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問題化 と潜在化

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研究論文

ドメステ ィック・ バイオ レンスの 問題化 と潜在化

大 庭 絵 里

キ ー ワー ド :ドメステ ィック ・バイオ レンス (DV) ジェンダー

女性‑の暴力 親密 な関係

1 .

は じめに

夫婦や恋人 といった親密 な関係 の中で男性 か ら暴力 を受 けた女性が、 自らの体験 を被害 とし て主張す る とき、 自分 の思いがなかなか伝 わ ら ない とい う声 を しば しば耳にす る。本稿 は、 日 本社会 においてそのよ うな暴力が社会的に 「問 題化」(1)す るには様 々な困難 が ともな うことに ついて考察す ることを 目的 としてい る。

「配偶者 か らの暴力 の防止及び被害者 の保護 に関す る法律」 (以下DV防止法 と呼ぶ)が2001 年 に成立 し、2004年 に改正法が施行 されて以来、

夫による妻‑の暴力に関す る社会的認識が広まっ た とはいえ、いまだに ドメステ ィック ・バイオ レンス (以下DVと呼ぶ) につ いて は深 く理解 され、その知識 が一般 的に普及 してい るとはい えず、また被害者 の相談や救済 については地域 格差があることが指摘 され る (朝 日新 聞,2009.

9.11∴朝刊) な ど、DVの 「問題化」及び救済 に ついてはいまだに困難 が ともなってい る。

DV防止法 の対象 が婚姻 した夫婦及 び事実婚 の夫婦であることか ら、同居 していない未婚カ ッ プルや、恋人の関係 にお ける暴力 については、

DV防止法の適用範 囲外 となる。要す るに、DV 防止法 は、防止す る暴力 の対象 を、婚姻 した配 偲者 間 (離婚 してい る場合 には元配偶者 間)、

及び事実婚 の よ うな事実上の配偶者 としてみな

され る者 同士の関係 において生ず る暴力に限定 してい る。 恋人 の よ うな関係 をDV防止法 が対 象 としなかったのは、恋人や 同棲相手な どによ る暴力 は他人か らの暴力一般 と区別す る必要が な く、ス トーカー規制法 を使 えばすむ とい う議 請 (戒能 2001:30;戒能編 2006:98)や、 「婚姻 に伴 うしが らみのない恋人 については 自己決定 権 を奪われた "囚われの身" とはいえない」 と い う議論 があったか らである とい う (南野知恵

,千葉委子景子,山本香苗,吉川春子 ,福 島みず ほ 2008:10)。 そ こで、 日本 にお けるDV防止 に 関わ る市民運動、及び地方行政主体 にお けるD V防止 の啓発活動 では、婚姻 関係 にはないが、

恋人の よ うな関係やデー トす る関係 における暴 力 もまた問題 として位 置づ けるため、 「デー ト DV」とい う用語 を使用 して啓発活動 を行 って いる。

しか しなが ら、婚姻的地位 にあるかないかの 差 によって保護 の対象 を限定す ることは、女性

‑の暴力 を防止す るとい う本来の意味か ら考 え て有効 とはい えない。イギ リスにおいては、 ド メステ ィ ック・バイオ レンスは配偶者 間の暴力 に限定 されず、恋人の よ うな 「親密 な関係」 も 含 まれてお り、また異性愛 関係 のみな らず 同性 愛関係 も含 まれてい るが、圧倒 的多数 は男性 に よる女性‑の暴力であるとい う (HagueandM alos2005‑邦訳2009:21)0

(2)

そ こで、本稿では、DV防止法 にお けるDVの 定義 との混 同を避 けるため、 「親密 な関係 にお ける暴力」 とい う語 を使用す るが、婚姻的地位 や同居 の有無にかかわ らず、夫婦や恋人のよ う な私的で親密 な関係 をもつ関係性 における暴力 をDVとして捉 える (ただ しDV防止法 を除 く)0

DVに関す る研究は近年蓄積 されてきてお り、

多 くの事例 をもとに心理学、社会学及び法学的 知見をもとに理論化 され、また啓蒙的書籍 も多 く出版 され るに至っている。本稿 はそれ らの先 行研究 をふまえ、社会学の立場か ら、親密 な関 係 における女性‑の暴力の概念 とその背景 につ いて整理 し、親密 な関係 において男性か ら暴力 を受けた女性の被害の リア リテ ィが他者 と共有 され得ず、被害の主張が可視化 されない要因に ついて考察す る。また本稿での議論 は、部分的 に、筆者が意見書の提出を依頼 された刑事事件 と民事事件か ら得た知見にも依拠 していること を付言 してお く(2)0

2.

