動詞由来複合語内の項の実現に関する覚え書き

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動詞由来複合語内の項の実現に関する覚え書き

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濱 松 純 司

1. はじめに  複合は派生と並んで形態論において最も重要な語形成のプロセスである が,とりわけ「名詞+名詞」の型の複合語は英語・日本語の双方において極 めて一般的であると言える。筆者はここ数年,英米のニュースやコメディー ドラマのスクリプトを教材として使用しているが,複合語の中でも「名詞+ 名詞」のタイプは特に多いと言える。  日本語母語話者にとって,英語の複合語を使いこなすのは意外に難しい。 複合が日英語に共通する語形成のパタンであり,例えば「弁当箱-lunch box」のペアが示す通り,語順も同じであることを考えると,これは不思議 なことである。  例えば瀬戸他 (2017) は kitchen window という表現を取り上げ,「これは日 本人には意外と難しい複合名詞です」と指摘し,「台所の窓」に相当する英 語として最初に思い浮かぶのは,the window of the kitchen の方であると述べ ている。筆者もこのことを痛感させられたことがある。ロンドンのスーパー ストアで,レジに置いてあったエコバックを買おうと思い,レジの店員に次 のような疑問文を発した時のことである。

 (1) Can I have the bag with an elephant on it?

 この問いに対し,店員は (2) のように返してきたのである。

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 (2) Do you want the elephant bag? これには思わず唸ったのを覚えている。わざわざ長い句を使って説明せず とも elephant bag と言えば,「象のイラストが描かれたバッグ」という意味 になるという事実を知り,こういう複合語が即座に口をついて出るというの は,やはり母語話者でないと難しいと思ったものであった。  ここで注目すべきことは,この elephant bag という語は,最初から件の店 員の脳内辞書に記載されていたとは考えられず(もちろん英語辞書にもその ような語は見当たらない),その場で生み出されたと考えられる点である。 当該言語の母語話者はこのように自由に複合語を生成することができるが, これも彼らの言語能力の一部であると考えられる。   本 稿 で は「 名 詞+ 名詞」の複合語のうち,動詞由来複合語(deverbal compound)と呼ばれるものを取り上げ,問題点を検討する。動詞由来複合 語には (3) のような例がある。

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 (4) [N [N kitchen] [N window]]

 語根複合語の特徴として,併合される語と語との間の意味関係が極めて自 由である点が挙げられる。上で挙げた kitchen window や elephant bag もこの タイプの複合語の例であるが,前者においては所有関係(The kitchen has a window.)が含まれ,後者における意味関係はより緩やかで定義づけは一筋 縄ではゆかない。米国のコメディードラマを素材とした大学英語教材である 角山・Capper (2015) からは,名詞+名詞の型の語根複合語と見做せるものと して,以下の例が見いだされる。

 (5) avoidance issues, judgement call, adoption paperwork

これらの内,最初の例 avoidance issues は issues を主要部とする複合語であり, 主要部である issues は派生名詞ではないので,項構造を持たない。従って, 複合語全体は2 つの名詞間の関係により,極めて自由に解釈されることとな り,母語話者がこれらの名詞について持つ知識や文脈から意味解釈がなされ ることになる。1 (5) の最初の例は,以下の発話から採ったものである。  (6) You're telling your family you adopted a baby, tonight. And you do have

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次のような語が看板に書かれてあるのが目にとまったことがある。  (7) うなぎいも  これを見てすぐに頭に浮かんだのは「うなぎの形をしたさつまいも」であっ たが,よく考えれば「芋にうなぎの肉を混ぜた食べ物」かも知れないし,あ るいは「うなぎの味がするいも」なのかも知れず,はたまた単に「うなぎの 産地で取れるいも」というだけのことかも知れない。考え出すと切りがない が,どれも日本語の母語話者として可能な意味であることには違いはない。 目的地に着いてから調べると,「うなぎの骨や頭などを肥料に栽培した」い もであることが判明した次第である。2ウェブサイトの説明によると,「『う なぎ』と『さつまいも』に着目し,『うなぎいも』が誕生」したとのことで あるが,これは商品の説明であると同時に,複合語の形成過程でもある点が 興味ぶかい。このように語根複合語の意味解釈は極めて柔軟である。3  複合語内部での自由な意味解釈を許容する語根複合語とは異なり,動詞由 来複合語においては,動詞の項構造が複合語内部の意味関係を規定している。 Roeper and Siegel (1978) も指摘する通り,派生名詞は動詞の項構造を継承す ることから,複合語の意味解釈が動詞の項構造により決定される。(3) の例 で言えば,例えばwage-earner において,wage は動詞 earn の目的語である という関係が「稼ぎ手」という,複合語 wage-earner の解釈を決定づけている。  Lieber (1983) 及び Ackema and Neeleman (2004) に従い,(3) の動詞由来複 合語は (8) のような構造を持つと考える。

