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わが国の公企業における独立採算制の一考察 : 国 有鉄道の場合

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わが国の公企業における独立採算制の一考察 : 国 有鉄道の場合

その他のタイトル An Inquiry on The Business Accountability of Public Enterprises in Japan

著者 寺尾 晃洋

雑誌名 關西大學商學論集

巻 2

号 6

ページ 542‑570

発行年 1958‑02‑28

URL http://hdl.handle.net/10112/00021815

(2)

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一大社会にとっては大に有用ではあるが︑その性質上そ 私企業の場合一般に企業形態の変化は資本調達との関連において展開してきたものであり︑その理由は資本の量

が競争を媒介に企業の優劣を決定するからであると理解されている︒しかし公企業の形態変化︑

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eb ﹂より﹁公共企業体

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問題は︑組織なり管理の問題が基本的であると考えられがちである︒しかし後述の如く︑寧ろ資本が問題とされた

が故に或る種の事業を国家の手でひきうけざるをえなかったのであって︑このことは資本の問題が公企業の湯合に

おいても基底的な問題であることをものがたっているのであり︑本稿はかかる視角から独立採算制をとりあげんと

するものである︒

さてアダム・スミスは国家資本の役割について﹁元首又は国家の第三にして最後の任務は︑公共施設

の利澗が個人又は少数の個人に対してその経費を償ふに足らないため︑個人又は少数の個人がそれを作り又は維持

わが国の公企業における独立採算制の わが国の公企業における独立採算制の一考察

ー国有鉄道の湯合ー~

︵ 寺 尾 ︶

尾 晃

一 考 察

つまり﹁行政企業

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における

(3)

するとは考へることのできないものを︑作り且つ維持することである﹂とのぺ︑

展な段階では︑長い労働期間・したがって長時間にわたる大きな資本投下・を必要とする企業は︑殊にそれが大規

模でのみ遂行されうる場合には︑資本制的にはまったく経営されないことがある│ーたとえば︑共同体または国

② 

家の費用で︵昔は︑労働力を問題とするかぎり大抵は強制労働によって︶営まれる道路や運河など﹂とのべている

所で示されているように︑資本蓄積が小でしたがって有機的構成の低い産業部門が支配的な︑本源的蓄積から産業

資本の支配にいたる段階では︑国家資本は平均利澗の法則の支配外にあって︑資本のために巨大な事業や有機的構

成の高い事業をひきうけて︑社会的コストを引下げ︑結果的に平均利澗率の維持ないしその低下を阻止するという

消極的役割をひきうけている︒従ってこうした段階では云うまでもなく公企業の独立採算化

11

独立化は不可能であ

るばかりでなく︑国家財政依存に逆にこの段階の公企業の本質が認められるのである︒

ところが資本の集積・集中の発展は一般に独占の形成︑独占価格の設定に導くが︑これによって公企業の合理化

要請に応じて公企業に資本家的合理性をもちこむ唯一の手段たる独立採算化の余地が与えられるに至る︒なんとな

れば底的独占における高い独占価格ほはじめて公企業の独立化への途におけるサービス料金値上の必要性をみたす︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑余地を呈供したからである︒このように独立採算化公共企業体化は独占を前提としている︒しかしながら資本制的

合理化が公企業において可能性を与えられたからといって直ちには独立化←公共企業体化は行われない︒なんとな

れば私企業での合理化は競争過程において必然性をもっているが︑公企業の合理化はそうした競争を媒介とするも

③ 

のでない︒ここで必然的に公企業の本質が問題になる訳であるが︑公企業は﹁個別資本の矛盾の自己疎外﹂と云わ

れているように︑そのなかには総資本︵現実には総独占︶の利害がもちこまれているのであって︑その合理化とい マルクスが﹁資本制的生産が未発

(4)

単に﹁公企業の能率化﹂ 態を異にしているが︑ っても総独占の独占利潤追求と矛盾するものであってはならない︒ところで公企業の合理化の手段たる独立化は上にものべた如く必然的に公企業サービスの値上を意味し︑これは独占価格の一部をも削ぐ可能性を有するところから現実には公企業の合理化が望ましくとも独立化がすぐ容認されるということはなかったからである︒しかるに国

nステン国家は︑この資本主義の体制的危機に直面して︑社会的空費の負担といったかたちでの間接的な資本支援手段

では迂遠とし︑そこで国家は取的資本の循環過程に直接的に介入し︑補助金︑出投資の形で財政機構

11

国家権力を

通ずる剰余価値の分配を行い︑資本の相対的過剰を背景として私的資本︑この場合とりわけ独占資本の利潤の不足

をカバーし︑また独占利潤を保証せんとする︒このことは国家独占資本主義段階の特徴的形態であるが︑こうして

公企業形態と財政投融資形態への国家資本の機能の分化が行われることによって︑公企業の形態で機能している国

家資本は︑財政資金の配分を媒介として︑ここに形態変化を要求されるにいたる︒公共企業体ー独立採算制はか

くして現実化せざるをえなかったのである︒従って国家資本の新しい機能がとくに必要度を増大する不況期におい

て︑これが現実化する傾向をもっているのは当然である︒勿論この間インフレによりその財政的必要が中和され︑

また軍備︑戦争によりそれが加重されることもあり︑また各国の資本主義の具体的なあり方からも︑現実的発現様

一般的には上述の如く理解すべきであろうと思う︒わが国の場合︑戦前の日本資本主義の半

封建的性格により規制された官僚制の存在も大きな意義をもっている︒したがって公共企業体の形成ということを︑

﹁公共性と自主性の調和﹂といってしまってはみのがされる経済的意義をこの編成替がも

っていることに注意しなければならない︒このような規定は形態的特徴でありえても本質的特徴とはいいえない︒ 家独占資本主義段階に入るや様相が一変する︒

ニ 四

(5)

