フランス保険法の現状分析
笹 本 幸 祐
■アブストラクト
2011年現在のフランス保険法典のうち,とくに契約法に関する部分は1930 年7月13日付法からスタートし,法典化を経て現在に至るまで数々の改正が なされてきている。現行の保険法典の構造などの概要,そしてフランス保険 法全体におけるこれまでの重要な改正として共通して指摘されているものの 中からいくつかを採り上げて検討し,さらに近年のEU指令ならびにヨーロ ッパ保険委員会の法典がフランス保険法典に与えた影響について分析して,
現在の保険事業に関する監督規制を調査した結果,フランスおよびヨーロッ パの社会情勢を背景にした消費者保護法制の重要性が再認識された。そして,
今後はフランスの保険法を研究するにあたっては,2009年に提案されたヨー ロッパ保険契約法原則による影響をふまえたさらなる考察が極めて重要なも のになると思われる。
■キーワード
フランス保険法,消費者保護,ヨーロッパ保険契約法原則
はじめに⎜フランスにおける私保険についての基礎的知識⎜
現在のフランスにおいては,保険法に関して何か言及する際には,1976年 7月16日に成立した 保険法典(Code des assurances) に原則としてよ っている。フランスにおける私保険分野は,現在ではACP(LʼAutorite de controle prudentiel)という信用秩序維持(プルーデンス)監督機構によっ
/平成23年9月20日原稿受領。
て現行保険法典L.321‑1条に定められた行政認可が与えられる保険取引とし て,同法典R.321‑1条に列挙されている25種のものに分類・限定される 。 現行の保険法典は,とくに契約法に関する部分は1930年7月13日付法からス タートしている。そして法典化を経て現在に至るまで数々の改正がなされて きている。本稿では,現行の保険法典の概要をまず述べたうえで,フランス 内でもさまざまな見解があるものの,フランス保険法全体におけるこれまで の重要な改正としてフランスで共通して指摘されているものの中からいくつ かを採り上げて,簡潔に紹介する。そして,次に近年のEU指令ならびにヨ ーロッパ保険委員会の法典がフランス保険法典に与えた影響について概観す る。そのうえで,現在の保険事業に関する監督規制を紹介することにしたい。
なお,限られた紙幅の関係上,それらのいずれもフランス保険法の現状に至 るまでの単なる紹介にとどまり,分析というにはおこがましいものであるこ と,また,参考文献資料その他,脚注についても最小限度にとどめざるを得 なかったことをあらかじめお断りしておき,読者のご寛恕を願いたい。
1 保険法典の構成と最近の重要な改正 1‑1 フランス保険法の沿革
古くから,保険制度自体は存在していたものの,少なくとも1930年7月13 日付法が制定されるまでは,陸上保険についての特別法は存在せず,民法典
1) R.321‑1条は,以下の1〜26のうち19番目が削除されており,25分野に関す
る保険取引に分類・限定をしている。1.(労働災害および職業病を含む)傷 害,2.疾病,3.(鉄道を除く)陸上車両,4.鉄道車両,5.航空機体,6.
海上・湖川交通手段,7.運送品,8.自然災害および自然物質,9.その他 の財産損害,10.陸上原動機付車両に関する民事責任,11.航空機体に関する 民事責任,12.海上・湖川交通手段に関する民事責任,13.その他の民事責任,
14.信用,15.保証,16.さまざまな金銭損害,17.司法保護,18.介護扶助,
20.生存・死亡,21.婚姻・出生,22.投資資金に関する保障,23.トンチン年 金(生残者分配型年金),24.カピタリザシオン(特に80年代に人気を博した 貯蓄商品),25.信託財産の管理,26.団体型医療保障(社会保険における医療 保障制度を補完するもの)
で射倖契約について定めた1964条で保険という文言が見られる以外は,商法 典で332条ないし396条に海上保険についての規定があるのみであった 。 1904年に最初に院外委員会が設けられようとしたが挫折し,その後,アン リ・カピタンの指揮の下,再度,院外委員会が設けられ,そこで,多くの議 論がなされ,1908年4月2日付のスイス保険法や,同年の5月30日付ドイツ 法からも示唆を得て,最終的に1930年法が制定されることになった。そして,
19世紀からの数多くの実務と判例の積み重ねを経て,さらに何度ものオルド ナンスやアレテによる保険事業に関する監督規制を受けて, 保険業に関す る法規定の法典化手続 に関する1955年11月8日付法が成立したが,具体的 な法典化は結局見送られ,1976年7月16日付の保険法典は,1973年7月24日 付のEECの2指令を契機として,ようやく法典化されたものである 。な お,現行の保険法典に至るまでの保険法典全体にわたる大改正として,フラ ンスのさまざまな文献で紹介されているものとしては,1989年12月31日付法 第89‑1014号,1992年7月16日付法第92‑665号,1994年1月4日付法第94‑5 号,2003年8月1日付法第2003‑706号,2005年12月15日付法第2005‑1564号,
2007年12月17日付法2007‑1774号,2009年1月30日付オルドナンス第2009‑
106号,2010年1月21付オルドナンス第2010‑76号などがある 。
1‑2 現行保険法典の構成・特徴
現在も1976年7月16日付の保険法典の体裁のままの構成ではあるが,念の
2) Bernard Beignier, Droit des assurances, M ontchrestien, Lextenso ed., 2011, pp.33‑34. Yvonne Lambert-Faivre et Laurent Levneur, Droit des assurances,13e ed., Dalloz.,2011, pp.159‑161.
