外国人の原爆意識 77
外国人の原爆意識
−街頭アンケートの暫定的集約−
岩松繁俊
1
われわれが,「原水禁と反戦のための長崎大学教員の会」を結成したの は,すでに拙稿「原爆被爆26年後の長崎−原爆アンケートの暫定的集約
−−−」にのべたように,1970年7月のことであった。
1)
われわれ「教員の会」が,長崎市内に居住する市民(被爆者・非被爆者を とわず,また,大学の内と外とをとわない)の原爆にたいする体験と認識と 思想とを具体的に把握するために,昨年(1970年)1叩未より今年(1971年)
1月末までのあいだに,40項目にわたるアンケート調査をおこなったこと は,これまた,さきの拙稿に紹介したとおりである。
われわれは,さらに,昨年8月9日と今年8月9日の2回にわたり,長崎 の繁華街浜町の街角にたって,外国人旅行者にたいし,原爆にかんするアン ケートをおこなった。従来のアンケートは,ヒロシマ・ナガサキの被爆者を 中心におこなわれる傾向があった。われわれは,それを,すでにのべたよ うに,非被爆者,とくに大学の教職員・学生にまで拡大することを試みたの であるが,しかし,対象は,もっと拡大されなければならない。なぜなら ば,原爆は,それを製造し,実験し,投下したアメリカ帝国主義に甫按関係 すると同時に,開発・実験・貯蔵せられた一連の核兵器軍備体系は,いわゆ る核大国に拡散し,いまや全人類が核戦争による絶滅の危機にひとしく直面 しているからである。原爆は,現実の被爆者に関係するのみならず,帝国主
......2)
義の邪悪な意図と行為のために,いまや全世界の人民が,戦争阻止にたちあ がらなければ,メガトン扱,さらにはベガトン(メガトンの1,000倍./)級
° ° ° °
の水爆によって,絶滅させられるという緊迫した状況にあるがゆえに,まさ
しく全人類に関係するのである。
78 経 世 と 経 済
ところで,われわれは, 8 月 9日,繁華街の街角にたって,とおりかかる 外国人,とりわけ,外国人旅行者にアンケー卜した。なぜ,われわれは,こ
のような方法をもちいたか。
その理由の第ーには,いうまでもなく,財政的技術的な制約がある o われ われが,諸外国へでかけていって,そこで希望する対象にむかつて,アンケ ー卜するということは,はじめから不可能事に属する
Dわれわれは,乙れらの基本的制約のなかで,上述の如き方法をもちいた。
まず, 8 月 9日をえらんだのは,いうまでもなく,乙の日,長崎は原爆によ って一瞬のうちに見の街と化したからである
D外国のひとびとにたいして,
原爆について質問するのに,もっとも辺切な日であった
Oのみならず,かれ らにたいし,原爆について省察することを、被爆地グの人間の立場から、強 制
ρするのに,もっともふさわしい日であった
O繁華街にたったのは,そこが長崎のなかで,外国人旅行者(観光客,船 員,その他,何らかの用件をもって旅行しているひと)ともっとも姐繁に 遭遇できる場所であるからである。われわれは, 8 月 9日以外の自にも,ホ テ j レやグラパー邸,国際文化会館の原爆資料室などへでかけていって,外国 人をさがしたが,結局,繁華街以上の有利な機会をつかむことができなか った。しかも,繁華街にあらわれるときの外国人は,エトランゼとして,呉 国の異なった習俗や物質文明にふれることへの好奇的関心にあふれ,とも すれば,こ乙が原煤都市ナガサキであることを忘れてしまっている(ナガサ キあるいは日本の都市とそ乙の市民たちが,外国人に原爆を忘れさせている という一面があることに注意/)であろう o そういう弛絞した粕神的状況の なかで,原爆を問うことは,そのひとの本質的なものを知るうえで,また省 察への街勤をよびさますうえで,より適切だというべきであろう。
われわれが繁華街においてアンケートをとったいまひとつの理由は,対象 とする外国人を,旅行者としての外国人に限定し,長崎に居住する外国人,
および,原水禁運動のためにだけ来日した外国人を除外したかったからであ る 。
長崎に居住する外国人は,ここに居住するうちに,本固にいたときもって
外 国 人 の 原 爆 意 識 7 9 いた思考や感情のうちのいくらかを,長崎のひとや原爆にかかわるいくつか の資料と接しつづけることによって,いくばくかの影響をうけて変形させて いるかもしれない,とおそれたからである o
長崎に居住する外国人の原爆にかんする思考と感情が,長期間長│崎に滞在 することによって,変化を生じたかいなか,生じたとすれば,それはどのよ うな変化であったか, ということ自体,非常に興味あるテーマである口それ は,べつの機会に,あらためてとりあげるべき問題であって,ここでは,そ れを対象の外におく口
ところで,じっさいにアンケートをとるにあたっては,旅行者と判断して 話しかけてみて,そのひとが旅行者でなく,居住者であることが判明したば あいが,数件あった。回答者中に,居住者若干名がふくまれているのは,こ のような事情にもとづく D
つぎに,われわれが,原水禁運動のためにだけ来日した外国人を対象外と したのは,その国の一般的市民的な怠見と;立識を調査するのが,われわれの アンケートの目的のひとつであったからである
Oわれわれのささやかで,対 象数の限定されたアンケートでは,むしろ,原爆について,とくべつの関心 をもってはいないとおもわれる旅行者だりが調査の対象であったというべき であろう O
8 月はじめから日本のいくつかの場所で閃催される原水禁大会に出席した 外国人の怠見は,われわれのようなアンケート調査によらずとも,直接的に
3 )
面接して聴取することができるし,また,その他にも,その芯見をきく版会 はいくらでももつことができる D また,これらの外国人は,ショッピングや 観光のために紫草街にあらわれる余裕を全然もちあわせていない。かれらの 日本における行劫は,目的芯識的に綿密かっ : : 2 7 2 に作成されたスケジューノレ にしたがっておこなわれ,かれら自身,それを来日の目的としているからに は,そのスケジューノレについて不満ひとつもちはしない
Oしたがって, も し,われわれが,かれらをアンケートの対象とするのであれば,これとは異 なったべつの方法をとったはずである。
もちろん,われわれがかれらを対象の外においたということは,かれら原
8 0
