状況的危険への第二次的危険の介入 : 危険実現連 関論の展開
その他のタイトル Das lnzwischentreten des zweiten Risikos in die Gefahrsituation : Die Lehre vom
Gefahrverwirklichungszusammenhang
著者 山中 敬一
雑誌名 關西大學法學論集
巻 46
号 4‑6
ページ 855‑926
発行年 1997‑02‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00024539
状況的危険への第二次的危険の介入
ー危険実現連関論の展開││
山 中 敬
目 次
一状況的危険への介入類型の特徴
二自然事象・社会制度的反応行動の介入類型
三人の不合理行動の介入の事例群
四危険状況創出行為への介入類型
五行為者の行為の介入類型
六帰属基準の総括
状況的危険への介入類型の特徴
状況的危険への介入類型においては︑大きく二つの事例群に分かれる︒
一五
五
﹁状況的危険﹂とは︑直接的危険が︑それ自体の危険力によって結果に至る蓋然性は低いが︑別の危険系列によっ て誘発される事象が︑第一次的危険のもたらした危険状況に介入することによって︑なお︑残存する危険が促進され︑
結果の発生に至る可能性のある段階をいう︒状況的危険への介入類型は︑間接的危険類型とは︑第一次的危険の結果 惹起力が継続しているかどうかによって区別される︒したがって︑この類型においては︑原則的には︑すでに﹁内部 誘発危険﹂の介入ではなく︑﹁外部誘発危険﹂が介在する場合が多く︑原則的に︑危険実現連関は︑否定されるべく 推定されているともいえよう︒しかし︑状況的危険が︑外部誘発危険の介入の﹁素地﹂を作り出しており︑結果の発 生へと﹁促進﹂された場合は︑別である︒このように︑結果発生の危険力の大小に相違はあるが︑その点以外では︑
を︑当初︑十分にもっていたが︑それが︑収束に向かい︑その惹起力が減退したにもかかわらず︑いまだ︑第二次的 危険を﹁外部誘発﹂する可能性を高めている段階で︑外部から第二次的な危険が介入する事例群である︒これに対し て︑他は︑事前判断である危険創出連関の判断が︑事後判断である危険実現連関の判断にも︑事実上︑依存している ような類型であり︑抽象的な結果発生の事前的判断たる危険創出連関の判断が困難な事例群である︒これは︑例えば︑
ある家庭で︑父親が︑猟銃に弾を込めたまま︑床の間に飾って留守にしていたところ︑幼児がそれを弄んで暴発し︑
家人を殺傷したという場合の︑父親の猟銃の放置行為が﹁危険創出﹂に当たるかという問題がそうである︒
状況
的危
険へ
の第
二次
的危
険の
介入
間接的危険類型と構造上は︑類似する︒
︵八
五七
︶
︱つは︑第一次的危険が︑その結果発生力
潜在的危険源の介入の類型は考慮する必要がない︒
︵八
五八
︶ 前者の事例群においては︑状況として存続している結果発生の﹁素地﹂への外部誘発危険の介入が︑いつ第一次的 危険の実現を切断したとみられるかが重要である︒これには︑すでに間接的危険類型において論じたように︑①事実 事象・日常生活行動・社会制度的反応行動の介入の場合︑および︑②人の不合理行動の介入の場合がある︒間接的危 険類型において︑内部誘発危険の介人の類型に算入した物理的変転危険介入類型および病状変転的危険介入類型︑さ らに社会制度的反応行動介入類型については︑ここでは︑外部誘発行動の類型となるので︑実質上は︑最後の社会制 この状況的危険の段階では︑すでに創出危険は︑何らかの結果促進的な介在事情が外部から介入しなければ︑結果
に至る蓋然性が著しく低いという状況にある︒直接的危険の向けられる行為客体ないしその第一次的危険の創出行為 を取り巻く行為事情に潜む潜在的危険が問題ではなく︑むしろ︑間接的危険類型を経た後の︑状況的危険類型におけ る潜在的危険の役割が問題となる︒しかし︑このような潜在的危険は︑それがすでに行為時から存在していたとして も︑その活性化は︑変転した後の第一次的危険の残存部分との遭遇によるにすぎない︒したがって︑﹁潜在的危険源﹂
は︑状況的危険に介入するその他の第二次的危険と区別する実質的理由がない︒したがって︑この段階においては︑
