 日 中 に三 度 、 夜 中 に三 度 、 十 方 の 仏[の 足]に 頭 を つ け て 礼 拝 し、 過 ち を懺 悔 し、 犯 した 諸 悪 を 懺 悔 し、 忍 ぶ べ き事 は 忍 び 、礼拝 す べ き者 に は礼 拝 し、 願 うべ き事 は願 い 、勧請 すべ き事 は勧請 すべ きで す。∼ 」) 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 は 普 賢 菩 薩 と文 殊 菩 薩 を 中 心 に 、 三 品(四 品)儀 礼 が 説 か れ る 経 典 で あ る。 上 に 掲 げ た 箇 所 は 経 典 冒 頭 部 分 に あ た り、 こ の 後 「悔 過 品 」 「願 楽 品 」 「請 勧 品 」 な ど各 章 に 懺 悔 や 随 喜 や 勧 請 を配 分 し 、 全 体 と し て 三 品(四 品)儀 礼 が 説 か れ る 。 上 の 波 線 部 分 は、 そ れ ら各 章 の 話 題 を 一 括 し て 語 る表 現 で あ り、 従 っ て 同 一 表 現 で 列 挙 さ れ て い る。 こ こで 筆 者 が 問 題 とす る の は 、 そ れ ら同 一 表 現 中 の 「諸 所 当 忍 者 忍 之 」 で あ る 。 「忍 」 は 三 品(懺 悔 ・随 喜 ・勧 請)や 、 そ れ を よ り発 展 さ せ た 四 品(三 品+廻 向)や 五 品(四 品+発 願)か ら外 れ た も の で あ る。 ま た 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 中 に は、 話 題 を 一 括 す る際 に の み 「忍 」 が 挙 げ ら れ 、 他 の 部 分 に 「忍 」 に 関 す る 説 明 は な い 。 そ れ で は 一 体 「諸 所 当 忍 者 忍 之 」 を ど う理 解 す べ き か 。 結 論 と し て 、 筆 者 は こ れ を 「懺 悔 」 の 一 表 現 と理 解 し た い 。 波 線 部 分 は 三 品(四 品)儀 礼 関 係 項 目 の 同 一 表 現 で あ る が 、 そ こ に は 三 品(四 品)儀 礼 に必 須 の 「懺 晦」 の 意 味 が 見 当 た ら な い 。 そ こで筆 者 は、 先 にSkt.ksamaは 「忍 ぶ こ と」 が 基 本 の 意 味 と確 認 し た が 、 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 訳 者 はSkt. ,/ksamに 類 す る表 現 を 「懴 晦 」 の 意 味 と理 解 せ ず 、 「忍 」 と訳 し 間 違 え た と推 測 す る。 つ ま り、 「懺 悔 」 の 意 味 が 現 わ れ る べ き箇 所 に 、 「忍 」 が 現 わ れ て い る こ と に よ っ て 、 原 語 がSkt.,/ksamに 類 す る表 現 と推 測 で き る の で あ る。 一(2-3) 先 に 述 べ た 平 川 氏 の 指 摘 に よ る と、 梵 本 と梵 本 対 応 漢 訳 の 存 在 す る 仏 典 か ら は、 -16一
「懺 悔 」 に 相 当 す る 原 語 にSkt .ksamaは 見 当 た ら な い 。 と こ ろ が 、 古 訳 か ら は 「懺 晦 」 に 相 当 す る 原 語 の 一 つ と し て、Skt.,/ksamに 類 す る表 現 が 推 測 で き る。 (2-1)Skt.,/ksamは 「忍 ぶ 」 とい う 意 味 が 基 本 で あ る が 、 そ こ か ら 「許 し を求
