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博士学位論文審査結果報告書

(2020年32 日 提出)

1.審査委員 主査 山口 隆英 印 副査 西井 進剛 印 副査 藤川 健 印 副査 池田 潔 印

2.提 出 者 田代 智治

3.論題 地域中小企業の新事業創出における経営戦略に関する研究―「相互共存」

によって描かれる新事業―

4.論文の要旨

本論文は、地域中小企業を研究対象に、新事業創出に求められる経営戦略とは何かを 明らかにすることを研究の目的としている。本論文の構成は、序章と終章を含む8章に、

補章2章を加えた10章であり、構成は以下の通りである。

序章

第1章 先行研究のレビュー

第2章 地域中小企業の新事業創出に関する理論的考察 補章1 中小企業研究の生成と発展と地域の視点

補章2 中小企業研究と経営戦略 第3章 事例研究:田島山業株式会社 第4章 事例研究:A社

第5章 事例研究:M社 第6章 事例研究:和菜屋 終章

序章では、まず本論文のリサーチデザインを提示した。研究の目的、本論文の位置づ け、研究方法を提示し、本論文で取上げる 4つの対象事例の選定理由や筆者との関係を

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整理し、データ源などについての解説を行った後、本論文の構成について説明している。

1章では、地域中小企業を研究対象に新事業創出に求められる経営戦略とは何かを 考察していく上での研究課題が提示されている。まずは、池田(2002)によって示され、

本論文の基本的な分析(企業)単位である「地域中小企業」を批判的に考察し、その定 義も含めた概念の精緻化を試みている。続いて、経営戦略における「地域企業(大滝・

金井・山田・岩田、2017、pp.267-269)」の議論を整理し、池田(2002)による「地域 中小企業」概念と比較している。ここで本論文における地域中小企業を定義し、地域中 小企業を「本社を特定の地域に置き地域に根ざした地域密着型の中小企業」としている。

そのうえで、地域中小企業の新事業創出と経営戦略の関係が考察され、一般的な競争戦 略を地域中小企業に適用させる場合の課題を指摘し、地域中小企業が新事業創出する際 に用いる経営戦略とは、欧米の諸理論が想定するような「競争」を中心としたものでは 必ずしもなく、むしろ協調的な関係と競争的な関係の 2つのバランスで成立していると の認識が示されている。

2章では、地域中小企業の新事業創出に求められる独自の戦略的要因の導出が 理論 的に検討されている。先行研究から、ある一定の自主性を保持しながらも、「共存共栄」

志向によって、資金、技術、経営援助などの様々な面で多様なステイクホルダーと協力、

連携、連関することで「共存共栄のシステム」の構築を実現し、単純な独立企業よりも 優位性を発揮する中小企業の存在があることを示している。そして、中小企業が、「共存 共栄」志向を優位性創出と持続可能性向上を実現するた めの戦略的「能力」として、自 ら主体的かつ積極的に行使しているとの認識を示し ている。これらの点から、「相互共存

(mutual coexistence)」といった概念を理論的に提示し、相互共存という概念を、具体 的に地域中小企業の新事業創出に対してどのように適用させていくのかといった理論的 課題に対して答えるため、「経営資源の有効配分と展開」と「多様なステイクホルダーと の価値共創」といった相互共存を構成する要素を提示している。

補章1では、本論文における議論を円滑に行うことと、中小企業研究の文脈を理解す る、といった 2点の理由から関連する中小企業研究の幾つかの議論を取上げて、文献 レ ビューが行われている。補章 2では、本論文が地域中小企業の新事業創出における経営 戦略理論の理論化を目指す上で、過去の経営戦略研究を整理している。補章 1、2 は、