親密な関係 における女性への暴力 とは どのような行為か

親密 な関係 における女性‑の暴力 について論 議す る前に、それが どのよ うな行為 なのかを概 観す る。

暴力 として容易 にイメージできる行為は、殴 る、蹴 るといった暴行である。殺人、傷害、暴 行 とい う刑 事罰 の対象 とな る犯罪行為 はDVの 中で も典型 的な身体 的暴力 である。DV防止法 におい ては、 当初 (2001年 )、 暴力 の定義 は

「身体的暴力」に限定 されていたが、2004年 の 改正法 において、 「心身に有害な影響 を与 える 言動」 として精神的暴力 と性的暴力が含まれ る もの となった。すなわち、いわゆる、殴 る、蹴 る といった行為 をDVとして とらえ られ る傾 向 が強い中で、精神的暴力や性的暴力が含 め られ ることになった。

内閣府男女共同参画局によって行われた 『男 女間における暴力 に関す る調査報告』 (2009) では、暴力 は 「身体的暴力」、 「心理 的攻撃」

116国際経 営論集 No.38 2009

(精神的な嫌が らせや恐怖 を感 じるよ うな脅迫)」

「性的強要」の三種類にわけ られている。また、

DVについて先駆的な研 究 を行い、今 日に至 る まで多 くの研究者 によって引用 され るレノア ・ E・ウオーカーの研究 (walker1979=邦訳 1997) は、それ らに加 え、 さらに 「経済的剥奪」、 「家 庭 の不和」 (秦‑の暴力のある家庭 ではその子 どもも虐待 されやすい、また母親‑の虐待 をみ なが ら育つ子 どもは将来妻 に暴力 をふ る う確率 が高いな ど)、 「社会的虐待」 (妻 の社会的活動 を許 さず社会的に孤立 させ、人格の喪失 を生み 出す こと) を妻‑の虐待の内容 に含 ませ る。

法的な保護 の対象 を確定す るな ど制度的理 由 か ら暴力はい くつかに分類 され るに して も、結 局、DVとは、 「あ らゆる暴力 ・手段 を使 った相 手の コン トロール」(戒能 2006:23)」として捉 えられ るべきであろ う。怒鳴 る、ものを投げる といった、単なるケンカのようにみえる行為は、

ケガをさせ る暴力 と連続 している。被害者たち は束縛 され、恐怖 を味わ され、 ときには うつ状 態 になる場合 もあることがDV関係 の文献 にお いて頻繁に紹介 されている。身体的暴力の究極 の行為が殺人であることは言 うまでもない。

精神的暴力 としては、侮辱、罵倒す るといっ た言葉の暴力や、様々な言動による威嚇、威圧 といった心理的な攻撃な どを挙げることができ る.一例 を挙げるな らば、ある女性は、男性 を

「ご主人様」と呼ぶ よ うに強制 され、男性 を怒 らせ ると土下座 させ られ、屈辱的な言動をあび、

普段 もその男性 か ら 「便所」と呼ばれ た とい

(3)0

さらに、 ウオーカーは、暴力 を受 けた 「女性 たちが一定の虐待サイ クル を経験 していた」 こ とか ら、 「暴力のサイ クル理論 としてその暴 力の特徴 を論 じ (Walker同上書)、早 くか ら暴 力 が繰 り返 され るこ とを指摘 していた。 この

「暴力のサイ クル」は今 日、DVの啓発や解説 の ための文献において頻繁 に引用 されている (た とえば森 田2007;日本DV防止 ・情報セ ンター 2005)。つま り、DVにおける暴力 には周期があ

り、夫は暴力をふ る うときもあれば、そ うでな

(3)

い ときもあ り、暴力後 はい ったんはや さしくな るが、決 して暴力 がな くな るわ けではないので ある。

3.

