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(1)

日 本 語 と 中 国 語 の 数 量 表 現

つ い て

中 鳳

‑、問題 の所在

現代 日本語 と中国語 において、助数詞 (中国語では 「量詞」

)は使用頻度が高い上、構文

上で重要な成分の一つである。 しか し、具体的な表現 において、両言語では必ず しも同 じ ではない と思 う。

(1)彼 は一時間バ スケ ッ トボール を した。 (*他一十小吋打 了藍球 o)

( 2)

私 は一枚の映画チケ ッ トを買った. (*我英了一光的屯影票 。)

( 3)

彼 は リンゴを食べた。 (*他吃了華果。)

この三例 はそのまま中国語に訳す と、非文になって しま う。 なぜ このよ うな違いが生 じ るのだろ うか。中国語 と日本語 との数量表現 を比較 しなが ら、その違いを明 らかに したい。

二、数量詞 の定義 と分類 1.数量詞の定義

中国語の数量詞は 「数詞」 と 「量詞

J

か らなる。 「数詞 には基数 と序数の別があ り、基数 は数量を表すが、序数は順序 を表す もの」 (丁樹声

1 979)

である。量詞の定義については、

量詞 は通常、指示代名詞や数詞 の後 と名詞 の前に位置す る

」 (丁樹声

1 97 9)

とい うのも あれば、 「人や物の単位 、或いは行為の単位 を表す言葉」 (張志公

1 97 9)

とい うのもある。

本稿は 「量詞 は計量の単位 を表す ものである

」 (張斌

2009)

とい う概括的定義に従 う。

日本語 にも中国語 の数量詞 に相 当す るものがあ り、数量を表す語 に助数詞 をつ けるもの がそれである。

2 .

量詞 の分類

中国語 の量詞 については様々な分類が行 なわれている。例 えば、 呂叔湘

( 1 980)

では、量 詞 を 「個体量詞、集合量詞、部分量詞、容器量詞、臨時量詞、度量量詞、 自主量詞、動量 詞、複合量」の九種類 に分類 している。また、郭鋭

( 2002)

では、 「名量詞 、動量詞 、時量 詞、 自主量

」の四種類 に、張斌

( 2009)

では、「物量詞、動量詞 、時量

」の三種類 にそれ ぞれ分類 してい る。本稿 は張斌

( 2009)

の三分法の分類 に従 うことにす る。 三分法の用語 に ついては、 「物量詞」 とは、名詞量詞 とも言われ、名詞 の前に付 き、人や物の単位 を表す も ので、「動量詞」とは、動詞の後に付 き、動作の回数や頻度 を表す もので、「時量

」とは、

動詞の後 に付 き、動作の時間的長 さを表す ものである。 日本語 には助数詞 とい う中国語 の 量詞 に相 当す るものがある。 「助数詞 は、数 える役割 を直接分担 しなが ら、その使用 にあた って、名詞 についてある種の分類 を施 してい くものであるため、『類別詞

』c l a s s i Be r

と称 さ れ ることもある。」 (玉村文郎

1 986)

。具体的に、「

匹」な どがある。

3.

数量詞研究の現状

中国語の数量詞の研究は

1 898

年 に初めての文法書 『馬氏文通』が出版 されてか ら、現在

(2)

まで続 けてきた。例 えば、楊樹達

( 1 955)

、丁樹声

( 1 979)

、張志公

( 1 979)

、朱徳照

( 1 982)

張静

( 1 982)

などがある

。20

世紀

90

年代以降、認知言語学による数量詞の研究 (石統智

2001

2003

,采建勇

2006

,範偉

200

1)、また中国語 と英語 との数量詞の対照研究 (楊壮春 ・襲志維

1 999

,晴暁輝 ・王燕

2007)

、その他 中国語教育における数量詞の研究 (戴夢霞

1 999

,伏学鳳

2005)

