平凡社「人口大事典」
その他のタイトル Population Encyclopegia, edited by Prof.
Ryozaburo Minami, 1957
著者 市原 亮平
雑誌名 關西大學經済論集
巻 7
号 8
ページ 801‑806
発行年 1958‑04‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/15640
801
︵市 原︶
七五
ての
A人口学>を集成しているわけであるから︑各界の学究を ﹁人口過剰と家族計画﹂なるテーマで開かれた第五回国際家族きい︒もちろんこの事典がもつている内容は区々たる専門分科 朝野からおきて︑人口談義に事欠くということはありえない︒て斯界の末席をけがすものが稗益されるところは想像以上に大 学界を中心にK
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人口問題は依然として世界最大の社会問題の︱つである︒ニ
十世紀の半ばにいたって︑欧米諸国の人口問題にたいする理論.
的関心はますますたかまり︑とくに一九五三年頃からイギリス
グラースらの手によって︑マルサス復興の歴然たる兆をみせて
いる︒日本にあっても︑定員過剰の嘆きや家族計画運動の声は
計画会議の主催国日本は︑欧米を凌いで人口問題の理論的討究
を緊急のものにしている︒ところが奇異にも日本ほど人口問題
の理論的関心が乏しい国もすくないといえよう︒アメリカでは
全大学のうち人口問題に関する講座をもつものが四00講座を
平凡社﹁人口大事典﹂
平 凡 社
﹁ 人 口 大 事
はるかに凌いでいるというのに︑日本では﹁人口論﹂関係の講
座を定期にもつ大学は十指にもたっしていないだろう︒このよ
うに︑それがもっとも需要される国においてもっとも乏しいと
いう情況のなかで︑日本人口学界の先導︑南亮三郎博士を編集
委員長として︑世界で最初の﹁人口大事典﹂がおくりだされた
ことは︑まことに画期的なことで︑わたくしたち人口学徒とし
に局限されてはいず︑ひろく歴史︑地理︑統計・推計学︑経済
学︑社会学︑生物学の各領域にまたがりひとつの総合科学とし
需すだろうし︑それ以上に行政庁や国・県会議員の政策立案や
典 ﹂
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原
‑11・
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たづね︑現実の政策的課題にこたえるという実践的意図︑つま ︵いわんやこのような企 なれにしか考察されなかった人口および人口問題を経済学︑統
医学︑政策学にまたがる﹁家族計画﹂︑経済学︑政策学にまたが 学︑医学︑集団遺伝学のジャンルにまたがる﹁人口の生物学﹂︑ の論理をこの事典からひき出さんとする実践家にたいし︑生物 ため︑かなめ石をすえつけること﹂は成功しており︑とくに日常 物学 平凡社﹁人口大事典﹂
とで
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この事典は総項目が十二にわかれている︒ーI︑人口及び人
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︑人口学説史皿︑人口理論
世界の人口
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︑人口と経済x︑家族計画 珊︑人口と社会
X I ︑海外移住
りこむ点にあったのではあるまいか︒ W︑人口統計
双︑人口の生
苅︑人口政策︒この十二
章の各章にわたつて中項目︑小項目が編まれ︑いままで離れば
計学︑社会学︑生物学の四領域にひきし匠つて現にすすめられて
きた研究成果︑またすすめられねばならないと思われる研究課
題を体系化しようと試みられている︒おそらく編集委員や編集
顧問のもっとも苦心の存したのは︑
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という・学問領域が明確でなく︑方法論もなお多岐であ A
人 口
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り︑学説史的にも依然未定着のこの総合科学を︑雑然とした雑
炊学としてではなく一個の体系だった統一科学として事典に盛
画は日本で最初のものであるばかりでなく︑世界においてもそ
の前例をみないものである︶︒あくまでも人口問題の対症療法を れる︒この苦行はみごとに実つて︑編者の意図ー﹁関係諸学者の協力をえて︑ともあれ︱つの総合科学の建設のための敷地をかる﹁海外移住﹂﹁人口政策﹂の諸章はそれぞれ好材料をさしだ
してくれるだろう︒編集委員長の﹁この大事典がもし欠陥をも
つとすれば︑過去何世紀ものながいあいだ世界の諸学者が個々
の学問領城からたがいに相争い相対立してきた人口研究の諸成
果を一つの科学目標にてらしてまとめあげようとしたわれわれ
の未熟の結果﹂が出ていないか︑との惧れも︑南博士の人口学
︒フランのもとに秩序づけられ︑相争い相対立する理論や執筆者
もあたたかく包容されて︑杞憂に帰しているのは心うれしく感
