英語の発音指導 における日本語の役割
―軟口蓋破裂音と軟口蓋鼻音の区別を例に考察する―
三 沢 美智子 レパヴー マ リ
0.
は じめに
「長野県」は、 [naganoken]だろうか、それとも[natlanO ken]だろうか。筆者 も少々混乱 して くるが、本稿では、 日本人が英語 を学 習する際に誤 りやすい様々な音の中から、特にこれら有声軟口蓋破裂音の [g ] と有声軟口蓋鼻音 (いわゆる鼻濁音)の [J]]との区別をとりあげて、発音指 導を効率 よく行 うためには、母国語である日本語に着日し、参考にしてゆ く必 要性 を強調 した。
1.問題提起
現在 日本において、学生が英語 を学ぶ期間は中学校の3年間と高校の3年間 を合わせた6年が最 も一般的である。 さらに、大学において英語科に進む者や、
今はや りの英会話学校に通 う者はそれ以上の期間を英語学習に費や している。
石の上にも三年 という諺があるように、3年以上勉強すれば大抵の科 目はマ スターできる。英語にしても、高校を卒業する頃には、相当程度の実力が身に 付いているとされている。一般に難 しいとされている英検の2級が、高卒程度 の実力で合格できることを予定 されていることからも、それはいえよう。
その一方で、日本人の英語力の低 さが問題 とされている。国際化が叫ばれる
現代 において、英語 を話せ るということが国際人の最低条件 といわれるが、 日 本人の多 くは、英語 を話せ ない と自他共に認めている。高校 までに一応習得 し たはずの英語 を使 えない というのである。一方で英語力がついた という評価 を してお きなが ら、他方で英語力の無 さを悲観する、 とい うのが日本人の英語観 ということになる。そこで気付 くことは、積極的な評価 を与 えられるときにい う英語力 と、消極的に評価 される英語力 とは、意味するところが異なるという ことである。英語は言葉であ り、それには文法 と会話 という一般 に言われると ころの二つの領域がある。そ して前者の英語力は文法 に関 しての ものであ り、
後者は会話 についてである。 ということは、一般の学生が英語 を勉強 しても、
文法的な力はつ くが会話力 はほとんどつかないことになる。ネイティブ ・スピー カーを講師にした英会話学校が大はや りす るの も、なるほど領ける話である。
このような現状は、英語教育の過程 においてなにか問題があるとは言えない だろうか。
そこで、英語 の発音指導 に絞 って、軟口蓋破裂音 と軟口蓋鼻音 を例 に考察 し てみる
2.
発音指導の面か ら
2.1.日本 人学 習 者 の誤 りやす い とされ てい る音
日本人の発音する英語 には、 リズムやイン トネーションの面か ら様々な研究 がされているが、単音の発音に限って言 うならば、 [日 と [r】、 [t]と
[d]、 [b]と [Ⅴ]、 [S]と [0]などが最 も混同 しやすい音であると 一般 に言われている。 これ らの音にさらに付け加 え、本稿で問題にしたいのは、
軟口蓋破裂音 [g]と軟口蓋鼻音 [D]の使い分 けが学習者 によってうまく習 得 されていない とい うことである。 これらの音は、本校学生 を被験者 に、
Grate(1974)の発音診断テス トを利用 して行 った実験の結果 (他 の音 のデー ターは、資料3を参照のこと.)最 もエラーが大 きかったこ とか らここで取 り
上げることになった ものである。
2. 2.実験 その1
日的 :英語の発音学習において、学習者が どの程度軟口蓋破裂音 と軟口蓋鼻 音 を混同させて発音 しているかを調査する。
方法 :発音法 を一通 り学習 し終 えた本校学生45名に、発音診断用の文章 を 読 んで もらい、それを録音す る。 なお、診断用文章は、Clifford&
Robinett(1986)から抜粋 したものを利用 した。studying,clothing, language,begins,〜long,feelingとい う、[g]および [q]の音 を 含む単語が点在 している文である。 (実験文については資料 1を参照 のこと。)
結果 :全体の平均70.37%、標準偏差 は1.126。単語別の得点は以下 の通 りである。
正
誤lq ] studying 62.22% 37.78%
l q ] clothing 82.22% 17.78%
lg ] long 64.44% 35.56%
[D ] feeling 71.110/0 28.89%
[qg] language 53.33% 46.67%
[g] begins 88.89% 11.11%
この結果 を見 る限 りでは、鼻音 は正 しく鼻音 として発音 している者が多いが、