 (8) [N [V [N wage] [V earn]] er]

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 動詞由来複合語における動詞の項構造の実現にはいくつかの制約があるこ とが指摘されてきた。最もよく知られているものに Roeper and Siegel (1978: 208) が提案した (9) の第一姉妹の原則(First Sister Principle)がある。  (9) 動詞由来複合語の第一要素は動詞の第一姉妹の位置(目的語)に生じ

る語である。

 (3) の例はいずれも (9) に従っている。第一要素の名詞 wage, trend, home は それぞれ動詞 earn, set, own の目的語として解釈されるからである。これに対 し,Roeper and Siegel は (10a) が容認されないのは,(10b) が非文であること から分かる通り,peace は think の内項ではないからであると主張する。  (10) a. *peace-thinking

b. *She thinks peace.

 (9) の他にも動詞由来複合語への制約が提案されてきた。その内,本稿で は (11) に挙げる 2 点を検討する。  (11) a. 動詞由来複合語の第一要素は動詞の主語として解釈されてはなら ない。 b. 動詞由来複合語において,動詞の内項は全て満たされなければな らない。 (Selkirk 1982, Grimshaw 1990)  (11a/b) に違反する例はそれぞれ (12)・(13) である。

 (12) a. *The hours for [girl swimming] at this pool are quite limited.

b. *[Kid eating] makes such a mess. (Selkirk 1982: 34)  (13) *tree eating of pasta, *book giving to children (Selkirk 1982: 36-37)  (12) において,girl 及び kid はそれぞれ swimming と eating の主語として解 釈されており,(11a) に違反する。これに対し,(14) においては複合語の第一 要素が動詞の目的語(内項)として解釈されるので文法的である。

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ので (11b) は適用されず適格となる。  (15) a. the giving of books to children

b. the eating of pasta in the trees (Selkirk 1982: 37-38) 3. Lieber (2016) の問題提起  Lieber (2016) は (11a/b) の制約の根拠となっている (12)・(13) のデータの 判断に疑問を投げかけている。彼女の主張するところによれば,従来の統語 論研究において,研究者が行うデータの容認度の判断は,コーパス等で得ら れるデータと矛盾する場合があり,その帰結として,提案されてきた理論上 の一般化や制約は実際のデータを正しく反映していない。彼女は大規模コー パスとして知られる COCA (The Corpus of Contemporary American English) を用い,(11) の制約への反例として (16) のデータを挙げている。

 (16) a. Journal of Environmental Education 1997 : However, when we analyzed the effect of teacher rating of the experimental children (i.e., most interested, least interested, not rated), the results showed a significant relationship between teacher rating and the extent to which parents reported talking with their children about the environment ...

b. PBS_Newshour 1991 : Mr. Veliotes, isn,t that one of the other arguments that is behind administration refusal to get involved, that success by either the Kurds or the Shiites would mean either an administration by one of them or the dismemberment of Iraq? c. CNN_LiveSat 2005: Her face was severely disfigured in a dog attack.

(Lieber 2016: 155-156)  まず (16c) は主要部名詞が転換により動詞から派生したものであり,以前 にも (17) のような類似の例が指摘されている。

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的である事実と矛盾する。

 (18) *bee-stinging, *dog-biting (Grimshaw 1990: 69)  ここで押さえておく必要があるのは,上で動詞からの派生名詞を第二要素 とする複合語は動詞由来複合語としてきたが,Grimshaw (1990) も指摘する 通り,派生名詞によっては項構造を持たず,語根複合語を形成する場合もあ るという点である。この点で Selkirk (1982) が紹介している (19) の例は興味 ぶかい。

 (19) tree eater (Selkirk 1982: 28)  彼女によると,(19) は an eater of trees(木を食べる人)という動詞由来複 合語としての意味の他に,(20) から分かるように,木が食べる場所として解 釈される意味もある。

 (20) An avid eater in the trees, Cosimo refused the smallest bite with his feet on solid ground. (Selkirk 1982: 29)  この意味では,(19) は動詞由来複合語ではなく,(21) と同じように語根複 合語をなしていると考えられる。  (21) tree snake  この場合,eat と tree との間に動詞と項の関係は生じないと思われる。従っ て (19) は (22a) ではなく,(22b) の内部構造を持つものと考えるのが妥当であ る。

 (22) a. [N [V [N tree] [V eat]] er]] b. [N [N tree] [N eater]]

 ここで (16a) に戻ると,teacher が動詞 rate(から派生された名詞)から主 語としての意味役割を付与されているがゆえに (11a) の制約への反例となる というのが Lieber の主張である。もし彼女の主張が正しければ,派生名詞 rating は 2 つの項を持ち,一つが主語 teacher,もう一つは目的語である the experimental children として実現されていることとなる。

