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中央学術研究所紀要 第25号 155野口康彦「要介護老人をめぐる退院問題の一考察-転院援助を中心に-」

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高齢者にかかわるMSWの福祉職としての役割 むすびにかえて はじめに

要介護老人をめぐる退院問題の一考察

l転院援助を中心にI

六 五 四 三 二 周知のとおり、わが国は高齢化社会から超高齢化社会へと他国に類を見ない速さで突入している。新聞などのマ 事例 要介護老人をめぐる近年の医療政策の動向について 高齢者の退院と医療ソーシャルワーカー はじめに

野口康彦

155

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スコミでも、連日のように高齢者の介護の問題についての特集が組まれているように、もはや高齢者問題が社会問 題から我々にとって、より身近な生活問題となっていることは否めない。 医療機関においても、地域における総合的な高齢者介護のケア・システムが確立されていない現状では、要介護 状態となった高齢患者の退院時の処遇は非常に深刻な問題となっている・在宅への復帰が困難となるケースは、性々 にして、家族の受入拒否といった個人的な事由によるものと見られがちである。しかしながら、医療ソーシャルワ ーカーとして日常の業務を行うなかで、高齢患者の退院問題は、個人的な事情のみならず、わが国が抱える福祉政 策及び社会保障制度の貧困さを抜きには考えられず、社会問題の一つとも言えるだろう。 この小論において、高齢患者の退院時における転院援助をひとつの材料とし、事例を紹介しながら、要介護老人 をめぐる医療と福祉の現状を浮き彫りにしたい。また、医療スタッフの中にあって、医療ソーシャルワーカーが高 齢者の退院援助にどのような役割と機能をもつものか、自分自身の所見を交えながら考察を深めてみたい。

二高齢者の退院と医療ソーシャルワーカー

156 現在、私は、東京都内の総合病院で医療ソーシャルワーカー︵以後MSWと略︶として勤務している。MSWと は、医療スタッフの中にあって、社会福祉の立場から、患者・家族に援助を行う職種である。 その業務の主な内容として、医療費や生活費などの経済的問題の解決、療養中の心理的・社会的問題の解決や調 整、退院︵社会復帰︶援助などがある。MSWは、患者の意志を尊重しつつ、患者がより医療を受けやすい環境を 調えてゆくのである。業務の特性としてMSWは、対個人のみへの援助だけでなく、個人と社会の間に立ち、その 問題に取り組まなければならない。

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考察 た老人の処遇である。一 主となるケースが﹄多い。 今日、わが国における要介護老人の処遇は、在宅福祉政策の名の下に、地域における公的サービス︵ヘルパー派 遣や入所・通所施設など︶も未だ不十分な状況のなかで、推し進められている。平成七年より、新ゴールドプラン が実施され、現在は公的介護保険制度が検討されているものの、整備の遅れは否めない。このことに、いわば公的 扶養よりも、むしろ私的扶養を老人介護の中心とさせたい国の意図が見えてくるようである。 要介護老人への貧困なケア・システムのしわ寄せは、当然、当事者や家族に及ぶことは言うまでもない、特に、 高齢の入院患者を多く抱える医療機関に、深刻な影響を及ぼしている.本来ならば、公的制度や社会的サービスに よって在宅復帰が可能となるべき高齢患者が、その受け皿の不足によって、長期入院を余儀なくされているケース が多く見られる。むろん、家族の介護力の不足や介護の拒否といった家族内の問題も見逃すことは出来ない。しか しながら、今日の高齢者の医療問題は、様々な社会問題と生活問題によって、生み出されているのである. MSWの業務を行うなかで、高齢患者の処遇の際、ケースとしての数も多く、複雑な気持ちにさせられるのが、 老人病院などへの転院ケースである。 ご存知のように、疾病の急性期治療を主とする総合病院などのいわゆる一般病院では、その治療が終了すると、 退院となるのが殆どである。つまり、病気やケガによって、寝たきりや慢性化した状態になってしまっても、入院 さて、日頃、MSWの業務を行うなかで、援助の対象としてもっとも多いと思うのは、やはり高齢患者の退院援 助である。つまり、疾病の急性期における治療が終了したのだが、歩行や排池、食事といった日常の生活能力が極 端に落ちてしまったり、または気管切開や中心静脈栄養などの医療処置をほどこされてしまい要介護の状態となっ た老人の処遇である。このような場合、退院援助といっても、在宅への調整ではなく、他病院や施設などの紹介が 157 要介護老人をめぐる退院問題の.