め る 」 と い う意 味 の 派 生 経 緯 は 以 下 の よ う に 説 明 さ れ う る 。MonierWilliams,A SANSKRITENGLISHDICTI()NARY,p.326,bに は、Mahdbh穩ata,Bhagavadg it竄ネ ど を 出 典 と し て,/ksamのcaus.の 意 味 を 「toaskanyone(acc.)pardonfor
anything(acc.)」 と し て い る。 つ ま り、 人 に 忍 ば せ る こ と は 、 そ の 人 に と っ て は 許 す こ と と な り、 立 場 を 変 え れ ば 「許 し を求 め る」 と な る。 (2-2)『 三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 は 現 行 の 大 蔵 経 で は 聶 道 真 訳 とな っ て い る 。 しか し 、 経 録 や 音 写 語 の 面 か ら は聶 道 真 訳 は疑 わ し い 。 確 か な こ と は 言 え な い が 、 支 婁 迦 讖(あ る い は 関 係 者)訳 に親 近 性 が あ る。 cf.香 川 前 掲 書p.471 cf.拙 稿 「『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』 の 研 究 一経 録 と訳 語 に よ る考 察 一 」 『比 較 思 想 研 究 』 第23号 別 冊1997年p.31 (2-3)仮 に 「懺 悔 」 がSkt.ksamaに 関 係 が あ る と す れ ば、 以 下 の 解 釈 も可 能 で あ ろ う。 HD.vol.7,p.795,b【 懺 悔 】 に は、 以 下 の 説 明 が あ る。 「仏 教 語 。梵 文ksama,音 訳 為"懺 摩",省 略 為 懺,意 訳 為 悔,合 称 為 悔"懺 悔"」 こ こで は 「梵 文ksama,音 訳 為"懺 摩"Jと 記 述 さ れ て い る。 し か し 厂懺 」 は元 来 「摩 」 に 相 当 す る音 を 含 ん で お り(2-'3-1)、 「懺 」 でSkt.ksamaに 対 応 す る 。 次 にks一 の 音 に 関 して は 、ks一 に 対 応 す る 音 が 当 時 の 中 国 語 音 に は存 在 せ ず 、k一 が 省 略 さ れS一 と 発 音 さ れ た 。 こ の よ う な 例 と し て 、Skt.aksobhya (「阿 閼 」)や 、Skt.k§ana(「 刹 那 」)や 、Skt.ksetra(「 刹 土 」)が あ る。 そ う し て 、 最 終 的 に 「悔 」 と い う 意 味 を 表 す 語 を 付 け足 し 「懺 悔 」 と な っ た 。 こ の 様 に 、 音 写 語 に さ ら に 原 語 の 意 味 を付 け足 す 一 種 の 語 彙 解 釈 法 は 、 漢 訳 仏 典 に 時 折 見 ら れ る。 例 え ば 、 「禅 定 」(「禅 」 はSkt.dhy穗aに 対 応 す る 音 写 語)や 、 「刹 土 」 (「刹 」 はSkt.ksetraに 対 応 す る 音 写 語)で あ る 。 (2‐3‐1)cf.EdwinG.Pulleyblank,LEXICONOFRECONSTRUCTED PRONUNCIATIONinEarlyMiddhleChinese,LateMiddleChinese,andEarly Mandarin,1991UBCPressVancouverp.49 (3)【 道 】 若 有 善 男 子 、 善 女 人 欲 求 阿 羅 漢 ○ 者,欲 求 辟 支 仏 ○ 者,欲 求 仏 ○ 者,欲 知 去 来 之 事 者 。 静 谷 正 雄 氏 は 、 こ この 「阿 羅 漢 道 」 「仏 道 」 の原 語 をSkt.arhad-m穩ga,buddha-m穩gaと 推 測 さ れ て い る。 し か し こ の記 述 は 三 乗 の 表 現 で あ る 。 ま た 、 原 語 がSkt. y穗aに 類 す る語 で あ れ ば 、 「道 」 と も 「乗 」 と も訳 さ れ う る。 よ っ て 「道 」 の 原 語 はSkt.y穗aに 類 す る もの で あ ろ う。 cf.静 谷 前 掲 書p.124
