土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔I正
ネ パ ー ル 王 国 の 土 地 利 用 上 の 問 題 点 そ の l
深 田 伊 佐 夫
I II m は じ め に は じ め に 従来までの研究過程と本報告の問題意識 ネ パ ー ル 王 国 の 自 然 環 境 と 土 地 利 用 の 概 略 有 効 的 な 土 地 利 用 の 諸 問 題 む す び 1987年12月から1988年1月にかけての1ヶ月間,ネパール王国南部ナラ ヤニ県の「チトワン普及農場」に海外研修(農業実習)のため帯在した。 同農場は,のちに述べるような,ネパール王国のおかれている自然的・ 社会的な特殊性にもとずく諸問題に対する,現実的対応をめざして,「新日 本宗教団体連合会青年会連盟」(新宗連青年会)の手によって1981年に開場 された。 ネパールは,その自然的環境条件により,①急傾斜地形による,地すべり・斜面崩壊の発生および,農耕地の土壌
流失。 ②,①を原因とする,周辺諸国(インド・バングラディシュ)等での洪 水の発生。 ③有効的な農業的土地利用の困難さと,それにともなう食糧生産・食糧 イ111: k − L ユ ノ供給上の問題。 等の諸問題をかかえている')。 本報告では,「チトワン普及農場」およびその周辺地域で行われている土
地利用の実情を中心に,「土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察皇
の第1I報として,ネパールにおける士地利用をめぐる諸問題について,検
討していきたい。 なお,第I章に当紀要等に1982年より報告してきた内容を要約し,そこ より得られた土地利用計画の基本的な指標についてを述べる。 I・従来までの研究過程と本報告の問題意識 1)研究の過程 いままでに,第1報の「開発計画における自然環境調査の意義と重要性ま(1982年・拓植研究NC,18)から第6報「土地利用と地すべり・斜面崩壊
についての考察〔I〕」(1987年・中央学術研究所紀要NC,16.以下第1報
と称する。)を作成してきた。 以上の諸報告では,主として国内の大都市周辺地域や農山村部における 土地利用の問題点と,その対応について自然環境の保全を開発計画の中に どのように位置づけるかに重点をおいて考察した。 それらの概要をまとめれば,以下のようになる。①地域開発計画に必要な条件は,国土の有効的な利用(計画化をともな
う土地利用)がはかられるものであること。②国土の有効的な利用を促進するにあたっては,その対象地域の環境条
件や地域特性を考慮し,さらに対象地域の住民の意志を主体にした土地 利用計画を策定することが基本である。 (12》土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔II二 ③そのためには,対象地域の自然的・社会的・人間的な環境条件の把握 に重点を置くことが必要である。 同時に,それらの条件を土地利用計画理論と現象を一体化して,実際 面へ応用することが求められる。 ④さらに,一地域,一国の地域開発計画は,「世界安定計画プログラム亭 の一環として位置づけられる。 これは,全人類または一地域の住民が,健全な生活を保ちうるギリギ リ の 条 件 を 求 め て , あ る 限 界 を こ え な い 多 く の 線 引 き を 行 う と い う こ と を示す。 す な わ ち , 一 地 域 の 適 正 な 地 域 開 発 計 画 の 実 施 を , 一 国 や 国 際 的 規 模 で の 大 局 的 な 安 定 化 に つ な が る 最 少 単 位 と し て 認 識 す る こ と で あ る 。 以上の4点が,これまでの研究の経過と,そこから得たことがらのまと めである。 2)本報告の問題意識 本報告でとりあげる,ネパールの土地利用と,それをとりまく問題点に ついて「土地利用と地すべり・斜面崩壊」という視点からみれば,つぎの ようになる。 まず,地すべり・斜面崩壊の発生機構の素因のひとつには「急傾斜地形』 というものがあげられる。 同国は,北端のヒマラヤ山脈の標高8,000mの高地から,南端の標高50m 前後の低地までの距離が,わずか200km弱という状況を呈している。 ネ パ ー ル に お け る 土 地 利 用 上 の 問 題 を 検 討 す る た め , 次 の よ う な 点 を 強 調したい。 (13〉
