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Mitsuo MIYAMOTO (Received October31,1983)

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(1)

社会科の授業分析(1)

陶冶・訓育の視点を中心に 宮  本  光  雄*

(昭和58年10月31日受理)

An Analysis of Social Studies Lessons(1)

Mitsuo MIYAMOTO

(Received October31,1983)

はじめに

 「よい授業」・「すばらしい授業」を成立させるためには,これまで機会あるごとに表明し てきたところであるが(1),陶冶と訓育を統一していかなければならない。そこで,本稿は,

陶冶と訓育の統一という視点を授業分析の中核的な視点に据えて,社会科の授業における 目標,内容,方法,過程,評価活動などを分析することによって,より具体的,より緻密 に「よい授業」・「すばらしい授業」の条件や授業実践のあり方を創造的かつ発展的にとら えようとするものである。とりわけ,本稿では,前田基子教諭(長崎市立滑石小学校)の 小学校社会科第1学年「給食調理員さんの仕事」の授業実践をとりあげ,陶冶と訓育の統 一という視点からこの授業を分析しようとするものである。

 A.社会科教育の教科性と分析視点

 社会科教育は,児童・生徒の社会についての認識・資質を,科学的で客観的な社会認識・

平和的で民主的な社会的資質にまで,育成する教科である。

 それ故,教育課程の全体構造の中で担うべき社会科教育の相対的独自性ないしは社会科 教育の存立根拠は,「科学的で客観的な社会認識」と「平和的で民主的な社会的資質」にあ

るといえる。

 そこで,これらを陶冶と訓育の視座からとらえ直すと,「社会的陶冶」である「社会認識 を育成する教育の機能的側面」と,「社会的訓育」である「社会的資質を育成する教育の機 能的側面」とに質的に区別され得る。

 そして,「社会認識を育成する教育の機能的側面」は,さらに,丁社会認識内容(社会的 知識)を育成する教育の機能的側面」〔社会的実質陶冶〕と,「社会認識方法(社会認識知 能・社会認識技能二社会的な見方・考え方・仕方)を育成する教育の機能的側面」〔社会的

*長崎大学教育学部社会科教室

(2)

形式陶冶〕とに質的に区別され得る。そこで,社会認識の育成に際しては,社会諸科学の 生きて働く体系的な認識内容(知識)と共に,理論・実践の結果としての体系的認識内容 ばかりではなく,その成立過程や社会科学的な研究方法や社会についての見方・考え方,

っまり認識方法までも包含して考えられなければならない。要するに,社会認識の育成の ためには,実質陶冶と形式陶冶との統一をはからなければならないのである。

 一方,「社会的資質を育成する教育の機能的側面」は,「社会性・公共性・連帯性などを 育成する教育の機能的側面」〔社会的訓育〕であり,社会的資質を育成するためには,それ を可能にする社会的動機・社会的感情(社会的な感じ方)・社会的態度の育成,社会的行動・

行為様式(社会的な行い方)の学習などを人格発達の中核的問題として達成していかなけ ればならないのである。

 従って,社会科教育は,社会認識内容と社会認識方法と社会的資質とを統一的に児童・

生徒に身につけさせるために,社会的実質陶冶と社会的形式陶冶と社会的訓育との統一を より強固に,より自覚的にはかっていかなければならないのである。

 以上のことは,これまで機会あるごとに繰り返し繰り返し述べてきたところであるが,

社会科の授業を分析するにあたっても,前提的に踏まえておかなければならないことであ る。というのは,以上の諸点は,社会科の授業分析の有力な分析視点となり得るからであ

る。

B.授業案段階における分析  1.目標分析

      第1学年社会科学習指導案

      自13:50        昭和55年6月13日(金)

      至14:35        授業者 長崎市立滑石小学校

      前田基子

1 小単元  給食調理員さんの仕事 II 小単元の目標と子どもの追究活動

@ 学校生活は,学校で働く多くの人々によって支えられている。給食調理員さんも,全  校児童の給食をまかなうという大事な仕事をしている。

  そこで,本小単元を設定し,調理員さんの仕事をしている様子を観察し,観察したこ  とを言葉や絵や文や動作で表現させながら,その仕事の内容をとらえさせるとともに,

 自分たちの学校生活と調理員さんの働きと深いかかわり合いに気づかせたいと思う。こ  のことは,自分たちの学校生活を支えている人々の働きに関心をもたせると共に,集団  生活は,分担と協力によって維持されるものであるという見方の素地を培ううえで大切  なことと考える。

⑤ 子どもたちは,これまでの学習を通して,担任以外にも自分たちの世話をしてくれる

 先生や用務員さんがいることをとらえてきている。給食調理員さんについては,給食を

 つくってくれるおばさんという程度のことは知っているが,その仕事内容をとらえるま

 でに至っていない。また,子どもたちは,身近なところで出会う人々に対して強い関心

 を示し,知りたい,調べたいという強い欲求をもっているが,それらの人々の願いや苦

 労までには目を向けていない。

(3)

