Ⅳ 教 師がふ り返 る, 自らのキ ャリア形成 における 壁 とは何 であったか
古屋喜美代
問題 と目的
少子化,情報化,労働形態の多様化 に伴 う家 族関係 の複雑化 など社会の変容に伴い,教師の 資質向上 は喫緊の課題 とされている。特 に新任 教 師の場合,教師になるとす ぐに独立 して単独 で責任 を担 うことにな り,実践への参加過程が 急激である。一般の熟練技術者 はまずは見習い として周辺参加 を行い徐 々に中核 的役割‑ と移 行す るのに比べて,心理的にも物理的に も負荷 は大 きいであろう。現状では資質向上 に向けて の外部研修等試行錯誤が なされているが,確 た る方向性 は見 出せていない。教師養成 プロセス やその後の研修 プロセスな どのシステムを検討 す るためには,実践家たる教師 自身が実感す る エ ンパ ワメン トの有様 を明 らかにす る必要があ る。
本研究においては,教 師 自身が 自らの成長過 程 をふ り返 ることの分析 を通 して,教 師 自身の 側か らの資質向上 の捉 え直 しを図 りたい。「語 り」の もつ力 については心理学的社会学的に多 様 な意味が指摘 されている。語 りとい う行為 は 事実 を伝達す るだけではな く,語 り手 と聞 き手
の間で意味の響 き合いが生成 されるものである。
自己経験の明確化,社会化機能 をもつ,あるい は精神内で循環 していた感情が聞 き手 を得 て精 神 間活動 に転化 す る もの とい える (遠藤他, 2005)。 自己経験 を語 ることを通 して,属す る 文化の成員 にふ さわ しい意味づけを見出 してい くことにつなが る。 したが って,教 師 とい う人
生 を歩 むなかで構成 して きた 自らのエ ンパ ワメ ン トを紡 ぎ出す作業,それ を見出す手がか りを 得 ることがで きると考 え られる。
教師の資質 に関わる視点 として,メ ンタルヘ ルスの研究 と自律性 ・効力感の研究がある。
第一 に,教 師のバー ンアウ ト要因について, 田上 ら (2004)は次の 4点 を挙 げている。①や りがいのない多忙感。中核 的な職務 を充分遂行 で きない ことか ら役割不充足感が増大 し,周辺 的な職務遂行 に も困難 をきたすために役割過剰 感 に捕 らわれる。②成果の フィー ドバ ックの有 無。 日々の実践 を適切 に評価 され,教師 として の実践力 を高め 自尊感情 を高めるシステムが教 育の現場 にあること。 こうしたフィー ドバ ック な しに力量向上の努力 を続けることは困難であ る。③ 同僚 との人間関係。同僚 関係 はス トレス 原であると同時にス トレス対処の環境資源で も ある。良い関係性 によってサポー ト (情報 を得 る,励 ま しを得 る, 自己開示で きる,身近 なモ デルを得 る) を得て,個人的達成感が高 まる。
④子 ども ・保護者 との関係性。肯定的評価 は達 成感に,否定的評価 は教師 としての役割葛藤 に つなが る。
① か ら④ の問題点の根底 には
,
「個人的力量 の形成」 をどう認知す るかが関わっている。特 に(彰は 「子 ども ・保護者 との関係性」が 自身の 力量の実感 と直接つなが ることを意味す る。同 時に同僚 との関係性 によって,緩和 ,乗 り越 え が可能 となる部分 を含 んでいる。(参と(参は教育 現場 における同僚 との関係性 を通 してのキャリア形成の核 の問題である。 したが って,教師が
「同僚 との関係性」 をどの ように語 るか とい う 点 を,キャリア形成 を捉 える一つの視点 とした
い 。
第二 に,教師の 自律性 ・効力感 について,潤 上 ら (2009)は教師個人の個業型 自発性 か ら学 校組織 としての集団 レベルの 自発性 ・集団効力 感 を捉 え,構築す ることを提起 している。教師 集団その ものが相互的サポー トを有す ることが, 教 師の 自立的動機付 けを高める要 因 となる。 こ
れは 「同僚 との関係性」の質 をいかに高め,集 団効力感 を高めていけるか とい う問題 につなが る。
徳舛 (2007)は若手小学校教師‑の半構造化 面接 を通 して,教 師が熟達化 を実感す るプロセ ス を 「問題点への気づ きが,新たな非熟達感 を もた らし, これ を改善す るなかで実践 に新 たな 意味づけを見 出 し, この循環 を通 して熟達感 を 得 てい くこと」 と捉 えている。その過程で様 々 な リソースにアクセスで きるようにな り, これ がそ うした循環 を支 えると考 える。若手教師は