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となっている例が多数見つかる。

 (23) teacher rating scale, Teacher Rating Scores, teacher rating measures, teacher rating forms (COCA)  (23) ではいずれも teacher が rating の「主語」となっているように見えるが, 目的語に当たる要素はない。項構造の実現においては目的語に相当する内項 が先に実現され,名詞句においては外項が随意的であるとされる (Grimshaw 1990)。 (23) では内項が抑圧され,主語に当たる外項のみ実現されると考え なければならないが,これは不自然である。むしろこれらの例においては, teacher が項として意味役割を与えられていると言うより,teacher rating が 語根複合語を成し,複合語内の自由な意味解釈の結果,得られた意味が慣用 的に用いられるようになったと考えるのが妥当であると思われる。

 もしこれが正しいとすれば,(16a) においても同じプロセスが関わってい る可能性がある。ここで of 句の存在が問題となるが, (24) のように of の代 わりに on が rating に後続する場合がある。4

 (24) the most accurate teacher rating on the individual item (COCA)  これは (16a) においても, of は項の実現の際に用いられる意味的に空の要 素ではなく,on や about に当たる意味を持つ前置詞である可能性を示唆する。 その場合,問題の of 句は目的語ではなく付加詞ということになる。  (16b) は,administration が refusal から意味役割付与を受けて主語となって いるとされる例であるが,COCA で検索すると,refusal の主語は所有格となっ ている場合がほとんどである。

 (25) the administration,s refusal to sit down and have a conversation

(COCA)

 (16b) において,administration は主語名詞ではなく形容詞と見なすことが できると思われる。(26) は実際に形容詞 administrative が現れている例であ り,(16b) においても代替可能であると思われる。

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 (26) administrative refusal to register real opposition candidates

(http://www.telegraph.co.uk/comment/personal-view/8950125/ Moscow-protests-is-this-the-start-of-the-Russian-Spring.html)  次に (11b) への反例として挙げられているのは以下の例である。

 (27) a. San Francisco Chronicle 2009: But one thing the automakers have learned is that it helps to have widespread field testing of unfamiliar cars by fleet operators before trying to sell them to the public. b. CNN_LiveSat 2001: Right, she,s also featured in the magazine in the

special issue which, by the way, is the single largest print celebration of Black History Month in the country because our circulation at “USAWeekend” is 25 million. (Lieber 2016: 157)  (27a) の field testing は,上で見た teacher rating とは異なり,語根複合語で はないと思われる。以下の例は field-test が動詞であることを示している。  (28) She has field-tested six of the I[sic]3 units and continues to be involved

with the project ... (COCA)  (27a) の例においては,(29) の通り field と test が動詞として再分析され, N + V の内部構造を持たないと考えることで,(11b) の制約に違反しないも のと思われる。

 (29) [N [V [N field] [V test]] ing]] → [N [V field-test] ing]

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4. おわりに  以上,名詞+名詞のタイプの複合語の内,動詞由来複合語とされる例につ いて,複合語内の項構造の実現という観点より,Lieber (2016) が従来の研究 におけるデータの容認性に関して問題視しているデータを取り上げて検討し た。  中学・高校で扱われる英文法は大半が統語論,つまり句及び文の単位に関 わるもので,形態論,すなわち語及びその内部の性質については,屈折等を 除けば取り上げられる機会は決して多いとは思われず,単語などはただ丸ご と覚えればそれで事足りるという程度の意識しか持たずに大学に来る場合が 多いように見受けられる。  しかし,本稿でも紹介した通り,実際の言語使用においては,複合語,と りわけ名詞+名詞のタイプの複合語は頻繁に現れる。大学の英語教育の場に おいて,学習者に分かり易い形で,一定の生産力を持つ複合及び語形成の基 礎について提示することは有益であり,かつ必要であるように思われる。も ちろん,理論上のテクニカルな詳細に触れる必要はないが,語根複合語と動 詞由来複合語の区別及び内部の意味関係について,母語である日本語の例も 挙げながら意識的に考え分析することを通じ,英語力の向上にとどまらず, 英語という言語への興味を掻き立て,主体的に英語学習に取り組む契機を与 える効果があると考える。 参考文献

Ackema, P., & Neeleman, A. (2004). Beyond Morphology: Interface Conditions on Word Formation. Oxford: Oxford University Press.

Allen, M. (1979). Morphological Investigations. Dcotoral dissertation. University of Connecticut.

Grimshaw, J. (1990). Argument Structure. Cambridge MA: MIT Press.

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Lieber, R. (2016). English Nouns. Cambridge: Cambridge University Press. Roeper, T., & Siegel, D. (1978). A Lexical Transformation of Verbal Compounds.

Linguistic Inquiry 9. 199-260.

Selkirk, E. (1982). The Syntax of Words. Cambridge MA: MIT Press.

角山照彦・Capper, S. (2015). 『海外ドラマ総合教材『モダンファミリー』-三 家族との出会い』東京:松柏社.

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参照

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