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高齢患者への退院援助は、患者・家族の心理的な問題にも配慮しつつ、社会的な視点を持ちながら有効な援助を 行う必要がある。そこに、福祉職者としてのMSWの存在意義もあるのだろう。 患者の在院日数は、その病院が採っている看護体制とも関係があり、患者一人に対する看護婦の数が多いほど、 在院期間が短くなる。病院側としては、この機能を維持してゆくためにも、急性期治療が終わった後の患者の退院 の促進に目を向けねばならないのである。MSWの高齢患者の退院援助の方法として、在宅調整と他医療機関・施 設の紹介の二つが大まかには挙げられる。在宅復帰に関してはマスコミ等でも取り上げられているが、こと転院援 助に関しては、MSWの業務の一環となっていることは、あまり知られていない。ややもすれば、老人病院の斡旋 ともみられる転院援助自体、MSWの業務とすべきかとの意見もある。しかしながら、この転院援助にこそ、わが 国が抱える要介護老人をめぐる福祉政策の貧困さと高齢者の生活問題の深刻さがかいま見られるのである。 高度な医療と延命治療により、生命の保持はされたものの、積極的な治療の必要性のないことから退院を余儀な くされている高齢患者は年々増加している。患者自身はもちろんのこと、在宅の復帰を求められ、苦悩する家族の 姿がそこにある。このようなとき、MSWの存在は、相談すべき場を持たない患者・家族にとって、大きな支えと なると思う。

三要介護老人をめぐる近年の医療政策の動向について

の継続は困難なのである。 158 戦後、わが国における老人医療政策の中でも、もっとも大きな転機となったのは、昭和五八年に導入された老人 保健法であろう。そこでは、老人患者の受診の抑制と老人病院などへの診療報酬体系上の厳しい制限措置が取られ

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た。これにより、病院は老人を長期に入院させるほど収入が減っていくことになり、長期入院患者の追い出しとい 引切 った事態が生まれてくる。入院が長びくにつれ、保険点数が激減していく制度では、病院は経営的な面から、いか にベッドの回転率を高めていくかが重要になったからである。 さらに、同年、特例許可老人病院制度が創設された。これは、慢性疾患を有する老人にふさわしい医療を提供す ることを目的とするものであり、病院はその指定を受けるために一定の基準をクリアしなければならない。この制 度が作られた背景には、入院治療の必要性はないが、家庭での介護も不可能といった、いわば高齢者の社会的入院 の増加があった。そして、人口の高齢化とともにそのような要介護老人を長期入院させる老人病院が、次々と生ま 引② れ、やがて疾病保険としての社会保険の財源に大きく食い込んでしまったのである。つまり、本来ならば福祉が行 うべきはずの、要介護老人の療養ニーズの充足を病院が行ってきたのである。 注⑩ 昭和六一年には、﹁老人保健法﹂が改正され、老人の入院医療費を削減するという目的で、老人保健施設の制度化 が決定された。しかしながら、高齢者人口の増大からくる施設の需要に、供給が追いつくはずはなく、この間にも 老人病院の新設や病床の拡張は進んでいった。 平成二年には、診療報酬改定において、定額性の一種である特例許可老人病院入院医療管理料︵以後入院医療管 理料と略す︶の制度が導入された。これは、通称、定額制やマルメ方式とも言われるもので、看護料、投薬料、注 引③ 射料、検査料は包括化され、付添い看護は排除されることとなった。入院医療管理料を導入した病院は、介護力強 化病院とも呼ばれるようになった。つづいて、平成五年四月より施行された第二次医療法改正において、療養型病 床群の設置が制度化された。これは、一般病院︵病床︶の中に、長期療養を要する患者を受け入れるのに適した病 床群の設置が制度化された。 床を設けていく制度である。 159 要 介 護 老 人 を め ぐ る 退 院 問 題 の 一 考 察