「子 どもか らのフィー ドバ ック (関係性)」 によ って教 師 としての 自らの評価 を していることを 見 出 している。そ して教師 としての学習 として
「個人的力量形成 (個人内に蓄積 されるスキル)」
と 「同僚 ・保護者 との関係性の円滑 さ (実践 を 行 いやすい ようにデザ イ ンで きること)」 を取 り出 している。す なわち若手教師であって も, 教師 としての成長は 「個人的力量形成」 とい う 個業型のみならず集団 レベルでの効力感 に支 え
られることを意識 していることが分かった。
この集団効力感 に関 し,淵上 は集団をまとめ てい くミ ドル リーダーの重要性 を指摘 している。
現在の教師年齢構成では,いわゆる中堅 ミ ドル リーダーは人数的に層が薄い。 したがって ミ ド ル リーダ一層 自身が役割過剰感に捕 らわれるこ とな く,エ ンパ ワメン トされなが ら集団をつな ぎ育てる役割 を果たせ るような支援体制 を意識 す る必要があるだろう。 また,小集団での協働 と濃密 なコミュニケーシ ョンが必要 となればな
るほ ど,相互の違いを感 じる機会 は多 くなる も のであ り,教師にとって,異質な他者 との コミ ュニケーシ ョン能力の滴養が必要 となる (田上 ら,2004)0
対人援助職の一つである教 師にとって, 自分 と他者 との関係性 における困難 とその克服 とが, 大 きくその成長 に関わることが予想 される。同 時に,それが教 師 としての危機 をもた らす こと もあ りうる。教 師のキャリア形成 とは教師 とし ての力量形成であるが,そ こに他者 との関係性 は深 く関わっている。本研究では,徳舛 (2007) が指摘す る 「問題点‑の気づ きか ら新 たな非熟 達感,改善 を通 しての新たな意味づけ」 とい う プロセス を 「壁」 と捉 え,教 師が 自らの 「壁」
(危機) をどの ように乗 り越 えた と捉 えてい る か を明 らかに してい くものである。 これにより, 教師のキャリア形成の道筋 とその支援 ・エ ンパ
ワメン トを考 える鍵 を見 出 してい きたい。
方法
1 対象者 :神奈川大学 を卒業 した現役 の教 師 を対象 に,2007年 に学 習 ・研修 に対 す るニー ズに関す る質問紙調査 を実施 し,インタビュー 調査へ の協 力 を依頼 した。協 力 の承 諾 を得 た 60名 の うち, 日程調整 の結果,28名が イ ンタ ビュイー対象者 となった。対象者のインタビュ ー時の勤務学校種 と年齢 は表1‑1,卜 2の とお
りである。
表 1‑1 対象者の勤務学校種
学校種 小学校 中学校 高等学校高等学校中 . 特別支援学校 計
表 1‑2 対象者の年齢 と性別
20代〜 30歳 30代 40代 50代 計
男 4 3 9 4 20
女 4 1 3 0 8
Ⅳ 教 師がふ り返 る, 自らのキャリア形成 における壁 とは何 であったか
2 インタビュー手続 き :2008年 8月,神奈川 大学教職課程担当教員8名が分担 してインタビ
ュアー とな り,1時間半程度の個別 インタビュ ー を大学 において実施 した。キャリア形成 に関 す る質問項 目 (3項 目) と研修 についての質問 項 目 (3項 目) をもとに した半構造化面接 であ る。キャリア形成 に関 しては(∋これまでに 「教 師 として壁 にぶつかった」 と感 じたことがある か どうか,その概要 と乗 り越 え,②教育実践 に ついて話 し合 う職場の人間関係,③ 自らの力量 向上 についての3項 目をもとに質問 を行い, 自 然 な会話 の流 れ にそ って回答 を得 た
。I
Cレコーダーに録音 した。
3 分析の手続 きと分析の概念 :本研 究ではイ ンタビューの半分 に当たるキャリア形成 に関す る回答部分 を分析 の対象 として取 り上げる。 自 分 自身の 「壁」 をふ り返 る作業 においては教師 としての経験年数の相違は大 きいであろう。そ こで本研究では10年 目以上の30代半ば以上の 中堅 ・ベ テ ラ ン教 師20名 (経験 年数10‑ 30 年以上) と30歳以下の若手教 師8名 (経験年 数2‑ 7年 目) に分 けて検討 してい く。
面接デー タの トランスクリプシ ョンか ら,分 析 ワークシー トをインタビュアーが作成す る。
これをもとに改めて トランスクリプシ ョンを筆 者が照 らし合 わせ,情報の修正,補充 を行 う。
分析 の概念 は 目的に合 わせて以下の2点 を抽 出 した。分析概念の細 目は分析 ワークシー トを
もとにカテゴリーを探索的に取 り出 した (表2)0 第一 に,教 師は 自 らのキ ャリア形成 にお け る