な どが多 く見 られ る。 しか し、本稿の検討す る内容については触れていない。

一方、 日本語でも数量表現に対す る研究が盛んである。 日本語の数量詞の研究には、奥 津敬一郎

( 1 9 69)

、玉村文郎

( 1 986)

、田野村忠温

( 1 990)

、阪東正子

( 1 995)

、加藤重広(

1 997 )

な どがあ り、また 日中数量表現の対照研究には、奥津敬一郎

( 1 986 )

、中川正之 ・李凌哲

( 1 997 )

安井二美子(

1 998)などが見 られ る。 しか し、本稿で検討 しようとす る内容については、奥

津(

1 986)

、中川正之 ・李汝哲

( 1 997)

では少 し触れているが、他の研究では触れていない。

三、分析

1.時間数量表現の位置における違い

1 .1

中国語の場合

冒頭に挙げた例文 (1)の 「彼は一時間バスケ ッ トボール を した.」を 「*他‑↑吋打了藍 球 。」のよ うに訳す と、中国語 としては成立 しない。それを正確な表現にす るには、「他打 7‑Jf小吋藍球。」にしなければな らない

o

*他一十小吋打了藍球O」はなぜ言わないのか.

両者 を比較すれば、その原因が明 らかになる。例文 (1)の中国語訳文の問題 は数量詞 「一十 小吋」 (一時間)の文中における位置の違いによるものだ と分かるo 「一十小吋」は 「藍球」

(バスケ ッ トボール)のす ぐ前に置かなければな らないのである。つま り、数量詞 「一十 小吋」を動詞の後、 目的語の前に移動 させ

、T

他一十 十怒打了一十小吋藍球。」にすれば、

文が成立するよ うになるのである。 これ をパ ターン化すれば次のよ うになる。

(4) 主語 +動詞 +時間数量詞 +目的語 例:他 打了 二十小吋 藍球

このパ ターンが示す ように、中国語では時間を表す数量詞は必ず動詞の後に来 る。動詞 の前に来て しま うと、非文になるのである。

ここで問題になるのはこの 「一十小吋」 とい う時間数量詞の文中における成分にどうい う文法的説明を与えるかである。現在、これ を 「時量補語」とするとらえ方 と、「時量賓語」

(時間 目的語) とするとらえ方がある。まず、補語 とい うのは中国語では動詞の後に置い て、動詞 が表現 しきれない意味を補 う働 きをす るものであるとされている。現に多 くの中 国語文法書もこの時間数量詞を 「時量補語」 として扱 っている。 もう一つの とらえ方は趨 元任

( 1 979)

と馬慶株

( 1 98

1)の 「時量賓語」である。 この とらえ方は 「一十小」のよ うな 時間数量詞を目的語 として扱 うことである。 中国語は 「SVO」言語であるため、構文か ら見 れば、動詞の後に位置す るものは 目的語になるとい う基本的発想か ら、「一十小吋」を 目的 語 として扱 う方がより合理的ではないか とい う考えである。本稿 は後者 と同 じ考えをとる ことにす る。

従 って、「他打7‑↑小吋盗球 。」にある 「一十小吋」を 「時量賓語」 と呼ぶな らば、「 球」を 「名詞賓語」 (名詞 目的語) と呼ぶ ことによって、構文がよ り明確になるのではな

(3)

いか と思われ る。 この考えをパ ター ン化すれば、

( 5)

主語 +動詞 +時量賓語 +名詞賓語 例;他 打7 ‑十小吋 宜球O

のようになる。故に、中国語 の 「打」 (打つ)、 「吃」 (食べ る)、 「

」 (買 う)な どの他動 詞 は 「時量賓語」 と 「名詞賓語」の二つの 目的語 を取 ることができると考える。ただそ こ には語順の制限があ り、 「数量賓語」は先で、 「名詞賓語」は後 とい う優先順位 を守 らな ければな らない。

以上の分析か ら、中国語の時間数量表現は文 中における位置が動詞 の後 と名詞 目的語の 前に固定化 され、他の位置‑の移動が制限 されていることが言える。

1 . 2日本語の場合

日本語の数量表現にも中国語の 「時量」に相 当す るものがあ り、それは 「一時間

一週

一年間」などであるが、文中における位置は中国語 と同 じか どうかを見てみ ようo

( 6) a.