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このように、慢性期にある要介護老人の長期療養システムづくりがされていることは、歓迎されるものであろう。 しかしながら、患者のために、設けられたはずのこれら諸制度が、逆に患者へのシワ寄せとなり、新たな問題とな っているのである。 160 私が所属する医療福祉相談室において、慢性化・要介護状態となった高齢患者の転院援助は年を追うごとに増加 しており、平成六年度には、全体の相談件数の約二五パーセントを占めるようになった︵参考までに、昭和五九年 度のそれは約十二パーセントであった︶・ 高齢者が急性期治療を終えても在宅での生活に戻れず、老人病院などへ転院となる理由には、家族の介護の弱さ や介護する意志のないことも大きな要因とも考えられる。しかしながら、そこには要介護老人を支えきれない地域 の総合的なケア・システムの欠如と、都市化した生活を取り巻く複雑な生活問題が存在することは否めない。 ﹁家族の介護力の低下﹂を生み出している要因には、低賃金や雇用に関する問題、都市化が生む生活環境の悪化や 住宅問題、﹁福祉切り捨て﹂による入所施設の絶対的不足など様々な社会問題が重層化されている背景がある。 この事に加えて、新たな問題に、先程述べた定額制、療養型病床群の医療政策上の矛盾がある。この、定額性、 療養型病床群は慢性化した高齢患者の長期療養をうたっているものの、患者の重症度や処遇の内容については全 く考慮されていない。つまり、同じ定額制であれば、︲医療上の処置や介護を必要としない患者ほど、病院は経営上 の利益の点から、選んでしまう傾向が出来てしまったのである。具体的にいうと、気管切開、中心静脈栄養、半植 物状態といった重症患者は、看護・介護の手が掛かり、また医療費の一部が病院の持ち出しとなるため、敬遠され てしまうのである。つまり、極端に言うと、健康な人ほど入院患者として歓迎されるという矛盾した状況ができて

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考察

側事例の概要

氏名︾SoT男性

病名︾脳梗塞、糖尿病 家族構成”妻︵六八︶ 介護をめぐる状況は、依然厳しいままである。 となるので、医療的な処置が必要な人は入所が難しく、また利用出来る期間も3か月と非常に短い・要介護老人の しまっている。当初、老人病院の弊害の解消が期待された老人保健施設も、在宅での生活が可能な人が入所の対象 一般病院から老人病院などへの転院は、環境の変化も大きく、経済的な負担も増えることから、患者本人や家族 が望むことではないだろう。要介護の状態のままでも、在宅での生活を支えていくだけの受け皿が地域社会のなか に確立されていないことに、大きな問題点があるのではないだろうか。高齢患者の転院援助においても、国の医療 政策上の矛盾により、行き場のない患者が増えつづけているといっても過言ではない。 いずれにしろ、在宅復帰を目指すにしろ、転院となるにしろ、患者が自分の行く先を選択できない状況にあるの は確かである。現在のMSWもまた、所属する病院と患者・家族の間で、現実的な対応を迫られている。 これらのことを踏まえた上で、次に、事例を紹介しながら、転院援助の実際について述べることにする。この事 例を通して、要介護老人をめぐる諸問題をより具体的にしてみたい。また医療スタッフの中にあってMSWが、福 祉職として、どのような役割と機能を持つのか、あわせて考察を試みたい。

四事例

と都内の持家にて二人暮らし。二人の子供、息子と娘はそれぞれ結婚し独立。息子は、郊外 七一歳 16] 要 介 護 老 人 を め ぐ る 退 院 問 題 の

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に家を建て、両親との同居の意思なし。 主訴“病棟婦長を経由して、家族より、慢性期化した患者の転院先の紹介。 ADL︵日常生活動作︶︾食事摂取以外は、ほぼ全介助。右片麻庫。おむつ使用。

②援助の経過

162 ○平成六年二月十七日 Tさんの入院する病棟婦長よりケースの依頼がある。Tさんは、脳梗塞にて当院入院し、既に半年が過ぎたもの の、今以上の身体機能の回復が望める見込み少なく、病棟スタッフとしては退院を考えていた。しかしながら、同 居者である妻が、介護力の不足と妻自身の健康上の理由から、在宅への受入れを拒否してきた。Tさん自身は当院 での入院の継続を希望していたが、とうに急性期の治療を終え、当院での入院の継続は限界を越えていた.そこで、 本人・家族より、他のリハビリ病院への転院の希望の申し出が、病棟婦長にあったのである。 このTさんのように、転院援助のケースは、病棟からMSWに依頼があることが殆どである。先述したように、 患者の在院期間と看護体制の関係上、高齢患者が、治療を終えた後、在宅へスムーズに復帰できるのかどうかとい うことは、病棟スタッフにとっては、大きな関心事なのである。 転院援助ケースで、まず最初にMSWが注意すべきことは、患者・家族に対して、転院がどのように意識づけさ れているかである。例えば、このTさんの場合、リハビリの可能性が乏しいのに、本人や家族がリハビリに固執し ているのであれば、援助を行っていく上で大きな支障となってしまう。MSWが行うべき転院援助とは、病院から の追いだしや病院の斡旋ではなくて、患者にとって、少しでもプラスとなるべきものがなければならない。そのた

