「近代憲法」 と 「憲法」 概念の多義性、 そして 「実質的意味の憲法」
-「憲法」概念と憲法学(その一)
堀 内 健 志
1 序、「近代憲法」の普遍性 2
「憲法」概念の多義性
3
「近代憲法」と人権保障規定の位置
4
「実質的意味の憲法」と<組織法・行態法>
5 残された問題点-結びにかえて
1 序、「近代憲法」の普遍性
概念の問題はしょせんはある種の循環論ではないかということを「国家」概念の究明において、
我々は教えられている。①あの二人のキュッヘンホフによる『一般国家学』での「国家」概念の措 定作業のなかですでに論者によりあらかじめこれがある時代における「国家」なのであるとの選択 が入り混んでいてこれらを通じてそこでイメイジされたもののトータルはやはり結局はそうした時 代時代における「国家」なるものの論者のイメイジに支配されたそのものの総体でしかあり得ない のではないか、ということであった。けれども、「国家」という言葉なしには、「憲法」学は語れな いのもまた事実である。②
「憲法」概念については、こんにち、おそらくほとんどの憲法書においてその冒頭箇所で、言及
されているのが一般的である。その著しい例は、ドイツのC・シュミットの『憲法理論』に見られ る。一二〇頁余りにも及ぶ第一部を全部その説明に当てているのであるから。③が、このC・シュミットの『憲法理論』は大変に難解なものなのであってわが国の多くの研究者 がこれにてこずっているのであり、ここでいまは立ち入らず、別の場所に後回しにしたい。④、⑤ そこで、ここではまず、わが国の代表的論者の説明に目を向けてみよう。
芦部信喜教授の通説的「憲法」概念見解は、なによりも教授の『憲法学』の基本姿勢と密接不可 分の関係で結ばれているものである。
教授のいわゆる「実質的憲法論」の立場から、「憲法」も導かれるのである。憲法の本質につい
てつぎのごとく言う。⑥
「憲法の本質が、内容は立憲的、形式は成文、性質は硬性であることを、歴史的、思想的なパー
スペクティブをもって統一的に理解することから、学習のスタートを切るべき」である。また、「実質的憲法論」について曰く。
「私が本書で説くような実質的憲法論 (…)
の考え方には、批判的な見解も少なからずある。また、現代の政治哲学・道徳哲学の成果を汲み取り、実質的憲法論に新しい裏づけを与えることも必要で あると思う。しかし、学業半ばにして軍務に服し、戦後新しい憲法とともに歩んできた私のような 大正時代には、憲法の原点への熱い思いがある。…」
ここで、芦部教授の「統一的に理解」すべき憲法の本質は、立憲的成文硬性憲法にある。ここに、
出発点を見るのである。近代憲法の普遍性を前提とするごとくである。
また、教授の「実質的憲法論」とはこのような内容を有するという意味であろう。したがって、
例えば、R・アレクシーなどに見られる現代法・社会哲学的な「実質的基本権論」によるものなど を直接には意味していないようである。⑦
この教授の「近代憲法の普遍性」は、「憲法」概念についてのつぎのごとき言明にも、顕著に現 れている。
「憲法学の対象が『憲法』である以上、その意味を明らかにすることから出発しなければならな
いのは当然であるが、憲法の概念・種別を類型化してその相違を説くにとどまるものが多く、その 相互の関係を歴史的に明らかにしようとする試みは意外に少ない。しかしそれでは、憲法概念を論 ずる意味も半減するであろう。私は、近代憲法は一つの普遍的な政治思想に貫かれていると考え、一八世紀から現代にわたって多くの思想家や学者が分類した憲法の概念ないし種別をその原理との 関係で位置づけ、その意義を明らかにすることが、憲法学の出発点だという立場をとる。」⑧
「近代憲法」が「普遍性」を有するものであるかという問題は、ひとり「憲法学」における問題
のみに留まるものではなく、より広範な哲学、思想史上の一大問題である。⑨二一世紀への転換の 時代にここにわかにこれまでの伝統的法思考・理論が現実の諸問題の解決にそのままではとうて い適用できないという事態があらゆる場面で生じているように見受けられる。そこでは、伝統的知 識の認識ではなく、どのように対処すべきかという政策論が前面に出てきているのである。先が読 めない時代を迎えているのである。但し、かといって「近代憲法」の諸理論がここで直ちにそれが 一九世紀の特殊西欧社会にのみ通用した時代遅れの、歴史的遺物だとして、捨て去って良いという ことではないであろう。かような意味において、芦部教授の「近代憲法」の「普遍性」の主張は、それじしんは、貴重な 立場であり、特に個人の自由・平等が、永年にわたる人間の獲得に向けたる努力の成果、人間の英 知なのであって、たとえ、それが現代の開かれたる討議を前提とした競争社会であると言ってもこ れらをやすやすと捨て去って良いということにはにわかに賛同し難いものがある。弱者への配慮に 欠けるところがあってはなるまい。
けれども、他方においては「近代憲法」の諸々の法規範が今日の社会的現実に適切に有効性を維 持しているのかとなると、先にも触れたごとく決してそうとは言えないのであり、新たな政策的処 方箋を求めている所謂である。かかる事態をいかに把握すべきかは、一大研究テーマ足りうるもの であるし、少なくとも「近代憲法」以前の憲法史研究もまたそれを考えるための基礎作業であると 言ってよいであろう。
佐藤幸治教授は、
『憲法』
の第一版はしがきにおいて「本書を貫く基本的なトーンがあるとすれば、
それは筆者の…立憲主義へのアフェクションであろう。本書が、『裁判所と憲法訴訟』を独立の編 として、かなりの頁数をさいたのも、そのあらわれである」と述べられている。ここでの法の存在 理由は、「人間実存の多様性と無秩序を愛しみつつ、それに一定の秩序を付与し、『無秩序』と『秩 序』との間に均衡と適正な緊張関係を保持することにあるのではないか、新しい展望も交差光線に 照らさなければ間違ったものになる危険があ」るといった捉え方への共感に根ざすもののようであ る。そして、かかる「立憲主義へのアフェクション」はその後の、新版はしがきにおいて、「ます ます強くしている」。そして、第三版⑩はしがきでは「困難な時代環境の中にあって、立憲主義の 考え方をいかに維持実現して行くかという課題がますます微妙かつ重要になってきていることを痛 感し」つつ、
「立憲主義へのアフェクション」
に基づく「本書の基本的骨格は…少しも変っていない」
と言われる。