太郎は一時間中国語を勉強 した。

b.

太郎は中国語 を一時間勉強 した。

( 7) a.

花子は三年間中国に滞在 した ことがある。

b.

三年間、花子は中国に滞在 したことがある。

のよ うに、日本語の数量表現は文中での位置が動詞の前な ら自由である。動詞のす ぐ前か、

目的語の前か、又は主語の前に来 るが、意味が微妙に違 うものの、特に制限がないことは 上記の例文で分かる。 これはいわゆる数量詞の遊離現象であるが、ただ一つ言 えるのは動 詞 の後に来ない ことである。数量詞 の遊離現象は奥津

( 1 969 )

以来、数多 くの論文が見 られ る。奥津

( 1 9 69 )

では、この数量詞遊離現象 を 「構造上の転形関係」 と呼んで、生成文法の 立場か らその文法的機能を記述 した。それ以来、例えば坪本篤朗

( 1 980)

な どでは、「数量詞 の遊離」とい う用語を使 って研究 してきた。奥津

( 1 986)

では、「三匹の子豚がいま した」( 匹の子豚」型)、「子豚が三匹いま した

(「子豚が三匹」型)と 「子豚三匹がいま した

(「 豚三匹」型) といった三つの数量詞移動のパター ンをま とめたことで、その後の研究に大 きく影響 を与えた。

一方、中国語では、数量詞はその後に 「名詞賓語」があって もなくても、動詞の後 に置 くのが前提である。いわば、中国語の数量詞は 日本語 より位置的圃定性が強い。 (

6)( 7)

各文を中国語に訳す と、

( 6' )a.

太郎学了一十小吋汲漕。

b.

太郎学了一十小吋況漕.

( 7' )a.

花子在中国住辻三年。

b.

花子在中国住辻三年。

のよ うに、 (

6' )a、b

( 7' )a、bは、それぞれ同 じ表現になるのである。 これは時間を

表す数量詞が位置的に固定化 され、 日本語のよ うに自由に移動す ることができないか らで ある。

以上のよ うに、 日本語の時間数量表現は文中においてその位置が固定化 されず、動詞 よ り前であれば、表現の意図に応 じ、 自由に他の位置‑の移動が可能である。

(4)

2.

数量表現の名詞修飾における違い

2.1

中国語の場合

例文(

2)

の 「私は一枚の映画チケ ッ トを買った.」をそのまま中国語に訳す と

「 *

我実7‑

兆的屯影票。」のよ うに非文になる。それ を正確 に表現す るには、助詞 「的」を外す必要が あるOつま り、 「我冥7‑張屯影票。」に しなければな らない. 「一光」 (一枚)の 「」は張

( 2009)

の 「量詞分類」によれば、「物量詞」の下位分類 「個体量詞」中の一つである。

個体量詞」は可算名詞で、物の個体 を表す ものである。例 えば、「」 (枚)、「匹」 (匹、

頭)、「件」 (件、着)な どである。本稿の考察では、これ らの 「個体量詞」は一般に名詞の 前に置き、直接に名詞 を修飾す るもので、両成分の間に 「的」が入 らないことが分かった。

( 8)

看着大熊猫吃得津津有味,他又舎来一過胡夢 卜、半全軍果 。(パ ンダが美味 しそ うに食 べているのを見て、彼はまた一本のニンジンと半分の リンゴを持 ってきた。)

( 9)

我書出一支水等,在中黒板上写下了一堂麿 :

1+ 1‑7 (

私はボー ドマーカーを取 り払 して、その小 さな黒板に

1+ 1‑ ?とい う問題 を書いた。)

( 1 0)