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○二月二十日︵Tさんと最初の面接︶ 病室で初めて会ったTさんは、中肉中背でやや細蝉身の人であった。ややぶっきらぼうな口調ながら、入院してか ら現在までの心境を語ってくれた。それによると、Tさんの希望は、当院にてリハビリを続けたいことと、むろん 退院して家に帰りたいが、このままでは妻から邪魔にされるということであった。Tさんの家は、一戸建てである が、本人によると古い上に狭く、住みづらいとのことである。やはり高齢の妻によるTさんの介護が困難をきたす ○二月二七日︵家族と最初の面接︶ 妻と息子が相談室に来る。営業マンである息子の時間がなかなかとれず、初回面接の日程が延びてしまった。こ のことに、病院から退院を迫られているという家族の危機感の薄さを感じる。 MSWにとって患者の意志は、最大限に尊重されなければならないが、転院援助の場合には、家族の意見にも十 分に耳を傾けなければならない.むしろ、患者本人よりも家族が在宅か否かの決定権を持っているといっても過言 ではない。妻と息子に会ってほしいと、本人の口からも出たので、家族との面接の調整に入ることにする。 ら本人に関する情報を得ていくのである. め、患者自身・家族に了承をとりながら、医師、看護婦、場合によっては理学療法士といった他の医療スタッフか Tさんに関しては、医師・理学療法士共に、今後リハビリを継続していくことにより、身体機能の向上が期待で きるということであった。本人の意思を確認すべく、本人との面接を最初に行うことにする。 が、本. ことは、 容易に想像できる。 163 要 介 謹 老 人 を め ぐ る 退 院 問 題 の 一 考 察

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家族との面接中、妻は殆ど口を開くことがなく、専ら息子からTさんの入院前の生活の様子や家族の状況につい て聞く.息子は、言葉づかいは乱暴ながらも、病院の事情を察しており、当院を退院するのは止むを得ないと了承 していた。しかしながら、両親との同居については、住宅が狭いことなどから、その意志の無いことを明らかにし た。面接中、冗談のように﹁いっそあのままいってくれたほうがよかった﹂とか﹁残された家族が大変だ﹂といっ たことを口にする。妻もまた、Tさんを家で介護するつもりがないことを話す。 結局、家族の意見としては、転院するのであれば、Tさんの家から近く、費用の負担が少なく、長期入院が可能 なところを紹介してほしいということになった。加えて、リハビリの施設があることも条件のひとつである。ワー カー︵MSW︶、家族に全ての条件がそろうことは無理と思うが、できるだけ希望に沿うにしたいとの旨告げる.ま た、一般病院と老人病院などの介護型病院との機能や費用の違いについて説明を行い、この日の面接を終了する。 164 ○二月二八日︵Tさんと二回目の面接︶ 病室にてTさんに家族と会ったことを話すと、昨日妻と息子から内容についてはよく聞いたと言う。ワーカーと しては、Tさんが当院での入院の継続にこだわることを心配していたが、意外にも、転院先はリハビリの施設が整 っていれば遠くなっても構わないと言う。 ワーカー、あらかじめ念頭にあったA病院のことを話す。A病院は総合病院ではあるが、介護力強化型の病棟を 院内に設けている.家族が出した条件はほぼ合致するものの、Tさん宅から電車で約五十分以上はかかってしまう という難点があった。家族の面会をいつも心持ちにしているTさんがどう思うかであったが、﹁それくらいだったら 構わない﹂とのことであった.Tさんには、家族に、先方の見学・入院相談に行ってもらうので、その様子を後で

