内尾一美
Die Welt von Durrenmatts Erster Periode
KAZUYOSHI UCHIO
まえおき
Fnednch Durrenmatt (1921‑)の処女作『聖書に日く』ぜEs steht geschrieben*と第二作
『盲目の人』"Der Blinde"の初演は,それぞれ1947年4月と1948年1月である.そしてその 後に続く第三作『ロムルス大帝』印Romulus der Gro肘'の初演は1949年4月である.第二作 と第三作の初演の間には僅か15ケ月しか時間が経過していない.しかし第二作までと第三作以 降の作品との問には,そのことが信じがたいほどに著じるしい作品世界の相違があるArmin Arnoldはこのことについて, 「 『ロムルス』は初期の作品とほとんど共通点をもたないよう
に思われる.キルケゴールからシュペンダラーが生れたのだ.描かれている世界は同じように ひどい世界であるが,もはや神にそのことの責任を問うことはなされない.責任があるのは人 間であり,人間性であり,偶然(Zufall)なのだ(1)」と述べている.
スイスの劇場には,警察の力を借りてでも観客の品位を保証する習慣がある.ところが『聖 書に日く』の初演に際して,このドラマの反宗教性とあまりにもgroteskな情景に対して腹杏 たてた観客の口笛の激しさは,とても警察の力によっては抑えきれなかったということであ る. 「ドラマは作者と観客という二つの力によって創造されるものであって,実存の究極の問 題を無理をしてお芝居にしてみたものの,それが単に劇場という風車から廻りさせるだけであ ったために,作者のとるべき礼節の義務を守って,彼は『ロムルス大帝』以後の喜劇作品に転 進したのである.(忠)JというElisabeth Brock‑Sulzerの評言は,デュレンマット自身このことに ついてなに一つ言及していないので,単なる憶測の域をでていない.そのことはさておき,上 記の二つのドラマと初期散文集『都市』 ¶Die Stack"が語りかけてくるpessimistischな世界 感情は極めて異様なものである.本稿では,初期デュレンマットの特異な世界観,人間観に検 討の光をあて,それらがいかなる姿をとってドラマの中に表窮されているかを考えてみたい.
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初期散文集F都市』に収められている諸短篇は1943年から1946年にかけて書かれたものであ
る.つまりデュレンマットの初期の作品が成立した時期は,ヒットラ‑の第三帝国が崩壊した 時期とちょうど重なるわけである.デュレンマットは彼の精神の成長期を隣国ドイツにおける ファシズムの胎頭から崩壊にいたる時期とともにした.彼は中立国スイスにあって,間接的で あったにしても,ファシズムの狂的情熱の熱気をかなり身近に感じていたにちがいない.
16健紀の初頭,宗教改革の時代に,ヴェストファ‑レンのミュンスターに成立した再洗礼派 の‑極めて短命に終った‑神政国家を題材として選び,狂信が生みだす波浪のまにまに, 浮きつ沈みつした人々の運命を描いたのが, 『聖書に日く』というドラマである.ドラマの始め
の部分で,登場人物の一人が観客にむかって, 「私はこのドラマは,皆様が注意深くついて来 て下さるならば,皆様にも私どもにもあてはまるかなり重要な事柄を皆様に提示することがで きるであろうと信じております(3)」と述べる.この言葉によって,デュレンマットが再洗礼派 のFanatismusとナチズムのそれとをparallelに考えていたことは明らかである.歴史の非情 な運動がいかに強大で無気味に,そしてその歴史の巨浪にまきこまれて誤ちをくりかえす人間 たちの姿が,いかに愚かにかつ無力に,彼の目に映っていたかということをこのドラマは明確
に示している.現代史の混沌の中におかれた人間の状況について,デュレンマットは「人間は 世界で何が演じられているかを理解できない.自分自身が権力のボrルであるかのように見え る.世界の出来事の決定に関与するには,それは彼にとってあまりにも強大であるように思ほ れるのである.健界について云はれていること,世界そのものは彼にとって縁遠い(fremd)
ものとなってしまった(4)」と述べている.