55

わが国の公企業における独立採算制の一考察︵寺尾︶

二 五

等に関する予算は大蔵省へ提示する︒その他勘定科目中各項の流用は大蔵省の承認を要する等の規定が示している︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ように︑大蔵省の資本統制の立場を明確にうち出しており︑未だ何らの独立会計の実をももつものではなかった︒ 明治五年はじめて国有鉄道︵新橋ー横浜間︶が創設されたが︑そこにおける会計は一般権力行政上の支出に関する取扱と等しい取扱をうけていた︒しかるに明治九年﹁作業費区分及受払例則﹂︑明治十年﹁作業費出納条例﹂が

制定され︑鉄道資本をも含む国家資本一般に関する会計上の特別な取扱が規定されるに至ったが︑尚国有鉄道に固

有の会計制度は未だみられなかった︒この国有鉄道に固有の会計制度がはじめてできあがり︑前記の作業費区分及

受払例則︑作業費出納条例の支配外にたつに至ったのは明治十八年の﹁鉄道会計条例﹂からであった︒

この会計条例は︑資本勘定と収益勘定を区分し形式的に爾后の国鉄会計の原型となったものであるが︑

建設費は事業計画に従って大蔵省が交付し︑益金は大蔵省へ納付する︒所要総資本額︑毎年度所要資本額及び益金

ついで明治二十三年には官設鉄道会計法が公布され︑越えて明治二十五年には鉄道敷設法の制定をみたのであるが︑

( 3 )   ( 2 )   ( 1 )  

われわれは公企業を資本制生産の発展のなかにどう位置づけるかという視角から問題をとりあげていってこそ︑真

にその本質を把握することができ︑従ってそこから一定の価値判断も可能と考えるのである︒

以下わが国についてこの独立採算制の生成と展開を具体的にあとづけてみたい︒

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大 内 訳 四 六 五 頁

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23 0.

長谷部訳因︱︱

10

0

馬湯克三︑個別資本と経営技術︑一︱︱︱一頁以下参照︒

たとえば

(6)

5~6

わが国の公企業における独立採算制の一考察

この第四条は建設資本の調達は公債によるべきことを規定し︑第九条は更に明治二十五年より十ニカ年間に投下さ

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

るべき建設資本を六千万円として︑漸次公債の募集によって調達さるべきことを規定し︑国債による鉄道建設なる

国鉄資本の基本的な調達政策の方向が明示されたのである︒ついで更に明治二十六年鉄道公債会計法︑官設鉄道用

品資金会計法及び同会計規則が公布され︑公債による建設資金の調達︑用品の処理運用についての資金の創設がと

りきめられている︒しかしながらこのような発展にも拘らず︑明治三十九年第二十二帝国議会において﹁帝国鉄道

︑ ︑ ︑ ︑

会計法﹂が成立するに至るまで何らの意味においても独立会計と云うべきものは依然存在していなかったのである︒

さて同年に至りこの帝国鉄道会計法が従来の官設鉄道会計法にとってかわり、~設鉄道用品資金会計法は帝国鉄道

用品資金会計法と改められ︑更に官設鉄道用品資金会計規則は廃止され︑帝国鉄道及同用品資金会計規則の制定を

みた︒ところがこの三十九年の帝国鉄道会計法は更に四十二年三月二十二日法律第六号により改正され︑前記帝国

鉄道用品資金会計法は廃止され︑この改正帝国鉄道会計法の中に組入れられるに至った︒しかしてこの改正によっ

一般会計からの国有鉄道会計の独立化が形式的には一応の達成をみたのである︒つまり収入をもって支出をま

かない益金をもって直ちに建設改良資金に充当し得る如く改められたのである︒国鉄の独立会計の端緒はまさにこ

の﹁帝国鉄道会計法﹂に始まり︑昭和二十二年﹁国有鉄道事業特別事業法﹂において一歩前進するまで︑ながく国

鉄会計はこの帝国鉄道会計法の規律するところであった︒従ってつぎに該会計法の特質と少くとも国鉄会計の﹁独

立化﹂が問題になった限りにおいてそこに働いている基本的な諸契機をみてみたい︒

帝国鉄道会計法︵明治四十二年改正︶の主要な諸項目は次の如くである︒ て ︑

第一条においては﹁帝国鉄道の事業を経営するため︑従来の帝国鉄道資本及帝国鉄道用品資金拉将来投資する

(7)

二 七

しかしこの場合︑減価償却費は計上されておらず︑第二条︑第三条の規定︑および﹁本法に依り本会計に於て 借入金を要する場合に一般会計各特別会計ほ其の資金に余裕あるときは之に対し貸付を為すことを得﹂という第十 六条の規定による所の実質的に独立採算制とはいえない後述の如きからくりを蔵していたとはいえ︑とにかく﹁独 立会計﹂が打出されるにいたった所以は何処に求めらるべきであろうか?充分検討を要する問題である︒