「壁」 として どの ような内容 を取 り出すかであ る。徳舛 (2007)の研究では,若手教師は個人 内 に 「蓄積 」 され る ものが教 師 と しての学習 (個人的力量形成) だ と捉 える一方で,周 囲 と の関わ りを実践 を行いやすい ようにデザインで きること (他者 との関係性)によって も自らの 熟達化 を実感 してい くことを指摘 している。 し たがって,本研究では教師が言及す る関係性の 他者 を [子 ども] [教 師] [保護者] に分 けて, [関係性 の壁]の内容 を検討す る。個人内に蓄
表2 分析の概念 壁
関係性 子ども関係の壁教師関係の壁 保護者の壁 個人 個人的力量の壁
乗り越え 関係性 教師間の支え
専門職の支え*
*専門職とは,スクールカウンセラー,初任者研修 メンター教員など
積 されるスキル といった [個人的力量形成] は, 実は関係性の問題 と連続的な ものであると考 え
られる。 しか し教 師が よ りどち らに重 きを置い て語 るか とい う点には,教 師 としての成長の捉 え方,熟達化のプロセスの実感のあ りようの違 いが影響 してい るので はなか ろ うか。 そ こで [個 人的力量 の壁] についての言及 のなかで, よ り個人内のスキルの問題 として焦点 を当てた 語 りを分離 して捉 えることとした。
第二 に, どの ように 「壁」 を乗 り越 えて きた かの言及 については, [他者 との関係性]へ の 言及 と [個人 としての気づ き ・努力] に分 け, キャリア形成のふ り返 り・の中で, 自らの乗 り越 え (成長) を教 師が どの ように捉 え直 している か を検討 した。
結果 と考察 1 教師に とっての壁の意味
(1) 中堅 ・ベ テラン教 師にとっての壁 学校現場 においてある程度の経験年数 を積 ん だ多 くの教師は,現在 の教師 としての 自分 に至 るキャリア形成の中に 「壁」 を位置づけ,焦点 化 したエ ピソー ドを取 り出 している。現在か ら 過去 をふ り返 り,過去 の経験が現在 に もつ意味 を捉 え直す とい う時間的展望 をもった語 りとな ってい る。 [個 人的力量 の壁] に言及 した者 は 少 な くはない (8名)が,多 くは関係性 につい
て も言及 している。無論 どのエ ピソー ドも [個 人的力量] と無関係ではあ りえないが,個人内 要 因に留 まらぬ,周 囲 との関係性 とい う視点か らエ ピソー ドを捉 え ようとしてい る。 [個 人的 力量の壁] とい う個人内要因により重 きを置い ている語 りは,20名 中 3名であった。
(∋ 子 ども関係の壁
他者 との関係性 における 「壁」 として語 られ る中で最 も多 いのが, [子 ども関係 の壁]であ る (12名)。校 内暴力や学級崩壊 といった時代 背景のある時期 に経験 した子 どもの荒れ (i) について5名 (4名 は中学校),最近 の子 ども の変容ぶ り (ii)については4名 (中学校)が 言及 している。初任頃 (2年 目ころ)の子 ども たちの反発 (iii)についての言及 は3名 (中学 校)であった。その他,特別支援学校 の子 ども の多様性か らくる対応 の難 しさに,1名の特別 支援学校教師が言及 している。
i)子 どもの荒れ
中学校 でのことを4名 と小学校高学年での こ とを1名が語 っている。子 どもたちの荒れる姿 に,信頼関係が築 けず 「子 どもの気持 ちが分か らない」 といった戸惑いに陥ることが多い。 し か しなが らそ うした戸惑いの中か ら,以下の例 に見 られるように子 どもの真の姿 に触れること によって,教 師 として 自らの成長 につなが った ことが認識 されるようである。
(例1) 中学が非常 に荒れた10年少 し前,学年 主任 をや っていた学年 の10人 くらいが 「授業 に入 らない
」
「もの を壊す」
「対教 師暴力」等 を 起 こ し, 自分 もかな り追いつめ られた。横 に座って話 を聞 くと,少 しずつ本音 を話 し出 した。
「授業が分か らないんだ」 と。そ こで1時間 く らい,別室で足 し算引 き算か ら教 えた ら,少 し ずつ 「わかる」 ようにな り,授業 には出ないけ れ ど落 ち着 いて きて
,
「先生,迷惑かけたな」と言 って卒業 していった。教 師 とは 「期待 して, 我慢 して,成長 を見守 ってあげるとい う意味の
忍耐」だ と思 った。
ii)最近の子 どもの変容ぶ り