すなわち,①急傾斜地域の治山・治水事業を推進する。②同国南部の貴 重 な 平 野 部 に お け る 農 業 的 利 用 を 中 心 と し た 、 有 効 的 な 土 地 利 用 を 推 進 す る。の2つである。 この2点をすすめるために重要なことは,土地利用計画・地域開発計画 のための基本的条件を十分に適用していくことである2)。 なお,地すべり・斜面崩壊の発生機構についての考察は,第1報にて行 なったので、本報告では省略する。 II・ネパール王朝の自然環境と土地利用の概略 この章では,ネパールの地形・表層地質の状態を中心とした自然環境の 概略,土地利用の状況・土地利用上の問題点について述べることにする。 1)地形・表層地質の概略 同 国 は , イ ン ド 大 陸 と ユ ー ラ シ ア 大 陸 の 接 合 し て い る と こ ろ に 位 置 し て いる。 国土面積は,およそ15万knf,東西に800km,南北に200kmのほぼ長方形の 領土を有している。 国土を,地形区分によって分類すると,次のような3つの地域に分けら れる。 3つの地域について,それぞれの地形・表層地質の概略をみることにす る。 な お , 地 域 区 分 の 方 法 は , 国 土 を 南 ・ 北 の 断 面 で み た 標 高 階 毎 に し た 。 ① ヒ マ ラ ヤ 地 域 この地域は,標高5,0()0m∼8,000mにおよぶ山岳地帯である。「世界の屋 根 」という表現で呼ばれている一連のヒマラヤ山脈のことを示している。 ヒ マ ラ ヤ は , 中 世 代 ・ 白 亜 紀 後 期 に , オ ー ス ト ラ リ ア プ レ ー ト の 作 用 に (14》
土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔I皿
雪吊や四四食い②ご君旦①zも芦五⑪P助○①○
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より,インド大陸が,ユーラシア大陸に接合した際の造山活動によって形 成された山である。 この山脈は,国土面積の約15%,22,500肺を占めている。
表層地質の構成は,“HimalayanGlacialSoil”および,砂質ローム・
粘土質ローム・シルト質ロームによって構成されている。
②中部丘陵地域 ヒマラヤ地域と,のちに述べるタライ平原地域にはさまれた地域のこと を示す。この地域は,標高が300m∼5,000mと,巾のある高度をもつ丘陵地帯で
ある。首都のカトマンドゥをはじめとした,同国の主要都市や集落が,この地
域に集中している。 国土面積の約68%,102,OOOImfを占めている。表層地層の構成は,“HillySandySoil”と呼ばれる砂質土とシルト質
ローム・粘土質ローム・シルト質粘土である。 ③タライ平原地域同国南部のインドとの国境をなす地域に広がる標高50∼300m程度の比
較的ゆるやかな平原地帯である。 国土面積の約17%,25,5001mfを占めてある。表層地質の構成は,“TaraiAlluvialSoil”と呼ばれるシルト質ロームと
シルト質粘土が主である。同地域中部のナラヤニ川の沿岸地域では,河川による二次堆積である定
