1.はじめに
人権の保障、とりわけ国際的な人権保障と平和 の実現が密接に関わるものであるという認識ある いは思想は、もちろんけっして新しいものではな い。カントが、共和政体制が永遠平和への期待に そった体制であると述べるとき、その共和政体制 は社会の構成員が人間として自由であり、国民と して平等であるということが前提とされていた(1)。
自国内の特定の民族や集団に対する迫害と対外 的な侵略行為が同時に行われたナチズムの経験を 経て、国際社会や各国は、過去の反省に立って、
平和と人権保障を同時に追求すべき目的として設 定するようになった。1946年に採択された国連憲 章は、国際平和・安全の維持と人権と基本的自由 の尊重を、人民の自決・同権と並んでその主要な 目的と定めた。同じ時期に制定された日本国憲法 が、国民主権という統治原理とあわせて、平和主 義と基本的人権の尊重をその三大原理として定め たことも、同じように過去の戦争行為を否定する 国内政治体制の基礎を平和と人権保障に置くもの であった。
こうした戦後の国際社会を基礎づける平和と人 権保障は、第二次世界大戦後に生成・発展した国 際人権法において、人権保障が平和の前提条件と して位置づけられることとなった。1948年に国連
総会が採択した世界人権宣言は、人の尊厳と権利 とを「承認することは、世界における自由、正義 及び平和の基礎である」として(前文)、このこ とを確認している。また、このような平和と人権 保障との関係性は、世界人権宣言の人権保障を拘 束力ある条約とした二つの国際人権規約において も、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及 び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界 における自由、正義及び平和の基礎をなすもので あること」(前文)として確認されている。
平和と人権保障との関係性は、その後の国際社 会、とりわけ東西冷戦が終わった1990年代以降、
どのように推移しているのであろうか。以下で は、そのことを、国内での重大な人権侵害に国際 社会が介入していく二つの代表的な形態、すなわ ち国際刑事裁判制度の発展と国家や国際社会の保 護する責任論の展開を通じて検討してみたい。
2. 重大な国際人道法・国際人権法の違反に対す る刑事訴追と被害救済
(1)戦後の国際軍事法廷
平和と人権保障とが国連憲章に盛り込まれ、ま た、人権保障が平和の前提条件であるという認識 のもとに世界人権宣言が採択された戦後の時期 に、人権と平和とが交錯するもう一つの出来事が あった。それは、いわゆるニュルンベルク裁判と 論 文
特集:国際平和における人権の可能性と困難性
現代における人権と平和の交錯
─国際刑事裁判と「保護する責任」をめぐって
東 澤 靖
(PRIME 所員)
東京裁判として知られる、国際軍事法廷(IMT)
と極東国際軍事法廷(IMTFE)である。これらの 国際軍事法廷で訴追されるべきとされた犯罪は、
平和に対する犯罪、戦争犯罪、そして人道に対す る犯罪という3つの罪であったが、戦争犯罪には 占領下での民間人に対する殺害や虐待をはじめと する各種の人権侵害行為が含まれ、あるいは人道 に対する犯罪には自国民を含めて殺人、絶滅、奴 隷化をはじめとする各種の人権侵害行為が含まれ ていた(2)。
市民に対する人権侵害行為が戦争犯罪となるこ とは、1899年と1990年のハーグ平和会議で採択さ れた陸戦の法規慣例に関する条約やその付属規則
(ハーグ陸戦条約及びハーグ陸戦規則)をはじめ とする諸条約や宣言において確立していた。しか し、不戦条約(戦争の放棄に関する条約:1929年)
などに違反する行為が平和に対する犯罪として個 人の刑事責任を生じさせるのか、あるいは国際軍事 法廷においてはじめて導入された人道に対する犯 罪はそもそも国際犯罪として確立していたのか(3)、 といった問題は、事後法処罰の禁止の観点から、
あるいは勝者の正義として少なからぬ批判を呼ぶ こととなった。
他方で、国際軍事法廷の経験は、その後、国連 の国際法委員会のニュルンベルク諸原則として一 定の法典化がなされることになる(ニュルンベル ク法廷の憲章と判決において承認された国際法の 諸原則、1950年)。ニュルンベルク諸原則では、
前述の3つの犯罪が国際犯罪として確認・定義さ れ、その中でも人道に対する犯罪は、「殺人、絶 滅させる行為、奴隷化すること、住民の追放及び その他の非人道的行為、政治的・人種的または宗 教的理由に基づく迫害であり、平和に対する犯罪 や戦争犯罪の実行過程でまたはそれに関連して実 行されたもの」と定義されることとなった。また、
同じ時期には、ジェノサイド条約(集団殺害罪の 防止及び処罰に関する条約、1951年)が発効し、
戦争犯罪に関して採択されたジュネーブ4条約
(1949年)とあわせて、その後の武力紛争におけ る国家や個人の責任を明らかにする国際人道法が 形成されていった(4)。
このようにして武力紛争における一定の重大な 人権侵害行為が国際犯罪とされ、責任のある個人 が訴追されるという法理は確立していったが、国 際軍事法廷の活動が終了した後、それらの国際犯 罪を裁く国際法廷は存在しなかった。特に国際軍 事法廷に対して投げられた事後法による裁きや勝 者の正義という批判に応えるためには、独立性と 普遍性、そしてあらかじ犯罪や刑罰が定められる 必要であった。そしてなによりも、武力紛争に よってもたらせる重大な人権侵害行為に対する刑 罰による抑止を行うためには、国際刑事法廷が常 設の機関として存在している必要性があった(5)。 先の国連国際法委員会は、ニュルンベルク諸原則 を採択した以降、国際刑事法廷の設置に関する報 告を国連総会に提出し続けたが、当時冷戦の影響 下にあった国連総会はそれ以上の検討を政府代表 によって構成される侵略犯罪委員会に委ね(1954 年)、作業は事実上ストップすることとなった(6)。
(2)冷戦後の国際刑事法廷と国際刑事裁判所 国際刑事法廷の検討作業は、冷戦終結直後の 1989年に国連総会が国際法委員会に国際刑事裁判 所に関する草案の作成を指示したことによって再 開された。他方で、冷戦終結後に発生した旧ユー ゴスラビアでの独立戦争や内戦、ルワンダでの民 族的集団殺害行為に対して、国連安全保障理事会
(安保理)は、それぞれの事態に対する個人の責 任を追及するための国際刑事法廷を相次いで決議 することになる。旧ユーゴスラビア国際刑事法廷
(ICTY)(7)、ルワンダ国際刑事法廷(ICTR)(8)
がそれである。また、その後も国連安保理や国連 は、コソボ(1999年)、東ティモール(2001年)、
シエラレオネ(2002年)、カンボジア(2003年)、
レバノン(2007年)などで特別の国際的な刑事法 廷を設置していくことになった。
そ の よ う な 中 で、1998年、 国 際 刑 事 裁 判 所
(International Criminal Court:ICC)を設置するた めの条約であるICC規程が、ローマで開催され た全権外交会議で採択された。ICC規程は、その 後2002年に発効し、翌2003年からオランダのハー グでその活動を開始した。
ICC規程がその起草作業から比較的短期間で採 択、発効し、そのことを採択当時において1000を 超える世界中のNGOが熱烈に支持した背景に は、世界中でやむことのない武力紛争下での人権 侵害に対し、国際刑事裁判というシステムが有効 に対処し、また、予防することができるという期 待があったからに他ならない。ICC規程は、その 前文において、まず「20世紀の間に多数の児童、