◎ そこで,本小単元の展開にあたっては,給食の献立が毎日かわるという事実に着目さ  せ,また実際におばさんの話を聞かせることにより,おばさんの願いに気づかせる。つ  まり,給食のおばさんは,自分たちの食欲や栄養のことを考えながら働いていることを  とらえさせる。このことによって,子どもたちの意識は,おばさんの仕事内容に向けら  れるであろうから,1日に使う給食材料を写真や実物によって提示する。子どもたち  は,その材料の大量さに驚くものと思う。さらに,その大量の材料を昼までに5人のお  ばさんで料理している事実を知らせることにより,「こんなにたくさんの給食を5人のお  ばさんでよく作れるなあ」という意識に立たせる。この意識を話し合いによって高め,

 「おばさんたちは,時間にまにあわせるために,どんな仕事のしかたや工夫をしている  のか」という学習問題を設定する。

 追究にあたっては,給食室を見学させ,実際に働いているおばさんたちの様子や使用  している用具・機械を観察させたり,おばさんたちの話を聞かせたりすることによって,

 子どもたちはおばさんたちが衛生に万全の注意を払いながら,大勢の食事を時間にまに  あわせるために仕事の工夫をしている様子を具体的にとらえるものと思う。そのとらえ  たことを言葉や絵や文にあらわしたり動作で表現させながら,給食調理員さんたちの仕  事の意味を考え,把握させる。そして,究極的には子どもたちのおばさんたちに対する  気持や考えを,態度や行為であらわすことができるようにする。

 1.小単元の目標分析

 @は,主として「給食調理員さんの仕事」というこの小単元全体にかかわる目標である。

 陶冶目標のうちの実質陶冶目標は,「調理員さんの仕事内容をとらえさせる」(社会的知 識)とともに,「自分たちの学校生活と調理員さんの働きと深いかかわり合いがある」(社 会的知識)ということをとらえさせるということである。これらのことを通して,やがて とらえさせたい「集団生活は,分担と協力によって維持されるものである」というより高 次の社会的知識への素地を培わせたいということである。

 陶冶目標のうちの形式陶冶目標は,「仕事をしている様子を観察し,観察したことを言葉 や絵や文や動作で表現させる」ということ,「集団生活は,分担と協力によって維持される ものであるという見方の素地を培わせたい」ということである。つまり,ここでは形式陶 冶目標として,とりわけ観察力や表現力を育成するとともに,社会的な見方の素地を培わ せようとしているのである。

 訓育目標は,「自分たちの学校生活を支えている人々の働きに関心をもたせる」というこ とであり,これは⑤の「それらの人々の願いや苦労に目を向けさせたい」ということにつ ながるのである。つまり,ここでは訓育目標として,自分たちの関心だけにとどまらず,

働く人々の願いや苦労にも目を向けさせることによって,社会的な感じ方,社会的態度,

社会的な生き方の素地を培わせようとしているのである。

 2.目標達成に対する児童の状態把握分析

 ⑤は,この小単元の目標達成に対する現在の児童の状態を把握したものである。

 陶冶目標については,「給食調理員さんについては,給食をつくってくれるおばさんとい う程度のことは知っている」ので,これを発達へのバネとしてこの小単元の実質陶冶目標

(給食調理員さんの仕事内容の把握)の達成をはかるとともに,その修得・把握過程を通

して形式陶冶目標の達成(観察力・表現力の育成)をはかる必要があるというのである。

(4)

 訓育目標については,「身近なところで出会う人々に対して強い関心を示し,知りたい,

調べたいという強い欲求をもっている」ので,これらの関心や欲求を発達のバネとして「そ れらの人々の願いや苦労にまで目を向けさせる」という訓育目標の達成に力を入れる必要 があるというのである。

 3.目標達成のための授業展開分析

 ◎は,目標達成のための授業展開の大筋を示したものである。

 まず第一に,「給食の献立が毎日かわるという事実に着目させ,また実際におばさんの話

      

を聞かせることにより,おばさんの願いに気づかせる」というように,実質陶冶と形式陶 冶と訓育との統一をはかりながら,「給食のおばさんは,自分たちの食欲や栄養のことを考 えながら働いていること(社会的知識と社会的な生き方)をとらえさせる」(陶冶・訓育目 標)のである。

 第二に,「子どもたちの意識は,おばさんの仕事内容に向けられるであろうから,一日に 使う給食材料や用具を写真や実物によって提示する。子どもたちは,その材料の大量さや

       

大きさに驚くものと思う。さらに,その大量の材料を昼までに5人のおばさんで料理して いる事実を知らせる」というように,一見矛盾・対立しているように思われる事実を示し つつ,陶冶(事実内容)と訓育(追究意欲)の統一をはかりながら,「『こんなにたくさん の給食を5人のおばさんでよく作れるなあ』という意識に立たせる。」のである。「この意 識を話し合い(集団思考)によって高め,「おばさんたちは,時間にまにあわせるために,