ところで,初期デュレンマットの実存主義的な傾向を語る場合,人類の歴史上かって見られ なかった残酷な兵器,原子爆弾が彼の心に落した影を無視することはできない.彼はエッセー においてしばしば原爆に言及しているのみならず,後年『物理学者たち』 "Die Physiker*とい うドラマを書いて, 『ガリレイ』を書いたブレヒトと同じように,人類に破滅をもたらすかも しれない科学の進歩と科学者の良心の問題をとりあげてさえいる1951年に書かれたあるエッ セ‑において,彼は次のように述べている. 「文明の恐るべき黄昏,原子爆弾の後にやって来 るのは無であり,冷たくなって太陽のまわりを無意味に回転する燃え尽きた遊星である.万物 が崩壊することもまた神の恩寵であり,その破壊は天使たちのなせる業だとする心の慰めは, かっては神の怒りとのみ考えられていた地獄の火を,人間が自からの手で解き放つことのでき
る確実さの前に色あせてしまった.悪魔のそれを数倍も上まわる残酷が行われるのだ.(5リ デュレンマットはまた「原爆のきのこ雲において大量虐殺と美とが一体となる(6)」とも書い ている.大量虐殺と美が一体となって生みだされる世界はいかなる世界であろうか.それは igroteskな世界である.ひき続きデュレンマット自身の言葉を借りれば, 「ますます黒くたち上 るKatastrophの雲が恩寵の光をとざし,その光を我々ほうけとることができなくなった.デ ューラーやボッシュ(7)の荒ればてた風景が現実となった(8)」のである.
この恩寵の光のとゞかない廃城の風景こそまさに,彼が散文集『都市』の中の諸短篇におい
て,再三再四描いている荒涼たる冬景色であり,また『聖書に日く』の中から一例をあげれ
ば,二人の中心的人物が車裂きの刑車の上で,月の光を浴びながらむなしく袖に呼びかける groteskな光景なのである.初期デュレンマットの世界は, 「ヒエロニムス・ボッシュの黙示録 風の絵がそうであるような(9)」 groteskな光景にみたされている.
『都市』につけられた作者の後書きによれば,その当時彼にとって物語を書くことが目的で あったのではなく,あまりに強烈であった絵を描くこと(Zeichnen)の魅力を克服して哲学す ること,自己と憧界との問にいくらかでも呼吸することのできるDistanzを作りだすことが必 要であったのである.これらの短篇は哲学的寓話とでも云うべきものであって,若きデュレン マットの他界観,人間観を如実に我々に提示している. 『都市』はArnoldが指摘しているよ うに(10)後期の作品のKernであり,デュレンマットがそこから成長してきた知的,感情的出 発点の証拠書類である.
この作品集の中で彼が好んで冬景色と月明りの夜の光景を描いていることは,特に注目すべ きことである.ガラスのような白い雪に蔽われた風景,凍てついた大地の上には風のそよぎ一 つない.空には星が黄色くきらめき,月が蒼白く光っている.このような寒々とした光景が物 語の背景をなしているのである.これらの雪に蔽われた荒涼たる風景は,我々にカフカの『城』
"Das SchloB"のそれを思いおこさせる.ところでこのような光景の中におかれた人間の状 況について,デュレンマットがどのように考えていたかを最もよく示していると恩はれるの は, 『シジフォスの絵』 "Das Bild des Sisyphos"と『環』代Die Falle"の二篇である.これらの 作品を手がかりに,当時のデュレンマットの生活感情について若干考えてみることにする.