一般的にいえば︑この段階における﹁帰属基準﹂は︑とくに日常生活事象や社会制度的反応行動の介入の場合には︑
﹁一般的生活危険﹂といえるか︑ないし﹁経験上通常﹂といえるかどうかであり︑第二次的危険が︑第一次的危険の 実現を切断するかどうかである︒そこでは︑﹁許された介在危険﹂が介入するかどうかが重要な役割を果たす︒例え
ば︑傷害の被害者が︑自家用車ないしタクシーに乗って病院に向かう途中で交通事故で死亡した場合︑傷害は︑死亡 度的反応行動の介入のみが問題となる︒ 関法第四六巻第四・五•六号
一五
六
一五 七
に対して因果的であるが︑傷害という後の自動車によるドライプを誘発した条件は︑許された形ででも惹き起こされ
(1 )
えたものである︒それは︑社会の﹁一般的生活危険﹂に属する事象である︒このような事象が介在して結果が惹き起
こされた場合には︑状況的危険段階においては︑原則として危険実現連関は切断されるといえよう︒
一連の許されざる状態の連続をこの点に関して︑プッペは︑﹁許されざる危険は︑行為と結果の間の因果関係が︑
(2 )
表すときにのみ︑結果に実現される﹂という原則︑いわゆる﹁一貫性の要件﹂
(D ur ch ga ng ig ke it se rf or de rn is )
を唱
える︒つまり︑上記の例において乗用車の運転は︑﹁許された危険﹂であり︑それによって﹁許されざる危険﹂の発
(3 )
展段階に考慮を払わない皮相な見解である︒その介在危険が︑それ自体﹁許された危険﹂であっても︑それが︑間接
的危険段階にあり︑社会制度的反応行動として行われるかぎり︑危険実現連関は肯定される︒例えば︑欠陥車の製
造・販売行為により当該欠陥車を買った者が︑その車を運転し︑交通規則を遵守していたにもかかわらず︑欠陥車の
ゆえに事故が発生した場合︑﹁一貫性の原則﹂からは︑許されざる危険の一貫性がなくなっているが︑欠陥車の製
造・販売行為は︑事故結果と﹁危険実現連関﹂にあるといえる︒なぜならば︑創出された第一時的危険は︑間接的危
険段階に継続しているのであり︑事故は﹁内部誘発危険﹂だからである︒したがって︑﹁一貫性の原則﹂を唱えると
しても︑それは︑状況的危険段階に限定して用いるときにのみ︑妥当しうるであろう︒
自然事象・社会制度的反応行動の介入類型
この段階における自然事象の介入は︑原則として危険実現連関を否定する︒社会制度的反応行動の介入は︑内部誘
発危険か︑外部誘発危険かの区別によって定まる︒換言すれば︑第一次的危険の﹁正常化﹂があれば︑外部誘発危険
状況
的危
険へ
の第
二次
的危
険の
介入
︵八
五九
︶
法上因果関係を認めるに足る証拠はない﹂︒
であり︑危険実現連関は否定される︒正常化は︑第一次的危険そのものの自然的︑物理的︑病理的に相当な︵経験上
通常な︶変転ではなく︑そこから逸脱的に派生した﹁許された日常生活行動﹂となったときに生じる︒したがって︑
﹁正常化﹂は︑危険状況の継続の中で︑外部誘発的に︑そこから﹁逸脱派生﹂した﹁許された危険﹂が介在したとき
次の事案においては︑結果に対する危険創出連関は︑事前的にはおそらく否定できないが︑その直接的危険が収束
した後の状況的危険のもとで︑逸脱派生的に許された危険が介入したものである︒
広島高判昭和四八・七・三一判夕三
00
号三七五頁
Xは︑駐車場で︑周囲の安全を確認せず︑時速三キロメートルで自車を一メートル後退させて︑時速一五キロメート
ルで駐車場内に侵入してきたA
の軽四輪車のドアの把手付近に衝突させた︒被害は軽微で︑被害者の身体に異常はなかったが︑
被害者は本態性高血圧症にかかっており︑事故により示談交渉がうまくいかないなどの理由で興奮し︑本態性高血圧症が尤進し︑
全身倦怠感︑食欲不振などの健康不良状態が本件以後少なくとも二週間以上持続した︒
︻判
旨︼
この生理的機能の障害は︑業務上過失致儒罪の予想する﹁傷害﹂に当たらないとはいえない︒﹁被害車の物損も比較 的軽微であることなどからみて︑これによって被害者の心身にそれほど大きな衝撃を与えたものとも考えられないこと︑本件事 故直後も︑被害者は被告人らに対し身体の方は別段異常はないと告げていること︑・・・被害者が興奮したり︑気が立つていた原因
は︑本件事故直後現場で双方が被害弁償につき二︑三0分にもわたり話し合ったが結局被害者の新車提供の要求が拒絶されたこ
と.