能性も高いとされている3)。 2)気候の概要 (16)土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔Ir 同国の気候は,国土面積がせまいにもかかわらず,標高差や地形の形質 の変化がはげしいために,多様である。 季節区分は,雨期(6月∼11月)と乾期(12月∼5月)の2サイクルで ある。 以下,降雨と気温の状態を概説する。 ①降雨 年間降雨量の75%が雨期に集中している。 各地域により降雨量に多少のバラツキもあるが,全国の年間平均降雨量 は,2,200mm/year程度となっている。 ②気温 気温は,各地域区分毎に特色をもっている。 前項の地域区分例に基ずいてこれをみると,ヒマラヤ地域および中部丘 陵地域の標高1,80()m程度までが寒帯と亜寒帯。中部丘陵地域の低標高地帯 からタライ平原までが温帯と亜熱帯に大別できる。 国内の主要地点における気温の状態は,表一,に示す4)。 3)土地利用 土地利用の状況は,同国のもつ国士条件や気候の特殊性に左右されてい る。 利 用 項 目 別 , お よ び 地 域 別 に み た 土 地 利 用 状 況 は , 表 − 2 と 表 − 3 に 示 した結果となっている。 これらの状況により土地利用の特色を述べる。 /1ワ、 (エイ』
表 − 1 国 内 主 要 地 点 の 気 温 TemperatureExtremes (inDegreeCelcius) Mm・Dro悪 Max,Rise Altitude(、) Region 9.1(jan) 8.0(,,) 8.0(";: 9.1("} 6.9("} 6.2(": Biratnagar Janakpur Bhairahaw室 Nepalgunj Tulsipur Dhangadhi 340(April) 34.8(April-May: 36.6(May) 39.2(") 345(") 37.6(,,) 句ム9JAU○ムQJ1⋮− 71ワーnU原JRu7− 1上11行0勺I工 ”→二9雲7り.1”勺“9”−“1 ,jbノーwノーいI恥/︲いIい﹄い﹄いfL aワムnU44q﹀可上Q﹀︲1ワーnU
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ノJ1、局JIF尻J戸hJ11ユハ×U行、﹀○八︺戸屋J戸﹃J 弓ノー ︵xU Illam Dhankuta Bhojpur Okhaldhunga Kathmandu Gorkha Pokhara Tansen Dailekh Dadeldhura 25.3(Aug) 258(") 23.8(") 23.7"June) 27.7(MAy〉 28.7(") 29.6"AprⅢ 28.3(MAy〉 28.3(") 26.1(") cce金一一‘‘番︿悪・宮︾字.唖年告︿唾.宮︶罷雛一ハ×︺一“::一 八Ⅱ﹀RJ︹×︺・川丑QJ、/ご﹃1入訂Iユー刈詮八u﹀ 9白1工貝Jへ×︺qJ底J︵xUqJ4詮︵×︺ 呈IL割I工−入1入11割I工−上勺IL1入 16.1(Jul-Aug.)-8.0(Jan.) 25.1(MAy-June)-4.9(Jan.-Feb) Namchebaza言 Jumla 3888 2344 Geographyofnepal(1987年)P98より (O00sha; 表 − 2 国 内 土 地 利 用 状 況 Non‐ culti‐ vated lllclu‐ slons Culti vateご Land F o r esteご Land謡:b眺『T・"I
Physiogra‐ phicregion GrasS Land HighHima: HighMt、 MidMt・ Siwaliks Tarai 66.6 181.3 4()9.3 31.3 1.4 、くJ4刈詮ハⅡU4刈詮戸hv nく︺川刈宝戸h︶局ノー勺I且 、/]、/︺勺Iユ ハノ臼 3349.E 2959.蓬 4444.5 1885.智 1110.2 一Q﹀句乙︲麺牛八○垂︲︲︲︲﹂ 1LワIRJ貝J庁j ︲川宝戸huFhU11 11︿h﹀11 ○白ハソ戸りワ‘”“|ワ●叫申●■■曲