ここで、「立憲主義へのアフェクション」は、芦部教授に見られる「近代憲法の普遍性」とまで は行かないものの、さような原理の重要性を強調したものと見られ、かかる基本原理のもとで憲法 解釈論が展開されるのである。
我々は、本稿で「憲法」概念そのものを扱おうとするものではあるが、その際にも「近代憲法」
の位置づけに意を用いなくてはならないのである。
樋口陽一教授は近著『憲法Ⅰ』において、その歴史的制約性に言及されている。
まず、「国家」概念について言う。卯
「『国家』という言葉で普通にひとが想定するものも、
実は、それ自体、近代的なものである。『古 代都市国家』『中世国家』という言葉の使い方があることはたしかであるが、領域・人民・集権的 権力という三要素から成り立つとして説明される国家は、けっして、超歴史的な存在ではない。今 日、『国家』を表わすヨーロッパ語系の言葉Status(英)、Staat(独)、Etat(仏)は、 ラテン語
の
Status
を語源とするが 、この系統の諸国家の用法のうち最初に登場したのは、一六世紀イタリアの
Stato
であり、マキャヴェリの『君主論』の冒頭でこの言葉が使われた。慣用化するのは一六四八年ウェストファリア条約以降だとされる。」
「国家」概念じしん近代の産物だというのである。そして、この「近代憲法」が、まさにその構
造的危機に直面しているようである。鵜
「近代憲法・憲法学は、そのような国家によって権力が原則的に独占されている社会のありよう
を前提にして、成立してきた。」そして、「主権」も「人権」もその集権的国家と個人を前提としていたのである。
それに対して、「いま、国家の枠組の内側と外側とで、国家の権力と並存・競合する権力が、ひ とびとに強く意識されるようになってきている。」「いま、憲法・憲法学は、近代の枠組を基本的に 維持し、国家=政治権力と国民との間の関係を中心にすえながらも、一方では、国際法との接点に 次第に大きな関心を払い(たとえば人権の国際的保障)、他方では、社会的権力のあり方を多かれ 少なかれ問題にしなければならなくなっている(たとえば、権利論の領域で、憲法上の権利の私人 間効力による、社会的権力へのコントロールの問題であり、統治機構論の領域で、権力分立の担い 手としての社会的権力に対する期待、など)。…」
もちろん、樋口教授にあっても、
「立憲主義」は「何より権力に対する抑制のシンボルであるから、
デモクラシーの高揚期には、出番がな」く、また、「たとえば社会主義への期待が知的環境のなか で有力であるような」「学説・思想」のうえで「進歩」への「期待がそれへの懐疑より優勢である ような時期」にも、「表舞台にはあらわれてこない」のであり、教授の最初の著書を『近代立憲主 義と現代国家』と標題をつけたのは、一九六〇年代の知的環境の反映ではなくて、
「現代」
批判の「引
照基準」として「近代」を援用するという「異論提起」の意図があったと告白されている。窺 さて、「近代憲法」
を普遍的なものとしてみるか、時代制約的なものとしてみるか、いずれにしても、今日の通説的憲法書は、これを中心的な位置において展開していることにはさほどの違いは見られ ない。かのC・シュミットの『憲法理論』ですらその中心的な部分は、ヴァイマール共和国憲法の
「近代憲法」を分析・展開したものであるのだから。
では、そこで「憲法」概念はどのように説明されるのであろうか。それを具体的に見ていくこと にしたい。
2 「憲法」概念の多義性
多義性と言うとき、この日本語である「憲法」なる言葉の意味の多義性とこの語源とされるいく つかの欧語の用法の多義性ということがありうるが、一般には、この区別をしないで両者がリンク されて同様の問題として議論される。
「憲法」
の語義について、もっとも論理的に緻密な説明をしているのは、小嶋和司教授の『憲法概説』
であろう。丑
教授によれば、まことに多義的なこの「憲法」の語は、なかんずく、1「現在、法学の対象とさ れる
『憲法』
は、英仏語のconstitution (ドイツ語の Verfassung)
の訳語としてのそれであ」り、「複
数素材からする組成ということで、構造・構成・組織」と訳すべきもので、特に国家のそれにつき「constitution
の語じしん多義的にもちいられるため、その訳語としての『憲法』の語も、原語の 多義性を継承することとなった」として、まず、つぎの三つの用法を挙げる。ア「constitutionの 語義さながらに、国家または政府の構造・組織の秩序」を指す。「国家あるところ、憲法あり」という場合の「憲法」。「古代アテネの憲法」「古代ローマの憲法」というふうに用い、これを「本来 的意味の憲法」「実質的意味の憲法」と言う。イ、アの意味の「憲法」のうちとくに「立憲主義を 内容とするもの」を指す。「英国は憲法の母国である」という場合がこれであり、「立憲的意味の憲 法」と呼ぶ。ウ「国家構造・政府組織を規定する、ある種の制定法」の意。これはさらに次の三基 準によって判別されるが、いずれかの意味で「形式的意味の憲法」と呼ばれる。a制定法の「表題」
が「憲法」となっているもの。「日本国憲法」はこれである。b制定法の内容が、「本来的意味の憲 法」の概要を叙述するもの。「ドイツ連邦共和国基本法」はこれである。c制定法がもつ
「法的権威」
に着目するもの。第三共和制フランスの複数の憲法的法律がこれである。
2
「法以外のもの、
すなわち国家または政府の組織の実態・
事実的決定要因など」を指す。C ・
シュ ミット の「政治的統一体の形式および様式の総体決定」、W ・
バ ジョットの国政の実態のあり方、F ・
ラサールの「 事実的権力関係」のなかにこのような要因が認められるごとく、註引がある。憲法学の対象となる「憲法」は、うえの1、2およびその前提となるべき「国の基本法」である と言う。
以上のごとき小嶋教授の「憲法」語義の説明に関しては、次の点が注目されうる。まず第一に、
全体的に見て、実質的憲法、立憲的憲法、形式的憲法という三分法は今日ほとんどの教科書におい て採用されているお決まりのものである。
が、たとえば芦部教授のように近代立憲主義的憲法の普遍性という視点からのまとめ方は、小嶋 教授には見られない。
第二に、
「憲法」
を英仏語のconstitution、
ドイツ語のVerfassung
の訳語とすることも、芦部、佐藤、樋口の各教授の指摘することと事実の認識は違わない。
が、たとえば芦部教授によれば、確かに「ギリシャ、ローマの時代から中世の時代にも、今日の
constitution
