研 究
一般的法義務の免除と Third-Party Harm
Exemption by Freedom of Religion and Third-Party Harm
太 田 信
*
目 次 は じ め に Ⅰ 定義と根拠 Ⅱ 先 例 Ⅲ 宗教条項との関係 Ⅳ 近年の判例 Ⅴ 議論の背景
Ⅵ Third-Party Harm の内容と審査 Ⅶ 批 判
Ⅷ 日本への適用可能性 お わ り に
は じ め に
一般的法義務の免除,つまり信教の自由を理由として,法で課された義 務を免除できるかという問題(以下,義務の免除とする)は,アメリカで は植民地時代
1)
より問われ続けている。義務の免除では,以下 ₂ 点が問わ れてきた。 ₁ 点目は,問題となる規制により,信教の自由が侵害されてい* 中央大学大学院法学研究科博士課程後期課程在学中
1) この時代の義務の免除は,法と宗教的確信との間にある緊張関係に対する自
然で適切な反応であると考えられ, これに基づき議論がなされていた。See
Michael W. McConnell, The Origins and Historical Understanding of Free Exercise
of Religion, 103 H arv . L. r ev . 1409, 1466 (1990).
るかという点である。 この点は, 判例,Religious Freedom Restoration
Act(以下,RFRA
とする)2)
のような立法について,大きな議論となっている。 ₂ 点目は,義務の免除が国教禁止条項に反するか否かである。この 点についても,合衆国最高裁判所は幾度となく判断しているが,「問題を 解決というよりも,無視または回避しただけ」
3)
であると評されることも ある。そのような中で,近年アメリカでは,当事者ではなく
Third-Party 4)
,つ まり第三者に注目をし,彼らに義務の免除の結果,著しい損害が課される 場合には,特に国教禁止条項に反し義務の免除が制限されるとする主張が なされる。この理論はThird-Party Harm 5)
(第三者への損害)と呼ばれる。そしてこの理論を主張する者は,これが先例において説かれ,近年の義務 の免除を取り巻く状況の変化に伴い,再び顕在化したと考えている。
本稿は,この
Third-Party Harm
に関するアメリカの議論を紹介・検討2) 42 U.S.C. §§ 2000bb - 2000bb-4 (1993). 本法は,Smith 判決(Employment Di- vision, Department of Human Resources of Oregon v. Smith, 494 U.S. 872 (1990).)
により覆された,Sherbert 判決(Sherbert v. Verner, 374 U.S. 398 (1963).)にお ける信教の自由への厳格審査を復活させた法である。RFRA の成立過程に関し ては,花見常幸「信教の自由回復法と合衆国最高裁の判断」宗教法17号199─
200頁(1998), 小林祐紀「信教の自由と司法の優越」 大沢秀介= 大林啓吾編
『アメリカ憲法判例の物語』606─609頁(弘文堂,2014),山口智『信仰と法規 制 アメリカ法の議論から』64─65頁(2015)参照。
3) 山口・前掲注2)48頁。
4) 論考によっては,“others”(他者),“third persons”,“other citizens” 等とさ れているが,どれも同じ意味を指す。そこで本稿では,「第三者」,「他者」は,
引用及び付記のあるものを除き,同じ意味を指すものとする。
5) こ れ 以 外 に も,“third-party harm doctrine”,Micah Schwartzman, Nelson Tebbe & Richard Schragger, The Costs of Conscience, 106 KY. L.J. 781, 782 (2017) や,“Third-Party Burdens”,Frederick Mark Gedicks & Rebecca G. Van Tassell, RFRA Exemptions from The Contraception Mandate: An Unconstitutional Accom- modation of Religion, 49 H arv . C.r.-C.L. L. r ev . 343, 356 (2014) ともされる。本
稿で Third-Party Harm は,この理論のことを指す。また,“harm”(損害)は,
第三者に発生する損害,負担を指すものとする。
する。また,この
Third-Party Harm
に関する研究が,日本においてはほ とんど存在しないと思われるので6)
,日本への適用可能性も併せて考察す る。従来,日本における義務の免除を検討する際に,アメリカの議論が多 く参照されてきた。Third-Party Harmは, アメリカにおける社会的要因 が関係するが,その根拠は日本国憲法の信教の自由や政教分離と共通する ように思われる。そのため,日本においてThird-Party Harm
を研究する 意義・必要性は大いにあると言える。I 定義と根拠
初めに,Third-Party Harmの定義と根拠を検討する。
1 定 義
この理論の定義に定まったものはない。そこで,この理論の中心的論者 の主張から紐解くこととする。ある者は,「……許容される宗教への配慮
(permissive accommodation) の判例には, 結果的に損失の転換(cost
shifting)が認められないことがある,という一貫した命題がある。……
政府は,配慮を受けた宗教行為を信仰せず,それに参加しない第三者に,
宗教への配慮により重大な負担が課される場合には,国教禁止条項に基づ いて,許容される宗教への配慮を批判することができる」
7)
とする。また 別の論者は,「その方法が他の市民に多大な損失(cost)を転嫁する場合 には,政府が市民の宗教に配慮することは禁じられるという,長きにわた る憲法上の規範がある。宗教の自由条項と国教禁止条項は共に,他の市民 の宗教行為に関連する損失をある市民に与えることを禁じている」8)
と論6) 先行文献としては,宮原均「信仰を理由とする一般的義務の免除と公益及び 第三者への影響─合衆国最高裁の判例法理の傾向─」東洋法学63巻 ₁ 号31頁以 下(2019)がある。
7) Gedicks & Van Tassell, supra note 5, at 349.