到了考試当天,毎人面前都多了一盤 白紙。 (試験当 日、皆の前にまた一枚の白い紙が増 えた。)

(l

l ) 7

2

日,王先生在路辺友現一匹葛

.(7

2日、王 さんは道端で一頭の馬 を発見 した。) ( 8)

〜 (ll)文中の 「根」 (本)、「十」 (個)、「道」 (題)、「

」 (枚)、「匹」 (頭)はいわゆる

個体量詞 」で、直接に名詞 を修飾 し、 日本語の 「連体詞」 と同 じよ うな働 きを持つ もの である。

( 1 2) *

他又舎来一過 的鯛夢 卜. .

( 1 3)

*在中黒板上写下7‑蓮 的魔.

( 1 4 ) *

毎人面前都多了一盤 的白紙。

( 1 5 ) *

王先生在路辺友硯一匹.的雪O

のよ うに、数量詞 と名詞 の間に 「的」を入れ ると、非文になって しま う。 しか し、新聞や 小説の中で 「数量詞 十的+名詞」の表現 も見 られ る。例 えば、

( 1 6)

黄后河南臥在球場上合影留念,毎十人都是二進的汗水和二進的笑容O(試合後、河南チ ームが球場で記念写真 を撮った。 メンバーたちきま、顔 に汗水が流れ、満面の笑みがこぼれ ていた。)

( 1 7)

由子返次要在美国呆上

4

十多月,他足足帯了二盤王的玩具,以打友吋岡。(今度アメ リ カに四カ月以上 も滞在す る予定なので、時間つぶ しのため、彼 は玩具を トランクいっぱい に持っていった。)

(18)男友背了二五色的弔去上深了。(ボーイフレン ドが本のいっぱい入ったかばんを背負っ て、授業に行った

J

(16)〜 (18)の 「一般

一箱子

一事包」はそれぞれ後に来る名詞 を修飾す る際に、 「的」

を使用 している。これはなぜだろ うか。考えてみれば、「

」(顔)、「箱子」(箱、 トランク)、

弔包」 (学生用カバン)は本来、 「量詞」ではなく、普通の名詞である。 ここでは普通の名 詞か ら借用 して一時的に 「量詞」として機能 させる、いわゆる 「借用量詞」となっている。

(5)

このよ うな 「借用量詞」による数量表現は具体な数量 を表 さず、全体又は満杯の状態 を表 すのである。 このような場合は 「的」が入 りやす くなるのである。

しか し、全体か ら見れば、中国語の数量表現は基本的に 「数量詞 +名詞」の形か らなっ ていることが言える。

2. 2日本語の場合

上記において中国語の 「個体量詞」 と 「借用量

」について考察を行 ったが、 日本語 に も 「個体数量詞」 とい う用語が使われている。北原博雄

( 1 996)

では、「‑ま とま りを構成す る要素を

1

1

つ個別的 ・離散的に計量」す る数量詞 を個体数量詞 とい う。例 えば、 「

冊」杯」本」匹」通」な どである。 日本語の数量詞は基本的に名詞であ り、名詞の 前に来れば 「の」が必要になる。

( 1 9)

おばあちゃんの家には三匹 の犬がいます。

( 20)

おばあちゃんの家には犬が∃ 聖います。

( 21 )

昨 日は友達に三通の手紙を書いた。

( 22)

昨 日は友達に手紙 を三通書いた。

とい う二通 りの言い方ができる。例文

( 1 9)

のように、「二匹」が名詞 「犬」の前に来 る場合 は助詞 「の」が必要になる。 これによって 「数量詞 +の+名詞」 とい うパ ターンになる。

( 2

1)も同様である。同時に、数量詞 の遊離現象によって、例文

( 2 0)( 22 )

のよ うに数量詞 は 動詞の直前に移動する場合 もある

名詞 +が/を+数量詞 +動詞」 とい うパ ターンになる。

一方、奥津

( 1 986 )

には、次の例文がある.

( 23 ) a .

その三匹の うなぎをくだ さい。

b.