どんな仕事のしかたや工夫をしているのか』という学習問題を設定する。」ここにおいて,

追究すべき学習問題が成立するのである。

 第三に,追究にあたっては,「給食室(内容→実質陶冶)を見学(観察力→形式陶冶)さ せ,実際に働いているおばさんたちの様子や使用している用具・機械(内容→実質陶冶)

を観察(観察力→形式陶冶)させたり,おばさんたちの話(内容→実質陶冶)を聞かせた りする(聞く力→形式陶冶)」ことによって,「おばさんたちが衛生に万全の注意を払いな がら,大勢の食事を時問にまにあわせるために仕事の工夫をしている様子(社会的知識→

実質陶冶)」を具体的にとらえさせる。「そのとらえたこと(内容→実質陶冶)を言葉や絵 や文にあらわしたり動作で表現させ(表現力→形式陶治)ながら(2),給食調理員さんたちの 仕事(内容→実質陶冶)の意味を考え,把握させる(思考力・意味把握力→形式陶冶)。」

そして,「究極的には子どもたちのおばさんたちに対する気持や考えを,態度や行為であら わす(訓育)ことができるようにする」というのである。

 以上のことから,陶冶(実質陶冶・形式陶冶)目標と訓育目標とが授業過程を通して目 的自覚的に統一される方向で設定されているということがうかがえるのである。このよう に,陶冶と訓育の統一という視点から目標を分析することによって,授業者が授業を通し て育成しようとしている社会認識(陶冶)と社会的資質(訓育)の中味をより一層明確に することができるのである。

 さて,これらの目標達成のための授業展開の時間配当計画であり,その中で「本時」が どの部分にあたるかを示した学習指導計画は次の通りである。

m 学習指導計画

 ○給食調理員さんの仕事(5時間)

(5)

・給食のおばさんのねがいを調べる一・………・・…………一   ・1時問(本時)

・仕事の仕方に目を向け,調べる計画を立てる………・……一  ・1時問

・給食室を見学し,観察したり,聞いたりしたことをメモする。一  ・1時間

・観察したり,聞いたりしたことを絵や文にまとめたり

       動作化したりして発表し合う…  2時間 II 本時のねらい分析

IV 本時の学習指導  (1)ねらい

  献立が毎日かわることに疑問をもち,給食のおばさんの考えや気持を調べることによ   り,給食のおばさんは,栄養・食欲の面から自分たちのことを考えて献立をかえている   ことに気づく。

 本時のねらいにおける陶冶目標のうちの実質陶冶目標は,「給食のおばさんは栄養・食欲 の面から自分たちのことを考えて献立をかえている」ということをとらえさせるというこ

とである。

      の       の   り              

 陶冶目標のうちの形式陶冶目標は,「……に疑問をもち,……を調べ,……に気づく」力 を育成しようということである。

 訓育目標は,「給食のおばさんの考えや気持は,栄養・食欲の面から自分たちのことを考 えて献立をかえている」ということであり,給食のおばさんは食べる人のことを考えてと いうことである。つまり,給食のおばさんの仕事にこめられた気持や願いや苦心などに目 を向けさせていくことによって,社会的に生きる態度や社会的な生き方につながる自分の

      ほ       の       の       じ      

側だけにとどまるのではなく,相手の側にも立って考え,行動するという資質を育成しよ うとしているのである。

  皿.授業展開計画分析

 前田教諭の本時の授業展開計画は次の通りである。

(2)展  開

過程 教師の活動 教材・資料・教具 児童の活動 時間

○給食風景の写真を提示する 写 真 ○給食のようすや,献立につ ことによって子どもの意識 ④ 給食風景 いて話し合う。

(分〉

問 を給食場面に向けさせる。 ⑧ 献立内容

題 ○「給食は誰が作ってくれる 板 書 ○給食を作ってくれる人につ のか」と,たずねることに いて話し合う。

を よって,給食を作ってくれ

る「おばさん」に目を向け 10

させ,さらに意識を強化す 写 真

ら るために写真を提示する。 ◎ 給食のおばさん

○「みんなの好きなカレ・一シ o「カレーシチューが毎日続

え チューを毎日作ってくれる いた方がよい」「毎日はだ

といいのにね」という発問 め」などという意見を出し

から意見を出させ,対立点 合う。

を明確にする。

(6)