8) Nelson Tebbe, Micah Schwartzman & Richard Schragger, When Do Religious
じる。
こうした主張からは,まず,特定のある者のための義務の免除により,
社会全体ではなく,異なる信仰を持つ他者に損害が転嫁される場合を問題 とすると言える。そして,その損害が著しい場合には,宗教条項と抵触す るということが問題とされる。これらを踏まえれば,義務の免除を受ける 対象の信仰とは相容れない信仰を持つ第三者に対して,義務の免除により 著しい損害が課せられる場合には,宗教条項から義務の免除は認められな い,という理論が
Third-Party Harm
であると定義できる。2 根 拠
コモンローには,「他者に損害を及ぼさない限り,人々は自らの信仰が 求めることを自由にするべきである」
9)
という理論があり, ここからThird-Party Harm
を導くことができるとされる。 この他に宗教条項との関係では,以下のような根拠も示されている。
それは,第三者に対して損害を課すことが,宗教を理由とする強制と国 教の樹立に繫がるということである
10)
。第三者に対して損害を課すこと は,宗教を理由とする政府による強制や不平等を表しているとされる11)
。 つまり,特定の宗教へ義務の免除を行い,それによる損害が第三者に対し て課されると,その者は自らと相容れない信仰に従わせられることにな り,これは宗教を理由とした強制である12)
。また,損害が課されることでAccommodations Burden Others?, in T He C onsCienCe W ars r eTHinKing THe B aLanCe BeTWeen r eLigion , i denTiTY , and e quaLiTY 328, 329─30 (Susanna Mancini & Michel Rosenfeld eds., 2018).
9) Eugene Volokh, A Common-Law Model for Religious Exemptions, 46 uCLa L.
r ev . 1465, 1479 (1999).
10) See Kathleen A. Brady, Religious Accommodations and Third-Party Harms: Con- stitutional Values and Limits, 106 K Y . L.J. 717, 732 (2017).
11) See n eLson T eBBe , r eLigious F reedom in an e gaLiTarian a ge 53 (2017).
12) 他の信仰の強制がなされることで,自らの信仰ではないものへの支持を明確
にしなくてはならなくなるということもあるとされる。See id. at 54.
宗教を理由とする不平等をも引き起こす
13)
。そして,これは国教禁止条項 に抵触する宗教への優遇にもなるということである。この国教禁止条項と の関係では,植民地時代のイギリス国教会に対する税制上の優遇が,これ を信仰しない者への損害となっていたこととの関連が指摘される14)
。 このように,第三者の信仰15)
への影響を考え,義務の免除により第三者 へ損害が課されることで,これが特定宗教・信仰の強制や優遇,そして国 教樹立に繫がることを防ぐということが根拠であると言える16)
。II 先 例
Third-Party Harmは, 判例で繰り返し提唱されたとされる。 そこで,
この理論を示したとされる代表的な判例を検討する
17)
。13) この点は,アイデンティティーで人々の間に差を設けること等が指摘され る。See id.
14) See Frederick Mark Gedicks & Rebecca G. Van Tassell, Of Burdens and Base- lines: Hobby Lobbyʼs Puzzling Footnote 37, in T He r ise oF C orporaTe r eLigious L iBerTY 328, 329─30 (Chad Flanders, Zoe Robinson & Micah Schwartzman eds.,
2015). しかし,ここに理由を求めることに批判もある。See Christopher C.
Lund, Religious Exemptions, Third-Party Harms, and the False Analogy to Church Taxes, 106 K Y . L.J. 679 (2017). See also Mark Storslee, Religious Accommodation, The Establishment Clause, and Third-Party Harm, 86 u. C Hi . L. r ev . 871, 886─93 (2019).
15) ここには,信仰をしないということも当然含まれる。
16) なお Brady は,義務の免除の性質からして,第三者に対する損害は,宗教 の強制や国教樹立になる特定の宗教への優遇にはならないとする。See Brady, supra note 10, at 733, 741.
17) ここで挙げる判決以外でも,第三者への損害に注目した判決があることが指 摘される。宮原・前掲注6)33─75頁参照。また,特に Smith 判決より前では,
信教の自由に関して, この点が一般的に認識されていたとされる。See
Gedicks & Van Tassell, supra note 14, at 330.
1 信教の自由と Third-Party Harm
信教の自由と
Third-Party Harm
に関しては,Lee判決18)
,Tony & Su-san Alamo Foundation
判決19)
が挙げられる。⑴ Lee判決
アーミッシュである原告は,信仰を理由に,自らが経営する店舗等で働 くアーミッシュの従業員からは社会保険税を徴収せず,納付もしなかっ た。彼は督促により一度は納付したものの,この課税は信教の自由に反す るとして償還することを求めた。
法廷意見は,義務の免除により税制が機能しなくなる等を理由として,
社会保険税や失業補償に関する法律が原告に適用される場合には違憲であ るとした原審を覆した。つまり,義務の免除を認めないと判示した。その 中では,宗教団体の信者が経済活動をする際には,その限界では他者との 関係が問題となり,本件では「使用者に社会保険税からの免除を認めるこ とは,使用者の信仰を従業員に課すこととして働く」
20)
とした。このように本判決では,使用者への義務の免除が,信仰の強制という形 で従業員に対して課されることを認めないとしており,Third-Party Harm を示したと言える。
⑵ Tony & Susan Alamo Foundation判決
様々な経済活動に従事する当該非営利の宗教法人は,従業員に対し,賃 金の代わりに食物や衣服を提供する等していた。しかし,これは最低賃金 等を規定した法に反するとして訴えられ,当該法人は,同法の適用は信教 の自由等に反するものであると主張した事件である。
法廷意見は,義務の免除により,使用者の持つ契約に関する力(bargain-
ing power)が,自らの従業員に対し,自主的に仕事を行っていると主張
させ,法で認められている権利を奪うことに繫がり,さらに競合他社に対18) United States v. Lee, 455 U.S. 252 (1982).
19) Tony & Susan Alamo Foundation v. Secretary of Labor, 471 U.S. 290 (1985).
20) Lee, 455 U.S. at 261.
