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(1)

「情緒未成熟

j

と診断される子どもの発達について

一 段 議 施 設 で の 治 療 過 粗 お よ び ロ ー ル シ ャ ツ ハ

e

テ ス ト か ら ー

次の様な半

J I

定本準を持っている。

r

特徴としては,↑完結 1 . 開 題 iの幼きと社会性の未熟性で、ある。家路内においては,

情緒隙;与党短期治療施設(以下,情続擁設と略す)小 わがままで伸び、伸びと接持うが,社会!'内場面では萎縮 松島子どもの家〈以下,子どもの家と略す)は, 1979  し,Jl!!1疲の緊張を示しfl己主張もでさ?ない。従って家庭

1 '

宵短譲設として認可を受けて以来,殺;校‑tR1'lf,誠 内で岩心地よく,村:会的場而からは遺1注する。自己中心 黙,非行等,様々な対人関係

. r

f m

認を持つ子ども述に 的で伯爵的であることが多く,内

( 1

'0葛藤や悩みは存在し 対する治療的取り純みを行ってきている。その

1 f t

で,約 ないか,もしくはきはめて弱い。何等かの理投iで過保護 絡未成熟と診断されるイ;下の子ども透がし、るが,概念が に鶏脊された生育黙を持つ。 社会的場面で、は不安が強 竣味であることもあって卜分な治療効来をあげ るに世っ く,神経症;ねな様相を示すことも多いが,それはコ次的

ていない。 なもので,中心は過保護による情緒未熟成である。

j

子どもの家は,小合li]ljとし寸処遇M識と, !t活治雑と 上述の判定基準ιおいて,情組未成熟の持徴としてあ

H

ねまれる治療時怠をもって治療がなされている。すなわ げられることは,第一に,渦保護によるものであるこ ち,生活治療とは,共に生活することによって,子ども と,第二に,情緒

i

琶の幼さと社会挫の未熟性があるこ が従来の生活過程でとってきた行動パターンを的継に出 と,第三に, [J己中心的でtl!罰的であること,第四に,

j躍し,その袈みにあJし新たな屯間過恕の中で問題解決 内的葛藤や掛みが存在しないか,もしくはわめて弱し、

のための援助を行う一連の過程を吉弘九体的には,

' 1 : .  

こと,である。

活指導員,生活桝当{長時, ソーシャルワーカー,セラピ

ストがチームを組み,起床から,食札昭校,下校f衰の にあらわれる県本的側向は泊二緒未成熟

(EmotionImma‑

余暇の生活,学習,入浴に蛮る

l

!jおの場弱場Wiにおいて

t u r i t y )すなわち, 1',持者が幼児的段階にとどまり,ある

子どもが表す問題を職民,子どもの対人間保において解 いは,発達が議欝ずることである。……不満はこのよう 決して行くのである。したがって,生活治療という読点 に年齢が進むιつれて,次第じその現象形態が変化し,

からは日常的・常識[内な生活の、流れというものを重視す

u

日統制じよって変形するものである。しかし,過剰な る。例えば,不設校という問題で入所してきた子どもで 架道下に養脊された子どもは

n

己統制のカが弱く,先主主 あれば,

i ‑

ずな按ずることによって主症状である不畳校 後期になっても,幼党贈のかんしゃくが頻繁にみられ,

とし、う問題をなくしさらι,不登校に玉さった様々な内 吉年期,成人期に

t

立っても未だιずねる,ふくれる,な 的および対人的な問題を生活過税の中で解決していくと ど児童期的反応があらわれる。これ合情緒未成熟と

1 1

ヂん

み方法がとられる。 でいる

1

1)と述べている。ここで情緒未成熟の特徴とし ところが,鵠緒未成熟と診断される子ども速はこの生 てあげられることは,第一に,保護過剰の結裂であるこ 活治療と

L

寸方法にまったく乗ってごず,ある意味で と,第二に,情緒が年齢相応に'宅達していないこと,第 は,生活治療の柔軟性のなさを暴錯し,治擦方法の検討 竺に,自己統誕のカが弱いこと,の三点である。

合泊ってきたと宮えるの また,忍の臨床経験上では,次の二点が特徴としてあ そこで,本論では,情緒未成熟とし寸概念を検討する げられる。まず第一点目は,内的建藤が存在しないか,

とともι,情緒未成熟と診断される別主針金

f

報 告 し 子 もしくはきわめて号弘、ということ,第コ点百は無批轄に どもの家の治環構造および治療経過との関係からi古緒未 受け入れてくれるとし寸録証がない限り人間関部を結ぼ 成熟と診断される子どもι対する新たな治療│下

j

方略を険 うとしない(批判,技会J意、見に弱

L

),ということであ

討してみたい。

以上のことから, t者緒未成熟の特徴をまとめてみる

2 .   r

情緒未成熟

J

という概念について と,第一に,過保護が鍬密であるということ,第二に,

まず,雑念娘定であるが,常城県中央児:京相談携では 靖緒I起のがき,すなわち情緒が年齢和見

; ι

発達していな

2 3  

(2)

