生命保険商品の比較について
樫 原 英 男
■アブストラクト
生命保険商品を選択する際の比較情報は,一般的な商品選択の場合と同様,
消費者にとって重要かつ必要である。ただし,消費者ニーズが高い生前給付 型商品は,負担可能な保険料水準を設定するために細かな支払事由が設けら れるなど,旧来の死亡保障型商品と比して複雑なものとなっており,生命保 険商品における比較を困難にする一因となっている。
この課題を解決する方策として,比較のし易さを優先すべく,商品を極力 シンプル化するという考え方もあるが,その結果,実際に消費者の役に立っ ている保険商品の保障範囲を狭めることになれば,それは本末転倒である。
また,不適切な比較表示により商品選択を誤ってしまった場合の再加入困難 性といった生命保険商品の特性を踏まえると,保険会社は,シンプルかつ充 実した保障内容を実現した商品を提供し,適切な情報に基づく商品選択が可 能な環境構築に取り組むことが重要である。
■キーワード
複雑性,生前給付型商品,再加入困難性
1.はじめに
保険販売の今後を考えるうえで,消費者の商品購入行動において一般化し つつある比較購入について, 生命保険商品の比較購入の現状 を生命保険
*平成22年10月23日の日本保険学会大会(早稲田大学)報告による。
/平成23年1月23日原稿受領。
商品の特徴や規制の歴史的経緯などを切り口に検討し,今後の比較販売の方 向性や論点を整理することとしたい。
2.生命保険商品の特徴
生命保険はその性質上,①長期性・高額性,②再加入困難性,③ニーズ潜 在性,④多様性・複雑性,等の特徴を有している。生命保険商品の比較購入 について考察する前提として,まずは以下のとおり,これらの具体的な内容 を整理しておく。
①長期性・高額性
・ライフサイクルに合わせて設計されるものであり,一般的に長期の
契約である。・払込保険料総額で見るとかなりの高額商品となる。
・保険料は長期の収支計算に基づき算出されており,短期解約の場合
は契約者に不利益が生じる可能性がある。・一般的に保険料に対する給付金額が大きい。
②再加入困難性
・契約後に本来のニーズと合致しない商品であると判明しても,被保
険者の健康状態によっては再加入できない可能性がある。③ニーズ潜在性
・無形の商品である。
・将来のリスクに備えてあらかじめ加入しておくものであり,ニーズ
は顕在化していない。・その機能(=給付)が発揮されるのは,被保険者の死亡や疾病罹患
など,一般的に遠い将来の保険事故発生時である。・契約者が自身の問題として必要性を感じにくい。
④商品の多様性・複雑性
・無形の商品であり,設計の自在性が高いため,商品の多様性に富ん
でいる。・保険会社毎に担保内容や給付方法等が異なる。
3.商品購入における特徴
生命保険は,前述のとおり有形の一般的な商品とは大きく異なる特性を有 しており,その特性が商品購入時の消費者の判断に大きな影響を与えている。
有形の一般的な商品の場合,購入後すぐに実際に使用されるため,その商 品に備わった機能や効能を購入直後から実感することができる。このため,
(出典) 著者作成
仮に商品選択を誤った場合でも過ちに比較的早期に気付くことが可能であり,
商品購入直後の返品や,中古市場での売却等によって,その過ちを是正する ことが可能である。
一方,一般的な生命保険商品は,その 実際に使用 すること自体が保険 事故の発生を意味することから,結果として加入後長期間が経過してから商 品内容を実感することになり,保険事故が発生した時点で問題に気付いたと しても,再加入困難性により,その時点では新たな保険への再加入ができな いことが懸念される。さらに,結果的に保険給付を受けられなかった場合,
それを事後的に救済することは極めて難しいという現状がある。
このように,生命保険においては,先入観や偏った情報によって商品の選 択段階で判断を誤った場合,保険事故発生前の加入期間中にその認識を改め るのは難しく,事後的救済も困難であるため,正確な情報による慎重な商品 選択を期する観点から保険業法等による事前規制が導入されている。
また,このような保険業法等による事前規制を前提として,保険実務にお いては,日常生活ではあまり意識されない商品であることも踏まえた取り組 みが行われている。例えば,日本生命ではお客様のニーズと加入内容のギャ ップを発生させないよう全国のお客様を年1回訪問する ご契約内容確認活
(出典) 著者作成
動 を推進している。
4.規制の歴史的経緯と現状