女性及び男性が人類の良心に深く衝撃を与える想 像を絶する残虐な行為の犠牲者となってきたこと に留意し」として、市民に対する残虐行為が繰り 返されてきた歴史を提示する。そして、「最も重 大な犯罪が処罰されずに済まされてはならないこ と」を確認し、「これらの犯罪を行った者が処罰 を免れることを終わらせ、もってそのような犯罪 の防止に貢献することを決意」することによっ て、ICCの正当性を基礎づけた。そしてICCは、
その目的を達成するために、いくつかの特徴的な システムを採用した。
第1には、ICC規程が、集団殺害犯罪、人道に 対する犯罪、戦争犯罪及び侵略犯罪をその対象と する国際犯罪とし、それぞれの犯罪について詳細 な定義を定めたことである(9)。その中でも、人 道に対する犯罪は、すでにニュルンベルク原則で 確認された犯罪類型に加えて、一定の身体的自由 の剥奪、拷問、さまざまな形態の性的暴力、強制 失踪、アパルトヘイトなどの行為類型を加えた包 括的なものとして規定された。
第2に、ICC規程は、締約国のみを拘束すると
いう条約の形式の枠内で、その管轄権をできるだ け普遍的なものとするための工夫が設けられた。
たとえば、ICCは発生した事態(10)について締約 国や国連安保理が付託した場合だけでなく、独立 した検察官が職権で判断した場合にも一定の手続 きに従ってではあるが捜査を開始することができ ることとされた。そして、締約国付託や検察官の 職権捜査の対象となる事態は、容疑者の所属する 国がICC規程の締約国となっている場合だけで はなく、犯罪の発生した場所が締約国である場合 にも含まれることとされた。これによって容疑者 がその所属する国の主権によって保護されること はなくなった。また、国連安保理が付託する場合 には、容疑者の国籍や犯罪の発生場所に限らず、
ICCは管轄権を行使できることになる。
第3に、武力紛争下の犯罪においては、国家や 武装勢力の指導者だけではなく、無数の実行行為 者や中間的な指揮者が犯罪に関わることが想定さ れるが、ICCがそれらの犯罪をすべて取り扱うこ とは不可能であることから、補完性の原則により 各国家とICCとの間の役割分担を行うこととさ れた。すなわち補完性の原則のもとでICCは、
その訴追対象を最も重大な犯罪に限定し、また、
各国家が自ら持つ管轄権を行使して捜査・訴追す る意思や能力がない場合にのみ、その管轄権を行 使するものとした。これによって期待されたの は、それぞれの国家が犯罪の責任者を自国内で適 切に捜査・訴追することであった。
最後にICC規程は、ICTYやICTRとは異なり、
犯罪の被害者の権利を承認した。すなわち、ICC の裁判手続において被害者は、その法的代理人を 通じてさまざまな形で手続に参加することが認め られ、また、被告人が有罪とされた場合には裁判 所が認めれば各種の賠償を求めることができるこ ととされている。人権侵害の被害者が「国内裁判 所による効果的な救済を受ける権利」は、世界人 権宣言(8条)以降、各種の国際人権条約におい
て承認されてきた(11)。しかし、それらの国際人 権条約は、被害者が、責任者に対する刑事訴追に 関してどのような立場と権利を持つのかは明示し てこなかった。犯罪の被害者の権利を明らかにし た国際文書としては、国連総会が1985年に採択し た「犯罪と権力の濫用の被害者のための司法の基 本原則宣言」(12)と、1990年代の国際刑事法廷や 紛争下の性的暴力への対応を経て国連総会が2005 年に採択した「国際人権法の重大な侵害と国際人 道法の深刻な侵害に対する救済と保障の権利に関 する基本原則とガイドライン」(13)が存在する。
特に後者の基本原則とガイドラインは、被害者に 司法と情報へのアクセス、包括的な賠償への権利 を承認するものであった。ICC規程は、被害者に 対し賠償のみならず手続への参加を認めた点で、
また賠償を実効あらしめるためにICCの付属機 関として被告人からの罰金や没収財産と寄付金を 財源とする被害者信託基金を設置した点で、従来 の国際刑事裁判の制度を被害者のために大きく前 進させるものであった(14)。
このようにICCは、武力紛争下の人権侵害に 対して、普遍的に司法的正義を行使することに よって不処罰の文化を終了させ、また、それに よって人権侵害を予防し、さらには被害者に効果 的な救済を与えることが、期待されたのである。
(3)ICC の現状をめぐる問題
ICCの設立から10年の時を経て、これまで121 の国家がICC規程に加盟し、現在ICCでは、7 つの国の事態と27名の容疑者の事件が扱われてい る(15)。2012年には、コンゴ民主共和国(DRC)
の事態において、反政府組織の指導者であったと されるトーマス・ルバンガ・ディロ被告人に対す る、非国際紛争下での戦争犯罪(子ども兵士の利 用等)についてのICC初の有罪判決(16)と賠償決 定(17)が下された。表面上は順著に進んでいるか に見えるICCは、しかし、少なからぬ問題に直
面している。
①ICCの普遍性
第1の問題は、ICCが扱う事件における普遍性 の実現である。まず前述したように、ICCは国連 安保理が付託した事態を除けば、容疑者の所属国 または犯罪の発生地国が締約国である場合に事態 に対する管轄権を持つ。その意味で、ICC規程の 締約国が、どれだけ多くの国々、特に武力紛争に 関 わ る よ う な 国 々 を 含 む か はICCの 普 遍 性 に とっての重要問題である。しかし、すでに国連加 盟国の過半数を超えるICC規程の締約国の中に は、アメリカ、中国、ロシアといった安保理常任 理事国、イスラエルやシリアなど現に紛争を抱え る諸国、インド、パキスタン、北朝鮮などの核保 有国は含まれていない。このような国際政治の中 での超大国や紛争・紛争懸念国の不在は、ICCの 役割を限定的なものにしている。さらに前述の 2010年の改正によって犯罪の定義などが採択され た侵略犯罪については、締約国内で発生した犯罪 であっても、非締約国の国民による犯罪や、締約 国であってもICCの管轄権を受諾しない宣言を した国の侵略行為は、ICCの管轄権には属しない こととされた(18)。このように、ICC規程自体の 中に、ICCの普遍性を実現できない限界が内在し ている。
また現在、ICCで扱われている事態は、ウガン
ダ、DRC、中央アフリカ共和国、ダルフール(スー
ダン)、ケニア共和国、リビア、コートジボアー ルと、すべてアフリカ大陸におけるものである。
他方で、イラク攻撃の際のイギリス軍の行為やパ レスティナに対するイスラエルの侵攻などは、イ ギリスがICC締約国であり、パレスティナ自治 政府がICCの管轄権を受諾したにもかかわらず、
ICCの検察局は捜査の中止を決定してきた(19)。 もちろんICCの検察局は、自らの設定した政策 に基づき捜査に関する決定の理由を明らかにして きているが、少なくとも結果においては、扱う事
態がアフリカ大陸に集中しており、こうした地域 的格差、がICCは先進国による後進国に対する
「正義」ではないか、新植民地主義の道具ではな いかとの批判も招いてきている(20)。実際にアフ リカ連合(AU)は、ICCがスーダンのバシル大 統領に逮捕状を発布した2008年以降、先進国によ る普遍的管轄権原則の濫用、ICC検察官の裁量権 行使に対する懸念、ICCへの非協力などを決議し てきている(21)。