o献立表を提示し,「なぜおば 図 表 ○献立を毎日かえるわけを さんは献立をかえるのか」 献立表 ノートに書かせる。

という発問をし,おばさん の気持や考えをノートに書 かせる。

予 ○机間巡視によって,自分の 考えが書けない子どもには,

母親が料理を作る場合とく

木目じ︑

らべて考えるように助言し,

書けている子にはノートに を Oをつけてやり,次の段階

での発表意欲を喚起したり,

展開の参考にしたりする。 10

た ○ノートに書いた自分の考え ○ノートしたことをもとに班 をもとにして,おばさんの で話し合う。

気持や考えを班で話し合わ

せる。

○ノートに書いたり,班で話

板書

○ノートしたり,班で話し

る し合ったことをもとにして, 合ったことをもとに自分の

自分の考えを発表させ合う 考えを発表する。

ことによって,自分たちの 「あきないように」「栄養が 考えをさらに吟味させる。 かたよらないように」「材料 のことを考えて」などとい う考えを出し合う。

0    9   0

○「よそのおばさんが,自分 ○おばさんの気持を知るには たちの気持や体のことまで どうしたらよいか考える。

検 考えてくれるだろうか」と 証 いう内容の発問により対立 計 画を 意見を引き出し,おばさん

の気持を知りたいという意

5

識に立たせる。確かめるに

は,おばさんに聞けばよい

という考えを期待している のであるが,出ない場合に は教える。

○栄養士(郡さん)に登場して 人 物 ○おばさんの話を聞く。

検 もらい,どんな気持で作っ 栄養士

証 ているのか話してもらう。 (郡さんの話の内容)

○自分たちの考えとどこが同 ・あきないように 10

す じで,どこがちがうかに注 ・栄養のバランスを

意して聞こうという視点を 考えて 与え聞き方を強化する。

○おばさんの話と,自分たちの ○おばさんの話と自分たちの

結 考えとどこが同じで,どこが 考えとの異同点について話

−論を

ちがっていたかを話し合わせ し合い献立がかわるわけを

吟 ることによって,おばさんた 考える。 10

味 する ちは,自分たちの気持や体

のことを考えて献立をかえ

ていることに気づかせる。

(7)

 すでにみた「小単元の目標と子どもの追究活動」の◎の授業展開計画においては,一小 単元一サイクルの授業過程をとっていることは明らかであるが,この本時の授業展開計画 をみると,本時(約一時間)の中を「問題をとらえる」→「予想をたてる」→「検証計画 をたてる」→「検証する」→「結論を吟味する」というように,一時間一サイクルの授業 過程になっている。この点をどう考えたらよいのかを明確にしておく必要がある。

 一小単元一サイクルの授業過程は,問題把握(とらえる)→問題追究(もとめる)→結 論の吟味(まとめる)という探究過程を児童にたどらせるのであるが,より実践的にはこ の過程を細分化して,事実認識→問題把握→予想→検証計画→検証→結論の吟味という探 究過程を児童にたどらせるのが一般的であり,その節々においてよりきめこまかい指導を しようとするのである。そして,このような探究過程をたどらせることによって,その結 果としての本質的な概念や法則(実質陶冶)と,その探究過程で働かす能力(形式陶冶)

と同時に,その過程で培う探究的態度や探究的行為様式(訓育)とを統一的に児童に身に つけさせようとするのである。

 前田教諭が一小単元一サイクルという授業過程を踏まえた上で,事実認識の過程にあた る本時をさらに細分化して「問題をとらえる」→「予想をたてる」→「検証計画をたてる」

→「検証する」→「結論を吟味する」というようにした理由は,一つには小学一年生とい う児童の発達的特質を考慮すると同時に,時期的にも入学してまだ日が浅いということ,

つまり,この段階の児童に数時間の時間をかけて,一つの学習問題を追究させることはか なり困難であるということからであり,いま一つは問題探究の過程を繰り返し,繰り返し 踏まえさせることによって,早い時期から児童に問題探究方式を身につけさせよう(形式 陶冶)ということからである。

 では,ここで本時の授業展開過程をみていくことにしよう。

       の       

 まず,教師は「児童自身のうつっているある日の給食風景の写真」と「児童の大好きな カレーシチューを中心にして,パンと牛乳とフルーツサラダとチーズのはいった前の週の 献立内容の写真」を提示することによって,児童の意識を給食場面に向けさせようとする

(訓育)のである。つまり,児童自身のうつっている写真や児童の大好きなカレーシチュー で,しかも前の週食べた献立内容の写真を提示することによって,児童の意識が給食場面 に向かわざるを得ないとともに,何かを発したい,発せずにはいられない立場に立たせよ うとするのである。それ故,ここでの写真は,単なる給食風景の写真や献立内容の写真で はなく,教師の教材化を経た教材として位置づいているとともに(3),児童の意識や学習意欲 と統一され得るものとして位置づいているということができるのである。

 そして,「給食は誰が作ってくれるのか」と尋ねることによって,給食を作ってくれる「お ばさん」に目を向けさせ,さらに意識を強化させる(訓育)ために,写真を提示するとい