(4)【人 定 】 常 以 平 旦 、 日 中 、 日 入 、 ○ ○ 、 夜 半 、 鶏 鳴 時,澡 漱,整 衣 服,叉 手,礼 拝 十 方 。 HD.vol.1,p.1043,b夜 深 人 静 時cf.『 後 漢 書 』 「来 歙 伝 」(A.D.426ca.) (5)【澡 漱 】 常 以 平 旦 、 日 中 、 日 入 、 人 定 、 夜 半 、 鶏 鳴 時,○ ○,整 衣 服,叉 手,礼 拝 十 方 。 HD.vol.6,p.165,a洗 漱cf.『 魏 書 』 「西 域 伝 」(A.D.550ca.) 仏 典 に 現 わ れ る 例 と し て 、 仏 駄 跋 陀 羅 訳 『大 方 広 仏 華 厳 経(六 十 巻)』 「○ ○ 口 歯 当 願 衆 生 向 浄 法 門 究 竟 解 脱 」(T.9,p.431.b,4-5)(口 と歯 を そ そ ぐ と き に は 、 衆 生 が 清 ら か な(仏 の)教 え を 修 め て 、 つ い に は 解 脱 を 得 る よ う に と願 う。)が あ る 。 cf.木 村 清 孝 仏 教 経 典 選5『 華 厳 経 』 筑 摩 書 房1986年p.30 【澡 】HD.vol.6,p.164,a沐 浴cf.『 史 記 』 「亀 策 列 伝 」(B.C.90ca.) 【漱 】HD.vol.6,p.73,a含 水 洗 蕩 口 腔cf.『 管 子 』 「弟 子 職 」(B.C.7Cca.) (6)【常 以 平 旦 、 日 中 、 日 入 、 人 定 、 夜 半 、 鶏 鳴 時,澡 漱 整 衣 服,叉 手,礼 拝 十 方 。 自 在 所 向,当 悔 過 言:∼ 】 『舎 利 弗 悔 過 経 』 中 で は、儀 礼 冒頭 に定 型 句 が お か れ る。上 記 の 記 述 はn懴 悔 」 に 関 す る定 型 句 で あ る。 「随 喜 」 に関 す る定 型 句 と し て 「若 善 男 子 、 善 女 人, 各 当 日 三 稽 首 為 十 方 現 在 諸 仏 作 礼 。」(T.24,p.1090.c,1-2)、 「勧 請 」 に 関 す る定 型 句 と し て 「若 善 男 子 、 善 女 人 。 当 昼 夜 各 当 三 過 稽 首 為 十 方 仏 拝 言:∼ 」(T.24, p.1091.a,3-4)、 「福 徳 の 布 施 」 に 関 す る定 型 句 と し て 「若 有 善 男 子 、 善 女 人 昼 夜 各 三 稽 首,為 十 方 仏 拝 言:∼ 」(T.24,p.1091.a,18-19)が あ る 。 こ れ ら の 共 通 点 は、 「十 方 諸 仏 に 昼 夜 各 三 回 の 礼 拝 を 行 う」 点 で あ り、 これ は 大 乗 仏 教 特 有 の 儀 礼 で あ る 。 また 、 ほ ぼ 同 様 の 表 現 が 諸 経 に 見 られ る。 例 と し て以 下 の 記 述 を挙 げ る。 ・ 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』(T .14,p.666.c,14-15)c五 注(2) "若 有 善 男 子 、 善 女 人 欲 求 菩 薩 道 者,当 整 衣 服 昼 夜 各 三 稽 首 十 方 諸 仏 作 礼,∼ 。" (「良 家 の 子 息 や 、 良 家 の 子 女 が 菩 薩 道 を 求 め る な ら 、 衣 服 を 整 え 日 中 に 三 度 、 夜 中 に 三 度 、 十 方 の 諸 仏[の 足]に 頭 を つ け て礼 拝 し、 ∼ 」) ・安 玄 訳 『法 鏡 経 』(T .12,p.18.c,25-29) "又 復 理 家 。 