④ 

ところでこの点について注目すべき見解に島恭彦教授の見解がある︒教授の評価は次の如くである︒すなわち教 授によれば︑先にみた如く明治二十五年の鉄道敷設法は公債による建設資本の調達をうたっていたが︑公債の募集 はしばしば恐慌によって中断されざるをえなかった︒すなわち明治三十一年にほ恐慌のため公債の募集は不可能と なり︑鉄道建設資金の不足は清国賠償金より一時繰換をうけて埋め合せたのである︒

ついで三十四年の恐慌に際し

度において附与されているをみることができる︒

定に於て歳入総額の歳出総額に超過する金額を益金とし稼立金勘定に繰入るべき金額を控除したる残額を資本勘 定に繰入るべし﹂と規定し︑独立会計の基本線がうちだされ︑また第十一条には繰越が︑第十二条には一般会計︑

他の特別会計其の他よりの一時借入金︑

および融通証券の発行︑繰替︑年度内返還が規定され︑自主性がある程

第五条に

﹁本会計は之を資本勘定収益勘定及積立金勘定に区分す﹂︑

第八条に

金額を以て資本と為し︑その歳入を以て其の歳出に充て特別会計を設置す﹂と規定し︑第二条には﹁帝国鉄道の 建設及改良に要する経費は鉄道益金を以て之に充つ但し鉄道益金不足の場合に於て政府は本会計の負担に於て公 債を発行し又は一般会計︑他の特別会計その他より借入を為すことを得﹂とあり︑第三条に﹁本会計の負担に属 する公債叉は借入金の整理又は償還の為政府は本会計の負担に於て公債を発行し又は他の特別会計其の他より借

(8)

て︑既に金融恐慌の開始の年たる一二十三年には︑全国の金融ブルジョアジーを主体とする実業団体は﹁資本の欠乏﹂

を理由として政府に公債償還を建議し︑更に進んで第四次伊藤内閣蔵相渡辺国武を通じて︑金融市場を圧迫する公

債募集の打切りと公債による政府事業︑特に国鉄事業の繰延べを要求していたのであるが︑次期の第一次桂内閣に

いたり、政府は所謂非募債主義を掲げ、酒税•砂糖消費税・専売収入・地租・所得税等大凡大衆課税を中心とする

租税の増徴分と北清事変の賠償見込額の一部をもって明治三十五年度の政府事業︵その七

0

形は国鉄事業︶を賄う

という健全財政の予算方針をうちたて︑ために鉄道敷設法第四条を改正し︑

て之に充つ﹂という但書を附したのであった︒教授は︑このことは︑ ﹁但し財政の都合に依り他の歳入を以

日清戦争後のわが国の産業革命に伴う資本主

義の発展にもとづく鉄道の拡張への要求と︑これに対する国内資本蓄稼の低位性による金融プルジョアジーの資本

の欠乏ー—>非募債主義の矛盾から生じた帰結であったと云われる。しかしながら更にこのような国家財政依存は、

必然的に一般歳入の上に立つ権力行政︑特に軍事行政と直接に競合関係に立つことであり︑このことは国鉄の拡張

への要求と矛盾を生じ︑拡張を主張する地主や産業資本家からはこの矛盾の止揚が望まれるに至り︑また国鉄官僚

も独自性の確保のためこれをつよく主張した︒かくの如くして鉄道益金より国鉄建設資金を供給するという独立会

11

独立採算制の構想が支持されてきた訳であり︑そしてまた所謂ビスマルク的国有化の性格を濃くもっとはいえ︑

鉄道の拡張と統一なる産業プルジョアジーの要求と公債価格の維持なる金融プルジョアジーの要求との結びつきを

媒介として︑この独立会計の構想は鉄道国有化に結びつかざるをえなかったのであり︑このようにして帝国鉄道会

計法公布(明治三九•四・―一)とほぽ時を等しくして鉄道国有法公布(同三九・――-•三一)がみられているので

あると︒かくの如く教授においては︑独立会計の構想が国有鉄道をとりまく資本の要求の結果として導き入れられ

わが国の公企業における独立採算制の一考察

ニ八

(9)

第一表 国有鉄道の資本及び収益勘定(明治

43

年 )

鉄公債︵六億円以上︶にみあうべきこの償還金の不足分は︑

本 勘 定

オ 入

鉄道資金収入

40,600,000

鉄道益金繰入

8,473,727 

借 入 金

33,034,363 

雑 収 入

91,910 

鉄道用品及工作収入

40,306,546

用品及工作収入

40,181,486 

雑 収 入

125,060 

オ 入 合 計

80,906,546 

一般の公債と共に国債整理基金の負担において︑結局

益 オ 出

鉄道建設及改良費 建 設 費 改 良 費 鉄道用品及工作費

用品及工作費 負債償遼金

負債償還金 オ出合計

勘 定

40,500,000

20,945,000  19,555,000  40,306,546  40,306,546  100,000  100,000  80,906,546 

オ 入 鉄道作業収入

遅輸収入 雑 収 入

90,481,321

89,431,379 

1,049,942 

オ 出 鉄道作業費

事 業 費 利子及債務 取扱諸費 諸払戻立替金 及欠損補填金

81,507,594

46,754,337  32,090,641  2,662,616 

二 九

らも同様な関係が生ずるのであって︑巨額の国 少いため︑僅か十万円しか計上してないことか

(島,「国鉄資本の問題」より。出拠,朋治大正財政史,

第四巻,

1106

頁 ) 