しても,賃金の面で圧力をかけることに繫がるとした
21)
。つまり,宗教団 体が行う経済活動により,その従業員は利益を受けるが,同時に権利を失 う等の不利益を被り,また競合他社の従業員やその企業に大きな影響を与 えているとした。このように本判決でも,義務の免除により第三者である従業員に損害が あることを認めている。
2 国教禁止条項と Third-Party Harm
国教禁止条項と
Third-Party Harm
については,Caldor判決22)
,TexasMonthly
判決23)
,Cutter判決24)
を検討する。⑴ Caldor判決
本判決は,従業員自らが指定した安息日には勤務を強制されないことを 規定したコネティカット州法を,レーモン・テストを用い,国教禁止条項 に反し違憲であるとした。その中では,本州法は,使用者と安息日には関 係のない従業員の都合や利益を考慮しておらず
25)
,こうした使用者には「実質的な経済的負担」(substantial economic burdens) を, 従業員には
「著しい負担」(significant burdens)
26)
が課されていることを認めた。そし て,「他のあらゆる利益よりも,頑なに,安息日を遵守する者に有利とな るように比重を置くことは,宗教条項のある基本原則と矛盾する。……そ れは,『他者が自らの利益を追求する中で,自らの信仰を,ある者にとっ て宗教上不可欠なことに合わせなくてはならないと主張する権利は,第 ₁ 修正の下では誰にも与えられていない。』ということである」と判示し27)
,21) See Tony & Susan Alamo Foundation, 471 U.S. at 302.
22) Estate of Thornton v. Caldor, Inc., 472 U.S. 703 (1985).
23) Texas Monthly, Inc. v. Bullock, 489 U.S. 1 (1989).
24) Cutter v. Wilkinson, 544 U.S. 709 (2005).
25) See Caldor, 472 U.S. at 708─9.
26) Id. at 709─10.
27) Id. at 710.
本州法が,特定の宗教を促進する効果を有するとした
28)
。Otten判決を引用したこの部分は
29)
,ある者が自分の利益のために第三 者に自らの信仰に従わせることがあってはならない,つまり,信仰に従わ せるという損害を第三者に課すことは認められない,ということが第 ₁ 修 正の原則として認められるとしている。そしてこの原則は,国教禁止条項 違反を判断するために用いられ,当該州法が特定の宗教を促進し,これに 反するとされた。⑵ Texas Monthly判決
本判決は,テキサス州法が宗教に関する雑誌の免税を認めていたことが 問題となり,この州法が国教禁止条項に反する等
30)
として違憲とされたも のである。Brennan裁判官による相対多数意見は,本州法を国教禁止条項に反する とした。その中では,宗教団体が得る利益は,それ以外の者にも同様に与 えられなくてはならず,宗教団体だけにこれを限定することは,宗教への 援助に他ならず,これでは世俗的な意味を持っていないとする
31)
。その 後,免税はその資格のある者へは補助金のようであるが,資格のない者に は影響を与え,これが宗教団体とそれ以外の者に広く認められているので あれば,国教禁止条項上の問題を生じないが,他者に対して多大な影響が あるのにもかかわらず,宗教団体に対してのみこれを認めるというのであ れば,宗教団体への援助であり,本州法はこれに該当するとした32)
。⑶ Cutter判決
刑務所内での宗教への配慮が問題となった本判決は,レーモン・テスト には基づかず,
Religious Land Use and Institutionalized Persons Act(以下,
28) See id.
29) Otten v. Baltimore & Ohio R. Co., 205 F. 2d 58, 61 (2d Cir. 1953).
30) White 裁判官は,異なる理由を挙げている。 See Texas Monthly, 489 U.S. at 25─
6 (White. J., concurring).
31) See id. at 11.
32) See id. at 14─5.
RLUIPA
とする)33)
が国教禁止条項に反しないとされた判決である。その 中では,Caldor判決を参照し,「RLUIPAを適切に適用するならば,裁判 所は利益を受けない者に対して……宗教への配慮が課す負担を適切に考慮 しなくてはならない」34)
という,これまで判例が認めた制約(shoals)を文面上
RLUIPA
は受けないとする。しかし,RLUIPAでは,安全や秩序といった施設の維持のために必要なこと以上に,宗教への配慮を重く見るこ とはできないとする
35)
。さらにその後,宗教への配慮が他の収監者に対し て不等な負担を課す場合には,これを拒むことができるともする36)
。つま り,本判決は該当しないが,第三者に著しい損害を課す場合には,RLUI-PA
が国教禁止条項に反することを示唆する。3 小 括
この理論を唱える者が示すように,信教の自由,国教禁止条項共に,そ の判例の中で,第三者に対して著しい損害を与えるような義務の免除は認 められないことが明らかである。そしてこれらの判決では,この理論の根 拠とされた第三者へ損害を及ぼすことが,宗教に基づく強制や宗教への優 遇として捉えられることも示されている。
III 宗教条項との関係
上記の通り,Third-Party Harmは信教の自由, 国教禁止条項の審査に 関係する。そこで本章では,さらに具体的な関係について検討する。
33) 42 U.S.C. §§2000cc-2000cc-5 (2000). 本法は,City of Boerne v. Flores, 521 U.S.
507 (1997). で RFRA が州に関する限りで違憲とされたために, 土地利用規制
や刑事施設における宗教活動に場面を限定し,RFRA と同じ審査基準を定めた ものである。
34) Cutter, 544 U.S. at 720.
35) See id. at 722.
36) See id. at 726.
1 信教の自由との関係
信教の自由の判断には,厳格審査が用いられている
37)
。義務の免除を求 める者は,一般的中立的な規制により,自らの信教の自由に「実質的な負 担」(substantial burden)が課されていると主張する。反対に政府は,こ うした規制は,「やむにやまれぬ政府利益」を果たすための「最も制限的 でない手段」であると主張する。政府の主張が認められれば,信教の自由 への侵害はないとされ,義務の免除も認められない。こうした政府の主張 において,義務の免除が第三者に対し著しい損害を課してはならないとい うことに基づき,主張をすることがあるとされている38)
。そこでは,「や むにやまれぬ政府利益」に第三者への損害を認めないということが妥当す るとされる。そのように解する方法の ₁ つとして,こうした厳格審査の限界から考え る説がある
39)
。厳格審査の限界には,前記のCaldor
判決等から見て取れ るように,第三者に義務の免除による損害を課してはならないということ がある40)
。これは,信教の自由・国教禁止条項のどちらの条項の根底に存 在するため,第三者に損害を課す義務の免除を拒否することは,「やむに やまれぬ政府利益」として見るべきだとされる41)
。また,近年の義務の免37) アメリカでは現在,信教の自由では RFRA,RLUIPA の適用が主たる論点で ある。そこでは,両法で採用されている厳格な基準に従い判断がなされてい る。
38) See Thomas C. Berg, Religious Exemptions and Third-Party Harms, 17 F ederaL - isT s oC ʼ Y r ev . 50, 50 (2016).