. .
に徴すると︑被害者は本件事故に遭つたことそのことよりも︑むしろその後の示談交渉が自己の意のままに運ばなかったこ とに興奮︑立腹していたとも考えられる⁝﹂︒﹁右本態性高血圧症尤進と本件事故との間にの因果関係については︑⁝その間に刑
︻事
実︼
︻8 6
︼ に存在する︒
関法第四六巻第四・五・六号
一五八︵八六〇
JR 8 2, 42 1) (
スー
プの
具喉
詰め
事件
︶
時速
を守
って
いれ
ば︑
事故
は回
避で
きた
であ
ろう
︒被
害者
は︑
足を
骨折
した
ほか
︑頭
蓋底
を骨
折し
︑左
耳か
ら多
量の
出血
をみ
た︒
意識
不明
のま
ま病
院に
搬送
され
︑人
工呼
吸器
を付
け人
工栄
養を
与え
られ
た︒
意識
が戻
って
︑何
日か
の後
︑足
の骨
折の
手術
が行
わ
れた
︒そ
の後
︑意
識が
完全
に戻
り︑
流動
食の
形で
の食
事は
差し
支え
ない
と判
断さ
れた
︒足
の手
術か
ら三
日目
の食
事の
とき
に︑
︻8 7
︼
︻事
実︼
一五
九︵
八六
本件の事案においては︑﹁本態性高血圧症尤進﹂は︑創出された第一次的な直接的危険から逸脱的に派生した﹁そ
の後の示談交渉﹂の際の被害者の興奮・立腹から生じたものである︒条件関係の意味における﹁因果関係﹂はもちろ
ん肯定することができるが︑判決も︑﹁刑法上の因果関係﹂を否定している︒ここでは︑時速一五キロメートルでの
衝突であるので︑その行為に︑傷害結果に対する﹁危険創出連関﹂があるかどうかにも︑問題がないこともない︒し
かし︑この点が肯定されたとしても︑本件においては︑危険連関は︑被害者の潜在的危険源たる本態性高血圧症なら
びに﹁示談交渉﹂という﹁許された危険﹂ないし﹁一般的生活危険﹂における興奮・立腹という事後の態度により切
断されることは明らかであり︑そればかりではなく︑﹁規範の保護目的の理論﹂からみても︑不注意な運転を禁止す
る規範が︑その後の示談交渉の際の﹁本態性高血圧症尤進﹂を防止する目的ともつものではないといえる︒
第一次的危険の﹁平常化﹂は︑創出された第一次的危険が︑状況的危険に変転した後︑第二次的危険の外部誘発の
介在にある程度積極的な﹁素地﹂を作り︑その介在を﹁促進﹂したとき︑否定されることがある︒したがって︑次の
ような事例においても︑逸脱的派生と許された危険の要件が満たされるかには︑問題がないわけではない︒
シュトウットガルト上級ラント裁判所︳九八︳年七月三0日判決
(O
LG
St
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rt
,
NJ W
19 82 , 2
95
1 1
Eb
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Xは
︑時
速約
六
0キ
ロメ
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ルで
走行
中︑
道路
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人
Aを
認識
した
が︑
回避
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ず︑
跳ね
てし
まっ
た︒
制限
状況
的危
険へ
の第
二次
的危
険の
介入
が検討されるべきである︒ 本件においては満たされない︒ ﹁むせて飲み込んだ﹂スープの具が肺に入った︒すぐに肺が洗浄されたが︑熱性の肺炎が発生し︑何日か後に死亡した︒
︻判
旨︼
条件関係は肯定される︒これに反して︑過失致死に必要な︑死亡の結果の予見可能性を根拠づけるためには︑刑事裁 判所の行った認定では十分ではない︒刑事裁判所も︑予見可能性を肯定するには︑結果そのものではなく︑結果実現の種類と方 法も︑必要な注意を払っていても予測できないような生活経験の外にあってはならないことは看過してはいない︒すでに本法廷
が一九八0年六月三0