将.営と~~を済水禁・反戦運動 l 乙献身しているひとびとについて,関心や注意をはらってい ないということをけっして意味しない。われわれのアンケート調査の目的か らは,除外されたが,べつの目的からすれば,かれらの思惣と主張・行動乙 そは,きわめて重要な考察の対象となるのである。
われわれのアンケート調査の目的は, ( 1 ) その国の一般的市民的な原爆怠訟 の傾向ないし水準を知ること,および ( 2 ) 直接的には原爆攻撃をうけた経験 をもたない国々のひとびとにたいして,日本の被爆都市の一部で,今日で も,ささやかながらも,原水爆禁止という正当な人類的目的をもった学術的 グルーフ。の活動がつづけられていることを知らせ,訴えるひとつの契機とす ること,であった。もし,このようにささやかでつつましい目的をこえて,
原水爆禁止,あらゆる侵略戦争およびその準備阻止のために,ありとあらゆ るさまざまな形の実践行動をおこなうという,すぐれて実践的な目的をもっ ているのであれば,世界中の反戦活動家との因坊をこえた i 主帯ほどに, m 裂 な意味をもつものはほかにないというべきであろう。
註 1 ) r r 経営と経済』第 5 1 巻第 l 号(通巻 1 2 3 号) , 1 0 4 ページ。
2 ) 久しいあいだ, r 日本は唯一の被爆国であり,日本人は唯一の被爆者である」
といわれてきた。もちろん,乙れがけっして真実のすべてでないととは,少 数の識者によって,早くから指摘されてきたととろである。にもかかわら ず,乙の指摘は,ながいあいだ,注目されないままであった。
しかし,昨年(1 9 7 0 年)あたりから,あらためて,このととが,かなり多 数のところあるひとびとのあいだで,注目されはじめた。乙のような勤きに は,原動力となったいくつかの地道な努力のつみかさねがあったというべき であろう。
相当多数の朝鮮人・中国人が,日本帝国主義の被支配者として日本に連行 され,広島・長崎で被爆した,したがって,日本人のみが唯一の被保者では ないのだ,という認識は,今年にはいって,われわれの常識となったが,そ れは,ひとつには, r r 見捨てられた在韓被保者一一日・幹両政府は彼らを見
殺しにするのか一一~1 9 7 0 . の編著者竹中労氏,その他のひとびとの努力に
もとづく。
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わたしが,長崎で,ある明鮮人から直接きいたところによれば,敗戦=被 植民地支配国の解放のとろ,長崎の三菱兵器製作所,三菱造船所,川南造船 所およびその下請工場で働かされていた朝鮮人は,大部分がキ徴用工。とし て強制連行された人民(男も女も)であり,その数はぱっきりわからぬが,
3 万人以上いたと推定され,原爆で死んだひとの数も 1 万人以上に達する と推定されるが,正確な数はわからない,という乙とであった。
生きのとった朝鮮人被爆者のなか!とは,日本人による差別のなかで,いま
なお,わが国で生活している在日朝鮮人被爆者と,祖国へ帰った在朝鮮被~~者・在韓国被爆者とがある。これら朝鮮人被爆者の数,実態は,日本政府,
アメリカ政府,および韓国政府の無主任きわまる放白・無策によって,何ら 明らかにされていず,また,それにたいする責任ある対策は,何ら諮ぜられ ていない。
1 9 6 7 年 2 年 1 1 日,韓国で結成された斡国原爆被害者援護協会には,同年 1 2 月末現在で 1 , 5 8 0 人. 1 9 6 8 年 6 月末現在で 1 , 7 9 0 人の会員が登録されていた
(信浪毎日新聞社編『現代の差別と偏見~
1 9 6 9 . 2 1 0 ‑ ‑ 1 1 ページ,竹中,前 向書. 1 2 1 ページ)。なお,今年 8 月 1 0 日の NHK 特派員報告「埋もれた 2 6 午・時国原爆被爆者」によれば,現在,受録されている会員数は約 6 , 0 0 0 人 ということである。しかし,との援護協会の運営は細々とつづけられ,被爆 者にたいしてもっとも直接的に責任のあるアメリカ政府および日本政府の無 責任な態度,さらには韓国政府の冷淡さと斡国内における一般的な無関心,
無理解のために,その活動はしだいに停滞せざるをえず,その先行きは暗い ということである。他方,在朝鮮被爆者の数は非常にすくないといわれてい る(竹中,前 f 昌吉, 6 9 ページ)。
竹中氏の若者によって,在斡被係者の悲惨きわまりない実態の一部がばく ろされ,原水禁運動に従事するひとびとの朝鮮人被保者問題への関心はたか
まってきたが,昨年12月 3 日,佐賀県京松irlWMJ~西町串 111ì港において,被爆悦鮮人孫枝斗氏が,幹国の小見合 4 進栄号・クにのっていた他の 1 5 名もろとも,
出入国管理令巡反の現行犯として j おfIiされたとき,この問題はあらためて被 煤者問題の根の深さと広さとをわれわれにおもい知らせたのである。
孫氏は, 1 8 才のとき,広 l i j 市皆宍町 2 丁目]}j:完公社広島地方局(燥心地か
ら 2 . 4 Km)で屯気工事をしていて被保したが, 1 9 7 0 年又ごろから原爆症とい
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われる症状(白血球の減少,疲労感)がでて,健康がすぐれぬため,日本で
原爆症の治療をうけたいとのつのる思いにかられて~密航タしてきた。かれは,官志に拘留され,裁かれ,かれの治療要求は拒否され, キ密航ブロー カーの疑い。が強調されて,結局 1 月 30 日,懲役 1 0 月の佐賀地裁判決をう けた。
孫氏の妹・孫貴達さんは,広島市立第 2 国民学校高等科(国民学校は現在 の小学校のこと〉に在学中,勤労動員により,三菱造船所で働いていて被保 したひとだが,その:fll:達さんも, 1 9 6 8 年 1 0 月 2 日,山口県阿武郡阿武町で,
4 密入国+の疑いで逮捕された。そして,同年1 1 月 4日,山口地裁は,出入 国管理令違反で懲役 6 月,執行狛余 2 年の判決をくだした。
兄妹あいついでのも密入国"" も 速 記 ! i " ", も有罪判決クは,いったい何を 志味するのか。乙の問題の芯味するものは,われわれ日本人にとって,じつ に深刻,かつ豆大である。 I 孫さんを救援する広島市民の会」のも孫椋斗さ ん支援の訴え φ は,日本人にたいしてっきつけられた問題を,つぎのように 要約している。① i : 9 J f A 下人がなぜ日本で被保しなければならなかったのか。② なぜ孫さんは 4 密航少してこなければならなかったのか。③被保朝鮮人にた いして日本政府およびわたしたちはこれまで何をしてきたか。④孫さんの治 療要求を拒むものは何か。