うのである。

 そうした上で,「みんなの好きなカレーシチューを毎日作ってくれるといいのにね」とい う発問から,児童自身の,その子なりの意見,つまり「好きなカレーシチューだから毎日 の方がいい」という短絡的な意見や「どんなにおいしいものでも毎日続くとあきてくるか ら毎日はだめ」という自分の生活経験にもとづいた意見などを出させ(陶冶と訓育),この 段階で,「毎日の方がいい」・「毎日はだめ」という対立点を児童に明確にとらえさせておく

ことが大切であるというのである。

(8)

 そして,「前の週のカレーシチューの献立を含んだ一週間の献立表」(事実)を提示し,

「なぜおばさんは献立をかえるのか」という発問をすることによって,事実(教材内容)

をもとに,自分サイドに立って考えるだけでなく,給食のおばさんサイド(相手の側)に 立っても考えさせようというのである。また,献立を毎日かえるわけ(おばさんの気持や 考え)を単に「考えなさい」というのではなく,ノートに書かせることによって,個人の 考えをしっかりもたせるとともに,「書かせることは,考えさせることだ」という教師の指 導的意図が潜んでいるのである。これらのなかに陶冶と訓育の統一をよみとることができ るのである。

 机間巡視によって,自分の考えが書けない児童には,児童の生活経験を想起させて,母 親が料理を作る場合と比べて考えるように助言し(陶冶),書けている児童には,ノートに

○をっけてやり,次の段階での発表意欲を喚起したり(訓育),展開の参考にしたりするの である。ここに,教師の机間巡視の教育的意義をよみとることができる。教師の机問巡視 は,一つには,一人ひとりの児童がどのような取り組みをし,どこでつまづいているのか を具体的にとらえ,その児童の個性にもとづいて個別指導するためになされるべきもので あり,二っには,思いもよらぬ児童の個性的な発想や表現などを見い出し,適切に評価す ることによって,児童の発表意欲や学習意欲を喚起するためになされるべきものであり,

三つには,それぞれの児童の見方・考え方・感じ方・行い方などをしっかりととらえ,そ の後の学習活動の深化・拡充・発展を保証するためになされるべきものであり,とりわけ,

個と集団のかかわり合いの中で,それぞれの見方・考え方などを練り上げ磨き上げていく 集団思考の成立を保証するためになされるべきものなのである。

 そして,ノートに書いた自分の考えをもとにして,つまり,ノートに書いたことを自分 の考えの足場としてしっかりもたせた上で,おばさんの気持や考えを班で話し合わせるこ とによって,自分の考えと他の考えとの違いを明確にさせたり,修正させたり,補強させ たりしながら,児童の考えを確かなものにさせていこうとするのである。ここで注目して おきたいことは.授業展開計画の中に班活動を位置づけているということである。ここに,

授業過程を集団思考・表現(活動)過程として位置づかせていこうとするとともに,班や 集団のもっている陶冶・訓育力を最大限に発揮させていこうとする教師の教育的意図をよ みとることができる。なぜなら,班を編成するということは,児童をまず真正面から出会 わせ,相互のかかわり合う関係を密にするということであり,かかわり合わざるを得ない 場を設定するということだからである(4)。

 そこで,さらに,ノートに書いたり,班で話し合ったことをもとにして,つまり,より 一層自分の考えをしっかりもたせた上で,学級集団全体の中で自分の考えを発表させ合う ことによって,自分たちの考え,即ち,「あきないように」「栄養がかたよらないように」

「材料のことを考えて」などという考えへと児童の認識を深化・拡充させていくとともに,

集団の中での学び方や生き方を身につけさせていこうとする(陶冶と訓育の統一)のであ る。このことは,「自分の考え」から「自分たちの考え」へという使い方からよみとること ができるのである。

 ここにおいて,「よそのおばさんが,自分たちの気持や体のことまで考えてくれるだろう か」という一見相容れないように思われる人問の関係(「よそのおばさん」と「自分たち」)

に着目させ,反価値的な問いかけをすることによって,「よそのおばさんが自分たちのこと

(9)

まで考えてくれない」という短絡的な意見や「いや,おばさんは自分たちのことを考えて くれている。それは,給食のおばさんの服装(衛生面→自分たちの気持や体)や献立内容・

献立表の変化(「あきないように」「栄養がかたよらないように」「材料のことを考えて」→

自分たちの気持や体)をみればわかる」という意見や,さらに「それは,おばさんが決め られた通り仕事をしているだけで,自分たちのことまで考えていない」という意見などを 出させ(陶冶と訓育),対立・分化を引き起し,おばさんの気持を知りたいという意識に立 たせようとする(訓育)のである。そうした上で,「おばさんの気持を知るにはどうしたら

       

よいか」(確かめ方→形式陶冶)を尋ね,考えさせることによって,その仕事に携わってい るおばさんに直接聞けばよいという確かめ方を身につけさせようというのである。この確 かめ方(その仕事に従事している人に直接あたって確かめるということと,自分の目や耳 などの五感を働かせて直接的具体的に確かめるということ)を一年生段階でしっかり身に つけさせたいという教師の意図は,「出ない場合には教える」という言葉からもよみとるこ