日の判決︵前出︻4︼)において展開したように︑致死の結果は︑すでに第一の侵害によって創出された 第一次的危険の枠内にあらねばならない︒これによれば︑本件において︑義務違反的な衝突の際に︑事故の被害者が第一の事故 の鎮静化の後に医学的に予期できない︑または︑その合併症の結果において抑制できない﹁むせて飲み込む﹂によっていまだ死 亡に至ることがあることが予見可能であったかどうかが決定的な問題である︒なぜならば︑﹁第一次的危険のそのような現実化 が︑侵害によって必要となった︑そしてひょっとして合併症に結びつく治療の施術の際に︑常に肯定されうるのに対して︑全体 的な治療行為の途上で︑新たな全体事象の枠内で因果的ではあっても││看合併症が発生したという事案においては︑もはや ただちに第一次的危険の実現から出発することはできない︒そのことは︑とくに︑患者の治療に典型的な安定化にもとづき︑
﹃命の危険を脱した﹄と思われる場合に︑妥当する︒そのような事案においてなお死亡が発生したのならば︑この結果は予見可 能な第一次的危険の枠内にとどまるものかどうかという問いがとくに検討され根拠づけられる必要がある﹂︒このような要件は︑
原判決は︑破棄︑差し戻し︒新公判においては︑第一次的危険から最終的結果が生じることが︑原審の認定のように︑たんに
﹁考えうる﹂というだけではなく︑現実に︑﹁むせて飲み込むこと﹂が︑﹁継続する生命の危険の作用﹂であるといえるかどうか 本
判 決 で は
︑ 第 一 次 的 危 険 か ら そ れ が ま だ 完 全 に 治 癒 す る 以 前 に 生 じ た が
︑ そ の
﹁ 準 平 常 化
﹂ の 後 に
﹁ 第 一 次 的 危
関 法 第 四 六 巻 第 四
・ 五
・ 六 号
一六
0
︵八
六
︻8 8
︼
︻事
実︼
亡したといった場合である︒次の事例は︑それを示している︒ 険の継続的作用﹂とはいえない﹁新たな危険﹂が根拠づけられた場合には︑危険実現連関は否定されるものとしている︒ルードルフィは︑﹁ここで決定的な問題は︑後続損害に実現した危険自体が︑許された程度を越えたかどうか︑
(4 )
したがって︑被害者の法的に否認されない一般的生活危険に属さないかどうかである﹂という︒ここでは︑食事中に
﹁むせて飲み込む﹂のが︑﹁一般的生活危険﹂の介入かどうかが︑大きな意味をもっている︒第一次的危険の残存す
る状況的危険は︑﹁むせて飲み込む﹂という第二次的危険の介在について促進的な﹁素地﹂をなしているのではなく︑
すでに︑逸脱的に派生した﹁新たな危険﹂が発生したといえる場合には︑帰属は否定される︒ここでは︑ドイツの学
(5 )
一般に︑﹁一般的な︑法的に否認されない危険の実現﹂であるとする︒
このような﹁準平常化﹂があるかどうかが微妙なのが︑
東京高判昭和四ニ・ニ・ニ東京刑時時報一八巻二号二五頁
せた
︒そ
の後
の経
過は
よか
った
が︑
一ヶ
月を
過ぎ
るこ
ろか
らふ
たた
び悪
化し
︑受
傷後
約ニ
ヶ月
に心
臓衰
弱に
より
死亡
した
︒
﹁か
くの
如く
︑一
旦経
過が
良か
った
のに
一ヶ
月過
ぎて
から
再び
悪化
し︑
遂に
死亡
する
に至
った
とい
う過
程に
おい
て︑
︻判
旨︼
被告人X
は︑
自動
二輪
車を
運転
し︑
過失
によ
って
Aに
衝突
させ
︑同
女に
対し
骨盤
骨折
︑左
大腿
骨骨
折等
の傷
害を
負わ
本件
負傷
とは
全然
関係
のな
い死
亡の
原因
の発
生と
いう
こと
も疑
えな
いで
はな
い﹂
︒
この事例における﹁準正常化﹂とみえる現象は︑逸脱派生の事情や許された危険の介入の点が詳らかではないが︑
おそらく︑第一次的危険の継続的作用を切断するまでには至っていないというべきであろう︒
次の事例においても︑その事案の事実的危険連関のみを判断するかぎり︑表見的には︑第一次的危険は﹁準平常
状況
的危
険へ
の第
二次
的危
険の
介入
説は
︑
一六
︵八
六三
︶
一旦︑病状が良くなったが︑後に別の病気を併発させ︑死
本判決では︑﹁第一次的危険﹂が潜在的に﹁継続﹂しており︑それが外部誘発された﹁第二次的危険﹂の発生を