平成8年の保険業法改正以前は,保険商品の特性上,事後的救済が極めて 困難であり,適切な情報に基づく商品選択が重要であるとの観点から 保険 募集の取締に関する法律 (昭和23年法律第171号) によって,保険契約者 に誤解を与えるおそれがあるものとして 一部比較 が禁止されていた。こ のため,当時は比較販売を行うためには 全部比較 を行う必要があったが,
契約条項の全てを比較することは実務的に極めて困難であり,保険商品の比 較販売は実質的には禁止されていた。
その後,平成8年4月に施行された保険業法では,適切な比較情報の提供 は保険契約者の商品選択に資する面もあるとの理由から 誤解させるおそれ のある 比較が禁止対象とされ,適切な比較情報の提供,すなわち,誤解さ せるおそれのない比較情報の提供が認められたため ,現在においては誤解 のない比較情報をいかに適切に提供するかが重要なポイントになっている。
また,比較情報を提供するにあたっては,不当景品類及び不当表示防止法
(以下 景品表示法 という。)における 優良誤認 (商品・役務の内容に ついて著しく優良と誤認させること)および 有利誤認 (商品・役務の取 引条件について著しく有利と誤認させること)等に係るルールも踏まえ,一 般消費者に誤解を与えるおそれのある表示を行わないよう注意が必要である。
なお,比較広告に関する景品表示法上の考え方(昭和62年4月21日 公正
1) 保険募集の取締に関する法律 第16条第1項1号
保険契約者又は被保険者に対して,不実のことを告げ,若しくは保険契約の契 約条項の一部につき比較した事項を告げ,又は保険契約の契約条項のうち重要 な事項を告げない行為
2) 保険業法 第300条第1項第6号
保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者に対して,一つの保険契約の契約 内容につき他の保険契約の契約内容と比較した事項であって誤解させるおそれ のあるものを告げ,又は表示する行為
取引委員会事務局)では,比較広告が不当表示とならないようにするために は,一般消費者に誤認を与えないようにする必要があり,次の三つの要件を すべて満たす必要があるとされている。
①比較広告で主張する内容が客観的に実証されていること
②実証されている数値や事実を正確かつ適正に引用すること
③比較の方法が公正であること
すなわち,客観的に実証されている内容について(上記①),その数値や 事実を正確かつ適正に引用し(上記②),公正な比較方法を用いること(上 記③)が必要となる。
(出典) 消費者庁ホームページ 比較広告に関する景品表示法上の考え方
5.生命保険商品の変遷
これまで,社会情勢の変化等を踏まえ,生命保険各社では様々な商品開発 が行われてきた。例えば,平成4年3月,高齢化社会の進展,医療技術の発 達といった社会の変化に対応し,生きているうちに保険金を受け取って自分 のために役立てたいとのお客様ニーズの顕在化を踏まえ,日本で初めて生前 給付の概念を取り入れた 3大疾病保障保険 が日本生命から発売された。
この商品は所定のがん,急性心筋梗塞,脳卒中に罹患し,60日以上所定の 状態が継続した場合に,死亡・高度障害時と同額の保険金が支払われるもの である。そしてこの商品の登場以降,消費者の生前給付型商品に対するニー ズは高まってきており,現在では病気による所定の障害状態や介護状態等に より保険金が支払われる生前給付型商品が一般的なものとなっている。
また,生命保険文化センターの調査 においても,平成10年度にそれまで トップだった 自分に万一のことがあった場合の準備 が 自分が入院した 場合の準備 と同水準となり,その後逆転しており,この調査結果も生前給 付型商品へのニーズの高まりを示す結果となっている。
なお,日本生命においては,平成4年の3大疾病保障保険の発売以降,多 様化するお客様のニーズに対応するため,次頁のとおりの商品開発を行って きた。
生命保険商品の比較について,商品内容をただ比較することだけを考えれ ば,シンプルな商品が良いとも考えられるが,そのような商品は支払事由が 限定的にならざるを得ない等,お客様にとってのデメリットも考えられるた め,どのような保険商品がお客様にとって良い商品なのかを単純に決めるこ とは困難であるという点には留意が必要である。
話は前後するが,日本生命が平成4年に前述の3大疾病保障保険を発売す るまで,入院特約や高度障害特約といった生前に受け取れる給付も存在はし ていたものの,保険金と言えば一般的には死亡保険金,つまり,人の生存ま