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689.92729.614748.5 4 . 7 1 8 . 5 1 0 0 . 0 Total Percent 986.91757.15616.8 6 . 7 1 1 . 9 3 8 , 基 2968.具 20.? GeographyofNepal)1987年)P,236より (l8i上地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔111 表 − 3 農 業 的 土 地 利 用 状 況 Regions Agriculturalland (OOOhector) Percentage Himalaya Hill Tarai(includinglnner・ Tarai) 13() 756 1.440 、くJ︿h︺ GeographyofNepal(1987年)P、237よぢ ①国土の大半が,森林および山岳地帯である≦ ②農耕地(農耕可能な士地も含む)が占める割合は少なく,その少なし 農耕地は中部丘陵の一部とタライ平原地域に集中的に分布している。 ③氷雪地帯および利用価値の低いと思われる地すべり地帯や原野が,比 較的大きな割合を占めている。 等があげられる5)謹 4)土地利用上の問題点 つぎに,土地利用上の問題点についてを,「地すべり・斜面崩壊の発生j という観点を中心に述べることにす る。 これまでの考察から判断して,ネパールの国士条件には特殊な事'盾が存 在 し て お り , さ ら に そ の こ と を 事 由 と し て , 土 地 利 用 形 態 の 上 に も , 種 々 の 不 合 理 な 面 や , 地 す べ り ・ 斜 面 崩 壊 の 発 生 し や す い 状 況 を つ く り だ す 傾 向 を も っ て い る と 考 え ら れ る 。 以 上 の こ と を ま と め る と , つ ぎ の よ う に な る 。 イ1q1 l1シ,』
灘溌謹・謹舗瀧雲蕊蕊雛蕊I:・蕊.・・泌蕊琴:::::識竣毒鍵・ヨ 写 真 − 1 雪 長 宣 一 霞 ゾ 〆 、 r ー 。 灘 中部丘陵地域ナガルゴット近郊の景緋 傾斜地での斜面崩壊.+:壌流失 が急速に進行している。(1975年) (1う:奥提供・lllリ&学術1Ⅱ究,1↑北'ル(秀棚氏) 急傾斜地域での農地造成。 中部丘陵地域ナガルゴット近郊にて(1975年) (写真提供・''1央学術'1叶究所北原秀樹氏) 回すくり・斜面崩壊の発生
①急傾斜地形による地すべり・斜面崩壊の発生
同国の国土条件の特殊性である急傾斜地形と, 質士・砂質シルトが素因となって無数の地すべり ている。 表層地質を構成する砂 と斜面崩壊を発生させ (20〉上地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔I唾 国内に流域をもつKosi(東部)・Gandaki(中部)・Kamali(西部)の 3大河川によって運搬される土砂量が2億4千万m3/yearであること などからもこの問題の深刻さが読みとれる6)7)。 ②周辺諸国での洪水発生 上記①を事由として,治水能力の低下した山地から,雨期には大量の 雨水が流出する。 また,運搬された土砂による河床の上昇,河口のベン'ガル湾での堆砂 のため,下流のインド・バングラデシュでは,毎年雨期には洪水が発生 し , 重 大 な 社 会 問 題 と な っ て い る 。 ③有効的な土地利用の困難さと,それにともなう食糧事情の悪化 地すべり・斜面崩壊の発生と土壌流出は,農耕地の物理的な“量”の 減少と,有用な成分を含有した土壌の流失による土壌の“質”の低下を もたらす。 このことは,同国のかかえる食糧事情の悪化を招く主要な原因となっ ている。 ここにあげたような,土地利用 上の諸問題は,単に地すべり・斜面崩壊の 発 生 と い う 問 題 に と ど ま ら ず , ネ パ ー ル 自 体 と 周 辺 諸 国 に ま で お よ ぶ , 大 規模な環境問題に拡大する性格をもっていることが明らかである。 また,これらの問題発生の重要な誘因に,無秩序な森林伐採が含まれて いることもあげられる。 こ れ は , 同 国 の 主 要 な 生 活 燃 料 が , 薪 で あ る こ と に 理 由 が あ る 。 大 都 市 に居住する住民の一部をのぞいて,同国の生活燃料は薪を利用しており, その確保のために森林伐材が行われている8)。 (21》