1章及び第2章の内容を補完するものである。

3 章では、「新たなビジネスモデル」によって新事業創出を行う田島山業のケース が紹介されている。田島山業は、大分県日田市を中心に林業を営む地域中小企業であり、

地域の局地的需要に対して財やサービスを提供している「地域密着型企業」であった。

日本の林業の現状と課題、そして日田地域の林業・木材産業の発展と衰退についての整

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理が行われ、田島山業の新事業に関連して、地域の状況を含めた外部環境の概観が示さ れている。ここで、日本林業の厳しい現状と日田地域における林業・木材産業の衰退 を 浮き彫りにしている。田島山業の新事業とは、旧来の木材栽培業から脱却した総合森林 業への転換に向けた、林地残材を活用したバイオマス発電所むけ木質チップ製造であっ た。事例の考察から、田島山業の「共存共栄」志向によって、地域の林業者やバイオマ ス発電所との連関を可能にすることで新事業が創出され 、日田地域に「共存共栄システ ム」が構築されていることを明らかにしている。

4 章では、「内部経営資源の展開」によって新事業創出を行う A 社が取り上げられ ている。A 社は、山口県下関市に本社を置き県内を中心に主に機械工具や機器を取り扱 う商社を、60年間、営んでいる地域中小企業であり、山口県に数多く立地する大手製造 業工場に対して機械工具や機器を販売供給していることからいわゆる下請的な「大規模 生産関連型企業」であった。山口県の産業構造の特徴や製造業と卸売・小売業の状況、

経済圏を整理することで、A 社の新事業に関連して、地域の状況を含めた外部環境が示 された。ここで、山口県が古くから製造業で栄え、現在でも全国に比べて製造業依存率 が高く、近年では機械器具卸売業の競争環境が激化している現状が示されている 。A 社 の新事業とは、将来の地域総合商社の実現に向けた、ファクトリー・オートメーション 事業であった。事例の考察から、A 社の「共存共栄」志向によって、地域の顧客である 大手製造工場や外注先である地域の中小企業との連関を可能にすることで新事業が創出 され、山口地域に「共存共栄システム」が構築されることが明らかにされている 。

5章では、「外部の経営資源の活用」によって新事業創出を行う M 社が取り上げら れている。M社は、福岡県北九州市を中心に総合建設業を営む地域中小企業であり、地 域に立地する優位性を活かした事業展開を行っているものの、他地域でも業務を行って いる企業であることから、「自前地方型企業」であった。また、過去の事業形態から「地 域密着型企業」や「大企業生産関連型企業」の側面も併せもつ企業であった。まずは、

日本の建設業と住宅産業、北九州地域の住宅産業の現状が整理され、M社の新事業に関 連して、地域の状況を含めた外部環境が示されている。日本の建設業の厳しい現状と北 九州市における住宅産業の厳しい現状を明らかにしている。M社の新事業とは、総合建 設業を核としたB to B ビジネスとB to Cビジネスを展開する総合力の高い企業の実現 にむけた、宅育の家事業であった。事例の考察から、M社の「共存共栄」志向によって、

製品開発にむけたネットワークの構築と連携が可能となり、それらがサプライチェーン の変化・発展につながり、実際のビジネスを伴った強い連関が構築され、北九州地域と 日田地域に「共存共栄システム」が構築されていることが明らかにされている。

6 章では、「社会的課題解決」によって新事業創出を行う和菜屋 が取り上げられて

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いる。和菜屋は、北九州市の深刻な高齢化を背景とした高齢者を取り巻く社会的課題を 解決することを目的に新たに設立された地域中小企業であり、地域の局地的需要に対し て財やサービスを提供する企業であることから「地域密着型企業」であ る。まずは、経 済産業省によるソーシャル・ビジネスの定義やソーシャル・ビジネスの現状と課題を整 理した上で、全国の高齢化の現状と北九州市の抱える社会的課題、団地で進む深刻な高 齢化問題などを指摘し、和菜屋の新事業に関連して、地域の状況を含めた外部環境が示 されている。和菜屋の新事業とは、将来的なフランチャイズ展開と拡大による地域コミ ュニティ再生ビジネスにむけた、手づくり惣菜の製造・販売・宅配事業である。事例の 考察から、和菜屋の「共存共栄」志向によって、主な顧客である高齢者や周辺の地域と の関係性にて「売手良し」「買手良し」「世間良し」といった「三方良し」といった形態 にて事業が進められていることが示されている。経済的価値の追求だけではない社会的 価値の享受が相互通行的に目指されていることから、ビジネスを通した地域・社会との 共生と「共存共栄」が積極的に図られている取組みであるといえ、地域活性化へと繋が る「共存共栄システム」が構築されていることが考察されている。