39) See Martin S. Lederman, Reconstructing RFRA: The Contested Legacy of Reli- gious Freedom Restoration, 125 Y aLe L.J. F orum 416, 433─40 (2016). こ う し た
Lederman の議論を端的に紹介するものとして,坂田隆介「アメリカ憲法判例
の最前線(第 ₉ 回)Zubik v. Burwell, 136 S.Ct. 1557 (2016) 判決 [2016. 5. 16]」
法学セミナー 765号71頁(2018)がある。
40) See id, at 435. 坂田・同上も参照。厳格審査の例外はこれだけではなく,第三 者に対する損害を緩和するような新たな立法措置が必要な場合には,義務の免 除は否定されると考えられている。See id.
41) See id, at 436─37. 坂田・同上参照。
除では第三者の存在が重要視されているが,彼らとの関係を考える際に,
Smith
判決における基準や従来の厳格審査をそのまま適用したとしても,それらは第三者の利益の存在を予定しておらず,審査するのが難しい
42)
。 そのため,第三者を義務の免除による損害から保護すること,つまり彼ら に対して損害を及ぼしてはならないということを,「やむにやまれぬ政府 利益」に取り込んで考えるべきであるとする説もある43)
。厳格審査は信教の自由に与する基準である
44)
。そのため,政府からすれ ば,審査基準を緩やかに適用するべきであると主張する45)
。上記のよう に,審査基準の限界や,第三者の保護のためにThird-Party Harm
の存在 を明らかにした基準を立てることは,信教の自由が認められる余地を狭 め,厳格基準を緩やかに解することに資する。2 国教禁止条項との関係
義務の免除のように,宗教に配慮すること(accommodation)
46)
には,42) See Kara Loewentheil, When Free Exercise is a Burden: Protecting “Third Par- ties” in Religious Accommodation Law, 62 d raKe L. r ev . 433, 465, 475 (2014).
43) See id. at 475. この時,単に第三者への損害を認めないというのを「やむにや まれぬ政府利益」とするのではなく,equality を基礎としてこれを考えること が指摘されている。See id. at 482─88.
44) 安西文雄「信教の自由─アメリカにおける展開とわが国への示唆」山本龍彦=
大林啓吾編『違憲審査基準』150頁(弘文堂,2018)参照。
45) 厳格審査とはされているが,実際のアメリカの判例では,これが登場した後 でも,そしてそれが復活した RFRA 制定後も,緩やかに解されて用いられてい たとされる。See Lederman, supra note 39, at 433─36. 山口・前掲注2)29─32,
68─77頁参照。
46) この概念について McConnell は,「政府自体が優遇する宗教を促進するため
ではなく,妨害なく,個人や団体に自らの宗教─それがなんであれ─を行使す
ることを認めるために, 特に宗教を考慮に入れる政府の政策」 とする。Mi-
chael W. McConnell, Accommodation of Religion: An Update and a Response to the
Critics, 60 g eo . W asH . L. r ev . 685, 688 (1992). そして,これには義務の免除が
含まれる。高畑英一郎「宗教への配慮」宗教法19号209頁(2000)参照。
憲法上許容される宗教への配慮(permissible accommodation) と憲法上 要請される宗教への配慮(mandatory accommodation)がある。許容され る宗教への配慮は,立法で義務の免除を規定することが焦点となり,これ は信教の自由からは許容されるが,国教禁止条項に反するか否かを判断す る必要がある
47)
。そしてこの場合,上記の判例が示すように,第三者に義 務の免除が与える損害を考慮する必要があるとされていた。こうした国教 禁止条項違反の主張は,主として政府が信教の自由侵害の主張に対する抗 弁として行うことになる。ここで問題となるのは,Third-Party Harmは, 国教禁止条項違反を判 断する際の審査基準における考慮要素の ₁ つであるか,それともこれが認 められるだけでこの条項に反すると判断されるかである。義務の免除によ って第三者に対して損害を課すことで,特定の宗教に対する援助になるこ とは否定できないが,国教禁止条項に反するか否かは,義務の免除の目的 が世俗的である場合があること等を鑑みれば,他の観点も審査することは 必要となる。そのため,第三者に損害を及ぼすというだけで,国教禁止条 項違反とするのは適当ではない
48)
。3 小 括
このように,宗教条項では第三者への損害を認めないということがその 審査にも影響を与えているとされている。この時,どちらの審査において も,宗教行為に課される負担と,義務の免除が第三者に与える損害とを考 慮するという同じ要素を考える必要があるとされる
49)
。 すると,Third-Party Harm
の具体的内容が問題となる。47) 反対に憲法上要請される宗教への配慮は,信教の自由に資するものとして憲 法上要請されるため, 国教禁止条項には当然反しないと解される。See Gedicks & Van Tassell, supra note 5, at 356─57.
48) See Berg, supra note 38, at 51. この理論を主張する者もこの点を認めている。
See Tebbe, Schwartzman & Schragger, supra note 8, at 330 n. 10.
49) See Berg, supra note 38, at 51.
その点を検討する前に,Third-Party Harmが近年頻繁に主張されてい る理由を,判例やその背景から探る。
IV 近年の判例
近年の義務の免除に関する判例との関係では,以下の ₂ 判例を取り上げ る。
1 Hobby Lobby 判決
50)
⑴ 事案と法廷意見
営利企業である
Hobby Lobby Stores
を経営する一家らが,Patient Pro-tection and Affordable Care Act 51)
が義務づける,食品医薬品局(Food andDrug Administration)の承認した避妊方法への保険適用命令(Contracep- tive Mandate)からの適用除外が,自らにも認められるか否かを求め,本
命令の差止めをRFRA
や修正 ₁ 条を基にして争ったものである。法廷意見は,保険適用により経済的負担が原告に課せられ,これが彼ら の信教の自由への実質的な負担となっていることを認めた
52)
。そして,女 性が費用負担なしで認定された避妊方法にアクセスできるという「やむに やまれぬ政府利益」が存在するとしつつも53)
,「最も制限的でない手段」に関しては満たさず
54)
,RFRAに反するとして,適用除外を認めた。⑵ 法廷意見における
Third-Party Harm
Third-Party Harmに関しては,本判決の脚注
55)
で論じられている。こ50) Burwell v. Hobby Lobby Stores, Inc., 134 S. Ct. 2751 (2014).