当然益金から償還すべき負債償遼金を︑益金が 指摘される︒これが一っ︒また︑資本勘定に︑ 金部などからの借入が毎年なされていたことが 分を借入金にたよっている︒すなわち大蔵省預 ていたと理解されている点にまず注意が向けられねばならない︒

0 0

0

万円と鉄道作業費約八︑

0

万円の差額にあたる鉄道益金繰入額約八

その不足は大部 めにさえも遥かに不足であり︵建設費は原則と

0

万円は︑改良費約一︑九六

0

万円を賄うた の資本勘定︑収益勘定︵予算︶をみれば︑鉄道 表に明らかなように︑明治四十三年の国有鉄道 実には﹁独立﹂してはおらない︒すなわち第 しかるに︑教授によれば︑この独立会計も現

(10)

この基金へ毎年多額の繰入をなしつつあった一般会計の負担において償還されていたのであり︑これでは国鉄会計

の独立性が有名無実化するのは当然であると︒そして益金の少い段階にあってほ︑国鉄の大建設という与えられた

課題のためには︑公債借入金による外ないが︑結局鉄道用品を喰いものとする独占資本の重圧︵たとえば高い石炭

費︶と借入資本の利子負担が明治・大正を一貫するわが国の国鉄経営の特徴であるところから︑ここから益金はま

すます食いこまれる︒ここに一方国有鉄道の収益的経営を主張しつつ︑他方では﹁社会経済の要求を無視し︑国鉄

経営の採算を度外視して︑国鉄事業を強力的に拡大﹂した産業プルジョアジー︑そして︑この巨大な鉄道建設のた

めの公債に寄生する金融プルジョアジーの自己矛盾があるとして︑独立化の﹁不実現﹂の問題を資本との内在的連

関において把握せられているのである︒そしてまたかかる連関において︑大正四年六月と大正十年四月の帝国鉄道

会計法第二条の改正で︑鉄道会計が公債によるばかりでなく一般会計からも借入しうるものとされ︑制度的にも一

般会計に隷属する至ったこと︑更に十一年度以降終戦までの鉄道益金の一般会計およぴ臨軍費への繰入を把握せん

④ 

とされているのである︒

④ 

―二九—一九一頁参照。

ここにおける問題に関連していえば︑わが国においてふるくより手数料主義と収益主義の論争が存在したことが想起され

稿この小論は在来の公益企業論の批判的検討が不充分であったところから︑現在においてはそのま4

公益事業政策は︑総資本対個別資本の側面から把握してのみ真に現実を明かにしうるのである︒すなわちプルジョア民主主義が未成熟な諸国でも﹁公共の利益﹂に名をかりた公益事業政策が存在しえているのである︒つまり現実には公益事業政 わが国の公企業における独立採算制の一考察︵寺尾︶

(11)

わが国の公企業における独立採算制の一考察︵寺尾︶

五四万円︑昭和三年一三︑五八八万円︑爾来恐慌過程で下落︑同七年六︑

1 0

八万円に至らしめたのである︒そ

して同三年まで益金は改良費すらまかないえなかったのである︵同三年の改良費は一三︑九六三万円︒︶而してこ

の間貨物運賃は大正十年以降据置かれ︵旅客は大正九年より据置︑但し昭和五年に遠距離運賃が一部改正︶続けた

0

頁 ︶

策の主嘩力は中小ブルジョア資本でなく独占資本であり︑公益的な企業統制は総独占資本のための個別資本の利潤追求の制

約として理解されねばならぬ︒

個別資本としての公企業にたいしても同様である︒しかし公企業の場合公益的な統制は一義的に非営利主義を意味するも

のではなく︑財政への独占資本の寄生の仕方と関連的に理解されねばならない︒この一例が既述の国鉄資本の収益経営とそ

の陰にこれを支える巨額の財政負担である︒

地方公営事業の場合も本質的には同様である︒しかし現実的には地方財政そのものが︑国家財政との関連において独占資

本の収奪にさらされているのであり︑たとえば戦前のわが国においてみられた如く︑地方財政の税源は附加税のかたちでし

か残されていなかった状況の下では︑地方自治体がその公営事業を収益主義的に経営することの方が︑その事業対策の大衆

的性格の故に収益主義的経営が変形された大衆課税的性格を本質的にもっところから︑資本の立場にたつかぎり合理的だと

いいうる訳である︒このように理解してはじめて所謂﹁公益企業﹂や﹁公企業﹂をめぐる諸事業が統一的に把握され得るの

で あ る ︒

さてこの島教援の指摘される如き事態は大体大恐慌の時期までつづいた︒大正期は地方支線が濫設をみた時期で

⑤ 

あり︑この為軌道延長は大正期に六割八分の増加をみ︑昭和七年に至り大正元年に比し倍加したのであった︒さら

に国鉄財政に眼をむければ︑これを反映して︑営業費は収入に対して相対的に増大し︑従って営業係数は大正元年

における四割六分三厘に比し昭和三年では五割六分八厘と悪化︑爾後悪化を続け︑また利子負担が昭和三年で総収

入から営業費を差引いた粗剰余の三五彩、総収入の一五彩〔紙田氏によれば標準は二•五形(紙田、最新鉄道会計、

という大きな比重をもっていた点と相まって︑益金をして大正元年一︑九六三万円︑同十年︱‑︑五

(12)