弘前学院大学総繋第 2 5 号

いこと,第三に,社会性の米熱性があること,第四に,

自己中心的で,地罰的であること,第五に内的真藤が存 在しないか,きわめて詩弘、こと,第六に,無批判に受吟 入れてくれるという保誌がない諮り人間関売を結ぼうと

しないこと,以上の六点があ叩られる。

治療上,以上の六点についてさらに検討してみたし まず, 1脊緒とし、う概念についてであるが,いまだに問機 な定義はなく,研究者:忠織によって!様々である。出 動,情動的体験,時には感情と問じ窓、味あい使われるこ

ともある問。

H . '

ワロンは「情動

( e m o t i o n )

は本質的に は,それぞれの情動にとって或る種の状況に対応するい ろいろな態度の体系から成り立っており

J

2~ また I ( 緒を)個人の生活における位置,ないし人間社会の発撲 における位置,とし寸見地から見ると, 1書籍ーは本糞iちに 表現の体系をあらわしている

j

めと述べている。さらに,

f

構 籍

( e m o t i o n )

は他人との低速の手段であり

j

籍的表現法子どもがまわりの人たちとの交渉する為の子 段で島る

j

のとも述べている。ここでは, H.ワロンに したがって情緒とは,客観的現実,状況に対応する諸 例人の主観的態度であり,それは表現形態を持ち,その 情緒的表現は他者との交捗する為の手段となると定義し たい。このことから,情緒磁の幼さとは,その表現形態 がある A定の文化的社会的基準を考癒した場合,可能 な,また当然なあり方よりも勃いことでおる。また,こ 4情緒

I

爵の幼きが社会設の未熟性としても漫才

L

る。すな わち,摂諒的,社会的弁をとしての自己を鱈人生でき ず,年議会規範およびそれむ相応する伝活様式の中で、年齢 規範ι詔応する円立化が不十分で、あり,社会的な場面で、

己を十分に表品できないことιなる。

次に,この情緒未成長~~の)点悶とされる過保護とはどの ようなものか検討してみたい。石川一宏は

f

子どもの行 動の I~ 出をうばうことがし、はゆる過保護・過 r 渉なので す。過保護は保訟のし過ぎではありません。子どもの訂 動の自fi!をうばうことです』といい,また

f

識すよ渉とは 子どもの行動の1'1由をうばっておいて,ことばで「それ は怠険

J I

こちらはすばらし

L

J

それははずかしし などとおとなの{Il言語説で子どもの思考?にず渉することで す。……子どもの行動のi'llむをことばで規制してしまう 点では滋保護とオーバーラップするものですJl

5 )

と述べ ている。したがって,過保

i

s1tといわれる状況において,

子どもの行動は,多くの場合,子どもの為のごとく他省ー によって決定され動かされることになる。ここからは主

ι,行動にえ干して責任のとれない

n

巳口子ども(他;括的〕

と社会がれ日二二子どものために動いてし、るがのごとき意 識自(己中心的)がつくられてし、く。

その結果,子どもが告発的に行動したり,考えたりで

きず,年齢規範に比して I~ 立化が不十分となり,情緒性 が前われる社会的・対人的場臨への積極的議会加怠故がそ がれ, したがって,自己が無批判に受吟入れられるとい 深誌がない限り詑者との交流はもてず¥鵠緒の幼さが

ということになる。

再度,情諾未成熟についてまとめてみると,

.iJl;

J J

虫干渉とし、う行為の寸く統むよって活動性を奪 われ,

2 )

無批判に党け入れてくれるとし、う保証がない限り入間 関係をあ

l j

ばず,

3) 年齢焼胞に相此;する生活様式の~'lで,年齢(}胤純

t

こ相此;

する│討議司{均点叫が, 可能なまた5当然なあり万よりも幼

的立己の行為にえすしてはや

j

写実保がとれず〈他観的), 

己中心的であり,

5 )

現実の議題とiミ己の詑力との業がありすぎる問題につ いては内的~藤とならないか, もしくは弱い,

ということになる。

さて,このような内容を持つm締本成熟と診断される

fどもに対してどのような治療1'i'0働きかけが必要なので あらうか。

まず,ニの子ども遠の詰極的1ll1H

虫 j

はなにか。それは,

無批判に受け入れてくれる限りにおいて,人間IAl括合結 ぶということであり,現実の課題と山己の能力との議が {jっている問題については内的葛藤がよ怠t:,諜嬬解決へ の活動性,法桜性が生まれる可能性があるということで ある。このこつのことに依拠しながら,子ども連の活動 性,同難を乗り越えようとする樹似性,情緒的発達を促 すことはできないだゐうか。ここで特に沈意、する,こと は,子どもに対する先達I'J'‑J観点である。すなわち「年齢 規範に相応する ~L:活保式J

6 )

か ら

. 1

咋離れ,山夜の情緒 の発達を考掘した生活様式を提供することである。すな わち,情緒発述の披近接領域をつくることである。たと え ば , 不 設 校 と い う こ と が 問 題 で あ れ ば 札 学 校 と いうノ場語から離れ,活動性,長約

i

誌が生まれ,広が るような主話線式を提供することでるる。また,前Jffiし たように,子どもが

n

発的に行動したり,考えられよう な行動のrllAが侃i証されねばならない。

次に症例j の治療経過を紹介し,治療I'i'~方医者ι つい て検,Hしてみたい。

3 .