その うなぎを三 匹くだ さい。

説明によれば、 (

23 )a

は三匹いる うなぎを 「その」が指示 しているのであるが、 (

23 ) b

三匹以上の うなぎがいて、その中の三匹 と言っているのであるとい う

0 ( 23) a

の 「三匹」は

「うなぎ」の属性 を表す。つま り、 日本語の 「数量詞 +の+名」 とい うパ ターンには、

物の属性 を表す働 きがあるとい うことである。また、奥津

( 1 986 )

では中国語 との対照研究 の中で、例文(

2 4)a、 ( 2 4) b

のように中国語の 「数量詞 +的+名詞」の場合は、「数量詞 +名 詞」に比べ、属性 を表す働 きがあると論述 している。

( 2 4)a.

我冥

71 00

日元的郎票。(

1 00

円の切手を買った。)

b.

我冥71

00

日元郎票。(切手を1

00

円買った。) (奥津1

98 6

による)

その説明では、(

2 4) a

「 1 0 0

日元」は

「 1 0 0

円切手」とい う切手の種類 を示す属性

Q

(注 :

Q

は数量詞)であるが、 (

2 4) b

は数量

Q

で、「切手を1

0 0

円分買った」の意味であろ う、 とある が、果た してそ うなのか どうか。本稿の調査では、 (

2 4) a

と(

24) b

の中国語は同 じ意味であ

。 ( 2 4)a

の場合は、額面がそれぞれ違 うものを何枚か合わせて1

00

円分を買った とい う意 味であ り、一枚1

0 0

円の切手 (切手の属性)を買った とい うなら、この文だけでは正確 な表 現にな らない と思われ る。正確な表現にす るには、「一紙」 (一枚)とい う数量を金額の前に 置かなければな らない。

( 25)

我冥了二盤 1

0 0

日元的郎票。

のように、数量詞 「一光」 とい う限定があってこそ、 「

1 0 0

日元的郎票」が始めて属性の意

(6)

味を持ち・ようになるのであるo とい うわけで、中国語では 「数量詞 +的+名詞」の形が必 ず しも属性を表す とは言えない と考 える。

以上の分析か ら見れば、 日本語の数量表現が名詞 を修飾す る場合は基本的に 「数量詞 + の+名詞」の形か らなっていることが言えるのではないか。

3.

数量表現の有無における違い

3 .1

中国語の場合

例文(

3)

の 「彼は リンゴを食べた。」をそのまま中国語に訳す と

*他吃了華果。」のよ う に、不 自然な文になる。 この間題 について、陸倹明(

1 98 8)

では、「動詞 +了+名詞」 とい う パ ターンの場合は、 目的語の名詞 は数量詞の修飾 を受 けなければな らない とい う指摘 に と どまっている。本稿は、中国語では、一つまとまった文には 「光樟名

」 (裸名詞)が入 り に くい とい う性質 を持っていると考える。その名詞が可算であれば、何かの数量表現が伴 って くる.単数な ら、「

」 (一つ、一人)、「

」 (一枚)

一杯」 (一杯)のような数量 詞 を加 えて表現す るとい う規則性がある。

( 26)

我知道俸是仝好核子,也是十勇敢的該子,要堅強,要有信心。(あなたは勇敢な良い子 で、 自信 を持って頑張 りな さい。)

( 27 )I

"体是仝好同志,好姑娘,我根書軟体。" (あなたは優 しい良い人で、あなたのこと が好きです。)

しか し

、 ( 2 6)( 2 7 )

文 中の 「我知道体是全好該子」 と 「僻是仝好同志,好姑娘」 をそれぞ れ 「我知道体長好該子

僻是好 同志,好姑娘」のよ うに、 「

」を削除す ると、文の安定

さが低下 し、ニュアンスが変わった り、また不 自然なものになることもある。

正之 ・李汝哲

( 1 997 )