わが国の公企業における独立採算制の一考察

ことを併せ考慮すれば

4

益金の繰入による特有資本の漸増に拘らず︑同九年まで借入資本︵同七年で借入金がなく

なり公債が主となったが︶が使用資本の過半数を占め︑同年では特有資本一八九︑

⑧ 

一九二︑一三一万円を算していた所以が理解できるであろう︒しかし満洲事変以後の戦争準備過程での益金の増大

は同十年以降借入資本よりも特有資本の比重を大ならしめた︒そして同十一年より前述の逆方向の繰入が行われる

⑨ 

に至った︒このように大恐慌とこれにつゞく戦争準備体制転化を境にして︑国鉄財政は︑以前は﹁独立化﹂に程遠

く︑以降は﹁独立化﹂の可能性をもっていたとも云える︒しかしながら現実にそのような独立化は何らみられなか

こうなったのは︑今までみた如き国鉄が独立化への現実的基礎を欠いていたためばかりではない︒こうした巨大

な借入資本が国鉄に向けられ得た事態の存在がまた問題である︒それはこの時期には︑第二次大戦後と異なり︑財

政資金の試企業投融資といった独占資本の収奪の一形態たる全面的恒常的な国家資金の動員という事態は未だ存在

^ "

していなかったからである︒昭和二年恐慌に際しての﹁救済﹂は交付公債によったし︑又大恐慌に伴う農村救済の

ための昭和七︑八︑九年の所謂﹁時局匡救費﹂はこの三ヵ年間で総額六億円︑各年二億円にすぎなかった︒内務省

分は道路・治水・港湾•水道敷設等の土木費につかわれ、農林省分は開墾・林道開設・暗渠・排水等の農業振興に

つかわれたが︑内務省予算はすべてで同六年一三︑六

00

万円であったのが︑匡救費支出の行われた同七年では二

万円︵内経常費四︑九

00

万円︑臨時費一︑七万円︶にすぎず︑農林省予算は︑同六年五︑五

00 00 00

万円︑同七年九︑九

00

万円︵内臨時費七︑

1 0

0

万円︶にすぎなかった︒他方同六年の一般会計総額は一四七︑

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00

万円︑同七年一九五︑

0 0

万円であったから︑その比重をうかがいえようまた公共事業費に相当する

0

0

万円に対し︑借入資本は

(13)

題とはなりえなかったのである︒

ものをみても、同五年より同九年の平均で一般会計の九•五彩、

一般会計の一五•五%、同年の財政投融資は同じく三・八%、翌

二十六年では公共事業費は一六・八%、財政投融資は一―•八%を占めている。同二十八年度の公共事業費は一、

九六一億円︑財政投融資は三︑

0 1

︱億円︑合計四︑九七二億円となり︑財政投融資の大きかった同二十六年では︑

引 u 

それは三︑五三七億円を算し国庫歳出総額の三五・三彩を占めていたというこの対比で戦前と戦後の国家資本の

機能の容態がいちぢるしいちがいをもつことを知ることができるであろう︒従って戦前にあっては戦後に現れてき

た如き国家資本の新しい重要性は殆ど問題にならなかったと云えよう︒従ってこの面からの﹁独立化﹂の要請はあ

まして満洲事変勃発とともに軍備拡充と産業の軍事的編成︑そしてインフレーションとともに所謂財源論の余地

H"

i 

がなくなるのである︒なんとなれば公債収入が重要なウェイトをもってきたからである︒従って国鉄財政が大きな

黒字を生めば生む程︑かえって独立化の方向にでなく︑逆の財源論即ち一般会計乃至臨時軍事費特別会計への国鉄

益金繰入の問題が生じてきたのである︒このゆえに国鉄官僚と独占資本の結びつきの下では独立採算制は大きな問

ところで︑ただこの間︑

調

︵昭和十年一月︶が設置され︑はじめて組織的な鉄道原価計算

︐ 

U  

が研究されたが︑これは恐慌を介しての経費圧縮の為のものにすぎず︑また同十一年頃より︑益金の一般会計・臨

軍費への繰入と共に︑減価償却が国会でとりあげられたが︑結局実現をみなかった︒国鉄官僚は改良費に減価償却

^ u  

が含まれておりあらためて制度化する必要がないとの立湯をとったのである而してこの際減価償却がとりあげら

りうべくもなかったのである︒ は︑同二十五年で公共事業費は一︑

0 1

1 0

00

万円のみ︒これに対し戦後において

(14)