3) 生命保険文化センター 生活保障に関する調査 (平成10年度調査)
たは死亡といった明確な基準をもとに支払可否を判断する商品が中心であっ た。このような商品は,支払事由が明確であり比較もしやすいが,保険金を 生前に受け取ることができる生前給付型商品では,罹患した疾病の内容や程 度といった基準を定める必要があり,結果的に支払事由が複雑になる傾向が ある。
前述の3大疾病保障保険の支払事由を例にすると,従来の死亡保障商品の 支払事由である死亡・高度障害状態に加えて,所定のがん,急性心筋梗塞,
脳卒中への罹患を支払事由としている。死亡という限定的な支払事由だけで はなく,罹患した疾病の内容や程度によって,生きている間に保険金が支払 われるという意味において支払事由が拡大されている。
商品名(発売時期) 商品の内容
3大疾病保障定期保険特約
(平成4年3月)
死亡・高度障害,所定のがん・急性心筋梗塞・脳卒中を対象と する
介護保障定期保険特約
(平成4年9月)
死亡・高度障害,所定の要介護状態を対象とする
リビング・ニーズ特約
(平成6年4月)
余命6ヶ月以内と判断されるとき,死亡保険金の全部または一 部の受取が可能
特定損傷特約
(平成8年9月)
不慮の事故による骨折・関節脱臼・腱の断裂に対する治療を対 象とする
疾病障害保障定期保険特約
(平成9年3月)
死亡・高度障害,病気による所定の身体障害状態を対象とする
新がん入院特約
(平成13年4月)
所定のがんによる入院・手術等を対象とする
再発3大疾病保障定期保険特約
(平成15年3月)
死亡・高度障害,上記3大疾病の再発を対象とする
重度疾病保障特約
(平成17年9月)
重度な所定の生活習慣病や所定の臓器移植等を対象とする
総合医療特約
(平成20年10月)
病気または不慮の事故による入院・手術等を対象とする
*商品改定前の最初の発売時期を記載
(出典)筆者作成
例えば,脳卒中に罹患して障害状態が継続し,結果として仕事を長期間休 まざるを得ない場合,一般的な入院特約では入院中しか保険給付を受け取る ことができないため,退院後の自宅療養等に対する生命保険によるサポート は,不十分となる可能性がある。一方,そのようなケースにおいて,前述の 3大疾病保障保険に加入していれば,退院後の治療費や休職による収入減に 対する保障として,死亡保険金額と同額のまとまった保険金を生前に受け取 ることが可能になる。ただし,脳卒中に罹患と言っても,後遺症が全く残ら ないものから,仕事を長期間休まなければならないといったケースまで様々 であり,お客様の負担可能な保険料水準を維持しつつ,保険金が本当に必要 な重度な疾病を患っているお客様に十分な給付を行うためには,約款上にお いて疾病の程度を規定する必要がある。このため,前述の3大疾病保障保険 の給付要件は, 言語障害等の他覚的な神経学的後遺症が60日以上継続した と診断されたとき と規定されている。
(出典) 筆者作成 ※支払条件と免責事由は,日本生命 ご契約のしおり−定款・
約款 を参考に作成
仮に,このような規定がない場合,軽度な症状でも保険金が受け取れる反 面,支払件数が増加し,保険料が極端に高くなる可能性もあるため,保障の 内容と保険料のバランスにも配慮し,商品開発を行っている。
なお,日本生命の過去10年間の死亡率と特約発生率を見ても,死亡率が微 増であるのに対して,疾病・傷害関係の給付金の発生率,すなわち特約発生 率は2倍程度まで増加しており,病気やケガを保障する商品として,生命保 険が広く活用されるようになってきていることがわかる。
このように,保障範囲を拡大した上で,負担可能な保険料水準を設定する ためには,必然的に細かな支払事由の規定が必要になるが,そのような中で も,保険会社においては,できる限りシンプルな商品体系としていく努力が 必要なのは言うまでもない。
6.商品のシンプル化
前述のように,長期性や再加入困難性は生命保険固有の特性であるが,誤 解のない商品比較を行うためには,生命保険商品をよりシンプルにしていく
※数値は,分子を死亡・特約保障発生契約,分母を経過契約((年度始保有+年度 末保有)÷2)として計算した件数率
(出典) 日本生命百二十年史
必要がある。
日本生命でも,平成20年に 総合医療特約 を発売し,よりわかりやすい 保障内容を実現している。具体的には,従来の6つの医療特約の機能を1つ にまとめ,シンプルな保障体系を実現するとともに,手術保障範囲は公的医 療保険制度の対象となる手術にリンクさせることによって,手術の保障範囲 を拡大している。