さらに、ICCの管轄権を普遍的なものとする最 後の可能性として、国連安保理による事態の付託 がある。ICCの発足当初、当時のブッシュ政権に よるアメリカのICC敵視政策のもとで、安保理 によるICCへの付託はきわめて困難なものと考え られていた。しかしその後アメリカ政府のICCに 対する姿勢の変化の末に、2005年、安保理はその 決議1593によってダルフール(スーダン)の事態 をICCに付託し、アメリカはその決議に棄権した ものの拒否権を行使することはしなかった(22)。 これによって安保理によるICCへの付託は、一 面では現実のものとなったが、他方で安保理に内 在する政治的な選別性という問題を抱え続けてい る。そうした政治的な選別性は、2011年にアラブ 地域で巻き起こったアラブの春に対する安保理の 対応によって、あらためて明らかとなった。チュ ニジアやエジプトに引き続いて、リビアで起こっ た民衆の蜂起と政権側の弾圧に対し、安保理は、
蜂起からわずか10日後の2月26日、その決議1970 によってリビアの事態をICCに付託した(23)。し かし、同じ時期に民衆蜂起が始まったシリアの事 態に対して安保理は、シリア政府に対する非難決 議すらもロシアと中国によって採択されず、現在 に至るまでICCへの付託は行われていない。こ のような安保理、とりわけ常任理事国による政治 的な選別が、ICCの普遍性の一つの大きな障害と なっている。
このようなICC規程に内在する限界、実際の
捜査・訴追における地域的格差、そして安保理の 政治的選別性が、ICCが普遍的な司法機関として 機能することを妨げている。
②ICCの実効性
ICCが直面する第2の問題は、その捜査や訴追 における実効性の確保である。
ICCにおいては、欠席裁判は認められていない ことから、ICCでの訴追を行うためには、逮捕状 や召喚状の執行により被疑者の身柄を確保するこ とが必要となる。しかし、ICCが実際に逮捕状や 召喚状を執行できず、手続が進行しないままの事 件も少なくなく、前述した27名の容疑者の中で12 名については実際にはICCでの手続きが進行し ていない。これはいうまでもなく、ICCが各国の 領域で自ら執行機関を持たず、被疑者の確保も証 拠の収集も各国の協力に依拠せざるを得ないこと に由来する。ICC規程のもとで、締約国はICC による捜査や容疑者の引き渡しへの協力を義務づ けられているが、第三国の容疑者については他国 との国際法上の義務があればそれが優先されると い限界がある。非締約国にもICCへの協力を義 務づける主要な手段としては、国連安保理が国連 加盟国に対して協力を義務づける決議をあげるこ とがあるが、実際には、安保理がICCへの付託 を行ったスーダンやリビアの事態においてすら、
スーダン(および紛争当事者)あるいはリビア以 外の国連加盟国に対して、ICCに対する協力を義 務づけることはしなかった。
そのようなもとで、例えばもっとも早く逮捕状 が発布されたウガンダでの事件の場合は、容疑者 が引き続き指導部にある反政府勢力との間での内 戦が終結せず、逮捕状はまったく執行されていな い。ダルフール(スーダン)の場合には、バシル 大統領を含む4名に対する逮捕状が執行されない ままであるが、その中でもバシル大統領の場合に は、同大統領がICC規程の締約国を含めて少な からぬ国々を訪問しているにもかかわらず、その
訪問先でも逮捕は行われていない(24)。リビアの 場合は、カダフィ大佐を含む3名に対して逮捕状 が発布され、同大佐の死亡後、残りの2名(1名 は同大佐の次男)の身柄は拘束されている。しか し、新たに設立したリビア暫定政府は、それら2 人の容疑者を自国で訴追することを主張して、
ICCへの引渡しを拒否している(25)。
このようにICCへの各国からの国際協力が十 分得られていない状況は、ICCが実効性を持って 捜査や訴追を行うための障害となっている。ま た、ICCにおける訴追手続き自体、前述のICC の最初の有罪判決であるルバンガ事件は、逮捕か ら判決までの間に6年余の時間を経過しており、
その内部の手続きにおいても克服すべき多くの問 題を抱えている(26)。
③被害者の権利の実現
第3には、被害者の権利の実現と救済がどれだ け実現しているかという問題である。
ICC規程で実現した被害者の参加と賠償決定の 制度も、その実際の運用の中で、数々の問題に直 面してきた。
被害者の参加をめぐっては、ICC規程自体に参 加が認められるべき被害者の範囲や参加が認めら れた被害者が行うことができる実際の訴訟活動に ついて詳しい規定がないことから、それらの点を めぐる争いがICCの上訴裁判部を巻き込んでし ばしば争われてきた(27)。被害者の参加の権利を 拡大することが被告人の公正な裁判を受ける権利 と対立する可能性は、当初から懸念された問題点 である。それに加えて、検察側の、立証対象を確 実なものとして有罪判決を獲得することにより司 法的真実を裁判所に認定させようとする目的と、
被害者の、自らの被害に関わるすべての事実を真 実として確認されることを求める要求とは、時と して矛盾するという問題を健在化した。その端的 な例が前述のルバンガ事件で現れた。検察側はも ともと子ども兵士に関わる戦争犯罪について訴追
を行っていたが、参加した被害者側は、公判の審 理を通じて明らかとなった性的暴力に関わる戦争 犯罪についても有罪認定を行うように裁判所に求 めた。しかし公判裁判部は、曲折の上、有罪判決 においては性的暴力の事実を認定しながら犯罪事 実には含めず、性的暴力を訴追しなかった検察側 を強く批判した(28)。こうした問題が生じてきた 背景には、被害者の刑事手続への参加を権利とし て承認するとしても、その参加がどのような目的 のために認められるべきなのかという点につい て、共通の理解が形成されていないという問題が あると思われる(29)。
賠償という形での被害者の救済の実現を願う国 際社会の期待に対し、その実現可能性に大きな疑 問を残すことになったのが、前述(註17)のルバ ンガ事件に関わるICCの最初の賠償決定であっ た。この賠償決定は、賠償に関する原則として、
数々の考慮要素や認定のための方法や基準を示し たものの、参加していた被害者について個々の損 害や賠償の認定は行わず、被告人に対してはその 資産が見つからなかったとして賠償命令を発せ ず、また、ICCに付属する被害者信託基金を通じ ては集団的な賠償を行うべきだとする命令を行っ た(30)。被告人に対する賠償を否定した点、被害 者信託基金を通じても個別の賠償命令を行わな かった点などに対しては、被害者らがそれを不服 として直ちに上訴している。しかし、多数にのぼ る個別被害者の損害の認定を裁判所が短期間のう ちにどのように行うのか、実際に刑事手続に参加 しているのは無数の被害者のごく一部であるが参 加していない被害者との間でどのように公平性を 実現するのか、明らかな資産が発見・確保されて いない場合に被告人に対する賠償命令を行うこと にどのような意味があるのか、また、被害者信託 基金には常時300万ユーロ程度の財源しかなく、
他の事件の被害者への賠償も今後ある中で、現実 にどのような賠償が可能なのか。そもそもこの制
度の根本にあるそうした問題は、賠償決定に先 立って何ら解決されていなかった。その意味で、