3) 1976年の法典化の経緯の詳細については岩崎稜 1981年フランス保険契約法 の改正 保険学雑誌498号20頁以下(1982年)を参照。
4) Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.161. 国 会 が 立 法 権限を有する事項について,国会が小党分立状態にある場合に,政府が要請し たときは,授権法律によって国会から政府に授権が行われ,政府がオルドナン スという形で立法を行うことができる。
ために,ここでそれを再確認しておく 。第1部がコンセイユ・デタの議を 経たデクレによって定められた法文で当初成立した,いわゆる法律(Loi) の部で,Lで始まる条項で構成される。第2部は命令(Reglement)の部で あり,Rで始まる条項で構成される。第3部はアレテ(Arrete)の部であり,
Aで始まる条項で構成される。なお,周知のことではあろうが,わが国にお ける政令にデクレが,省令にアレテがそれぞれ近い概念ではあるが,デクレ もアレテもともに署名する行為者に着目したものであり,機関に着目したも のではなく,また,行政行為一般すべてを指すため,本来は異なる概念であ る。そして,第2部と第3部の特色として,第2部の命令には,デクレとア レテの両方が含まれるが,第3部にはデクレは含まれず,また,第2部の命 令には,通常の命令だけでなく,第5共和制憲法34条が限定的に列挙した法 律事項以外のものを命令事項と定めた同憲法37条に対応する,いわゆる独立 命令(reglement autonome)にあたるものがあるが,第2部では,それら のうち法規的デクレと法規的アレテのみが含まれるという点があげられる。
各部はそれぞれ5編(livre)からなり,各編が上記L,R,Aからなって いるともいえる。第1編は保険契約一般についてであり,第2編は義務的保 険(ただしわが国のようなほぼ網羅的な強制保険とは異なる)について,第 3編は保険企業について極めて詳細に定め,第4編は保険審議会(Conseil national des assurances)や国立保険学院(Ecole nationale dʼ assurance)
のようなさまざまな保険業界の機構・組織と一定の特殊な企業について,第 5編は総代理店(agents generaux),独 立 保 険 ブ ロ ー カ ー(courtiers en particulier)といった保険仲介業者についての取扱いを定めている。各編は
さらに章 (titre),節 (chapitre),款 (section),目 (sous-section) の順で 細分化され,これらの順によるナンバリングのあとにハイフンをはさんで条 文番号が示される。したがって,たとえば,保険者および保険契約者・被保 険者の義務に関するL.113‑1条の場合であれば,その表記は法律の部第1編 第1章第3節第1条ということを示している。そして,同条の場合にはさら
5) 1981年段階までの保険法典編纂の事情については,岩崎・前掲注3)が詳しい。
に対応する条項が命令の部,アレテの部に存在するため,R.113‑1条,A.