1 9 5 4 年 3 月 l日よりアメリカがはじめたマーシャル諸島での一辺の水原・
原爆の実験は,ふつうに,ビキニ水煤実験といわれ,アメリカ原子力委員会
が発表した危険水域のそとで扱業していた日本のマグロ漁船tî'~5 福竜丸がと のとき死の灰をあび,その来組員 2 3 名全員が放射能症にかかり,そのなかの ひとり久保山変吉氏がなくなった乙とは,周知のとおりである。
乙のビ、キニ水爆実験についても,従来,久しいあいだ,第 5福竜丸の日本 漁船員のみが唯一の被爆者だといわれてきたが、ビキニ水忠実験による被保 者は,けっして,日本人労働者だけではなかったということは,つとに一部 の識者によって指摘されてきたと乙ろである。ロンゲラップ白,エイリンギ ネ品,ウティリク烏の住民約 250 名が,大豆の放射能をあびていたのである
(拙者 F
W20世紀の良心~1 9 6 8 , 54 ページ)。
乙のことは,今年にはいって, i rf!組の弾薬基地l 乙秘密担に貯蔵していたア
メリカ帝国主義平隊の毒ガスのジョンストン白への移送問題とともに,にわ
外 国 人 の 原 尿 意 識 8 3 かに注目されはじめ,今夏の原水禁世界大会には,これらの島々をふくむミ クロネシアの代表数名がはじめて出席し,久しくわすれられてきたミクロネ シアの被爆者問題を訴え,また,いま一大核基地化計画にむかつて増強され つつある既存核基地の撤去と近くはじまる核実験の禁止,さらにはアメリカ 支配からの解放=独立のための連帯的行動をアピー J レした。
ミクロネシア代表は, I 日本の被爆者の悲しい体験に深い感銘をうけた」
とのべると同時に, I ミクロネシアにもビキニ実験による被爆者がいる乙と,
そして,かれらには何らの補償も医療もあたえられていないことを,いつま でもおぼえていてほしい。」と訴えた。また,毒ガス移送についても,沖縄 の人民をつよく支持し,かたい連帯のもとに,毒ガス移送反対のためにたた かうと宣言した。さらに,ミクロネシア代表が指摘した大きな問思は,伯報 の問題であって,かれらは,支配者であるアメリカ平の情報以外,何らの情 報もえられず,つんぼさじきにおかれて,真相は何も知らされないままであ り,また,それに対応して,何らの発言権もみとめられていないという。奇 ガスをジョンストン島へ移送するとのアメリカ軍の回答が瓦突であるかいな か,あらゆる手段をもちいて,調査する,と代表ほ発言した。
3 ) 1971 年度の日本原水協主催原水禁世界大会に参加した外国代表の所属は,つ ぎのとおりである o ( 内 ば 代 表 者 数 で あ る 。
ヴェトナム民主共和国( 2 ) ,南ヴェトナム臨時草命政府( 2 ) ,ラオス叉回戦線 ( 2 ) ,カンボジア民族統一戦線( 2 ) ,朝鮮.民主主義人民共和国( 9 ) ,セイロン( 2 ) , インド ( 1 ' " ' ‑ ' 4) ,パレスチナ ( 2 ) ,アンゴラ ( 1 ) ,キューパ( 2 ) ,カナダ( 1 ) ,ア メリカ ( 8 ) ,オーストラリア( 1 ) ,イタリア( 1 ) ,スペイン ( 1 ) ,}レーマニア ( 1 ) , 也 ・ 界平和評議会( 3 ) ,アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国人民辺;!?限的( 2 ) ,
アジア・アフリカ諸国人民連帯j初日(3) ,世界民主青年辺盟(2) ,国 li;~学辺 (1),アラブ述盟( 1 )( I 赤旗 J 1 9 7 1 年 8 月 3日付)
原水爆禁止日本国民会議主催原水禁山界大会l 乙参加した外国代表の l f r J i r ¥ は,つぎのとおりである。
ミクロネシア( 2 ) ,アメリカ ( 6 ) ,カナダ(1),アノレジエリア ( 1 ) ,アラブ( 1 ) ,フ
ィリピン ( 1 )
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2
1 9 7 0 年 , 7 1 年の 8 月 9日,長崎の繁華街でわれわれが逃辺した外国人の数 は,非常にすくなかったロそのすくない外国人のなかで,われわれのアンケ ートにたいし,こころよく回答してくれた外国人は,さらにすくなかった。
すなわち,アンケートにたいして,ノー・コメントでたち去った外国人がか なりいたのである。
まず, 1 9 7 0 年 8 月 9日の外国人について,われわれの迫退 j 唄 l 乙,その状況 をしめしてみると,つぎのとおりである
O( 1 ) 5 0 才代の夫婦とおぼしき男女=ノー・コメント。
( I I ) 5 0 才代のカナダ人夫妻=快諾。
( I I I ) 20 才代の夫婦=今日一日の長崎滞在なので,時間がたりない,と いう理由で,残念ながら,ノー・コメント。
( N ) 20 才代の船員 3 名(うち 2 名はインドネシア人 1 名はギリシ ャ人) =快諾。
( v ) 20 才代のカナダの未婚女性 2 名=快諾。
( V I ) 30 才代のアメリカ人(当時長崎大学で米会話をおしえていた)
=快諾。
( 四 )45‑50 才ぐらいの 2 人づれの婦人= r 原爆くたばれ」といいのこ して去る o
( 四 ) 3 人づれのカナダの老婦人=疲れてホテ J レへ帰るところだから,
とノー・コメント D
( 立 )4 0 才ぐらいのカナダ婦人 1 名=快諾。
( x )カナダ人老夫婦=フランス語で話しかけたところ,フランス語は しゃべれないといって乙とわられる口
( X I )もと駐日インド大使であったインドの老紳士とその一行(このな かに,インド大統領の子息がいたととを,わたしは 1 年以上たってから知っ た)計 5 名=快諾。
つぎに, 1 9 7 1 年 8 月 9日にわれわれが遭遇した外国人の状況は,つぎのと
外 国 人 の 原 爆 志 識 8 5
おりである
O番号は,便宜上,昨年からの一貫番号をもちいる。
( X I I ) 33 才のニュージーランドの男性=快諾。
(X I I I ) 45 才ぐらいの男性= I 原爆」ときくと, 、ノー・コメントグとい って,たち去った D