この最初の賠償決定が内容的にも不十分なもの で、被害者に強い不満を残すことになったのも、
ある意味ではやむを得ない帰結であった。武力紛 争の中で発生する大量の被害者に対し、どのよう な財源を用いてどのような手続で賠償あるいは救 済を実施していくのか、それらはまさにこれから 克服していかなければならない課題である。
3.「保護する責任」と武力介入
(1)「保護する責任」をめぐる問題状況 冒頭に述べたように、国際的な人権保障が平和 の基礎であることは、第二次世界大戦後の長きに わたって国際人権をめぐる共通の認識であった。
それでは、逆に、国際的な人権保障のために平和 を犠牲にすること、言いかえれば人権侵害を止め させるための武力攻撃は正当化されるのか。この ような問いをあらためて提起したのが、すでに触 れたリビアの事態に対する国際社会、とりわけ国 連安保理の対応であった。
安保理は、2011年2月から始まったリビアでの 民衆の蜂起とそれに対する当時の政権による弾圧 に対し、同月にすでに触れた事態のICCへの付 託を含む決議1970を採択したが、さらに3月17 日、リビアへの武力行使を国連加盟国に認める決 議1973を採択した(31)。すなわち、同決議は、国 連事務総長などに告知・協力し、外国軍によるリ ビア領域の占領を除外するなどの条件はあるが、
リビア国内での「攻撃の脅威のもとにある市民と 市街地を保護するために、・・・各国家の資格で または地域的な組織や取り決めを通じて、すべて の必要な措置を取ることの権限を加盟国に付与 し」(第4項)、安保理が設定した「飛行禁止への 遵守を強制するために、・・・各国家の資格でま たは地域的な組織や取り決めを通じて、すべての
必要な措置を取ることの権限を加盟国に付与し」
(第6項)た。そして、これらの措置を導く前提 として、その決議の前文に次のような「保護する 責任」に基づく記述がなされた。
「リビア当局によるリビアの住民を保護する 責任を繰り返し、武力紛争の当事者は市民の 保護を確保するためにすべての可能な手段を 取る第一次的責任を負うことを再確認し」
(第4段落)
「市民と市街地の保護、ならびに人道支援の 速やかかつ妨げのない通過と人道要員の安全 を確保する自らの決意を表明し」(第9段落)
ここに示された論理は、第一に、リビア政府は 市民を保護する責任を課せられているが、リビア 政府がそれを果たしていない状況の下で、第二 に、安保理自身が市民の保護を確保するために、
加盟国への武力介入への権限付与を含めて自ら措 置をとるというものであった。なお、この決議の 採択においては、安保理の常任理事国のうち、ア メリカ、イギリス、フランスが賛成し、中国とロ シアは棄権したが拒否権は行使しなかった。この 決議を受けて、フランス、イギリス、アメリカが リビアに対する攻撃を開始し、後にNATOに引 き継がれた。この攻撃には、アラブ地域の国々か らの参加もあった。その後、リビアでは、カダ フィ大佐率いる政権が崩壊し、同年10月23日、国 民評議会によるリビア全土の解放が宣言された。
以上の安保理決議とその後に進行した事態につ いては、安保理がはじめてその行動原理として
「保護する責任」を採用したこと、あるいは伝統 的なウェストファーリア以来の国家主権体制を基 礎とする国際法を、国家の権利としての主権から 責任としての主権、あるいは国家主権から市民の 保護へと転換させるものだとして、人権保障の観 点からも評価する声も大きい(32)。他方で、紛争 下で一方勢力を支援する介入がどこまで公正であ り得るか、保護する責任は「文明国の介入主義」
の焼き直しではないか、濫用される危険はないの か、安保理の選択性や恣意性をどう考えるのか、
などと言った問題点も指摘されている(33)。
(2)「保護する責任」の登場とその後
国 際 社 会 に お い て「 保 護 す る 責 任 」
(Responsibility to Protect)という概念を始めて提 唱したのは、一般にカナダ政府が設置した「介入 と国家主権に関する国際委員会(ICISS)」が2001 年 に 公 表 し た 報 告 書「The Responsibility to Protect」であるとされる(ICISS報告書)(34)。こ
のICISS報告書は、1999年と2000年の国連総会に
おいて当時のコフィ・アナン国連事務総長が提示 した次のような問いに応える形で作成された。
「もし人道的介入が、確かに、主権に対する 許容できない襲撃であるとすれば、我々はル ワンダに対し、スレブレニカに対し、我々の 共通の人道のすべての規範に影響する人権の 広範かつ組織的な侵害に対して、どう対応す べきなのであろうか。」
そしてICISS報告書は、国家主権は「支配とし
ての主権」から「責任としての主権」に性格付け されるべきこと(第2章)、「保護する責任」の第 一次的責任は個々の国家にあるが、国家がその責 任を果たす能力や意思がなくまたは国家自身が人 権侵害の実行者である場合には、行動を取るのは 国際社会の責任となること(第2章2.29)、そし て「保護する責任」は、「対応する責任」だけで はなく「防止する責任」と「再建する責任」を含 むべきこと(第3、4、5章)などを提唱してい た(35)。
「保護する責任」の概念は、その後、国連の場 においてより具体的なものとして展開していく。
アナン事務総長が設置した「脅威、挑戦及び変化 に関するハイレベル・パネル」は、2004年に報告 書「より安全な世界」(36)を作成した。同報告書は、
国連加盟国は国家主権の特権を受けるだけではな
くその責任を受け入れるべきものであり、その保 護する責任を果たす意思や能力のない国の場合、
「集団安全保障の原則は、それらの責任のいくつ かの部分は、国連憲章と世界人権宣言に従って行 動する国際社会によって引き受けられることを意 味する」と述べていた(37)。それを受けて、アナ ン 事 務 総 長 は、 国 連 総 会 ハ イ レ ベ ル 全 体 会 合
(2005年総会サミット)に提出した報告書「より 大きな自由の中で」(38)において、保護する責任 を採用しそれに基づき行動すべきこと、そうした 責任は第一次的には個々の国家にあるが、国家に 市民を保護する能力や意思がない場合にはその責 任は国際社会に移転し、他の方法が十分でないと 見える場合は、「安全保障理事会が必要であれば 強制的な措置を含む国連憲章のもとでの措置を取 ることを決定することができる」と訴えた(39)。
以 上 の 経 緯 を 経 て、2005年 総 会 サ ミ ッ ト は、
「2005年世界サミット成果文書」を採択し、国連 総会決議として「保護する責任」を正面から認め ることとなった(40)。「集団殺害、戦争犯罪、民族 浄化及び人道に対する犯罪から住民を保護する責 任」と題する項でこの文書は、①個々の国家の住 民をそれらの犯罪から保護する責任の存在(138 項)、②国連を通じた外交、人道その他の平和的 手段をとる国際社会の保護する責任の存在(139 項)、そして③平和的手段が適切ではなく国家当 局が明白に住民保護を行わない場合には安保理を 通じて強制的措置を含む集団的措置を「取る用意 があること」(139項)を決議した。この決議は、
各国家が保護する責任を果たさない場合の国際社 会による強制措置による介入の対象を「集団殺 害、戦争犯罪、民族浄化及び人道に対する犯罪」