113‑1条によって補足されるが,条項によってはそれぞれ対応する条項が存 在しない場合もあり,またわが国ではとうてい考えられない奇妙なことでは あるが,フランス保険法典では,ごくまれとはいえ,条文中に示される他の 条項が存在していなかったり,あるいは度重なる改正により条文番号がずれ てしまっていて正確には対応していなかったりするので,参照する際は相当 の注意を要する。
次に,現行フランス保険法典のとりわけ契約法に関する部分(以下,フラ ンス保険契約法とする)とわが国の保険法との構成上の相違点について若干 の指摘をしておこう。わが国の保険法では片面的強行規定について明確な規 定をおいたことが大きな特徴であり,その条文を分散して配置するという構 成をとるが,フランス保険法典ではL.111‑2条で一括して強行規定について の定めをおいている。同条は本編第1章,第2章および第3章の規定は約定 によりこれと異なる定めをすることができないとして,例外として,当事者 に単なる権利を付与する規定および列挙した条文に含まれる規定はこの限り でないとする。したがって,わが国の保険法が原則として任意規定であり,
例外的に片面的強行規定を定めているのに対して,フランスでは大半の規定 が強行規定であることが基本的な前提とされていることが理解される。
さらに,フランス保険契約法の最たる特徴として,消費法典の規定をその まま抜粋する形で,わが国でいうところの準用を行っていることがあげられ よう。L.112‑2‑1条は,そのⅠ―①において, 消費者に対する保険取引の隔 地供給は,本編の規定,および,以下に掲げる消費法典第1編第2章第1節 第2款の第2目および第3目の規定のうち,L.121‑20‑10条,L.121‑20‑12 条,L.121‑20‑17条を除いた規定によって規制される。 として,それに続 けて,消費法典L.121‑20‑8条,L.121‑20‑9条,L.121‑20‑11条,L.121‑20‑
6) 本稿におけるフランス保険法典の条文の訳出にあたっては,原則として㈳日 本損害保険協会=㈳生命保険協会 (編) ドイツ,フランス,イタリア,スイ ス保険契約法集 〔フランス法は筆者が担当している〕(2006年)を参照した。
13条ないしL.121‑20‑16条を列挙して掲げている。このような規定のおきか たはわが国ではあまり例のない形式であると思われる。なお,ここに掲載さ れた消費法典の規定は,もっぱら隔地供給,とくに近年普及が著しい,イン ターネットによる保険商品の販売の規制を対象としたものであり,情報提供 のありかた,およびその内容・範囲,クーリングオフ,さらにはEU圏外の 国家の法律を当事者が選択した場合の準拠法などが定められており,とくに クーリングオフについてはその適用要件などに関して詳細な規定が設けられ ている。
フランスの保険約款,保険証券等においては,前記のとおり,大半が強行 規定であるため,それらの規定が実際にはそこに再掲されることになるので,
ここにそのままもってこられた消費法典が実際に保険法典の一部として掲載 される。それゆえ,消費者にとっては書面における活字として直接閲覧が可 能となるため,わが国よりも詳細かつ丁寧な措置と言えるかもしれないが,
実際上の問題として,消費者がどれだけ理解できているかは定かではなく,
むしろ,フランスでは何事においても書証が最重要視されることからも,保
険法典L.112‑3条1項が定めている, 保険契約,および本法典中に掲げら
れた契約者に対して保険者により提供される情報は,フランス語による,明 瞭な文字での書面によって成文化される という規定と整合性をもたせてい るにすぎないとも評価できるのであって,一概にフランス保険法典の方が消 費者にとって懇切であるとはいえないと思われる。ただし,わが国の場合,
このような保険のネット販売について,保険業法などの行政法規による規制 がどのようになっているのかに関しては,消費者側にそれほど知られている とは言いがたく,その点では今後の保険会社の情報提供のありかた,あるい はその規制の周知方法について何らかの示唆を得ることはできよう。
1‑3 最近の重要な改正
フランス保険法典の近年の主たる大改正としては,1‑1に掲げたものなど がしばしばとりあげられるが,これらはほとんどが,法典全体にわたる大改
正のため,それらを本稿で適宜紹介するのは無理であるから,ここではフラ ンス保険契約法とわが国の保険法との比較において,一定の重要性をみるこ とができると思われる最近の重要な改正についていくつかを個別に紹介する こととする。前掲のものの中ではやはり1989年12月31日付法第89‑1014号が いわゆる保険契約法の現代化を実現したものであり,もっとも重要だと思わ れる 。同法にはヨーロッパ市場の開放に保険法典を適合させるというタイ トルが付されていたが,これによって,とりわけEU圏外の国家に属する者 が契約当事者となった場合などをどのように扱うか,あるいは市場の開放に ともない国外の保険企業が進出してきた場合,また,移民政策とも大きく関 連して,大枠的には契約の準拠法の問題,より実質的には消費者保護の問題 として,保険法典の改正が強く要請された。消費者保護の問題をとりあげる と,そこでは2点の注目すべき改正がみられる。一つは情報提供義務の法定 化であり,もう一つは契約書の作成に関する規制である。このうち情報提供 義務は,1988年6月22日付EC指令21条に基づいて立法化され ,その後の EU指令などにも影響を受けて,前述のようなネット販売についての消費法 典の規定の挿入といった改正につながっており,フランス保険契約法におい ては非常に重要な意味を有する。同様に契約書等の作成や情報提供に要する 書面に関しては,前述の保険法典L.112‑3条1項が定められたが,そこでは,
立法者によれば,フランス語そのものの公的保護,および保険契約者の保護 を図る目的があったとされる 。しかし,これはフランス語圏外の保険企業
7) Loi no89‑1014du31decembre1989portant adaptation du code des assurances a lʼouverture du marche europeen, JO 3janvier1990, JCP.