昔であれば上記i)の子 どもの荒れ として捉 え られていたであろう出来事が,特別支援教育 の開始 によ り発達障害の観点が広 まったことも あ り,子 ども側の抱 える要因 として意識 されや す くなった。教 師は子 どもの もつ特徴 に戸惑い なが らも,それ を捉 えて特徴 にあった対応 をす る必要性 を感 じている。同時 に,個別の対応 の しわ寄せが全体 の学級経営 (他 の子 どもたちの 不満) に及 びがちな問題性 を感 じて もいる。
(例2)ち ょっ とした ことでスイ ッチが入 って キ レて しま う子 どもが 出て きた。10年前 は過 去 をふ り返 って
,
「前 もこんなことを しち ゃっ たけ ど,今度 は気 をつけな」 とい うような指導 が入 った。 しか し今 は 「なんで昔のことを言 う んだ よ,関係 ないだろう,今 はこれだろう」 と 子 どもの方が怒 って しまい,継続的指導が成 り 立ちに くい。何 かす ご く和やかに話 を していた か と思 うと,急 にカッと人格が変わった ように なって しまった り,一瞬 を過 ぎた らまた繰 り返 す。‑そんななかで も,担任教師は信頼 関係 を 築いてはいるが,その子 どもに手 を取 られす ぎ ることで,全体 の学級経営 はす ご く大変 なん じ ゃないか。(例3)特別 な支援 を必要 とす る子 をどう一緒 に普通学級で指導す るか とい う問題です。周 り の子 どもが対等意識か ら許容で きず,ぶつかっ て しまう。多動性の子 どもと他の子 どもとの ト ラブルなど。本来,小 さい頃か らいろいろな関 係性 を経験 しなが ら子 どもたちが学 んで くる中 で中学校 の時期があるべ きなのだが,そ うはな っていない現状の難 しさがある。
iii)初任 頃の子 どもたちの反発
3名が2年 目の子 どもとの信頼関係作 りの難 しさとそこか らの学 びを語 っている。初任 頃 と い うのは,教 師は経験のない中で模索 しなが ら, 子 どもとの信頼関係形成 に必死 になる時期であ
Ⅳ 教師がふ り返る, 自らのキ ャリア形成 における壁 とは何 であったか
ろう。その中で子 どもの気持 ちとずれが生 じ, 教 師の思いだけが空回 りするようなことも生起 しやす くなる。教 師 としての最初 の大 きな壁 を 経験 しやすい時期であると思われる。そこで 自 分が どう切 り抜 け,何 を得たかを自覚化で きる ことは,教 師のキャリア形成 にとって大 きな意 味 をもつ と考 えらjlる。
(例4)自分 の思いばか り伝 えて も伝 わる とは 限 らない。「それは先生 の経験 で しょ」 と子 ど もに言 われて しまった。 きつかったが 「それほ ど悩むのは教師 として子 どもを本気で思ってい るか ら」 と先輩 に言 って もらえたことで支 え ら れた。卒業す る時に子 どもか ら 「あの時の先生 の言葉が,今分かる」 と言 って もらえた。
(∋ 教師関係 の壁
子 どもの次 に多 く語 られ るのが, [教 師関係 の壁]である。中学校7名,小学校1名が述べ てお り,「出る杭 は打 たれ る」 とい った協働 困 難 (5名) と関係の希薄化 (3名)に言及 した ものであった。教師 として成長 してい くために 教師間連携が重要であるに もかかわ らず,十分 な連携が困難である現実 を強 く意識 している。
(例5)職業体験 を提案 した ところ,「どうして 仕事 を増やすのか」 と否定 された。
(例6) 指導 書 どお りの授 業 を しない こ とで
「足並み を乱す」 と同僚か ら指南 された。
(例7)かつては校務分掌 よ りや る気 のある教 師が中心 とな り,プロジェク トを作 って実行 し, 後継者育て もそこで行 われた。今 は校務分掌 に 沿 って動か してい く中で,や る気 の ない人 は 嫌 々や るので職場の雰囲気が悪 くなっている。
(∋ 保護者関係の壁
3名の言及があったが, この うち 2名は特別 支援学校教師であった。保護者対応の難 しさが マス コミで も取 りざたされることが多いが,敬 師 としてのキャリア形成の中でふ り返 った とき に壁 として意識 されることはそれほ ど多 くはな い。特別支援学校 の場合 は,障害の多様化,重
度化のなかで,保護者の意識の高 ま り ・要求水 準 の高 ま りに対応 してい くことが,教 師によ り 大 きな課題 として意識 されているのであろう。
(例8)若 い頃,保護者 に余計 な一言 を言 って 学校 を退学 された り,反感 を もたれ る こ とも 多 々あ った。5,6年経 った ころか ら,保護者 の話 をとにか く聞 くようにす るなかで,関係性 が変わっていった。
(む 個人的力量の壁