の事態であって国家が明白に住民保護を行わない 場合に限定した。また強制措置は、国際社会の保 護する責任とは区別された形での、安保理のとる ことが可能な措置とされ、義務であるとは明言さ れなかった。なお、この決議は、国連改革に含ま
れる安保理の改革とセットで行われたものである が、議論の過程でいったんは原案に取り込まれ た、重大な人道的危機に際して常任理事国が拒否 権の行使を差し控えるべきだとする主張は、最終 的に決議には取り込まれなかったという(41)。
なお2005年世界サミット成果文書の後の国連総 会では、2009年に「保護する責任」に関する討論 が実施されたが、それを実行に移すための議論を 求める藩基文事務総長の提起に対し、その濫用を 警戒する議論が提起された国連総会は、「保護す る責任」の検討を継続する決議をするにとどまっ た(42)。また、周知のように安保理の改革は実現 しておらず、常任理事国の拒否権は残ったままで ある。安保理では、2006年に2005年世界サミット 成果文書の「集団殺害、戦争犯罪、民族浄化及び 人道に対する犯罪から住民を保護する責任」を再 確認する決議を採択し(43)、また同年のスーダン に関する決議で成果文書に言及したが(44)、それ 以上に、具体的な行動を促す根拠としては用いら れていなかった。ところが、前述したように2011 年のアラブの春とリビアの事態に対し、安保理 が、その介入を正当化するために「保護する責任」
に依拠したことから、この概念の法的規範として の可能性と危険性について、議論が百出すること になった。
(3)人道的介入との関係
「人権の広範かつ組織的な侵害に対して、どう 対応すべきなのであろうか。」という前述のアナ ン前事務総長の問は、「保護する責任」が提起さ れ る 以 前 に も、 国 際 法 上 の 人 道 的 介 入
(humanitarian intervention)の可否として、長らく 議論されてきた問題である。国連憲章のもとで、
国連安保理の第7章決議に基づく以外の武力行使 は、自衛以外の武力による威嚇と武力の行使を禁 止する武力禁止原則と、領土保全と政治的独立を 尊重すべきとする領土保全原則とのもとで違法な
ものとされてきた(2条4号)。国際司法裁判所 は、ニカラグア対アメリカ事件において、武力使 用の法的理由としての人権保護の主張を拒否した が(45)、それは国連憲章に対する一般的な理解で あると言える。
しかし、現実の世界で生起する各国での非人道 的な事態が、人道的介入の合法化を求める圧力と して、その是非をめぐる議論を呼んできた(46)。 1999年 の コ ソ ボ 紛 争 に お け るNATO軍 に よ る ユーゴへの空爆に対して、欧米に比べて平和主義 的な発想が強いと思われていた日本の言論状況に おいてさえ、介入は決定的に間違いとは言えない という見方が多数派であり、批判的な立場をとっ た論者がむしろ意外なほどに少数だったという検 討結果は、まさにこのような合法化の圧力を示し ているのかも知れない(47)。あるいは、同じコソ ボ紛争の際に主張された、「違法ではあるが正当
(illegal but legitimate)」(48)という評価が、この問 題の複雑な状況を示している。
他方で人道的介入の何らかの意味での合法化を 主張する議論に対しては、本当に人道的介入と呼 べるような事例はこれまで存在したのか、実際に 介入のある事態とない事態とが存在しその区別は 恣意的なものではないかと言う批判、だからこそ 濫用の可能性を可能な限り排除するために、正当 化されるための諸要素を考え続ける必要性が指摘 されてきた(49)。
このような人道的介入の合法性をめぐる問題を 回避する方法は、国連憲章のもとでは、安保理に よる第7章の強制的措置であるが、安保理の権限 は、「国際平和及び安全の維持し又は回復するた めに」(39条1項)認められており、人権や人道 は直接にはその権限に含まれていない。それで も、1990年代以降、安保理の多数派は、国内の紛 争も国際平和・安全に対する脅威であると見な し、適切な場合には人権問題を取り扱うことがで きるとの立場をとるようになっていった(50)。そ
うした状況が、重大な人権侵害を含む純粋な人道 問題を、場合によっては国際平和・安全への脅威 とし、安保理の適切な措置を正当化するものとし ていったと評価されてきた(51)。実際に、1990年 代には、イラク、ソマリア、旧ユーゴスラビア、
ルワンダ、ハイチ、コソボなどの事態において、
安保理は人権や人道をめぐる状況への懸念を、決 議を行う根拠としていったのである。しかし、そ うした人権や人道を問題とする安保理の措置は、
一方的な武力介入にいたる場合はまれであった。
唯一の例外は、ソマリアに対する安保理決議794
(1992年)に基づく多国籍部隊による介入容認 だったが、それによる介入は現地武装勢力との衝 突につながり、1994年2月にその任務は終了させ られた。そして1998年から状況が悪化していった コソボの事態においては、ユーゴスラビアに対す る武力行使の容認をめぐって常任理事国が対立 し、結局、武力行使を容認する安保理決議を欠い たまま、1999年にNATO軍はユーゴスラビアに 対する空爆を開始した。NATOの空爆は、安保理 をはじめとして激しい論戦を引き起こし、そのよ うな状況が前述の「保護する責任」の提唱につな がっていったのである(52)。
(4)人権の観点からの「保護する責任」の評価 結論として武力行使を容認しかねない「保護す る責任」を人権保障の観点からは,どう評価すべ きなのだろうか。
国際的な人権保障は、その根本的な問題点とし て、多くの場合にその法的拘束力と執行力を欠い ている。国連憲章のもとで人権を取り扱う経済社 会理事会と総会(及びそのもとにある人権理事 会)は、加盟国に対し法的拘束力を持つ決議を行 うことはできず、執行力も持たない。国際人権条 約は、その条約自体に法的拘束力を認められてい るものの、人権裁判所を持つ地域人権条約を除け ば、国家の違反行為に対して条約機関やその他の
機関が法的拘束力や執行力を持った措置をとるこ とができないのは同様である。そのような状況に あって、人権保障が各国家に対する強制力を獲得 していくことは、少なくとも、大量かつ深刻な人 権侵害が目の前で進行している状況においては、
望ましい方向といえるかもしれない。
また、「保護する責任」がその背景に持つ、国 家主権に関する理解は、国際的な人権保障の理念 とはまさに合致する。戦後発展を続けた国際人権 法の発展にもかかわらず、少なからぬ国家が国内 の人権状況は国内問題あるいは主権の問題とし て、国外からの批判や検証を拒否する立場をとり 続けている。そのような状況にあって、国連憲章 のもとで認められた国家主権は、無条件の権利で はなくその領域内にある市民を保護する責任との 関係で相対化される、言いかえればその責任を果 たさない場合には、国家主権が制限され、干渉さ れる場合もあり得るという主権認識は、国際的な 人権保障にとって歓迎すべきものであるだろう。
そのような認識は「保護する責任」をさらに進ん で個人の「保護される権利」として再構成する試 みにも通じることとなる(53)。
さらに、ICISS報告書以来の「保護する責任」
は、国際社会による介入をあくまで各国家が市民 の保護を行う意思や能力のない場合に限定し、あ るいは最終的な2005年世界サミット成果文書にお いても、国際社会が安保理を通じた集団的措置を とるのは国家が「集団殺害、戦争犯罪、民族浄化 及び人道に対する犯罪」において明白に住民保護 を行わない場合に限定する。これらは、ICCの項 で触れた「補完性の原則」に類似するものであり、
