ソ ロ ー の 詩
六 川 信
Some Poems of Henry David Thoreau
Makoto ROKUGAWA
ThegeneralevaluationofHenryDavidThoreauinAmericanliteratureisthathe isatranscendentalist,anaturalphilosopher,andoneofthedistinguishedprosewriters. Asamatteroffact,manyofhisprosesentencessoundlikepoetry.Consequently,itis possibletosaythatThoreauisapoeticwriter.
Thoreau'sprimaryconcernatthecommencementofhiscareerasawriterwasthe studyofthemetaphysicalpoetssuchasGeorgeHerbertandHenryVaughanandthe creationofhisownpoetry,oneexampleofwhichis"SicVita."Thepeakofhispoetic imaginationwasaround1841,eventhoughhisbestpoemscalled"Orphics"werecreated in1843.Afterthepeak,hispositionasawritergraduallychangedfrompoetrytoprose.
Thoreaucreatedmorethantwohundredpoemsinhisyouth.Duringhislife,his poemswereneverignored,noralwaysesteemed.However,bytheturnofthecentury, ininverseproportion.tohisfameasanauthorofWalden,Thoreauthepoetwas forgottenandsincethenscantattentionhasbeenpaidtohispoems.
ThepurposeofthispaperistomakeachoiceofsomeofThoreau'snoteworthy poems,totranslatethem intoJapanese,andtodisclosetheirpoeticexcellence.
アメ リカ ・ルネサンスの代表的散文作家 として知 られる超越主義者Henry David Tho‑
reau (12July1817‑6May1862)紘,一流の超越主義詩人を目指 して作家修業 の第一歩 を 踏み出した.彼のJournalは1837年10月22日か ら1861年11月3日までの生涯 に亘 るものであ るが,1838年から1841年頃に至 っては自作 の詩や詩 に関す る記述で埋 まっていて,若 きソロ ーがいかに詩作に情熱を燃や していたかを如実に物語 っている.
ソローの詩魂は20歳代前半に花開 き,イマジネーシ ョンは湧 き出ず るほどであった. しか し,1841年秋頃を頂点 として衰 えをみせ る(l).1842年か ら1843年に創作 された詩 も多 いが, 詩作は急に下降線をた どってい く. ソローの詩才を認めていたRalphWaldoEmersonの変 貌やSarahMargaretFullerとの人間関係がその原因である, とWalterHardingは述べて いる(2). ソローは1850年か ら1862年の12年間に,25の詩を書いたにす ぎない(3).生涯で200以 上の詩を産み出 した ソローは,その90%を1850年以前に,換言すれば,そのほとん どを20歳 代 に創作 した(4).その後 ソローは詩人か ら散文作家への道 を歩み,"Natural History of Massachusetts"(1842),"A WalktoWachusett"(1843),"AWinterWalk"(1843)を発表
一般科 教授
原稿受付 平成
5年9月
30日し,1845年 にはA Weekに と りかか り,1846年 か ら47年 にかけては現行 の IValdenの第 ‑ 稿 を仕上 げる.そ して,詩的散文作家 としての傑作 tValden(1854)を誕生 させ る.
生前 は, ソp‑の詩が完全 に無視 され ることはなか ったが,lyaldenの作家 としての名声 が高 まるにつれ て,詩人 ソローは忘れ られ てい った.1895年 にSanbornとSaltがPoems of Natureを編 んだ とき,49の詩が収 め られたにす ぎない(5). 1943年 にCarl BodeはCol・ leciedPoemsofHenryThweauを出版 し198の詩 を収 めた.1964年のEnlargedEditionで は,13の詩が追加 され,211の詩が収め られ, ソローの詩研究の定本 となっている. この詩 集 が玉石混清で串るのは,編集者CarlBodeが,詩の価値 とい うよ りも,荒 削 りの草稿 の 詩 を も含めて, ソローの詩のテキス トの作成 に主眼をおいたか らである.
本稿 の目的は,Orphicsをは じめ とす るい くつかの詩 を と り上 げ,邦訳 を試み,考察 を加 えることにある.