51) 42 U.S.C. § 18001 (2010).
52) See Hobby Lobby, 134 S. Ct. at 2775─79.
53) See id. at 2780. ここでは,そうした利益が存在すると断定しているわけでは なく,想定しているにすぎない。
54) See id. at 2780─85.
55) See id. at 2781 n. 37.
こでは,Cutter判決の判示を引用し
56)
,第三者への損害を考慮すべきであ ることを示した上で,これは「やむにやまれぬ政府利益」や「最も制限的 ではない手段」に関する審査に関係することを指摘する。この時,第三者 に利益を与える義務の免除を原告側が求めるという場合を想定しており,この理論をそのまま適用したわけではないが
57)
,Third-Party Harmの存 在を認識していたとは言える。しかし,法廷意見は同時に,Hobby Lobbyに勤める女性従業員に対し て,義務の免除がどんな効果を有していたとしても,これを認める訳では ないとしつつも,彼女たち等に課される負担は “precisely zero” であると した
58)
。こうした判断の背景には,費用負担なしに,避妊方法を提供する 他の方法を政府は整えることができるからであるとしている59)
。このように法廷意見は,Third-Party Harmの存在を認識し,RFRAの適 用にこれが関係するとしていた。しかし,Contraceptive Mandateからの 免除は,Hobby Lobbyの女性従業員らに実質的な負担を課すが,他の手 段の存在により,“precisely zero” であるとしている
60)
。⑶ Ginsburg裁判官反対意見と
Third-Party Harm
Ginsburg裁判官の反対意見では
Third-Party Harm
により焦点が当てら れている。彼女は法廷意見の問題点を数点指摘する61)
。その中で,法廷意56) Cutter, 544 U.S. at 720.
57) この点から,Third-Party Harm の「変更された形式(modified form)」を表 す と も さ れ る。Bronwyn Roantree, Challenging Statutory Accommodations for Religiously Affiliated Daycares: An Application of the Third-Party Harm Doctrine, 86 F ordHam L. r ev . 1393, 1419 (2017).
58) Hobby Lobby, 134 S.Ct. at 2760. ここでは,反対意見を踏まえ,このように記 述する。
59) See id. at 2781 n. 37.
60) RFRA の適用に Third Party Harm が関係することと,Contraceptive Mandate からの免除が,女性従業員らに実質的な損害を課していたということは,法廷 意見が認識する ₂ つの重要な点であるとされる。See Tebbe, Schwartzman and Schragger, supra note 8, at 340.
61) 次に指摘する以外には,多くの法から逸脱をしてしまうことを挙げる。See
見は,RFRAにより
Contraceptive Mandate
で保護される対象である, 女 性従業員らという第三者に対して課せられる負担を無視しているとす る62)
。この点に関して,義務の免除を制限する論理として
Smith
判決がある が,たとえこれによって義務の免除を制限できなくとも,第三者の利益を 著しく損なうような宗教への配慮は認められないということが,先例で認 められてきたとする63)
。そして,法廷意見でのCutter
判決の引用を,「法 廷意見は…… ₁ つの重要な点を認識している」64)
とし,Third-Party Harm が重要な論点であることを指摘する。その後,「RFRAの下では,宗教へ の配慮が他者─本判決では,Contraceptive Mandateが保護しようとし た人々─に有害である場合に,宗教を理由とした義務の免除を認めてき た伝統も先例もない」65)
とし,Third-Party HarmがRFRA
に関する判例の 下でも妥当してきたことを明らかにしている。さらにその後,女性従業員 に対して費用負担を求めない避妊方法を政府は整備できるという主張に対 し,従業員は使用者の信仰に合わせるために,自ら得ていた利益を失うこ とはないというのが,この理論から導けるとし,これを否定する66)
。 つまり, 本反対意見では,Third-Party Harmは判例法理として確立さ れ,これがRFRA
にも妥当するが,法廷意見がこれを十分に考慮してい ないことを批判する。法廷意見では,Third-Party Harmが判例法理であることは確認するが,
Hobby Lobby, 134 S.Ct. at 2787 (Ginsburg J., dissenting).
62) See id. (Ginsburg J., dissenting).
63) See id. at 2790 (Ginsburg J., dissenting). また同部分の脚注では,具体的な判 例として,国教禁止条項との関係が問題となった Caldor 判決や Cutter 判決が 挙げられる。Id. n. 8 (Ginsburg J., dissenting).
64) Id. at 2801 (Ginsburg J., dissenting).
65) Id. (Ginsburg J., dissenting).
66) See id. at 2802 n. 25 (Ginsburg J., dissenting). これは,前掲注40)で記した厳
格審査の限界の ₂ 点目に該当する。
直接適用したとは言えない。Ginsburg裁判官反対意見では,この理論が 本判例にも妥当することを指摘し,信教の自由において第三者の存在を認 識する必要があることと,先例から国教禁止条項から義務の免除を制限す る方向性もあることを示唆している。
2 Holt 判決
67)
⑴ 事案と法廷意見
アーカンソー州矯正局の規定では,収容者の公衆衛生と武器等を隠し持 つことを防ぐ等を目的として,収容者は整えられた口髭のみを生やすこと が認められており,例外的に皮膚疾患等の病気がある場合には, ₄ 分の ₁ インチ以下の髭は認められていた(以下,本規定とする)。敬虔なイスラ ーム教徒である
Holt
は,信仰により本規定からの免除を求めたが,上記 以外の例外は認められておらず,要求は却下された。そこで彼は,これがRLUIPA
に反するとして訴訟を提起した。法廷意見は,本規定が,Holtに信仰に反する行為を求めていることを 鑑み,実質的負担が信仰に課されていたとする
68)
。次に,本規定が定めら れた理由に着目し,「やむにやまれぬ政府利益」を認めるが,「最も制限的 ではない手段」が認定できない等とし,本規定はRLUIPA
に反しており,控訴裁判所の判決を破棄し差し戻した
69)
。⑵ Ginsburg裁判官同意意見と
Third-Party Harm
Hobby Lobby判決は ₅ 対 ₄ という僅差で義務の免除を認めたが, 本判 決は全員一致でこれを認めている。この理由として
Ginsburg
裁判官は,「本件で,上告人(petitioner)の信仰に配慮することは,この信仰を共有 しない他者に対して有害な影響を及ぼさない」
70)
とし,Third-Party Harm の有無で判断が分かれたことを指摘している。67) Holt v. Hobbs, 135 S.Ct. 853 (2015).