(X 町) (X V) 2 0 代前半のアメリカ人男性 2 名(長崎に居住し,宣教の かたわら米会話をおしえている) =快諾。
(XV I ) 6 0 代 の 紳 士 = I 原爆」にかんする調査とみるともノークといって たち去った。
( X V l [ ) 5 0 才代の男性(ドイツ語なまりの英語をしゃべる
D日本人の若い 女性をつれていた) =、政治的なことには,いっさいコメントしないことに しているからグといい I 政治的ではないから」とくりかえし説得したが,
そのままたち去った。
(X 四) 20 代前半のアメリカ入学生 l 名(長崎在住の外人宣教師 l 名と同 行) =快諾。
(X1X) 30 才代と 40 才代のフランス人男性 2 名(いずれも,長崎に在住 し,三菱主工業で働いている) =快諾。
すなわち,昨年については, 1 1 件2 5 名中,回答してくれたものは 6 件1 4 名であった。件数について, 5 5 9 6 の回答率である口そして,今年について は 7 件 9 名中,回答は 4 件 6 名であった。件数についての回答率は, 5 7 9 6 である o
アンケートの方法は,昨年と今年の前半については,長崎大学経済学部の
英語担当の藤田剛正氏が直接口頭で質問し,外国人には口頭で回答してもら
うという万法をとったが,今年の後半は,タイプしたアンケート用紙に記入
してもらった。記入回答となると,いずれも非常に簡単な回答しか苫いてく
れなかったロ相手のかんがえを詳細に知るためには,やはり,而倒ではある
が,対話という万法によらざるをえないということが,これまでの経験によ
って明白である
Qしかし,また,他国,対話となると,自分の関心や興味 l こ
もとづいて請が展開するために,質問にたいする的確な回答をえられないば
あいが多くなることも事実である。
8 6 経 営 と 経 済 対話は,すべて,テープに録音した D そして,その翻訳は,藤田岡 J I 正氏に おねがいした。
アンケートは, 1 5 :IJI目よりなる。
以下,乙れら各項目について,外国人回答者がどのように回答したか,を 紹介してゆくが,どの回答者がどのように回答したかを,明確にするため に,回答者 1 人ひとりについて, (A) (B) (C) … の 符 号 を つ け , か っ,それが何番目のアンケート項目への回答であるかをしめすために,その 符号のあとに,項目番号をつける(たとえば, (1) への (A) の回答は
(A 1 )とする) 0
昨年の回答と今年の回答とを,節をあらためて別個に叙述するのは,繁雑 になるおそれがあるので,区別しないで,述続して叙述する O
回答者の配列の順序は, j J E i 過の時間的順序にしたがった。さきに迫過した すべての外国人を (1) ( I I ) ( i l l ) …と時間の順序に配列したが,これら のうち,ノー・コメント者を除外して, (A) (B) (C) …の符号をつけ たので,回答者の符号と順序数との対照は,つぎのとおりとなる o
(A) = ( I I ) , (B) = ( I V ) , (C) = (V) , (D) = (V 1 ) , (E)
= ( I X ) , (F) = (氾), (G) = ( X [ ) , (H) = (XIV) , (1) = (X V) , (J
)ニ (X~) ,(K)
=(XIX)
このうち, (A) 一 (F) が昨年の分, (G) 一 ( J )が今年の分である ことは,前述のところから明白である O
3
(1) 1"あなたの国籍と職業をおしえていただけませんか。」
(A 1 )カナダです。<職業については,回答がない。>
(B 1) < 1 名>ギリシヤの船員です。<他の 2名>インドネシア人の船
員です。 3 人はおなじ船にのっています。<ギリシャ人青年は,ギリシャ語
で語ったので,翻訳ができず,以下の設問について,空白とする。インドネ
シアの青年とは英語で話しあったが,テープレコーダーがひとつしかなかっ
たために,この方の回答は録音することができなかった
Dいまとなっては,
外 国 人 の 原 爆 立 識 87
話の内容を再現することができない。ただ,わたしには,かれらのことが印 象ぷかくおもいだされる
Dそれは,あとの設問( (6) )にでてくるのであ るが,われわれが原爆資料館の存在を知っているかどうかを問うたところ,
かれらはおどろいた紋子で「知らない」と乙たえ,そのように貴重なものが あるのなら,いますぐ見にいきたい,と眼をかがやかせたのである O 閉館時 間をたしかめたあと,タクシーをよびとめ,その運転手に,かれらを原爆資 料館へ案内してほしい,とたのんだ。かれらは非常に感謝しながら,われわ れと別れた。わたしは,かれらの素朴で純情な,平和をねがい戦争をにくむ ひたむきな態度をみて,
f~~ 銘をうけた。そのことを,わたしは,いまでもよくおぼえている o >
(C 1 )カナダです口仕事は技能者です。
(D 1 )アメリカです。仕事は長崎大学の非常勤講師です。長崎にきて 1 年半になります。
(E 1 )カナダです。
(F 1 )インド大統領およびインドの総理大臣の代理として,いま日本に 滞在しているのです。以前,ある大学の百 J I 学長, n f t ネパーノレ大使,パンジョ
ン州知事, !駐日大使をしていました。
(G 1 )ニュージーランドです。国家公務員です。ニュージーランドの在 日銀行につとめています。ご承知のように, ニュージーランドでは, ラジ オ,テレビ,郵便,銀行,税関,その他が国営となっていますので,わたし は国家公務員というわけです。
(H 1 )アメリカ
D宣教師。
(1 1) アメリカ
O宣教師。
(J 1 )アメリカ。学生。
(K 1 )フランス。三菱重工業で働いています。
(2) I あなたは,ヒロシマ・ナガサキの原燃について,いつごろ,知る ようになりましたか。」
(A 2) くいつごろ,という明確な問符はないが〉 ええ,知っていまし
8 8 認 営 と 経 済
f
こ。(C 2) <いつごろについての的確な回答なし> はい,知っています。
(D 2) 知っています。
(E 2) 知っています。
(F 2) <回答者は,質問者 ω e v e n t " を 、 i n v e n t グとさきちがえ,原 爆開発の歴史について,オッペンハイマーやフェノレミ,アインシュタイン ω