『シジフォスの絵』は一種の枠物語になっている.作者め分身と恩はれる私は偶然通りかゝ ったある村で,凍りついた窓から子供たちがトランプのカードで注意深く家を組み立て,でき 上ると注意深くそれを解体して遊んでいるのを見る.その子供たちの遊びが私にある男の没落 を思いださせる.その男は絵の偽造者である.彼はヒエロニムス・ボッシュの絵の偽造によっ てかなりの富を手に入れ,それを元手として大企業家になる.彼はその絵を買戻したいと思う が,持主の大銀行家は虚栄心から絵の売却を拒絶する.この絵の所有をめぐって大企業と大銀 行の問に激しい戦いが行われる.男の全財産を投げうっての攻撃によって銀行は破産し,絵は 再び彼の所有となる.しかし絵をとり戻したものの,今や無一物となり,再び貧困のどん底に おちいって,彼は自己の行為の無意味さをさとる.彼は自からは意識しないでシジフォスを演 じていたのである.彼は絵を燃したあと,家に火を放って自殺する.この寓話によってデュレ ンマットは,恩寵の存在しない世界における人間のあらゆる努力は,地獄におけるシジフォス の努力と同じように,無意味な苦しみのくりかえしにすぎないという考えを我々に示してい る.この人間存在のSinnlosigkeitのテ‑マは彼の後の作品にもしばしば現われるのであって, 彼の主要テーマの一つと見なすことができる.
この短篇のストーリ‑の軸となっているボッシュの絵は,地獄の絵である.地獄は炎々と燃
える火の海であり,そこでは無数の人間がさまざまな拷問を受けている.それらの人々によっ
て殆んど隠されて,一人の裸の男,シジフォスが真赤な血の海からそゝり立っている丘の上
に,巨大な岩を押しあげている光景が描かれているのである.ところで,もう一つの短篇r買」
の中にも,このような地獄の描写がある.死の想念にとりつかれたある男が,死に場所を求め て国境の村にやって来る.国境の森の雪景色の中で,彼はある男が射殺されるのを目撃する.
その男の女房の家に泊って彼は夢をみる.その夢は地獄の夢である.彼はまっ暗闇の中で,幅 広い階段を無数の人々の流れとともに下へ下へと降って行く.それは無限に続くかと思われる 階段である.はじめははるか下の方に微かな光が見える.階段を下るにつれてその光は次第に
明るさを増し,やがて深淵から赤い雲のようなものがたちのぼっているのが見えてくる.以下 デュレンマットの描写を若干引用する.
ますますはっきりと巨大な火の海が見えてきた.人々の群はその火の海の中に流れ こんでいた.彼はその深淵の中に赤く熟したガスがたちのぼり,ふつふつと燃える溶 岩の泡だちから,火の花のような紅焔が吹きあがるのを見た.叫び声や坤き声が彼に 迫ってきた.彼は呪誼をこめて空にむかってさしのばされた,けいれんしている手を 見た.空は僧侶の黒いマントのように,太陽も月もなく,微動だにせず,すべてを蔽
っていた(ll)
スペインの専制政治の支配下に坤吟していた16世紀フランドルに生き,虐たげられた民 衆に愛と怒りと訊刺の眼を注いだ二人の画家,ボッシュとブリュ‑ゲル的のgroteskな世界 に,デュレンマットは深い共感を抱き,彼らから強い影響をうけているように思われる.現代 の世界はボッシュやブリュ‑ゲル,あるいはデュ‑ラーが描いた世界と同じような,暗く,悲 惨で,奇怪な姿をとって彼の心に換っていたのである.上に引用した文章を含む地獄の描写は
えんえん11頁に及ぶものである.これほど直接的な恐怖をもって読者に迫ってくる描写は,作 者自身にそのような体験がない限り不可能である.このようなHollen‑phantasieは現代の世界 についての,デュレンマットの根源的なイメージなのであって,彼の演劇の最大の特徴となっ ているdas Groteskeは,この根源的イメージの舞台における形象化に他ならない.