ぜられる︒ただしこのような大事典が︑異説や異論を一個同一 口問題
> ︑
論︶も見失うまいとする.編集者の難行苦行はさこそと察せら 一科学たらしめる巨視的論理︵人口法則をとらえるための原理 はもちろん世界の人口学界の現段階をひきすえA人口学>を統 産児制限や新生活運動家の実践に好指針を提供して欣ばれるこ
︵市
原︶
り日常の論理を核心に据えながら︑一方いま述べたように日本 七
六
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平凡社﹁人口大事典﹂
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原︶
ことはわずかにゆるされるであろう︒
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七七
一世紀前のこの著作は実質において人口それ自体 の人口辞典のために︑この事典について望蜀の批評をくわえる紀前のスウィス学者によって成されていた︵ペルヌーイ︶︒し この事典を先駆として︑やがてひきつづき生れるであろう後続想わしめる包括的な題名を冠した独立の人口論著は早くも一世 実な反映としての誇りさえ感得できるのではあるまいか︒ただ に呑みこんだまま江湖にゆだねられるのは︑呉越同舟の謗りをまぬがれないとし︑読者にたいする不親切ではないか︑との疑問も当然生まれてくるだろう︒じじつ︑経済学辞典のように日異論や争説のある項目は異った立場の執筆者にそれぞれ書いてもらうとか︑イデオロギー上の統一をはかつて呉越同舟の弊を人口学>というような自然科学と社会科学と両域にまたがる一個の統一科学じたいが成り立ちうるかどうかという根本のところでさえ異論があるうえに︑学説史にみて基準が不確定で方法論も渾沌としている現状で︑︒ハイオニア・ワークとしてこの事典が出されることを思うとき︑異説や争論の不統一や不整合をそのままひとまづ神々の闘いにゆだねてこのようなかたちで国連の人口辞典とならぷ大著として刊行されたことにむしろ日本と世界学界の学問的現実の矛盾︵論理の矛盾ではなくて︶の忠る︒かかる要請は夙に半世紀前の二︑三のドイツ学者によって やがて吾々をして一の包括的な取扱いと︑何れの単独科学にも まづA人口学►
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eについて︒この事典の人
などの各章がほ匠編集委員長南博士の人口学プランに則つて構
成されていることは疑いをいれない︒すでに南博士は過去二十
理論の研究は本来経済学の領域内に属するものでありながら︑
この領域内に限定されず︑経済学的︑社会学的︑および生物学
をとつている︒すなわち︑博士は﹁人口原理の研究﹂ 的な三つの研究領域が必要で三者は切り離せないとされる立場
︵一
九四
三︶
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つぎのように雄渾な人口学プランを提示してお
られるのである︒ー﹁⁝⁝個別科学的人口理論のこの限界は︑
瞬躇せしめられざる一個独立の科学領域の開拓とを要請せしめ
発せられた︵リューメリン︑ワグナー︶︒又このような意図を まぬがれるとか︑されている︒しかしさきにも述べたように^ 余年にわたる人口論研究とマルサスヘの造詣をつうじて︑人口 本でもすでに数多く出されてきているものについては︑重要な 口原理論とも称しうぺき重要部分ー大項目でいうと
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や方法にたいしいちぢるしく開放的であり︑端的にいうと人口 義にたいし︵﹁人口理論の展開﹂︶︑南教授の所論は他の分科
いまわたくしは禁欲ーー対象と方法の再吟味がA人口学>建 ると脂肪ぷとりの弊があらわれている︒ つ ︑ で
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平凡社﹁人口大事典﹂
の秩序を研究せる人口統計学たるに止まったのであり︑また半
世紀前の包括的人口論への要請は若干の著作家を剌戟したとは
いえフィルクス︑モスト︑これ亦題名の伝えるごとき内容を盛
物学的見地が逸脱している︒今や︑少くとも前掲三つの科学領
域に跨がった一新分野で︑しかも統計学的方法をも摂取して︑
切り開かれねばならぬ時である︒この意味における一新分野の
開拓の上に建設せらるぺき科学に対して︑吾々ははじめて﹁人
ロ学
﹂ Be vo lk er un gs wi ss en sc ha ft
の名称を与えてよいであろ
う︒﹂と︒寺尾琢磨教授のように人口理論は経済学的でなけれ
ばならず︑それ以外の人口理論は﹁適当でない﹂とする禁欲主
学界におけるウェーバー主義とも目せられうる︒多層的な人口
要因にたいしそれぞれを同格の原理から機械的交互作用におい
てみようという︑このような人口論の方法や対象に分ける多欲