名をあげながら,かなり詳細に語った。しかし,設問にたいする的確な回答 で は な い 。 >
(G 2) 非常に小さい子供のときです。ずっと以前です。
(H 2) およそ 1 3 年か1 4 年まえです。
( 1 2) およそ 1 5 年か 1 6 年まえです。
(J 2) 5 年まえです。
(K 2) 26 年まえです。ふたりとも。
これでみると,ニュージーランドやフランスのひとが,アメリカ人に比し て,早く原爆のことを知ったようである
D(3) I あなたは,どういうノ j 法によって,この事実を知りましたか。」
(A 3)新聞で知りました。(カナダ) (C 3) < 該 当 回 答 な し >
(D 3) < 該 当 回 答 な し >
(E 3) < 該 当 回 答 な し >
(F 3) < 該 当 回 答 な し >
(G 3) 新聞とラジオです。 雄誌も報道しています。テレビは,ニュージ ーランドでは,たいへん新しいもので,まだ台数も多くはありません。
(H 3) 読 i l i : により知りました。(アメリカ) ( 1 3)両親と告:物です。(アメリカ) (J 3 )学校の歴史の時間です。(アメリカ) (K 3) ラジオです。(フランス)
この田容によって,われわれは,ニュージランドやフランスのマスコミと
外 国 人 の 原 爆 怠 議 8 9
アメリカのそれとのかなり明確な対照的相違,および,戦争体験ないし戦争 犯罪の自国の青少年への継承の方法の相違を推定することができる
O20 代のアメリカ人がはじめて原爆を知ったのが,マスコミによってではな く,読書や両一視の話,教室での先生の話によってであることは,アメリカの マスコミの一般的姿勢の後進性を示唆している o 7 1 年 6 月 1 3 日 に は じ ま る
「ニューヨーク・タイムズ J , I ワシントン・ポスト J , I ボストン・グロ ープ J , I シカゴ・サン・タイムズ J , I フィラデルブイア・インクワイア ラー J , I ロスアンゼノレス・タイムズ J , I セントルイス・ポスト・デ F ィス パッチ」などの各紙のヴェトナム侵略戦争にかんする国防総省秘密文書のす っぱぬき掲載をもって,アメリカのマスコミの後進性を過小評価してはなら ないであろう。かつて,パートランド・ラッセノレは I ニューヨーク・タイ
ムズ」を相手に,ヴェトナム戦争の本質および、新聞の保守反動性・欺 HI~性について,大論争を展開したことがある ω である(1 963 年)
0また,アメリカの青少年が,両親や教師,図書館によって原爆を知ったの だということは,戦争批判の継承が,いかなる } j 法によっておこなわれるべ きか,を示唆している口保守的な国での、教育グと、教師グの役害 ] 1 はとくに 宝大である(家永教科古裁判と伝習飴闘争との重大性)。
(4) I あなたのお国のかたたちは,日本に投下された原燥のことをよく 知っていますか。あなたは,お国で,原燥のことについて話したことがあり ますか。」
(A 4) だれでも知っています。凶のひとびととは,何度も論じあいま し た カ ナ ダ )
(C 4 )だれでも知っています o (カナダ)
(D 4) ほとんどすべてのアメリカ人が知っています。故国の友人と話し あったこともあります。日本にきてからは,友人に手紙をかいて,いろいろ 知らせています。
(E 4 )知っています。(カナダ)
(F 4 )だれでも知っています。非常によく知られていることです。です
9 0 径 世 と 経 済
から,インド国民は,あなたがたにたいへん同伯をよせているのです。かれ らは無知ではありません。もちろん,へんぴな田舎のひとびとは例外です よ 。
(G 4) よく知っています口ヒロシマの原爆のことはだれでも知っていま すが,ナガサキのことは,知らないひとも往々います。それで,わたしは ! m
l 床を感じました。今年ナガサキにきたのは,ナガサキのことをもっとよく知 りたいとおもったからです。(ニュージーランド)
(H 4) よく知っています。
( 1 4 )よく知っています。
(J 4 )よく知っています口
(K 4) <イエスともノーともつかない回答>
アメリカの日本への原爆投下の事実は,カナダ,アメリカ,インド,ニュ ージーランドで,非常によく知られているととが,これらの回答によってわ かる口
興味があるのは,ニュージーランドの公務員氏がいった言葉である。海外 でも,ヒロシマの名がよりひろく周知されているのであろう o (もっとも,
わたしが側間したところでは,ナガサキの名がより周知されているところも あるようであるが。)
(5) 1"あなたのお国のマスコミは,原爆の恐怖や被告について,じゅう ぶん報道している,とおもいますか。 1 9 5 4 年の第 5 福竜丸のことはどうです か。」
(A 5) <前半については該当回答なし。後半については> 新聞にでて いましたから,知っています。(カナダ)
(C 5) カナダでは,テレビの番組などで,民(燥投下の記録をたどったこ ともあります。被爆者の苦痛についても,報道されています口
(D 5)第 5 福竜丸のことは,知っています。わたしが小学校時代のこと ですから,きっと,本で読んだ ω だとおもいます。
(E 5) <該当回答なし>
外 国 人 の 原 燃 意 識 9 1 (F 5) インドでは,第 5 福竜丸のことはよく知られています。それだけ ではありません。核爆弾が実験されると,放射能をおびたちりが,降雨のさ いにいっしょにふってくる
Cそこでわれわれはカウンターで計量する口中間 は今日多くの核実験をおこなっている,ということも知っています
D(G 5) ニュージーランドでは,マスコミは開放的ですから,よく報道し ています。だれでも記事で読むことができます。何も秘密にしておく乙とは なく,たいへん開放的です。読みたくなければ,放置しておけばよいわけで す。新聞が何でも報道していることは事実です。
(H 5) じゅうぶん報道しているとおもいます口 (アメリカ) ( 1 5 )おもいます。(アメリカ)
( J 5 )おもいます o (アメリカ)
(K 5) <イエスともノーともつかない回答> (フランス)
すべての回答者が,主観的には,マスコミの報道を自由だと評価している o