居 家 修 道 者 仮 使 為 離 師 之 教 誨 時,世 無 仏 、 無 見 経 者 、 不 与 聖 衆 相 遭 遇,是 以 当 稽 首 十 方 諸 仏 、 亦 彼 前 世 求 道 所 行 、 志 願 之 弘 。`願 者 其 一 切 成 就 仏 法 之 徳'。 以 思 念 之,以 代 其 喜,於 是 昼 三 亦 夜 三 以 論 三 品 経 事,一 切 前 世 所 施 行 悪 以 自 首 誨(v.1.悔),改 往,修 来 。 ∼" (「また 居 士 よ、 在 家 の 修 業 者 が 師 の 教 え を 離 れ て 、 世 に仏 は な く、 教 え を 示 す 者 は な く、 サ ン ガ と出 会 わ な け れ ば、 そ の 時 、 十 方 の 諸 仏 や 、 あ る い は 諸 仏 の 前 世 の菩 薩 行 や 、 誓 願 の 素 晴 ら し さ に敬 礼 す べ き で す 。 『ど うか す べ て の 者 が 仏 法 の 徳 を完 成 し ます よ う に 』。 こ の よ う に 思 い 、我 が こ との よ う に 喜 び(随 喜)、 日 中 に 一18一
三 度 、 夜 中 に 三 度 、 三 品 の 教 え を 語 り 、 す べ て の 前 世 の 悪 行 を 自 ら す す ん で 告 白 し 、 懴 悔 す る こ と に よ っ て 、 過 去 を 改 め 、 未 来 に 努 め 励 み ま す 。 ∼ 」) ・Siks龝amuccaya(BIBLIOTHECABUDDHICA .Ied.byCecilBendall名 著 普 及 会1977p.290) コ【η09名 α4σ畝z4)α労寥)ノ66ぬ覆賜 ηzhitri・ratretrirdivasasyacaSuceh'suci-vastra-X)r穽-rtasya軋tri-skandhaka-pravartanamukta叩// tatratrayahp穡a・de§ana-puny穗umodan竏鹵uddh稘hyesan稾hy禀 pu13ya-ra6itvat/∼ (∬ ηog7α 跏 伽 勿 吻 πo勿 に は 、 「夜 中 に 三 度 、 そ し て 日 中 に 三 度 、[体 を]清 め 清 潔 な 衣 服 を 身 に つ け た 者 は 、 三 品 を 実 践 し ま す 」 と 説 か れ て い る 。 そ こ の 三 と は 、 功 徳 の 集 ま り の う ち 、 罪 の 告 白 、 功 徳 の 随 喜 、 仏 の 勧 請 と 呼 ば れ る も の で あ る 。 ∼) な お 礼 拝 を 伴 っ た 滅 罪 儀 式 や 、 罪 の 告 白 に よ る 滅 罪 儀 式 は 、 当 時 の イ ン ド に お い て 仏 教 特 有 の 儀 式 で は な か っ た 。B.C.2C以 降 の 成 立 と 考 え ら れ る 『マ ヌ 法 典 』 に 、 そ れ ら を 伺 わ せ る 記 述 が 存 在 し て い る 。 Manusmrti,2‐69 upaniyaguru草6i$yarpSik§ayecchaucamadita虹/ 稍穩amagni-k穩yamcasamdhyop龝anamevaca/ (「師 匠 は 弟 子 を 導 い て 、 ま ず 初 め に 、 清 め と 良 い 慣 習 と 祭 火 の 儀 式 と サ ン デ ィ ヤ ー 時(昼 夜 の 変 わ り め)の 礼 拝 を、 教 え な け れ ば な り ま せ ん 。」) こ の 記 述 は バ ラ モ ン の 日 々 の 義 務 と し て 説 か れ た も の で あ る 。 