症 例

ここでは,ほぽ同時期に入所し,似た経過をたどった 市緒未成熟と診断されたコ名の女子三について報告する。

24 ‑

(3)

「箭緒米成熟 J

と診期される子どもの発述について

本児は中学校

1

年の女克(13.歳〉。小学校

6 i

ドの

3

学 こ (]尊心が強くて,来客に暴力をふるうこともある。

期から登校をしぶるようになり,母親が叱ったり,諮っ 爵親の結婚は昭和

3 4

年〈父親

28

議,母親

2 2

議〉の時。

たりしながらで手月くらい登校する。しかし,中学

1

母親は本児が小学校

4

年の時まで養育に尊念し.;l 5月連休島けから断続的ι休み始め, 6丹に入って継 Il~ ,過 T渉に養育する。

続的に休む。援体み中の卓球部活動には毎日参加する。

2学期に入り 2自殺校した後,継続的に体行。前日には 設校の準鱗をしているが,報になると殺校できなくな る。中学 1

1

1':. の 9 月に児議相談所C1~M&.

y

e,Jj:誌と略す) に連絡し

.11

月に悼短路設に入併する。

( 2 )   ' f : .

M

第よよよ子次

2

どとし,て生まれる。経桜

8ヶ丹から骨盤盤投

あいまいな境界線 一 一 一 睡 い 境 界 糠 主 三 過 康 の 巻 8 込み関係 ーベト一幕隷関係

で子育:E訪問出産。母親は児克を強く謹んでいたので少し

鴎 2.

家族構遊図 がっかりしたが,高齢での子なので強い媛i吉を感じたと

うく出産時,父親.4

0

蔵,母親

3 4

蔵. Uri1

1 1

歳〉。

. u

捜 検 査

乳児期は特に問題なし。

3

成時,隣接聞

J

に 転 揺 す る 。 u )

W I5  C  C T   1  Q=99.  V 1  Q=88

, 

P  1  Q=110)  l

i : i J‑

敷地内期防;に父方位父がは題。

5

議時に幼稚│捕に入 (1

9 8 2 .  8  .  5

施行

13:  2

歳〉

I~~する。刈児童・大人関係とも特に問題なし。

の ぐ Rorsd

鳩山・

T e s t

就学時,締が若護学校に入学するため家をでる。小学 ロ…ルシャツハテスト・スコアの要約は来上の通り

4

年の持,母親が就労する。小学校を通じての評

f

r!fJ である(擁符時.

13: 2

成〉。これは,入所前に,児意

「大人しく,

H

立たない

J

r{1白人の言うことを

5 4

にする

j

閣議所において行ったものである。まず法本的心理構造 r~見友はいなし、 J r家躍の期待が軍配となり.n信がな では,体験型はn分で考えて, fI分のやり方を決めてい く故存心がつよしづ O 成績は中の下。 くタイプである。また,

e  b

3 :  1

FM=3

である

( 3 )

家 ょ ことから,もやもや惑問をもっており,また,慨力感に

罷1.家族講成

家挟構成は

i

1の点線内である。

父親は時和

6

年生まれで、,

1 3

歳で実母を:良い,まもな く継母が入る。坦父と合わず高卒投東京にでるが,繊維 乙代用教員,タクシ一連転手を経て,戻る。運送,タ

クシー運転手を経て,昭和

5 9

年より半rJ'{:tの宅配業を始 める。機械いじりが妻子きで, 内

M

子どもの:英蕗白百.をめぐつて組父との口;品論が4

b

L

O

母親は昭和

1 2

年生まれで,高卒後家事手話い。結婚 後,パートタイムで{動く。無口で大人しかったが,結婚

点1. 症例

1

ロールシャツハテスト・スコアの要約

1 1  

得 点

E B   4 

基本I'

I " J

心持

I

揖造指標

E A 5.0  e  b  3 :  1 

e s  4.0 

3 ミ 1 1  

射 訓i目 指 際 I

F  C 

: 口

+ C o  :  1 

Lambda  0.22  A f r   0.22 

対 人 関 係

n

信長宅

P u r e  H  4 

九 f 4 

!

' !   e 

f .f

f r l f i

指 際

3  r  + ( 2 ) / 双 0 . 4 5 

現 実 験 討 力 指 傑

X + %   F十

6

後,勝気でしっかりしてきた。

13: 2

批父は明治

3 6

' 1 : .