1
ソ T]‑の詩 に接 す る と き,我々は まず,彼 の詩 観 を一 瞥 してお く必 要 が あ る.彼 は poetryやpoetとい うことばを,通常の概念で捉 えていないか らであ る.彼 は自分の詩論 を 系統だてて論 じ一書 にまとめるとい うことは しなかった.Journalや作品の中で信念 を吐露 している.1838年作の"TheC
l i
ffsandSprings"や"TheBluebirds"をみ ると,伝統的詩形 式 はほとん ど無視 して, インス ピレーシ ョンの湧 き出ず るのに沿 って,伏惚 の感情をはき出 して詩作 を して い る よ うに思 わ れ る. と ころが,1840年7月
1日のJoumalです で に,"Thereisalwaysapoem notprintedonpaper‑ ・"と述べ,1841年8月28日のJoumalで は̀Trueversesarenotcountedonthepoet'sfingers,butonhisheart‑strings."と述べた あ とMylifehasbeenthepoem Iwouldhavewr
i
t,Butlcouldnotbothliveandliveto utterit.とい う2行連句 を書 き入れている.詩 は文字で書かれないこともあると述べ るとき, 彼 は通常の詩の意味か ら逸脱 してい く.このJoumalの記述 は,A Week (1849)の "Friday"の章 に組 み込 まれ,"The true poem isnotthatwhichthepublicread.Thereisalwaysapoem notprintedonpaper
,
coincidentwiththeproductionofthis,stereotypedinthepoet'slife.Itiswhathehas becomethrough hiswork."(6)とな り,poemとい うことばに対す る彼独特の解釈がなされる.詩人が自分の創作 した詩 を通 して どの よ うに生 きたか,それが詩である, とい うのであ る.
彼 に とって,文字で詩を書 くことよりも,人生を詩的 に生 きることが最優先事項 なのである.
この信念を,先 の引用の文 に続 けて,凝縮 して次 のcoupletで しめ くくるのである. この対 句 のmanuscript(本稿 で以下MSと書 く) 紘,Middlebury CollegeのStarr Libraryと HarvardUniversityのHoughtonLibraryが所蔵 している.
Mylifehasbeenthepoem Iwouldhavewr
i
t,
ButIcouldnotbothliveandutterit.(CP.85)(7)私 の人生 は私が書 こ うとした‑后の詩であった.
だが,生 きることが精一杯 で,人生 を詩 に歌 い上げ ることがで きなかった(8).
これは,24歳の ソローの告白である.思 うほ どの詩作 は実現で きず,詩人 としては失敗で あった, とい うのである. このテーマは,"Iam theAutumnalSun"(CP.80)や,後 に論 じる"SicVita"("Iamaparcelofvainstrivingstied")(CP.81)でも, また,"ThePoet's Delay"(CP.78))で も扱 ほれている.
2
ソ ローには,Simonidian Poems或 はOrphicsと呼 ばれ る4つ の詩 が あ る."Smoke"
("Light‑wingedSmoke,Icarianbird"),"MistM("Low‑anchoredcloud"),"Haze"("Woof ofthesun,etherealgauze"),"Fog"("Dull‑waterspirit‑andProteangod'') がそれであ る. このそれぞれが,超越主義者 の詩 の中では,最高の詩 に ランクされ るものである. ソロ ーは独 自の詩的音楽の響 きをここに創造 したのである(9).ギ リシャの最初 の偉大 な叙情詩人 Simonidesの簡潔で力強 い詩 に似 てい る, と評 したのはエマスソであった(10). また, ス ト
レスの リズムに乗 った美 し く甘美 な滑 らかな調べ の この詩 は,ギ リシ ャ伝説 のOrpheusの 音楽 の魅力 にも優 ると考 えたEthelSeyboldは,TheDialに発表 された時の "Orphics"と
い う語を用いて この ソローの詩を讃 えている (ll).
先ず,"Mist"("Low‑anchoredcloud")か ら検討す る. この詩 はA IVeekの"Tuesday"
の章 に収 め られ て い る.1843年4月 の創 作で あ り,それぞ れ異 な ったMSをHenry E.
HuntingtonLibrary,SamMarino,California;AldermanLibrary,UniversityofVirginia, Charlottesville;PierpontMorganLibrary,NewYork,NewYorkが所蔵 している(12). ソ
ローの詩 は三流であ り,散文の中に投 げ入れ られた断片 にす ぎない, とい う批評 があ る.荏 かに,荒削 りで詩的価値の劣 るものもあるが,彼の詩 は独立 した価値をそなえている と共 に, 散文 と有機的に融合 し,その散文が詩 の導入部 となっていることが多い.その好例 として,
"Mist"の直前の文 を掲 げる."Wepassedacanalboatbeforesunrise,gropingitswayto theseaboard,andthoughwecouldnotseeitonaccountofthefog,‑ ・Thefog,asit requiredmoreskillinthesteering,enhancedtheinterestofourearlyvoyage
,‑‑ A
slightmist,through whichobjectsarefaintlyvisible,hastheeffectofexpandingeven ordinarystreams,byasingularmirage,intoarmsoftheseaorinlandlakes.・・・."(u)I の"mist"は次 の詩へ と流れ七い く.Low‑anchoredcloud, Newfoundlandair
,
Fountain‑headandsourceofrivers
,
Dew‑cloth,dream drapery,
Andnapkinspreadbyfays;
Driftingmeadowoftheair
,
Wherebloom thedaisiedbanksandviolets
,
Andinwhose一ennylabyrinthThebitternboomsandheronwades;
Spiritoflakesandseasandrivers
,
BearonlyperfumesandthescentOfhealingherbstojustmen'S丘elds!(CP.56)
係留 され 低 くたれ こめた雲 ニューファンドラン ドの空 泉の根源 川の水源 露の布,夢の飾 り布 妖精が広げたナプキン.