68) See id. at 862─63.
69) See id. at 863─67.
70) Id. at 867 (Ginsburg J., concurring).
また
Ginsburg
裁判官は,Cutter判決等の国教禁止条項とThird-Party Harm
に関する判例を引用していることから,この点から判断をしている と言える。3 小 括
Hobby Lobby判決と
Holt
判決は,Third-Party Harmが判例の中で見出 されてきたこと,またそれがRFRA・RLUIPA
に対しても適用ができ,信 教の自由に関する審査に影響があること,そして義務の免除を国教禁止条 項の観点から制限する場合に用いられる可能性があることを示している。V 議論の背景
次に,Third-Party Harmが近年, 特に国教禁止条項に関して注目を集 める背景を検討する。これには,前述の
Ginsburg
裁判官の示唆もあると 思われるが,RFRAやRLUIPA
との関係や, 団体に義務の免除を認めたHobby Lobby
判決等の近年の判例が従来とは異なる特徴を示しているという点が指摘できる。特に,文化戦争(culture war)
71)
と義務の免除との 関係が問われている。1 RFRA と RLUIPA との関係
RFRAと
RLUIPA
にThird-Party Harm
に関する記述はない72)
。しかし,両法は前述した憲法上許容された宗教への配慮であり,国教禁止条項との
71) 文化戦争に関する邦語文献には,志田陽子『文化戦争と憲法理論─アイデン ティティの相剋と模索』(法律文化社,2006)がある。
72) See Douglas Nejaime & Reva B. Siegel, Conscience Wars in Transnational Per-
spective Religious Liberty, Third-Party Harm, and Pluralism, in T He C onsCienCe
W ars r eTHinKing THe B aLanCe BeTWeen r eLigion , i denTiTY , and e quaLiTY
187, 206 (Susanna Mancini & Michel Rosenfeld eds., 2018). この論文は,RFRA
についてのみ言及する。
関係が問題となる。
例えば,RFRAは ₇ 条で文面上, 国教禁止条項には反しないとされる が
73)
,具体的な適用によれば,国教禁止条項に反する可能性もある。その 場合に,先例より導かれるThird-Party Harm
を基に判断することも可能 であると考えられている。2 近年の判例の特徴
74)
との関係⑴ “Complicity-Based Conscience Claim”
近年の判例で主張される義務の免除は,従来の判例での主張とは異な り,“Complicity-Based Conscience Claim” と呼ぶことができるとする見解 がある。これは,義務の免除を求める場合に,他者の罪深い(sinful)行 動に共犯(complicity)として加わることを,信仰に基づいて拒否してい ると主張することである
75)
。つまり,中絶に保険を適用する等ということ は,他者が行う,自らの信仰上罪深い行動に加わることであり,これでは 自らがあたかも共犯(complicity)76)
になると主張することである。この主 張は,近年アメリカで論争となっている文化戦争において用いられる。従 来の義務の免除は,少数派宗教が主張していた。反対に “Complicity-BasedConscience Claim” では,宗教保守派が多数派として伝統的な価値観を主
張することから,少数派としてそうした価値観を損なう法からの免除を主 張しているとされるように77)
,多数派が義務の免除の主張者となっている という変化を引き起こした。73) See 42 U.S.C. § 2000bb-4.
74) 近年の判例の特徴を説明した邦語文献として,福嶋敏明「アメリカにおける 憲法判例の現在」憲法理論研究会編『憲法の可能性』23─27頁(敬文堂,2019)
がある。ここでも,以下の ₂ 点を判例の特徴とする。
75) See Douglas Nejaime & Reva B. Siegel, Conscience Wars: Complicity-Based Con- science Claims in Religion and Politics, 124 Y aLe L.J. 2516, 2519 (2015).
76) この complicity という概念自体は, カトリシズム(Catholicism) に由来し ている。See id. at 2522─23.
77) See id. at 2553. See also Nejaime & Siegel, supra note 72, at 194.
またこの “Complicity-Based Conscience Claim” は,信仰の真摯さよりも 他者に損害を加える可能性に関係し,また,他者の行為に由来した主張で あるので,これが問題となる場合には,第三者への損害に特に関心を向け なければならないとされる
78)
。そして,この主張が問題となる文化戦争で は,この問題の議論を行っている者がそれぞれグループを形成し,これに より多くの人に影響を与える。そのため,彼らの主張を認めることは,Complicity-Based Conscience Claim” の持つ第三者への損害も社会全体へ
と拡大することになるとされる79)
。すると,この主張が信仰を異にする第 三者に及ぼす,“material” そして “dignitary” な損害80)
を考える必要がある とされる。⑵ “Free Exercise Lochnerism”
別の視点からは,“Free Exercise Lochnerism” という考えが注目され る
81)
。これは,近年の義務の免除の判例では,Lochner判決82)
での契約の 自由のように,信教の自由が経済的な規制に抵抗するための手段として用 いられ, 認められないとする83)
。 具体的には, そのような判例では,Lochner
判決の ₂ つの前提である,私人間の秩序(private ordering)の理 想と再配分(redistribution)への抵抗が,信教の自由の原則に読み込まれ ているとしている84)
。Lochner判決が,契約に基づき中立であるとされる現状を崩し,そこか ら再配分を行うものとして規制を考えていると批判されるように,近年の 義務の免除の判例もそのように規制を捉え,規制を自由に対する侵害であ
78) See Nejaime & Siegel, supra note 75, at 2524. See also Nejaime & Siegel, supra
note 72, at 203.