しかし,それは,回答者の主観を基準にしたものであって,その主矧そのも のが公正妥当であるかいなかにも,大いに問題があるといわなければならな い。われわれからみれば,これら回答者の判断自体に非常な疑問をさしはさ まないわけにはいかない。
第 3 問の項でふれたように,ヴェトナム秘密文書:の掲載にかんして,政府 の禁止要求にたいし法廷において堂々とたたかい,政府要求却下をかちとっ た「ニューヨーク・タイムズ J , I ワ シ ン ト ン ・ ポ ス ト 」 の 勇 気 と 使 命 感 は,わが国の報道機関にくらべて,はるかにすぐれているが, しかし,それ にも限界があることを,けっして忘れてはならない。パートランド・ラッセ ルがなぜ「ラッセル平和財団」を設立し,営利的なマスコミを相手にたたか わなければならなかったか,を理解すべきであろう。
2)
インドにおける
J間報伝達については, (F 5) の回答があるが,かれは政 府高官筋のひとであるから,これは政府側の発言とみなければならず,人民 大衆の実情をど乙まで表現しえているか,疑問である
Dわたしは, 1964‑65 年に,あるインドのひとと述絡をもったことがあるが,そのときの手紙に,
砥族や言語を呉.にするインド同内での原爆問題にかんする PR には非常に昔
92
労していることがのべられていた。
3 )
経 営 と 経 済
諸回答をみくらべてみて,わたしは,ニュージーランドの国柄と報道機関 に好感をもっ。
(6) I あなたが長崎へこられたのは,郎燥のことを知るためですか。燥 心地や平和祈念像・原爆資料室をごらんになりましたか。」
(A 6) わたしたちは 3 週間の日本協光旅行で来日しました。たまた ま,原爆投下 2 5 周年の日に長崎にきたわけですが,偶然の一致です。燥心地 と平和祈念像はみました。資料室はみていません。それはどこにあるのです か 。
(C 6) いいえ,わたしたちは観光客で,日本中をできるだけたくさんみ ようとおもっているだけです口平和祈念像は今朝みてきました
O式典にも出 ) 1 1 5 しました。資料室はみていません。広島へは明日ゆく予定です。広島と長 崎とを比較したいとおもっています。
(D 6) みました。今朝は平和公園へいってきました。広島へいったこと があります。広島はよりひろい範囲にわたって被告をうけたので,その復興 はより近代的・西欧的といえるでしょう
D長崎は周囲に山があったために,
比較的せまい地域が破壊されました。それで,復興は主として原爆以前のも のとおなじです。最近,広島・長崎にかんする記事を、 T 1 ME"誌上でよ みましたが,それによると,当時広島に住んでいたひとがこういっていま す。原爆前の広島は,構造上ぎこちなく不体裁な都市であったが,現在はた いへんモダンな外観を呈している,と
C(E 6) いいえ,わたしは万博にきたのです。そして広島・長崎をみたい とおもったわけです。今日の記念日に長崎にきたのは,偶然の一致です。
(F 6 )わたしの訪問の目的は,仏舎利塔の除幕式l こ参列するためです c
4 )
これはインドのラージゲーにおさめられたものと類似しています。たまた ま,わたしがこの種の事業を遂行する団体の会長をしているものですから,
今度の長崎の仏舎利塔の除幕式に来日することとなったわけです c 爆心地,
祈念像,資料室は,全部みています。 1 0 年まえにみましたし,今度もみまし
外 閑 人 の 原 t 是 認 識 9 3 た口広島のものもみています。広島の記念式典にも参列しています。
(G 6)今朝,爆心地へいき,平和祈念像もみてきました o あの像はキリ スト教と仏教の混合ですね。すぐれた象徴だとおもいます。テクノロジーを 発迭させた人類が他者を殺すのではなく,他者 l こ援助の手をさしのべている 姿だとおもいます口人類が発達させた科学的知識を,他のひとびと,他の国 国を亡ぼすためでなく,援助するためにつかえば,すばらしいとおもいま す。しかし,じっさいには人類を向上させるためではなく,殺害するために つかわれてきたのが実状ですっ生活の向上,たとえば,ガンの扶減とか,和 利 1 の病気をなおすためとか,に科学知識をもちいればよいのですが,人間の 思かさのために,不幸にして,それは殺生につかわれてきているわけです口
原爆資料宗もみました。あれはほんとうに悲しいことでした
O正直いっ て,わたしは泣きました。非常にこころを動かされました。人類が何と思か であるかということをしめしているとおもいます。
(H 6) はい,爆心地と祈念像はみました。しかし,資料窒にいったこと はありません。
( 1 6 )いずれもみたことはありません口
(J 6 )どれもみましたの非常に興味ふかく,また教育的でした。
(K 6) みなみました。
旅行者は,ほとんどみな,初光目的で来的している
Oそして娘心地や祈念 像はかかさずみている o 木固にいるときから,原爆のことを知っていたの で,
J京燥のあとをみようという関心から長陥へきたといっていいであろう。
しかし,長崎への原爆投下が 8 月 9日であったということまではほとんど
知らなかったようである。また,原爆資料を展示した資料室があるというこ
とを知らない矧光客が予想以上に多かった。長 I l f i n l i としても,外同人観光客
に知らせる努力がかけているといわなければならない。保心地や祈念像をみ
た外同人が,容易に資料室の存在を知ることができるように,立宕板をたて
るとか,パンフレットをつくるなどの工夫をする必要がある口資料をみるこ
となく帰国した外囚人は,民的には,原爆にかんして価値あるものはほとん
ど何もなかった,と同同人に報告するであろう。
9 4 同 首 と 経 済 まえにものべたように,われわれから資料室の存在をおしえられたインド ネシヤ人とギリシャ人の船員は,話をきくやいなや,ただちに見学にでかけ ていった
Dこれらの青年のように,何であれ,原爆の一次資料をみることを 念願している外国人は,多数いるはずである。諸外国では,わが凪以上に,
歴史的な主要文書・資料を尊重する気風に白むのである口わが国の政府や地 万自治体も,真に、平和愛好的かで、文化的グな政治とは何かを買剣 l こ省察 し,資料の収集・保存・展示および実態調査にたいして,誠意をもってとり くまなければならない。それを怠る政府・自治体の政治姿勢は,世界人民の 糾弾をうけることとならざるをえないであろう
D(7) 1"あなたは,原爆症をご存知ですか。」