まれで,元小学校校長である。者い

頃から変人といわれた。本克の不登校が始まってからju:いものを持っている。感情抑圧では,論理的に考えた 母親,本児に登校を強要して頻繁応暴力をふるう。異常 りすることが国難で,外からの料難拡巻き込まれやす

一 部 一

(4)

弘前学院大学紀要第 2 5

'id 心感情のコントロールがうまくできない。

対人関係では,人間に対する興味,関心を多くもって

、るが,自分からは接近で、きないでいる。自己評締は{L~

くない。

現実検討)

J

では, {L~l"が見られず,むしみ感情な抑え て現実を見ょうとする際には常識的過ぎるほどりジ引 な見方をしている。

{) 収容治療経過

3 5  

30 

2 5   2 0  

15 

1 0   5  0 

8 4 . 1 1 1 2 8 5 . 1  2 3  4 5 6  7  8  9 1 0   1 1 1 2 8 6 . 1  2 3 

所した。入所期間は昭和

5 9

1 1 f l 1 4

日一例年

3

3 1

(引退所後の状況

中学三三年の

4

月,父親が退崩し

( 6 0

1 2

丹入院〉母親 が H~ 添うため初出土原籍校近くの母方抱母宅より通 学する。 5月, 6月, 9丹にそれぞれ 2自の欠需があっ たが,その{邸主, )臨調に設校し友人関係も良妻子で,家磨 内で、の引きこもりも見られなくなっている。その後,私 立高校に進学している。

ー症例

2‑ ‑ ( 1 )

問 題

本児は中学校 1~I亡の女児 03戯〉。小学校 3 年の時か ら風邪,鞭焔等のま

l ! l . r t J

で月に

1 . . . . . . . . . 2

日の欠席があり,

年金の後半から丹

4 . . . . . . . . .5  f . l   0 )

欠席となる。

3

学期に母親 が子宮筋服で入院してから

v

主,母親への副会等の理由で

i

比訴;みが多くなる。

5

年になると月の半分以上が欠

!おとなる。両親が無

j

現に連れて行こうとすると「男の子・

にいじめられる

J

等を訴えて, トイレにこもり縫をかけ る等の抵抗が続く。

5

年生後半からは登校しても教室ι

3.

症例

l

の月別鍛断荘宅日数 入るがとな担百し,

9

月トニ児相に通告する。

6 i f .

になる と一人では殺校せず¥父親や母親に連れられて登校する

3.

は症例

1

l.l1Jrr在宅月数,すなわち,無断 ~現 1...2 日の設校となる。また行っても教室に入れ で擁設を飛びtlU し立地に活た日数を示したものである。 l;r \,、状態が続く。 6 年の 3 月に Y~t日ι一時保護される。

7

, 

8

丹を除いて入所期間中毎月無断飛び出しが見られ 児相での試験登校の

J :

4

月に家賠に戻る。中学校

1

~r る。入所後頻繁に飛び出しが見られるので,施設入所の

4

月は毎日笠校するが,

5

月に入って休みがちとな 必要性を話し合うことと登校させ,不設校としづ表柑(

1

るし 6 月以昨ý.く笠校せず,また r~H晃への乱暴(かみつ な問題を取り除ぎ, r~ 出の問題に入ることを u 様とし く 手 ),妹へのいたずらが多くなったため,

1 1

月に再 た。しかし,安定せず,本光,両親との話合いな繰り返 l設される。

1 2

月に市短権設に入所する。

した結果,木先の1fi望をいれて,探籍校へのi試験設校を ね)生育瞭

二境行った

02

月と

2月に 2

週間ずつ)0 結果は失敗に 第一子長女にして生まれる。胎1

: J t

正出生期, 1L光期 終わったが,施設でやらなきゃいけなし、かなという意識 とも

n u

溜はないく出生mi'.父親

2 9

議,母親貯蔵〉。生殺 をつくった(京に民たってい'Jじとぷう。その結果,

~r 8 カ月の 11~:,

1 m

県へ転居する。

3

成時妹が生まれる。

3

生の新学期から飛び出しが減ってきた。ここから位校 歳から挺育所に人刈する。業しそうに鴻い,明るくih

11数も増えてくる。本児の肱設で・の生活はマンガ者凡た r'i~ のない予と瓦われていた。 就学の、iモ年前にIJEt.地へ炭

f )  

,ボーとしていることが多い。

( 1

分から他先に働ぎか

ο

けることは少ない。この段階でのFl標は, !~己コントロ (3) 

ーノレをつけるということで澗末帰省を1'1分一人で行わせ 家族講成は凶

4.

の点線内の親子

4

人家紋である。

た。その後,グループ活動への参加を中心じしながら 発性の促進をはかることを、

1 ‑ 1

際とした

o 9

月末になっ て,いままで出来ていた端末川省から民れなくなって来 て,飛び出しも増えてきたの 「子どもの家は ['1111じゃな

r

子どもの家では我慢しているだけ

J

手企

ι

1 1

月の中旬に民ったまま知れなくなった。

家賠訪

t g l

を練り返すが新たな展開は見られなかった。

そこで,子どもの家に

1 ( j

まらない形での面接治結を提案 し,木児も了承する。

1 2

月末以降,面接治機を継続す る。その結果,原籍校に戻って設校することとなり,

足 )

‑‑26 

一面

4.