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ワーカーの方から家族には、家族が出す条件を考慮したうえでのA病院の紹介であり、他をということであれば、 条件をかえるか、家族で直接探してみることを伝える。Tさんは厚生年金を受給しているものの、就業年数が短か かったため、金額は月に約十万くらいである.息子も家族を養い、住宅ローンをかかえているので、金銭面での援 助は無理とのことであった。結局、月に約五万円が受給できる高齢者福祉手当が申請できることが分かり、これを 入院費にあてることで、費用の面は解決した。 家族によるとTさんもA病院には乗り気ということであり、あとは、先方のベッドが空いた時点で転院というこ 良く聞いてほしいと伝える。Tさん、﹁宜しくお願いします﹂と言って、頭を下げられるが、家族の在宅への受入れ 拒否については、知らされていないことを思うと、ワーカーとして複雑な心境になる。 ○三月八日︵家族と三回目の面接︶ 妻と息子よりA病院見学及び入院相談の感想について聞く。二人の意見の総意として、多少距離は遠いが、設備 の面では、申し分はないとのことであった。しかしながら、入院費用が現在の二倍以上かかってしまうのが気にな るため、もっと安いところを紹介してほしいということである。一般的に、老人病院または老人病棟における入院 費は、病院が独自に設定する介護費が、老人医療費と食費に加算されるため、一般病院の入院費の三∼四倍になっ てしまうのである。比較的、費用の負担が少なくて済むA病院を紹介したのだが、家族としては納得できないよう とになった。 で、ある。 165 要 介 護 老 人 を め ぐ る 退 院 問 題 の 一 考 察

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今回紹介したTさんのケースは、転院援助ケースとしては、極めて一般的であるといっていいだろう。その理由 として、特に経済的に困窮していなかったことと、別居はしているものの、家族︵息子︶が積極的にかかわってく れたことである。また、Tさんが、気管切開や中心静脈栄養をしていない、医療上としては、軽度の患者だったこ ○三月二五日︵Tさんの転院︶ 病棟スタッフと共に、Tさんの転院を見送る。この転院日までにも、A病院にいくことをTさんがためらったり し、妻が他の総合病院を紹介してほしいと言ったり、いくつかの小さな動きがあった。それでも、無事に、転院の 日を迎えたことで、ワーカーも肩の荷が下りたような気がする。別れ際、Tさんは涙を流し、﹁お世話になりました﹂ と言い、A病院に向かっていた。 ○三月八日︵Tさんと四回目の面接︶ 家族が帰ったあと、病室にTさんをたずねる。﹁この度は、お世話になりました。向こうに行っても頑張ります﹂ とのひとことに、家族のA病院に対する印象が良かったことを感じ、ワーカーも安心する。しかし、費用のことが 心配と話が出たので、入院費は、高齢者福祉手当を受給する方法があることを言うと、﹁それなら問題はない﹂と、 ホッとした様子である。Tさんの心の準備を整えるためにも転院の時期はだいたい二週間後と伝えると、﹁ああ、そ うですか﹂と寂しそうであった。

五高齢者にかかわるMSWの福祉職としての役割

事例の考察 166 (1)

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とからも受入病院の選択肢が狭まらずに済んだ. しかしながら、Tさんの事例からも、要介護老人の受皿となるべき行政レベルでの保健・福祉サービスの貧困さ が伺える。在宅を希望するTさんと受入れを拒否する妻、そして同居を口にしない息子.これだけの要因で考える と、家族がその介護の責任を一方的に病院に押しつけているようでもあり、確かに、ワーカーが家族の無責任さを 感じた場面も多くあった。だが、Tさんの思いどおりに在宅に戻ったとしても、果たしてTさんが思い描くような 生活が出来るのだろうか。答えは否である。公的なヘルパーの派遣は、昼間帯の訪問のみであり、しかも時間と訪 問回数はごく限られている。また、デイ・ケアなどの施設の利用も考えられるが、依然絶対数が不足しており、申 込みから実際の利用まで、一か月から二か月といったかなりの時間を要しなければならない。つまり、福祉のメニ ューの名前は揃っているもののすべてが注文どおりとはいかないのである。 急速に高齢化が進むわが国においては、福祉のハード、ソフト両面とも需要に追いつかないのは無理もないこと かもしれない。しかし、そのしわ寄せは確実に患者自身あるいは家族に及び、医療機関が福祉の穴埋めをさせられ ていることの事実は明らかである。 Tさんの家族が選択したのは、在宅よりも病院への転院だった。転院日が決まったとき、息子は老人ホームへの 入所の手続きを行っていると言った.患者の思いを大切にし、その利益を優先するはずのMSWにとって、転院援 助は社会の諸の矛盾が凝縮した形で現れることに気づかされる。それゆえ、ワーカーは患者の側に立っているとい う実感が持てず、苦悩してしまうことが多い。それでも、ワーカーが転院について共に患者・家族と考えることが、 患者や家族が様々な思いに気づく機会となり、より前向きに生きていくことに繋がれば、MSWが行う転院援助の 意味もあるものと思う。 167 要介護老人をめぐる退院問題の一考察