79) See Nejaime & Siegel, supra note 75, at 2566.
80) See id. at 2527.
81) See Elizabeth Sepper, Free Exercise Lochnerism, 115 C oLum . L. r ev . 1453 (2015).
82) Lochner v. New York, 198 U.S. 45 (1905).
83) これは,近年の義務の免除の判例における「社会経済立法に対するリバタリ アン的攻撃という側面」を捉えたものとされる。福嶋・前掲注74)26頁。
84) See Sepper, supra note 81, at 1455.
ると考えている
85)
。そこでは,「やむにやまれぬ政府利益」を,現状を担 保する市場にアクセスできることまでに縮小しており,これにより,義務 の免除が第三者である従業員に損害を与えることはないとしているとす る86)
。これはまさに,Hobby Lobby判決でGinsburg
裁判官が批判した部 分であり,Sepperもこれを批判する。この “Free Exercise Lochnerism” は,Hobby Lobby判決で団体に義務の 免除が認められたように,近年の義務の免除に関する判例では,信教の自 由侵害を主張することで,結果的に義務の免除が認められる可能性が高く なっていることが示され,また,契約で形作られた状態を過度に重視し,
第三者への損害はないとしたことを批判している。
3 小 括
Third-Party Harmが特に国教禁止条項との関係で議論されるようにな ったのは,義務の免除が,文化戦争を巡る対立の中で持ち出されるように なったことが挙げられる。そこでは,義務の免除の主張の構造が変化した だけではなく,主張される信教の自由がある種「強力」な性質を有するこ とになった。 これに対抗するために, まさに奥の手として
Third-Party Harm
が用いられているように思われる。また,義務の免除の最新判例で あるMasterpiece Cakeshop
判決87)
でも,法廷意見で黙示的ではあるが,Third-Party Harm
が現れているとされる88)
。85) See id. at 1471─77. これは, Cass. R. Sunstein が Lochner 判決を「現状中立性」
であると批判したのと同じである。
86) See id. at 1477─89.
87) Masterpiece Cakeshop v. Colorado Civil Rights Commission, 135 S.Ct 1719
(2018). これは,同性カップルにウエディングケーキを制作することを,信仰
を理由として拒否したことが州の反差別法に反するか否かが争われた判決であ る。
88) See Douglas NeJaime & Reva Siegel, Religious Exemptions and Antidiscrimina-
tion Law in Masterpiece Cakeshop, 128 Y aLe L.J. F orum 201, 215─18 (2018). こう
した,法廷意見に義務の免除の制限の根拠を見つける動きは,リベラル派によ
VI Third-Party Harm
の内容と審査Third-Party Harmでは, 事案の中で第三者への損害の有無をする必要 がある。この時,Third-Party Harmの具体的内容,つまり “Third-Party”,
“Harm” の両概念を明らかにすることが求められる。
1 “Third-Party”
“Third-Party” という言葉は,そもそも契約や取引に関わる当事者ではな い者を指す
89)
。これが義務の免除では,その概念の不明確さ故に,多くの 考えが示されており,その中の ₁ つでは,「法に対し宗教的に反対する者 ではなく,宗教的に反対する者に配慮を認めることで影響を受けるであろ う個人や団体」90)
とされる。例えばHobby Lobby
判決では,Hobby Lobby 等の企業がfirst party,政府が second party,そして義務の免除の損害を
受ける可能性がある従業員がthird-party
となる91)
。そして,そうした個 人や団体は,義務を課す法により利益を与えられていた存在であるともさ れる92)
。またある論者は,“Third-Party” は「特定可能で具体的な」(identifiable
and discrete)存在であるとする 93)
。しかし,特定することは難しいとする,法廷意見における「外見上の劣勢を輓回」するためであると評されてい る。巻美矢紀「尊厳と尊厳との衝突─寛容な社会における国家の役割とは?」
上智法学論集62巻 ₃・₄ 号102頁(2019)。
89) 田中英夫編『英米法辞典』850頁(東京大学出版会,1991)参照。
90) Loewentheil, supra note 42, at 467.
91) See T eBBe , supra note 11, at 50.
92) See Loewentheil, supra note 42, at 467─68. このように考え彼女は,“Third-Par- ty” ではなく,“existing rights-holders” とする。
93) Frederick Mark Gedicks & Rebecca G. Van Tassell, Invisible Women: Why an Exemption for Hobby Lobby would violate the Establishment Clause, 67 v and . L.
r ev . e n B anC 51, 52 (2014).
る見解も示されている
94)
。では,この「特定可能で具体的な」とは何を意 味するのか。従来の義務の免除では,これによる負担は社会全体によって負担されて い た が,Third-Party Harmが 問 題 と な る “Complicity-Based Conscience
Claim” では,個人や集団に対して負荷されているとされていた 95)
。また前述のように,“Third-Party” は義務の免除により権利・自由を喪失した者 である。反対に社会や制度は,こうした権利・自由を付与する存在であ る。これらを踏まえれば,“Third-Party” が「特定可能で具体的な」である というのは,権利・自由を有することができ,これを有していた者ではな いか。権利・自由を有していたということが明らかであれば,他の存在と は区別でき,「特定可能で具体的な」存在であると言える。そのため,「従 業員」など特定の個人ではなく,団体等の集団であったとしても,“Third-
Party” と認めることになる 96)
。2 “Harm”
“Harm”,つまり損害とは何かは,この理論の存否を巡る議論の中心と なっている
97)
。この点,どのような場合に義務の免除をすることが “Harm”94) See Roantree, supra note 57, at 1416─17.