家族構成

(5)

f

情緒未成熟 j と診断される子どもの発達について

父親は昭和1

6

年?生まれで,兄弟鵜妹中でただ一人異母 た感情をもっているが,苦痛はない。

兄弟である。 高校卒業後,ホテル,結婚式場等で{動く。 感埼抑圧では,感情な抑圧しすぎるところがあるが,

昭 和

5 2

年よりレストランの支配人となる。生活の大半は Il.,搾

E E

がとれると全くコントローノレがとれなくなっ 職場で過ごす。家には決まった生活吹を入れるが,正鉱 てしまう。討入院

j

採では,人間に対する興味,部

ω

ヱ多 な月収を知らせていない。社交的な人である。 いが,内分から接近できないで いる。白己評語

i t

は低い。

母親は昭和

9

年生まれで,

r l l

学校卒業後,家事手伝い 現 喫 鞍 討 力 で は , 低 く な く , む し ろ 常 識 的 過 ぎ る ほ をする〈農業)。その後,ホテルで楊d,父親と知介い ど,現実をリジッドに見やすい。

結婚する。 次に入所前と入所

i

ドの比較をしてみたい。

誌は昭和

4 9

年生まれ,小学校

4

年生。

、‑

父 一 一 一 寸 ト 一 一 一 母 … … あ い ま い な 境 界 線 一 一 個 い 境 界 線 三 三 過 渡 の 春 き 込 み 関 係 妹 一 一 十 一 本 児 ー イ ド 葛 藤 関 係

5.

家族構造国

( 4 )  

心血検査

(DW 1  S  C (T 1 

Q

1 0 9 , V 1 

=100 ,  P 1 

1 1 2 )  

(1

981.7.15

施 行

1 2 :   1

(

R o r s c h 恥 h

T e s t

ロールシャツハテスト・スコアは表

2.

の通りである。

本児については,入所前(1

2: 8

議〉と入所中(1

4: 3 

歳〉の二震にわたって行っている。

まず,入所龍のスコアについて見てみよう

l J tιi

土地型構造でで、は, 体 験

7

1

t

は主人と相i談;淡炎しながら , !l分のやり方 を決めていくタイプである。

eb=4:0

ともやもやし

2. j

U 2

ローノレシャツハテスト・スコアの要約

f l  

j

E B  

主主ね

1 '

4;

N J : . i i 1 E A  

指標

e  b 

e s 

感情抑出射程標

IFC: 日 +C

Lambda  Afr 

対 人 関 係 指 標

P u r e 百

恥 f

n己 評

1 r l l i

指 標

3 r  +(2

)j

X+% 

現実検討力指際

IF

十%

ぺ I

3 :  6  9 . 0  

つ 山

d ι τ

' i

一 q d ⁝ 'ido

‑ 9  

. .  

9

6

2

8 8 1

一 げ j

い 山 一 円 川 一 比 一

44

eB4 ⁝

5

3

8 8  

: 電 i ) a

i

U 0 0

4

MmOL

一 札

3 2

弘 一 仏 仏

12: 8

14: 3

入所中ι打ったテスト』ま,

1 0

月という飛び出しもな く,生活も安定した時期で,心理的ιも落ち着いた状況 で行われている。

まず,基本的,心理構造では,体験型は変わらないが,

j

型的資源は増えている。

e b  1  2

ともやもやした 感清が減仇抑医していることの苦痛が感じられるよう になっている。

感培抑圧で、は,人間に対する興味,

0 0

心は

t I

奇様である が,人を避けないようになっている。また,感情の搾Jl':

とれ,適院にコントローノレ出来るように立っている。

尚己静f鶴 丸 標 準 範 閉 ま で は 打 か な い が , 上 が っ て い る。これは,一緒に学調をし成果が見えてきたこと,ま た,自分一人で週末防省が出来るようになった事によっ て白迅評協が高まったものと忠われる。

羽実検討力で法,それほど変わらないが,対入場面で のリジット きが減っている。

お )

収容治療経過

kdnuronuponHUP3nu 

今 ペ

JW

吋 ベ

JV

内 〆 ふ 巧 〆

・ 2B2

日数

1 2   8 5

1 .

2  3 4 5 6 7 8 9 1 0   1 1   1 2  8 6 . 1   2 3 

6.

OU2

の丹別無眠喪宅日数

[';(16. は症例

2

の月期無断在宅日数である。

1 2

丹はな かったものの,

1

丹から6月

1 2

月から3月まで無断飛 び出しが見られる。昭和的年

1

月からは詑例

1

と同様の 方針の

j

おこ取り組み合開始する。しかしながら,施設で の安定は見られず,本児および両親との話介いの結果,

!原籍校への試験登校を

2

度行った。

1

回目の試験設校で 失敗したが,どうしてももう一度試みてみたいとの意、向 が強く,結果として,

[ヨ持うとととなった

(2

丹初旬

‑ 2 7

← 

(6)

弘前学説大学紀~:第25号

と2月か 3月にかけて 2週間ずつ)。結果は失敢に終っ たが,その後,施設からの飛び出しは減札登校日数も 増 え て く る 。 本 児 は 鶏 強 に 対 す る 不 全 感 が あ り わ か らないところを無くしもたしリとし、う議;款を持ってし、た。

症併1との関わりの反省から,本記に対しては,ー絡に

、る時開を増やすことと│司持に,本児に学漕意欲がある ことから:話合いの結巣,一緒に学習することとなっ f患のグループカウンセリングとの相乗効果もあり,

全く飛び出しはなくなり, 週末帰1f

i

も一人でできるよう

ιなった。しかし,なかなか勉強と編物. l'患の決められ た活動以外の活動には誌がって行かなない。

1 2

月の呼

1

に,一時保護所の時の友人関係(教護ケース〉および同 一部展内の女児(窃盗の常習で部皇内でのもの夜りが続 いていた〉との関係をきっかけに飛び出しが始まる。

J .