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刻さと広がりは、小手先望 められてきているのである。 ②要介護老人にかかわるMSWの役割とは 戦後の高度経済成長によって、わが国は確かに物質的な豊かさは得ることが出来たかもしれない。しかしながら その反面、都市化による生活様式の変化、住民の流動化や地価高騰による住宅問題、地域の近隣関係の希薄化は、 地域住民のみならず、高齢者の生活をも大きく変化させ、新たな問題を生み出してきたと言える。かつて、経済の 成長を優先するために﹁日本型福祉﹂の名のもとに行ってきた、社会福祉政策の抑制と自助・相互扶助の強化、社 会福祉の企業化と下請け化などの政策のツケが今日になって大きく影響しているといっても過言ではない。 つまり、高齢者を取り巻く生活の危機的状況、そして要介護老人やその家族の抱える医療を含めた生活問題の深 刻さと広がりは、小手先の方法や対症療法では問題解決が困難であり、総合的な老人医療。老人福祉のあり方が求 168 医療の現場において、高齢者の入退院には、そういった社会政策の諸矛盾が凝縮された形で表面化してくる.高 齢患者の在宅復帰を阻害するものを考えると、①住宅条件、②家族の介護力、意識の変化、③地域福祉サービスや 引幽 支援体制の有無、④退院後の交通手段等が考、えられる。このようにみると、転院も含めた退院問題は、家族や地域 による介護の限界を越えた﹁生活問題﹂であると言わざるをえない。そこには、福祉・保健サービスを利用し、自 分らしい生活を地域社会のなかで行う、一人の人間としての高齢者の姿はない・ 平成七年度における要介護老人︵寝たきり、痴呆︶の推計は、寝たきり老人が約八五万人、疾呆性老人が約一二 注② 一二万人であるという。もちろん、この数は年を追うごとに増加の傾向にあることは言うまでもない。このような状 況では、地域の中に、老人保健施設のような長期入所とリハビリテーションの機能を持った医療。保健機関が質。 量共に充実してこなければ、要介護老人の問題は、より深刻な形となって患者・家族に重い負担となるであろう。

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近年、わが国において、患者中心の医療という言葉を耳にするようになってから随分と久しくなる。医療の場に あって、治療を受ける側にたつ患者の意志や意見が尊重されるのは至極当然のことであろう。ただし、高齢患者の 場合には、その意思決定が本人以外の誰かに委ねられることが見受けられる。特に、今回テーマとしてあげた要介 護老人の退院の際は、その具体的な処遇に対する意思決定を家族が行うことが多い。むろん、MSWの役割として、 患者の自己決定権を尊重するのは当然なのだが、病院の経営面での事情と在宅での介護がままならない家族の都合 を考慮していくと、患者の意志の全てを優先出来ない状況に直面することになる.このような意味では、私にとつ やがては、それが人権の問題となってくることさえ考えられる。 病院スタッフの中にあって、MSWの存在する意義は、患者の医療を受ける権利を守り、どのような場において も患者が自分らしく生活出来るようにサポートしていくことにあると思う。むろんそこには、患者の思いに沿って いきながら、信頼関係を築いていくという従来のワーカー・クライエント関係が基本となる。 しかし、それだけにとどまらず、もう一歩突っ込んで、地域の﹁福祉力﹂﹁生活力﹂なりを作りだしていくため、 患者住民に根ざした地域作りの運動など、地域家族に焦点を当てたMSWの実戦、労働のあり方を必要とされてい るのではないかと思う。それは、MSWが地域の第一線にたち、患者、家族、住民の生活状況を把握しており、地 域の中の各機関、各職種、職能団体との連携やネットワーク作りに貢献できるからである.今日、要介護老人の生 活問題が、健康や医療・保健を切り離して考えることが出来なくなっているだけに、福祉を業務の基盤とするMS Wにその期待が課せられているといってもよいだろう。 六 むすびにかえて 169 要 介 誰 老 人 を め ぐ る 退 院 問 題 の 一 考 察