に当たる言葉(constitutio,constitutiones)があ」ったが、その意味は必ずしも同じ ではなかったと言う。constitutioは、「本来は制定法 を意味する言葉で、二世紀以降用いられた複数形の
constitutiones
は主権者の制定した法規集の意であ」り、時代により国により、あるいは観点の相違により、種々の意味に用いられてきた。」碓
また、さきの樋口教授の「国家」じしんが近代的なものとすれば、「古代アテネの憲法」などと 言うような
「本来的意味の憲法」 「実質的意味の憲法」
というのは、余り大きな意味を成さなくなる。はたして、しかし、初宿教授の言うごとく「憲法より前に国家はなく、憲法を越えて国家はない」臼 とまで断言する「憲法」論で十分であるかはなお吟味しなくてはならないであろう。
第三に、学説は、一様に「憲法」が、constitution,Verfassungの訳語であると認 めているが、
ではこの両者の関係はどういうものであるのかについて、ほとんど言及がない。両者は全く同一語 と言うのであろうか。
芦部教授は「ドイツではこれ(constitution)を
Verfassung
と言いかえた」と述べるが、その 意味はどういうことなのか。芦部教授がこの訳語は「明治六年頃から使われ出したと言われている」と述べ、小嶋教授は「明 治七年の大久保利通日記、林正明訳『英国憲法』『合衆国憲法』、箕作麟祥訳『仏蘭西法律書
・
憲法』にこの訳語の先蹤がある」とし、また、他方で国会制定法のことを紹介して慶応四年刊の加藤弘之
『立憲政体略』がこれを「憲法」と呼んでいると言う。
しかし、ここでいったい「憲法」がどのような意味のものとして、訳語が当てられたのか、必ず しもはっきりしていないようにみえる。
佐藤幸治教授は次のように述べている。渦
「憲法」
の語は、「明治維新後、
英語の constitution(仏 語も同じ)の訳語として」「国家の基本にかかわる根本法」という意味で「新しく登場したもので ある(例、林正明訳・
合衆国憲法)。」ここでは、「国家の基本法」の意味で「憲法」の訳語が当てら れている。ところが、他方では
「徳川末期に constitution
に接して以来、それにあたる言葉として『国憲』、 『政
規』、『国制』、『政体』など様々のものが案出されたが(明治維新直後に公布された『政体書』はconstitution
に相当するもの)、明治一五年の頃より公定用語として『憲法』の語が使用されるようになり(伊藤博文を『憲法取調』べのため欧州に派遣するにあたっての勅語の中に、『憲法ニ就 キ其淵源ヲ兼ネ其沿革ヲ考ヘ其現行ノ実況ヲ視…」とある)、明治二二年に『大日本帝国憲法』が 公布されるに及んで、constitutionに相当するものとしての『憲法』の用語が決定的なものとなっ た」と言う。
ここでは、前半は「国家の基本法」という意味で
constitution
が念頭に置かれているが、後半 では「憲法典」の意としてのconstitution
の訳語が公定したということが述べられている。が、さらにはつぎのようにも述べられる。「constitutionはラテン語の
constitutio
に由来するが(constitutio
は、皇帝の制定法とか、後には教会の規則などを意味した)、当初は国家の法一般の 意味で用いられたようである。しかし、国家の全法秩序の中には、より基礎的な根本法(fundamental law)があるという観念がイギリスにおいて成立し、それとロックに代表される自由主義的な近代
自然法思想における社会契約の観念とが結合して、ここに国家の根本法としての近代的な憲法観念 が成立し、そのような姿においてconstitution
が徳川末期にわが国に入ってきたのである。」ここで述べられている
constitution
は、まさしく「近代憲法」に他ならない。こうなると徳川 末期にわが国に入ってきた「憲法」は、近代的、constitutionalな「憲法」という形容詞つきの、または形容詞化された内容物ということになるのではなかろうか。
第四に、うえのどの論者にあっても、小嶋教授の分類法の1のアの「実質的意味の憲法」と2の 実態・事実的決定としての「憲法」とを区別している。が、この点はそのように判然としているの だろうか。
樋口教授によれば、「ヨーロッパ語系での
Constitution
ないしVerfassung
は、その辞書的意義 である『構造』という語が示唆するように、もともと、基本的な統治制度の総体を、または、統治 制度の構造と作用について定めた法規範の総体を指しており、前者に対応する日本語としては『国制』が使われ、『憲法』というときは、後者すなわち法規範を指すのが普通の用法である。」「その ような文脈で『憲法』という言葉が使われるとき、『実質的意味の憲法』と呼ばれる。」嘘
が、「基本的な統治制度の総体」というのは、それじしん無秩序ではあり得ず、「制定」されたも のでなくとも一定の秩序に基づいて統治されている状態を言うのではなかろうか。この状態と「法 規範の総体」とは、どのようにして判別しうるのであろうか。「形式的憲法」との関連で「在る法」
から「創られる法」へという転換について自覚的に言及されているが、唄そうすると、教授の言わ れる「国制」は、およそ「国家あるところ憲法あり」という「実質的意味の憲法」ですらない、で は何なのであろうか。
この点は、佐藤教授においても同じことが言える。教授も「…実質憲法とは、…成文形式で存在 するか否かを問わず、およそ国家の構造
・
組織および作用の基本に関する規範一般を指す」として、「規範」に限定している。そして、
この意味で「およそ国家あるところすべてに存在する」という。欝 しかし、第五に、うえのconstitution、Verfassung
に含意されている「国制」或は「事実状態 としての憲法」について、たとえば佐藤教授のごとく、ラサールやシュミットを引きつつ、「これ らの所説は、政治的激動期において主張されたものであり、憲法が『政治』と深いかかわり合いを もつことを鋭く指摘したものといえる。しかしながら、憲法の本質をそのようなものとしてのみ捉 えることは、憲法が『政治』にのみつくされ、憲法学を『政治』の侍女たらしめる危険を内包して いる点は看過できない。日本語としての『憲法』は法規範のみを示唆し、constitutionを必ずしも 正確に表現しているとはいい難いが…安易に事実と混同することがあってはならない…」としてい るところは、蔚「憲法」
における規範と事実との関係に絡んで様々の問題を孕んでいるように見える。いまここで、深入りできないが、私見によると、Sollenといえども