親密な関係 における男性 による女性へ の暴力 という 「問題」の特徴

DVには、被 害者 が加 害者 と別 れ て も続 く精 神 的 な苦痛や 、子 ども‑ の影響 、女性 の経済的 自立 な ど様 々な問題 が含 まれ る。 いずれ も重要 な問題 ではあるが、 ここでは、親密 な関係 にお いて男性 の暴力 に よって女性 が被 害者化す るこ とを社会 的な文脈 にお き、 この女性 の被害者化 を社会的な 「問題 」 として可視化 しに くくさせ る要 因を考察す る。 その要 因の一つ は、 これ が

「女性 ‑ の暴力 」 で あ り、 フェ ミニ ズム研 究 の 中で主張 され てい るよ うに、社会 にお けるジェ ンダー構造や ジェンダー観 がその暴力 の背景 に あることである。 も う一つ は、加 害 と被害の関 係 が親密 なパー トナー 同士であるこ とか ら第三 者 にわか りに くく、また被 害者 も被 害 を主張す るのが困難 になるこ とである。つ ま り暴力 が 日 常の私的世界 の中で起 こってい るが ゆえに被 害 が潜在化 して しま うと考 え られ る。

まず、DVの被 害者 の多 くが女性 で あ る こ と を確認 したい。 た とえば 『平成20年版 男女共 同 参 画 白書』 (内閣府、 2008年、 94‑96頁)に よれ ば、2007年 (平成19年) にお ける配偶者 間 (内 縁 を含 む) にお ける犯罪 (殺人 、傷害、暴行) の検 挙 件 数 は2471件 で あ り、 そ の うち2232件 (90.3%)は女性 が被 害者 になってい る。『男女 間にお ける暴力 に関す る調査報告書』(内閣府 、 2009)にお いて も、 女性 のほ うが男性 よ りも被 害 にあってい る (4)。 ラデ ィカル ・フェ ミニス ト のマ ッキ ノンは、 こ うした事実 に早 くか ら注 目 し、 ジ ェンダー を、 「差異 ではな く、支配

の 問題 として位 置づ けた (Mackinnon 1987=1993:

83)。また、女性 ‑ の暴力 が か な る問題 で あ るのかにつ いて は、1993年 国連総会 で採択 され た 「女性 に対す る暴力 の撤廃 に関す る宣言」が 明確 に してい る。す なわ ち、女性‑ の暴力 は、

人権侵 害 で あ り、 「男性 の女性 に対す る支配及 び差別並び に女性 の十分 な地位 向上の妨害 につ なが って きた」 ので あ り、 「女性 に対す る暴力 は女性 を男性 に比べ従属的な地位 に強い る社会 機構 の一つ」 として捉 え られ るのである。

夫婦 であれ 、恋人で あれ、親密 な関係 の中で 女性 が多 く被 害者化 してい る とい うこ とは、D Vが一般 的 な暴力 とは:性格 が異 な るこ とを もの がたってい る。暴力 は一般 的 に、他者 に対 して 自らの意志 を押 しつ け、他者 の行為 を統制 し、

従属 させ るための手段 であるが、その対象 が女 性 に向け られ る とき、一方 のジェンダーが他方 のジ ェンダー を支配す るこ とを表 してい る。 D V啓発 活 動 の 中で 、DVが 「力 と支配

で あ る

と説 明す るの も (た とえば森 田 2007;遠 藤 2007:日本DV防止 ・情 報 セ ンター 2007)、 男 性 が暴力 によって女性 を 自らの コン トロール 下 にお き、女性 との関係 において優位 にた と うと す るな ど、暴力 が支配 の手段 となってい るこ と が数 多 くのDVの事例 か ら明 白だか らで あろ う。

DVは、女性 が体力 的 に弱 く、男性 が生 まれ つ き肉体的 に強い とい う生物学的な差異 の問題 な

どではないのである。

DV防止 法 の前文 が 「配偶者 か らの暴力 の被 害者 は、多 くの場合女性 」 で ある として、 「男 女平等 の実現 を図 る」 こ との必要性 を述べてい るが、それ は、夫 による妻‑ の暴力 の背景 には ジェンダー間の支配 一従属 関係 を容認 し、ある いは推奨す る社会が根底 にある とい う状況認識 をふま えてい るか らで ある。

