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開会のあいさつ(シンポジウム 二つの世紀末と日本 ・アジア)

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開会のあいさつ(シンポジウム 二つの世紀末と日本

・アジア)

著者 佐治 俊彦

雑誌名 東西南北

巻 2000

ページ 10‑11

発行年 2000‑03‑18

URL http://id.nii.ac.jp/1073/00003639/

(2)

本日は︑和光大学総合文化研究所のシンポジウム

にご参加くださいまして︑どうもありがとうござい

ます︒

きょうの司会とコメントを務めさせていただきま

す佐治と申します︒

和光大学総合文化研究所では︑一九九五年の設立

以来︑年一回︑その折その折のテーマを選んで公開

シンポジウムを開いてまいりました︒

この催しは︑和光大学の学内における研究を広く

多くの方々に認識していただき︑学問の進歩に貢献

することを目指しておりますが︑本年は︑﹁二つの世

紀末と日本・アジア﹂というテーマでシンポジウム

を開くことにいたしました︒

現在︑二一世紀を目前にして︑今後の日本のあり 佐治俊彦 函岡谷蚕のあいさつ シンポジウム○二つの世紀末と日本・アジア

本学人文学部教授/司会

方が︑さまざまに模索されておりますが︑今後の日

本の行先が︑﹁アジア﹂と密接に結びついたものであ

ることは︑多くの人が同意されるものと思われます︒

そこで︑今から一○○年ほど前︑二○世紀を目前

にした時期に︑日本が進路の選択にあたって︑﹁アジ

ア﹂をどのように捉え︑どのような関係を構築しよ

うとしたのか︑また﹁アジア﹂との相互交流はどの

ように行なわれたのか︑その理念や軌跡を︑多様な

側面から検討し︑二一世紀のアジアにおける日本の

進路について考えようというのが︑今回のシンポジ

ウムの趣旨であります︒

この趣旨に即しまして︑シンポジウムでは︑まず

第一の問題提起として︑本学経済学部の原田勝正先

生には︑日本を﹁アジアの盟主﹂として位置づけよ

‑ 1 0

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うとする今日の日本の政財界の一部にみられる意識

の祖型を︑一九世紀末に形成される﹁大アジア主義﹂︑

さらには︑その後の﹁大東亜共栄圏﹂論において検

討し︑それを通じて︑二一世紀における日本社会の

真の近代化の課題を明らかにしていただきたいとお

願いしております︒

第二の問題提起として︑本学経済学部の山村睦夫

先生には︑今日のアジアと日本の関係における一つ

の軸ともなっている︑日本企業のアジア進出にかか

わって︑一九世紀末における日本企業のアジア進出

とアジア認識の特質を明らかにし︑日本のアジア侵

略と企業との関係を探っていただきたいと︑お願い

しております︒

さらに第三の問題提起として︑横浜開港資料館調

査研究員で︑日本の華僑社会の研究の最前線に立っ

ておられる伊藤泉美先生に︑歴史的視野のなかで︑

アジアと日本との間の人びとの交流︑なかでもアジ

アからの移住者たちの日本社会への定着とそこでの

生活の面から︑日本とアジアとの関係のこれまでと

これからについて︑お話をお願いしております︒

それでは︑ご案内のとおり︑﹁二つの世紀末と日

本・アジア﹂という︑この大きなテーマにそれぞれ

三人の先生から問題提起をしていただきたいと思い

ます︒

〃 −

参照

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