111.有効的な土地利用の諸問題 前章でふれたような土地利用の諸問題について述べる。 考察は,l)治山・治水の強化,2)利用可能な土地の有効な利用。3)「チ トワン普及農場」の士地利用例。4)土地利用計画のための基本理論。の4 つについて行う。 1)治山・治水の強化
地すべり・斜面崩壊と,それによって引きおこされる現象への対応には,
治山・治水事業の強化があげられる。 治山・治水事業には,山地傾斜面の斜面安定工法の実施や,砂防ダムの建設による河川の流量の調整等が必須条件となってくる。
ネパールでも,治山・治水事業の一環としての斜面安定のための植林や法面緑化事業が同国政府をはじめ,UNDP(国連開発計画)やFAO(世界
食糧機構)等の手によって開始されている。また,水資源開発の目的をも含めた大規模なダム建設が,同国電力省に
よって,東部のKosi川流域にて計画されはじめており,日本,韓国,中国
の技術協力も行われている。治山・治水事業には,多額の資金と高度な建設技術を要する。このため,
同国で発生している諸問題への対応をしていくためには,さらに解決して
いかなければならない点も多いと考えられる9)。 しかし,同国における治山・治水の強化は,緊急に行われるべきことで ある。そこで,①諸先進国による経済的・技術的協力の強化。②同国内の急傾
斜地や,とくに緊急な治山。治水を必要とする地点の把握。③,②で把握
した地域・地点に適合した斜面安定工法の選択,④水資源の確保と砂防効 果が得られるような多目的ダムの建設促進等の諸政策が必要であると考え (22》土地利用と地すべり。斜面崩壊についての考察〔I正 る曇 2)利用可能な土地の有効的な利用 くりかえし述べているように,同国では,国士条件によって利用可能な 土地,とくに農耕地として利用できる土地の面積は希少かつ,一部の地域 にしか存在しない。 そのことが,急傾斜地域での山地斜面の開発にもつながり,各種の問題 発生に結びついている。 また,農作物の生産上の制約も発生し,食糧事情の悪化も招いている。 そこで考えられることは,利用可能な士地を,計画化をともなう土地利 用をもって,有効的に利用していくことの必要性である。
同国の国土条件にあてはめて,このことを考えれば,治山・治水を含め
た急傾斜地域の土地利用の計画化と,南部タライ平原地域の土地利用の高
密度化等が,課題としてあげられる。 その中で、タライ平原地域での計画化をともなう士地利用をしていくこ とは,つぎのような意味において価値をもつと考えられる。①土壌条件と水利条件にめぐまれていると同時に,地形もおおむね平担
であり,農業的土地利用に適している。②タライ平原地域以外の諸地域は,急傾斜地域によって構成されており二
農業生産性,および環境保全の両面からみて,農業的土地利用をしてい く 上 で 困 難 な 面 を も つ 。③気候帯が亜熱帯に属しており,各種作物の栽培ローテーションの多様
化が可能であり,高密度な作物栽培が期待される。 (23〉④タライ平原地域での計画化をともなう士地利用の促進(とくに農業的
利用)により,他地域での無秩序な士地利用の防止がはかられ,同国に おける地すべり・斜面崩壊をはじめとした諸問題発生を制御することも 可能となる。 3)「チトワン普及農場」の土地利用の例つぎに,タライ平原地域での有効的な士地利用の一例として,「チトワン
普及農場」の土地利用と,それによってもたらされている成果,課題点に
ついて述べることにしたい。 ①普及農場の概略同農場は,ネパール王国ヤラヤニ県チンワン郡に位置している。
農場は,新宗連青年会のネパールプロジェクトの一環として行われてし
る。同プロジェクトは,宗教理念である「人類の福祉増進と世界平和実現」
のもとに,i)ネパールの住民の生活改良。ii)現地の気候・風土に合致し
た農法を現地住民とともに開発する。iii)同じアジアの青年という立場での
日本とネパールの青年の人的交流等を展開している。う.ロジェクトの期間は,1981年1月から1990年1月までの10年間であり,
現在その8年目を迎えている。期間は5年を1区分としており,最初の五年が,農場の基盤整備と各種
適作物の試験栽培,後期5年が普及と人材育成を指向している。