Sein des Sollens
という実態・事実的決定要因は、実定法であるかぎり、つねに不可欠ではないだろうか。これが、はたして両者 分断可能な関係と断定して良いのだろうか。
「憲法」概念について、たいていの憲法書で、その冒頭で惰性的に扱われているにもかかわらず、
そのことが実に多くの問題を孕んでいるということに注意を喚起したいというのが、稿者の意図す るところである。上に述べたことは、その一部分に過ぎない。さらに節を改めて、そこに潜む問題 点を検討することにしよう。
3 「近代憲法」と人権保障規定の位置
芦部教授のごとく「近代憲法」の普遍性の立場からは、「憲法」にとり、「国家の構造・組織の基 本秩序」よりも、これを制約する「国民の自由を保障する政治秩序」がより重要であった。この点 がはっきりしないところに「一つの検討を要する問題がある」ことになる。鰻そして、これを「固 有の意味の憲法」と関連づけて次のように述べている。
「…統治機構という各国・各時代にほぼ普遍的に存在する特性が権利保障要素から分離され、実
質的憲法概念の中心に置かれることになった。それは、いかなる統治機構も
constitution
になる、という考え方である。したがって、権利保障を中心とする本来の
constitution
概念は、『すべての 国に憲法は存する』という場合の憲法(固有の意味の憲法)を中心とする普遍的概念の従たる地位0 0 0 0 0
としてしか認識されず、
『近代市民革命とともに特定の権利保障の意味で用いるのが慣例になった
0 0 0 0 0 0
』、
という趣旨で説明されるにすぎなくなった。それは、『すべての
0 0 0 0
国に憲法は存する。しかし、その うちのある国が立憲的(constitutional)である』、という憲法論にほかならない。そこに従来の憲 法概念の捉え方の大きな問題点があるように思われる。」姥
芦部教授は、このような憲法観を克服することが、第二次大戦後の憲法学に課された最大の課題 であるとして、本稿冒頭のごとき立憲的・成文・硬性憲法を
constitution
の本質として措定され たのである。この結論についてここで、取り立てて問題にするのではない。しかし、このなかに伏在する構成 上の疑問点として、「実質的意味の憲法」である「国家の構成・組織の基本秩序」をただちに「立 憲的意味の憲法」の二大構成要素である「権利保障の政治秩序」と「統治機構」のうちの後者、つ まり「組織法規範」と同一視、ないし結合して立論し、そのような意味での「実質的意味の憲法」
じしんを批判していることが挙げられ得よう。
立憲主義憲法のもとでは、それが憲法典に規定されるかどうかは別として、「権利保障」が確保 されるべきことは、まぎれもなく重要不可欠の「国家の構成
・
組織の基本秩序」でなくてはならず、これが、普遍的概念の従たる地位としてしか取り上げられないということではあるまい。
事実、かかる憲法学においては、樋口教授の言う「国民と国家権力の関係に関する規範」厩は、
いわゆる「基本的人権」論として憲法学の一大支柱を成しているのである。さらには、その現代国 家的変容として違憲審査制度が導入されることにより、いまや「いわゆる基本権または自由権の」
カタログは、その違憲審査制とともに憲法学の前面に登場しているのである。
4 「実質的意味の憲法」と<組織法・行態法>
実は、しかし、このような「実質的意味の憲法」たる「国家の構成・組織の基本法」と「立憲主 義的意味の憲法」上の「組織法規範」との結合論は、一人芦部教授にのみその責任を問うことは出 来ないように見られる学界の状況が存するごとくである。
たとえば、「憲法と憲法典」に関する一連の研究を遺された小嶋教授に次のような言明がある。
「憲法典が本来的規制事項とするのは『統治組織』のありかたであ」り、たとえば「国民の基本
的権利の保障」のごとき「統治作用の内容」はそうではない。浦ここで、教授が他方で「国家の構造・組織の基本秩序」を憲法典の本来的規制事項となすことか ら、「近代憲法」の二大要素のなかの「統治組織」のみがその「国家の構造・組織の基本秩序」に 該当するのだというふうに考えられていないだろうか。
ここで、さきの樋口教授の説明でもはや不要かもしれないが、さらに、稿者がしばしば思い起こ す、
G ・
イエリネクの「実質的意味の憲法」
の意と解せられる「国家の憲法」
の定義を引いておこう。それは、
「たいてい、
国家の最高機関を示し、それらの創設方式、それらの相互関係、それらの権限、さらにはその国家権力に対する個人の基本的地位を確定する法命題を含む」というものである。瓜 ここで、国民の権利保障に当たる「国家権力に対 する個人の基本的地位を確定する」法規範が(も ちろん、そこですべて法制度上の国民による請求権が認められていたということではなく、その意 味では組織法的側面が強かったことは当然であるが)確かな位置を占めているのである。
したがって、芦部教授に見られるごとく「近代憲法」上最重要な国民の自由・権利保障が含まれ ていないと言って
「実質的意味の憲法」
を非難することも、また、「実質的意味の憲法」
の立場から「近
代憲法」上の「統治組織」のみがその必須の要素であるとする見解も、何れも正当ではないという ことになろう。いくつかの憲法概念を分類の基準を正しく維持したうえで理解をすることの意味は ここにもあることを指摘しておきたい。但し、ここで、さらに次の点はとくに看過してはならないであろう。
第一に、「近代憲法」にとり、確かに「国民の権利保障」と「統治組織」とが二大構成要素であ るけれども、近代のヨーロッパでは、「立法権」が制定する「法律」が国民の一般意思を具現する ものとしてその両者を結合する役割を果たしていたのである。それ故に、この「国民の権利保障」
はなによりもまず「法律」によって定められるべきものとされた。そこでは、「憲法典」はそのた めの「統治組織」、なかんずく「立法手続」を定めることが要請されたのである。このことが「近 代立憲主義の合理形式」と考えられたのであった。
たとえば、C・シュミットによれば、「議会制立法国家の成文憲法は、原則的に、組織的・手続 法的規律に限定されねばならない。」というのは、ここで成文憲法が、唯一の実質的法創設者たる 立法者の先回りをし、この役を演ずることがあってはならないためであり、かつ、そのことがリベ ラルで、機能的なる制度の中立性に適合的なのである。閏
また、
H ・