1990.Ⅲ.63477.邦訳としては,日本損害保険協会業務開発室 フランス保険 法典改正法⎜欧州市場開放への保険法典適応に関する1989年12月31日付法第 89‑1014号 (1990)がある。
8) J. Courrouy, Le droit des parties au contrat dʼassurance:Loi no89‑
1014du31dec.1989, D.1990, chr. p.190.
9) I. Pariente, La reforme du Code, Les cahiers pratiques de lʼArgus no 6,1991, p.6.なお,フランス保険契約法の現代化については,山野嘉朗 保 険契約と消費者保護の法理 (成分堂,2007年)12頁以下が保険契約者保護を
の進出に対する対抗策であり,その背景には国内への移民の流入,そして若 者を中心とした英語圏等の文化への傾倒などがあったものと思われる。実際 にフランス語による契約書・約款の作成を義務づけていたR.160‑1条は1992 年12月22日付デクレ第92‑2356号第4条により削除されており,2001年4月 19日オルドナンス第201‑350号6条第31項により,契約当事者がフランス法 以外の法を適用する可能性を有するとき,フランス語以外の言語で当該書面 を作成することができる旨が盛り込まれた。したがって,フランスにおける 消費者保護およびそこでのとりわけ情報提供に関する法的議論の背景には EUをとりまく社会情勢ならびにフランスにおける移民政策などがあり,安 易にわが国における保険に関する情報提供の議論と比較してはならないとい うことを認識しておく必要がある。このほかにも,昨今のわが国で盛んに議 論された論点として自殺免責条項があるが,これについてもフランス保険契 約法は改正を繰り返してきた。1992年7月16日付法第92‑665号21条による改 正段階では,原則としての自殺免責期間の定めは契約締結後2年と定められ ていた。それが1998年7月2日付法第98‑546号80条によって1年に短縮され,
さらに,2001年12月3日付法第2001‑11355条1項,2005年12月15日付法第 2005‑1564号15条による改正を経て,現在では,免責期間を定めたとしても 契約締結の2年後からは自殺が担保されることが明定され,例外として,わ が国でのいわゆる団体信用生命保険のような団体保険については,免責期間 自体の設定がなく,締結後すぐに保障が行われるという,極めて強い遺族保 障の側面を呈している 。このほかにも2007年12月17日付法第2007‑1775号 によって,他人のためにする生命保険契約における,保険金受取人を捜索す る義務の法定化や,保険金受取人による受益の意思表示および保険契約者の 指定変更権の撤回不能についての法整備が行われている 。わが国において
中心とした紹介を行っており,参考になる。
10) Jerome Kullmann, Lamy Assurances, Wolters Kluwer,2011, pp.1703‑
1711. Bernard Beignier, op.cit., pp245‑262. Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. pp.314‑318.
11) この改正については,山野嘉朗 他人のためにする生命保険契約に関するフ
は,保険金受取人の指定に関して,指定された受取人の受益の意思表示は要 求されていないため,被保険者が死亡してはじめて受取人が自己が指定され ていたことを知るという場面が少なくないが,フランス保険契約法では,原 則として,保険金受取人として指定された者が,保険企業,保険契約者およ び自己が署名した変更証書か,保険契約者および自己が署名した公署証書ま たは私署証書によって受益の意思表示を行うと,保険契約者は,自己がなし た指定をもはや変更できないこととなっており,その仕組みが大きく異なる。
2 EU指令・ヨーロッパ保険委員会の法典による影響
2‑1 歴史的背景
2010年1月1日までに,欧州連合によって発せられた,直接または間接的 に保険取引に関する指令は,約40にものぼる。保険に関するEU指令によっ て成立したヨーロッパ保険法に1994年以降にまとめられたものだけでも17を 数える。そしてその多くについて,フランスでは,政府の委任立法権限に基 づく法規であるオルドナンスなどによって,その内容に合致する形での国内 法の改正という措置がとられている。したがって,フランスにおける保険に 関する法源として,国内法である保険法典はもちろんのこと,それに加えて EUによる法規制がその存在感を増しているのである。もともと欧州におけ る法制度の統一ということは古くから欲せられていたのであり,1979年7月 10日付の欧州委員会から発せられた提案の骨子でもあった。しかし,この方 針の実現化という問題は,1994年まではきわめてデリケートなものであり,