﹁助勢﹂しているという関係があることが︑危険実現連関肯定の理由とされている︒このように︑本件においては︑
明らかに一旦︑﹁準正常化﹂しているにもかかわらず︑なお︑第一次的危険の﹁助勢﹂作用が継続している︒もちろ ん︑本事例は︑第二次的危険の介入がなければ︑そもそも結果発生に至っていないのであるから︑﹁状況的危険﹂段
は︑因果関係の中断はない︒傷害致死罪が成立する︒
化﹂しているようにみえるが︑実際には︑第一次的危険が﹁継続作用﹂しており︑それが︑第二の危険による結果発
人夫請負業を営むXは︑人夫の監督の任にあたっていたY
およ
び
Zより
︑
Aが仕事に精励しないと聞いて︑これを懲
戒しようと︑自宅前の街路において︑丸棒をもって︑Aの頭部を殴打し︑頭蓋骨骨折を生ぜしめ︑川の中に押し入れたが︑A
は ︑
一五
分ほ
ど経
った
とき
に︑
Yお
よび
zが ︑
Aの顔を下にしてふたたび︑水深
八寸の川に投げ込んだ︒X
が与
えた
頭部
の創
傷は
︑
Aをして重症脳震蕩症を起こし︑反射機能を喪失し︑水中から首を上げるカ
を失わしめ︑泥水を飲み︑まもなく溺死した︒
︻判
旨︼
﹁荀も犯人が他人を傷害し︑依って︑早晩︑脳震蕩に陥るべき原因を与えたるときは︑たとえ其の脳震蕩が︑未だ死
の直接の原因とはならざりしとするも︑更に事後に於て第三者の其の被害者に与へたる暴行に因る致死の結果を発生を助成する
関係ありたる以上は︑犯人は︑当然︑傷害致死の罪責を負わざるべからずものとす︒何となれば︑此の如き関係にある場合に在
りては︑犯人の傷害行為は被害者の死亡の単独の原因にあらざりしと同時に︑其の効果は︑第三者の傷害行為の介入に依りて中
断せられたるものというぺきにはあらずして︑ひっきょう︑致死なる結果の共同原因の一に外ならざればなり﹂︒本件において 川を渡って岸に上がった︒現場から約一丁はなれ︑
︻事
実︼
︻8 9
︼大判昭和五・︳
o .
二五刑集九巻七六一頁
生へと作用したといえる事例であろう︒
関法第四六巻第四・五・六号
一 六
︵八
六四
︶
要件について厳密に検討されなければならない︒
̀J a
9 9
階にあるものであって︑間接的危険段階にあるのではない︒
事例でもある︒
人の不合理行動の介入の事例群
一 六
八六
五
しかし︑最終的には︑本件においては︑危険実現連関は否定されるべきであると思われる︒それは︑本件は︑たん なる状況的危険への﹁人﹂の行動の介入の事例ではなく︑﹁人﹂の任意の﹁故意的﹂行為の介入の事例であり︑規範 的観点から﹁危険実現連関﹂が否定されるべき事例でもあるからである︒したがって︑本事例は︑次節に属するべき この事例群に属する事案は︑実務上も極めて多い︒状況的危険についても︑さまざまな段階がありうるが︑介入の
態様もさまざまである︒この事例群については︑①被害者の不合理行動が介入する事例類型︵追跡事例︶②第三者 の不合理行動が介入する事例類型︵医療過誤︑交通事故︶︑③行為者の行為の介入する事例群︵行為者の故意行為︑
過失行為︶に分けて考察する︒ここでは︑帰属基準は︑それらの行動の規範的意味のなかで︑構成されることになる︒
④規範的・自己答責的自己危険行為の介入の類型については︑次節において別に論じる︒
状況的危険への﹁人の不合理行動﹂の介入の事例は︑原則的には︑危険実現連関の否定につながる︒しかし︑その
被害者の不合理行動介入類型
第一次的危険が創出された後︑それによって被害者の行動が誘発され︑その被害者の不合理行動から第二次的危険 が発生するという事例は︑判例においても少なくない︒このような事例にも︑二つの類型が区別されうるように思わ
状況
的危
険へ
の第
二次
的危
険の
介入
︻9 0
︼
︻事
実︼
まず︑第一に︑この事例に属するのは︑いわゆる﹁追跡・逃走事例﹂である︒この種の事例は︑わが国の判例の中
に多数見出される︒しかし︑追跡・逃走事例については︑二つの類型に分けることができる︒
おいて論じられているような︑何らかの原因で︑逃亡した者を追跡する者が︑追跡中に転倒するなどの被害を受ける
という類型である︒もう︱つは︑わが国の刑事判例に多くみられるような︑犯罪の被害者が逃走し︑加害者がこれを