ケルゼンを引きつつ、「組織規範」
を「狭義の憲法」、 「いわゆる基本権または自由権の目録」
を「広義の憲法」とする噂樋口教授も、次のように述べていた。
「近代立憲主義確立期における憲法の本質的任務は、法律の内容を指示することにあったのでは
なく、その定立の手続を定めて立法権を議会に留保するところにあったのであり、そのような手続 上の憲法的保障のもとで、そして、内容的には憲法による拘束から自由なものとして、議会によっ てつくられる法律が、権利保障のにない手としての役割をはたしたのであった。」「法律による人権 保障にかわって、法律を内容的に規律する硬性憲法による人権保障、実効性を確保するための装置 としての違憲審査制の問題が前面にあらわれてくるのは、学説のうえでも実定憲法のうえでも、近 代立憲主義の現代的変容期に入ってのことである。」云この種の引例には事欠かないのである。そして、芦部教授じしん、このことは十分に承知のとこ ろである。いわく、「ただフランスでは、『法は一般意思の表明である』(一七八九年人権宣言六条)
という思想が強かったので、憲法と立法権の作品である法律との質的区別(すなわち憲法の最高法 規性)が必ずしも徹底していなかったことが、アメリカの憲法思想と異なる大きな特色である。」運 また、そうであればこそ、芦部教授は、初めに述べたごとき、立憲的・成文・硬性憲法を、あえて
「近代憲法の特質」として、確立せんとされたのであろう。
第二に、「近代憲法」と直接関連させないで、「国家の組織法」が「憲法典」上、実定憲法解釈に 際して、より基本的なものであり、重要視されることがある。
小嶋教授によれば、まず一つは「憲法典の保障する集会・結社・表現等の諸自由や団体行動権の 行使」よりも「国家の存立」がヨリ基本的な価値とされる。雲
二つには、いわゆる「旧憲法下の法令の効力」の問題に関連して、「憲法典のあたらしい制定は 組織規範の改変にすぎないから、そのことが当然に従来の法令を無効化するものではない。」荏
「憲
法典が民法の世界の法的効力を基礎づけたり、法的権威づけをなすものではない」餌と述べられて いる。個別わが実定憲法の解釈論上の問題に対して、ある種の国家・憲法典の認識論的なはっきりした 言明が与えられていることには、驚嘆せざるを得ないものがある。
但し、それらが、どのような思考経緯を経てもたらされたものであるのかについては多くを明示 されているわけではないので、ただかかる言明が結果的に現実妥当的であることを認めるほかない。
しかし、後学の一研究者としては、それらを自らに課されたる課題として、その筋道を科学的に自 らの方法で辿っていくしかないのである。実は、このようなコンテクストに立って、究明を試みた のが、稿者のW・ブルクハルト研究及び<組織法・行態法>研究のねらいの一つでもあったわけで ある。叡それについてつぎに少しく確認しておくことにしたい。
公法学で、例えば行政法学上、行政組織法と行政作用法といった区別が一般に行われている。憲 法学でもうえの論述においてすでに見たごとく国家統治組織と国民の権利保障といった対置がなさ れる。ここでは、つまるところ国家・行政機関の権限を定める法と国民・国家間における国民の地 位を定め、権利を保障する法とがあるということを前提としている。このような法の区別は、もち ろん公法学においてのみ見られるのではなくて、私法においても用いられ、また法哲学上も研究の 対象とされてきたものである。社会が複雑に多様化するに連れてこれらの区別が一層複合的・多種 的になっていくのである。
公法学においては、従来とくにW・ブルクハルトの業績が顕著であるので、彼のものが念頭に置 かれて議論されているのである。
W・ブルクハルトは、これを<組織法・行態法>という対置で検討している。詳しい説明はここ では省くとして、本稿との関連で、なかんずく「組織法の行態法に対する先行性」を主張し、そし て「憲法」の語について「形式的意味の憲法」「近代立憲的意味の憲法」という用法もあるが、「以 下において、我々は」「国家組織を形成する諸規範」の意味で「憲法
・
憲法法の語を解する」となし、次のように述べているのが、注目される。営
一方では、「憲法典」は「国家の最高官庁の組織」を内容としても、「組織法」のすべてを網羅 することは不可能であり、下級行政官庁の組織は行政法へ委ねられる。最小限、立法者さえ組織さ れれば、「基本法により未完のままにされている国家組織を完全なものにするのは、…立法者の義 務である。」他方では、国家の基本法たる「憲法」に与えらるべき、権威と通用力(Die Autorit寒
t und die Geltungskraft)に 関与させ、立法者の裁量から遠ざけるために、「憲法典」中に、たとえ
ば、信教の自由、私有財産の保障…など、「組織法」以外の諸規定もくみ込まれることになった。「こ
のすべてのものが、そのとき、憲法と同様の通用性を享受する。しかし、それは、憲法の本来の対 象に…属しない。」こうした認識を、
「憲法」と「法律」の規制 ・
所管事項の憲法問題を意識して、言い換えると、「権
利命題(Rechtssatz)を立法者が定立する。憲法は、すべての行態規定(組織のそれとの対比に おいて)を立法者に委ねうる。」嬰「…憲法から、その性格をうばうことなしに、すべての非組織法
をとり去ることはできる。が、逆に、すべての組織法をそうすることはできない。〝憲法〟がもはや 国家の組織原則を含まぬとしたら、それはもはや憲法ではないであろうし、また、我々がそれに認 めてきた基本法の通用力を享受しないであろう」影という帰結になる。このようなW・ブルクハルトの所説を、どのように受けとめるべきであろうか。一般法理論とし てこれを普遍化しうるのか。かかる問いに対して、稿者はノーと解答した。ただ、「立憲理論」上 の一つの「持続的構造連関」(die bleibenden Strukturzusammenhaenge der Rechtsordnung)映と してなお有用であると考えたのである。
その理由をごく簡単に要約して述べておきたい。まず第一に、W・ブルクハルトじしんこの<組 織法・行態法>の区別は、私的自由が存する社会においてのみ意義を有し、完全に社会化された国 家においては、もはやその自由、つまり「権利命題」を法律で規定することの意義は失われると考 えているのである。すべての社会的活動が国家化されるなら、「一は組織規範、他は実質規範であ るような二種の異なる規範間をもはや区別しないであろう」曳と述べている。