農場は借地で,約5.3haの面積をもつ。水稲をはじめとして,各種そ菜の
栽培,多様な用途をもつ,イピルイピル(熱帯性ギンネムノキ)の植林も
行われている。日常の農場の運営は,プロジェクトの現地責任者,寺田好男・廼子夫妻
と現地人農場長BRクリシュナ氏をはじめ総計10名の職員により行われて (24》上地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔IⅢI いる。 また,年2回(8月・12月)日本人の宗教青年が数名づつ,約,ケ月の 奉仕活動に入り,現地人との交流・協同作業を行なっている。 農場は,現在のプロジェクトが開始される以前(1981年以前)から,地 元の土地所有者CBグルン氏によって営農されていた。 その後プロジェクトの開始にともない同農場を借用し,士地改良.居住 施設等の基盤整備を実施し,普及農場としての体制を整えていった,0)。 ②農場の地勢と土地利用 農場は,タライ平原中南部の標高50mのおおむね平担な形状の土地に位 置している。 Gandaki川水系のラプティ川とナラヤニ川の流域にあり,かつ良質(飲 用可能)の地下水の湧水もみられ,水利にめぐまれている。 表層地質は,シルトローム.砂質ロームの互層によって構成されている。 (図−2を参照) 最上部の土居は,プロジェクト開始後,現在までに,堆肥による土壌改 良が続けられており,農耕に適した土質になりつつある。 気候は’最高気温40℃,最底気温5℃,また平均降雨量は2,000mm/year 程度という亜熱帯性気候を呈している。 農場内の士地利用は,約5.3haの敷地のうち,2ha(38%)が水田(2毛 作・時期によりそ菜),1.5ha(28%)が果樹園(バナナ.マンゴー畑),O8 ha(15%)がイヒ°ルイヒ.ル植林地,のこり1ha(19%)が,そ菜畑と各種 施設となっている。 なお,主要なそ菜の作目は,タマネギ.ジャガイモ.サツマイモ(日本 種 ) ・ ダ イ コ ン ( 日 本 種 ) . カ リ フ ラ ワ ー . ブ ロ ッ コ リ ー . キ ャ ベ ツ ・ 各 種 マ メ 類 ・ カ ラ シ ナ 等 と な っ て い る 。 (25》
(26》 i ; 柱状lXl 土 質 f 図 − 2 SandvLoa汀 Soil化 Sandylよ〕an Sand GravG 7.5Y 3/3 1()Y q/ ・》’ lOYi 4/ チトワン普及農場の土壌柱状図 (深度単位はc、) (1988イ│ミl1lf兇地にて筆者l淵査)
写 真 − 2 写 真 − 4 土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔II亘 「 チトワン普及農場」の水'11の景観 稲の品種は、C-22(IndicaType)である『 (1988年) (写真提供・新││本宗教団体連合会) 刈り取りを終えて乾燥中の稲と イピルイピルの木(1988年) (写真提供・新'−1本宗教団体連合会) ノ ハ ワ : 、 (乙イン
写 真 − 5 「チトワン普及農場」の近辺の農家で栽培されている ダイコン。品種はJapoilicaType・普及農場より普及 したものである。(1988年) (写真提供・新[1本宗教ljl体連合会) ③普及農場による成果 本章では、「有効的な士地利用による諸問題への接近」のために,「利用 可能な土地の有効的な利用」という作業仮説を設定した。 そのことを,うらづける一つの事例として,タライ平原地域で行なわれ ている普及農場の実例をとりあげてきた。 ここで,同農場の設置によってもたらされている諸成果を,本報告の主 旨であるネパールにおける土地利用と地すべり・斜面崩壊の発生の問題を 軸に整理してみたい。 i)タライ平原地域における有効的な農業的土地利用の設計例が,同農場 で確立されつつあり,同時にその手法が農場の周辺地域に普及しはじめ て い る 。 ii),i)のことが、ネパールの「限られた貴重な平担地」の有効的利用 (28)