8名が様 々な場面で感 じた 自身の力量不足や それを補 う時間のなさな どを述べていた。 しか し5名は上記の関係性 について も述べてお り, 個人的力量 を壁 の中心 に置いた語 り方 を した者 は3名である。3名中 2名は,30代半ばとい う 比較的若い教師である。キャリアをある程度積
んだ教 師 に とっては, [個 人的力量 の壁] は周 囲 との関係性の中で意識 されることが多 く,関 係性の変容,構築 をより課題 として意識す る傾 向にあるようである。
(例9)研究熱心 な学校 に移動 して強 く力不足 を感 じる。先生 同士競争の緊張感の中で勉強す るチ ャンスがあった人は危機意識があるが,研 究に縁が ないままではスキル として何 も身につ いていない とい うことがある。
(2) 若手教師にとっての壁
キャリアの短い若手教 師はそ もそ も 「壁」 と い う言葉 自体 に違和感 を持つ ようであった。半 数の者が
,
「いつ も壁」
「壁 とい うよ り,一生懸 命がむ しゃらにや っているとい う状況」 といっ た表現で一旦 「壁」 とい う言葉 を保留 に してか ら, 自身がぶつかって きた事柄 を語 っている。全8名 *, [他者 との関係性 の壁] については 5名, [個人的力量 の壁] については6名が言 及 している。関係性の中の [子 ども関係 の壁]
をみると,ベテラン教 師の場合 は相対 的に時代 の特徴 と絡めて子 どもの問題 を捉 え,時代背景 と連動 した荒れや変容ぶ りといった視点 に言及 しているが,若手教師では時代 的背景 を絡める
ような視 点は薄い。 [個人的力量 の壁] に重 き が置かれるようであ り,子 どもとの信頼関係の 問題 も個人的力量 に絡めて語 られる傾向にある。
① 子 ども関係 の壁
3名が述べているが,いずれ も子 どもとの信 頼関係形成 に関わる ものである。中堅 ・ベテラ ン教 師たちの 「③初任 頃の子 どもたちの反発
」
と同一である。若手教師にとっては 目の前の子 どもたちとの信頼関係形成 は最重要課題であ り, 子 どもとどう向 き合 うか とい う個人的力量 に関 わる問題で もある。
(例10)家庭 でのルール ・約束事が弱 ま り,地 域で叱る大人がいな くな り,学校教育現場で叱 るべ き時には叱 るとい う部分が昔以上 に重要 に なって きた。感情的になってけなすのではな く, や った行為 を1つ 1つ整理 して次につなげてい
くとい うことが まさしく教育なのかなと感 じる。
(参 教師関係お よび保護者関係の壁
[教 師関係 の壁] は2名が言及 し,その うち 1名は社会人経験者で民間 との比較か ら語 って いる。
(例 11)ベテランの先生が新 しい ことを行 うの に慎重で,若い先生が新 しいことをや りづ らい。
[保護者関係の壁] は3名の言及があった。
(例 12)授業離脱 をす る子 どもをめ ぐり,保護 者 は学校状況や教 師の対応 を攻めるが,根本的 な子 ども観の相違があ り分か りあ うことが困難 (手 をあげ, きちん と叱 らないか らだ, と言 わ れる)。管理職 もサ ポー トして くれたが,結局 保護者 との対立図式になって しまった。
(さ 個人的力量の壁
若手教師にとっては,経験 を積 んで実績 を作 り,力量の向上 を確認す ることが最大の課題 と して意識 されている。8名 中6名 に言及が見 ら れる。いずれ も目の前のことに必死で取 り組 む 若手教師の姿が浮かび上が る。壁 としてふ り返 るとい うよ りも,力量形成の真 っ只中で奮 闘 し
ているとい う状況であろう。
(例13)「とにか く一巡 し実体験す ること」「新
しい経験 に直面す るとい うことが壁 として捉 え られる」「1日1日必死 に働 いてい るので,常 に壁」「壁 とい うよ り初任 で頑張 っている とい う感 じ。書類,指導準備 に追われ る」「先輩教 師 との違いを研究す る中で (徐 々に)わか って
きた。見て学ぶ,盗む とい うことをや っている。
まだ まだ 自分 の中に語 れ る ものが不十分」「こ の先生の よさはこうい うところで, じゃあ 自分 の よさは何 だろう,私 はどうしようとよ く考 え
る」
2 壁の乗 り越 え
教師 として感 じた壁 をどの ように乗 り越 えた かについては,大 きく分 けて [他者 との関係性 の支 え] と [個人 としての気づ き ・努力]の二 つがみ られた。 この うち前者 においては,多 く が教 師間の支 えによる ものであった。
(1)中堅 ・ベテラン教師は どの ように壁 を乗 り 越 えたか