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デュレンマット自身は文学的な批評や学者のレッテルはりを拒否して, 「私が当世の劇場で
売れ行きのよい,なんらかの世界観のセールスマンとして,戸口に立っているのだなどとは信
じてもらいたくない.W」とironischに発言している.しかしながら彼のこの拒否にもかゝわ
らず,彼の演劇や演劇論に関して書かれた著書や論文は相当な数に達している.それは,彼の
作品の現代性がもつ魅力によるものであるが,しかしまた一面匿おいては,彼の作品のせ界が
極めて混沌としていて,さまざまな解釈を許すが故に,数多くの学者の関心をよびおこすこと
の結果でもある.デュレンマットについての議論は,およそ次の二つの方向に大別することが
できる.一つは彼の宗教的,神学的な傾向を重視する方向(Fritz Buri, Christian M. Jauslin,
Max Wehrli, Elisabeth Brock‑Sulzer)であり,他方は彼のhumanistischな傾向を特にとりあ
げる方向(Reinhold Grimm, Joseph Strelka, Fritz Martini, Hans Mayer)である.この明ら
かに対立する二つの方向は,実はどちらもデュレンマットの一面だけを強調してとらえている のである.本稿においてとりあげた初期の作品においては,明らかに神の恩寵,神の存在その もの,神はgerechtであるかどうかと云うような問題が,彼の主要な関心事となっている.と ころが後期の作品においては,このような宗教的関心は次第に背景にしりぞき,ブレヒト的な 直接性はもたないとしても,ある意味では政治演劇であるとさえ幸えるほどに,社会批判的な 傾向が著じるしくなっているのである.
デュレンマットのドラマの中で宗教的な色彩が最も色濃く蔓鋸まれているのは,彼の処女作
『聖書に日く』である.以下このドラマについて若干の考察を試みる.このドラマの主な登場 人物は次のような人々である.まず再洗礼派の最高指導者である予言者ジャン・マティソン.
彼は神の恩寵を心から信じる人である.彼は敵の軍隊がミュンスターの町に迫った時,最高指 導者として城壁の修理や市民軍の編成を禁止する.町を敵から守るのは,神がなすべきことだ と彼は主張するのである. 「神が我々に恩寵を示し給う日が来たのだ.この剣でもって,父よ, 私はたゞ一人敵にたちむかい,敵をうちこらすでしょう&4)」と彼は云い残し,剣を十字架のよ
うに胸にかざし,群がる敵の中にたゞ一人出撃し,そして敵の手にかゝってあえない最後をと げる.マティソンの行為はなるほど崇高ではあるが,しかしその無意味さ,神の恩寵が存在し ないことを証明したにすぎないその愚かさを思えば,滑稽を通りこしてまさにgroteskであ る.マティソンの死後,市民軍を編成して司教の傭兵軍を撃退し,再洗礼派の町の実権を掌握 するのは,俳優上りの予言者ヨ‑ン・ポッケルソンという男である.彼は神政国家をうちたて る.白から王と称し, 15人の選りぬきの美女を妻とし,美食を楽しみ,ぜいたく三昧の生活を おくる.マティソンが精神を肉体の上位におくのに対して,ポッケルソンは現健における享楽 を志向するのである.この二人はバロックの世界像の両極を体現しているのだと云うことがで
きよう.
別の意味でポッケルソンと対立するもう一人の人物は,豪商クニッパードl)ンクである.彼 はミュンスタ‑随一の金持であり,諸侯は彼の債務者であって,皇帝でさえも喜こんで彼と食 卓をともにするはどの人物である.彼はまた大変に宗教心のあつい人物で,彼の富そのものが
もちものたから
彼の心の大きな負担である.なぜなら聖書は「汝の所有を売りて貧しき者に施せ,さらば財宝
いかえ
を天に得ん.」さらには「富める者の神の国に入るよりは,らくだの針の穴を通るかた反って 易し.」 (いずれもマタイ伝第19章)と教えているからである.苦悩の末に彼はすべての富を放 棄し,ぼろのシャツをまとって貧民街に住むにいたる.キリストの言葉を聞いた, 『聖書』の 中の富める若者は悲しみつゝ去ったにすぎないが,クニッパードリンクは聖書の教えに忠実に 従い,白から求めて貧困の中に身をおいたのである.しかしながら彼のこの行為は「主よ!主 よ!あなたはあなたを信じる人々をお助けになったではありませんか.あなたは盲いた人に,
『汝らの信仰の如く汝らに成れ』 (マタイ伝第9章)と云われたではありませんか.的」と神に
訴える予言者マティソンの場合と同様に,神の恩寵を試す行為である.キリスト教が説く神の
恩寵なるものは,はたしてこの世に存在するのであろうか.神は人間の信仰に応えてくれるの
であろうか.デュレンマットは<屋根の上の踊り> (Der Tanz auf dem Dache)の場面によ って,この間に対する彼の否定的な答を,実に漕神的に舞台化している.