かつ困難であると考えられていた。その理由としては,たとえば,生命保険,
損害保険といった区別が厳格かつ絶対的であるドイツやフランス,アイルラ ンド,オランダと,それらをどちらかといえば無視してとらえる(兼営を認 める)イギリスやベルギー,ルクセンブルクのように,保険分野に対する概
ランスの最新立法について⎜未請求の生命保険金受取人の探知を可能にし,
かつ保険契約者の権利を保障する2007年12月17日の法律第2007‑1775号を中心 に⎜ 愛学50巻1号(2009年)167頁以下が詳しい。
念の意識の違いが当時の加盟国の間で顕著であったことがあげられる 。 保険市場の統一 を導入するために,ヨーロッパ保険法が成熟するまで,
その方針はたびたび転換されたが,さほど効果は上がらなかった。現在のと ころ,ヨーロッパ保険法は,契約に関する法ではなく,むしろ企業に関する 業法的なものとしてとらえる方が適切であろうが,それでも,統一的な法体 系へ近づくような国内法化という見地は未だ失われておらず,1980年スペイ ン保険法や1992年ベルギー保険法にみられるように,大多数の加盟国が近年 相次いで法整備を進めており,それらは密接な類似性を有している。しかし ながら,契約に対して直接に影響を与える指令もある。それは,主として,
自動車保険に関するものである。この保険市場の統一を図ろうとする政策は,
EU指令の第一の波,第二の波,そして現在までの第三の波という三つに分 類される段階を経て実現へと向かうだろうといわれている 。各段階では,
生命保険およびそれ以外の保険に関する指令があり,それを受けて,ヨーロ ッパ保険法も非生命保険と生命保険との区別を行った上で対応している。
2‑2 一連の重要な指令による三段階の措置
ここでは前節でふれた3段階の指令についてそれぞれ概観しておくことに しよう。まず第一波の段階での指令は 設立の自由(liberte dʼetablisse- ment) に関するものであり,第二波の段階での指令は 給付(役務提供)
の自由(liberte de prestations) に関するもの,第三波の段階での指令は 統一免許(licence unique) に関するものである。もともと1957年3月25 日のローマ条約が,すでに,保険に,設立の自由(52条以下)および役務提 供の自由(59条以下)について定めた根本原則をなかば強制的に尊重させよ うとしていた。しかし,その条約下での各国の利害関係はイニシアティブを
12) Bernard Beignier, op.cit., p.45. Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.71.
13) Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.70. Bernard Beignier, op.cit., pp.45‑46.
とるのを躊躇するかのごとく微妙なものであった。それゆえ条約によって認 められていた期限が1971年1月1日をもって満了すると,それ以後,フラン スにおける設立の自由の導入については,1973年7月24日の非生命保険に関 する指令(73/239),次いで1979年3月5日の生命保険に関する指令(79/
267)が出されるまで待たねばならなかった。フランスでは前者は1974年12 月21日付法第74‑1078号,後者は1983年6月7日付法第83‑453号によってそ れぞれ国内法化された。この 設立の自由 とは,加盟国に本店を置く企業 が,他の加盟国に,その国の企業に対して自国が定める条件と同等の条件の もとに,支店または代理店を設立することを認めるものである。このことは,
保険法典では,L.362‑1条において,すべての共同体内の保険企業がフラン ス共和国の領土上にL.310‑1条所定の取引を行う営業所を設立することがで きるといった文言で反映されている 。 役務提供の自由 とは,加盟国に 設立された企業が,他の加盟国の領土内で,そこに営業所等を有することな しに,そこに設立されている他の企業と同等に,また,相対するすべての被 保険者が共通の市場において自己の保険者を自由に選択しうるべく,営業活 動を行うことを認めるものである。この役務提供の自由に関する指令は,
1988年6月22日の損害保険に関する指令(88/357)と1990年11月8日の生命 保険に関する指令(90/619)であり,前者は1989年12月31日付法第89‑1014 号,後者は1992年7月16日付法第92‑665号によって国内法化された。この両 者にあわせてなされたフランス保険法典の大改正が前章で紹介した保険契約 法の現代化につながっているのである 。
ヨーロッパにおける統一市場というものは, 統一免許 制度にともなっ て,保険に関する 欧州パスポート のようなものを生み出す第三波の指令
14) Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. pp.74‑75.