① 他者 との関係性 による支 え
半数の10名が言及 し,その うち8名 は 「教 師間の支 え」,2名 は 「専 門職 (ス クール カ ウ ンセ ラー)の支 え」 について述べ た。教師間関 係 は,その困難性が壁 として認識 されることが 多い。同時に壁 を乗 り越 える支 えとなるの も, この教師間関係であることが多いことが分かる。
具体的で リアルタイムな先輩や同僚 による支 え を指摘す る者が8名 中5名お り,後3名 は初期 数年間の教 師仲 間関係の学 びあいや校 内の話 し 合 いを挙 げていた。
(例14)初 め3年 間の仲 間関係 が重要。最初 の 10年 間の校 内 自主研 究 グルー プの中で,教 師 としての方向付 けが決 まった と思 う。 自分の実 践 を出 し合い,立ち話 もしなが ら,他 の人か ら の視点,多様 な考 え方 に触れ,子 どもか ら出発 す ることの大切 さを繰 り返 し学 んで きた。
(例15)初任校8年 間での よい出会 いが大 きか
Ⅳ 教師がふ り返 る, 自らのキャリア形成 における壁 とは何であったか
った。初 めは2種小学校免許であったため, ど こかに劣等感があった。3年 目に畑違いの 「体 育主任」 を任 され,学校運営 に深 く関わ り, 自 分の有用感 を感 じることがで きた。体育研究会 の中で 自分 を認めて くれる人 と出会い,一生懸 命勉強す る中で育て られた。
2名が [専 門職 (ス クールカウンセラー)の 支 え] を述べているが,一人は教 師 としての悩 み を聞いて もらうことで 自分 を取 り戻 した とい うものであ り (教 師はクライエ ン ト), もう一 人は発達障害の生徒への支援 にあたって相談す る (教師はクライエ ン トではない。 コンサルテ ーシ ョン) とい うものであった。
他の教師であれス クールカウンセ ラーであれ, 教 師が 「他者 との関係性」 に求めるものは,一 つ は教師 としての 自分 自身が支 えられる,成長 で きるとい うこと,二つには学校現場 (主 とし て対子 ども) を実際に支 える手立てを吸収 した
り気づか された りす ることだ と思われる。
(参 個人 としての気づ き ・努力
壁 をふ り返 った ときに, とにか く自分 な りの 気づ きと努力 を重ね,後か らふ り返 るとそれが 乗 り越 えにつなが った と了解で きるといった言 及 であ る。5名の言 及が あ り,「子 どもと向 き 合 い,待つ,忍耐」 (そのために毎 日とにか く 読み聞かせ を重 ね る, な ど)「保護者の話 をと にか く聞 く」 といった受容視点‑の気づ きが多 い。他 に力量形成のための個人的努力 を述べ た 者がいた。
(2)若手教 師はどの ように壁 を乗 り越 えたか
① 他者 との関係性 による支 え
[教 師間の支 え] を6名が述べ てい る。具体 的で リアル タイムな支 えで乗 り越 えてい こうと している, まさに現在進行形の語 りが なされて いた。先輩教師の よい面 を見て考 え,学ぶ こと, 助言 を求め,話す時間を作 るといった努力の語
りもあった。 この うち3名 は明確 に良い人間関 係 ・集団風土のなかで話 し合いや励 ま しが得 ら
れていることを述べていた。 また [専 門職 (初 任者研修 メンター)の支 え]や若手 を対象 とす る研修会が,若手教 師支援 システム として重要 な一翼 を担いつつあることが窺 える。
(参 個人 としての気づ き ・努力
社会人経験のある教 師が,その経験が壁の乗 り越 えに意味があると捉 えている。生徒指導 ノ ー トを作成す るな ど力量形成のための個人的努 力 を述べた者 はいるが,それによって壁 を乗 り 越 えた とい う明瞭 な位置づけの語 りは見 られな かった。
総合的考察
1 教師 と しての 「壁」 の捉 え方 の経験 による 違 い
(1)壁 としての子 どもの存在
ベテラン教 師にとっては [子 ども関係の壁]
が最 も多 く思い起 こされていた。保護者関係 に ついては壁 として捉 えられることは少 ない。徳 舛 (2007)は,若手教師が児童か らの フィー ド バ ックで実践が うま くいっているか どうか を判 断 し, 自らの有能 さ,実践評価 を主観的に行 っ ていることを示 した。本研究 よりベテラン教 師 もまた 「子 どもとの関係」 を通 して教師 として の 自己評価 を行 い,それがキャリア上の大 きな 壁であること,そ こを乗 り越 えることで, 自ら の実践 に新たな意味づけが可能 となることがわ かった。