第一次的には当該国家の権限と責任を尊重する従 来の国際人権法や国際人道法の枠組みとは調和す ると言うことができる。
それにも関わらず、「保護する責任」に対する 懐疑もまたすべてを否定することは困難である。
「保護する責任」に向けられた懐疑のいくつかは、
それに先行する「人道的介入」に向けられた批判 と共通する。
第一の問題は、「保護する責任」を理由に国際 社会が特定の事態に対する介入を行う場合の選別 性や恣意性を排除すること、言いかえれば普遍的 な適用が困難だと言うことである。「保護する責 任」を理由に強制的な介入を決定する主体は、従 前と変わるところのない安保理である。そして
「保護する責任」が提唱されたのは、まさに常任 理事国5大国の寡頭体制のもとで1990年代の重大 な人道危機に対して機能不全に陥っていた安保理 を動かすためになされたものである(54)。そのた めに、「保護する責任」は、常任理事国が拒否権 を持つ安保理の改革とともに提案されたもので あったが(55)、安保理体制は変わるところがな かった。また、「保護する責任」は、当初は各国 家が責任を果たさない場合の国際社会の責任や義 務として提案されてきたが、最終的な2005年世界 サミット成果文書において、国際社会は強制的措 置を「取る用意があること」とされ、国際社会の 責任や義務の側面はあいまいなものとなった(56)。
選別性や恣意性の問題は、前述のリビアに関す る行動の直後に、明らかなものとなった。すなわ ちリビアと同じ時期に始まったシリアにおける市 民への攻撃とその後の内戦に対しては、強制的措 置を含まない安保理決議案が繰り返しロシアと中 国との拒否権行使により否決され、その後、シリ ア監視団の派遣に関する安保理決議などは採択さ れたものの、事態のICCへの付託すら行われて いない(57)。直近では2012年11月にまたイスラエ ルによるガザへの空爆が実施されたパレスティナ の事態についても、安保理においてはアメリカの 反対によってそれが機能しない状況は続いている。
このような安保理の状況の下では、「保護する責 任」を実施する上で、選別性や恣意性や「二重基 準」への懸念を払拭することは不可能である(58)。 また、世界規模で極端な南北経済格差が存在する
下では、その適用の対象となる国々は限定されて おり、「保護する責任」に基づく介入は、結局の と こ ろ 欧 米 基 準 に 満 た な い 国 内 体 制 を 抱 え る
「南」の国々への先進諸国による介入としてしか 機能しないことや、そのような適用の普遍性を欠 くことは「保護する責任」の「新植民地主義」的 な傾向を示すのではないかという指摘も、十分に 理由のある批判である(59)。
第二の問題は、安保理が「保護する責任」に依 拠して武力介入を許可する条件や手続、介入の内 容や介入後の対応については、何ら定められてい ないと言うことである(60)。ICISS報告書は、武 力介入が正当化される場合を限定し、さらに4つ の 予 防 原 則 と し て、 目 的 の 正 当 性(Right intention)、措置の最終性(Last resort)、手段の比 例 性(Proportional means)、 合 理 的 な 展 望
(Reasonable prospects)を設けていたが(61)、それ らは2005年世界サミット成果文書では、少なくと も明示の形では採用されていない。実際に2011年 のリビアでの事態に対する最初の安保理決議1970 から加盟国に武力行使を容認する安保理決議1973 がなされるまで時間的間隔は1ヶ月足らずであっ た。どのような状況がそのような急激な措置の強 化を支えたのかは、十分な説明がなされていたと は言えない(62)。それにもかかわらず、安保理が 加盟国に容認したのは領域の占領以外の「すべて の必要な措置を取ることの権限」という無制限の 手段であった。ここでは、武力介入に際しての手 続や介入の内容について、何らかの枠を設定しよ うとする考慮は見て取れない。
また、ICISS報告書では、「保護する責任」は、
武力介入を含む「対応する責任」は、あくまで介 入前の「防止する責任」や介入後の「再建する責 任」とセットになって提唱されていた。人道的介 入が議論される際にも、「介入せよ、ただし上流で」
と言い表されるように、武力介入が本当に必要と される事態に至る前に、それを回避するための努
力が尽くされるべきことが指摘されてきた(63)。同 じように、「保護する責任」は、仮にそれが最悪 の場合に武力介入を正当化することがあるとして も、介入後の事態に対する責任を当然に伴うもの である。リビアへの介入が結果としてリビア国内 に多くの民兵組織を割拠させることになり、安定 した政府と国家の樹立を妨げている事態に対し、
武力介入を支持した安保理や諸国家は、「再建す る責任」を負い続けるはずなのである。
第三に「保護する責任」に基づく介入は、どの ように国際法上正当化されたとしても、人道的介 入の場合と同様に、介入を受ける地域に所在する 人々に与える影響という道義上の問題を排除する ことはできない。すなわち武力行使によって新た にもたらされる人権侵害、いいかえれば「人権侵 害を排除するために最も人権侵害的な手段を用い なければならない」という道徳的葛藤を除去する ことはできないと言う問題は引き続き存在するこ とになる(64)。このように介入によってもたらさ れる新たな人権・人道上の問題は、武力介入の場 合に限られたものではなく、経済制裁などの非軍 事的な措置においても、その影響をもっとも深刻 に受けるのは、子ども、病者、高齢者あるいは女 性などもっとも脆弱な人々である。そうした問題 は、従来の非軍事的制裁においても認識され、安 保理による経済制裁決議においても「人道的例 外」を設ける扱いが定着していた(65)。リビアの 事態においては、NATO軍による空爆による市民 の被害の可能性は早くから指摘され、国連人権理 事会は独立調査委員会を設置した。しかし、同委 員会の調査報告書は、2011年5月28日までの8,729 回の出撃、3,327回の爆撃にわたったNATO軍の 空爆のもとで、旧政権やメディアから寄せられた 市民の犠牲の報告についてはその信憑性を検証す る立場になく、少なくとも市民に対する意図的ま たは非差別的空爆の証拠はないとして、それ以上 の検証を行わなかった(66)。このような対応は、
「保護する責任」を理由とする武力行使について の道義的な正当性を著しく減じることになるだろ う。
以上に詳しく検討したように、「保護する責任」
は、それが正当化しようする武力介入において、
そして、実際に安保理がリビアの事態で用いた ケースにおいて、その有用性より危険性が指摘さ れることには十分な理由がある。しかし、そのこ とのゆえに「保護する責任」を有害な概念として すべてを否定し去ってよいのであろうか。かつて スターンは、「保護する責任」を構成する規範を、
より広範な支持を受ける段階に応じて次のような 5つの命題に分類した(67)。
命題1: 国家は、その領域において市民を保 護する義務がある。
命題2: 保護する義務を怠る国家は、主権の 主張を弱めることになる。
命題3: 国連や第三国は、非強制的に介入す ることができる。
命題4: 国連や第三国は、強制的に介入する ことができる。