こ こ の 「サ ン デ ィ ヤ ー 時 の 礼 拝 」 と は 、 定 刻 に サ ー ヴ ィ ト リ ー 讃 歌 を 詠 唱 す る こ と に よ る 滅 罪 儀 式 と 理 解 で き る 。(cf.Manusms-ti,2-101,102,103,104)ま た 「サ ン デ ィ ヤ ー 時 の 礼 拝 」 に 関 す る 詳 細 な 研 究 に 、 永 ノ 尾 信 悟 「ヒ ン ド ゥ ー 儀 礼 の 変 容 一 朝 の 勤 行 を 例 と し て 一 」 が あ る 。 Manussnrti,11‐227 khy穡anen穗ut穡enatapas dhyayanenaca/ p瀾akrnmucyatep瀾炙tath濺瀟enac瀾adi/ (「告 白 に よ っ て 、 悔 改 に よ っ て 、 苦 行 に よ っ て 、[ヴ ェ ー ダ の]詠 唱 に よ っ て 、 罪 を 作 っ た 者 は 、 罪 か ら 解 放 さ れ ま す 。 ま た 具 合 の 悪 い 時 に は 財 物 に よ っ て[罪 か ら解 放 さ れ ま す]。 」) cf.MANUSMRTIwiththeSanskritCommentaryManvarthamuktavaliOFKUL-LUKABHAT7'A,Editedbyprof.J.L.SHASTRIwithEnglishIntroduction byProf.S.C.BANERJIDELHI1983 cf.永 ノ 尾 信 悟 「ヒ ン ド ゥ ー 儀 礼 の 変 容 一 朝 の 勤 行 を 例 と し て 一 」(長 野 泰 彦 井 狩 弥 介 編 『イ ン ドe複 合 文 化 の 構 造 』 法 蔵 館1993年) (7)【 自 在 】 ○ ○ 所 向,当 悔 過 言:∼
HD.voL8,p.1311,a自 由;無 拘 束c£ 『後 漢 紀 』 「光 武 帝 紀 三 」(A .D.3Cca.) 仏 典 に お い て 「自 在 」 は 「随 意 」 と 同 義 の 場 合 が あ る。 例 え ば、 仏 駄 跋 陀 羅 訳 『大 方 広 仏 華 厳 経(六 十 巻)』 「若 在 危4Ta'fa当 願 衆 生 随 意 自在 無 所 里 礙 」(T . 9,p.430.c,15-16)が あ る。 波 線 部 分 は 「心 の ま ま に 自 由 自 在 に」 と い っ た意 味 で あ る 。 ま た 、 「自在 所 ∼ 」 「随 意 所 ∼ 」 「随 心 所 ∼ 」 で 「∼ な す ま ま に」 と い っ た 意 味 と な る 。 そ の よ う な 例 と し て 『大 阿 弥 陀 経 』 「恣 若 随 意 所 筮 好 喜 」(T.12,p. 305。c,3)、 「随 意 所 欲 喜 楽 」(T.12,p.305.c,19)、 「随 心 所 欲 至 到 飛 行 」(T.12 ,p. 308.b,14)、 「自 在 意 所 欲 作 為 」(T.12,p。311.b,13)な ど が あ り、 下 線 部 分 は 「[心が]欲 す る ま ま に 」 とい っ た 意 味 で あ る 。 な お 、 こ う い っ た 表 現 中 で の 「随 」=「在 」 を扱 っ た 研 究 に 、 蔡 鏡 浩 編 著 『魏 晋 南 北 朝 詞 語 例 釋 』 が あ る 。 「自在 所 向 ∼ 」 の 和 訳 に 際 し て は 、 「向 か う が ま ま に ∼ 」、 つ ま り 「ど ち ら に 向 か っ て も ∼ 」 と し た。 cf.木 村 清 孝 仏 教 経 典 選5『 華 厳 経 』 筑 摩 書 房1986年p .18 cf.管 野 博 史 「大 本 経(二)注 」p.483上 段(『 現 代 語 訳 「阿 含 経 典 」 一 長 阿 含 経 』 第1巻 平 河 出 版 社1995年) cf.丘 山 新 厂幣 宿 経 注 」p.322下 段(『 現 代 語 訳 「阿 含 経 典 」 一長 阿 含 経 』 第2巻 平 河 出 版 社1997年) cf.