教 師 としての成長 において子 どもとの関係が 重要であるとはいえ,子 どもか らのフィー ドバ ックはす ぐに 目に見 える形で現れるとは限 らな い。む しろ一定の時間が経 ってか ら 「これで よ かったのだ」 とい う成果のフィー ドバ ック (伝 頼 回復,感謝 な ど) を得 ることがある。 これは, 時間が経 って卒業の際 「先生,迷惑かけたな
」
「あの時の先生 の言葉が,今 わか る」 とい った 子 どもの言葉 によって,教師が 自分の実践が間 違 っていなかった と自信 を得 た とい う語 りか ら 示唆 される。田上 ら (2004)は成果の フィー ド
バ ックな しに力量 向上 の努力 は困難 だ としてい る。教 師 としての成長 に必須の成果の フィー ド バ ックは,子 ども関係 か らはす ぐには得 に くい 時がある。そ うした ことが しば しば起 こるのが 教 師 とい う職業 であ り,その時 に教 師の 日々の 実践が適切 に周 囲か ら評価 されることが必要 に なって くる。支 えの核 は 「同僚教 師 との関係」
である。 これは悩みの渦 中にあるなかで 「それ ほ ど悩 むのは教 師 として子 どもを本気 で思 って い るか ら」 との先輩 の言葉で支 え られた とい う 語 りな どか ら見 えて くる。そ うした支 えが ない
と教 師は成長への意欲 を失 ってゆ く恐 れがある。
(2)同僚教 師 との関係 の二面性〜ス トレス原 と 支援 リソース
教 師の成長 に不可欠 な同僚教 師 との関係 であ るが,逆 にス トレス原 として協働 の困難や関係 の希 薄化が語 られることはかな り多い。 ネガテ ィブな同僚 関係 は集 団の効力感 を低下 させ,教 師 自身の成長‑ の意欲 をそ ぐことになる。経験 年数 をふんだ中堅 ・ベテ ラン教 師はキ ャリア形 成 において同僚教 師 との関係が重要である と捉 えてい るか らこそ,それが壁 として語 られ るの か もしれない。
(3)若手教 師に とっての最大 の壁 〜個人的力量 多 くの教 師に とって実践 における力量不足へ の気づ きとその克服が成長過程 に深 く関わって い る。特 に若手教 師の場合,個 人的力量 は最 も 主要 な壁 として認識 されてい る。あるいは壁 と してふ り返 り意味づ け直す,客観化す る以前 の 段 階にある。若手教 師は [経験] を重視 し個人 的力量形成 に焦点 を当てて語 る傾 向にある。 こ れ に対 し中堅 ・ベテ ラン教 師の場合,個 人的力 量形成その ものに焦点 をあてた語 りよ り,基底 にその間題 を指摘 しつつ より関係性 について多
く語 る傾 向にある。
若手教 師は
,
「一巡 し実体験す ること」
「新 し い経験 に直面す ること」 といった経験 その もの を個 人的力量 の 中核 に位 置づ け,
「先輩教 師から見 て,学 び,相談す る」 とい った学 びの リソ ース‑ の気づ きを語 ってい る。徳舛 (2007)が
「リソース‑のアクセスが制 限 された状態か ら, アクセスで きるようになってい く過程」 を抽 出 した ように,若手教 師が能動 的に周 囲 (環境) に関わ りなが ら力量形成 してい ることが わか っ た。
中堅 ・ベテ ラン教 師は同僚教 師 との関係性 に よ り着 目し,個人的力量 と関係性 (集 団 として の効力感の問題) を全体 に位置づ けて捉 える傾 向にあ った。 これ に比べ て若手教 師の語 りは個 としての問題 を全体 に位置づ けて捉 える傾 向は 弱い。教 師 としてのキ ャリアの蓄積 を通 して, 同僚教 師 との関係性 の質,実践現場 における集 団の効力感‑の問題意識が明瞭 に構築 されてい
くもの と考 え られる。
2 「壁の乗 り越 え」 についての経験の違 い 教 師が最 も多 く言及す るのは具体 的で リアル タイムな先輩 や 同僚 に よる支 えであ る。「子 ど も関係」が最 も多 く言及 される壁 であることか ら, 日々 目の前の子 どもたち との関わ りか ら生 じる出来事 , トラブル‑ の対 応 につ い て 「情 報 ・助言 ・モデル提供」 を必要 としている とい うことがわか る。 こう した支 えを得 られること が教 師の 自信 の回復 な ど 「心理 的安定」 につ な が る と考 え られる。ス クール カウンセ ラーや初 任者研修 メ ンターが果た しているのは, 同僚教 師 と同様 に情報提供 と心理的安定の役割であ る。