とができるのである。

 そこで,栄養士(郡さん)に登場してもらい,どんな気持で作っているのか話してもら うというのである。給食調理員さんなどから直接話を聞くということは,学習内容を確か に習得できる(陶冶)というばかりでなく,人々の願いや苦労や努力などに触れ,社会性 や連帯性などを培う(訓育)上からも大切なことである。とりわけ,低学年の児童には,

かりものではなく,できるだけほんものに出会わさねばならない。それ故,教師は,家庭・

学校・地域で働く人々と児童を直接出会わせる媒介的役割を果すことが大切なのである。

 児童には,自分たちの考えとどこが同じで,どこが異なっているかに注意して聞こうと いう視点を与え,つまり視点をもって聞かせるということで,聞き方を強化させる(陶冶)

のである。

 ここに至って,おばさんの話と自分たちの考えとどこが同じで,どこが異なっていたか という知的操作をともなわせながら話し合わせることによって,おばさんたちは自分たち の気持や体のことを考えて献立を変えていることに気づかせるというのである。ここに,

陶冶と訓育の統一をよみとることができるのである。

 ここで付言しておきたいことは,この授業展開計画の中に「板書」がきちんと位置づけ られているが,その具体的な板書構成計画が示されていないということである。それ故,

板書についての分析は,授業実施段階に譲ることにする。

  lV.教材分析

 授業展開計画の中ですでに教材についても分析したのであるが,とりわけ前田教諭が本 時の検証段階で位置づけている次の教材を分析しておく必要があるであろう。

    給食のおばさんの話

 1年4組の皆さん,こんにちは。

私は皆さんの給食をつくっている郡というものです。

 さて,献立が毎日かわるのはどうしてかということですが,それは何よりも栄養がかたよ

らないようにということを考えてつくっているからです。また毎日同じものを食べていると

あきてくるでしょうから,皆さんの好きなカレーシチューを毎日はつくらないのです。だか

ら,「あきてしまう」というのは二重丸ですね。ピーマンは栄養は多いけど皆さんがきらいな

のであまり使わないで,ほかの人参や玉ねぎを使っています。おばさんたちは,給食が少し

(10)

でもおいしくなるように工夫して一生懸命つくっていますので,皆さんも給食をたくさん食 べて,一生懸命勉強してください。

 「1年4組の皆さん,こんにちは。私は皆さんの給食をつくっている郡というものです。」

という語りかけは,とりわけ低学年の児童には親近感をよび,私は皆さんとかけはなれた 存在ではなく,皆さんの大好きな給食を媒介として皆さんとつながっている身近な存在で あると感じさせる(訓育)。そして,「献立が毎日かわるのはどうしてか」という児童の事 実認識にもとづいた疑問や問題に対して,それは「何よりも栄養がかたよらないようにと いうことを考えてつくっているからです」というように実質陶冶側面から答えるとともに,

「毎日同じものを食べているとあきてくるでしょうから,皆さんの好きなカレーシチュー を毎日はつくらないのです」というように相手の立場や気持になって事にあたるという訓 育側面から答えているのである。ここで,「だから『あきてしまうから』というのは二重丸で すね」というように児童が考えた答を評価することによって,学習意欲や追究意欲を高め ようとしている(訓育)ことがうかがえる。そして,陶冶と訓育を統一するような形で「ピー マンは栄養が多いけど皆さんがきらいなのであまり使わないで,ほかの人参や玉ねぎを 使っています」と述べているのである。そして,「おばさんたちは,給食が少しでもおいし くなるように工夫して一生懸命つくっていますので,皆さんも給食をたくさん食べて,一 生懸命勉強してください」ということは,児童の共感をよびおこさせる(訓育)とともに,

自分の本分である仕事(給食づくり)や勉強を「一生懸命」にやろうということで,意欲 的に取り組む態度を児童に身につけさせようとしている(訓育)ことがうかがえるのであ る。以上のことから,この教材は,陶冶と訓育の統一された教材ということができるので

ある。

  V.発問分析

 発問についても授業展開計画の中ですでに分析したところであるが,前田教諭が本時に おいて主として位置づけていると思われる発問を再度とりあげ,より一層詳細に分析して みよう。

    主たる発問

みんなの好きなカレーシチューを毎日作ってくれるといいのにね。

 この発言だけをみる限り発問とは言えないのであるが,すでにみたように,授業展開過 程の中に位置づけたとき,発問としての意味をおびてくるのである。この発言を一見して 発問とわかる形で「みんなの好きなカレーシチューを毎日作ってくれるといいですか」と するよりも,「毎日作ってくれるといいのにね」とする方がより一層迫力があるし,ゆさぶ りとしての意味が強くなってくるのである。「みんなの好きなカレーシチュー」という言葉 の中に,とりわけ児童がカレーシチューを好んで食べるという日頃の給食時間における教 師の児童観察をよみとることができるし,またその「カレーシチューを毎日作?てくれる といいのにね」というように「毎日」という言葉を強調し,「カレーシチュー」と「毎日」