95) See Nejaime & Siegel, supra note 75, at 2526. 例えば Shebert 判決は,多数の 安息日再臨派が起こしたものではなく,彼らへの配慮による負担は,失業補償 等の失業に対する体制に影響を与えるというだけであり,特定の他者に向けら れたものではないとする。
96) なお Lipson は,Lee 判決では第三者が特定できていないと指摘する。See Jonathan C. Lipson, On Balance: Religious Liberty and Third-Party Harms, 84 m inn . L. r ev . 589, 619 (2000). しかし,Lee 判決の検討の所で引用した通り,そ こでは従業員への負担が考慮されており,このような彼のような説明は難しい と言える。Lipson の指摘については,宮原・前掲注6)の65頁注37でも言及さ れる。
97) 「Third-Party Harm という原則が何を意味するかというよりむしろ,存在す るか否かについて多くの議論がなされている」とされている。Christopher C.
Lund, Religious Exemptions, Third-Party Harms, and The Establishment Clause, 91
となるかというベースラインの議論と,どこまでの “Harm” であるならば 許されるかという範囲の問題がある。
⑴ ベースライン
“Harm” のベースラインでは,“Harm” を課すことと利益を課すことの違 いが大きな問題となる。
① Hobby Lobby判決を巡って
“Harm” に関するベースラインの問題は,Hobby Lobby判決を巡り先鋭 化する。これは,Contraceptive Mandateに関する権利を
Hobby Lobby
の 従業員は有せず,義務を免除によりこれが認められなかったとしても,“Harm” とは認められないという考えと,Hobby Lobbyに限らず全ての企 業の従業員がこれを享受できるため,Hobby Lobbyの従業員にこれが認 められないことは, 彼らにとって “Harm” であるという立場の対立であ
る
98)
。前者はHobby Lobby
判決の法廷意見を支持し,後者はこれに反対する立場である。特に前者は,第三者は規制によって利益を得ていた存在 であるが,この規制は,ある者の信教の自由に実質的な負担を課す認めら れないものであるから,規制からの義務の免除により利益が無くなったと しても,これは “Harm” とは言えないと考えている
99)
。② ₂ つのベースライン
①における前者の
Hobby Lobby
判決法廷意見を支持する立場は,さら に ₂ つのベースラインに分けられる100)
。n oTre d ame L. r ev . 1375, 1376 (2016).
98) See T eBBe , supra note 11, at 59─60. See also Tebbe, Schwartzman & Schragger, supra note 8, at 330─31. Gedicks らは,この点,異なる ₃ つのベースラインに関 する見解を指摘する。See Gedicks & Van Tassell, supra note 5, at 374─75.
99) See Schwartzman, Tebbe & Schragger, supra note 5, at 794.
100) See Elizabeth Sepper, Religious Exemptions, Harm to Others, and the Indetermi-
nacy of a Common Law Baseline, 106 K Y . L.J. 661, 662─64 (2017). 以下の ₂ つのベ
ースラインは,その根底は同様であるが,Sepper に倣い区別する。Tebbe は
両者をまとめて,libertarian baseline としているように思われる。See Nelson
Tebbe, Religion and Marriage Equality Statues, 9 H arv . L. & p oL ʼ Y r ev . 25, 55
₁ つは,libertarian baselineである
101)
。このベースラインは,「政府に よる規制や資源の提供がない世界」を理想とし,政府による保護等がなく とも,それは負担や “Harm” にはならないという立場である102)
。つまり,どのような形式であれ,できるだけ政府による介入がないことが望まし い。そして,負担をかけず政府が取り除くことができる,政府より付与さ れるものは利益として扱うとする
103)
。 そのため, 例えばContraceptive
mandate
は,経営者の信教の自由に負担を課しているから,これにより第三者に利益を課すことは認められず,こうした利益を無くしたとしても,
従業員に損害はないということになる。
₂ つ目は,契約等のコモンローに由来するものによって形成される状態 をベースラインとして捉える,common law baselineである。これは,雇 用関係等,契約を基にした状態は中立なものであり,そこに対する規制は これを崩すものとして認められず,それにより第三者は利益を与えられる から,義務の免除をしたとしても彼らにとっては “Harm” にならないとす る考えである
104)
。③ 適切なベースラインとは
この ₂ つのベースラインへは,様々な批判がある
105)
。libertarian base-line
が理想とする世界は,現在の国家の役割とは乖離しており,これを認 めることは難しい。また,common law baselineは,Hobby Lobby判決に 現れており,Sepperは前述の “Free Exercise Lochnerism” で批判を展開し ていた。(2015).
101) See Sepper, supra note 100, at 663. See also T eBBe , supra note 11, at 60.
102) T eBBe , supra note 11, at 60.
103) See Tebbe, Schwartzman & Schragger, supra note 8, at 335. See also Sepper, su- pra note 100, at 663.
104) See Sepper, supra note 100, at 663─64. このベースラインをこの部分では,
“pre-regulatory baseline” ともする。
105) See id. at 665─78. See also Schwartzman, Tebbe & Schragger, supra note 5, at
795─98. 後者では,教義上,そして規範上の観点から批判を加えている。
そもそもベースラインは, 政府の行為が “Harm”, 損害となる部分と
“benefit”,利益となる部分の境界を定めるものである。つまりベースライ ンはどちらにも与しない中立な状態でなくてはならない。しかし,政府の 介入自体を認めない状態や,コモンローのような法によって作り出された はずの状態は中立であるとは言い難い。そのため,決まったベースライン はなく,問題となる価値観を適切に比較衡量する等し “Harm” を認定する べきである
106)
。⑵ “Harm” の範囲
Third-Party Harmは, 第三者に対して著しい損害を加える場合を問題 とする理論であると定義づけられるように,第三者に課されるもの全てを
“Harm” として取り扱うのではなく,限定を設けるべきであると考えられ ている
107)
。そこで,“Harm” の範囲が問題となる。① “material”
まず,Caldor判決や
Tony & Susan Alamo Foundation
判決等を分析し,そもそも義務の免除の結果,それまで存在した第三者への損害がわずかに 増えた場合には,国教禁止条項には反しないが,顕著にそして認識できる 程に増えた場合や,新しく第三者に損害を課す場合には,国教禁止条項に 反するとし,これに該当する “Harm” とは “material” なものであるとする 考えがある
108)
。この “material” は法学上の概念であり109)
,“significant” や“substantial” と類似の意味であるとされる