では、次のよ うな記述がある。 「英語には

"s h e e p , c a r p , f i s h〟

な ど単複同形 と言われ る一群の名詞がある。それ らは概ね群れ をなす ものであって、おそ らく、英語の話 し手は

〟s h e e p"

と聞けば、一匹の羊ではな くして群れなす羊をイメージす るのであろ う。 日本語の名詞は、それに対 して、単数に理解 され る傾 向が強い。」、また 「

川 ( 1 97 5、1 982)

は中国語の裸の名詞を英語の

̀ ̀ s h e e p"

のごときレベルにあるもの と理解 し、

̀̀一十 "の多用を説明 しようとしたものである.つま り、中国語では "一十 ''がなければ 複数 にとられ る、それ を避 けるために ̀̀一十"が使用 され ると考えたのである」 とい う。

その意味か ら見ると、 日本語は 「単数志向」の傾 向がある。 しか し、中国語の場合は必ず しも 「複数志向」であるとは言えない。 とい うのは、本稿の調査で中国人 も 「羊」 と聞け ば、単数に理解 され る傾 向が強いか らである。本稿は、中国語は寧 ろ数量に関 して 「単数 志向」でも 「複数志向」でもない。文中において、単数か複数 を問わず、数量表現が入 っ ていれば、文 として落ち着 くよ うになると考える。例 えば、

( 28) a.

称冥什ゑ了?(何 を買いま したか。)

b.

我冥了望弔。(本 を何冊買ったんです。)

( ・ 2 9) a.

体干什公去77 (何 をLに行きま したか.)

b.

我去兄7二全人

/

△全人。(ある友達/何人かゐ友達に会ってきた。)

例文(

28 ) b

のように、数量詞は別に単数の 「一本」(一冊)でな くてもいい。 「些」 (い くらI

(7)

か) とい う複数 を表す数量詞 を入れても成立す る。また、中国語では 「*我見7人 。」は成 立 しないが

、 ( 29) b

のよ うに、単数か複数があれば成立す るのである。

そ こか ら、中国語の文には一般 に数量表現が必要で、単数で も複数で も数量表現があれ ば、成立 しやすい とい う特徴があることが言 えるのではないか。

3. 2日本語の場合

日本語の場合は単数か複数か とい う区別 をはっき りさせ るには、単数でも数量詞 を入れ ることもある。

( 30)

その廊下の外に、二杢 の石棺の木が生えていた。 (一本の花)

( 3

1)地面に‑た りこんだ二匹の犬の写真がある。

( 3 0)( 3

1)文中に数量詞 「一本

一匹」があるが、それがなければ、一本の木か、複数の 木か、一匹の犬か、複数 の犬か判断がはっき りつかない場合 もある。 しか し、前後の文脈 で分かる場合は数量詞 を使用 しないことが多いのではないか と本稿は考える。具体例 を見 よ う。

( 32)

日本人 とい うのは、外国語が不得手な民族のよ うだ

。(

『現代』p.

955)(日本人是二仝

不檀濃外債的民族。)(注 1)

( 33)

家の前に止まっている黒い車を見た とたん、不吉な予感 に襲われた

。 (

『現代』p.

958)

(看到家n口停着二親黒色的辛,頓吋戸生了二盈不祥的預感。)

( 3 4)

彼女は複雑な子で、私たちなんかよ りず っ と難 しいことを考えているみたいだ

。(

『現 代』p.961)(地是二仝思想根麦森的核子,想的何題要返 比我イ目深得多。)

例文

( 32)

の 「民族」

、 ( 33)

の 「車」

、 ( 34)

の 「子」は どちらも単数の意味で用い られ るも の と思われ るが、いずれ も数量詞 が使われていない。 しか し、それ らの文を中国語に訳す 際に、それぞれ単数 としての数量詞 を入れない と落ち着きの悪い文になる。従 って、例文

( 3)

の中国語訳文 「*他吃了草果。」が成立 しない理由はやは り数量表現が入っていない とい うところにあると考える。そのため、例文

( 3)

の 「彼 は リンゴを食べた。」 を正確 に訳すに は数量詞 を入れ声必要がある

.