述の女児の関係から施設に居ることを摂召する。その 後,家騒訪問詞按,通所匝擁に切り普える。家庭訪問面 接の結果,

2

月の下旬から年度いっぱいn宅から現車通 っている中学校に通い〈下校後,施設に寄ってから帰 る).

4

月からは票籍校に通学することとなる。行った り行かなかったりの状況ではあったが.~事ち議きをみぜ る。入所期聞は昭和

5 9

1 2

1 4

日 一 昭 和

6 1

8

丹3

1

(昭和例年

3

月末での退所を考えたが,親の器望で

8

末までとなる。したがって 4月からは訪関面接,通所 面接とした)

( 6 )

足所後の状況

j段所掩も栢変わらず,行ったり行かなかったりの状況 ではあったが

.M

とか卒業する。

定時告

I J

J '

授を受験するが失敗する。卒業後はアノレベイ トをしながら,来年の再受験のため勉強中。近所:後の通 所副接のrtで子どもの家に入ったことをどの様に思って いるかということを開いた時,次のように弓ってくれ

r

子どもの家に入ってよかったと患うことが三つあ る。学校に行けたことの友達が作れたこと。{nJで、も相談 できたこと

J

。本人の意識と行動との開にかなりのずれ があったことは誌かであるが,この意識位十分故拠した 取り組みが出来なかった。

4 .

考 襲

(1)  ニ症例の治機経過から

第一に,図

3.

5.

からもわかるように .)jお設入 I~r 後,長期間にわたり自宅への無断帰宅が繰り返されたこ とである。このことは施設入所に対する強い拒否感情の 現れであり,家から離れることに対する!拒否子行動であ り,家から離れることに対する担羽詰動であると見るこ とができる。無新婦宅はどの症併でも多くて数釘認めら れることではあるが,子供との関銘,職員との関保でな

くなってくる。しかし, この二例は試験登校をこ二度まで してやっと少なくなってくるとしづ状況であった。この うに,入所f丸木児ちを安定させるために半年以上も かかるのであれあば,強設入所ということを椋木的記考 え直すことも必要なのではなかろうか。施設入所という のではなく,依拠すべき家族のもとにi遣いて,通所面接 または家接紡/iU謡接,等を繰り還しながら,彼女 らが弱 点を克服する取り組みを行うというのも一実として考え られるだろう。ま九どうしても施設入所が必要という ことであれば,入所までの手続きで,本人が納得するま で,本人と家族,本人と児相,本人と擁設,本人と施設 に入所している子ども達,本人とそのf惑の必要とする 人,等の話合いを施設見学を含めて行い,入所する日

!'I"J.意欲を明確にすることが必袈だろう。

第三に,擁設生活が安定してからの生活のl勾審が広が って行かないということである。決まったR諜以外はひ きこもりを示し,対人[渇係は広がらず,特に,年少完に 対しての

f

r:百感情が強かった。立分がし、ろいろわって もらうことはし丸、が.

n

分から関わることは好まない。

第五に,内(

J

':J,持藤を感じさせることが悶難であり,二 者択一的反応をすることである。症例

1

では,家では勝手 子気ままなノU~ちをするが,施設では全てを我慢する。そ れでも問らない。 我慢で矛なければ,家に帰ればよいと 考えている。症例

2

では窃盗常需の女克との関係で,

職員と相談するというパターンは成立したが,しかし,

栂談して解決してもらえない持はあっさりと施設合飛び

I H

した

ο

また,登校にl到しても同時で,登校が;ム

t

定した時点

r

在、は登校拒刊で入って金たのだから, もう学校に 行けるようじなったので家じ似る

J

L

づ考えになるの したがって,いままで行けなかった'h.て手について考え ること自体を杭訂する。一絡に考えようとすれば飛び出 してしまうことになる。

子どもの家における従来の治療方略は,まず,盟校の 定定を国り,不続投と

L

、う主症状を取り験d‑.その後,

内情や葛藤を

1 11

心として縄々の治療意欲せはd

I

l:l

j : .

活過税の

r l t

で解決していくというものであった。しか

し出緒未成熟と呼ばれる子ども速は,設校の安定後内 '{:iや蕊藤の引IJI

1

しがより│判曜になる。このことから,殺 技できることを

[ 1 ( 1

ヲとするので誌なし設校することを ベヰ旅宿

L .

