■アブストラクト
本稿は,ドイツ保険法(とくに2008年版傷害保険普通約款第5.1.3号)を 基礎に,戦争除外条項を取り上げ,当該条項の解釈論を展開するものである。
近年,1990年代の湾岸戦争や2001年の 9.11事件のように保険業界にも特徴 的な事件が繰り返された結果,ドイツでは当該条項の解釈についてさまざま な議論がなされている。このことは,法的観点から再度,その意義や目的を 具体的に検討する余地を残すものであろう。本稿における検討の結果,個々 の戦争事象については,算定不能な戦争リスクの除外という目的を前提に,
結論として戦争事象と当該事故との間の直接もしくは間接の相当因果関係の 有無によって評価されること,テロ攻撃も戦争事象に含まれる場合があるこ と,保険者の証明責任は,表見証明等によって軽減が可能であることなどを 指摘し,もってドイツ保険法上の戦争除外条項の解釈の方向性を提示してい る。
■キーワード
ドイツ傷害保険,戦争除外条項,テロ攻撃
.はじめに
あらゆる保険分野での,戦争に基づく損害発生リスクに係る補償の実際的
ドイツ保険法におけるいわゆる 戦争除外条項 の解釈について
久 保 寛 展
*平成27年 月25日の日本保険学会九州部会報告による。
/ 平成27年 月 日原稿受領。
意義は,第二次世界大戦の終結と同時に低下したといわれる1)。わが国でも,
戦後約70年を経た現在,直接的な戦争への参加はなく,幸いにも最も安定し た平和な時代を享受し,戦争リスクに係る補償の除外が実際的な意義を有す ることはなかった。しかしながら,戦後の世界に目を転じれば,保険業界に も特徴的なさまざまな事件が繰り返し行われてきた事実がある。たとえば 1990年代初頭のイラクでの湾岸戦争,2001年 月11日のニューヨークでのワ ールド・トレード・センターへのテロ攻撃2),近年の イスラム国 のテロ 行為などがあげられよう。このうち,近年の直接的な戦争はとりわけ湾岸戦 争にほかならないが,いわば戦争に匹敵するほどの上記9.11事件のようなテ ロ攻撃は世界を震撼させた。このような事件が報道されると,保険法上,現 代型の戦争やテロ攻撃の行為に対し,一般的に保険契約者・被保険者の保護 にどのような影響があるのかが議論され,異常なリスクへの対処のあり方が 議論されてきた3)。
わが国の保険法でも, 戦争その他の変乱(以下,戦争等とする) に該当 する場合には,保険者の給付義務が免除される旨が定められるが(保険法17 条 項等),具体的にどのような場合が,解釈上,戦争等に該当するのであ ろうか。一般的に国家もしくはテロ組織のあらゆる暴力行為,国内の騒乱,
内戦,革命,暴動,騒擾,反乱など,戦争に類似する事象が多数存在するこ とは知られているところである4)。しかし 戦争 概念を取り上げても,宣
1) Bruck/Möller/Leverenz, ,
9. Aufl., 2010, 178‑191; AUB 2008, S. 895.
2) なお,テロ攻撃について私法学的側面から検討するものとして,榊素寛 同 時多発テロの私法的側面 巨大不法行為・保険・被害者救済の交錯 岩原紳作
=山下友信=神田秀樹 編〕 会社・金融・法 下巻〕(商事法務・2013)769頁 があり,本論文789頁以下において,テロ保険が保険商品として成立するのが 困難であることが指摘されている。
3) とくに海上保険の分野であるが,新谷哲之介 海上保険における戦争危険の 実際 損害保険研究74巻 号99頁以下(2012)などを参照。
4) 約款レベルでは,たとえばわが国の住宅火災保険普通保険約款 条 項 号 や傷害保険普通保険約款 条 項 号において 戦争,外国の武力行使,革命,
戦布告,講和条約や無条件降伏の有無などが要件とされるのか5),そうでな くても,たとえば戦争終結後の不発弾や枯葉剤等による負傷もしくは健康被 害の場合であっても保険によって保護されるのかなど,国際法の解釈ではな く,保険法独自の解釈として戦争等の概念を明らかすることが要請される側 面があろう6)。たしかに戦争等に起因する異常なリスクの蓄積によって,リ スクが算定不能になる危険状態が作出される結果,保険者が免責される必要 があることは容易に想像できるが7),他方,戦争等が保険者免責に関係する 以上は,法的観点から再度,戦争等の除外条項(以下,単に 除外条項
(Ausschlussklauseln) とする)の意義と目的を具体的に検討すべき余地が 残されているように思われる8)。なぜなら,ドイツでも,保険者免責あるい
政権奪取,内乱,武装反乱その他これらに類似の事変または暴動(群衆または 多数の者の集団の行動によって,全国または一部の地区において著しく平穏が 害され,治安維持上重大な事態と認められる状態) が掲げられている。
5) 国際法学会〔編〕 国際関係法辞典〔第 版〕(三省堂・2005)545頁によれ ば,戦争は, 一方の国家による戦争宣言などの戦意の表明によって開始され,
戦争状態は征服の場合を除き交戦国間の平和条約の締結のような合意によって 終了する とされる。
6) わが国でも,戦争とは,宣戦布告の有無にかかわらず,国家間または交戦団 体の交戦状態をいい,その他の変乱とは,内乱・一揆・暴動など,戦争とまで はならないが人為的騒乱であるとされる(たとえば石田満 商法Ⅳ(保険法)
〔改訂版〕(青林書院・1997)191頁)。
7) そもそも戦争その他の変乱の事由による保険事故の発生率はきわめて高く,