聖書に書かれている神の教えから見れば,全く対照的な二人の登場人物,神に寅でらるべき クニッパードリンクと神に罰せらるべきポッケルソンの二人が,宮殿の屋根の上にのぼり,蒼 白い満月の光を浴びながら,腕を組みあって踊るのである.最も高貴なものと最も卑小なもの とがあい擁して踊るこの屋根上のシ‑ンは,一般の敬皮な宗教心を逆か撫でするものであっ た.そしてこの踊りのあと,二人いっしょに事裂きの刑卓に縛りつけられ,クニッパードリン クが「私はまるで両手に火をかゝえているかのように,一切のものを投げだしてしまいまし た.そしてあなたは私が捧げたものをどれ一つ拒まれませんでした.主よ!主よ!あなたは今 私の上に沈黙を拡げられる.あなたは天国の冷気を剣のように私の心に注がれる^fle)」と神に
むかって恨み言ともつかず叫ぶ言葉で,このドラマは終るのであるからなおさらであった.
Arnoldはこのことについて「破風の上での踊りは最高にgroteskな挑発である.この踊りは 人間の生活の象微であるからだ.帥」と述べている.神が存在せず,恩寵がありえないとすれ ば,宗教的な意味での善悪の区別は消滅する.クニッパードリンクとポッケルソンの二人は,
どちらも同じように無意味で,無目的な<人生の踊り^> (der Tanz unseres Lebens咽)を終え ようとする愚者にすぎないのである.
『盲目の人』については詳論する余裕がないが,このドラマの中核をなしているのは,前作 と同様に神に対する告発である.盲目の大公は30年戦争の戦火のために,彼の城が廃嘘と化 し,彼の領地が荒廃していることを知らない.彼の息子が真実を知らさないように注意深く気 を配っているからである.大公はヨブである.一人の誘惑者が真実を知らせることによって彼 の信仰をうち砕こうと試みる.その試みによって壮大なお城と美しい領地についての彼の幻恩 は砕かれる.彼は愛する息子と娘の死という試棟にも立たされる.それにもかゝわらず彼の信 仰はついに壊れないのである.このようなドラマの内容から,作者はキリスト教の信仰の側に 立っているのだと結論するなら,それは誤りであると云はねばならない.デュレンマットの意 図はそれとは逆に,神を信じるためには人は盲目であることを必要とし,目が見える人には恩 寵は存在しないのだと主張することにある.つまり信仰する者は,現実の中にではなくIllusion の中に生きることによってのみ,生に甘んじることができるのだと云いたいのである.
これまで述べてきたことによって,デ干レンマットは神の恩寵を肯定的に考えているのだと
するBuriの解釈(W)が誤りであることは明らかであろう.彼のドラマにおいては,神は人間た
ちの切なる祈り,願い,訴えに対して,冷やかに沈黙をもって答えるのみである.神はRecht
とUnrechtを区別しない.神は‑もし神がいるとすれば‑ungerechtであり,サディスティ
ックであるとさえ云うことができる.最善の場合,神は自からに似せて創造した人間を無関心
に放置しているのである.デュレンマットにとってこの地上は地獄であり,前章で述べたよう
に,この地獄の中で人間たちがシジフォスのように,無意味な苦しみをくりかえしている光景
を,彼はまざまざと心に思い浮べていたのである.