本人の内/

f j

、を促

L

,嘉藤を明確にするf動方 かけが必要となろう

c

第四に,治療過程の後半で非行傾舟が見られたことで ある。興味あることに,これまで椅緒未成熟と診断され てさた子ど.も達の半数が,治療過額の後半で,非行績向 をもつようになる。ここには,登校の安定→問題の全面

2 8  ‑

(7)

円高緒未成熟「と診期されるヲこどもの発

ι i てっし、て

解決→全能感,という心理.磯制が推察きれる。というの ノド設校となっている症例!と利点か異なるところがある。

は,登校させながら,彼女らの活動性を!脅し,また,対 それは,心理的資源が欠乏していないということ,内的 人時部を結ぶために,無条件てに,無批判に彼/;(らの行為 ts:. 7i

7 h r I

が見られないか,または,ごくわずかであるとい を許制したとし寸経過がある。そのあI

i

乱 立 己 評 仰 がw うこと,人開に対する興味,関心が減少し之いこと,そ 嬬に高まったわけでもなく,また.IIc{lltiが分化(で、 れから.

J J L

実検討力が低下しないこと,の問点である。

きることと出来ないことの認識〉し,たわけで、もない。←うで この間

/ u i " 1

寄緒未成熱克のローノレシャツハテストl.の持 能惑を{乍ってしまったのである

c

の こ と か ら , ほ 鮪 * 微といえるだろう。なぜ,

1 '

完結米成熟と!呼ばれる子ども 成 熟ι対しては向者、 1'1己 詳 細 の 細 分 化 と い う 子 総

d

かま, J::.i&のような特設を持引のであろうか。情緒未成 を,殺校の安定する以龍に,重点的に行うべきかもしれ 熟の原悶は縫育弘おける滋保議,

J

晶子捗と呼ばれる永続 ない。 的な「行動のnl!lの長JI奪!であった。しかもF そのこと 第五ι, 家 嫉 治 療 が 難 航 し た こ と で あ る 。 症 例 と も は,子どもιとっては.

, Y {

患に九七づく対人抜触行動と見 父 親 不 在 増 の 家 蕗 で 両 親 の 連 合 を 形 成 す る 三 と さ ら に えるQ このささ童、的対人接触が人間に対する興味,関心を 親と子どもとのIll:代間境界を明確にすることがF1僚とさ 減少さぜなし、のかもしれ

i

ないし,そのような擁触をして れた。しかし,施設に対する依存意、識,本山らが抜けた いる限りにおいては,内 l'I/)1!'i41詰 も な い の だ ろ う 。 そ し

f衰の家族階迭に切り込み象れず,結果的には,症が

J I 1

て,内的な葛藤をつくる場

l I 1 I

では,まさに作られた行動 は,父親のJJ同校窓とし、う危機的段階でようやく

F l , j

親の辿 掛向によって渦 J;:;~~返り .Ñ藤を感じるのは親のみであ 台が形成される結果となった。応答JI

2

では,家技内の民

HH パターンを基本的に変えるには歪らず,本 Y~ 7'J'.

.,

W

( 3 )  

情緒来成熟氾の治討史的方略について

傾向という,以前より危機的な状況はなってようやく連 まず考えてみなければならないことは,本児らの治撰 った。しかし, 二誌がJIとも,本児 にとって淑称治療が必要か内かということである。一二症 らの立場ι立ち,考えようとする両親の姿勢によって

1 9

1]の治療経過, ロールシャツハテストから見て収容しな 家族応対するイメージは遺著された。 い方法もー従として考えられる。入所授安定するまで

6

このような危機的な状況じならない段蹄で京!慌の統介 ヵ丹

l : J L :

もかかっており,家から離れることを

+ t i 6

官時る方略が必要とされる。 コ肢の試験登校後しばらくして安定するとし寸状況であ

( 2 )   ‑ . I

主併のロールシャツハテスト・スコアから った。またロ…ノレシャツハテストからは,心

} l

!tu"

J

な資

i B i i

二症剖の入所前のスコアを検討してみたい。まず第ー が欠乏していないこと,人間に対する興味,関心が減少 言えることは,体験型の通いはあるにしても,心売

H I

しないこと,現実検討力が低下しないことが明らかにな な資源が欠乏していないことである。 n己の状況,等十こ っており,消極的,また積極的意味合からも,通J9i'出馬 ついて考え,行動する力をもっているのである。このこ でできるのではないかと考えられる。また,二症iYl]fま無 とは,施設入所せずに,通

i . 9 r !

f1i織を通し,家族を中心と

E

,にjit. 設所した形ではあるが,子どもの家を拒百していな する取り組みで問題の解決制対ることができるので出な い。円ら揺誠にう1<・ることもあれば,遊びにうK:ることもあ し、かということを示唆しているかもしれない。 O あれほどいやがった施設を拒否していないのであ 第三

t

山内的な古痛が見られないか,またはごくわず る。このことからも,入所治療に拘る必要はないのかも かであるということぞある。 面接治療のなかでも.