破裂音 を鼻音 と混同させて発音 しているものが約半数いるということが分かっ た。今回は単語数が6個 と限 られているが、数 を増や してみれば、 2音の使用 に関する混乱の度合が より顕著に現れると思われる。
2. 3.混 同が お こる要 因
この ような、[g]と [D]の混同はいかなる要因による ものなのか0 2つ の理由を挙げる。
先ず、一つの理由 として、学習者の母国語でその昔が使用 されているか否か によって、学習者の音 に対する態度が違 って くる とい うこ とが挙 げ られる。
(竹蓋・1992)言い換 えると、例 えば [f]や [0]など、 あ きらかに 日本語 にはない音 に対 しては、学習者の注意が向 き、態度が敏感になるのに対 して、
母国語である日本語 において同音素内の異音 にしか過 ぎないような音 に対 して は、比較的鈍感 になるということだ. この場合、[g]も [q]も日本語 で使 用 されている昔である。
このことに関連 して、第二に、英語 と日本語 を比較 した場合、英語 において は/g/と/ q/ は異 なる音素であるのに対 し日本語 において【D]は/g/
の異音で しかないことがあげられる。英語 において [D]は もともと/n/の 異音であったのが、[J]g]とい う音 の連続 か ら/g/が きえて、/ q/は ひとつの音素になった。そこで singVSsin (lsilJ】VS[sin]) の 対立が起 こるわけである。(Gimson・1980)これに対 して日本語 においては、
[13 ](「ガ
」 )
の音 は、[g ](「ガ」 )
と同音素であ り、次 の ような場合 に現 れ るとされている。ガ行子音の前の 「ン」 ・・・銀色 [giqi1o]
元旦 [gaDtan]
非語頭 におけるのガ行 ・・・小川[oDawa]
右側 [m illiqawa]
そ してこれ らのうち、[g]の音 と混同 して使 われている音 は、後者 の非語頭 における鼻音化 したガ行音 (鼻濁音)である。この鼻濁音は、共通語では普通 ガ行の濁音 とは区別 されていることになっている。例 えば 「学校」の 「ガ」と、
「私が」 の 「が」 とは違 う音であるべ きだ とされている。 (松坂・1989)もし、
これらの音が きちんと日本語において区別 されているのならば、仮 に同音素で
あるとして も現在の ような混同は起こらない筈である。指導の際に、 日本語 に おける 「が」 と 「が」の使い分けと、英語における使い分 けの違いを指摘すれ ば済むことだからだ。
しか しなが ら、日本語 におけるこの濁音 と鼻濁音の使い分 け自体があいまい になって きているという事実がある。実際 これまで も、方言差や文字の影響 に より必ず しも非語頭のガ行濁音は鼻音化 しない場合 もあると言われてきてはい るが、最近、特に若者の間で、この鼻濁音は減少の傾向が顕著に現れていると いう。 (松坂 ・1989、城生・1989)もし日本語において もこの鼻濁音 [q]と 濁音 [g]の区別の仕方に著 しい個人差があるとしたら、 また、そのような区 別の仕方に単純な規則性がなければ、英語の発音指導におけるこれ らの音の使 い分けを再検討する必要がでてくるだろう。 また、このことは、例 えば [S]と
[∫】などの他の昔の使い分けにも言 えることである。その理由を次の項 目で 説明する。
2. 4.学 習 者 の もつ母 国語 の言語体 系 の重 要性
外国語 を学習する際の母国語の影響 については、多 くの議論がなされている ところではあるが、第‑言語習得 と外国語の学習の最 も大 きな違いは、学習者 が既 に一つの言語 を習得 しているか否か、 という点であることを考慮 に入れれ ば、外国語学習において、学習者が母国語の様々な面 を目標言語 (本稿の場合 は英語) に転移 しなが ら学習 を進めていると考 えるのは自然であると思われる0 当然、母国語 と目標言語が共通である部分に関 しては学習の助けになるであろ うし、異なるところにおいては、それは学習の障害になる場合が多い。例えば、
冠詞の使い方やwh移動 を含む文の作 り方などは日本人学習者の最 も不得意で あるものだが、それはまさしく、 このことに当てはまる例 といえよう0
ここで重要 なのは、学習者の出発点 があ くまで母国語 を元 に した言語体系 (中間言語)である (Selinker・1992、Shimaoka・1993)ということだ。 学習 者がこの中間言語 を出発点に学習 を進めてゆ くならば、そ してそれが発音の習
得にも当てはまるとすれば、孜々はもう一度学習者における音素体系を正確に 把握 してお く必要があることは必然的 といえよう。
そこで、有声軟口蓋破裂音 [g](濁音 「ガ」 と有声軟口蓋鼻音 [D ](鼻濁 音 「ガ
」 )
の区別は日本語においてどの程度個人差があるか を調べ るために、次のような実験 を行 った。
2. 5.