通常の保険料率では,これらの特殊な危険は考慮されていない。しかし,特別 に割増保険料を徴収し,戦争などの危険を担保する特約は有効であり,実際に,
損害保険会社は戦争保険特別約款による引受を行っており,生命保険契約でも,
戦争等を原因に死亡した被保険者の数の増加が,当該保険の計算基礎に及ぼす 影響が少ないと認めたときは,死亡保険金の全額を支払い,またはその金額を 削減して支払う旨の規定を設けているのが一般的である(坂口光男=陳亮 保 険法〔補訂版〕(文眞堂・2012)192頁,296頁,山下友信=米山高生〔編〕
保険法解説 (有斐閣・2010)457頁,山下友信 保険法 (有斐閣・2005)
460頁,石田・前掲注6) 191頁,335頁,大森忠夫 保険法〔補訂版〕(有斐 閣・1985)147頁などを参照)。
8) 戦争が保険に最も適さないリスクであることにつき,①高い保険事故の発生
は保険による保護(Versicherungsschutz)の有無につき,たとえば敵兵,
避難民,解放された捕虜等による放火・窃盗・略奪や,戦争中に爆撃を受け て破壊された道路上での事故のように戦争と個々の戦争事象との間の(相 当)因果関係の存否,あるいは戦争とテロ攻撃との関係,訴訟における証明 の問題など,これまで議論されてきた問題点が少なくないからである。そこ で,本稿は,このような関心から,ドイツ保険法,とくに2008年版傷害保険 普通約款(AUB;Allgemeine Unfallversicherungsbedingungen)第5.1.3号 の議論を整理し,当該除外条項の具体的内容を検討することにする9)。
.保険給付の除外事由としての戦争リスクの除外根拠
定額の保険料をもって事業活動を行う保険者は,堅実な運営によって長期 に及ぶ保険契約の履行可能性を確保しようとする場合,将来的に発生のおそ れがある付保された損害を補償するには,できる限り正確に将来の資金需要 を評価しなければならない10)。そのために,当該資金需要の評価は,通常,
保険事故が一定の観察期間内に特定のグループ内で発生する度合いならびに
確率,②保険事故発生の地理的・時間的集中,③コストの内部化の困難,④発 生確率・損害の大きさの統計データの非有用性があげられる(榊素寛 巨大リ スクと保険 MS & AD 基礎研 REVIEW13号78‑79頁(2013))。
9) 本稿は,ドイツ法の検討につき,Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn.1), S. 8 9 3 f f. の ほ か,主 と し て Naumann / Brinkmann,
, r + s 2012, S. 469; Ehlers,
, r + s 2002, S. 133; Fricke,
‑ , VersR 2002, S.
6; Schubach, , r + s
2002, S. 177; Fricke,
, VersR 1991, S. 1098; Krahe,
, VersR 1991, S. 634による。なお,オーストリアの文献とし て,Gruber, , in: Festschrift Attila Fenyves, 2013, S. 493 があ る。
10) 以下は,Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 1991, S. 1099 による。
その損害の平均額が明らかにされる統計資料をもって行われ,この場合の統 計資料も,事後的な保険事故(損害)の発生の度合いや損害額にも影響を与 えるあらゆる生活環境が安定して推移していることを前提に作成される。も っとも,損害発生の蓋然性や損害額が戦争によって突発的に異常に高められ る場合には,従来型の戦争の場合であれ,核兵器や生物・化学兵器(いわゆ る ABC 兵器)を用いた現代型の戦争の場合であれ,平時の状態で保険数学 的に算出された保険料収入や積立金を用いて補償を行うことはできないのが 通例である。これは,平時での通常の危険と比べて,損害発生と同時に戦争 に特有の危険の増加が明確に現れるからである。このことから,ドイツでは,
除外条項は,現在,一般的な平時の生活環境が突然に変更されたことに起因 する損害もしくはその一部を考慮しないことで,算出の基礎と損害発生の度 合いの両者の均衡が失われた関係を,再び調整するための仕組みでもあると いわれる。これによれば,戦争という例外的な状況下でも,保険者は戦争に 起因しない損害に対しては依然として保険の機能を発揮させることができ,
保険契約の締結に際して前提とされた保険経営の基盤が獲得されうるので,
不相当に高められた支配できない算定不能の戦争リスクを除外することは,
保険者だけでなく,保険制度の重要な社会的機能も維持される。それゆえ,
国家や社会にとっても,その根拠を見出せることから,ほぼすべての普通保 険約款では,原則として,戦争を条件としたリスクが除外されているのであ る。
.保険法上の戦争および戦争事象等の概念とその証明問題
⑴ 戦争概念
①戦争(Krieg) それでは,このような除外条項の意味での 戦争 とは,
どのように理解されうるものであろうか。ドイツの学説では,戦争概念につ き,まず,国際法上の概念ではなく,保険法上の意味での戦争概念に基づか なければならないことでは一致している11)。すなわち,国際法では,戦争 11) Vgl. Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 914; Ehlers, a. a. O. (Fn. 9), S.