これに対して︑第二に︑被害者が傷害を受けた後に被害者自身の不適切な対応行動が介入する事例があり︑これは︑
この類型については︑ドイツ民事裁判において︑追跡事例として有名となった二つの同一日の判例において一定の
見解が展開された︒これらの判決の中に︑この類型に対する帰属基準の基本的な思想が表れているので︑まず︑これ
らの事案を検討しておこう︒
連邦裁判所︳九七一年七月︳三日判決
(B GH NJ W
19 71 , 1 98 0)
原告は︑ドイツ連邦鉄道の検札員であったが︑被告が乗車券をもたないでプラットホームにいるのに出会い︑二0マ
ルクの加重運賃を請求し︑証明書の呈示を求めたところ︑被告は逃走し︑柵を飛び越えて駅の階段を降りた︒これを追跡した原
告は︑階段の下で転倒し左足を複雑骨折した︒原告は︑被告に対し損害賠償を請求した︒ m追跡者が被害を受ける類型 構造上は︑前者の事例群の第二類型と同類である︒
` b ,̲し追跡類型 追跡し︑被害者が第二次的危険に陥る事例である︒ れ
る︒
関法第四六巻第四・五・六号
︱つは︑ドイツ民法に
一六
四︵
八六
六︶
︻判
旨︼
一六五︵八六七 判決は︑まず︑条件関係も相当因果関係も肯定されるとした上で︑さらに︑別の帰属基準について検討する︒
被告の行為によって惹起された侵害結果は︑法的意味において被告に帰属されうる︒い被告は︑その必要性のない逃走によっ
て︑原告の高められた被害の危険の状況を創出したことが︑帰属にとり決定的である︒その際︑被告は︑少なからざる危殆化を
予見可能であり回避可能であったにもかかわらず︑原告による合法な追跡を誘発したのである︒原告は︑被告を追跡することに
つき︑いずれにせよ権限を有した︒固原告が︑追跡を決意し︑それを遂行したことによって新たな危険を設定し︑それによって
損害の危険が生じたことは︑惹起された法益侵害の帰属をただちに阻却するものではない︒もちろん︑因果関係は存在し︑責任
を根拠づける規範の保護目的も︑帰属を限定する手がかりとはならないのではあっても︑なお︑帰属の阻却が必要な事例は存在
する︒この関係では︑とくに損害結果が︑被害者自身の独立の︑または﹁自由な﹂決意に依拠する事例が論議されている︒この
ような形のものは︑因果関係の﹁中断﹂や断絶という観点で扱われている︒もちろん︑このような状況において︑新たな危険を
創出した被害者の決意が︑責任を根拠づける事象によって誘発されなかった場合︑つまり︑第一原因を設定した者の行動が︑た
んに補充的に自らを事故に無関係な危険にさらすような外部的な誘因
(a uB er er An la B)
ないし被害者にとっての機会を意味す
るにすぎない場合には︑損害結果の帰属は正当化されない︒しかし︑被害者の独自の決意が責任を根拠づける決意によって誘発
される場合に︑原則として︑すでに被害者が介入したがゆえに︑責任が阻却されるということはない︒団しかし︑被害者が︑事
実上︑介入に動機づけられたことだけでは十分でない︒このような心理的な惹起のほかに︑介入者が行為へと誘発されていると
感じる必要がある︒この意味における介入が︑いつ誘発されたものと評価されうるかは︑事情による︒第三者が救助に出るかど
うかの問題について︑本法廷は︑かつて救助へと﹁ほとんど強制的に誘発された﹂かどうかを基準としたが︑追跡の場合には︑
逃亡者によって脅かされる損害と追跡の敢行に対する関係に依存しているが︑被追跡者は︑事故と逃走によって︑その追跡の際
の第二の事故の危険も客観的に設定していると述べた︒もちろんここで急な階段を通っての追跡の高められた危険は︑鉄道にそ
の民法上の請求権の確保のために被告人の身元を確認しようとする原告の関心と不均衡なわけではない︒これに反して︑被追跡
状況的危険への第二次的危険の介入
なっ
た︒
警察
官か
ら損
害賠
償が
請求
され
た︒
者は︑いずれにせよ追跡の事例では︑介入者の﹁通常の危険﹂につき負担する必要はない︒本件においては︑事実審裁判官の認
定を基礎にすると︑追跡によって明らかに高められた危険が実現された︒
(6 )
本判決は︑追跡事例の客観的帰属に関するドイツ民法における判例の基本的な観点を示している︒第一の帰属基準