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て転院援助は、封 しまうのである。 社会資源の活用という患者サービスの一環であるものの、時には大変に複雑な気持ちにさせられて 170 要介護老人の問題についての私の考えは、在宅福祉の制度を充実させるべきであるとか長期療養型の施設を増や すべきといったソフト、ハード面の充実という安直なものではない。現実に生活していこうとする地域社会のなか において、サービスを受ける側の老人自身に、生活の質を向上させるだけの選択の余地がないことを問題視したい のである。人格をもった一人の人間が、人生の最終期に於いて、自らの命を自分が望む形で全うできない現状に、 わが国の経済成長優先政策が生んだ社会病理の一端をかいま見るのである。 長年にわたり、わが国の福祉は家族・地域住民の相互扶助に依存してきた福祉政策であり、それは﹁日本型福祉﹂ 呼ばれた。社会全体で高齢者や障害者の介護を支えようという概念で作られるはずの﹁公的介護保険制度﹂が、今 またその規模を縮小され、介護の責任も個人や家族に転嫁されようとしている。戦後間もないころ、福祉の対象は 低所得者の障害者など限られた範嬬にあったが、現在は、広く国民一般の生活問題も含んでいるといってよいだろ う。それは、より普遍的な意味で、人間らしくあるいは自分らしく生きる権利の保証と言えるかもしれない・ 今日、こうした社会状況の変化と共に、MSWに求められる役割も、以前とは違ったものになってきている。医 療の場においては、患者の人権を守ることを第一義としながら、地域社会にも目を向け、医療・保健・福祉のネッ トワークづくりの一翼をも担う存在となり、幅広い視点と細かな配慮で患者へのサービスをおこなうことが、これ からは期待されてくるだろう。それは、私自身の課題でもあることは言うまでもなく、医療ソーシャル・ワーカー としての資質の向上に今後とも努めていく所存である。

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参考文献 ○児島美都子﹁医療ソーシャルワーカー論﹂ミネルヴァ書房一九九一年 引用文献 ⑩細川汀・真回是編著﹁現代医療ソーシャルワーカー論﹂法律文化社︵一九九○年︶ ﹁地域の貧困の進展と老人問題l要介護老人のかかわりを通してl﹂植田章一一○頁. ②天本宏﹁長期療養と病院経営﹂︵﹁病院﹂、五二巻一一号、医学書院、一九九三年︶九六八頁。 ③小山秀夫﹁入院医療管理料制度の導入と展開﹂︵﹃病院﹂、医学書院、五○巻七号一九九一年︶五五四頁。 倒沼尻香代子﹁病院と地域のあいだ﹂︵﹁病院﹂、医学書院、五一巻一二号、一九九二年︶一一○四頁。 ︾圧 仙老人保健施設とは﹁老人の家庭復帰のための橋渡しの機能を果たすために、ふさわしいサービスを提供する施設。対象者 は症状安定期にあり、入院治療の必要性はないが、リハビリテーション・看護・介護を中心とした医療を必要とする寝たき り老人等または初老期痴呆により、痴呆の状態にある者となっている﹂。 ﹁社会福祉用語辞典﹂︵中央法規出版︶より ②﹁国民の福祉の動向﹂厚生統計協会︵一九九五年︶一二九頁参照。 尚、この研究ノートは、仏教大学に課題研究論文として提出したものを、加筆・訂正したものである。 17] 要介誰老人をめぐる退院問題の一考察

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○﹃国民の福祉の動向﹂厚生統計協会 ○﹃医療と福祉﹂日本医療社会事業協会 ○細川汀・真田是他編著﹁現 法律文化社一九九○年 ﹁現代医療ソーシャルワーカー論﹂ 巷七号︵一九九一年七月︶、五一巻一二号︵一九九二年十一一月︶、五二巻一一号︵一九九三年十二月︶ ︵田代不二男、村越芳男訳︶﹁ケースワークの原則﹂誠信書房一九六五年 九九五年 恥・五七︵一九九二年五月︶ 172 ○一医療と福祉﹂日本医療社会室 恥・六○︵一九九三年二月︶ ○﹃病院﹂医学書院五○巻七号 ○E・P・バイステック︵田代示

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