は宣戦布告と同時に開始し,降伏もしくは講和条約と同時に終結するのに 対し,保険法ではそれよりも広く戦争概念を設定するので,保険法上の戦争 は, 戦争に基づく事実上の各暴力状態(jeder tatsächliche kriegsmäßige Gewaltzustand) として理解されるのである12)。このような戦争は,少なく とも戦争当事国の一方の側での,威嚇目的を含む兵器の使用または他国の領 土への軍事侵攻を前提とし,この場合の兵器の使用も,高損害リスクの実現 の可能性から,たとえば砲撃のような攻撃の場合だけでなく,地雷の敷設の ように兵器の非攻撃的な利用の場合を含む。もっとも,戦争概念の正確な画 定は最終的には個別事案によるところが大きいとはいえ,他国に対する武力 行使の威嚇そのものや通商停止(Embargo),経済的な報復措置,純粋な外 交干渉のような単なる戦争の前段階を含めることは,この段階では武力行使 を欠き,戦争に典型的な高損害リスクの増加がないために,当該概念の解釈 の限界を超えるであろう。前述された保険法上の戦争の定義からすれば,複 数の国家・国民もしくは民族集団の間での武力行使を伴うあらゆる対立が保 険法の戦争の定義に服すると考えられるが,この場合,必ずしもタリバン政 権のように戦争当事者が国際法上承認された法主体であるかどうかは重要で はなく,一個人が乱暴(Ausschreitung)を働くだけでも足りない。日常用 語上の理解によっても,戦争は,事変による社会秩序の混乱を意味する騒乱
(Unruhe)や,群衆もしくは集団の行動によって社会秩序を混乱させる騒擾
(Aufruhr)を超える事態であることを前提に,最初の武力行使をもって開 始し,使用兵器の事実上の完全な停止をもって終結するものである。
しかし,戦争概念の該当性判断に際しては,場合によっては次の限界事 例にも留意されなければならない13)。第一に,戦争は,航空機が軍事封鎖
134; Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 2002, S. ; ders., a. a. O. (Fn. 9), VersR 1991, S. 1099; Krahe, a. a. O. (Fn. 9), S. 634; Gruber, a. a. O. (Fn. 9), S. 498.
12) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 914; Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 1991, S. 1099. なお,本節の叙述は,主として Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O.
(Fn. 1), S. 914 ff. による。
13) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 916‑917.
地域の上空を通過した時点で当該航空機を撃墜する場合のように,個人的 な各軍事行動だけでは足りないことである。そもそも戦争は,一定の期間 および規模に応じて,国家・国民もしくは民族の間で行われる軍事的方 法(武力行使)を用いた大規模な紛争であり,その期間と規模は,除外条 項 の 目 的 お よ び 平 均 的 な 保 険 契 約 者 の 理 解 に 従 え ば,多 大 な 健 康 被 害
(Gesundheitsschäden)に基づく算定不能なリスクが紛争によって現実化さ れたという趣旨から具体的に決定される。それゆえ,個人の軍事行動は除外 条項には該当せず,したがって,保険法上の戦争を意味しない。第二に,国 境での突発事件や国境紛争は,このことからただちに除外条項を適用できな いことである。なぜなら,もともと双方の戦闘行為が戦争に基づき行われる とともに,戦闘行為が短時間の武力行使以上の対立を生じさせることが前提 であって,その前提の場合にのみ,個々の危険ではなく,不相当に高められ た支配できない算定不能の戦争リスクが顕在化し,除外条項の根拠が生きて くるからである。そのため,たとえば散発的な国境線での銃撃戦だけでは,
国境警察的な措置が問題であるので,不十分であるといわざるをえない。最 後に,たとえば NATO(北大西洋条約機構)域内での部隊移動や軍事演習 のように,このような行動が当然に除外条項の適用を根拠づけるわけではな いことである。戦闘部隊が単純に戦争地帯の付近に配備される場合も同様で あり,当該部隊が具体的に戦闘行為に巻き込まれるおそれがあるだけでは,
いまだ前提として当該部隊の危険性が高められたとは断定できないからであ る。
②内戦(Bürgerkrieg) もっとも,国内の騒乱の最も極端な事案である内 戦14)についても,戦争概念に含められるであろうか。内戦とは,同一国内で の当事者もしくはグループ間の武力行使を伴う権力をめぐる組織的対立をい い15),少なくともその一方当事者が承認を受けていない場合をいう。この場 合,内戦の原因としては国家権力の支配に対する反乱,革命および抵抗運動
14) Schubach, a. a. O. (Fn. 9), S. 179.
15) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 917 ff. による。
(レジスタンス)もしくは解放運動が考えられ,この国家権力の支配を除去 するかもしくは別の権力者が国家権力の地位に就くことが目的とされる。し ばしばゲリラ戦として紛争が行われることも少なくない。一方当事者の内戦 の動機は,たとえば宗教戦争や民族紛争,政治または経済的利益のようにさ まざまであるが,除外条項の適用の可否に関して,当該動機は必ずしも重要 ではない。内戦の場合は一時的ではあっても,領土全体を通じて国家権力を 行使できる状況にないことも特徴である。さらに,内戦の当事者が軍隊に類 する命令系統を有しかつ武器を携帯することで,内戦は一般的に 極端では ない 国内の騒乱とは区別されるが,もし内戦に該当すれば,その対立は常 に国内の騒乱でもあり,反対に国内の騒乱から内戦へと移行する場合もある。
もっとも,両者の客観的基準を欠くことから,実際上,これらを厳密に区別 するのは困難であるとはいえ,通説的理解では,このような内戦も基本的に 戦争概念に含めている。
なお,後述するテロ攻撃に関係するものであるが,テロ攻撃も内戦に該 当するかという問題が発生している。この問題につき,近年,裁判所で争 われた事件としては,2010年 月 日のミュンヘン第一地方裁判所の裁判例 がある16)。本件は ドイツ連邦国防軍の異文化相談要員(interkultureller Einsatzberater)としてアフガニスタンで活動していた原告が,2007年11月 25日に,国際治安支援部隊(ISAF)に所属する車両内でタリバンからテロ 攻撃を受けた結果,勤務不能傷害が70%に及ぶほどの重傷を負い,保険会社
(被告)に傷害保険金を請求した という事件であったが,これに対して,
当該裁判所は,結論として,当該事故は間接的に内戦によって引き起こされ たものであり,除外条項に該当するので,訴えに理由はないと判示した。そ の根拠として, アフガニスタンでは,原告が事故に遭遇した時点において,
タリバンが,国際治安支援部隊の支援を受けた住民と戦っていたので,内戦 が勃発していた状況であったが,この内戦は,もともと連邦国防軍が復興支 援目的のため活動していたアフガニスタン北部ではなく,南部で行われたも
16) LG München I, Urt. v. 7.5.2010‑26 O 14843/09, zfs 2011, S. 40.
のである。しかしその当時,時折,北部でもタリバンによって攻撃が行われ ていた。本件事故は,アフガニスタンを支配する内戦に起因し,少なくとも 間接的に当該内戦によって引き起こされたものであり,内戦がなければ,本 件テロ攻撃も存在しなかった ことを掲げる。つまり,アフガニスタン北部 で実施された攻撃は,アフガニスタン南部で発生していた内戦の間接的な結 果であることが判示され,本件テロ攻撃を内戦に含めたのである。
③戦争事象(Kriegsereignis) 次に,直接もしくは間接に 戦争事象 を 起因とする事故は原則として保険による保護から除外されることが定められ ているため(たとえば2008年版傷害保険普通約款第5.1.3号17)),どのような 場合が戦争事象として除外事由に該当するのかも問題となる。この問題につ き,そもそも除外にいたる経緯は, 戦争(内戦)状態(危険状態), 危 険の増加, 戦争(内戦)事象, 事故の発生(戦争事象の結果としての損 害もしくは健康被害),最後に 保険による保護からの除外という各因果を たどることから,戦争事象を判断するには,第一に戦争状態 と戦争事象 との間,第二に戦争事象 と発生した事故 との間での相当因果関係の存在 が検討される必要があると主張する見解もある18)。しかしながら,文言上は,
直接もしくは間接の戦争事象と事故との間での相当因果関係を定めるにすぎ ず,戦争状態と戦争事象を結びつけるものではないため,むしろ,単純に 17) 2008年版傷害保険普通約款の第5.1.3号は,次のように規定する。すなわち,
第5.1号において 以下の事故については,保険によって保護されない こ とを前提に, ①戦争事象もしくは内戦事象によって直接もしくは間接に引 き起こされた事故。②ただし,被保険者が外国旅行において不意打ち的に
(Überraschend)戦争事象もしくは内戦事象に遭遇する場合には,保険によっ て保護される。③この保険による保護は,被保険者が滞在する国家の領土にお いて戦争もしくは内戦の開始から 日後の末日に消滅する。④保護の拡大は,
すでに戦争もしくは内戦が支配する国家への旅行もしくは当該国家を経由する 旅行の場合には適用しない。⑤戦争もしくは内戦に積極的に参加する場合,な らびに ABC 兵器による事故の場合および中国,ドイツ,フランス,イギリス,
日本,ロシアもしくはアメリカ合衆国の各国の間での戦争もしくは戦争類似の 状態に関連する事故の場合についても適用しない 。
18) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 908.
戦争事象 という概念の解釈だけが重要ではないかと指摘される19)。すな わち,戦争事象とは,戦争に典型的でありかつ戦争状態がなければ発生しな かった各事象のことをいうが,さらに直接もしくは間接に戦争事象と事故と の間に相当因果関係が存在してはじめて戦争事象として捉えられる概念であ ると判断するのである20)。このような戦争事象は,戦争中であっても戦後で あっても発生しうるものであり,戦争事象と戦場との空間的な関係も必要で はない。
直接もしくは間接に事故を生じさせる戦争事象の場合,前述のように,戦 争事象と事故との間の相当因果関係の分析が必要である。戦争事象は,そも そもその発生を予測できず,通常の方法によっても遭遇しない異常な危険状 況が存在し,その場合の危険も戦争の結果として増加したことを前提とする が,事故が平時でも同様に発生しうるものであって,偶然にも戦争中に発生 したにすぎない場合(機会原因;Gelegenheitsursache)には,これを戦争 事象と評価できない場合もあることには,留意されなければならない21)。た とえば戦争中に道路が爆撃等により破壊されたことが原因で被保険者が運転 を誤り,事故によって負傷した場合,この場合の戦争事象は,破壊された道 路に認められるのではなく,道路の摩耗等以外の,戦争に起因する爆撃や地 雷の爆発等に認められ,これを前提に戦争事象(爆撃や地雷の爆発)が事故 と相当因果関係にあるかどうかが分析されるのである22)。もし被保険者の事 故による負傷が単純な過失に起因するにすぎない場合であれば,戦争事象と の相当因果関係はなく,そもそも被保険者は保険によって保護されるのに対 し,被保険者が敵兵から逃走するため爆撃によって破壊された道路を乗用車
19) Naumann/Brinkmann, a. a. O. (Fn. 9), S. 471.