漂 える大気の牧場
その土手 に ヒナギクとス ミレが咲 き その沼沢の迷宮では
サンカノゴイが鳴き サギが歩 く.
湖 と海 と川の精霊 よ .義 しき人の畑に
病を癒やす薬草の芳香のみを送れ.
詩 はイメージの総体 と考 えた ソローは,"mist"の絵画的描写を1行 か ら9行 まで続 け, イメージを重ね てい く.科学者 の目で見 るので はない.詩人 の心眼 で 自然 をみつめ る.
mist,fog,hazeは彼の好む題材だ.具体物を描 きそこからイメージを引 き出すのに, これら は現 実か ら異質 な幻想 の世界 ‑ と導 き易 いか らで あろ う.dream draperyとかnapkin spread by faysは実に幻想的表現である.最後 に命令文 を入れ祈 りをこめ る手法は,"Or‑ phics"に共通 している. この"Mist"と酷似 した イメ‑ジの詩が"Fog"("Dullwaterspirit
‑andProteangod")である.
Dullwaterspirit‑andProteangod
Descendedcloudfastanchoredtotheearth Thatdrawesttoomuchairforshallowcoasts Thouoceanbranchthatflowesttothesun lncenceofearth,perfumedwithflowers‑ Spiritoflakesandrivers,Seasandrills Cometorevisitnowthynativescenes Nightthoughtsofearth‑dream drapery Dewclothandfairynapkin
Thouwind‑blownmeadowoftheair.(CP.150)
動 きののろい水の精霊‑ プT,テウスのよ うな神 低 くたれ こめ大地に固 くつながれた雲
浅瀬 に過剰 な空気を引 きよせる
太陽に向けて流れる大海原の支溌 花の香 りに満ちた大地の芳香 ‑ 湖 と
川
,海 と小川の精霊 よ君たちのふ るさとの 風景を見にきて くれ 大地の夜の想い‑ 夢の飾 り布
露の布,妖精のナプキン 風す さぶ大気の牧場.
この詩のMSはHenryE.HuntingtonLibraryが所蔵す る.創作年月 日は1843年4月11 日とされていた(14). しか し,1843年1月16日の
J o u ma l
に同一の詩 が入 っている(15). とす れば, 1月の作 と考えられ る.我々は,"Mist" と "Fog"にある共通のことばに気付 く.dreamdraperyとDewclothは全 く同一であ り,napkinspreadbyfaysとfairynapkinそ してperfumesandthescentとincenseofearth,perfumedwithflowersのイメージの類似 性.更に,cloud,air,lakes,seas,rivers,Spiritとい う同一語の使用が類似 した詩的雰囲気 を醸成す る."Mist"紘"Fog"の異稿ではないのか, と感 じられる."Fog"では,drawest, Thou,flowest,thyとい う語のもつ古風 な響 きが, この詩の音調に緊張感を与 えているのは 事実である.
"Haze"("Woofofthesun,etherealgauze") は,"OrphicsII"として,"OrphicsI"の
"Smoke"と共に,1843年4月に
Th eDi a l
に発表 された. この とき,"Haze"はN
ewYo 7 1 k
T
ri
buneで高い評価をえた(16)."Mist"と同 じく,A Weekの "Tuesday"の章 に収
められて
いる."Mist"の導入部が見事であるよ うに,"Haze"の直前の文 も適切である."Theh
aze,
thesun'sdustoftravel,hadaletheanin且uenceonthelandanditsinhabitants,andall creatures,resignedthemselvestofloatupontheinappreciabletidesofnature."(17)(下線 部筆者)
Woofofthesun,etherealgauze
,
WovenofNature'sricheststuffs. Visibleheat,air‑water,anddrysea, Lastconquestoftheeye;Toilofthedaydisplayed,sun‑dust
,
Aerialsurfupontheshoresofearth,
Etherealestuary,frithoflight,
Breakersofair,billowsofheat,
Finesummersprayoninlandseas;Birdofthesun,transparent‑winged Owletofnoon,soft‑pinioned
,
From heathorstubblerisingwithoutsong;
Establishthyserenityo'erthe丘elds.(CP.59.)
自然の最高級の素材 で織 られた 太陽の緯糸,薄 いもや,
目に見 える熱,空気の水,乾 いた海, 遠 くまで見すえても とらえがた きもの.