を焦点化し,限定することによって,「好きなカレーシチューだから毎日の方がいい」とい

う意見や「どんなにおいしいものでも毎日続くとあきてくるから毎日はだめだ」という意

見などを出させ,「毎日の方がいい」・「毎日はだめだ」という対立点を児童に明確化させて

(11)

いく発問として,上記の発言が位置づいてくるのである。そして,この対立点を児童が対 立点として意識したときにはじめて,児童はこの対立を克服するために教材に立ち向かい,

その教材に対して能動的な思考・表現活動を展開していくことになるのである。それ故,

この発問は陶冶と訓育の統一を志向した発問といえるのである。発問類型から言えば,こ の発問は「限定発問」ということができる。

 ちなみに,発問の三類型と思考との関係について簡単に触れておこう(5)。

(1) 「限定発問」……ある事柄を焦点化し,限定して問うことによって,思考を集中させ          ていくもので,とりわけ思考の深化をはかろうとするものである。

(2) 「類比発問」……「限定」がある方向に絞る型をとるのに対し,「類比」は互いに類似          したものや両立したものを提示したり,とりあげたりすることによっ          て,両者の異同を比較・分析させ,それぞれの本質をより一層明確に          把握させていくもので,とりわけ思考の拡充をはかろうとするもので          ある。

(3) 「否定発問」……「否定」は「類比」をさらに強めて真向うから対立・矛盾するもの          を提示することによって,思考をゆさぶり,思考の質的転換を促すも          ので,とりわけ思考の発展をはかろうとするものである。

    主たる発問

よそのおばさんが,自分たちの気持や体のことまで考えてくれるだろうか。

 この発問は「よそのおばさん」と「自分たち」という一見相容れないように思われる人 間の関係に着目させ,反価値的な問いかけであることによって,すでにみたように児童の 平板な考えや気持にゆさぶりをかける発問として位置づいている。つまり,この発問は児 童と深くかかわる発問であると共に,反価値的な問いかけであるが故に,児童を考えざる を得ない,あるいは問わずにはいられない状態にし,児童の対立・分化を引き起し,おば さんの気持を知りたいという意識に立たせるものとなるのである。そして,「よそのおばさ んであろうとなかろうと,給食をつくる人は食べる人の気持や体のことを考えて作ってい る」ということから,より普遍的に「ものをつくる人は相手のことを考えて作っている」

という働く人々の社会的な生き方につながる,つまり本時のねらいや教科の本質につなが るものとなるのである。それ故,この発問は陶冶と訓育の統一を志向した発問といえるの である。発問類型から言えば,この発問は「否定発問」ということができる。

  VI.評価活動分析

 前田教諭の本時の評価活動計画は次の通りである。

(3)評価活動

 a カレーシチューに対する自分の気持や意見   〔具体目標〕

   「みんなの好きなカレーシチューを毎日作ってくれるといいのにね」という教師の発   問に対して自分の気持や意見を述べることができる。

  〔評価内容と評価方法〕

   児童の発言内容(「カレーシチューが毎日続いた方がよい」,「毎目はだめ」などとい

(12)

 う言葉が児童の中から出てくるかどうか)によって評価する。

b.給食を作ってくれるおばさんの気持や考え  〔具体目標〕

  「なぜおばさんは献立をかえるのか」という教師の発問に対しておばさんの気持や考  えをノートに書き,自分の考えを発表し,自分たちの考えを吟味することができる。

 〔評価内容と評価方法〕

  児童の記述内容・発言内容・吟味内容(「あきないように」,「栄養がかたよらないよ  うに」,「材料のことを考えて」,「値段のことを考えて」などということをノートに書  き,発表し,吟味しているかどうか)によって評価する。

c.おばさんの気持を確かめる方法  〔具体目標〕

  「よそのおばさんが,自分たちの気持や体のことまで考えてくれるだろうか」という  教師の発問に対して自分の意見を述べ,おばさんの気持を確かめる方法を見い出すこ  とができる。

 〔評価内容と評価方法〕

  児童の発言内容(「おばさんたちはよその人だから自分たちのことまで考えてくれな  い」とか「おばさんたちはきめられた通りに作っているので考えてくれていない」と  かに対して,「栄養がかたよるといけないから自分たちの体のことを考えてくれてい  る」とか,さらに,「おばさんに聞けばよい」という言葉が児童の中から出てくるかど  うか)によって評価する。

d.おばさんの話の聞き方  〔具体目標〕

  おばさんの話をよく聞くことができる。

 〔評価内容と評価方法〕

  児童の聞く態度を観察法によって評価する。

e.おばさんの気持や考えに対して視点からの確認  〔具体目標〕

  おばさんの話を自分たちの考えとどこが同じで,どこが異なっていたか視点をもっ  て確認することができる。

 〔評価内容と評価方法〕

  児童の発言内容(「あきないように」「栄養がかたよらないように」などは自分たち   と同じで,「皆んながきらいなものはっかわない」というのは自分たちの考えと異なっ  ているなどという言葉が児童の中から出てくるかどうか)によって評価する。