20) Vgl. Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 918; Krahe, a. a. O. (Fn. 9), S.
634.
21) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 918‑919.
22) Naumann/Brinkmann, a. a. O. (Fn. 9), S. 471. もっとも,戦争事象は,破壊 された道路にあるとする見解として,Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 919.
で通行する必要があった結果,事故に遭遇したような場合には,改めて戦争 事象と事故との相当因果関係の分析が必要となり,除外条項の適用の可否が 判断される。
これに対し,ただちに戦争事象として判断される行為もある23)。その一例 としてあげられるのが,戦闘行為(Kampfhandlungen)である。戦争が暴 力を伴う紛争の一部である以上,戦闘行為は,戦争として評価される衝突の 一部であるので,必然的に戦争事象であり,また除外条項からみれば,算定 不能の戦争リスクを除外する目的がある以上,直接,当該目的に合致する除 外事由として考慮される。しかしながら,ここで留意されるべきことは,戦 争事象は,本来の戦闘行為に限定されるものではなく,戦闘行為と相当因果 関係にある後発事象についても,戦争事象に含まれる場合があることである。
そのため,一方の戦争当事国の責めに帰せられる限り,実際に身体的暴力を 伴わなくても,たとえば戦闘行為後の物の破壊,放火もしくは略奪,襲撃も しくは窃盗,家宅侵入などの行為も,戦争事象として考慮され,引き続き事 故との相当因果関係が分析される。もっとも,たとえば農家に宿営させられ た兵士が単に火の不始末で火災を引き起こし,これによって被保険者が負傷 するような場合や,占領地域での軍用車両に関連する不注意による事故は,
完全な戦争事象を意味するのではなく,いわば戦争付随事象として判断でき るにすぎないものである24)。
戦闘行為以外では,駐留(Besatzung)それ自体も戦争事象として判断さ れる結果25),進駐軍を長期にわたり配備する場合,駐留それ自体が直接もし くは間接に事故と相当因果関係を有するのかも問題となる。このような進駐 軍の行為が戦争事象として評価されるには,たとえば進駐軍兵士あるいは進 駐軍によって解放された戦時捕虜や,強制労働者が,略奪,強奪,乱暴等を 働くなど,まず,特別な危険状況が事実上の戦争状態の状況下で作出される
23) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 919 による。
24) Naumann/Brinkmann, a. a. O. (Fn. 9), S. 472.
25) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 920 による。
ことが必要である。当該状況であれば,除外条項の適用が直接肯定されるこ とになろう。もっとも,たとえば手榴弾の積込みや演習の実施に際して事故 が発生した場合のように,内容的に平時でも行われるような行動の場合には,
除外条項の適用が考慮されない可能性もある。これに対し,すでに戦争事象 が終結したような場合には,その判断基準として,どの程度,状況が安定し かつ復旧したのかが重要な考慮要素となる。なぜなら,駐留の初期の段階で は,戦争状態のもとでの駐留の場合と同様,戦争事象と事故との相当因果関 係が肯定され,除外条項が適用される可能性が高いのに対し,事故が戦争事 象の終結後に発生する場合でも,同様に考慮できるのかが不明確であるから である。たとえば戦争の終結から数か月後に,乗用車の運転者が検問所でう っかりして停車しなかったことから,駐留国の歩哨がその搭乗者である被保 険者を射殺したような場合でも26),戦争事象は否定されうるのであろうか。
このような駐留国の兵隊によって射殺されるリスクは,たしかに戦争に特有 の特別な危険であるが,その反面,駐留期間が長くなればなるほど,駐留と いう戦争事象も日常生活の普段の光景に埋没し,これによって戦争事象が存 在しなくなったと判断することも可能であろう27)。そうであれば,保険によ る保護を受ける余地が残されているともいえる。もっとも,この状況では,
不確定要素が多いので,たしかにその評価に困難が生じることも予想される ところではある。
⑵ 戦争概念の制限
広範な影響を及ぼす戦争がいったん勃発した場合,戦争中は保険による保 護が完全に無機能化するおそれが生じるため,できる限り戦争除外条項の広 範な適用を回避することに越したことはない。そうでなければ,保険者は引 き続き保険契約者から保険料を受け取るにもかかわらず,保険契約者は保険
26) Vgl. OLG Bamberg 29.7.1948, VW (Versicherungswirtschaft) 1948, S. 420.
27) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 921.