セ クシ ュアルハ ラス メ ン トとは異 な り、DV においては、労働や教育 とい う権力 関係 が公 的 に明 らかな場面ではな く、夫婦や恋人 とい う、

愛情 が媒介 してい る と信 じられてい る親密 な関 係 にお いて、支配一従属 の 関係 が暴力 を通 して 生み 出 されてい る。親密 な関係 にお ける女性‑

暴力 は、 日常の私的生活 の中で起 こってい る と 同時に、それ は社会 にお けるジェンダー 関係 と 密接 に関わってい る。

(4)

4.

日本 社 会 に お け る ジ ェ ンダ ー 意 識 と結 婚観

夫婦、恋人 といった、愛 とい う情緒的な結合 と思われ る関係 において、暴力が生 じてい るこ とは、決 して最近の ことではない。 しか し、そ れが 「問題」 として捉 え られ るよ うになった背 景 には、 「女性 に対す る暴力」 に関す る市民運 動 の展 開や 国際 レベルでの性差別撤廃 にむ けた 政策がある。

「女性 に対す る暴力」については、国際 レベ ルでは性差別撤廃 の一環 として1970年代か ら公 式 に取 り組 まれ て きた。 1975年 か らの10年 が

「国連女性 の10年」 (United NationsDecadefor Women)として国連総会 によって定め られ、1993 年 には 「女性 に対す る暴力撤廃 宣言」が国連総 会 において採択 された。 この 「女性 に対す る暴 力

には様 々の形態 の暴力が含 まれ るが、 この 中には親密 な関係 にある男女 の関係 における男 性 か らの女性‑の暴力 も含 まれ る。 この よ うな 国際的動 向に遅れ を とりつつ も、2000年 にはス トーカー行為等 の規制等 に関す る法律 が施行 さ れ、 2001年 にDV防止 法 が施行 された (2004年 改正)。 これ らは、被 害者 救済 の一歩 であ り、

女性‑の暴力 に関す る社会的認識 を広 めるきっ かけ となってい る。

しか しなが ら、こ うした動向を推進 させ るフェ ミニズム的視点、す なわち、女性 に対す る暴力 が男性 による女性‑の支配 であ り、性差別 を助 長す るとい う見解 が、 日本社会 において一般的 に流通す る知識 となってい るとは言い難い。

日本 においては、妻側か らの婚姻 関係事件 の 申 し立て動機 の第 1位 は 「性格 が合 わない」、

第2位 は 「夫 による暴力」、第3位 が 「精神 的な 虐待」 となってい る (内閣府 2008:97)。 この 統計 か ら、 「性格 が合 わない」 とい う抽象 的な 理 由をのぞけば、明 らかに肉体的暴力 と精神 的 虐待が婚姻関係の持続 にとって重大な問題 となっ てい ることがわか る。

だが一般社会 においては、夫婦 間や恋人な ど の 「親 しい者」の間の暴力 に対 して敏感 とは言 118 国際経 営論集 No.38 2009

い難 い状況 が ある。夫婦 間の暴力 を、 「夫婦 げ んか」 とい う私的な トラブル とみな し、個人 に 対す る侵 害的な行為 とはみな さない風潮 が、今 なお存在す るのである。

夫婦や恋人 は愛情 を媒介 とす る関係 である と い う信念や ロマンティック ・ラブ ・イデオロギー は、夫婦や交際 中の女性 が男性か らの暴力 を通 して 「支配」 を受 けてい るとい う認識 を、例外 的なもの、 も しくは異質 なもの として排除 して しまいかねない。また、男性は肉体的に強 くリー ダーシ ップを握 る存在であるとい う日本社会 に おけるジェンダー役割意識 は、後述す るよ うに、

