春秋戦国時代の北方系小型飾金具
著者 高見 哲士
雑誌名 金大考古
巻 61
ページ 15‑19
発行年 2008‑07‑30
URL http://hdl.handle.net/2297/11040
③構成資産候補のうち国指定文化財ではない文化財の 国指定への準備
④構成資産候補のうち既に国指定文化財になっている 文化財に関して保存管理計画が未整備のものについ て保存管理計画策定
※平成 19 年度の途中まで、③に関する業務は市町の文 化財行政の範疇として各市町の文化財担当課が実施す ることを前提に県世界遺産推進室は動いていたが、平 成 23 年度の世界文化遺産登録を目指すという目標を達 成するため、平成 19 年度末に県世界遺産推進室は「県 直営による構成資産の保存管理計画策定」という方策 を打ち出した。
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( 今後の取り組み
富士山は日本の象徴と言われるものであり、文化庁 としても富士山の世界文化遺産推薦は「日本国の威信」
を賭けたものと考え中途半端な状態でユネスコに推薦 することはあり得ない。静岡・山梨両県知事は「平成 23 年度の世界文化遺産登録」を公言しており両県の 富士山世界文化遺産登録推進担当部署はそのタイムリ ミットに向けて作業を進めている。御殿場市としては 静岡県側の関係市町として県世界遺産推進室に協力し て作業を進めているが、限られた時間で山積する難題 をクリアーするのは容易なことではない。
●平成 23 年度世界文化遺産登録を目指すための条件
・平成 21 年度中に全ての作業を終え外務省を通じて ユネスコへ推薦されること
・平成 22 年度には国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の 現地調査を受けること
・平成 23 年度の世界遺産委員会において世界遺産一 覧表へ「記載」決議されること
(個人的見解)
県知事の肝煎りで進められてきた富士山の世界文化 遺産登録であるが、各市町に今後課せられる難題も少 なくはなく、関係市町が一丸となって世界文化遺産登 録に向けて全力を挙げているとは言い難い。
富士山が世界文化遺産に登録されるための条件は、対 象となる遺産が日本の国内法(主に文化財保護法)に よって十分に保護される体制が整うことが必要条件で ある。特別名勝「富士山」や山麓に存在する無数の文 化財が国指定文化財として保護され、限りなく無秩序
に進む市街地の開発が景観条例によって制限され富士 山麓の景観が良好な状態になることは大いに歓迎すべ きことである。しかし、既に ICOMOS が 5 月に平泉に対 して登録延期勧告を行ったとおり、昨今の世界文化遺 産登録のハードルは高いものとなっており、富士山に 関しても富士山本体と山麓に分布する無数の構成資産 を網羅する広大な緩衝地帯(バッファゾーン)の設定 が不可欠となりそうな状況である。このような状況下、
世界文化遺産登録の必須ツールとして景観条例の制定 が市町に強要されることに景観行政担当課は激しく警 戒しており、文化財担当課としても平成 23 年度の登録 ありきで突き進む今のやり方には大きな疑問を感じざ るを得ない。
平成 23 年度末を迎えたとき、仮に登録が果たされな くても平成 23 年度まで登録推進に向けて精一杯努力し たという姿勢が重要であるという声が聞こえてきそう な先行き不安な富士山世界文化遺産登録推進が今年も 進んでいる。
Figure3 バッファゾーンの考え方
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春秋戦国時代の北方系小型飾金具
高見哲士
先行研究と問題点
主に小型飾金具について扱われている近年の先行 研究は、田広金・郭素新氏 ( 同 1986)、鄭紹宗氏(同 1991)、小田木治太郎氏 ( 同 2003a・2003 b )、楊建華 氏 ( 同 2004)、高浜氏 ( 同 1999、2005) らが挙げられ る。北方系小型飾金具は、他の北方系青銅器研究の一
特別名勝富士山指定範囲 (コア)