自己開示 とい った心理的安定 自体 を必要 とした とい う語 りは少 な く,様 々な情報提供 による支 援 を通 して結果 として心理 的安定が得 られてい った と考 え られる。 同僚教 師に実践 についての 話 をす るプロセスのなかで,丁寧 に聴いて もら える とい うことは 自己開示 につ なが り,身近 な モデルや情報,励 ま しといった フィー ドバ ック を得 ることになる。実践 の成果 は子 どもを通 し てす ぐにはフィー ドバ ックされない時があ り, 教育現場 に相互 をサポー トし教 師の 自尊感情 を 高め,実践力 を高め る意欲が維持で きる風 土,
Ⅳ 教 師がふ り返 る, 自らのキ ャリア形成 における壁 とは何 であったか
集 団 と しての効力感があることが重要である。
若手教 師の場合,見 て学ぶ,考 える とい う個 人的作業が強 く意識 され,そ して話す とい う集 団作業が語 られる。教 師 としての 自分 に とって [経 験 ] その ものが不 十 分 な こ とが 現 在 の壁 (課題) になってい る と捉 えてお り, まず [経 験] を積 むことで教 師 と して成長 してい くと考 えている。そのなか に [同僚教 師 との関係性]
が含 まれ,人間関係 の良好 さ,良い集 団風土 に あ って初 め て先 輩 ・同僚教 師 に話 をす る こ と (成長 のための リソース にアクセスで きる) が 可能 となる と考 えている。 これは徳舛 (2007) の指摘 と同様 である。
一方,中堅 ・ベ テラン教 師の場合,すでに教 師 と して成長 して きた過去 をふ り返 っている。
教 師 になった初期数年 間の教 師同士 の学 び合 い や話 し合 い,集 団風土 に言及 した語 りに見 られ るように,個人の成長 を集 団全体 のなかに明確 に位 置づ けて捉 える視 点が 出現 して くる。 中 堅 ・ベテラン教 師が 「壁」 としてネガテ ィブな 教 師関係 ・風土 を挙 げることが多いのは,その 背後 に個人の成長 を集 団全体 のなか に明確 に位 置づ けてい るため と考 え られる。
以上 よ り,若 手教 師 は [経験 ] を重視 し, [教 師間の支 え] に よって成長 を実感 してい る。
[教 師間の支 え] は集 団効力感 のあ る場 にあ っ て実現す る ものであることに も気づいている。
ただ,中堅 ・ベテ ラン教 師の ように,個人の成 長 に果 たす集団効力感の位置づけを明瞭 に意識 してい るわけではない と思 われ る。 したが って 良い集団風土 にめ ぐり合 えなか った場合,個人 の問題 と して問題 を抱 え込み,成長のための リ ソースへ のアクセスがで きない まま葛藤 して し まう恐 れは高い。若手教 師の成長 を支 える集 団 風土や システムの充実 は,現在 の教 育現場の重 要課題である。
この ように考 えた とき,現在 の教育現場 の年 齢構 成, い わゆ る ミ ドル リー ダー (30代 後半 か ら40代初 めの 中堅層) の重要性 が再確 認 さ れる。 ミ ドル リー ダーは,ベテランと若手,あ
るいは個 々の異質性,多様性 をうま く相互刺激 と協働 に転化す る力 を発揮 していかねばな らな い。 ところが実際 には中堅年齢層 は人数が少 な く,相互 の異質性 の きしみ に飲 み込 まれる と逆 にバ ー ンアウ トしかねない状況 にあ る。 こうし た協働実現 の難 しさについては,本研究の対象 であ る中堅層 の語 りに も現 れていた。
昨今 は多 くの若手教 師が数年でバ ー ンアウ ト し教育現場 を退職 してい る。今後 は, ミ ドル リ ーダー を軸 に した教育現場 の集 団効力感 をどの ような形 で実現 してい くか,その経過 と成果 を 明 らかに してい くことが求め られてい る。
引用文献
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田上不二夫ほか 2004展望 「教師のメンタルヘ ルスに関する研究 とその課題」教育心理学年報 第43集 pp135‑144
徳舛克幸 2007「小学校教師の実践共同体‑の 参加の軌跡」教育心理学研究,55,pp34‑47 参考文献
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おける教育相談活動の定着に影響 を及ぼす諸要 因の相互関連性 に関する実証的研究」 教育心 理学研究,57,pp99‑110
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