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『聖書に日く』の登場人物がそれぞれに,極端化され, groteskに表現され,そのことによ って観客の噸笑や憤激に委ねられているのに対して, groteskな誇張や歪曲,戯画化から全く 無縁に,狂矧こみちたドラマの健界の中にあって,たゞ一人正気を保っている人物がいる.そ れはミュンスタ‑の司教,99才9ケ月の老人である.彼は観客にむかって次のように語る. 「私 は年をとっています.そして眠れない夜には,時々まるで神は我々人間に悟性と才知はあり余 るほど門出の銭けとされたが,生きてゆく技術(Lebenskunst)はあまりに少ししかくださら なかったのではないかと思えてくるのです.これから皆様は多分残酷で気狂いじみていると思 われるようなことを御覧になるでしょう.でもあまり驚かないで下さい.私の云うことを信じ て下さい.世界はどんな傷にも堪えることができます.そもそも人間が幸福かどうかなんてこ
とは問題ではないのです.なぜなら幸福は人間には与えられていないのですし,万一人間が幸 福であるとすれば,それこそ大きな恩寵というものです.¢o)」またこの言葉に続いて, 「人間が
そもそもこの地上をよろめき歩くことが,格別必要なことなのです.」とも語るのである.こ こに見られるのは賀明な懐疑主義と諦念である.これらの言葉には,悲しむべき宿命を背負っ・
た人間へ寄せる深い愛情と善意がこめられている.
彼がたゞ一人,このドラマ全体を蔽っている狂的情熱の圏外に立っているという注目すべき 事実から判断して,彼を作者の代弁者であるとみなすことができる.以下にこのドラマの中
で,作者の考えを巌もよく示していると思われる部分(21)を若干引用する.司教とクニッパード リンクとの対話である.
司教:正義が問題ではないのだ,クニッパードリンク.神のおん前では再洗礼派も司 教もどちらも正しくはないのだ.
K :私達は神の王国のために戦っているのです.
司教:お前達は再洗礼派の王国のために戦っているのだよ,クニッパードリンク.お 前達は自分自身にうち勝つことができないので,世界にうち勝ちたいと思ってい
るのだ.
K :私達は偉大さを望んでいるのですが,あなた方は小さなことを志ざしておいで です.
司教:人間は偉大なことをなす能力をもちあわせていない.彼にできるのは小さいこ とだけなのだ.そして小さいことの方が偉大なことより大切なのだ.我々は謙虚
(bescheiden)であれば,この世で多くの善をなしうるのだ.
人間たちはそれぞれおのれの側を絶対的に是とし,他を非とするのに急なるあまり,血みど ろの抗争をくりかえしている.そのことによって,自からの手でこの世を地獄と化しているの である.それはあまりにも愚かなことである.なぜなら神の目から見れば,どちらの正義も相 対的な正しさしかもちえないからである.むしろそれらは彼らの争いの故に不正でさえある.
ところで「我々は謙虚であれば,この世で多くの善をなし得るのだ.」という,司教の最後の
言葉は極めて重要である.彼は偉大さを志向するすべてのFanatismusを否定したうえで,人 間がなしうることは小さなことだけであることを謙虚に認め,なしうる限りの最善をつくそう ではないか,と提案しているのである.この世界に絶望することなく,この世界に耐えて勇敢 に生きてゆくこと,これが地獄かとも思えるこの世界に対するデュレンマットの答である.
注
(1) Arnold, Armin: Friedrich Diirrenmatt. Colloquium Verlag, Berlin. 1969 S. 33 (2) Brock‑Sulzer, Elisabeth: Friedrich Diirrenmatt. Verlag der Arche, Zurich 1970 S. 44 (3) Durrenmatt, F. : Komodien H und Fruhe Stucke. Verlag der Arche, Zurich. 1963 S. 32f.
(4) Diirrenmatt, F. : Theaterschriften und Reden. Verlag der Arche, Zurich. 1966 S. 60 (5) a.a.O.S.40
(6) a.a.O.S.120
(7) Albrecht Durer (1471‑1528)ドイツ・ルネッサンス最大の画家.鋭い写実,深い芸術性,思索的 な人間性によって独自の画風をきずいた.