としては︑第二の事故への﹁高められた危険﹂を創出したことが挙げられている︒次に︑第二の事故への決意へと
﹁誘発﹂されたかどうか︑誘発されたと感じたかどうかという基準が挙げられる︒新たな決意が介入しても︑それが
﹁誘発﹂されている場合には︑帰属は否定されないのである︒この判決においては︑さらに﹁外部的な誘因﹂という
( 7)
概念をも用いており︑詳しい定義はないが︑われわれの﹁外部的誘発﹂の概念に近いものと思われる︒第三の帰属基
準としては︑追跡へと決意することと︑発生した損害を比較衡量するという基準を挙げている︒結論的には︑本件で
連邦裁判所︳九七︳年七月︳三日
(B GH NJ W
19 71 , 1 98 2)
一六歳の少女であった被告は︑他の二人の少女を来るまでアウトバーンを走っているときに︑免許証とお金をもって
︻ 事 実 ︼
いなかったので警察に拘引され︑健康診断を受けるため病院まで護送される途中︑逃走した︒警察官が彼女を追跡したが︑警察
官は︑湿った︑刈ったばかりの芝生の上を追いかけ︑滑って転び︑左足大腿部の筋肉を切断した︒それによって︑就労不能を
︻判旨︼この判決は︑先の判決と同一日のものであり︑その判旨は︑その構成も文言もほとんど同一である︒最後の結論のみ
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
が異なり︑損害賠償請求を否定した︒﹁しかし︑ここで問題となっているのは︑そのような通常の危険の実現である︒事実審裁 ︻
9 1
︼ 同日のもう︱つの民事判例は︑次のようなものである︒ は︑﹁高められた危険﹂が﹁実現﹂されたものとしている︒ 関法第四六巻第四•五·六号
一六
六
︵八
六八
︶
展開している点である︒
一六
七︵
八六
九︶
一般的生活危険の概念に
この判決で興味深いのは︑本判決では︑﹁相当因果関係﹂について︑その﹁肯定﹂には﹁何ら深刻な疑義はない﹂
と述べた後︑﹁惹起された侵害結果︵傷害︶
は︑被告には別の理由から客観的に帰属されえない﹂として︑帰属論を このようにして︑この同一日の二つの判決は︑全くといってよいほど同じ論理を展開しつつ︑結論は︑正反対とし︑
﹁高められた危険﹂と﹁一般的生活危険﹂という相補的な概念がどのように形成されるかについて詳しい論述がない
(8 )
というのである︒
(9 )
メートリッヒは︑﹁一般的生活危険﹂の概念の中核部分を次のように表す︒彼によれば︑
おける﹁一般的﹂という生活危険を補充する概念要素は︑﹁望ましくない結果が発生する可能性が存在する人的範囲 の大きさや構成に関係するものではなく︑責任を根拠づける事情とは独立に︑常に︑
なく︑したがって︑通例的に︑被害者の生活と結びついた危険を︑被告が責任をもつべき事象の結果としてはじめて 新たに︵技術的に︶創出された危険から︑概念的に限界づけるのに役立つ﹂ものである︒その背後には︑﹁一定の︑
生活と必然的に結びついた危険の実現から生じた財産の喪失は︑他人に転嫁されえない﹂という基本的な思想がある︒
﹁あらゆるその他の責任の条件が存在するにもかかわらず︑被害者は︑このような場合には︑被った損害を自ら負担 すべきである︒もちろん︑そのための決定的な条件となるのは︑被害者が︑賠償請求権について結びついた事象が発
状況
的危
険へ
の第
二次
的危
険の
介入
準で
はな
い﹂
︵傍
点引
用者
︶︒
つまり緊急状態においてだけで 判官の認定によれば︑警察官は︑湿った︑刈り込んだばかりの芝生を横切ったとき︑滑った︒しかし︑それによって︑彼は︑追
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
︑
跡のとくに高められた危険を実現したのではない︒最終的に発生した損害結果の種類と範囲は︑この判断にとって何ら有用な基
一般的生活危険の実現であると性質づけられるべき後続事象がそこから展開したような︑
( 10 )
具体的な危険状況に陥ったことである﹂︒
さて
︑
メートリッヒの分析によれば︑この問題に関する判例・学説の研究から︑