他吃了二全軍果

」 (彼は リンゴを一つ食べたO) 「他吃了 二速華果。」(彼は リンゴを一切れ食べた。)「他吃了二足華果。」(彼は リンゴを一枚食べたO)

他吃了二旦華果。」 (彼 は リンゴを一 口食べたo)のように、数量詞 を入れ ることによって 初 めて安定 した文になるのである。 日本語の場合はその前後の文脈で数が判断できる時、

或いは別 にはっき り言 う必要がない時、数 を示 さない とい う前提があるため、わざわざ 「 は一個の リンゴを食べた。」 と言 う必要がないであろ う。反対に中国語の単数の数量詞が入 った文を 日本語に訳す場合は、数量詞 をそのまま訳す と、不 自然な 日本語になるため、そ れを訳 さないケースが多い。

( 35)

黒呪子帽下根本是二全速没有呆大的小姑娘,胸腺痘痕的,共友黄黄的. (黒いラシャ帽

‑の下はまだ成長 しきっていないまるっき りの小娘で、胸はペチャンコ、髪は黄ばんでいた。) (挿臥的故事 (原文)・遥かなる大地 (訳文)) (

2)

( 36)

他説他雪上想起在太行 山吋決壊的二 土中女該。(その時突然太行山で知 り合 った少女の ことを思い出 した。) (捕臥的故事 (原文)・遥かなる大地 (訳文))

( 37)

姓母又告訴他桐 :昨天晩上三好和淑英也睡在返里,地肌屋后的天井里落了二土地弾,

(8)

把塙打杯 7‑十角,所 以

r]雪上搬 了出来 . (また継母のい うには、昨夜は三好 も淑英 もこ こでねたが、彼女たちの部屋 の裏庭 に砲弾が落ちて築地壁 の一角が崩れたので、早速 に引越 して来たのだそ うだ。) (衣 (原文)・家 (訳文))

のよ うに、中国語の数量詞の部分は 日本語 に訳す際に殆 ど外 され るのである。

以上の分析 で、 日本語の場合は前後の文脈 で数が判断できる時、或いははっき り言 う必 要がない場合、数量表現がな くて も成立す るとい う特徴 を持 ってい ると考 える。,

四、おわ りに

本稿 は、 日本語 と中国語 の時間数量表現の位置 における違い、数量表現の名詞修飾 にお ける違い、数量表現の有無における違い といった三つの問題 を中心に考察 を行 った。 その 結果は次の通 りである。

1.中国語の時間数量表現 は文 中における位置が動詞 の後 に固定化 され、他 の位置‑の移動 が制限 されているO‑方、日本語 の時間数量表現は文中においてその位置が固定化 されず、

表現の意図に応 じ、動詞 の前 とい う前提 を守れば、自由に他 の位置‑の移動が可能である。

2.

中国語の数量表現の名詞修飾 は基本的に直接修飾 で、数量表現 と名詞 の間に 「的」 を必 要 としない。 この点は 日本語の 「連体詞」 と同 じよ うな働 きを してい る。一方、 日本語 の 場合 は数量表現 も普通の名詞 と同 じよ うに、名詞 を修飾す る際、助詞 「の」が必要になる。

3.

中国語の文には一般 に数量表現が必要で、単数 で も複数で も数量表現があれば、文が成 立 しやすい。一方、 日本語 の場合 は前後 の文脈 で数が判断できる時、或いははっき り言 う 必要がない場合、数量表現がな くても文が成立す るとい う特徴を持 ってい る。

1.例文の最後に 『現代』 と書 くものは辞書 『現代国語用例辞典』のことを指す。詳細は出 典の部分 を参照 されたい。

2.

例文

( 35 )( 3 6)( 37 )

は 『中 日対訳 コーパス (第‑版)』によるものである。詳細は出典の部 分 を参照 されたいoA

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参照

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