夫婦や恋人 といった親密 な関係 の中で生 じる男 性 か らの女性‑の暴力 を許容 し、 「問題化」 を 妨 げて しま う。

「愛情の場」 としての家族 とい う発想 は、決 して 「伝統」 なのではな く、近代以降の産物で ある。産業革命 による産業構造の変化 は家族変 動 をもた らし、1)家族 サイズ を小規模化す る と同時 に、 2)働 き手 としての男性 と家事 ・育 児 を行 う女性 とい うジェンダー役割分業 を固定 化 し、 3)情緒的結合 としての家族 を生み 出 し た。特 にジェンダー役割分業は近代化 による公 私 の分離 と並行 して普及 した。 こ うして家族 は 私 的領 域 として境 界 づ け られ る よ うになった

(目黒 2007)。

家族 が愛情 によって結びつ くとい う発想や恋 愛 による結婚 は、 この よ うな変化 に ともなって 一般化 されたのである。 なお、 日本 にお ける近 代家族 は、高度経済成長期以降に顕著 に見受 け られ るよ うになった (木本 1995)。恋愛結婚 が 圧倒 的多数 である今 日、夫婦だけでな く、恋人 としての関係 、あるいはデー トす る関係 が、情 緒的な結びつ きであることは言 うまで もない。

こ うした親密 な関係 において加害者 が男性 であ り、被害者が女性であるとい う事実は、男女 の 生物学的な差異 をあ らわす のではな く、社会 の ジェンダー観や ジェンダー関係 に関わってい る ことをあ らわす(5)0

ジェンダー とは、社会的、文化的に意味を付 与 され る性別である (Connell1987‑邦訳1993)。

(5)

一般的に、我々は 「男

「女」とい うジェンダー ・ カテ ゴリーを使用 して人間を分類す る傾 向があ

り、そのカテ ゴ リーにそなわる社会的、文化的 意味合いに即 して、他者 を判断 して しま うが、

それによって、様 々な問題が引き起 こされ る。

た とえば、 「男 らしさ」 は、 肉体的強 さや行動 力、 リーダーシ ップな どを要求す るが、暴力 も

「男の肉体的強 さの一つ として認識 されがち である。夫婦や恋人 とい う親密 な関係 にある男 女において、男性が女性 を リー ドす ることは、

ほ とん どの場合、 「常識」的に受 け入れ られ る。

そのために、男性が女性 に対 して束縛 し、 自分 の意思を貫 こ うと女性 に指示 を与え、命令す る ことも、 「強い男」 として、 あるいは女性 よ り 優越 な地位 にいる男性の当然の行為 として容認

されやすい。私的な関係 における男性 による女 悼‑の暴力は、社会 におけるジェンダー間の権 力関係 を所与 として受 け入れ させ る 「常識」に

よって支 え られているのである。

5.

他者 に相談できない、 ということ

内閣府 の2009年度 『男女間における暴力 に関 す る調 査 』 に よれ ば 、 サ ンプル 女 性 す べ て

( 1 6 7 5

人) の うち、異性 か ら無理や り性交 され た と回答 した女性 の 占める割合 は

7 . 3

パーセ ン ト

( 1 2 3

人)であ り、その

1 2 3

人の女性 うち、加 害者 との間に面識 があった と答 えた女性 は

7 5 . 6

パーセ ン トである。

さらにその中で、加害者 が配偶者 もしくは元 配偶者であると回答 した女性が もっ とも多 く、

加 害者 と面識 が あった と答 えた女性 の うちの

3 5 . 5

パーセ ン トであった (内閣府男女共同参画 局 『男女間における暴力に関す る調査』平成

21

、8 4‑8 5

頁)。 さらに、その被害 について相 談 を したか否 かについては、 「どこ (だれ) に も相談 しなかった」が

6 2. 6

パーセ ン トであった。

その理 由の第‑位 は 「恥ず か しかった」 (42.9 パーセ ン ト)であ り、次いで 「自分 さえがまん すれば、なん とかこのままやっていかれると思っ たか ら

「そのことについて思い出 した くなかっ

たか ら」 (それぞれ29.9パーセ ン ト) とい う理 由が続 く (同上

8 7‑8 8

頁)0

夫婦間暴力の被害者 は、夫婦間の出来事 を夫 婦以外の他者 に話す ことを 「恥ずか しい」 こと であるとい う認識 を強 くもっている。また、夫 婦間に問題 はあっても、何 よりも結婚 を維持 し てい くことを美徳 とす る規範 も日本社会におい ては極 めて強い。そのため、夫婦間で暴力が生 じて も、被害者 (多 くの場合は妻)は、結婚 関 係 の維持 を優先 させ る傾 向がある。すなわち、