特別名勝富士山を保護する緩衝地帯 (バッファ)
構成資産となる 国指定文化財の 指定範囲 (コア)
構成資産を保護 する緩衝地帯 (バッファ)
構成資産となる 国指定文化財の 指定範囲 (コア)
構成資産を保護 する緩衝地帯 (バッファ)
構成資産となる 国指定文化財の 指定範囲 (コア)
構成資産を保護 する緩衝地帯 (バッファ)
構成資産となる 国指定文化財の 指定範囲 (コア)
構成資産を保護 する緩衝地帯 (バッファ)
富士山本体と構成資産を 網羅するような緩衝地帯
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金大考古 61, 2008 高見哲士・春秋戦国時代の北方系小型飾金具・15-1
部として扱われ、武器等の青銅器群の器種組成の変遷 解明に主眼が置かれてきた。報告書において記載され る出土資料資料もすべての出土品を網羅しているわけ ではない。紋様に主眼を置いた先行研究で別形状の一 群が同一型式の範疇に収まることが多々あり、十分な 検討がなされているとはいえない状況にある。本論で 扱う資料は、平面的な形態で、裏に鈕をつける構造か ら、主に布あるいは皮に縫い付けて使用したと考えら れる一群である。
春秋戦国時代の北方系小型飾金具の分類
時期別・地域別に各形状の分布を把握し、いわゆる
「北方系青銅器文化」に見られる地域性を検討する。
分類基準は、小田木分類(小田木 1)と高浜分類
(高浜 1、2005)を主な基準とした。本論では、鈕 の差異が他の小型飾金具にも見られるかという点を加 え、さらに紋様の系統で詳細な分類を行う。まず各小 型飾金具を特徴づける紋様の名称によって大別し、次 に必要に応じて形状、透彫り、浮彫り、紋様細部の差異、
裏面の紐の製作方法で細別する。詳細な分類基準は大 別した遺物群ごとに後述する。
春秋戦国期の中国北辺の青銅器文化は、大きく三つの 大地域が設定されてきた。東から燕山地域、内蒙古中 南部地域、寧夏・甘粛地域である。それぞれの地域的 年代観は先行研究で一定の成果が挙がっている ( 小田 木 200a ・ 200b、宮本 1、田・郭 186、楊 2004)。
1 渦雲紋小型飾金具
外形は長方形状を呈し雲形紋を表現する紋様で、渦 巻状の紋様を上下で点対称に組み合わせる飾金具であ る。裏面の中央にループ状あるいは棒状の鈕を縦につ ける。渦雲紋小型飾金具は、内蒙古自治区毛慶溝墓地 M4 において、被葬者の腰周辺から出土した(註1)。 何枚も連ねて出土し、出土状態から見て帯飾りとし て使用して埋葬し裏面の鈕は帯に連ねるための機能を 持っていたと考えられる。
先行研究では、上下対称の渦巻きの紋様を鳥頭紋様 が変化した形状・紋様であるとし、鳥頭紋様がある飾 金具の枠組みの中で捉えてきた。しかし、鳥頭紋様と この小型飾金具の関係について別の見解も提示されて おり(高浜 2005)、紋様上の系譜関係は検討の余地を 残している。また、長方形をなす形状は大きな特徴の
一つであり、先行研究のように鳥紋様の変化の観点か ら行われた分類である双鳥頭形飾とは、同じ範疇で捉 えるべきではない。過雲紋小型飾金具として型式設定 を行う。
・形状による分類
A;表面中央に円形の半球状の突起がある。
B;表面中央に突帯になる。
時期幅を共伴遺物から検討した結果、以下の点が判明 した(図 1)。
まず渦雲紋 A 型式では、大きく2段階に分かれる。
すなわち春秋時代後期から戦国時代前期にかけてのグ ループと、戦国時代中期から同後期のグループである。
A 型式では、寧夏・甘粛地域が両段階に渡って存続す るのに対し、内蒙古中南部地域では紋様のバリエー ションが減少する。さらに渦巻きの中心を上下二つ持 つものが毛慶溝墓地から消え、寧夏・甘粛地域に出現 する。B 型式は3段階に区分できる。春秋時代後期~