Hieronymus Bosch (1450?‑1516)フランドルの画家.流行病や拷問,犯罪と罰,空想的な妖怪を 題材に,鋭い観察力と自由奔放な空想力をもって人間の欠陥や不具を仮借なく表現した.
(8) a.a.O.S.41 (9) a.a.O.S.37
Arnold, A. : a. a. O. S. 9
01) Durrenmatt, F. : Die Stadt. Verlag der Arche, Zurich. 1955. S. 97
Pieter Brueghel (15209‑1597)ボッシュの影響をうけ,はじめ民間伝説やことわざを題材に描い たが, 63年にブリェッセルに移ってからは,オランダの独立をおびやかすスペインの圧力に対抗す る機運を宗教的題材に託した.
03) Diirrenmatt, F. : Theaterprobleme. Verlag der Arche, Zurich. 1955 S. 7 M Ddrrenmatt, F. : Komodien H und Frvihe Stiicke. S. 59
a. a. O.S.59 也 a.a.O.S.115
Arnold, A. : a. a. O. S. 26
Diirrenmatt, F. : Komodien H und Friihe Stdeke. S. 107
Buri, Fritz: Der <Einfall> der Gnade in Diirrenmatts dramatischen Werk. In 【Der unbequeme Durrenmatt" Basilius Presse, Basel/Stuttgart 1962
Diirrenmatt, F. : Komodien H und Friihe Stiicke. S. 33
¢1) a.a.O.S.37
「注」以外の参考文献
Jaushn, Christian M. : Friedrich Diirrenmatt. Juris‑Verlag, Zurich. 1964
Strelka, Joseph: Brecht Horvath Diirrenmatt. Forum Verlag, Wien/Hannover/Bern. 1962 Grimm, Reinhold: Parodie und Groteske im Werk Ddrrenmatts. In "Der unbequeme
Diirrenmatt"
Wehrh, Max: Gegenwartsdichtung der deutschen Schweiz. In 【Deutsche Literatur in unserer Zeit" Vandenhoeck u. Ruprecht, Gottingen. 1966
Martini, Fritz: Das Drama der Gegenwart.上掲書に収録
Mayer, Hans: Diirrenmatt und Frisch. Verlag Neske, Pflingen. 1963
Die Welt von Durrenmatts erster Periode
Die frtihen Prosastiicke Friedrich Durrenmatts, wie sie in dem Sammelband "Die Stack" vom Autor selbst vereinigt worclen sind, waren zwischen 1943 und 1946・
entstanden. In denselben Jahren war auch das Dritte Reich Hitlers zusammengebrochen.
So kontten wir mit gutem Grund folgern, dafi die fanatische Flamme vom Nazismus.
im Nachbarland einen wichtigen EinfluB auf den Dichter und die Entstehung seiner
friihen Werke ausgeiibt hatte. In seinem ersten Stiick "Es steht geschrieben" w云hlte
Diirrenmatt als Stoff die Wiedert云uferbewegung, die in den Jahren 1534 und 1535 in
Miinster den Hohepunkt erreichte. Es ist klar, da13 Diirrenmatt den Fanatismus des,
Wiedert芝ufertums und den des Nazismus fur parallel betrachtet hat. Dieses Stuck zeigt
uns, wie gewaltig und unbarmherzig die Geschichte vorw云rts geht und wie toricht und
blind die Menschen ihre Irrtumer wiederholen.