れた所以ほ益金の増大なる基盤があったからであるが︑

いた結果であり︑また天皇制官僚と独占資本の野合の結果に外ならなかった︒かくして旧態依然たる帝国鉄道会計

昭和八年︑鉄道要覧参照︒

昭和十三年︑鉄道要覧参照︒

昭和

1 = +

︱年︑鉄道要覧参照︒

昭和十三年︑鉄道要覧参照︑

国鉄︑日本陸運十年史︑第二巻︑四五六頁

風早︑日本財政論︑一=ニーニニ五頁

牧野輝智︑日本財政論︑一

0

一 頁 以 下 参 照 ︒

東洋経済新報社刊︑日本財政読本︑一八一頁︒

大内・有沢・相原共編︑国家資金︑ーニ頁

前掲︑日本財政読本︑一三頁︒

中島勇次︑鉄道原価計算︑九二頁以下参照︒

紙田千鶴雄︑最新鉄道会計︑九二頁以下参照︒

しかも尚現実化しなかったのは独立化の基礎条件を欠いて

戦後における独立採算制の展開

次に掲げる年表は戦後の国鉄会計制度の変遷を示す主要な指標をかかげたものであるが︑まず最初に戦後の国鉄

会計制度の展開とその特徴を一瞥しよう︒

U6l  U5l  U4l  (13)  U2l  Ull  UOl  (9)  (Bl  (7)  (6)  (5) 

法が依然国鉄会計を規律したのであった︒

わが国の公企業における独立採算制の一考察︵寺尾︶

(15)

同 同 同 同 同 二 十 五 年 五 月

二十五年十二月

二 十 六 年 十 月 二 十 七 年 十 月 二 十 八 年 八 月 わが国の公企業における独立採算制の一考察

同 同 同 二 同 二十三年十二月

十 四 年 五 月

二十四年十一月

二十四年十二月 同 同 同 同 同 同 同

二 十 二 年 三 月 二 十 二 年 四 月

‑ + 1

一 年 四 月

二十二年十二月

二十三年

1

一 月

1 1 +

︱ ︱

一 年

七 月

二十三年十二月

昭 和 二 十 一 年 八 月 同 一 十 二 年 一 月

︵ 寺

尾 ︶

一 五

第一回鉄道会議の国鉄会計改革に関する答申 会計制度専門委員会の第一次答申 国有鉄道事業特別会計法公布︵四・一施行︑法律第四

0 号 ︶ ︹ 現 金 主 義 よ り 発 生 主 義 へ ︺ 鉄道会計事務規程︵達第一七五号︶

国有鉄道運送原価計算規則(二五•三月末まで実施〕

国有鉄道事業特別会計令︵政令第三一六号︶

会計制度専門委員会の第二次答申 国有鉄道運賃法︵法律第一︱二号︶︹原価補償主義など運賃四原則の呈示︶

日本国有鉄道法(法律第二五六号)〔公共企業体の創設。しかしいまだ財政法・会計法・国有財産法•国

有鉄道事業特別会計法など国の会計を規律する法令が適用され︑経理上の改善がみられない︺︵六・一より

施 行

︶ 公共企業体等労働関係法︵法律第二五七号︶

日本国有鉄道法施行法︵法律一

0

五号︶および施行令︵政令第一︱

1 1

︶ 一 号

独立採算制推進委員会設置︒﹁国有鉄道独立採算制実施要綱﹂作成︵二四・ーニ︶

国鉄法一部改正︵法律第二六二号︶︒︹国の会計を規律する法令の適用が廃止され︑公共企業体としての財

務 会 計 制 度 樹 立 ︺

政府追加出資のための国鉄法一部改正︵法律第一六

0 号 ︶

国鉄法施行令一部改正︹予算・決算・資金関係の規定の整備︺

国鉄法施行令一部改正︹鉄道債権発行手続の規定︺

日本国有鉄道会計規程︵国鉄公示第三三七号︶

国鉄法一部改正︵法律一四八号︶︹財務会計制度に大改正が加えられ︑予算・決算・浚金などの面におい

(16)

二十八年

さて後述の如く終戦後︑未曽有の赤字に直面して︑国鉄経営の実態を正確に把握し︑その解決の方向を見出すた めに早くより会計制度の企業会計化がとりあげられた︒そこではまず︑田減価償却制度の創設︑図用品資金の不定 額制の採用︑③赤字融資の法制化︑の三点が問題となったのであるが︑③は便宜的であり︑山図は従来の帝国鉄道 会計法にとって根本的改正を意味するからという理由で︑部分的な修正でなしにむしろ会計制度の全面的改正が必

Hu  

要と考えられるに至った︒そこで前記年表にみる如く昭和二十一年七月第一回鉄道会議は︑運輸大臣の輸送力の整 備及び鉄道財政の収支改善方策等についての諮問に答え︑鉄道会計制度改善の必要性について﹁現在の会計制度は︑

金銭出納を基調としたいわゆる官庁会計によっているが︑これは至急に改革して財産計算︑損益計算︑原価計算を 明かにし︑予算制度にも所要の改革を加え︑決算に重点をおくこととし︑減価償却制度も確立して︑独立事業会計

n u

 

としての特色を発揮せしめる必要がある﹂と指摘したのである︒而してこの具体化のため太田哲三︑黒沢清︑佐藤 孝一等の諸氏を加え會大蔵省︑会計検査院の関係官吏︑実業家等の構成する会計制度専門委員会が組織された︒そ

して同委員会は︑現金主義に代るに発生主義会計原則を採用することを基幹として二回に亙る答申が行ったが︑そ の意見に徴しても次の諸事項を改正することが必要なことが国鉄当局の認めるところとなった︒即ち︑山発生主義 会計原則︑図従来の金銭・物品・財産を別個の会計で数量本位に整理する官庁会計方式を改め︑これらを一個の綜 合会計で経済価値的に一元経理する企業会計方式を採用すること︑③勘定体系を合理化し︑資産・負債・資本・損