第二に、<組織法・行態法>はともに「法規範」である以上究極的に、aはXをすべし、という ごとく、ある人間の行態を規律するものである。そのなかをさらに区別する基準はA・ロスも言う ごとく、厳格には普遍妥当的なものはなく、所与の法体制との関係で相対的なものである。栄 機関の権限規定も最終的には機関たる者の人間の行態を内容とするものであり、また市民の行為 や権利・自由の保障も決して生物学上の人間ではなく法的人格に対する規定であってこれも最終的 には人間の行態を内容とするものであり、それらの辿る法規範群の複合性に径庭が存するにすぎな い。永
第三に、けれども、W・ブルクハルトは、この<組織法・行態法>の区別を単に純理論的に認識 することを目的にするのではなく、先に見たごとくこの「組織法」を「憲法典」の所管事項となし、
行態法のなかの特に「権利命題」を立法者の所管としているのであり、かかる構成はまさしく「近
代立憲的意味の憲法」の内容そのものである。泳
「権利命題」は、「組織法」に比べれば、ヨリ直接に市民の権利・自由に係わる。相対的な区別で
はあってもそこに「近代憲法」は前者を国民の代表である立法者になる「法律」の排他的所管事項 となしたのである。第四に、このようにして、W・ブルクハルトの所説を「立憲理論の合理的形式」だと考えた場合 に、次に、それではこの所説からもたらされるそのほかの諸帰結と、小嶋教授の言明とはどのよう な関係になるのであろうか、ということである。これについては、さらに、次に改めて検討する。
小嶋教授は、前述したごとく、たとえば、「憲法典上の国民の権利保障」よりも「国家の存立」
がヨリ基本的な価値である、とされた。
実は、W・ブルクハルトにおいても、これに近似する発言が認められる。いわく、「…国家じし んをまもる規範は他のそれに優越すること。」ここで、平穏、秩序に関する規定と出版の自由に関 する規定が異なる価値序列を成していることが意味づけられている。そして、「国家が存しないな ら、他のものの擁護も無に帰するのであり、国家は権利の番人なのであるから。そして、このこと は、組織法が行態法に先行するという主張を確認することになるのである。」洩
結論的には、小嶋教授のものと同様である。が、W・ブルクハルトはこれを「組織法の行態法に 対する先行性」の確認として位置づけている。
もう一つ。
「旧憲法下の法令の効力」
について、小嶋教授は「憲法典」
が「組織規範の改変にすぎない」
から「民法の世界の法的効力を基礎づけたり、権威づけをなすものではない」としていた。
この点については、W・ブルクハルトに次のように述べるところがある。
「国家の組織は、実質法が改変しても、非常にしばしば変わらずに存続することがある。しかし、
憲法が変わるときには、つねに実質法も問題とされる。
実際には、これとは反対に、実質法がつねに変革されるわけではない。実質法はしばしば、これ がそのもとで成立したところの憲法よりも長く通用する。すなわち、憲法は改革し、実質法は変わ らずに存続するのである。このことは、フランスの民法や行政法のことを考えてみさえすればわか るのである。しかし、実質法が、新しい憲法に抵触するときは、さらに継続して通用する法名義を 有しない。」瑛
ここで、「実際には」以下の箇所は、小嶋教授の結論と違いはない。が、その前の箇所は、W・
ブルクハルトの、実質法の通用には、その前提として憲法が必要である、という彼の「組織法の行 態法に対する先行性」の立場の帰結であるから、「実際には」以降の説明は、<憲法典・法律>間 における、いわば「現実機能的な実定的規制・所管関係」を述べたものと解しうる。
もし、このように理解することが出来るとするならば、ひるがえって、小嶋教授が「国家の存立」
を語り、「国家の構造・組織の基本秩序」を憲法典の本来的規制事項であると言われる、その議論 のレヴェルも、「国家学」的な認識としてではなく、実定憲法論上の説明として、そのような言い
方が現実妥当的でかつ説得力があるはずだという、ある種の修辞学的性格を持つものではないかと いう推測が働く。
しかも、<憲法典・法律>に係わる諸問題において、「国家」、「憲法」が用いられる場合、それ は決して古代ローマや中世の国家のことではなくて、やはり「近代立憲主義国家」の憲法史の展開 を視野においてのものと見て良いのではなかろうか。
うえのごとき、いくつかの憲法問題を考えてきて、稿者がかねて「立憲理論」に通ずるいわば「持 続的構造連関」と称してきたものは、大略以上のような思考経緯を経たものであった。盈
したがって、国民の権利・自由の規定、それ故に「権利命題」の定めは、「憲法典」の優位・制 限を受けつつ基本的には「法律」の所管と考えるべきであるし、旧憲法時代の国民の権利義務を定 めた法律は、たとえ新憲法におけるヨリ民主的な立法手続によって制定されたものでなくとも、そ の法内容が抵触しないかぎり新憲法典のもと、経過措置の法理のもと、見直すまでの間はなお有効 と考えうるものである。これが「立憲国家」の進展に適合する現実機能的な解釈・合理的形式だと 言いうるのである(「憲法」は「組織法」なのだという言い方も、このレヴェルでも現実機能的な 実定法論的表現ということになるだろう。
「行態法」
を含み得ないとは断言できない穎)。
ここでの「国
家」はこうした憲法問題を考えるための一つの前提ないしフレームであると言ってよいものではあ るまいか。頴5 残された問題-結びにかえて
このような問題関心こそ、本稿において、ではさらに広く「憲法」概念(史)の議論が、こうし たいきさつに対していかに、またどのように関連づけられ得るものかという方向へ稿者をして向か わしめるもとになった事柄である。
無論、本稿で論じ足りない問題も多く残されている。その一つには、「実質的憲法」と「国制」
との関連がある。この両者は同時存在的なものか、或いは二者択一的な方法論的なものに帰するの かというようなことである。また、さらには「近代憲法」が主としては権限抑制的な原理であるの に対して、ではその抑制原理を成り立たしめている権力形成的な「国家」の基本秩序というものは、
「憲法」概念論上どのように位置づけられ得るものなのかというような問題が残されている。これ
らについては、別稿において「憲法」概念成立史の検討を通じて考察を続けることにしたい。英注
①簡単には、堀内『憲法(改訂新版)』(信山社、2000年)29頁。Vgl. E. und G. Kuechenhoff, Allgemeine
Staatslehre 4. Aufl. 1960.