! i i J h n  

しれないのでは,施設治療が必要なので、あればどのよう のことが偶われる。また,症例

2で,白話がつきま台め主

な方略が,可能なので、あろうか。

活が安定している状況で初めて苦痛がでてきていること いままでの施設治擦の研究では,ロ…ノレシャツハテス は興味深いことである。

1

、との阿部でし、くつかの

J

誌が明らかになってし、る。ま 第三は,感i古来現に対して,認知的コ

γ

トロ…/レがと ず.~l:. 活治療という形態のもとでは. 1(2)現実吟~の同 れなくなっている。これが,誌例

2

のよう

ι . n

伝がつ !~表情表現コントロールの獲得,対人間部を[!Il避しな き鈴めるにつれてコントロールがとれてくる。 い態変の形成については,札;在の ~X';奔治般がお効であ

第四は,入院に対する興味,関心が減少し

Q d   q L  

(8)

弘前学 i 境 大 学 紀 要 第 2 5 号

示す子どもじ対して十分に効果音上けがえないでおり, し

たがって,内向性パーソナリティに対する新たな治療方 略の必要性を提起しているむ

また,情緒来成熟と診較されたこ椛例も治披経過の で,陪諜のことを提起している。

ということは,まず本児らに対しては,擁設の中で,

生活治療という取り組みを止めるのではなく,柔軟性を 持たせることである i

i

b:巣をど上げ得なし、梁軟性の なさとはI"Iか。それは施設立体ーが運営,管時

t

総体ぐ治 擦理念:もためて)としての枠組みに子どもらをはめ込む ように動きやすいこと,またそのような意識を持ちやす いことであり,彼kちの内1'

1 " )

状態,行動傾向に依拠した 取り組みの弱さで、ある。

共体

n

せは,どうすればよいか。まず,入

J V f

i:免安定す るまで

6ヵ月以上かかっていることから,入

rVi子続きと して,入所意欲の確認,本人との治療契約をしっかり行 うことが必燥であるく今までも,本人と出銭し, ~告疲意 欲を持認したり,施設見学を行っているが)本人が納 得するまで,本人と家札本人と光相,本人と施設本人 と総設に人

) W

してし、る子ども達,本人とその{患の必要と する人,等の話合いを施設見学を合めて行い,入所する

1 1 f

弘;意欲を明確にすることが必要だろう。

次に, r付有についてであるが,ロールシャツハテス から, J..LJl[lj'内な資源が欠乏していないこと,品実検討力 が低下していないことが切らかになっており,内分を取 り巻く状泌を客観的に見ることが

1 1 1

,*るし,

n

分のこと について考える

) J

があるということが首えるのしたがっ て,行動上のi:

U

顕である不登校ということをそのままι

しながら,内おの

o

.i1t葛藤の朗読化を国ることであり (不登校と

L

、う問題はその結果として解決されることに なる),本人

n

らが,問題解決のためじ諜揺を

J

みつけ取

り組めるようにすることである。

第三に,自信のJlヲ成については,ドi己評Il1liの分化のた めの取り組みを者える必要がある。症例

2

に土守する取り 組みのように無批判に評・fil!i をすると,~能感を持ってし

一 3 0

まうことになる。したがって,彼女らの強みである人閉 じ対ーする興味,関心の強さに依拠しながら,弱所を確認 しつつ〈ここでも,持;認するのは本人立身であり

w

指摘 することでは

t , f . 1 .

う,評制することが必要となろう。

最後に,家族治療についてであるが,課題としては,

いかに施設に対する依存意識を取り除き,家捺の

I : m

頃と して本児らのことを考え続けるか院ということである。

子どもが施設に入所すると,どうしてもトラブ、ルが解決 してしまったかのごとき彦、識を作ってしまう。結壌とし て,家校内の泌さにはけが行かず,どちらかというと問 題が,再設顕在化することを避けるため,施設入所の長 期{とを望むようになっていまい,したがって,家抜の治 療意欲が按退してしまうことになる。このことから,家 旗頭接の定期化〈通所か家語訪問かは

r : n

わなしうが必要 となろう。そのためじは,土曜呂,日曜日を十分に活用 できるよう勤務体制を変える必裂がある。

以上のように,

f f

持者未成熟と診断させる子ども速に対 する治療は,地

i

設臼{本の柔軟:1が今まで以上に必要。とさ れ,施設n体の子どもの問題に合わせた改苧が必要なの である。

r

今l討議久雄

r r

話題児臨宋心珂学」金子書牒,文 献

1 9 7 6  

2 )  

日・ワロン,竹内員全日沢 「子どもの精神発達

J

人文書院,

1 9 8 2  

3 )  

狂・ワロン,沌沢武久訳 「科学としての心無

e

'J':

誠信書房,

1 9 7 0  

4 )   H.

ワロン:前

J

品点

石Lf]‑宏 「乳幼児の心を育てるJおさら書房,

1 9 8 5  

6) 

' P ;   J I I

知彰:青年の性務構造「青年の性栴形盛

J

子書房,

1 9 7 3  

7 )  

採択哲,安

r n

勉,王

) 1

ニ邦夫:情緒持ヰ児の収容治 療の効思測定「ロールシャツハ野党

XXVIJ金子書

房, 1 9 8 4  

参照

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