・多元的な無政府性ー—これをわたくしはいまウェーバー主義 めているものにほかならない︒しかし︑プラトン︑アリストテレスからマッケンロートにいたる古今の﹁人口学説﹂が生殖本能や人工受精︑受胎調節の方法にいたる﹁人口の生物学﹂と同居せしめられているのをみるとき︑これ仕ど健唆でこれほど多欲でこれほど脂肪ぷとりなA人口学>がはたして統一科学として成り立ち得るのかどうか、むしろ禁欲|—対象と方法の社会科学的な再吟味こそA人口学>が成立し得るかどうかの与件
との素朴な疑問を深くするのである︒じじ
﹁人口学の全容を提示しようとする﹂あまりにも網羅的な
編別構成のため︑第八章﹁人口と社会﹂︑第十二章﹁人口政
︑ ︑
策﹂の項では︑二︑三の中項目執筆者が低とんど人口大事典の
枠外に出ていたずらに我学に杖を引いたという感じの︑極言す ムベルトによって成就された︒しかしそこでは何よりも先づ生 系は︑部分的に社会学的見地を採り入れたる形で︑︒ハウル・モロ学全容の構成部分たらしめるという本事典の意図を成功せし り得たものではなかった︒経済学的見地よりする人口論の一体
︵市
原︶
討したことがあるのでここでは措いておく︒この多欲なウェー
バー主義こそがとりもなおさず南教授の︑経済︑社会︑文化︑
地理︑統計︑生物諸分野・各界の研究を一堂に会せしめて︑人 といったのであるーーにたいしては︑わたくしは別の機会に検
七八
平凡社﹁人口大事典﹂
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原︶
建者たちでさえ﹃人間それ自身の生産︑すなわち種族の繁殖﹄
七九
立を賭けた与件でもあり︑またこの事典が人口学体系を網羅的 再生産である﹂という文章を引かれ︑﹁唯物史観のこれらの創 設の試図にとつて不可欠でなかろうかといったのであるが︑こト・マルクスなる方法的視角で︑別して史観の基底にまでさがつ政府がさいきん極力産児制限を指導したりしているが︑これらのあたらしい現象がマルクス主義とマルサスないし新マルサス主義とのイデオロギー上における平和的共存をしめすものではありえないことはいうまでもないとおもうが︑この事典から政策論の底にあるマルクスとマルサス論︵日常の論理をさ4
える
底にあるもの│ーをつきつめようとすると︑人口史観と唯物史
教授も皿︑人口理論の総括で﹁人口理論の体系化と人口史観へ
の構想﹂と題され︑Aドイツ・イデオロギー>の周知のテーゼ
﹁歴史における究極の決定的要素は︑直接的な生の生産および ん︑後者の側に立つて創造的活動にとり組む人々にとつても︑ 観の史観的対立という基礎にたどりつかなければならない︒南 ス論ー~脱イデオロギー化してきている家族計画や産制問題の式や生産関係概念から追放することによって唯物史観における 原理論︶をきくことはできない︒そしてこのマルクスとマルサ
1
エンゲルスのいう﹁生殖による他人の生活の生産﹂を生産様1 なっているのであり︑さらにスターリンにおいては︑マルクス 上肇博士と櫛田民蔵氏の唯物史観解釈をめぐる対立にまでつら まきおこした唯物史観における人口の地位をめぐる繋争は︑河 ころでエンゲルスによるマルクスの﹁遺言執行﹂がはしなくも 導者の向後の学問的努力を切に期待するよりほかあるまい︒と 中国が家族計画にたいし好意的態度をとったり︑とりわけ中国性急であってはならないし︑南教授をはじめ日本人口学界の指 て反省をくわえることの必要性ということになる︒ソヴエトやの構想努力﹂に将来の課題を集約されておられる︒われわれは 的には総合的な統一科学への開拓努力︑歴史的には人口史観へ のことを別のかたちで述べると︑やはりマルサス・アゲインス件の一っとして逸し去ることはできなかった﹂と述べ︑ さらにいいかえれば人口の増加を︑あらゆる人間歴史の基本条
人口解釈を図式化してしまうという頴末におよんでいる︒本事
典に盛り切れていないこの人口史観と唯物史観の問題は︑前者
の側に立つて人口学の大成を所期する人々にとつてはもちも
将来的課題というべくあまりにも現在的課題であることがわか
るであろう︒このもっとも基底にある問題こそ八人口学>の成
﹁理
論
たが
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これらは再版のときにでも直してくれると有難い︒
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八頁︑付録八八頁︑総索引四四頁︑定価‑50判︑本文八
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円︑三二年七月平凡社刊 0 したい︒ただ全体にわたつて誤槙が相当目につくのが気になっ 平凡社﹁人口大事典﹂
に盛りこもうと意図されながらも人口﹁学﹂事典ではありえな
くて︑あくまでも人口事典でありえた反省にもつらなることで
あろう︒しかし以上の勝手な要求は︑あくまでもパイオニア・
ワークたるこの事典にたいする過当な要請に祖かならない︒
細微な各項目について︑いろいろ意見がましいものをもたな
いわけではないが︑別の機会にゆずりたい︒さいごに付録の主
要統計表や主要参考文献およびその解説や人口地図は編集者の
画龍点晴の努力をものがたるものであって感謝の気持をあらわ
︵市 原︶
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