Diirrenmatts Meinung nach ist die heutige Welt fur uns Menschen ungeheuer und nicht zu bewaltigend, das Weltgeschehen erscheint uns zu gewaltig, als dafl wir noch
mitbestimmen kontten. Der Mensch befmdet sich so klein und ohnm蕗chtig vor der chaotischen Welt. In seinen Essays erw邑hnt er immer wieder von der Atombombe. Er
sagt: "Eine schauerliche Gotterdammerung der Zivilisation, der, dank der Atombombe,.
das Nichts folgen soil, das sinnlose Kreisen eines ausgebrannten Planeten um eine gleichgiiltig gewordene Sonne. "
Das oben erwahnte Weltgefiihl erklart uns die Vorliebe des Dichters fur die Win‑
terszene mit kaltem Wind. In der廿Stadt", die, wie A. Arnold hinweist, der Kern ist>
aus dem heraus die sp云teren Werke gewachsen sind, begegnen wir wiederholt den vom
Schnee bedeckten, wilden Winterszenen. Sie erinnern uns an die diistere Winterszene
in Kafkas "Das Schloβ". In Diirrenmatts friihen Stiicken kennzeichnen diese wilden
Winterszenen die ungeheuere Welt, in der wir heutige Menschen sinnlos stolpern
mussen.
In dem代Bild des Sisyphos" beschreibt Durrenmatt einen sinnlosen Kampf zwischen
einem Maler und einem Bankier um den Besitz eines gef丘Ischten Bildes von Bosch,
einer Hollenbeschreibung, in der auch Sisyphos auftritt. Die Holle ist der gliihende
Feuersee, in dem unz云hlige Menschen verschiedenartig gefoltert werden. Eine andere
lebhafte Beschreibung der Holle finden wir auch in "Die Falle". Dort ist die Holle ebenfalls als ein riesiger Feuersee dargestellt, in den die Menschen sich Schar auf Schar ergieJ3en. In der Holle steigen gliihende Gasballe auf und Protuberanzen wie Feuerblu‑
men tauchen aus dem Gischt flammernder Lava auf. Solche unheimliche Hollen‑
phantasie ist Diirrenmatts ursprungliche Vorstellung von der heutigen Welt, der das fur seine Dramen charakteristische Groteske entspringt.
Es ist nicht zu leugnen, daB es sich in Diirrenmatts friihen Stiicken urn die
religiose, theologische Frage handelt. Sein Erstlingsdrama,群Es steht geschrieben",
enthalt die云ufierst religiose Atmosphare. E. Brock‑Sulzer schlieBt aus dem Drama, daC
Diirrenmatt ein durchaus religios, ja sogar theologisch bestimmter Dichter ist. Der.r4 Autor von "Es steht geschrieben" und "Die Stadt" ist aber insofern religios, als er die
ldee Gottes nicht ignoriert. In der SchluJBszene des Stiickes h云ngt Knipperdollink, der
mit den christlichen Lehren ernst gemacht und alien seinen Reichtum von sich geworfen hat, auf dem Rad, und spricht zu Gott: "Herr! Herr! Sieh mich Dir an diesem Rad entgegengebreitet! Sieh meinen Leib, der zerbrochen ist, und meine Glieder, die in dieses Holz gespannt sind, das mich umgibt als meine Grenze, die Du
‑ir gesetzt hast, damit ich mich selber erkenne! Ich habe alles von mir geworfen, als wire es Feuer in meinen H云nden, und Du hast keine meiner Gabe verschm云ht. Herr!
Herr! Nun breitest Du Dein Schweigen iiber mich, und die Kalte Deines Himmels tauchst Du in mein Herz wie ein Schwert!" Wenn es Gott gibt, dann ist er ein Folterer, der den Menschen entweder mit sadistischer Freude qualt, oder ihn‑im besten Falle‑nicht beachtet.
W云hrend jeder der Charaktere im Stuck吠Es steht geschrieben" grotesk iiberspitzt
ist, ist nur ein Mann ganz frei von der grotesken ubertreibung und Entstellung. In der
mit Wahnsinn erfiillteten Welt dieses Stiickes ist er allein niichtern und erh云It einen
klaren Verstand. Der Mann ist der Bischof von Miinster. Wir konnten ihn fur den
Vertreter des Autors ansehen. Er sagt: ¶Der Mensch vermag nicht das Groβe, er vermag nur das Kleine. Und das Kleine ist wichtiger als das Groβe. Wir konnen viel
Gutes tun auf der Welt, wenn wir bescheiden sind." Der Bischof ist ein kluger