土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔II〕 法の具体例として,同国の農業関係者に注目されている。 iii)普及農場の成果が拡大し,タライ平原地域の有効的な農業的土地利用 の促進がはかられていくとき,同国の急傾斜地域における不合理な土地 利用の緩和につながり,地すべり。斜面崩壊の発生防止の一助となるこ とが可能である。 iv)農場の普及作物の一つにイピルイヒ.ルの木がある。 イピルイピルの木は,成長が早く,苗木植付後4∼5年程で,胸高直 径25cm,樹高10m程度となる。 また,利用価値も,薪・家畜飼糧。食用と,多様である。 したがって,この樹木の適量の普及は,同国の地すべり.斜面崩壊の 主誘因の一つを占める。住民による薪材確保のための大規模な森林伐採 の緩和策として期待される。 v)以上のほか,現地にて栽培可能な食用作物の普及,堆肥による有機的 土壌改良法の普及,文化的要素としての現地での人的交流,ワークキャ ンプを通して,現地へ渡来する日本人宗教青年と現地青年との体験学習 の成果もあげられる。 以上が普及農場における成果について,まとめたことがらである。 な お , 普 及 農 場 の 課 題 点 ・ 問 題 点 も 存 在 す る が , こ の こ と に つ い て は 別の機会にとりあげることにしたい。 4)土地利用計画のための基本理論 有効的な土地利用を推進するためには,一定の基本理論を構築し,それ に基づいた土地利用が行なわれることが条件となる。 q︶ ワ︺ ノー、
ここで,第1報,第Ⅱ1章で述べた土地利用計画のための基本理論に則っ て,ネパールにおける土地利用上の諸問題をあてはめて考えることにする。 その理論の目的は,同国における合理的で秩序ある土地利用をもって, 地すべり・斜面崩壊の発生防止施工,さらには,食糧生産性の向上をはかっ ていくことを目標としなければならない。 以下,そのための手順と条件についてまとめれば,つぎの5点に集約で きる'1)。 ①計画の決定 ここでいう計画とは,ある地域の現状を将来,よりすぐれた状態にす ることが前提条件となる。 そのためには,計画内容の選択には関連地域住民の総合的な意志の反 映が中心となる必要がある。 ネパールは,多部族によって構成されており,主要部族のみでも6部 族を数える。 そして,それぞれの部族が異なったカーストを形成して,独自の生活 習」慣をもちながら国内のいろいろな地域に居住している。 そういう意味で,計画の決定にあたっては,マクロ的視野に立脚した 計画の方向性と並んで,それぞれの部族のもつ独自の生活文化を配慮-す ることが必要である。 ②計画案の作成 こ の 段 階 で は , 各 専 問 分 野 の 技 術 者 の プ ロ ジ ェ ク ト チ ー ム に よ っ て 行 なわれる。 プロジェクトチームは,地域開発計画に関連する学術的・技術的な諸 分野の学者,技術者等によって形成される。 しかし,その中に①で示したような地域住民の主体的な意志を反映さ (30》
土 地 利 用 と 地 す べ り ・ 斜 面 崩 壊 に つ い て の 考 察 〔 I r せるために,地域住民の代表者の参加を原則としなければならない。 地域の改良や土地利用計画をすすめていくことは,ややもすると,「機 械化=近代化」,「西欧化=近代化」という画一的かつ短絡的な図式で考 えがちである。 しかし,価値ある地域計画とは,地域住民が本来的に生活の積み重ね の中から得て来た生活の智慧を,さらに増幅して,それを基盤にすすめ ていくことが重要である。 ③計画内容 ①と②で示した要件をふまえていくところに,適正な計画が完成する。 こ の 段 階 で は , 基 本 計 画 ( マ ス タ ー ・ プ ラ ン ) お よ び , 実 施 計 画 が 立 案される。 ④資金 適 正 な 計 画 内 容 を 実 施 し て い く た め に は 計 画 に 相 当 す る 資 金 の 確 保 か 必要となる。 ネパールをはじめとした,多くの開発途上国では,種々の問題が内在 しているにもかかわらず,それを緩和し,解決していくための経済的基 盤が確立されていないのが実|肩である。 資金調達は,外債にたよらなければならない面もあるが,債務返済の ための問題も発生してくる。 先 進 諸 国 に よ る 開 発 途 上 国 へ の 経 済 協 力 の わ く 組 み の 中 に , こ こ で と りあげたような同国のかかえている問題は,世界的規模での環境問題と し て 位 置 づ け て , 経 済 的 基 盤 の 確 立 を は か る 必 要 が あ る 。 ⑤ 計 画 理 論 ①∼④を含めた計画理論の確立が必要となる= ′ f , T , (。’ノ