15) しかしながら,保険法典L.362‑3条が,自動車の使用から生じる危険に関す る保険については,外国保険会社に対して,保険事故の管理のために,代表者 の一人をフランスにおいて選任することを要求しているように,フランスでは 設立の自由に若干の制限が存在していることに注意が必要である。
がもたらした自由化へのプロセスの完了によって取って代わられることとな った。この統一免許に関する指令は,1992年6月18日の非生命保険に関する 指令(92/49)と1992年11月10日の生命保険に関する指令(92/96)であり,
両者はともに1994年7月1日に発効したが,その直前の1994年1月4日付法 第94‑5号によって国内法化され,最終的にこの統一免許に関する制度は1994 年8月8日付法第94‑679号によって欧州共同体非加盟国で欧州経済領域協定 の参加国にも拡張されることとなった 。すなわち,保険法典に,第3編第 5章の 欧州共同体非加盟国で欧州経済領域協定の参加国に関する役務およ び再保険の提供の自由 ,そして第6章の 共同体加盟国の設立の自由およ び役務提供の自由 という形で,導入されることとなったのである 。1994 年には,ヨーロッパ保険委員会が,事務局長を務めるFrancis Loheacの推 進のもと,それまでの指令を法典化するという,困難な上にほとんど報われ るところのない作業を成し遂げた 。この法典は,共同体の諸規定を第1部 の非生命保険に関するもの(95箇条)と第2部の生命保険に関するもの(70 箇条)に二分することで,それまでの保険に関する指令の錯綜を首尾一貫し た形で整理しており,この法典化によって,各国に,ヨーロッパにおける保 険に関する法が一本化されたものとしてもたらされることになったとフラン スでは評価されている 。それゆえ1994年以降は,かつての指令にあたるこ とにさほどの意味はなく,このヨーロッパ保険委員会が編纂した法典に言及 し,参照することで足りることになる。このように, 統一免許 制度のも とで今後は, 母国による監督(home country control) は,保険 企 業 の 本店所在国が,共同体加盟国への 設立の自由 と 役務提供の自由 を担 保することでのみ認められるということに注意しなければならない。
16) Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. pp.75‑76.
17) Bernard Beignier, op.cit., p.47.
18) D. Burg, Le code du mon usage de lʼassurance europeenne, Argus,29 juillet1994.
19) Bernard Beignier, op.cit., p.77.
3 監督機関
3‑1 保険企業の監督規制の沿革
第二次世界大戦後の全世界に米国から拡大した消費者運動は,企業集団の 権力的構造に面と向かって不満をぶつけていった。フランスでも同様で,消 費者は,保険者が一方的に作成し,公権力の特別な配慮の対象となる普通保 険約款の文言等についての交渉を可能にするような技術力も法的な資質も持 ち合わせていないだけでなく,経済力でも劣っていると考えられた。もちろ ん,保険企業に対する消費者保護の必要性は,公権力によって長期にわたっ て考察されてきたが,そこでは,将来の不確実な出来事に関連する保険者の 給付が被保険者に保障されなければならないが,被保険者は,その保険者の 金銭的支払能力を判断するのに必要なものを十分に持っているとはいえない という,技術的な事情が特に検討の対象となった。結果として,保険がここ まで広く普及したため,公権力は,契約当事者間だけでなく,とりわけ責任 保険における被害者のような利害関係のある第三者に対しても,契約条項を 評価判断することを欲したのであった 。実際に,保険法典L.310‑1条は,
国家による監督は,保険契約およびカピタリザシオン契約に関して,被保 険者,契約者,保険金受取人の利益になるように行われる と,当該監督の 合目的性について明定している。前章でもふれたヨーロッパにおける保険に 関する統一市場の創設は,経済的自由主義の強 な意志のもとで,消費者運 動とのバランスをとるものとして正当化されるが,それは,あくまでも共通 原則に基づいた有益な競争,および保険企業の経済上・法律上の強大な力に 直面する消費者の保護という二つの要請によって枠組みによって支えられた 場合にしか認められない 。この多岐にわたる消費者運動は,大きく,経済 的・金融的保障に関するものと法的保護に関するものとに二極分化するが,
20) Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.107.
21) Bernard Beignier, op.cit., p.54. Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.108.
このうち法的保護についてはすでに1‑3などでふれたので,ここでは消費者 に対する金融上の保障についてきわめて簡潔に紹介する。保険企業の支払能 力に関する信用秩序維持規則(プルーデンス・ルール)および監督は,EU 内での役務提供の自由においての当該企業本体,支店,営業活動について金 融上の監督権限が本店が所在するEU加盟国に移転される前に,指令によっ て規制される。保険企業に対する国家による監督は,保険法典L.310‑1条に 掲げられるような保険に関わる消費者の保護を目的としており,それは行政 上の見地と金融上の見地からなる。前掲の1989年12月31日付法による保険法 典の改正では,行政上の監督は,財務局の保険業部に残されたが,金融上の 監督については,本質的に,保険監督委員会に移譲された。その後,金融上 の保障に関する2003年8月1日付法第2003‑706号は,保険企業に関する委員 会に行政上の監督における決定権限を与えて,保険監督委員会の金融上の監 督における権限を拡大した。国家による保険企業の行政上の監督として,最 重要なものは,保険法典L.321‑1条以下にlʼagrement administratifとして 定められている認可制度である。認可は,2003年までは経済・財政担当相に よってなされていたが,2003年から2010年までは独立行政機関である 保険 企業に関する委員会(Comite de entreprises dʼassurances) によって行 われており,さらに2010年1月21日付オルドナンス以降は,新しい独立行政 機関として,ACP(LʼAutorite de controle prudentiel) とよばれる信用秩 序維持(プルーデンス)監督機構によってなされることとなった 。
3‑2 ACP(LʼAutorite de controle prudentiel)による監督
2010年1月21日付オルドナンスによって誕生したACP(信用秩序維持
(プルーデンス)監督機構)の構成については,2010年10月22日付法第2010‑
1049号によって改正された通貨・金融法典L.612‑5条によって定められてい る。構成員は,①フランス銀行総裁,または総裁が代理人,代表として指名 した副総裁,②金融市場監督当局の長,③5年の任期で,金融上および法律
22) Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.109.