「家族」は 「愛情の場」であるべき とす る規範 の存在 が (山田 1994)、DVの問題化 を妨 げて きたのである (6)。 この よ うな社会的圧力 は、D v被害者 に対 して 自らに起 きてい る被害 につい て発言す る機会 を失わせ る。

このことは婚姻 した夫婦 に限 らない。結婚 し た者 と同様、恋人同士がその関係 の持続 を求め るのは当然であ り、む しろ婚姻 していない恋人 とい う関係だか らこそ、 自発的な関係 の持続が 望まれ る。恋人 関係 もまた、 「愛情の場」 とし ての家族 と同様の規範的影響 を受 けていると考 えられ る。

親密 な関係 において暴力 を受 けた被害者 が第 三者 に相談できない とい う気持ちを抱 くことは、

行政主体 による救済の仕組が不完全であること を示すばか りでな く、 自分の被害が理解 されな いのではないか とい う不安があることも示唆 し てい る。 「愛情の場」 としての夫婦や恋人 とい

う信念 は、暴力 を受ける女性たちに、 自らが規 範か ら逸脱 しているのではないか とい う不安や、

規範通 りの関係性 を持 ち得ない 「失敗者」 とい う気持 ちを抱かせ る。夫婦や恋人が 「愛情」で 結ばれているとする観念や妻/女性 としてのジェ ンダー役割 といった規範 を内面化 している被害 者 は、規範の圧力のもとに暴力が 「自分のせい である」 と自分を責めることにもなる。 さらに、

公私の境界を重ん じる近代社会の規範は、こ う した出来事 を 「身内ではない他者 に話す こと を妨 げさせ る。

DVの数多 くの事例 によれ ば、暴力 を受 けた 女性が他者 に相談 しても、周囲か らの理解 が得

(6)

られない どころか、叱咤 され ることもある とい う(7)。 自ら受 けた暴力 をDVに よる被 害 で あ る として、言語化 し、 自分以外 の第三者 に語 るた めには、体験 をDVと して語 るた めの言語 的資 源 と被害の リア リテ ィを共有す る他者が必要で あ る。 しか しなが ら、DVを 「夫婦 ゲ ンカ」程 度 に考 え、かつステ レオ タイプなジェンダー観 が蔓延す る中では、被害 を受 けた女性 がその被 害 を語 ることは極 めて困難 となるのである。

6.

なぜ 「逃 げられない」のか

親密 な関係 において男性 か ら暴力 を受 ける女 性たちは、そのよ うなひ どい暴力 にあいなが ら、

なぜ逃 げないのか、 とい う問いに しば しば曝 さ れ る。ひ どい暴力 に悩むのな ら、その暴力 をふ る う相手か ら逃 げれ ばよい とい うのはきわめて

「常識的 な考 え方 で ある。 しか し、実際 に被 害者 はなかなか逃 げ られ ないのである。 この原 因 として、心理学的な知見か ら、暴力 による恐 怖 を味わった ことにによるマイ ン ドコン トロー ル な どが あ げ られ てい る (森 田

2 0 0 7 ;

小 西

2 0 01 )

が、 ここでは

4

つ の要因にま とめて指摘 す る。

①妻/恋人 としての期待

ウオーカー がDVにお け る暴力 には周期 が あ ることを論 じたのは先述 の通 りである。暴力 は 繰 り返 され るが、暴力後 に優 しくなる夫 に、妻 は何度 も期待 を して しま う傾 向があるとウオー カー は指摘 す る

( Wa l k e r1 9 7 9

‑邦訳

1 9 9 7 ; 6 7 ‑ 7

1)0

②無力の学習

ウオー カー に よれ ば、DV被 害者 は恐怖 と緊 張 とを何度 も繰 り返す うちに、 どんなに逃 げよ うとしても無駄 である とい う無力感 を経験す る と、逃 げ道があって も、それ を選ぶ ことす ら出 来 ない状態 に陥 る とい う

( Wa l k e r1 9 7 9

‑邦訳

1 9 9 7:p p. 51 ‑ 5 9)