益・中間及び付替勘定に改めること︑山複式簿記の採用︑⑤原価計算制度の合理化︑⑥従来の予算制度を二分して︑

十月

︵ 寺

尾 ︶

一 六

(17)

わが国の公企業における独立採算制の一考察

国会予算と内部予算との二種の予算制度にするとともに︑予算の弾力性を確保する︑m年末の整理期間の廃止︑⑧

赤字借入の可能化︑⑨翌年度にわたる一時借入金の借換を認め︑資金繰りの弾力性を確保すること︑皿鉄道債券の

発行等民間からの資金調達を可能にすること︑仰資金の銀行管理を実行することにより︑資金の商事的運用をはか

ること︑⑫支出官払と繰替払とを一元化する特殊の繰替払制度の創設等出納制度の合理化︑⑬用品経費︵貯蔵品取

扱費︶その他中間勘定の経費の回収又は振替については︑原価計算の正確及び決算の迅速化に役立つように︑従来

の実績割掛制又は決算割掛制を改めて︑予定割掛率でこれを行うこと︑⑲用品資金を従来の固定額制から不定額制

に改めることにより︑貯蔵品の購入及び保有の弾力性を確保し︑あわせて不実の決算を防止すること︑⑮減価償却

制度の創設︑⑯間接費を含まない国有財産とそれを含んだ固定財産との二重整理をやめ整理を一元化すること︑閻

⑳ 

交通銀行の設立︑であった︒いまこれを出発点として昭和二十二年三月公布をみた国有鉄道事業特別会計法及び同

二十二年十二月公布国有鉄道事業特別会計令に盛られた考え方を検討してみたい︒この法律における改革の要点は

n3 ︵第三巻︶の著者の要約するところによれば左記の如くである︒

会計整理方式の改正

⑱発生主義会計の採用︑⑮資本・収益・用品の三勘定制が廃止され︑資産勘定・資本勘定・負債勘定・損益勘定

及び工事勘定その他の運輸大臣の定める中間勘定が設けられた︑c複式簿記法の採用

③会計運営面における改正

⑱予算に弾力性をもたせるために︑オ出予算においては総係費︑業務費︑建設改良費の三大区分とし︑彼此流用

の制限を緩和するとともに︑予算総則にオ入が増加した湯合には︑この業務量の増加に対応して︑必要な経費の支

(18)

出をすることができる旨を規定し︑この弾力条項の制定により︑予算総額の自動的増額の方途が講ぜられた︒⑮決

算は発生主義の原則によって整理する結果︑従来の出納整理期限を廃止して︑決算の迅速化をはかることとしたほ

か︑上半期仮決算を行い常に経営状態が把握できるよう改正された︒なお財産は従来国有財産と固定資産の二本建

として整理されたものが︑鉄道財産として一元化され︑金銭物品とともに決算の一節として取扱われることになっ

た︑c減価償却制度については間接法による総合償却が実施された︒

資金の調達方法

営業上の赤字に対するものとしては︑従来その都度法案を議会に提出したが︑予算の定めるところにより必要の

都度借入れることができるよう容易化された︒また一時借入金は︑この会計の特別の性格にかんがみ︑特に一カ年

度に限ってはいるが︑年度越しの借入が可能となったのである︒

さてここで先にあげた改革の諸事項とこの法律を対比してその制度的特徴をみてみよう︒紙田氏はその著書の中

U O l

皿︑聞の資金関係の改正項目が実現しなかった外は︑概ね︑ある程度の実現に成功した﹂とのべられてい

るが︑この﹁実現しなかった﹂点が財務の問題であったということは︑この法律の性格を示すものとして重要であ

る︒すなわちいま少しく詳細にのべれば︑田国鉄会計制度を企業会計化することによって︑損益の発生を明確化することを目標としていること︒そして制度として発生主義がとられる以上︑必然に︑他方では現実に国会の予算︑

決算科目は財政法の制約をうけて現金主義の勘定体系を必要としているから︑ここから勘定体系の二重制度が制度

上必然化せざるをえない︒また︑原価計算の合理化の必要が生じてくると︑そのこと自体制度として合理的な決算

の確立を要求し︑そのためには業務機関別の勘定体系の編成が必要となる︒また勘定体系が一本でこのまま国会に

( 3 )  

わが国の公企業における独立奨算制の一考察︵寺尾︶

(19)

( 2 2 ) ( 2 1 ) ( 2 0 )  U 9 )   ( 1 8 ) U 7 )  

ついで赤字のための財政補 提示されれば全く弾力的な運営ができず︑この点からも勘定体系の二重制度という形態が必要化してくる︑発生主義と現金主義が現実には共存している形態が生れざるをえないのである︒このように一定の目標が設定された結果として︑ここに相関連して一連の会計制度なるものが構成されてきたのだということ︒図﹁流用﹂