( 11 )
たる形態が認識されうるという︒
︵八
七 0)
一定の︑まさに責任を根拠づける事象から誘発される被害者の行為と結び
ついた危殆化であり︑もう︱つは︑全く一般的に人間の生活とそれぞれの社会・文明の形態と結びついた法的に重要
な不利益を被らせる可能性である︒最初のグループに属するのが︑例えば︑追跡事例である︒第二のグループに属す
るのは︑何人かが︑無実であるのに︑刑事告発されたような事例である︒第一のグループについては︑
険の問題は︑被害者の行動がどう判断されるか︑
︻事
実︼
一般的生活危
つまり︑因果的に︑不法行為から生じた追跡であるかどうかと結び
連邦裁判所︳九七四年一0
月二九日判決
( N J W
19 75 , 16 8)
五五歳の警察官が︑免許なしに軽バイクを運転した一七歳の被告を捕まえようと両親の家で待ち構えていたが︑少年
は︑発見されたとき︑トイレに行きたいと申し述ぺてドアの前の洗濯機を動かして窓から中庭に飛び下りた︒警察官も後を追っ
て飛び下りた際に︑踵を骨折して︑四ヶ月以上に渡って就労不能となった︒ラントが被告に損害賠償を請求した︒ラント裁判所
は︑訴えを棄却した︒連邦裁判所は︑前の二つの判決をほぼ継承して︑次のようにいう︒
︻判
旨︼
﹁そもそも追跡が︑そしてその遂行が︑追跡された者がそれを予測せず︑またする必要がないときにのみ︑責任
(H af tu ng )
は︑すでに原則的に阻却される﹂︒﹁このような観点から︑判断されるべき事案を評価するならば︑認定された行為 ︻
9 2 ‑ 次の事案は︑第一グループに属する︒ つ
く︒
生した後になってはじめて︑
︱つ
は︑
関法第四六巻第四•五・六号
一般的生活危険に関する二つの主
一六
八
以上のような︑追跡者が被害者となる事案は︑刑事事件においては稀有である︒ドイツやわが国の刑事判例におい
て︑この種の事案を見つけることはできなかった︒しかし︑講壇事例としては︑もちろん︑想定することができる︒
例えば︑行為者が︑被害者から強盗をはたらいて︑財物を奪って︑逃走の途中で︑追跡してきた被害者が︑転倒して
負傷した場合に︑強盗致傷罪が成立するかという事案︑あるいは︑暴行の被害者が︑犯人を捕らえようと追跡中︑転
倒して傷害を負った痔案を考えることができる︒しかし︑前者の事案は︑強盗致傷罪における︑強盗の際の傷害かど
状況的危険への第二次的危険の介入 S刑事判例 事情は︑すでに︑客観的帰属と︑そして原則的に責任を否定することを正当化しない﹂︒
一六
九
﹁こ
のよ
うな
事情
のも
とで
︑
T
︵警
察官
︶に
よる
追跡
の危
険は
︑そ
れ自
体︑
その
目的
と不
均衡
に立
つも
ので
はな
い︒
Tは
︑被
告をトイレの窓から追いかけたのであるが︑窓から飛び下りることによる追跡のここで高められた危険には︑T
の行
おう
とす
る
ことに対する均衡は欠如してはいない︒このような状況では︑被告は︑Tが︑自分を︑窓から追いかけてくることを予想しなけ
︑︑
︑︑
︑
れば
なら
なか
った
︒な
ぜな
らば
︑
Tが︑そのように誘発されたと感じたに違いないからである︒控訴審の見解とは異なって︑被
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
︑︑
告の責任は原則的に阻却されるわけではない﹂︒﹁従来︑事実審裁判官の認定を基礎にすれば︑ここでは︑追跡によって明確に高
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
められた危険が実現されているという認識︑および︑帰属されるべき危険増加と内的連関に立たない事象が問題なのではないと
いう
認識
に味
方す
るに
︑圧
倒的
な理
由が
ある
﹂︵
傍点
引用
者︶
︒
民事事件におけるメートリッヒによる二つの事例群の区別は︑結局は︑われわれの概念でいえば︑構成要件に該当
するということが︑行為自体から明白な危険創出連関の肯定される場合と︑先の猟銃放置事例のような︑危険創出連
関自体が明確でないような場合との区別であるといえよう︒
︵八
七一
︶