(A 7) <該当回答なし>
(C 7) はい,放射線の影響ですね c
(D 7) はい,知っています。広島の ABCC を た ず ね た こ と が あ り ま す。そのとき,その内部の設備
2をみせてもらいました。それで状況がわかり ました。
(E 7) <該当回答なし>
(F 7) <該当回答なし>
(G 7) はい,知っています。放射線による病気ですね口ひどいことで す。(ニュージーランド)
(H 7) 知っています。(アメリカ) ( 1 7 )知っています o (アメリカ) (J 7 )知っています。(アメリカ) (K 7) 知っています。(フランス)
原爆症については,ほとんどみな,知っている o <該当回答なし>という のは,質問者が,口頭でこの項目について設問することを省略(設問もれ)し たために回答者が答えなかったものであって,もし質問されていたら,おそ
らく回答していたであろう
Cしかし,表面的に原爆症というものを知っていても,はたしてどの程度正
外 国 人 の 原 爆 意 識 9 5 確詳細に知っているかはわからない。つぎの第 8 問は,原爆症をどれくらい 知っているかをもうすこし具体的に判断するための設問である D
(8) I あなたは,いつ原爆症で死ぬかもしれない,という恐怖心をたえ ずいだいている被爆者が,いまなお何1 0 万人もいることをご存知ですか口」
(A 8) <該当回答なし>
(C 8) 知っています。テレビで,被爆者の苦しみについて報道していま す。被爆 2 世のことも,きいています。 o <原爆被爆者という言葉をつかう ことをきらっているアメリカ政府について>わたしたちは全くのアメリカ嫌 いというわけではありませんが,アメリカの男性たちは好きでありません。
(カナダ)
(D 8)知っています。
(E 8) <該当回答なし>
(F 8) 知っています。
(G 8) 知っています。たいへんおそろしいことだとおもいます。
(H 8)知っています。
( 1 8 )知っています
D(J 8 )知っています。
(K 8)知りません。(フランス)
この回答をみると.<該当回答なし>の 2 件をのぞいて,知らないのは,
フランス人のみということになる。<該当田谷;なし>は,前問のばあいとお なじく,たまたま設問されなかったために生じたプランクであって,無知を かくすための黙秘ではなかった。したがって,被爆者の苦悩や,原爆症のお そろしさについては,世界中で,かなりよく知られているといっていいであ ろう
O(9) I あなたは. 1945 年 8 月のアメリカの原爆投下が,世界戦争を終ら
せ,世界に平和をもたらすために必要であった,とおもいますか。トノレーマ
ン大統領は,数十万ないし数百万のアメリカ軍将兵の生命をすくうためには
9 6 経 営 と 経 済 原爆投下が必要であった,といって,原爆投下を合理化していますが,どう おもいますか。原爆は,日本軍のパーノレ・ハーパー奇襲攻撃にたいする当然 の報復だとおもいますか。」
(A 9) さあ,アメリカ軍将兵の生命を救うために必要であったかどう か,それは知りませんが,原爆によって戦争が早くおわったということはい えるとおもいます。パール・ハーパー奇襲攻撃の報復であったかどうか,む ずかしいと乙ろですね。」
(C 9) 原爆投下を正当化するものは,何もないとおもいます。
(D 9) トノレーマンの原爆投下の合理化には賛成できません口このことに ついては 1 カ月ほどまえ,アメリカにいる父に手紙を古いたことがありま す。また,最近,アメリカのある時事雑誌の社説で,わたしとおなじ見解を よんだことがあります。すなわち,もし原爆を東京湾におとしてその威力を しめし,人命をひとつもうしなわないようにしていたら,あるいは,住民と はまったく無関係の軍事基地におとしていたら,ヒロシマ・ナガサキの 2都 市におとすよりもよほどましだったろう,というのです。このような班由 で,わたしはトルーマン氏に賛成できません
D(E 9) < 該 当 回 答 な し >
(F 9)わたしは,あなたがた長崎にいる日本人が,この原爆被爆によっ て非常に心をかきみだされたということを感じています。しかし,わたしに いわせれば,あなたがたの関心はかぎられたものです口わたしたちインド人 の関心はもっとひろい,わたしたちはあなたたちよりももっと腹をたててい るのですよく乙このところは,語調が一段と強い>。
(G 9) 一度広島におとして,すでに目的を達していたわけですから,な ぜ長崎l こまでおとさなければならなかったのか,わけがわかりません。ひと つでじゅうぶんであったわけで, 2度おとす理由はなかったとおもいます。
日本が降伏をしぶっていたということが,一番ちかい理由かもしれません が,それにしても,二度おとす必要はまったくみとめられません。
(H 9)必要はなかったとおもいます口
( 1 9 )必要はなかったとおもいます。
外 国 人 の 原 爆 意 識 9 7 (J 9 )わかりません。(アメリカ)
(K 9)必要はなかったとおもいます口
われわれ被爆者にとっては(日本人,朝鮮人,中国人,あるいはミクロネ シア人をとわず) ,いうまでもなく,核兵器が世界の平和のために必要だと いう見解を悪魔の論理として拒否するのが当然であるが,原爆投下を他国の こととして傍観しうる国々の市民は,この原爆投下について,どのような判 断をもっているのだろうか,という角度から,この設聞をたててみた。結果 は,<該当回答なし>の l 件をのぞいて,ほとんどすべてのひとが,必要は なかった,と断言しているのである。核兵器投下こそは,何ものによっても 合理化することのできない重大な戦争犯罪だとの認識が, . 意 外 l 乙根づよく定 着しているようである。
5 0 代の A氏は,慎重に断言をはばかったが, 20 代 の ア メ リ カ 入 学 生 J 君 は,自国政府への判断をせまられて,とまどったのであろう。ヴェトナム侵 略戦争を契機として,近年とみに党限してきた学生の増加傾向のなかで,か れは,依然として保守的で無思慮な体制 j 内的アメリカ入学生の一員なのであ ろう。
( 1 0 ) [""あなたは,もしヒトラーが敗れるまえに原爆が完成していたら,
アメリカはドイツにたいして原爆を投下していただろう,とかんがえます か。」
(A10) <該当回答なし>
(C 1 0 ) <該当回答なし>