によって保護されなくなるからである28)。もっとも,戦争あるいは戦争事象 の形態も,個別事案によってさまざまである以上,特定の事件を除外条項に 含めるのかどうかの判断が困難な場合もあり,単にある事故が戦争事象と何 らかの相当因果関係にあるという理由で戦争事象として評価するのは,保険 契約者の視点からみれば,不合理な場合も考えられる。そのため,必然的に
① 戦争事象 の概念が過度に使用されてはならないこと,あるいは②戦争 事象との因果関係が軽率に肯定されてはならないこと,つまり,戦争事象に よる影響もしくは結果を判断する場合,戦争事象と事故との間の因果関係は 相当な範囲に限定されなければならないことが要求されることになる29)。そ の場合の考慮要素としては,とりわけ実質的評価の観点に基づく人的,時間 的および場所的制限が重要となる30)。
①人的制限 まず,除外条項の適用は,損害を発生させる事故が戦争当事 国に国籍を有している者や戦争当事国の軍関係者によって引き起こされたこ とを前提としない。たとえ軍事行為が戦争当事国の同調者によって実施され る場合であっても,除外条項の適用は可能である。 戦争事象 の文言から も,除外条項の適用範囲を,戦争当事国に国籍がある者によって引き起こさ れた事故に限定できないからである。さまざまな事実関係のもとで,戦争に 基づく潜在的危険が増加することからすれば,平均的な保険契約者の視点か らみても,戦争当事国に国籍がある者や傭兵あるいは戦争当事国から派遣さ れたテロリストのように,事故を引き起こした者を区別しないのが通例であ ろう。反対に保険契約者もしくは被保険者が戦争に参加した者であるか,あ るいは戦争当事国の一方に属するかどうかも重要でなく,また除外条項は,
被保険者が単なる私人あるいは軍人もしくは軍関係者として損害を被ったか どうかにも関係なく,適用される。
28) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 910.
29) 以下,Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 910 ff. による。
30) もっとも,このような制限に否定的な見解として,Krahe, a. a. O. (Fn. 9), S.
636.
②時間的制限 次に,除外条項の適用は,戦争期間に限定されるわけでは ない。たとえば陸上や水中に地雷もしくは機雷を敷設するか,あるいは化学 薬品によって森林の葉を枯らすような戦争の準備段階の措置に基づく損害に も除外条項の適用は可能である。しかし,たとえば武力を背景にした威嚇に よる他国への通商の禁止,封鎖,経済的報復措置のような場合には,いまだ 戦争に特有の損害発生リスクの増加を欠くので,除外条項の適用には不十分 である。ただし,たとえ事故が事実上の戦闘行為の中止後あるいは休戦,無 条件降伏,講和条約による戦争の終結後に発生したという形式的理由に基づ く場合でも,必ずしも除外条項が適用されないわけではない。この場合には,
戦争による損害発生の危険の増加がいまだ継続しているかどうか,あるいは 反対に戦争を条件に高められた典型的なリスクがすでに存在しなくなった結 果,保険による保護が認められるどうかという除外条項の目的によって決定 される31)。たとえば被保険者が,終戦直後の国家秩序が崩壊していた状況で 残留していた手榴弾や地雷の爆発によって死亡した場合には,除外条項を適 用することは可能であろう。
もっとも,除外条項は,時間的制限なく,すべての後発損害に適用される と解すべきではない。そうでなければ,戦争を通じて始まった因果の連鎖が 無限に続くことになるからである。そのため,原則として戦争の混乱を脱し,
事態が再び安定しかつ国家の安全や秩序が回復した場合には,時間的制限に も根拠があるといえる。つまり,そのような新たな生活環境では,戦争前の 状況と比較して改めて変更された統計的資料の利用や保険料の増加を通じて 調整が可能であることから,除外条項の目的が妥当しないのである。したが って,事態が沈静し安定した後は,たとえ信管がはずされなかった弾丸,爆 弾,地雷が存在する場合,戦争によって破壊された廃墟,あるいは損傷を受 けたか,倒壊のおそれがある建物が存在する場合,権利意識,公共のモラル の低下あるいは食料品や嗜好品または日用品の不足等による困窮の増加に基 づき犯罪発生率が高まった場合,または警察の職務行使による治安回復が困
31) Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 1991, S. 1101.
難である場合であっても,保険による保護が可能となる場合があろう。抽象 的には,戦争によって増加したリスク,および戦争事象と事故との間の因果 関係は,時間の経過と同時に次第に減少し,最終的に完全に消失すると考え られる。そのため,除外条項は,現在,たとえば不発弾の爆発のように,少 なくとも第二次世界大戦以後に発生した戦争事象に帰せられうる事故の場合 には適用されない。
③場所的制限 最後に,除外条項の適用は,戦場もしくは戦闘行為の場所,
すなわち,戦闘部隊の作戦領域に制限されない。同様に事故が戦争当事国の 領土で発生したかどうかも重要ではない。現在の技術の発展は,戦争がそも そも戦争当事国の領土を含めた空間に限定できない危険の増加を可能にする ので,ここに除外条項の目的である算定不能の戦争リスクが見出せるからで ある32)。第一次および第二次世界大戦の時代に,戦争条項は戦闘地帯と発生 損害との直接的な近接性が前提であると主張されたとはいえ,この見解の根 拠は,現在の戦争技術の発展によってすでに存在しなくなったといわれてい る。したがって,除外条項は,戦争が戦線から遠く離れた作戦空間や戦闘地 帯で実施され,損害が発生した場合であっても適用される33)。
⑶ その他の事象
前述のように,戦争ならびに戦争事象の除外に係る根拠は,保険法上,算 定不能なリスクの蓄積に認められる。当該リスクは,従来型の保険技術的な 方法では制御不能であって,保険者に対し予定されなかったリスクを除外さ せる必要があるものである。その意味では,次に検討するように,たとえば 国内の騒乱やテロリストによる攻撃も,同様に問題となる余地があろう。
①国内の騒乱 国家間紛争に制限される戦争とは異なり,国内の騒乱は国 内における紛争を意味する。国内の騒乱は,群衆もしくは集団の行動によっ て社会秩序を混乱させる 騒擾(Aufruhr) と,政府もしくはその行政機
32) Krahe, a. a. O. (Fn. 9), S. 635.
33) Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 1991, S. 1101.
関への 反乱(Aufstand) に分類されるが,その概念は比較的広範である ので,騒擾もしくは反乱は常に国内の騒乱として評価される。もっとも,国 内の騒乱については確立された基準がないため,中立的な第三者の視点から 具体的な個別事案のすべての事情を客観的に観察して判断される必要がある。
評価に際しては,少なくとも政治的,社会的,経済的,人種差別的,宗教的 もしくは犯罪的性質等を伴う群衆もしくは集団の行為を決定づける動機は重 要でなく,騒乱の参加者に何らかの動機があることも,明確な基本政策や統 一的組織が存在することも必要ではない。このような国内の騒乱は,必ずし も事実上の暴力状態を伴うものではないので,戦争条項に含まれるわけでは ない。しかし,たとえそうであっても,国内の騒乱が,潜在的暴力を伴う公 共の安全および秩序を妨げる大衆運動の結果であれば,同時に法令や国民の 法意識をゆさぶる状態が発生することも重要であるといわれる34)。そのため,
除外条項に含まれるには,たとえば国権の一時的な機能不全に基づく群衆の 略奪だけでは足りず,個人の行動,騒動および警察活動を超える紛争が軍事 的に組織された紛争にまでエスカレートする場合にはじめて,国内の騒乱は 内戦として評価される。
②テロ攻撃 保険法上, テロ の法律上の定義は存在せず,テロ攻撃を ただちに戦争もしくは戦争事象と同視することはできない35)。そのため,テ ロ攻撃による損害が戦争条項によって除外されるかどうかの保険法上の評価 は,除外条項の目的に従う36)。このことから,テロ攻撃が除外条項の戦争も しくは戦争事象として評価されるには,少なくともテロ攻撃が一方の戦争当 事国の原因に帰せられ,かつテロ攻撃による事故発生の時点で戦争に特有の
34) Vgl. Gruber, a. a. O. (Fn. 9), S. 500.
35) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 925 ff. による。
36) なお,羽原敬二 テロリズムリスクと保険制度について 保険学雑誌597号 51頁(2007)によれば,テロリズムが他の多くのリスクと異なる点は,①テロ リズムのリスクは,この何年かで大きく変わっているため,過去のデータを用 いて数量化できないこと,②人間の行動によってテロリズムのリスクが発生す ることであるとされる。
リスク(不相当に高められた支配できない算定不能な損害の蓄積)が顕在化 したことが指摘されている37)。すなわち,私人もしくは民間組織によるテロ 行為が直接もしくは間接に戦争当事国によって承認され,かつ資金援助,教 育訓練,助言,情報提供等によって促進される場合,つまり,テロ攻撃が戦 争の一部として一方の戦争当事国の原因に帰せられ,かつ特有のリスクが顕 在化してはじめて考慮されるのである。その場合,テロ攻撃が戦争当事国の 理念もしくは戦略目標を支援するのにふさわしいかどうかは重要ではなく,
いわば 国家によるテロ行為 38)と同視できる場合にはじめて,戦争もしく は戦争事象とテロ攻撃による損害との間の因果関係を正当化することが可能 となる。もっとも,一方の戦争当事国の承認は,事後的なものであってはな らない。事後的な承認では,当該因果の連鎖を始動させることはできないか らである。たとえば9.11のテロ攻撃でも,アルカイダが原因であると一般的 に認識されているが39),そもそもいずれかの戦争当事国によって承認および 促進された根拠は認められないことから,普通保険約款上の戦争もしくは戦 争事象の概念に含めることはできず,したがって,保険による保護は存在す ることになる40)。
37) Vgl. Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 929; Ehlers, a. a. O. (Fn. 9), S.
135; Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 2002, S. ; ders., a. a. O. (Fn. 9), VersR 1991, S. 1101; Naumann/Brinkmann, a. a. O. (Fn. 9), S. 474; Gruber, a. a. O. (Fn. 9), S.
501.
38) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 930; Gruber, a. a. O. (Fn. 9), S.
501.
39) Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 2002, S. 8.