その日の網が広がる 太陽のち り,
大地の岸辺 によせ る空気の よ うな波 しぶ き, 天上の河 口,光 の入江
空気の波浪,熟 の大波
内陸の海 にかか る細 かな夏の水煙.
透明な翼の 太陽の鳥
冥柔 らかな 真昼の フクロウよ, 荒野か刈株から 歌 もな く立 ち上 が り, 野辺 に の どけ さを もた らして くれ.
ソローは, 自らが好むair,waterとい うことばを重ねて自由にイメージをふ くらませてい く.Hazeはvisibleheatでair‑waterでdryseaだ と歌 う. この表現 には非常な飛躍 があ るかに思われ るが,それ は論理の世界 で考 えるか らであ り,詩人 の感性 の世界では この よ う なイソス ビレーシ ョソを受 けるのであ る. ソローはHazeを鳥 にた とえて,"serenity"を も た らして くれ と歌い上げ る.象徴的で簡潔 な形式 に思いを盛 りこむ この方式 は, ソローが, ギ リシャの詩人Orpheusか ら学んだものなのである(18).
3
ソp‑の処女作A WeekontheConcordandMem'mackRiveys(1849)の扉は3つの詩 で飾 られている.作品の初めが詩であ るとき,その詩 は作 品の象徴的意味をもつ, と考 えら れ る.先ず, この作品の製作の由来に触れなければな らない.
ソロTは兄Johnと2週 間 の舟旅 を楽 しんだ.1839年8月31日の朝,Assabet川 とSud‑
bury川 が合流 しConcord川 となる地 点か らSudbury川 を少 し上 った岸辺 か ら, 2人 は手 造 りの舟 で友人の見送 る中,快晴 に恵 まれて出発 した. コンコー ド川か らMerrimack川 に 入 り,New Hampshire州のHooksett‑上 り,・さらに同州の コンコー ドまで徒歩 でい き, そ こから馬車でPlymouth‑出て,The・WhiteMountainsの最高峰MountWashingtonの 登頂 を果た した.出発か ら10日目であ った.故郷の コンコー ド村へ帰 ったのは9月13日であ
っ た (19).
1842年1月11日,最愛 の兄Johnが破傷風 で急死 した.その年の秋, ソローは兄への追悼 の書 の奉献 を思いたつ.1845年7月4日,W?lden湖畔での2年2ヵ月の独居生活 に赴 いた 理 由の1つは, この鎮魂 の書 の執筆にあった.2週間の旅 が1週間の旅行記 にまとめ られ, 1849年にA Weekとして出版 された.
最初 の詩 "Where'erthousail'stwhosailedwithme"は,1842年1月以降に詩想 はあっ た として も,1842年 の秋以降 の作詩 であろ う.Journalに書 かれた のがそ の頃であ る(20). MSはPierpontMorganLibraryが所蔵す る.
W
h ere'erthousail'stwhosailedwithme
,
Thoughnowthouclimbestloftiermounts,
Andfairerriversdostascend,
BethoumyMuse,myBrother‑.(CP.29)
我 と舟旅をせ し君は いず こを旅す るにかあらん, 君今高 き山に登 り,
美 しき川をさかのぼれ ども, 見 よ,我の詩神にな り給 え‑
この詩は亡 き兄 を偲ぶ.従 って,A Wreekは兄 に捧 げる書であることを暗示す る.Muse は大文字であ り神にまで高め られている.Brotherも大文字であ tりソローの心の中に存在す る理想像である.最後の行 は祈 りとなっている.ダ ッシュが余韻 となって響 き神聖 さを導 き 出す.
2番 目の詩"Iambound,Iambound,foradistantshore"は超越主義者 ソローを浮 き彫 りにしていて,A Weekが超越主義の書であることを暗示す る(21). この詩 は1845年3月以降 の作 と思われる.MSは,PierpontMorganLibraryが所蔵す る.
Iam bound,Iambound,foradistantshore, Byalonelyisle,byafarAzore
,
Thereitis,thereitis,thetreasureIseek, Onthebarrensandsofadesolatecreek.(CP.30)
我 は行 く,我 は行 く,遠い彼方の岸辺へ, 孤独なる島,はるかなるアゾレス島, かの地 に かの地 に 我の求める宝が, わびしき小川の 不毛の砂地の上 に.
最後の詩"isailedupariverwithapleasantwind"で再 び兄‑の思慕が うたわれ る. と 同時に,兄Johnを指すTHOUは神の観念 とも重 なってきて, 7行 目は超越主義者 ソロー の言 う"everlastingSomething"(22)を暗示する.
Isailedupariverwithapleasantwind
,
Newlands,newpeople,andnewthoughtstohd;
Manyfairreachesandheadlandsappeared
,
Andmanydangersweretheretobefeared;ButwhenIrememberwhereIhavebeen