戦国時代前期、戦国時代中期、同後期である。B 型式 の出現がやや早く認められる。A 型式は、渦巻き紋様 によって少なくとも二つの系統が存在することが認め られる。渦巻きの中心が、中央にあるものと、左右ど ちらかの端部に偏るものである。渦巻きの中心が中央 に位置する遺物は、上下対称の境界が明確に括れるの に対し、渦巻きの中心が偏るものは括れが明確ではな い。細い沈線で紋様を描くものは、渦巻きの位置が大 きくずれて、さらに上下対称の境界の括れが突起した 外形へ変化する。渦巻きが二つ描かれる紋様が蘆子溝 嘴墓地や馬荘墓地Ⅱ M17 で認められる。渦巻きの中心 位置が偏る紋様系統は、戦国時代以降に B 型式でも認 められ、渦巻きだけの紋様表現が外形の輪郭線を描く ものへと変化する。両型式とも大きく2段階に分かれ、
春秋後期~戦国前期、戦国中期~同後期である。A・B 型式における変化は、透かし彫りから沈線紋化する点 と、外形が長方形化する点が共通している。外形・鈕 の構造により装着方法が似る。
2 双鳥頭形小型飾金具
外形が「S」字あるいは「の」字状の像を点対称に配 置する飾金具である。使用法に関しては出土状態から 明確に判明するものがない。江上・水野分類では「双 鳥頭形、双頭虺龍形」として分類したものである(江 上・水野 14)。双頭虺龍形は、双鳥頭形をもとに中 原で成立した可能性があると考えられている。双鳥頭
形飾は単頭の鳥頭紋が発展したものであるとされ、小 田木分類で Aa 式は、裏面の紐がなく、別型式として扱 うべきかと思われると指摘されているが、分類に関し ては検討の余地がある。本論でこの名称を用いるのは 小田木分類から C・D・E 式を除いたものについてであり、
小田木分類 C・D 式については双鳥頭形飾に含めず別型 式とした。
・形状による分類
A;二つの鳥頭を「S」字状に配する。
B;中央のボタン状突起を中心に、「の」字状 に像を配する。
C;その他
・紋様による分類
a;鳥をかたどるもの b;虺龍紋化したもの
時期幅を共伴遺物から検討した結果、以下の点が 判明した(図 2)。双鳥頭形飾は、内蒙古中南部地域 と、寧夏・甘粛地域に分布し、燕山地域には存在しな い。Aa 型式は、他型式より存続時期が短い。寧夏・甘 粛地域では B 型が多く認められる。紋様からは、嘴や 目を明確に表現する袁家墓地タイプから、簡略化した 蘆子溝嘴墓地タイプへ変化が認められる。Ab 式は2段 階に区分できる。新段階では紋様が鳥頭状でなくなる。
Aa・Ab 両型式は透かし彫りから沈線紋化する点と、鳥 頭突出部(耳部分)が消失する変化が共通している。
Ba 式は戦国期の三段階に対比でき、Bb 型式は認めら れない。Aa 式は両地域間に分布する共通の型式である。
Ab・Ba 型式に共通する点は、後の段階において紋様が 比較的詳細に表現され、寧夏・甘粛地域に分布する点 である。Aa 式は両地域間に分布する共通型式である。
渦雲紋小型金具 B 型式とは別系統に属する。
3 連珠波形小型飾金具
中央部がジクザグになり、上下に円形がつく形の飾 金具である。裏側の紐は上下二つの円形の部分につく。
連珠波形飾は、毛慶溝 M 号墓から帯状に連なって出土 している(註2)ことから、帯飾の範疇に入れた。江上・
水野分類では、「波形」とされ(江上・水野 14)、田・
郭分類では「連珠状形飾」(田・郭 186)、鄭分類で は「連珠歯状紋」(鄭 11)、小田木分類では「波形飾」
とされる(小田木 1)。小田木は、江上・水野の「円 形ボタンから発した形式」や、田・郭の「連珠形飾」
の一群とする考えを批判し、全てが同じ用途に属した
とは考えにくく、用途や装着方法で分類を再構成する 必要があると指摘する。高浜は、連珠波形紋飾金具の 形状と裏面鈕構造が2種存在することを指摘している
(高浜 2005)。この指摘を考慮し分類した。
・形状による分類
A;波形の部分がやや鋭角をなしている。
B;波形の部分がやや鈍角をなしている。全体 的にひしゃげた波形をしている。
C;その他上記の範疇にないもの。
・裏面の紐の分類
Ⅰ;裏面の紐を折り曲げ棒状を呈している。
Ⅱ;裏面の紐がループ状である。
Ⅲ;不明
時期幅を共伴遺物から検討した結果、以下の点が判 明した(図 )。