 一見してこの評価活動計画は,本時の授業展開過程の節々で児童の変容(児童の思考や 態度などの変容)の様子を具体的に診断・評価しようとするものであるということがわか る。では,本時の評価活動計面を分析的にみていくことにしよう。

 aにおいては,教師の限定発問に対して,「自分の気持」(自分サイドの率直な気持上・訓 育)や「意見」(「好きなカレーシチューだから毎日の方がいい」・「毎日続くとあきてくる から毎日はだめだ」→形式陶冶)を「述べる」(表現力→形式陶冶)ことができるかを診断・

評価しようとするのである。

 bにおいては,教師の発問に対して,「献立をかえている」という事実を踏まえ(事実事

項→実質陶冶),「給食を作ってくれるおばさんの気持や考え」(おばさんサイドに立った気

(13)

持や考え→訓育・形式陶冶)を「ノートに書き,自分の考えを発表し,自分たちの考えを 吟味する」(思考力・表現力・吟味力→形式陶冶)ことができるかを診断・評価しようとす

るのである。

 cにおいては,教師の否定発問に対して,「自分の意見を述べ」(思考力・表現力→形式 陶冶),「おばさんの気持を確かめる方法を見い出す」(確かめ方→形式陶冶)ことができる かを診断・評価しようとするのである。

 dにおいては,「おばさんの話をよく聞く」(聞く力→形式陶冶,聞く態度→訓育)こと ができるかを診断・評価しようとするのである。

 eにおいては,「どこが同じで,どこが異なっていたか視点をもって確認する」(比較力・

確認力→形式陶冶)ことができるかを診断・評価しようとするのである。

 ここにおいて言えることは,この評価活動計画は,目標と評価を表裏一体の関係におい てとらえている(陶冶・訓育目標と陶冶・訓育評価の一貫性)とともに,評価内容や評価 方法をより具体的に示しているということである。

 さて,以上の授業案段階での計画や意図が実際の授業実施段階でどのような形やあらわ れ方をして展開しているかを分析的にみていかなければならないのであるが,紙幅の関係 上,次回にゆずらなくてはならない。

(註)

(1〉その主なものを考察順序にしたがって掲げておきたい。参照いただければ幸いである。

 ●拙稿,「80年代を展望する社会科教育」,長崎県小学校社会科研究会『研究集録』,第3集,1979年,

 20〜29頁。

 ●拙稿,「社会科教育における陶冶と訓育の統一」,『長崎大学教育学部教科教育学研究報告』,第3号,

 1980年,17〜32頁。

 ●拙稿,「社会科教育における陶冶と訓育の統一  実践的理論の確立を志向して一」,日本社会科  教育学会『社会科教育研究』,第43号,1980年,1〜13頁。

 ●拙稿,「確かな社会認識と資質の育成一本音を方向づけていく指導の重要性一」,『社会科教育』

 誌,212号,明治図書,1981年,17〜20頁。

 ●拙稿,「社会認識・資質の育成と学習集団」,古賀佐徳編著『教科の本質を追求する学習集団づく   り』,明治図書,1981年,11〜19頁。

 ●拙稿,「社会科の授業における陶冶と訓育の統一一実践事例を中心に一一」,『長崎大学教育学部教  科教育学研究報告』,第5号,1982年,1〜34頁。

(2〉経験したり,観察したりした事柄を言葉や文章で他に伝えることにもどかしさを常に感じている児  童には,動作で表現させること (動作化)によって無理なく自然な形でそれらの事柄を他に伝えさせ  ることができる。とりわけ,動作化は,低学年の児童にとって,重要なコミュニケーションの一つで  あるといえる。そして教師は,動作化を通して児童の隠れた可能性を発見したり,能力を見い出した  りすることができる。

(3)教材化については,拙稿「教授・学習過程と価値ある教材」,『長崎大学教育学部教育科学研究報  告』,第25号,1978年,20〜28頁を参照いただければ幸いである。

(4)これらの点に関して,より詳細には拙稿「社会認識・資質の育成と学習集団」,古賀佐徳編著『教科  の本質を追求する学習集団づくり』,明治図書,1981年,15〜19頁を参照いただければ幸いである。

(5)発問の三類型については,吉本均著『発問と集団思考の理論』,明治図書,1977年,99〜101頁参照

 のこと。

(14)

      (付 記)

 本稿を作成するにあたって,いろいろと御協力下さった長崎市立滑石小学校の前田基子教諭に深く感

謝する次第である。

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