従来の商品は,例えば,同じ 入院 でもその原因がケガであるのか,病 気であるのかによって支払われる特約が異なっていたことや,入院1日目か ら4日目までは 短期入院特約 から,5日目以降は 入院医療特約 から 入院給付金が支払われるといったことが生じ,結果として複雑な内容となっ ていた。
なお,病気やケガによる入院が別々の特約で担保されていた背景としては,
昭和39年に災害による入院を担保する特約が発売にされ,その10年後に病気 による入院を担保する特約が発売されたという歴史的経緯があった。また,
特約を別けておくことで,例えば,健康状態により疾病入院の特約に加入で きないお客様でも,災害入院の特約には加入できるといった,きめ細かな対 応が可能となることから,別々にしておくことのメリットもあったものと考 えられる。給付事由についても同様であり,シンプルな商品内容にするため には,一定の割切りが必要になってくるが,そのような中では,充実した保 障内容の商品とシンプルな規定の両立が商品開発の課題となる。また,病気 による入院については,日本生命の場合,昭和49年以降,昭和61年までは,
20日以上の入院をした場合を給付の対象としており,その後,昭和62年以降 は,5日以上入院を対象に拡大し,平成13年には,1泊2日以上の入院が対 象となった。これは,医療技術の進歩にともない短期の入院が増加したこと に対応するためであり,そのような社会の変化に対応するため, 短期入院 特約 を発売するなどの対応を行ってきたため,複雑になった側面もあり,
そのような基本的な給付の特約について 総合医療特約 として1つにまと めてシンプルにしたものである。
なお, 総合医療特約 では,手術給付金についても,従来の,支払対象 となる手術を約款の別表で定める方式から,原則として,公的医療保険制度 の対象とリンクさせることで,給付対象の手術かどうかの明確化,および給 付対象手術範囲の拡大といった商品改定を行っている。その結果,より シ ンプル で わかりやすく かつ 充実した保障内容 を実現している。今 後の課題としては,お客様のニーズの多様化により,保険商品は複雑化して しまう傾向がある中で,お客様の多様なニーズに応えつつ,シンプルでわか りやすく,かつ,充実した保障内容の商品を提供していくことが挙げられる。
7.海外の状況
イギリスの金融庁(FSA)が,2008年に保険比較サイト関する実態調査 を実施したが,その調査結果によると,多くの保険比較サイトが保険料比較 を重視するあまり,その他の商品概要・保障内容に関する情報提供が不十分 (出典) 筆者作成
(出典) 筆者作成
であるという事実が浮き彫りとなっている。具体的には,多くの保険比較サ イトにおいて,HP上で安い保険料を提示するため,保障内容を可能な限り 削減した場合の保険料が提示されており,そのことに関する説明も十分でな いことが明らかになっている。特に問題視されているのが,自動車保険にお ける保険会社の免責条項に関する情報で,保険比較サイトの多くにおいては,
保険料を安く表示するために,追加免責を前提とした保険料提示が行われて おり,その説明も十分でないことが明らかになった。
そのため,実際の保険加入の際になって,保険会社等から改めて提示され た保険料が,サイト上の表示に比べかなり割高となるケースが頻繁に発生し,
また,提示された保険料が古い,あるいは不正確である例も数多く報告され ている。
(出典) 筆者作成
8.まとめ
誤解を招かない比較情報の提供は,お客様にとって重要であり,適切な情 報を提供することは,お客様が商品選択を行う上で必要である。確かに,商 品の比較を容易にするために商品内容をシンプルにするという考えもあるが,
そのために,実際にお客様のお役に立っている保険商品の支払事由を狭くす る結果となっては本末転倒である。
また,比較情報はお客様の商品選択場面において有用であると考えられる が,一方で,不適切な比較表示によってお客様が誤解して商品を選択してし まうことは,生命保険の再加入困難性や長期性に基づく事後救済の困難性に 鑑みれば,許されないことである。
したがって,今後とも保険会社は,よりお客様のお役に立てるよう,シン プルでわかりやすく,かつ,充実した保障内容の商品をお客様に提供し,適 切な情報に基づく商品選択が可能な環境の構築に,引き続き取り組んでいく ことが重要と考えられる。
(筆者は日本生命保険相互会社勤務)