命題5: 国連や第三国は、積極的な行動を取 る義務がある。
この分類を借りれば、命題1から3にいたる内 容については、それらを前提とする国家の実行 は、多くの国々のみならず、市民社会にも国際的 な人権保障の観点から受け入れられつつあるであ ろう。しかし、もっとも問題となる命題4につい ては、すでに検討したようにその決断を行う安保 理の政治的性格をはじめとして、それが法的規範 として承認されることには多くの問題がある。そ の内容や手続についてのセーフガードの不足、影 響を受ける市民の人権への配慮、そして何よりも 命題5と併せて議論されない場合の選択性と恣意 性は、「保護する責任」を、人権保障を口実とし た武力紛争の拡大へと導いていく危険性を否定で きない。そうであるとすれば、「保護する責任」
が正当性を持つ法規範として機能するためには、
まず、命題1から命題3にいたる過程で、国際社 会の信頼を得ることができるような実例を積み重 ねていくしかないであろう。
4.国際刑事裁判と「保護する責任」
以上に検討してきた「保護する責任」の現状を 前提にすれば、「保護する責任」、とりわけその主 要な部分を占める「対応する責任」は、武力介入 ではない非軍事的介入の手段が充実し、積み重ね られなければならない。そうした意味において、
「保護する責任」における主要な法的保護の仕組 みの一つとしてICCを位置づけることには十分 合理性がある(68)。アラブの春以降、「保護する責 任」とICCとの連関性の認識は、国際的正義の 執行にとって新たな希望を作りだしたとする指摘 もある(69)。国際的な人権保障がなによりもまず 平和の基礎として認識されてきたという経緯や、
武力介入がその副作用としての新たな被害や人権 侵害を伴わざるを得ないという道義的なジレンマ を考えれば、目の前で進行する人権侵害に対して まずもって対置すべきなのは、国際刑事裁判であ るだろう。また国際刑事裁判による介入は、独立 の司法機関によりICC規程をはじめとする法に 従って行われる点で、選別性や恣意性を排除でき ない武力介入に比べて、信頼に足る対応方法だと 言える。そのような「保護する責任」と国際刑事 裁判の連関性は、実際にリビアの事態で、安保理 の決議1970で実現していた。こうした連関性は、
「保護する責任」を実施する主要な手段として、
安保理の実行として定着させられるべきであろ う。
しかし、そのような方向性にも、いくつかの大 きな問題が横たわっている。
まずなによりも国際刑事裁判は、あくまで事後 的な介入であって、いくらかの抑止的効果は期待
できるとしても、目の前で進行しつつある虐殺や 重大な人権侵害に対して、即時的な力は持ち得な いと言うことである。その意味で、「どう対応す べきなのであろうか。」というアナン前事務総長 の問いは、引き続き宙に浮くことになる。他方で、
そのような究極の問いを発しなければならない状 況を、いいかえれば「保護する責任」が武力介入 に至らざるを得ないような状況を極力少なくする ための多くの努力の一つとして、効果的な国際刑 事裁判の活用が求められる。
また、国際刑事裁判を活用するとしても、それ は現状において、安保理の選別性や恣意性とは、
無関係には存在し得ない。安保理が必要に応じて 設置してきた特別の国際刑事法廷はもちろんのこ と、ICCにおいてもICC規程の締約国を通じて 管轄権が獲得できない事態、リビア、シリア、パ レスティナにおける事態はまさにそうであるが、
安保理決議による事態の付託を受けることなしに はそもそもICCは管轄権を行使できない。その ことはICCが捜査を開始できるかどうかと言う 点で、安保理の選別性や恣意性に左右されること になる。実際に、前述したようにリビアの事態に 対しては、ICCへの付託のみならず一気に武力介 入への容認と進みながら、シリアやパレスティナ の事態については、ICCへの付託すらなされてい ない。なによりもこれらの事態についてしばしば 拒否権を行使するロシア、中国そしてアメリカ が、ICC規程の締約国とはなっていないという問 題も指摘できる。最近の安保理の平和と司法的正 義における討論においても、潘基文国連事務総長 が安保理とICCとの一層の協力を訴え、あるい は参加国から、多くの政府からシリアの事態を ICCに付託すべきこと、常任理事国が拒否権を行 使することを控えるべきことなどを求める発言が 相次いだ(70)。
安保理改革の試みとその可能性、とりわけ常任 理事国の拒否権を制限することの現実的可能性を
論ずることは、もちろん本稿の課題ではない。し かし、多くの論者が指摘してきたように、安保理 の権限や常任理事国の特別の地位や権限も、それ を支える責任によって正当化されていることは、
当然のことである。国連憲章は、安保理に対し、
国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任 と、国連の目的及び原則に従って行動する義務
(24条)を課している。「保護する責任」を導き出 す議論が、国連憲章のもとで、加盟国の主権の尊 重を、領域内の市民を保護する責任によって相対 化したように、常任理事国の地位や権限を国連憲 章が課している責任や義務によって限定し、ある いは秩序づけるという試みが、引き続き追求され なければならないだろう。
さらに、すでに指摘したように事態の付託を受 けとめる側のICC、ならびにそれを支えるICC 規程締約国の責任も看過することはできない。安 保理の付託によってICCが管轄権を持つことが できたとしても、実際にICCが実効的に捜査や 訴追を進めるために直面しているICC自身の問 題点があることは、すでに指摘したとおりであ る。ICCがかかえる普遍性や実効性の観点からの 問題点を克服することなしには、武力介入に代わ る、あるいは武力介入を極力排除するための選択 肢として信頼を得ていくことはできない。
平和を支える基礎として国際的に承認された人 権保障は、冷戦後、とりわけ頻発するようになっ た国内的紛争や大規模な人権侵害に直面する中 で、国際刑事裁判と「保護する責任」という国際 的な介入のための二つの方向性を生み出してき た。それらは国際的な規模での法の支配という、
人権保障にとっては不可欠の体制を追求する反 面、特に「保護する責任」は、選別的または恣意 的な武力介入を正当化しかねない危険性を兼ね備 えている。こうした人権保障のための新しい方向 性を、どのように本来の目的のために制御し、同 時に実効的なものとしていくのか。そのことは国
際政治の中だけでなく、市民社会にも問われてい る課題である。
註
(1)カント「永遠平和のために」、永遠平和の ための第1確定条項(宇都宮芳明訳、岩波 文庫、29頁以下)。
(2)国際軍事法廷の設置の経緯や内容について は数多くの文献があるが、その概要につい ては、東澤 靖「国際刑事裁判所 法と実 務」(明石書店、2007年)21-22頁。
(3)「人道に対する犯罪」の生成過程について は、清水正義「『人道に対する罪』の誕生 ニュルンベルク裁判の成立をめぐって」
(丸善プラネット、2011年)に詳しい。
(4)東澤(註2)18-20頁。
(5)先のジェノサイド条約においても、その犯 罪は常設の国際刑事法廷で裁かれることが 予定されていた(6条)。
(6)東澤(註2)24-27頁。
(7)UN Doc S/RES/827, 25 May 1993.
(8)UN Doc S/RES/955, 6 November 1994.