実験 その
2日的 :日本語 において、濁音 「ガ」 と鼻濁音 「ガ」がどの程度使い分けられ ているかを調査する。
方法.:本学生45名に、「ガ」の音を8つ含む日本文 を読 んで もらい、録音 する。 (日本文は資料2を参照のこと。)
結果 :鼻音化がきちんと行われた場合を 1、行われなかった場合 を0として 探点 した結果、全体の平均4
1
.62%、標準偏差は2.71であった。個々の単語別の得点は、以下の通 りである。
「み ぎ」 [m ilIi]
「まがる」 [m allalu]
「す ぐ」 [suqu]
「ひだ りがわ」 [hidaliDaWa】
「おがわ」 [ollawa】
「が」 [q]
「ながれて」 [nalIalete]
「いるのが」 [ilunoIIa]
鼻 53.33%
66.67%
26.67%
20.00%
51.11%
46.67%
46.67%
66.67%
濁 46.67%
33.33%
73.33%
80.00%
48.89%
53.33%
54.33%
33.33%
考察 :この実験か ら先ず言えることは、多 くの音声学者に言われてるように、
かなりの割合の学生が、一応鼻濁音 を使用することになっている位置 で濁音 を使用 しているということだ。それも、全ての場合に濁音 を使
うというわけではな く、これ ら2音の使 い分けはとてもあいまいな も のになっている。 さらに、濁音 を使用す る度合いに関 しての個人差 は 著 しいといえる。 このことか ら、学習者 は日本語 においても濁音 と鼻 濁音 を混同させて使用 している場合があるといえよう。 日本語 におい て音の混同があることを無視 して、英語 を学習する際にのみ 「ここは lg]です. ここは [D]です.」 と言 ったところで、学習者 は 「あ れはどっちだったろう」 と混乱するの も無理 ない話である。
以上のことを踏 まえて、次の章では音声指導 に関 して2つの提案 をする。
3.
結論
3.
1
.提案その
1以上2つの実験か ら、英語 における軟口蓋破裂音 [g]と軟 口蓋鼻音 [D]
の混同の要因は、母国語である日本語での鼻濁音 と濁音の混用 と、それを無視 した音声指導にあるということがいえる。 どちらの音 も、 もともと学習者の母 国語 に存在 しているものにもかかわらず、これを有効 に利用 していないのであ る。2.4において、学習者の もつ母国語の言語体系の重要性についてはすで に述べているように、限 られた授業時間の中でよ り効率良い指導 をす るために は、先ず、学習者がすでにもっている音素体系 を出発点 としたものを考 えるべ きである。当然、実験2からも明 らかなように、共通の母国語であって もそれ ぞれ微妙 に個人差があるだろうから、出発点は皆一定 なのではな く、そのこと を踏 まえた上での指導が必要であると思われる。例えば、近似 カナ表記 システ ム (Shimaoka・1993)などを利用 して、日本語で使用 している昔 に対 す る意 識 を高めておいて、 目標言語 に近づいてゆ くとい う方法などが挙 げられる。
3. 2.提案 その2
日本人学習者が英語 を学ぶ際、ネイティブ ・スピーカーの発音 を目標 にする のは当然のことである。 しか し、これが逆の立場で、英語話者が 日本語 を学習 する際はどうだろうか。彼 らは、モデルとされている日本語の発音 システムを 学ぶだろう。 しか し、実際我々が使用 している日本語は、そのモデルとは必ず しも一致す るものではないことは、今回の実験か らも分かる。 これ と同様 なこ とが英語 にも言 える。英語 を母国語 とする国は何 も英国や合衆国に限ったこと でな く、 したがって、ネイティブ ・スピーカーの発音 を分析 し、それを厳密に 模倣 させ ようとするのは意味がないと思われる。学習者に必要なのはむ しろ、
より母国語 に近い、 しか も英語話者に受け入れられ得 るような発音のモデルの 提示である。一つ具体的な例 をあげるならば、アメリカン発音 にしば しば開か れるそ り舌 [a・]などは、あいまい母音 [∂]で済 ませることがで きる し、そ うすれば、熱心 な学習者に聞かれる過度の巻 き舌 もな くなるだろう。 もちろん 本人の意思で好 きな国の発音 を模倣す るのは結構 だが、短い時間のなかで効率 の良い指導 を目指すのであれば、学習者の馴染みやすいモデルの提示は重要な のである。
3. 3.今後 の課題
今後は、 日本語 と各国で使用 されている英語 を比較 して、発音指導用の標準 的モデルを具体 的に模索 してゆ きたい。