。 さ らに、 こ うして学習 され た無力感 は、人間の問題解決能力 を衰 え させ る とい う。

③束縛 と監視

1 2 0

国際経 営論集

No . 3 8 2 0 0 9

夫婦の場合は居住空間が同一であ り、夫に 日々 会わな くてはな らない。 したがって夫か らの束 縛 が 日常 となる。 た とえば、 日々の行動 を夫 に 報告す るよ う強制 された り、監視 され るために、

妻 は逃 げる機会 を失 って しま う。 この ことは同 居 を ともなわない恋人 とい う関係 にもあてはま る。た とえば、携帯電話や メールな どによって、

「今 、なにを してい るのか」 と問われ 、 自分 の 行動 を頻繁 に報告す ることを義務づ け られ、そ れ を怠 ると脅迫 を受 けるな どの恐怖 を味わ され る とい う(8)0

(彰家族的、経済的理 由

子 どものいる夫婦の場合は、夫が暴力をふるっ て も逃 げ られ ない。 また、子 どもをかかえて逃 げよ うとして も、生活資源 を得 ることは困難で ある。経済的に剥奪 された妻 の場合 はなお さら である。

このよ うに、物理的な理 由に加 え、被害者 は 自分 の逃 げ場がない とい うリア リテ ィを抱 くた めに逃 げることができないのである。 この よ う な環境の中で被害者 はます ます孤立化 し、親密 な関係 にお ける暴力 とい う問題 は潜在化 して し ま う。

7.

まとめにかえて

社会的構築主義の視点か ら考 えると、親密 な 関係 にある男女の関係 における暴力が 「問題

として構築 され認識 され るためには、その被害 の存在 を認識 し、被害 としてカテ ゴ リー化 し、

主張 し、ク レイムす ることが必要 となる。 そ し てその リア リテ ィを共有 し、そのク レイムに同 調す る人々が存在 し、そのク レイムが様 々な言 説 の中において存続す ることが 「問題化」 させ る過程 となる。 しか し、その過程 において、D Vの場合 には社会通念や 「常識」 とされ る考 え 方がそのク レイムの立ち上が りとその発展 を困 難 にさせ るよ うに思われ る。第‑に、男は強 く、

女性 は依存的 とす るステ レオタイプななジェン ダー意識が男性 か らの暴力 を容認 させ て しま う

(7)

こ とである。 第二に、親密 な関係 にお ける暴力 は私 的な世界 で起 こるがゆえに、放置 され て し ま うことであ る。公権力 が私的 関係 に介入す る べ きでない とい う論理 とは別 に、親密 な関係 に お ける暴力 は 「個人的な こと」 で あ り、 当事者 の間で解決すべ き ことと思われ てい るために、

あるいは、被害 を受 けてい る本人 が暴力 を身 内 の恥 として捉 えて しま うために、被 害 を他者 に 相談 できない。第三 は、度重 な る暴力 にあ うの な ら逃 げるべ きであるとい う 「常識 」によって、

被害者 は 自分 の リア リテ ィを ともに支 えて くれ る他者 を失 って しま うことである。

別 の見方 をすれ ば、親密 な関係 とは 自由恋愛 とい う近代以降 に奨励 され る関係性 であるが、

その中で生 じてい る暴力 は、同 じく近代社会 を 支 えて きた理念や慣行 、す なわち因習的なジェ ンダー意識 、社会 にお けるジェンダー構造 、公 と私 の分離 、家族 は 「愛情 の場」で ある とい う 観 念 な どに よって、 「問題 」 として の可視化 を 阻まれ てい るのであ る。女性‑ の暴力 は近代 よ りもはるか前 の時代 か らもあった とい うが (戒 能 2002:8;Hague and Malos 2005‑邦訳2009:

18)、人権 思想や 平等概 念 が近代 以 降強調 され なが らも女性‑ の暴力 は解決 されず に今 に至 っ てい る。 ロマ ンテ ィ ック ・ラブはお互 い を愛 で 結ぶ のだか ら、暴力 はあ り得 ない とい う信念 、 も しくは愛 に よる結合 とい う規範性 が暴力 を隠 蔽 して しまってい る とも考 え られ る。