蔡 鏡 浩 編 著 『i魏晋 南 北 朝 詞 語 例 釋 』 江 蘇 古 籍 出 版 社1990年pp .408-409 (こ の 書 籍 を 紹 介 、 拝 見 さ せ て 下 さ り、 ま た 貴 重 な 御 教 示 を 下 さ っ た 辛 嶋 静 志 氏 、 齊 ・E;ic・信 氏 に 深 く感 謝 致 し ます 。) (8)【経 道 】 若 意 欲 害 仏,嫉 悪OO,若 闘 比 丘 僧,若 殺 阿 羅 漢,若 自殺 父 母 。 「経 道 」 は 古 訳 に頻 出 す る語 彙 で 、 「教 え 」 を 意 味 す る 。 例 と し て 『大 阿 弥 陀 経 』(T.12,p.300.c,20-21)「 王 聞 仏 ○ ○,心 即 歓 喜 開 解,便 棄 国 捐 王,行 作 沙 門,字 曇 塵 迦,作 菩 薩 道 。」(王 は仏 の 教 え を 聞 い て、 歓 喜 し 、 は っ き り理 解 し、 す ぐさ ま 国 と 王 位 を捨 て て 、 沙 門 とな っ て 、 曇 摩 迦 と な の り、 菩 薩 と し て の 修 行 を な した 。)や 、 同 経(T.12,p.316.c,14)「 我 般 泥 疸 去 後 、 ○ ○ 稍 断 絶 。」(私 が 完 全 な 涅 槃 に入 っ た 後 、 教 え は し だ い に途 絶 え ま す。)が あ る。 『舎 利 弗 悔 過 経 』 で は 、 他 の 例 と し て 「仏 以00雨 於 天 下 。」(T.24,p.1090.c,3-4)、 「譬 如 天 雨 百 穀 、 草 木 皆 茂 好,仏 以 ○ ○ 雨 於 天 下,故 生 侯 王 、 四 天 王 、 上 至 三 十 三 天 上 豪 貴 富 楽 。」(T.24,p.1090.c,3-4)、 「若 布 施,若 持 ○ ○,若 持 善 意,為 仏 作 善,為 経 作 善,為 比 丘 僧 作 善,為 凡 人 作 善,若 為 禽 獣 作 善 。」(T.24,p.1091.a,20-23)が あ る。 cf.辛 嶋 静 志 「『大 阿 弥 陀 経 』 願 文 訳 」 『教 化 研 究 』1171997年p .138下 段 (9)【身 自 】 ○ ○ 行 盗,教 人 行 盗,見 人 行 盗 代 其 喜 。 HD.vol.10,p.701,b親 自cf.『 史 記 』 「呉 王 潰 列 伝 」(B .C.90ca.) ⑩ 【貪 軫 】 身 自 ○ ○,教 人 ○ ○,見 人 ○ ○ 代 其 喜 。 HD.vol.10,p.111,b貪 得 無 厭cf.『 叙 列 代 王 臣 滞 惑 解 』(AD.7Cca .) -20一
古 訳 に 現 わ れ る例 と し て 、 以 下 の例 が あ る 。 ・ 『三 曼 陀 跋 陀 羅 菩 薩 経 』(T .14,p.667.a,2-7) "其 有 於 一 切 諸 仏 、 諸 菩 薩 、 諸 迦 羅 蜜 、 諸 父 母 、 諸 阿 羅 漢 、 諸 辟 支 仏 、 一 切 諸 人 所 可 誹 謗 者,若 恣 随 欲,恣 随 痴,恣 随 自 用,若 有 頑 恨 不 与 人 語,若 為 貪 婬 所 牽,為 慳 婬 所 牽 為 ○ ○ 所 牽,為 諛 諂 所 牽,為 七 百 五 十 諸 欲 所 牽,其 心 乱 時,不 能 自専 。 ∼" (「私 が す べ て の 仏 や 、 菩 薩 達 や 、 善 知 識 達 や 、 父 母 達 や 、 阿 羅 漢 達 や 、 辟 支 仏 達 や 、 す べ て の 人 に 非 難 さ れ て も、 あ る い は欲 の な す ま ま、 無 知 の な す ま ま 、 手 前 勝 手 に 、 あ る い は頑 固 で 耳 を か さ ず 、 人 と語 ら ず 、 あ る い は貪 りや 淫 欲 に 引 か れ 、 吝 嗇 や 嫉 妬 に 引 か れ 、 強 欲 に 引 か れ 、 へ つ ら う こ と に 引 か れ 、 七 百 五 十 の 欲 に 引 か れ 、 私 の 心 が 乱 れ た 時 、 集 中 で き ませ ん で した 。 ∼ 」) (ID【仏 寺 】 身 自 盗 ○ ○ 中神 物,若 比 丘 僧 財 物,教 人 行 盗,見 人 行 盗 代 其 喜 。 HD.vol.1,p.1286,b寺 院cf.『 晋 書 』 「王 恭 伝 」(A.D.644ca.) 【寺 】HD.vo1.2,p.1249,a衙 署;官 舎cf.『 漢 書 』 「元 帝 紀 」(A.D.78ca.) 「仏 寺 」 に 関 し て は、 平 川 彰 著 作 集 第4巻 『初 期 大 乗 仏 教 の 研 究II』 春 秋 社 1990年(p.90,p.190)が 詳 しい 。 結 論 か ら言 う と、 平 川 氏 は 「仏 寺 」 の 原 語 と して Skt.st皂aを 挙 げ て お ら れ る。 氏 の 見 解 に 従 い 、 こ こ で は 「仏 寺 」 を 「仏 塔(Skt. stUpa)」 と訳 し た 。 しか し、 『大 阿 弥 陀 経 』(T.12,p.310.a,17-18c,12)や 、 『無 量 清 浄 平 等 覚 経 』(T.12,p.292.a,9c,2)に は 「作 仏 寺 起 塔 」(仏 寺 を 作 り塔 を建 て る)と あ り、 こ こ で の 「仏 寺 」 は 「仏 塔(Skt.st a)」 と は考 え ら れ に く い 。 ど ち ら か と 言 え ば 「僧 院(Skt.vih穩a)」 で は な か ろ う'か。 け れ ど も 「仏 寺 」 と 「塔 」 が 同様 の意 味 を 持 つ 場 合 も あ る 。 例 え ば 、 竺法護 訳 『正法華 経』(T.9,p.1 01.b,25)に 「仏 寺 」 とあ り、 これ に対 応 す る箇 所 が 鳩 摩 羅 什 訳 『妙 法 蓮 華 経 』 (T.9,p.31.c,2)で は 「塔 」 と訳 さ れ て い る 。 『妙 法 蓮 華 経 』 に対 応 す る梵 本 で は 、 Skt.tath稟ata・caityaと な っ て い る。 cf.S厩d勿 卿 卿 吻 短んα(BIBLIOTHECABUDDHICA.Xed.byH.Kern.B. Nanjio名 著 普 及 会1977p.232) ⑰ 【神 物 】 身 自盗 仏 寺 中 ○ ○,若 比 丘 僧 財 物,教 人 行 盗,見 人 行 盗 代 其 喜 。 HD.vol.7,p.866,a神 霊 、 怪 異 之 物cf.『 易 経 』 「繋 辞 上 」(周 ∼ 春 秋 時 代) 「仏 寺 中 神 物 」 と は、 「仏 塔 中 の 神 聖 な物 」 とい う意 味 で あ る 。 しか し、 具 体 的 に 何 を 指 して い る か 、 筆 者 に は 判 断 が つ か な い 。 q3)【身 自 軽 称 、 小_;、 短 尺 欺 人,以 重 称 、 大_;、 長 尺 侵 人 、 見 人 侵 人 代 其 喜 。】 ほ ぼ 同 様 の 表 現 が 、 諸 経 に見 ら れ る。 ・安 世 高 訳 『分 別 善 悪 所 起 経 』(T .17,p.518.a,14-16) "偸 盗 劫 ,人 強 取 他 人 財 物,求 利,不 以 道 理 欺 詐 取 財 物 。 軽 秤 、 小 斗 、 短 尺 欺 人, 若 以 重 秤 、 大 斗 、 長 尺 侵 人 。 ∼" (「盗 み の[は び こ る]時 代 、 人 は 他 人 の 財 物 を 力 ず くで 奪 い 、 利 益 を 求 め 、 決 ま り に 従 わ ず 、 欺 き騙 し 財 物 を 受 取 り ます 。 軽 い 秤 や 、 小 さ な 升 や 、 短 い も の さ し