(D10) <該当回答なし>
(E10) <該当回答なし>
(F10) <該当回答なし>
(G10) 1 9 3 9 年にドイツが戦争をはじめ,それが拡大していったわけです
から, 1 9 4 3 , 4 4 年の段階では,原爆ができていたら,たしかにドイツにたい
してまず落していただろうとおもいます。そうすれば,イギリス軍にたいす
るアメリカ軍の援助も早くなり,戦争はもっと早く終っていたでしょう o
9 8
( 日 1 0 )落していたとおもいます。
( 1 1 0 ) わかりません。
(J 1 0 )落していたとおもいます。
(K10)落していなかったとおもいます。
経 世 と 経 済
(A) から (F) までの回答なしは,設問もれによる無回答である
Dした がって,回答例があまりにもすくないので,わりきった判断をくだすことは 困難であるが,これらの回答は,回答者の国の、人種差別
ρ芯識の多少をあ る程度しめしているようにおもわれる。かなりしっかりした知識と判断力を もったニュージーランドの G 氏は,日本にたいしてとおなじく,ナチス・ド イツにたいして,原爆を投下していただろう,とかんがえる D かれは,黄色 人積にたいする差別観念が之しい国に住んでいるためか,あるいは,ヒトラ ーの暴虐をじゅうぶんよく知っていたために,投下説をのべたのであろう
D後段の回答からみて, G 氏はヒトラーの悪逆無道にたいする義
J出から,投下 説をのべたのであろうと判断される。
H君と J 君とは,投下回アメリカの体制内的青年として,自国軍隊が交戦国 にたいし原爆を投下した事実(あるいは仮定の事実)を肯定し,自国政府・
軍隊を弁護する立場にたつのであろうし,そのさい,肌の色の差は念頭にう かべえなかったのであろう o とくに J 君は,原爆投下の必要性について,
「わからない」との判断をくだしているのであって,交戦国への投下を,す くなくとも事実・あるいは仮定の事実としては苦悩なしに肯定しえたのであ ろう。
I氏がなぜ「わからない」と回答したのか,判断できないが,一歩つっこ んで,その理由をきいてみたかったとおもう
Cフランスの K氏の回答は興味ふかい口わたしは,これが,西ヨーロッパの 大多数のひとびとのいつわらぬ心境ではないかとおもう1"人種差別主義」
が,事実として,きわめて根ぷかいということは(アメリカでもおなじ),す でに,パートランド・ラッセノレが機会あるごとに口をきわめて強調してい るとおりである。
5 )
ラッセ J レ は , 1 9 6 7 年 8 月の原水禁大会によせた声明のなかで, 1 9 4 5 年 8 月
外 国 人 の 原 爆 志 識 9 9
の原爆投下がおそるべき残虐行為であり,世界の世論,戦争法規,およびア ジア人の生命を無視した行為であり,アメリカがこの行為をおこなった根本 の思怨は,西欧世界のアジア人にたいする人種差別主義である,とのべた。
その証拠として,ラッセノレはいう o ヒトラーがユダヤ人を組織的に殺害した とき,ヨーロッパやアメリカのひとびとは,口をきわめてこれを非難した。
ところが,アメリカが日本l こ新型爆弾を投下して,多数の女子供を乙ろした とき,アメリカは非難されなかった。それどころか,アメリカを非難したも のがあれば,そのひとが,逆に,軽蔑され剖笑されたのである。
6 )
( 1 1 ) [""現在,いくつかの強国が核軍備を強力におしすすめ,核兵器の量 は全人類を何回も絶滅できる過剰殺人の量にまで達しているわけですが,あ なたは,世界の平和と安全のために,核軍備が必要だとかんがえますか。」
(All) いいえ,必要とはおもいません。現在は,一方が他方をこわがっ ているのです。米英はソヴェトをおそれ,ソヴェトは米英をおそれて,たが いに警戒しあっています。一方が余計につくれば,他方もそれだけ多く必要 とするという悪循環のようです。核の必要がなくなればよいが,とおもいま す 。
(C 1 1 )いいえ,そうはかんがえません o どのような兵器も,平和のため に必要だとはかんがえられません。武器とか軍備とか戦争とか,そういった ものは,一切きらいです。世界はそういうことではいけないとおもいます。
く 2 人は異句同音にこたえた。>
(Dll)必要とはかんがえませんが,ど乙の国も他の国を信頼していませ ん。アメリカはソヴェトを信ぜず,ソヴェトはアメリカを信じません。ま た,両者とも中国を信じていません。それで,他国の;立思がわからないの で,軍備を解除することができずにいるわけです。
(Ell) <該当回答なし>
( Fll)わたしたちインド人の関心はもっとひろい。わたしたちは,あな
たがたよりももっと肢をたてているのですよ
Dわたしたちは,世界に今後何
がおこるか,知っているのです。馬車の背後で保持をつくるのは,まったく
1 0 0 経 営 と 経 済
のろわれた愚かものです。そして,かれは,その気違いざたで煤発の連鎖反 応の口火を切るのです
Dそして,諸国は,その最後の手段にたより,たがい におそいかかるのです。それがどういう凶事となるか,われわれは知ってい るのです。
いいですか。インドの大統領および、総理大臣が,ともに,人間相互間の平 和にたいするあらゆる努力が確立されなければならない,というメッセージ をわたしに託して,日本のかたへおくっているのですよ。
(G11)いいえ,そうはおもいません o
アメリカがおびやかされれば,核兵器をふやし,逆に,ソヴェトがおびや かされれば,ソヴェトが核兵器をふやします。このイタチごっこはかぎりが ありません。なぜ,核を何もかも破壊することのためにではなく,平和産業 のために,もっと活用することをかんがえないのでしょうか。
現在,ニュージーランド国内では,タヒチ白にちかいムノレロワ環礁でのフ ランスの核実験にたいして,抗議運動を展開しています。不幸にして,ニュ ージーランド政府当局は,これに強い抗議はしていません。しかし,国民は 強い抗議をしています。新聞もラジオも抗議しています
D太平洋ではなく,
自国にちかいサハラ砂漠でやれ,とフランスに申しいれよ, と い っ て い ま す c
(H11) いいえ c
( 1 1 1 ) いいえ口 (J 1 1 ) いいえ。
(K11) いいえ口
この設問にかんしては,ど ω 回答も,一致して,核軍備に否定的である。
ただひとりの例外さえもな ~'o 該当回答なしは,設問もれによる。)