参考文献
Cook,V. SecondLanguageLeamLngandLanguageTeaching, EdwardArnoldLtd,1991.
Gimson,A.C. AnIntroductiontothePronunciationofEnglish, EdwardArnold,New York,4th.ed.,1989.
Grate,H.G. EnglishPronuTu:iationExercisesforJapaneseStudents,
RegentsPuclishingCompany,New Youk,1974.
LePavoux,J.Ⅴ.AStandardEnglishPronuTWiationfoT・JapaTWSe StzLdents
学校法人大成学園、1991. Prator,C.HJr.andRocinett
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B.W.ManualofATnericanEnglishPT・OnunCiation
.
Holt,RinehartandWinston,Inc,New York,4th.ed.
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1985Selinker,L. RediscoueTingInterlanguqge.Longm
a n
,New York,
1992.石綿 敏雄、高田 誠 「対照言語学」 (桜楓社)、‑1991.
竹善 幸生 「日本人英語の科学」 (研究者)、1992.
島岡 丘 r英語音声学 と中間言語J、「英語音声学 と英語教育」 (開隆堂)、
1994.
「中間言語の音声学」 (小学英語教育研究会)、1993.
城生伯太郎 「音声学」 (アポロン音楽工業株式会社)、1989.
松坂 ヒロシ 「英語音声学入門」 (研究者)、1989.
資料1:診断用の文章
Whenastudentfrom anothercontry comesto studyin theUnited States,hehastofindtheanswerstomanyquestion,andhehasmany problemstothinkabout. Whereshouldhelive? Whoulditbebetter ifhelookedforaprivateroom offcampllSOrifhestayedinador‑ mitory? Shouldhespendallofhistimejuststudying? Shouldn'thetry totakeadvantageofthemanyscoialandculturalactivitieswhichare offered?Atfirstitisnoteasyforhim tobecasualindress,informal inmanner,sndconfidentinspeech.Littlebylittlehelearnswhatkind
ofclothinglSusuallywornheretobecasuallydressedforclasses.He a
lsolearnstochoosethelanguageandcustomswhichareappropriate forinformal situations.Finallyhebegintofeelsureofhimself.But letmetellyou,myfriend,thislong‑awaited feeling doesn'tdevelop suddenly‑ doesit? Allofthistakespractice.
資料2:日本語の文 :右 に曲がるとす ぐ左側 に小川が流れているのが見 えた。
資料3:ErroT・‑Frequency Conson8ntS
Or■
d○r % Odre■r % OdrO一r 形 1【勺/qg】:medial 9720lh/f]:initial 5039lb/Y】:initial 32 2【3/d3】:medial 9520[8′石】 5039【hi′fi】 32 3 【wu】 9222【Y′W】:initial 4739【f′3】:medial 32 4【l′r】:cluSterS 8922【d′2;】:initiELl 4739[d/d3]:initial 32 5 lw]:clusters 8224[8/d] 4739【t′0】:initial 32 6 lk]:fin(unaalSpirated)7425【1