11

弾力性

をもっということは︑融通性があるということであり︑従って謂わば資金効率がいいということに外ならず︑そし

てこの効率化は実質的には次の赤字補填の効率化なる内容をもっていること︒③赤字補填の容易化︒蓋し巨大な赤

字に直面して︑何よりもまず本当に損失なのか利益なのかを認識することを第一とし︑

給を効率的に使用すべく一部自主性を与え︑他方では鉄道債券の自主的発行すら許さず︑財務の自主性は極めて制

限して消極的なものとなし︑逆にかなりつよい予算統制を確保している︒これが事業特別会計法の本来的な制度的

特徴なのであると考えられる︒

紙田千鶴雄︑最新鉄道会計︑六ー七頁

中島勇次︑鉄道原価計算︑一︱五頁

紙田︑同上︑一

0

ーニ五頁

紙田︑同上︑七ー九頁

国鉄︑日本陸運十年史︵第三巻︶︑九八四ー五頁

紙田︑同上︑九頁

さてこの法律についで国鉄会計制度の発展における︱つの大きなメルクマールは︑昭和二十三年十二月公布︵翌

年六月一日施行︶の﹁日本国有鉄道法﹂である︒蓋しこれによって公共企業体たる国鉄がはじめて発足をみたので

ある︒しかるに衆知のように該法律は昭和二十三年七月二十二日付のマッカーサー書簡に直接の源をおいているも

(20)

④現金の預入については例外的に市中銀行を利用する ③利益の第一次的処分として︑これ︒ 期借入金及び一時借入金をすることができる︒日本国有鉄道は市中銀行その他民間から借入金をすることができ

わが国の公企業における独立採算制の一考察

閾 ヽ

のであって︵政府部内におけるこれに先行した改組論議はここでは関説しない︶主として国家公務員労働者のカ

の分裂を策したこの書簡の影響をうけ︑むしろ同時提出された﹁公共企業体等労働関係法﹂の前提として早々に形

だけ整えたといった存在であった。従って会計•財務については何らの改善もなされず後にみおくられたのである

︵国鉄法第三十六条︶︒すなわち損益の処理については︑同法第四十三条で﹁政府は︑日本国有鉄道に損失を生じ

た場合において特別の必要があると認めるときは︑その損失の額を限度として交付することができる︒

2

日本国有

鉄道は︑経営上利益金を生じたときは︑別に予算に定める場合を除き︑これを政府の一般会計に納付しなければな

らない﹂と規定し︑借入金については同法第四十四条で﹁日本国有鉄道は︑運輸大臣の認可を受けて︑政府から長

ない﹂と規定しているが︑このような財務上の自主性の欠除が存在するところでは︑組織の上の自主性が附与され

ていても機能の自由は与えられないのである︒従って該法は本質的に事業特別会計法と同様な制度的段階にあると

ついで昭和二十四年十二月と二十八年八月に行われた国鉄法の重要な改正およびそれらをめぐる一連の法令は独

立採算制の発展史における画期的な一鮪であり︑ドッヂ・ライン以降の国鉄財政の展開の方向を反映しまたそれに

法的根拠を附与しているものである︒しかしこの反映・制度化は漸次的に現れた︒

まず二十四年十二月改正の主要点をあげると︑山財政法・会計法等国の会計法令の準用を免れたこと︵三六条︶︑

②予算の執行面において︑大幅に弾力性が認められたこと︵三九条の三

2 )

を繰越損失の補填に充当する途が開かれたこと︵四一条︶︑

四 〇

(21)

(23J 

わが国の公企業における独立採算制の一考察

いるのをみることができるのである︒

これを政府の一般会計に納付しなければならない﹂

み立てなければならない﹂

2

項︶とされていたものを︑二十八年改正では︑

﹁ 利

四年改正で利益は繰越損失の補てんに充て︵四一条︶︑﹁なお残額があるときは︑別に予算に定める場合を除き︑ の七︶︑流用が拡大され︵支出予算の各項の金額の彼我流用︶︵三九条の一四︶︑また利益の処理については︑二十 運輸大臣の認可を受ければたりることとなっていたのを改め︑法律をもって︑国会の議決を経ることとしたこと︵四六条︶︒これらが主なものであったが︑尚不徹底な点は二十八年改正で前進せしめられた︒

二十八年改正ではとくに数事業年度にわたる継続費について一度国会の承認をうれば足りることとされ︵三九条

益を生じたときは︑これを利益積立金として積み立てなければならない︒但し︑前事業年度から繰り越した損失が

あるときは︑その利益を損失の補てんにあて︑なお利益の残余があるときは︑その残余の額を利益積立金として積

︵四一条︶と改められ︑国鉄内の資本蓄積への途が制文化されているのである︒

このように独立採算制の実質が︑二十四年︑二十八年の両度の改正で制度上着実にかなり高度に整備されてきて

日本国有鉄道設立準備委員会︑公共企業体日本国有鉄道︑第二篇日本国有鉄道法制定に至る経過ー経営形態論議の推移︑参照︒

さてかかる戦後における独立採算制の制度論的展開の基盤となった国鉄の財政の実態はどうあったであろうか︒

終戦直後における国鉄財政の実態を最も明瞭に示しているものは第二表にみるような営業係数︵営業費/営業収

入︶の悪化︑すなわち財政の赤字化である︒いうまでもなくこれは低コストを支えるべき低運賃政策と︑独占資本

のためのイソフレ政策の結果︑即ち︑さらにこれを内容的に云えば国鉄に寄生する独占資本のインフレ利潤獲得の 途が開かれたこと︵四二条︶︑固鉄道債券の発行が可能となったこと︵四二条の二︶︑⑥重要なる財産の処分は︑

参照

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