(9)但し、侵略犯罪については、ICC規程採択 時にはその定義についての合意をすること ができず、2010年に開催された検討会議に おいてようやくその定義を採択した。検討 会議において採択された侵略犯罪に関する 改正の問題点については、東澤 靖「国際 刑事裁判所ローマ規程の侵略犯罪の改正─
ICCは侵略犯罪を裁くことができるのか。」
明治学院大学法科大学院ローレビュー14号
(2011年)105-128頁を参照。
(10)ICCにおける事態と事件:ICC規程におい て は、 事 態(situation) と 事 件(case) と が区別されており、事態はICCの管轄権 や捜査開始の判断を行うために考慮される 時間、場所、人によって特定される状況で
あるのに対し、事件は、事態の中で、具体 的な犯罪事実や容疑者を伴う程度に特定さ れた捜査・訴追手続の対象である。東澤
(註2)142-143頁。
(11)例えば、自由権規約2条3項、人種差別撤 廃条約6条、拷問等禁止条約14条1項な ど。
(12)Declaration of Basic Principles of Justice for Victims of Crime and Abuse of Power, GA Res 40/34, annex, UN Doc A/40/53 (1985).
(13)Basic Principles and Guidelines on the Right to a Remedy and Reparation for Victims of Gross Violations of International Human Rights Law and Serious Violations of International Humanitarian Law, GA Res 60/147, annex, UN Doc A/60/147 (2005).
(14)以上について、東澤靖「第5章 ICCにお ける被害者の地位─実現された制度と課 題─」村瀬信也・洪恵子編著『国際刑事裁 判所 最も重大な国際犯罪を裁く』(東信 堂、2008年)227-264頁参照。
(15)ICCが取り扱う事件の概要については、東 澤靖「重大・組織的な人権侵害事態と国際 刑事裁判所(ICC)」法律時報84巻9号通 巻1050号(2012)72-77頁参照。
(16) 有 罪 判 決:Trial Chamber I, Judgment pursuant to Article 74 of the Statute, ICC- 01/04-01/06-2842, 14.03.2012、 量 刑 決 定:
Decision on Sentence pursuant Article 76 of t h e S t a t u t e , I C C -0 1/0 4-0 1/0 6-2 9 0 1, 10.07.2012. これらについては、東澤靖「判 例紹介 国際刑事裁判所における最初の有 罪判決─ルバンガ事件(国際刑事裁判所第 1審裁判部 2012年3月14日判決,同年7 月10日決定[上訴])」国際人権 23号(2012)
138-141頁参照。
(17) 賠 償 決 定:Trial Chamber I, Decision
establishing the principles and procedures to be applied to reparations, ICC-01/04-01/06-2904, 07.08.2012.この決定については「国際刑事 裁判所(ICC)における最初の賠償に関す る決定─ルバンガ事件(国際刑事裁判所第 1公判部 2012年8月7日決定 )」明治学 院 大 学 法 科 大 学 院 ロ ー レ ビ ュ ー 17号
(2012)21-39頁を参照。
(18)東澤(註9)115-119、同(註15)74頁参照。
(19) イ ラ ク に つ い て、Letter of the ICC Prosecutor dated 9 February 2006, annex to
“Update from the ICC Prosecutor on Communications Received by his Offi ce,” 10 February 2006、 パ レ ス テ ィ ナ に つ い て、
The Offi ce of the Prosecutor (OTP),Situation in Palestine, 3 April 2012。
(20)東澤(註15)74頁参照。
(21)Decision on the Report of the Commission on the Abuse of the Principle of Universal Jurisdiction, July 1, 2008, Assembly/AU/Dec.
199 (XI),Decision on the Report of the Commission on the Meeting of African States Parties to the Rome Statute of the International Criminal Tribunal (ICC),July 3, 2009, Assembly/AU/Dec.245(XIII) Rev.1.など。
(22)UN Doc S/RES/1593, 31 March 2005.
(23)UN Doc S/RES/1970, 26 February 2011.
(24)バジル大統領については、前述(註21)し たようにAUがその加盟国に対して同大統 領のICCへの引渡し協力への拒否を求め る決議を行っている。
(25)リビア政府による引渡しの拒否に対して は、ICCの指名した公設弁護人の側が、公 正な裁判の困難性や死刑の可能性を理由に 引 渡 し を 強 く 求 め て い る。 東 澤( 註15)
76-77頁参照。
(26)ルバンガ事件における数々の手続上の問題
点については、東澤靖「国際刑事裁判所
(ICC)における『公正な裁判』─ルバンガ 事件を振り返って─」明治学院大学法科大 学院ローレビュー15号(2011年)91-110頁 参照。
(27)参加被害者の範囲をめぐる争いについて は、東澤(註14)247-253頁、被害者の参 加形態をめぐる争いについては、東澤靖
「判例紹介 国際刑事裁判所における被害者 の参加─ルバンガ事件[国際刑事裁判所上 訴裁判部 2008.7.11判決]」国際人権 19号
(2008)197-203頁をそれぞれ参照。
(28)この問題の経緯については、東澤(註25)
102-104頁、同(註16)139-140頁をそれぞ れ参照。
(29)東澤(註14)241頁。
(30)その内容と問題点については、東澤(註 17)参照。
(31)UN Doc S/RES/1973, 17 March 2011.
(32)例えば、Catherine Powell, Libya: A Multilateral Constitutional Moment?, American Journal of International Law, Vol. 106, pp. 298-316, 2012.
(33)松井芳郎「国連における『保護する責任』
論の展開─議論から『実施』へ?」法学教 室375号(2011)46-51頁、清水奈名子「国 連安保理による重大かつ組織的な人権侵害 への対応と保護する責任─冷戦後の実行と リビア、シリアの事例を中心として」法律 時 報84巻 9 号 通 巻1050号(2012)66-71頁 などを参照。
(34)The International Commission on Intervention and State Sovereignty, The Responsibility to Protect, 2001.
(35)ICISS報告書の内容と問題点の概要につい ては、松井(註33)及び同論文に引用され た各文献を参照。
( 3 6 )A M o r e S e c u r e Wo r l d : O u r S h a r e d
Responsibility Report of the High-level Panel on Threats, Challenges and Change, UN Doc.
A/59/565 (2004).
(37)Id, para. 29.
(38)In Larger Freedom: Towards Development, Security and Human Rights for All, Report of the Secretary-General, UN Doc. A/59/2005
(2004).
(39)Id, para. 135項。
(40)2005 World Summit Outcome, UN Doc. A/
RES/60/1, paras. 138-140.
(41)松井(註33)48頁。
(42)同上48-49頁。清水奈名子「『保護する責任』
と国連システム─普遍的な規範形成とその 実施をめぐる諸問題」国際安全保障第40巻 第2号(2012)24-40頁、33-34頁。
(43)UN Doc S/RES/1674, 28 April 2006, para. 4.
(44)UN Doc S/RES/1706, 31 August 2006, preamble para. 2.
(45)Military and Paramilitary Activities (Nicaragua v. U.S.)(merits),27 June 1986 I.C.J. 14., para. 268. 「USAは、ニカラグアにおける 人権状況に対する自らの評価を形成したか も知れないが、武力の使用はそのような点 を監視または確保する適切な方法とはなり 得ない。」
(46)最上敏樹「人道的介入─正義の武力行為は あるか─」岩波書店(2001)15-18頁。
(47)塩川信明「民族浄化・人道的介入・新しい 冷戦」(有志舎、2011)38-69頁。
(48)The Kosovo Report, Independent International Commission on Kosovo, Oxford U.P., 2000, p.4.
(49)最上(註46)12-13、45-46、140-144頁。
(50)Theodor Meron, The Humanization of International Law, Martinus Nijhoff Publishers, 2006, p. 551.