5.論文の評価

本論文は、地域中小企業の新事業創出に求められる経営戦略とは何かという課題に取 り組んでいる。本論文で評価される点は次の3点である。

第1に、地域中小企業の経営戦略が競争を志向するよりも共存共栄を志向することで、

新事業を創出できるという仮説を4つのケースを使って説明した点である。地域中小企 業は、地元にある大企業の工場の下請けや地域産地の特殊なニーズにこたえる形で存在 している。このような状況にあって、競争することよりも地域と共存することで、新し いビジネスのニーズを見つけ、展開することにつなげることができるという観点は、い かに競争していくのかという観点に一石を投じるものであり、本論文のユニークな点で あるといえる。

第2に、地域中小企業の生き残りに向けた新事業創出の可能性が他社に先駆けて製品 を開発することよりも、地域の課題を解決することにあるという点を明らかにした点で ある。これまでの競争は、おもに親会社のニーズをとらえ、そのニーズを満たすために 他の会社にできない技術を開発すること(技術を磨くこと)であった。しかし、実際の ところ親会社の海外展開によって努力が無力化されるケースも多い。地域の課題解決と いう地域中小企業にとって地理的近接性を保ち、共存共栄を図ることで次の事業展開が 見通せるという着眼点は、今後の課題となる SDGsとの関連においても重要な視点とい える。

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そして第3に、地域中小企業というとらえ方である。実のところ、地域の産業の衰退 に伴って経営体の存続が難しい、地域商社等が研究対象になっており、地域 や産地の衰 退とともに会社のあり方が問題になる業種であり、その業種に対して新事業創出の可能 性を示せた点は評価できる。多くの地域で特産品の産地が衰退することで、産地のコー ディネーター的な役割を果たしていた地域商社が衰退していき、地域そのものも衰退す るという現象があるが、これに対する処方箋となりうる研究となっている。

本論文では、地域中小企業の戦略として地域での共存共栄という 考え方が有効である ことを4つのケースを使って説明したといえる。しかし、いくつかの点で課題も残って いる。

第1に、本業と革新的な事業を探求するという地域中小企業の考え方は、オラ イリー

&タッシュマン(2016)で示された両利きの経営というコンセプトと通じるものであり、

先行研究が多く存在している。本論文は中小企業の経営戦略という観点から出発したた めに、経営組織に関する先行研究を十分に渉猟して、コンセプトをまとめるという作業 に弱さがある。本論文でお行った研究は、中小企業論・地域中小企業論とは異なる研究 分野との架橋を果たし、このコンセプトを充実させる必要があるといえる。

第2に、コンセプトの整理に不十分さがみられる点である。 一般的には、経営戦略と 競争戦略は区別して議論されている。研究者によって異 なるが、経営戦略は会社の方向 性を示すものであり、競争戦略はより市場での競争に重点を置く視点である 。このよう にコンセプトについて、論文内で統一した見解が示されていない記述があり、筆者に混 乱が見られる。新事業創出を多角化戦略、つまり、経営戦略とみなした場合、多角化し た事業がどう競争するかという部分が競争戦略となる。このような用語の整理があいま いなまま記述している部分があり、1つ1つの用語を確認する作業がなされる必要があ る。

そして、第3に、地域中小企業というコンセプトにこだわったために、SDGs をはじ めとする近年の経営課題とこの研究との結びつきが十分に議論されていない。地域の課 題を解決することは、先にも触れたが近年多くの企業で取り組まれている SDGs の実現 に向けて、地域中小企業が地域との社会的価値を共有するチャンスでもあるといえる。

本論文で研究された地域中小企業の共存共栄というものを一企業の経営戦略の研究とし て納めるのではなく、より大きな研究課題との関係で理解していくことが今後の研究に おいて必要になるといえる。

以上のような今後の課題があるものの、本論文は一定の水準に達しているといえる。

6.判定

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本論文の貢献および所定の試験の成績を考慮して、本論文の提出者が博士(経営学)

の学位を授与されるのに十分な資格を持つものと判定する。

参照

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