かかる「国家」概念の問題については、以前故小 嶋和司教授の「国法学」講義で学ぶ機会があった。この講義ノートを稿者が預かってはいるものの残念ながら今ではこのまま公表し得
る状態にはない。
②平成
13
年度の日本公法学会は「国家のゆらぎ」を統一テーマに掲げて報告が行われた。国際化、情報化そ して地域主義・地方分権等などの近代主権国家がさまざまの方向から挑戦を受けていることを共通理解と してのものである。が、それによっても「国家」、「憲法」といったものが研究される意義を決して低める ことになるものではないであろう。③とりあえず、Carl Schmitt, Verfassungslehre, 1928尾吹善人訳『憲法理論』(創文社、1972年)参照。
④その様子について、菅野喜八郎『論争憲法-法哲学』(木鐸社、1994年)の
193
頁以下の「C・シュミットの憲法概念について」の箇所を参照されたい。なお、最近の研究論稿としては、
樺島博志「法における決定と秩序」(上)、
(中)、 (下)自治研究 75
巻6、8、11号(1999年)などがある。⑤
「憲法」概念に関する文献
として一般の教科書のほか、堀内『立憲理論の主要問題』(多賀出版、1987 年)314
頁 引 用の も の を参 照。さ ら に、近 年の も の と し て、Heinz Mohnhaupt und Dieter Grimm,Verfassung-Zur Geschichte des Begriffs von der Antike bis zur Gegenwart 1995, H. Vorlaender, Die Verfassung 1999, Peter Unruh, Der Verfassungsbegriff des Grundgesetzes 2002, Creifelds Rechtswoerterbuch 16. Aufl. 2001"Verfassung"
などがある。このうち、第一者については後で別の所で詳 しく検討する。第三者でペーター・ウンルーは、基本法の憲法概念がアメリカ、フランス革命にまで遡る 人間の自律の一般的観念、自己決定、自由、平等から由来するものとなす。憲法概念の要素として憲法の 妥当根拠、妥当様式、形式に関する構造要素と具体的内容的確立を含む実質的概念要素とを挙げるが、憲 法理論的及び方法論的問題と並んで、とりわけその憲法概念の歴史がこの巻の前面に立っている。最後者のクライフェルツ法学辞典では、憲法の「国家の基本秩序」という実質的概念と近代的憲法及び 成文憲法という本稿でとくに自覚的に展開する枠組みが明示的に用いられているのである。
⑥芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』(有斐閣、1992年)はしがきⅰ-ⅲ頁。
⑦このR・アレクシーの「実質的基本権論」については、堀内訳「R・アレクシー
『理性法体系の観念と構
造』」弘前大学『人文社会論叢社会科学篇』創刊号(1999年)65頁以下、堀内「人権の法理論的分析」『公 法の思想と制度』(信山社・
菅野喜八郎教授古稀記念論集、1999年)3頁以下、堀内訳「R・
アレクシー『法 実証主義批判』」『人文社会論叢社会科学篇』(1999年)3号13
頁以下など。⑧芦部・前掲書1頁。ちなみに、菅野教授によれば、憲法制定権力論との関連でではあるが、C・シュミッ トの立場がいわば絶対民主主義的自然法論であるに対して、芦部教授のそれは個人主義的自然法論である との評価を下しているが(菅野
・
前掲書第7章「憲法制定権力論と根本規範論」の226 -8頁など)、
これは、本文における上の芦部教授じしんの言明からも裏づけられうるように見える。
⑨この点で、ハンス・ブルーメンベルク著斎藤義彦訳『近代の正当性Ⅰ』(法政大学出版局、1998年)は有益 であろうが、法学研究者にとってはかなり難解である。
⑩佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院、1995年)はしがき。
卯樋口陽一『憲法Ⅰ』(青林書院、1998年)9-
10
頁。鵜「…近代立憲主義は、…『人類普遍の原理』として自己規定してきた。同時にまた、しかし、それに対しては、
特定段階の西欧近代社会が産み出した特定の歴史的産物にすぎないという面を強調した批判も、さまざま のかたちをとって主張されてきた。これまで、それに対するいちばん大がかりな挑戦が、単なる思想や実 践的主張の域をこえて、実定法という形態をとったのは、ソヴィエト社会主義(1917
- 91
年)とナチス体 制(1933- 45
年)であった。第二次大戦の終結(1945年)、ついで冷戦の終 結(1989- 91
年)によって、これらの挑戦は壮大な失敗に終わったが、その反面、『 南』から『北』にむけて第三世界の側から、文化の 相対性の主張のかたちをとって近代立憲主義批判がむけられ、
『西』 = 『北』
の内側でも、『近代』
の問い直し、ないし『ポストモダン』の潮流が表面化してきている(…)」(前掲書
18
頁)。窺前掲書
22
頁。丑小嶋和司『憲法概説』(良書普及会、1987年)1頁以下。
碓芦部・前掲書2、10頁。
臼初宿正典
「政治的統合としての憲法」
佐藤・
初宿・
大石編『憲法五十年の展望Ⅰ』 (有斐閣、 1998
年)所収58
頁。渦佐藤・前掲書3頁。
嘘樋口・前掲書
13
頁。唄前掲書
19
頁。欝佐藤・前掲書
15 -6頁。
蔚前掲書
16 -7頁。これは、別の箇所で詳述するが、ラサールの「事実的権力関係」論は、カールシュミッ
トのそれとは異なり、政治的安定期のこの関係とその後の新たな制定憲法との関係を年頭にして説かれた ものであった。鰻芦部・前掲書
10
頁。宮沢俊義『憲法(改訂五版)』(有斐閣、1973年)を引用して批判している。姥芦部・前掲書
19
頁。厩樋口・前掲書
13
頁。浦小嶋『憲法概観〔新版〕』(有斐閣、1975年)11
- 12
頁。瓜
G.Jellinek,Allgemeine Staatslehre 3.Aufl.1960 S.505.