40) Naumann/Brinkmann, a. a. O. (Fn. 9), S. 474; Fricke, a. a. O. (Fn. 9), VersR 2002, S. 8. もっとも,9.11事件以降,ドイツでは政府と民間で共同のテロ保険 プールの設立が企図された結果,2002年 月に Extremus Versicherungs 社 が設立され,この会社を通じて,2,500万ユーロを超える大規模なテロ損害 が企業に発生した場合の再保険が提供されている(杉山優紀 米国テロリズ ム保険制度の動向 損保ジャパン日本興亜総研レポート66号18頁(2015)
(http: www.sj-ri.co.jp issue quarterly data qt66‑1.pdf))。なお,アメリカ合衆 国での被害者救済につき,野口清司 航空テロに起因する被害者の救済 空法
⑷ 証明の問題
除外条項が適用される場合,保険者の保険給付義務が認められなくなるの で,保険者にとっては有利である。そのため,訴訟法上の証明責任の分配に 従えば,保険契約者の側が争う場合,保険者が訴訟において除外条項が適用 される事実を提出するだけでなく,当該事実を証明しなければならないのが 原則である41)。たとえばテロ攻撃の場合でも,当該攻撃が除外条項に含まれ るかどうかは,実際上,保険者側の証明の問題にならざるをえないのである。
しかし,そうであっても,通常の場合における事故の証明とは性質が異なる ことは否定できないため,保険者にはいわゆる表見証明(一応の証明)とい う方法によって証明責任の軽減が認められる。この方法は,経験則上高度の 蓋然性をもって主要事実の存在を示している場合には,特段の事情がない限 り,主要事実について概括的に心証に達したものとされることをいい42),こ れによれば,保険者は,単に戦争事象と損害の因果関係の存在を推定させる 生活上の事実関係を提出する必要があるにすぎないのである。これに対して,
保険契約者は,除外条項を適用させない別の事実関係を提出することで,こ のような保険者に有利な表見証明を覆すことができる。もし保険契約者がこ のことに成功すれば,通常の証明責任の分配が妥当するので,その場合には 保険者が完全な立証活動を行い,常に個別事案のすべての事情を考慮に入れ なければならない。
たとえば一方の戦争当事国の領土外でのテロ攻撃の場合,除外条項を適用 するには,保険者は当該戦争当事国がテロ行為を承認および促進したことに ついて証明責任を負う。しかしその証明は,通常は,保険者は戦争当事国や テロリストの内心を知る余地もないので,相当の困難を伴う。そのため,保
52号99頁(2011)。
41) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 937‑938.
42) わが国でも,表見証明の概念が説かれている(たとえば伊藤眞 民事訴訟法
〔第 版補訂版〕(有斐閣・2014)367頁,上田徹一郎 民事訴訟法〔第 版〕
(法学書院・2011)377頁,新堂幸司 新民事訴訟法〔第 版〕(弘文堂・
2011)617頁など参照)。
険者は不確実な外部の諸事情から内部事実を推測せざるをえない。すなわち,
国家が誘導したテロ攻撃であることの徴表としては,テログループと戦争当 事国である国家機関との間での関係性が重要であることからすれば,とりわ け民間施設への攻撃の頻度,テログループと戦争当事国との近接性を推測さ せる両者間の犯罪技術および諜報上の共通認識,戦争を条件とするテロリス トの犯行声明,(テログループの支援や賞賛など)戦争当事国の意思表明,
テロの犯人と思われる者への亡命の受入れなどが考慮されることになろう43)。 もっとも,確実な戦争とテロ攻撃の間での因果関係の証明は,両者の行為 の時間的隔たりが大きければ大きいほど,ますます困難になることが予想さ れる。そのため,戦争や内戦およびその事象が事故を引き起こしたかどうか 確定できない場合には,高度の蓋然性に達しなくとも,証明責任を負担する 当事者の証明活動と相手方当事者の反証活動を綜合し,証明主題につき裁判 所の心証が相当の蓋然性に達していればよいといういわゆる優越的蓋然性44) によって決定されるべきであるという考え方も成り立ちうる45)。
.結 語
以上のように,本稿はドイツで論じられた戦争,戦争事象もしくは内戦等 の概念を検討し,具体的事案での除外条項の適用の可否について描写した。
どのような事象がこれらの概念に該当するのかは,個別事案によるところも 大きいが,本稿の検討を通じて,少なくともドイツ保険法上の解釈の方向性 だけでも提示できたように思われる。要約すれば,とりわけ具体的な解釈問 題は,算定不能な戦争リスクの除外という目的を前提に,保険法独自の観点
43) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 939.
44) 優越的蓋然性の概念は,わが国でも紹介されており,たとえば伊藤眞 証明 度をめぐる諸問題 手続的正義と実体的真実の調和を求めて 判例タイムズ 1098号 頁(2002)によれば,民事訴訟における証明度は, 証明責任を負う 当事者の主張事実が相手方の主張事実と比較してより真実らしいという程度で 足りる とされる。
45) Bruck/Möller/Leverenz, a. a. O. (Fn. 1), S. 939.
から検討されるが,現在の理解では,戦争を,戦争に基づく事実上の各暴力 状態と包括的に理解するとともに,具体的な事故の側面では,直接もしくは 間接に戦争事象と当該事故との間の相当因果関係があるかどうかによって除 外条項の適用の可否が決せられるべきであることを指摘できる。さらに,国 内の騒乱は例外的に内戦に含まれる場合もあるのに対し,テロ攻撃の場合は,
特約がある場合を除き,一方の戦争当事国の帰責原因(承認・促進)ととも に,相当因果関係があり,かつテロ攻撃による事故発生の時点で戦争に特有 のリスク(算定不能な損害の蓄積)が顕在化してはじめて,除外条項の適用 が考慮される。もっとも,その証明については,通常の保険事故の場合とは 性質が異なるので,表見証明や優越的蓋然性の理論を用いて,保険者の証明 責任が軽減される。ドイツ法では,除外条項の解釈につき,一般的にこのよ うな整理が可能であろう。もちろん,このような方向性は,わが国でも同様 に法的な側面で参考となる場合もあるように思われる。実際には,除外条項 が適用される場面は少ないとはいえるが,現実にこのような場面が発生しな い方が望ましいことに疑いはない。
(筆者は福岡大学法学部教授)