DV防止 法 の制 定お よび 、 そ の啓発 活動 に よ り、DVとい う言葉 が様 々な言説 の 中で見受 け られ るよ うにな り、夫 か らの暴力 に苦 しむ女性 たちが 「い る」 こ とを多 くの人 々に知 らせ た。

セ クシュアル ・ハ ラスメン トと同様 、言葉 がで きた こ とに よ り、 自ら受 けてい る行為 が 「何」

であるのか、カテ ゴ リー化 して 「問題 」で ある とク レイ ムす るこ とを可能 に した (9)。 しか しな が ら、被 害者 の リア リテ ィが他者 と共有 され る ことが難 しい現状 は続 いてい る。

そ もそ も、本稿 の問題 関心の底 にあったのは、

被害者 の リア リテ ィがいかに して他者 と共有可 能 となるのか、 とい う問いであった。 とりわけ、

行為者 を合理 的判 断可能 な主体 とみ な し、出来 事や体験 が 「客観 的」 に立証可能である と信ず る法廷 において、親密 な関係 にお ける暴力 に よ る被 害の リア リテ ィがいかに理解 され得 るのか が問われ るなけれ ば、親密 な関係 において暴力 の被害にあ う被害者 が民事であれ、刑事であれ、

司法 のプ ロセスにおいて被 害がなかった ことに され て しま う。 この問いについての考察 は今後 の課題 としたい。

(1) ここで 「問題化」 とは、社会的構築主義視点 において論 じられている、社会問題 の構築過 程 を意味す る。すなわち、親密 な関係 におい て生ず る男性か らの女性‑の暴力について、

被害者が被害をクレイム し、それが言説 とし て生 き延びることである。 しか しなが ら、社 会問題 の構築について論 じることが本稿の 目 的ではない。

(2) 筆者 が意見書作成 としてかかわったのは、

2006年 に東京都 内で起きた殺人事件 における 被告 (妻)の受けたDV被害に関す る意見書、

及び2008年 関西地方の地方裁判所 に提訴 され た元交際相手の男性に対す る損害賠償請求事 件の原告 (女性)の受 けた被害に関す る意見 書である。

(3) 2008年に関西地方の地方裁判所に提訴 された 損害賠償請求事件 (上記)の訴状 より。

(4) 『男女間における暴力に関する調査 報告書』

(内閣府、2009、40頁) によれば、配偶者 を もつ 「女性 の1割 は配偶者 か ら被害 を受 けた ことが 「何度 もあった」 と答 えてお り、 「何 度 もあった」 (女性10.8%、男性2.9%)とい う人 も 「1、2度あった」 (同22.4%、14.9%) とい う人 も、女性のほ うが男性 よ りそれぞれ 8ポイン トほど上回っている」 とい う

(5)本稿はあくまでも社会学の視点か ら論 じてい るが、精神 医学の立場か ら論 じられたDVの 加 害者 ・被 害者 の 心理 につ い て は、 小 西

(2001:第5章)が参考 となる。

(6) この点は多 くの論者が指摘す るところである が、た とえば戒能 (2004:第4、 5章) を参

(7) た とえば、戒能 (2006:第1章)が紹介す る 例はその一部である。上記註 (3)の刑事事件 の被告 も同様の主張を弁護人宛の手紙 に害い

(8)

てい る (2007年4月24日消 印、他 多数)0 (8) 元交際相手 の男性 を訴 えた女性 は、携帯 メー

ル で頻繁 に この よ うな質 問 を され 、またそれ に答 えない と男性 の態度 がます ます こわ くな るた め、 自らもすす んで メール を した とい う (訴状及び2009年4月3日の面会 よ り)0 (9)大貫 (2005)は、DV防止 法 以 降、弁護 士 に相

談 に来 る人 々 が 、 自 らのお かれ た状況 をDV とい う視点か ら説 明す るよ うになった ことを、

弁護 士‑ のイ ンタ ビュー か ら明 らか に してい る。 さ らにDV防止 法 を政 策 的観 点 か ら、公 権 力 の私 的分野‑ の介入制 限 とマイ ノ リテ ィ の人 々 を も対象 に含 めた政策 の必要性 につ い て議論 してい る。

引用文献

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参照

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