閏
C.Schmitt,Legalit
寒t und Legitimit
寒t 2.Aufl.1968 S.29.
噂樋口・前掲書
13
頁。云樋口『近代立憲主義と現代国家』(勁草書房、1973年)176頁。
運芦部・前掲書
38
頁。小嶋教授にも、「…立憲主義憲法典は立法手続をその不可欠の規制事項と」すると述 べるところがある(「憲法と憲法典」『憲法の争点』ジュリスト増刊(有斐閣、1978年)7頁)。雲小嶋「法源としての憲法典の価値についてー憲法解釈の基本問題を機縁としてー」田中二郎先生古稀記念
『公法の理論下Ⅰ』(有斐閣、 1977
年)1470頁(『小嶋和司憲法論集三憲法解釈の諸問題』(木鐸社、1989
年)所収
504
頁)。荏小嶋・憲法概観〔新版〕前掲書
42 - 43
頁。餌小嶋註雲引用文献
1470 -1頁(『憲法論集三』512
頁)。叡直接には、堀内『立憲理論の主要問題』(多賀出版、
1987
年)の第三編第二章「公法学上の『組織法(規範)』に関する基本的考察」139頁以下や第四編第一章「憲法と法律・命令論-栄典法制をめぐって-」241頁以 下などを参照願いたい。
営
Walther Burckhardt, Einf
翰hrung in die Rechtswissenschaft 2. Aufl. 1948 (1. Aufl. 1939) S. 145 - S. 147.
嬰
W. Burckhardt, Die Organisation der Rechtsgemeinschaft 2. Aufl. 1944(1. Aufl. 1927) S. 203.
影
W. Burckhardt, Einf
翰hrung, S. 147.
映
W. Burckhardt, Die Organisation S. 11.
曳
W. Burckhardt, Methode und System des Rechtes 1936 S. 162f.
栄
Alf Ross,Theorie der Rechtsquellen 1929 S. 350.
永この点については、H. Kelsen, Allgemeine Staatslehre S. 63.H・ケルゼンの
Rechtssatz
の<帰属>ない し<転属>の変遷について新正幸『純粋法学と憲法理論』(勁草書房、1992
年)が詳しい(特に46、 66
頁)。堀内・立憲理論の主要問題前掲書
172 -4頁も参照。
泳このような視点に立って、稿者は、従来「憲法における形式法と実体法」という場合の「形式法」は「立 法手続法」を指示するものであったのに対して、所管事項のほうからは「組織法」こそが「実質的憲法」
ということになると述べたのである(堀内『続・立憲理論の主要問題』(信山社、1997年)第一編第一章
22
頁)。洩
W.Burckhardt,Methode S.168 Anm.62.
瑛
a.a.O.S.135.
盈この言葉は、随所で用いているが、たとえば、堀内・続・立憲理論の主要問題前掲書の第二編第三章第六 節
261
頁以下など。穎堀内・立憲理論の主要問題前掲書第三編第二章
197
頁。頴この「国家」を用いることの、討議理論の視点からの意味については、堀内「公法学方法論
・
その後」(未刊)で扱う。また、憲法典に優位する不文法源たる「国家」の承認に対して、
「実体法」と「手続法」との「架橋」
の論理として一定の評価を与えながら、しかし、そのイデオロギー性を指摘するものとして、山崎友也「憲 法の最高法規性」(二・完)-「実体法」と「手続法」の狭間で-」北大法学論集
50
巻3号(1999年)594 頁以下も参照のこと。英本稿のように伝統的憲法学がことさらに「実質的憲法」などに目を向けてきたことに対しては、個人の「人
格的自律」に基点を置く憲法論から次のような批判が浴びせられている。
「『憲法は国家の根本法である』とは、憲法のほとんどの教科書・概説書等で見られる定義である。…こ
うした定義や捉え方は、それ自体としては、もちろん決して誤りではない。しかし、憲法は国家法である と性格規定されるとき、ともすると、憲法は国民の日常的生活とは何か次元を異にする法であるとの印象 を生みがちである」(佐藤幸治『憲法とその“物語”性』(有斐閣、2003年)77頁)。
「戦後日本の憲法学が議論の出発点として 『個人』を想定しながら、
実際には、出来上がった国家を前提に、その国家からの人権保障に関心を集中させ、どのようにして社会秩序の形成ないし具体的な国家意思形成 を不断に図っていくかという問題への取組みに不十分ないし不徹底のところがあった…」(31頁)。
「今話題の脳死や臓器移植の一例を取り出してみても、憲法と決して無関係ではない。憲法は、われわれ
の日常的な”生”と”死”の問題とも深くかかわっている。今われわれに求められているのは、こうした 憲法と日常の具体的生活との深いかかわり合いを自覚せしめる”物語”(narrative)を構築し、”善き社会”の形成に向けて努力するための道筋をを提供する基盤とすることではないか、と痛切に思う」(11頁)。
国家を所与のものとしてそこから憲法論を始めるのではなく、国家を形成する国民個人、人間の具体的 日常生活と関連づけて考察すべきであるとの指摘は、かかる側面が従来の憲法学において必ずしも充分に 自覚されてこなかったことに鑑み、まさに正鵠を得た批判であるといわなくてはなるまい。
稿者のそのような視点からの考察としては、未刊であるが堀内「公法学方法論・その後」前掲があり、
そこでは「討議理論」との関連で伝統学説を再点検しようとする際に、「国家」を固定的にではなく動態的 に理解すべきことを不十分ではあるが指摘している。今後さらにうえの佐藤教授の伝統学説批判を真剣に 考えてみなくてはならない。
が、本稿はそのような国家と個人の関連という重要な課題を負いながらも、国家の基本秩序を「実質的 憲法」と捉えたうえで展開される「憲法」概念をめぐる従来の代表的学説のなかにも、まだ論じ尽くされず、
整理されなくてはならない問題も残されているということを明らかにせんとするものである。