連珠波形飾を出土する燕山地域、甘粛西部地域双 方に B Ⅱ式が存在し、内蒙古中南部と甘粛東部地域に A 型式が見られる。連珠波形紋飾は甘粛西部地域がそ の他の地域と共通性を持っている。紋様は嘴や目を明 確に表現する袁家墓地タイプから、簡略化した蘆子溝 嘴墓地タイプへの変化が認められる。A Ⅰ式は格子状 紋様が波形部にあり、裏鈕を折り曲げる。B Ⅱ式は列 点が施される紋様と裏鈕がループ状になる要素が一致 し、相関性の高い属性として認められる。
まとめ
渦雲紋飾は地域的な偏りがあり、特に内蒙古中南部 と寧夏・甘粛地域に広がっている。燕山地域は両家意 識とも認められなかった。
型式別では、春秋時代後期頃には B 型が出現し、A 型よりやや早い段階の可能性がある。A 型は年代的に 大きく2段階に分けられ春秋時代後期頃から戦国時代 前期の範囲に収まる遺物群と、戦国時代中期から後期 にかけての範囲に収まる遺物群が認められた。前者は 内蒙古中南部と寧夏・甘粛地域双方に分布するが、後 者は内蒙古中南部地域に僅かに認められるに止まる。
A 型と分類した中にも紋様上での系統性が認められ た。それらは渦巻きを一つで表現するものと、外形輪 郭線の中に新たな別の渦巻きを表現するものである。
単一の渦巻きを表現する系統は、時期によって紋様・
外形が変遷している。
B 型は春秋時代後期から戦国時代前期の時期幅に収 まる遺物群が大きな画期として認められ、その前後の
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段階を同一型式の変遷と捉えた。両者の変遷過程に共 通する点は紋様上で渦巻きが偏り、片側のみ輪郭を表 現する系統ができることである。こうした沈線紋化と 長方形化への変化は、両型式共に共通する外形・鈕の 構造により起因するものであろう。装着方法が似るた め、使用法に影響を受けにくい紋様表現が、変遷過程 において相似していったと捉えることができよう。
また、B 型式の渦雲紋飾は中国北辺地域だけでなく、
前 5 世紀から前 4 世紀にかけてアルタイ地方にも分布 しており ( 註3)、一定の分布域をもつ小型飾金具とし て捉えることができる。その意味で、甘粛東部地域出 土の遺物群は、寧夏地域とより北方の地方を結ぶ共通 性の一つと捉えることができる。
双鳥頭形飾、獣頭飾については、内蒙古中南部地域 と寧夏・甘粛地域の遺物群の類似性を認めることがで きた。双鳥頭形飾からは、両地域に分布する遺物群と、
寧夏・甘粛地域にのみ分布する遺物群が抽出できた。
裏鈕のない Aa 式の存続期間は春秋後期~戦国前期に 収まった。これまで一括遺物群として扱われた中にも、
地域的偏在性を持つ遺物群とニ地域間に分布が広がる 遺物群として、中国北方地域内の飾金具の枠組みを提 示することが可能である。
さらに、連珠形波形飾について甘粛西部がその他の 地域と共通性をもつことを指摘できる。それは A Ⅰ式 のうち、甘粛西部と内蒙古中南部に分布する遺物群と、
B Ⅱ式の燕山地域に分布する遺物群である。
以上の遺物群を総合すると、時期的には春秋時代後 期から戦国時代前期と、戦国時代中期以降の二つの間 に画期が認められた。特に前者の段階では各型式内で も紋様や形態の種類が多く、資料が増加すれば新たに 細分できる可能性がある。
検討対象から外した飾金具の種類はまだ多く残って おり、さらに検討を加える必要があり、地域毎の年代 観、他の小型飾金具や共伴遺物等、今後も検討すべき 課題が残る。
註
(1)内蒙古文物工作隊 186「毛慶溝墓地」『鄂爾 多斯式青銅器』文物出版社 ,p244, 図1
(2)内蒙古文物工作隊 186「毛慶溝墓地」『鄂爾多斯式青銅器』
内蒙古自治区文物工作隊・田広金・郭素新編著、文物出版社 ,p24, 図 1
(3)V.Semenov and K.Chugunov 15;New evidence of
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甘粛省文物考古研究所 2001「第 章 柴湾崗墓葬」『永昌西崗柴 湾崗 - 沙井文化墓葬発掘報告』甘粛人民出版社、pp.11-116
(e-mail: [email protected])
図1 渦雲紋小型飾金具 (S=1/5)
図2 双鳥頭形小型飾金具 (S=1/5)
図3 連珠波形小型飾金具 (S=1/5)