ここでいう理論とは,土地利用・地域開発計画行為に関わる全ての要 因・知識・事象を総合的に把握し,さらに体系化して地域の開発の上に 応用していくものである。 理論の性格については,さきに述べたとおりである'2)。 以 上 の よ う な 計 画 手 順 と 要 件 を 同 国 の 土 地 利 用 計 画 と し て 具 体 的 に 適 用 した。 本章では,有効的な土地利用による諸問題への関わりかたについて考察 した。 実際の諸問題の解決には,さらに細目にわたる要因が内在すると推測さ れる。 む す び 本報告では,ネパール王国における土地利用上の諸問題を,「地すべり・ 斜面崩壊」の発生ということを中心に考察してきた。 以下,それをまとめれば, ①地すべり・斜面崩壊のとらえかたは,局所に発生した問題としてのみ と ら え る の で は な く , ネ パ ー ル の 全 体 的 な 国 士 条 件 や , 土 地 利 用 状 態 の わくの中で考えていくことが必要である。 ②したがって,問題解決のための手段も,局部的な対応,例えば,地す べりや斜面崩壊の発生地点への防止工法の実施のみにとどまらず,国土 全体の土地利用のありかたをどのように改良していくかという大局的な 視野が求められる。 同時に,第III章,第4)項の②で述べたようなプロジェクトチームを構 (32)
土地利用と地すべり・斜面崩壊についての考察〔II〕 成するための人材の育成も急務としてあげられる。 の2点である_: なお,本報告に関わる各論的なことについては,次報でとりあげる。 おしまいに,本報告作成にあたって終始ご指導賜わった日本大学農獣 医学部教授井東澄雄先生,今回の海外研修の機会を与えて下さった立正 佼成会当局,新日本宗数団体連合会事務局,現地にてお世話下さった寺 田好男・迫子ご夫妻と農場職員のみな様,各種資料を提出してくだなっ た東京大学図書館国連資料室,国連広報センター,農林水産省資料相談 室に対して,厚く御礼申し述べる。 〈第1報訂正箇所〉 「土地利用地と地すべり・斜面崩壊についての考察〔I〕」(中央学術 研究所紀要第16号掲載)の中で,下記の誤りがありました。おわび申し 上げるとともに訂正いたします。 ・61頁,表1の標題,「1974年」誤→「1971年」正。 (33》
文献 l)新日本宗教団体連合会青年会連盟編(1985);ネパール農業開発計画推進 マニュアル;新日本宗教団体連合会;P・P、2∼3。 2)国際農林業協力協会編(1981);ネパールの農業;国際農林業協力協会 P.P、18∼21。 3)RKPandag(1987);GeographyofNepal;HimaraganBookCentre P・P、60∼81。 4)5);前掲言;P.P、235∼239-6)7);前掲害;P.P,136∼l37 UNDP(1984);Integratlonof stltutonalandLegislativeAspects EnvioromentlntoDevelopment;I、‐ UNDP;P・P、56∼57 8)P,KPanday(1987);GeographyofNepal;HimarayanBookCentre P・P,136 9)国際協力事業団編(1988);国際協力事業団年報'87;国際協力事業団;P P,233 10)新日本宗教団体連合会青年会連盟編(1985);ネパール農業開発計画推進 マニュアル;新日本宗教団体連合会;P.P27∼30. 11)12)室島鋒一郎(1974);地域計画手法の学習;地球社;P・P、7. (34》