上ならびに保険業務および銀行業務経験上の能力資質を理由として,下院議 長および上院議長によってそれぞれ選任された2名。④会計基準局の長,⑤ コンセイユ・デタの副院長によって推薦された行政官,⑥破毀院院長によっ て推薦された破毀院判事,⑦会計院院長によって推薦された主席会計検査官,
保険に関する経験を有する副会長および他に2名(顧客保護,アクチュアリ ー数理的技術,または他の業務権限執行に十分に関するその能力資質に応じ て全部で3名選任される),⑧保険,共済(mutuelle),社会保険(prevoyan- ce),再保険に関してその能力資質を理由として選任される4名,⑨銀行取 引,決済・投資サービスに関して,その能力資質を理由として選任される4 名の合計19名からなる 。ACPによる金融上の監督として最も重要なのが,
保険企業の支払能力についての監督であり,これに関しては,保険法典L.
310‑12条以下に規定が置かれている。もともと保険企業に対する監督として は,1989年12月31日付法が銀行委員会をモデルとして 保険監督委員会(Com- mission de Controle des Assurances:CCA) を創設し,後に2003年8月 1日付法が 保険,互助会および福祉共済監督委員会 (Com m i s s i o n d e Controle des assurances, des mutuelles et des institutions de prevoyance:CCAM IP)という機構として,監督権限を拡大し,独立の行
政機関として監督をさせたものが,2005年12月15日付法によって名称が変更 さ れ, 保 険 お よ び 互 助 会 監 督 委 員 会(Autorite de controle des assur- ances et des mutuelles:ACAM) となっていた。そして2010年1月21日 付オルドナンスによって,認可権限,銀行および保険に関する監督がひとま とめにされ,ACAMが廃止された結果誕生したのがACPである 。その 主たる業務は,監督下にある者の財務状況の永続的監視をなすことであり,
特にその者の支払能力に関して要求される額の遵守を監督する。本稿の冒頭 に掲げた保険法典L.310‑1条,さらにL.345‑2条および通貨・金融法典L.
23) Bernard Beignier, op.cit., p.61.
24) Bernard Beignier, op.cit., p.60. Yvonne Lambert-faivre et Laurent Levneur, op.cit. p.111.
612‑2‑Ⅰ条などによれば,①生命保険およびカピタリザシオン,②人身傷害 保険,③その他の損害保険およびその補助業務,④再保険を営む企業に加え て,⑤通常の団体保険を販売する企業,⑥団体保険を締結することのできる 非営利団体,⑦確定債務約束をとくになすことなくカピタリザシオンのため に貯蓄を募集する企業,⑧共済法典における共済組合,および社会保険機構 が,監督に服する企業として定められている。ヨーロッパにおける保険に関 する統一市場の創設でもたらされたこの金融業界全般にわたる監督の一元化 によって,基本的に今後は保険企業の監督については,保険法典と通貨・金 融法典の双方による規制が行われることになる。
おわりに⎜現在および今後のフランス保険法を研究するにあたって⎜
これまで極めて雑駁ではあるが現段階でのフランスの保険法の状況につい て概観してきた。そこからは,一定の特徴めいたもの,さらには日本法の解 釈論・立法論の研究への何らかの動機づけめいたものくらいは得られたかも しれない。ここで,最後にフランスの保険法を研究するにあたって,誤解さ れやすい,あるいは気をつけなければならないと筆者が最近感じている点を 掲げて,結語に代えたいと思う。
特に重要なことは,フランスはたしかに保険先進国であり,市場でも重要 な地位にあることは疑いがないが,その内容には注意が必要だということで ある。損害保険などの非生命保険分野では,フランス(930億ドル)は,日 本(1030億ドル),イギリス(1100億ドル),ドイツ(1320億ドル)と2008年 度の全世界での市場規模(保有契約高)は大して変わらないが,生命保険分 野に関しては,フランス(1830億ドル)はイギリス(2860億ドル)の約6割,
日本(3800億ドル)の約半分弱の市場しか有していないのである。ドイツに 至っては日本の約3割弱である 。また,ドイツと同様に社会保障制度をこ れまでの政権が充実させてきたことにより,特に傷害保険,疾病保険といっ たいわゆる医療保険分野はその補足的役割として重要な位置を占めており,
25) FFSA “Rapport annual2009”p.61.
そのため,たとえば,フランスの医療保障制度は,自己負担分が一般制度で 10%となっているが,それすらを保障する非営利の相互扶助共済組合に国民 の約80%が加入しているという事実などは当然知っておく必要があるだろう。
賃金労働者(被用者)の場合,それらの組合だけでなく,民間の保険会社に 委託された補足制度に加入している場合もあるし,国民が自ら民間の保険会 社が営む疾病保険に加入する場合も多いため,フランスでは社会保障制度と 連動して,生命保険単体の市場よりも第三分野の市場の方がかなり発達して いることを,同分野の分析を行う際には必ず頭に入れておく必要がある。そ のことは,特にモラルハザードなどの問題を検討する際に,安易な比較法的 検討が危険であることと併せて,心得ておかなければならないだろう。たと えば,わが国での保険法制定の際にかなり議論された,たとえば保険募集に おけるプロ・ラタ主義についても,ヨーロッパの諸国で採用されつつあり,
システムとして参考に値することはいうまでもないものの,フランスのとり わけ生命保険分野では実務上ほとんど利用されておらず,また裁判になるよ うなこともめったにない ということも知ったうえで,わが国における議論 にどのように反映させるべきかが検討されなければならない。次に,消費者 保護法制についてであるが,これには長年の移民政策がその背景にあること を忘れてはならない(勧誘時,締結時での質問の正確さ,フランス語での明 瞭な文言での書面上の表記が強く要請されていることなどはその最たるもの である)。2007年に移民系のサルコジ大統領・フィヨン首相政権が誕生した こともそれらの政策の一大結果といえるものであろうが,2011年現在,サル コジ政権が提唱した改革はそれまでの社会保障制度とは相容れないものが多 く,さらには移民に対する取締りや規制が強化されるなどの社会背景が見受 けられるようになっていることからすると,今後フランスにおける消費者保 護法制がどのように推移していくのかは,そういった社会背景を踏まえたう
26) ㈳生命保険協会 生命保険契約に係るいわゆるプロラタ主義に関する海外調 査報告書(フランス・イギリス・ドイツ) 32頁,50頁(2007年)。
えで注視しなければならない 。簡潔に注意すべき点を掲げたが,それでも フランスが保険法について過剰すぎるほどの詳細な法制度と多くの判例の蓄 積を有する国であることは間違いないのであり,その中から,わが国の実務 における影響や立法上の参考になると真に考えられるものがあれば,それら はしっかりと分析・検討されるべきものであるということは間違いない。ま た,2009年に文書の形で公刊されたヨーロッパ保険契約法原則(PDECA:
Principes de droit europeen des contrats dʼassurances, PEICL:Princi- ples of European Insurance Contract Law)からも目が離せない 。こ れは,フランスからProf. Dr. Jerome Kullmann,イギリスからProf. Dr.
John Birds,Prof. Dr. M alcolm A. Clarke,ドイツからProf. Dr. Dr.
h.c. Jurgen Basedowといった,ヨーロッパ各国の高名な保険法学者がEU 全域で準拠しうる保険契約法として採用されることを目指して作成した立法 提案である。したがって,今後はとりわけ同原則とヨーロッパ保険法典との 関係,近隣諸国との法体系の整備などにも配慮した形で,フランスの保険法 を研究していく必要があろう。
(筆者は関西大学法学部教授)
27) 実際に2010年の地域議会選では,社会党および左派戦線ならびにヨーロッパ エコロジーによって擁立された合同候補が圧倒的勝利をおさめ,現政権に対す る国民の不満が相当なものになっていることが示された。
28) 同原則のフランス語による簡潔な紹介としては,Ioannis Rokas, Droit europeen du contrat dʼassurance, RGDA., 2010p.977et s.などがある。
同 原 則 の 邦 訳 は 小 塚 荘 一 郎=後 藤 元 ほ か ヨ ー ロ ッ パ 保 険 契 約 法 原 則
(PEICL) (損保総研,2011年)があり,今後の研究にとって極めて有益であ る。また,Jerome Kullmann et Emese Kaufmann-Mohiの手による私訳の 形ではあるがフランス語バージョンもInnsbruck大学のサイトにおいて閲覧・
入手が可能である(http://www.uibk.ac.at/zivilrecht/restatement/sprach fassungen/peicl-fra.pdf)。